関連審決 | 不服2012-19990 |
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事件 |
平成
27年
(行ケ)
10016号
審決取消請求事件
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原告 ノバルティスヴァクシンズ アンド ダイアグノスティクス エスアールエル 訴訟代理人弁護士山本健策 草深充彦 井将斗 難波早登至 弁理士山本秀策 森下夏樹 ?谷剛志 長谷部真久 被告 特許庁長官 指定代理人齋藤恵 内藤伸一 板谷一弘 田中敬規 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2016/01/13 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 -1-2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
特許庁が不服2012-19990号事件について平成26年9月18日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,進歩性判断の当否(顕著な作用効果の有無)である。 1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成18年11月6日,発明の名称を「細胞培養物において増殖されたインフルエンザウイルスから調製された非ビリオン抗原を含むアジュバントワクチン」とする特許出願をした(特願2008-538417号,特表2009-514838号,WO2007/052055。パリ条約による優先権主張:平成17年11月4日(本件優先日)及び同月11日,アメリカ合衆国)が,平成24年6月6日付けの拒絶査定を受け(甲22),同年10月11日,審判請求するとともに(2012-19990号。甲23),手続補正をした(本件補正。甲24)。 特許庁は,平成26年9月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同審決謄本は,同月30日に原告に送達された(附加期間90日)。 2 本願発明の要旨 本件補正前後の特許請求の範囲請求項1に記載された発明(本願発明)の要旨は,次のとおりである。 (1) 補正前発明(甲19) 「インフルエンザウイルス感染に対して保護するための免疫原性組成物であって,該組成物は,(i)細胞培養物において増殖されたウイルスから調製された非ビリオンインフルエンザウイルス抗原;および(ii)該組成物を受容した患者において誘発されるT細胞応答を増強するように機能し得るアジュバントを含み,該アジュバントは,スクアレンとTween 80を含有し,かつ,サブミクロンの小滴を有する水中油型エマルションを含み,ここで,該組成物は,ニワトリDNA,オボアルブミンおよびオボムコイドを含まない,免疫原性組成物。」 (2) 補正発明(甲24) 「インフルエンザウイルス感染に対して保護するための免疫原性組成物であって,該組成物は,(i)細胞培養物において増殖されたウイルスから調製された,精製された表面抗原を含む非ビリオンインフルエンザウイルス抗原;および(ii)該組成物を受容した患者において誘発されるT細胞応答を増強するように機能し得るアジュバントを含み,該アジュバントは,5容量%のスクアレン,0.5容量%のポリソルベート80,および,0.5容量%のSpan 85を含有し,かつ,サブミクロンの小滴を有する水中油型エマルションを含み,ここで,該組成物は,ニワトリDNA,オボアルブミンおよびオボムコイドを含まない,免疫原性組成物。」 3 審決の理由の要旨(争点と関係の薄い部分はフォントを小さく表記する。) 審決は,本件補正は,「非ビリオンインフルエンザウイルス抗原」を「精製された表面抗原を含む」ものに限定するとともに,アジュバントの成分の構成成分を,「5容量%のスクアレン,0.5容量%のポリソルベート80,および,0.5容量%のSpan 85」を含有するように限定する補正であり,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第4項2号に掲げる事項を目的とするものに該当するが,補正発明は,刊行物1(甲7,乙7:Expert Rev. Vaccines, 2(2), (2003)p.197-203)に記載された発明(引用発明)及び刊行物2(甲8:特表2000-507825号公報)に記載された発明(甲8発明)に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができ,独立特許要件を満たさないから,同法第159条1項において読み替えて準用する同法53条1項により本件補正を却下し,補正前発明についても,補正発明と同様の理由により進歩性を欠き,特許を受けることができず,本件審判請求は成り立たないと判断した。その理由の要旨は次のとおりである。 (1) 引用発明の認定 「MF59アジュバントエマルジョンを配合したサブユニットインフルエンザワクチン」 (2) 補正発明と引用発明の対比(一致点) 「インフルエンザウイルス感染に対して保護するための免疫原性組成物であって,該組成物は,(i)ウイルスから調製された,精製された表面抗原を含む非ビリオンインフルエンザウイルス抗原;および(ii)アジュバントを含み,該アジュバントは,5容量%のスクアレン,0.5容量%のポリソルベート80,および,0.5容量%のSpan 85を含有し,かつ,サブミクロンの小滴を有する水中油型エマルションを含む,免疫原性組成物。」(相違点) 相違点1:補正発明における抗原は,「細胞培養物において増殖されたウイルスから調製された」ものであるのに対し,引用発明における抗原は,細胞培養物において増殖されたウイルスから調製されたものであるかどうかが明らかでない点。 相違点2:補正発明におけるアジュバントは,「組成物を受容した患者において誘発されるT細胞応答を増強するように機能し得る」ものであると特定されているのに対し,引用発明におけるアジュバントは,組成物を受容した患者において誘発されるT細胞応答を増強するように機能し得るかが明らかでない点。 相違点3:補正発明における組成物は,「ニワトリDNA,オボアルブミンおよびオボムコイドを含まない」と特定されているのに対し,引用発明の組成物は,ニワトリDNA,オボアルブミン及びオボムコイドを含まないものであるかが明らかでない点。 (3) 判断 ア 相違点1及び3 刊行物2によれば,鶏卵を用いる方法における生存胚を有する卵の選択,弱毒ウイルスの感染後の有胚卵の2〜3日インキュベーション,ワクチンの所望でない副作用を導く雌鶏卵からの物質の除去操作の必要性など,時間,労働,及び費用上の問題並びに臨床的な単離とは大きく異なる特定の表現型が選択されてしまうとの問題を回避するために,インフルエンザウイルスの抗原を製造するために用いるウイルスを,鶏卵を用いて増殖させる方法に代えて,細胞培養物により増殖させることが行われてきたこと,細胞培養物で増殖したウイルスを用いてワクチンを製造する場合にも,従来の卵を用いて増殖させたウイルスを用いた場合と同様に,当業者に公知の方法によって,サブユニットワクチンとして抗原を得ることができ,通常の添加剤であるアジュバントを組み合わせられることが理解できる。 したがって,引用発明のインフルエンザワクチンについて,卵の使用に伴う問題を回避するために,その抗原を得るためのウイルスを従来の方法による鶏卵を用いて増殖させたものに代えて,細胞培養物により増殖させる方法により得ることによって,ワクチンがニワトリDNA,オボアルブミン及びオボムコイドといった卵に由来する物質を含まない構成,すなわち,上記相違点1及び3に関する構成を備えたものとすることは,当業者が容易になし得たことである。 イ 相違点2 刊行物1において,「MF59 の作用機構はよくわかっていないが,前臨床データは明らかに,このアジュバントは,マウスでの免疫後に誘導される免疫グロブリン(Ig)アイソタイプとサイトカインが示すように,T-ヘルパー(Th-)2-タイプの免疫反応を誘導する。実際,MF59-アジュバント化インフルエンザワクチンで免疫されたマウスでは,インターロイキン(IL)-5及び IL-6 が有意に増加し(ただし,インターフェロン[IFN]-γ は増加しない。),抗原特異的な IgG1 を IgG2 よりも多く産生する」との記載によれば,「T-ヘルパー(Th-)2-タイプの免疫反応」とは,T細胞の一種であるT-ヘルパー2細胞が関与するタイプの免疫反応であるから,補正発明にいうT細胞応答に該当するものであると認められ,補正発明と引用発明とは,上記相違点2において実質的に相違するものではない。 ウ 顕著な効果 補正発明の組成物が,請求項1に特定された事項を備えることによる効果に,当業者の予測を超える格別顕著な効果があるとは認められない。 (4) 補正前発明について 補正前発明は,補正発明を包含するから,補正発明について述べたのと同様の理由で,本件優先日において,当業者が容易に発明をすることができたものである。 |
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原告の主張
1 取消事由の前提とすべき事実 (1) 本件優先日における技術常識 「T細胞」の一種であり,補正発明に関する特許公報(甲16)中の実施例において測定されているCD4+ T細胞(【0137】)は,サイトカイン産生様式の違いによって,Th1細胞とTh2細胞の二つの型に分類される。 このうち,Th1細胞から放出されるサイトカインは,細胞傷害性反応に関与しているが(甲28・125頁左欄6〜14行),細胞傷害性反応は,細胞傷害性T細胞(Tc細胞)などによって起こる反応であり,ウイルスに対する重要な防御機構である(甲28・128頁右欄1〜5行)。 したがって,ウイルス感染に対する防御という観点からは,Th2細胞による免疫応答のみでは不十分であり,Th1細胞による免疫応答及びそれに関連する細胞傷害性反応が重要であることが,本件優先日当時の技術常識であった。また,インフルエンザワクチンにおいても,体内に侵入したインフルエンザウイルスにより感染した細胞の破壊を促進する必要性があり,その観点からは,Th1細胞による免疫応答及びそれに関連するTc細胞などによる細胞傷害性反応が重要であることが,本件優先日当時の技術常識であった。 (2) インターフェロン-γによる免疫応答の重要性 本願明細書(甲16。以下,図面も含む。)では,Th1細胞による免疫応答に関連する代表的なサイトカインとして,インターフェロン-γが記載されている 【0 (064】。したがって,インターフェロン-γによる免疫応答の有無は, ) 「有効なワクチン」の提供という補正発明の効果が奏されるか否かの指標となると解される。 (3) 本件優先日当時におけるMF59のアジュバントとしての利用 引用発明では,Th1細胞による免疫応答を全く生じない一方で,Th2細胞による免疫応答に偏った免疫応答を生じている。 ワクチンなどの「インフルエンザウイルス感染に対して保護するための免疫原性組成物」では,Th2細胞による免疫応答に偏った免疫応答を避けるべきであることは,本件優先日当時の技術常識であった(甲29,30)。 したがって,刊行物1の記載に接した当業者は,Th2細胞による免疫応答のみを誘導するMF59をアジュバントとして利用して「インフルエンザウイルス感染に対して保護するための免疫原性組成物」を作製しようとは考えなかったはずである。 2 取消事由(顕著な作用効果を看過した誤り) 審決が相違点として認定した「T細胞応答の増強」の点に関する補正発明の作用効果は,当業者が予測し難い顕著なものである。審決は,補正発明の顕著な効果を看過し,その結果,補正発明の進歩性を否定するという誤った判断をしたものであり,取り消されるべきものである。 (1) 引用発明の作用効果 刊行物1では,「インターフェロン[IFN]-γは増加しない。」ことが明記されている(乙7,2頁15〜16行)。 また,引用発明では,インターフェロン-γによる免疫応答のみならず他の一切のTh1細胞による免疫応答が生じていないことがうかがわれる。すなわち,MF59と同様のアジュバントであるスクアレン, 5% 0. Tween 80及び0.5% Span 85を含む水中油エマルジョンアジュバントに従来の卵を用いて増殖させたウイルス抗原を組み合わせた場合において,CTL応答(細胞傷害性反応)が生じなかったこと(甲1・1249頁右欄7行〜9行)からすると,引用発明においても,同様にTh1細胞による免疫応答が生じていないと考えられる。 (2) 補正発明の効果 本願明細書において,図6は,MF59を使用した補正発明のインターフェロン-γによる免疫応答が,水酸化アルミニウム(番号1)と同程度,リン酸カルシウム(番号3)及びPLG(番号4)の約2倍の作用効果を奏していることを示している。 また,図8は,MF59を使用した補正発明のIgG2aによる免疫応答が,他のアジュバントによるものと比べて,顕著なTh1細胞の免疫応答誘導という作用効果を奏していることを示している。 (3) 顕著な効果 引用発明ではインターフェロン-γやIgG2aによって実証されているTh1細胞の免疫応答の誘導が全く生じないのに対し,補正発明ではこれが顕著に生じるから,両発明の間には,顕著な作用効果の差異がある。これは,細胞傷害性反応という,インフルエンザワクチンの有効性に大きな影響を与える重要な点に関する差異である。 (4) 作用効果の予測困難性 MF59を使用した引用発明では,Th1細胞応答に関わるインターフェロン[IFN]-γについて,増加しないと明記されている(乙7・198頁左欄1段落8行) したがって, 。 細胞培養物で増殖したウイルスから調製された抗原にMF59を組み合わせることによって,Th1細胞応答に関わるインターフェロン-γによる免疫応答を伴う顕著なT細胞応答が生じることは,当業者に予測し難いものであったというべきである。 |
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被告の反論
1 原告の主張する前提の誤り (1) 本件優先日における技術常識 甲28には,Tc細胞は,ウイルス感染初期段階で,ウイルスの複製が完了していない感染細胞を破壊することによって,抗ウイルス効果を発揮するとの記載(221頁右欄2〜4行)があるが,インフルエンザワクチンにおいて,このTc細胞などによる細胞傷害性反応の重要性に関する証拠は挙げられておらず,インターフェロン-γによる免疫応答がインフルエンザワクチンの有効性の判断の重要な指標として用いられていることを示すことを裏付ける証拠も見当たらない。 インフルエンザワクチンの有効性は,通常,抗体価上昇と感染予防効果によって確認されており,有効性の評価に細胞傷害性反応の確認が必須でないことは,既に承認されたインフルエンザワクチンの審査報告書中の有効性の評価に関する資料に,細胞傷害性反応に関する記載が含まれていないこと(乙1) 既に使用実績のあるイ ,ンフルエンザワクチンの添付文書中の有効性に関する説明において,細胞傷害性反応について何ら言及されていないこと(乙2)から明らかである。 (2) インターフェロン-γによる免疫応答の重要性 原告が主張するように,Th1細胞による免疫応答及びそれに関連するインターフェロン-γによる免疫応答の有無が,有効なインフルエンザワクチンの提供の可否に関する指標になるとはいえない。 2 取消事由に対し (1) 原告の主張は,引用発明の組成物はTh1細胞応答を示さないのに対し,補正発明の組成物はTh1細胞応答を示す点で,格別顕著な効果を奏するということをその骨子とするものである。しかしながら,補正発明の組成物は,T細胞応答を増強するように機能し得るアジュバントとして,水中油型エマルションを含むものであるところ,本願明細書には,この水中油型エマルションがTh1細胞応答を増強する効果を示すものであることを説明する記載は存在しないから,原告の主張は,明細書の記載に基づかないものであって失当である。また,実際には,引用発明の組成物がTh1細胞応答を示すものであることも,刊行物1に接した当業者には明らかである。 (2) 顕著な効果の有無 ア 引用発明の作用効果 インターフェロン-γによる免疫応答の有無が,有効なインフルエンザワクチンの提供の可否に関する指標になるとはいえない。刊行物1には,引用発明のワクチンがウイルスのマウスでの感染実験において,マウスを保護し,実際に感染予防効果を示すことが記載されており,インターフェロン-γの増加の有無にかかわらず,MF59をアジュバントとして用いたワクチンが有効であることが理解できる。 また,甲1において用いられたエマルジョンアジュバントは,非イオン性ブロックコポリマーL121を含有している(1245頁右欄下から9〜3行)点で,引用発明とは異なるから,両者が同等であるとはいえず,甲1に記載されたエマルジョンアジュバントが,引用発明のものと同様であることを前提とする原告の主張は,その前提において誤りである。 インターフェロン-γが増加しない旨の刊行物1の記載は,引用発明ではTh1細胞応答を示さないことを示すものではない。刊行物1には,Th1細胞応答が見られなかったとは記載されていない。刊行物1で引用されている引用文献(乙3。 Vaccine,1996,Vol.14, No.6)には,MF59は,インフルエンザ抗原と組み合わせると,IL-2の増加から,Th1活性又はTh0活性を誘導する効果があると記載されている(482頁右欄31〜33行,表5)ほか,MF59をアジュバントとするワクチンを接種したマウスでは,IgG2aを含む抗体の産生が増大することを示す結果も記載されている(表3)。したがって,MF59を用いた引用発明のワクチンは,実際にはTh1細胞応答を誘導するものであり,そのことは,刊行物1に接した当業者に,明らかであったといえる。 イ 補正発明の効果 本願明細書の図6及び図8から,補正発明におけるTh1細胞応答に対する効果の顕著性が実証されているとはいえない。 図6は,MF59水中油型エマルション(2)とリン酸カルシウム(3)に対して,CpGを添加することにより,インターフェロン-γ分泌細胞の割合がかなり大きくなったことを示すものであって,MF59の効果を確認したものではない。 図8も,CpGを添加することにより,IgG2aが優勢であるようにIgG応答が変化することを示すものであって,MF59の効果を確認したものではない。 図6及び図8は,サイトカイン誘導剤を添加することによるインターフェロン-γ応答細胞及びIgG2a応答の増加効果を確認したものであって,サイトカイン誘導剤を添加する前の補正発明におけるアジュバントである(2)を用いたワクチンでは,原告の主張とは逆に,インターフェロン-γ及びIgG2aの産生が低いことを示しており,少なくとも,補正発明の組成物が,インターフェロン-γ及びIgG2aの産生の点で,格別顕著な効果を示すということはできない。 そもそも,引用発明も補正発明も,アジュバントとしてMF59を含むワクチンであるから,アジュバントとして水酸化アルミニウムやリン酸カルシウム,PLGを含むワクチンよりも優れたものであるとしても,引用発明に対する補正発明の効果の顕著性を主張できていない。 また,水酸化アルミニウムは,Th1細胞応答を示さないアジュバントであり,インフルエンザワクチン抗原の免疫原性増加作用が弱いから,水酸化アルミニウムを用いた場合と同程度にインターフェロン-γ分泌細胞の割合を変化させるとしても,顕著な効果であるとはいえない。PLG(4)も,CpGを添加しなければ,Th1細胞応答を示さないアジュバントであり,リン酸カルシウム(3)も,Th1細胞応答が見られないアジュバントであるから,これらのアジュバントを用いた場合に比較して,MF59を用いると,インターフェロン-γ分泌細胞の割合が約2倍になるからといって,それが,格別顕著な効果であるとはいえない。 |
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当裁判所の判断
1 本願発明と引用発明の対比及び相違点に係る構成についての容易想到性 (1) 本願発明 補正発明は,上記第2の2(2)のとおりであると認められる。この点は,当事者間に争いがない。 (2) 引用発明 引用発明は,上記第2の3(1)のとおりであると認められる。この点は,当事者間に争いがない。 (3) 本願発明と引用発明の対比 補正発明と引用発明の一致点及び相違点は,上記第2の3(2)のとおりであると認められる。この点は,当事者間に争いがない。 (4) 相違点に係る構成についての容易想到性 相違点に係る構成についての容易想到性は,上記第2の3(3)ア,イのとおりであると認められる。この点は,当事者間に争いがない。 2 取消事由(顕著な作用効果を看過した誤り)について 補正発明の相違点に係る構成について,以上のとおり容易想到なものと認められるとしても,引用発明と比較した補正発明の有利な効果が,当業者の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものと認められる場合には,補正発明の進歩性を肯定すべきである。そこで,以下,補正発明及び引用発明の効果等について,検討する。 (1) 補正発明について ア 本願明細書(甲16)には,次のとおりの記載がある。 【技術分野】【0002】 本発明は,インフルエンザウイルス感染を防御するためのアジュバントワクチン・・・の分野にある。 【発明が解決しようとする課題】【0006】 したがって,卵よりも細胞培養物において増殖されたインフルエンザウイルスに基づく安全かつ有効なワクチンに対する必要性が,存在し続ける。 【課題を解決するための手段】【0008】 ・・・本発明は,全ビリオン抗原を使用しない・・・。上記抗原は,細胞培養物において増殖されたウイルスに由来する。T細胞応答は,細胞培養物において増殖された全ビリオンを使用する場合に増強されることが報告された・・・が・・・非ビリオン抗原を使用する場合に,僅かなT細胞応答を示す。したがって,増強されたT細胞応答を提供するために,本発明は,非ビリオン抗原をアジュバントと組み合わせる。 【0009】 ・・・本発明はまた,有利にも,卵ベースのシステムをウイルス増殖について回避することによって任意のオボアルブミン関連の懸案事項を回避し,その懸案事項は,インフルエンザワクチン接種がより普及しているので・・・より明白になり得る。 【0013】・・・上記アジュバントは,好ましくは,水中油型エマルションアジュバント(例えば,MF59)であり・・・水中油型エマルションは,インフルエンザ特異的なT細胞応答を増強することが見出されており,そしてそれらの水中油型エマルションはまた,記憶B細胞応答を増強し得る。 【0015】 ・・・本発明の組成物は,細胞株におけるウイルス増殖後に得られたインフルエンザビリオンから調製される抗原を含む。上記抗原は,非ビリオン抗原であり,そして代表的に,赤血球凝集素を含む。したがって,本発明は,生ウイルスまたは全ビリオン不活化ウイルスを使用するワクチンを包含しない。代わりに,本発明の抗原は,非ビリオン抗原(例えば,スプリットビリオン抗原,または精製された表面抗原(赤血球凝集素を含み,そして通常は,ノイラミニダーゼをまた含む) である。 )【0049】 (アジュバント) 本発明の組成物は,その組成物を受容する患者において誘発されるT細胞応答を増強する(例えば,インフルエンザ抗原による刺激に特異的に応答してサイトカインを放出する患者におけるT細胞の数を向上させる)ために機能し得るアジュバントを含む。 【0060】 本発明に有用な特定の水中油型エマルションアジュバントとしては,以下が挙げられるが,これらに限定されない:-スクアレン,Tween 80,およびSpan 85のサブミクロンエマルション。容量によるエマルションの組成は,約5%のスクアレン,約0.5%のポリソルベート80および約0.5%のSpan 85であり得る。・ ・ ・このアジュバントは・ ・ ・「MF59」・ ・ ・として公知である。・ ・ ・【0064】 (サイトカイン誘導剤) 本発明の組成物に含めるためのサイトカイン誘導剤は,患者に投与される場合,免疫系を誘発して,サイトカイン・・・を放出させる。サイトカイン応答は,インフルエンザ感染に対する宿主防御・・・に関与することが公知である・・・好ましい薬剤は,Th1型免疫応答に関連するサイトカイン(例えば,インターフェロン-γ,TNF-α,インターロイキン-2)の放出を誘発する。インターフェロン-γおよびインターロイキン-2の両方の刺激が,好ましい。・・・【0065】 本発明の組成物を受容する結果として,それ故,患者は,インフルエンザ抗原によって刺激される場合に抗原特異的様式で所望のサイトカインを放出するT細胞を有する。例えば,それらの患者の血液から精製されたT細胞は, ・・・γ-インターフェロンを放出する。・・・【0066】 適切なサイトカイン誘導剤としては,以下が挙げられるが,これらに限定されない: -免疫刺激性オリゴヌクレオチド(例えば,CpGモチーフ・・・または二本鎖RNAを含むもの,あるいはパリンドローム配列を含むオリゴヌクレオチド,あるいはポリ(dG)配列を含むオリゴヌクレオチド)。 -3-O-脱アシル化モノホスホリルリピドA(「MPL TM」としても公知である「3dMPL」・・・。 )【0079】 2つの好ましいサイトカイン誘導剤は, (a)免疫刺激性オリゴヌクレオチドおよび(b)3dMPLである。 【0080】 免疫刺激性オリゴヌクレオチドは,ヌクレオチド改変/アナログ・ ・を含み得, ・そして二本鎖であっても・・・一本鎖であってもよい。 ・・・CpG配列は,TLR9に関し得る・・・。 ・・・CpG配列は,Th1免疫応答の誘導について特異的であり得る・・・か,またはその配列は,B細胞応答の誘導について,より特異的であり得る・・・。 【実施例】【0137】 (本発明を実施するための様式) インフルエンザウイルス株Wyoming H3N2(A) New-Caled ,onia H1N1(A)およびJiangsu(B)を,MDCK細胞において個別に増殖させ,それによって最終的なワクチンにおけるあらゆる卵由来タンパク質・・・の存在を回避した。三価表面糖タンパク質ワクチンを,調製し,そしてそれを使用して, ・・・0日目および28日目に免疫ナイーブBalb/Cマウスを免疫感作した。動物を,42日目に採血し,そして種々のアッセイを,その血液を用いて行った:HI力価;ELISAによって測定した抗HA応答;および抗原特異的様式でサイトカインを放出するCD4+T細胞のレベル(γ-インターフェロンを放出するCD4+T細胞の分離した測定を含む)。IgG応答を,特に,IgG1およびIgG2aに関して測定した。 【0138】 参考文献1における報告の,哺乳動物細胞培養物において増殖されたインフルエンザから精製した抗原を使用した場合の増強されたT細胞応答とは対照的に,僅かな数のCD4+T細胞が,抗原特異的様式でサイトカインを放出した。これらの結果を改善するために,ワクチンに,以下のうちの1種をアジュバント添加した: (1)1mg/mlで使用され,かつ5mMヒスチジン緩衝剤を含む水酸化アルミニウム; (2)抗原溶液と1:1の容量比で混合されたクエン酸緩衝剤を含むMF59水中油型エマルション; (3)1mg/mlで使用され,かつ5mMヒスチジン緩衝剤を含むリン酸カルシウム; (4)ポリ(ラクチドco-グリコリド)50:50コポリマー組成物(固有粘度0.4(「PLG」)と吸着された抗原とから形成された微 )粒子;(5)ホスホロチオエート骨格を有するCpG免疫刺激性オリゴヌクレオチド; (6)レシキモッド;または(7)アジュバントを含まないネガティブコントロール。 【0139】 図1は,上記7種の組成物のうちの1種による免疫感作後に抗原特異的様式でサイトカインを放出するT細胞の数を示す。上記6種のアジュバントは,T細胞応答を増大させたが,上記エマルションベースの組成物(矢印)が,はるかに高い増強を与えた。 【0141】 図6は,上記CpGオリゴヌクレオチド(5)をアジュバント(1)〜(4)に添加することのT細胞に対する効果を示す。上記エマルション(2)によって,全体的なT細胞応答に対する効果は,ほとんどなかったが,インターフェロン-γ分泌細胞の割合が,かなり大きくなり,より大きいTH1様応答を示す。同様の効果は,CpGがリン酸カルシウム(3)に添加される場合に見られるが,それは,全体的なT細胞応答の増大を伴う。CpGを上記水酸化アルミニウムアジュバントに添加することは,T細胞応答に対する有益な効果を有さなかった。 【0142】 TH1様応答への同じ移行が,図8において見られる。アジュバント(1) (4) 〜は全て,単独のCpG(5)が示したように,それら自体で優勢なIgG1応答(TH2)を示した。CpGをアジュバント(1)〜(4)に添加することは,全ての場合においてIgG2a(TH1)のレベルを増大させ,CpGの非存在下で見られなかった上記水酸化アルミニウムおよびPLGアジュバントについてのIgG2a応答の生成を示した。さらに,水中油型エマルション(2)へのCpGの添加,およびリン酸カルシウム(3)へのCpGの添加は,IgG2aが優勢であるようにIgG応答を移行させた。CpGを上記アジュバントに添加することは,一般に,HI力価を増強した・・・。したがって,CpGの添加は,全てのアジュバント(アルミニウム塩を除く)について,T細胞応答およびB細胞応答の両方を増強する。 【0143】 したがって,哺乳動物細胞培養物において増殖されたインフルエンザから精製した抗原を使用した参考文献1における知見とは対照的に,精製されたインフルエンザ抗原に対する抗原特異的T細胞応答は,アジュバントの非存在下において弱いことが見出された。しかし,アジュバントを添加することによって,T細胞応答は,増強され得た。特に,水中油型エマルションは,T細胞応答および抗HA抗体の両方に関して,優れたアジュバントである。これらの判定基準の両方により,MF59エマルションは,アルミニウム塩アジュバントよりも優れている。 【図面の簡単な説明】【図1】 図1は,HAによって刺激された場合に抗原特異的サイトカイン応答を与えたCD4+T細胞の割合を示す。 【図6】 図6は,図1と同様であり,そしてCpGを種々のアジュバントに添加することの効果を示す。各対の左側のバーは,抗原特異的サイトカイン応答を伴う細胞の%を示し;右側のバーは,抗原特異的インターフェロン-γ応答を示す細胞の%を示す。 【図8】 図8は,異なるアジュバントおよび組合せを用いたH3N2株に対するIgGについてのGMT(AU/ml)を示す。各対における左側のバーは,IgG1を示し;右側のバーは,IgG2aを示す。尺度は,対数である。 【図1】【図6】【図8】 イ 補正発明の効果 以上のとおり,補正発明は,細胞培養物を用いて増殖されたインフルエンザウイルスに基づく安全かつ有効なワクチンを提供するとの課題の下 【0006】, ( ) 細胞培養物を用いて増殖されたウイルスに由来する非ビリオン抗原をアジュバントと組み合わせることによって(【0008】,図1,図6及び図8の番号2に示されるC )D4+T細胞,抗原特異的インターフェロン-γ応答細胞,IgG1及びIgG2aの応答を誘導する能力を有し,T細胞応答及び抗HA抗体の両方に関し,アルミニウム塩アジュバントを用いる場合よりも優れた効果を奏するものである【014 (3】。 ) 図1では,MF59を使用した場合(2)には,他のアジュバントを使用した場合(1,3〜6)やアジュバントなしの場合(7)との比較において,サイトカイト応答性のCD4+T細胞応答の割合(注:【0139】には,「T細胞の数」と記載されているが,Y軸の単位は「T細胞の割合」である。 【図面の簡単な説明】欄参照)が優れており,アジュバントなしの場合(7)と比較すると8倍程度優れていることが示されている。そして,この点に関し,本願明細書では, 「上記エマルションベースの組成物(矢印)が,はるかに高い増強を与えた。」と記載されている(【0139】 。しかし,図1のY軸は,CD4+T細胞の割合であって,絶対数ではな )いから,ワクチンとしての効果の強さを直ちに意味するわけではなく,ワクチンとして実用可能なTh細胞の割合やアジュバントとして利用可能な誘導の程度について,技術常識として確立した見解があったとは認められない(弁論の全趣旨)ので,MF59を使用した場合(2)の「T細胞の割合」が,ワクチンとして実用可能とは考えられない低い数値であるとか,あるいは,ワクチンとして特に効果が強い数値であるとかを具体的に示しているとはいえない。 また,左側のバーが抗原特異的サイトカイン応答を伴う細胞の,右側のバーが抗原特異的インターフェロン-γ応答を示す細胞の割合を示す図6では,MF59を使用した場合(2)における抗原特異的サイトカイン応答を伴う細胞が約1.4%,抗原特異的インターフェロン-γ応答を示す細胞が約0.1%であったことが記載されている。本件優先日当時において,インターフェロン―γ及びIgG2の産生にはTh1細胞が関係しており,IL-5,IL-6及びIgG1の産生にはTh2細胞が関係していると考えられていたこと(弁論の全趣旨)からすると,図6には,T細胞応答の大半がTh2細胞応答であり,Th1細胞応答はわずかであること,また,そのTh1細胞応答は他のアジュバントを使用した場合と細胞応答の割合にそれほどの差異がないこと,特に,Th1細胞応答を示さないアジュバントとして知られていた水酸化アルミニウムを使用した場合(1)とインターフェロン-γ応答細胞の割合は変わらないことが示されている。アジュバントなしの場合の記載はなく,差異の有無及び程度は不明である。なお,CpG免疫刺激性オリゴヌクレオチドと併用した場合は,Th1細胞応答の割合が大幅に高まることが示されているが,これは,MF59を使用した場合に常に生じる効果とはいえない。この点に関し,本願明細書では, 「上記エマルション(2)によって,全体的なT細胞応答に対する効果は,ほとんどなかったが,インターフェロン-γ分泌細胞の割合が,かなり大きくなり,より大きいTH1様応答を示す。」と記載されている(【0141】。しかし,図6のY軸は,インターフェロン-γ応答細胞の割合であって,絶 )対数ではないから,ワクチンとしての効果の強さを直ちに意味するわけではなく,ワクチンとして実用可能なインターフェロン-γ応答細胞の割合やアジュバントとして利用可能な誘導の程度について,技術常識として確立した見解があったとも認められない(弁論の全趣旨)ので,Th1細胞応答を示さないアジュバントとして知られていた水酸化アルミニウムを用いた場合(1)と同じ程度しかインターフェロン-γ応答細胞の割合がないということは,MF59を使用した場合(2) 「イ のンターフェロン-γ応答細胞の割合」が,前同様,ワクチンとして特に効果が強い数値を示しているとはいえない。 さらに,左側のバーがIgG1を,右側のバーがIgG2aを示し,異なるアジュバント及び組合せを用いたH3N2株に対するIgGについてのGMT(幾何平均抗体価(被接種者個々の抗体価変化率の平均をとらえた指標)のこと。単位:AU/ml)を対数表示した図8では,MF59を使用した場合(2),IgG1がIgG2aより100倍弱程度多いことが記載されている。したがって,アジュバントの中では,最もIgG2a応答(Th1)のレベルを増大させており,水酸化アルミニウムを使用した場合と比較して,10倍を上回る程度にIgG2a応答を誘導するものの,補正発明が誘導するTh細胞の大部分はTh2細胞であることが示されている。アジュバントなしの場合のIgG2a(Th1)のGMTのレベルについては,不明であるから,これとの対比におけるIgG2応答の比較はできない。 しかも,ワクチンとして実用可能なIgG2a応答の割合やアジュバントとして利用可能な誘導の程度について,技術常識として確立した見解があったとは認められず(弁論の全趣旨),元々,水酸化アルミニウム(1)は,Th1細胞応答を示さないアジュバントとして知られていたから,MF59を使用した場合(2)の「IgG2a応答」が,ワクチンとして特に効果が強い数値を示しているとはいえない。 この点に関し,本願明細書では, 「TH1様応答への同じ移行が,図8において見られる。 ・・・水中油型エマルション(2)へのCpGの添加,およびリン酸カルシウム(3)へのCpGの添加は,IgG2aが優勢であるようにIgG応答を移行させた。 と記載されている 【0142】 が, 」 ( ) CpGを添加した場合のIgG応答が,補正発明の常に有する効果であるといえないことは,前記のとおりである。 なお,補正発明の【特許請求の範囲】の記載上,アジュバントによって増強されるT細胞応答は特定されておらず,Th1細胞,Th2細胞の区別はない。 (2) 引用発明の効果 ア 刊行物1(甲7,乙7)には,次のとおりの記載がある。 「高度に精製された組替え抗原又はサブユニット抗原は,一般に免疫原性に乏しく,その免疫原性を増すためにアジュバントと供に製剤化される必要がある。過去何十年かにわたって,新しいワクチンアジュバントの開発のために多大な努力が行われ,それらのうちいくつかは,異なるワクチンに関して動物モデル及びヒトで評価されてきた[1]。それにもかかわらず,1920年代に初めてワクチンアジュバントとして導入されたアルムが,なおヒトのワクチンアジュバントとして最も頻繁に用いられている。新しいワクチンアジュバント候補の許容性が制限されるのは,主にそれらの安全性が不満足なものであることによる。1990年代には,前臨床試験及び臨床試験を経て,サブユニットインフルエンザワクチンと組み合わせて,MF59TM…アジュバントエマルジョンが初めて,ヒト用の新しいアジュバントとしてヨーロッパの規制当局により認可されることとなった。 197頁左欄1段落) 」 ( 「MF59は,小さな(直径<250nm以下)均一で安定な液滴からなる水中油型エマルジョンである。その主成分は,サメ肝油から得られ,ヒトにおいてもコレステロールの天然の代謝物として膜脂質中などにも存在し,完全に代謝可能な油であるスクアレンである。スクアレンの液滴は,水溶性界面活性剤であるポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(Tween 80)及び脂溶性界面活性剤であるソルビタントリオレエート(Span 85)の2種の乳化剤により安定化されている[2](図1)」 。(197頁左欄1段落) 「MF59の作用機構はよくわかっていないが,前臨床データは明らかに,このアジュバントは,マウスでの免疫後に誘導される免疫グロブリン(Ig)アイソタイプとサイトカインが示すように,典型的にT-ヘルパー(Th-)2-タイプの免疫反応を誘導する。実際,MF59-アジュバント化インフルエンザワクチンで免疫されたマウスでは,インターロイキン(IL)-5及びIL-6が有意に増加し(ただし,インターフェロン[IFN]-γは増加しない。,抗原特異的なIg )G1をIgG2よりも多く産生する[5,6(注:Vaccine, 1996, Vol.14, No.6,pp.478-484(乙3)を指す。]」 )。(198頁左欄1段落) 「5年間の展望及び専門的意見 広範にわたる前臨床試験及び臨床試験を経て,MF59はヨーロッパ及びヨーロッパ外の国において高齢者に接種するインフルエンザワクチンの成分として承認された;このアジュバントは,ヒト用の新規アジュバントとして承認された数少ないものの内のひとつである。(201頁右欄19行以下) 」 イ 引用発明の効果 上記のとおり,刊行物1には,使用された抗原が,鶏卵において培養されたものか,細胞培養物において増殖されたものかは明らかではないものの,MF59アジュバントエマルジョンを配合したサブユニットインフルエンザワクチンが,ヨーロッパにおいて既に認可されたものとして記載されているから,引用発明は,インフルエンザワクチンとして実用可能な程度のTh細胞応答の誘導能及び抗体応答の誘導能を有しているといえる。 そして,刊行物1には, 「典型的にT-ヘルパー(Th-)2-タイプの免疫反応を誘導する」「インターロイキン(IL)-5及びIL-6が有意に増加し(ただ ,し,インターフェロン[IFN]-γは増加しない。」「抗原特異的なIgG1を ),IgG2よりも多く産生する」と記載されており,引用発明が誘導するTh細胞応答は,主にTh2細胞であり,インターフェロン[IFN]-γは有意に増加せず,抗原特異的IgG2よりIgG1が多く算出されるとしても,インターフェロン-γが産生されないこと,IgG2応答が全く誘導されないことを意味するものではない。このことは,刊行物1が引用する乙3には, 「蓄えた血清の分析は,老齢マウスでは,同様に免疫化した若いマウスと比較して,HA単独での免疫後のIL-2,IL-4及びIL-5応答が低い(2倍から3倍)ことを示した(表5)」 「若い 。,マウスと老齢マウスの両方で見られたIL-2の増加は,MF59は,T-ヘルパータイプ1及びT-ヘルパータイプ0活性を持つことを示唆する。 と記載され, 」 IL-2応答の程度だけが問題とされ,応答の有無自体は問題とされていないことや,表3において,アジュバントなしの場合にもIgG2aの産生がゼロではないことからも,裏付けられる。以上からすると,刊行物1には,引用発明がTh1細胞応答をある程度誘導することを前提とする記載が存するというべきである。 そうすると,引用発明は,使用された抗原が,鶏卵において培養されたものか,細胞培養物において増殖されたものかは明らかではないが,その効果は,ワクチンとして実用可能な程度のTh細胞応答を誘導し,また,誘導するTh細胞応答の大部分はTh2細胞応答であり,さらに,IgG1応答をIgG2応答よりも多く誘導することであるといえる。 なお,Vaccine, 1997, Vol.16, No.11/12,pp.1243-1253(甲1)には,タマゴを用いて増殖させたウイルス抗原について,アジュバントを組み合わせて用いても,細胞障害性反応が生じなかったことが記載されている。しかしながら,ここで用いられたアジュバントは,非イオン性ブロックコポリマーであるL121を含有するものであるところ,MF59はこれを含有しない。アジュバントのメカニズム自体は明らかではないが,少なくとも,甲1で用いられたアジュバントとMF59がアジュバントとして同等のものであるとはいえず,引用発明が鶏卵において培養された抗原を用いて調製されたワクチンであると仮定しても,甲1の記載は,当然に引用発明の効果を否定するものとはいえない。 (3) 補正発明の効果の顕著性 ア まず,上記のとおり,本願明細書には,細胞培養物で増殖されたウイルスから調製した抗原を使用しつつ,MF59をアジュバントとして使用した場合に関するT細胞応答の効果の有無及び程度に関し,他のアジュバントを使用した場合やアジュバントなしの場合との比較はされているが,使用した抗原の培養場所が細胞培養物以外の場合との比較という観点からの記載はない。 この点について,引用発明自体は,細胞培養物で抗原を培養することを除外していないが,仮に引用発明が鶏卵において培養された抗原を用いて調製されたワクチンであるとしても,本願明細書からは,上記のとおり,使用した抗原の培養場所の違いによるT細胞応答の効果の違いを読み取ることはできないから,補正発明におけるT細胞応答の効果が,引用発明の効果と対比して顕著ということはできない。 イ また,本願明細書には,T細胞応答誘導のうち,Th1細胞の誘導の点に,特に,補正発明の効果としての技術的意義があることをうかがわせるような,明示的な記載はないが,本件優先日当時において,Th1細胞応答の誘導がTh2細胞と比較して,感染予防の上で重要であると考えられていたことに照らすと(甲30) T細胞応答の内訳が図8に示されていることに基づいて, , 補正発明がTh1細胞応答の誘導を目的とするものであるという技術的意義を当業者が理解することは可能である。しかしながら,図1,6及び8に記載された,補正発明におけるT細胞,インターフェロン-γ応答細胞,IgG1及びIgG2の応答を誘導する能力の程度の記載は,本件優先日当時の技術常識を加味しても,補正発明のTh1細胞の誘導の程度が,本件優先日当時,当業者の予測を超える顕著なものであることを示すものではない。 すなわち,引用発明におけるTh細胞の誘導の割合は不明であるが,ワクチンとして実用可能であった以上,引用発明でも,Th細胞の誘導があったと認められる。 他方,図1で示された補正発明におけるTh細胞の誘導の割合が,本件優先日の技術常識上,ワクチンとしての効果の差をもたらすような高い値を示していると判断することはできない。そうすると,図1で示された補正発明のTh細胞の誘導の割合が,引用発明におけるそれと質的,量的な差異があることを読み取ることはできない。 また,引用発明におけるインターフェロン-γ応答細胞の誘導の割合は不明であるが,ワクチンとして実用可能であった以上,引用発明でも,インターフェロン-γ応答細胞の誘導があったと認められる。他方,図6で示された補正発明におけるインターフェロン-γ応答細胞の誘導の割合が,本件優先日の技術常識上,ワクチンとしての効果の差をもたらすような高い値を示していると判断することはできない。そうすると,図6で示された補正発明のインターフェロン-γ応答細胞の誘導の割合が,引用発明におけるそれと質的,量的な差異があることを読み取ることはできない。 さらに,引用発明におけるIgG2a応答の誘導の割合は不明であるが,ワクチンとして実用可能であった以上,引用発明でも,IgG2a応答の誘導があったと認められる。他方,図8で示された補正発明におけるIgG2a応答の誘導の割合が,本件優先日の技術常識上,ワクチンとしての効果の差をもたらすような高い値を示していると判断することはできない。そうすると,図8で示された補正発明のIgG2a応答の誘導の割合が,引用発明におけるそれと質的,量的な差異があることを読み取ることはできない。 補正発明の効果は,あくまでも,インフルエンザウイルス株として「A型(ワイオミング),A型(ニューカレドニア)及びB型(江蘇省)由来HA」を用い,それらから調製された抗原を用いた結果に基づいて記載されたものである【0137】 ( )ところ,本件優先日当時において,アジュバントのメカニズム自体は明らかではないが,Th1誘導の増加等は,アジュバントのみが関与しているという技術常識はなく,一緒に投与される抗原の種類や性質もこれに関与していると考えられていた(弁論の全趣旨)。 他方,引用発明では,抗原の培養場所及びインフルエンザウイルスの株の種類自体も明らかではないから,仮に,抗原が補正発明と同じ細胞培養物であり,その際,乙3と同じインフルエンザウイルスが使用されたとしても,「A型(テキサス),A型(北京)及びB型(パナマ)由来HA」又は「A型(台湾),A型(北京)及びB型(パナマ)由来HA」ということになり,いずれにせよ, 「A型(ワイオミング),A型(ニューカレドニア)及びB型(江蘇省)由来HA」を用いた補正発明とは異なるから,補正発明と引用発明におけるTh1誘導細胞応答に関する結果を,数値上単純に比較することはできない。 したがって,図1,6及び8は,特定の抗原を用いた場合に限られ,補正発明全体における効果とはいえない上に,異なる抗原を用いた場合の効果と比較することもできず,この記載を,補正発明の顕著な効果の根拠とすることはできない。 (4) 原告の主張に対する判断 ア 原告は,インフルエンザウイルス感染に対する防御や,インフルエンザウイルス感染からの回復という観点からすると,細胞傷害性T細胞による細胞傷害性反応が重要であり,また,Th1細胞から放出されるサイトカインが細胞傷害性反応に関与するから,Th1細胞による免疫応答及びそれに関連する細胞傷害性反応を含む補正発明の効果は, 「有効なワクチン」の提供という観点から顕著なものである旨主張する。 しかしながら,本件優先日当時において,Th1細胞が増加し,その結果,インターフェロン-γの産生が増加すれば,必ず細胞障害性T細胞応答が誘導されるという技術常識があったとは認められない(弁論の全趣旨) 補正発明においてTh1 。 細胞応答が生じるとしても,その結果,細胞障害性T細胞応答の誘導や細胞障害性反応が起こるとまで推認することはできない。したがって,補正発明が,細胞障害性反応に関する効果を有するとは推認できない。 原告の主張は,前提において,失当である。 なお,仮に引用発明が細胞障害性反応の効果を有しないとしても, 「有効なワクチン」か否かは,通常,抗体価上昇と感染予防効果によって確認されており(乙1),既に使用実績のあるインフルエンザワクチンの有効性に関する説明(乙2)においても細胞傷害性反応については言及されておらず,本件優先日当時,インフルエンザワクチンの効果に関し,細胞傷害性反応が主要な効果であるとか,抗体価上昇等と比較して重要な効果であるとまではいえないから,引用発明が「有効なワクチン」であることに変わりない。 イ 原告は,補正発明のインターフェロン-γによる免疫応答は,アジュバントが,水酸化アルミニウム(1)である場合と同程度,リン酸カルシウム(3)及びPLG(4)である場合の約2倍の作用効果を奏し,また,IgG2a応答は,他のアジュバントによるものと比べて,顕著なTh1細胞応答の誘導という作用効果を奏するから,補正発明は,顕著な作用効果を有する旨主張する。 しかしながら,引用発明も,補正発明と同様にアジュバントとしてMF59を用いるものであるから,MF59を用いたことにより導かれる効果は,引用発明も有するものであり,これを補正発明固有の顕著な効果という主張は,それ自体失当である。 なお,補正発明と引用発明との間の細胞傷害性反応の差異に関する主張に理由がないことは,上記アのとおりである。 ウ 原告は,Th2細胞応答に偏った免疫応答がワクチンとして好ましくないことが,本件優先日当時の当業者の技術常識であったから,Th2細胞による免疫応答に偏った免疫応答を生じている引用発明から,インフルエンザウイルス感染に対して保護するための免疫原性組成物を作製しようとは考えず,また,引用発明において,Th1細胞による顕著な免疫応答を生じることは,当業者に予測し難いものであった旨主張する。 しかしながら,補正発明が誘導するTh細胞の大部分は,前記2(1)イのとおり,Th2細胞であるから,補正発明も,Th2細胞による免疫応答を中心とする免疫応答が生じているというべきであり,この点で,引用発明との差異を見出すことはできず,補正発明において,Th1細胞による顕著な免疫応答が生じているかのような原告の主張は失当である。 |
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結論
以上のとおり,原告の請求は理由がない。 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 清水節 |
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裁判官 | 片岡早苗 |
裁判官 | 新谷貴昭 |