関連審決 | 不服2001-2259 |
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関連ワード | 新規性 / 29条1項3号 / 一致点の認定 / 優先権 / 参酌 / 数値限定 / 置き換え / 実施 / 侵害 / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
15年
(行ケ)
172号
審決取消請求事件
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原告 富士通株式会社 同訴訟代理人弁護士 青木一男 同 田中成志 同 平出貴和 同 長尾二郎 同 坂井典子 被告 特許庁長官今井康夫 同指定代理人 橋本正弘 同 川名幹夫 同 高橋泰史 同 涌井幸一 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/06/24 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2001―2259号事件について平成15年3月17日にした審決を取り消す。 |
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前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(甲1,弁論の全趣旨) 原告は,特許庁に対し,発明の名称を「弾性表面波装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき,平成7年10月13日にされた特許出願に基づき特許法41条による優先権を主張して平成8年7月9日にされた特許出願の一部を新たな特許出願とした(特願2000―121676号。以下「本願」という。)ところ,特許庁は,平成13年1月16日,拒絶査定をした。 そこで,原告は,同年2月15日,拒絶査定不服審判の請求をした(不服2001―2259号)ところ,特許庁は,平成15年3月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)を行い,その謄本は,同年4月1日,原告に送達された。 なお,本願については,平成12年9月22日,平成13年3月19日,平成14年4月26日及び同年9月13日,手続補正がされている(以下,最後にされた手続補正を「本件補正」という。)。 2 特許請求の範囲 (1) 本件補正前のもの(甲3) 【請求項1】 圧電基板と,前記圧電基板表面に形成されたAlを主成分とする電極パターンとよりなり,通過帯域が800MHz台〜1GHz未満の弾性表面波装置において, 前記電極パターンは複数の共振器を構成し,前記圧電基板上に励起されるリーキーSAWの波長の0.03〜0.15倍の範囲の厚さを有し, 前記圧電基板は,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に39°を超え46°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする弾性表面波装置。 【請求項2】 前記電極パターンは,前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05〜0.15倍の範囲の厚さを有し,前記圧電基板は,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に40°から46°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。 【請求項3】 前記電極パターンは,前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05〜0.10倍の範囲の厚さを有し,前記圧電基板は,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に40°から44°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。 【請求項4】 前記圧電基板は,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に42°の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。 【請求項5】 前記電極パターンは,Al-Cu合金よりなることを特徴とする請求項1〜4のうち,いずれか一項記載の弾性表面波装置。 【請求項6】 請求項1〜5のうち,いずれか一項記載の前記共振器がラダー型に接続されることを特徴とする弾性表面波装置。 (2) 本件補正後のもの(甲4) 【請求項1】 圧電基板と,前記圧電基板表面に形成されたAlを主成分とする電極パターンとよりなる弾性表面波装置において, 前記電極パターンは反射器を伴った複数の共振器を構成し,前記圧電基板上に励起されるリーキーSAWの波長の0.03〜0.15倍の範囲の厚さを有し, 前記圧電基板は,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に39°を超え46°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする弾性表面波装置。(以下,この発明を「本願発明1」という。) 【請求項2】 前記電極パターンは,前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05〜0.15倍の範囲の厚さを有し,前記圧電基板は,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に40°から46°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。 【請求項3】 前記電極パターンは,前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05〜0.10倍の範囲の厚さを有し,前記圧電基板は,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に40°から44°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。 【請求項4】 前記圧電基板は,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に42°の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。 【請求項5】 前記電極パターンは,Al-Cu合金よりなることを特徴とする請求項1〜4のうち,いずれか一項記載の弾性表面波装置。 【請求項6】 請求項1〜5のうち,いずれか一項記載の前記共振器がラダー型に接続されることを特徴とする弾性表面波装置。 3 本件審決の理由の要旨(甲1) 本件審決は,次のとおり,本件補正に係る手続補正書の記載事項には,本願の願書に最初に添付した明細書又は図面(甲2の1,以下「本願当初明細書」という。)に記載した事項の範囲に含まれないものが含まれているので,本件補正は,特許法17条の2第3項の規定する要件を満たしておらず(以下「拒絶理由1」という。),また,本願発明1は,特開平5-121996号公報(甲5,以下「引用刊行物」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)であるから,特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができない(以下「拒絶理由2」という。)から,いずれにしても本願は拒絶すべきものであるとした。 (1) 拒絶理由1について ア 当審の判断 本願当初明細書の段落【0001】〜【0010】の記載をみると,本願発明は,GHz帯近傍における特性を改善するためのものであることは明らかである。 又,本願当初明細書中で本願発明の実施例として記載されているものにおいて,その特性を測定するために用いられている周波数帯域は880MHz近傍のみであり,その他の周波数帯域における特性図は,図20及びその説明の欄に,従来の弾性表面波装置の通過帯域特性の例を示す図として,330MHzを中心周波数とするものが記載されているのみであって,本願発明の実施例として記載されているものの中には,880MHz帯域以外での特性を測定したものは存在せず,又,本願当初明細書中には,本願発明のものが880MHz近傍以外の周波数帯域においてどのような特性を示すかについての記載も一切なされておらず,又,そのことを示唆する記載も存在していない。 したがって,これらの事項を考慮すると,本願発明が膜厚の絶対値とリーキーSAWの周期(波長)との比である規格化膜厚に依存し,励起される周波数帯域には無関係に適用可能であるという本件追加部分は,本願当初明細書に記載した事項の範囲内の事項であるものとは認められない。 よって,本件補正は,特許法17条の2第3項に違反するものである。 イ 原告の主張について 原告の主張は,本願当初明細書中には,本発明の対象としている周波数がこれらに限るものであるという積極的な記載はどこにもなく,又,図2,3,12(LiTaO3に関するものを抜粋)の縦軸は,伝搬損失がdB/λで規定されて発明の効果が示されているが,これは,伝搬損失は,波長λで規格化された値で決まり,特定の周波数ではなくどんな値(周波数)でもとり得ることを意味している。すなわち,図2,3,12に示される関係(効果)は,全ての周波数帯について成立することであり,特定の周波数帯域に限った話ではない。また,図10は,伝搬損失をλで規格化せずにフィルタの減衰(dB)をみたもので,規格化しなかったがためにある特定の周波数で示したものであり,それが一例としてよく用いられる880MHz帯で示されているというだけのことであり,これらのことにより,本発明では発明の効果が特定の周波数(880MHz帯域)に限られず,広く他の周波数帯域にも適用できることは当業者に自明であり,本発明が他の周波数帯域でも使用できることの示唆もあるので,前回の補正で削除した部分は,本願当初明細書に記載した範囲内の事項であるというものである。 しかしながら,本願発明の実施例の特性図を,図2,3,12のように,規格化膜厚で表現したとしても,それは,その特性を測定するために使用した周波数帯域における特性を規格化膜厚で表した特性図であることには変わりはなく,そのことから直ちに,これらの図が,規格化膜厚が同じであれば他の周波数帯域においても同じ特性を示すことを意味しているものではないことは明らかである。一般的に言って,あるものの特性が周波数によって変化しないことを明らかにするためには,そのものの他の条件は同じにして,周波数のみを必要な範囲内で種種変化させてその特性を測定し,その測定結果が周波数に関わらずに同じになることを証明することが必要である。すなわち,原告が主張するように,本願発明の特性が規格化膜厚のみに依存し,使用周波数帯域には依存しないことを明らかにするためには,様々な周波数帯域において特性を測定し,その結果,特性が規格化膜厚のみに依存し,使用周波数帯域に依存しないことを証明しなければならない。このことを本願当初明細書に当てはめてみると,本願当初明細書中に,その他の条件は同じにして,使用周波数帯域のみを種種変化させて測定し,その結果,特性が使用周波数帯域に依存しないという測定結果が明確に記載されていなければならないことになる。しかしながら,本願当初明細書中で本願発明の実施例として記載されているものにおいて,その特性を測定するために用いられている周波数帯域は880MHz近傍のみであり,その他の周波数帯域における特性図は,図20及びその説明の欄に,従来の弾性表面波装置の通過帯域特性の例を示す図として,330MHzを中心周波数とするものが記載されているのみであって,本願発明の実施例として記載されているものの中には,880MHz帯域以外での特性を測定したものは存在せず,又,本願当初明細書中には,本願発明のものが880MHz近傍以外の周波数帯域においてどのような特性を示すかについての記載も一切なされておらず,又,そのことを示唆する記載も存在していないことは明らかである。 したがって,原告の主張には根拠がなく,採用することはできない。 (2) 拒絶理由2について ア 当審の判断 本願発明1と引用発明とを対比すると,両者は共に,圧電基板と,前記圧電基板表面に形成されたAlを主成分とする電極パターンとよりなる弾性表面波装置において,前記電極パターンは反射器を伴った複数のIDTで構成され,前記圧電基板上に励起されるリーキーSAWの波長の0.03〜0.15倍の範囲の厚さを有し,前記圧電基板は,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に39°を超え41°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする弾性表面波装置である点では一致している。 ただ,本願発明1においては,IDTは共振器を構成しているのに対して,引用発明においては,IDTは共振器を構成することが明示されていない点で,両者は一見相違している。 しかしながら,弾性表面波装置というのは,基板上に設けられた電極パターンによって生じた弾性表面波の共振現象を利用した装置の総称であるので,その電極パターンによって構成されるIDTによって共振器を構成することは,当業者に自明の事項であり,しかも,弾性表面波フィルタというのは弾性表面波装置の一つであるので,弾性表面波フィルタとしたのに比べて,弾性表面波装置としたところが格別の相違点であるものとは認められない。したがって,引用刊行物には本願発明1が記載されているものと認められる。 イ 原告の主張について 原告の主張は,本願発明1においては,(1)カット角,(2)IDTの型,(3)電極膜厚,(4)伝搬する波の種類,(5)電極の材質,(6)基板の材質が特定されており,そのうち,(4)〜(6)については,引用刊行物に記載があるものの,(1)〜(3)については,相違しており,単純な置き換えはできず,引用発明から本願発明1の構成を導くには,[ステップ1]誤差範囲として示したカット角のうち39°より大きいカット角を用いる,[ステップ2]IDTの型をIIDT型から引用刊行物で否定している共振器型に変更する,[ステップ3]引用刊行物の図1に示される特定の条件,つまり36°カットのLiTaO3基板に複数のIDTを形成したIIDT型のフィルタの対数が5〜30の場合に得られた知見である電極膜厚2%以上の条件をそのまま適用する,という3つのステップが必要である,ということである。 しかしながら,引用刊行物には,(1)カット角として,36°±5°の範囲で良いことが記載されており,それが誤差の許容範囲であるか否かはともかくとして,引用刊行物には,本願発明1の範囲に含まれるところの,39°を超え41°の範囲までがカット角の範囲として含まれているところで本願発明1と同じである。又,(2)IDTの型については,引用発明のものにおいては,その図2に示されているような,IIDT型を用いるように記載されているが,IIDT型の電極構造も,本願発明1において用いられているものと同様に電極パターンは反射器を伴った複数の共振器を構成したものであることは同じであるので,電極の型についても,引用発明は,本願発明1に含まれるものであるということができる。 更に,(3)電極膜厚については,引用発明においては,規格化膜厚で2%以上とされているので,この点でも,引用発明は本願発明1と重なっている。 なお,原告は,引用発明においては,電極膜厚2%以上というのは,引用刊行物の図1に示される特定の条件,つまり36°カットのLiTaO3基板に複数のIDTを形成したIIDT型のフィルタ対数が5〜30の場合に得られたものであり,又,引用発明は,共振器型のIDTを用いることを否定している旨主張しているが,基板のカット角及びIIDT型の電極構造については,以上で述べたとおりであり,又,本願発明1は,「電極パターンは反射器を伴った共振器を構成・・・・・する弾性表面波装置」であるので,電極の構成や対数については何等限定がないものであり,更に,「弾性表面波装置」というものは,前述のように,「フィルタ」や「共振器」等,弾性表面波を利用した種種のものを包含する概念であるので,引用刊行物に記載のものも,「電極パターンは反射器を伴った共振器を構成・・・・・する弾性表面波装置」である点では,本願発明1と同じである。なお,引用刊行物においては,「共振器型」のフィルタは一般に広帯域化は困難であると述べているのみであって,IDTを用いて「共振器」を構成することそのものを否定しているのではない。 したがって,(1)〜(3)の点についての原告の主張には根拠がなく,採用することはできない。 |
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原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
本件審決は,本件補正が本願当初明細書に記載した事項の範囲内においてされたのに,そうでないと誤って判断し(取消事由1),かつ,本願発明1と引用発明が同一であると誤認した(取消事由2)ものであり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(本件補正についての判断の誤り) 本件審決は,「本願当初明細書においては,本願発明の弾性表面波装置が対象としている周波数帯域は,880MHz近傍のみであることは明らかであり,また,そこには,本願発明の弾性表面波装置が他の周波数帯域にも適用可能であるということは記載されておらず,そのことを示唆する記載も存在しない。したがって,本件補正のうち,本願発明の弾性表面波装置の通過帯域が800MHz台〜1GHz未満であるという限定を削除した部分は,本願当初明細書に記載した事項の範囲内の事項であるものとは認められない。」旨判断したが,誤りである。 (1) 本願当初明細書には,「本発明は一般に弾性表面波装置に関し,特にGHz帯域を含む高周波帯域において優れた通過帯域特性を有する弾性表面波装置に関する。」(段落【0001】)と記載されているが,この記載中の「特に」とは,「とりわけて,ことに」等の意味であるから,その他の周波帯域においても本願発明が適用されることを前提としている。また,「高周波帯域での動作では,電極の付加質量の効果が顕著 に現れる。」(段落【0003】)と記載されているが,低周波帯域においても「電極の付加質量効果」は存在するから,本願発明が特にGHz帯域の高周波におけ る課題の解決を目的とするものであっても,本願当初明細書全般にわたって繰り返される「電極の付加質量効果」が問題となる限り,高周波帯域だけでなく低周波帯域でも同じように,本願発明が適用されるものである。 (2) 弾性表面波共振器の設計にあたっては,内部波のスプリアスの問題及び電極の電気抵抗の問題が存在する。これらの問題は,本願当初明細書では,330MHzや880MHzの高周波帯域で説明されているものの,低周波帯域でも,共通の課題である。 内部波のスプリアスの問題は,伝播する波長(周波数の逆数)と電極膜厚に左右される問題である。したがって,いろいろな周波数を統一して議論するために,規格化膜厚(波長と電極膜厚との比)の概念が用いられる。固体の中を弾性表面波のような音が伝播する場合,音速,周波数,電極膜厚,寸法,密度,波長に一定の関係が保持される周波数の範囲(フックの法則が成立する範囲)である,十数MHzの低周波帯域からGHz帯の高周波帯域においては,周波数にかかわりなく,電極膜厚の議論を規格化膜厚の概念を用いて検討することができる。本願当初明細書では,電極の付加質量効果を,図2,図3及び図12に示されるように規格化膜厚を用いて検討しており,本願発明が高周波帯域に限られるものでないことを示している。 (3) 以上のように,本願当初明細書において,電極及び基板中を表面波及び内部波がどのように伝わるかという物理現象が,十数MHz付近の低周波から10GHz付近の高周波帯域まで説明されていることは,当業者として当然に了解することである。したがって,本願発明の弾性表面波装置の通過帯域が800MHz台〜1GHz未満であるという限定を削除しても,本願当初明細書に記載した事項の範囲を超えるものではない。 2 取消事由2(新規性認定の誤り) 本件審決は,「圧電基板が,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に39°を超え41°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする弾性表面波装置」を,本願発明1と引用発明との一致点として認定した上,引用刊行物には本願発明1が記載されていると認定したが,誤りである。 (1) 本願発明1は,カット角が「39°を超え46°以下の範囲の角度で回転させた方位を有する」ものである。 一方,引用刊行物には,「【0008】なお,36°回転Y板LiTaO3基板を用いて,リーキー波をX方向に伝搬させることが望ましく,基板のカット面及び伝搬方向は±5°程度ずれていてもよい。」と記載されているが,上記36°の角度から±5°程度ずれた場合の実施例は何ら記載されていない。引用刊行物は,36°回転Y板LiTaO3基板を用いて,リーキー波をX方向に伝搬させることが望ましいとしているのであって,「基板のカット面及び伝搬方向は±5°程度ずれていてもよい」との記載は明細書作成技術の一環としてずれの許容度を記載しただけで,36°よりカット角を大きくして39°を超え41°以下の範囲の数値を採用すべきことについての記載ないし示唆はない。すなわち,引用発明のカット角は36°のものとしか特定できない。 したがって,本願発明1と引用発明は,構成を異にし,同一のものとはいえない。 (2) 本願発明1は,カット角が「39°を超え46°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものである」ことによって,電極の付加質量効果の影響をなくし,伝搬損失を小さくするという課題を達成し,そのような顕著な作用効果を得るものである。他方,引用発明の36°±5°のカット角という数値範囲は,本願発明1の実施例のみならず比較例もすべて含むものであって,電極の付加質量効果による伝搬損失を小さくするためのカット角ではない。したがって,本願発明1と引用発明は,技術思想や作用効果を異にし,同一のものとはいえない。 |
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被告の反論の要点
本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張する本件審決の取消事由には理由がない。 1 取消事由1(本件補正についての判断の誤り)について 本願当初明細書の記載から見て,そこに記載の発明は,数百MHz帯域を含む高周波帯域で使用することを前提として発明されたものであることは明らかであり,また,本願当初明細書中には,そこに記載の発明が低周波帯域でも用いられるものであることは記載されておらず,そのことを示唆する記載も存在していないので,本件補正によって追加した事項は,本願当初明細書に記載した事項の範囲内に含まれるものではない。 すなわち,本願当初明細書には,「【発明が解決しようとする課題】 しかし,これらのカット角は,圧電結晶基板上に形成された電極の付加質量効果が無視できる場合に最適となるものであり,数百MHz以下の低周波帯域では励起される弾性表面波の波長が長いため有効であっても,最近の携帯電話等で必要とされているGHz帯域近傍での動作においては,電極の厚さが励起される弾性波波長に対して無視できなくなり,必ずしも最適とはならない。このような高周波帯域での動作では,電極の付加質量の効果が顕著に現れる。」(段落【0003】)と記載されており,同記載やその他の箇所の記載を参酌すると,本願当初明細書記載の発明が対象としている周波数帯域は,数百MHz以上のGHz帯域を含む高周波帯域であり,それ以外の周波数帯域は対象外であることが明らかである。 2 取消事由2(新規性認定の誤り)について 引用刊行物には,カット角が36°±5°,すなわち31°から41°の範囲のものを用いることが明確に記載されているのであるから,本願発明1と引用発明とは,カット角が39°以上41°以下の範囲で重なっているものであり,引用刊行物には,その範囲で本願発明1が記載されているということができる。 仮に,本願発明1に特許権が付与されるとすると,既に公知の引用発明の構成を有する製品が,後に出願され成立した特許権により権利侵害とされることになるが,このような事態は,明らかに,特許法の趣旨に反するものである。 したがって,特許法29条1項3号の適用においては,本願発明1と引用発明とが一部重なっている本件のような場合も,両発明は重なり合っている限度で同一であるというべきである。 |
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当裁判所の判断
本件では,本件補正が不適法であるか,または,本願発明1が引用発明に該当すれば,特許を受けることができない筋合いであるから,取消事由1及び2の両方が認められて初めて,本件審決を取り消すべき事由があることになる。しかるに,以下のとおり,原告主張の取消事由2には理由がないから,取消事由1について判断するまでもなく,本件審決を取り消すべき旨の原告の主張には理由がない。 1 取消事由2(新規性認定の誤り)について 原告は,「本件審決は,「圧電基板が,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に39°を超え41°以下の範囲の角度で回転させた方位を有することを特徴とする弾性表面波装置」を,本願発明1と引用発明との一致点として認定した上,引用刊行物には本願発明1が記載されていると認定したが,誤りである。」旨主張するので,検討する。 (1) 本件審決は,本願発明1と引用発明とは,「圧電基板と,前記圧電基板表面に形成されたAlを主成分とする電極パターンとよりなる弾性表面波装置において,前記電極パターンは反射器を伴った複数のIDTで構成され,前記圧電基板上に励起されるリーキーSAWの波長の0.03〜0.15倍の範囲の厚さを有し,前記圧電基板は,LiTaO 3単結晶 を,X 軸を中心 に,Y 軸から Z軸方向 に39°を超え41 °以下 の範囲 の角度 で回転 させた 方位 を有するものである ことを特徴とする弾性表面波装置」である点で一致する旨認定している(20頁)。このうち,上記下線部(以下,単に「下線部」という。)以外の点が上記一致点であることについては,当事者間に争いがない。 (2) 本願発明1は,下線部に対応する部分として,「前記圧電基板は,LiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に39°を超え46°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものである」との構成を有するものである。 一方,引用刊行物には,下線部に対応する部分として,「なお,36°回転Y板LiTaO3基板を用いて,リーキー波をX方向に伝播させることが望ましく,基板のカット面及び伝搬方向は±5°程度ずれていてもよい。」(段落【0008】)との記載がある。 そうすると,本願発明1は,基板のカット角が39°を超え46°以下のものであり,一方,引用発明は,基板のカット角が約31°〜41°のものであるから,本件審決が認定したとおり,両者が,「前記圧電基板はLiTaO3単結晶を,X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に39°を超え41°以下の範囲の角度で回転させた方位を有する」点で一致することは明らかである。 (なお,本件審決の「本願発明1においては,IDTは共振器を構成しているのに対して,引用発明においては,IDTは共振器を構成することが明示されていない点で,両者は一見相違しているが,この点は格別の相違点とは認められない。」旨の判断(20頁)については,原告も認めている。) したがって,引用刊行物に本願発明1が記載されているとの本件審決の認定に誤りはなく,原告の取消事由2の主張は理由がない。 (3) これに対し,原告は,第3,2,(1)のとおり,「引用刊行物には,36°の角度から±5°程度ずれた場合の実施例は何ら記載されていない。引用刊行物の「基板のカット面は±5°程度ずれていてもよい」との記載(段落【0008】)は,明細書作成技術の一環としてずれの許容度を記載しただけで,36°よりカット角を大きくして39°を超え41°以下の範囲の数値を採用すべきことについての記載ないし示唆はない。すなわち,引用発明のカット角は36°のものとしか特定できない。」旨主張する。 しかしながら,引用刊行物の上記記載は,弾性表面波フィルタの基板のカット面及び伝搬方向の望ましい特性が得られる範囲を記載したものであると認められる(引用刊行物の「±5°程度ずれていてもよい」との記載がずれの許容度を記載したものにすぎず,上記数値範囲を境に作用効果が本質的に相違するという臨界的意義を有しないものであっても,何ら上記結論を左右しない。)から,引用刊行物には,「31°〜41°の範囲の角度で回転させた方位を有する」点が開示されているといえる。 なお,引用刊行物に,36°の角度から±5°程度ずれた場合の実施例の記載がなくても,当業者であれば,上記記載から,弾性表面波フィルタのリーキー波をX方向に伝搬させる36°回転Y板のLiTaO3基板を用い,基板のカット角及び伝搬方向が±5°程度ずれたもの,すなわち,31°〜41°のカット角を用いる発明を容易に認識することができるというべきである。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 (4) また,原告は,第3,2,(2)のとおり,「本願発明1は,カット角を「39°を超え46°以下の範囲」とすることによって,電極の付加質量効果の影響をなくし,伝搬損失を小さくするという課題を達成し,そのような顕著な作用効果を得るものである。一方,引用発明の36°±5°のカット角という数値範囲は,本願発明1の実施例のみならず比較例もすべて含むものであって,電極の付加質量効果による伝搬損失を小さくするためのカット角ではない。したがって,本願発明1と引用発明は,技術思想や作用効果を異にし,同一のものとはいえない。」旨主張する。 しかしながら,本願発明1の弾性表面波共振器と引用発明の弾性表面波フィルタは,基板が「X軸を中心に,Y軸からZ軸方向に39°を超え41°以下の範囲の角度で回転させた方位を有する」構成で一致する以上,引用刊行物に「電極の付加質量効果の影響をなくし,伝搬損失を小さくする」という本願発明1の課題が開示されていなくても,上記一致点の認定に誤りがあるということはできない。 また,上記一致点の角度の範囲においては,引用発明は,本願発明1と同様の効果を奏するものであることが明らかであるから,作用効果を理由に上記一致点の認定に誤りがあるということもできない。なお,本願の明細書の記載からは,本願発明が採用した39°〜46°のカット角の数値範囲を境に作用効果が本質的に相違するという臨界的意義が存在するとは認められないから,本願発明における39°〜46°というカット角の数値限定を理由に,上記一致点の認定に誤りがあるということはできない。さらに,引用発明のカット角の数値範囲が,本願発明の実施例のみならず比較例もすべて含むものであっても,そのような点は,上記一致点の認定を何ら左右するものではない。 したがって,原告の上記主張も理由がない。 2 結論 以上のとおり,本件審決を取り消すべき旨の原告の主張には理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 北山元章 |
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裁判官 | 青柳馨 |
裁判官 | 沖中康人 |