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関連審決 訂正2015-390076
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成27ワ12416 特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成27ワ12414 特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成25ワ3357 特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成29ワ10742 特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成26ネ10102 特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
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事件 平成 26年 (ワ) 34467号 特許権侵害行為差止等請求事件

原告 一般社団法人家畜改良事業団
同訴訟代理人弁護士 萩尾保繁
同 山口健司
同 石神恒太郎
同 関口尚久
同 伊藤隆大
同訴訟復代理人弁護士 青木修二郎
同 補佐人弁理士渡邉陽一
同 中島勝
同 津田英直
被告全国農業協同組合連合会
被告株式会社ヤマネテック
被告 エア・ウォーター・マッハ株式会社
上記3名訴訟代理人弁護士 生田哲郎
同 名越秀夫
同 高橋隆二
同 森本晋
同 佐野辰巳 1
同 中所昌司
同訴訟復代理人弁理士 本田文乃
同 補佐人弁理士谷川英次郎
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2016/01/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告エア・ウォーター・マッハ株式会社は,別紙被告製品目録記載の製品を製造してはならない。
2 被告らは,別紙被告製品目録記載の製品を販売し,又は販売の申出をしてはならない。
3 被告らは,別紙被告製品目録記載の製品を廃棄せよ。
4 被告らは,原告に対し,連帯して6389万7900円及びこれに対する平成27年1月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告株式会社ヤマネテック及び被告エア・ウォーター・マッハ株式会社は,原告に対し,連帯して569万2500円及びこれに対する平成27年1月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 本件は,発明の名称を「家畜の人工授精用精子または受精卵移植用卵子の注入器及びその操作方法」とする特許第3361778号に係る特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」という。また,その願書に添付した明細書〔訂正審判事件(訂正2015-390076)の平成27年8月4日付け審決(同月13日確定)により訂正されたもの。別紙訂正明細書(甲10の2)参照〕及び図面〔別紙特許公報(甲2)参照〕を併せて「本件明細書」とい う。
なお,本件特許は平成15年6月30日以前にされた出願に係るものであるから, 2 本件特許に係る明細書は特許請求の範囲を含むものである〔平成14年法律第24号附則1条2号,3条1項,平成15年政令第214号〕。)を有する原告が,別紙被告製品目録記載の製品(以下「被告製品」という。 )は,本件明細書の特許請 求 の範 囲 (以 下 「 本 件 特 許 の 特 許 請 求 の 範 囲 」 , 又 は , 単 に 「 特 許 請 求 の 範囲」という。)の請求項1記載の発明(以下「本件特許発明」という。なお,特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか否かは,請求項ごとに判断されるべきであることに鑑み,以下,本件特許のうち同発明に係る特許を「本件特許発明についての特許」ということがある。)の技術的範囲に属するから,被告エア・ウォーター・マッハ株式会社(以下「被告エア・ウォーター・マッハ」という。)が被告製品を製造する行為は本件特許権を侵害する行為であり,また,被告らが被告製品を販売又は販売の申出をする行為も本件特許権を侵害する行為であると主張して,@被告エア・ウォーター・マッハに対し,特許法100条1項に基づき被告製品の製造の差止めを求め(前記第1の1),A被告らに対し,同条項に基づき被告製品の販売及び販売の申出の差止めを求め(前記第1の2),B被告らに対し,同条2項に基づき被告製品の廃棄を求める(前記第1の3)とともに,併せて,被告エア・ウォーター・マッハが製造した被告製品を被告株式会社ヤマネテック(以下「被告ヤマネテック」という。 )が被告全国農業協同組合連合会(以下「被告全農」という。 )に販売し,被告全農がこれを消費者に販売した 行 為( 以 下 , 上 記 販 路 に 係 る 被 告 製 品 を 「 被 告 全 農 販 売 分 」 と い う こ と が ある。)については被告ら3名の共同不法行為が成立し,また,被告エア・ウォーター・マッハが製造した被告製品を被告ヤマネテックが消費者に直接販売した行為(以下,上記販路に係る被告製品を「被告ヤマネテック販売分」ということがある。)については被告エア・ウォーター・マッハと被告ヤマネテックとの共同不法行為が成立すると主張して,C被告らに対し,特許権侵害の共同不法行為(被告全農販売分に係る平成24年5月1日から平成26年11月30日までの製造・販売行為)による損害賠償金6389万7900円(うち弁護士費用580万890 3 0円)及びこれに対する不法行為の後の日である平成27年1月15日(各被告に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め(前記第1の4),D被告ヤマネテック及び被告エア・ウォーター・マッハに対し,特許権侵害の共同不法行為(被告ヤマネテック販売分に係る平成24年5月1日から平成26年11月30日までの製造・販売行為)による損害賠償金569万2500円(うち弁護士費用51万7500円)及びこれに対する不法行為の後の日である平成27年1月15日(被告ヤマネテック及び被告エア・ウォーター・マッハに対する各訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた(前記第1の5)事案である。
2 前提事実等(当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実等) (1) 当事者 ア 原告は,家畜の改良に関する調査研究を行うとともに,家畜の人工授精用精液,受精卵及び人工授精用器具の生産,配布等を目的とする一般社団法人である。
イ 被告全農は,農畜産物の流通,販売等を行っている,農業協同組合法に基づいて設立された農業協同組合等の連合体である。
ウ 被告ヤマネテックは,牛の人工授精用器具の製造,販売等を目的とする株式会社である。
エ 被告エア・ウォーター・マッハは,ゴム製品の製造,販売等を目的とする株式会社である。
(2) 本件特許権 原告は,次の内容の本件特許に係る本件特許権を有している。
登 録 番 号 特許第3361778号 発 明の名称 家畜の人工授精用精子または受精卵移植用卵子の注入器及び その操作方法 4 出 願 日 平成11年7月9日 登 録 日 平成14年10月18日 訂正審決日 平成27年8月4日 本件特許については,上記のとおり,訂正審判事件(訂正2015-390076)の平成27年8月4日付け審決(同月13日確定)により訂正が認められており,同訂正の確定により,本件特許の特許請求の範囲は,別紙訂正明細書の【特許請求の範囲】欄に記載のとおりとなった(甲10の1・2,15の1・2)。
(3) 本件特許発明 本件特許発明(特許請求の範囲の請求項1記載の発明)を構成要件に分説すると,次 の と おり で あ る ( 以 下 , 分 説 に 係 る 各 構 成 要 件 を 符 号 に 対 応 し て 「 構 成 要 件A」などという。なお,構成要件GないしHは,「物」の発明である本件特許発明をその機能により特定するものと解される。)。
A:牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に可撓性のチューブを押出し自在に挿 入配設し, B:該チューブの先端にノズル体を一体的に取付け, C:該ノズル体は先端を球面状に閉鎖形成するとともに後端を該チューブと結合 し D:かつ側部に該チューブと連通する透孔を設けてなり, E:該ノズル体は該パイプの先端に密接して該パイプの先端を閉塞可能としてな り, F:該チューブの後端には精子または卵子を前方へ送り出す押送手段を取付自在 とし, G:該外側パイプを牛の子宮体内に挿入した後に該外側パイプの後端から該チュ ーブを前方に繰り出すことによって該チューブを該外側パイプの先端から前 方に押出し,該押し出されたチューブをその先端の該ノズル体の重量によっ て下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出し, 5 H:しかる後に該押送手段によって精子または卵子を該チューブ内を経由して該 ノズル体の該透孔から該子宮角深部へと吐出し得るようにしてなる I:ことを特徴とする牛の人工授精用精子または受精卵移植用卵子の注入器。
(4) 被告らの行為 ア 被告エア・ウォーター・マッハは,遅くとも平成24年11月以降,被告ヤマネテックから委託を受けて,被告製品を業として製造している。
イ 被告ヤマネテックは,遅くとも平成25年3月以降,被告エア・ウォーター・マッハに委託して製造させた被告製品を業として被告全農に販売しているほか,自己が管理するホームページ等において,被告製品を業として全国の畜産農家等に販売している。
ウ 被告全農は,遅くとも平成25年6月以降,被告ヤマネテックから購入した被告製品を業として全国の畜産農家等に販売し,販売の申出をしている。
(5) 被告製品の構成 被告製品の構成は,別紙被告製品説明書に記載のとおりである(争いがない事実,乙1)。
なお,被告らは,被告製品が本件特許発明構成要件B,C,D,E,F,H及びIを充足することにつき,争っていない。
3 争点 (1) 被告製品は文言上本件特許発明技術的範囲に属するか(争点1) ア 被告製品は構成要件Aを充足するか(争点1-1) イ 被告製品は構成要件Gを充足するか(争点1-2) (2) 被告製品は本件特許発明均等なものとしてその技術的範囲に属するか(争点2) (3) 本件特許発明についての特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点3) ア 無効理由1(乙9を主引例とする進歩性欠如)は認められるか(争点3- 6 1) イ 無効理由2(乙12を主引例とする進歩性欠如)は認められるか(争点3-2) ウ 無効理由3(実施可能要件違反)は認められるか(争点3-3) エ 無効理由4(サポート要件違反)は認められるか(争点3-4) オ 無効理由5(明確性要件違反)は認められるか(争点3-5) (4) 原告が受けた損害の額(争点4) 4 争点に対する当事者の主張 (1) 争点1-1(被告製品は構成要件Aを充足するか)について 【原告の主張】 ア 構成要件Aの充足性 被告製品のチューブBは,構成要件Aにいう「可撓性のチューブ」に該当するところ,被告製品の外側パイプ@は,牛の子宮内に挿入するためのもので,チューブBをその内部に押出し自在に挿入配設しており,かつ,被告製品において最も外側に位置するパイプ状の部材であるから,構成要件Aにいう「牛の子宮体内挿入用外側パイプ」に該当する。したがって,被告製品は,構成要件Aを充足する。
イ 被告らの主張について 被告らは,構成要件Aの充足性を争うが,次のとおり,被告らの主張は失当である。
(ア) 被告らは,構成要件Aにおける「外側パイプの内部に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し」との文言を「外側パイプの内部に可撓性のチューブを,むきだしのまま直接的に,押出し自在に挿入配設し」と解釈すべき旨主張するが,そもそも特許請求の範囲にかかる限定文言は存在しない。
被告らは,その主張の根拠として,本件明細書に記載された実施例を掲げているが,特許発明技術的範囲は,実施例として開示された態様に限定されるものではない。
7 (イ) 本件特許発明において省略された(従来の技術における)「内側パイプ」とは,その内部に柔軟性を有するチューブを繰出自在に収容する部材である(本件明細書の段落【0006】,【0009】などを参照。本件特許の出願手続において,平成14年3月5日発送の拒絶理由通知書〔以下「本件拒絶理由通知書」という。
乙2〕により言及された引用文献1〔実願昭60-202071号(実開昭62-107819号)のマイクロフィルム(以下「本件拒絶理由通知書の引用文献1」という。)。乙3〕に記載された発明における「内パイプ」も,かかる部材であった。)。これに対し,被告製品の内側パイプAは,チューブBと一体的に結合しており,その内部にチューブBを繰出自在に収容していないから,本件特許発明において省略された「内側パイプ」とは異なる(被告製品の内側パイプAのように,内部の可撓性チューブに接着固定するものであれば,当該チューブが内側から支えるため,板厚(外径と内径の差)をそれほど厚くする必要はなくなるが,本件特許発明において省略された「内側パイプ」のように,内部に柔軟性を有するチューブを繰出自在に収容する部材の場合には,内側からの支えがないので,強度ないし剛性確保のために板厚をそれほど薄くすることができない。)。したがって,被告製品に内側パイプAが存在することは,構成要件Aの充足性に影響しない。
(ウ) 仮に,被告らの解釈によるとしても,被告製品の内側パイプAは,チューブBと一体的に結合しており,チューブBの一部とみなされるべきものであるから,被告製品は,外側パイプの内部に可撓性のチューブを直接的に挿入配設しているというべきである。
(エ) また,被告製品のチューブBのうち,基端部側の表面には内側パイプAが接着固定されているが,先端部側には内側パイプAは存在しないのであるから,少なくともチューブBの先端部側については,外側パイプの内部に直接的に挿入配設しているというべきである。
【被告らの主張】 ア クレーム解釈 8 構成要件Aにおける「外側パイプの内部に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し」との文言は,「外側パイプの内部に可撓性のチューブを,むきだしのまま直接的に,押出し自在に挿入配設し」との意義に解釈されるべきである。その理由は,次のとおりである。
(ア) 本件明細書に記載されている本件特許発明実施態様は,いずれも外側パイプと可撓性チューブとの2層構造を持つ構成 (以下,この構成を「2層構造の構成」ということがある。)に係るものであって,外側パイプと可撓性チューブの間 に 内 側 パ イ プ が 介 在 す る 3 層 構 造 の 構 成 (以 下 , こ の 構 成 を 「 3 層 構 造 の 構成」ということがある。本件明細書の段落【0006】において従来の技術として言及された特公昭61-36935号〔乙5〕に記載の移植器,本件拒絶理由通知書の引用文献1〔乙3〕に記載の発明は,いずれも3層構造の構成である。)に係るものは一切記載されていない。例えば,本件明細書の段落【0027】には「チューブ24を指で摘んで前方に押送」と,同【0029】には「チューブ24は・・・吐出ノズルから28から外側パイプ18内を通り,外側パイプ18の後端を出てからそこでほぼ一回転され」と記載されており,これらの記載は,本件特許発明につき2層構造の構成を想定していることが明らかであるし,構成要件Gとの関係でも,上記のとおり解釈するのが,整合的である。
(イ) 本件明細書の段落【0050】には,発明の効果として,「請求項1に係る発明では,外側パイプの内部には可撓性のチューブが直接的に挿通されているから,外側パイプの外径を小さくして子宮頸管を傷つけることなく容易に挿通することができる。」とあり,本件特許発明が2層構造の構成により課題を解決するものであることが明確に記載されている。
(ウ) 本件特許の出願人である原告は,本件特許の出願手続において,本件拒絶理由通知書を受けて提出した平成14年5月1日提出の意見書(以下「本件意見書」という。乙4)で,本件明細書の段落【0050】(上記(イ))を引用した上,「本願発明では外側パイプの内部にある管体は可撓性のチューブのみであるのに対 9 し,引用文献では外パイプ1の内側に管体として内パイプ2とシース管3と注入管12とがある。その結果,本願発明では外側パイプを外径3mm程度の小径なものとすることができる」などと主張し,特許査定を得た。すなわち,本件特許の出願人である原告自身が,構成要件Aは2層構造の構成であることを言明していたのであり,本件訴訟に至ってこれを覆すことは,禁反言の法理により許されないというべきである。
イ 被告製品の構成 被告製品は,SUS製外側パイプ@の内部にSUS製内側パイプAが摺動可能に挿入配設され,内側パイプAの内部に,軟質塩化ビニル製チューブBが挿入配設されているのであるから,3層構造の構成によるものであり,構成要件Aを充足しない。現に,被告製品における外側パイプ@の外径は3.8mmであって,原告が本件意見書で主張した「3mm」よりも太く,本件特許発明の作用効果を奏していない。
また,被告製品のチューブB(全長600mm)の約4分の3部分は,SUS製の剛性管である内側パイプAで被覆されているのであるから,被告製品において「牛の子宮体内用外側パイプの内部に・・・押出し自在に挿入配設」されるものは,外側パイプ1の全長にわたって可撓性というわけではないから,この意味においても,被告製品は構成要件Aを充足しない。
ウ 原告の主張について 原告は,被告製品における内側パイプAはチューブBの表面に接着固定されており,チューブBの一部とみなされると主張するが,被告製品は,内側パイプAを備えることにより,本件特許発明実施した場合に生じるような操作時のチューブの折れ曲がりを防ぐという特有の作用効果を有しており,内側パイプAの技術的意義を認めない原告の主張は失当である。
また,被告製品では,内側パイプAの内部にチューブBが繰出自在に収容されてはいないが,外側パイプの太径化は,内側パイプ内にチューブが繰出自在とされる 10 ためのクリアランスではなく,内側パイプを外側パイプの内部にわたり挿入する構成そのものに起因するところが大きいのであるから,被告製品は,内側パイプを省略することにより外側パイプの外径を小さくすることができるという本件特許発明の効果を奏しているとはいえない。
(2) 争点1-2(被告製品は構成要件Gを充足するか)について 【原告の主張】 ア 構成要件Gのうち「該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出す」について (ア) クレーム解釈 構成要件Gにいう「該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出す」とは,チューブを前方に「押し出す」ことを意味すると解すべきである(「繰り出す」との語が一般的に上記意味を有することについて,広辞苑第六版〔甲6〕参照。また,被告らが依拠する大辞林〔甲9〕にも「手もとから前方へ出す」との意味が記載されている。)。
(イ) 被告製品の構成 被告製品は,外側パイプ@を牛の子宮体内に挿入した後に,コネクタDを後端側から前方に押して内側パイプAをスライドさせ,内側パイプAに接着固定されているチューブBを外側パイプ@の先端から前方に押し出すように構成されているのであるから,構成要件Gにいう「該外側パイプを牛の子宮体内に挿入した後に該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出すことによって該チューブを該外側パイプの先端から前方に押出し,」を充足する。
(ウ) 被告らの主張について 被告らは,構成要件Gにいう「該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出す」との文言は,「該外側パイプの後端から,該チューブ(チューブそのもの)を直接,指でつまんで,前方に繰り出す」と解釈すべき旨主張するが,そもそも特許請求の範囲には,かかる限定文言は存在しない。
11 被告らは,その主張の根拠として,本件明細書に記載された実施例を掲げているが,特許発明技術的範囲は,実施例として開示された態様に限定されるものではない。
また,被告らの上記主張は,本件特許発明が2層構造の構成のものに限定されることを前提とする主張であるが,その前提が失当であることは,争点1-1(被告製品は構成要件Aを充足するか)において,既に主張したとおりである。
さらにいえば,被告製品の現実の使用方法は,内側パイプA(これがチューブBの一部とみなされることは前述した。)を直接,指でつまんで前方に押し出しているようであるから(甲26),仮に,「繰り出す」の意義を被告らが主張するように「直接,指でつまんで」送る態様に限定して解釈したとしても,被告製品が同構成要件を充足することは明らかである。
構成要件Gのうち「該押し出されたチューブをその先端の該ノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出し,」について (ア) クレーム解釈 本件特許発明は,(@)チューブ及びノズル体が接触した子宮内壁から受ける抵抗力によってチューブを変形させる力と,(A)ノズル体の重量によってチューブを下方に引っ張る重力との2つの力により,チューブを湾曲変形させて,ノズル体を子宮角深部まで到達させるものであって(本件明細書の段落【0044】),上記(A)の力を利用することにより,より深部への挿入を容易にし,かつ内壁を傷つけるリスクを低減することができる。
そうすると,「チューブを・・・ノズル体の重量よって下方に湾曲させて」とは,ノズル体の重量によって下方に湾曲しうる構成であれば足りる(ノズル体が重量を有し,重力が働くことをもって足りる)というべきである。
(イ) 被告製品の構成 被告製品における可撓性チューブBの先端には,重量のあるノズル体Cが取り付けられているのであるから,チューブBを押し出した場合に,ノズル体Cの重量に 12 よって,チューブBが下方に湾曲するように構成されていることは明らかである(甲13)。
したがって,被告製品は,構成要件Gにいう「該押し出されたチューブをその先端の該ノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出し,」を充足する。
(ウ) 被告らの主張について 被告らは,受精卵移植時期の生存する牛の子宮内には子宮内液がほとんど存在せず,子宮内壁の粘膜と粘膜が密着し,明確な内腔がない状態にあるなどと主張するが,牛の子宮角を取りだしてみると,横断面において最大径が1cm程度の内腔が生じているし(甲21),そもそも,子宮角内に十分な空隙がなければ,可撓性チューブを子宮角深部へ挿入することができず,被告製品自体が成り立たないはずであるから,被告らの主張は前提において誤っている。
また,被告らは,外側パイプの先端部から子宮湾曲部までの5cm程度の長さをもって構成要件Gの充足性を論じているが,子宮湾曲部を超えて子宮角深部に至るまでの間も,ノズル体の重量によりチューブを下方に湾曲させる力は働くのであるから,被告らの前提は失当であるし,仮に,外側パイプの先端部から子宮湾曲部までの約5cmの部分を取ってみたとしても,ノズル体の重量によりチューブを下方に湾曲させる力が働くことに変わりはないから,いずれにせよ被告製品が「該押し出されたチューブをその先端の該ノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出」すように構成されていることは明らかである。
【被告らの主張】 ア 構成要件Gのうち「該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出す」について (ア) クレーム解釈 「該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出す」との文言は,「該外側パイプの後端から,該チューブ(チューブそのもの)を直接,指でつまんで,前方 13 に繰り出す」との意義に解釈されるべきである。その理由は,次のとおりである。
a 争点1-1(被告製品は構成要件Aを充足するか)において主張したとおり,本件特許発明は,外側パイプの内部に可撓性のチューブがむきだしのまま直接的に挿入配設されていることを要する。このような2層構造の構成を前提とすると,外側パイプの後端からチューブを前方に「繰り出す」には,チューブを直接指でつまんで繰り出していくほかない。
b 「繰り出す」という語の一般的な意味は,「(糸・ひも・網などを)順に操って出す」というものであり(大辞林〔乙6〕),上記解釈に整合する。
c 本件明細書では,段落【0027】や図面に,外側パイプに直接挿入されたチューブを指でつまんで前方に押送する態様が記載されており,これ以外の構成,態様は一切記載されていない。
(イ) 被告製品の構成 被告製品は,外側パイプ@の内部に摺動可能に挿入されたSUS製内側パイプAに接続されたコネクタDを押し込むことにより,内側パイプAを前方に一気に押し出すものであり,チューブBを直接指でつまんで繰り出すものではないから,構成要件Gを充足しない。
構成要件Gのうち「該押し出されたチューブをその先端の該ノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出し,」について 牛の受精卵移植は,通常,発情後7日目(排卵後6日目)に行うが,その時期の生存する牛の子宮内には,子宮内液がほとんど存在せず,子宮内壁の粘膜と粘膜が密着して,明確な内腔の空隙がない状態にある(乙17,19,23)。
このような受精卵移植時期の生存する牛の子宮内においては,子宮内に挿入された移植器のノズル体やチューブは,常に子宮内壁に触れた状態にある。他方で,ノズル体の重量は小さく,被告製品のノズルはわずかに0.3gである。また,子宮内に挿入された移植器の外側パイプの先端部から,子宮湾曲部までの長さは,通常5cm程度である。
14 構成要件Gには,チューブがノズル体の重量によって下方に湾曲させるとあるが,上記のような明確な内腔の空隙がない受精卵移植時期の生存する牛の子宮内にあって,外側パイプの先端部からわずかに5cm程度押し出されたチューブが,ノズル体の重量により下方に湾曲することはあり得ない。そして,このことは,被告製品においても同様であるから,被告製品は構成要件Gのうち「該押し出されたチューブをその先端の該ノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出し,」を充足しない。
(3) 争点2(被告製品は本件特許発明均等なものとしてその技術的範囲に属するか)について 【原告の主張】 仮に,被告製品が文言上,本件特許発明技術的範囲に属しないとしても,被告製品は,次のとおり,本件特許発明均等なものとして,その技術的範囲に属するというべきである。
均等の第1要件について (ア) 本件特許発明の本質的部分 本件明細書によれば,移植器の従来技術には,柔軟性を有するチューブを繰出自在に内側パイプに収容することから,これに伴い外側パイプも比較的外径の大きなものとなり,挿入が比較的困難であるとともに子宮内膜を損傷するという問題点(本件明細書の段落【0009】)や,内側パイプの内径を大きくすることには限界があるため,チューブが細く弱いものとなり,チューブを子宮角深部まで確実に導くことが困難であるという問題点(同【0010】),内側パイプに形成された小孔が子宮内で下方を向いていない場合には,小孔から突出されたチューブが正しく子宮角深部まで挿入されないという問題点(同【0011】)があったところ,本件特許発明は,このような課題を解決するため,ノズル体をチューブ先端に一体的に取り付け(構成要件B),該チューブを後端から前方に繰り出して外側パイプの先端から押し出す構成を採用することにより,チューブを繰出自在に収容する内 15 側パイプを不要として外側パイプの外径を小さくする効果と,繰り出された可撓性チューブがノズル体の重量により下方に湾曲して確実に子宮角内に入り,子宮角の湾曲に沿って子宮角深部まで挿入されるとの効果とが発揮される。
以上によれば,本件特許発明の本質的部分は,(@)ノズル体をチューブの先端に取り付け,外側パイプの内部に可撓性のチューブを直接的に挿入することで,従来技術にいう「内側パイプ」を省略した点と,(A)押し出された可撓性チューブをその先端のノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出す点の2点にあるといえる。
(イ) 被告製品と本件特許発明との相違点が本質的部分に係るものでないこと 被告製品は,内側パイプAを備えるものの,この内側パイプAは,本件特許発明において省略された従来技術にいう「内側パイプ」,すなわち,外側パイプ内を摺動自在にスライドする部材であり,その内部に柔軟性を有するチューブを繰出自在に収容する部材には当たらない。また,被告製品の内側パイプAは,チューブBと一体的に結合しており,チューブBの一部とみなされるべきものであるから,この意味においても本件特許発明において省略された従来技術にいう「内側パイプ」には当たらない。そうすると,被告製品は,従来技術にいう「内側パイプ」が省略されているといえる点で,本件特許発明の上記本質的部分(@)において異なることはない。
そして,被告製品のチューブBの先端にはノズル体Cが一体的に取り付けられているのであるから,被告製品は,ノズル体Cの重量によってチューブBを下方に湾曲させてノズル体Cを子宮角深部まで送り出す点で,本件特許発明の上記本質的部分(A)において異なることはない。
したがって,均等の第1要件を充足する。
均等の第2要件について 本件特許発明の効果は,第1に,従来技術にいう「内側パイプ」(外側パイプ内を摺動自在にスライドする部材であり,その内部に柔軟性を有するチューブを繰出 16 自在に収容する部材)を省略したことそれ自体にあるというべきところ,被告製品の内側パイプAは,内部にチューブを繰出自在に収容していない点において,従来技術にいう「内側パイプ」に該当しない。したがって,被告製品においても,従来技術にいう「内側パイプ」を省略するという,本件特許発明の効果を奏している。
また,本件特許発明の効果の第2は,外側パイプから前方に繰り出された可撓性チューブが,先端のノズル体の重量により下方に湾曲して確実に子宮角内に入り,その後は子宮角の湾曲に沿って子宮角深部まで挿入されることであるが,被告製品においても,チューブBが,その先端に一体的に取り付けられたノズル体Cの重量によって下方に湾曲して確実に子宮角内に入り,その後は子宮角の湾曲に沿って子宮角深部まで挿入されるという,同一の効果を奏している。
したがって,均等の第2要件を充足する。
均等の第3要件について 訴外ミサワ医科工業株式会社は,本件特許発明実施品である動物用受精卵注入カテーテル「モ4号」を平成21年から,及び動物用精液注入カテーテル「モ4号AI」を平成24年から,それぞれ製造して販売しており(甲8),公然と実施している。そして,当業者であれば,被告製品の製造時において,「モ4号」又は「モ4号AI」に基づき,被告製品の構成に想到することは容易であった。
したがって,均等の第3要件を充足する。
均等の第4要件について 被告製品の構成は,本件特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではない。
したがって,均等の第4要件を充足する。
均等の第5要件について 特許侵害を主張されている対象製品等に係る構成が,特許出願手続において意識的に除外されたというには,当該対象製品等に係る構成を明確に認識し,これを特許請求の範囲から除外したと外形的に評価し得る行動が取られていることを要する 17 と解すべきである(知財高裁平成18年9月25日判決〔エアーマッサージ事件〕参照)。
被告らは,本件特許の出願人である原告が,本件特許の出願手続中,本件拒絶理由通知書に対する本件意見書(乙4)において,「本願発明では外側パイプの内部にある管体は可撓性のチューブのみであるのに対し,引用文献では外パイプ1の内側に管体として内パイプ2とシース管3と注入管12とがある。その結果,本願発明では外側パイプを外径3mm程度の小径なものとすることができる」などと主張して特許査定を得たことをもって,特許請求の範囲から3層構造の構成を意識的に除外したと主張する。
しかしながら,同意見書は,従来技術にいう「内側パイプ」(外側パイプ内を摺動自在にスライドする部材であり,その内部に柔軟性を有するチューブを繰出自在に収容する部材)を除外したものにすぎないのであって,被告製品のように可撓性チューブの表面に一体的に結合する部材が接着固定されたにすぎない態様,構成をも除外したものではない。そもそもそのような態様,構成は,本件特許の出願時に明確に認識されていたということもできない。
したがって,均等の第5要件を充足する。
【被告らの主張】 ア 均等の第1要件について 本件明細書の段落【0009】は,従来技術の問題点として,3層構造の構成により外側パイプが太くなってしまう点を挙げ,同【0050】は,本件特許発明の効果として,外側パイプの内部に可撓性のチューブが直接的に挿通されているため,外側パイプの外径を小さくすることができる旨を明記している。そうすると,外側パイプが太くなるという課題を解決するために採用された2層構造の構成は,本件特許発明の本質的部分というべきところ,被告製品には内側パイプAが設けられ,3層構造の構成を採用しているのであるから,本件特許発明と被告製品との相違点は,本件特許発明の本質的部分に係るものである。よって,被告製品は,均等の第 18 1要件を充足しない。
なお,ノズル体をチューブの先端に一体的に取り付ける点は,当業者に周知(少なくとも公知)の構成であったし(乙10ないし12),可撓性のチューブが子宮角深部に入るとの効果も,従来の注入器で奏されていた効果であって,当業者に周知であったから(乙3,5,9,12),これらの部分を本件特許発明の本質的部分とすべきではない。
均等の第2要件について 本件特許発明の作用効果は,2層構造の構成を採用することにより,外側パイプの外径を3mm程度の小径なものとすることができる点にある(本件明細書の段落【0026】,同【0050】,本件意見書〔乙4〕等参照)。
これに対し,被告製品は,3層構造の構成を採用したために,外側パイプの外径が3.8mmと太くなっており,本件特許発明の作用効果を奏していない。よって,被告製品は,均等の第2要件を充足しない。
均等の第5要件について 本件特許の出願人である原告は,本件特許の出願手続中,本件拒絶理由通知書(乙2)に対する本件意見書(乙4)において,「本願発明では外側パイプの内部にある管体は可撓性のチューブのみであるのに対し,引用文献では外パイプ1の内側に管体として内パイプ2とシース管3と注入管12とがある。その結果,本願発明では外側パイプを外径3mm程度の小径なものとすることができる」などと主張して特許査定を得ているのであるから,原告は,特許請求の範囲から3層構造の構成を意識的に除外したというべきである。よって,被告製品は,均等の第5要件を充足しない。
(4) 争点3-1(無効理由1〔乙9を主引例とする進歩性欠如〕は認められるか)について 【被告らの主張】 ア 乙第9号証に記載された発明の構成 19 本件特許の出願前に外国において頒布された刊行物(乙21によれば,遅くとも1999年〔平成11年〕6月30日までには頒布されたと認められる。)であるJ. D. Kidder et al., "Nonsurgical collection and nonsurgical transfer ofpreimplantation embryos in the domestic rabbit (Oryctolagus cuniculus) anddomestic ferret (Mustela putorius furo)" Journal of Reproduction and Fertility, vol. 116, no 2, page 235-242, 1999. (以下「乙9文献」という。)には,ウサギ又はフェレットの胚をウサギ又はフェレットの子宮体内に移植するための注入器に係る発明(以下「乙9発明」という。 )が記載されており,少なくとも下記イ(ア)ないしイ(オ)以外の点において,本件特許発明と一致する。
イ 原告の主張に係る本件特許発明と乙9発明との相違点 乙9発明の「カテーテル」は本件特許発明の「可撓性のチューブ」に,乙9発明の「ビーズ」は本件特許発明の「ノズル体」に,それぞれ該当するところ,原告は,本件特許発明と乙9発明との相違点が次の(ア)ないし(オ)のとおりであると主張している。
(ア) 本件特許発明は「牛」の人工授精用精子又は受精卵移植用卵子の注入器であるのに対して,乙9発明は「ウサギ(又はフェレット)」の胚をその子宮体内に移植するための装置である点(以下「相違点9-1」という。)。
(イ) 本件特許発明は,「外側パイプ」と「可撓性のチューブ」の2層構造体の装置であるのに対して,乙9発明は,ステンレス管とカテーテルからなる2層構造体のほかに,頚部を可視化するための内視鏡システムと,該内視鏡並びにステンレス管及びカテーテルを収容して膣前部へのアクセスを提供しかつ加圧タンクから吹き込む5%CO 2 の空気流によって膣が膨張した状態を保てるようにするための膣鏡からなる装置である点(以下「相違点9-2」という。)。
(ウ) 本件特許発明では,ノズル体の側部に透孔が形成されているのに対し,乙9発明ではビーズの先端中央部に透孔が形成されている点 (以下「相違点9-3」という。)。
20 (エ) 本件特許発明は「チューブの後端には精子または卵子を前方に送り出す押送手段を取付自在」とするのに対し,乙9発明にはかかる押送手段を取付自在とすることが明記されていない点(以下「相違点9-4」という。)。
(オ) 本件特許発明は「該外側パイプを牛の子宮体内に挿入した後に該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出すことによって該チューブを該外側パイプの先端から前方に押出し,該押し出されたチューブをその先端の該ノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出」すものであるのに対して,乙9発明は,胚移植用カテーテルをステンレス管に完全に引き込んだ状態で,同カテーテルの先端に結合されたビーズとステンレス管をウサギの子宮頚部に挿入し通過させ,該ビーズとステンレス管をさらに前方に押し続けることにより,子宮壁が拡げられて生殖器官が前方に押し出され,そこから,ステンレス管を子宮頚部からゆっくり引き戻すと同時にカテーテルを押し出すことで,該ビーズを子宮頚部の前方に置くものである点(以下「相違点9-5」という。)。
(カ) なお,本件特許発明が乙9発明に比して格別顕著な効果を奏するものとはいえない。
ウ 乙9発明に基づく容易想到性 (ア) 相違点9-1について ウサギの子宮と牛の子宮とは,大きさは異なるものの,子宮の基本的な構造は似ており,特に子宮頚部カテーテルによる胚移植の観点から見ると,子宮内が粘膜と粘膜とが密着して明確な空隙が存しない点や,子宮湾曲部を有する点において共通している。また,乙9文献にも見られるように,ウサギの胚移植は,牛等の大型哺乳動物の胚移植のモデルとして研究されているのであるから,ウサギの胚移植に関する発明を牛に適用することは,本件特許の出願前に,当業者が容易に想到できたものである。
(イ) 相違点9-2について 上記(ア)のとおり,ウサギの胚移植に関する発明を牛に適用することは,当業者 21 が容易に想到できたところ,乙9発明を牛のような大型家畜動物に適用する際には,大型家畜動物には必要ない内視鏡や膣鏡を除外することは,当業者において容易に想到できたことである。
(ウ) 相違点9-3について 本件特許発明においても乙9発明においても,透孔をノズル体又はビーズの側面に形成しなくてはならない技術的意義はなく,単なる設計事項と考えられる。また,受精卵の移植器において,排出孔(透孔)を側部に形成することは周知技術(少なくとも公知技術)であった(乙10ないし12)。
したがって,上記周知技術又は公知技術参酌して,乙9発明の注入器において,透孔の位置をビーズの側部に形成することは,本件特許の出願前に,当業者が容易に想到できたものである。
(エ) 相違点9-4について 乙9文献には,乙9発明が押送手段を備えるべきことが明示されていないが,乙9発明でも,胚などをカテーテルから子宮角内部へ吐出する必要があるのだから,当然に何らかの押送手段を備えているものと解される。したがって,相違点9-4は,実質的な相違点ではない。
(オ) 相違点9-5について 乙9文献の図面によれば,乙9発明の胚移植器は,ステンレス管に直接的にポリエチレン製カテーテルが挿入された2層構造の構成を備えているものと推認できる。
そうすると,乙9発明においても,ステンレス管の後端からカテーテルを前方に繰り出すことによってカテーテルをステンレス管の先端から前方に押し出すという,本件特許発明と同様の構成を有していると考えられる。
また,乙9発明にもカテーテルの先端に重量のあるビーズが取り付けられており,カテーテルは多かれ少なかれ下方に湾曲するところ,本件特許発明では,ノズル体の重量によりどの程度チューブが下方に湾曲すればよいのか明らかではないから,「チューブを先端ノズルの重量によって下方に湾曲させる」構成について,本件特 22 許発明と乙9発明とを区別することはできない。
原告は,乙9発明について,剛性の高いステンレス管とその内側に収めたカテーテルを,その状態のまま一緒に子宮頚部に挿入し,さらにそのまま子宮壁を押し拡げるまで推し進める点を取り上げるものの,この点は胚移植を行う際の施術者の手技の相違にすぎず,物の構成において相違するものではない。
したがって,相違点9-5は,実質的な相違点とはいえない。
エ 小括 以上によれば,本件特許発明は,本件特許の出願前に,当業者が,乙9発明に上記の周知技術(又は公知技術)を適用することにより容易に発明をすることができたものであるから,特許を受けることができない。したがって,本件特許発明についての特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであり,原告は,被告らに対し,本件特許権を行使することができない(特許法104条の3)。
【原告の主張】 ア 乙9文献が頒布された時期 乙9文献は,1999年〔平成11年〕7月号として,発行の年月のみが記載されているから,その頒布された日は平成11年7月31日と推定されるべきである。
そうすると,乙9文献が,本件特許の出願日である同月9日よりも前に頒布されたとはいえない。
イ 乙9発明に基づく容易想到性について 本件特許発明と乙9発明とは,相違点9-1ないし相違点9-5において,相違するところ,少なくとも,相違点9-1,相違点9-2及び相違点9-5に係る本件特許発明の構成は,次のとおり,乙9発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
(ア) 相違点9-1の容易想到性について 乙9発明は,ウサギ(又はフェレット)の胚をその子宮体内に移植するための装置であり,乙9文献の記載内容も斟酌すると,子宮頚部の可視化と操作が不可能な 23 小型哺乳動物に用いることが前提となっており,子宮の大きさと構造が全く異なる大型家畜動物である牛に適用する動機付けはない。すなわち,ウサギの子宮頚部はその先で鋭く曲がっているために,カテーテルを前方に進めるためには,ビーズを用いて子宮壁を押し広げる必要があるが,小型動物に比して子宮内腔が広い牛には,そのような物理的手法は不要であるし,かえって子宮壁を傷つける可能性があり不適切である。
したがって,相違点9-1に係る本件特許発明の構成は,本件特許の出願前に当業者において容易に想到できたものではない。
(イ) 相違点9-2の容易想到性について 乙9発明は,子宮頚部の可視化と操作が不可能なウサギ等の小型哺乳動物のための装置であるから,カテーテルと光ファイバー内視鏡とを併せて使用することが不可欠であり,光ファイバー内視鏡と膣鏡(内視鏡及びカテーテルを収容しかつ加圧タンクから吹き込む5%CO 2 の空気流によって膣が膨張した状態を保つためのもの)を取り除いて単独で使用することは想定されておらず,乙9発明から光ファイバー内視鏡及び膣鏡を除外する動機付けや示唆は存在しない。
したがって,相違点9-2に係る本件特許発明の構成は,本件特許の出願前に当業者において容易に想到できたものではない。
(ウ) 相違点9-5の容易想到性について 本件特許発明は,外側パイプを牛の子宮体内に挿入した後にチューブを前方に繰り出すことにより外側パイプの先端から前方に押出し,チューブの先端のノズル体の重量によって下方に湾曲させて確実に子宮角深部まで送り出すという特有の技術思想と顕著な効果を持つものである。
これに対して,乙9発明は,剛性の高いステンレス管とその内側に収めたカテーテルを,その状態のまま一緒に子宮頚部に挿入し,さらにそのまま子宮壁を押し拡げるまで推し進めることで,当該ステンレス管と一緒に挿入した分だけカテーテルの挿入距離を稼ぎ,もって,カテーテルの先端を「子宮頚部の前方」(子宮角深部 24 ではない。)まで挿入させようという技術思想に基づくもので,先に述べた本件特許発明特有の技術思想は存在しないし,これを示唆する記述もない。
また,乙9発明におけるビーズは,子宮壁を穿孔しないように径の大きなものを用いる必要があるが,牛の子宮体内に挿入する場合に径の大きなビーズを用いることはむしろ障害となる。
したがって,相違点9-5に係る本件特許発明の構成は,本件特許の出願前に当業者において容易に想到できたものではない。
ウ 小括 以上のとおり,本件特許発明は,本件特許の出願前において,当業者が乙9発明に基づいて容易に発明できたものとはいえないから,被告らの主張には理由がない。
(5) 争点3-2(無効理由2〔乙12を主引例とする進歩性欠如〕は認められるか)について【被告らの主張】 ア 乙第12号証に記載された発明の構成 本件特許の出願前に日本国内において頒布された刊行物である高見沢稔ほか「圧力式移植器による牛の受精卵移植-受胎率向上のための受精卵移植器の製作(その2)-」畜産の研究43巻9号(平成元年) (以下「乙12文献」という。)には,牛の受精卵移植用卵子の注入器に係る発明(以下「乙12発明」という。)が記載されており,少なくとも下記イ(ア)ないしイ(ウ)以外の点において,本件特許発明と一致する。
イ 原告の主張に係る本件特許発明と乙12発明との相違点 乙12発明の「子宮角挿入ストローシース」は本件特許発明の「可撓性のチューブ」に,乙12発明の「横穴」は本件特許発明の「透孔」に,乙12発明の「水鉄砲」は本件特許発明の「押送手段」に,それぞれ該当するところ,原告は,本件特許発明と乙12発明との相違点が,次の(ア)ないし(ウ)のとおりであると主張している。
25 (ア) 本件特許発明ではノズル体の側部にチューブと連通する透孔を設けるのに対し,乙12発明でノズル体の側部に設けられた横穴は子宮角挿入用ストローシース内に入れられた2本のストローと連通している点(以下「相違点12-1」という。)。
(イ) 本件特許発明では,精子又は卵子をチューブ内を経由してノズル体の透孔から吐出するのに対し,乙12発明では,受精卵を子宮角挿入用ストローシース内に入れられたストロー内を経由してノズル体の横穴から吐出する点(以下「相違点12-2」という。)。
(ウ) 本件特許発明は「該外側パイプを牛の子宮体内に挿入した後に該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出すことによって該チューブを該外側パイプの先端から前方に押出し,該押し出されたチューブをその先端のノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出」すものであるのに対して,乙12発明は,移植器本体の外側パイプを牛の子宮体内に挿入し,子宮頚部を2,3cm通過させた待機位置に留めた後に,外側パイプの後端から,内芯をゆっくり押出して,ストロー2本がセットされている,柔らかな子宮角挿入ストローシースを片側の子宮角内に10cm〜12cm,子宮角の曲がりに沿って深部注入する点(以下「相違点12-3」という。)。
(エ) なお,本件特許発明が乙12発明に比して格別顕著な効果を奏するものとはいえない。
ウ 乙12発明に基づく容易想到性 (ア) 相違点12-1及び同12-2について 乙12発明は,1回の子宮頸管の通過だけで,左右の2つの子宮角内に受精卵を排出させるために,子宮角挿入用ストローシース内に2本のストローを配設した構成とされている。しかし,このため,乙12発明は極めて複雑な構成となり,製作コストが高くなり,また操作する者において熟練した技術が必要となるものであった。
26 したがって,当業者であれば,「1回の子宮頚部通過で2卵移植する」との基本的発想を維持しつつ,技術常識参酌して,子宮角挿入用ストローシースからストローを排してストローシースのみの構成とすることも,容易に想到することができたといえ,かかる構成を採用すれば,必然的に,横穴(透孔)は当然ストローシースに連通することとなるし,受精卵はストローシースを経由して吐出されることとなる。
したがって,相違点12-1及び同12-2に係る本件特許発明の構成は,本件特許の出願前に,当業者が乙12発明から容易に想到できたといえる。
(イ) 相違点12-3について 構成要件Gの充足性に関する原告の主張によれば,「繰り出す」とは,押し出すようにスライドさせることを含むというのであるから,この解釈を前提とするのであれば,乙12発明において移植器本体の内芯を押し出して子宮角挿入用ストローシースをゆっくり押し出すとの点には,本件特許発明との実質的な相違点はないといえる。なお,押し出すのが「ゆっくり」であることは,施術者の手技の問題であって物の発明の相違点とはいえない。
また,乙12発明にも可撓性のストローシースの先端に重量のあるノズル体が取り付けられているから,ストローシースはわずかなりとも下方に湾曲するところ,本件特許発明では,ノズル体の重量によりどの程度チューブが下方に湾曲すればよいのか明らかではないから,「チューブを先端ノズルの重量によって下方に湾曲させる」構成について,本件特許発明と乙12発明とを区別することはできない。
したがって,相違点12-3は,実質的な相違点とはいえない。
エ 小括 以上によれば,本件特許発明は,本件特許の出願前において,当業者が,乙12発明に基づいて容易に発明することができたものであるから,特許を受けることができない。したがって,本件特許発明についての特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであり,原告は,被告らに対し,本件特許権を行使することがで 27 きない(特許法104条の3)。
【原告の主張】 ア 乙12発明に基づく容易想到性について 本件特許発明と乙12発明とは,相違点12-1ないし相違点12-3において,相違するところ,これらの相違点に係る本件特許発明の構成は,次のとおり,乙12発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。
(ア) 相違点12-1及び同12-2の容易想到性について 被告らは,当業者であれば,子宮角挿入用ストローシースからストローを排してストローシースのみの構成とすることも,容易に想到することができたと主張するが,乙12発明は,「双子発生率を高めるために理想とされている両側子宮角に1卵ずつを一度の操作で移植可能な移植器」の開発を課題とするものであって,ストロー2本を子宮角挿入ストローシース内に配置する構成は,乙12発明の課題の解決に必須なものである。このような課題解決に必須の構成を省略するような改変の示唆を受けることはあり得ないというべきである。
(イ) 相違点12-3の容易想到性について 本件特許発明は,外側パイプを牛の子宮体内に挿入した後にチューブを前方に繰り出すことにより外側パイプの先端から前方に押出し,チューブの先端のノズル体の重量によって下方に湾曲させて確実に子宮角深部まで送り出すという特有の技術思想と顕著な効果を持つものである。
これに対して,乙12発明は,子宮角挿入ストローシースを,子宮の内壁面に接触するとこれを傷つける前に曲がる程度の柔らかさとすることで,子宮の内壁面を押圧したときに受ける抵抗力によってストローシースの形状を子宮角の曲がりに沿った形状に変形させつつ,ゆっくり押し出していくことで,その先端を子宮角深部まで挿入しようとする技術思想に基づくもので,ストローシースにストローが2本入っていることからすれば,ストローシースが先端のノズル体の重量によって下方に湾曲することはないと考えられるから,先に述べた本件特許発明特有の技術思想 28 は存在しないし,これを示唆する記述もない。
したがって,相違点12-3に係る本件特許発明の構成は,本件特許の出願前に当業者において容易に想到できたものではない。
イ 小括 以上のとおり,本件特許発明は,本件特許の出願前において,当業者が乙12発明に基づいて容易に発明することができたものとはいえないから,被告らの主張には理由がない。
(6) 争点3-3(無効理由3〔実施可能要件違反〕は認められるか)について 【被告らの主張】 争点1-2(被告製品は構成要件Gを充足するか)において主張したとおり,受精卵移植時期の生存する牛の子宮内は,子宮内液がほとんど存在せず,子宮内壁の粘膜と粘膜が密着して,明確な内腔の空隙がない状態にあって,子宮内に挿入された移植器のノズル体やチューブは,常に子宮内壁に触れた状態にある。
このような中,「チューブを・・・ノズル体の重量によって下方に湾曲」させるには,ノズル体は,その重力によって密着した粘膜同士を変形させるほどの相応の重量を有している必要があることになるが,本件明細書には,そのようなノズル体の重量やその重力により湾曲するチューブの素材や太さへの言及が全くない。試みに,本件明細書でチューブの素材とされたテフロンをチューブの素材として使用すると,その剛性の高さからして,ノズル体の重力によって密着した粘膜を変形させることなどあり得ないこととなる。
以上のとおり,本件明細書は,いかなるチューブを用いて,いかなるノズル体を用いれば,「チューブを・・・ノズル体の重量によって下方に湾曲」させることができるかについて,当業者において理解可能な記載がないといえる。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件特許発明実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから,本件特許発明についての特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであり,原告は,被告らに対し,本件特許権を行使す 29 ることができない(特許法104条の3)。
【原告の主張】 争点1-2(被告製品は構成要件Gを充足するか)において主張したとおり,受精卵移植時期の生存する牛の子宮内に,明確な内腔の空隙がないという被告らの主張の前提が誤っている。
この点を措くとしても,本件明細書には,チューブについてテフロンなどの可撓性のものであること,ノズル体の重量によりチューブが下方に湾曲することなどが記載されているのであるから(本件明細書の段落【0044】,【0050】等),当業者は,適宜,チューブの剛性とノズル体の重量との相関関係を選択,調整すればよく,本件特許発明実施できないということはない。
(7) 争点3-4(無効理由4〔サポート要件違反〕は認められるか)について 【被告らの主張】 ア 外側パイプの外径が数値限定されていない点について 本件明細書の段落【0050】は,本件特許発明の効果として,外側パイプの内部に可撓性のチューブが直接挿入されているから,外側パイプの外径を小さくして,子宮頸管を傷つけることなく容易に挿通できると記載されている。しかしながら,単に2層構造の構成を採用したからといって直ちに外側パイプの外径が小さくなるものではない。他方で,本件明細書の段落【0026】には,本件特許発明の唯一の実施態様が記載されているが,外側パイプの外径を3mm程度の小径とされ,また,本件特許の出願人である原告は,出願手続において,本件特許発明によれば外側パイプの外径を3mm程度の小径なものとできることを強調して特許査定に至っている(乙4)。
そうすると,本来,本件特許発明の特許請求の範囲には,外側パイプの外径について数値限定が規定されるべきである。ところが,本件特許発明構成要件Aには,このような数値限定はなく,結果として,本件特許発明の効果を奏しない外径の大きな外側パイプまで特許請求の範囲に含まれてしまっている。
30 そうすると,本件特許発明に係る特許請求の範囲は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていないものを包含しているから,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであり,原告は,被告らに対し,本件特許権を行使することができない(特許法104条の3)。
イ ノズル体の重力によってチューブを下方に湾曲させる構成について 争点3-3(無効理由3〔実施可能要件違反〕は認められるか)において主張したとおり,本件明細書でチューブの素材とされたテフロンをチューブの素材として使用すると,その剛性の高さからして,ノズル体の重力によって密着した粘膜を変形させることはあり得ない。
そうすると,牛の子宮内に挿入した後にノズル体の重量によってチューブを下方に湾曲させるという構成を含む本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載されていない発明というほかないから,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであり,原告は,被告らに対し,本件特許権を行使することができない(特許法104条の3)。
【原告の主張】 ア 外側パイプの外径が数値限定されていないとの点について 本件特許発明の効果は,外側パイプの外径を特定の大きさ(3mm程度)にしたことにあるのではなく,外側パイプに可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設したことにより,従来技術における「内側パイプ」(外側パイプ内を摺動自在にスライドする部材であり,かつ,その内部には柔軟性を有するチューブを繰出し自在に収容する部材)を省略したこと自体にある。被告らが主張する本件明細書の記載や出願手続における原告の主張は,単に,従来技術のものよりも外側パイプの外径を小さくすることが可能である旨を指摘しているにすぎないものである。
本件特許の特許請求の範囲には,上記効果を奏しないものは記載されていないのであるから,サポート要件に違反するものではない。
イ ノズル体の重力によってチューブを下方に湾曲させる構成について 31 争点3-3(無効理由3〔実施可能要件違反〕は認められるか)において主張したとおり,本件明細書には,チューブについてテフロンなどの可撓性のものであること,ノズル体の重量によりチューブが下方に湾曲することなどが記載されており,当業者は,適宜,チューブの剛性とノズル体の重量との相関関係を選択,調整することにより本件特許発明実施できるのであるから,本件特許発明が,発明の詳細な説明に記載されていないなどということはない。
(8) 争点3-5(無効理由5〔明確性要件違反〕は認められるか)について 【被告らの主張】 「チューブを・・・ノズル体の重量によって下方に湾曲」との技術的事項は,チューブ先端にノズル体が存在する以上,チューブはごくわずかでも下方に湾曲することになるが,これでは先端にノズル体を有するすべての態様が構成要件を充足することになり,技術的におよそ無意味な記載となってしまう。仮に,同技術的事項に意味があるなら,いかなる場合に「チューブを・・・ノズル体の重量によって下方に湾曲」といえるかが明確に区別されなくてはならないが,本件特許発明の特許請求の範囲の記載を見ても,いかなる場合にノズル体の重量によりチューブを下方に湾曲させたといえるか,判然としない。
したがって,本件特許発明の特許請求の範囲の記載は,発明を明確に記載したものではないから,本件特許発明についての特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであり,原告は,被告らに対し,本件特許権を行使することができない(特許法104条の3)。
【原告の主張】 チューブの先端にノズル体がある場合とない場合とを比較して,前者の方が後者よりも下方に湾曲しているのであれば,当該湾曲の程度分だけ,ノズル体の重量によりチューブを下方に湾曲させているといえるのであり,このような区別手法は誰でも想到しうるのであるから,被告らの主張は失当である。
(9) 争点4(原告が受けた損害の額)について 32 【原告の主張】 ア 共同不法行為の成立 (ア) 被告らは,被告エア・ウォーター・マッハが製造元,被告ヤマネテックが販売元,被告全農が取扱元となり,被告製品を全国の畜産農家等の消費者に販売しているのであって,これらの行為は客観的に関連し共同して本件特許権を侵害するものであり,被告ら3名について共同不法行為が成立する。
(イ) また,被告ヤマネテックが,被告エア・ウォーター・マッハが製造した被告製品を,消費者に直接販売した行為については,被告ヤマネテック及び被告エア・ウォーター・マッハの2名について共同不法行為が成立する。
イ 特許法102条2項により推定される損害の額 (ア) 被告エア・ウォーター・マッハの利益の額 被告エア・ウォーター・マッハは,平成24年5月1日から平成26年11月30日までの間,被告製品を少なくとも5万7300個製造し,そのすべてを被告ヤマネテックに販売した(このうち,被告ヤマネテックが消費者に直接販売した被告製品は1万1500個であり,被告ヤマネテックが被告全農に販売し,その後被告全農が消費者に販売した被告製品は4万5800個である。)。被告エア・ウォーター・マッハが被告製品の製造及び販売によって得た利益の額は,被告製品1個につき225円を下らないから,被告エア・ウォーター・マッハの上記行為により原告が受けた損害の額は,225円×5万7300個=1289万2500円(このうち,被告ヤマネテックが被告製品を直接消費者に販売した分に係る損害額は258万7500円であり,最終的に被告全農が被告製品を販売した分に係る額は1030万5000円である。)と推定される。
(イ) 被告ヤマネテックの利益の額 被告ヤマネテックは,平成24年5月1日から平成26年11月30日までの間,被告製品を少なくとも5万7300個販売した(このうち,消費者に直接販売した被告製品は1万1500個であり,被告全農に販売し,その後被告全農が消費者に 33 販売した被告製品は4万5800個である。)。被告ヤマネテックが被告製品の販売によって得た利益の額は,被告製品1個につき225円を下らないから,被告ヤマネテックの上記行為により原告が受けた損害の額は,225円×5万7300個=1289万2500円(このうち,最終的に被告全農が被告製品を販売した分に係る額は1030万5000円であり,被告ヤマネテックが被告製品を直接消費者に販売した分に係る損害額は258万7500円である。)と推定される。
(ウ) 被告全農の利益の額 被告全農は,平成24年5月1日から平成26年11月30日までの間,被告製品を,@牛精液とのセット販売で少なくとも2万4300個,A牛受精卵とのセット販売で少なくとも2万1500個,それぞれ販売した。被告全農が被告製品の販売によって得た利益の額は,@のセット販売について被告製品1個につき255円,Aのセット販売について被告製品1個につき1455円をいずれも下らないから,被告全農の上記行為により原告が受けた損害の額は,255円×2万4300個+1455円×2万1500個=3747万9000円と推定される。
ウ 弁護士費用 上記イにより推定される損害額の10パーセントに相当する額が,弁護士費用として認められるべきである。
したがって,合計632万6400円(このうち,最終的に被告全農が被告製品を販売した分に係る額は580万8900円であり,被告ヤマネテックが被告製品を直接消費者に販売した分に係る損害額は51万7500円である。)を弁護士費用として請求する。
エ 損害賠償請求のまとめ よって,原告は, (ア) 被告らに対し,連帯して6389万7900円及びこれに対する不法行為後の日である平成27年1月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに, 34 (イ) 被告ヤマネテック及び被告エア・ウォーター・マッハに対し,連帯して569万2500円及びこれに対する不法行為の後の日である平成27年1月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
【被告らの主張】 否認し,又は争う。
当裁判所の判断
1 争点1(被告製品は文言上本件特許発明技術的範囲に属するか)について (1) 被告製品の構成について 前記前提事実等に基づいて,被告製品の構成を本件特許発明構成要件と対比して分説すると,次のとおりであると認められる(以下,分説に係る各構成を符号に対応して「構成a」などという。なお,構成gないしhは,被告製品の機能に係るものである。)。そして,被告製品の構成b,c,d,e,f,h及びiがそれぞれ本件特許発明構成要件B,C,D,E,F,H及びIを充足することは,被告らも争わないところである。
a:牛の子宮体内挿入用のSUS製外側パイプ@(長さ440mm,外径3.8 mm,内径3.0mm)の内部に,SUS製内側パイプA(長さ447mm, 外径2.9mm,内径2.6mm)が摺動可能に挿入配設され,SUS製内 側パイプAの内部に,軟質塩化ビニル製チューブBが,その先端部が内側パ イプAの先端部から153mm露出するように挿入配設されている。チュー ブBの外壁部分と内側パイプAの内壁部分とは,チューブBが内側パイプA で被覆された部分のうち挿入方向の先端部付近及び基端部付近において,接 着剤で固定されている。
b:チューブBの先端には,SUS製ノズル体Cが取り付けられている。
c:ノズル体Cは,先端が球面上に閉鎖形成され,後端がチューブBに差し込ま れて結合している。
d:ノズル体Cの側部には,チューブBと連通する透孔が設けられている。
35 e:ノズル体Cは,内側パイプA及びチューブBを外側パイプ@内に完全に引き 込んだ状態で,外側パイプ@の先端に密接して閉塞する。
f:内側パイプA及びチューブBの後端に取り付けられたシリコーン製のコネク タDには,受精卵を前方へ送り出す押出シリンジが取付自在に連結される。
g:外側パイプ@を牛の子宮体内に挿入した後に,内側パイプAに接続したコネ クタDを外側パイプ@の後端側から前方に押して内側パイプAを外側パイプ @内でスライドさせ,内側パイプAから露出しているチューブBを外側パイ プ@の先端から前方に押し出す。これに伴い,ノズル体Cが子宮角深部まで 送り出される。
h:しかる後に,あらかじめチューブB内に移していた受精卵を,コネクタDに 取り付けられた押出シリンジの空気圧により,チューブB内を経由してノズ ル体Cの透孔から子宮角深部へ吐出する。
i:被告製品は,主として受精卵の注入器として用いられるが,人工授精用精子 の注入器としても使用可能である。
(2) 争点1-1(被告製品は構成要件Aを充足するか)について ア 本件特許の特許請求の範囲は,前記第2,2(3)に記載のとおりであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,要旨,次の記載がある(以下,段落番号を【】で示す。)。
(ア) 発明の属する技術分野 【0001】本発明は,牛等の家畜の人工授精用精子または受精卵移植用卵子の注入器及びその操作方法に関するものである。
(イ) 従来の技術 【0006】牛用の受精卵の移植器としては特公昭61-36935号公報に示されているものが公知となっている。この移植器では外側パイプの内側に先端を丸めて閉塞した内側パイプを摺動自在に配設し,内側パイプの先端部側面に小孔を穿設するとともに内側パイプの内部に挿通した柔軟性を有するチューブが前記小孔を 36 通って突出し得るようにしている。
【0007】使用に際しては,ストロー内にて冷凍保存されている受精卵を解凍し,このストローから受精卵をアタッチメントを用いてチューブの後端に吸引し,注射器をチューブの後端に取り付ける。この移植器の外側パイプを牛の子宮内に挿入する際には外側パイプは内側パイプに対して前進位置を占めて,内側パイプの先端部側面に形成された小孔は外側パイプによって覆われている。この状態で,外側パイプを子宮体内の子宮角入口まで挿入し,次いで外側パイプを後退させて内側パイプの先端部側面に形成された小孔を露出させる。その後,柔軟性を有する前記チューブを後方から前方に繰り出し,チューブの先端を内側パイプの小孔から外部に突出させ,このチューブの先端を子宮角深部にまで延出させる。この状態で注射器を操作して吸気をチューブ内に送り込むことによって,受精卵をチューブの先端から子宮角深部に注入するのである。
(ウ) 発明が解決しようとする課題 【0009】後者の受精卵移植器では,受精卵を子宮の深部に注入することは可能であるが,その構造は外側パイプと内側パイプの二重管構造となっており,内側パイプの内部には柔軟性を有するチューブを繰出自在に収容するため,内側パイプは所定の内径を有する必要があり,それに伴い外側パイプも比較的外径の大きな太いものとなっている。このため,外側パイプを子宮頸管を通して挿入する際に,この挿入が比較的困難であると共に子宮内膜を損傷する虞があった。
【0010】また,内側パイプの内径を大きくすることには限界があるため,その内部に挿通されるチューブは細くて弱いものとなり,チューブを子宮角深部まで確実に導くことは困難であった。
【0011】さらにまた,後者の移植器では内側パイプの先端部側面に形成した小孔の開口が正しく下方に向いているかを外部から確認できないため,子宮内に挿入するときに予め下方に向くようにしていても,挿入後にその位置がずれて上記小孔が下方を向かない場合があり,この場合には,小孔から突出されたチューブは正 37 しく子宮角深部まで挿入されず,その小孔が上を向いているような場合にはチューブは子宮体の上壁に当たって入口側に戻ってしまうことがあり,その挿入操作が大変困難であった。
【0013】本発明は上記のような問題点に鑑みてなされたもので,その第1の目的は,子宮内膜を傷つけることなく,精液あるいは受精卵を確実に子宮角深部まで注入することのできる牛等の家畜の人工授精用精子または受精卵移植用卵子の注入器を提供するにある。
(エ) 課題を解決するための手段 【0015】以上の目的を達成するため,本発明に係る牛の人工授精用精子または受精卵移植用卵子の注入器では,牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し,該チューブの先端にノズル体を一体的に取付け,該ノズル体は先端を球面状に閉鎖形成するとともに後端を該チューブと結合しかつ側部に該チューブと連通する透孔を設けてなり,該ノズル体は該パイプの先端に密着して該パイプの先端を閉塞可能としてなり,該チューブの後端には精子または卵子を前方へ送り出す押送手段を取付自在とし,該外側パイプを牛の子宮体内に挿入した後に該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出すことによって該チューブを該外側パイプの先端から前方に押出し,該押し出されたチューブをその先端の該ノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出し,しかる後に該押送手段によって精子または卵子を該チューブ内を経由して該ノズル体の該透孔から該子宮角深部へと吐出し得るようにしてなるのである。
(オ) 発明の実施の形態 【0022】以下,本発明の好ましい実施の形態につき,添付図面を参照して詳細に説明する。図1,2は本発明に係る牛の人工授精用精子の注入器の全体的構成を示し,図1は分解斜視図,図2は同組立状態の斜視図である。
38 【0023】図において,注入器10は,保湿筒12と,保湿筒12の外側略半周を覆う保護カバー14と,保護カバー14の先端下部に設けたホルダ部16に基端を嵌合される外側パイプ18と,保湿筒12及び保護カバー14の外周に脱着可能に嵌合されて外側パイプ18の基端をホルダ部16に嵌合状態に固定するピンチコック20と,前方部が外側パイプ内に挿通される精液注入用の可撓性チューブ24と,保湿筒12の後端に筒部を挿入される注射器22と,注射器22の先端に一端が接続されるとともに他端が精液注入用チューブ24に接続される精液ストロー26とを備えている。
【0026】外側パイプ18は,ステンレス製などの中空パイプであり,子宮頸管を通過し易いようにその外径を3mm程度の小径とし,また図では一部省略されているが,その長さは約50cmとしている。
【0027】精液注入チューブ24は,テフロン(登録商標)などの可撓性を有する半透明の中空チューブであり,外側パイプ18の後方においてこのチューブ24を指で摘んで前方に押送したときにこのチューブ24の前端部が外側パイプ18の前端からスムースに繰り出されるような可撓性を有する素材から選択される。
39 【0028】この精液注入用チューブ24の先端には,図4(判決注:図3の誤記と考えられる。)に拡大して示すように,吐出ノズル28が取り付けられている。この吐出ノズ マ マル28は,ステンレス製であり,チュブ 24の先端内周に嵌合される中空筒部28aと,筒部28aの先端にあってその基部が外側パイプ18の外径と同じで,先端が半球状に丸められた鏡面仕上げのノズルヘッド28bと,ノズルヘッド28bの外周部に180度対向して開口された一対の吐出口28cとからなっている。
【0029】精液注入用チューブ24は上記の吐出ノズル28から外側パイプ18内を通り,外側パイプ18の後端を出てからそこでほぼ一回転され,次いで,保湿筒12の前端の小孔12bからその内部に挿入される。
(カ) 発明の効果 【0050】以上の説明により明らかなように,本発明によれば,次の効果がある。請求項1に係る発明では,外側パイプの内部には可撓性のチューブが直接的に挿通されているから,外側パイプの外径を小さくして子宮頸管を傷つけることなく容易に挿通することができる。また,外側パイプから前方に繰り出された可撓性チューブはその先端のノズル体の重量によって下方に湾曲するから確実に子宮角内に入り,その後は子宮角の湾曲に沿って子宮角深部まで挿入される。本発明の注入器を従来の精液注入器と比較した場合,本発明の注入器では従来の200分の1の精子数でも良好な受精成績を挙げることができることが確認された。
イ 証拠(甲2,乙2ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許については,次の経緯を経て,特許査定がされたことが認められる。
本件特許の出願人である原告は,平成11年7月9日,本件特許に係る特許出願をして(特願平11-195969),同月13日,審査請求をした。
特許庁審査官は,原告に対し,平成14年3月5日発送の本件拒絶理由通知書 40 (乙2)により,同出願の請求項1に係る発明は,同通知書の引用文献1(乙3)に記載された発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨通知した。
原告は,本件拒絶理由通知書を受けて,平成14年5月1日提出の本件意見書(乙4)により,次のとおり主張した。
「(3) 引用文献は家畜の精液,受精卵注入器用カバーに関するもので,主として,外パイプ1,内パイプ2,シース管3および注入器4とから構成されている。
外パイプ1内に内パイプ2が配設され,内パイプ2の内部通路7にはシース管3をその先端部に装填した注入器4が挿入されている。また,内パイプの先端には外パイプ1の外径と同径の略半球状をなした頭部8が一体的に形成されており,その頭部には横孔9が開設され,その横孔は前記通路7と連通している。・・・ ママ (4) ここで本願発明と引用文献と 発明とを対比すると以下の点で構成上並びに効果の相違が認められる。
@本願発明では外側パイプの内部にある管体は可撓性のチューブのみであるのに対し,引用文献では外パイプ1の内側に管体として内パイプ2とシース管3と注入管12とがある。その結果,本願発明では外側パイプを外径3mm程度の小径なものとすることができるが,引用文献では外パイプの外径が多くなり子宮頸管の挿通時にそれを傷つけたりする可能性が大きくなる。
A本願発明では可撓性チューブの先端にノズル体を一体的に取り付けたものが引用文献の内パイプの役割を果たすとともに,この可撓性チューブが引用文献の注入管の役割をも果たしている。そして更に,本願発明では可撓性チューブを採用したことにより引用文献のコイルスプリング15,16が不要となり,大幅にコストダウンができる。
B本願発明では上記可撓性チューブを押出すとノズル体が外側パイプから分離 41 する。このノズル体は通常金属から計算され可撓性チューブより比重が大きいためその自重によりチューブは自然に下方に湾曲し,ノズルヘッドは子宮内膜にソフトに接触しながら子宮角の湾曲に沿って最深部まで到達することができる。
引用文献では,内パイプ2を前方に押し出して頭部8の横孔9を開口させる際に,横孔の開口方向を子宮角の垂れ下がった方向と合致させる必要があるが,これは視覚的に確認できず,直腸内に挿入した一方の手で内パイプの頭部の横孔9を触覚的に確認するしかなく,確認が困難であるといった問題がある。
また,引用文献では外パイプから突出される注入管の先端部はコイルスプリングが設けられているため,径が大きくなりそれほど長く形成できないから本願発明のように子宮角の最深部いわゆる最先端まで到達できない。引用文献でも注入器の先端が子宮角深部に到達するとの記載があるが,これは子宮角遊離部をさしており,湾曲した子宮角の最深部に到達することはあり得ない。本発明の場合は外側パイプの外径と同等の3mm程度の外径のノズルが可撓性チューブの繰出によって子宮角の湾曲に沿って進んで子宮角の奥深く入るので,引用文献で言うところの子宮角前部よりもはるかに深い最深部(最先端)まで到達し,引用文献では得られないような授精成績を挙げることができるのである。」 ウ 構成要件Aは,「牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し」と規定するところ,一般に,「挿入」とは,「中にさし込むこと。はさみこみ。」(岩波国語辞典第五版)などの字義を有することからすれば,「外側パイプ」が「可撓性のチューブ」をどのような態様ではさみ込んでいるかについては,特許請求の範囲の記載からは,必ずしも明らかでない。
そこで,本件明細書の記載を参酌するに,前記アで認定した同明細書の発明の詳細な説明には,従来の受精卵移植器(特公昭61-36935号公報〔乙5〕)について,その構造が外側パイプと内側パイプの二重管構造となっており,内側パイプの内部には柔軟性を有するチューブを繰出自在に収容するため,内側パイプは所定の内径を有する必要があり,それに伴い外側パイプも比較的外径の大きな太いも 42 のとなっていたとの課題が示され(段落【0006】,【0009】),これを解決するための手段として,特許請求の範囲と同旨の構成が示され(段落【0015】),発明の効果として,外側パイプの内部には可撓性のチューブが直接的に挿通されているから,外側パイプの外径を小さくして子宮頸管を傷つけることなく容易に挿通することができると記載されている。他方,同明細書には,本件特許発明に関して,「外側パイプ」と「可撓性のチューブ」との間に,何らかの別の部材を「可撓性のチューブ」の全部又は一部にわたって介在させる態様が存在し得ることは,何ら記載されておらず,その示唆もない。
特許請求の範囲に記載された用語の解釈に際しては,明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮すべきところ,以上に示した本件明細書の記載によれば,構成要件Aにいう「牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に可撓性チューブを押出し自在に挿入配設し」とは,「牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に,直接的に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し」た態様を指し,少なくとも「外側パイプ」と「可撓性のチューブ」との間に何らかの別の部材を介在させる態様を含まないと解するのが相当である。
エ 被告製品の構成aは,前記(1)で説示したとおり,「牛の子宮体内挿入用のSUS製外側パイプ@(長さ440mm,外径3.8mm,内径3.0mm)の内部に,SUS製内側パイプA(長さ447mm,外径2.9mm,内径2.6mm)が摺動可能に挿入配設され,SUS製内側パイプAの内部に,軟質塩化ビニル製チューブBが,その先端部が内側パイプAの先端部から153mm露出するように挿入配設されている。チューブBの外壁部分と内側パイプAの内壁部分とは,チューブBが内側パイプAで被覆された部分のうち挿入方向の先端部付近及び基端部付近において,接着剤で固定されている。」というものであって,外側パイプ@(「牛の子宮体内挿入用外側パイプ」に該当する。)とチューブB(「可撓性のチューブ」に該当する。)との間に,別の部材である内側パイプAを配設しているのであるから,「外側パイプの内部に,直接的に可撓性のチューブを押出し自在に挿 43 入配設し」ているとはいえない。
オ 原告の主張について (ア) 原告は,本件特許発明において省略された従来技術の「内側パイプ」や,本件拒絶理由通知書の引用文献1(乙3)に記載された発明における「内パイプ」とは,その内部に柔軟性を有するチューブを繰出自在に収容する部材であるところ,被告製品の内側パイプAは,チューブBと一体的に結合しており繰出自在に収容していないから,被告製品は,本件特許発明技術的範囲に含まれる旨主張する。
確かに,本件明細書が従来技術として挙げた特公昭61-36935号(乙5)に記載された移植器における「内側パイプ」や,本件拒絶理由通知書の引用文献1(乙3)に記載された発明における「内パイプ」は,その内部をチューブが摺動することが前提とされているものと認められる。
しかしながら,前記認定のとおり,本件明細書には,実施例に関する記載のみならず,「請求項1に係る発明」,すなわち本件特許発明それ自体につき,「外側パイプの内部には可撓性のチューブが直接的に挿通されているから,外側パイプの外径を小さくして子宮頸管を傷つけることなく容易に挿通することができる。」と明確に記載されているのであるから,「外側パイプ」と「可撓性チューブ」との間に何らかの別の部材が配されている構成の物は,同部材の内部に「可撓性チューブ」が繰出自在に収容されているか否かを問わず,本件特許発明技術的範囲に含まれないものと解さざるを得ない(なお,仮に,本件特許発明技術的範囲につき,「外側パイプ」と「可撓性チューブ」との間に何らかの別の部材が配されている場合をも含むとの解釈を採用するのであれば,本件明細書の上記記載からみて,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載されていない態様を含むことになるから,同発明についての特許は,平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項1号〔サポート要件〕に違反してされたものであって,特許無効審判により無効とされるべきものと認めるのが相当というべきである。)。
(イ) 原告は,被告製品の内側パイプAは,チューブBと一体的に結合しており, 44 チューブBの一部とみなされるべきものであると主張する。
前記認定によれば,被告製品における内側パイプAは,その内壁部分がチューブBの外壁部分と接着剤で固定されており,移植器の操作に際してチューブBと同時に外側パイプ@内を摺動する部材ではあるが,それ自体はSUS製の部材であって可撓性を有するものではない上,外側パイプ@(長さ440mm)を上回る長さ(447mm)にわたってチューブBを被覆しているものであるから,本件特許発明にいう「可撓性のチューブ」とは別の部材に相当するものであることが明らかといわねばならない。
(ウ) 原告は,被告製品のチューブBのうち,基端部側の表面には内側パイプAが接着固定されているが,先端部側には内側パイプAは存在しないのであるから,少なくともチューブBの先端部側については,外側パイプ@の内部に直接的に挿入配設している旨主張する。
確かに,被告製品において,チューブBの先端部は,内側パイプAの先端部から153mm露出するように挿入配設されており,内側パイプA及びチューブBを完全に手前に引き込んでノズル体Cが外側パイプ@の先端部に密着して閉塞した状態においては,チューブBのうち先端部側の153mmは,長さ440mmの外側パイプ@の先端部方向の内部に直接挿入配設されている状態となる。
しかしながら,既に認定説示したとおり,本件明細書には,本件特許発明の効果として,「外側パイプの内部には可撓性のチューブが直接的に挿通されているから,外側パイプの外径を小さくして子宮頸管を傷つけることなく容易に挿通することができる。」旨が明確に記載されているところ,内側パイプA及びチューブBを手前に引き込んだ状態において外側パイプ@の先端部方向の内部にチューブBが直接挿入配設されていたとしても,内側パイプA及びチューブBを先端方向に押し込んだ場合には,外側パイプ@の先端部方向まで内側パイプAが押し込まれることになるのであるから,外側パイプ@の先端部分も,結局は内側パイプAを摺動自在とすることができるだけの外径を有しなくてはならないことに変わりはない。そうすると, 45 手前に引き込んだ状態において,長さ440mmの外側パイプ@の先端側約150mmのみにおいて直接的にチューブBが挿通されていることをもって,外側パイプの内部に,直接的に可撓性のチューブが挿入配設されているということはできない。
カ 争点1-1のまとめ 以上によれば,被告製品は,構成要件Aを充足しない。
(3) 争点1の小括 したがって,構成要件Gの充足性(争点1-2)を検討するまでもなく,被告製品は,文言上,本件特許発明技術的範囲に属しない。
2 争点2(被告製品は本件特許発明均等なものとしてその技術的範囲に属するか)について (1) 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(対象製品等)と異なる部分が存する場合であっても,@同部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件),A同部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって(第2要件),B上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件),C対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件),かつ,D対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は,同対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許請求の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
(2) 均等の第2要件について ア 本件特許発明の作用効果 46 本件明細書の記載によれば,従来の受精卵移植器(特公昭61-36935号公報〔乙5〕)は,外側パイプと内側パイプの二重管構造であって,内側パイプは,その内部には柔軟性を有するチューブを繰出自在に収容するため所定の内径を有する必要があり,それに伴い外側パイプも比較的外径の大きな太いものとなっていたため,挿入が比較的困難であるとともに,子宮内膜を損傷するおそれがあるという課題があったところ(段落【0009】),本件特許発明は,同課題について,可撓性のチューブを直接的に挿通することによって外側パイプの外径を小さくし,これにより,子宮頸管を傷つけることなく容易に挿通することができるとの効果を奏するとされているのであるから(段落【0050】),ここでいう「外側パイプ」の外径を小さくするとの効果は,少なくとも「外側パイプ」と「可撓性チューブ」との間に,別の部材が介在しないことによってもたらされる程度を超えるものであるはずである(なお,本件明細書において従来の技術として例示された特公昭61-36935号公報〔乙5〕に記載された発明における「内側パイプ」及び本件拒絶理由通知書の引用文献1〔乙3〕に記載された発明における「内パイプ」が,その内部に柔軟性を有するチューブを繰出自在に収容する部材であり,そのような従来の技術との関係で,「外側パイプ」と「可撓性チューブ」との間に別の部材が介在しないことによる効果が主張されていることからすれば,本件特許発明における「外側パイプ」の外径を小さくするとの効果は,より正確には,「外側パイプ」と「可撓性チューブ」との間に「内側パイプ」ないし「内パイプ」が介在しないことによる効果と,「内側パイプ」ないし「内パイプ」の内部に柔軟性チューブを繰出自在に収容するために必要であったクリアランス〔隙間〕部分を不要とした効果とを合計した程度のものということができる。)。
イ 被告製品の作用効果 前記前提事実及び前記1(1)で説示したところによれば,被告製品は,SUS製外側パイプ@(内径3.0mm)の内部に,SUS製内側パイプA(内径2.6mm)が摺動可能に挿入配設され,SUS製内側パイプAの内部に,軟質塩化ビニル 47 製チューブBが挿入配設されているところ,チューブBの外壁部分と内側パイプAの内壁部分とが接着剤で固定されているものである。
そうすると,被告製品は,「外側パイプ」に相当するSUS製外側パイプ@と「可撓性チューブ」に相当するチューブBとの間に,別の部材であるSUS製内側パイプAが介在しているのであるから,従来の受精卵移植器において,「内側パイプ」ないし「内パイプ」の内部に柔軟性チューブを繰出自在に収容するために必要であったクリアランス(隙間)部分を接着することにより,同クリアランス部分を不要とし,その限りで,「外側パイプ」に相当するSUS製外側パイプ@の外径を小さくしているということができるとしても,被告製品は,本件特許発明における「外側パイプ」の外径を小さくするとの効果(少なくとも,「外側パイプ」と「可撓性チューブ」との間に,別の部材が介在しないことによってもたらされる程度以上の効果)を奏するものとはいえない(なお,同クリアランス部分を不要とすることによりもたらされる程度が,別の部材が介在しないことによってもたらされる程度を大きく超える,換言すると,前者と比べて後者が無視できる程度に小さいと認めるに足りる証拠はない。)。
(3) 均等の第1要件について 前記に認定した本件明細書の記載及び本件特許の出願経過によれば,従来の受精卵移植器においては,外側パイプの内部に内側パイプを摺動自在に配設し,同内側パイプのさらに内側に,「柔軟性を有するチューブ」又は「注入器」が摺動自在に配設された構成を有していたところ,このような構成では,外側パイプの外径が大きくなるとの問題があったことから,本件特許発明は,上記内側パイプを省略して,可撓性を有するチューブを外側パイプの内部に押出し自在に配設することにより,外側パイプの外径を小さくして子宮頸管を傷つけることなく容易に挿通することができるとの効果を奏するに至ったものである。
したがって,「牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に,直接的に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し」た(「外側パイプ」と「可撓性のチューブ」との 48 間に別の部材を介在させない)との構成は,本件特許発明の本質的部分であるというべきである。
この点について,原告は,押し出された可撓性チューブをその先端のノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出す点も本件特許発明の本質的部分である旨主張するが,この点が本件特許発明の本質的部分に含まれるものであるとしても,そのことは,「牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に,直接的に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し」た(「外側パイプ」と「可撓性のチューブ」との間に別の部材を介在させない)との構成が本件特許発明の本質的部分であることを,何ら否定する理由とはならない。
また,原告は,本件明細書において従来の技術として例示された特公昭61-36935号公報(乙5)に記載された発明における「内側パイプ」や本件拒絶理由通知書の引用文献1(乙3)に記載された発明における「内パイプ」に相当する部材,すなわち,外側パイプ内を摺動自在にスライドする部材であり,かつ,その内部には柔軟性を有するチューブを繰出自在に収容する部材を省略したことが本件特許発明の本質的部分であると主張するようにも解されるが,本件明細書には,従来の技術にいう「内側パイプ」(ないし「内パイプ」)がいかなる技術的意義を有していたかについて明確な記載がなく,また,本件特許発明において従来の技術にいう「内側パイプ」(ないし「内パイプ」)が有していた役割をどのように代替するかについての記載もないのであるから,このような本件明細書の記載を前提とするのであれば,本件特許発明の本質的部分は,「牛の子宮体内挿入用外側パイプの内部に,直接的に可撓性のチューブを押出し自在に挿入配設し」たことにより,外側パイプの外径を大きくする原因となるような,「外側パイプ」と「可撓性のチューブ」との間に別の部材を介在させないこととし,これにより,外側パイプの外径を小さくしたことを含むものといわざるを得ない。
以上に対し,被告製品は,チューブBと接着固定されているとはいえ,外側パイプ@の内部に内側パイプAを配設しているところ,前記(2)で検討したところによ 49 れば,被告製品において外側パイプ@の外径を小さくするとの効果(なお,その程度が本件特許発明における効果ほどには至らないことは,前記のとおりである。)が一定程度奏されているとみる余地があるとしても,この点は,内側パイプAを省略したからではなく,内側パイプAとチューブBとを接着固定し,内側チューブAとチューブBとの間のクリアランスを不要としたことによるものというべきであるから,本件特許発明とは,その課題解決原理(本質的部分)において異なるものというほかない。
以上によれば,本件においては,均等の第1要件及び第2要件を充足しないから,被告製品は,構成要件Gの充足性及びその余の均等の要件を検討するまでもなく,本件特許発明均等なものとしてその技術的範囲に含まれるということはできない。
3 争点3-1(無効理由1〔乙9を主引例とする進歩性欠如〕は認められるか)について (1) 以上のとおり,被告製品は,文言上も,均等論上も,本件特許発明技術的範囲に属しないものであるから,争点3(本件特許発明についての特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるか)を問題とすることなく,本件各請求はいずれも理由がないものであるが,事案に鑑み,争点3-1についても検討する。
(2) 乙9発明の構成 ア 証拠(乙9)によれば,乙9文献には,次の記載がある(ただし,下線を付加した。)。なお,乙21によれば,乙9文献は,本件特許の出願前に頒布されたものと認められる。
「 (a) ウサギ頚 部及び胚回収用カテ ーテルの子宮内挿入 の描出。 a, 5% CO 2 の空気により膨張させた膣前部; b, 頚部; c, 子宮の内腔; d, 膣鏡; e, 光ファイバー内視鏡 ; f, バルーン膨張用チューブ; g, 洗浄液回収用チュー ブ; h, 膨張させたバルーン; i, クレイポリマービーズ。膣鏡の外表面は滅菌 済みSurgilube?(E. Fougera and Co., ニューヨーク州Melville)を塗って滑 らかにし,膣鏡をやさしく膣内に挿入し,頚部に達するまで骨盤弓内を前方に 50 進めた。内視鏡により,膣前部と頚部をテレビモニターで観察可能となった。(b) 子宮内への胚移植用カテーテルの挿入第一段階。胚移植用カテーテルは,遠位端にあるクレイポリマービーズ(l)のみが見えるようにステンレススチール管(k)内に挿入した。該管は,カテーテルビーズが子宮頚部を通過して子宮壁を拡張するのに必要な剛性を提供する。
(c) 胚移植用カテーテルの位置決め。
ステンレススチール管を引き戻す(m)と同時に移植用カテーテル(n)を前方に押し出す(o)と,移植用カテーテルビーズが子宮頚部のはるかに奥まで入った。拡張された子宮壁(p)は,ステンレススチール管を引き戻すと本来の形状をとる。」(p.237, Fig. 1(a)〜(c)) 「カテーテル挿入 ウサギ 胚回収用カテーテル(Fig. 1a)は,ポリエチレンチューブ(内径:1.19 mm; 外径: 1.70 mm; PE-190, Intramedic?, Clay Adams, ニュージャージー州Parsippany)で構成された。該チューブの遠位端は,バルーンとしての役割を果たす15 mm長のラテックススリーブで囲まれた(Fig. 1a)。インフレーションチャネルの役割を果たす小径のポリエチレンチューブ(内径 : 0.28mm; 外径: 0.61 mm; PE-10, Intramedic?)がラテックススリーブの下に挿入され,その基端には,バルーン膨張後の空気の逆流を防ぐためのストップコックを備えた5mlのシリンジが取り付けられた。回収用カテーテルの遠位末端4mmは,著者らが作製した,中央に孔を有する4 mm径のクレイポリマービーズ内 51 に挿入して接着した(Fig. 1aおよび3)。カテーテル内に挿入された0.62 mm径のステンレススチールワイヤー(部品番号T-304V,Small Parts, Inc.,フロリダ州Miami Lakes)がガイドワイヤーとして機能した。
移植 用カ テー テル ( Fig. 1b,c)は , ポリエ チレ ンチ ュー ブ(内 径: 0.86mm; 外径:1.27 mm; PE-90, Intramedic?)で構成され,その遠位端には中央に孔を有する4 mm径のクレイポリマービーズが取り付けられた。0.62 mm径のステンレススチールワイヤーはガイドワイヤーとして機能した。該移植用カテーテルは,2 mm径のステンレススチール管内に挿入された。末端を口焼きした外径7 mmのガラス管が膣鏡として機能し,T-コネクターのアームに接続され,加圧タンクから吹き込む5%CO2の空気流によって膣が膨張した状態を保てるようにした(Fig. 1)。T-コネクターの基端側のアームは,キャップとして働くバキュテナーストッパー内に挿入された。ファイバースコープとカテーテルを膣鏡内に挿入できるよう,孔を有するストッパーを取り付けた。
ウサギはそれぞれが子宮頸を有する2つの分離した子宮からなる重複子宮を有するので,いずれのウサギも,カテーテル挿入を胚回収のために2回,かつ胚移植のために2回行なう必要があった。頚部カテーテル挿入の手順を図示する(Fig. 1)。両方の頚部及び子宮にカテーテルを挿入した。回収用カテーテル内には,柔軟性を残しつつその剛性を増大させるべく,ステンレススチールガイドワイヤーが挿入された。目視下でビーズが頸管口外部付近に位置するようにカテーテルを配置した。カテーテルをやさしく前方に押し出すと頚管外部でビーズが包み込まれ,ガイドワイヤーを引き戻しながら引き続き前方に押し出すとビーズ及びカテーテルが子宮内に挿入された。ビーズは,カテーテルの頚部への挿入と通過をしやすくするために,また子宮が頚部のすぐ向こう側で鋭く曲がっていることから,子宮壁を穿孔しないようにするために用いた。カテーテルはバルーンの後方1cmの位置に黒輪で目印をつけた;カテーテルの輪が見えなくなるくらいまで頚部内に挿入された時にバルーンを膨張させ(Fig. 52 1a),封止させて洗浄培地が流れ出さないようにした。その後内視鏡と膣鏡を引き抜いた。
胚移植用カテーテルは,子宮頸部を通過させてカテーテルを配置しやすくするために,ステンレススチール管の鞘に納めた。この管はガイドワイヤーと同様の機能を果たすが,より高い剛性を与えた。ビーズが外頚管口に押しつけられると,ビーズと管が子宮頚部を通過し,前方に押し出し続けると子宮壁が広げられて生殖器官が前方に押し出された(Fig. 1b)。管を子宮頚部からゆっくり引き戻すと同時にカテーテルを押し出すことで(Fig. 1c),胚を子宮頚部 の 前 方 に 置 く こ と が 可 能 に な っ た 。 」 ( "Materials and Methods" の"Catherterization"の項,p.237左欄25行目〜p.238右欄3行目)「胚の回収及び移植 ウサギ カテーテル挿入の後,LHの排卵注射の78〜89時間後に,8頭の胚ドナ ーの子宮を1〜4 mlのRD培地で 5回洗い流した(Fig. 1a)。RD培地 は ,25mmolヘペス緩衝液l-1 ,1.0 %(w/v)ポリビニルアルコール,及び0.1%(v/v)抗生物質-抗真菌剤(Life Technologies Inc.)を含有した。ドナーは約25度上方に 持 ち 上 げ , 頚 部 回 収 カ テ ー テ ル の 末 端 に 取 り 付 け た Tomcat? カ テ ー テ ル(Sherwood Medical Co., ミズーリ州St Louis)に接続したシリンジにより洗浄培地を導入し,各子宮が膨れるまで注意深く子宮を膨張させた。腹壁からの触診により子宮をやさしくまっすぐにし,カテーテルバルーンを持ち上げて洗浄培地を回収しやすくなるように操作した。全ての洗浄液を顕微鏡で調べ,胚をプールし,RD培地にて3回胚を洗浄した。胚はRD培地の蓋付き培養皿中で,移植前最大2時間室温にてin vitroで維持し,その間に全ての洗浄液が処理完了 し た 。 胚 ド ナ ー を 100 mg ペ ン ト バ ル ビ タ ー ル ナ ト リ ウ ム kg -1 体 重(Beuthanasia-D?,Shering-Plough Corp.,ニュージャージー州Madison)の腹腔内注射で殺し,卵巣の排卵反応を調べた。
胚を移植しやすくするため,移植操作中はレシピエントの後半身を3 cm持ち 53 上げた。胚が子宮頚部より奥に移植されるよう,カテーテルを子宮内で前方へ 送り出した(Fig. 1b,c)。10〜12個の胚を含む5〜10μlの液滴が2個の気泡 の間に挟まれた状態となるように,胚を25μlマイクロキャピラリーチューブ 内に吸い取り,チューブの先端に3μlの培地を添加した。最大20μlの培地を 胚と共にカテーテルから子宮内へと吐出した。8頭のドナー由来の胚を10頭の レシピエントに移植した。
胚レシピエントはケージ内で維持し,分娩予定日の2日前に巣箱と藁を与え た。雌は分娩予定日まで頻繁にチェックした。仔が発見された時に頭数と状態 を 記 録 し た 。 母 仔 は コ ロ ニ ー 内 に 残 し た 。 」 ( "Materials and Methods" の "Embryo collection and transfer"の項,p.238右欄最終段落〜p.239左欄19行 目) イ 乙9文献の上記アの記載によれば,同文献には次の発明(乙9発明)が記載されているものと認められる。
9a:頚部を可視化するための内視鏡システム,経子宮頚部カテーテル,並びに, 内視鏡とカテーテルを収容して膣前部へのアクセスを提供しかつ加圧タン クから吹き込む5%CO 2 の空気流によって膣が膨張した状態を保てるよ うにするための膣鏡からなる,ウサギの子宮頚部にカテーテル挿入するた めの装置であり,同装置において,前記カテーテルは,ポリエチレンチュ ープからなり,ウサギの子宮体内挿入用のステンレス管の内部に,直接的 に押出し自在に挿入配設されている。
9b:カテーテルの先端には,中央に孔が開けられたビーズが一体的に取り付け られている。
9c:該ビーズは球形であり,先端部も球面状である。ビーズの後端はカテーテ ルと結合されている。
9d:ビーズの透孔はカテーテルと連通している。
9e:該ビーズは,ステンレス管の先端に密接して該管の先端を閉塞可能である。
54 9f:(乙9文献には,胚移植用カテーテルの後端に押送手段があるとの記載は ない。)。
9g:胚移植用カテーテルをステンレス管に完全に引き込んだ状態で,同カテー テルの先端に結合されたビーズとステンレス管をウサギの子宮頸部に挿入 し通過させ,該ビーズとステンレス管をさらに前方に押し続けることによ り,子宮壁が拡げられて前方に押し出され,そこから,ステンレス管を子 宮頚部からゆっくり引き戻すと同時にカテーテルを押し出すことで,該ビ ーズを子宮頚部の前方に置き, 9h:しかる後,胚をカテーテルを経由してビーズの透孔から子宮頚部の前方に 置く。
9i:以上の構成を含む,ウサギ(又はフェレット)の胚をウサギ(又はフェレ ット)の子宮体内に移植するための注入器。
ウ 乙9発明の「カテーテル」は本件特許発明の「可撓性のチューブ」に,乙9発明の「ビーズ」は本件特許発明の「ノズル体」に,それぞれ該当するといえるから,本件特許発明と乙9発明との相違点(形式的な相違点を含む。)は,次のとおりであることが認められ,両発明は,その余の点において一致すると認められる。
(ア) 本件特許発明は「牛」の人工授精用精子又は受精卵移植用卵子の注入器であるのに対して,乙9発明は「ウサギ(又はフェレット)」の胚をその子宮体内に移植するための装置である点(相違点9-1)。
(イ) 本件特許発明は,「外側パイプ」と「可撓性のチューブ」の2層構造体の装置であるのに対して,乙9発明は,ステンレス管とカテーテルからなる2層構造体のほかに,頚部を可視化するための内視鏡システムと,該内視鏡並びにステンレス管及びカテーテルを収容して膣前部へのアクセスを提供しかつ加圧タンクから吹き込む5%CO 2 の空気流によって膣が膨張した状態を保てるようにするための膣鏡からなる装置である点(相違点9-2〔なお,本件特許発明は,内視鏡や膣鏡を構成要件としていないが,これらを備えていないことを特許請求の範囲において規定 55 していると解されない限り,乙9発明が,内視鏡や膣鏡を備えたというだけでは,直ちにこの点が相違点となるものではないといえる(原告は,本件特許発明が内視鏡や膣鏡を備えていないとすることにつき,特許請求の範囲の記載上の根拠を示していない。)。もっとも,本件特許発明は,「牛」の人工授精用精子又は受精卵移植用卵子の注入器であり,通常,内視鏡や膣鏡を備えるものでないと考えられること〔弁論の全趣旨〕に鑑み,この点も相違点に挙げることとした。〕)。
(ウ) 本件特許発明では,ノズル体の側部に透孔が形成されているのに対し,乙9発明ではビーズの先端中央部に透孔が形成されている点(相違点9-3)。
(エ) 本件特許発明は「チューブの後端には精子または卵子を前方に送り出す押送手段を取付自在」とするのに対し,乙9発明にはかかる押送手段を取付自在とすることが明記されていない点(相違点9-4)。
(オ) 本件特許発明は「該外側パイプを牛の子宮体内に挿入した後に該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出すことによって該チューブを該外側パイプの先端から前方に押出し,該押し出されたチューブをその先端の該ノズル体の重量によって下方に湾曲させて,該ノズル体を子宮角深部まで送り出」すものであるのに対して,乙9発明は,胚移植用カテーテルをステンレス管に完全に引き込んだ状態で,同カテーテルの先端に結合されたビーズとステンレス管をウサギの子宮頚部に挿入し通過させ,該ビーズとステンレス管をさらに前方に押し続けることにより,子宮壁が拡げられて生殖器官が前方に押し出され,そこから,ステンレス管を子宮頚部からゆっくり引き戻すと同時にカテーテルを押し出すことで,該ビーズを子宮頚部の前方に置くものである点(相違点9-5)。
エ 上記相違点のうち,相違点9-3に係る本件特許発明の構成については,本件特許出願前に,当業者が乙9発明及び受精卵の移植器の排出孔(透孔)を側部に形成することに関する周知技術(乙10〔第1ないし3図〕,11〔第1ないし5図〕及び12〔図2,3及び5〕)に基づいて容易に想到できたものと認められ(家畜の子宮体内に移植器を挿入する際に,子宮体内の粘液や分泌物の透孔への流 56 入を回避して受精卵の汚染を防止し〔乙10〕,又は透孔を雑菌類より隔離保護するため〔乙11〕,受精卵の移植器の排出孔〔透孔〕を側部に形成することは,周知であったと認められるところ,乙9発明において,透孔の位置を側部に変更することを妨げるべき事情は,見当たらないから,この点は,単なる設計事項と認められる。なお,本件明細書の記載からは,相違点9-3に係る本件特許発明の構成に,格別の技術的意義があるとは認められない。),また,相違点9-4については,実質的な相違点とは認め難い(乙9文献の前記記載のほか,同文献のp.237左欄の"Catherterization"の項の1行目〜13行目などの記載に照らし,乙9発明においても,押送手段を取付自在としていることは,自明である。)。そこで,以下,相違点9-1,同9-2及び同9-5に係る本件特許発明の構成について,当業者が乙9発明に基づいて容易に想到できたものといえるかを検討する(なお,原告も,相違点9-3及び相違点9-4に係る本件特許発明の構成の容易想到性は,争っていない)。
(ア) 相違点9-1について 乙9文献の記載によれば,乙9発明は,哺乳動物における非外科的な胚移植の効率化を指向するためのものであり,本件特許発明と課題を共通にしているということができる。また,ウサギの子宮と牛の子宮とは,子宮湾曲部を有し,子宮頚部からみて下側に子宮角深部が存する点など,形状において類似していることも認められる。しかるところ,乙9文献の原文235頁には,「胚移植の最も広範な応用は,胚の回収及び移植に用いる経子宮頚部カテーテルの用手的操作が可能な大型家畜動物において行われている」との記載があり,また,同242頁には,「結論として,本研究の結果は,イエウサギと家畜フェレットにおける経頚部カテーテル挿入並びに付随する非外科的な胚の回収及び移植を奨励しており,それらの実現可能性を証明した。記載された手法は,クロアシイタチドナー及び家畜フェレットレシピエント間の異種間胚移植に適用可能である。記載された2種類の非外科的胚回収及び移植システムは,種差を調整するための改変点があるが,広範囲の哺乳動物,特に絶 57 滅危惧種に対して応用性がある。本報告は,小型哺乳動物における非外科的な胚の子宮内回収及び同胚の移植の成功を初めて報告するものである。」(下線を付した。)との記載があることが認められる。
そうすると,乙9文献には,ウサギに対する胚移植器である乙9発明を,牛を含む大型の哺乳動物に適用することについて,十分な示唆があるというべきである。
この点に関して,原告は,ウサギの子宮頚部はその先で鋭く曲がっているために,カテーテルを前方に進めるためには,ビーズを用いて子宮壁を押し広げる必要があるが,子宮内腔が広い牛には,そのような物理的手法は不要であるばかりか,かえって子宮壁を傷つける可能性があり不適切であるとして,乙9発明を牛に適用する動機付けがない旨主張する。
確かに,乙9発明におけるビーズは,ウサギの子宮壁を拡げる際に,子宮壁を傷つけないためにも用いられている旨が記載されているが,同時に,カテーテルの頚部への挿入と通過を容易にするために用いられているのであって,胚移植器を現実に用いる際の使用方法に僅かに異なる点があったとしても,そのことのみをもって,乙9発明を牛に適用する動機付けがなかったとは言い難い。
以上によれば,本件特許の出願前に,乙9発明を牛の受精卵移植に適用することは,当業者において容易想到であったと認められる。
(イ) 相違点9-2について 上記(ア)のとおり,本件特許の出願前に,乙9発明を牛に適用することは,当業者において容易想到であったと認められるところ,乙9発明を大型哺乳動物である牛に適用するのであれば,カテーテル,ビーズ及びステンレス管とは別部材として把握することができる部材であって,かつ,乙9発明を牛に適用する場合には必要とならない部材である光ファイバー内視鏡や膣鏡を除外した構成とすることは,本件特許の出願前に,当業者が適宜なし得たものというべきであり,容易想到であったと認められる。
(ウ) 相違点9-5について 58 相違点9-5に係る乙9発明の構成は,当該発明にかかる移植器をどのような手順で使用するかという点に関するもの(乙9発明は,ビーズとステンレス管を子宮頚部に挿入後もさらに押し込んで子宮壁を拡げ,その後ステンレス管を手前に引き込むのに対し,本件特許発明は,子宮体内に挿入した後に該外側パイプの後端から該チューブを前方に繰り出すものである。)であって,発明の対象となった移植器そのものに関する相違点とはいえない。
そして,本件特許発明についての特許に無効理由3(実施可能性違反)及び無効理由5(明確性要件違反)がないという原告の主張(殊に,受精卵移植時期の生存する牛の子宮内に内腔の空隙が存在する旨の主張)を前提とするならば,乙9発明を牛に適用するに際し,ステンレス管を子宮体内に挿入した後に該ステンレス管の後端からカテーテルを前方に繰り出すことによって該カテーテルを該ステンレス管の先端から前方に押出せば,該押し出されたカテーテルがその先端のビーズの重量によって下方に湾曲させて,該ビーズを子宮角深部まで送り出すこととなることは,自明である(すなわち,乙9発明は,ステンレス管を子宮体内に挿入した後に該ステンレス管の後端からカテーテルを前方に繰り出すことによって該カテーテルを該ステンレス管の先端から前方に押出し,該押し出されたカテーテルをその先端のビーズの重量によって下方に湾曲させて,該ビーズを子宮角深部まで送り出すように,構成させているといえる。)。
したがって,相違点9-5は,実質的な相違点とは認め難い。
オ 小括 以上のほか,上記相違点に係る本件特許発明の構成を組み合わせることが格別困難であったと認めるべき事情はないから,本件特許発明は,本件特許の出願前に頒布された刊行物に記載された発明である乙9発明及び上述した周知技術(乙10ないし12)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきである(特許法29条2項)。
したがって,本件特許についての特許は,特許無効審判により無効にされるべき 59 ものと認められ,原告は,被告らに対し,本件特許権を行使することができない(特許法104条の3)。
4 結論 以上によれば,本件各請求は,その余の争点につき検討するまでもなく,いずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
60 (別紙)被告製品目録牛受精卵・精液注入カテーテル「YTガン」以上61 (別紙)被告製品説明書被告製品は,以下の構成を有する受精卵の注入器であり,コネクタの後端側に,押送手段が付けられる。被告製品の構造を,以下の模式図及び写真@〜Eで示す。
下記の模式図は,ノズル体を外側パイプから少し押し出した状態を示すものである。
写真@は,上から外側パイプ(基端部側に鍔付き),内側パイプ(その横にコネクタ),塩化ビニル製チューブを並べた写真である。
写真Aは,注入器のチューブを完全に収納した状態時の写真である。
写真Bは,チューブ完全収納状態の注入器の先端拡大写真である。
写真Cは,内側パイプの基端部側に接続したコネクタを外側パイプの鍔まで当接するまで押し出した状態(内側パイプを外側パイプ内に完全に挿入した(状態)の写真である。
写真Dは,内側パイプから露出したチューブ部分の写真である。
写真Eは,チューブ先端部の拡大写真である。
62 写真@写真A写真B写真C写真D写真E63 被告製品の構成部材である,外側パイプ@,内側パイプA,チューブB,ノズル体C,コネクタDの寸法,材質,仕様等は,以下のとおりである。
@SUS製外側パイプ材質:SUS304仕様:表面が滑らかであること寸法:ASUS製内側パイプ材質:SUS304仕様:表面が滑らかであること寸法:B軟質塩化ビニル製チューブ材質:軟質塩化ビニル仕様:硬度測定用試験片でIRHD70〜90point寸法:64 Cノズル体材質:SUS303仕様:先端部が滑らかであること寸法:Dコネクタ材質:シリコーンゴム仕様:中心貫通穴がバリ等で塞がれないこと寸法:65
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官 笹本哲朗
裁判官 天野研司