関連審決 |
無効2015-800028 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成26ネ10124 特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成26ワ25013 特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成26ネ10102 特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成27ネ10080 特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ12748 特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
26年
(ワ)
17390号
特許権侵害差止等請求事件
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原告 わかもと製薬株式会社 同 訴 訟代理人弁護士井上裕史 佐合俊彦 同 訴 訟代理人弁理士秋山文男 福家浩之 被告富士 レビオ株式会社 同 訴 訟代理人弁護士荒井俊行 三井睦貴 同訴訟復代理人弁護士 長沢幸男 矢倉千栄 稲瀬雄一 佐藤恭子 同訴訟復代理人弁理士 佐藤慎也 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2016/02/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
原告の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告は,別紙被告製品目録記載 1 及び2の製品(以下,それぞれを同目録記 載の番号により「被告製品1」などという。)を輸入し,譲渡し,又は譲渡の 申出をしてはならない。 2 被告は,被告製品1及び2を廃棄せよ。 3 被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成26年1月1日から支払 済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は,発明の名称を「ヘリコバクター・ピロリへの感染を判定する検査方 法及び検査試薬」とする特許権を有する原告が,被告に対し,被告による被告 製品1及び2の輸入等が特許権侵害に当たると主張して,@特許法100条1 項及び2項に基づく被告製品1及び2の輸入等の差止め及び廃棄,A民法70 9条及び特許法102条2項に基づく損害賠償金1億円(内金請求)及びこれ に対する不法行為の後の日である平成26年1月1日から支払済みまで民法所 定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨に より容易に認められる事実) 当事者等 ア 原告は,医薬品,医薬部外品等の製造,販売,輸出入等を業とする株式 会社である。 イ 被告は,医薬品,臨床検査薬,医薬部外品その他各種化学製品の製造, 販売,輸出入等を業とする株式会社である。 株式会社テイエフビー(以下「テイエフビー」という。)は,医薬品, 臨床検査薬,医薬部外品その他各種化学製品の製造,販売,輸出入を業と する株式会社であり,平成26年4月1日に被告に吸収合併された。 原告の特許権 ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲 請求項6に係る特許を「本件特許1」,請求項8に係る特許を「本件特許 2」,請求項9に係る特許を「本件特許3」という。)の特許権者である。 特許番号 第3504633号 出 願 日 平成12年10月27日(特願2001-131830) (特願2000-328766の分割) 優 先 日 平成11年10月29日(特願平11-308475) 平成12年2月28日(特願2000-52377) 平成12年8月11日(特願2000-244414) 登 録 日 平成15年12月19日 発明の名称 ヘリコバクター・ピロリへの感染を判定する検査方法及 び検査試薬イ 本件特許権の特許請求の範囲請求項6,8及び9の記載はそれぞれ次の とおりである(以下,請求項6の発明を「本件発明1」,請求項8の発明 を「本件発明2」,請求項9の発明を「本件発明3」といい,これらの特 許出願の願書に添付された明細書及び図面を「本件明細書」という。)。 本件発明1 「 消化管排泄物中に存在するヘリコバクター・ピロリのネイティブな カタラーゼを検出することにより,ヘリコバクター・ピロリへの感染 を判定するための検査試薬であって,ヘリコバクター・ピロリのネイ ティブなカタラーゼに対するモノクローナル抗体を構成成分とするこ とを特徴とする検査試薬。」 本件発明2 「 ELISA法に用いることを特徴とする請求項6又は7記載の検査 試薬。」 本件発明3 「 イムノクロマトグラフィー法に用いることを特徴とする請求項6又 は7記載の検査試薬。」ウ 本件発明1〜3は,以下の構成要件に分説される(以下,それぞれの構 成要件を「構成要件1A」などという。)。 本件発明1 1A 消化管排泄物中に存在するヘリコバクター・ピロリのネイティブ なカタラーゼを検出することにより,ヘリコバクター・ピロリへの 感染を判定するための試薬であって, 1B ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノ クローナル抗体を構成成分とする 1C ことを特徴とする検査試薬。 本件発明2 2A ELISA法に用いる 2B ことを特徴とする請求項6又は7記載の検査試薬。 本件発明3 3A イムノクロマトグラフィー法に用いる 3B ことを特徴とする請求項6又は7記載の検査試薬。 訂正請求(甲13) 原告は,本件特許権に係る特許無効審判事件(無効2015-800028)において,平成27年5月14日,特許請求の範囲請求項6,8及び9につき,以下のとおり訂正請求をした(下線部は訂正箇所。以下,上記訂正請求を「本件訂正請求」,本件訂正請求後の特許請求の範囲請求項6に係る発明を「本件訂正発明1」,同請求項8に係る発明を「本件訂正発明2」,同請求項9に係る発明を「本件訂正発明3」という。)。ただし,本件の口頭弁論終結時において,上記無効審判請求及び本件訂正請求に対する審決はされていない。 ア 請求項6「 消化管排泄物中に存在するヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタ ラーゼを検出することにより,ヘリコバクター・ピロリへの感染を判定す るための検査試薬であって, 1%SDS-2.5%メルカプトエタノール中で100℃,5分間煮沸処 理後のカタラーゼを検出しないものであり, ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナ ル抗体を構成成分とすることを特徴とする検査試薬。」イ 請求項8「 消化管排泄物中に存在するヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタ ラーゼをELISA法により検出することにより,ヘリコバクター・ピロ リへの感染を判定するための検査試薬であって, ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナ ル抗体を構成成分とし,キャンピロバクター・ジェジュニを検出しないこ とを特徴とする検査試薬。」ウ 請求項9「 消化管排泄物中に存在するヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタ ラーゼをイムノクロマトグラフィー法により検出することにより,ヘリコ バクター・ピロリへの感染を判定するための検査試薬であって, ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナ ル抗体を構成成分とし,キャンピロバクター・ジェジュニを検出しないこ とを特徴とする検査試薬。」 被告の行為等ア テイエフビーは,平成19年秋頃から平成26年3月まで,被告製品1 及び2を輸入し,販売した。被告は,同年4月以降,被告製品1及び2を 輸入し,譲渡し,又は譲渡の申出をしている。 イ 被告製品1はELISA法(酵素免疫測定法)による糞便中のヘリコバ クター・ピロリ抗原検出用試薬,被告製品2は免疫クロマト法による糞便 中のヘリコバクター・ピロリ抗原検出用試薬である。 被告製品1及び2はモノクローナル抗体を用いているところ,これらの モノクローナル抗体はいずれもヘリコバクター・ピロリのネイティブなカ タラーゼと結合する(これらのモノクローナル抗体がSDS等の変性剤に よって変性されたヘリコバクター・ピロリのカタラーゼと結合するか否か については当事者間に争いがある。)。 2 争点 構成要件充足性 原告は,被告製品1が本件発明1及び2の技術的範囲に,被告製品2が本 件発明1及び3の技術的範囲にそれぞれ属すると主張するところ,被告は, 被告製品1及び2につき後記ア及びイの点を除き構成要件1A及び1Bを 充足すること並びに被告製品1につき構成要件2A,被告製品2につき構成 要件3Aを充足することを争っていない。したがって,構成要件充足性に関 する争点は次のとおりとなる(被告製品1及び2が構成要件1A又は1Bを 充足しないことになれば,被告製品1は構成要件1C及び2B,被告製品2 は構成要件1C及び3Bをそれぞれ充足しないことになる。)。 ア 「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼを検出することに より」(構成要件1A)の充足性 イ 「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクロ ーナル抗体」(構成要件1B)の充足性 本件特許1〜3の無効理由の有無 被告は,本件特許1〜3には次の無効理由があり,特許無効審判により無 効にされるべきものであるから,原告は本件特許権を行使することができな い(特許法104条の3第1項)と主張している。 ア 国際公開第01/27613号(以下「乙4公報」という。)に記載さ れた発明(以下「乙4発明」という。)に基づくいわゆる拡大先願要件(特 許法29条の2)違反 イ 国際公開第01/27612号(以下「乙5公報」という。)に記載さ れた発明(以下「乙5発明」という。)に基づくいわゆる拡大先願要件違 反 ウ 「Catalase,a Novel Antigen for He licobacter pylori Vaccination」と題す る文献(以下「乙10文献」という。)に記載された発明(以下「乙10 発明」という。)に基づく進歩性欠如 エ 優先権の主張が認められないことを前提とする国際公開第00/266 71号(以下「乙19公報」という。)に記載された発明(以下「乙19 発明」という。)に基づく進歩性欠如 オ 「Molecular Cloning of Helicobact er pylori Catalase Gene and its Genetic Diversity」と題する文献(以下「乙22文献」 という。)に記載された発明(以下「乙22発明」という。)に基づく新 規性欠如 訂正の対抗主張の成否 損害の額3 争点に関する当事者の主張 足性)について ア 「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼを検出することに より」(構成要件1A)の充足性 (原告の主張) 被告製品1及び2はヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼ を検出するヘリコバクター・ピロリ抗原検出用試薬であるから,構成要件 1Aの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼを検出するこ とにより」を充足することは明らかである。 (被告の主張) 被告製品1及び2は,ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラー ゼのみならず,ヘリコバクター・ピロリの変性したカタラーゼを検出する ことによってもヘリコバクター・ピロリへの感染を判定することができる 試薬であるから,構成要件1Aの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブ なカタラーゼを検出することにより」を充足しない。 イ 「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクロ ーナル抗体」(構成要件1B)の充足性 (原告の主張) 本件発明1の特許請求の範囲請求項6において,「モノクローナル 抗体」は「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼを検出 する」ものとして明確に特定されている。 被告は,@本件明細書の記載(段落【0011】,【0013】, 【0029】,【0033】,【0065】等),A原告が本件特許 1〜3の審査過程で提出した意見書(乙2)の記載を根拠に,構成要 件1Bの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対す るモノクローナル抗体」とはヘリコバクター・ピロリの変性したカタ ラーゼと結合しないモノクローナル抗体をいうと限定的に解釈する。 しかし,上記@については,本件明細書の上記記載はいずれも「モノ クローナル抗体」がヘリコバクター・ピロリのカタラーゼと結合し, 認識できるものであることを説明したものにすぎない。また,上記A については,拒絶理由通知により引用された刊行物2(乙10)に記 載されたモノクローナル抗体が本件発明1の「モノクローナル抗体」 と異なる旨反論し,変性したカタラーゼと結合するモノクローナル抗 体がネイティブなカタラーゼと結合するモノクローナル抗体ではない という事実を指摘したにすぎず,本件発明1の「モノクローナル抗体」 を本件明細書の実施例10のモノクローナル抗体に限定する趣旨では ない。したがって,被告が主張するように限定的な解釈をする根拠と ならない。 そして,被告製品1及び2がいずれもヘリコバクター・ピロリのネ イティブなカタラーゼを検出するものであることは当事者間に争いが ないから,被告製品1及び2は構成要件1Bを充足する。 b また,構成要件1Bの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカ タラーゼに対するモノクローナル抗体」を被告が主張するようにSD S等により変性されたカタラーゼを検出しないものと限定的に解釈す るとしても,このSDS等により変性されたカタラーゼとは本件明細 書の段落【0116】に記載された方法により処理されたものをいう と解すべきである。 そして,実験結果(甲7,14)によれば,被告製品1及び2はい ずれも上記処理により変性されたカタラーゼを検出しなかったから, 被告が主張する上記解釈を前提としても,被告製品1及び2は構成要 件1Bを充足する。 「モノクローナル抗体」は単一で用いても,複数で用いてもどちらで もよい。本件明細書の記載(段落【0010】,【0087】)をみて も,複数のモノクローナル抗体を用いることが否定されていない。した がって,モノクローナル抗体を用いている被告製品1及び2は構成要件 1Bの「モノクローナル抗体」を充足する。 (被告の主張) 特許請求の範囲請求項6の記載からは,本件発明1の「モノクロー ナル抗体」が「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼ」 に結合することは一義的に明らかであるが,それ以外の物質と結合するか否かは明らかとはいえない。そこで,本件明細書の記載をみると,「モノクローナル抗体」はヘリコバクター・ピロリのカタラーゼに特異的に存在するエピトープに特異的に結合し,これ以外のエピトープには結合しないものであるといえるところ(段落【0013】,【0033】,【0065】),この結合しないエピトープにはSDS等の変性剤で変性,乖離されたカタラーゼのサブユニットのエピトープが含まれる(段落【0011】,【0029】,【0037】,【0121】)。他方で,本件明細書には「モノクローナル抗体」が変性されたカタラーゼのサブユニットに結合する旨の記載はない。 また,原告が本件特許1〜3の審査過程で提出した平成15年11月11日付け意見書(乙2)には「刊行物2に記載されているモノクローナル抗体は,ヘリコバクター・ピロリのカタラーゼをSDSにより変性・乖離させて得られた,変性したサブユニットと結合するものであります。」,「本願発明の検査試薬が含有するモノクローナル抗体はヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼを抗原とし,ネイティブなカタラーゼの立体構造をエピトープとして認識するものであり,本願明細書の段落番号[0121]の実施例10に記載されているように,SDSにより変性されたカタラーゼとは結合することができません。」との各記載(乙2の2頁)があり,原告は,本件発明1の「モノクローナル抗体」が変性されたカタラーゼと結合しないという点で上記刊行物2に記載されたモノクローナル抗体と相違する旨主張したことで特許査定を受けたから,「モノクローナル抗体」にSDS等の変性剤で変性,乖離されたカタラーゼのサブユニットのエピトープに結合するモノクローナル抗体が含まれると解釈することはできないというべきである。 したがって,「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼ に対するモノクローナル抗体」とは,ヘリコバクター・ピロリのネイ ティブなカタラーゼに特異的に存在するエピトープと結合するモノク ローナル抗体であって,ヘリコバクター・ピロリの変性したカタラー ゼのサブユニットのエピトープとは結合しないものをいうと解すべき である。 b 実験結果(乙26,27,34)によれば,被告製品1及び2で用 いられているモノクローナル抗体はSDS等の変性剤によって変性, 乖離したヘリコバクター・ピロリのカタラーゼのサブユニットと結合 した。また,被告製品1及び2についてもこの変性したカタラーゼを 検出した。 したがって,被告製品1及び2は,構成要件1Bを充足しない。 本件明細書の段落【0010】,【0051】,【0052】の記載 からすれば,「モノクローナル抗体」とは単一のモノクローナル抗体を いうと解すべきである。そして,被告製品1は複数のモノクローナル抗 体を用いているから,構成要件1Bの「モノクローナル抗体」を充足し ない。 (本件特許1〜3の無効理由の有無)についてア 乙4発明に基づくいわゆる拡大先願要件違反 (被告の主張) 乙4公報(なお,特表2003-511698号(以下「乙7公報」と いう。)には乙4公報の翻訳文が掲載されており,乙7公報に記載された 事項は乙4公報に記載された事項とほぼ同じであるから,以下では乙7公 報の請求項及び段落番号を引用する。)には,@ヘリコバクター・ピロリ のカタラーゼが消化管排泄物中でネイティブな状態で存在すること(段落 【0018】,【0019】,【0033】〜【0035】,【0096】 〜【0101】,【0115】〜【0124】,【0130】),Aヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナル抗体を用いて感染を判定すること(請求項1〜6,14,34,段落【0002】,【0018】,【0027】,【0033】〜【0035】,【0040】,【0096】〜【0101】,【0115】〜【0124】,【0130】),B判定の方法としてELISA法やイムノクロマトグラフィー法を用いること(請求項31,段落【0027】,【0034】,【0058】,【0101】,【0130】)が開示されているから,これらを内容とする乙4発明は本件発明1〜3と同一である。 そして,本件特許1〜3の優先日は,乙4発明に係る出願日(平成11年10月12日)よりも後であり,かつ,乙4発明に係る出願の国際公開がされた日(平成13年4月19日)よりも前であるから,本件特許1〜3は特許法29条の2に違反する。 (原告の主張) 乙4公報(乙4公報と乙7公報に記載された事項がほぼ同じであることについては争わないので,以下では乙7公報の段落番号を引用する。)では,糞便中にネイティブなカタラーゼ(天然カタラーゼ)と変性したカタラーゼが存在することを前提として,変性したカタラーゼを検出することによりヘリコバクター・ピロリの感染を判定できるとの技術的知見が示されているのみであって,ネイティブなカタラーゼを検出することではヘリコバクター・ピロリへの感染を判定することはできないと明言されている(段落【0122】,【0123】)。したがって,乙4公報には前記(被告の主張)Aの技術思想は記載されていない。 また,乙4公報には,イムノクロマトグラフィー法の実施例が記載されておらず,その有用性も評価されていないから,前記(被告の主張)Bのうちイムノクロマトグラフィー法に係る部分の技術思想も記載されていない。 そうすると,本件発明1〜3は乙4発明と同一でないから,本件特許1 〜3は特許法29条の2に違反しない。 イ 乙5発明に基づくいわゆる拡大先願要件違反 (被告の主張) 乙5公報(なお,特表2003-511697号(以下「乙8公報」と いう。)には乙5公報の翻訳文が掲載されており,乙8公報に記載された 事項は乙5公報に記載された事項とほぼ同じであるから,以下では乙8公 報の段落番号を引用する。)には,@ヘリコバクター・ピロリのカタラー ゼが消化管排泄物中でネイティブな状態で存在すること(段落【003 7】,【0038】,【0046】,【0070】〜【0072】,【0 139】〜【0156】),Aヘリコバクター・ピロリのネイティブなカ タラーゼに対するモノクローナル抗体を用いて感染を判定すること(段落 【0002】,【0037】,【0046】,【0070】〜【0072】, 【0080】,【0139】〜【0156】),B判定の方法としてEL ISA法やイムノクロマトグラフィー法を用いること(段落【0046】, 【0071】,【0098】,【0144】,【0179】〜【0184】) が開示されているから,これらを内容とする乙5発明は本件発明1〜3と 同一である。 そして,本件特許1〜3の優先日は,乙5発明に係る出願日(平成11 年10月12日)よりも後であり,かつ,乙5発明に係る出願の国際公開 がされた日(平成13年4月19日)よりも前であるから,本件特許1〜 3は特許法29条の2に違反する。 (原告の主張) 乙5公報(乙5公報と乙8公報に記載された事項がほぼ同じであること については争わないので,以下では乙8公報の段落番号を引用する。)で は,乙4公報と同様に,糞便中にネイティブなカタラーゼ(天然カタラー ゼ)と変性したカタラーゼが存在することを前提としても,変性したカタ ラーゼを検出することによりヘリコバクター・ピロリの感染を判定できる との技術的知見が示されているのみである(段落【0155】,【015 6】)から,乙5公報には前記(被告の主張)Aの技術思想は記載されて いない。 また,乙5公報中のイムノクロマトグラフィーに関する記載(22頁1 〜11行。乙8公報の段落【0071】)は,本件特許3の優先日以降に 追加された新たな技術事項である。 したがって,本件発明1〜3は乙5発明と同一でないから,本件特許1 〜3は特許法29条の2に違反しない。 ウ 乙10発明に基づく進歩性欠如 (被告の主張) 乙10文献は本件特許1〜3の優先日前に頒布された刊行物であるとこ ろ,これに記載された乙10発明と本件発明1を対比すると,ヘリコバク ター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対する抗体である点で一致し, @本件発明1の抗体がヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼ に結合するモノクローナル抗体であるのに対し,乙10発明の抗体がポリ クローナル抗体である点,A本件発明1が消化管排泄物中に存在するヘリ コバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼを検出することにより,ヘ リコバクター・ピロリへの感染を判定するための試薬であるのに対し,乙 10発明が不明である点で相違する。 上記相違点@については,モノクローナル抗体の方がポリクローナル抗 体よりも特異性が高いことは当業者にとって周知の事実であり,ネイティ ブなカタラーゼのみをより確実に検出する目的でこのカタラーゼに結合 するモノクローナル抗体を作製することは当業者であれば容易である。上 記相違点Aについては,本件特許1〜3の優先日前に頒布された刊行物(乙11〜13)には糞便中にネイティブなカタラーゼを有する生きたヘリコバクター・ピロリが存在すること及びヘリコバクター・ピロリ感染を判定するために使用できる方法が記載されているから,乙10発明にこれらの刊行物を組み合わせて,糞便中のネイティブなカタラーゼをヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対する抗体で検出することによりヘリコバクター・ピロリの感染を判定するとの構成に至ることは,当業者であれば容易である。 そして,糞便試料中に含まれる抗原を検出する方法として本件発明2のELISA法や本件発明3のイムノクロマトグラフィー法は周知であるから,本件発明1の検査試薬をこれらの方法に用いることは当業者であれば容易に想到できる。 したがって,本件発明1〜3は進歩性を欠く。 (原告の主張) 乙10文献はウレアーゼ以外のヘリコバクター・ピロリの酵素がワクチン抗原として機能し得ることを初めて示したものであり,乙10文献に記載されているモノクローナル抗体は精製されたタンパクの同定のために使用されているにすぎず,乙10文献には消化管排泄物中のヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼを検出することやヘリコバクター・ピロリへの感染の判定に関する技術思想は開示又は示唆されていない。そうすると,乙10発明は本件発明1〜3と対比できる構成を備えていないというべきである。 また,被告が主張する各文献(乙11〜13)は前記(被告の主張)の相違点Aに係る構成を開示又は示唆していないから,乙10発明にこれらの文献に記載された技術特定事項が適用可能であるとしても,相違点Aに係る構成に至ることは容易想到ではない。 したがって,本件発明1〜3は進歩性を有する。 エ 優先権の主張が認められないことを前提とする乙19発明に基づく進歩 性欠如 (被告の主張) 本件特許1〜3の優先権の基礎となった,@特願平11-308475 (優先日は平成11年10月29日),A特願2000-52377(優 先日は平成12年2月28日)及びB特願2000-244414(優先 日は平成12年8月11日)について,@には「カタラーゼ」及び「ネイ ティブ」の用語が存在せず,特異的抗原についても誤認していること,@ 及びAにはヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼが消化管排 泄物中に含まれることを見いだした実施例11の記載がないこと,@〜B には「ネイティブなカタラーゼ」の定義がなかったことから,@〜Bのい ずれについても優先権主張の効果は認められない。そうすると,本件発明 1〜3は本件特許1〜3の出願日(平成12年10月27日)を基準とし て進歩性が判断されるべきである。 そして,乙19公報は本件特許の出願前に頒布された刊行物であるとこ ろ,これに記載された乙19発明と本件発明1を対比すると,消化管排泄 物中に存在するヘリコバクター・ピロリのネイティブなタンパク質を検出 することによりヘリコバクター・ピロリへの感染を判定する点及びネイテ ィブなタンパク質に結合するモノクローナル抗体である点で一致し,@乙 19発明が消化管排泄物中に存在するヘリコバクター・ピロリのネイティ ブなタンパク質としてカタラーゼを明示していない点,A乙19発明の抗 体がヘリコバクター・ピロリのネイティブな複数種のタンパク質に結合す るモノクローナル抗体である点で相違するが,乙19発明と刊行物(乙1 0〜13)を組み合わせることで,上記各相違点に係る構成に至ることは 容易である。 また,本件発明1の検査試薬を本件発明2のELISA法や本件発明3 のイムノクロマトグラフィー法に用いることは容易想到である。 したがって,本件発明1〜3は進歩性を欠く。 (原告の主張) 本件特許1〜3の優先権の基礎となった上記Aの出願に係る明細書には 「消化管排泄物中に存在するヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタ ラーゼ」の要件ないし知見は開示されていたから,少なくとも上記Aの優 先権主張の効果は認められる。そして,乙19公報は上記Aに係る優先日 以降に頒布されたものであるから,特許法29条1項3号の「特許出願前 に・・頒布された刊行物」に該当しない。したがって,乙19発明に基づ いて進歩性欠如をいう被告の主張は失当である。 オ 乙22発明に基づく新規性欠如 (被告の主張) 本件発明1はいわゆる用途発明に該当しないから,その発明特定事項と しては「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノ クローナル抗体を構成成分とすることを特徴とする検査試薬」のみを考慮 すべきである。そして,乙22文献は本件特許1〜3の優先日前に頒布さ れた刊行物であるところ,乙22文献に記載されている乙22発明は上記 の本件発明1の発明特定事項と同一である。したがって,本件発明1は新 規性を欠く。 (原告の主張) 乙22発明のモノクローナル抗体は本件発明1の「ネイティブなカタラ ーゼに対するモノクローナル抗体」と異なるから,乙22発明と本件発明 1は同一ではない。したがって,本件発明1は新規性を有する。 (訂正の対抗主張の成否)について(原告の主張) 本件訂正請求は,@特許請求の範囲請求項6において,検査試薬を「1%SDS-2.5%メルカプトエタノール中で100℃,5分間煮沸処理後のカタラーゼを検出しないもの」に,A特許請求の範囲請求項8及び9について,独立請求項に書き換えるとともに,検査試薬を「キャンピロバクター・ジェジュニを検出しないもの」に減縮することを目的とするものであって訂正要件を満たすところ,本件訂正請求により本件特許1〜3の無効理由(前 は本件訂正発明1及び2の,被告製品2は本件訂正発明1及び3の各技術的範囲に属するから,被告の主張する権利不行使の抗弁(特許法104条の3第1項)は理由がない。 (被告の主張) 本件訂正請求は,本件明細書に記載した事項の範囲内においてされたものとはいえず,また,実質上特許請求の範囲を変更するものであるから,訂正要件を満たさない(特許法134条の2第9項,126条5項,6項)。また,本件訂正請求によっても,本件特許1〜3の無効理由は解消しない上,新たな無効理由が生じる。 本件訂正発明1の「モノクローナル抗体」は「1%SDS-2.5%メルカプトエタノール中で100℃,5分間煮沸処理後のカタラーゼを検出しないもの」に限定して解釈されるべきであるところ,実験結果(乙34)によれば,被告製品1及び2のモノクローナル抗体は上記煮沸処理後のカタラーゼを検出したから,被告製品1及び2は本件訂正発明1の構成要件を充足しないので,被告製品1及び2は本件訂正発明1〜3の技術的範囲に属しない。 したがって,原告の訂正の対抗主張は理由がない。 (原告の主張) テイエフビーは,被告製品1及び2の販売により少なくとも合計1億5000万円(被告製品1につき平成19年9月から平成25年12月末までの 販売による1億2000万円,被告製品2につき平成18年1月から平成2 5年12月末までの販売による3000万円)の利益を得たから,原告は少 なくとも1億5000万円の損害を被った(特許法102条2項)。 また,原告は,弁護士費用相当額として少なくとも合計1500万円(被 告製品1につき1200万円,被告製品2につき300万円)の損害を被っ た。 そして,被告は平成26年4月1日にテイエフビーを吸収合併し,テイエ フビーの原告に対する損害賠償債務を承継したから,原告は,被告に対し, 民法709条及び特許法102条2項に基づき,上記損害賠償金の一部であ る1億円(被告製品1につき8000万円,被告製品2につき2000万円) の支払を求めることができる。 (被告の主張) 争う。 |
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当裁判所の判断
1 「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモ ノクローナル抗体」(構成要件1B)の充足性)について 構成要件1Bの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対 するモノクローナル抗体」の充足性について,原告はモノクローナル抗体が ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼと結合すれば足りると主 張するのに対し,被告はモノクローナル抗体が変性したカタラーゼとも結合 するものであるときは構成要件1Bを充足しない旨主張するので,以下検討 する。 ア 本件特許1の特許請求の範囲の文言上,本件発明1がヘリコバクター・ ピロリのネイティブなカタラーゼを検出することによりヘリコバクター ・ピロリへの感染を判定することができる検査試薬であり,その構成成分 であるモノクローナル抗体がヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタ ラーゼと結合することは明らかであるが,このモノクローナル抗体がこの ほかにどのような物質と結合し,又はしないかについては,特許請求の範 囲に明示的な記載がない。 イ 本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の欄には,以下の趣旨の記載が ある。 従来の技術 ヘリコバクター・ピロリ感染の存在診断又は除菌判定のためには,従 来,侵襲的検査法である胃部生検組織の培養,非侵襲的検査法である尿 素呼気試験や抗体検査等が用いられたが,いずれも種々の問題があり, 非侵襲的かつ直接,特異的に精度良く検出できる検査方法が望まれてい る。(段落【0004】,【0005】) 一方,抗原抗体反応に基づく免疫学的方法による糞便からのヘリコバ クター・ピロリの直接検出に関してポリクローナル抗体を用いた方法が あるが,これに関しては偽陰性の出現や特異性の低さが問題になってい る。(【0007】,【0008】) 発明が解決しようとする課題 本発明は,上記現状に鑑み,被験者に苦痛を与えず,特別の装置を必 要とせずに,安価にヘリコバクター・ピロリの感染が診断でき,また, 単一の抗体を用いることにより,交差反応性がなく特異性に優れ,ロッ トごとの変動がなく品質管理が容易であり,さらに,単一のモノクロー ナル抗体を用いた場合でも優れた感度を有する検査方法及び検査試薬を 提供することを目的とするものである。(【0010】) 課題を解決するための手段 a 本明細書において,カタラーゼとは,SDS等の変性剤で変性・乖 離され,立体構造がほどかれたサブユニットに相当するタンパク質を 含まないものである。(【0011】)b 従来,ヘリコバクター・ピロリの菌体は下部消化管では破砕された 状態にあり,そのタンパク質は消化管中でタンパク質分解酵素により 分解されてしまうと考えられていた。しかしながら,本発明者は,鋭 意研究を行った結果,驚くべきことに,ヘリコバクター・ピロリ感染 者の糞便中にはヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼが 存在していることを見いだし,これがヘリコバクター・ピロリへの感 染を判定するための指標になり得ることに想到し,本発明を完成する に至った。(【0012】)c 本発明のモノクローナル抗体の製造方法としては特に限定されず, 例えば,遺伝子工学的に得られたものであっても,ヘリコバクター・ ピロリのカタラーゼと特異的に結合することができる限り本発明の範 囲に含まれるものである。(【0013】)d 本明細書において,ネイティブな酵素とは,ほぼ生理的な条件でと っている固有の構造を保持しているものを指し,全て(4個)のサブ ユニットを有し,かつ,活性を有しているものをいう。 【0017】 ( )e 本発明のモノクローナル抗体としては,ヘリコバクター・ピロリの カタラーゼと特異的に結合することができるものであれば特に限定さ れない。(【0033】)f したがって,以上の結果より,モノクローナル抗体21G2,モノ クローナル抗体41A5及びモノクローナル抗体82B9が検出した タンパク質は4個のサブユニットを有するヘリコバクター・ピロリの カタラーゼであると同定され,上記の各モノクローナル抗体は,4個 のサブユニットを有するカタラーゼを認識するものであることが明ら かとなった。(【0036】)g 上記抗体固定アフィニティークロマトグラフィーで検出されたカタ ラーゼの活性を測定したところ,活性を有しており,このカタラーゼ がいわゆるネイティブな酵素であったことも判明した。なお,モノク ローナル抗体21G2,モノクローナル抗体41A5及びモノクロー ナル抗体82B9はいずれも解離したカタラーゼのサブユニットとは 反応しなかった。(【0037】)h 本発明の免疫学的測定法は,本発明のモノクローナル抗体を用いる ものであるので,ヘリコバクター・ピロリのカタラーゼに特異的に存 在するエピトープを認識することができ,他の物質を,交差反応を原 因として誤って検出してしまうことがなく,特異性が極めて高い測定 を行うことができるという極めて優れた特色を有する。【0065】 ( ) 実施例 抗ヘリコバクター・ピロリモノクローナル抗体と糞便中抗原のサブユニットとの反応性を測定するため,実施例9(2)に記載したSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(2%SDS-5%メルカプトエタノールと混合し,100℃,5分間煮沸した溶液を用いたもの)を行ったところ,いずれのモノクローナル抗体を用いても抗原性に由来する発色は認められなかった。したがって,本発明のモノクローナル抗体はカタラーゼのサブユニットすなわち一次構造上のエピトープを認識するのではなく,よりネイティブな高次構造をエピトープとして認識していることが示唆された。(【0116】の実施例9(2),【0121】の実施例10) 発明の効果 本発明は,上述の構成よりなるので,ヘリコバクター・ピロリのカタラーゼに特異的に存在するエピトープを認識することができるモノクローナル抗体を提供することができ,さらに,本発明のモノクローナル抗体を用いれば,ヘリコバクター・ピロリを極めて特異的に認識すること ができる。(【0125】)ウ 本件明細書の上記各記載を総合すると,本件発明1は,従来のヘリコバ クター・ピロリの検出方法においては特異性の低さ等の問題があったこと から(段落【0008】),交差反応性がなく特異性に優れ品質管理が容 易なヘリコバクター・ピロリの感染を判定するための検査試薬を提供する ことを目的としているところ(【0010】),従来はヘリコバクター・ ピロリのタンパク質が消化管中で分解されてしまうと考えられていたが, ヘリコバクター・ピロリ感染者の糞便中にヘリコバクター・ピロリのネイ ティブなカタラーゼが存在していることを見いだしたことで,これをヘリ コバクター・ピロリへの感染を判定するための指標とすることとし(【0 012】),ヘリコバクター・ピロリのカタラーゼ(このカタラーゼには SDS等の変性剤で変性,乖離され,立体構造がほどかれたサブユニット に相当するタンパク質が含まれない。【0011】)と特異的に結合する モノクローナル抗体(【0013】,【0033】,【0065】),す なわち,ネイティブなカタラーゼと特異的に結合するモノクローナル抗体 (【0033】,【0036】,【0037】,【0121】)を用いる ことで特異性が極めて高い測定を行うことができる特色を有する(【00 65】,【0125】)発明であると認められる。 そうすると,構成要件1Bの「ヘリコバクター・ピロリのネイティブな カタラーゼに対するモノクローナル抗体」とは,ヘリコバクター・ピロリ のネイティブなカタラーゼのみと結合するモノクローナル抗体であって, SDS等の変性剤で変性されたカタラーゼとは結合しないものをいうと 解するのが相当である。 エ これに加え,原告は,本件特許1〜3の出願経過において,平成15年 11月11日付け意見書(乙2)を提出し,拒絶理由通知により引用され た刊行物2(乙10)との相違点につき,刊行物2に記載されたモノクロ ーナル抗体はヘリコバクター・ピロリのカタラーゼをSDSにより変性, 乖離させて得られた変性したサブユニットと結合するものであるのに対 し,本件発明1の「モノクローナル抗体」はヘリコバクター・ピロリのネ イティブなカタラーゼの立体構造をエピトープとして認識するものであ って,SDSにより変性されたカタラーゼとは結合することができないも のである旨の説明をしている。このような原告の説明は,構成要件1Bの モノクローナル抗体につき上記ウのように解釈すべきことを裏付けるも のということができる。 オ そこで,上記ウの解釈を前提に,被告製品1及び2が構成要件1Bの「ヘ リコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクローナル 抗体」を充足するかについてみる。 ローナル抗体はヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼと結合 する。また,証拠(乙26,34)及び弁論の全趣旨によれば,このモノ クローナル抗体(被告製品1につきIgG主抗体及びIgG副抗体,被告 製品2につきIgM抗体)はSDS及び2ME(メルカプトエタノール) による変性処理並びに煮沸処理を経たカタラーゼを検出することが認め られる。そして,これらの変性及び煮沸処理によってカタラーゼは完全に 変性し,単量体となったものと考えられるから(本件明細書の段落【01 16】参照),被告製品1及び2のモノクローナル抗体は変性剤で変性さ れたカタラーゼと結合するものであるということができる。 そうすると,被告製品1及び2のモノクローナル抗体は,ヘリコバクタ ー・ピロリのネイティブなカタラーゼだけでなく,変性剤で変性されたカ タラーゼとも結合するモノクローナル抗体であるから,構成要件1Bの 「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼに対するモノクロー ナル抗体」に当たらない。したがって,被告製品1及び2が構成要件1B を充足すると認めることはできない。 カ これに対し,原告は,@特許請求の範囲請求項6において「モノクロー ナル抗体」は「ヘリコバクター・ピロリのネイティブなカタラーゼを検出 する」ものとして明確に特定されており,本件明細書の記載及び原告が提 出した意見書(乙2)の記載は限定的な解釈をとる根拠とならない,A限 定的に解釈するとしても,構成要件1Bの「モノクローナル抗体」が結合 しない変性されたカタラーゼとは,本件明細書の段落【0116】に記載 された方法により処理されたものをいうと解すべきである,B実験結果 (甲7,14)によれば,被告製品1及び2はいずれも変性されたカタラ ーゼを検出しなかったなどとして,被告製品1及び2は構成要件1Bを充 足する旨主張する。 そこで判断するに,原告の上記主張@については,前記ウ及びエで説示 したところに照らし,これを採用することはできない。 同Aについては,本件明細書の段落【0116】は実施例の一つを記載 したものであって,この記載から直ちに構成要件1Bを原告が主張するよ うに限定的に解釈することはできないというべきである。 同Bについては,原告による実験(甲7,14)においてはいずれもS DS及び2MEによる変性処理並びに煮沸処理により変性したカタラー ゼが検出されなかったことが認められる。しかし,これらの実験で試料と して用いられたのは被告製品1及び2であって,被告による前記実験(乙 26,34)で用いられた被告製品1及び2のモノクローナル抗体ではな い。そして,被告製品1及び2の測定原理(固相抗体と標識抗体で抗原(カ タラーゼ)を挟み込むことにより抗原を検出すること。甲3,5,乙27, 弁論の全趣旨)に照らすと,カタラーゼが完全に変性して単量体となって いる場合には固相抗体と標識抗体の一方しかこのカタラーゼと結合する ことができないため,被告製品1及び2は完全に変性したカタラーゼを検 出できないと考えられることを踏まえれば,原告による上記実験において 被告製品1及び2が完全に変性したカタラーゼを検出しなかったとして も,このことから直ちに被告製品1及び2で用いられているモノクローナ ル抗体が変性したカタラーゼと結合したとする被告による前記実験結果 の信用性が害されることはないというべきである。したがって,原告の上 記主張Bは前記オの判断に影響するものでないと解される。 以上のとおり,被告製品1及び2は構成要件1Bを充足しないから,被告 製品1につき本件発明1及び2,被告製品2につき本件発明1及び3の技術 的範囲に属するとはいずれも認められない。 2 結論 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいず れも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 長谷川浩二 |
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裁判官 | 萩原孝基 |
裁判官 | 中嶋邦人 |