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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成24ワ12351 損害賠償等請求事件 判例 特許
平成27ワ23129 特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成24ワ36311 特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成26ワ688 特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成27ワ28468 特許権侵害差止請求事件 判例 特許
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事件 平成 27年 (ワ) 1025号 特許権侵害差止請求事件
大阪市<以下略>
原告 サントリーホールディングス 株式会社
同 訴訟代理人弁護士小池豊 櫻井彰人 青柳ヤ子 粟田英一
同 訴訟代理人弁理士山本修 梶田剛 東京都墨田区<以下略>
被告 アサヒビール株式会社
同 訴訟代理人弁護士大野聖二 小林英了 大野浩之
同 訴訟代理人弁理士堅田健史
同 補佐人弁理士森田裕
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2015/10/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙被告製品目録記載の製品(以下「被告製品」という。)を製造 し,譲渡し,又は譲渡の申出をしてはならない。
2 被告は,被告製品を廃棄せよ。
事案の概要
本件は,発明の名称を「pHを調整した低エキス分のビールテイスト飲料」 とする特許権を有する原告が,被告に対し,被告による被告製品の製造等が特 許権侵害に当たると主張して,特許法100条1項及び2項に基づき,被告製 品の製造等の差止め及び廃棄を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨に より容易に認められる事実) 当事者 ア 原告は,清涼飲料その他の飲料,酒類の製造及び販売等の事業を営む会 社等の株式又は持分を所有することにより,当該会社等の事業活動を支 配,管理することを目的とする株式会社である。
イ 被告は,ビールその他の酒類,清涼飲料その他の飲料の製造,販売等を 目的とする株式会社である。
原告の特許権 ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲 請求項1に係る特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
特許番号 第5382754号 原出願日 平成24年11月19日 出 願 日 平成25年5月27日(特願2013-110731) 優 先 日 平成23年11月22日 登 録 日 平成25年10月11日 発明の名称 pHを調整した低エキス分のビールテイスト飲料 イ 本件特許の特許請求の範囲の請求項1(ただし,平成26年8月7日に 確定した審決による訂正後のもの)の記載は,次のとおりである(以下, この発明を「本件発明」といい,同訂正後の明細書及び図面を「本件明細 書」という。)。
「 エキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であるノンアル コールのビールテイスト飲料であって,pHが3.0以上4.5以下で あり,糖質の含量が0.5g/100ml以下である,前記飲料。」ウ 本件発明は,以下の構成要件に分説される。
A-@ エキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であるノン アルコールのビールテイスト飲料であって, A-A pHが3.0以上4.5以下であり, A-B 糖質の含量が0.5g/100ml以下である, B 前記飲料。
本件特許の出願経過等ア 原告は,平成23年11月22日に優先権の基礎となる出願を行い(特 願2011-255388),平成24年11月19日に優先権を主張し て国際出願をした(PCT/JP2012/079973)。この国際出 願は日本国に国内移行され(特願2013-516897),原告は,こ の国内移行された出願につき平成25年5月27日に本件発明に係る分 割出願を行った。(乙39,40)イ 本件特許の特許出願時の特許請求の範囲の請求項1は,次のとおりであ った。
「 エキス分の総量が2.0重量%以下であるビールテイスト飲料であっ て,pHが2.7以上4.5以下である,前記飲料。」ウ 原告は,平成25年8月5日付けで手続補正書(乙3)を提出し,特許 請求の範囲の請求項1を次のとおり補正し(下線部は補正箇所。以下,こ の補正を「本件補正」という。),同年10月11日に特許登録を受けた。
「 エキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であるビールテ イスト飲料であって,pHが3.0以上4.5以下であり,糖質の含量 が0.5g/100ml以下である,前記飲料。」 エ 訂正を認める旨の審決がされた。
被告の行為 被告は,平成25年9月上旬からノンアルコールのビールテイスト飲料で ある被告製品(ドライゼロ)の製造,販売を行っている。
ノンアルコールのビールテイスト飲料の発売 ノンアルコールのビールテイスト飲料である原告の「サントリー オール フリー」(以下「オールフリー」という。)及び被告の「アサヒ ダブルゼ ロ」(以下「ダブルゼロ」という。)は,平成22年8月3日にそれぞれ発 売が開始された(乙4,9)。オールフリー及びダブルゼロは,いずれも本 件補正前(特許出願時)の特許請求の範囲の請求項1記載の発明の技術的範 囲に属するものであったが,本件補正後はその技術的範囲に属しないものと なった(乙1,弁論の全趣旨)。
2 争点 被告は,被告製品が本件発明の技術的範囲に属することを争っていない。本 件の争点は,本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものとして原告 が本件特許権を行使することができないか否かであり(特許法104条の3第 1項),被告は本件特許には以下の無効理由があると主張している。
サポート要件(特許法36条6項1号)違反 実施可能要件(同条4項1号)違反 補正要件(同法17条の2第3項)違反 オールフリーに係る発明(以下「公然実施発明1」という。)に基づく進 歩性欠如 ダブルゼロに係る発明(以下「公然実施発明2」という。)に基づく進歩 性欠如 米国特許第3717471号公報(以下「乙13公報」という。)に記載 された発明(以下「乙13発明」という。)に基づく進歩性欠如 特開2013-21944号公報(以下「乙17公報」という。)に記載 された発明(以下「乙17発明」という。)に基づくいわゆる拡大先願要件 (同法29条の2)違反 優先権の主張が認められないことを前提とする進歩性欠如3 争点に関する当事者の主張 )について (被告の主張) ア 本件発明は,エキス分の総量,pH及び糖質の含量につき数値範囲で限 定された発明であり,低エキス分のビールテイスト飲料に飲み応え感及び 適度な酸味を付与するという課題を解決するために,pHの値を特定の数 値範囲に限定したものとされる。
しかし,本件明細書において,本件発明の構成要件を満たす実施例は発 明品3の1例のみであり,この実施例は本件発明で規定される数値範囲の 境界値(エキス分の総量及びpHの下限値,糖質含量の上限値)のものに すぎない(【表1】)。また,本件明細書では,エキス分の総量を高くし た場合及び低くした場合のいずれであってもしっかりとした飲み応えを 提供できることが示されている(【表1】〜【表5】)。そうすると,本 件明細書の記載からは,エキス分の総量を0.5重量%以上2.0重量% 以下,かつ,糖質を0.5g/100ml以下にしてpHを変化させた場 合に本件発明の課題が解決されているかを理解することができない。
イ 本件発明はエキス分の総量を0.5〜2.0重量%の範囲に限定するも のであり,原告はこれにより飲み応え感の付与という効果を奏すると主張 する。しかし,本件明細書には,エキス分の総量が0.5〜2.0重量% の飲料より0.5重量%以下の飲料の方がより好ましいと明記されており (段落【0019】),原告の主張は本件明細書の記載と真っ向から反す るものである。
ウ 本件明細書に記載された複数の「発明品」(ただし,本件発明の実施品 であるのは前記発明品3のみである。)は,エキス分の総量と糖質の含量 がほぼ同じであり,飲み応え感の付与の効果がこれらのいずれかによるも のなのか不明であるから,エキス分の総量と糖質の含量が大きく異なる値 となった場合に本件発明の課題が解決されることはついては,本件明細書 に何ら開示されていない。
エ したがって,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものといえな いから,サポート要件(特許法36条6項1号)に違反する。
(原告の主張)ア 本件明細書において本件発明の構成要件を満たす実施例は一つである が,本件発明の数値範囲内で作用効果を奏することは本件明細書の記載か ら十分に認められ,本件発明の課題を解決できると認識することができ る。
すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明の欄には,@低エキス分(2. 0重量%以下)かつ低糖質のビールテイスト飲料において,pHの上限を 4.5,下限を3.0に調整することにより,飲み応え付与効果,更に適 度な酸味付与効果が得られること(段落【0006】,【0007】,【0 023】),A本件発明のノンアルコールのビールテイスト飲料の好まし い態様の一つは,低糖質のビールテイスト飲料であって,糖質の含量は0. 5g/100ml以下であることがより好ましいこと(段落【0028】, 【0029】),B本件発明の実施例である発明品3に加え,エキス分の 総量を0.5〜2.0重量%とする発明品4及び発明品5が飲み応えを有 すること(【表1】),Cエキス分の総量と糖質の含量を固定してpHを 変化させた場合の飲み応え感と酸味のデータ(【表2】〜【表5】)が記 載されており,これらを総合すれば,エキス分の総量0.5重量%以上2. 0重量%以下,pH3.0以上4.5以下,糖質の含量0.5g/100 ml以下という構成を有するノンアルコールのビールテイスト飲料が本 件発明の課題を解決できると当業者が認識することが可能である。
イ エキス分の総量は,pH調整による飲み応え付与という本件発明の技術 的意義が相対的に高く現れるという意味では低い方がより好ましいもの であるが(段落【0019】),絶対量としての飲み応え感はエキス分の 総量の減少に応じて低くなる。そうすると,pH調整による技術的意義を 好適な程度に有しながら,かつ,飲料として高い飲み応え感と酸味付与を 得る観点から全体的にみて最も好適なエキス分の総量が0.5〜2.0重 量%であることは,明細書の記載(段落【0019】,【0061】,【表 1】等)から把握することができる。
ウ エキス分の総量は糖質由来のエキス分と非糖質由来のエキス分から構 成されるところ(段落【0020】),本件発明においては非糖質由来の エキス分となる各種成分(タンパク質等)を添加してもよいから(段落【0 033】),非糖質由来のエキス分を配合することでエキス分の総量と糖 質の含量とがかい離することは当然に予定されている。そして,本件明細 書の記載(段落【0002】,【0017】,【0019】)を参酌すれ ば,非糖質由来のエキス分を更に添加して,エキス分の総量のみを0.5 〜2.0重量%に増量した場合,エキス分の総量による飲み応え感は,糖 質由来のエキス分と非糖質由来のエキスを合わせたエキス分による飲み 応え感となり,全体として飲み応え感が向上することを認識することがで きる。
エ したがって,本件発明は,発明の詳細な説明に記載された発明であって, 当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか ら,サポート要件に違反しない。
(特許法36条4項1号)違反)について(被告の主張)ア 本件明細書の実施例及び比較例では,pH調整剤(乳酸)の量を調整す ることによりpHの値を変化させている(段落【0058】)ところ,添 加する調整剤の量が異なればエキス分の総量も異なることになる。ところ が,発明品1〜5と対照品1〜5はそれぞれエキス分の総量が等しくなっ ており(【表1】),本件発明の実施品の製造方法の記載(段落【005 8】)に従っても,当業者は本件発明の数値範囲内にあるビールテイスト 飲料を調製することができない。実際に被告が行った再現実験(乙1)で は本件発明の実施例である発明品3を調製することができなかった。
イ 本件明細書の実施例及び比較例(【表1】〜【表5】)では,エキス分 の総量の数値と糖質の含量の数値がほぼ等しい値となっているものが示 されているのみであり,糖質の含量を下げつつ,エキス分の総量を増加さ せる方法については何ら開示されていないから,本件明細書の記載に基づ いてエキス分の総量と糖質の含量が大きくかい離したノンアルコールの ビールテイスト飲料を調製することはできない。
ウ したがって,本件明細書における発明の詳細な説明の記載は,当業者に おいて本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載され たものとはいえないから,本件特許は実施可能要件(特許法36条4項1 号)に違反する。
(原告の主張)ア 被告が行った再現実験は,本件明細書の段落【0058】の記載に基づ かないものである。そして,本件明細書の段落【0055】〜【0058】 には本件発明の実施品の製造方法の記載があり,その他本件明細書の記載 (段落【0020】〜【0022】,【0029】,【0030】,【0 033】等)を参酌すれば,当業者が過度の試行錯誤複雑高度な実験を 行うことなく,本件発明を実施することができる。
イ 本件明細書には,エキス分の総量が糖質の含量より多い例として発明品 4及び発明品5(【表1】)が記載されるとともに,エキス分の総量を調 整する工程と糖質の含量を調整する工程の両方が独立して記載されてい るから(段落【0041】,【0043】),エキス分の総量と糖質の含 量が大きく異なる本件発明の実施品を容易に製造することができる。
ウ したがって,本件特許は実施可能要件に違反しない。
(特許法17条の2第3項)違反)について(被告の主張) 本件補正はエキス分の総量の下限値を0.5重量%と限定するものであるところ,本件明細書にはエキス分の総量の上限値を0.5重量%とする技術事項のみ開示されており(段落【0019】,【0061】),エキス分の総量の下限値を0.5重量%に定める技術事項は何ら開示されていない。
また,本件補正は,エキス分の総量について下限値を,糖質の含量について上限値を定めたものであり,これによりエキス分の総量の値と糖質の含量の値とを大きくかい離させるという技術事項を導入することになったが,このことは本件明細書には何ら開示されていない。
したがって,本件補正は,新たな技術的事項を導入するものであって,補正要件(特許法17条の2第3項)に違反する。
(原告の主張) エキス分の総量0.5重量%は,本件明細書の段落【0019】に記載されているとおり,より好ましい範囲の上限値であるものの,同時に好ましい範囲の下限値でもあるから,本件明細書にはエキス分の総量を「0.5重量%以上2.0重量%以下」とすることは記載されている。
また,本件明細書には非糖質由来のエキス分の添加が許容されることが記 載されているから(段落【0033】),エキス分の総量と糖質の含量とがかい離することも当然予定されている技術事項である。
したがって,本件補正が補正要件に違反することはない。
発明1(オールフリー)に基づく進歩性欠如)について(被告の主張)ア オールフリーの公然実施 オールフリーが本件特許の優先日前に発売されたことにより,オールフ リーに係る発明(公然実施発明1)は日本国内において公然実施をされた 発明となった。
公然実施発明1の構成 公然実施発明1は,以下の構成を備えている。
a-@ エキス分の総量が0.39重量%であるノンアルコールのビール テイスト飲料である, a-A pHは3.78である, a-B 糖質の含量は0.5g/100ml未満である, b 前記飲料。
ウ 本件発明と公然実施発明1との一致点及び相違点 本件発明と公然実施発明1とは,本件発明がエキス分の総量を0.5重 量%以上2.0重量%以下としているのに対し,公然実施発明1がこれを 0.39重量%としている点で相違し,その余の点で一致する。
エ 相違点の容易想到性 ビールの分析方法については,ビール等の間接税課税物件等の試験方 法を定めた「国税庁所定分析法」とビール酒造組合国際技術委員会が定 めた「BCOJビール分析法」があるところ,いずれの分析方法におい てもエキス分が分析項目として挙げられており,ビールに関してエキス 分を測定することは当業者では当然の事項となっている。特開2008 -43231号公報(以下「乙14公報」という。),特開2011-139699号公報(以下「乙26公報」という。),特開2009-11200号公報(以下「乙27公報」という。)の記載から明らかなとおり,ビールとノンアルコールビールとは同じ技術分野に属するので,ビールの分析項目であるエキス分につきノンアルコールビールでも測定することが当業者では常識となっている。現に,本件特許の優先日前に頒布された「Biere der Welt(世界のビール)」と題する文献及び特開2011-229538号公報(乙29)には,アルコールの有無にかかわらず,エキス分が測定されることが開示されている。
このように,エキス分は,本件特許の優先日前において当業者に広く知られた技術事項であり,ビールテイスト飲料を調整するに当たっては,当然に着目する事項である。
また,特開2009-142233号公報(乙5),特開平11-127839号公報(乙6) 特開2010-279349号公報 , (乙7),特開2007-124960号公報(乙8),乙14公報,特開2005-13166号公報(乙15),特開2011-142901号公報(乙16)に記載されているとおり,本件特許の優先日前においては,アルコールの有無にかかわらず,飲料中のエキス分が低い場合に,風味,ボディ感,コク味ないし味の厚みに欠けることは当業者に広く知られていた。さらに,ノンアルコールビールテイスト飲料に限ってみても,特開2003-250503号公報(乙25),乙26公報,乙27公報に記載されているとおり,エキス分を増やせば飲み応えが付与されることは当業者における技術常識であった。
そして,オールフリーについては,多くの消費者から, 「コクがない」,「味が薄い」等の厳しい評価を受けており,コク(飲み応え)に乏しいことが当業者に認識されていた。そうすると,公然実施発明1及びこれ に関する評価を見た当業者において,飲み応えを出すためにエキス分を 増やそうとする動機付けや示唆があったことは明らかである。したがっ て,公然実施発明1において,飲み応えを高めるためにエキス分を0. 5重量%以上まで増加させることは,容易に想到できたものである。
本件明細書の発明品2(エキス分の総量は0.1重量%)と発明品3 (同0.5重量%)を比較すると飲み応えに差異がなく(【表1】), かえって,エキス分の総量を0.5%以上とすると飲み応え及び酸味が 劣ることが示されており(【表2】〜【表5】),エキス分の総量を0. 5重量%以上とすることに技術的意義はない。また,本件明細書には, 本件発明のエキス分の総量である「0.5重量%以上2.0重量%以下」 と比較して,より好ましい範囲のエキス分の総量として0.5重量%以 下であることが記載されているところ(段落【0019】),本件発明 は,公然実施発明1を回避するために,上記のエキス分の総量のより好 ましい範囲(0.5重量%未満)を除外したものであるから,従来技術 である公然実施発明1と比べて何らの技術的貢献をもたらすものではな い。
オ 小括 したがって,本件発明は,公然実施発明1に基づいて容易に発明をする ことができたものであるから,進歩性を欠く(特許法29条2項)。
(原告の主張)ア 本件発明の認定 本件発明はエキス分の総量,pH及び糖質の含量を一体として捉えるこ とで技術的意義を有するものであり,これらはひとまとまりの構成として 捉える必要があるから,本件発明の構成は以下のとおりとなる。
「 エキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であるノンアル コールのビールテイスト飲料であって,pHが3.0以上4.5以下で あり,糖質の含量が0.5g/100ml以下である,前記飲料。」イ 公然実施発明1の認定 被告がオールフリーを分析した結果(乙1,41の1)を見ると,別紙 1-1〜3のとおり,数十に及ぶ分析項目が存在する。オールフリーその ものは本件発明の技術思想(エキス分の総量,pH及び糖質の含量の各数 値範囲と飲み応え感,適度な酸味付与効果との相関に関する技術思想)を 開示するものではないから,多数の分析項目の中からエキス分の総量,p H及び糖質の含量の3つの成分のみを抜き出すことは本件発明の解決手 段ないし解決結果を踏まえなければ不可能である。すなわち,被告が主張 する構成は事後分析的な後知恵に基づくものというべきであるから,これ を公然実施発明1の構成とすることはできない。
オールフリーの上記分析結果に従うとすれば,公然実施発明1の構成は 以下のとおりとなる。
a 別紙1-1〜3の分析結果における各成分及び含有量であるノンアル コールのビールテイスト飲料である, b 前記飲料。
ウ 本件発明と公然実施発明1との一致点及び相違点 本件発明と公然実施発明1は,本件発明がエキス分の総量を0.5重量 %以上2.0重量%以下,pHを3.0以上4.5以下,糖質の含量を0. 5g/100ml以下としているのに対し,公然実施発明1がその分析結 果における各成分及び含有量としている点で相違し,その余の点で一致す る。
エ 相違点の容易想到性 本件特許の優先日当時,健康志向の高まりで,ノンアルコールのビール テイスト飲料の市場は活気を帯びていたところ,オールフリーは市場での 販売金額上位10品目のランキングで1位を占めており,消費者の満足度 は極めて高く,飲み応えの課題があったとは想定し難い。そうすると,公 然実施発明1から本件発明の解決課題(エキス分の総量が低いノンアルコ ールのビールテイスト飲料であっても飲み応え感が付与された飲料を提 供すること)を容易に認識し得ないから,相違点に係る構成に至ることが 容易であったとはいえない。
また,飲み応え感を付与するという課題を認識できたとしても,アルコ ール飲料において飲み応え感を付与するためには,エキス分を増やすので はなく,各種添加剤の種類や量を検討してみることが一般的であったか ら,エキス分の総量,pH及び糖質の含量のみに着目する示唆や動機付け は一切ない。
さらに,オールフリーの商品コンセプトは,トリプルゼロ(アルコール, カロリー,糖質のゼロ)であり,エキス分が薄い飲料であることを特徴と してそれが消費者に受け入れられていたのであるから,このコンセプトを 破壊するようなエキス分の総量を増やす行為は,オールフリーそのものを 否定することであり,設計事項としてなし得ない。
オ 本件発明の顕著な効果 本件発明の技術的意義は,pH調整による技術的意義としての高さと絶 対量としての飲み応え感の高さとはトレードオフの関係にあるという新 規な発見の中で,双方を両立させた範囲としてエキス分の総量を0.5〜 2.0重量%とした点にあり,低糖質(0.5g/100ml以下)であ っても所定のpH範囲であればこの技術的意義を維持できることが特徴 である。本件発明の効果は,このような技術的意義に裏打ちされたもので あり,公然実施発明1からは全く予測できない顕著なものであった。
カ 小括 したがって,本件発明は,公然実施発明1に対して十分に進歩性を有す るものである。
発明2(ダブルゼロ)に基づく進歩性欠如)について(被告の主張)ア ダブルゼロの公然実施 ダブルゼロが本件特許の優先日前に発売されたことにより,ダブルゼロ に係る発明(公然実施発明2)は日本国内において公然実施をされた発明 となった。
公然実施発明2の構成 公然実施発明2は,以下の構成を備えている。
a-@ エキス分の総量が1.07重量%であるノンアルコールのビール テイスト飲料である, a-A pHは3.05である, a-B 糖質の含量は0.9g/100mlである, b 前記飲料。
ウ 本件発明と公然実施発明2との一致点及び相違点 本件発明と公然実施発明2とは,本件発明が糖質の含量を0.5g/1 00ml以下としているのに対し,公然実施発明2がこれを0.9g/1 00mlとしている点で相違し,その余の点で一致する。
エ 相違点の容易想到性 糖質の含量は,栄養表示基準で規定されているように,本件特許の優 先日前において当業者に広く知られた技術事項であり,ビールテイスト 飲料を調整するに当たって当然に着目する事項である。
同基準は,糖質が0.5g/100ml未満であれば食品に「糖質0 (ゼロ)」と表示することができる旨定めているところ,「糖質ゼロ」 のビールテイスト飲料に対して健康志向の強い消費者の関心が高まって おり,実際,糖質を減らした商品が多数販売されていた。そうすると, 「糖質ゼロ」の表示という商業的アピールをするために,糖質の含量を 0.5g/100ml未満に下げる強い動機付けがあった。
したがって,糖質の含量を下げることは一般的な課題にすぎず,当業 者であれば容易に想到できたものである。
本件明細書では,糖質の含量を0.5g/100ml以下にすること で,これを0.5g/100mlより高くした例と比べて,飲み応えや 酸味が格段に改善されたということは何ら示されておらず,糖質の含量 を0.5g/100ml以下にすることに技術的意義はない。かえって, 本件明細書の【表1】では,糖質の含量を0.5g/100mlより高 くした発明品4及び発明品5と比べて,糖質の含量を0.5g/100 ml以下とした発明品3の方が飲み応えに関して劣った結果になること が記載されている。また,本件発明の特許出願時の特許請求の範囲の請 求項1には糖質の含量について何ら限定されていなかったが,本件補正 により糖質の含量を0.5g/100ml以下と限定されたところ,こ れは公然実施発明2を回避するために行ったものであるから,従来技術 である公然実施発明2と比べて何らの技術的貢献をもたらすものではな い。
公然実施発明2のエキス分,pH及び糖質の含量は本件明細書におけ る発明品4(【表1】)に概ね合致するものであるところ,発明品4と 本件発明の実施例である発明品3を比べると,飲み応えは発明品4の方 が優れており,本件発明は公然実施発明2と比較して有益な効果を奏す るとはいえない。
オ 小括 したがって,本件発明は,公然実施発明2に基づいて容易に発明をする ことができたものであるから,進歩性を欠く(特許法29条2項)。
(原告の主張)ア 本件発明の認定 公然実施発明1についてと同様の理由により,本件発明の構成は以下の とおりとなる。
「 エキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であるノンアル コールのビールテイスト飲料であって,pHが3.0以上4.5以下で あり,糖質の含量が0.5g/100ml以下である,前記飲料。」イ 公然実施発明2の認定 上記と同様の理由により,被告が主張する構成を公然実施発明2の構成 とすることはできない。
ダブルゼロについての被告による分析結果(乙1,41の3)に従うと すれば,公然実施発明2の構成は以下のとおりとなる。
a 別紙2-1〜5の分析結果における各成分及び含有量であるノンアル コールのビールテイスト飲料である, b 前記飲料。
ウ 本件発明と公然実施発明2との一致点及び相違点 本件発明と公然実施発明2は,本件発明がエキス分の総量を0.5重量 %以上2.0重量%以下,pHを3.0以上4.5以下,糖質の含量を0. 5g/100ml以下としているのに対し,公然実施発明2がその分析結 果における各成分及び含有量としている点で相違し,その余の点で一致す る。
エ 相違点の容易想到性 本件特許の優先日当時,ダブルゼロは相応の売上げを達成していた商品 であり,飲み応えに課題があったとは認められない。そうすると,公然実 施発明2から本件発明の解決課題を容易に認識し得ないから,相違点に係 る構成に至ることが容易であったとはいえない。
また,公然実施発明2の各種成分のうち,糖質の含量に着目する動機付 けはなく,糖質の含量は本件発明の課題ないし効果(飲み応え感の付与効 果)とは全く異質なものであるから,公然実施発明2から相違点に係る構 成に至ることは容易でない。
さらに,ダブルゼロは麦芽エキスを使用することを特徴としているとこ ろ,麦芽エキスの主成分は糖質であるから,糖質の含量を少なくすること は,麦芽エキスを少なくすることに等しく,ダブルゼロの製造目的に反す ることになるので,公然実施発明2について糖質の含量を少なくするとの 課題ないし動機付けは生じない。現に,被告は,平成24年2月21日に ダブルゼロの後継商品(初代「ドライゼロ」)を発売しているところ,こ の商品は糖質を3.4g/100mlも含むものであるから,公然実施発 明2の糖質含量0.9g/100mlを更に引き下げるという技術的課題 は認識されていなかったというべきである。
オ 本件発明の顕著な効果 公然実施発明1についてと同様の理由により,本件発明の効果は公然実 施発明2からは全く予測できない顕著なものであった。
カ 小括 したがって,本件発明は,公然実施発明2に対して十分に進歩性を有す るものである。
発明に基づく進歩性欠如)について(被告の主張) 乙13公報には,乙13発明,すなわち,エキス分の総量が1.12重量%であるビール飲料であり,pHは4.00であり,糖質(還元糖及びデキストリン)の含量は0.44g/100mlである,前記飲料が開示されている。
本件発明と乙13発明とは,本件発明がノンアルコールのビールテイスト飲料であるのに対し,乙13発明がビール飲料である点で相違し,その余の点で一致する。
本件発明は,低エキス分のビールテイスト飲料に飲み応え感及び適度な酸味を付与するという課題を解決するため,pHを特定の範囲に限定したものであるところ,飲み応え感を付与することはビールテイスト飲料にアルコールが含まれているか否かは関係がない(乙14〜16)。そして,本件特許の優先日当時においてはノンアルコールビール飲料の需要が高かったことからすれば,乙13発明のエキス分の総量,pHの値及び糖質の含量をノンアルコール飲料に流用することは,当業者であれば容易に想到することができた。
したがって,本件発明は,乙13発明に基づいて容易に発明することができたものであるから,進歩性を欠く(特許法29条2項)。
(原告の主張) 乙13発明の飲料には,アルコール,タンパク質,灰分,炭水化物等の各種成分が含まれるはずであり,これら全ての成分とその含有量が乙13発明の構成となる。また,被告が主張する乙13発明の糖分の含量の計算方法は本件明細書において規定されている食品の栄養表示基準に基づく方法と異なるから,被告が主張する乙13発明の糖分の含量は誤りであり,正確には,0.7593g/100mlとなる。
本件発明と乙13発明の一致点及び相違点は上記を踏まえて行うべきであり,被告が主張する一致点及び相違点は誤りである。
そして,アルコール飲料とノンアルコール飲料は技術分野が全く異なるので,アルコール飲料において見いだされた手段がノンアルコールのビールテイスト飲料にそのまま適用できるものではない。
したがって,本件発明は,乙13発明に対して十分に進歩性を有するものである。
乙17発明に基づくいわゆる拡大先願要件(特許法29条の2)違反)について (被告の主張) 乙17公報には,乙17発明,すなわち,エキス分の総量が0.5重量%であるノンアルコールビールテイスト飲料であり,pHは3以上4.5以下であり,糖質の含量は0.5g/100ml以下である,前記飲料が開示されている。
本件発明は乙17発明と同一であるから,本件特許は特許法29条の2に違反する。
(原告の主張) 乙17発明は,ビール様の風味を有さない単なる炭酸飲料であるから,本件発明の構成要件である「ビールテイスト飲料」を充足しない。また,乙17公報は,乙17発明のエキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であること,pHが3以上4.5以下であること及び糖質の含量が0.5g/100ml以下であることを開示していない。
したがって,本件発明が乙17発明と実質的に同一であるとは認められないから,特許法29条の2違反をいう被告の主張は失当である。
優先権の主張が認められないことを前提とする進歩性欠如)について(被告の主張) 本件特許の優先権の基礎となった特願2011-255388には本件発明の根拠となっている唯一の実施例(発明品3)が開示されていないから,本件発明が優先権の利益を受けることはないので,本件発明は本件発明の親特許の国際出願が行われた平成24年11月19日を基準として進歩性が判断されるべきである。そうすると,本件発明は,国際公開2011/145670号公報(乙38)に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものとなるから,進歩性を欠く(特許法29条2項)。
(原告の主張) 本件特許の優先権の基礎となった上記出願に係る明細書の記載は実質的 に本件明細書の記載と同等であり,本件発明は基礎出願の明細書に記載され ている。したがって,本件発明に関する優先権は有効であるから,優先権主 張が認められないことを前提とする被告の主張は失当である。
当裁判所の判断
1 2年8月3日に原告が販売を開始したものであり,その成分等を分析すること が格別困難であるとはうかがわれないから,オールフリーに係る発明(公然実 施発明1)は日本国内において公然実施をされた発明(特許法29条1項2号) に当たる。被告は,本件発明は公然実施発明1に基づいて容易に発明をするこ とができたので特許を受けることができない旨(同条2項)主張するものであ る。
本件発明と公然実施発明1の対比 ア の請求項1記載のとお り,「エキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であるノンア ルコールのビールテイスト飲料であって,pHが3.0以上4.5以下で あり,糖質の含量が0.5g/100ml以下である,前記飲料。」とい うものである。
一方,公然実施発明1は,証拠(乙1,4,41の1)及び弁論の全趣 旨によれば,別紙1-1〜3に示された各分析項目の成分量ないし特性を 備えたノンアルコールのビールテイスト飲料であり,エキス分の総量は0. 39重量%,pHの値は3.78,糖質はゼロ(栄養表示基準に基づき1 00ml当たり0.5g未満)であると認められる。
そうすると,本件発明と公然実施発明1は,エキス分の総量につき,本 件発明が0.5重量%以上2.0重量%以下であるのに対し,公然実施発明1が0.39重量%である点で相違し,その余の点で一致する。
イ これに対し,原告は,本件発明はエキス分の総量,pH及び糖質の含量の各数値範囲と飲み応え感及び適度な酸味付与という効果の関連性を見いだしたことを技術思想とするものであり,公然実施発明1はこのような技術思想を開示するものではないから,オールフリーの多数の分析項目の中からエキス分の総量,pH及び糖質の含量のみを抜き出して公然実施発明1を特定することは許されず,エキス分の総量,pH及び糖質の含量をひとまとまりの構成として相違点を認定すべきである旨主張する。
そこで判断するに,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおり解することができる。
本件発明は,特許請求の範囲の記載上,エキス分の総量,pH及び糖 質の含量につき数値範囲を限定しているが,各数値がそれぞれ当該範囲 内にあれば足りるのであり,これらが相互に特定の相関関係を有するこ とは規定されていない。また,本件明細書の発明の詳細な説明の欄をみ ても,例えば,エキス分の総量が0.5重量%であるときはpHをどの 範囲とし,これが2.0重量%であるときはpHをどの範囲とするのが 望ましいなどといった記載は見当たらず,要は,エキス分の総量,pH 及び糖質の含量がそれぞれ数値範囲内にあれば足りるとされている。
証拠(乙4,21,28の1)及び弁論の全趣旨によれば,@リキュ ールの品質及び成分の評価においてエキス分の総量,pH及び糖質の含 量が一般的な分析項目とされていること,A本件特許の優先日前に頒布 された「Biere der Welt(世界のビール)」と題する文 献(乙28の1)に,各種のノンアルコールビールテイスト飲料につい てエキス分及びpHを測定項目に含めた一覧表が掲載されていること, B原告が公然実施発明1の発売に当たり糖質の含量を測定し,糖質がゼ ロであることを宣伝文句としていることが認められる。これら事実関係 に照らせば,エキス分の総量,pH及び糖質はノンアルコールのビール テイスト飲料の性状を特定する上でごくありふれた項目であり,当業者 であれば当然に着目する事項とみることができる。
さらに,本件発明は,特許請求の範囲の記載上,エキス分又は糖質と して具体的にどのような物質をいかなる量含有するか,pHの数値をど のように規制するかを特定するものでなく,また,他の成分の存否や測 定値につき触れるところもない。本件明細書(甲2)の発明の詳細な説 明の記載をみても,エキス分の具体的成分及び総量を規制する手段,p H調整剤の種類及び使用方法,糖質の種類,その他の添加物の有無等に 格別の限定はされていない(段落【0020】,【0021】,【00 24】〜【0027】,【0030】,【0033】)。そうすると, 別紙1-1〜3に示された公然実施発明1の多数の分析項目のうちエキ ス分の総量,pH及び糖質以外の成分等の分析結果は,本件発明の進歩 性を検討するに当たり考慮する必要はないと考えられる。
以上によれば,本件発明の進歩性を判断する前提として公然実施発明 1との相違点を認定するに当たっては,エキス分の総量,pH及び糖質 の各数値をみれば足りると解すべきであるから,原告の上記主張を採用 することはできない。
相違点の容易想到性ア 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
公然実施発明1は,本件特許の優先日当時,我が国におけるノンアル コールのビールテイスト飲料の中で販売金額が最も大きかったが,その 一方で,消費者から,コク(飲み応え)がない,物足りない,味が薄い といった評価を受けていた。(乙10,34〜36) ノンアルコールのビールテイスト飲料については,本件特許の優先日 以前から,濃厚感,旨味感,モルト感,ボリューム感やコク感を欠くと いう問題点が指摘されており,これらを解消して飲み応えを向上させる ため,穀物の摩砕物にプロテアーゼ処理を施して得られる風味付与剤, 麦芽溶液を抽出して得られる香味改善剤又は香料組成物,植物性タンパ ク分解物や麦芽抽出物,麦芽エキス,清酒由来のエキスを用いる風味向 上剤,茶葉の水又はエタノール抽出物といった添加物を用いる技術が周 知となっていた。(乙14〜16,25〜27) 本件明細書におけるエキス分の総量とは,アルコール度数が0.00 5%未満の飲料の場合,脱ガスしたサンプルをビール酒造組合国際技術 委員会(BOCJ)が定めるビール分析法に従って測定したエキス値(重 もこの方法の測定対象となるエキス分に当たる。(甲2,乙2)イ 上記事実関係によれば,公然実施発明1に接した当業者において飲み応 えが乏しいとの問題があると認識することが明らかであり,これを改善す るための手段として,エキス分の添加という方法を採用することは容易で あったと認められる。そして,その添加によりエキス分の総量は当然に増 加するところ,公然実施発明1の0.39重量%を0.5重量%以上とす ることが困難であるとはうかがわれない。そうすると,相違点に係る本件 発明の構成は当業者であれば容易に想到し得る事項であると解すべきで ある。
なお,飲料中のエキス分の総量を増加させた場合にはpH及び糖質の含量が変化すると考えられるが,エキス分には糖質由来のものとそれ以外のものがあり(本件明細書の段落【0020】,【0033】参照),pHにも多様のものがあると解されることに照らすと,公然実施発明1にエキス分を適宜(例えば,非糖質由来で酸性又は中性のものを)加えてその総量を0.5重量以上としつつ,pH及び糖質の含量を公然実施発明1と同 程度のもの(本件発明の特許請求の範囲に記載の各数値範囲を超えないもの)とすることに困難性はないと解される。
ウ これに対し,原告は,@公然実施発明1については,消費者の満足度が高く,飲み応えに関する課題はなかったこと,A飲み応え感を付与する方法としてエキス分の総量に着目する動機付けがないこと,B公然実施発明1は,トリプルゼロ(アルコール,カロリー及び糖質のゼロ)を商品コンセプトとし,エキス分が薄いことを特徴としていたから,エキス分を増加させることは考え難いこと,C本件発明には公然実施発明1から予測できない顕著な効果があることを理由に,本件発明に進歩性がある旨主張するが,以下のとおり,いずれも採用することができない。
@についであり,飲み応えに乏しいとの意見もあったから,当業者(原告に限らない。)において公然実施発明1より飲み応えが高いノンアルコールのビールテイスト飲料を開発することの動機付けはあったと考えられる。
Aについて,ノンアルコールのビールテイスト飲料につき飲み応え感を付与するために各種のエキス分を添加する技術が周知であったことは前記当然に想定されるということができる。
Bについて,公然実施発明1の商品コンセプトは,アルコール,カロリー及び糖質がゼロであることであり(乙4),エキス分には糖質に由来しないものがあるから(上記イ),エキス分の総量を増加させることが上記コンセプトの破壊につながるとは認められない。
Cについて,エキス分の増加により飲み応えが向上することが周知であ るから,本件発明が公然実施発明1から予測し得る範囲を超えた顕著な効果を奏するということはできない。
小括 以上によれば,本件発明は公然実施発明1に基づいて容易に想到すること ができたから,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認め られる(特許法123条1項2号)。
2開始したものであり,その成分等を分析することが格別困難であるとはうかがわれないから,ダブルゼロに係る発明(公然実施発明2)は日本国内において公然実施をされた発明に当たる。被告は,これに基づく本件発明の進歩性欠如を主張するものである。
本件発明と公然実施発明2の対比 ア りのものである。
一方,公然実施発明2は,証拠(乙1,9,41の3)及び弁論の全趣 旨によれば,別紙2-1〜5に示された各分析項目の成分量ないし特性を 備えたノンアルコールのビールテイスト飲料であり,エキス分の総量は1. 07重量%,pHの値は3.05,糖質は0.9g/100mlであると 認められる。
そうすると,本件発明と公然実施発明2は,糖質の含量につき,本件発 明が0.5g/100ml以下であるのに対し,公然実施発明2が0.9 g/100mlである点で相違し,その余の点で一致する。
イ これに対し,原告は,ダブルゼロの多数の分析項目の中からエキス分の 総量,pH及び糖質の含量のみを抜き出して公然実施発明2を特定し,相 と同様の理由により,これを採用することはできない。
相違点の容易想到性 ア 証拠(乙10〜12)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の優先日当時,健康志向の高まりを受けて,ノンアルコールのビールテイスト飲料の分野では「糖質ゼロ」との表示のある商品が消費者から支持されていたこと,栄養表示基準(平成15年4月24日厚生労働省告示第176号)においては,糖質を100ml当たり0.5g未満とすれば糖質を含まない旨の表示をすることができることが認められる。
イ 上記事実関係によれば,公然実施発明2に接した当業者においては,糖質の含量を100ml当たり0.5g未満に減少させることに強い動機付けがあったことが明らかであり,また,糖質の含量を減少させることは容易であるということができる。そうすると,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得る事項であると解すべきである。
なお,飲料中の糖質の含量を減少させた場合にはエキス分の総量が減り,pHが変化すると考えられるが,エキス分には糖質由来のものとそれ以外のものがあり(本件明細書の段落【0020】,【0033】参照),そのpHにも多様のものがあると解されることに照らすと,公然実施発明2の糖質の含量を減少させてこれを0.5g/100ml以下としつつ,糖質に由来しないエキス分であって,酸性又は中性のものを増加させるなどして ,エキス分の総量及びpHを公然実施発明2と同程度のもの(本件発明の特許請求の範囲記載の各数値範囲を超えないもの)とすることに困難性はないと解される。
ウ これに対し,原告は,@公然実施発明2は主成分を糖質とする麦芽エキスを使用することを特徴としているから,糖質の含量を低下させることに阻害要因があること,A本件発明には公然実施発明2から予測のできない顕著な効果があることを理由に,本件発明に進歩性がある旨主張するが,以下のとおり,いずれも採用することができない。
@について,前記アのとおり「糖質ゼロ」のノンアルコールのビールテ イスト飲料が消費者の支持を受けていたことに照らせば,当業者(被告に 限らない。)において麦芽エキスの使用量を減少させてでも糖質の含量を 低下させようとする動機があったものと解される。
Aについて,公然実施発明2のエキス分の総量,pH及び糖質の含量は 本件明細書中の発明品4とほぼ同じであるところ(【表1】),発明品4 と本件発明の実施例である発明品3(同)を比べると,飲み応えの平均値 をみても(発明品3は3.3,発明品4は4.0),pHの調整による飲 み応えの変化をみても(発明品3は対照品3に対し1.0の改善,発明品 4は対照品4に対し1.0の改善),発明品3の効果が顕著に優れている とは認められない。
小括 以上によれば,本件発明は公然実施発明2に基づいて容易に想到すること ができたから,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認め られる。
3 結論 以上の次第で,原告は被告に対して本件特許権を行使することができないか ら(特許法104条の3第1項),その余の点を判断するまでもなく,原告の 請求はいずれも理由がない。よって,原告の請求をいずれも棄却することとし て,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 長谷川浩二
裁判官 中嶋邦人
裁判官 清野正彦