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事件 平成 27年 (ネ) 10024号 損害賠償請求控訴事件

控訴人(原告)大林精工株式会社
訴訟代理人弁護士 大野聖二 井上義隆 小林英了
補佐人弁理士大谷寛
被控訴人(被告) 株式会社東芝
訴訟代理人弁護士 鮫島正洋 小栗久典
被控訴人補助参加人 エルジーディスプレイカンパニーリミテッド (LG Display株式会社)
訴訟代理人弁護士 古田啓昌 岩瀬吉和 山内真之 ア地康文 弁理士重森一輝
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2015/10/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用(補助参加によって生じた費用を含む。 は控訴人の負担と)する。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,金1億円及びこれに対する平成25年4月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人による製品(被告製品)の製造・販売が控訴人の特許権(特許第3194127号。本件特許権)の侵害に当たる旨主張して,特許権侵害不法行為に基づく損害賠償(元金1億円及びこれに対する附帯請求として不法行為の後である平成25年4月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案である。
原判決は,本件特許は,控訴人代表者による冒認出願により特許されたものであるから,特許法123条1項6号の無効理由を有し,控訴人が権利行使をすることができないとして,控訴人の請求を棄却した。これに対し,控訴人が控訴した。
2 前提事実 原判決「事実及び理由」の第2,「1 前提事実」記載のとおりである。
3 争点及びこれに対する当事者の主張 争点は,原判決「事実及び理由」の第2, 「2 争点」記載のとおりであり,争点についての当事者の主張は,原判決6頁16行目の「@画素電極(液晶駆動電極)」を「@液晶駆動電極」と訂正し,以下において当審における当事者の主張を付加するほかは,「3 争点に関する当事者の主張」記載のとおりである(なお,「被控訴人ら」とは,被控訴人及び補助参加人を指す。 。
)(控訴人の主張) (1) 控訴人の主張を証拠に基づかないと判断した原判決の認定の誤り 原判決は,日立公報(特開平7-134301号公報)の図7(b)及び図8が示す構成を出発点として本件発明を完成させたとの控訴人主張について,控訴人代表者の陳述書,証人尋問調書等の書証,控訴人代表者の本人尋問における供述のいずれを検討しても,上記図7(b)に上記の図8の構成を組み合わせたとの陳述・供述は見当たらないと判断した。
しかし,控訴人代表者は,本人尋問において,日立公報の図7(b)の電極構成,及び,同図8により示される「実施例13」の(上下に隣接する複数画素にわたって見た場合における)ジグザグに伸びるカラーフィルター構成を出発点として,本件発明を完成させたことを具体的に供述しているのであるから,主張が証拠に基づかないとして,同主張を採用し難いとした認定は誤りである。
(2) 本件発明の完成に必要とされる技術的能力に関する原判決の認定の誤り 原判決は,日立公報を基にして,本件発明を完成させるには,液晶表示装置に関する当業者が有する以上の知識・経験が必要である,という理解を前提として,控訴人代表者が本件発明を完成させたのは不自然である,と結論付けるものであるが,原判決が指摘する5つの事項にそのような知識,経験が必要であるとの認定は,以下のとおり,誤りである。
ア 図7(b)の電極形状のみを一方基板に設けた場合の効果に関し 原判決は,日立公報の実施例8及び図7(b)の記載から本件発明を着想するた めには,少なくとも,図7(a)の電極パターンとは切り離して同(b)の1画素分の電極のみで画素を構成した場合でも,画素部の微小な領域内で液晶の配向方向を反転させることにより,図7(a)を組み合わせた構成と同様に,視野角を拡大し,角度依存性を減少させることが可能であると予想できるだけの技術的能力を有していることが必要であると認定した。
しかし,以下のとおり,日立公報は,図7(b)で示される形状からなる電極を,当該一方の基板にのみ形成した場合に,広視野角という効果が得られることを開示しているといえる。
(ア) 控訴人代表者が発明した別発明(特許第3486859号)の特許出願過程における平成15年2月6日付け拒絶理由通知書において,担当審査官が,「引例6(控訴人注:日立公報)には,IPS方式の液晶セルにおける視野角改善のために,配向方向と所定の角度をなして各電極を屈曲させる構造」が開示されていると明確に指摘している。
(イ) 日立公報の「実施例1」は,図1(a)と(b)により示される形状(いずれも直線状)の電極を上下基板に設ける構成であり, 実施例8」 図7 「 は, (a)と(b)により示される形状(直線状,ジグザグ条)の電極を設ける構成である。
図1(a)と図7(a)は同一の形状(直線状)となっていることから, 「実施例8」における,「実施例1」とは異なる広視野角という効果は,図1(b)と図7(b)で示される電極形状の差(直線状←→ジグザグ状)に基づくものであることは明白である。
(ウ) 日立公報の段落【0051】 (同段落【0067】も同様)には, 「対向基板には導電性物質を使用せず,図6(a)に示すように遮光層17を設けた」と記載されている。つまり,導電性物質が使用されないことから,対向基板には,当然に電極は形成されていない。また,段落【0011】には, 「液晶表示装置を簡略化するため電界を印加する電極の全てを同一基板上に設けてもよい」ことも明記されており,日立公報は,一方の基板(TFTを有する基板)にのみ電極を設ける 構成も当然に想定している。
イ 本件発明の屈曲角度(±1度〜±30度)に関する着想に関し 本件発明における屈曲角度に格別の技術的意義はなく,日立公報に開示された構成との差を示すべく,本件発明においては±1度〜±30度という角度に限定されているにすぎない。控訴人代表者は,上記公知技術を基に,本件発明における屈曲角度(±1度〜±30度)を設定しただけであり,当業者と同水準の知識・経験を有しなければ,同角度を着想しえないとした原判決の上記認定もまた誤りである。
ウ 映像信号配線の屈曲構成(第2の構成の一部)に関する着想に関し 原判決は,当業者と同水準の知識・経験を有しない者において,画素電極を1画素電極内で屈曲させる構成と実施例12の構成を組み合わせることを着想し得たとは認め難いとした。
しかし,控訴人代表者は,本人尋問において, (映像信号配線の屈曲に関して明確には言及していないものの) 「そのジグザグと両方見ると,当然これは素人でも,一方はまっすぐ,一方は曲がっていると当然光は出てこない。だからカラーフィルターも曲げれば,光の出てくる開口率が上がってくる」と供述しており,日立公報の図7(b)及び図8が示す構成を出発点として,映像信号配線を屈曲させる構成(第2の構成の一部)の着想を現に得たのであり,原判決の認定は誤りである。
エ ブラックマスクの屈曲構成に関する着想に関し 控訴人代表者は, 「実施例8」 (図7(b))の電極構成と「実施例13」のブラックマスク形状(図6)を考慮して,カラーフィルターと共に,映像信号配線と同じ角度でブラックマスクを屈曲させる構成を現に想起したのである。控訴人代表者の着想の具体的な経緯を顧みることなく,液晶表示装置の技術分野における格別の知識や経験がなければ,同構成を着想し得ないと決め付ける原判決の認定は誤りである。
オ 発明完成の経緯に関し 原判決は,控訴人代表者が,色補償を解決課題とする観点から,日立公報の記載 を基に,本件発明を完成したと供述しているものと解しているようであるが,控訴人代表者は,日立公報の図7(b),同図8を出発点として,映像信号配線をも屈曲させた上で,同一画素内で,カラーフィルター,それからブラックマスクを屈曲させる構成(第2の構成)を着想し,本件発明を完成させたのであり,かかる発明完成の経緯を正解することなくなされる原判決の上記認定は,明らかに誤りである。
(3) Aの関与についての認定の誤り 原判決が,本件発明がAによって着想されたことを推認させる事情として指摘する事項は,以下のとおり,Aによる着想を推認させるものではなく,誤りである。
すなわち,Aが液晶技術分野における相応の知識・経験を有していたという事実は,単に,Aが本件発明を完成させることが不可能ではないことを窺わせる事情にすぎず,同事実をもって,Aが本件発明の発明者であることを導くことはできない。
また,本件明細書の図面等の作成者はAであって控訴人代表者ではないが,特許明細書に記載されている図面は,発明者ではなく,弁理士や弁理士から発注を受けた業者が作成するのが通常のプラクティスであり,図面等の作成者であることをもって,当該発明の発明者を認定ないし推認することが誤りであることは当然である。
さらに,Aが,補助参加人に対し報告書を提出したこと,同報告書において,日立論文を引用しつつ,映像信号配線に隣り合う電極としては,画素電極ではなく,共通電極とした方が,クロストークの発生防止の観点から望ましいことを記載していることは事実であるが,映像信号配線に隣り合う電極を共通電極としてクロストークを防止するという構成・効果は,上記日立論文に既に開示されており,当時の公知技術にすぎず,Aは本件明細書の作成に当たり,公知技術の肉付けを行っているのである。
したがって,映像信号配線に共通電極を隣接させるという公知の構成(第3の構 成)が本件明細書の図に示されているとし,本件発明の発明者がAであると推認できるとした原判決の認定は,誤りである。
(被控訴人らの主張) (1) 控訴人の主張(1)に対し 控訴人代表者が日立公報の図7(b)に図8を組み合わせて本件発明を完成させたとの控訴人の主張は,控訴人代表者本人の尋問結果について,自らの主張に都合よく解釈したこじつけにすぎないものであり,証拠に基づかない。
(2) 控訴人の主張(2)に対し 原判決が,本件発明を着想するためには,少なくとも当業者に匹敵するほどの技術的能力を有していたことが必要であると認定したことは正当であって,その認定に誤りはない。
ア 控訴人の主張(2)アに対し (ア) 控訴人は,特許庁審査官の指摘を根拠として主張するが,当業者と同等の知識・経験を有する審査官が着想できたことを理由に,当業者と同水準の知識・経験を有しない者が発明できたと主張することには無理がある。
(イ) 日立公報には実施例1と実施例8を比較する記載はなく,その示唆もないのであるから,当業者と同等の知識・経験を有しない者が,そもそも,実施例1と実施例8を比較し,実施例8の作用効果は,ジグザグ状に基づくものであることに気付くこと自体困難であるし,図7(b)を切り離して用いて,同様の効果が発生することを予測することは不可能である。
(ウ) 控訴人は,日立公報の「対向基板には導電性物質を使用せず,(段落 」【0051】との文言から, ) 対向基板には当然に電極は形成されないと主張するが,該文言は,それぞれ,実施例6及び実施例12に関するものであり,図7(a)及び(b)の実施例8とは異なる実施例に関する記載である。
また,控訴人は,日立公報の段落【0011】の記載(「液晶表示装置を簡略化するため電界を印加する電極の全てを同一基板上に設けてもよい」について指摘する ) が,簡略化された,すべての電極が同一基板上に設けられた構成とは,前記実施例6及び実施例12等のことを指すものであって,実施例8の図7(b)のみを切り離して使用することができることについて,記載や示唆をするものではない。
イ 控訴人の主張(2)イに対し 横電界方式液晶表示装置において,液晶の初期配向方向と電極の長軸方向のなす角度が15度が理想的であることは,特開平7-225388(丙96),B発明,乙1文献に記載された発明,あるいは,本件異議申立手続において控訴人が提出した特許異議意見書(丙10)の「すでにのべたように特許異議申立人は角度の重要性を無視しているがひにくなことに特許異議申立人が見つけてきた甲第1号証と,甲第1号証の公開特許公報に角度の重要性に関して論じられている。
・・・以上のことから,配向方向と画素電極の交差角は,単なる設計事項ではなく,非常に重要な発明項目であることが証明された。」なる控訴人の主張に示されている。
したがって,本件発明の±1度〜±30度という屈曲角度の限定には技術的意義があり,当業者と同水準の知識,経験を有しない者は,この限定に想到することは困難である。
ウ 控訴人の主張(2)ウ及びエに対し 控訴人代表者の供述内容によって,当業者と同等の知識・経験を有しない者が,映像信号配線の屈曲構成を着想することができたかという客観的な事実が変わることはない。
エ 控訴人の主張(2)オに対し 控訴人代表者は,本人尋問において,液晶を2方向に回転させることによって色調の変化を打ち消し,視野角を拡大することも自ら着想した旨証言しており,当該証言を無視した控訴人の一方的な解釈に基づく主張が認められる余地はない。
(3) 控訴人の主張(3)に対し 控訴人が縷々述べるところはいずれも失当であり,原判決が,本件発明の第2及び第3の構成をAが着想したと判断したことに誤りはない。
当裁判所の判断
当裁判所も,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められ,控訴人は,被控訴人に対し,本訴請求に係る権利を行使することはできないものと認めるから,控訴人の請求を棄却した原判決の認定判断は相当であって,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,以下に付加訂正するほかは,原判決「第3 当裁判所の判断」に示すとおりであり,当審における主張に対する判断は2のとおりである。
1 付加訂正 (1) 原判決15頁5行目「発生せず,視野角の広いカラー表示が可能となる。」を「発生しない。」と改める。
(2) 原判決15頁8行目「低下しない」の次に,「。また,上記手段を用いることで,R,G,Bそれぞれ1色の画素内で液晶分子の回転運動を2方向に分離することが可能となり,視野角の広いカラー表示が可能となる」を加える。
(3) 原判決19頁19行目「また,」の次から,22行目「さらに,」までを削除する。
(4) 原判決22頁11行目「原告代表者が」から13行目末尾までを「少なくとも第2の構成が本件発明の特徴部分であることは当事者間で争いがないところ,控訴人代表者が第2の構成を着想したものとは認められない。」と改める。
2 当審における控訴人の主張に対する判断 (1) 控訴人の主張(1)について 控訴人は,控訴人代表者が,本人尋問において,日立公報の図7(b)の電極構成,及び,同図8により示される「実施例13」の(上下に隣接する複数画素にわたって見た場合における)ジグザグに伸びるカラーフィルター構成を出発点として,本件発明を完成させたことを具体的に供述しているにもかかわらず,控訴人の主張 を証拠に基づかないとして排斥した原判決の認定は,誤りであると主張する。
しかし,控訴人の指摘する控訴人代表者の供述部分(控訴人代表者本人尋問調書14頁)を見ても,控訴人の主張する図7(b)の画素電極(液晶駆動電極及び共通電極)を1画素内で屈曲させる電極構成に,図8の複数の画素を一体的に見た場合に映像信号配線及びカラーフィルターを屈曲させることになる構成を組み合わせたことについて供述しているものとは理解できない。
仮に,控訴人代表者がそのような趣旨で供述をしていると善解したとしても,そのような供述は,以下のとおり,信用することができない。すなわち,控訴人は,被控訴人から再三にわたり,本件発明の着想経緯を明らかにするよう求められていたにもかかわらず,具体的な経過を明らかにせず,訴え提起から約1年3か月後に行われた控訴人代表者本人尋問の後2か月が経過した平成26年9月になって初めて日立公報の図7(b)の電極構成に図8を組み合わせて着想した旨を主張し始めたものであり,その旨の陳述書も提出されていなかったとの経過に鑑みれば,着想したこと自体についての信用性が乏しいといわざるを得ない。また,本件発明は,画素電極内において,無電界時から横電界が印加された際に,液晶駆動電極と共通電極という2種類の画素電極を用い,これらをくの字形に屈曲させることにより,液晶分子が左回転と右回転の2通りの回転運動が発生する(本件明細書【0006】ないし【0011】)という構成を有するものであるところ,日立公報の図7(b)の画素電極3及び4に印加される電極は,段落【0028】【0029】に示され ,る図1(b)と同様に,暗状態/明状態のいずれの状態であっても一定の電圧を印加し続けるものであり(暗状態から明状態に至る際に電圧を変化させるのは,画素電極が屈曲していない図1(a),図7(a)の側である。,本件発明の上記構成と )異なっているから,本件発明の着想として,日立公報の図7(b)を出発点としたこと自体も疑わしい。その他,控訴人の主張内容及び供述が不自然で採用できないことは,原判決が第3,1,(2)イないしエで述べるとおりである。さらに,控訴人の主張,供述等によれば,日立公報の内容が公知であり,それを控訴人代表者も知 悉した上で,電極や配線に着目して,第2の構成(映像信号配線を屈曲させるとともに,色フィルター及びブラックマスクも映像信号配線と同一の角度で屈曲させる構成)を有する本件発明に至ったというのであるが,本件明細書には,発明が解決しようとする課題,課題解決のための手段及び効果について,原判決第3,1,(1)イのとおり記載されているのであり,これらのいずれにおいても,日立公報に記載された公知事実を前提として,第2の構成に発明の特徴を有する旨の記載は全くないから,この点からしても,控訴人代表者の供述は信用することができない。
したがって,控訴人の上記主張は,原判決の認定判断を左右するものでない。
(2) 控訴人の主張(2)について 控訴人は,原判決が,日立公報を基にして,本件発明を完成させるには,液晶表示装置に関する当業者が有する以上の知識・経験が必要であるとして指摘する事項に関する認定,評価に誤りがあり,液晶技術に関する一般的な知識を有していた控訴人代表者において,本件発明を完成させたことに不自然さはない旨主張するが,以下に述べるとおり,いずれも採用できない。
ア 控訴人の主張(2)アについて (ア) 控訴人は,原判決が,日立公報の実施例8及び図7(b)の記載から本件発明を着想するためには,少なくとも,図7(a)の電極パターンとは切り離して同(b)の1画素分の電極のみで画素を構成した場合でも,画素部の微小な領域内で液晶の配向方向を反転させることにより,図7(a)を組み合わせた構成と同様に,視野角を拡大し,角度依存性を減少させることが可能であると予想できるだけの技術的能力を有していることが必要であると認定判断したことについて,日立公報の図1(a)と図7(a)は同一の形状(直線状)となっているから, 「実施例8」における, 「実施例1」とは異なる広視野角という効果は,図1(b)と図7(b)で示される電極形状の差(直線状←→ジグザグ状)に基づくものであることは明白であり,日立公報は,図7(b)で示される形状からなる電極を,当該一方の基板にのみ形成した場合に広視野角という効果が得られることを開示していると 主張する。
しかし,日立公報には,図7(b)の画素電極における視野角の拡大に関し, 「視野角を拡大するため基板に平行な面内に印加される3つの電界の方向のうち,1方向を基準にして,他の2方向のなす角度が40〜50度と-50〜-40度,好ましくは45度と-45度に設定するのがよい。(段落【0012】 , 」 )「基板に平行な面内で印加される1つの電界方向に対し,他の2つの電界方向を40度〜50度と-50度〜-40度,望ましくは45度と-45度に設定し,画素部の微小な領域内で液晶の配向方向を反転させることにより,視野角を拡大し,その角度依存性の減少を可能にする。(段落【0020】,及び「図7の電極1に電圧Va,電極2 」 )に電圧Vb,電極3に電圧Va’,電極4に電圧Vb’(但し,0≦Vb,Vb’≦Va,Va’≦10V)を印加し,画素部での透過率を調べたところ,透過率が等しくなる角度が上下左右及びそれらの中間の方向でほぼ一致し,視野角も広いものが得られた。(段落【0059】 」 )との記載がある。このような記載からすれば,日立公報で開示された視野角を拡大させる効果を奏する構成は,1方向に電界を印加させる画素電極(図7(a))と2方向に電界を印加する画素電極(図7(b))とからなる2つの画素電極を設け,それぞれの画素電極に電圧を印加させることで,3方向の電界を基板に平行な面内で液晶に印加する構成のみであって,図7(b)の画素電極のみを用いた2方向の電界を基板に平行な面内で液晶に印加する構成に,視野角を拡大させる効果があることについては,何ら開示も示唆もされていない。
また,実施例1(図1)及び実施例8(図7)の構成上の差異に注目したとしても,実施例1(図1)及び実施例8(図7)はいずれも,(a)の画素電極と(b)の画素電極とを用いて電界を印加することで,暗状態と明状態とを制御する実施例であるとともに, (b)の画素電極は暗状態/明状態にかかわらず,常に一定の電界を印加するための画素電極である。このため, (b)の画素電極の単独の構成で奏する効果であるのか, (a)の画素電極と(b)の画素電極との相乗的な効果であるのかを予測することは困難であって,検証が必要となるとともに, (a)の画素電極に より印加する電界と(b)の画素電極により印加する電界との置換は可能か,あるいは, (a)の画素電極により印加する電界と(b)の画素電極により印加する電界とを置換した上で, (a)の電極を省略した構成であっても広視野角の効果を奏し得るのかを予想することは,困難である。
(イ) また,控訴人は,日立公報には,複数の画素電極の内,設ける画素電極を1つのみとすることが開示されているから,日立公報は,図7(b)で示される形状からなる電極を,当該一方の基板にのみ形成した場合に広視野角という効果が得られることを開示している旨主張する。
しかし,日立公報の「少なくとも画素部において基板面に平行で,かつ,少なくとも2方向に電界を印加できるよう構成されている電極が,前記一対の基板のいずれか一方に設けられている」【請求項2】, ( )「更にまた,液晶表示装置を簡略化するため電界を印加する電極の全てを同一基板上に設けてもよい。」 (段落【0011】 , )「電極1と電極2との間隔及び電極9aと電極9bとの間隔は30μmとする。対向基板には導電性物質を使用せず,図6(a)に示すように遮光層17を設けた。」(【0051】, )「電極1と電極2,電極3と電極4,電極9aと電極9b,電極9cと電極9dとの間隔は30μmとする。対向基板には導電性物質を使用せず,実施例6の場合のように電極配線部分を覆う遮光層を設けた。( 」【0067】)などの記載は,2つの画素電極を一対の基板のいずれか一方に設けることを開示しているにすぎず,日立公報には,複数の画素電極の内の1つの画素電極のみで電極パターンを形成することの開示も示唆もない。
(ウ) その他,控訴人は,特許庁審査官が日立公報に「IPS方式の液晶セルにおける視野角改善のために、配向方向と所定の角度をなして各電極を屈曲させる構造」の開示があると指摘した旨主張するが,本件発明に至るのに,当業者が有する以上の知識・経験が必要であるかどうかの判断において,審査官の指摘は問題となるものではない。
(エ) したがって,原判決の上記認定判断に誤りはなく,控訴人の上記主張 は採用できない。
イ 控訴人の主張(2)イについて 控訴人は,本件発明における屈曲角度に格別の技術的意義はなく,日立公報に開示された構成との差を示すべく,本件発明においては±1度〜±30度という角度に限定されているにすぎない旨主張する。
しかし,控訴人の主張によれば,本件発明は,第1の構成(液晶駆動電極と共通電極という2種類の画素電極を用い,これらをくの字形に屈曲させることにより,画素電極に電圧が加えられた際に,単位画素内の液晶分子を,左回転と,右回転の2方向に回転させる作用を有する構成)を公知の前提として,第2の構成に技術的意義を有するというものであるから,視野角の拡大に影響を及ぼす画素電極の屈曲角度について,±1度〜±30度という角度に限定した場合であっても,視野角の拡大について効果を奏することができる構成であることが理解できなければならない。
したがって,当業者と同水準の知識・経験を有しない者においてそのような角度を着想することは困難であり,控訴人の主張は採用できない。
ウ 控訴人の主張(2)ウ,エについて 映像信号配線及びブラックマスクを屈曲させる構成に関する控訴人の主張は,本件発明に必要な技術事項に関する原判決の誤りを指摘するものでなく,単に,控訴人代表者が,図7(b)及び図8が示す構成を出発点として着想を得たことから,当業者と同水準の知識・経験を有しない者においても着想し得ると述べるにすぎないものであるところ,控訴人代表者の日立公報を出発点とする着想が認められないことは前記のとおりであって,採用できない。
エ 控訴人の主張(2)オについて 控訴人は,原判決が,日立公報中には,色補償(液晶分子を異なる方向から見ると色が異なって見えるが,1画素内で電極を屈曲させることで,それが双方打ち消し合ってどこからでも同じ色に見えること)についての記載はなく,色補償の課題 を解決できることを着想するには,当業者と同水準かこれを上回る程度の技術的能力を有している必要があるとしたことについて,控訴人代表者は,色補償を解決課題とする観点から,本件発明を着想したものではないのに,これを正解しないものであると主張する。
しかし,控訴人代表者は,その本人尋問(控訴人代表者本人尋問調書11ないし13頁)において,単位画素内で液晶を2方向に回転させることによって色調の変化を打ち消し,視野角を拡大することも自ら着想した旨供述し,これは,色補償を解決する観点から着想した旨述べているものと認められるから,上記主張は採用できない。
(3) 控訴人の主張(3)について 控訴人は,原判決が,本件発明がAによって着想されたことを推認したことについて,縷々主張する。
しかし,控訴人代表者は,原判決第3,1,(1)エのとおり,液晶表示装置に関する知識,経験を持たず,専門的論文について理解する能力に乏しい上,本件発明に至る合理的な経緯も説明できておらず,裏付けとなる客観的資料の提出も一切なされていないのに対して,Aの知識経験,本件出願手続における関与や,Aが本件発明に関し有していた知見などを考慮すれば,少なくとも本件発明の第2及び第3の構成部分について,Aによって着想されたことが強く推認できるのであり,控訴人の上記主張は採用できない。
なお,本件発明における特徴的部分が,第1ないし第3の構成にあるのか,第2の構成のみにあるのかについて争いがあるものの,特徴的部分であることにつき当事者間に争いがない第2の構成について,控訴人代表者が発明をしたものでないと認められる以上は,結論に影響を及ぼさない。
結論
よって,本件控訴には理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり 判決する。
裁判長裁判官 清水節
裁判官 中村恭
裁判官 中武由紀
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