関連審決 |
無効2013-800080 |
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事件 |
平成
26年
(行ケ)
10263号
審決取消請求事件
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原告 セルビオス−ファーマエス アー 訴訟代理人弁護士城山康文 山内真之 並木重伸 弁理士 小野誠 坪倉道明 被告ザ トラスティーズオブ コロンビア ユニバーシティ イン ザ シティオブ ニューヨーク 被告中外製薬株式会社 両名訴訟代理人弁護士 尾崎英男 日野英一郎 江黒早耶香 弁理士 津国肇 小國泰弘 膝舘祥治 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2015/12/24 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
特許庁が無効2013-800080号事件について平成26年7月25日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,特許無効審判請求を不成立とする審決の取消訴訟である。争点は,@進歩性の有無,A実施可能要件違反の有無,Bサポート要件違反の有無である。 1 特許庁における手続の経緯 被告ザ トラスティーズ オブ コロンビア ユニバーシティ イン ザ シティ オブ ニューヨーク及び被告中外製薬株式会社(以下「被告ら」という。)は,平成9年(1997年)9月3日(パリ条約による優先権主張 優先権主張日:1996年9月3日〈以下「本件優先日」という。〉 米国)を国際出願日(以下「本件出願日」という。)とし,名称を「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」とする発明について特許出願(特願平10-512795号)をし,平成14年5月24日,設定登録がなされた(特許第3310301号。請求項の数30。以下,この特許を「本件特許」という。甲47)。 原告は,平成25年5月2日,請求項1〜30について,特許無効審判を請求した(無効2013-800080号)ところ,被告らは,同年9月25日付け訂正請求書(甲51。以下「本件訂正請求書」という。)により,特許請求の範囲を含む訂正をした(以下「本件訂正」という。本件訂正後の請求項の数28)。 特許庁は,平成26年7月25日, 「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間90日を附加),その謄本は,同年8月4日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲の記載 本件訂正請求書によれば,本件訂正に係る特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである(以下,請求項に対応して, 「本件発明1」などと呼称し,本件発明1〜28を総称して「本件発明」ともいう。本件訂正後の請求項2〜12は,請求項1の従属項,本件訂正後の請求項14〜28は,請求項13の従属項であり,これらの記載は省略する。なお,請求項29及び30は,本件訂正により削除。以下,本件訂正請求書に添付された明細書(甲51)を「本件明細書」という。。 )【請求項1】(本件発明1) 下記構造を有する化合物の製造方法であって:(式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又はメチルであり;YはOであり;そしてZは,式のステロイド環構造,又は式のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)(a)下記構造:(式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである)を有する化合物を塩基の存在下で下記構造: 又は(式中,n,R1及びR2は上記定義の通りであり,そしてEは脱離基である) を有する化合物と反応させて化合物を製造すること;並びに (b)かくして製造された化合物を回収すること, を含む方法。 【請求項13】(本件発明13)下記構造を有する化合物の製造方法であって:(式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又はメチルであり;YはOであり;そしてZは,式のステロイド環構造,又は式のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)(a)下記構造:(式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである)を有する化合物を塩基の存在下で下記構造: 又は(式中,n,R1及びR2は上記定義のとおりであり,そしてEは脱離基である)を有する化合物と反応させて,下記構造:を有するエポキシド化合物を製造すること;(b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること;及び(c)かくして製造された化合物を回収すること;を含む方法。 3 原告が主張する無効理由 (1) 無効理由1(甲1を主引例とする進歩性欠如) ア 本件発明1〜12は,以下の甲1に記載された発明(以下,証拠番号に対応して「甲1発明」などと呼称する。)並びに甲2に記載された発明(甲2発明)及び甲4〜11に記載された周知技術に基づいて容易に発明をすることができた。 イ 本件発明13〜25は,甲1発明並びに甲2発明,甲12に記載された発明(甲12発明) 及び甲4〜11に記載された周知技術に基づいて容易に発明を ,することができた。 ウ 本件発明26〜28は,甲1発明並びに甲2,12発明及び甲4〜11,13に記載された周知技術に基づいて容易に発明をすることができた。 (2) 無効理由2(甲2を主引例とする進歩性欠如) ア 本件発明1〜24は,甲2発明並びに甲3に記載された発明(甲3発明)及び甲4〜11に記載された周知技術に基づいて容易に発明をすることができた。 イ 本件発明25は,甲2発明並びに甲3,12発明及び甲4〜11に記載された周知技術に基づいて容易に発明をすることができた。 ウ 本件発明26〜28は,甲2発明並びに甲3,12発明及び甲4〜11,13に記載された周知技術に基づいて容易に発明をすることができた。 甲1:特表平4-503669号公報甲2:Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters,Vol.4,No.5,pp.753-756,1994甲3:特開平7-2820号公報甲4:特開平6-207041号公報甲5:特開平7-179444号公報甲6:特開平6-73044号公報甲7:特開平5-43522号公報甲8:特開平5-170711号公報甲9:特開平6-65177号公報甲10:特開平7-41475号公報甲11:特開平7-145101号公報甲12:国際公開第93/21204号パンフレット甲13: Tetrahedron Letters,Vol.35,No.47,pp.8727-8730,1994 (3) 無効理由3(実施可能要件違反)及び4(サポート要件違反) 本件発明1の「Z」は, 「ステロイド環構造」のみならず「ビタミンD構造」であるものを含んでいるが,発明の詳細な説明には,Zが「ステロイド環構造」の実施例しか記載がなく,Zが「ビタミンD構造」の場合には,本件発明を当業者が実施するには,適切に反応するかどうかを確認するために,過度の実験を強いられるから,発明の詳細な説明は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。 また,Zが「ビタミンD構造」の場合についてまで,拡張ないし一般化できないから,本件発明のうち「Z」が「ビタミンD構造」のものについては,発明の詳細な説明に記載されていない。 したがって,実施可能要件及びサポート要件のいずれも満たさない。 4 審決の理由の要点 審決は,本件訂正を認めた上で,上記の無効理由1〜4について,以下のとおり,いずれも理由なしとした(なお,甲1を主引例とする進歩性欠如の無効理由は,本訴訟において撤回しており,本件の取消事由と関連しない部分については記載を省略した。。 ) (1) 無効理由2(甲2を主引例とする進歩性の欠如)について ア 本件発明1の進歩性について (ア) 甲2発明1「下記の20(S)-アルコール(9)(式中,TBSは,t-ブチルジメチルシリルである。)と,下記の臭化物(15)(式中,THPはテトラヒドロピラニルである。)とを水素化カリウムの存在下に反応させて,下記のエーテル化合物(16)(式中,TBSとTHPは前記のとおりである。 を形成し, ) エーテル化合物(16)のTHP(テトラヒドロピラニル)部分を,ピリジニウムパラトルエンスルホン酸により開裂して,下記アリールアルコール化合物(17)(式中,TBSは前記のとおりである。)を形成し,引き続き,t-ブチルヒドロキシペルオキシドにより化合物(17)をエポキシ化して,下記のエポキシド化合物(18a 又は 18b)(環構造は化合物(17)と同じである。)を得る方法。」(なお,この甲2発明1と以下に述べる甲2発明2を併せて「甲2発明」と総称することがある。) (イ) 本件発明1と甲2発明1との一致点及び相違点【一致点】「下記の構造を有する化合物の製造方法であって:(式中,nは1であり;R1及びR2は各々独立に,所望により置換されたC1〜C6アルキルであり;W及びXは各々独立に水素又はメチルであり;YはOであり;そしてZは,ステロイド環構造,又はビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)(a)下記構造:(式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである)を有する化合物を塩基の存在下で下記構造:E-Bを有する化合物(式中,Eは脱離基である)と反応させて化合物を製造すること;(b)かくして製造された化合物を回収すること,を含む方法」【相違点】(2-i)「R1及びR2」が,本件発明1では,ともに「メチル」であるのに対して,甲2発明1では,「メチルとヒドロキシメチレン」である点。 (2-A)「E-B」の「B」に対応する部分構造が,本件発明1では,「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」又は, 「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」であるのに対して,甲2発明1では,「(式中,THPはテトラヒドロピラニルである。」 )(以下「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」という。)である点。 (2-B)工程(a)が, 本件発明1では,「E-B」と反応させて化合物を得ているのに対して, 甲2発明1では,「E-B」と反応させた後,「得られたエーテル化合物(16)(化学式は省略)をピリジニウムパラトルエンスルホン酸により開裂して,アリールアルコール化合物(17) (化学式は省略)を形成し,引き続き,t-ブチルヒドロキシペルオキシドにより化合物(17)をエポキシ化して」化合物を得ている点。 (ウ) 相違点についての判断 相違点(2-A)における「E-B」の「B」構造を, 「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」から, 「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」又は「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」にすること(「B」構造の置換)によって,相違点(2-i)における「R 1及びR2」も必然的に「メチル」になる。 また,相違点(2-A)における上記「B」構造の置換によって,直接エポキシ化合物が得られるので, 「得られたエーテル化合物(16)をピリジニウムパラトルエンスルホン酸により開裂して,アリールアルコール化合物(17)を形成し,引き続き,t-ブチルヒドロキシペルオキシドにより化合物(17)をエポキシ化」する工程が不要となるから,必然的に相違点(2-B)の構成も満たされることになる。 そこで,相違点(2-A)について検討する。 a 動機付けについて 甲2には,「E-B」の「B」構造として,「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」又は「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」を使用することについて記載も示唆もなく,3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ- 「2-ブテニル基」を使用する場合の課題についても記載されていない。 また,甲3には,一般式(II)のエポキシ化合物を一般式(III)の化合物とカップリング反応させて,一般式(IV)の化合物を得る反応式1と,一般式(VI)の化合物を一般式(III)の化合物とカップリング反応させて一般式(VII)の化合物を得た後,この一般式(VII)の化合物をエポキシ化して一般式(VIII)の化合物を得る反応式2が記載されているところ,この反応式2は,甲2発明1における二重結合を含む臭化物(15)を反応させた後,二重結合をエポキシ化する点で共通するものの,甲3の反応は一般式(II)がカルボン酸で式(III)の化合物のH-Bの「B」が官能性アミノ基,アミノ環であるから,カルボン酸とアミンを反応させてアミド結合を形成するものであって,甲2発明1のようにエーテル結合を形成するものではなく,甲3記載の反応を甲2発明1に適用できる根拠も示されていない。 さらに,甲3には,上記反応式1と反応式2が並べて記載されているだけであって,甲2発明1における臭化物(15)を反応させた後にエポキシ化する反応(上記反応式2に対応する。)の課題も反応式2を反応式1に置き換える(裁判所注:審決の誤記は訂正した。以下同じ。)必要性についても示唆するところは認められない。 甲4,6〜8,11(以下,これらを併せて「甲4等」ともいう。)には,エーテル合成のためのエポキシ環を含むアルキル化剤(以下「アルキルオキシラン試薬」という。 に当たるエピクロロヒドリン, ) エピブロモヒドリンなどの化合物を使用して,アルコール又はフェノールと反応させてエーテル結合を生成する反応が記載されているが,アルコール,フェノールは,甲2発明1におけるステロイド環構造の20位-アルコール化合物ではなく,このようなアルコールにも,アルキルオキシラン試薬を適用できることを示唆する記載は認められない。 また,甲5,9及び10には,そもそも,アルコールとアルキルオキシラン試薬との反応については記載されていない。 そうすると,甲2〜11のいずれにも,甲2発明1のステロイド環構造の20位-アルコール化合物に対してアルキルオキシラン試薬を反応させて,エーテル合成をすることを動機付ける記載は認められない。 よって,甲2発明1において,「E-B」の「B」を,「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」から, 「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」又は「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」に置換する動機付けがあると認めることはできない。 b 構成の容易想到性について 甲2発明1では,反応するアルコールの反応部位である20位炭素原子に,ステロイド構造が置換しているところ,甲4等において,エピハロヒドリン等とアルコールが反応したからといって,この反応は,反応部位の炭素原子にステロイド環構造のような大きな置換基を有するアルコールに対するものではなく, 「E-B」化合物側の立体障害やアルコール側の立体障害によって,甲4等に記載されるWilliamson エーテル合成反応について,反応が進行しない場合や別反応が生じる場合があり得ることは当業者にとって技術常識である。 したがって,立体障害の可能性がある反応部位の臭素から2番目と3番目の炭素原子を含むエポキシ環が存在するアルキルオキシラン試薬が,ステロイド環と同様の立体障害基をアルコールの反応部位である20位炭素原子に有する甲2発明1のステロイド構造の20位-アルコール化合物と反応することを,当業者が容易に想到することができない。 イ 本件発明13の進歩性について (ア) 甲2発明2「20(S)-アルコール(9)(化学式は省略)と,臭化物(15)(化学式は省略)とを水素化カリウムの存在下に反応させて,エーテル化合物(16)(化学式は省略)を形成し,エーテル化合物(16)のTHP(テトラヒドロピラニル)部分を,ピリジニウムパラトルエンスルホン酸により開裂して,下記アリールアルコール化合物(17)(化学式は省略)を形成し,引き続き,t-ブチルヒドロキシペルオキシドにより化合物(17)をエポキシ化して,エポキシド化合物(18a 又は 18b)(化学式は省略。)を得て,化合物(18a)及び(18b)のエポキシ環を水素化ジイソブチルアルミニウムにより開裂して,下記のトリオール化合物(19a 又は 19b)を得る方法。」 (イ) 本件発明13と甲2発明2との一致点及び相違点【一致点】「下記の構造を有する化合物の製造方法であって:(式中,nは1であり;R1及びR2は各々独立に,所望により置換されたC1〜C6アルキルであり;W及びXは各々独立に水素又はメチルであり;YはOであり;そしてZは,ステロイド環構造,又はビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)(a)下記構造:(式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである)を有する化合物を塩基の存在下で下記構造:E-Bを有する化合物(式中,Eは脱離基である)と反応させて,下記構造: を有するエポキシド化合物を製造すること(b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること;及び(c)かくして製造された化合物を回収すること,を含む方法」【相違点】(2-i’「R1及びR2」が, )本件発明13では,ともに「メチル」であるのに対して,甲2発明2では,「メチルとヒドロキシメチレン」である点。 (2-A’「B」に対応する部分構造が,本件発明13では, )「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」又は「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」であるのに対して,甲2発明2では,3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」 「である点。 (2-B’)工程(a)が,本件発明13では,「E-B」と反応させて,エポキシド化合物」を得ているのに対して, 甲2発明2では,「E-B」と反応させた後,「得られたエーテル化合物(16)(化学式は省略)をピリジニウムパラトルエンスルホン酸により開裂して,アリールアルコール化合物(17) (化学式は省略)を形成し,引き続き,t-ブチルヒドロキシペルオキシドにより化合物(17)をエポキシ化して」「エポキシド化合物」を得ている点。 (ウ) 相違点についての判断 相違点(2-i’,相違点(2-A’,相違点(2-B’ ) ) )について検討すると,実質的に相違点(2-i),相違点(2-A),相違点(2-B)と同じであるから,上記ア(ウ)で述べたように,相違点(2-A’)の構成を満たすことで,必然的に相違点(2-i’, )(2-B’)の構成も満たされることになる。 そして,相違点(2-A’)は,前記ア(イ)で検討した相違点(2-A)と実質的に同じであるから,前記ア(ウ)で述べたのと同様の理由により,甲2発明2において,本件優先日前に,相違点(2-A’)を構成することが当業者にとって容易になし得たものとはいえない。 (2) 無効理由3(実施可能要件違反)について 本件明細書の発明の詳細な説明には, 「Z」として「ビタミンD構造」を使用した場合の実施例はないものの,発明の詳細な説明の記載や,本件出願日時点の技術常識(甲1,2)に基づき,当業者であれば,本件明細書に記載された「Z」が「ステロイド環構造」の場合における具体的な反応条件に沿って実施することで,「Z」が「ビタミンD構造」の場合であっても本件発明を実施できると理解できる。 したがって,発明の詳細な説明は,本件発明を当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえないから,本件特許が特許法36条4項の要件を満たさない特許出願に対してなされたものとはいえない。 (3) 無効理由4(サポート要件違反)について 本件発明が解決しようとする課題は,原告主張のように, 「より少ない工程によって,従来よりも高い収率でビタミンD誘導体等を製造することにある」のではなく,本件発明に係る製造方法を提供することにあるものと認める。 そうすると,前記(2)と同様に,本件発明は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものでないとはいえないから,本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号に適合しないということはできない。 |
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原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(甲2を主引例とする進歩性判断の誤り) (1) 動機付けについての判断の誤り 審決は,甲2には,「E-B」の「B」構造として,「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」又は「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」を使用することや,甲2発明において「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」を使用する場合の課題の記載もないこと,甲3記載の反応を甲2発明1に適用できる根拠も示されていないこと,甲4等には,甲2発明1におけるステロイド環構造の20位-アルコール化合物にも,アルキルオキシラン試薬を適用できることを示唆する記載は認められないことなどから,甲2発明1において, 「E-B」の「B」を「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」から, 「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」又は「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」に置換する動機付けがあると認めることはできないとした。 しかし,ビタミンD構造化合物を得るために,種々の方法が開発されてきたことが甲31に記載されているように,当業者にとって既存の製造方法を改良することは,通常の研究開発活動であるから,甲2のエポキシ環側鎖導入のための合成スキームをそれ以外のものに置き換えて,更に改良しようと試みる動機付けがあったことは,明白である。 また,審決は,公知化合物と本件発明に係る化合物の構造上の相違点について,これに至る動機付けの有無を検討するという物の発明の場合における手法を,本件発明のような有機化合物の合成方法にも当てはめつつ,甲2発明の試薬の構造を本件発明の特定の側鎖導入試薬(4-脱離基-2,3-エポキシ-2-メチルブタン。 以下「本件側鎖導入試薬」という。)の構造に代える動機付けがないとしているものと思われるが,以下のとおり,有機合成方法に係る当業者の通常の手法を考慮すれば,本件発明は甲2発明から動機付けられるから,上記判断は誤りである。 すなわち,本件明細書の「発明の背景」の欄にあるとおり,本件優先日当時,1α,25-ジヒドロキシ-22-オキサビタミンD3(マキサカルシトール;本件発明13の目的化合物に包含される化合物)は公知であり,マキサカルシトールの側鎖(下記構造参照)を導入する新たな方法を探索することは,当業者にとって周知の課題であり,このことは被告らも争っていない。 そして,有機合成に関わる当業者が,目的化合物の合成方法を検討する際には,当該目的化合物の既知の合成方法に用いられた出発化合物から出発することにこだわることはなく,逆に,当該目的化合物から出発して,それに公知の様々な化学反応や試薬の知識を適用しつつ,目的化合物に至る直前の化合物を得ることを検討し,この過程を繰り返して,既知の合成方法とは異なる反応経路を考えるものである。 すなわち,公知の様々な化学反応や試薬の知識を適用しつつ,目的化合物から逆行し,その直前の化合物(前駆物質)を得ることを検討し,目的化合物の結合を切断して対応する試薬に置き換え,この過程を繰り返して,容易に入手可能な化合物までたどりつくことにより,既知の合成方法とは異なる反応経路を考えるのが,当業者にとって通常のことである。これを本件発明について見ると,以下のとおりである。 ア 本件発明13の目的化合物から側鎖にエポキシ環を有する前駆物質(本件発明1の化合物)へ 甲2には,本件発明1の20位-アルコール化合物のうちのステロイド環構造を有する化合物を出発化合物(以下の図Aの化合物(9))とし,最初に,二重結合を有する試薬(図Aの化合物(15))を側鎖として付加し,その後,二重結合を「香月-シャープレス酸化」反応に付してエポキシ環とし,20位-アルコール化合物のエポキシ体(同図の化合物(18a)(18b))を得て,当該エポキシ体を還元剤で処理するだけで簡便に水酸基(-OH)側鎖を持った所望のステロイド環構造の化合物(同図の化合物(19a)〜(20b)に変換する合成方法が記載されている(図Aは,甲2の755頁の図の一部に原告が赤色矢印を付したもの。。 )【図A】上記の反応図式の概要は,以下のように書き下すことができる。 【図B】 H3C H3C OH O OR1 塩基 香月・シャープレス酸化 Br OR1 + CH3 H3C O H3C O O OH OH 還元剤 OH H3C 甲2に記載された上記の図Aには,ステロイド環構造を有する化合物の側鎖部分に2つの水酸基(-OH)を有する化合物が記載されている。つまり,側鎖部分の構造式に明記されている「-OH」と,脚注でR1=OH又はR2=OHとされている「-OH」である。 このうち,R1=OH又はR2=OHとされている「-OH」は,当該化合物の直前の化合物(図A中の赤色矢印の先の化合物)のエポキシ環が還元剤によって処理されて生じたことがわかる。 したがって,本件優先日当時,公知の課題であった「本件発明13の目的化合物」の水酸基を有する側鎖を導入する新たな方法を探索するに当たり,甲2に接した当業者であれば,図Aの赤色矢印で示された反応経路を遡り,側鎖にエポキシ環を有する化合物(本件発明1の化合物)を,本件発明13の目的化合物を得るための前駆物質とすることを,容易に想到できたことは明らかである。 このことは,甲12にも,甲2と同様に,エポキシ環を還元剤により処理して水酸基(-OH)を得る反応が記載されていることによっても裏付けられる。 イ 側鎖にエポキシ環を有する化合物(本件発明1の化合物)から20位-アルコール化合物(本件発明1及び13の出発化合物)へ (ア) 甲2では,側鎖にエポキシ環を有する化合物を得るに当たって,20位-アルコール化合物(化合物(9))に対して,二重結合を有する試薬(化合物(15))を側鎖として付加し,その後,二重結合を「香月-シャープレス酸化」して,当該側鎖にエポキシ環を有する化合物を得ている。 この反応を遡ると,図Cにおいて青色矢印で示されたものとなる。 【図C】 一方,甲3には,ステロイド環構造化合物ではないが,エポキシ環を当該化合物に導入する際の方法として,下記の2つの反応式が記載されている。 @甲2のように,エポキシ環を有する化合物から遡り,その前駆物質として二重結合を有する化合物に至る方法(下図の反応式2;青色矢印) A本件発明1のように,エポキシ環を有する化合物から遡りつつ,上記の二重結合を有する化合物の前駆物質を経ることなく,直接,エポキシ環を有する試薬(アルキルオキシラン試薬)を付加する方法(下図の反応式1;橙色矢印)。 ・反応式2・反応式1 してみれば,上記の青色矢印の経路と橙色矢印の経路は,同じ前駆物質に辿り着くために,そのいずれもが利用可能なものとして当業者に知られていたものであり,上記の青色矢印の経路を橙色矢印の経路に代えることが当業者にとって格別困難な発想ではなく,また,独創性が要求されるようなものではないことを明確に示している。 さらに,甲3の上記反応式1は,反応式2に比べ,反応工程が1つ少なくてよく,原料化合物の損失が防止できることは,当業者が当然に認識できることである。 したがって,本件発明13の目的化合物を得るための前駆物質として当業者が容易に想到できた「側鎖にエポキシ環を有する化合物」 (本件発明1の化合物)を得るに当たって,直接,エポキシ環を有するアルキルオキシラン試薬を付加することを,当業者が動機付けられたことは明白である。 (イ) 審決は,甲3の反応式1と甲2について,「甲3の反応は…アミンとカルボン酸を反応させてアミド結合を形成するものであって,甲2発明1のようにエーテル結合を形成するものではなく,甲3記載の反応を甲2発明1に適用できる根拠も示されていない。 として, 」 甲3に記載の発明を甲2に組み合わせることを当業者が動機付けられないとする。 しかし,甲2にはエポキシ側鎖を還元剤で開裂して1段階で簡便に水酸基側鎖に変換できることが示されているのだから,当業者であれば,2段階からなる当該エポキシ側鎖の導入工程が甲2の合成法の「鍵」となる工程と位置付けて,当該工程の改良に着目するはずである。そして,結合様式は異なっても,甲3には「鍵」となるエポキシ部分を導入するためのスキームを記載しているのだから,当業者は,この合成スキームを甲2の原料化合物や結合様式に適合するように改変することを試みたはずである。 このように,当業者であれば有用な合成スキームを別の結合様式に適合させることが容易に想起可能であるという事実は,甲31や甲60(Wittig 反応は様々な化合物を出発化合物とする際に利用されていること),及び本件明細書(「YはO,S又はNR3を示し」と記載され,具体的に記載されたエーテル体(YはO)の合成スキームを,異なった結合様式である第1級アミン体(-NH-)の合成にも応用すること)にも記載されている(本件明細書の28頁の下5〜3行)。 したがって,甲3と甲2の原料化合物や側鎖の結合様式が異なるからといって,当業者はそれらを組み合わせることができないとした審決の判断は,誤りである。 (ウ) また,審決は,「甲3には,上記反応式1と反応式2が並べて記載されているだけであって,甲2発明1における臭化物(15)を反応させた後にエポキシ化する反応(上記反応式2に対応する。 の課題も反応式2を反応式1に置き換える )必要性についても示唆するところは認められない。」とする。 しかし,反応式1と反応式2が併記されている事実は,むしろ両者の反応の置き換えが当業者にとって特別な創意を要さないことを表しているとみるべきであり,当業者ならば,反応式2のように原料化合物に側鎖の前駆物質を付加した後に側鎖部分を順次変換するよりも,反応式1のように調製可能なら当該側鎖ブロックをあらかじめ得て,それを原料化合物に直接付加したほうが原料化合物の損失を防止できることを理解し得ないはずはない。 したがって,当業者であれば,甲3の反応式1と反応式2の記載を甲2発明と組み合わせることを動機付けられたことは明らかである。 ウ 本件20位-アルコール化合物とアルキルオキシラン試薬の出発物としての使用 (ア) 上記のとおり,本件発明13の目的化合物を得るに当たって,「20位-アルコール化合物」に対して「アルキルオキシラン試薬」を付加する合成法を,当業者が想起し,動機付けられたことは明らかである。 また,当該合成方法の出発化合物及び出発試薬,つまり反応経路の検討の終着点が,それぞれ,20位-アルコール化合物及びアルキルオキシラン試薬になることも,当業者が容易に想到し得たことである。 すなわち, 「20位-アルコール化合物」は,例えば,甲2記載のとおり公知の化合物であり,また, 「アルキルオキシラン試薬」につき,甲4等(甲4,6〜8及び11)にあるように,エピクロロヒドリンやエピブロモヒドリン等のエポキシ環を有するアルキルオキシラン試薬を,水酸基(-OH)を持った様々な化合物と反応させてエーテル結合を形成し(Williamson 反応),エポキシ側鎖を導入することは周知の技術であったから,当業者は,本件発明13の目的化合物を合成するための反応経路の終着点である,出発化合物と出発試薬が,それぞれ, 「20位-アルコール化合物」及び「アルキルオキシラン試薬」になることも当業者が容易に想到し得たことである。 この点,審決は,甲4等に記載されているアルコール,フェノールは,甲2発明1におけるステロイド環構造の20位-アルコール化合物ではないから,甲2発明1におけるアルコールにも,アルキルオキシラン試薬を適用できることを示唆する記載は認められず,相違点(2-A)に関する動機付けがあるとは認められないと判断した。 しかし,上記したように周知の反応を様々な原料化合物に適用することは当業者が通常行うことであり,甲2発明の原料化合物が甲4等と相違するからといって,当業者が,甲4等でも広く用いられているアルキルオキシラン試薬を甲2発明に適用することを想起し得なかったなどということはできない。 (イ) 上記の主張が妥当であることは,以下に述べるとおり,甲64及び甲61からも分かる。 すなわち,甲64には, 「標的化合物の合成を考えるには,その結合を切断しフラグメントにわけ,そして,できたフラグメントを現実の試薬になおして再結合してみる。(甲64,6頁の左欄)と記載され,上記記載のすぐ下で,上記切断点(X) 」として,Xが酸素や窒素の場合を挙げている。つまり,本件発明の20位-アルコール化合物(出発化合物)と側鎖(アルキルオキシラン試薬)との間のエーテル結合(-O-)が,当業者が認識する切断点なわけである。 また,本件優先日の約16年前(1980年11月26日)に発行されていた甲61(Chemistry of Heterocyclic Compounds,Vol.17(7),pp.642-644 (1981))には,本件側鎖導入試薬と全く同じ構造の試薬が,水酸基(-OH)を有する各種の化合物と Williamson 反応によりエーテル結合することが記載されており,本件側鎖導入試薬とその反応も,当業者に周知の事項だったといえる。 したがって,当業者が,甲64がいう「フラグメントを現実の試薬になおして再結合してみる」際に,甲61記載の本件側鎖導入試薬をも想到できたことは明らかである。 (2) 構成の容易想到性についての判断の誤り 審決は,甲28,甲18及び甲2の記載等の記載からみて, 「E-B」化合物側の立体障害やアルコール側の立体障害によって,Williamson エーテル合成反応は,反応が進行しない場合や別反応が生じることがあり得ることは当業者にとって技術常識であるので,甲1や甲2の20位-アルコール化合物を原料化合物とした場合,その反応部分(20位炭素原子)の立体障害を考慮すれば,本件発明1のような反応が可能であることを当業者が容易に想到できなかったと判断した。 しかし,甲1には,本件側鎖導入試薬よりも嵩高い置換基を反応部位のすぐ近くに有する試薬でさえ,20位-アルコール化合物と Williamson 反応したことが記載されているから(甲1の第2表化合物番号6) 甲4等のアルキルオキシラン試薬や ,甲61の本件側鎖導入試薬を,20位-アルコール化合物に Williamson 反応させることが当業者により想到できないとする理由はなく,審決の上記判断は誤りである。 (3) 被告らの主張に対する反論 ア 被告らは,甲2における側鎖末端に形成される2つの立体構造を制御して目的化合物を作る反応を,立体配置をコントロールできない別の反応に置き換えることは示唆されていないと主張する。 しかし,目的化合物から出発して「逆向きに作業を進めていく」との通常の当業者の手法において,立体配置のコントロールの必要のない本件発明13の目的化合物を得るのに,立体配置を考慮しなくとも,その前駆物質としてエポキシ体を想到することは可能である。 また,そのようなエポキシ体が,簡単な還元剤処理だけで高収率に所望の目的化合物に変化させ得るとの甲2の記載に接した当業者であれば,当該エポキシ体を前駆物質とすることを動機付けられるといえる。 したがって,被告らの主張は失当である。 イ 被告らは,本件側鎖導入試薬が記載された甲61は審判手続で提出されておらず,同試薬は審判手続で提出した甲2,甲3及び甲4等のいずれの文献にも記載されていないから,本件側鎖導入試薬は当業者の知らない「新規」の試薬として扱われるものであると主張する。 しかし,本件側鎖導入試薬とその反応は,甲61において,本件優先日の約16年も前から当業者に周知の技術事項であったから,本件側鎖導入試薬が「新規物質」として扱われる余地はない。また,訂正前の本件特許に係るアルキルオキシラン試薬が,エポキシ環を有する点でのみ共通するといえる様々な試薬を含んでいたことに鑑みれば,本件発明の要旨は,20位-アルコール化合物に対してエポキシ環を有する試薬を反応させることであって,エポキシ環以外の具体的な構造が新規か否かではないことは明白である。 ウ 被告らは,後記第4,1(1)エのとおり,本件側鎖導入試薬と甲4等の反応点の違いから,甲61は,甲4等と同様な周知技術を示すものではなく,原告の提出する証拠に基づいて,本件発明の反応を容易に想到することはできない旨主張する。 しかし,甲4等の試薬も,「塩基」の存在下では,「エポキシ環の隣の炭素原子」で反応して,エポキシ環を維持したままエーテル結合を形成できるから(甲20,67),被告らの反応点に関する主張は誤りである。上記のとおり甲4等には,アルキルオキシラン試薬が Williamson 反応に広く利用されていたことが記載されているところ,本件側鎖導入試薬についても,20位-アルコール化合物と反応させることを当業者が想到できなかったなどということはできない。 2 取消事由2(実施可能要件違反に関する判断の誤り) (1) 本件明細書の実施例2ではステロイド環の化合物について収率90%となっているのに対して,実施例22〜24においては別のステロイド環の化合物が転換率15〜45%で得られているところ,両者は,ステロイド環の7位に二重結合があるかないかの構造の違いであるにもかかわらず,収率が大きく異なっている。 このように,出発化合物にわずかな違いがあるだけで,溶媒等について同じ条件下であっても同等に反応が進行しないことが,本件明細書の記載から明らかである。 したがって,本件明細書の記載を見た当業者は, 「Z」について「ステロイド環構造」とは全く異なる「ビタミンD構造」を用いた場合に, 「ステロイド環構造」の場合と同様に反応が進行すると認識することはない。 (2) 審決は,実施例3において実施例22〜24と光学異性体である化合物が収率95.7%で得られていること,及び実施例5,6において実施例22〜24で得られる化合物を更に反応させた化合物が,それぞれ収率93%,93.7%で得られることが記載されていることから,実施例22〜24において収率が低いのは,ステロイド環における構造の差ではなく,反応条件の違いによるものであり,反応条件を実施例3,5,6のようにすれば高い収率で反応することが理解できるとして,実施例22〜24と実施例2の対比が「ステロイド環構造」と「ビタミンD構造」で同様に反応が進行すると当業者が認識できない根拠とはならないとしている。 しかし,本件発明1及び13は,反応条件を何ら規定するものではなく,単に「塩基の存在下で」とか「還元剤で処理して」とするものでしかない。 また,本件明細書には,反応条件を実施例3,5,6のようにすれば高い収率で反応することが理解できるような記載はない。 したがって,本件発明1及び13を実施するに当たり, 「塩基の存在下で」や「還元剤で処理して」としかされていない本件明細書の記載からは,当業者は過度の試行錯誤や複雑な実験を強いられるものである。 (3) さらに,実施例がないビタミンD構造を有する化合物においてまで,最適化により90%もの高い収率が達成できることは,本件明細書の記載から当業者が理解できるものではないから,高い収率で目的化合物を得ることにつき,過度の試行錯誤や複雑な実験を要することは明らかである。 (4) 以上のとおりであるから,当業者であれば,本件明細書に記載された「Z」が「ステロイド環構造」の場合の具体的な反応条件に沿って実施することで,「Z」が「ビタミンD構造」の場合であっても本件発明を実施できることを理解できるとする審決の判断は誤りである。 3 取消事由3(サポート要件違反に関する判断の誤り) 審決は,本件発明が解決しようとする課題は,本件発明に係る新たな製造方法を提供することにあるとして, 「より少ない工程によって,従来よりも高い収率でビタミンD誘導体等を製造することにある」のではないと判断する。 しかし,本件発明の課題が,目的化合物の収率の問題とは何ら関係もなく,単に従来の方法よりも簡素化できることであるというのであれば,そのような簡素化に至る着想は,既に甲3において記載されている。すなわち,甲3と甲2とは,エポキシ環を含む部分を化合物に導入することにおいて目的が共通しており,当業者は甲2と甲3を組み合せて, (収率の点を課題としない)本件発明を容易に想到できたというべきである。仮に,そうでないとする以上,本件発明の課題は,より少ない工程によることに加え,従来よりも高い収率でビタミンD誘導体等を製造するところにあると解すべきである。 そして,取消事由2において述べたとおり,本件発明の「Z」を「ステロイド環構造」とした場合の実施例の反応条件の記載をもって,当業者が「Z」を「ビタミンD構造」とした場合でも実施できるということはできず,本件発明の特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えているから,サポート要件を満たしていない。これに反する審決の判断は,特許法36条6項1号の解釈適用を誤っている。 |
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被告らの反論
1 取消事由1に対し (1) 原告の主張1(1)に対し ア 甲2発明1において, 「E-B」の「B」を「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」から, 「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」又は「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」に置換する動機付けがあると認めることはできないとした審決の判断には誤りはない。厳密にいうならば,甲2及び甲4〜12のいずれにも,本件側鎖導入試薬は記載されておらず,原告は,審判手続において,本件側鎖導入試薬が記載された公知文献(甲61)を提出していないので,側鎖導入試薬として,公知技術ではない「新規」試薬が使われていると扱われざるを得ないから,動機付けの有無を検討する前提となるべき公知技術が存在しないといえる。 原告は,本件発明の容易想到性の根拠として,試薬の最適化の努力を当業者が行わない理由はなく,逆合成解析の手法によって本件側鎖導入試薬に至ることができると主張する。 しかし,そのような主張は,本件発明を知って初めて考えつく後知恵である。既存の反応試薬に代えて別の試薬を採用するに際し,最適化の努力は,当業者が適宜行い得る通常の範囲のことであるとしても,当業者が公知技術によって知らない新規試薬である本件側鎖導入試薬を創作することは,当業者が適宜行う通常の最適化の努力を超えるものであるから,原告の主張は成り立たない。 イ 甲2発明は,側鎖末端に形成される2つの立体構造を制御して目的化合物を生成するというものであり,立体配置をコントロールできない本件発明の反応に想到することはない。 すなわち,甲2発明における20位-アルコール化合物(9)を出発化合物とする,それ以降の反応について,分かりやすく説明すると,以下のとおりである。 上記図は,(9)を出発化合物として,末端のOH基をTHP基で保護した臭化物(15)の反応試薬と反応させ,化合物(16)を得る反応工程,次いで化合物(16)のTHP基を外す脱保護反応により,側鎖末端にOH基を有する化合物(17)を得る工程,次いで,化合物(17)の側鎖の2重結合を酸化してエポキシ化する香月-シャープレス反応の工程(同反応の試薬の立体構造を使い分けることで,エポキシ環の立体構造が選択されたエポキシアルコール(18a)又は(18b)が得られる。,次いで,エポキシ )環の開環により側鎖末端構造が異なる化合物(19a)(19b)を得る工程を示してい ,る。 甲2の目的化合物(5)(6)は,その側鎖の25位の炭素原子に4つの異なる置 ,換基が結合するために,側鎖末端が2つの異なる立体構造となり,2つの異なる化合物として認識される。香月-シャープレス反応では,ともに用いる試薬の立体構造によって,反応生成物として,エポキシアルコール(18a),(18b)が立体選択的に得られる。その後のエポキシ開環によって形成される,25位炭素原子の周囲の立体配置も,(18a),(18b)の立体構造によって決定される。 以上のように,甲2には,側鎖末端に形成される2つの立体構造を制御して目的化合物を生成する反応が記載されている。したがって,甲2には,立体配置をコントロールできない別反応に置き換えることは示唆されていない。 ウ 原告は,エポキシ環を化合物に導入する方法として,甲3の反応式2から,直接,エポキシ環を有するアルキルオキシラン試薬を付加することを,当業者が動機付けられたことが明らかであると主張する。 しかし,甲3の反応式1には,エポキシ基を有する一般式(II)のカルボン酸化合物を式「H-B」のアミン化合物とカップリングさせて,エポキシ基を有するカルボン酸アミドである一般式(IV)の化合物を得,一般式(IV)の左側にPで表記されるアミノ基保護基を除去し,さらに,式「A-OH」のカルボン酸化合物とのカップリング反応に付して,一般式(I-1)の化合物を得る一連の工程が記載されている。 上記反応式2には,アルケニル基(二重結合)を有する一般式(VI)のカルボン酸化合物を式「H-B」のアミン化合物とカップリングさせて,カルボン酸アミドである一般式(VII)の化合物を得,次にアルケニル基をエポキシ化する反応に付してエポキシ基を有する一般式(VIII)の化合物を得,一般式(VIII)の左側にPで表記されるアミノ基保護基を除去し,さらに,式「A-OH」のカルボン酸化合物とのカップリング反応に付して,一般式(I-1)の化合物を得る一連の工程が記載されている。 このように,甲3の反応式1及び反応式2に記載されているのは,アミンとカルボン酸を反応させてアミド結合を形成する反応であり,甲3にはエポキシ基を有する側鎖をアルコールに直接導入する工程については記載も示唆もされていない。 すなわち,甲3には,本件発明のマキサカルシトール側鎖は記載されておらず,また,本件側鎖導入試薬の使用は,記載も示唆もされていない。 また,甲2においても,出発化合物にエポキシ体を直接導入して,出発化合物(9)から直接エポキシ体(18a)と(18b)を得ることなど,全く示唆されていない。甲2の反応の高い収率は,3段階で行われる甲2記載の反応において可能であるが,これを1段階で行うことが原料化合物の損失を防ぐ上で利点となると考えても,そもそも,反応が目的どおりに進まなければ,意味がない。 エ 原告は,甲4等にあるとおり,エピクロロヒドリンやエピブロモヒドリン等のエポキシ環を有するアルキルオキシラン試薬を,水酸基(-OH)を持った様々な化合物と反応させてエーテル結合を形成し(Williamson 反応),エポキシ側鎖を導入することは周知の技術であったから,本件発明13の目的化合物を合成するための反応経路の終着点である,出発化合物と出発試薬が,それぞれ, 「20位-アルコール化合物」及び「アルキルオキシラン試薬」になることも当業者が容易に想到し得たことであると主張する。 しかし,審決が指摘するように,甲4等の反応の出発化合物であるアルコールやフェノールは,甲1や甲2に記載されているステロイド構造又はセコステロイド(ビタミンD)構造の20位-アルコールではなく,出発化合物と反応させる試薬も,本件側鎖導入試薬ではない。審決は,甲4等に記載された反応試薬が, 「エーテル合成のためのエポキシ環を含むアルキル化剤」という範疇に属するものであることから,これを「アルキルオキシラン試薬」と呼んでいるところ,原告は,本件側鎖導入試薬を「アルキルオキシラン試薬」と呼んで,あたかも,本件側鎖導入試薬が甲4等に記載されている試薬と同じであるかのように装っているが,本件側鎖導入試薬と,甲4等の試薬は,下記のとおり異なる。 すなわち,本件側鎖導入試薬は,エポキシ環の隣の炭素原子が反応点で,20位-アルコールのOH基と反応し,エポキシ環が維持されたままエーテル結合が形成されるのに対し,甲4等の試薬は,反応点がエポキシ環の付け根であり,アルコール又はフェノールのOH基によりエポキシ環が開環してエーテル化されるものである点で異なっている。したがって,甲61は,甲4等と同様な周知技術を示すものとはいえず,原告の提出する証拠に基づいて,本件発明の反応を容易に想到することはできない。 本件側鎖導入試薬 甲4の試薬 甲6,7,8,11の試薬 反応点 反応点 反応点 (2) 原告の主張1(2)に対し 本件側鎖導入試薬が「公知」であれば,公知の物質の間における新規な組合せの反応の進行の予測可能性は,反応の容易想到性において意味があるが,本件側鎖導入試薬は,当業者の知らない「新規」の試薬なのであるから,当業者は,反応の進行を予想することなどそもそもできない。 この点を措くとしても,実際に,本件側鎖導入試薬は,本件発明の出発化合物に対する反応性が予測困難なものであった。本件発明の発明者は,反応が困難と予想しながら実験を行ったところ,予想外に,しかも,驚くべき高収率で反応が進んだのである。 2 取消事由2に対し (1) 審決が認定するように,本件明細書には,出発化合物として「Z」が「ビタミンD構造」のものを用いることができることが具体例と共に明記されており,「Z」が「ステロイド環構造」か「ビタミンD構造」かにかかわらず,適応可能な反応条件が記載されている。また,具体的な実施例としては, 「Z」が「ステロイド環構造」のものしか記載されていないものの, 「Z」が「ステロイド環構造」の場合の反応条件は具体的に記載され,実際に実施例の反応条件を「Z」が「ビタミンD構造」のものに適用しても反応が進行することが実験によって示されている。 特許法36条4項1号の実施可能要件は,当業者が過大な試行錯誤を要することなく発明を実施できるように明細書が記載されていればよいのである。ステロイド環構造の実施例について,最適の反応条件が記載されているのであるから,当業者がこれに基づいてビタミンD構造の反応を実施することは容易になし得る。 (2) 審決の述べるとおり,実施例22〜24において,実施例2よりも転換率(収率)が低かったのは,ステロイド環における構造の差ではなく,反応条件の違いによるものと解するのが自然であって,反応条件を実施例3,5,6のようにすれば,実施例2と同様に高い収率で反応することが理解できる。したがって,実施例22〜24と実施例2の対比が, 「ステロイド環構造」と「ビタミンD構造」で同様に反応が進行すると当業者が認識できない根拠となるとする原告の主張は失当である。 実施例22〜24は,本件発明を着想し,最適の反応条件を探すプロセスにおいて行われた実験の結果を本件特許の第一国出願国である米国で,米国弁護士が記載したものであり,実施例3,5,6はベストモードとしての記載である。したがって,本件発明の実施可能要件は,高い収率を示す実施例3,5,6等によって満足されるものであり,審決が認めるように,実施例22〜24は,発明の構成要件要素によって転換率が低下しているのではない。 以上からすれば,実施例22〜24と実施例2の対比が,ステロイド環構造とビタミンD構造で同様に反応が進行すると当業者が認識できない根拠とならないことは明らかである。 (3) 原告は,本件発明1及び13が反応条件を「塩基の存在下で」「還元剤で ,処理して」などと抽象的に記載していることを指摘するが,クレームの文言が抽象的であるのは当然である。明細書に具体的な開示がないのであれば,かかる主張も意味を持つのかもしれないが,具体的に用いることができる塩基や還元剤が本件明細書に明確に記載されているのであり,原告の主張は無意味である。 また,原告は,反応条件を実施例3,5,6のようにすれば高い収率で反応することは明細書に記載されていないなどと主張するが,実施例3,5,6において収率が高いことは本件明細書に明記されているのであるから,かかる記載に触れた当業者であれば,実施例3,5,6の条件が適切な条件であると理解することは当然である。そして,実際,実施例5,6の反応条件を試せば,ビタミンD構造を出発化合物とした場合であってもステロイド環構造を用いた場合と同様に反応が進むのである(甲34,35)。 以上からすれば,当業者に過度な試行錯誤が必要であるとの原告の主張は当たらない。 3 取消事由3に対し 原告の主張する甲2と甲3の容易想到性の判断と本件の課題とは無関係である。 また,前記2に述べたとおり,出発化合物をステロイド環構造とした場合の実施例の反応条件をもって,ビタミンD構造を用いた場合に実施ができないという原告の主張は誤りであるから,サポート要件違反との原告主張に理由がないことは明らかである。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明について (1) 本件明細書(甲51)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。 ア 「発明の背景 ビタミンDおよびその誘導体は,重要な生理学的機能を有する。例えば,1α,25-ジヒドロキシビタミン D3 は,カルシウム代謝調節活性,増殖阻害活性,腫瘍細胞等の細胞に対する分化誘導活性,および免疫調節活性などの広範な生理学的機能を示す。しかし,ビタミン D3 誘導体は高カルシウム血症などの望ましくない副作用を示す。 特定の疾患の治療における効果を保持する一方で付随する副作用を減少させるために,新規ビタミンD誘導体が開発されている。 例えば,日本特許公開公報昭和 61-267550 号(1986 年 11 月 27 日発行)は,免疫調節活性と腫瘍細胞に対する分化誘導活性を示す 9,10-セコ-5,7,10(19)-プレグナトリエン誘導体を開示している。さらに,日本特許公開公報昭和 61-267550 号(1986 年 11 月 27日発行)は,最終産物を製造するための2種類の方法も開示しており,一方は出発物質としてプレグネノロンを使用する方法で,他方はデヒドロエピアンドロステロンを使用する方法である。 1α,25-ジヒドロキシ-22-オキサビタミン D3(OCT),即ち,1α,25-ジヒドロキシビタミン D3 の 22-オキサアナログ体は,強力なインビトロ分化誘導活性を有する一方,低いインビボカルシウム上昇作用(calcemicliability)を有する。OCT は,続発性上皮小体機能亢進症および幹癬の治療の候補として臨床的に試験されている。 日本特許公開公報平成6-072994(1994 年3月 15 日発行)は,22-オキサコレカルシフェロール誘導体およびその製造方法を開示している。この公報は,20 位に水酸基を有するプレグネン誘導体をジアルキルアクリルアミド化合物と反応させてエーテル化合物を得て,次いで得られたエーテル化合物を有機金属化合物と反応させて所望の化合物を得ることを含む,オキサコレカルシフェロール誘導体の製造方法を開示している。 日本特許公開公報平成6-080626 号(1994 年3月 22 日発行)は,22-オキサビタミンD誘導体を開示している。この公報はまた,出発物質としての1α,3β-ビス(tert-ブチルジメチルシリルオキシ)-プレグネ-5,7-ジエン-20(S又はR)-オールを塩基の存在下でエポキシドと反応させて 20 位からエーテル結合を有する化合物を得ることを含む方法を開示している。 さらに,日本特許公開公報平成6-256300 号(1994 年9月 13 日発行)および Kubodera他(Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters,4(5):753-756,1994) (裁判所注:甲2)は,1α,3β-ビス(tert-ブチルジメチルシリルオキシ)-プレグナ-5,7-ジエン-20(S)-オールを4-(テトラヒドロピラン-2-イルオキシ)-3-メチル-2-ブテン-1-ブロミドと反応させてエーテル化合物を得て,それを脱保護し,そして脱保護されたエーテル化合物をシャープレス酸化することを含む,エポキシ化合物を立体特異的に製造する方法を開示している。しかし,上記方法は,ステロイド基の側鎖にエーテル結合およびエポキシ基を導入するのに1工程より多くの工程を必要とし,従って所望の化合物の収率が低くなる。 さらに,上記文献のいずれにも,アルコール化合物を末端に脱離基を有するエポキシ炭化水素化合物と反応させて,それによりエーテル結合を形成する合成方法は開示されていない。また,上記文献には,側鎖にエーテル結合およびエポキシ基を有するビシクロ[4.3.0]ノナン構造(本明細書中以下において CD 環構造と称する),ステロイド構造またはビタミンD構造は開示されていない。(15頁6行〜16頁13行) 」 イ 「下記構造:を有する化合物の製造方法は新規であり,細胞に対する分化誘導活性および増殖阻害活性などの多様な生理学的活性を有することができるビタミンD誘導体の合成に有用である。」(25頁18〜20行。化学式は行数として数えない。以下同様。) ウ 「本発明に関する CD 環構造,ステロイド構造およびビタミンD構造は各々,特には下記する構造を意味し,これらの環は何れも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい。ステロイド構造においては,1個または2個の不飽和結合を有するものが好ましく,5-エンステロイド化合物,5,7-ジエンステロイド化合物,またはそれらの保護された化合物が特に好ましい。 ・・・ CD 構造,ステロイド構造,またはビタミンD構造であるZ上の置換基は特に限定されず,水酸基,置換または未置換の低級アルキルオキシ基,置換または未置換のアミノ基,置換または未置換のアルキル基,置換または未置換のアルキリデン基,カルボニル基およびオキソ基(=O)などを例示することができ,水酸基が好ましい。これらの置換基は保護されていてもよい。 ・・・ ステロイド構造における不飽和結合のための保護基の例としては,4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンおよびマレイン酸ジエチルが挙げられる。そのような保護基を有する付加物の例は以下のものである: さらに,ビタミンD構造は SO2 の付加によって保護されていてもよい。そのような保護されたビタミンD構造の例を下記に示す: 」(26頁4行〜28頁2行) エ 「 式Iの化合物の製造について本明細書に開示した反応の概略を以下の反応図Aに示す。 本発明による上記方法で出発化合物として使用される化合物の幾つかは,公知化合物である。例えば, 「Y」がOである場合,以下のものを出発化合物として使用することができる:日本特許公開公報昭和 61-267550 号(1986 年 11 月 27 日発行)に記載された1α,3β-ビス(tert-ブチルジメチルシリルオキシ)-プレグナ-5,7-ジエン-20(S)-オール;日本特許公開公報昭和 61-267550 号(1986 年 11 月 27 日発行)および国際特許公開公報 WO90-09991(1990 年9月7日)および WO90/09992(1990 年9月7日)に記載された所望により水酸基が保護されている 9,10-セコ-5,7,10(19)-プレグナトリエン-1α,3β,20β-トリオール;」(29頁下から2行〜30頁7行) オ 「下記構造:を有する化合物は新規化合物であり,細胞に対する分化誘導活性および増殖阻害活性などの多様な生理学的活性を有することができるビタミンD誘導体の合成のための有用な中間体である。(36頁7〜10行) 」 カ 「本発明は,本明細書中上記した新規な中間体を経てビタミンDまたはステロイド誘導体を製造する方法に関する。この反応の概略を以下の反応図Bに示す。 本発明による上記2工程の反応の工程(1)の反応は,本明細書中に既に記載した反応図Aの方法と同様に実施できる。 工程(2)の反応は工程(1)で得られたエポキシ化合物中のエポキシ環を開環する反応であり,これは還元剤を使用して実施される。工程(2)で使用できる還元剤は,工程(1)で得られたエポキシ化合物の環を開環して水酸基を生成できるもの,好ましくは第3アルコールを選択的に形成できるものである。 還元剤の例を下記に列挙する:・・・ 還元剤の特に好ましい例を下記に列挙する: リチウムトリエチルボロハイドライド[LiEt3BH,スーパーハイドライド]; リチウムトリ-sec-ブチルボロハイドライド (s-Bu) BH, [Li 3 L-セレクトライド); リチウム9-BBN ハイドライド: 例えば,ジイソブチルアルミニウムハイドライド(DIBAL-H)などの好適な還元剤を選択することによってビタミンD化合物の 24 位に水酸基を有する化合物を優先的に得ることもできる。 工程(2)の反応は好ましく不活性溶媒中で実施される。使用できる溶媒の例としては,ジエチルエーテル,テトラヒドロフラン(THF) ,ジメチルホルムアミド(DMF),ベンゼンおよびトルエンが挙げられ,ジエチルエーテルおよびテトラヒドロフランが好ましい。 工程(2)の反応温度は適切に調節することができ,一般的には 10℃から 100℃,好ましくは室温から 65℃の範囲内である。 工程(2)の反応時間は適切に調節することができ,一般的には 30 分から 10 時間,好ましくは1時間から5時間の範囲内である。反応の進行は薄層クロマトグラフィー(TLC)で監視することができる。(39頁5行〜41頁20行) 」 (2) 上記の本件明細書の記載によれば,本件発明について,以下のとおり認められる。 本件発明は,ステロイド環構造又はビタミンD構造に以下のマキサカルシトールの側鎖を有する化合物を製造する方法に関するものである(請求項1及び13)。 ビタミン D3は,カルシウム代謝調節活性,増殖阻害活性,腫瘍細胞等の細胞に対する分化誘導活性,及び免疫調節活性などの広範な生理学的機能を示すが,高カルシウム血症などの望ましくない副作用を示すことから,特定の疾患の治療効果を保持する一方で,付随する副作用を減少させるために新規ビタミン D 誘導体が開発されてきた。 従来,1α,25-ジヒドロキシビタミンD3(活性型ビタミンD3)の 22-オキサアナログ体である,1α,25-ジヒドロキシ-22-オキサビタミンD3(OCT又はマキサカルシトール。裁判所注:本件における「目的化合物」である。)が開発され,強力なインビトロ分化誘導活性を有する一方,低いインビボカルシウム上昇作用を有していることから,続発性上皮小体機能亢進症及び乾癬の治療の候補として臨床的に試験されている。 マキサカルシトール等の22-オキサアナログ体の製造方法について,いくつかの文献が知られているが,それらの文献には,アルコール化合物を,末端に脱離基を有するエポキシ炭化水素化合物と反応させて,それによりエーテル結合を形成する合成方法は開示されておらず,また,1工程で側鎖にエーテル結合及びエポキシ基を導入するステロイド環構造又はビタミンD構造も開示されていない。 そこで,本件発明は,ステロイド環構造又はビタミンD構造にマキサカルシトールの側鎖(下記構造参照)を有する化合物の製造方法として,従来技術にない新規な製造方法を提供することを課題とするものである。 本件発明1は,ビタミンD構造又はステロイド環構造の側鎖の20位炭素原子に水酸基(-OH基)が結合した「出発化合物」である20位-アルコール化合物に,塩基の存在下で,末端に脱離基を有するエポキシ炭化水素化合物である「4-脱離基-2,3-エポキシ-2-メチルブタン」 (本件側鎖導入試薬)又は「3,4-ジ脱離基-2-ヒドロキシ-2-メチルブタン」を反応させてエーテル結合を形成し,側鎖にエーテル結合及びエポキシ基を有する「エポキシド化合物(中間体)」を製造する方法であり,また,本件発明13は,本件発明1の方法でエポキシド化合物(中間体)を製造した後,還元剤で処理して,当該中間体のエポキシ環を開環して水酸基(-OH基)を形成することにより,3-ヒドロキシ-3-メチル-ブチルオキシ基(以下,「マキサカルシトール側鎖」ともいう。)を有する「目的化合物」を製造する方法である。(請求項1,請求項13) 2 取消事由1(甲2を主引例とする進歩性判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,甲2には,本件側鎖導入試薬を使用することや,甲2発明において「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」を使用する場合の課題の記載もないこと,甲3記載の反応を甲2発明1に適用できる根拠も示されていないこと,甲4は,甲2発明1におけるステロイド環構造の20位-アルコール化合物を対象としておらず,このようなアルコールにも,アルキルオキシラン試薬を適用できることを示唆する記載は認められないことなどを理由として,甲2発明1において,「E-B」の「B」を,「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」から, 「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」又は「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」に置換する動機付けがあるとは認められないとしたのは誤りであり,動機付けを検討する際に,逆合成解析の手法を考慮すべきであったと主張する。 ア 課題について そこで,検討するに,まず,本件優先日当時,マキサカルシトール(1α,25-ジヒドロキシ-22-オキサビタミンD3 )との物質が公知であり,マキサカルシトール側鎖を導入する新たな方法を探索することは,当業者にとって周知の課題であったことについては,当事者間に争いがない。 イ 逆合成解析の手法について (ア) 甲62〜64には,以下の記載がある。 a 甲62(マクマリー有機化学(上)第3版,平成 6 年 2 月 10 日,ジョン・マクマリー著(伊東椒ら訳))「実験室では簡単な前駆物質から有機分子を合成することが多くの理由で行われる。…化学工業では,既知化合物をもっと経済的に合成する経路を見付けるために,多くの合成が企画されている。… …実際に使える合成経路を考え出すには,種々さまざまな有機反応に関する徹底的な知識が必要となる。その上,単に理論的な知識を必要とするばかりでなく,各反応が希望する反応のみを行うような段階を,経路の中で適切に組合わせるという実際的な理解をも必要としている。(275頁9〜20行) 」「有機合成の計画には秘密はない。種々の反応の知識および多くの練習が,必要とするすべてである。けれども,ここに一つのヒントがある。それは逆行して考えろということである。最終生成物を見て“最終生成物の直接の前駆物質は何か”を考える。例えば,最終生成物がハロゲン化アルキルであるならば,直接の前駆物質はアルケンであろう(HXの付加を経由) 直接の前駆物質を見付けたら, 。 1段階ずつ,適当な出発物質が見付かるまで,再び逆行して考えていく。(276頁7行〜12行) 」 b 甲63(プログラム学習 有機合成化学, 昭和 54 年 12 月 10 日,S.ウォーレン著(野村祐次郎ら訳))「この化合物1がこれまでに合成されていないと仮定してみよう。どのような合成法をデザインすればよいだろうか。もちろん,出発物質にどんなものを使ったらよいかわからない。わかっていることは,この化合物-目的分子(target molecule)-の構造だけである。 この構造から出発して,逆向きに作業を進めていかなければならないことは明らかである。 問題を解くかぎは目的分子の官能基(functional group)であり,・・・たいていの官能基には一つまたはそれ以上の合理的な切断(disconnection)方法があるということである。この切断は,実際に行なう化学反応とは逆向きの想像上の作業であり,目的分子の結合を切断することにより,目的分子を合成するために必要な中間物質の構造を考え出すためのものである。(xvi 頁の下から11行〜末行) 」「どのような分子でも,いくつか異なった経路で合成できる可能性がある。実際には,諸君の考えた案はひとつひとつ実験で試してみて,それに基づいて全体の合成経路を修正していかなければならないであろう。実際に1の合成では,最初の合成計画をいくらか変更しなければならなかった。(xviii 頁の下から10行〜7行) 」 c 甲64(標的化合物の有機合成,昭和 56 年 5 月 20 日,高橋浩著)「1.3 標的化合物の切断* 標的化合物の合成を考えるには,その結合を切断しフラグメントにわけ,そして,でてきたフラグメントを現実の試薬になおして再結合してみる。このようにすると,標的化合物を合成するための原料とその反応がわかる。ここで重要なことは標的化合物のどの結合がどのように切断されるかである。そこで,はじめに切断の基本的なタイプを示し,以下の各章でこれを応用しながら個々の化合物の合成法について考えていく。 (1)切断のタイプ @炭素-ヘテロ原子結合の切断(ヘテロ原子のα切断) 炭素-ヘテロ原子単結合はヘテロ原子を陰イオン,炭素を陽イオンにして切断する。 ・・・ X:ハロゲン,酸素,窒素など 」(6頁4〜16行) (イ) 以上の記載によれば,既知化合物をより経済的に合成する経路を見付けるために,多くの合成が企画されているところ,その合成経路を見付けるための手法として,様々な有機反応に関する知識に基づいて,最終生成物の直接の前駆物質を見付け,1段階ずつ,適当な出発化合物が見付けられるまで,逆行して検討していく手法は,本件優先日当時において周知であったと認められる。そして,その際には,標的化合物の「結合」を「切断」してフラグメントに分け,形成されたフラグメントを現実の試薬に置き換えることにより,標的化合物を合成するために必要な中間物質(前駆物質)の構造を考え出すという,実際に行う化学反応とは逆向きの解析作業を行うという「逆合成解析」という方法は,本件優先日当時,当業者が通常行う手法であり,上記の典型的な切断点として,ハロゲン,酸素,窒素などが想定されていたことが認められる。 その一方,どのような分子でも,いくつか異なった経路で合成できる可能性があり,上記のように逆合成解析により机上で想定した合成経路を用いれば最終生成物が合成できる可能性があるとしても,実際には,一つ一つ実験で試してみて,それに基づいて全体の合成経路を修正していく必要があることも,通常想定されるところである。 (2) 以上を踏まえ,本件発明13と甲2発明2との相違点である(2-A’)(「B」に対応する部分構造が,本件発明13では,「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」又は「2-脱離基-3-メチル-3-ヒドロキシ-ブチル基」であるのに対して,甲2発明2では, 「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」である点。 について容易に想到できたものであるか否かを検討す )る。 ア まず,原告は,甲2に接した当業者であれば,原告の主張の図Aで示された赤色矢印の反応経路を遡り,側鎖にエポキシ環を有する化合物(本件発明1の化合物)を,本件発明13の目的化合物を得るための前駆物質とすることを,容易に想到できたと主張する。 (ア) 前提として,甲2発明について見ると,甲2には, 1α,25-ジヒドロキシ-22-オキサビタミンD3(マキサカルシトール。本件発明の目的化合物)の生体内における想定代謝物である26-水酸化OCT(5,6)(裁判所注:マキサカルシトールの26位炭素原子に水酸基(-OH)が結合した化合物)を合成する方法が示され,次の図に示される工程が記載されている。 この経路の途中までの工程として,20位-アルコール化合物(9)を出発化合物として上記図のエポキシド化合物(18a 又は 18b)を得る甲2発明1及び,このエポキシ環を開裂してトリオール化合物(19a 又は 19b)を得る甲2発明2が記載されている。これは,出発化合物であるステロイド環構造を有する20(S)-アルコール化合物(9)に,塩基の存在下で,二重結合及び(保護された)水酸基を有する側鎖形成試薬である臭化物(15)を反応させ,エーテル結合を介して二重結合と水酸基を有する側鎖を形成した後,当該側鎖の二重結合を,香月-シャープレス酸化して,立体構造の異なる2種のエポキシド化合物(18a,18b)を作り分け,それぞれの化合物のエポキシ環を還元剤により位置選択的に開環することにより,ステロイド環構造を有し,マキサカルシトール側鎖の末端の26位炭素に更に水酸基が結合した側鎖を有する立体構造の異なる2種の化合物(19a,19b)を製造する方法である。 (イ) 上記の甲2発明2を,ステロイド環の置換基と水酸基の脱保護工程等を省略して主な反応を記載すると,原告の主張の図Bのようになり,目的化合物の前駆物質は,エポキシド化合物であることが分かる。 甲2発明2の目的化合物(化合物(19a 又は 19b))の側鎖は,26位炭素原子に更に水酸基(-OH)が結合している点でマキサカルシトール側鎖と異なるものの,その他の構造が同一であり,このような構造の類似性に着目すれば,実際にそのような前駆物質を合成できるか,その合成のための試薬を生成可能か否かはともかくとして,マキサカルシトール側鎖を有する目的化合物の前駆物質の候補の一つとして,甲2発明2と同様に,例えば,下記のようなエポキシド化合物を机上において想定することは,当業者にとって可能であったと認められる。 イ ところで,甲2発明におけるエポキシド化合物の生成法は,二重結合を有する化合物を酸化してエポキシ化する工程を経るものであり,そのために側鎖として「3-メチル-4-テトラヒドロピラニルオキシ-2-ブテニル基」を導入している。そこで,原告は,この甲2のエポキシ環を有する化合物から遡ると,その前駆物質として,二重結合を有する化合物に至るのであるが,後記の甲3の反応式から,当業者は,側鎖にエポキシ環を有する本件発明1の化合物を得るに当たって,直接,エポキシ環を有するアルキルオキシラン試薬を付加することを動機付けられると主張する。 そこで,以下,検討する。 (ア) 甲3には以下の記載がある。 「【請求項1】 下記一般式(I-1) のシス-エポキシ化合物,またはその薬剤学的に許容可能な塩,水和物及び溶媒和物。 ・・・Bは式:【化4】(ここで,R6 はC1 -C4 アルキル,アリールアルキルまたはアミド置換C1-C2 アルキル基であり,R7 はC1 -C3 アルコキシ,C1 -C3 アルキルアミノ,ベンジルアミノ,C1 -C3 アルコキシアミノ,2つのC1 -C3 アルキルで置換されたアミノ,酸素原子含有複素環式アミノ,または窒素含有芳香族複素環で置換された低級アルキルアミノ基であり,nは1または2である)の官能性アミノ基,式:【化5】(ここで,R8 とR9 は各々独立的に,非置換であるかまたは芳香族基で置換されたC1 -C4 アルキル,または芳香族基である)の官能性アミノ基,または芳香族環と融合したヒドロキシ置換シクロアルキルアミノ環である。」「【0009】【課題を解決するための手段】即ち,本発明の目的は,AIDS治療薬として有用であり,HIVプロテアーゼ抑制効果が高いHIVプロテアーゼの非可逆的阻害剤を提供することである。」「【0025】本発明の一般式(I-1)のシス-エポキシ化合物は,下記反応式1,2および3により製造できる。 【0026】反応式1【化38】(前記反応式において,R1 ,AおよびBは前記に定義したのと同じであり;Pはアミノ保護基であって,好ましくはベンジルオキシカルボニル基である)。 前記反応式1によると,一般式(II)のエポキシ化合物を一般式(III )の化合物とカップリング反応させて,一般式(IV)の化合物を得,この一般式(IV)の化合物から保護基を除去した後,一般式(V)の化合物とカップリング反応させて,一般式(I-1)の目的化合物を得る。 【0027】反応式2【化39】 (前記反応式中,R1 ,A,BおよびPは前記に定義したのと同じである) 反応式2によると,一般式(VI)の化合物を一般式(III)の化合物とカップリング反応させて一般式(VII)の化合物を得た後,この一般式(VII)の化合物をエポキシ化して一般式(VIII)の化合物を得,この一般式(VIII)の化合物から保護基を除去した後,一般式(V)の化合物とカップリング反応させて,一般式(I-1)の目的化合物を得る。」 (イ) 以上によれば,甲3には,AIDS治療薬として有用である,HIVプロテアーゼの非可逆的阻害剤に関する一般式(I-1)のシス-エポキシ化合物を製造する方法として,反応式1ないし3が記載され,反応式1,2のうち,下記の化合物(反応式2では化合物(VIII),反応式1では化合物(IV)に相当)の合成経路に着目すると,(反応式2に青矢印を挿入)(反応式1に橙色矢印を挿入)という,2つの反応が理解できる。すると,甲3に接した当業者は,エポキシ環を有する化合物(VIII)(IV)を合成するためには上記2つの経路があることが理解できる。 しかし,上記の反応は,出発化合物と試薬(H-B(III)と化合物(VI)又は化合物(II))との反応によりアミド結合 -C(=O)-B (裁判所注:Bは,官能性アミノ基又はアミノ環であるから,アミド結合 -C(=O)-NH-)を形成し,化合物(VIII)(IV)という特定の化合物を合成する方法に関するものである。 したがって,甲3の開示と甲2発明2とは,目的とする化合物の構造が大きく異なり,かつ,形成される結合も異なる。 しかも,甲3には,化合物の具体的な構造や反応により形成される結合が甲2発明2と異なる,他のエポキシド化合物を合成する方法においても,@エポキシ環を有する化合物から遡り,その前駆物質として二重結合を有する化合物に至る方法(上記反応式2の青色矢印;2工程)と,Aエポキシ環を有する化合物から遡り,二重結合を有する化合物の前駆物質を経ることなく,直接,エポキシ環を有する試薬を付加する方法(上記反応式1の橙色矢印;1工程)とが,容易に置換して用いることができるという一般的な手法が開示されているものではない。また,@の方法とAの方法とは,単に併記されているにすぎず,それぞれの利点等についての記載もない。 そうすると,甲2発明2に基づいて「想定したエポキシド化合物(中間体)」を合成するに当たり,甲3の上記二つの反応に関する知見を利用して,甲2発明2に開示された二重結合を経てエポキシ環を形成する方法(甲3の@)に代えて,甲3のAのような1工程の方法を適用することを,当業者が格別な創意工夫を要することなくなし得たとすることはできない。 (ウ) したがって,甲2発明2に基づいて「想定したエポキシド化合物(中間体) の前駆物質として, 」 甲2に記載されたような二重結合を有する化合物ではなく,甲3の反応式1(橙色矢印)のように,エポキシ環を有する試薬とそれと反応する出発化合物という組合せを,容易に想起できたとすることは困難であり,直接,エポキシ環を有するアルキルオキシラン試薬を付加することを動機付けられるとの原告の主張は採用できない。 (エ) この点,原告は,たとえ結合様式は異なっても,甲3には「鍵」となるエポキシ部分を導入するためのスキームを記載しているのだから,甲3の合成スキームを甲2の原料化合物や結合様式に適合するように改変することを試みたはずであり, 「Wittig 反応」 (甲30,60)や,本件明細書には「YはO,SまたはNR3」と記載されていること等からみても,周知の反応を様々な出発化合物に適用すること,有用な合成スキームを別の結合様式に適合させることは,当業者は容易に想起可能である旨主張する。 しかし,前記のとおり,甲3には,特定の化合物の合成方法として反応式1と反応式2が併記されているにすぎず,Wittig 反応のように汎用性のある反応と同様に,様々なエポキシド化合物の合成において,甲3の反応式1と反応式2のような反応の置き換えが行われていることが示されているものではないから,当業者が格別な創意工夫を要しなくとも,甲2においても,そのような反応の置き換えを容易に想起可能であるということはできない。 したがって,原告の上記主張は採用することはできない。 ウ また,原告は,逆合成解析の手法によれば,切断点は,甲64から本件発明の20位-アルコール化合物(出発化合物)とマキサカルシトール側鎖との間のエーテル結合にあると考え,甲4等の周知技術から本件側鎖導入試薬及びその反応性が分かるから,当業者は,本件発明13の目的化合物を合成するための反応経路の終着点である,出発化合物及び出発試薬が,それぞれ, 「20位-アルコール化合物」及び「アルキルオキシラン試薬」になることも当業者が容易に想到し得たことである旨主張する。 (ア) そこで,検討するに,甲4等には以下の記載がある。 a 甲4(特開平6‐207041号公報)「【0084】式(12)のエポキシドは,文献既知であるか又は該当するオレフィンを過酸で酸化することにより容易に取得できる。特に好ましいエチレンオキシドは,大工業規模で製造できる。エピクロルヒドリン(1-クロロ-2,3-エポキシ-プロパン)でアルコール又はフェノールR218OHをアルキル化して式:【化93】(式中,-CH2OR218 はR18 の定義の範囲中に包含される。)のエポキシドを与えることも好ましい。」 b 甲6(特開平6-73044号公報)「【0028】一般式(II)で示される化合物は,例えば次の反応工程式(A)で示される方法により,製造することができる。反応工程中の各反応はいずれも公知の方法により行なわれる。 【0029】【化13】【0030】(式中,Xはハロゲン原子,トシルオキシ基またはメシルオキシ基を表わし,その他の記号は前記と同じ意味を表わす。」 ) c 甲7(特開平5-43522号公報)「【0008】【化5】(式中,R4 , R7 は前記と同じ,Arはフェニル基を表わす。)で示されるフェノール誘導体をカラムクロマト等で精製した後,これをフェノキシドに変換し,オキシラン誘導体を作用させ,下記化6式【0009】【化6】(式中,R4 , R7 , Arは前記と同じ。)【0010】で示されるエポキシ誘導体を得,これに適当なアミンを反応させることにより得ることができる。」「【0015】実施例1・・・1,1-ビス(4-ヒドロキシフェニル)-2-フェニル-1-ブテンのフェノキサイドを油状物として得た。これを30mlのジメチルホルムアミド溶媒中,1.5mlのエピブロモヒドリンと室温で4時間撹拌し・・・1-[4-(2,3-エポキシプロポキシ)フェニル]-1-(4-ヒドロキシフェニル)-2-フェニル-1-ブテンを含む混合物を得た。」 d 甲8(特開平5-170711号公報)「【0031】前記一般式(I)で示されるジヒドロキシエーテルアミン,前記一般式(II)で示されるジヒドロキシエーテルアミンの酸付加塩および前記一般式(III)で示されるシッフ塩基の代表的な製造方法として以下の方法を挙げることができる。 即ち,アミノアルコールのシッフ塩基(下記一般式(IV)で示される化合物)をアルコラート(下記一般式(V)で示される化合物)とし,これにエピハロヒドリン(下記一般式(VI)で示される化合物)を反応させて 前記一般式(III)で表される化合物を製造し,次いで,酸触媒の存在下に加水分解し,アルカリにて中和して,前記一般式(I)で示される化合物を得,次いで酸で中和して前記一般式(II)で示される化合物を得る。 【0032】【化8】 」 e 甲11(特開平7-145101号公報)「【0030】 【実施例2】エポキシデヒドロジンゲロン(DZN)の調製;実施例1で得られた,純化したデヒドロジンゲロン(DZ) 20 g を適量の絶対アルコールに溶かして,等モル数の水酸化ナトリウムを加え,70℃にて30分間回流した後,5倍モル数のエピクロロヒドリン又はエピブロモヒドリンを加え,実施例と同じ条件で1時間反応し,冷却後濾過して,減圧濃縮すると,微黄色の沈殿物が得られる。絶対アルコールで再結晶を繰り返すことにより,純化した4-〔4’-2,3-エポキシ-3’-メトキシフェニル〕-3-ブテン-2-オン,即ち,エポキシデヒドロジンゲロン(DZE)を得た,収率75%。さらに無水アルコールで再結晶してエポキシデヒドロジンゲロン(DZE)の微黄色結晶を得た,」「【図2】 」 (イ) 以上の甲4等の記載からみて,エピクロロヒドリンやエピブロモヒドリン等のエピハロヒドリン類を,水酸基(-OH)を有する様々な化合物と反応させてエーテル結合を形成し,エポキシ基を導入することは,本件優先日当時,周知の技術であったということができる。 しかし,この周知技術で用いられる試薬はエピハロヒドリン類であって,本件側鎖導入試薬と同様, 「アルキルオキシラン試薬」の概念に包含されるものの,本件側鎖導入試薬のように,エポキシ環を構成する末端炭素にメチル基等の炭化水素基が更に結合しているものではなく,炭素骨格の構造が異なるものである。 そうすると,原告の主張するように,逆合成解析の手法により,上記「想定したエポキシド化合物(中間体)」を想定し,さらに,その切断点について,エーテル結合で切断して,対応する現実の試薬に置き換えることを考え,その際に,甲4等に記載された周知技術を踏まえて検討したとしても,当該周知技術で用いられたエピハロヒドリン類と,本件側鎖導入試薬とは,具体的構造が異なるのであるから,切断点に導入する具体的な試薬を生成可能か否かやその反応性については,想定した合成経路を一つ一つ実験で試さない限り明らかとならず,本件側鎖導入試薬を20位-アルコール化合物に直接導入することが動機付けられるとはいえない。 (ウ) この点,原告は,本訴訟において審判では提出されていない甲61の論文を提出し,同論文に本件側鎖導入試薬と同じ試薬が記載されており,この試薬とその反応は,本件優先日の約16年も前から当業者に周知の技術事項であったから,本件側鎖導入試薬とその反応も周知であり,逆合成解析により本件側鎖導入試薬に想到することは容易であると主張する。 しかし,本件側鎖導入試薬と同じ構造の化合物及びその反応が周知であったとする根拠については,甲61以外には示されておらず,周知性を裏付ける他の事情も示されていない上,そもそも,原告自身,審判段階で甲61を提出しておらず,そのような周知事項の指摘もなされていないのであるから,甲61が本件優先日の約16年前に発行された文献であるからといって,直ちに本件側鎖導入試薬が周知であったと認めることはできない。 そうすると,本件発明の容易想到性を検討するに当たり,甲61に示された本件側鎖導入試薬の存在及び本件側鎖導入試薬とアルコール類との反応を考慮することはできない。 また,原告は,周知の反応を様々な原料化合物に適用することは当業者が通常行うことであるから,甲2の原料化合物が甲4等と相違するからといって,当業者が,甲4等でも広く用いられているアルキルオキシラン試薬を甲2発明に適用することを想起し得なかったとはいえない旨主張する。 しかし,そもそも,甲4等には,本件側鎖導入試薬は記載されていないから,甲4等に記載されたアルキルオキシラン試薬であるエピハロヒドリン類を甲2発明に適用しても,本件発明の構成となるものではない。 したがって,原告の上記主張は採用することはできない。 (3) 以上によれば,本件発明13と甲2発明2との相違点である(2-A’)に至る動機付けに関し,原告の主張するように,逆合成解析の手法を用いることにより,甲2発明2に基づいて,エポキシド化合物を目的化合物の前駆物質とすることを机上において想定できたとしても,甲3記載の反応式からエポキシ環を有する試薬とそれと反応する出発化合物との組合せを容易に想起できたとはいえず,また,上記前駆物質であるエポキシド化合物を20位-アルコール化合物と側鎖との間のエーテル結合部分で切断して,現実の試薬に対応させるに当たり,本件側鎖導入試薬を選択することは,甲4等に記載の周知技術を考慮したとしても,当業者にとって容易であったとはいえない。 すると,本件側鎖導入試薬と,それと反応する出発化合物である20位-アルコール化合物との反応性について,当業者がどのように立体障害等を予測したかを検討するまでもなく,当業者が,本件発明の一連の合成経路である,20位-アルコール化合物と本件側鎖導入試薬を用いて,エポキシド化合物(中間体)を得て(本件発明1),さらに,当該エポキシド化合物のエポキシ環を開環して,マキサカルシトール側鎖を有する目的化合物を得る(本件発明13)という製造方法を容易に想到できたとはいえない。 (4) 本件発明13と甲2発明2との相違点である(2-A’)と,本件発明1と甲2発明1との相違点である(2-A)とは実質的に同一であるから,同様に,本件発明1も,甲2発明並びに甲3発明及び周知技術により容易に想到し得たものとはいえない。 また,本件訂正後の請求項2〜12は,請求項1の従属項,本件訂正後の請求項14〜28は,請求項13の従属項であるから,それぞれ本件発明1及び13をそれぞれその構成に含むものであり,同様に,甲2発明並びに甲3発明及び周知技術により容易に想到し得たものとはいえない。 以上から,原告の取消事由1には理由がない。 3 取消事由2(実施可能要件違反に関する判断の誤り)について (1) 特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物を製造する方法の発明については,当該発明にかかる方法の使用をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき,当業者がその方法により物を製造できる程度のものでなければならない。 そして,前記1(2)において述べたとおり,本件発明は,ステロイド環構造又はビタミンD構造にマキサカルシトール側鎖を有する化合物の製造方法として,従来技術にない新規な製造方法を提供することを課題とし,そのような新規な製造方法を提供することに技術的意義を有するものであるから,所期した化学反応が進行し,目的とする化合物が製造できれば足り,その収率が高いこと等が必要とされるものではない。そうすると,発明の詳細な説明には,その収率を問わず,出発化合物から出発して本件発明の中間体や目的化合物を製造することが,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づいて理解できる程度の記載があれば足りるというべきである。 ア 本件明細書には,前記1(1)のほか,以下の記載がある。 (ア) 「本発明による上記反応(図A)は,塩基の存在下で実施される。使用できる塩基の例としては,アルカリ金属水素化物,アルカリ金属水酸化物およびアルカリ金属アルコキシドが挙げられ,アルカリ金属水素化物が好ましく,水素化ナトリウムが特に好ましい。 反応は好ましく不活性溶媒中で実施される。使用できる溶媒の例としては,エーテル系溶媒,飽和脂肪族炭化水素系溶媒,芳香族炭化水素系溶媒,アミド系溶媒,およびそれらの組み合わせを挙げることができ,ジメチルホルムアミド(DMF),テトラヒドロフラン(THF),ベンゼン,トルエン,ジエチルエーテル,および DMF とジエチルエーテルの混合物が好ましく,ジメチルホルムアミドおよびテトラヒドロフランがより好ましい。 反応温度は適切に調節することができ,一般的には 25℃から溶媒の還流温度,好ましくは 40℃から 65℃の範囲内である。 反応時間は適切に調節することができ,一般的には1時間から 30 時間,好ましくは2時間から5時間の範囲内である。反応の進行は薄層クロマトグラフィー(TLC)で監視することができる。(31頁2〜14行) 」 (イ) 「以下の反応図Cは,本発明の化合物および方法を使用する反応経路を示す。 対応するステロイド化合物からのビタミンD化合物の合成方法は,紫外線照射および熱異性化などの慣用的方法によって実施できる。対応する CD 環化合物からのビタミンD化合物の合成方法 もまた慣 用的である。 そのよう な方法は,例 えば, E.G.Baggiolini 他 ,J.Am.Chem.Soc,104,2945-2948 (1982)および Wovkulich 他,Tetrahedron, 2283 40, (1984)に記載されている。反応図Cに示した方法の一部または全部は本発明の範囲内であるものと理解すべきである。 (式中,W,X,Y,O,R1 および R2 は上記定義と同一であり,構造の環は何れも1または2個の不飽和結合を所望により有していてもよい) 本発明を利用して得ることができる最終生成物のビタミンD誘導体の特に好ましい例は,以下の式 VII および VIII で表される。最も好ましい例は,式 VII で表される。 」(42頁7行〜43頁末行) (ウ) 「本発明のさらに別の態様では,下記構造:を有する化合物の製造方法は,(a)下記構造:を有する化合物を塩基の存在下で下記構造:を有する化合物と反応させて下記構造:を有するエポキシド化合物を製造すること;(b)エポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること;および(c)かくして製造された化合物を回収すること;を含む。(47頁6行〜48頁6行) (エ) 「実施例 2:1α,3β-ビス(t-ブチルジメチルシリルオキシ)-20(S)-2,3-エポキシ-3-メチルブチルオキシ)プレグナ-5,7-ジエンの合成 氷水浴で冷却した 20ml の DMF/ジエチルエーテル(1:1)の溶液中のアルコール化合物3(0.5g,0.89mmol)の激しく撹拌した溶液に,アルゴン下で水素化ナトリウム(60%オイル分散物,0.2g,5.0mmol)を添加した。一定の 1:1DMF/ジエチルエーテル混合物を維持するために(蒸発のため)30 分後に追加のジエチルエーテル(〜5ml)を添加した。1時間撹拌した後,反応混合物を室温まで暖め,強流のアルゴンを激しく撹拌した反応混合物上に吹き付け,ジエチルエーテルを除去した。ジエチルエーテルの除去後,アルゴン流を低レベルまで減少させ,実施例1で得た化合物2(1.5g,8.9mmol)を一度に添加した。反応混合物を 50〜55℃の間に加熱した。30 分後,さらに 1g の化合物2を添加した。薄層クロマトグラフィー(TLC)は1時間後に反応の終結を示した。反応混合物を飽和 NaCl 水溶液に注入し,酢酸エチルで抽出し,有機層を無水 MgSO4 で乾燥した。溶媒を濃縮した後,ヘキサン:酢酸エチル(19:1)を使用するシリカゲルクロマトグラフィーにより 0.58g(90%)の標題化合物(化合物4)が無色のオイルとして得られた(ジアステレオマーの混合物)」 。(50頁2〜16行)「実施例 3:1α,3β-ビス(t-ブチルジメチルシリルオキシ)-20(R)-(2,3-エポキシ-3-メチルブチルオキシ)プレグナ-5-エンの合成 アルコール化合物5(5.0g,8.88mmol),4-ブロモ-2,3-エポキシ-2-メチルブタン(2.2g,13.32mmol),次いで水素化ナトリウム(乾燥 95%,561mg,22.2mmol)を 100mlの丸底ナス型フラスコに加えた。次いで THF(20ml)をそれに添加した。反応を還流下で2時間行った。反応混合物を冷却後,反応を飽和 NH4Cl 水溶液の添加により停止した。混合物を酢酸エチルで抽出し,有機層を MgSO4 で乾燥して濃縮した。n-ヘキサン/酢酸エチル(20:1)を使用するシリカゲルカラムクロマトグラフィーによる単離および精製により,5.5g(95.7%)の標題化合物(化合物6)を白色粉末として得た。(50頁下から2行〜5 」1頁7行)「実施例 5:1α,3β-ビス(t-ブチルジメチルシリルオキシ)-20(S)-(3-ヒドロキシ-3-メチルブチルオキシ)プレグナ-5-エンのワンポット合成 容器にアルコール化合物8(0.5g,0.89mmol),水素化ナトリウム(60%オイル分散物,71.2mg,1.78mmol),THF(3ml)および4-ブロモ-2,3-エポキシ-2-メチルブタン(220mg,1.34mmol)を順番に添加した。混合物を 50〜60℃の反応温度で4時間撹拌した。 反応混合物を室温まで冷却した後,混合物を精製することなく,1.8ml(1.8mmol)の Li(s-Bu)3BH(L-セレクトライド,THF 中 1.0M 溶液)を添加し,反応を室温で2時間行った。反応を飽和 NH4Cl 水溶液の添加により停止した。有機層を飽和 NaHCO3 水溶液,次いで飽和 NaCl 水溶液で洗浄し,有機層を無水 MgSO4 で乾燥した。有機層の濃縮およびn-ヘキサン/酢酸エチル(8:1)を使用するシリカゲルカラムクロマトグラフィーによる精製により 537mg(93%)の標題化合物(化合物9)が得られた。(52頁7〜17行) 」「実施例 6:1α,3β-ビス(t-ブチルジメチルシリルオキシ)-20(S)-(3-ヒドロキシ-3-メチルブチルオキシ)プレグナ-5-エンのワンポット合成 容器に水素化ナトリウム(アッセイ 95%,179.5g,7.10mol),THF(8L),アルコール化合物8(2kg,3.55mol)次いで4-ブロモ-2,3-エポキシ-2-メチルブタン(762g,4.62mol)を順番に添加した。反応を還流下で3時間行った。反応混合物を室温まで冷却した後,Li(s-Bu)3BH(L-セレクトライド,9.9L,8.88mol)をこれに添加し,反応を還流下で3時間行った。次いで, の NaOH 水溶液および 35%の過酸化水素水溶液を反応混合物に 3N順番に添加し,反応を室温で2時間行った。この反応混合物を Na2S2O3 水溶液に注入し,反応を1時間行った。反応混合物を飽和 NaHCO3 水溶液,次いで飽和 NaCl 水溶液で洗浄した。 洗浄後,有機層を濃縮し,メタノールから再結晶して標題化合物(2.16kg,収率 93.7%)が得られた。(52頁下から2行〜53頁9行) 」「実施例8-21:エポキシ化合物と各種還元剤との反応の試験 実施例5と同様に,アルコール化合物8(0.5g,0.89mmol),水素化ナトリウム(60%オイル分散物,71.2mg,1.78mmol),THF(3ml)および4-ブロモ-2,3-エポキシ-2-メチルブタン(220mg,1.34mmol)を順番に容器に添加した。混合物を 50〜60℃の反応温度で4時間撹拌した。反応を飽和 NaCl 水溶液の添加により停止した。反応混合物を酢酸エチルで抽出し,有機層を無水 MgSO4 で乾燥した。有機層の濃縮およびn-ヘキサン/酢酸エチル(20:1)を使用するシリカゲルカラムクロマトグラフィーによる精製により化合物 8'が得られた。 次いで,試験用の各還元剤を,上記で得たエポキシ化合物(化合物 8') 100mg, ( 0.155mmol)を充填した容器に添加し,反応を以下の表1に記載した条件下で行った。反応混合物を後処理した後,生成物への転換率(%)および 25-ヒドロキシ化合物(化合物9,最終生成物)および 24-ヒドロキシ化合物(化合物 11,副生物)の生成比を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により測定した。 得られた結果を表1に示す。 a)所望化合物(化合物9):副生物(化合物 11)の生成比b)HPLC により測定c)所望化合物9が約5%の収率で産生し,副生化合物 11 も僅かに産生した。 d)副生化合物 11 が 28.3%の収率で産生し,所望化合物9は産生しなかった。2種類の他の未知物質が産生した。 e)副生化合物 11 は 42%の収率で産生し,所望化合物9は産生しなかった。他の未知物質が 31.2%の収率で産生した。 f)シリカゲルカラムクロマトグラフィーによる単離および精製後に,得られた化合物が所望化合物9であることを NMR 測定により確認した。 注:r.t.は室温を意味する。(54頁2行〜56頁6行) 」「実施例 22:(1S,3R,20S)-1,3-ビス(tert-ブチルジメチルシリルオキシ)-(2,3-エポキシ-3-メチルブチルオキシ)プレグナ-5-エンの合成DMF:Et2O=1:1(40ml)中のアルコール(8)(1.0g,1.78mmol)の溶液に,水素化ナトリウム(67mg,2.66mmol)および4-ブロモ-2,3-エポキシ-2-メチルブタン(3.5g,21.3mmol)を室温で添加した。反応混合物を激しく撹拌しながら5時間 80℃で加熱し,次いでブラインで停止した。転換率を逆相 HPLC で測定した(8';20.7%)。 実施例 23:(1S,3R,20S)-1,3-ビス(tert-ブチルジメチルシリルオキシ)-(2,3-エポキシ-3-メチルブチルオキシ)プレグナ-5-エンの合成 DMF(5ml)中のアルコール(8) (1.0g,1.78mmol)の溶液に,水素化ナトリウム(67mg,2.66mmol)および4-ブロモ-2,3-エポキシ-2-メチルブタン(0.38g,2.31mmol)を室温で添加した。反応混合物を激しく撹拌しながら5時間 80℃で加熱し,次いでブラインで停止した。転換率を逆相 HPLC で測定した(8';15.1%)。 実施例 24:(1S,3R,20S)-1,3-ビス(tert-ブチルジメチルシリルオキシ)-(2,3-エポキシ-3-メチルブチルオキシ)プレグナ-5-エンの合成DMF(5ml)中のアルコール(8) (1.0g,1.78mmol)の溶液に,水素化ナトリウム(90mg,5.34mmol)および4-ブロモ-2,3-エポキシ-2-メチルブタン(0.44g,2.67mmol)を室温で添加した。反応混合物を激しく撹拌しながら2時間 80℃で加熱した。2時間後,追加量の4-ブロモ-2,3-エポキシ-2-メチルブタン(0.44g,2.67mmol)を添加した。 さらに1時間後,0.88g の4-ブロモ-2,3-エポキシ-2-メチルブタン(5.34mmol)を80℃で添加した。さらに1時間後,1.76g の4-ブロモ-2,3-エポキシ-2-メチルブタン(10.7mmol) 80℃で添加した。 を 反応混合物を激しく撹拌しながら2時間 80℃に加熱し,次いでブラインで停止した。転換率を逆相 HPLC で測定した(8';44.8%)」 。(56頁9行〜57頁18行) イ 上記及び前記1(1)に記載したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明における「Z」は, 「ステロイド環構造」と「ビタミンD構造」のいずれでもよいことが記載され, 「ビタミンD構造」がSO2によって不飽和結合を保護された構造式等も記載されている。 また,出発化合物として,「日本特許公開公報昭和 61-267550 号(1986 年 11 月27 日発行)及び国際特許公開公報 WO90-09991 1990 年9月7日) ( 及び WO90/09992(1990 年9月7日)に記載された所望により水酸基が保護されている 9,10-セコ-5,7,10(19)-プレグナトリエン-1α,3β,20β-トリオール」,すなわち,「ビタミンD構造」を有する化合物を用いることも記載されている。 さらに, 「Z」が「ステロイド環構造」であるか「ビタミンD構造」であるかにかかわらず,本件発明の反応条件として,使用できる塩基,還元剤,溶媒,反応温度,反応時間等が記載され,実施例には, 「Z」が「ステロイド環構造」である場合について,出発化合物や反応条件を種々設定して,エポキシド化合物(中間体)や目的化合物を製造したことが記載されている。 ウ ところで,一般に,化合物の反応においては,反応点近傍の立体構造が反応の進行に大きく影響することが知られているところ,ステロイド環構造」「ビ 「 とタミンD構造」は,出発化合物における反応点である20位炭素原子に結合した水酸基近辺の立体構造は,CD環を含む点で類似していることから,20位炭素原子に結合した水酸基と本件側鎖導入試薬との反応において,ステロイド環構造」「ビ 「 かタミンD構造」かは,収率の点は措くとして,反応の進行の可否に大きく影響するとはいえないと考えるのが自然である。 実際に,本件出願日当時,20位-アルコール化合物に対して,脱離基と二重結合を有する試薬を反応させて,二重結合を有する側鎖を有するビタミンD誘導体を製造する方法として,ステロイド環構造の20位-アルコール化合物を出発化合物とする方法(甲2)と共に,ビタミンD構造(シス体)の幾何異性体であるトランス体の20位-アルコール化合物を出発化合物とする方法(甲1)も知られており,ビタミンD構造のシス体とトランス体で,20位炭素原子に結合した水酸基の近傍の立体構造が大きく異なるとの技術常識が存在することを窺わせる証拠はないことからも,「ステロイド環構造」と「ビタミンD構造(シス体)」は,20位-アルコール化合物と側鎖導入試薬との反応において,類似の反応性を示すとの当業者の技術的な知見があったものと認められる。 エ 上記の本件明細書の記載及び本件出願日当時の当業者の技術的知見を考慮すると, 「Z」が「ビタミンD構造」である出発化合物を用いた場合にも,当業者であれば, 「ステロイド環構造」である実施例の条件を参考にしつつ,本件明細書に記載された範囲内で反応条件を適宜設定することにより,過度な試行錯誤を要することなく,エポキシド化合物(中間体)及び目的化合物を製造することができる。 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明に係る化合物の製造方法について,当業者がその実施をできる程度に明確かつ十分に記載したものと認められる。 (2) 原告は,本件明細書におけるエポキシド化合物(中間体)を合成する実施例2と実施例22〜24の出発化合物は,ステロイド環の7位に二重結合があるかないかの構造の違いがあるところ,実施例2は収率90%,実施例22〜24は収率15〜45%であり,両者は収率が大きく異なっていることから,出発化合物にわずかな違いがあるだけで,溶媒等について同じ条件下であっても同等に反応が進行しないことが,本件明細書の記載から明らかであるから,本件明細書の記載を見た当業者は, 「Z」について「ステロイド環構造」とは全く異なる「ビタミンD構造」を用いた場合に, 「ステロイド環構造」の場合と同様に反応が進行すると認識することはなく,実施可能要件を満たさないと主張する。 しかし,前記(1)アのとおり,実施例2と実施例22〜24は,出発化合物の構造の違いだけでなく,出発化合物と側鎖試薬の添加の仕方や,反応温度等の反応条件が異なることから,出発化合物におけるわずかな構造の違いに基づいて,反応が進行しないことを示すものとはいえない。かえって,実施例22〜24と同じ出発化合物(化合物8)を用いて目的化合物をワンポットで製造した実施例5,6における収率は,それぞれ93%,93.7%であり非常に高いものであったことが記載されていることを考慮すると,出発化合物にわずかな違いがあっても,本件明細書に記載された範囲内で反応条件を設定すれば,ある程度反応は進み,中間体や目的化合物を製造できることを,当業者であれば認識できるといえる。 したがって,原告の上記主張は採用できない。 (3) また,原告は,反応条件を実施例3,5,6のようにすれば高い収率で反応することについて,本件明細書に記載はなく,本件発明1及び13を実施するに当たり, 「塩基の存在下で」や「還元剤で処理して」としかされていない本件明細書の記載からは,当業者は,高い収率で目的化合物を得ようとすると,過度の試行錯誤や複雑な実験を強いられる旨主張する。 しかし,前記のとおり,本件発明に係る化合物の製造方法の発明を実施することができるというためには,収率が高いことが要求されるものではなく,反応が進行し所望の化合物を製造できればよいのであるから,ステロイド環に関する実施例の反応条件を参考にしつつ,本件明細書に記載された範囲内の反応条件を選択し,ビタミンD構造を有する出発化合物を用いて中間体や目的化合物を製造することは,当業者が過度な試行錯誤を強いられることなく行うことができるといえる。 したがって,原告の上記主張は採用できない。 (4) 以上によれば,原告の取消事由2には理由がない。 4 取消事由3(サポート要件違反に関する判断の誤り)について 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合するものでなければならないと定めている。特許請求の範囲の記載が上記要件に適合するかどうかについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明について,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうか,また,その記載や示唆がなくとも出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討して判断すべきものである。 本件発明は,ステロイド環構造又はビタミンD構造にマキサカルシトール側鎖を有する化合物の製造方法として,従来技術にない新規な製造方法を提供することを課題とするものであり,前記3に述べたとおり,当業者は,本件発明について,発明の詳細な説明には,当業者が,本件発明1のエポキシド化合物(中間体)を経由して本件発明13の目的化合物を製造する方法を実施できるように記載されていることから,従来技術にない新規な製造方法であり,上記発明の課題を解決できることを理解することができる。 以上によれば,本件発明の特許請求の範囲の記載はサポート要件を満たすものといえるから,取消事由3には理由がない。 |
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結論
よって,原告の取消事由は,いずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |