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事件 平成 26年 (ワ) 8174号 特許権移転登録手続請求事件

原告 エルジーディスプレイカンパニーリミテッド
同訴訟代理人弁護士 三村量一
同 東崎賢治
同訴訟復代理人弁護士 田島弘基
同 羽鳥貴広
同 補佐人弁理士相田義明
被告大林精工株式会社
被告A
上記2名訴訟代理人弁護士 大野聖二
同 井上義隆
同 小林英了
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2015/12/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告Aは,原告に対し,別紙特許目録2記載の各特許権の移転登録手続をせよ。
2 原告の被告大林精工株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告に生じた費用の10分の7と被告大林精工株式会社に生じた費用を原告の負担とし,原告に生じたその余の費用と被告Aに生じた費用を1被告Aの負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告大林精工株式会社は,原告に対し,別紙特許目録1記載の各特許権の移転登録手続をせよ。
2 主文第1項と同旨 3 被告大林精工株式会社は,原告に対し,別紙特許目録3記載の各特許権の移転登録手続をせよ。
事案の概要
1 本件は,別紙特許目録1記載の各特許権(以下,同目録記載の番号を枝番号として「本件特許権1-1」などといい,本件特許権1-1ないし同1-5を 併せて「本件特許権1」という。),別紙特許目録2記載の各特許権(以下,同目録記載の番号を枝番号として「本件特許権2-1」などといい,本件特許権2-1ないし同2-5を併せて「本件特許権2」という。)及び別紙特許目録3記載の各特許権(以下,同目録記載の番号を枝番号として「本件特許権3-1」などといい,本件特許権3-1ないし同3-7を併せて「本件特許権3」という。また,本件特許権1,同2及び同3を併せて「本件各特許権」という。)に関し,原告が,原告と被告大林精工株式会社(以下「被告大林精工」という。)との間に,被告大林精工が原告に対して本件特許権1及び本件特許権3に対応する特許出願に係る特許権又は特許を受ける権利(以下,それぞれ「本件権利1」,「本件権利3」という。)を無償で譲渡する旨の契約が締結されたと主張し,また,原告と被告A(以下「被告A」という。)との間に,被告Aが原告に対して本件特許権2に対応する特許出願に係る特許を受ける権利(以下「本件権利2」といい,本件権利1,同2及び同3を併せて「本件各権利」という。)を無償で譲渡する旨の契約が締結されたと主張して,上記各契約に基づき,被告大林精工に対しては本件特許権1及び同3につき,被告Aに対しては同2につき,それぞれ特許権の移転登録手続を求めた事案で 2 ある。
2 前提事実(証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 原告 原告は,液晶ディスプレイパネル等の開発及び製造等を行う大韓民国の法人であり,平成10年12月31日,大韓民国の法人であるLG電子株式会社(以下「LG電子」という。)から,液晶ディスプレイ事業を譲り受けた(弁論の全趣旨)。
イ 被告大林精工 被告大林精工は,金型の設計,製造及び販売,自動車用部品や付属品の製造及び販売並びにプレス加工業等を目的とする株式会社であり,本件特許権1及び同3の登録名義人である。
被告大林精工の代表者は,B(以下「B」という。)である。
ウ 被告A 被告Aは,平成3年4月から平成10年6月までの間,LG電子の液晶ディスプレイ事業部門において,技術顧問として勤務していた者であり,本件特許権2の登録名義人である。
(2) 本件各特許権 ア 本件特許権1 被告大林精工は,別紙特許目録1の「出願番号」欄記載の各特許出願を同目録の「出願日」欄に各記載の日にし,同目録の「登録番号」欄記載の各特許につき,同目録の「登録日」欄に各記載の日に,それぞれ特許権の設定の登録を受けた(甲1〔枝番号を含む。〕)。
イ 本件特許権2 被告Aは,別紙特許目録2の「出願番号」欄記載の各特許出願を同目録の「出願日」欄に各記載の日にし,同目録の「登録番号」欄記載の各特許につき,同目録の「登録日」欄に各記載の日に,それぞれ特許権の設定の登録を受けた(甲2〔枝番 3 号を含む。〕,23〔枝番号を含む。〕)。
ウ 本件特許権3 被告大林精工は,別紙特許目録3の「出願番号」欄記載の各特許出願を同目録の「出願日」欄に各記載の日にし,同目録の「登録番号」欄記載の各特許につき,同目録の「登録日」欄に各記載の日に,それぞれ特許権の設定の登録を受けた(甲6〔枝番号を含む。〕,23〔枝番号を含む。〕)。
(3) 本件合意書 原告の知的財産権チーム2のシニアマネージャーであったC(以下「C」という。)は,平成16年3月23日,被告大林精工の代表者としてのBに対し,被告A及びBに宛てた通知書とともに,全4ページからなる「合意書」と題する文書(以下「本件合意書」という。)をファックス送信し,被告A及び被告大林精工において速やかに本件合意書に調印するよう求めた。本件合意書には,次の記載がある。
「2.Aと大林精工は,LG. Phillips LCD(判決注:原告の旧商号である。)が定める日程と方法に従って,下の[表]に記載された特許に関する全ての権利を LG.Phillips LCDに無償にて移転する。
[表]合意対象となる特許目録(判決注:本件訴訟の目的となっている特許に関する部分のみを抜粋して記載した。) No 発明の名称 出願日(出願番号) 公開日(公開番号) 備考欄 出願人:大林精工(株) 平成8年4月16日 平成9年12月2日 発明者:B 1 液晶表示装置 (特願平8-158741) (特開平9-311334) 特許番号:特許第3194127号 登録日:平成13年6月1日 出願人:大林精工(株) 平成8年6月14日 平成10年1月6日 発明者:B 2 液晶表示装置 (特願平8-214896) (特開平10-3092) 特許番号:特許第3486859号 登録日:平成15年10月31日 液晶表示装置と 平成9年4月25日 平成10年11月13日 出願人:大林精工(株) 4 製造方法 (特願平9-155647) (特開平10-301150) 発明者:B 平成9年10月21日 平成11年5月11日 出願人:大林精工(株) 5 液晶表示装置 (特願平9-339281) (特開平11-125835) 発明者:B 液晶表示装置と 平成10年8月17日 平成12年3月3日 出願人:A 7 その製造方法 (特願平10-283194) (特開2000-66240) 発明者:A 液晶表示装置と 平成11年4月22日 平成12年11月2日 出願人:A 9 その製造方法 (特願平11-164223) (特開2000-305113) 発明者:A 4 液晶表示装置と 平成13年4月7日 平成14年10月18日 出願人:大林精工株式会社 17 その駆動方法 (特願2001-157925) (特開2002-303888) 発明者:B 20 上記の各特許発明に対応する韓国,米国などの外国特許出願及び登録特許一切 3.Aと大林精工は,第2項[表]記載の特許に関し,本合意以前に行った実施権設定,譲渡又は担保の設定は,全て無効であることを確認する。
(中略) 9.本件合意書に関し紛争が行った(判決注:原文ママ)場合,その準拠法は韓国法令とし,管轄法院(裁判所)はソウル中央地方法院にする。」 なお,本件合意書の[表]に記載された特許権又は特許出願と,本件各特許権との対応関係は次のとおりである。
本件各特許権 [表]記載の番号 特許登録番号 備考 本件特許権1-1 1 特許第3194127号 本件特許権1-2 2 特許第3486859号 本件特許権1-3 4 特許第3774855号 本件特許権1-4 5 特許第3831863号 本件特許権1-5 17 特許第3774858号 本件特許権2-1 7 特許第4264675号 本件特許権2-2 9 特許第4292350号 本 件 合 意 書 の [ 表 ] 7 記 載の出 本件特許権2-3 (備考参照) 特許第5019299号 願から分割出願されたもの 本 件 合 意 書 の [ 表 ] 7 記 載の出 本件特許権2-4 (備考参照) 特許第4926257号 願から分割出願されたもの 本 件 合 意 書 の [ 表 ] 9 記 載の出 本件特許権2-5 (備考参照) 特許第5004101号 願から分割出願されたもの (以上につき,甲3,26) (4) サインページの送付 Bは,平成16年4月3日,Cに対し,本件合意書のうち3ページ目及び4ページ目(以下,併せて「本件サインページ」という。)を送付した。本件サインページには,被告A及びBの各署名があった。
なお,Bは,上記のとおり本件サインページをCに送付するに際し,「大林精工B」名義のカバーレター(以下「本件カバーレター」という。)を同封していたところ,本件カバーレターには,次の記載があった。
「貴殿の2004年3月23日付ファックスを受け取りました。
1点を除いて,貴殿の申し入れを全て受け入れたいと思います。
5 下記の点で承認をいただくことができなければ,貴殿の申入れは全く受け入れることができません。ご存じのとおり,我々は,既に日立株式会社および日立ディスプレイ株式会社との間で契約がありますので,貴殿の申入れ全てを受け入れれば,おそらく,日立と対立しなければならなくなってしまいます。私は,そのような状況を回避したいと思います。
それは我々サイドだけでなく貴殿サイドによくないことであります。
そのことをよく考えてください。
この点について,ご理解ください。」(原文は英語である。) (以上につき,甲3,乙9) (5) 原告による本件合意書の返送 原告の知的財産センター長となったCは,被告A及びBの署名のある本件サインページに署名し,平成17年10月11日,これを本件合意書の1ページ目及び2ページ目とともにBに宛ててファックス送信した(乙14)。
3 争点 (1) 被告らが原告との契約の成立を争い,また,意思表示の瑕疵を主張することは,訴訟上の信義則に反し,許されないものか(争点1) (2) 本件合意書に関する紛争の準拠法は韓国法か,日本法か(争点2) (3) 原告と被告大林精工との間に,本件権利1及び同3を無償で譲渡する旨の契約が成立したか(争点3) (4) 原告と被告Aとの間に,本件権利2を無償で譲渡する旨の契約が成立したか(争点4) (5) 原告と被告大林精工との間の契約が錯誤により無効となり又は詐欺による取消しが認められるか(争点5) (6) 原告と被告Aとの間の契約が錯誤により無効となり又は詐欺による取消しが認められるか(争点6) 4 争点に対する当事者の主張 6 (1) 争点1(被告らが原告との契約の成立を争い,また,意思表示の瑕疵を主張することは,訴訟上の信義則に反し,許されないものか)について 【原告の主張】 被告らは,本件訴訟において,原告と被告らとの間に本件各権利を無償で譲渡する旨の契約が成立したことを争い,また,被告らの意思表示に瑕疵があったなどと主張するが,被告らは,韓国において原告が被告らに対して本件合意書による契約に基づく義務の履行を求めて提起した訴訟(第一審:ソウル中央地方法院2006ガハブ89560,控訴審:ソウル高等法院2007ナ96470,上告審:大法院2009ダ19093。以下,併せて「本件韓国訴訟」という。)において,同旨の主張をしていずれも排斥され,被告ら敗訴の判決が確定している。
したがって,被告らが,本件韓国訴訟において争う機会を十分に与えられ,かつ排斥された主張を本件訴訟において再度持ち出すことは,本件韓国訴訟の単なる蒸し返しにすぎないから,本件訴訟における被告らの主張は,訴訟上の信義則に反するものとして排斥されるべきものである(最高裁昭和49年(オ)第331号同51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号799頁参照)。
【被告らの主張】 被告らは,本件韓国訴訟において,原告と被告らとの間の契約の成立を争っていないから,原告の主張は失当である。また,本件韓国訴訟における確定判決は,民事訴訟法118条1号を充足せず,日本における効力を有しない旨の判決が確定しているところである。
(2) 争点2(本件合意書に関する紛争の準拠法は韓国法か,日本法か)について 【原告の主張】 本件合意書の9条は,本件合意書に関し紛争が生じた場合の準拠法を韓国法とする旨規定している。したがって,本件合意書に関して生じた紛争である本件の準拠法は,韓国法となる。
日本の特許権の登録に関する訴えについて専属管轄の合意が無効であるとしても, 7 準拠法の選択部分の合意についてまで無効又は取り消されるべきとする理由はない。
また,少なくとも準拠法を韓国法と選択した部分については,被告らに意思表示の瑕疵はないというべきである。
なお,仮に,本件について日本法が準拠法とされる場合であっても,契約の成立や意思表示の瑕疵に関する規定は,日本法と韓国法とで実質的に異なることはないから,原告のその余の主張は,いずれの法が準拠法となった場合であっても異ならない。
【被告らの主張】 本件合意書9条は,日本の特許権の登録に関する訴えについても韓国のソウル中央地方法院を専属管轄とする点において無効であるところ,本件合意書9条のうち,準拠法の選択部分のみを存続させる必要はない。また,本件合意書は,全体として,被告らに対して本件各特許権を無償で原告に譲渡する義務を負わせる点において不当であるし,被告らは,原告との間で裁判となることを想定していなかったから,本件合意書のうち,準拠法の選択部分も無効又は取り消されるべきものである。
そして,準拠法の選択に際しては,当事者の黙示の意思を探求すべきところ,本件合意書は日本国の特許権及び特許出願が対象となっていること,本件合意書が日本語で作成されていること,B及び被告Aは日本で本件合意書に署名したことなどからして,本件合意書に関して紛争が生じた場合の準拠法は,日本法とされるべきである。
なお,仮に,本件について韓国法が準拠法とされる場合であっても,契約の成立や意思表示の瑕疵に関する規定は,日本法と韓国法とで実質的に異なることはないから,被告らのその余の主張は,いずれの法が準拠法となった場合であっても異ならない。
(3) 争点3(原告と被告大林精工との間に,本件権利1及び同3を無償で譲渡する旨の契約が成立したか)について 【原告の主張】 8 ア 原告と被告大林精工との間には,次のとおり,被告大林精工が,原告に対し,本件権利1及び同3を無償で譲渡する旨の契約が成立したというべきである。
(ア) 主位的主張(契約成立日を平成16年4月3日とするもの) 原告は,平成16年3月23日,本件合意書の案文を送付することにより,被告大林精工に対して契約の申込みを行った。これに対し,Bは,被告大林精工の代表者として本件合意書に署名し,同年4月3日,これを原告に返送することにより,同申込みを承諾した。これにより,同日,原告と被告大林精工との間で,本件合意書に従い,被告大林精工が原告に対して本件権利1及び同3を無償で譲渡する旨の契約が成立した。
このことは,ソウル高等法院及び韓国大法院の判決によっても認定されているところであるし(甲4,5),Bが,本件合意書の返送以後,本件各特許権について譲渡義務を履行することを前提とした言動をし(甲12,13),被告Aも何らの異議を述べていないこと,被告らは,平成18年10月,韓国において原告から本件合意書に基づく義務の履行を求める訴訟の提起を受け,また,平成22年には原告を相手取って特許権移転登録請求権不存在確認訴訟を提起しながら,平成23年10月に至るまで,本件合意書による契約は成立していないとの主張をしていなかったことからも裏付けられる。
この点,被告らは,Bが本件合意書に添付した本件カバーレターに条件を付していることから,Bによる本件合意書の返送は,原告による契約の申込みに対する承諾ではなく,被告大林精工による新たな申込みに当たると主張する。しかしながら,本件合意書の中核は,被告らが本件各権利を原告に無償で譲渡するというものであり,Bが条件を付した部分は,本件合意書全体との関係では付随的なものにすぎないから,意思表示全体が条件付きのものとして新たな申込みになるものではない。
(イ) 予備的主張1(承諾の意思表示に付された停止条件が成就したことにより,平成17年10月11日に契約が成立したとするもの) 仮に,Bが本件カバーレターを添付して本件合意書を返送したことが,被告大林 9 精工による条件を付した意思表示であったとしても,本件カバーレターの記載内容からすれば,同意思表示は,被告大林精工が第三者との間で締結した本件各特許権に係るライセンス契約を原告が承認することを効力発生の条件とする停止条件付き承諾の意思表示と解される。
そして,原告を正当に代理する権限を有するCが,本件サインページに署名し,平成17年10月11日,これをBに宛ててファックス送信したことにより,原告は,被告大林精工と第三者との間のライセンス契約を承認したから,同日,停止条件が成就し,これにより,同日,原告と被告大林精工との間で,本件合意書に従い,被告大林精工が原告に対して本件権利1及び同3を無償で譲渡する旨の契約が成立した。
(ウ) 予備的主張2(新たな申込みに対する承諾により,平成17年10月11日に契約が成立したとするもの) 仮に,Bが本件カバーレターを添付して本件合意書を返送したことが,被告大林精工による新たな申込みであったとしても,原告を正当に代理する権限を有するCが,本件サインページに署名し,平成17年10月11日,これをBに宛ててファックス送信したことにより,原告は,被告大林精工による新たな申込みを承諾し,これにより,同日,原告と被告大林精工との間で,本件合意書に従い,被告大林精工が原告に対して本件権利1及び同3を無償で譲渡する旨の契約が成立した。
この点,被告らは,本件カバーレターの送付による新たな申込みが平成16年4月3日にされてから約1年半が経過していることから,平成17年10月11日時点では,新たな申込みの効力は当然に失われていると主張する。しかしながら,原告及び被告大林精工は,この間,契約締結に向けた交渉を継続しており,共に本件権利1及び同3を移転させる点においては意思が変わっていなかったことからすれば,申込みの効力が失われる「相当な期間」(韓国の旧商法52条1項)が経過したとはいえない。
また,被告らは,原告が被告大林精工からの新たな申込みを承諾することなく, 10 これと異なる提案をしていたから,その後にこれを翻意したとしても契約は成立しないと主張する。しかしながら,原告は,当事者双方の目的を達成するためのアイディアを提案していたにすぎず,被告大林精工による新たな申込みを拒絶したものではないから,平成17年10月11日時点においても,新たな申込みの効力は失われていなかったというべきである。
(エ) 予備的主張3(被告の黙示の承諾により,平成17年11月10日以降に契約が成立したとするもの) 仮に,平成16年4月3日又は平成17年10月11日に契約が成立していなかったとしても,原告は,同日,Cが署名した本件サインページと共に本件合意書をBにファックス送信しており,これにより新たに契約の申込みを行ったと解されるところ,被告大林精工は,平成23年10月に至るまで,何らの異議を述べなかったのであるから,原告による新たな申込みに対して黙示的に承諾し,これにより,原告と被告大林精工との間で,本件合意書に従い,被告大林精工が原告に対して本件権利1及び同3を無償で譲渡する旨の契約が成立した。
イ なお,本件合意書の[表]には,本件特許権3に係る各特許出願が列挙されていないが,本件合意書の作成経緯からすれば,原告及び被告大林精工は,本件権利1のみならず,本件権利3も譲渡の対象にすることを合意したというべきである。
すなわち,原告は,被告大林精工から「液晶表示装置」に関する本件特許権1-1及びその海外対応特許に基づく警告書を受領し,調査の結果,被告大林精工が保有し又は出願している特許は,いずれも原告の技術に基づくものであり,原告が正当な権利者であると確信した。そこで,原告は,平成15年10月28日,被告大林精工に対し,「液晶表示装置にかかわる1998年6月末までに発明されたものについて出願された特許出願およびこれについての優先権に基づいて出願されている出願についての一切の出願についての特許を受ける権利」を原告に移転するよう請求した(乙17)。原告は,さらに調査を進め,上記特許出願以外にも,被告大林精工名義のほか,被告A名義や,被告Aが代表取締役を務める三国電子有限会社 11 (以下「三国電子」という。)の名義により,原告の技術に基づく特許出願がされていることを発見した。このため,原告は,その当時に発見された被告大林精工,被告A又は三国電子の各名義によりされた液晶表示装置に関する特許出願をすべて列挙した[表]を本件合意書に記載し,平成16年3月,Bに宛てて送信したものである。
本件合意書が作成された以上の経緯からすれば,本件合意書2条にいう「下の[表]に記載された特許に関する全ての権利」とは,被告大林精工,被告A又は三国電子の各名義によりされた液晶表示装置に関する特許出願のすべてを含む趣旨をいうものであり,このことは,被告大林精工が認識するところでもあった。
したがって,本件合意書の記載に基づく原告と被告大林精工との間の契約では,本件権利1のみならず,同3も譲渡の対象に含まれているというべきである。
【被告大林精工の主張】 ア 次のとおり,原告と被告大林精工との間には,本件権利1及び同3を無償で譲渡する旨の契約は成立していない。
(ア) 主位的主張(契約成立日を平成16年4月3日とするもの)について 原告は,原告が本件合意書の案文を送付して契約の申込みを行い,被告大林精工の代表者であるBが,平成16年4月3日,署名の上本件合意書を返送したことによって,同申込みを承諾したと主張する。
しかしながら,Bは,本件合意書を返送するに際し,本件合意書3条を受け入れられないとの条件を記載した本件カバーレターを添付しており,本件合意書3条が本件合意書全体との関係において付随的な条項にすぎないとは言い難いから,本件合意書の返送をもって,被告大林精工が申込みに対する承諾をしたとみることはできず,新たな申込みをしたというにとどまるというべきである。
(イ) 予備的主張1(承諾の意思表示に付された停止条件が成就したことにより,平成17年10月11日に契約が成立したとするもの)について 原告は,本件カバーレターの記載内容が条件に当たるとしても,本件カバーレタ 12 ーを添付して本件合意書を返送したことは,被告大林精工が第三者との間で締結した本件各特許権に係るライセンス契約を原告が承認することを効力発生の条件とする停止条件付き承諾の意思表示に当たり,原告は,平成17年10月11日,Cの署名がある本件サインページをファックス送信したことにより,被告大林精工と第三者との間のライセンス契約を承認したから,上記停止条件は成就したと主張する。
しかしながら,そもそも,本件カバーレターには,原告からの申込みを明確に拒絶する旨が記載されており,停止条件付き承諾の意思表示と解する余地はない。また,原告は,平成23年10月,米国において,被告らを相手取って,被告大林精工と第三者との間のライセンス契約を無効とすることを求める訴訟を提起するなどしており(乙22),ライセンス契約を承認したとも認められない。
(ウ) 予備的主張2(新たな申込みに対する承諾により,平成17年10月11日に契約が成立したとするもの)について 原告は,本件カバーレターを添付して本件合意書を返送したことが被告大林精工による新たな申込みに当たるとしても,原告が,平成17年10月11日,Cの署名がある本件サインページをファックス送信したことにより,この新たな申込みを承諾したから,これにより契約が成立したと主張する。
しかしながら,原告は,被告大林精工による新たな申込みの後である平成16年10月12日,Bに対し,特許権又は特許を受ける権利の譲渡ではなく,被告大林精工が原告に対して対象特許につき通常実施権を許諾することを内容とする契約の提案を行っているから(乙12),遅くともこの時点で,被告大林精工による新たな申込みを検討し,回答するための相当な期間は経過しており,新たな申込みの効力は失われていたというべきである。また,この間,被告大林精工において,本件権利1及び同3を譲渡する意思を継続して有していたということもない。
(エ) 予備的主張3(被告の黙示の承諾により,平成17年11月10日以降に契約が成立したとするもの)について 原告は,平成16年4月3日又は平成17年11月10日に契約が成立していな 13 いとしても,原告は,同日Bに宛ててファックス送信した本件合意書により新たな契約の申込みを行い,被告大林精工は,これに何らの異議を述べなかったことによりこの新たな申込みを黙示的に承諾したと主張する。
しかしながら,被告大林精工は,平成17年11月10日時点において,原告に本件権利1及び同3を譲渡する意思はなく,その後もその意思は一貫しているから,異議を述べないことをもって黙示的に承諾の意思表示をしたということはできない。
イ なお,本件合意書に署名したCは,原告の代表権限を有しない一従業員にすぎないから,Cの署名のある本件合意書をもって,原告による有効な意思表示があったということもできない。
ウ また,原告は,本件合意書の作成経緯からして,原告及び被告大林精工との間で,本件権利1のみならず,本件権利3も譲渡の対象にすることが合意された旨主張するが,本件合意書の[表]には,本件特許権3に係る各特許出願が列挙されておらず,本件合意書2条も「下の[表]に記載された特許に関する全ての権利」と記載するにとどまり,例えば「液晶表示装置特許に関する全ての権利」などとは記載されていないのであるから,本件権利3も譲渡の対象になっていたとの主張は失当である。
(4) 争点4(原告と被告Aとの間に,本件権利2を無償で譲渡する旨の契約が成立したか)について 【原告の主張】 原告は,平成16年3月23日,Bに本件合意書の案文を送付して,被告Aに対して契約の申込みを行った。これに対し,被告Aは,本件合意書に署名してBに交付し,Bは,同年4月3日,本件合意書のうち本件サインページを原告に返送した。
したがって,原告と被告Aとの間には,本件合意書に従い,被告Aが原告に対して本件権利2を無償で譲渡する旨の契約が成立した。
なお,仮に,同日,原告と被告Aとの間で契約が成立していないとしても,上記(3)アにおいて被告大林精工について主張したとおり,@被告Aによる条件付き承諾 14 の意思表示の条件が成就した,A被告Aによる新たな申込みに対する原告の承諾,又はB原告による新たな申込みに対する被告Aの黙示的な承諾により,原告と被告Aとの間には,本件合意書に従い,被告Aが原告に対して本件権利2を無償で譲渡する旨の契約が成立した。
【被告Aの主張】 被告大林精工が上記(3)で主張しているところと同様に,被告Aは,本件権利2を譲渡する意思を有していなかったから,原告との間に契約は成立しない。
(5) 争点5(原告と被告大林精工との間の契約が錯誤により無効となり又は詐欺による取消しが認められるか)について 【被告大林精工の主張】 ア 錯誤無効について 被告大林精工の代表者であるBは,本件特許権1-1に係る発明を自ら完成させたものの,明細書の作成を依頼した被告Aが原告に勤務し,その発明内容を原告に報告したことや,原告から米国において訴訟を提起されたことなどから,自らした発明に関する特許ではあるが,法律上は被告Aの職務発明として原告に帰属されるべきもので,このため,原告に対して被告大林精工の特許であると主張することができないものと誤信していた。なお,原告から被告大林精工に宛てられた警告書(乙17)に「貴社の特許はいずれも当社の従業員であったA氏の職務にかかわる発明であり当社に帰属すべきものです。」との記載があることからすれば,上記のような被告大林精工の動機は,本件合意書の署名に際して表示されていたというべきであるし,Bは,原告からの警告に対して被告Aに事実関係を確認しているから,錯誤について重大な過失があったとはいえない。
したがって,原告と被告大林精工との間に,本件合意書に従った契約が締結されていたとしても,同契約は錯誤によるものとして無効である。
なお,和解の前提として争わなかった事実について錯誤無効を主張することは,本件合意書によってされた和解の確定効に反するものではない(韓国民法733条 15 ただし書き,日本法について大審院大正6年(オ)第427号同年9月18日第一民事部判決・民録23号1342頁参照)。
イ 詐欺取消しについて 原告は,本件各特許権に係る発明が被告Aの職務発明でなく,したがって原告に帰属すべきものではないことを知りながら,被告大林精工に対し,特許権又は特許を受ける権利の移転を求めており,この要求行為は原告の欺罔行為に当たる(現に,原告は,本件韓国訴訟において,本件特許権1-1に係る発明が職務発明に該当しないことを認めている。)。そして,Bは,同欺罔行為により,当該特許権や特許を受ける権利が,法律上は原告に帰属し,被告大林精工において主張することができないものと誤信して,本件合意書に署名するに至った。
したがって,原告と被告大林精工との間に,本件合意書に従った契約が締結されていたとしても,同契約は原告の詐欺によるものとして取り消されるべきものである。
【原告の主張】 ア 錯誤無効について 被告大林精工は,原告と被告大林精工との契約が錯誤により無効であると主張するが,このような主張は,そもそも,和解の確定効(韓国民法733条,日本民法696条)に反するものであって許されない。
この点を措くとしても,Bは,本件特許権1及び同3に係る出願を自ら行っているのであって,自ら発明して特許出願したのか,他人の発明を自らの発明として特許出願したのかを最もよく知っているのであるから,錯誤に陥るはずがないし,仮にそのような錯誤があったとしても重大な過失が認められる。
イ 詐欺取消しについて 原告は,被告らによる特許出願に係る権利等が原告に帰属すべきことを一貫して主張しており,このことは本件韓国訴訟においても変わることはない(本件韓国訴訟においては,被告Aの在職中の地位等からして,職務発明補償金を支払うまでも 16 なく権利が原告に帰属すると主張していたにすぎず,原告に権利が帰属しないと主張してはいない。)。したがって,原告が本件各特許権に係る発明が原告に帰属しないことを知りながら,権利の移転を求めたということはなく,Bを欺罔したということはない。
(6) 原告と被告Aとの間の契約が錯誤により無効となり又は詐欺による取消しが認められるか(争点6) 【被告Aの主張】 ア 錯誤無効について 被告Aも,被告大林精工と同様に,原告からの警告書(乙17)を契機として,本件特許権2に係る発明に関し,原告に権利を譲渡する義務を負うのではないかと誤信して本件合意書に署名したものである。したがって,被告Aには動機の錯誤があり,かかる動機は表示されていたといえる。また,被告Aは,原告からの警告に対して原告との間の雇用契約書を確認するなどしているから,錯誤について重大な過失があったとはいえない。
したがって,原告と被告Aとの間に,本件合意書に従った契約が締結されていたとしても,同契約は錯誤によるものとして無効である。
なお,和解の前提として争わなかった事実について錯誤無効を主張することが本件合意書によってされた和解の確定効に反するものではないことは,上記(5)において被告大林精工が主張するとおりである。
イ 詐欺取消しについて 上記(5)において被告大林精工が主張するとおり,原告は,本件各特許権に係る発明が被告Aの職務発明でなく,したがって原告に帰属すべきものではないことを知りながら,被告Aに対し,特許を受ける権利の移転を求めており,この要求行為は原告の欺罔行為に当たるというべきところ,被告Aは,同欺罔行為により,当該特許を受ける権利が,法律上は原告に帰属し,被告Aにおいて主張することができないものと誤信して,本件合意書に署名するに至った。
17 したがって,原告と被告Aとの間に,本件合意書に従った契約が締結されていたとしても,同契約は原告の詐欺によるものとして取り消されるべきものである。
【原告の主張】 ア 錯誤無効について 上記(5)において被告大林精工について主張したところと同様に,被告Aが,原告との契約につき錯誤により無効であると主張することは,和解の確定効(韓国民法733条,日本民法696条)に反するものであって許されない。
この点を措くとしても,本件特許権2に係る発明が被告Aによる職務発明であれば,被告Aが原告に対して移転義務を負うとしてもそれは錯誤ではないし,職務発明でないのであれば,当該発明に係る権利が原告に属するなどと誤信をするはずがないし,仮にそのような錯誤があったとしても重大な過失が認められる。
イ 詐欺取消しについて 上記(5)において被告大林精工について主張したところと同様に,原告が被告Aを欺罔したということはない。
当裁判所の判断
1 前記第2の2(前提事実)に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 被告大林精工による警告書の送付 被告大林精工は,平成15年1月13日,原告に対し,原告が製造,販売等する液晶ディスプレイが,被告大林精工の保有する本件特許権1-1の侵害品である旨の警告状を送付し,同年2月12日,同年7月30日にも同様の警告状を送付した(甲9ないし11)。
(2) 原告による調査,警告書の送付,米国での訴訟提起 原告は,上記のとおり複数の警告状を受領したことを受けて調査したところ,被告大林精工は金型の設計,製造,販売等を業とする株式会社であり,液晶表示装置に関する事業を行っていないこと,本件特許権1-1に係る特許出願の出願手続に 18 おいて,同出願がされた平成8年当時原告の技術顧問であった被告Aが,Bと共に審査官との面談に出席していたこと,被告Aは,原告に在籍中,原告に対し,ジグザグ形状に屈曲した電極を備えた液晶表示装置に関する報告をしていたこと,本件特許権1-1に係る特許出願の願書に添付された図面の筆跡が,被告Aの筆跡と類似していること,被告大林精工は,本件特許権1-1に係る特許出願のほかにも,液晶表示装置に関する複数件の特許出願をしていること,Bと被告Aは,かつて同僚の関係にあったことなどを覚知した。
これらの事実から,原告は,被告大林精工が特許出願している液晶表示装置に関する複数の発明は,いずれも被告Aが原告在職中にした発明であり,かつ,その職務に属するものであるから,同発明に係る権利は原告に帰属すべきものと考え,平成15年10月28日,被告大林精工に対し,被告大林精工が主張する特許権は,いずれも被告Aが原告の職務上した発明であり,原告名義とされなければならないものであるとして,本件特許権1-1及び対応する外国特許のほか,当時出願中であった本件特許権1-2,同1-3,1-4及び「液晶表示装置にかかわる1998年6月末までに発明されたものについてされた特許出願およびこれについての優先権に基づいて出願されている出願についての一切の出願についての特許を受ける権利」を,原告に直ちに移転するよう求める警告書を送付した。同警告書を受領したBは,同警告書1頁の上部に「A様 ついに来ました。サムソン,LG,SONYと3者合体したみたいですね。B」と手書きで記載して,これを被告Aに転送した。
さらに,原告は,平成15年12月30日,被告大林精工を相手取って,米国コロンビア地区連邦地方裁判所に対し,Bが真の発明者でないことを理由として,被告大林精工は原告に対して本件特許権1-1に対応する米国特許に基づく権利行使をすることができないことの確認等を求める訴訟を提起した。
なお,この間,被告大林精工は,同月26日,本件特許権1-1につき,株式会社日立ディスプレイズほか2社(以下,併せて「日立等」という。)に対する通常 19 実施権設定登録手続を了していた。
(以上につき,甲1の1,24,25,27,33,乙17, 証人D〔以下「証人D」という。〕) (3) 本件合意書の作成とB,被告Aによる署名 原告の知的財産権チーム2のシニアマネージャーの地位にあったCは,平成16年2月18日,被告Aと面談した。
Cは,上記面談を受けて,それまでに判明した被告ら及び三国電子を出願人とする特許権及び特許を受ける権利を列挙し,これらの権利は,いずれも原告に還元されるべきである旨を記載した被告ら宛ての通知書のほか,次の記載のある本件合意書を作成し,同年3月23日,同通知書と本件合意書を,Bに送付した。
「2.Aと大林精工は,LG. Phillips LCDが定める日程と方法に従って,下の[表]に記載された特許に関する全ての権利をLG. Phillips LCDに無償にて移転する。
[表]合意対象となる特許目録 No 発明の名称 出願日(出願番号) 公開日(公開番号) 備考欄 出願人:大林精工(株) 平成8年4月16日 平成9年12月2日 発明者:B 1 液晶表示装置 (特願平8-158741) (特開平9-311334) 特許番号:特許第3194127号 登録日:平成13年6月1日 出願人:大林精工(株) 平成8年6月14日 平成10年1月6日 発明者:B 2 液晶表示装置 (特願平8-214896) (特開平10-3092) 特許番号:特許第3486859号 登録日:平成15年10月31日 平成8年8月19日 平成10年3月6日 出願人:大林精工(株) 3 液晶表示装置 (特願平8-272792) (特願平10-62802) 発明者:B 液晶表示装置と 平成9年4月25日 平成10年11月13日 出願人:大林精工(株) 4 製造方法 (特願平9-155647) (特開平10-301150) 発明者:B 平成9年10月21日 平成11年5月11日 出願人:大林精工(株) 5 液晶表示装置 (特願平9-339281) (特開平11-125835) 発明者:B 平成9年11月12日 平成11年5月28日 出願人:A 6 プラズマ装置 (特願平9-363082) (特開平11-144892) 発明者:A 液晶表示装置と 平成10年8月17日 平成12年3月3日 出願人:A 7 その製造方法 (特願平10-283194) (特開2000-66240) 発明者:A 大型基板用露光 平成11年3月9日 平成12年9月22日 出願人:A 8 装置 (特願平11-115306) (特開2000-258916) 発明者:A 液晶表示装置と 平成11年4月22日 平成12年11月2日 出願人:A 9 その製造方法 (特願平11-164223) (特開2000-305113) 発明者:A 液晶パネルの製造 平成11年5月27日 平成12年12月8日 出願人:A 10 方法とその製造 (特願平11-197914) (特開2000-338508) 発明者:A 装置 20 アクティブマトリ 平成11年6月22日 平成13年1月12日 出願人:A 11 ックス基板の検査 (特願平11-224336) (特開2001-4970) 発明者:A 方法 液晶注入機と注 平成11年7月22日 平成13年2月9日 出願人:A 12 入口封止装置 (特願平11-253394) (特開2001-33797) 発明者:A 液晶表示装置の 平成12年1月19日 平成13年7月27日 出願人:A 13 製造方法と製造 (特願2000-64180) (特開2001-201756) 発明者:A 装置 液晶表示素子の 平成12年2月16日 平成13年8月24日 出願人:A 14 製造方法とバッ (特願2000-100116) (特開2001-228477) 発明者:A クライト スペーサービーズ 平成12年3月7日 平成13年9月14日 出願人:A 15 の位置ぎめ方法 (特願2000-121821) (特開2001-249342) 発明者:A と液晶表示装置 液晶パネルの製造 平成12年3月23日 平成13年10月5日 出願人:A 16 装置 (特願2000-139232) (特開2001-272683) 発明者:A 液晶表示装置と 平成13年4月7日 平成14年10月18日 出願人:大林精工株式会社 17 その駆動方法 (特願2001-157925) (特開2002-303888) 発明者:B 液晶表示装置の 平成13年4月22日 平成14年10月31日 出願人:三国電子有限会社 18 組み立て方法と (特願2001-174844) (特開2002-318378) 発明者:E その装置 液体状の吐出塗 平成13年6月10日 平成14年12月17日 出願人:三国電子有限会社 19 布方法と吐出塗 (特願2001-225195) (特開2002-361151) 発明者:E 布装置 20 上記の各特許発明に対応する韓国,米国などの外国特許出願及び登録特許一切 3.Aと大林精工は,第2項[表]記載の特許に関し,本合意以前に行った実施権設定,譲渡又は担保の設定は,全て無効であることを確認する。
(中略) 9.本件合意書に関し紛争が行った(判決注:原文ママ)場合,その準拠法は韓国法令とし,管轄法院(裁判所)はソウル中央地方法院にする。」 上記通知書と本件合意書を受領したBは,本件合意書を被告Aに転送した。被告Aは,本件合意書に署名してBに交付し,Bも,本件同意書に署名した。
(以上につき,甲3,26,33,証人D,被告大林精工代表者B) (4) Bによる本件サインページと本件カバーレターの送付 Bは,平成16年4月3日,被告A及びBの署名のある本件合意書のうち3ページ目及び4ページ目部分である本件サインページを,Cに送付したが,この際,次の記載のある本件カバーレターを同封していた。
「貴殿の2004年3月23日付ファックスを受け取りました。
1点を除いて,貴殿の申し入れを全て受け入れたいと思います。
21 下記の点で承認をいただくことができなければ,貴殿の申入れは全く受け入れることができません。ご存じのとおり,我々は,既に日立株式会社および日立ディスプレイ株式会社との間で契約がありますので,貴殿の申入れ全てを受け入れれば,おそらく,日立と対立しなければならなくなってしまいます。私は,そのような状況を回避したいと思います。
それは我々サイドだけでなく貴殿サイドによくないことであります。
そのことをよく考えてください。
この点について,ご理解ください。」「貴殿からのファクスにおいて,貴殿は貴社が19件の発明を保有していると主張されております。まず,2000年以前の5件だけであると思います。
これら全ての特許権を貴社に譲渡します。良いLCDディスプレイを作成し,全世界の人々の財産に貴社が貢献することをのぞみます。これが本件特許権を使用する者にとって最善の方法であると考えております。」(原文は英語である。) (以上につき,甲3,乙9)。
(5) その後の交渉経過 Cは,平成16年4月21日,B及び被告Aに宛てて,譲渡の対象となる特許権又は特許を受ける権利のリストに漏れがあったら追加して欲しい旨,日立等との間で締結したライセンス契約の詳細を開示して欲しい旨,譲渡の対象となる特許権又は特許を受ける権利に関して,特許グループ1件につき5000ドルないし10000ドルの補償金を支払って欲しい旨などを記載した文書を送付した。
これに対し,Bは,原告が望むのであれば,特許権及び特許を受ける権利の譲渡手続をする用意があるが,その前に米国での訴訟を取り下げて欲しい,また,日立等とのライセンス契約の詳細は開示できないなどと回答し,その後の原告の再度の求めに対しても,上記ライセンス契約の詳細を開示しなかった。
(以上につき,甲12,13,28ないし30,乙10,11) (6) ライセンス契約書案の作成等 22 CとBは,平成16年8月12日頃,ベトナムで面会した。
Bは,同年9月8日,Cに対し,次の記載のある文書を送付した。
「以前,私は私達の19件の特許を貴社に譲渡すると言いました。しかしながら,当社と日立との契約については機密事項であるため,開示することはできません。 ・ ・・私は,貴殿がこれらの特許を用いて他社(例えば台湾の会社)と争ったときに,貴社が貴社の名義を示すより当社の名義を示す方がより望ましいと考えます。そして私たちは,収入をシェアします。
私は,これらの特許について,当社の名義のままにし,貴社は私達の特許を自由に利用できることを希望します。この提案はいかがでしょうか。」(原文は英語である。) Bによる上記文書の送付を受けて,Cは,同月22日,被告大林精工に対し,被告大林精工が保有する特許権及び特許を受ける権利について原告に非独占的ライセンスを許諾し,さらに,被告大林精工が対象特許について過去に得た利益及び今後得る利益の半額を原告に支払う旨等が記載されたライセンス契約書案を提示し,同年10月12日,同契約書案の日本語訳を送付した。
これに対し,Bは,同月14日,Cに対し,上記契約書案は以前行った協議の内容を反映していないとして,再考を求める旨を通知した。
(以上につき,甲30,32,34,乙12,13,証人李商旭) (7) 原告による本件合意書の送付 Cは,平成17年10月11日,被告大林精工に対し,Cの署名のある本件合意書を,次の記載のある書面と共にファックス送信した。
「我々は,IPS特許問題を解決するために我々が送っていた貴殿サイン済みの2004年4月3日付和解合意書を受領していました。我々は,和解合意書以前からある貴社及び日立株式会社と株式会社日立デスプレイズ間の契約についての貴殿の申込みを受け入れます。
和解合意書によると,貴殿は,19件の特許の全ての権利をLG.Phillips LCDに譲 23 渡することに同意されておりました。
そこで,我々は,私が署名した有効な和解合意書を送付します。」(原文は英語である。) (以上につき,甲3,乙14) (8) 原告による韓国での訴訟提起等 原告は,平成18年10月20日,被告らを相手取って,ソウル中央法院に対し,本件特許権1,同2及び関連する外国の特許権又は特許を受ける権利につき移転登録手続を求める訴訟を提起した(本件韓国訴訟)。本件韓国訴訟において,被告らは,本件合意書による契約の効力について,対象となる発明が被告Aの職務発明であることを前提に契約したものであって原告と被告らとの間で意思表示が合致しない,反社会的又は不公正な法律行為である,錯誤,詐欺又は強迫などの意思表示の瑕疵があるなどとして争った。ソウル中央法院は,平成19年8月23日,本件特許権1及び同2の移転登録手続を求める訴えにつき国際裁判管轄が認められないとして却下し,韓国で出願された2件の特許権につき,原告の請求を棄却した。これに対し,ソウル高等法院第4民事部は,平成21年1月21日,被告らに対し,本件特許権1及び同2についても国際裁判管轄を肯定し,本件合意書による契約の成立を認めた上で,本件特許権1及び同2その他の特許権又は特許を受ける権利について移転登録手続を命じる判決をし,同判決は,その後,大法院によって上告が棄却されたことにより確定した。もっとも,同判決の日本における執行を求めて原告が提起した執行判決請求訴訟事件(被告大林精工に対し第一審:名古屋地方裁判所豊橋支部平成23年(ワ)第561号,控訴審:名古屋高等裁判所平成24年(ネ)第1289号。なお最高裁判所平成25年(受)第1706号にて上告不受理決定。
被告Aに対し水戸地方裁判所下妻支部平成23年(ワ)第206号,控訴審:東京高等裁判所平成24年(ネ)第7779号。なお最高裁判所平成25年(受)第1441号にて上告不受理決定。)では,原告が被告らに対して本件各特許権の移転登録手続を求める訴訟は,我が国の専属管轄に属するとされ,執行判決を求める請 24 求はいずれも棄却された。
他方,被告らは,平成22年7月9日,原告を相手取って,東京地方裁判所に対し,被告らが本件各特許権につき移転登録手続をする義務がないことの確認を求める訴訟を提起した(東京地方裁判所平成22年(ワ)第28813号)。被告らは,同訴訟の訴状においては,本件合意書による契約が錯誤により無効である又は詐欺により締結されたもので取り消されるべきであるなどと主張していたが,その後,本件合意書による契約は成立していないとの主張を追加した。
(以上につき,甲4,5,18,19,乙1〔枝番号を含む。〕, 2〔枝番号を含む。〕,5,6,19〔枝番号を含む。〕) 2 争点1(被告らが原告との契約の成立を争い,また,意思表示の瑕疵を主張することは,訴訟上の信義則に反し,許されないものか)について 原告は,被告らが,本件各権利を無償で譲渡する旨の契約が成立したことを争い,また,被告らの意思表示に瑕疵があったと主張することは,同旨の主張が排斥された本件韓国訴訟の単なる蒸し返しにすぎず,訴訟上の信義則に反するものとして排斥されるべき旨主張する。
しかしながら,本件韓国訴訟では,確かに本件合意書による契約について意思表示の瑕疵が争点の一つとなったと認められるが,主たる争点は国際裁判管轄の有無にあったといえるし,申込みとこれに対する承諾がなかったとの主張がされていたかは判然としない。また,原告が被告らに対して本件各特許権の移転登録手続を求める訴訟は,我が国の専属管轄に属するのであって,このことを理由に,本件韓国訴訟の結果確定した判決の我が国における執行を求める請求も棄却されているところである。これらのことからすれば,専属管轄を有する我が国で行われる本件訴訟において,被告らが本件合意書による契約の成立を争い,また,意思表示に瑕疵があったと主張することが,当該主張自体を封じねばならないほどまでに不当な前訴の蒸し返しに当たるとまでは評価できない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
25 3 争点2(本件合意書に関する紛争の準拠法は韓国法か,日本法か)について 前記認定事実によれば,本件合意書9条において,本件合意書に関して紛争が生じた場合には,その準拠法は韓国法と指定されており,本件サインページには被告A及びBの署名があることが認められることからすれば,本件合意書による契約の成否については韓国法によるというのが,当事者の合理的意思であったと認めるのが相当であり,本件の準拠法は,韓国法であるというべきである(法の適用に関する通則法附則3条3項,旧法例7条1項)。
この点,被告らは,本件合意書9条は,日本の特許権の登録に関する訴えについても韓国のソウル中央法院を専属管轄にする点において無効であり,同条から準拠法の選択部分のみを切り離して検討すべきでない旨主張するようである(被告らは,準拠法の指定合意が無効であるとか,取り消されるべきであると主張している。 。
)しかし,裁判管轄については,当事者が選択しようとした国の裁判所が国際裁判管轄を有するか否かが問題となるのに対し,準拠法については,そのような問題があるわけではないから,両者を切り離して検討すべきことは,むしろ当然である。また,被告らは,本件合意書が全体として不当であって,被告らは原告との間で裁判になることを想定していなかったと主張するが,必ずしも準拠法に関する当事者の意思の解釈に影響を与えるものとは認め難い。
したがって,被告らの主張は採用できない。
4 争点3(原告と被告大林精工との間に,本件権利1及び同3を無償で譲渡する旨の契約が成立したか)について (1) 韓国法の定め ア 証拠(甲7)によれば,平成16年から平成17年当時,2010年(平成22年)5月14日法律第10281号による改正前の韓国の商法(以下「韓国旧商法」という。)には,次の定めがあった。
第52条(隔地者間の申込みの拘束力) 隔地者間での契約の申込みは,承諾期間がない場合,相手方が相当な期間内に承 26 諾の通知を発しなかったときは,その効力を失う。
2 民法第530条の規定は,前項の場合に準用する。」 イ 証拠(甲7)によれば,韓国の民法(以下「韓国民法」という。)には,次の定めがある。
第529条(承諾期間を決めない契約の申込み) 承諾の期間を定めない契約の申込みは,申込者が相当な期間内に承諾の通知を受けることができなかったときはその効力を失う。」 「第530条(遅延した承諾の効力) 前2条において,遅延した承諾は,申込者がこれを新たな申込みとしてみなすことができる。」 「第531条(隔地者間での契約の成立時期) 隔地者間での契約は,承諾の通知を発したときに成立する。」 「第534条(変更を加えた承諾) 承諾者が申込みに条件を付け,又は変更を加えて承諾したときは,その申込みの拒絶とともに新たな申込みをしたものとみなされる。」 (2) 原告の主位的主張(契約成立日を平成16年4月3日とするもの)について 原告は,Cが平成16年3月23日に本件合意書の案文を送付したことにより,契約の申込みを行い,これに対し,Bが同年4月3日に本件サインページを原告に返送したことにより,被告大林精工が同申込みを承諾した旨主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,Bは,本件サインページを原告に送付する際,本件カバーレターを同封しているところ,同カバーレターには,「貴殿の2004年3月23日付ファックスを受け取りました。・・・1点を除いて,貴殿の申し入れを全て受け入れたいと思います。・・・下記の点で承認をいただくことができなければ,貴殿の申入れは全く受け入れることができません。ご存じのとおり,我々は,既に日立株式会社および日立ディスプレイ株式会社との間で契約がありますので,貴殿の申入れ全てを受け入れれば,おそらく,日立と対立しなければなら 27 なくなってしまいます。私は,そのような状況を回避したいと思います。」と,明示的に,本件合意書の一部について,被告大林精工の要望が受け入れられないのであれば,原告の申入れは全く受け入れられない旨が記載されている(なお,同カバーレターには,「貴殿からのファクスにおいて,貴殿は貴社が19件の発明を保有していると主張されております。まず,2000年以前の5件だけであると思います。これら全ての特許権を貴社に譲渡します。」と,被告大林精工による譲渡の対象とすべきものは,「2000年以前の5件」,すなわち,被告大林精工が登録名義人となっている特許のうち,2000年以前に出願された5件〔本件合意書[表]の番号1ないし5〕に限定し,本件合意書[表]の番号17の特許に係る権利は譲渡の対象としない旨の申入れもされていると解する余地もある。)のであるから,本件サインページの返送をもって,被告大林精工が,本件合意書の案文の送付による原告の契約の申込みを承諾したと直ちに認めることは困難である。
原告は,Bが条件を付した部分が本件合意書との関係では付随的な部分にすぎないと主張するが,前記認定事実によれば,Bが異議を述べた本件合意書の規定は,被告大林精工が既に行ったライセンス契約等が無効であることを確認するものであり,Bによる明示的な拒絶にもかかわらず承諾の効果を発生させるべきほどに付随的な部分にすぎないとまでは認め難いというべきである。
(3) 原告の予備的主張1(承諾の意思表示に付された停止条件が成就したことにより,平成17年10月11日に契約が成立したとするもの)について 原告は,Bが本件カバーレターを添付して本件合意書を返送したことが,被告大林精工が第三者との間で締結した本件各特許権に係るライセンス契約を原告が承認することを効力発生の条件とする停止条件付き承諾の意思表示と解されると主張し,その後同停止条件が成就したことにより,契約が成立したと主張する。
しかしながら,本件サインページには,前記のとおり,「1点を除いて,貴殿の申し入れを全て受け入れたいと思います。・・・下記の点で承認をいただくことができなければ,貴殿の申入れは全く受け入れることができません。・・・契約があ 28 りますので,貴殿の申入れ全てを受け入れれば,おそらく,日立と対立しなければならなくなってしまいます。私は,そのような状況を回避したいと思います。」と記載されているのみであり,これをもって条件が成就することにより直ちに承諾の効果が発生するような条件付きの意思表示とみることは困難といわざるを得ず,同主張も採用できない。
(4) 原告の予備的主張2(新たな申込みに対する承諾により,平成17年10月11日に契約が成立したとするもの)について 原告は,Bが本件カバーレターを添付して本件合意書を返送したことが,被告大林精工による新たな申込みであったとしても,Cが同人による署名のある本件サインページをBに宛ててファックス送信したことにより,原告は,平成17年10月11日,被告大林精工による新たな申込みを承諾した旨主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,Cによる上記本件合意書のファックス送信は,Bによる本件サインページ及び本件カバーレターの送付(平成16年4月3日)から1年6か月以上が経過した後にされたものである上に,この間,原告と被告大林精工との間には,両者の交渉に従い,被告大林精工が保有する特許権及び特許を受ける権利について原告に非独占的ライセンスを許諾し,被告大林精工が対象特許について過去に得た利益及び今後得る利益の半額を原告に支払う旨等が記載されたライセンス契約書案が提示されるなど,原被告間の交渉内容は,必ずしも被告大林精工が本件権利1等の移転をすることに限られなくなっていたのであるから,平成16年4月にされた被告大林精工による申込みが,平成17年10月に至ってもなお効力を有していたものと認めることは困難といわざるを得ず,同月にCがした承諾は,相当な期間内に発せられたものとは認め難く,これによる契約の成立を認めることはできない(韓国旧商法52条1項)。
(5) 原告の予備的主張3(被告の黙示の承諾により,平成17年11月10日以降に契約が成立したとするもの)について 原告は,Cが同人の署名のある本件サインページと本件合意書とを平成17年1 29 0月11日にBにファックス送信したことが新たな申込みに当たり,被告大林精工は,平成23年10月に至るまで何らの異議を述べなかったことから,原告による新たな申込みに対して黙示的に承諾し,これによって契約が成立したと主張する。
しかしながら,前記認定事実によれば,被告大林精工は,平成17年10月11日以降も本件特許権1-1等の移転登録手続に応じず,その後原告から提起された本件韓国訴訟においても,対象となる発明が被告Aの職務発明であることを前提に契約したものであって原告と被告らとの間で意思表示が合致しないなどとして,契約の効力自体を争っていたのであり,本件合意書に従った移転登録義務を負うことを黙示的に承諾していたとは認め難いというほかない。
(6) 小括 以上によれば,原告と被告大林精工との間に,本件合意書に従い,被告大林精工が原告に対して本件権利1及び同3を無償で譲渡する旨の契約が成立したとは認め難いから,原告の被告大林精工に対する請求は,その余の争点につき判断するまでもなく,理由がない。
5 争点4(原告と被告Aとの間に,本件権利2を無償で譲渡する旨の契約が成立したか)について 前記認定事実によれば,被告Aは,平成16年2月18日,Cと面談し,同面談を受けてCにより作成された本件合意書の案文をBを介して受領し,これに署名してBに返送し,その後,被告Aの署名のある本件サインページは,BからCに送付されたことが認められる。そして,前記のとおり,Bは,第三者との間でライセンス契約等が存在する被告大林精工の代表者としては,本件合意書について異議を述べたと認められるものの,被告Aの立場については,本件カバーレターにおいて特段言及しておらず,何らかの異議を述べたとは認められない。
そうすると,被告Aは,Cが平成16年3月23日に本件合意書の案文を送付することによりした契約の申込みに対し,同年4月3日,Bを介してこれを承諾したものと認められ,同日,原告と被告Aとの間に,本件合意書に従い,被告Aが原告 30 に対して本件権利2を無償で譲渡する旨の契約(以下「本件契約」という。)が成立したものと認められる(なお,Cが,上記やりとりがされた当時,原告の知的財産権チーム2のシニアマネージャーの地位にあったこと,本件合意書の内容,その他前記認定事実のもとでは,Cには,少なくとも本件合意書に基づく契約の申込みにつき原告を代理する権限があったものと推認するのが相当であり,これを覆すに足りる証拠はない。)。
6 争点6(原告と被告Aとの間の契約が錯誤により無効となり又は詐欺による取消しが認められるか)について (1) 証拠(甲8)によれば,韓国民法には,次の定めがある。
第109条 意思表示は,法律行為の内容の重要部分に錯誤があるときは,取り消すことができる。ただし,その錯誤が表意者の重大な過失によるときは,取り消すことができない。」 「第110条 詐欺や強迫による意思表示は取り消すことができる。」 なお,韓国民法において,法律行為をする動機は,直ちには法律行為の内容に当たらないものの,その動機を相手方に表示したときは,動機も法律行為の内容として錯誤の対象となり得る。
(2) 錯誤について 被告Aは,原告からの警告書(乙17)を契機として,本件特許権2に係る発明に関し,原告に権利を譲渡する義務を負うのではないかと誤信して本件合意書に署名したものであり,これが動機の錯誤に当たると主張する。
しかしながら,仮に,被告Aがかかる動機の錯誤に陥っていたとしても,少なくともかかる当該動機が原告に対して表示されていたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,本件契約につき被告Aに動機の錯誤があり,このために本件契約が 31 無効である(上記のとおり,韓国民法の規定では,錯誤による法律行為は取り消され得るにすぎないものであるが,この点は措く。)との主張には理由がない。
(3) 詐欺について 被告Aは,原告が,本件各特許権に係る発明が被告Aの職務発明でなく,したがって原告に帰属すべきものではないことを知りながら,被告Aに対し,特許を受ける権利の移転を求めており,この要求行為は原告の欺罔行為に当たると主張する。
しかしながら,前記前提事実によれば,原告は,被告大林精工による権利行使の警告書を受領した後の調査において,被告大林精工は金型の設計,製造,販売等を業とする株式会社であり,液晶表示装置に関する事業を行っていないこと,本件特許権1-1に係る特許出願の出願手続において,同出願がされた平成8年当時原告の技術顧問であった被告Aが,Bと共に審査官との面談に出席していたこと,被告Aは,原告に在籍中,原告に対し,ジグザグ形状に屈曲した電極を備えた液晶表示装置に関する報告をしていたこと,本件特許権1-1の明細書に記載された図面の筆跡が,被告Aの筆跡と類似していること,被告大林精工は,本件特許権1-1のほかにも,液晶表示装置に関する複数件の特許出願をしていること,Bと被告Aは,かつて同僚の関係にあったことなどを覚知し,これらの事実から,原告は,被告大林精工が特許出願している液晶表示装置に関する複数の発明は,いずれも被告Aが原告在職中にした発明であり,かつ,その職務に属するものであるから,同発明に係る権利は原告が有するものと考えていたのであって,原告が,本件各特許権に係る発明が被告Aの職務発明でなく,原告に帰属すべきものではないことを知りながら,被告Aに対し,特許を受ける権利の移転を求めたという事実は認められない。
したがって,本件契約が原告の欺罔行為により締結されたとの被告Aの主張は採用できない。
7 結論 以上によれば,本件請求のうち,被告Aに対する請求には理由があるが,被告大林精工に対する請求には理由がない。
32 よって,被告Aに対する請求を認容することとし,被告大林精工に対する請求は棄却することとして,主文のとおり判決する。
追加
33 (別紙)特許目録1被告大林精工株式会社が登録名義人となっている下記登録番号欄記載の各特許に係る特許権出願番号出願日登録番号登録日発明の名称登録名義人特願平成8年平成13年大林精工1第3194127号液晶表示装置平8-1587414月16日6月1日株式会社特願平成8年平成15年大林精工2第3486859号液晶表示装置平8-2148966月14日10月31日株式会社特願平成9年平成18年液晶表示装置と製大林精工3第3774855号平9-1556474月25日3月3日造方法株式会社特願平成9年平成18年大林精工4第3831863号液晶表示装置平9-33928110月21日7月28日株式会社特願平成13年平成18年液晶表示装置とそ大林精工5第3774858号2001-1579254月7日3月3日の駆動方法株式会社以上34 (別紙)特許目録2被告Aが登録名義人となっている下記登録番号欄記載の各特許に係る特許権出願番号出願日登録番号登録日発明の名称登録名義人特願平成10年平成21年液晶表示装置とそ1第4264675号A平10-2831948月17日2月27日の製造方法特願平成11年平成21年液晶表示装置とそ2第4292350号A平11-1642234月22日4月17日の製造方法低コスト液晶装置特願平成20年平成24年3第5019299号を製造するためのA2008-31623710月31日6月22日ホトマスク構造特願平成20年平成24年液晶表示装置とそ4第4936257号A2008-31623810月31日3月2日の製造方法特願平成20年平成24年高性能表示装置と5第5004101号A2008-33615112月7日6月1日その製造方法以上35 (別紙)特許目録3被告大林精工株式会社が登録名義人となっている下記登録番号欄記載の各特許に係る特許権出願番号出願日登録番号登録日発明の名称登録名義人アクティブマトリ特願平成13年平成18年大林精工1第3831868号ックス表示装置と2001-3042248月13日7月28日株式会社その製造方法特願平成14年平成21年超高開口率広視野大林精工2第4373052号2002-1792265月6日9年11日角液晶表示装置株式会社横電界方式液晶表示装置、その製造特願平成14年平成22年大林精工3第4565799号方法、走査露光装2002-2372197月1日8月13日株式会社置およびミックス走査露光装置高速応答液晶表示特願平成14年平成21年大林精工4第4373071号装置とその駆動方2002-3168659月10日9月11日株式会社法特願平成15年平成21年広視野角高速応答大林精工5第4373119号2003-1108952月26日9月11日液晶表示装置株式会社走査露光装置およ特願平成20年平成24年大林精工6第4898749号び横電界方式液晶2008-2004538月4日1月6日株式会社表示装置特願平成20年平成24年横電界方式液晶表大林精工7第4938735号2008-2242599月2日3月2日示装置の製造方法株式会社以上36
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官 笹本哲朗
裁判官 天野研司