原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(引用発明2の認定の誤り) 審決は,引用発明2の認定中に「前記β型サイアロンの組成は,下記表1の実施例1ないし4のいずれかである白色 LED。」との認定を加える。 しかしながら,引用文献2には,実施例1の緑色蛍光体を用いた白色LEDについての記載はあるが([0074]),実施例2〜4の緑色蛍光体を用いた白色LEDは記載されていない。 したがって、審決の引用発明2の認定中の上記認定部分には,誤りがある。 2 取消事由2(相違点1の判断の誤り) 審決は, 『Mnの組成比(濃度)を示すhの値を0.001≦h≦0.1の範囲とすることに格別の困難はないと判断する。 しかしながら,Mnの濃度を示すhの値によって,赤色系発光蛍光体単独での明るさに違いが生じるところ,赤色系発光蛍光体に求められる明るさは,組合せに用いる緑色系発光蛍光体の明るさ,バックライトにおいて所望する色温度等によって異なる。本願発明においては,hが0.001≦h≦0.1の範囲内にある赤色系発光蛍光体を用い,さらに,緑色系発光蛍光体に関して相違点2の構成とすることにより,所望の色温度と明るさと色再現性(NTSC比)とを同時に満足するバックライト光源用発光装置に好適な白色発光装置を実現したのである。 したがって,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易になし得ることではない。 以上から,審決の相違点1の判断には,誤りがある。 3 取消事由3(相違点2の認定判断の誤り) 相違点2は,便宜上,次の2つに分説できるので,以下,これを前提に論述する。 @ 相違点2a 本願発明の「緑色系発光蛍光体」は,であるのに対して,引用発明1の「緑色放 2+出蛍光体」は,「少なくとも Eu で活性化されるアルカリ土類珪酸塩である(Ba,Sr,Ca)2 2+SiO4:Eu (“BOS”)」である点。 A 相違点2b 本願発明は,「赤色系発光蛍光体に対し,前記緑色系発光蛍光体が重量比で15〜45%の範囲内の混合比率で混合されてなる」ものであるのに対して,引用発明1は,このように特定されるものではない点。 (取消事由3-1)(相違点2aの認定判断の誤り) (1) 相違点2aの認定の誤り 2+審決は, 「(Ba,Sr,Ca)2SiO4:Eu (“BOS”)」 (以下「BOS」という。)を緑色放出蛍光体と認定する。 しかしながら,BOSは,黄色放出蛍光体であるか(引用文献1[0008],甲2【0004】),又は,青色若しくは青緑色のピーク放出を有する蛍光体として例示されており(引用文献1[0061],甲2【0022】),緑色放出蛍光体として例示されているものではない。 仮に,BOSのピーク波長が青緑から橙色まで変化し得ることが公知又は技術常識であっても,それらを組み入れて刊行物の記載内容を拡大解釈することはできないから,引用文献1に接した当業者に対して,BOSが緑色放出蛍光体として例示されていることにはならない。 したがって,審決の上記認定部分は,誤りである。 (2) 相違点2aの判断の誤り 審決は,引用発明1の緑色放出蛍光体に代えて,引用発明2のβ型サイアロンを用いることは容易であると判断する。 しかしながら,上記判断は,次のとおり誤りである。 510〜550nmのピーク波長を有する公知の緑色放出蛍光体は無数に存在し,William M. Yen外1名,「INORGANIC PHOSPHORS」,CRC PRESS,2004,pp453-459(甲8)においても,100種類以上の蛍光体が開示されている。 発光装置において発光効率を向上させることは周知の課題であるから,当業者であれば,発光効率を向上させるために,励起光源のピーク放出波長又はその近傍に励起スペクトルの強度の高い蛍光体を用いるのが通常である。そうすると,引用発明1の青色LEDの放出波長のピークは440〜480nmであるから,当業者は,この440〜480nmの範囲内又はその近傍に励起スペクトルのピークを有する緑色放出蛍光体を選択しようとする。しかるところ,引用発明2のβ型サイアロンの励起スペクトルのピークは300〜303nmであり(引用文献2[0063]),440〜480nmでの励起スペクトルの強度は,ピーク時よりもかなり低く(引用文献2[図1]〜[図4]),当業者は,そのようなものを引用発明1の緑色放出蛍光体として用いようとはしない(甲13のFig.3.〔訳文は,甲14の該当箇所参照〕,甲14)。しかも,励起スペクトルが440〜480nmの場合のβ型サイアロンの半値幅は,引用文献2には示されていない。かえって,引用文献1には,緑色放出蛍光体として「STG(Sr 2+Ga2S4:Eu )」(以下「STG」という。)を用いる例が示されているところ(引用文献1[0068],甲2【0024】),STGは,励起光源である青色チップのピーク波長である440〜480nmを含む400〜500nmの範囲内の励起スペクトルの強度が最も強い(甲9)。 また,引用発明1の課題は,高いCRI(演色評価数)と向上したLER(放射発光効率)の双方を有する白色光源を生産することにあり(引用文献1[0017],甲2【0006】参照),引用文献1には,好適な緑色放出蛍光体の選択基準についての記載がないことや,緑色発光蛍光体としてSTGを用いた実施例のNTSC比が101%に達していることからも(引用文献1[0068],甲2【0024】),引用発明1が,色再現性の更なる改善を解決課題とはしているとはいえない。 そうすると,当業者が,引用発明1の緑色放出蛍光体として,あえて引用発明2のβ型サイアロンを用いる動機付けはなく,むしろ,阻害要因がある。 (3) 小括 以上から,審決の相違点2aの認定判断には,誤りがある。 (取消事由3-2)(相違点2bの判断の誤り) 審決は,引用発明1において,赤色線放出複合フッ化物蛍光体材料と緑色放出蛍光体の相対量を定めることは,目的する色に合わせて適宜なし得ることと判断した。 しかしながら,審決の上記判断は,次のとおり誤りである。 (1) 重量概念の欠如 引用文献1には,各々の蛍光体が蛍光体ブレンド全体の発光スペクトルに対して寄与する相対割合であるスペクトル質量(重み),すなわち,発光強度に着目して所望のCCT(相関色温度)値を得ることが可能であることの記載しかない(引用文献1[0061],甲2【0022】)。また,引用文献2にも,赤色蛍光体と緑色蛍光体の重量比に関する記載はない。 一方,本願発明は,蛍光体の混合比率,すなわち,重量に着目して所望のCCT値を得ようとするものであり,引用文献1にはその示唆もない。 両者の概念は異なり,引用文献1の記載に基づいて重量比に想到することは,容易ではない。 (2) 解決課題 本願発明の解決課題は,従来の青色光励起源と黄色系発光蛍光体との組合せからなる発光装置と比較して,@同程度の明るさ(効率),A同程度の色温度(Tc)を維持しつつ,B色再現性(NTSC比)の優れた発光装置を提供することにあり,上記Aの相関色温度(CCT)については,6800K以上が基準となる([0004][0008] [表1]〜[表3])。なお,バックライト用白色光について6800K以上の色温度が好適であることは,本願優先日当時よく知られていたことであるから,本願発明においても,高い色温度(6800K以上)を実現することを当然の課題としている。 そして,上記Bの色再現性の向上を十分に向上させた上で,@所望の明るさのものをA所望の色温度において実現することは容易ではない。なぜならば,色温度も色再現性も,用いる蛍光体の種類や特性によって異なるから,明るさを基準に調整した混合比率において,必ずしも所望の色温度や所望の色再現性を実現できるとは限らないからである。 しかるに,引用文献1に具体的に記載がある相関色温度(CCT)は,2900〜6300Kであるから,引用発明1が6800K以上の色温度のバックライトを得ることを課題としていないことは明らかであり,引用文献2には,色温度についての記載がない。 本願発明は,その新規の組合せの蛍光体材料について,赤色系発光蛍光体に対して緑色系発光蛍光体が重量比で15〜45%の範囲内の混合比率とした場合に,色再現性を十分に向上させつつ,所望の明るさと,6800K以上の高い色温度を同時に満足する,バックライト用途に好適な発光装置を実現できることを見出したものである(甲12)。 (3) 混合方法・比率 青色光の励起源と,赤色系発光蛍光体と,緑色系発光蛍光体とからなる発光装置において,本願発明のように色温度が6800K以上であるバックライト用途に好適な白色発光装置を実現しようとする場合に,目標とする白色(色温度)に合わせて,まず,赤色系発光蛍光体と緑色系発光蛍光体との配合比率を定め,その後,樹脂と蛍光体(緑色系発光蛍光体と赤色系発光蛍光体)との配合比率を調整して([0031]),3色(青色,緑色,赤色)のバランスを決定することは,非常に有効である。このような着想は,いずれの引用文献にも記載・示唆がなく,当業者といえども容易になし得ない。 そして,赤色系発光蛍光体に対し,緑色系発光蛍光体を重量比で15〜45%の範囲内の混合比率とすることは,本願発明に特有の数値範囲であり,本願発明者らによる試行錯誤の上に見出された数値範囲である。 (4) 小括 以上から,審決の相違点2bの判断には,誤りがある。 4 取消事由4(顕著な効果の看過) 審決は,引用発明1の緑色放出蛍光体に代えて引用発明2のβ型サイアロンを用いたものの効果は,当業者の予測可能なものと判断する。 しかしながら,β型サイアロンは,300〜303nmに励起スペクトルのピークがあるから,ピーク波長430〜480nmの青色LEDチップの青色光により励起され緑色を発光する内部量子効率も青色LEDチップの青色光の吸収効率も,いずれもが低いものと予測される。 しかしも,本願発明は,青色LEDを励起源とするバックライトにおいて,相違点2の構成を採用しているにもかかわらず,所望の色温度と所望の明るさを達成しつつ,色再現性が十分に高いバックライトを実現できたものであるから,その効果は,当業者が予測し得ない格別顕著な効果である。 また,相違点1及び相違点2を組み合わせたことにより所望の色温度と明るさと色再現性とを同時に満足するバックライト光源用発光装置に好適な白色発光装置を実現した本願発明により奏される効果は,6800K以上の高い色温度の白色発光装置を実現することを課題としない引用発明1及び引用発明2からは予測できない顕著な効果である。 以上から,審決の相違点の判断には,誤りがある。
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被告の反論
1 取消事由1(引用発明2の認定の誤り)に対して 引用文献2の記載([0058]〜[0060][0063][0074])に照らせば,引用文献2に接した当業者は,引用文献2には,実施例1〜4に示された緑色蛍光体を用いる白色LEDの発明が記載されていると理解する。 仮に,引用文献2に実施例2〜4の緑色蛍光体を用いた白色LEDが記載されていないと解釈するとしても,審決は,引用発明1の緑色蛍光体に代えて引用発明2の「β型サイアロン」を用いることが容易と判断したのであって,審決の判断に影響するものではない。 2 取消事由2(相違点1の判断の誤り)に対して そもそも,本願明細書には,色温度を6800K以上の色温度領域とすることの技術的意義は記載されていない。 4+ また,引用発明1において,赤色線放出複合フッ化物蛍光体材料のMn は活性 4+剤イオンであり,その混和レベルは,Mn で活性化された複合フッ化物蛍光体組成物が,十分な明るさが得られ,かつ,明るさが大きく低下することのない範囲内で当業者が適宜定めるべき設計的事項であるところ,本願発明のhの数値限定は,0.001以上0.1未満というもので,上限値と下限値とに100倍もの開きがある。してみると,この数値限定に,設計的事項の域を超えるほどの格別の技術的意義があるものとは認められない。 以上から,審決の相違点1の判断には,誤りがない。 3 取消事由3-1(相違点2aの認定判断の誤り)に対して 相違点2を相違点2aと相違点2bに分説することは,争わない。 (1) 相違点2aの認定の誤り BOSは,@引用文献1では,430nm〜500nm(青色又は青緑色)のピーク放出を有する蛍光体として例示されていること([0061]),A特開2006-261600号公報(乙2)では,Ba/Sr/Caの割合を変化させることによって,その主発光のピーク波長が青緑から橙色まで変化し得るものであること(【0023】【0024】【0059】),Bその発光ピークが,一般に緑色とされている波長範囲である490〜550nmの範囲(乙4の2602頁)に含まれるものが甲8に示されていること(456頁)からみて,引用文献1に接した当業者には,BOSが緑色放出蛍光体の例示として,事実上示されている。 (2) 相違点2aの判断の誤り 引用発明1と引用発明2とは,いずれもバックライト光源として用いられる白色LEDを実現するに当たって赤色蛍光体と緑色蛍光体とを組み合わせるに際し,発光効率のみならず色再現性の改善をも課題としている点において共通している(引用文献1[0011][0061][0065],引用発明2の認定)。したがって,発光素子として450nmの青色LEDチップを用いる引用発明1の緑色放出蛍光体として,引用発明2に用いられている,520〜550nmの範囲の波長にピークを持ち,その半値幅が55nm以下のシャープな発光スペクトルを有する β 型サイアロンを用いることには,十分な動機付けがある。 そして,引用文献2には,そのβ型サイアロンが高輝度の蛍光を得ることが可能となる励起範囲が,450nm付近の光(青色可視光)の光源を含む幅広いものであることが記載されており([0037][0057][図1]〜[図4]),その組合せに動機付けの欠如や阻害要因は存在しない。 (3) 小括 以上から,審決の相違点2aの認定判断には,誤りはない。 4 取消事由3-2(相違点2bの判断の誤り)に対して (1) 重量概念の欠如 本願発明における赤色系発光蛍光体と緑色系発光蛍光体との混合については,規定された混合比率で両蛍光体が混合されてなるという状態が開示されているだけであり,本願明細書([0025]参照)には,まず最初に赤色蛍光体と緑色蛍光体との配合比率を規定することに着想した旨の記載はない。 また,引用文献1の記載([0061])は,蛍光体材料の配合割合を重量比により調整するものでないことを意味しない。引用発明1は,LEDチップに赤色放出蛍光体となる蛍光体材料と緑色放出蛍光体となる蛍光体材料とからなる蛍光体層を付着させたものであるが,このような蛍光体層は,蛍光体材料を用いた懸濁液を形成し,これを塗布する等して形成される([0046])。蛍光体ブレンドのバランス調整において,その具体的な配合割合は,重量比やモル比により表されるのであり,このことは,引用文献1でも,蛍光体層中の顔料の比率については重量比で表記されていること(引用文献1[0072][0073],甲2【0027】),蛍光体材料の割合を重量比で表記することがよく行われていること(特開2006-83219号公報〔乙10〕【0068】,特開2007-88300号公報〔乙11〕【0148】参照)からも,裏付けられる。 したがって,引用文献1が,発光スペクトルに対する寄与割合(スペクトル重み量)に基づいて蛍光体ブレンドのバランスを調整しているとしても,調整されたブレンドにおける各蛍光体の混合比率を重量比として表現することは可能であるから,引用文献1に,各蛍光体材料の配合割合を重量比により調整することが記載,示唆されていないとはいえない。 (2) 解決課題 本願明細書には,そもそも,色温度を6800K以上の色温度領域とすることがどのような技術的意義を有するかは記載されていないし,明るさを維持しつつ色温度を改善することを目的とする記載はあるが,その際,色温度を維持することが困難であることを前提とした課題は記載されていない。本願明細書の[0034][0039][0042]([表1]〜[表3])も,色温度ごとに,比較例に比して実施例の色再現性が高いことを示しているにすぎない(いずれも,実施例と対応する比較例との色温度が同じである。。 ) そして,引用文献1及び引用文献2は,いずれもバックライト光源として用いられる白色LEDを実現するに当たり,色再現性の改善も課題としているから,明るさを維持しつつ色再現性を改善することは,課題として意図されているところである。 (3) 混合方法・比率 上記(1)のとおり,本願明細書([0025]参照)には,まず最初に赤色系発光蛍光体と緑色系発光蛍光体との配合比率を規定することに着想した旨の記載はない。 一方,目標とする白色(色温度)に合わせて,各色蛍光体(材料)の相対量(混合比率)を定めて調整を行うことは,当業者が必要に応じて適宜になし得ることであり(特開2006-49799号公報〔乙3〕【0099】〜【0110】,特開2004-56109号公報〔乙5〕【0106】,韓国公開特許第10-2007-98194号公報〔乙6の1〕14頁13行〜15頁5行目〔訳文として,特表2009-532856号公報<乙6の2>参照),バックライト用白色光の色温度を6800K以上とすることも,本願優先日当時よく知られていた(特開2007-27421号公報〔乙7〕【0016】〜【0017】,特開2006-106437号公報〔乙8〕【0054】〜【0056】,特表2008-505433号公報〔乙9〕【0020】参照)。したがって,6800K以上の色温度となるように調整を行うことは,引用発明1の緑色放出蛍光体として引用発明2の β 型サイアロンを用いるに当たって,当業者が用途に適したものとして適宜選択すべきことである。 (4) 小括 以上から,審決の相違点2bの判断には,誤りはない。 5 取消事由4(顕著な効果の看過)に対して 引用文献2には,450nm付近の光を励起光源とすることができる緑色蛍光体としてβ型サイアロンが記載されているから,β型サイアロンが青色光による励起効率が低いということはできない。 また,本願明細書には,明るさを維持しつつ色再現性を改善することは示されているが,色温度を維持することについては,課題も作用効果も何ら記載されていない。 さらに,青色LEDからの青色光と,緑(あるいは黄)色蛍光体及び赤色蛍光体からの各発光光とから白色光を得る際,各蛍光体の混合比率を変えることで白色光の色温度を任意に調整できることは,この分野の当業者にとって技術常識であるから,相違点1及び相違点2の全体を捉えて所望の色温度と明るさと色再現性とを同時に満足するものとしたことが本願発明の作用効果であるとしても,この作用効果が,引用文献1及び引用文献2の記載との関係において格別なものであるとはいえない。 そうすると,本願発明が原告の主張するような格別顕著な効果を奏するものとはいえず,本願発明の効果は,当業者において予測し得る範囲内のものである。 以上から,審決の相違点の判断には,誤りがない。
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