関連審決 |
無効2013-800213 |
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事件 |
平成
26年
(行ケ)
10240号
審決取消請求事件
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原告小橋工業株式会社 訴訟代理人弁護士 鮫島正洋 同 見憲 同 和田祐造 同 幸谷泰造 同 高橋雄一郎 訴訟代理人弁理士 林佳輔 同 福永健司 訴訟代理人弁護士 北島志保 被告松山株式会社 訴訟代理人弁理士 樺澤襄 同 樺澤聡 同 山田哲也 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2015/09/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が無効2013-800213号事件について平成26年9月29日にした審決を取り消す。 |
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前提となる事実
1 特許庁による手続の概要(争いがない。) 被告は,平成5年5月28日,発明の名称を「農作業機の整地装置」とする特許出願(特願平5-127319号)をし,平成11年12月3日,特許権の設定の登録(特許第3009807号。請求項の数は2。 を受けた ) (以下,この特許を「本件特許」といい,明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。甲9)。 原告は,平成25年11月6日,特許庁に対し,本件特許の請求項1に記載された発明についての特許を無効にすることを求めて審判の請求をしたところ(甲11),被告は,平成26年2月20日付け訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。 甲10)により,明細書についての訂正請求(訂正事項は,特許請求の範囲について2,発明の詳細な説明について2の合計4。以下,併せて「本件訂正」という。)をした。 特許庁は,上記各請求を無効2013-800213号事件として審理した結果,平成26年9月29日, 「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同年10月9日,原告に送達した。 原告は,平成26年11月7日,上記審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。 2 特許請求の範囲の記載(甲9,10) 本件特許につき,本件訂正後の請求項1に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,本件訂正後の請求項1に記載された発明を「本件発明」という。 訂正部分には下線を付した。。 )「ロータリー作業体を回転自在に設けた機枠と,この機枠に設けられ前記ロータリー作業体の上方部を被覆したカバー体と,前記ロータリー作業体の後方部に位置して前記カバー体に上下動自在に取着され前記ロータリー作業体にて耕耘された耕耘土を整地する整地体と,この整地体を支持するとともに先端部に係止突部を有する支持ロッドと,前記機枠に設けられ前記支持ロッドを介して前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操作手段と,この整地体操作手段を駆動操作する正逆転用モータと,このモータを制御する遠隔操作用のスイッチと,を具備し,前記機枠は,トラクタに連結される連結マストを有し,前記正逆転用モータは,前記連結マストに固着されたブラケットに固定されていることを特徴とする農作業機の整地装置。」 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。その概要は,@ 本件訂正は,特許法134条の2第1項ただし書,同条9項において準用する同法126条3項ないし6項の規定に適合するから,当該訂正を認める,A 本件発明は,実願平4-24711号(実開平4-133103号)のマイクロフィルム(甲1。 以下「甲1文献」という。)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)及び甲第2号証ないし第8号証に記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到することができたものとはいえない,というものである。 4 審決が認定した甲1発明の内容並びに本件発明と甲1発明との一致点及び相違点 (1) 甲1発明の内容「入力軸13を前方に向けて回転自在に突出するとともに出力軸14を回転自在に設けたミッション5を有する機枠1と, この機枠1に回転自在に設けられ前記ミッション5の出力軸14からの出力によって回転駆動されるロータリー作業体42と, このロータリー作業体42の上方部を被覆したカバー体37と,このカバー体37の後端部に上下動自在に連設され吊持杆53を上方に向けて突出した整地体と,を具備し, 前記機枠1は,左右方向に延在した主枠2を有し,この主枠2の左右両側部には前方に向けて突出した左右のロワアーム3の基端がそれぞれ挿通固着され,また,前記主枠2の中間部にはミッション5を内蔵したミッションケース体6が設けられ,このミッションケース体6の上部に突設された左右の取り付け片7には,トラクタのトップリンクに連結するトップマスト8の基端部がそれぞれ固着されており, 前記機枠1の左右両側部には作業機26が配設され, 前記作業機26は,機枠としての連結フレーム27を有し,左右の連結フレーム27の内端部から後方に突出されたブラケット28に一体の内側連結板58と前記連結フレーム27の外側部から後方に突出された外側連結板59との間に左右の支枠57がそれぞれ固着されており, 整地体は,前記左右の作業機26の前記カバー体37の後端部にゴム板45を介して固着された第1の整地板46と,この第1の整地板46の下端部に支軸47にて上下方向に回動自在に軸着された第2の整地板48にて構成され,前記第2の整地板48の略中間部には吊持杆53が回動自在に立設支持され, 前記支枠57は,後方に向けて突出したブラケット54を有し,このブラケット54には前記吊持杆53を挿通するガイド55及び前記吊持杆53を上下動調節して前記整地体の対土姿勢を設定するカム板62を支軸61にてそれぞれ回動自在に支持し,このカム板62には外周部に係合凹部70及び案内縁部71を形成し,また,支枠57の上部に突設されたブラケット67にシリンダー装置63の本体66の基端部を回動自在に軸支し,このシリンダー装置63のピストンロッド64の先端部に前記カム板62を回動自在に軸支し,前記吊持杆53は,上側部を前記ガイド55内に上下動自在に挿通し,上端部には前記カム板62の係合凹部70及び案内縁部71に係脱自在に係合する係合ピン56を突出することにより, ロータリー作業体42にて耕耘砕土された耕耘土の表面部は第1及び第2の整地板46,48にて順次整地され圃場は平らに整地するものであって,吊持杆を確実に上下に調節することができて,この吊持杆によりて[ママ]整地体を土引き作業や代掻き作業等の作業目的に応じた姿勢に簡単に調節設定することができる,農作業機。」 (2) 本件発明と甲1発明との一致点及び相違点 審決が認定した本件発明と甲1発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。 ア 一致点「ロータリー作業体を回転自在に設けた機枠と,この機枠に設けられ前記ロータリー作業体の上方部を被覆したカバー体と,前記ロータリー作業体の後方部に位置して前記カバー体に上下動自在に取着され前記ロータリー作業体にて耕耘された耕耘土を整地する整地体と,この整地体を支持するとともに先端部に係止突部を有する支持ロッドと,前記機枠に設けられ前記支持ロッドを介して前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操作手段と,この整地体操作手段を駆動操作する駆動源を具備し,前記機枠は,トラクタに連結される連結マストを有し,前記駆動源は,ブラケットに固定されている,農作業機の整地装置。」 イ 相違点「本件発明は,駆動源が正逆転モータであって,連結マストに固着されたブラケットに固定され,このモータを制御する遠隔操作用のスイッチを具備しているのに対し,甲1発明は,駆動源がシリンダー装置であって,連結マストに固着されたブラケットに固定するかどうか不明であり,さらに遠隔操作用のスイッチを具備しているかどうかも不明な点。」 |
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原告主張の取消事由
1 取消事由1(甲1発明の認定の誤り) (1) 従来,耕耘作業,代掻作業等の対土作業を行う作業機においては,整地板の位置の設定を「操作ハンドルの回動操作」により手動で行っていた。甲1発明は,この整地板の位置の設定を「駆動操作」により行うことで「操作ハンドル」を用いる従来の作業機の問題を解決したものである。したがって,甲1発明の認定に当たっては,従来の課題を解決するための解決手段である「整地板の位置の設定を駆動操作により行うこと」を特定した「実用新案登録請求の範囲」に記載された発明をもってすれば十分である。 審決が甲1発明に関して認定したような,機枠の左右両側部に作業機が配設されること,左右両側部の作業機に左右の支枠がそれぞれ固着されること,及び左右の支枠のブラケットにシリンダー装置が設けられることは,いずれも甲1文献に記載された一実施例における構成にすぎず,甲1発明の本質的特徴とは関係がなく,必須な構成とはいえない。 よって,甲1発明は次のように認定されるべきである。なお,甲1発明の理解を助けるべく,甲1文献記載の図面に付されている符号をかっこ書きで示すが,甲1発明の構成はこれに限定されない。 「入力軸(13)を前方に向けて回転自在に突出するとともに出力軸(14)を回転自在に設けたミッション(5)を有する機枠(1,27,57)と,この機枠(1,27,57)に回転自在に設けられ前記ミッション(5)の出力軸(14)からの出力によって回転駆動されるロータリー作業体(42)と,このロータリー作業体(42)の上方部を被覆したカバー体(37)と,このカバー体(37)の後端部に上下動自在に連設され吊持杆(53)を上方に向けて突出した整地体(46,48)と,を具備し,前記機枠(1,27,57)は,後側部には後方に向けて突出したブラケット(54)を有し,このブラケット(54)には前記吊持杆(53)を挿通するガイド(55)及び前記吊持杆(53)を上下動調節して前記整地体(46,48)の対土姿勢を設定するカム板(62)を支軸(61)にてそれぞれ回動自在に支持し,このカム板(62)には外周部に係合凹部(70)及び案内縁部(71)を形成し,後側上部にはシリンダー装置(63)を設け,このシリンダー装置(63)のピストンロッド(64)の先端部に前記カム板(62)を回動自在に軸支し,前記吊持杆(53)は,上側部を前記ガイド(55)内に上下動自在に挿通し,上端部には前記カム板(62)の係合凹部(70)及び案内縁部(71)に係脱自在に係合する係合ピン(56)を突出したことを特徴とする農作業機。」 (2) 仮に,甲1発明を「実用新案登録請求の範囲」に記載された構成により特定しないとしても,主引用発明としての甲1発明は,本件発明との対比に必要な範囲で認定されれば足り,それ以上に不必要に限定して甲1発明を認定すべきでない。 すなわち,作業機26,支枠57及びブラケット67は,甲1発明の一実施例において設けられているにすぎないのであって,駆動源であるシリンダー装置は機枠の後側上部に設けられているとすれば十分である。 したがって,審決における甲1発明の認定のうち,少なくとも, 「前記機枠1の左右両側部には作業機26が配設され」「左右の連結フレーム27の内端部から後方 ,に突出されたブラケット28に一体の内側連結板58と前記連結フレーム27の外側部から後方に突出された外側連結板59との間に左右の支枠57がそれぞれ固着されており,整地体は,前記左右の作業機26の前記カバー体37の後端部にゴム板45を介して固着された第1の整地板46と,この第1の整地板46の下端部に支軸47にて上下方向に回動自在に軸着された第2の整地板48にて構成され」るという構成にまで必要以上に限定して認定した部分には誤りがある。 よって,甲1発明は次のように認定されるべきである。なお,甲1発明の理解を助けるべく,甲1文献記載の図面に付されている符号をかっこ書きで示すが,甲1発明の構成はこれに限定されない。 「機枠(1,27,57)に回転自在に設けられたロータリー作業体(42)と,機枠(1,27,57)に設けられ,ロータリー作業体(42)の上方部を被覆したカバー体(37)と,カバー体(37)の後端部に上下動自在に連設された整地体(46,48)と,整地体(46,48)を保持する吊持杆(53)と,機枠(1,27,57)にミッションケース体(6)を介して固着されたトップマスト(8)とを備え,機枠(1,27,57)はブラケット(54)を有し,ブラケット(54)に吊持杆(53)を挿通するガイド(55)及び吊持杆(53)を上下動調節して整地体(46,48)の対土姿勢を設定するカム板(62)をそれぞれ回動自在に支持し,カム板(62)には外周部に係合凹部(70)及び案内縁部(71)を形成し,機枠(1,27,57)の後側上部にシリンダー装置(63)を設け,シリンダー装置(63)のピストンロッド(64)の先端部にカム板(62)を回動自在に軸支し,吊持杆(53)の上端部にカム板(62)の係合凹部(70)及び案内縁部(71)に係脱自在に係合する係合ピン(56)を突出し,シリンダー装置を作動させてピストンロッド(64)を伸縮又は収縮させると,ピストンロッド(64)によってカム板が回動し,係合凹部(70)と係合ピン(56)とが係合され又は案内縁部(71)と係合ピン(56)とが係合されることにより,整地体を土引き作業又は代掻き作業に応じた対土作業姿勢に設定することのできる農作業機。」 (3) なお,被告は,甲1発明において,シリンダー装置63は機枠1に設けられていないと主張する。 しかし,甲1発明において,機枠は,機枠1の主枠2,連結フレーム27,支枠22及び支枠57を有して構成されており,シリンダー装置63が機枠全体から見て後側上部に設けられていることは明らかである。甲1文献の【0034】段落にもこのことが明示されているし,甲1発明に係る特許の出願人である被告は,当該出願の権利化に際し,わざわざ「実用新案登録請求の範囲」中の「後側上部にはシリンダー装置を設け」の前に「前記機枠の」という文言を追加している。 (4) さらに,被告は,甲1発明は左右の作業機を有する折畳み可能なものに限定されると主張する。 しかし,甲1発明は,整地板の位置の設定を「駆動操作」により行うことで, 「操作ハンドル」を用いる従来の作業機の問題を解決したものであるから,折畳み可能な構成とすることは,甲1発明の本質的特徴,すなわち課題解決に寄与する構成とは全く関係がなく,必須な構成とはいえない。また,折畳み不可能なタイプは,本件特許の出願時において周知・慣用技術であったから,たとえ甲1文献に実施例として折畳み可能なタイプが記載されていたとしても,甲1文献に接した当業者が,甲1発明の課題を解決しつつ,折畳み不可能なタイプの甲1発明に係る農作業機を製造することは極めて容易である。したがって,作業機が回動変位することによって位置を変えること,すなわち折畳み可能とすることは,甲1発明が必然的に奏する機能ではなく,甲1文献に記載された一実施例の有する機能にすぎない。 加えて,被告は,甲1発明に係る実用新案登録出願が分割出願であり,その原出願の当初明細書では左右の作業機が折畳み可能な構成を前提としていることを根拠として挙げる。しかし,甲1文献は,主引用発明を認定するための「刊行物」として用いられるものであるから,原出願との関係を考慮して甲1発明を認定しなければならないわけではない。 そもそも,被告は,甲1発明に係る実用新案登録出願につき,左右の作業機が折畳み可能な構成に限定されないものとして実用新案登録を受けているのであるから,甲1発明において,左右の作業機が折畳み可能な構成に限定されないことは明らかである。 このように,甲1発明は,左右の作業機が折畳み可能な構成に限定されない。 2 取消事由2(甲1発明と本件発明との相違点の認定の誤り) (1) 審決の本件発明と甲1発明との一致点の認定については争わないが,相違点の認定には誤りがある。 (2) 上記1(3)のとおり,甲1発明において,シリンダー装置63は機枠全体からみて後側上部に設けられている。 そうすると,本件発明と甲1発明との相違点は,本件発明につき,@ 駆動源が正逆転モータであって,A 連結マストに固着されたブラケットに固定され,B このモータを制御する遠隔操作用のスイッチを具備しているのに対し,甲1発明につき,@ 駆動源がシリンダー装置であって,A 機枠の後側上部に設けられ,B 遠隔操作用のスイッチを具備しているかどうかが不明な点である。 3 取消事由3(相違点の容易想到性に関する判断の誤り) (1) 審決の認定及び判断のうち,上記相違点の@及びBに関する, 「作業状態の切替え動作の駆動源に正逆転モータを用い,当該モータのスイッチを運転席付近に設ける構成」を適用することは当業者が容易になし得たことであるとの判断,及び上記相違点のAに関する,駆動源を連結マストに固着されたブラケットに固定することは従来周知な構成であるとの認定は,いずれも正しい。 しかし,審決における相違点のAに関する次の各判断はいずれも誤りである。 (2) 正逆転モータの固定先を機枠の連結マストに固着されたブラケットとすることは,当業者が適宜設計する事項であること 審決は,相違点のAに関し,当該正逆転モータの固定先として,まずはそれぞれの作業機のままとすることが普通に考えることであって,それぞれの作業機の中央にある機枠のトップマストを選択することは,当業者が容易になし得たこととは認められない,と判断した。 しかし,審決は,甲1発明におけるシリンダー装置が機枠の左右両側部に配設された作業機に固着された支枠のブラケットに設けられていることを前提としているが,そもそも,上記1のとおり,当該認定は誤っており,これを前提としてされた相違点のAに関する審決の判断は失当である。 その一方,審決が認定・判断したとおり,甲1発明におけるシリンダー装置を正逆転モータに替え,当該モータのスイッチを運転席付近に設けることは,当業者にとって容易想到であり,また,駆動源を連結マストに固着されたブラケットに固定することは従来周知な構成である。なお,本件特許の出願日の時点において,正逆転モータを連結マストに固着されたブラケットに固定することも周知慣用技術である。そして,甲1発明においては,整地板の位置を設定する駆動操作をシリンダー装置によって行うため,整地板とシリンダー装置とが近接していた方が便宜であることを考慮して,シリンダー装置を機枠の後側上部に設けると規定したと解されるものの,本来,シリンダー装置は整地板の位置を設定することができさえすればよいのであるから,シリンダー装置を設ける位置は特に限定されないはずである。すなわち,シリンダー装置を機枠の後側上部に設けることの必然的理由はない。同様に,シリンダー装置を正逆転モータに替えた場合においても,正逆転モータの位置は特に限定されない。 そうすると,当業者が甲1発明におけるシリンダー装置を正逆転モータに替え,当該モータを機枠の後側上部ではなく,機枠の連結マストに固着されたブラケットに固定することは,当業者が適宜設計する事項であるというほかない。 (3) 正逆転モータから左右両側部の作業機側への新たな動力伝達手段は不要であるか,当業者が適宜選択できる設計事項にすぎないこと ア 審決は,相違点のAに関し,トップマストに正逆転モータを配置した場合,当該正逆転モータからの駆動力を左右両側部の作業機側へ伝達するには,駆動力伝達方向を変えるためにジョイント等の何らかの新たな構造を加えなければならないから,駆動源を連結マストに設けることが本件特許の出願前に周知な技術であったとしても,当該周知技術を適用することによって更なる改良を加えることが必要となることからすると,正逆転モータをトップマストに設けることが,当業者が格別困難なくし得たこととはいえないと判断した。 この判断は,甲1発明の左右両側部に配置された作業機が,回動変位することによって位置を変えるものであることを前提としているところ,この前提が誤りであることは上記1(4)において主張したとおりである。 そして,甲1発明を,例えば,作業機が回動変位しない構成とした場合には,審決が述べるようなジョイント等の何らかの新たな構造を加える必要もないから,正逆転モータを連結マストの固着されたブラケットに固定することに,何ら阻害要因はない。 イ 仮に,審決の甲1発明の認定を前提としても,当業者であれば,中央部の連結マストに設けた一つのモータの駆動力を左右両側の各作業機のカム板に伝達することにより,駆動力伝達方向を変えることなく左右両側の各作業機のカム板を駆動する構成を適宜選択することが可能である。 この点,被告は,審判手続において,連結ピンと同軸上の位置で停止する回動中心軸を中心として回転するロッド(回転シャフト)を有する構成にしなければならないと主張していた。しかし,当該構成は,動力伝達手段(ロッド)の途中に回動中心軸を設けて左右の各作業機のカム板を回動させる複雑な構成であるため,当業者であればこのような構造を採用することは極力避けるのが通常であるから,この被告の主張は失当である。 これに対し,例えば,特公昭61-3444号公報(以下「甲17文献」という。)には,リアカバーの左右両端に設けられた突出カバーをそれぞれ収納調整するためのシリンダーを駆動するために,装置の中央に設けられた油圧ポンプからの油圧を,油圧方向制御弁を介して高圧ホースにより取り出し,シリンダーに送油することができるロータリー耕耘装置が開示されている。また,実願昭57-151745号(実開昭59-55411号)のマイクロフィルム(以下「甲18文献」という。)には,整地板の両側部に設けられた延長板にそれぞれワイヤーが取付けられ,ワイヤーの他端にはそれぞれ操作レバーが対抗近接して設けられているため,操作レバー2本を同時に操作して二つの延長板を起伏作動させることのできる代掻機が開示されている。さらに,特開昭62-205702号公報(以下「甲19文献」という。)には,起振動装置と,当該起振動装置から90度折れ曲がった位置に設けられた動力伝達機構との間に,動力を分取するフレキシブルシャフトを介在させることによって,起振動装置に動力を伝達する装置が開示されている。 このように,甲1発明の農作業機において,シリンダー装置をモータに替える際に,モータを連結マストに固定するために採用される具体的な動力伝達方法は,当業者が適宜選択できる設計事項にすぎない。 ウ なお,被告は,甲1発明に係る実用新案登録出願の原出願(実願昭63-53924号)をした後,整地体の位置を設定する吊持杆をシリンダー装置によって上下動させる構造には,部品点数が多くなってその構造が複雑になり,また,遠隔操作することができないという問題があるとの理解のうえで,整地体の位置を設定する吊持杆を,トップマストに直接固定され,又は支脚を介して固定された操作ボックスの操作レバーによりワイヤーを介して上下動させる構造の農作業機に係る出願(実願昭63-92229号)をしている。 すなわち,被告は,甲1発明の構造に替えて,甲17文献ないし甲19文献記載の動力伝達機構を適用することが可能であることを認識しているにもかかわらず,当該機構を甲1発明に適用することはできないと主張するものであって,このような主張は,自らの先行行為に反するものである。 (4) 本件発明の作用効果は,当業者が容易に予測し得るものであること ア 審決は,「被請求人が主張する本件発明の作用効果は,・・当業者が容易に予測し得るものでもない」と判断した。ここで,審決が検討した本件発明の作用効果は,以下のものと解される。 @ 整地体操作手段を駆動操作する正逆転モータと,これを制御する遠隔操作用のスイッチを設けたことから,整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に遠隔的に簡単かつ確実に切替え設定することができ,手動操作で整地体を切替え設定するものに比べ操作性が大幅に向上するうえ,構造が簡単で特にコストアップになることがない。 A 正逆転モータを連結マストにブラケットを介して取り付ける構造であり,その連結マストはトラクタに連結されるもので,元々十分な強度を有しているため,連結マストを補強部材で補強する必要がなく,構造が簡単でコストアップになることがない。 B 連結マストは,トラクタに連結できるよう比較的高い位置に上方突出状で位置するため,例えば左右方向長手状の部材の長手方向中間部にモータを取り付ける構成等に比べて,正逆転モータの取付作業やメンテナンス作業が容易にできる。 C 連結マストが比較的高い位置に上方突出状で位置するため,整地作業時に飛散する泥が正逆転モータに付着しにくい。 イ しかし,本件発明の作用効果は,次のとおり,いずれも当業者が容易に予測し得るものである。 まず,作用効果@は,単に,整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に切換え設定する際に, 「手動操作」で行っていたものを,本件発明では「駆動操作」で行うことにしたことにより奏する作用効果であるから,そもそも甲1発明も同様に奏する作用効果であって,当業者が甲1文献から予測し得るものである。 作用効果AないしCについては,そもそも本件明細書に全く記載されていないから,本件発明の進歩性判断において参酌されない。仮に,作用効果AないしCを参酌し得たとしても,甲1発明におけるシリンダー装置を正逆転モータに替え,当該モータを機枠の後側上部ではなく機枠の連結マストに固着されたブラケットに固定することは,当業者が適宜設計する事項である以上,その作用効果も当業者が予測し得るといえる。 このように,本件発明の作用効果は,当業者が容易に予測し得るものである。 (5) 以上のとおり,本件発明と甲1発明との相違点は容易想到であるから,これに反する審決の判断は誤っている。 |
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被告の反論
1 取消事由1(甲1発明の認定の誤り)について 審決における甲1発明の認定に誤りはない。 (1) 本件発明に対する主引用発明としての甲1発明は,本件発明との関係で認定されるものである。甲1文献に記載された従来の作業機の課題を解決する手段として十分であるか否かや,その課題の解決に寄与する必須の構成であるか否かは,甲1発明の認定において関係のない事項である。したがって,本件発明との関係を無視して,甲1文献の実用新案登録請求の範囲に記載された発明をそのまま書き写す形で甲1発明と認定すべきという原告の主張は失当である。 仮に,甲1発明が甲1文献の「実用新案登録請求の範囲」に記載された発明であるとすると,「機枠」は「連結マスト」(トップマスト)を有しない構成として特定されるから,甲1発明に対し,公知技術である「駆動源を『連結マスト』に固着されたブラケットに固定する」という構成を適用できないことになる。 (2) 原告も主張するように,甲1発明は,本件発明との対比に必要な範囲で認定されるべきものである。しかし,原告は,本件発明との対比に必要な範囲の構成である作業機26,支枠57及びブラケット67を意図的に除外して甲1発明を認定すべきと主張している。当該主張は以下の理由により失当である。 本件発明は,正逆転モータが,連結マストに固着されたブラケットに固定されている,という構成を有している。 これに対し,甲1文献に記載された駆動源であるシリンダー装置63は,当該シリンダー装置63の本体66の基端部が,機枠1の左右両側部に配設された作業機26の支枠57の上部に突設されたブラケット67に,回動自在に軸支されている。 また,甲1文献には,カム板62を駆動操作する駆動源としては,左右の作業機26に設けられたシリンダー装置63のみが記載されている。 そうすると,甲1文献に記載された構成のうち,本件発明の上記構成との対比に必要なのは, 「シリンダー装置63は,機枠1の左右両側部に配設された『作業機26』の『支枠57』の上部に突設された『ブラケット67』に本体66の基端部が回動自在に軸支されている」という構成である。 また,原告は,支枠57が機枠の一部であるかのような主張をしているが,支枠57は,機枠の一部ではなく,左右の作業機の一部を構成するものである。しかも,シリンダー装置63は,支枠57の後側上部に設けられておらず,左右の各作業機の支枠57の前側上部にブラケット67を介して設けられている。 (3) なお,甲1発明は左右の作業機を有する折畳み可能なものに限定される。 ア 甲1文献の考案の詳細な説明や図面を考慮すると,実用新案登録請求の範囲の「後側上部にはシリンダー装置を設け」との記載は, 『機枠の左右両側部に配設 「される作業機の』後側上部にはシリンダー装置を設け」という意味であると解される。また,甲1文献の図面には,機枠1に左右の作業機26が連結ピン24を回動中心として回動可能に設けられ,この左右の作業機26の支枠57の前部上部に突設されたブラケット67にシリンダー装置63が設けられた折畳み可能な農作業機が図示されている。このように,甲1発明におけるシリンダー装置を用いて整地体を切り換える農作業機は,左右の作業機を有する折畳み可能なものに限定される。 また,甲1発明に係る実用新案登録出願は,実願昭63-53924号に係る出願の一部を分割出願したものであるが,当該原出願に係る発明は,左右の作業機と,この左右の作業機が連結ピンを回動中心として回動するとともにクラッチを着脱するシリンダー装置とを具備する農作業機であって,折畳み可能な構成であることを前提とするものである。したがって,折畳み可能な構成を前提とした原出願の一部を新たな出願とした分割出願に基づく甲1発明においても,そこに記載されている農作業機は左右の作業機を有する折畳み可能なものに限定される。 実際にも,甲1文献記載のような農作業機において,折畳み不可能な構成にすることは,当業者が通常行わないことである。 イ 仮に,甲1文献の実用新案登録請求の範囲の記載が折畳み不可能な農作業機を含むものであると仮定すると,その記載は,上位概念で抽象的に広く表現されたものにすぎず,その実用新案登録請求の範囲のみに記載された発明は当業者が実施し得る程度に記載されたものとはいえない。 したがって,このような上位概念で抽象的に広く表現された実用新案登録請求の範囲の記載のみを根拠として,甲1文献に折畳み不可能な農作業機が記載されていると認定することは許されない。 2 取消事由2(甲1発明と本件発明との相違点の認定の誤り)について 甲1文献に記載された駆動源であるシリンダー装置63は,農作業機の中央に位置する機枠1の後側上部に設けられるものではなく,機枠1の左右両側部に配設された作業機26に設けられるものである。 したがって,この点についての原告の主張は失当である。 3 取消事由3(相違点の容易想到性に関する判断の誤り) (1) 正逆転モータの固定先を機枠の連結マストに固着されたブラケットとすることは,当業者が適宜設計する事項であるとの主張について 駆動源の位置は当業者が適宜設計することができる事項であるとする理由について,何ら具体的な説明がなく,原告は単に主張しているにすぎない。 (2) 正逆転モータから左右両側部の作業機側への新たな動力伝達手段は不要であるか,当業者が適宜選択できる設計事項にすぎないとの主張について 甲17文献,甲18文献及び甲19文献にそれぞれ記載されている動力伝達手段の構成は,いずれも連結マストに設けたモータからの駆動力を左右の作業機側に伝達するものとは全く異なるものであるから,甲1発明の農作業機に適用できないことが明らかである。 (3) 本件発明の作用効果について 作用効果AないしCは,本件明細書又は図面の記載から当業者が推論できる公知技術に対する有利な効果であり,本件発明の進歩性判断において参酌されるべきものである。 |
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当裁判所の判断
当裁判所は,原告の各取消事由の主張はいずれも理由がなく,審決にはこれを取り消すべき違法はないと判断する。その理由は,以下のとおりである。 1 取消事由1(甲1発明の認定の誤り)について (1) 本件発明の内容について 本件明細書(甲9),及び本件訂正請求書(甲10)に添付された訂正明細書によれば,本件発明は,以下のとおりのものであることが認められる。 ア 本件発明は,農作業機の整地装置であって,ロータリー作業体にて耕耘された耕耘土の表面部を平らに整地する整地作業及び耕耘土を土寄せ作業するものに関する(【0001】。 ) イ 従来の農作業機の整地装置として,機枠にロータリー作業体を回転自在に設け,当該機枠に当該ロータリー作業体の上方部を被覆したカバー体を設け,当該ロータリー作業体の後方部に位置して当該ロータリー作業体にて耕耘された耕耘土を整地する整地体を当該カバー体の後端部に上下動自在に取着し,当該整地体の吊持杆の支持ロッドを回動自在に取着し,当該機枠に当該支持ロッドを所定の位置でロックしたり,ロックを解除したりする操作機構を設け,当該操作機構を手動操作して当該支持ロッドを介して当該整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定するものが知られている(【0002】。 ) こうした従来の農作業機の整地装置は,整地体の整地作業位置及び土寄せ作業位置への切替え設定を手動操作で行うため,操作性向上の点で好ましくないという問題がある。また,油圧で整地体を回動操作することも考えられるが,コストアップになるという問題がある(【0003】。 ) ウ 本件発明は,上記イのような問題に鑑みてされたもので,整地体操作手段で遠隔的に簡単かつ確実に整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に切替え設定することができるとともに,整地体操作手段の操作が容易であるうえ,構造が簡単で特にコストアップになることがない,すなわち,従来のものに比べて操作性が大幅に向上した農作業機の整地装置の提供を目的とするものである(【0004】。 ) エ 本件発明の農作業機の整地装置は,整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操作手段と,整地体操作手段を駆動する正逆転用モータと,当該モータを制御する遠隔操作用のスイッチとを設けたことにより,上記ウの目的を達する効果を奏する(【0034】。 ) また,本件発明の農作業機の整地装置では,機枠は,トラクタに連結される連結マストを有し(【0014】,正逆転モータが,連結マストに固着されたブラケット )に固定されている(【0022】。 ) オ 整地作業を行う場合には,遠隔操作用のスイッチを入れて正逆転モータを動作させると,当該モータの正転方向の回転駆動により支持ロッドのロックが解除され,支持ロッドに支持された整地体が土寄せ作業位置から上下回動自在の整地作業位置に切換え設定される(【0007】ないし【0009】。 ) 土寄せ作業を行う場合には,遠隔操作用のスイッチを入れて正逆転モータを動作させると,当該モータの逆転方向の回転駆動により支持ロッドがロックされ,支持ロッドに支持された整地体が整地作業位置から土寄せ作業位置に切換え設定される(【0010】ないし【0012】。 ) (2) 甲1発明について ア 甲1文献(甲1)には,次の記載がある(図は別紙図面目録のとおり。ただし,図5及び図7は省略。。 ) 「【実用新案登録請求の範囲】 【請求項1】 入力軸を前方に向けて回転自在に突出するとともに出力軸を回転自在に設けたミッションを有する機枠と,この機枠に回転自在に設けられ前記ミッションの出力軸からの出力によって回転駆動されるロータリー作業体と,このロータリー作業体の上方部を被覆したカバー体と,このカバー体の後端部に上下動自在に連設され吊持杆を上方に向けて突出した整地体と,を具備し,前記機枠は,後側部には後方に向けて突出したブラケットを有し,このブラケットには前記吊持杆を挿通するガイド及び前記吊持杆を上下動調節して前記整地体の対土姿勢を設定するカム板を支軸にてそれぞれ回動自在に支持し,このカム板には外周部に係合凹部及び案内縁部を形成し,後側上部にはシリンダー装置を設け,このシリンダー装置のピストンロッドの先端部に前記カム板を回動自在に軸支し,前記吊持杆は,上側部を前記ガイド内に上下動自在に挿通し,上端部には前記カム板の係合凹部及び案内縁部に係脱自在に係合する係合ピンを突出したことを特徴とする農作業機。」「【考案の詳細な説明】【0001】【産業上の利用分野】 本考案は農作業機に係り,たとえば,耕耘作業,代掻作業等の対土作業を行う作業機に関する。 【0002】【従来の技術】 従来,この種の対土作業を行う農作業機としては,たとえば,機枠にミッションを有する左右方向に延在した主枠を設け,この主枠の左右方向の両端部にチェーンケース及びブラケットを相対して設け,この左右のチェーンケース及びブラケットの下端部間に前記ミッションからの出力によって回転駆動されるロータリー作業体を回転自在に設け,このロータリー作業体の上方部を被覆したカバー体の後端部に吊持杆を有する整地板を上下動自在に設け,前記機枠に突設された支持体に操作ハンドルを回動により進退自在に取着し,この操作ハンドルの先端部に前記整地板の吊持杆を回動自在に軸着した構造が知られている。 【0003】【考案が解決しようとする課題】 前記構造では,ロータリー作業体にて耕耘砕土された耕耘土は,整地板にて,たとえば,高い位置の土を低い位置に引寄せて平らに整地する土引き作業や耕耘土の表面部を平らに整地する代掻き作業等の対土作業を行うものであるが,この場合,整地板は,操作ハンドルの回動操作によって土引き作業や代掻き作業等の対土作業姿勢に調節設定するため,整地板を作業目的に応じた姿勢に設定する操作ハンドルの回動操作に手数を要し,また,キャビン付きトラクタの三点リンク機構によって農作業機を持ち上げてトラクタに乗ったまま整地板を作業目的に応じた姿勢に設定しようとすると,その都度キャビンの窓を開閉しなければならず,操作ハンドルがキャビンに突き当たることがあり,この操作ハンドルがキャビンに突き当たらないように農作業機の持ち上げ量を調節すると操作ハンドルに手が届かなくなる,という問題がある。 【0004】 そこで,本考案はこのような点に鑑みてなされたもので,整地体を土引き作業や代掻き作業等の作業目的に応じた姿勢に簡単に調節設定することができ,また,キャビン付きトラクタの三点リンク機構によって農作業機を持ち上げてトラクタに乗ったまま整地体を作業目的に応じた姿勢に設定する際も,その都度キャビンの窓を開閉する必要がなく,操作ハンドルがキャビンに突き当たることもなく,農作業機の持ち上げ量を調節して操作ハンドルを操作し易い手元位置まで近づける必要もなく,したがって,整地体の調節設定が容易で操作性にすぐれた農作業機を提供することを目的とするものである。 【0005】【課題を解決するための手段】 本考案の農作業機は,入力軸を前方に向けて回転自在に突出するとともに出力軸を回転自在に設けたミッションを有する機枠と,この機枠に回転自在に設けられ前記ミッションの出力軸からの出力によって回転駆動されるロータリー作業体と,このロータリー作業体の上方部を被覆したカバー体と,このカバー体の後端部に上下動自在に連設され吊持杆を上方に向けて突出した整地体と,を具備し,前記機枠は,後側部には後方に向けて突出したブラケットを有し,このブラケットには前記吊持杆を挿通するガイド及び前記吊持杆を上下動調節して前記整地体の対土姿勢を設定するカム板を支軸にてそれぞれ回動自在に支持し,このカム板には外周部に係合凹部及び案内縁部を形成し,後側上部にはシリンダー装置を設け,このシリンダー装置のピストンロッドの先端部に前記カム板を回動自在に軸支し,前記吊持杆は,上側部を前記ガイド内に上下動自在に挿通し,上端部には前記カム板の係合凹部及び案内縁部に係脱自在に係合する係合ピンを突出したものである。 【0006】【作用】 本考案の農作業機では,整地体にて土引き作業を行う場合には,シリンダー装置を作動してピストンロッドが伸縮[ママ]されると,このピストンロッドにてカム板がブラケットの支軸を中心として回動されるとともに,このカム板の外周部に係合ピンを係合した吊持杆が整地体の自重によりガイドに沿って下降され,このカム板の係合凹部内に吊持杆の係合ピンが係合されることにより,吊持杆の下降がロックされる。また,吊持杆が下降されることにより吊持杆の下端部の整地体が下方に押動され,この整地体がカバー体との連設部を中心として下降回動される。そして,カム板の係合凹部内に吊持杆の係合ピンが係合されて吊持杆がロックされることにより,この吊持杆にて整地体は後端部を低くして所定の傾斜角度で傾斜して下方に突出した状態で保持される。 【0007】 そうして,たとえば,トラクタより本機を牽引進行するとともに,トラクタの動力取出軸部からの出力によって入力軸が回転されると,この出力がミッションの出力軸を経てロータリー作業体に伝達され,このロータリー作業体が回転駆動されて進行され,このロータリー作業体によって耕土が順次耕耘砕土されながら進行される。また,ロータリー作業体にて耕耘砕土された耕耘土は整地体にて順次引寄せられ,高い位置の土が低い位置に引寄せられて圃場は平らに整地される。 【0008】 つぎに,整地体にて代掻き作業を行う場合には,シリンダー装置を作動してピストンロッドが収縮されると,このピストンロッドにてカム板がブラケットの支軸を中心として回動されるとともに,このカム板の係合凹部内から吊持杆の係合ピンが外れて吊持杆のロックが解除され,このカム板の案内縁部に吊持杆の係合ピンが係合される。また,吊持杆のロックが解除されることにより整地体のロックも解除され,整地体はカバー体との連設部を中心として上下動自在のフリーの状態になる。 【0009】 そうして,たとえば,トラクタより本機を牽引進行するとともに,トラクタの動力取出軸部からの出力によって入力軸が回転されると, (略)ロータリー作業体にて耕耘砕土された耕耘土の表面部は整地体にて順次整地され圃場は平らに整地される。 【0010】【実施例】 以下,本考案の一実施例を添附図面に基づいて説明する。 【0011】 図において,1は機枠で,この機枠1は,左右方向に延在した中空円筒状の主枠2を有し,この主枠2の左右両端部には前方に向けて突出した左右のロワアーム3の基端部がそれぞれ挿通固着され,この左右のロワアーム3の先端部にはロワピン4がそれぞれ突設されている。また,前記主枠2の中間部にはミッション5を内蔵したミッションケース体6が設けられ,このミッションケース体6の上部に突設された左右の取付片7にトップマスト8の基端部がそれぞれ固着され,この左右のトップマスト8の先端部には連結部9が設けられているとともに,この左右のトップマスト8と前記左右のロワアーム3とはステー10にて連結されている。 【0012】 (略)また,前記ミッション5の入力軸13は前方に向けて回転自在に突出されているとともに,このミッション5の出力軸14は前記主枠2内に回転自在に設けられ[ている](略)」「【0014】 さらに,前記主枠2の左右両端部には後方に向けて水平状に突出した左右の連結アーム21の先端部が挿通固着され,この左右の連結アーム21の後端部間には支枠22が固着されているとともに,この左右の連結アーム21の後端外側部の上下には連結片23が相対して固着され,この左右上下の連結片23には前記クラッチ17の中心部より後方に位置して連結ピン24が挿脱自在に挿着されている。 【0015】 また,26は前記機枠1の左右両側部に配設される作業機で,この左右の作業機26は,機枠としての中空パイプ状の連結フレーム27を有し,この連結フレーム27の内端部にはブラケット28が固着されているとともに,この連結フレーム27の外端部にはチェーンケース29の上端部が固着されている。(略)【0016】 (略)また,前記ブラケット28の下端部と前記チェーンケース29の上下方向の途中にカバー体37が固着され,このカバー体37の内端部の側板37aに固着されたブラケット38と前記チェーンケース29の下端部との間には耕耘軸39が軸受40にて回転自在に横架され,この耕耘軸39の軸方向周側部には多数の耕耘爪41が放射状に突出され,この耕耘軸39及び多数の耕耘爪41にて前記カバー体37に上方部が被覆されたロータリー作業体42が構成されている。そして,前記左右のロータリー作業体42は,前記駆動軸30に前記チェーンケース29内に設けたチェーンを含む連動媒体を介して回転自在に連結されている。」「【0018】 さらに,前記左右の作業機26の前記カバー体37の後端部にはゴム板45を介して第1の整地板46が固着されているとともに,この第1の整地板46の下端部には支軸47にて第2の整地板48が上下方向に回動自在に軸着され,この第1及び第2の整地板にて整地体が構成されている。また,前記左右のカバー体37の後端左右部には吊持アーム49が後方に向けて水平状に突出され,この各吊持アーム49の後端部には前記第1の整地板46から軸50aにて回動自在に立設支持された支杆50が上下動自在に挿通され,各支杆50は吊持アーム49より上方に突出され,この各支杆50の上端部と前記吊持アーム49との間の各支杆50にはコイルスプリング51が捲回され,このコイルスプリング51によってそれぞれの支杆50が上下動自在に支持されている。また,前記左右の第2の整地板48の略中間部には軸52にて吊持杆53の下端部がそれぞれ回動自在に立設支持され,この左右の吊持杆53の上側部は後述する支枠57に固着されたコ字形状のブラケット54のガイド55内にそれぞれ上下動自在に挿通され,この左右の吊持杆53の上端左右部には係合ピン56がそれぞれ突出されている。 【0019】 また,前記左右のブラケット54を固着した前記支枠57はそれぞれ角柱状に形成されている。この左右の支枠57は,前記左右の連結フレーム27の内端部から後方に突出されたブラケット28に一体の内側連結板58と前記連結フレーム27の外側部から後方に突出された外側連結板59との間にそれぞれ固着されている。 また,前記左右の内側連結板58の内側上下部には前記連結ピン24を回動自在に挿通した連結片60が相対して固着されている。そして,この左右の連結ピン24を回動中心として左右の作業体26が機枠1に対して水平方向に回動自在に軸着されている。 【0020】 また,前記左右のブラケット54には支軸61にて前記ガイド55及びカム板62の一端部がそれぞれ上下方向に回動自在に軸支され,この左右のカム板62の他端部にはシリンダー装置63のピストンロッド64の先端部が連動杆65にて回動自在に軸着され,この左右のシリンダー装置63の本体66の基端部は前記支枠57の上部に突出されたブラケット67にそれぞれ支軸68にて回動自在に軸支されている。前記左右のカム板62は,図2乃至図5に示すように,相対する一対のカム片62a,62b及びこの一対のカム片62a,62bの前端部間の支片62cにて平面視略コ字形状に形成され,前記一対のカム片62a,62bの外周縁部には前記係合ピン56の両端部が係脱自在に係合する係合突縁69,係合凹部70及び案内縁部71がそれぞれ相対して連続して形成され,その一方のカム片62aの他端部に前記連動杆65の一端部が取着されている。また,前記左右の吊持杆53には,この吊持杆53の途中部に突設されたストッパー72に下端部が係止されたコイルスプリング73がそれぞれ捲装されている。(略)【0021】 つぎに,前記機枠1の支枠22には上下にシリンダー装置75が配設され,この上下のシリンダー装置75は本体76の基端部が上下方向の支軸77にてそれぞれ回動自在に横架されて支持され,この上下のシリンダー装置75の互いに反対方向に突出したピストンロッド78の先端部には前記左右の作業機26の支枠57の内端後部に突出されたブラケット79が縦軸80にて回動自在に軸着されている。 【0022】 つぎに,前記実施例の作用を説明する。 【0023】 トラクタの左右のロワリンクに左右のロワピン4を連結するとともに,トラクタのトップリンクにトップマスト8の連結部9を連結し,さらにトラクタの動力取出軸部に入力軸13をユニバーサルジョイントを両端部に有する動力伝達軸を介して連結する。 【0024】 つぎに,たとえば,畦畔際より内方部を耕耘砕土作業する場合には,上下のシリンダー装置75を作動してそれぞれのピストンロッド78を伸長すると,左右の作業機26は,それぞれの連結ピン24を回動中心として後側部から前方に向かって水平回動され,それぞれの円筒状のカバー体35の内端部が主枠2の左右のフランジ12に当接して位置決めされ,かつ,左右の作業機26の回動が阻止されると略同時に左右のクラッチ17は,一方のクラッチ爪体18に対して他方のクラッチ爪体32がそれぞれの複数のクラッチ凹部19,33及びクラッチ爪20,34が噛合した状態で連結される。」「【0026】 つぎに,トラクタにより本機が牽引進行されるとともに,トラクタの動力取出軸部からの出力によって入力軸13が回転駆動されると,この入力軸13の出力によってミッション5の出力軸14,クラッチ17,駆動軸30及び連動媒体を介して左右のロータリー作業体42が回転駆動される。(略)」「【0028】 つぎに,道路走行時や格納庫への格納時においては,上下のシリンダー装置75を作動してそれぞれのピストンロッド78を大きく収縮すると,左右の作業機26はそれぞれの連結ピン24を回動中心として後方に向って水平回動され,それぞれのカバー体35の内端部がフランジ12から離反すると略同時に左右のクラッチ17は一方のクラッチ爪体18から他方のクラッチ爪体32が離反して分断される。 そして,左右のピストンロッド78を大きく収縮した状態では左右の作業機26は機枠1の後方部に平行状に回動変位され,したがって,左右方向の巾が大きく縮小され道路走行や格納庫の格納に好ましい状態に小さく変形される。(略)【0029】 つぎに,整地体にて土引き作業を行う場合には,左右のシリンダー装置63を作動してそのピストンロッド64が伸縮[ママ]されると,この左右のピストンロッド64にて左右のカム板62がそれぞれのブラケット54の支軸61を中心として回動されるとともに,この左右のカム板62における一対のカム片62a,62bの外周部に係合ピン56の両端部を係合した左右の吊持杆53がそれぞれの第2の整地板48の自重によりそれぞれのガイド55に沿って下降され,この左右のカム板62の相対する係合凹部70内に左右の吊持杆53の係合ピン56の両端部がそれぞれ係合されることにより,左右の吊持杆53の下降がロックされる。また,左右の吊持杆53が下降されることにより左右の吊持杆53の下端部の第2の整地板48がそれぞれ下方に押動され,この左右の第2の整地板48がそれぞれの第1の整地板46との連設部である支軸47を中心として下降回動される。そして,左右のカム板62の相対する係合凹部70内に左右の吊持杆53の係合ピン56の両端部がそれぞれ係合されて左右の吊持杆53がロックされることにより,この左右の吊持杆53にて左右の第2の整地板48は後端部を低くして所定の傾斜角度で傾斜して下方に突出した状態で保持される。」「【0031】 つぎに,整地体にて代掻き作業を行う場合には,左右のシリンダー装置63を作動してそれぞれの伸長されたピストンロッド64が収縮されると,この左右のピストンロッド64にて左右のカム板62がそれぞれのブラケット54の支軸61を中心として回動されるとともに,この左右のカム板62の相対する係合凹部70内から左右の吊持杆53の係合ピン56の両端部が外れて左右の吊持杆53のロックが解除され,この左右のカム板62の相対する案内縁部71に左右の吊持杆53の係合ピン56の両端部が係合される。また,左右の吊持杆53のロックが解除されることにより左右の第2の整地板48のロックも解除され,この左右の第2の整地板48はそれぞれのブラケット54に対してそれぞれの吊持杆53及びコイルスプリング73を介して第1の整地板46との連設部である支軸52を中心として上下動自在のフリーの状態になる。」「【0034】【考案の効果】 本考案によれば,機枠の後側部に突出したブラケットに整地体の吊持杆を挿通するガイド及び前記吊持杆を上下動調節して前記整地体の対土姿勢を設定するカム板を支軸にてそれぞれ回動自在に支持し,このカム板には外周部に係合凹部及び案内縁部を形成し,前記機枠の後側上部に設けたシリンダー装置のピストンロッドの先端部に前記カム板を回動自在に軸支し,前記吊持杆の上端部に前記カム板の係合凹部及び案内縁部に係脱自在に係合する係合ピンを突出したので,シリンダー装置のピストンロッドを伸縮することによりカム板が支軸を中心として回動されカム板の係合凹部及び案内縁部に対して吊持杆の係合ピンが係合されて吊持杆を確実に上下に調節することができ,かつ,この吊持杆によって整地体を土引き作業や代掻き作業等の作業目的に応じた姿勢に簡単に調節設定することができ,また,キャビン付きトラクタの三点リンク機構によって農作業機を持ち上げてトラクタに乗ったまま整地体を作業目的に応じた姿勢に設定する際も,その都度キャビンの窓を開閉する必要がなく,操作ハンドルがキャビンに突き当たることもなく,農作業機の持ち上げ量を調節して操作ハンドルを操作し易い手元位置まで近づける必要もなく,したがって,整地体の調節設定が容易で操作性にすぐれた農作業機を提供することができる。」 イ 検討 進歩性の有無を判断する基礎となる引用発明が「刊行物に記載された発明」の場合,当該発明は,当該刊行物に接した当業者が把握し得る先行公知技術としての技術的思想である。そうすると,当該刊行物が甲1文献のような公開実用新案公報の場合には,考案の詳細な説明なども含め,当該公報全体に記載された内容に基づいて引用発明が認定されるべきであって,実用新案登録請求の範囲に記載された技術的思想に限定しなければならない理由はない。 そして,引用発明の認定は,これを本件発明と対比させて,本件発明と引用発明との相違点に係る技術的構成を確定させることを目的としてされるものであるから,本件発明との対比に必要な技術的構成について過不足なくされなければならない。 その際,刊行物に記載された技術的思想ないし技術的構成を不必要に抽象化,一般化すると,恣意的な認定,判断に陥るおそれがあることに鑑みれば,当該刊行物に記載されている事項の意味を,当該技術分野における技術常識を参酌して明らかにするとか,当該刊行物には明記されていないが,当業者からみると当然に記載されていると解される事項を補ったりすることは許容され得るとしても,引用発明の認定は,当該刊行物の記載を基礎として,客観的,具体的にされるべきである。 上記アにおいて認定した甲1文献の記載内容によれば,審決における甲1発明の認定は,本件発明との対比に必要な技術的構成について過不足なくされているし,甲1文献の記載を基礎として,客観的,具体的にされたものといえるから,この認定に誤りがあるということはできない。 ウ 原告の主張について(ア) 原告は,甲1発明の認定に当たり,甲1文献の実用新案登録請求の範囲に記載された発明をもってすれば足りると主張する。 しかしながら,甲1発明が,実用新案登録請求の範囲に記載された技術的思想の限度で認定されなければならないといえないことは,上記イにおいて判示したとおりである。現に,甲1文献の実用新案登録請求の範囲には,本件発明における「機枠は,トラクタに連結される連結マストを有し」という構成と対比されるべき構成が記載されていないから,本件発明との対比に必要な技術的構成について過不足なく認定するためには,甲1文献の【0011】及び【0023】の各段落の記載を参酌しなければならないことが明らかである。 なお,甲1文献の実用新案登録請求の範囲に記載された構成で甲1発明を認定すると,甲1発明は,本件発明における「機枠は,トラクタに連結される連結マストを有し」という構成を有しないことになるから,審決の判断と異なり,当該構成は本件発明と甲1発明との一致点に含まれない。その一方で,原告は,審決の本件発明と甲1発明との一致点の認定については争っていないから(第1回弁論準備手続期日調書参照),原告の主張には齟齬があるといわざるを得ない。 (イ) また,原告は,審決における甲1発明の認定のうち,少なくとも,「前記機枠1の左右両側部には作業機26が配設され」「左右の連結フレーム27の内端部 ,から後方に突出されたブラケット28に一体の内側連結板58と前記連結フレーム27の外側部から後方に突出された外側連結板59との間に左右の支枠57がそれぞれ固着されており,整地体は,前記左右の作業機26の前記カバー体37の後端部にゴム板45を介して固着された第1の整地板46と,この第1の整地板46の下端部に支軸47にて上下方向に回動自在に軸着された第2の整地板48にて構成され」るという構成にまで必要以上に限定した部分には誤りがあると主張する。 この点,甲1文献に記載されている実施例は, 「本考案の一実施例」 (【0010】)として掲げられているものの,甲1文献においては,他の実施例や,これを抽象化,一般化した構成に関し,特段の記載も示唆もない。そして,原告が指摘する上記各構成が,甲1文献に記載されていることは明らかであるから,甲1発明,すなわち甲1文献に接した当業者が把握し得る技術的思想を認定するに当たり,当該各構成をその内容に含めることが不当であるとはいえない。 よって,この点についての原告の主張は,いずれも採用することができない。 エ 被告の主張について (ア) 被告は,審決における甲1発明の認定には誤りがないと主張するものの,その一方で,甲1発明は左右の作業機を有する折畳み可能なものに限定されるとも主張している。 確かに,被告が主張するように,甲1文献には,折畳み可能な左右の作業機を有する農作業機のみが記載されている 【0019】 ( , 【0021】, 【0024】 【0 及び028】並びに図2,図3及び図6参照)。しかし,左右の作業機が折畳み可能であることは,甲1発明が解決しようとした課題や作用効果とは何ら関係がない構成である。そして,証拠(甲21ないし27)によれば,本件特許の出願日の時点において,折畳み不可能な作業機を有する農作業機は当業者に周知であったと認められるところ,かかる折畳み不可能な作業機を有する農作業機に甲1発明を適用することを排除するとか,それを示唆するような記載は甲1文献にされていないし,他に提出されている証拠からもそのような事情はうかがわれない。そうすると,甲1文献に接した当業者において,本件発明との対比に必要なものとして把握し得る技術的思想が,左右の作業機が折畳み可能な構成に限定されたものになるとはいえない。 (イ) また,被告は,甲1発明に係る実用新案登録出願が分割出願であることを指摘する。 しかし,刊行物の記載に基づいて進歩性判断の基礎となる引用発明を認定する際に問題とすべきなのは,当該刊行物そのものに接した当業者が把握し得る技術的思想が何であるかということである。そうすると,甲1発明に係る実用新案登録出願が分割出願であるからといって,その原出願の記載内容を当然に考慮しなければならないとはいえないところ,甲1文献には,記載されている技術的思想を把握するに際し当該原出願の記載内容も参酌すべきである旨の明示の記載もその示唆もされていない。 (ウ) したがって,審決が甲1発明を認定するに当たり,左右の作業機を折畳み可能とする構成を含めなかったことについて,誤りがあるとはいえない。 オ 以上によれば,原告の主張する取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(甲1発明と本件発明との相違点の認定の誤り)について (1) 審決は,本件発明と甲1発明との相違点の認定に当たり,甲1発明におけるシリンダー装置につき,連結マストに固着されたブラケットに固定するかどうか不 「明であ」ると判断した。 (2) 上記1(2)アにおいて認定した甲1文献の記載内容によれば,機枠1は左右方向に延びた主枠2を有し 【0011】, ( ) 主枠2の左右両端部には後方に向けて突出する連結アーム21が固着され,さらに連結アーム21の後端部間には支枠22が固着されている(【0014】)というのであるから,機枠1は,主枠2,左右の連結アーム21及び支枠22で構成されるというべきである。 また,機枠1の左右に配設される作業機26は,機枠としての連結フレーム27を有し(【0015】及び図1),連結フレーム27の内端部から後方に向けて突出するブラケット28に一体の内側連結板58と,連結フレーム27の外側部から後方に向けて突出する外側連結板59との間に,支枠57が固着されているから 【0 (019】,機枠としての連結フレーム27と支枠57とは,相互に固着されて一つ )の構造体を構成しているといえる。ここで,連結フレーム27は「機枠」とされており,支枠57についても,機枠1を構成する支枠22と同様に「支枠」とされていることからすると,連結フレーム27及び支枠57で構成される構造体も「機枠」の構成要素に当たると解するのが相当である。 そして,連結アーム21の後端外側部の上下に相対して固着された連結片23と,内側連結板58の内側上下部に相対して固着された連結片60とが,連結ピン24で連結されることによって(【0014】及び【0019】,機枠1と,連結フレー )ム27及び支枠57で構成される構造体とが相互に連結されることになるから,このように連結された構造体全体も「機枠」に当たるといえる。甲1文献記載の図2及び図3からも,主枠2,左右の連結アーム21及び支枠22で構成される機枠1と,連結フレーム27及び支枠57で構成される左右の構造体とが,農作業機全体の骨組みとなっていることを読み取ることができる。 加えて,甲1文献記載の実用新案登録請求の範囲に,機枠は,後側部には後方に向けて突出したブラケットを有し,このブラケットは吊持杆を挿通するガイド等を支軸にて支持すると記載されているところ,実施例において,当該ブラケットは支枠57に固着されるものである(【0018】)とされていることは,上記の解釈と整合する。 以上において検討したところによれば,甲1発明において,「機枠」は,主枠2,左右の連結アーム21及び支枠22で構成される機枠1と,連結フレーム27及び支枠57で構成される構造体とが連結された構造体全体を指すものと認められる。 (3) 審決の認定に係る甲1発明においても,機枠としての連結フレーム27の後方に設けられた支枠57の上部に突設されたブラケット67に,シリンダー装置63の本体66の基端部が軸支されているというのであるから,当該シリンダー装置は, 「機枠」の一構成要素としての支枠57の後側上部に設けられていると認めるのが相当である。 そうすると,本件発明と甲1発明との相違点は,次のとおりとなる(下線部分が審決と異なる部分である。。 )「本件発明は,駆動源が正逆転モータであって,連結マストに固着されたブラケットに固定され,このモータを制御する遠隔操作用のスイッチを具備しているのに対し,甲1発明は,駆動源がシリンダー装置であって,機枠の後側上部に設けられ,さらに遠隔操作用のスイッチを具備しているかどうかも不明な点。」 (4) 被告の主張について 被告は, 「機枠」が機枠1に相当する部分のみに限られることを前提として,駆動源であるシリンダー装置63は,機枠1の左右両側部に配設された作業機26に設けられるものであって, 「機枠」には設けられていないと主張する。しかし,甲1発明における「機枠」は,上記(2)において判示したとおり,機枠1と,連結フレーム27及び支枠57で構成される構造体とが連結された構造体全体を指すと認められるから,この点についての被告の主張を採用することはできない。 (5) 小括 以上によれば,審決の相違点の認定には誤りがある。もっとも,審決も,駆動源の固定先の差異を本件発明と甲1発明との相違点として捉え,この点についての容易想到性を判断していることから,この相違点の認定の誤りが結論に影響を及ぼすかどうかを引き続き検討する。 3 取消事由3(相違点の容易想到性に関する判断の誤り)について (1) 審決における本件発明と甲1発明との相違点に係る容易想到性に関する判断のうち,甲1発明における整地板の作業状態の切替え動作の駆動源として,シリンダー装置に替えて正逆転モータを用いるとともに,当該モータを制御するスイッチをトラクタの運転席付近に設けることは,実願昭62-161459号(実開平1-66803号)のマイクロフィルム(甲2)及び特開昭61-289809号公報(甲3)に記載されている事項に基づき,当業者が容易に想到し得た,と判断した部分に誤りがないことについては,当事者間に争いがない。 そうすると,本件発明と甲1発明との相違点に係る構成が当業者にとって容易想到であったというためには,シリンダー装置に替わる正逆転モータを,機枠の後側上部ではなくトップマスト(本件発明における連結マストに相当する。 に設けるこ )とについても,当業者にとって容易想到でなければならないことになる。 (2) 甲1発明において,整地体は,第1の整地板46と,その下方に設けられた第2の整地板48から構成され,当該第2の整地板48の中間部に吊持杆53が回動自在に立設支持されているところ,シリンダー装置63のピストンロッド64の先端部に回動自在に軸支されているカム板62によって,当該吊持杆53を上下動調節し,整地体の作業位置が設定される(【0018】【0020】【0029】及 , ,び【0031】。 ) そして,整地体は,ロータリー作業体によって耕耘された耕耘土を整地する目的で設けられているものであるから(【0007】及び【0009】,農作業機の後側 )に位置する。そうすると,当該整地体を構成する第2の整地板48の中間部に立設支持されている吊持杆53も,これを上下動調節するカム板62も,おのずから農作業機の後側に位置することになる。 このように,整地体に駆動力を伝達する部材が農作業機の後側に位置することからすると,シリンダー装置63も農作業機の後側に設ければ,駆動源であるシリンダー装置63と被駆動部材であるカム板62等とが近接することとなり,シリンダー装置で生み出された駆動力を簡易な手段で確実に伝達できる。甲1発明において,シリンダー装置63が機枠の後側上部に設けられ,シリンダー装置63のピストンロッド64の先端部にカム板62が直接軸支されていることは,まさに上記の技術的意義が現れているものといえる。このことは,シリンダー装置63に替えて正逆転モータを駆動源として用いる場合であっても同様である。 (3) これに対し,シリンダー装置63に替わる駆動源である正逆転モータをトップマスト8に設けると,トップマスト8は農作業機のトラクタ側に位置するから,正逆転モータから農作業機の後側に位置するカム板62への駆動力の伝達は,正逆転モータとカム板62とを直結するという簡易な手段ではなく,農作業機のトラクタ側から後側まで駆動力を伝達し得る何らかの機構を介して行わなければならない。 特に,甲1発明のように,左右両側部に作業機26が配設されているため,被駆動部材であるカム板62,吊持杆53及び整地体も左右両側部にそれぞれ配設されることになる農作業機においては,農作業機のトラクタ側中央部に位置するトップマスト8に設けられた正逆転モータが生み出した駆動力を,左右のカム板62に振り分けて伝達する機構が必要となる。 そうすると,正逆転モータをトップマスト8に設けようとすると,甲1発明では必要がなかった新たな駆動力伝達機構を導入しなければならず,駆動源と被駆動部材とを近接させ,駆動源で生み出された駆動力を簡易な手段で確実に伝達できるという技術的意義が失われてしまうことになる。その一方で,甲1発明において,シリンダー装置63に替わる駆動源である正逆転モータを,機枠の後側上部ではなくトップマスト8に設けることにより,何らかの有利な効果がもたらされることをうかがわせる証拠は見当たらない。 (4) 以上において検討したところによれば,トラクタに連結される農作業機の技術分野において,シリンダー装置を連結マストに固着されたブラケットに設けること(甲7,8)や,正逆転モータを連結マストに固着されたブラケットに設けること(甲3,29,30),正逆転モータを連結マストの周辺に設けること(甲31ないし33)が,いずれも本件特許の出願時において周知技術であったとしても,シリンダー装置63に替わる駆動源である正逆転モータを,機枠の後側上部からトップマスト8に敢えて移設する動機付けが当業者にあると認めることはできない。 したがって,本件発明と甲1発明との相違点に係る構成が当業者にとって容易想到であったということはできない。 (5) 原告の主張について ア 原告は,本来,シリンダー装置の位置は特に限定されないはずであって,シリンダー装置を正逆転モータに替えた場合においても,正逆転モータの位置は特に限定されないから,当業者が甲1発明におけるシリンダー装置を正逆転モータに替え,当該モータを機枠の後側上部ではなく,連結マストに固着されたブラケットに固定することは,当業者が適宜設計する事項であると主張する。 しかし,上記(2)及び(3)において判示したとおり,甲1発明において,シリンダー装置63が機枠の後側上部に設けられていることには,駆動源と被駆動部材とを近接させ,駆動源で生み出された駆動力を簡易な手段で確実に伝達することを可能にするという技術的意義があると認められるところ,シリンダー装置63に替わる駆動源である正逆転モータをトップマスト8に設けると,当該技術的意義が失われる一方,かかる構成を採用することの利点はうかがわれない。 そうすると,シリンダー装置63に替わる正逆転モータをトップマスト8に設けることが,当業者の適宜設計する事項であるということはできず,この点についての原告の主張を採用することはできない。 イ また,原告は,正逆転モータをトップマストに設けることが,当業者が格別困難なくし得たこととはいえないという審決の判断は,甲1発明の左右両側部に配置された作業機が回動変位することによって位置を変える,すなわち折畳み可能な構成であることを前提としているところ,この前提自体に誤りがあると主張する。 しかし,甲1文献に接した当業者において,本件発明との対比に必要なものとして把握し得る技術的思想が,左右の作業機が折畳み可能な構成に限定されたものになるといえないことは上記1(2)エにおいて判示したとおりであり,上記(2)及び(3)の判断は,作業機が折畳み可能であるか否かによっては左右されないから,この点についての原告の主張も採用することはできない。 ウ このほか,原告は,本件発明と甲1発明との相違点に係る容易想到性について種々の主張をするが,いずれも上記判断を左右するに足りない。 (6) 審決の判断について 審決は,本件発明と甲1発明との相違点を認定する際には, 「甲1発明は,駆動源が…連結マストに固着されたブラケットに固定するかどうか不明」としている(審決第5・2(1)ウ(22頁)。しかし,当該相違点についての容易想到性を判断する )際には, 「甲1発明の駆動源であるシリンダー装置63は,機枠1の左右両側部に配設された作業機26に設けられ」 (同第5・2(2)イ(23頁))と判示しており,シリンダー装置63の位置についての認定が一貫していない。 また,審決は, 「甲1発明の左右両側部に配設された作業機26は,回動変位することによってその位置を変えるもの」としている(同第5・2(2)ウ(23頁)。し )かし,審決が認定した甲1発明は,当該作業機26を折り畳むための構成(例えば,連結ピン24やシリンダー装置75)を有していないから,これは左右の作業機が折畳み可能なものに限定されないというべきである。そうすると,審決の相違点についての判示は,自らが認定した甲1発明と矛盾しているといわざるを得ない。 もっとも,審決は,結局のところ,本件発明と甲1発明との相違点に係る構成が当業者にとって容易想到であったということはできないと判断しており,この結論に誤りはない。 (7) 小括 以上によれば,少なくとも,甲1発明を引用発明とし,本件発明と対比して抽出された相違点に係る構成については,当業者にとって容易想到であったということはできない(なお,当然ながら,本判決は甲1発明以外のものを引用発明とした場合について判断するものではない。。 ) よって,審決における本件発明と甲1発明との相違点に係る容易想到性に関する判断は,その結論において相当である。そうすると,審決の相違点の認定に誤りがあるものの,当該誤りは審決の結論を左右するものではないから,原告の主張する取消事由2及び3はいずれも理由がない。 |
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結論
以上のとおり,原告の各取消事由の主張はいずれも理由がなく,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 設樂一 |
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裁判官 | 大寄麻代 |
裁判官 | 間明宏充 |