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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成27ネ10080 特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成27ワ12748 特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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事件 平成 27年 (ワ) 12416号 特許権侵害差止請求事件

原告 デビオファーム・インター ナショナル・エス・アー
同 訴 訟代理人弁護士大野聖二 大野浩之
同 訴 訟代理人弁理士松任谷優子
被告日本化薬株式会社
同 訴 訟代理人弁護士新保克芳 仁 酒匂禎裕 西村龍一
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2016/03/03
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,別紙被告製品目録記載1,2及び3のオキサリプラチン製剤の生産,譲渡又は譲渡の申出をしてはならない。
2 被告は,前項記載の各オキサリプラチン製剤を廃棄せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要
本件は,発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法 及び使用」とする特許権を有する原告が,被告に対し,被告による別紙被告製 品目録記載1〜3のオキサリプラチン製剤(以下「被告製品」と総称する。) の生産等が特許権侵害に当たると主張して,特許法100条1項及び2項に基 づく被告製品の生産等の差止め及び廃棄を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨に より容易に認められる事実) 当事者 ア 原告は,医薬品等の製造,販売,輸出等を業とする会社である。
イ 被告は,医薬品等の製造,販売等を業とする株式会社である。
原告の特許権 ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲 請求項1に係る特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
特許番号 第4430229号 出 願 日 平成11年2月25日(特願2000-533150号) 優 先 日 平成10年2月25日 登 録 日 平成21年12月25日 発明の名称 オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用 イ 本件特許権の特許請求の範囲請求項1の記載は次のとおりである(以 下,この発明を「本件発明」といい,その特許出願の願書に添付された明 細書を「本件明細書」という。)。
「 オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担 体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可 能な担体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であ り, 緩衝剤の量が,以下の: (a)5×10 -5M〜1×10-2M, (b)5×10 -5M〜5×10-3M (c)5×10 -5M〜2×10-3M (d)1×10 -4M〜2×10-3M,または (e)1×10 -4M〜5×10-4M の範囲のモル濃度である,組成物。」ウ 本件発明は,以下の構成要件に分説される(以下,それぞれの構成要件 を「構成要件A」などという。)。
A オキサリプラチン, B 有効安定化量の緩衝剤および C 製薬上許容可能な担体を包含する D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって, E 製薬上許容可能な担体が水であり, F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり, G 緩衝剤の量が,以下の: (a)5×10 -5M〜1×10-2M, (b)5×10 -5M〜5×10-3M (c)5×10 -5M〜2×10-3M (d)1×10 -4M〜2×10-3M,または (e)1×10 -4M〜5×10-4M の範囲のモル濃度である,組成物。
エ 原告は,本件特許に係る無効審判の手続において,平成26年12月2 日付けで訂正請求をした(以下,この訂正請求に係る請求項1記載の発明 を「本件訂正発明」という。甲8)。本件訂正発明は,以下の構成要件に 分説される(下線部は訂正箇所。)。なお,この訂正請求については,平 成27年7月14日付けでこれを認める旨の審決がされたが(甲10), 同審決は本件口頭弁論終結時においていまだ確定していない。
A オキサリプラチン, B 有効安定化量の緩衝剤および C 製薬上許容可能な担体を包含する D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって, E 製薬上許容可能な担体が水であり, F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり, G 1)緩衝剤の量が,以下の: (a)5×10 -5M〜1×10-2M, (b)5×10 -5M〜5×10-3M (c)5×10 -5M〜2×10-3M (d)1×10 -4M〜2×10-3M,または (e)1×10 -4M〜5×10-4M の範囲のモル濃度である, H pHが3〜4.5の範囲の組成物,あるいは I 2)緩衝剤の量が,5×10 -5M〜1×10-4 Mの範囲のモル濃度で ある,組成物。
被告の行為等ア 被告は,平成26年12月12日以降,被告製品の製造及び販売をして いる。
イ 被告製品は,医薬品として製造販売の承認を受け販売されているオキサ リプラチン製剤であるところ,通常の市場流通下において2年間安定であ ることが確認されている(甲5,6)。
被告製品は,いずれもオキサリプラチン及び水を包含し,別紙被告製品 目録記載1の製品につき5.4×10 -5〜5.5×10 -5M,同2の製品 につき5.5×10-5M,同3の製品につき5.4×10 -5Mの範囲のモ ル濃度であるシュウ酸が検出されているが,これらのシュウ酸はいずれも 添加されたものではない。また,被告製品のpHの値は,3〜4.5の範 囲にある。
2 争点 構成要件充足性 被告は,被告製品が構成要件A,C及びEを充足すること並びに被告製品 から検出されたシュウ酸の量が構成要件Gに規定されているモル濃度の範 囲内にあることを争っていないから,構成要件充足性についての争点は以下 のとおりとなる(なお,前記訂正請求はpHの値を一定の範囲に限定するこ とを主眼とするものであるから,その可否は構成要件充足性に対する判断に 影響しない。)。
ア 「(有効安定化量の)緩衝剤」(構成要件B,F,G)の充足性 イ 「安定」(構成要件B,D)の充足性 無効理由の有無 被告は,本件特許には次の無効理由があり,特許無効審判により無効にさ れるべきものであるから,原告は本件特許権を行使することができない(特 許法104条の3第1項)と主張している(なお,後記イ〜エにおいては前 記訂正請求が認められた場合に関係する無効理由も主張されている。)。
国際公開第96/04904号(以下「乙1の1公報」という。)に記 載された発明(以下「乙1発明」という。)又は「制癌性白金錯体の研究」 と題する文献(以下「乙6文献」という。)に記載された発明(以下「乙 6発明」という。)に基づく新規性欠如 イ 乙1発明に基づく進歩性欠如 ウ サポート要件(特許法36条6項1号)違反 エ 本件訂正発明に訂正要件(同法134条の2第9項,126条5項)違 反があることを前提とする乙1発明に基づく新規性欠如 3 争点に関する当事者の主張 ア 「(有効安定化量の)緩衝剤」(構成要件B,F,G)の充足性 (原告の主張) 本件発明の特許請求の範囲には,オキサリプラチン溶液組成物に「包含」 される「緩衝剤の量」のみが規定され,「添加」という文言は含まれてい ないところ,包含とは「つつみこみ,中に含んでいること」をいうから, 「緩衝剤の量」がオキサリプラチン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝 剤の量であることは明らかである。
オキサリプラチンを水に溶解した際に自然に解離して生成されるシュウ 酸であっても,添加したシュウ酸であっても,不純物の生成を防止する等 の効果は変わらない(本件明細書の段落【0023】,【0064】の【表 8】,【0065】の【表9】,【0074】の【表14】,【0076】 の【表15】)。すなわち,オキサリプラチン水溶液については,ジアク オDACHプラチンに関する化学平衡のみならず,少なくともジアクオD ACHプラチン二量体に関する化学平衡も存在しており,ジアクオDAC Hプラチンとともに解離して生成されるシュウ酸はジアクオDACHプ ラチン二量体の分解を抑制する効果を有し,ジアクオDACHプラチン二 量体とともに解離して生成されるシュウ酸はジアクオDACHプラチン の分解を抑制する効果を有するから,解離したシュウ酸であっても添加し たシュウ酸とその効果は変わらない。また,本件明細書には,緩衝剤が所 定のモル濃度で存在するのが便利である旨の記載があり 【0023】 , (同 ) オキサリプラチン水溶液中に存在する緩衝剤のモル濃度が重要であるこ とが示されている。
被告は本件発明が乙1発明の改良発明であるから「緩衝剤」は添加した シュウ酸に限られる旨主張するが,乙1発明はオキサリプラチンの濃度, pH,安定性等で規定した発明であるのに対し,本件発明は含有されるシュウ酸又はそのアルカリ金属塩の量,安定性等で規定した発明であり,両者は全く異なる技術思想となっている。本件発明は,乙1発明と異なる手段によって製薬上安定なオキサリプラチン水溶液の製剤を提供するものであり,乙1発明の改良発明でないから,「緩衝剤」を添加したシュウ酸等に限定する根拠とはならない。
これらのことからすれば,「緩衝剤」であるシュウ酸は,溶液中に存在すれば足り,自然に生成されたものであっても,添加したものであってもいずれでもよいと解される。そして,被告製品は,いずれも構成要件Gに規定されているモル濃度の範囲内にあるシュウ酸を含んでいるから,(有 「効安定化量の)緩衝剤」を充足する。
(被告の主張) オキサリプラチンを水に溶解すると,以下の図のとおり,その一部がジアクオDACHプラチンとシュウ酸に解離して,化学平衡の状態となる(本件明細書の段落【0013】〜【0016】)。この解離したシュウ酸は,オキサリプラチンの分解によって生じる不純物であって,同じく不純物であるジアクオDACHプラチンの生成を防止する効果を有しない。
他方で,平衡状態のオキサリプラチン水溶液にシュウ酸を添加すると,化学平衡状態にあるシュウ酸濃度の上昇を減殺するために,オキサリプラチン生成側(下記図の左側)に平衡状態が移動し(化学平衡状態にある反応系において,その状態変数を変化させると,その変化を相殺する方向へ平衡が移動すること。ルシャトリエの法則),添加したシュウ酸の量に応じて不純物であるジアクオDACHプラチンの含有量が低下する(同【0041】)。そして,「緩衝剤」とはオキサリプラチン溶液を安定化し,ジアクオDACHプラチン等の不純物の生成を防止するものをいうから(同【0022】),不純物であるジアクオDACHプラチンの生成を防止し ない上記の解離したシュウ酸は「緩衝剤」には当たらないというべきであ る。
O O - + 2H2O + O O-オキサリプラチン 水 シュウ酸 ジアクオDACHプラチン 本件明細書の実施例において,個別に計量して添加したシュウ酸等の量 のみを緩衝剤の量としていること(本件明細書の段落【0035】,【0 042】,【0044】,【0047】等)からしても,「緩衝剤」であ るシュウ酸とは添加したシュウ酸をいうと解される。原告は,本件明細書 の「実施例18(b)」(シュウ酸等を添加していないオキサリプラチン 溶液組成物。同【0050】,【0073】)を実施例であると主張する が,これは比較例にすぎない。
本件発明は,シュウ酸を添加しないオキサリプラチン水溶液である乙1 発明の改善を目的とし(本件明細書の段落【0010】,【0012】〜 【0016】),その解決手段としてシュウ酸を添加することとした発明 であり(同【0017】,【0018】),これにより従来既知のオキサ リプラチン水溶液(乙1発明)と比較して,ジアクオDACHプラチン等 の不純物の生成を防止するか,又は遅延させるという安定化効果を有する ことになった(同【0030】,【0031】)ものである。このように, 本件発明の意義は乙1発明にない別の技術手段としてシュウ酸を添加し た点にあるから,「緩衝剤」である「シュウ酸」とは添加したシュウ酸を いうものと解される。
そして,被告製品は,いずれもシュウ酸を添加していないから,「(有 効安定化量の)緩衝剤」を充足しない。
イ 「安定」(構成要件B,D)の充足性 (原告の主張) 「安定」とは,オキサリプラチンの凍結乾燥物を水に溶かして再構成し て使用していたときと比較して用いられるものであり(本件明細書の段落 【0030】,【0031】),製薬上安定であることをいうところ,被 告製品は,いずれも製薬上安定な製剤であるから(甲5,6),「安定」 を充足する。
(被告の主張) 前記ア(被告の主張)のとおり,本件発明は従来既知の溶液組成物(乙 1発明)と比較してジアクオDACHプラチン等の不純物の生成が少ない ことをもって「安定」としており,「安定」とは「(有効安定化量の)緩 衝剤」であるシュウ酸を添加することによってもたらされる効果をいうと 解すべきである。そして,被告製品は,いずれもシュウ酸を添加していな いから,「安定」を充足しない。
(無効理由の有無)についてア 乙1発明又は乙6発明に基づく新規性欠如 (被告の主張) 「緩衝剤」であるシュウ酸とはオキサリプラチン溶液中に存在している 全てのシュウ酸をいい,添加したものに限られないとする原告の前記主張 ア(原告の主張))を前提とすれば,本件発明は乙1発明又は乙 6発明と実質的に同一であるから,新規性を欠く(特許法29条1項3 号)。
すなわち,本件特許の優先日前に頒布された乙1の1公報(なお,特表 平10-508289号公報(以下「乙1の2公報」という。)は乙1の 1公報に対応する日本の公表特許公報であるから,以下では乙1の2公報 の請求項及び頁番号を引用する。)の記載(請求項1,7頁7〜17行, 8頁の表)及び乙1の1公報の追試結果(乙5,14)によれば,乙1の 1公報にはシュウ酸のモル濃度が6.07×10 -5 〜7.54×10 -5Mの安定なオキサリプラチン水溶液が開示されているから,本件発明(及び本件訂正発明)は乙1発明と実質的に同一である。また,本件特許の優先日前に頒布された乙6文献の記載(乙6文献の916頁3〜16行)及び乙6文献の追試結果(乙7)によれば,乙6文献にはシュウ酸のモル濃度が7.49×10-5Mの安定なオキサリプラチン水溶液が開示されているから,本件発明(及び本件訂正発明)は乙6発明と実質的に同一である。
原告は,@上記追試が乙1の1公報の実施例の正確な再現となっていない,A乙1の1公報の実施例におけるシュウ酸のモル濃度を試算すると最大で4.5×10 -5 〜4.7×10 -5Mとなり,構成要件Gの範囲に含まれない,B乙6文献には7.9mg/mlの濃度のオキサリプラチン水溶液は開示されていない旨主張する。
@については,乙1の1公報には「クロマトグラムのピークの分析は,不純物の含量と百分率の測定を可能にし,そのうち主要なものは蓚酸であると同定した。」旨の記載(7頁16〜17行)があるところ,シュウ酸とジアクオDACHプラチンやその二量体は極性が大きく違うためにクロマトグラムでは別々にしか測定できないので,「主要なものは蓚酸」との記載がある以上,乙1の1公報の実施例の「不純物」(8頁の表)とはシュウ酸を意味するから,上記追試は乙1の1公報の実施例を正確に再現している。Aについては,乙1の1公報の実施例におけるシュウ酸のモル濃度を試算すれば,5.35×10 -5〜5.61×10-5M(乙1の1公報の表の「不純物」が1.16%のものについて,オキサリプラチンの分解により生じる不純物をシュウ酸及びジアクオDACHプラチン又はジアクオDACHプラチン二量体のみと仮定すると,不純物がジアクオDACHプラチンのみであれば不純物に占めるシュウ酸の割合が20.31%,ジアクオDACHプラチン二量体のみであれば不純物に占めるシュウ 酸の割合が21.30%となる。)となるはずであるが,これと異なる原 告の試算にはその仮定に誤りがあるから,試算結果は正確といえない。B については,7.9mg/mlは実測値であり,乙6文献における記載は, 実際に当該濃度を有するオキサリプラチン水溶液が製造されたことを示 している。
(原告の主張) 被告による追試の結果は,不純物(シュウ酸及びシュウ酸以外の不純物) の総量が乙1の1公報の実施例における「不純物」(乙1の2公報の8頁 の表)よりも大きくなっていることから,乙1の1公報を正確に再現した ものではないので,これを根拠に新規性欠如をいう被告の主張は前提を欠 く。また,乙1の1公報の実施例におけるシュウ酸のモル濃度は,被告に 有利な仮定の下で最大限の値で算出しても,4.5×10 -5 〜4.7×1 0-5Mであって,本件発明におけるシュウ酸のモル濃度の範囲を下回る。
乙6文献には,1週間程度の安定性しか有さないオキサリプラチン水溶 液が開示されているにとどまり,本件発明の「安定オキサリプラチン溶液 組成物」は開示されていない。また,乙6文献では溶解度が7.9mg/ mlとされているだけであって,7.9mg/mlの濃度のオキサリプラ チン水溶液を開示しているわけではないから,7.5mg/mlの濃度の オキサリプラチン水溶液に含まれるシュウ酸の量を測定した実験結果(乙 7)は乙6文献の追試結果とはならない。
したがって,本件発明は,乙1発明及び乙6発明と同一でないから,新 規性を有する。
イ 乙1発明に基づく進歩性欠如 (被告の主張) 「緩衝剤」であるシュウ酸はオキサリプラチン水溶液に添加したものに 限られるとする被告の前記主張 を前提とする と,本件発明(及び本件訂正発明)と乙1発明は,乙1発明が自然に解離して発生したシュウ酸を緩衝剤としているのに対し,本件発明(及び本件訂正発明)が添加したシュウ酸を緩衝剤としている点で相違する。
上記相違点については,オキサリプラチン水溶液中で不純物の量を抑制することは周知の技術課題であって,ジアクオDACHプラチンが除去すべき不純物として認識されていたこと(乙6),シュウ酸とジアクオDACHプラチンの毒性を比較するとジアクオDACHプラチンの方が30倍以上高いことからすれば,ルシャトリエの法則に基づいて,ジアクオDACHプラチンの発生を抑制するために,より毒性の低いシュウ酸をオキサリプラチン水溶液に添加するということは容易に想到し得る。
また,本件訂正発明については,上記の相違点に加えて,本件訂正発明がpHの値を3〜4.5としているのに対し,乙1発明がpHの値を4.5〜6としている点で相違するが,pH3〜4.5という数値範囲に技術的意義はなく,適宜添加したシュウ酸の量に応じて定まるものであるから,pHの値を3〜4.5とすることは容易である。
したがって,本件発明(及び本件訂正発明)は進歩性を欠く(特許法29条2項)。
(原告の主張) 乙1発明のオキサリプラチン溶液組成物は既に安定化されていることから,製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物を提供することという本件発明(及び本件訂正発明)の課題を当業者は想起できない。しかも,本件特許の優先日当時,シュウ酸が不純物であることは技術常識であったから,乙1発明にシュウ酸を追加するということは容易に想到し得ない。
また,乙1発明はpHの値を4.5〜6とすることで医薬的に安定な製剤を提供できるとしているから,この好ましいとされているpHの値を本件訂正発明における値(3〜4.5)とする動機付けはない。
したがって,本件発明(及び本件訂正発明)は進歩性を有する。
ウ サポート要件(特許法36条6項1号)違反 (被告の主張) 組成物 (乙1発明)と比較してジアクオDACHプラチン等の不純物の生成が 少ないことをもって「安定」(構成要件B,D)としており,「安定」 とは「(有効安定化量の)緩衝剤」であるシュウ酸を添加することによ ってもたらされる効果をいうと解すべきであるところ,「安定」の具体 的意義について本件明細書には記載がない。そうすると,本件明細書に おける従来既知の溶液組成物である「実施例18(b)」(これが比較 例を比較しなければ,「安定」の意味を理解することはできない。しか し,原告は,本件明細書における「実施例18(b)」を本件発明の実 施例であると主張しており,これを前提とすると,本件明細書には実施 例と比較できる比較例がないことになるから,従来既知の溶液組成物の 内容や「安定」の意味について,本件明細書の記載から理解することは できない。したがって,本件発明(及び本件訂正発明)はサポート要件 (特許法36条6項1号)に違反する。
本件訂正発明はpHの値を3〜4.5の範囲としているところ(構成 要件H),本件明細書では,pHの値はシュウ酸の添加量に応じて自ず と決定されるものとして記載されており(段落【0025】,【006 5】の【表9】,【0066】の【表10】),本件明細書をみても, シュウ酸のモル濃度やオキサリプラチン水溶液の安定性に影響を与える ことなく,シュウ酸の添加以外の方法によりpHの値をどのように制御 すればよいのか理解することができない。したがって,シュウ酸の添加 以外の方法によってpHを3〜4.5の範囲とする場合についてまで本 件訂正発明の技術的範囲に含まれるとすれば,本件訂正発明はサポート 要件に違反する。
(原告の主張) とは製薬上安定であること をいうところ,本件明細書の記載(段落【0012】〜【0017】等) 及び技術常識を踏まえれば,このことは容易に理解できるから,サポート 要件違反はない。また,pH値についてサポート要件違反をいう被告の主 張も失当である。
エ 本件訂正発明に訂正要件(特許法134条の2第9項,126条5項) 違反があることを前提とする乙1発明に基づく新規性欠如 (被告の主張) 前記ウ(被告の主張) のとおり,本件明細書にはシュウ酸の添加以外 の方法でpHの値を調整する方法についての記載はない。そうすると,シ ュウ酸の添加以外の方法によってpHを3〜4.5の範囲とする場合につ いてまで本件訂正発明の技術的範囲に含まれるとすれば,本件訂正請求 は,新たな技術的事項を導入するものであるから,訂正要件に違反する。
そして,本件発明が新規性を欠くことは,前記ア(被告の主張)のとお りであるから,本件特許は無効である。
(原告の主張) 本件明細書の段落【0025】には「本発明のオキサリプラチン溶液の pHは一般的に,約2〜約6の範囲,好ましくは約2〜約5の範囲,さら に好ましくは約3〜4.5の範囲である。」と記載されているから,本件 発明についてpHの値を3〜4.5の範囲に限定する本件訂正請求が新た な技術的事項を導入することにならないことは明らかである。したがっ て,本件訂正請求には訂正要件違反はない。
当裁判所の判断
1 (「(有効安定化量の)緩衝剤」(構成要件B,F,G)の充足性) について 度の範囲内にある量のシュウ酸を含有するところ,このシュウ酸は添加された ものではない。原告は,「緩衝剤」であるシュウ酸はオキサリプラチン水溶液 中に存在すれば足り,添加されたシュウ酸に限定されないから,被告製品は構 成要件B,F及びGを充足すると主張するのに対し,被告は,「緩衝剤」であ るシュウ酸はオキサリプラチン水溶液に添加されたものに限定されるから,被 告製品は上記各構成要件を充足しないと主張するので,以下検討する。
まず,特許請求の範囲の記載をみるに,本件発明は,その文言上,オキサ リプラチン,水及び「有効安定化量の緩衝剤」である「シュウ酸またはその アルカリ金属塩」を「包含」する「安定オキサリプラチン溶液組成物」に係 る物の発明であり,緩衝剤であるシュウ酸等のモル濃度を一定の範囲に限定 したものである。そして,オキサリプラチン水溶液に「包含」される緩衝剤 であるシュウ酸等の量のみが規定され(構成要件G),シュウ酸等を添加す ることなど上記組成物の製造方法に関する記載はない。この「包含」とは「要 素や事情を中にふくみもつこと」(広辞苑〔第六版〕参照)をいうことから すれば,オキサリプラチン水溶液に「包含」されるシュウ酸とは,オキサリ プラチン水溶液中に存在する全てのシュウ酸をいい,添加したシュウ酸に限 定されるものではないと解するのが相当である。
緩衝剤であるシュウ酸に関する上記解釈は,以下のとおり,本件明細書の 記載から裏付けることができる。
ア 本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明欄には,以下の記載がある。
「Ibrahim等(豪州国特許出願第29896/95号,199 6年3月7日公開)(WO96/04904〔判決注・乙1の1公報〕, 1996年2月22日公開の特許族成員)は,1〜5mg/mLの範囲 の濃度のオキサリプラチン水溶液から成る非経口投与のためのオキサリプラチンの製薬上安定な製剤であって,4.5〜6の範囲のpHを有する製剤を開示する。」(段落【0010】) 「オキサリプラチンは,注入用の水または5%グルコース溶液を用いて患者への投与の直前に再構築され,その後5%グルコース溶液で稀釈される凍結乾燥粉末として,前臨床および臨床試験の両方に一般に利用可能である。しかしながら,このような凍結乾燥物質は,いくつかの欠点を有する。中でも第一に,凍結乾燥工程は相対的に複雑になり,実施するのに経費が掛かる。さらに,凍結乾燥物質の使用は,生成物を使用時に再構築する必要があり,このことが,再構築のための適切な溶液を選択する際にそこにエラーが生じる機会を提供する。例えば,凍結乾燥オキサリプラチン生成物の再構築に際しての凍結乾燥物質の再構築用の,または液体製剤の稀釈用の非常に一般的な溶液である0.9%NaCl溶液の誤使用は,迅速反応が起こる点で活性成分に有害であり,オキサリプラチンの損失だけでなく,生成種の沈殿を生じ得る。凍結乾燥物質のその他の欠点を以下に示す:(a)凍結乾燥物質の再構築は,再構築を必要としない滅菌物質より微生物汚染の危険性が増大する。
(b)濾過または加熱(最終)滅菌により滅菌された溶液物質に比して,凍結乾燥物質には,より大きい滅菌性失敗の危険性が伴う。そして,(c)凍結乾燥物質は,再構築時に不完全に溶解し,注射用物質として望ましくない粒子を生じる可能性がある。」 「水溶液中では,オキサリプラチンは,時間を追って,分解して,種々の量のジアクオDACHプラチン(式T),ジアクオDACHプラチン二量体(式U)およびプラチナ(W)種(式V)を不純物として生成し得る,ということが示されている。」 「上記の不純物を全く生成しないか,あるいはこれまでに知られているより有意に少ない量でこのような不純物を生成するオキサリプラチンのより安定な溶液組成物を開発することが望ましい。」(段落【0012】〜【0016】) 「したがって,前記の欠点を克服し,そして長期間の,即ち2年以上の保存期間中,製薬上安定である,すぐに使える(RTU)形態のオキサリプラチンの溶液組成物が必要とされている。したがって,すぐに使える形態の製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物を提供することによりこれらの欠点を克服することが,本発明の目的である。」 「より具体的には,本発明は,オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定なオキサリプラチン溶液組成物に関する。」(段落【0017】,【0018】) 「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」 「緩衝剤は,好ましくは,シュウ酸またはシュウ酸ナトリウムであり,最も好ましくはシュウ酸である。」 「緩衝剤は,有効安定化量で本発明の組成物中に存在する。」(段落【0022】,【0023】) 「前記の本発明のオキサリプラチン溶液組成物は,本明細書中でさらに詳細に後述するように,現在既知のオキサリプラチン組成物より優れたある利点を有することが判明している,ということも留意すべきである。
凍結乾燥粉末形態のオキサリプラチンとは異なって,本発明のすぐに 使える組成物は,低コストで且つさほど複雑ではない製造方法により製 造される。」(段落【0030】) 「さらに,本発明の組成物は,付加的調製または取扱い,例えば投与 前の再構築を必要としない。したがって,凍結乾燥物質を用いる場合に 存在するような,再構築のための適切な溶媒の選択に際してエラーが生 じる機会がない。
本発明の組成物は,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よりも 製造工程中に安定であることが判明しており,このことは,オキサリプ ラチンの従来既知の水性組成物の場合よりも本発明の組成物中に生成さ れる不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACH プラチン二量体が少ないことを意味する。」(段落【0031】)イ 本件明細書の上記各記載を総合すると,本件発明は,従来からある凍結 乾燥粉末形態のオキサリプラチン生成物及びオキサリプラチン水溶液(乙 1発明)の欠点を克服し,すぐに使える形態の製薬上安定であるオキサリ プラチン溶液組成物を提供することを目的とする発明であって(段落【0 010】,【0012】〜【0017】),オキサリプラチン,有効安定 化量の緩衝剤及び製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチ ン溶液組成物に関するものである(同【0018】)。この緩衝剤は本件 発明の組成物中に存在することでジアクオDACHプラチン等の不純物 の生成を防止し,又は遅延させ得ることができ(同【0022】,【00 23】),これによって本件発明はこれら従来既知のオキサリプラチン組 成物と比較して優れた効果,すなわち,@凍結乾燥粉末形態のオキサリプ ラチン生成物と比較すると,低コストであって複雑でない製造方法により 製造が可能であること,投与前の再構築を必要としないので再構築に際し てのミスが生じることがないこと,A従来既知の水性組成物(乙1)と比 較すると,製造工程中に安定であること(ジアクオDACHプラチンやジ アクオDACHプラチン二量体といった不純物が少ないこと)といった効 果を有するもの(同【0030】,【0031】)と認められる。そうす ると,本件明細書の記載からは,本件発明が,従来既知のオキサリプラチ ン組成物(凍結乾燥粉末形態のものや乙1発明のように水溶液となってい るもの)の欠点を克服し,改良することを目的とし,その解決手段として シュウ酸等を緩衝剤として包含するという構成を採用したと認められる のであり,更にこの緩衝剤を添加したものに限定するという構成を採用し たとみることはできない。
以上によれば,構成要件Gに規定されたモル濃度の範囲内にある量のシュウ酸を含んでいれば構成要件B,F及びGを充足すると解すべきところ,被は本件発明の技術的範囲に属すると判断するのが相当である。
これに対し,被告は,@オキサリプラチンを水に溶解した際に解離して生成されるシュウ酸は,オキサリプラチンの分解によって生じる不純物であり,ジアクオDACHプラチンの生成を防止する効果を有しないこと,A本件明細書の実施例は,添加したシュウ酸の量をもって緩衝剤の量としていること,B本件発明は,シュウ酸を添加しないオキサリプラチン水溶液である乙1発明の改善を目的として,その解決手段としてシュウ酸を添加することとした発明であることからすれば,「緩衝剤」とは添加したシュウ酸等に限られる旨主張するが,以下のとおり,いずれも採用することができない。
ア @について 本件発明の「緩衝剤」とは,オキサリプラチン水溶液を安定化し,それ により望ましくないジアクオDACHプラチンやジアクオDACHプラ チン二量体等の不純物の生成を防止し,又は遅延させ得るあらゆる酸性又 は塩基性剤を意味する(本件明細書の段落【0022】)から,水溶液中 の不純物の生成の防止等に効果があれば「緩衝剤」に当たるということが できる。そして,オキサリプラチンを水に溶解するとその一部がジアクオ DACHプラチンとシュウ酸に解離して化学平衡の状態になり,不純物で あるジアクオDACHプラチンの更なる生成が妨げられるというのであ るから(乙8),水溶液中の解離したシュウ酸は「緩衝剤」に当たると解 される(なお,化学平衡となることが本件特許の優先日前に周知であった としても,新規性欠如等の無効理由が生じ得ることは格別,本件発明の特 許請求の範囲にいう「緩衝剤」の意義についての上記解釈に直接影響する ものではない。)。
イ Aについて 本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば「緩衝剤」は りである。本件明細書中の実施例に関する記載は,特許請求の範囲にいう 「緩衝剤」の意義を解釈するに当たっての考慮要素の一つであるが(特許 法70条2項),以上に説示したところに照らせば,本件において実施例 の記載をもって「緩衝剤」の意義を被告主張のように解することは困難で ある。
ウ Bについて 本件発明が,乙1発明(水溶液となっているもの)だけでなく,凍結乾 燥粉末形態のものを含む従来既知のオキサリプラチン組成物の欠点を克 る。したがって,この点も「緩衝剤」を添加されたものに限ると解すべき 根拠とするに足りるものでない。
2 (「安定」(構成要件B,D)の充足性)について は通常の市場流通下において2年間 安定であることが確認された医薬品である。したがって,製薬上安定なもの として,「安定」を充足するものと認められる。
これに対し,被告は,「安定」の意義につき,乙1発明のオキサリプラチ ン水溶液と比較してジアクオDACHプラチン等の不純物の生成が少ないこ とを意味し,緩衝剤であるシュウ酸等を添加することによってもたらされる 効果をいうと主張する。
そこで判断するに,本件発明の特許請求の範囲の文言上,「安定」の語句 については,他のオキサリプラチン組成物の不純物の量との比較で用いられ ているわけではなく,シュウ酸等の添加による効果との関係が規定されてい るわけでもない。また,本件明細書には,「本発明は,製薬上安定なオキサ リプラチン溶液組成物,癌腫の治療におけるその使用方法,このような組成 物の製造方法,およびオキサリプラチンの溶液の安定化方法に関する。 (段 」 落【0001】),「したがって,すぐに使える形態の製薬上安定なオキサ リプラチン溶液組成物を提供することによりこれらの欠点を克服すること が,本発明の目的である。」(同【0017】)との記載があり,これらの 記載によれば,本件発明は製薬上安定な「オキサリプラチン溶液組成物」に 関するものということができる。そうすると,「安定」とは製薬上安定であ ることをいうと解するのが相当である。したがって,被告の上記主張を採用 することはできない。
3 (乙1発明又は乙6発明に基づく新規性欠如)について 前記1で説示したとおり,「緩衝剤」であるシュウ酸は添加したものに限定 されないところ,被告は,そうであるとすれば,本件発明は乙1発明又は乙6 発明と実質的に同一であるから新規性を欠くと主張するものである。
乙1発明に基づく新規性欠如 ア 本件特許の優先日前に頒布された刊行物である乙1の1公報には,以下 の記載がある(以下では,乙1の2公報の請求項及び頁番号を引用する。 。
) なお,「オキサリプラティヌム」と「オキサリプラチン」は同義である。
「1 濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサ リプラティヌムの水溶液からなり,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。」(【特許請求の範囲】請求項1) 「それ故,製品の誤用のあらゆる危険を避け,上記の操作を必要とせずに使用できるオキサリプラティヌム製剤を医療従事者または看護婦が入手できるようにするため,直ぐ使用でき,さらに,使用前には,承認された基準に従って許容可能な期間医薬的に安定なままであり,凍結乾燥より安易且つ安価に製造でき,再構成した凍結乾燥物と同等な化学的純度(異性化の不存在)および治療活性を示す,オキサリプラティヌム注射液を得るための研究が行われた。これが,この発明の目的である。」(4頁5〜11行) 「この発明者は,この目的が,全く驚くべきことに,また予想されないことに,腸管外経路投与用の用量形態として,有効成分の濃度とpHがそれぞれ充分限定された範囲内にあり,有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成できることを示すことができた。」(4頁12〜16行) 「実施例1:オキサリプラティヌム水溶液の製造 ガラスまたはステンレス製の恒温容器中に,必要量の約80%の 注射用水を入れ,この水を攪拌(800-1200rpm)下40 ℃±5℃に加温する。
例えば2mg/mlの濃度とするに必要な量のオキサリプラティ ヌムを別に秤量し,加温した水に加える。秤量用容器を注射用水で 3回洗浄し,これを混合物に加える。混合物をさらに上記温度で3 0±5分間または必要ならそれ以上,オキサリプラティヌムが完全 に溶けるまで攪拌する。一つの変法では,酸素含量を減少させるた め水に窒素を吹き込むことができる。
次いで,溶液に注射用水を加えて目的容量または重量に調整し, さらに10±2分間(800-1200rpm)ホモジネートし, 最後に攪拌しながら約30℃に冷却する。この段階で,通常の試験 を実施するため溶液の試料を取り,対照と溶液をそれ自体公知の方 法により無菌濾過して澄明な溶液とし,この溶液は充填前には15 -30℃で貯蔵する。」(6頁1〜13行)「実施例2:容器充填 次に,例えば2mg/mlの濃度のオキサリプラティヌム水溶液 を,好ましくは不活性雰囲気,例えば窒素中で,滅菌した発熱物質 無含有の50mlガラスバイアル中に,無菌的に充填する。」(6 頁17〜20行)「実施例3:安定性試験 前記のようにして得られ,種々の容器中,具体的には2種の異な る栓,すなわち: 栓A:「オムニフレックス」 栓A(N):同(上部空間にN2充填) 栓B:「グレイブチル」(同上) を用いて貯蔵したオキサリプラティヌム水溶液について,経時的に 安定性試験を実施した。」(7頁1〜8行)「使用した分析法は,当業界で現在使用されているものの一つ,すなわち,例えばザ・ジャーナル・オブ・パレンテラル・ドラッグ・アソシエーション108-109頁,1979年に記載されているような,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)である。クロマトグラムのピー ク分析は,不純物の含量と百分率の測定を可能にし,そのうち主要なも のは蓚酸であると同定した。」(7頁13〜17行) 「 得られた結果は,下記の表に要約する。」(7頁19行) 「 」(8頁)イ 上記各記載を総合すると,乙1の1公報には,以下の内容の乙1発明が 開示されているものと認められる。
「 オキサリプラチン,水及びシュウ酸を包含する安定オキサリプラチン 溶液組成物。」ウ 本件発明と上記イの乙1発明を対比すると,緩衝剤の量につき,本件発 明が構成要件Gに規定するモル濃度の範囲としているのに対し,乙1発明 がこれを特定していない点で相違する。したがって,本件発明が乙1発明 との関係で新規性を欠くとは認められない。
エ これに対し,被告は,@乙1の1公報の追試結果(乙5,14)によれ ば,乙1発明におけるシュウ酸のモル濃度は6.07×10 -5〜7.54 ×10-5 Mの範囲に,A乙1の1公報の実施例におけるシュウ酸のモル濃 度を試算すると,5.35×10-5〜5.61×10-5Mの範囲にあり, いずれも構成要件Gが規定するモル濃度の範囲内であるから,上記ウの点 は相違点とはならない旨主張する。
そこで判断するに,@については,乙1発明においてはその特許請求の 範囲の記載からしてpHの値がオキサリプラチン水溶液の安定性,すなわ ち不純物(これにはシュウ酸も含まれる。)の量に影響する重要な要素の 一つであると考えられるところ ),乙1の1公報 の実施例におけるpHの値は5.29〜5.65の範囲にあるのに対し(乙 1の2公報の8頁の表),上記追試においては5.8〜6.1(乙5)又 は5.7〜6.6(乙14)の範囲にある。このことからすれば,被告の いう追試は,乙1の1公報を正確に再現したものとみることはできないか ら,これらが正確な追試であることを前提とする被告の上記主張@は採用 することができない。
Aについては,被告は,乙1の1公報の実施例における「不純物」(乙 1の2公報の8頁の表)の数値を基に,オキサリプラチンの分解により発 生する不純物がシュウ酸及びジアクオDACHプラチン又はジアクオD ACHプラチン二量体のみであると仮定して,シュウ酸のモル濃度を試算 している。しかし,乙1の1公報には上記「不純物」について「クロマト グラムのピークの分析は,不純物の含量と百分率の測定を可能にし,その うち主要なものは蓚酸であると同定した。 )との説明がある のみで,その具体的な内容について言及がないから,上記「不純物」をシ ュウ酸とジアクオDACHプラチン又はジアクオDACHプラチン二量 体のみとする仮定は正確でないというべきである。したがって,被告の上 記主張Aも採用することができない。
乙6発明に基づく新規性欠如ア 証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば,乙6文献には,以下の内容の 乙6発明が開示されていることが認められる。
「 オキサリプラチン,水及びシュウ酸を包含するオキサリプラチン溶液 組成物。」イ 本件発明と上記の乙6発明を対比すると,緩衝剤の量につき,本件発明 が構成要件Gに規定するモル濃度の範囲としているのに対し,乙6発明が これを特定していない点で相違する。したがって,本件発明が乙6発明と の関係で新規性を欠くとは認められない。
ウ これに対し,被告は,乙6文献の追試結果(乙7)によれば,乙6発明 におけるシュウ酸のモル濃度は7.49×10-5Mであり,構成要件Gが 規定するモル濃度の範囲内であるから,上記アの点は相違点とはならない 旨主張する。
そこで判断するに,上記追試では,7.5mg/mlの濃度のオキサリ プラチン水溶液を分析対象とし,その水溶液中のシュウ酸のモル濃度を測 定している。しかし,乙6文献においては溶解度が7.9mg/mlのオ キサリプラチンが開示されているのみであり(乙6文献の916頁3行), オキサリプラチン水溶液の濃度が開示されているわけではないから,上記 の追試が乙6文献を正確に再現したものみることはできない。したがっ て,この点についても被告の主張を採用することができない。
4 について 被告は,「緩衝剤」であるシュウ酸は添加したものに限られるとする解釈を 前提とすれば,@本件発明と乙1発明は,シュウ酸の添加の有無の点で相違す る,A本件訂正発明と乙1発明は,シュウ酸の添加の有無の点及びpHの値の 点で相違するが,いずれの相違点についても容易想到であるから進歩性を欠く と主張する。
前記1で説示したとおり,「緩衝剤」であるシュウ酸とは,オキサリプラチ ン水溶液中に含まれるシュウ酸をいい,添加したシュウ酸に限定されるもので はないと解すべきであるから,被告の上記主張@及びAはいずれもその前提を 欠き採用することができない。
5 違反)について 被告は,「安定」の意義につき,従来既知の溶液組成物(乙1発明)と比 較してジアクオDACHプラチン等の不純物の生成が少ないことが「安定」 であり,「緩衝剤」であるシュウ酸を添加することによってもたらされる効 果をいうとする解釈を前提とすれば,本件明細書の記載から「安定」の内容 を理解することができないので,本件発明及び本件訂正発明はサポート要件 に違反する旨主張する。しかし,「安定」を製薬上安定であることと解すべ きであることは前記2で説示したとおりであるから,被告の上記主張はその 前提を欠き採用することができない。
さらに,被告は,本件訂正発明について,シュウ酸の添加以外の方法によ ってpHを3〜4.5の範囲とする場合についてまで本件訂正発明の技術的 範囲に含まれるとすれば,本件訂正発明はサポート要件に違反する旨主張す る。
そこで判断するに,本件明細書(訂正後も同旨である。甲8)には,「本 発明のオキサリプラチン溶液のpHは一般的に,約2〜約6の範囲,好まし くは約2〜約5の範囲,さらに好ましくは約3〜4.5の範囲である。特に 興味深いオキサリプラチン溶液組成物としては,添付の実施例に記載されて いるものが挙げられ,添付の実施例で明示されているような組成物は,実質 的に本発明のさらなる特徴として提示される。」との記載があり(段落【0 025】),更に本件明細書の実施例9〜13,15〜17(同【0065】 の【表9】,【0066】の【表10】,【0068】の【表11】,【0 069】の【表12】,【0071】の【表13】)はpHの値を3〜4. 5の範囲内としたものであることからすれば,本件訂正発明のpHの値(構 成要件H)は発明の詳細な説明に記載されたものであるということができる。
したがって,本件訂正発明についてサポート要件違反があるとは認められな い。
6 (本件訂正発明に訂正要件違反があることを前提とする乙1発明に 基づく新規性欠如)について 前記3で説示したとおり,本件発明が乙1発明との関係で新規性を欠くとは 認められないので,仮に本件訂正発明に訂正要件違反があるとしても,新規性 欠如をいう被告の主張は採用することができない。
7 結論 以上の次第で,被告製品はいずれも本件発明の技術的範囲に属するものであ り,本件特許に無効理由があるとは認められないから,原告が本件特許権の行 使を妨げられることはない。
よって,原告の請求はいずれも理由があるから,これらを認容することとし, 仮執行宣言については主文第2項に限り相当でないからこれを付さないことと して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 長谷川浩二
裁判官 萩原孝基
裁判官 中嶋邦人
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