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関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  周知技術 /  技術常識 /  着想 /  技術的意義 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  不存在 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  変更 /  取消判決 /  判決の拘束力 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 163号 審決取消請求事件
原告 光洋精工株式会社
同訴訟代理人弁護士 上谷清
同 宇井正一
同 笹本摂
同 山口健司
同 弁理士 篠崎正海
被告 日本精工株式会社
被告 株式会社牧機械製作所
被告両名訴訟代理人弁護士 久保田穣
同 増井和夫
同 橋口尚幸
同 弁理士 貞重和生
同 天野正景
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/06/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が、無効2000-35401号事件及び無効2000-35420号事件について、平成15年3月12日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 争いのない事実 (1) 原告は、発明の名称を「動力舵取装置」とする発明(以下「本件発明」という。)に関する特許第2603479号(昭和62年7月24日出願、特願昭62-186083号、平成9年1月29日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権を有している。
本件特許に対し、特許異議の申立てがなされ、原告は、平成10年9月28日付けで訂正請求をしたところ、特許庁は、同年12月21日、訂正を認め、本件特許を維持する旨の異議の決定をし、同決定は確定した。
その後、平成12年7月24日付けで被告日本精工株式会社より特許無効審判が請求され(無効2000-35401号事件)、同年7月31日付けで被告株式会社牧機械製作所より特許無効審判が請求され(無効2000-35420号事件)、特許庁は、両申立てを併合して審理した結果、平成13年2月16日、
「特許第2603479号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「前件審決」という。)をした。原告は、上記審決に対し、その取消しを求める訴えを、東京高等裁判所に提起したところ、同裁判所は、平成14年2月27日、「特許庁が無効2000-35401号、無効2000-35420号事件について平成13年2月16日にした審決を取り消す。」との判決(平成13年(行ケ)第126号。以下「前件判決」という。)をし、同判決は確定した。
その後、特許庁は、更に審理を行い、平成15年3月12日、「特許第2603479号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年3月25日、原告に送達された。
(2) 本件発明の要旨は、本件審決に記載された、以下のとおりである。
【請求項1】舵輪に連設され車室内部に配設された舵輪軸を車室外部に配設されたラックピニオン式舵取機構にユニバーサルジョイントを介して連結してあり、前記舵輪に加えられる操舵トルクの検出結果に基づいて操舵補助用のモータを駆動する動力舵取装置において、前記舵輪軸は、舵輪側から舵取機構側へ上部軸、
連結部材及び下部軸の順に同軸に配設されてなり、該下部軸はトーションバーを介して連結される入力軸と出力軸とを備え、前記上部軸から下部軸への伝動系中に介装された第1衝撃エネルギー吸収機構と、前記トーションバーのねじれ変位を検出して前記操舵トルクを検出するトルクセンサと、前記舵輪軸の前記トルクセンサの配設位置よりも舵取機構側の前記下部軸の前記出力軸に嵌着されたウォームホイール及び該ウォームホイールの軸心と直交して噛合されたウォーム軸を有する伝動装置と、上部軸ハウジング、下部軸ハウジング及び該上部軸ハウジングと下部軸ハウジングとを連結する連結部材ハウジングからなる前記舵輪軸のハウジングと、この上部軸ハウジング及び連結部材ハウジングの間に配設された第2衝撃エネルギー吸収機構とを備え、前記下部軸ハウジングは前記舵輪軸のハウジングの舵取機構側端部に配設され、前記伝動装置及び前記トルクセンサを収納すると共に、舵輪側及び舵取機構側の分割構成となっており、そのいずれかの外側に前記モータを装着してあることを特徴とする動力舵取装置。
(3) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本件発明が、実願昭59-135011号(実開昭61-48870号)のマイクロフィルム(甲4。以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び特開昭59-63265号公報(甲5。以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきものであるとした。
2 原告主張の本件審決の取消事由の要点 本件審決は、前件判決の拘束力に違反する(取消理由1)とともに、本件発明と引用発明1との一致点を誤認し(取消理由2)、相違点AないしDの判断を誤った(取消理由3ないし6)上、進歩性の判断及び本件発明の格別の作用効果に対する判断も誤った(取消理由7、8)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 前件判決の拘束力違反(取消事由1) ア 拘束力違反1 前件審決は、本件発明と引用発明2とを対比して相違点を抽出し、その相違点が引用発明1から容易に想到可能であったとして、本件発明が引用発明2及び1に基づいて当業者が容易に発明できたと判断したものである。そして、前件判決は、この実体判断に誤りがあるとして同審決を取り消したものであるから、本件発明が引用発明2及び1から容易に発明できたものとはいえないとの点に、その拘束力(行政事件訴訟法33条1項)が生じるものである。
これに対し、本件審決は、本件発明と引用発明1とを対比して相違点を抽出し、その相違点が引用発明2から容易に想到可能であったとして、本件発明が引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明できたと判断したものであるから、本件審決の上記判断は、前件判決の拘束力に違背していることが明らかである
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なお、前件審決と本件審決とは、主たる引用例が引用発明2か引用発明1かの点で異なっているが、2つの引用例についてどちらを主たる引用例にするかは、単なる説明のテクニックにすぎないのであり、全体として同一の引用例を用いている以上、本件審決の判断が前件判決の拘束力に違背する事実に変わりはない。
(東京高等裁判所平成9年9月25日判決参照)。
イ拘束力違反2前件判決(甲6)は、「甲第2号証(注、本訴引用例2)記載の発明の第1、第2の操舵シャフトを本件発明の舵輪軸のように同軸構成とすることが当業者の容易に想到し得たこととはいえない。」(16頁)と判断している。
前件判決の各争点に照らして考えれば、前件判決がいわんとすることは、@衝撃エネルギー吸収機構とモータの伝動装置を1つの軸上に設けることは当業者にとって容易ではなく、かつ、A衝撃エネルギー吸収機構とモータの伝動装置を設けた1本の軸を、車室内に配設することは当業者にとって容易ではない、ということにほかならない。それにもかかわらず、本件審決は、引用例2には「同軸構成の舵輪軸の車室内部分にモータ等を配設することの着想が存在することを示している。」(21頁)、「舵輪軸を、『モータ』及び『トルクセンサ』部分を含んで車室内部に配設し、また・・・することは、刊行物2(注、本訴引用例2。以下同じ。)に記載されたものに基づいて当業者が容易に想到し得ることであり、」(同頁)としており、前記@及びAの判示内容に矛盾する判断を行っていることが明らかである。
したがって、本件審決は、この点においても前件判決の拘束力に反する判断をした違法がある。
(2)一致点の誤認(取消事由2)ア本件審決は、引用発明1の「トーションバーの入力側ステアリングシャフトの近傍の大径の軸」(以下「トーションバー大径軸」という。)が、本件発明の「入力軸」に相当すると認定する(19頁)。しかし、技術常織に照らせば、トーションバー大径軸は、あくまでトーションバーの一部にすぎないものである。
すなわち、トーションバーの一般的な技術常識について開示した「JISB2705」(甲9。以下「JIS規格」という。)の記載から明らかなように、バーの大径の軸部分をツカミと称し、このツカミ部を含めた全体をトーションバーと称しているのである。引用発明1のトーションバー大径軸は、まさにJIS規格にいうツカミに相当する部分であり、トーションバーの一部にすぎない。また、一般的な技術文献である「自動車技術ハンドブック2設計編」(甲8。以下「技術文献1」という。)でも、トーションバーと入力軸及び出力軸は、別体で構成されている。
イまた、一般的に電動パワーステアリングにおいては、過度なトルクがトーションバーにかかることがないように、入力軸と出力軸の接触する部分には、マニュアルストッパが設けられるものである(技術文献1参照)ところ、引用発明1において、入力側ステアリングシャフト(18)と出力側ステアリングシャフト(22)とが接触する部分には、マニュアルストッパが設けられており、このことからもトーションバーが入力軸及び出力軸と別部材であることが明らかである。
さらに、本件発明においては、トーションバーが、「ノックピン」をもって入力軸及び出力軸に連結されており、それとの対比においても、引用発明1の2つの「ノックピン」で固定された軸の全体がトーションバーであって、トーションバー大径軸は、その一部であるにすぎない。
ウ前記認定の誤りは、一致点・相違点の認定相違点の判断に影響するものであるから、本件審決の結論に影響を与える重大な誤りであることが明らかである。また、本件発明において、トーションバーと入力軸に係る構成は、本件発明の要部に係る構成であり、この要部の構成に関する対比認定を誤った瑕疵は、本件審決の結論に重大な影響を与えるものである。
そして、改めて本件発明と引用発明1とを対比すると、本件発明の入力軸に対応するのは、引用発明1の「入力側ステアリングシャフト」と解すべきものと考えられるところ、このように解すると、本件発明が、「上部軸」、「連結部材」、「上部軸ハウジング」、「連結部材ハウジング」、「上部軸から下部軸への伝動系中に介装された第1衝撃エネルギー吸収機構」及び「上部軸ハウジング及び連結部材ハウジングの間に配設された第2衝撃エネルギー吸収機構」とを有しているのに対し、引用発明1はこれらを有していないことになり、結論とする進歩性の判断に影響することは明らかである。
(3)相違点Aの判断の誤り(取消事由3)ア本件審決は、相違点Aの検討において、引用例2(甲5)に関する本件審決の摘示事項シ)(18頁。以下「記載シ」という。)が、引用発明1の「舵輪軸におけるモータ、トルクセンサを車室内部分に配置することの動機付けとなり得る」と認定し(21頁)、また、同摘示事項ス)(18頁。以下「記載ス」という。)が、「ステアリング操作性とのかね合いが考慮されるべきことを指摘しているものの、同軸構成の舵輪軸の車室内部分にモータ等を配設することの着想が存在することを示している」と認定し(同頁)、結論として、引用発明1において、
「舵輪軸を、「モータ」及び「トルクセンサ」部分を含んで車室内部に配設し、またラックピニオン式舵取機構にユニバーサルジョイントを介して連結することは、
刊行物2に記載されたものに基づいて当業者が容易に想到し得る」(同頁)と判断するが、いずれも誤りである。
イすなわち、引用発明2は、ラックピニオン式舵取装置における、3つのシャフト(コラム軸、インタミ軸、ピニオン軸)が2つのユニバーサルジョイントによって連結されている基本構成自体は踏襲した上で、電動パワーステアリング装置の電動機の取付位置を、従来の第3の操舵シャフトから取付スペース等の点で最も好ましい第2の操舵シャフトに変更することによって、取付スペース等に係る課題を解決したものである。そして、第1の操舵シャフトに、第1、第2衝撃エネルギー吸収機構が示されているとしても、引用発明2は、@第1の操舵シャフトはエネルギー吸収機構を備えていること、A第2の操舵シャフトに電動機が配置されていること、B第1の操舵シャフトと第2の操舵シャフトとを所定の角度で傾けて接続して初めて、第1の操舵シャフト及び電動機等を配置した第2の操舵シャフトを車室内に配設できること、が示されているにすぎない。つまり、本件発明のように、1つの同軸の舵輪軸上にエネルギー吸収機構と電動機等を配置した上で、かつ、この舵輪軸を車室内に配設することは全く開示も示唆もされていない。むしろ、引用発明2は、その開示内容から考えて、本件発明のように第1、第2衝撃エネルギー吸収機構及びモータを装着した同軸構成の舵輪軸を、車室内に配設する可能性を否定している。
ウ本件発明及び各引用発明は、いずれも3軸構成のラックピニオン式舵取り機構を基本構成として採用しており、いかなる装置がいずれのシャフトに配設されているかの観点は、舵輪軸(コラム軸)の車室内配設の可否に大きく影響することからも、その重要性は明らかである。
そこで、この観点から引用発明2を検討すると、直流サーボモータDM、トルクセンサ等は第2の操舵シャフトに配設されており、しかも、第2の操舵シャフトと第1の操舵シャフトを傾きαをもって接続し、これによって初めてモータ等を車室内に配設することを可能とするものである。したがって、第2の操舵シャフトにモータ等を配設している引用発明2は、第1の操舵シャフトにモータ等を配設している引用発明1について、その車室内部分にモータ等を配設し得ることの動機付けとなるものではない。
(4)相違点Bの判断の誤り(取消事由4)ア本件審決は、相違点Bの検討において、「刊行物1(注、本訴引用例1。以下同じ。)に記載されたものにおいて、入力側ステアリングシャフト(18)及び上部側軸ハウジング(入力側ステアリングシャフトブラケット)を上下に分割し、各上側を上部軸、上部軸ハウジング、各下側を連結部材、連結部材ハウジングとして、各軸と各ハウジングの間にそれぞれ第1衝撃エネルギー吸収機構、第2衝撃エネルギー吸収機構を備える構成とすることは、当業者が容易に想到し得ることである。」(22頁)と判断するが誤りである。
イ相違点Bの容易想到性を判断するに際しては、本件発明が、衝撃エネルギー吸収機構を車室内に配設することを必須の前提とした上で判断するべきである。そして、舵輪軸に第1衝撃エネルギー吸収機構及び第2衝撃エネルギー吸収機構を備えることが、本件特許の出願当時、周知の技術であったことは認めるが、車室内という限られた空間においては、衝撃エネルギー吸収機構と操舵補助用モータの伝動装置とを同一軸上に配置することができないということが、当時における当業者の共通の認識であった。他方で、引用発明1においては、電磁クラッチを設けること及びトーションバーが大径の軸部を有していることで、ステアリングシャフトの軸方向寸法が長大化しており、衝撃エネルギー吸収機構を付加すると、車室内に収めることは不可能である。さらに、本件審決は、単に「吸収ストローク」の点についてのみ指摘している(22頁)が、衝撃エネルギー吸収機構が安全性能を発揮するためには、所要の吸収ストロークに加えて、その「嵌合長さ」を別途設ける必要があり、この点を全く看過している。本件審決の指摘のように、単に電磁クラッチを省略すれば、この問題が解消できるというものではない。
なお、本件審決は、引用例1の入力側ステアリングシャフトを単純に上下に分割すれば、そこに衝撃エネルギー吸収機構を配設することができると認定しているが、これは上記ステアリングシャフトが中実部材であること(第2図)を看過しており、誤りである。
(5)相違点Cの判断の誤り(取消事由5)ア本件審決は、相違点Cの検討において、「動力舵取装置において、トーションバーとその入力軸を別部材とすることは、本件特許の出願前に周知の事項と認められる・・・から、下部軸を、トーションバーを介して連結される入力軸と出力軸とを備える構成とすることは、当業者が適宜なし得ることである。」(22頁)と判断するが誤りである。
イすなわち、相違点Cの認定は、前記のとおり、トーションバーの一部をもって入力軸と認定した誤りに起因している以上、その判断も誤りである。また、
トーションバーを介して入力軸と出力軸とを連結することが周知の技術であることは認めるが、本件審決は、引用発明1のトーションバー大径軸を具体的にどのように変更したら、本件発明の「下部軸はトーションバーを介して連結される入力軸と出力軸とを備える」構成になるのか、その判断を示していない。
(6)相違点Dの判断の誤り(取消事由6)ア本件審決は、相違点Dの検討において、引用発明1の電磁クラッチを省略できることは当業者にとって技術常識と認められることを根拠に、@引用発明1のウォームホイールを嵌着によって出力軸に装着する構成とすることは、当業者が適宜なし得る、A嵌着する構成によって、クラッチを介しない分軸長が短くなることは、当業者にとって明確に予測できる、と判断する(22〜23頁)が、いずれも誤りである。
イ引用発明1の電動式パワーステアリング装置においては、ウォームとウォームホイールの採用に加えて、出力側ステアリングシャフトに電磁クラッチを設けることで、装置の径方向での小型軽量化と良好な操舵性及び装置の制御自由度の向上を達成することを目的としており、電磁クラッチを省略することは発明の目的に反することになる。
また、昭和63年当時(本件特許の出願は昭和62年)の電動式パワーステアリング装置においては、操舵不能やハンドルが極端に重くなるなどの不都合が生じた際に、電磁クラッチによってモータを舵取機構から切り離しマニュアル操舵を可能とする構成を採用することが必須であり、電磁クラッチを省略することは技術常識上あり得なかった(「アルト/フロンテサービスマニュアル整備編」昭和63年11月発行、甲16、参照)。
しかも、引用発明1には、出力側ステアリングシャフトから電磁クラッチを取り外し、その設置分だけ衝撃エネルギー吸収機構の配設に当てることについては、記載も示唆もされていないから、嵌着する構成によりクラッチを介しない分軸長が短くなることは、当業者に予測できるものではない。
ウ本件審決は、この種の動力舵取装置において、軸にウォームホイールを嵌着したものは、実願昭59-75395号(実開昭60-188064号)のマイクロフィルム(乙2)及び特開昭61-37580号公報(乙10)に開示され周知であると述べる(23頁)が、これらは、いずれも操舵軸(ピニオン軸)にウォームホィールを嵌着したものであり、本件発明のように舵輪軸(コラム軸)に嵌着したものではない。舵輪軸にウォームホィールを嵌着する構成は、周知ではなく、公知例すら存在しない。
(7)進歩性判断の総合的な誤り(取消事由7)ア本件発明は、操舵補助用モータの出力の伝動装置と2つの衝撃エネルギー吸収機構とを1本の舵輪軸上に備え、かつ、当該構成を有する舵輪軸を車室内に配設可能な長さで実現した点に、その特許性の本質を有する。
確かに、操舵補助機構や衝撃エネルギー吸収機構自体は周知であり、舵輪軸を車室内に配設するとの要請が周知のものであったことも事実である。しかし、舵輪軸上に単純に両機構を配設しただけでは軸の長軸化が避けられず、当該舵輪軸を車室内に配設することは不可能である。両機構を配設した舵輪軸を車室内に配設することは、本件発明が採用した以下の構成により初めて可能となるものであり、前記相違点A及びBも、このような観点から総合的に判断されるべきである。
イすなわち、本件発明では、舵輪軸を、上部軸、連結部材、下部軸としており、上部軸及び連結部材の長さは、衝撃エネルギー吸収機構の吸収ストロークを確保する上で絶対に必要なものであるから、その長さは固定せざるを得ず、短縮化を図ることは困難である。そこで、本件発明は、下部軸について短縮化を図るべく、当該下部軸を、「トーションバーを介して連結される入力軸と出力軸とする」との構成を採用すること、つまり、実施例(本件明細書第1図)に示されるように、入力軸と出力軸をトーションバーを介して連結させて下部軸の役割を兼ねさせることにより、入力軸及び出力軸分の長さを下部軸に負担させることなく、下部軸の長さをほぼトーションバーの長さと等しくする構成を採用した。この構成によって、本件発明においては、舵輪軸の長軸化が避けられないにもかかわらず、下部軸の短縮化、ひいては舵輪軸全体の短縮化を図り、衝撃エネルギー吸収機構とモータ出力の伝動装置を配設した舵輪軸を車室内に配設することを可能としたものである。
さらに、本件発明では、出力軸にウォームホィールを直接嵌合することで、伝動装置を設けるための余分な長さを出力軸に負担させることなく、舵輪軸に伝動装置を配設することを可能としている。
ウこれに対し、引用発明1は、トーションバーに大径の軸部分を設ける必要上、トーションバーの長さは長くなり、ステアリングシャフトの長大化をもたらす。さらに、引用発明1の解決課題は、ステアリングシャフトの径方向の縮小化を図ろうというものであり、軸方向の縮小化を意図するものではなく、ステアリングシャフトの軸方向長さを可及的に小さくするという発想はない。
したがって、引用発明1から、本件発明の、「トーションバーを介して連結される入力軸と出力軸」との構成に至ることができないことは明らかである。
エまた、引用発明1のステアリングシャフトを本件発明の舵輪軸のような構成にしようとするならば、単に入力軸とトーションバーの構成を変更する以外に、伝動装置部分の構成、トルクセンサ部分の構成、更には、衝撃エネルギー吸収機構の配設構成と、シャフトの軸機構のほとんど全ての部分の構成を変更しなければならず、引用発明1のステアリングシャフトの構成は原形を留めないものとなってしまう。このように引用発明1を原形を留めない程度にまで変更してようやく本件発明の構成に至る場合、そのような想到過程を当業者に容易であるとはいえない。
(8)本件発明の効果の判断の誤り(取消事由8)ア本件審決は、「出力軸にウォームホイールを嵌着によって装着することにより軸長が短く構成できることは当業者が十分予測できることであり、吸収ストロークが必要な衝撃エネルギー吸収機構を設けることの可能性の存在も予測できるものであるから、本件特許に係る発明の作用効果も上記刊行物1、2にそれぞれ記載された発明及び周知の事項から予測し得る程度のものであって格別のものとは認められない。」と判断する(23頁)が誤りである。
イすなわち、本件発明は、前記のとおり、1つの同軸の舵輪軸上にエネルギー吸収機構と操舵補助用モータを設け、かつ、これらを配設した舵輪軸を車室内に配備するとの構成を特徴とし、さらに、この特徴的な構成に基づき、@メンテナンスの容易化、あるいはA安全性の向上等といった当時の当業者には予測不可能であった顕著な効果を奏するものである。
これに対し、引用発明1は、軸方向の長大化の観点からすれば、衝撃エネルギー吸収機構及び伝動装置等を配設したステアリングシャフトを車室内に配設することは極めて困難であるから、車室内の同一軸上に衝撃エネルギー吸収機構等を設けるという構成に基づいて奏する本件発明の特有の効果を奏するものではなく、当業者が、引用発明1から本件発明の効果を予測することも極めて困難である。
また、引用発明2は、車室内の同一軸上に衝突エネルギー吸収機構等を設けるという構成をおよそ想定していないことは明らかであるから、本件発明の特有の構成に基づき奏される特有の効果を奏するものではなく、かつ、本件発明の効果を予測することも困難である。
3被告らの反論の要点本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1)取消事由1についてア前件審決は、引用例2と周知技術から、本件発明の同軸構成を想到することは容易であると判断し、前件判決は、この点の判断を誤りとして、その余の点を判断することなく、前件審決を取り消したのであるから、「引用発明2の舵輪軸とインタミ軸を直線状に変更することによって、本件発明の同軸構成が容易に想到されると判断することはできない」とした限度でのみ拘束力を有すると解され、操舵補助機構を車室内に配設することの容易性について、何ら判断していないことが明らかである。
イこれに対し、本件審決は、前件判決を考慮し、衝撃エネルギー吸収機構と操舵補助機構が舵輪軸上に配置されているとの同軸構成の容易想到性については、引用例1と周知技術により容易に想到されると認定した(相違点Bに関する判断、21〜22頁)。また、本件審決は、引用例2を補助的に引用しているが、その趣旨は、引用例1に明記されていないステアリング装置の全体的構成、特に、舵輪軸を車室内に配置する点の容易性を明示的に示すための公知文献として引用したものであり(21頁)、引用例2の舵輪軸とインタミ軸を同軸に変更することが容易であるとの認定は行っていないから、拘束力に反しないことが明らかである。
(2)取消事由2についてア引用発明1のトーションバーは、入力側ステアリングシャフトに固定される部分、出力側ステアリングシャフトに固定される部分のほか、トルク検出部として機能する細径部分と、ねじれ角検出用ポテンショメータの摺動子の回転軸として機能するとともに細径部分へ回転力を伝達する入力軸として機能する大径部分を備えている。これに対し、本件発明のトーションバーは、下部軸がトーションバーを介して入力軸と出力軸とが連結されている構成を要件とするから、トーションバーを介して入力軸と出力軸とが連結されているものであれば、どのような構成であっても本件発明の構成要件を満たすものとなる。両者の各部材を対応付けてみると、本件発明の入力軸、トーションバー及び出力軸は、引用発明1の大径部分、細径部分及び出力側ステアリングシャフトに相当する。
そうすると、引用発明1は、本件発明の構成要件の全てを備えており、
同発明のトーションバー大径軸を本件発明の入力軸に相当するとの本件審決の判断に誤りはない。
イ仮に、トーションバー大径軸を含む全体を一つの部材とする立場をとったとしても、本件発明の進歩性の判断に影響するはずはない。
一般に、一体形成の部材を2部材に分けて連結しようと、2部材を一体化しようと、作用効果において差異がなければ、当業者の単なる設計事項にすぎない。また、引用発明1のトーションバー大径軸が存在することによる影響は、舵輪軸の長さを約2.5cm長くするだけである。車室内に本件発明の舵輪軸を配置することを禁止するような長さではあり得ない。
(3)取消事由3について原告は、引用例2には、1つの舵輪軸上に衝撃エネルギー吸収機構と電動機等を配置し、この舵輪軸を車室内に配設することを開示ないしは示唆する記載はないと主張するが、本件審決では、本件発明と引用発明1との相違点Aは引用例2に開示されており、同引用例に開示された構成を引用発明1に適用することについて、動機付けや着想などの適用可能性があるから、相違点Aにおける本件発明の構成は、当業者が容易に想到し得たと判断したものである。
(4)取消事由4についてア原告は、衝撃エネルギー吸収機構と操舵補助用のモータの伝動装置とを同一軸上に配置すると、ステアリングシャフトの軸方向長さが長大化して車室内に収められないというのが、当時の当業者の共通認識であったと主張する。しかし、
車両用操舵機構に衝撃エネルギー吸収機構を装備することは、本件出願時点よりも15年以上も前に、運輸省令第9号(昭和47年3月31日公布、4月1日施行。
以下「本件省令」という。)で規定されている。引用例1には、操舵補助用のモータの伝動装置を1本の軸上に配置したステアリングシャフトが開示されており、衝撃エネルギー吸収機構は記載されていないが、これを備えることは当然のこととして、説明及び図示を省略したものと推定される。
イまた、本件発明では、ステアリングシャフトの軸方向長さ寸法や、車両の車室内部の寸法について何ら具体的に開示されていないし、これらの寸法は、設計条件によっても変動するから、引用発明1に衝撃エネルギー吸収機構を装備すると、ステアリングシャフトが車室内に収まらないと断定できるものではない。
ウなお、原告主張の中実部材看過の点については、引用例1の入力側ステアリングシャフトの位置に周知技術の衝撃エネルギー吸収機構(特開昭52-29033号公報の第1図、乙1)を配設することは、当業者にとって極めて容易に想到し得ることである。
(5)取消事由5について本件発明は、入力軸と出力軸がトーションバーを介して連結されていることが構成要件であり、連結されている構成要件自体に技術的意義や本質的な意味があるわけではない。トーションバーと入力軸、出力軸との連結手段やマニュアルストッパなどの周辺の構成は、周知の事項に基づいて適宜実施できる設計事項である。
(6)取消事由6についてアこの種の動力舵取装置において、操舵軸にウォームホィールを嵌着したものは、本件特許の出願当時において周知の構成である(乙10)。また、引用発明1の構成に替えて上記に開示された構成のように、ウォームの歯の進み角を適切に設定することによって、操舵補助モータによらずにマニュアルステアリングと同様に操舵軸を作動させることができ、引用発明1と同様の作用効果を奏することができる。
引用例1は、電磁クラッチを設けることを特徴として進歩性を求めているが、このことは、裏を返せば、電磁クラッチのない構造が出願当時に周知技術であることを示唆しているとも解釈できる。また、本件審決がいうように、電磁クラッチは、高速走行時のモータ故障の際にその効果を得ようとするものであるから、
このような効果を期待しない場合や、他の構成により同様の効果が得られる場合に、電磁クラッチを省略できることは当業者の技術常識である。
したがって、引用発明1において、電磁クラッチを省きウォームホィールを軸に嵌着することは、当業者の技術常識であり、また、電磁クラッチを省くことで、クラッチを介さない分、軸長さが短くなることも、第2図から当業者が明確に予測できることである。
イ仮に、本件特許の出願当時、電動パワーステアリング装置において、電磁クラッチの配設が必須の要件であったとしても、電磁クラッチの配設目的は、故障時にモータとステアリングシャフト(舵輪軸)とを切り離す安全対策であるから、他の構成で同様な効果が得られる場合には、電磁クラッチは省略することができる。例えば、引用発明1のモータを特開昭61-37581号公報(乙12)に記載された公知ないし周知の電磁クラッチ内蔵形モータへ置換することで、ステアリングシャフト(舵輪軸)とウォームホィールの間の電磁クラッチを省略できるのであり、その置換には何らの困難性もない。安全上の必要性から電磁クラッチを配設する場合、必ずしも舵輪軸の軸上に配置する必要性はなく、電磁クラッチを減速機とモータの間に配置し、設定速度以上ではクラッチを切り、手動による操舵を可能とした他の構成例が開示されている(甲16)。
(7)取消事由7についてア本件発明は、舵輪軸に衝撃エネルギー吸収機構と操舵補助機構を配設したことを本質的内容とするが、この2つの機構自体はいずれも周知であり、ハンドルに近い位置にあるので、2つの機構とも車室内に配設するのが自然である。本件発明は、衝撃エネルギー吸収機構と操舵補助機構を同軸に配設すれば、技術上当然に付属する周知の構成を記載しているだけである。本件特許に関する明細書(甲2、3。以下「本件明細書」という。)においても、ウォーム歯車機構の伝動装置の採用により小型化した操舵補助機構を舵輪軸の下部側に配設したことのみを、構造上の特徴として記載しているにすぎない。
イ本件発明の下部軸に関する構成は、「トーションバーを介して連結される入力軸と出力軸」の構成であって、原告が主張するトーションバーを入力軸、出力軸に対して入れ子式の「トーションバー内挿構成」としたものは、実施例にすぎない。しかも、この「トーションバー内挿構成」自体、本件出願当時、周知ないし公知の構成である(実開昭61-122542号公報、乙9)。
ウ引用発明1のトーションバー大径軸の存在が舵輪軸の長軸化を許容しているとしても、本件発明では舵輪軸の全長について規定がなく、また、舵輪軸の短寸化は電磁クラッチの省略等で十分に実現可能であるから、引用発明1から本件発明の構成に至ることはできないことの根拠にはならない。
(8)取消事由8についてアメンテナンスの容易化という効果については、車室内の舵輪軸周辺に操舵補助用モータ、トルクセンサを設けたことにより得られる効果である。これに対し、引用発明2においても、車室内の舵輪軸周辺に操舵補助用モータ、トルクセンサを設けているから、メンテナンスの容易化という効果が得られることは明らかである。
イ衝突時の安全性の確保という効果については、直接的には操舵補助用モータの伝動装置を舵輪軸に設けたことにより舵輪軸の軸方向寸法を短寸化し、その短寸化した分を、その衝撃エネルギー吸収機構の吸収ストロークに振り当てることにより得られる効果である。引用発明1においても、操舵補助用モータの伝動装置としてウォーム歯車伝動装置を舵輪軸に設け、舵輪軸の軸方向寸法の短寸化が図られており、さらに、電磁クラッチを省くことで、クラッチを介さない分、軸方向の長さが更に短くなることも、当業者にとって明確に予測できる周知の事項である。
そうすると、衝撃エネルギー吸収機構の吸収ストロークを十分確保したいという要望があるとき、軸方向の長さが短くなった分を吸収ストロークに振り向ければよいことは、当業者が容易に想到できる自明の事項である。
第3当裁判所の判断1拘束力違反(取消事由1)について(1)前件審決(甲6別添)が、「本件発明は、甲第2、3号証(注、本訴引用例2、同1)に記載の発明及び周知の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認める。」(別紙24頁)として、本件発明に係る特許を無効とすべきものであると判断したのに対し、前件判決(甲6)は、取消事由1(一致点の認定の誤り及び相違点の看過)として、「甲第2号証の「第1の操舵シャフト2」及び「第2の操舵シャフト5」が、それぞれ本件発明の舵輪軸のうちの「上部軸」及び「下部軸」に対応するとした審決の対比認定は、誤りというべきであり、
これを前提とする両者の一致点の認定・・・もまた誤りというべきである。その結果、審決は、甲第2号証記載の発明の「操舵トルク検出手段」が第2の操舵シャフトに設けられている一方、本件発明の「トルクセンサ」が第1の操舵シャフトに相当する舵輪軸に設けられているとの相違点を看過したことは明らかである。」(15〜16頁)とし、取消事由2(相違点1についての判断の誤り)として、前件審決が「甲第2号証記載の発明の第1、第2の操舵シャフトを本件発明の舵輪軸のように同軸構成とすることが容易に想到し得たとした判断は誤りというべきである。」(16〜17頁)として、前件審決を取り消した。
上記判示によれば、前件判決は、引用発明2の第1の操舵シャフト及び第2の操舵シャフトが本件発明の上部軸及び下部軸には対応しないことと、引用発明2の第1、第2の操舵シャフトを本件発明の舵輪軸のように同軸構成とすることは容易に想到し得えないことの2点を具体的な理由として、前件審決を取り消したものであると認められるから、以上の判示に関して行政事件訴訟法33条1項所定のいわゆる拘束力が働くものと認められる。
これに対し、本件審決は、引用発明2が、引用発明1の舵輪軸のモータ、
トルクセンサを車室内部に配置することの動機付けとなり、同軸構成の舵輪軸の車室内部分にモータ等を配設することの着想が存在すると認定する(21頁)とともに、舵輪軸を車室外部に配設されたラックピニオン式舵取機構にユニバーサルジョイントを介して連結する構成が開示されていることを認定する(同頁)ものであるから、前件判決の前記拘束力に反するものでないことが明らかである。
(2)原告は、本件発明が引用発明1及び2から容易に発明できたものとはいえないとの点に、その拘束力が生じる旨主張するしかしながら、取消判決の拘束力は、判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものについて生じるものであるところ(最高裁平成4年4月28第3小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)、前件判決は、一般的に引用例2(及び1)に基づいて進歩性の判断を行うことを否定するものではなく、前示のとおり、引用発明2に関する上記の具体的な理由に基づいて、前件審決を取り消すものであるから、拘束力もその部分に限って生じることが明らかであり、原告の上記主張は、到底、採用することができない。
(3)また、原告は、前件判決の趣旨が、@衝撃エネルギー吸収機構とモータの伝動装置を1つの軸上に設けることは当業者にとって容易ではなく、かつ、A衝撃エネルギー吸収機構とモータの伝動装置を設けた1本の軸を、車室内に配設することは当業者にとって容易ではない、ということであるにもかかわらず、本件審決はこれに矛盾する判断を行っている(21頁)から、この点においても前件判決の拘束力に反する旨主張する。
しかしながら、前件判決は、前示のとおり、引用発明2の第1の操舵シャフト及び第2の操舵シャフトが本件発明の上部軸及び下部軸には対応しないことと、引用発明2の第1、第2の操舵シャフトを本件発明の舵輪軸のように同軸構成とすることは容易に想到し得えないことの2点を具体的な理由として、前件審決を取り消したものであり、原告主張のように、より一般的に、衝撃エネルギー吸収機構とモータの伝動装置を1つの軸上に設け、車室内に配設することが当業者にとって容易か否かについて判断するものではないことが明らかである(前件判決の判断において、舵輪軸を車室内に配設することに関する記載はない。)。
原告の上記主張は、前件判決を正解しないで拘束力を論ずるものであって、これを採用することはできない。
2一致点の誤認(取消事由2)について(1)原告は、本件審決が、引用発明1のトーションバー大径軸を本件発明の「入力軸」に相当すると認定した(19頁)ことが、技術常織等に照らせば、誤りであり、トーションバー大径軸は、あくまでトーションバーの一部にすぎないと主張する。
この点について、本件審決は、「「上記トーションバー(20)の上記入力側ステアリングシャフト(18)の近傍」は「摺動子(24b)」を有し、該「摺動子(24b)」が「筒状部(22a)に固定された抵抗素子(24a)」とともに「ポテンショメータ」を構成しており、また、第2図を参照すると、前記「上記トーションバー(20)の上記入力側ステアリングシャフト(18)の近傍」は、その下方の長い部分より大径の軸に構成されていることから、ねじり変形が期待されない部分と認められ、この「上記トーションバー(20)の上記入力側ステアリングシャフト(18)の近傍」の摺動子(24b)を固定した大径の軸部分は、ねじり変形する小径の「下方の長い部分」に対する入力軸と認められる。」(16〜17頁)と記載しており、トーションバー大径軸がねじり変形する小径部に対してねじり変形が期待されない部分であることを理由に、当該大径軸がトーションバーではなく入力軸である旨を認定したものと認められる。
しかしながら、JIS規格(甲9)及び技術文献1(甲8)によれば、一般的にねじり変形が期待されない部分であるか否かにより、トーションバーと呼称すべき否かを定めているとは認められず、また、引用例1自体においても、1部材とされているトーションバーを機能的に区分するような記載ないし示唆は認められず、しかも、当該トーションバーは、ピンにより駆動力を伝達する入力側ステアリングシャフトに固定されている。したがって、引用発明1のトーションバー大径軸は、トーションバーの一部と認めるのが相当であり、当該トーションバー大径軸を本件発明の入力軸に相当するとの本件審決の認定は、誤りといわなければならない。
(2)そうすると、原告の上記主張は、その限度で理由があり、上記認定の誤りは、本件発明と引用発明1との一致点の誤認に該当する。しかしながら、この認定の誤りが、本件審決の結論に影響を及ぼすものであることは、必ずしも明らかではない。
この点について、原告は、本件発明と引用発明1とを改めて対比し、本件発明の入力軸に対応するのが、引用発明1の「入力側ステアリングシャフト」と解すべきものと考えられるところ、このように解すると、本件発明が、「上部軸」、
「連結部材」、「上部軸ハウジング」、「連結部材ハウジング」、「上部軸から下部軸への伝動系中に介装された第1衝撃エネルギー吸収機構」及び「上部軸ハウジング及び連結部材ハウジングの間に配設された第2衝撃エネルギー吸収機構」とを有しているのに対し、引用発明1はこれらを有していないことになり、進歩性の判断に影響する旨主張する。
しかしながら、仮に原告の上記主張を前提としても、引用発明1に後記4認定の周知の衝撃エネルギー吸収機構を配設すれば、原告の上記主張の構成を具備するに至ることは明らかである。そして、上記配設の点につき困難性がないことは、後記4認定のとおりであるばかりでなく、原告主張の上記相違点の存在が引用発明1に衝撃エネルギー吸収機構を適用することの判断に影響を及ぼすべき筋合いでもない。したがって、原告の上記主張は、理由がなく採用できない。
(3)そして、前示のとおり、引用発明1のトーションバー大径軸がトーションバーの一部と認められる以上、引用発明1において、本件発明の下部軸に相当する構成は、トーションバーと出力側ステアリングシャフトのみであり、本件発明の入力軸に相当する構成を欠くもの(以下「新相違点C」という。)と認めるのが相当である。
しかしながら、動力舵輪装置において、トーションバーを介して入力軸と出力軸とを連結することが周知の構成であることは、原告も認めるところであり、
証拠(乙7〜9)上も明らかであるから、引用発明1において、その下部側軸に上部側軸からの駆動力を伝達する入力軸を設けることは、当業者にとって容易に想到できることである。
したがって、引用発明1のトーションバー大径軸に関する前記認定誤り(新相違点Cの看過)は、同発明などから本件発明を容易に想到できるとする本件審決の結論に影響を及ぼすものではないといわなければならない(なお、引用発明1において、入力軸を設けた場合、その部材の形状等によっては、軸方向の長さが増加することもあるものと想定されるが、本件発明自体が入力軸という構成を有する以上、その進歩性の判断においては問題となるものではない。)。
3相違点Aの判断誤り(取消事由3)について(1)原告は、引用発明2は、@第1の操舵シャフトはエネルギー吸収機構を備えていること、A第2の操舵シャフトに電動機が配置されていること、B第1の操舵シャフトと第2の操舵シャフトとを所定の角度で傾けて接続して、第1の操舵シャフト及び電動機等を配置した第2の操舵シャフトを車室内に配設できること、が示されているにすぎず、本件発明のように、1つの同軸の舵輪軸上にエネルギー吸収機構と電動機等を配置した上で、かつ、この舵輪軸を車室内に配設することは、
開示も示唆もされていないと主張する。
この点について検討するに、本件審決は、相違点Aの検討において、引用例2(甲5)の「第3a図において、トーボード10よりも左側の空間がエンジンルームであり、右側の空間が車室である。したがって、直流サーボモータDM、トルクセンサ8等は車室内に位置するので、この実施例のパワーステアリング装置はエンジンルーム内の熱の影響を受けない。なお、11はブレーキペダルである。」との記載シが、引用発明1の「舵輪軸におけるモータ、トルクセンサを車室内部分に配置することの動機付けとなり得る」と認定し(21頁)、また、「電動パワーステアリング装置の電動機等を設置する場合、設置位置を第1の操舵シャフト2にするとドライバのステアリング操作の妨げになるし」との記載スが、「ステアリング操作性とのかね合いが考慮されるべきことを指摘しているものの、同軸構成の舵輪軸の車室内部分にモータ等を配設することの着想が存在することを示している」と認定した(同頁)ものである。
そうすると、上記認定は、相違点Aのうち、本件発明の舵輪軸が「車室内部に配設された」ものであるのに対して、引用発明1の舵輪軸がどの範囲まで「車室内部に配設された」ものか明瞭でない点の容易想到性について説示したものであり、引用発明1の舵輪軸には、モータ、トルクセンサ等を備えた電動パワーステアリング装置が設置されているのであるから、記載シの「直流サーボモータDM、トルクセンサ8等は車室内に位置する」が、引用発明1の舵輪軸を車室内部分に配置することの動機付けとなり、記載スの「電動パワーステアリング装置の電動機等を設置する場合、設置位置を第1の操舵シャフト2にすると」が、舵輪軸の車室内部分にモータ等を配設することの着想が存在することを示していることは明らかである(ただし、記載スは、電動パワーステアリング装置の電動機等を第1の操舵シャフトに設置すると、ステアリング操作の妨げになることを明確に指摘するものであるから、当業者が、同記載の着想のみを根拠として、モータ等の電動機等を第1の操舵シャフトに設置することは困難であると解される。)。そして、本件審決の前記認定は、原告が主張するように、引用発明2の第1の操舵シャフトと第2の操舵シャフトとを同軸構成とすることを前提として、1つの同軸の舵輪軸上にエネルギー吸収機構と電動機等を配置した上で、かつ、この舵輪軸を車室内に配設することの動機付けや着想が引用例2に存在すると認定したものではない(なお、引用例2には、第1、第2衝撃エネルギー吸収機構及びモータ等を装着した同軸構成の舵輪軸を、車室内に配設することに関する記載はない。)。
したがって、原告の前記主張は、本件審決を正解せずに論難するものであって、これを採用することはできない。
(2)また、原告は、引用発明2が、第2の操舵シャフトと第1の操舵シャフトを傾きをもって接続し、これによって第2の操舵シャフトのモータ等を車室内に配設することを可能とするものであるから、このような引用発明2が、第1の操舵シャフトにモータ等を配設している引用発明1について、その車室内部分にモータ等を配設し得ることの動機付けとなるものではないと主張する。
しかしながら、前示のとおり、本件審決は、引用発明1の舵輪軸がどの範囲まで「車室内部に配設された」ものか明瞭でない点に関して、引用例2のモータ、トルクセンサ等を車室内に配置する旨の記載が、引用発明1の舵輪軸を車室内に配置することの動機付けとなり得ると説示するものであり、モータ、トルクセンサ等を車室内に配置することは、引用発明2自体の構成においてモータ、トルクセンサ等が第2の操舵シャフトに配置されていることとは別に認識できる技術事項であるから、この点に関する原告の前記主張も、本件審決を正解せずに論難するものであり、これを採用することはできない。
4相違点Bの判断誤り(取消理由4)について原告は、相違点Bの容易想到性を判断するに際して、本件発明が、衝撃エネルギー吸収機構を車室内に配設することを必須の前提とするべきであるところ、引用発明1においては、電磁クラッチを設けること及びトーションバーが大径の軸部を有していることで、ステアリングシャフトの軸方向寸法が長大化しており、衝撃エネルギー吸収機構を付加すると、車室内に収めることは不可能であり、しかも、
所要の吸収ストロークに加えて、その嵌合長さを別途設ける必要があることも看過しているから、本件審決の相違点Bの判断は誤りであると主張する。
そこで検討するに、まず、本件審決の認定した相違点B(20頁)は、本件発明が、上部側軸、上部側軸ハウジングを2分割し、所定の第1衝撃エネルギー吸収機構及び第2衝撃エネルギー吸収機構を備えているのに対して、引用発明1では、上部側軸、上部側軸ハウジングが1部材からなり、衝撃エネルギー吸収機構について言及していない点であるところ、舵輪軸及び舵輪軸ハウジングを上下に分割し、これらの間に第1衝撃エネルギー吸収機構及び第2衝撃エネルギー吸収機構を設けることが周知の技術であることは、原告も認めるところである上、本件審決に提示(21頁)された特開昭57-22965号公報(乙3)、特開昭52-29033号公報(乙1)、実公昭57-41083号公報(乙4)からも明らかである。
そうすると、引用発明1において、ステアリングシャフト及びステアリングシャフトハウジングを上下に分割し、これらの間に周知の衝撃エネルギー吸収機構を配設することに困難性はないというべきである。なお、この判断は、原告主張のステアリングシャフトが中実部材であるとしても、何ら左右されるものではない。
そして、このような相違点Bに係る構成を設けた引用発明1の舵輪軸を、相違点Aの観点から、車室内に収納することが容易であることは、後記取消理由7の判断において、詳述するところである。
したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
5相違点Cの判断誤り(取消理由5)について本件審決の認定した相違点Cは、引用発明1におけるトーションバー大径軸をトーションバーとは機能的に異なる入力軸と認定したことに起因するものであるから、取消事由2の検討において示したとおり、トーションバー大径軸をトーションバーの一部と正しく認定する場合には、当然、解消することとなり、取消理由5に関する原告の主張も、検討すべき必要はないといえる。
そして、その場合に新たに発生する本件発明と引用発明1とのトーションバーに関する新相違点C(下部軸側における入力軸の不存在)が、当業者にとって、
容易想到な構成と判断されることも、前示のとおりである。
6相違点Dの判断誤り(取消理由6)について(1)原告は、引用発明1が、出力側ステアリングシャフトに電磁クラッチを設けることで、装置の径方向での小型軽量化と良好な操舵性及び装置の制御自由度の向上を達成することを目的としており、電磁クラッチを省略することは発明の目的に反することになるから、相違点Dに関する本件審決の判断は誤りである旨主張する。
引用例1(甲4)には、「従来装置ではモータ(1)の回転力を電磁クラッチ(2)でトルク伝達を制御し、歯車箱(3)で減速してXベルト(13)により出力側ステアリングシャフト(11)を駆動しているため、高トルクを得るために高次の減速が必要で、駆動側プーリ(4)と被駆動側プーリ(12)とXベルト(13)によっても減速しているが、歯車箱(3)によっても減速している。この場合、歯車箱(3)が軸方向大型高重量になるという欠点があった。特に出力側ステアリングシャフト(11)からの突出部がモータ(1)、電磁クラッチ(2),歯車箱(3)とからなるため大形となっていた。また、Xベルト(13)により駆動側プーリ(4)は被駆動側プーリ(12)と常に連結されているので、出力側ステアリングシャフト(11)により歯車箱(3)が逆回転付勢され、逆負荷になるという欠点があった。[考案の概要]この考案は、かかる欠点を改善する目的でなされたもので、モータの回転軸上にウォームを設け、ウォームホィールとステアリングシャフトの間に電磁連結手段を配設することにより、小型軽量化された電動式パワーステアリング装置を提案するものである。」(4〜5頁)、「上記のように構成された電動式パワーステアリング装置においては、ウォーム(15)とウォームホイール(16)により高次の減速が得られ、装置の小型軽量、特に出力側ステアリングシャフト(22)からの突出部がモータ(14)のみとし得るので、取付スペース上有利となる等の効果も奏する。また、出力側ステアリングシャフト(22)とウォームホイール(16)の間に電磁クラッチ(35)を配設しているので、電磁クラッチ(35)を作動させないことにより、モータ(14)の回転力によらないステアリング装置と略同様の操舵力により出力側ステアリングシャフト(22)を駆動できる。車両の高速走行時におけるモータ(14)の故障の際には、その効果は著しい。」(9〜10頁)と記載されている。
上記の記載によれば、引用発明1の目的は、@高次の減速のため歯車箱が軸方向大型高重量になり、出力側ステアリングシャフトからの突出部が大形となっていたこと、AXベルトにより駆動側プーリが被駆動側プーリと常に連結されているので、出力側ステアリングシャフトにより歯車箱が逆回転付勢され逆負荷になること、という2つの欠点を改善することであり、@の欠点については、モータの回転軸上にウォームを設け、出力側ステアリングシャフトにウォームホイールを設けることにより、高次の減速が得られ、突出部をモータのみとすることが可能となり、Aの欠点については、出力側ステアリングシャフトとウォームホイールの間に電磁クラッチを配設し、電磁クラッチを作動させないことにより、モータと出力側ステアリングシャフトととの連結を遮断することを可能としたものと認められる。
そうすると、引用発明1において、モータ側に出力側ステアリングシャフトからの逆負荷を生じさせないという目的が、他の構成により容易に代替させることができるのであれば、出力側ステアリングシャフトとウォームホイールの間に配設された電磁クラッチを省略するのが可能であるといえる。
この点について、特開昭61-37581号公報(乙12)には、「電動機25が断線等の電気回路の故障で回転不能状態になっても、ウォームホィール4の回転力によってウォーム21を回転駆動することができ、しかもクラッチ装置30の介在によって回転軸26とウォーム軸20との連結を遮断しているため、このような場合にも本舵取り装置をマニュアルステアリングと同様に作動させることができる。」(5頁左上欄〜右上欄)、「電動機で操舵補助力を舵取り機構系に供給しないときや断線等によって電動機が故障したとき等の操舵補助力非供給時には、
電動機の回転軸と減速ギヤとの間に設けたクラッチ装置で回転軸と減速ギヤとの間を遮断する構成とした。そのため、操舵補助力非供給時には、電動機が負荷とならないようにすることができ、操舵力による電動機の逆駆動をなくして操舵力が重くなるのを防止することができる。」(5頁右下欄)と記載されており、電磁クラッチを、出力側ステアリングシャフトとウォームホイールの間でなく、電動機の回転軸とウォーム軸との間に設けることにより、マニュアルステアリングを可能とすることが開示されている。また、本件明細書(甲2、第3図)によれば、本件発明においても、実施例として、電磁クラッチを電動機の回転軸とウォーム軸との間に配設しているが、そのような位置に配設することを発明の要旨とするものではなく、
この点に進歩性を有するものとされていなかったことも考慮すれば、本件特許の出願時、電磁クラッチを電動機の回転軸とウォーム軸との間に配設することが、周知の構成であったものと認められる。そして、このように電磁クラッチを電動機の回転軸とウォーム軸との間に配設すれば、引用発明1と同様に、電動機側に出力側ステアリングシャフトからの逆負荷を生じさせないことが明らかである。
したがって、電磁クラッチを電動機の回転軸とウォーム軸との間に配設することが周知の構成である以上、当業者は、この周知の構成を採用することを容易に想到できるから、モータ側に出力側ステアリングシャフトからの逆負荷を生じさせないという引用発明1の目的を考慮しても、引用発明1において、出力側ステアリングシャフトとウォームホイールの間に配設された電磁クラッチを省略することに困難性を認めることはできず、原告の上記主張は、採用することができない。
(2)また、原告は、本件特許の出願当時、電動パワーステアリング装置において、操舵不能やハンドルが極端に重くなるなどの不都合が生じた際に、電磁クラッチによってモータを舵取機構から切り離しマニュアル操舵を可能とする構成を採用することが必須であり、電磁クラッチを省略することは技術常識上あり得ない(甲16)と主張する。
しかしながら、前示のとおり、電磁クラッチを電動機の回転軸とウォーム軸との間に配設することが周知の構成である上、本件審決の引用する(23頁)特開昭61-37580号公報(乙10)には、「1組のウォームとウォームホィールの組合せからなるウォームギヤ装置を介して電動機と舵取機構とを連結すると共に、ウォームホィールの回転力でウォームを回転できるようウォームの進み角及びウォームとウォームホィールとの歯面間の摩擦角を設定する構成とした。そのため、電動機の回転数を減速比の大きなウォームギヤ装置で大きく減速させて装置の小型化を図ることができると共に、舵取り機構側からの回転力によって電動機を回転駆動することができ、電動機に断線等の電気回路に故障が発生したときにも手動で舵取り操作が行えるという効果が得られる。」(4頁右下欄)と記載されており、電磁クラッチを設けることなく、ウォームホィールの回転力でウォームを回転できるように構成し、故障が発生したときに手動で舵取り操作を可能とする手段が開示されている。
したがって、引用発明1において、前示のウォームホィールの回転力でウォームを回転できるようにする構成を代替手段とすれば、ステアリングシャフトとウォームホィールの間の電磁クラッチは省略することができる。しかも、電動機の回転軸とウォーム軸との間に電磁クラッチを設けることは、周知技術であるから、
当業者が、これを適用することに格別の困難性はないことは前示のとおりである。
そして、上記いずれの代替手段を採用しても、その結果、原告主張の不都合が生じた際に、電磁クラッチによってモータを舵取機構から切り離しマニュアル操舵が可能となるのであるから、原告の上記主張を採用することはできない。
なお、原告は、引用発明1には、出力側ステアリングシャフトから電磁クラッチを取り外し、その設置分だけ衝撃エネルギー吸収機構の配設に当てることについては、記載も示唆もされていないから、クラッチを介しない分軸長が短くなることは、当業者に予測できるものではないと主張する。
しかしながら、引用発明1において、前示のとおり、電磁クラッチを省略ないし移動して、舵輪軸にウォームホィールを嵌着する構成とすれば、クラッチを介しない分、舵輪軸の長さが短くなることは当然のことであり、原告の上記主張もまた、採用することができない。
(3)原告は、本件審決が引用した(23頁)実願昭59-75395号(実開昭60-188064号)のマイクロフィルム(乙2)及び特開昭61-37580号公報(乙10)について、これらは、いずれもピニオン軸にウォームホィールを嵌着したものであり、本件発明のように舵輪軸にウォームホィールを嵌着する構成は、周知でなく、公知例すら存在しないと主張する。
しかしながら、引用発明1は、もともと舵輪軸に電動パワーステアリング装置を配設したものであり、本件審決は、このような引用発明1の出力側ステアリングシャフトに、ウォームホィールを嵌着するという上記の周知の構成を適用すれば、本件発明と同様の舵輪軸にウォームホィールを嵌着する構成となる旨を説示するものである。
原告の上記主張は、本件審決を正解せずに論難するものであって、これを採用することはできない。
7進歩性判断の総合的な誤り(取消事由7)について(1)原告は、操舵補助機構や衝撃エネルギー吸収機構自体は周知であり、舵輪軸を車室内に配設するとの要請が周知のものであったことも事実であるが、舵輪軸上に単純に両機構を配設しただけでは軸の長軸化が避けられず、車室内に配設することは不可能であり、両機構を配設した舵輪軸を車室内に配設することは、本件発明が採用した構成により初めて可能となるものであり、前記相違点A及びBも、このような観点から判断されるべきであると主張する。
そこで検討するに、引用例1には、衝撃エネルギー吸収機構に関する直接的な記載はないが、本件省令(乙5)においては、もっぱら乗用の用に供する自動車の舵取装置が、当該自動車が衝突等による衝撃を受けた場合において、運転者に過度の衝撃を与えるおそれの少ない構造でなければならない旨が規定され、乗用車両用操舵機構には衝撃エネルギー吸収機構を装備すべきことが義務付けられており、しかも、本件発明の形式の衝撃エネルギー吸収機構は周知とされていたのであるから、前示のとおり、当業者が、これを引用発明1に適用する(相違点B)ことに困難性はないものと認められる。そして、その適用の結果、引用発明1の舵輪軸は、上部軸、連結部材、下部軸の構成となる。
一方、原告も認めるように、舵輪軸を車室内に配設するとの要請が周知のものである以上、舵輪軸に本件発明の形式の衝撃エネルギー吸収機構を配設した場合であっても、そのような舵輪軸を車室内に収納しようとすることは、当然の技術課題であり、その解決のためには、衝撃エネルギー吸収機構の配設に伴う舵輪軸の長軸化に対応して、舵輪軸の短軸化を図る必要が生じることは明らかである。そして、上部軸及び連結部材の長さは、衝撃エネルギー吸収機構の吸収ストロークを確保するために固定せざるを得ないとすると、この短軸化を図る対象となるのは下部軸である。引用発明1において、舵輪軸の長軸化に影響しているのは、トーションバー大径軸を含めてトーションバー自体が一定の長さに形成されていること及びウォームホィールとステアリングシャフトの間に電磁クラッチを設けていることであり、これを、トーションバーを介して連結される入力軸と出力軸とを備える下部軸とした場合の短軸化の工夫(トーションバー大径軸を必ずしも必要としない。)、
出力軸にウォームホイールを嵌着すること(相違点D)により、舵輪軸の短軸化を図ることができるのは明らかである。
本件発明においても、上記以外に舵輪軸の短軸化に寄与するような構成要件は見当たらないから、上記のように短軸化を図った引用発明1の舵輪軸は、本件発明と同様に、車室内に収納できる(相違点A)ものと解され、原告の上記主張は、採用することができない。
(2)また、原告は、引用発明1のステアリングシャフトを本件発明の舵輪軸のような構成にしようとするならば、単に入力軸とトーションバーの構成を変更する以外に、伝動装置部分の構成、トルクセンサ部分の構成、衝撃エネルギー吸収機構の配設構成と、シャフトの軸機構のほとんど全ての部分の構成を変更しなければならず、引用発明1のステアリングシャフトの構成は原形を留めないものとなってしまうから、そのような想到過程を当業者に容易であるとはいえないと主張する。
確かに、引用発明1のステアリングシャフトを本件発明の舵輪軸のような構成にしようとするならば、前示のとおり、@入力軸とトーションバーの構成及びトルクセンサ部分の構成(一致点の認定及び新相違点Cに関連)、A伝動装置部分の構成(相違点Dに関連)、B衝撃エネルギー吸収機構の配設構成(相違点Bに関連)と、シャフトの軸機構の多くの部分の構成を変更した上、変更した舵輪軸を車室内に収めなければならない(相違点Aに関連)。しかしながら、更に進んで、各々の相違点を個別に検討すれば、舵輪軸を車室内に収納しようという周知の課題のもとに、いずれも周知の技術を適用することによって容易に想到できる構成である以上、変更すべき相違点がある程度多岐にわたるとしても、当業者にとって、容易に想到できることというべきであり、この点に関する原告の主張も採用することができない。
なお、原告は、本件発明が、実施例(本件明細書第1図)に示されるように、入力軸と出力軸をトーションバーを介して連結させて下部軸の役割を兼ねさせることにより、入力軸及び出力軸分の長さを下部軸に負担させることなく、下部軸の長さをほぼトーションバーの長さと等しくする構成を採用し、この構成によって、舵輪軸を車室内に配設することを可能とした旨主張する。
しかしながら、本件発明の下部軸の構成要件は、「下部軸はトーションバーを介して連結される入力軸と出力軸とを備え」というものであり、下部軸の長さをほぼトーションバーの長さと等しくする構成は、実施例にすぎないことが明らかであるから、原告の上記主張は、本件発明の要旨に基づかない失当なものといわなければならない。
(3)さらに、原告は、引用発明1の解決課題が、ステアリングシャフトの径方向の縮小化を図ろうというものであり、軸方向の縮小化を意図しておらず、ステアリングシャフトの軸方向長さを可及的に小さくするという発想がない旨主張する。
しかしながら、前示のとおり、舵輪軸を車室内に収納しようするのが、当業者にとって周知の課題である上、引用発明2が、舵輪軸におけるモータ、トルクセンサを車室内部分に配置することの動機付けとなり得るものであることを考慮すれば、引用発明1の舵輪軸に衝撃エネルギー吸収機構を配設した場合であっても、
舵輪軸を車室内に収めるためにその短軸化を図る必要が生じることは、技術的に容易に推測されるところであり、引用例1自体にこの点に関する記載がないことが、
本件発明の容易想到性の判断に影響するものではないから、原告の上記主張も、採用することができない。
8本件発明の効果の判断の誤り(取消事由8)について原告は、本件発明が、1つの同軸の舵輪軸上にエネルギー吸収機構と操舵補助用モータを設け、この舵輪軸を車室内に配備するとの構成を特徴とし、この特徴的な構成に基づき、@メンテナンスの容易化、A安全性の向上等といった、当業者には予測不可能で顕著な効果を奏するものであると主張する。
しかしながら、引用発明1において、従来周知の衝撃エネルギー吸収機構及び伝動装置等を配設したステアリングシャフトを車室内に配設することが、当業者にとって、容易に想到できることは前示のとおりであり、このように構成した引用発明1が、原告主張の上記作用効果を有することも明らかといわなければならない。
したがって、この点に関する原告の主張も、到底、採用することができない。
9結論そうすると、本件発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、これと同旨の本件審決の結論には誤りがなく、その他本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所知的財産第1部裁判長裁判官北山元章裁判官清水節裁判官上田卓哉