関連審決 | 無効2013-800110 |
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事件 |
平成
26年
(行ケ)
10147号
審決取消請求事件
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原告 日亜化学工業株式会社 訴訟代理人弁護士 古城春実 同 牧野知彦 同 堀籠佳典 同 加治梓子 訴訟代理人弁理士 松田一弘 同 蟹田昌之 被告三洋電機株式会社 訴訟代理人弁護士 尾崎英男 同 日野英一郎 同 鷹見雅和 訴訟代理人弁理士 廣瀬文雄 同 豊岡静男 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2015/09/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 特許庁が無効2013-800110号事件について平成26年5月23日 にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等(認定の根拠を掲げない事実は当事者間に争い がない。) 被告は,平成20年3月24日に出願され(特願2008-76844 号。特願2002-85085号(平成14年3月26日出願。以下「基礎 出願」といい,その出願日を「基礎出願日」という。)に基づく優先権主張 を伴 う特 願 20 03 -7 49 6 6号 (平 成1 5年 3 月1 9日 出願 。以 下 「原々出願日」という。)の一部を新たな特許出願とした特願2006-3 48161号(平成18年12月25日出願)の一部を新たな特許出願とし たものである。 ,同年9月5日に設定登録された,発明の名称を「窒化物系 ) 半導体素子の製造方法」とする特許第4180107号(以下「本件特許」 という。請求項の数は10である。)の特許権者である。 原告は,平成23年10月7日,特許庁に対し,本件特許につき無効審判 請求をしたが,平成24年7月20日に不成立審決がなされた。原告は,知 的財産高等裁判所に対し審決取消訴訟を提起したが(平成24年(行ケ)1 0303号),平成25年11月14日,請求棄却判決がなされた。 原告は,平成25年6月19日,特許庁に対し,本件特許の請求項全部を 無効にすることを求めて審判の請求をした。特許庁は,上記請求を無効20 13-800110号事件として審理をした結果,平成26年5月23日, 「本件審判の請求は,成り立たない。審判費用は,請求人の負担とする。」 との審決をし,その謄本を,同月29日,原告に送達した。 原告は,同年6月13日,上記審決の取消しを求めて本件訴えを提起し た。 2 特許請求の範囲の記載 2 本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし10の記載は,以下のとおりである(甲1。以下,請求項1ないし10に係る発明を併せて「本件特許発明」といい,個別的に示すときは,請求項の番号に合わせて「本件特許発明1」のようにいうこととする。また,本件特許の明細書及び図面をまとめて「本件特許明細書」という。さらに,請求項1を分説する場合には,審決の記載に従い,各発明特定事項を「発明特定事項A」ないし「発明特定事項F」のようにいう。。 )「【請求項1】A n型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいずれかからなる第 1半導体層の上面上に,活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体 層を形成する第1工程と,B 前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程と,C 前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研磨により発生した転位を含む 前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面の 転位密度を1×109cm-2以下とする第3工程と,D その後,前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が除去された 第1半導体層の裏面上に,n側電極を形成する第4工程とを備え,E 前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗を0.05Ωcm2 以下とする,F 窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項2】 前記第1半導体層の裏面は,前記第1半導体層の窒素面である,請求項1に記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項3】 前記第3工程により,前記転位密度は,1×10 6 cm -2 以下に低減される,請求項1又は2に記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 3 【請求項4】 前記第3工程により,前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が0.5μm以上除去される,請求項1〜3のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項5】 前記基板は,成長用基板上に成長することを利用して形成されている,請求項1〜4のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項6】 前記第1工程によって前記第1半導体層の上面上に前記第2半導体層を形成した後に,前記第2工程によって前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工を行う,請求項1〜5のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項7】 前記第1半導体層及び前記第2半導体層を劈開することにより,共振器端面を形成する第5工程をさらに備える,請求項1〜6のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項8】 前記第1半導体層は,HVPE法により形成される,請求項1〜7のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項9】 前記第2半導体層は,MOCVD法により形成される,請求項1〜8のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項10】 前記第1半導体層は,前記第2工程により180μm以下の厚みになるまで厚み加工される,請求項1〜9のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。」 43 審決の理由 (1) 審決の理由の要旨 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。その要旨は,@本件特許 発明は,不明確であるとはいえず,実施可能要件違反ないしはサポート要件 違反があるともいえない,A本件特許発明が未完成であるとはいえない,B 本件特許発明が基礎出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(甲5。以 下「当初明細書等」という。)の全体に記載した事項の範囲内のものではな いとはいえず,本件特許発明は優先権主張の効果を享受することができるか ら,本件特許発明の優先日は基礎出願の出願日である平成14年3月26日 であるところ,平成15年2月21日に公開された特開2003-5161 4号公報(甲2。以下「甲2」という)は,本件特許発明の優先日の後に頒 布されたものであるから,特許法29条1項3号及び2項の規定違反を理由 とする無効理由における引用例適格性を備えておらず,甲2を引用例とする 新規性欠如,進歩性欠如の主張は成り立たない,C本件特許発明1と甲2に 記載された発明(以下「甲2発明」という。)とが同一であるとはいえず, 本件特許発明2ないし10も同様であるから,特許法29条の2違反の無効 理由は成り立たない,というものである。 (2) 甲2発明の内容,一致点及び相違点の認定 審決が認定した甲2発明の内容,本件特許発明1と甲2発明との一致点及 び相違点は以下のとおりである。 ア 甲2発明の内容 「窒化ガリウム(GaN)基板上にIII-V族の窒化物を用いた化合物 半導体レーザダイオードのような化合物半導体発光素子を形成する際,劈 開面を形成するためにGaN基板の下部面を機械的に研磨してその厚さを 薄くする必要があり,研磨後もなお発光素子を支持することができる所定 の厚さになるまで前記GaN基板の下部面をグラインディング,ラッピン 5グ又はポリシングにより研磨し,その後,前記GaN基板の下部面にn型電極を付着していたところ, 前記研磨過程でGaN基板の下部面が損傷し,GaN基板の下部面にダメージ層が形成されるので,前記n型電極はダメージ層に付着するようになって付着が不良になり,その結果,前記n型電極に印加される電圧に関する発光効率が低くなり,また,発光素子の動作過程で発生する熱が多くなるため発光素子の寿命が短縮する等,素子の特性が低下する問題があったので, 上部面に発光素子が形成されたGaN基板の下部面を加工するに際し,該下部面にダメージ層が形成されることを防止して,前記発光素子の特性の低下を防止することができる半導体発光素子の製造方法を提供することを目的として, GaN基板の下部面を加工してn型電極を効果的に形成できるIII-V族の窒化物を用いた化合物半導体発光素子の製造方法であって, GaN基板上にレーザダイオードを形成する場合, n型GaN基板上にn型GaN層,n型AlGaN/GaNクラッド層,n型GaNウエーブガイド層,InGaN活性層,p型GaNウエーブガイド層,p型AlGaN/GaNクラッド層及びp型GaN層を順次形成する段階と, 前記p型GaN層及びp型AlGaN/GaNクラッド層を順次エッチングしてリッジを形成した後,保護層及びp型電極を順次形成する段階と, その後,前記n型GaN基板の下部面を,該GaN基板上に形成された発光構造体を支持できる範囲内でその厚さが可能な限り薄くなるように機械的に研磨する段階と, 前記機械的に研磨されたn型GaN基板の下部面に形成された,多くの 6 欠陥が生成されているダメージ層を,該ダメージ層が除去されうると見積 もった時間よりも長い時間,乾式又は湿式エッチングすることによって前 記下部面の前記ダメージ層が存在しなくなるまで完全に除去する段階と, 前記乾式又は湿式エッチングされたGaN基板の下部面上にn型電極を 形成する段階と, を含み, GaN基板の下部面の表面状態を示す走査電子顕微鏡写真では, 機械的研磨後には,GaN基板の下部面近傍に,多数の線状の黒い模様 が写っているが, 機械的研磨により形成された前記ダメージ層を乾式又は湿式エッチング によって除去した後には,下部面近傍には前記線状の模様は写っておら ず, n型電極の付着特性が安定的なので,レーザダイオードのような発光素 子の発光効率を高めることができ,その他の特性が低下することも防止で き, 前記乾式又は湿式エッチングされたGaN基板の下部面上にn型電極が 形成されたレーザ素子の電圧―電流特性は,エッチングの種類に関係なく 5Vより低い電圧の印加で20mAの電流が得られるものである, 化合物半導体発光素子の製造方法。」イ 一致点 「n型の窒化物系半導体基板からなる第1半導体層の上面上に,活性層を 含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程と, 前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程 と, 前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研磨された前記第1半導体層 の裏面近傍の所定の領域を除去する第3工程と, 7 その後,前記裏面近傍の領域が除去された第1半導体層の裏面上に,n 側電極を形成する第4工程とを備えた, 窒化物系半導体素子の製造方法。」 である点。 ウ 相違点 (ア) 相違点1 「前記「第3工程」で「除去」される所定の「領域」が,本件特許発明 1では,「研磨により発生した転位を含む第1半導体層の裏面近傍の領 域」であるとともに,該「除去」により「前記第1半導体層の裏面の転 位密度を1×10 9 cm-2 以下と」しているのに対し,甲2発明では, 「多くの欠陥が生成されているダメージ層」であり,該ダメージ層除去 後のGaN基板の裏面の転位密度は不明である点。」 (イ) 相違点2 「本件特許発明1では,「前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタ クト抵抗」を「0.05Ωcm 2 以下とする」のに対し,甲2発明で は,GaN基板の下部面上にn型電極が形成されたレーザ素子の電圧― 電流特性は,エッチングの種類に関係なく5Vより低い電圧の印加で2 0mAの電流が得られるものであるものの,前記第1半導体層と前記n 側電極とのコンタクト抵抗の値は不明である点。」 |
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原告の主張
審決には,甲2発明の認定の誤り(取消事由1),本件特許発明と甲2発明 の同一性の判断の誤り(取消事由2),進歩性判断の誤り(取消事由3),実施 可能要件又はサポート要件違反の判断の誤り(取消事由4)があり,これらの 誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきで ある。 1 取消事由1(甲2発明の認定の誤り) 8(1) 審決は,甲2の記載から前記第2の3(2)アのとおりの甲2発明を認定し た上で,同イ及びウのとおりの本件特許発明1との一致点及び相違点を認定 した。 しかし,特許法29条の2所定の特許要件における発明の認定は,先願明 細書に「記載されている事項」と「記載されているに等しい事項」により行 うところ,これは,記載されている事項の客観的な意味内容によって決せら れるべきであり,出願当時の技術水準により左右されるものではない。 そして,後記(2)のとおり,甲2には客観的事実として透過型電子顕微鏡 (TEM。以下,単に「TEM」ということがある。)によって撮影された 写真が掲載されており(甲2,図9・10),それにより示される客観的事 実は「転位を含む領域が全て除去された」という事実であるから,これが 「記載されている事項」に該当する。 しかし,審決は,甲2の出願の優先日当時の技術水準によって転位が理解 できるかどうかを判断しており,特許法29条の2における「発明」の認定 手法を誤り,その結果,本件特許発明1との一致点及び相違点の認定を誤っ たものである(正しい認定は後記(5)のとおりである。。 )(2) 甲2には,機械研磨後に,GaN基板の下部に,多くの欠陥が生成され ているダメージ層が存在する旨の記載がある(【0038】。そして, ) 「従来 技術によりGaN基板の下部面を機械的に研磨した後の表面状態」を示す電 子顕微鏡写真が図9として示されているところ,これから機械研磨面により 発生した黒い線状の模様を看取することができる。そして,客観的事実とし て,TEM写真において,転位は「線状の黒い模様」として写る。そうする と,客観的な事実として,甲2の「多くの欠陥が生成されているダメージ 層」は本件特許発明でいう「転位を含む領域」であるといえる。 そして,甲2には,「機械的研磨により形成されたダメ-ジ層を・・・エ ッチングによって除去した後のGaN基板の下部面の表面状態を示す」電子 9顕微鏡写真(【0039】)として,図10が示されているところ,同写真においては,図9のダメージ層が完全に除去されている。 したがって,甲2では,研磨によって発生した「転位を含む領域」がエッチングによって完全に除去され,その結果,GaN基板裏面の転位密度が研磨前のGaN基板の転位密度に戻っている。 なお,甲2の【図面の簡単な説明】等には,図9,10は走査電子顕微鏡(SEM。以下,単に「SEM」ということがある。)による写真である旨記載されているが,SEM及びTEMとの使用目的の相違やそれぞれを用いて撮影された写真に現れる特徴の差異,上記各写真の内容等に照らすと,甲2の上記記載は,TEM又は走査型透過電子顕微鏡(STEM)の誤記である。 以上のことは,基礎出願日前に甲2発明の発明者が発表した学術論文(甲3の3)の記載からも明らかである。すなわち,甲3の3には,機械研磨により発生した結晶欠陥のエッチングによる除去後のTEM写真が掲載されているところ,これらと甲2の図9,10とは同一である。したがって,甲2の図9,10がTEM写真であること,甲2においても機械研磨により発生したGaN基板のダメージ層の結晶欠陥がエッチングにより完全に除去されていること,エッチング除去後における結晶欠陥の密度が10 7cm-2であることが分かる。 さらに,甲2には,GaN基板22の厚み加工を,@GaN基板の結晶を損傷しないエッチング処理のみで行う例(第1実施例)と,A機械的研磨で所定の厚さに縮めた後,ダメージ層をエッチング処理する例(第2実施例)が記載され,Aの第2実施例については,エッチングによる除去処理を,「ダメージ層・・・を完全に除去」するため,「ダメージ層・・・が除去されうると見積もった時間よりも長い時間」実施するとされているところ,図8に,A(第2実施例)によって@(第1実施例)と同様の状態のGaN基 10 板が得られることが示されていることからも裏付けられる。 したがって,客観的事実に基づけば,甲2でいう「多くの欠陥が生成され ているダメージ層」が本件特許発明における「転位を含む領域」であり,該 ダメージ層除去後のGaN基板の裏面の転位密度は研磨前の基板の転位密度 となっているものといえる。 (3) 仮に,審決のように甲2発明の認定において技術水準を参酌したとして も,審決は技術水準の認定を誤り,その結果,本件特許発明1との一致点及 び相違点の認定を誤っている。 すなわち,審決は,甲2の出願の優先日当時,転位がTEM写真では線状 の黒い模様として写ることが技術常識であったとまではいえないとしている が,転位の定義は「線状の結晶欠陥」なのであるから,これが結晶欠陥を観 察するTEM写真において線状に写ることは技術常識であった。 また,基礎出願日当時,基板を機械研磨すれば,加工変質層又はダメージ 層などと呼ばれる結晶が損傷した層が発生すること,これをエッチングで完 全に除去することは,技術常識であり,当業者に周知慣用の技術であった。 そして,甲2では「ダメージ層」と記載され,これをエッチングで完全に 除去することが明記されているのであるから,当業者にとって,甲2の技術 が周知慣用技術である加工変質層(ダメージ層)の除去を述べていることは 一義的に明らかである。 (4) なお,審決は,機械的研磨により発生した転位が電子顕微鏡写真で写る ことが技術常識であったとしても,甲2の図9及び10の電子顕微鏡写真の スケールが不明(スケールらしきものが写っているが不鮮明であり読み取る ことができない。)であること等を理由に,エッチング後の基板の転位密度 を算出することはできない,と認定している。 しかし,前記(2)のとおり,甲2の図9及び10は,甲2発明では機械研 磨により発生した結晶欠陥(転位を含む)が完全に除去されていることを客 11 観的事実として明示している以上,少なくとも,上記写真画像が不鮮明であ ること等は,転位を含む領域が除去されているという客観的事実を否定する 理由とはならない。 (5) 以上によれば,本件特許発明1と甲2発明の一致点及び相違点は,以下 のとおり認定されるべきである(本件において争点とならない点は,審決の 一致点・相違点の認定を参考にして簡略にした。下線部は審決と異なる箇所 である。) ア 一致点 n型の窒化物系半導体基板からなる第1半導体層の上面上に,活性層を 含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程と, 前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程 と, 前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研磨により発生した転位を含 む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面 を元の基板の転位密度にする第3工程と, その後,前記転位を含む裏面近傍の領域が除去された第1半導体層の裏 面上に,n側電極を形成する第4工程とを備えた, 窒化物系半導体素子の製造方法。 イ 形式的な相違点1 本件特許発明1では,前記「第3工程」の「除去」により「前記第1半 導体層の裏面の転位密度を1×10 9cm-2以下と」しているのに対し, 甲2発明では,ダメージ層除去後のGaN基板の裏面の転位密度が研磨前 の基板の転位密度になっているが,研磨前の基板の転位密度が明示されて いない点。 ウ 形式的な相違点2 本件特許発明1では,「前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタク 12 ト抵抗」を「0.05Ωcm2以下とする」のに対し,甲2発明では,G aN基板の下部面上にn型電極が形成されたレーザ素子の電圧―電流特性 は,エッチングの種類に関係なく5Vより低い電圧の印加で20mAの電 流が得られるものであるものの,前記第1半導体層と前記n側電極とのコ ンタクト抵抗の値は明示されていない点。 2 取消事由2(本件特許発明と甲2発明の同一性の判断の誤り) 前記1のとおり,本件特許発明1と甲2発明との間には,転位密度及びコン タクト抵抗の数値の点では形式的な相違点がある。 しかし,以下のとおり,両者は実質的に同一である。 したがって,両発明が相違点1及び2において相違するとした審決の判断は 誤りである。 同様に,本件特許発明2ないし10についても,甲2発明と実質的に異なる ものではない。 (1) 相違点1について 前記1のとおり,甲2発明において,ダメージ層をダメ-ジ層が除去され 得ると見積もった時間よりも長い時間にわたってエッチングした後のGaN 基板は,ダメージ層が完全に除去される結果,その転位密度は,当該基板が 元々有していた値に回復している。 そして,GaN基板の転位密度として,「5×105cm-2〜4×107c m-2」の数値は,基礎出願当時において技術常識であった。 そうすると,甲2にエッチング後のGaN基板の転位密度について具体的 記載がないとしても,上記技術常識を踏まえると,その値は,「5×10 5 cm-2〜4×107cm-2」であり,本件特許発明1における「1×109 cm-2」以下の範囲に含まれる。 したがって,相違点1は実質的な相違点ではなく,これを相違点とした審 決の認定には誤りがある。 13(2) 相違点2について ア 前記1のとおり,甲2発明の第2実施例において,機械研磨で発生した 結晶欠陥(転位)を含む領域(=加工変質層,ダメージ層)が完全に除去 されているから,甲2発明では,その転位密度及びキャリア濃度のいずれ も,機械研磨前のGaN基板が有していた元の数値に当然回復している。 そして,その数値は,甲2の優先日当時においてGaN基板が普通に有 していた数値といえるところ,そのキャリア濃度は,「1×1018 cm- 3 以上」,転位密度は,「1×10 4 〜1×10 8cm -2程度」である。こ れらの数値を本件特許発明1と比較すると,転位密度やキャリア濃度にお いて同等以上というべきであるから,コンタクト抵抗も同等以上といえ る。 イ また,甲2の図12には,甲2発明の実施例に従ってエッチングされた GaN基板の下部面上にn型電極が形成された発光素子の電流-電圧特性 図が示されているところ,これより推定されるコンタクト抵抗の最大値は 「0.00077Ωcm2」(約8×10-4Ωcm2)であり,本件特許発 明1の最大値よりおおよそ2桁低いものである(甲4の1)。なお,推定 された抵抗値をΩcm2に換算するためには,素子のサイズ(電極の幅, 共振器の長さ,チップ幅等)を特定しなければならないが,これは甲2の 優先日当時における一般的なサイズに基づいて計算すれば足りる。そして 上記甲4の1の報告書で仮定した共振器長,チップ幅,p電極幅等の数値 は,基礎出願日当時の技術水準に沿うものであるし,その数値が多少変動 しても,2桁近くの誤差を与えることはあり得ない。 ウ 以上によれば,本件特許発明1と甲2発明は,相違点2において何ら相 違せず,客観的に同一であるか,少なくとも実質的に同一であるから,相 違点2を認定した審決には誤りがある。 (3) 知財高裁平成26年(ネ)10108号事件(以下「別件訴訟」とい 14 う。)において,被告(別件訴訟における控訴人)は,その控訴理由書の中 で,「GaN基板を用いたレーザ素子の場合,基板を機械研磨することによ って生じた転位を除去して,転位密度とコンタクト抵抗を本件特許発明1の 規定する上限値よりも低い値にしないと,動作可能なGaN系青色レーザ素 子が得られない」とか,「動作可能なGaN系青色レーザ素子においては, 本件特許発明1の規定する構成要件を全て充足する」などと主張している。 そして,甲2には,GaN系青色レーザ素子の製造方法の発明が記載されて いるところ,図12で示された当該方法で製造された素子の電流―電圧特性 に照らすと,当該素子が動作可能であることは明白である。被告もこのこと は認めているし,上記素子が本件特許発明1の製造工程を全て充足する方法 で作製されていることも,(達成されるべき転位密度とコンタクト抵抗の数 値を除き)争っていない。 そうすると,被告が,本件訴訟において,甲2記載の発明が本件特許発明 1の規定する転位密度及びコンタクト抵抗において相違することを主張する ことは許されない。 3 取消事由3(進歩性判断の誤り) (1) 審決は,除去処理の対象となる第1半導体層の面が特定の面(窒素面) に必ずしも限定されないことは,当初明細書等の記載から自明の事項である から,本件特許発明が当初明細書等の全体に記載した事項の範囲内のもので はないとはいえず,本件特許発明は優先権主張の効果を享受することができ るとし,甲2は引用例適格性を備えていない旨判断した。 (2)ア しかし,後の出願の明細書の発明の詳細な説明に先の出願の当初明細 書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより,後の出願 の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が先の出願の 当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合に は,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないと解され 15 る。 イ ところで,本件特許発明1は,第1半導体層の機械研磨された裏面近傍 の領域を除去し,これにより転位密度とコンタクト抵抗を低減すること を,発明の要旨とする技術的事項に包含している。これに対し,基礎出願 の当初明細書等には,n型GaN基板の裏面である機械研磨された第1半 導体層の窒素面の近傍の領域を反応性エッチング(RIE)(ドライエッ チングである。)を用いて除去することにより結晶欠陥(転位)密度とコ ンタクト抵抗を低減する発明が記載されているのみであって,窒素面以外 の面(すなわちGa面)の除去については記載がない。そうすると,本件 特許発明においては,裏面の概念が,基礎出願の当初明細書等における窒 素面のみから,窒素面以外の面を含むものに拡張されている。 なお,ある処理により一方の面で低いコンタクト抵抗が得られるとして も,他方の面でも同様に低いコンタクト抵抗が得られるか否かは一義的に は決まらないのであるから,コンタクト抵抗の低下を課題とする本件特許 発明1において,当初明細書等に窒素面に関する記載があるからといっ て,Ga面に関しても実質的に記載されているということはできない。 ウ また,基礎出願の当初明細書等には,エッチング方法につきRIEのみ が記載されていたが,本件特許明細書にはRIE以外のエッチング法を使 用してもよい旨の記載が追加されている。本件特許発明1においては除去 方法の限定もない。 この点,GaN結晶のGa面と窒素面は,特に,ウェットエッチングに 関しては,その挙動が大きく異なることが周知であり,かつ,第1半導体 層(GaN基板)の窒素面とGa面とでは特性が大きく異なることも周知 である。そして,基礎出願日当時の当業者にとって,除去処理の対象が窒 素面であればウェットエッチング可能であるが,Ga面であればウェット エッチングできないことが技術常識であった。したがって,Ga面のウェ 16 ットエッチングによる除去については,基礎出願の当初明細書等の記載か ら当業者にとって自明な事項であったとはいえない。 エ 以上の追加記載された技術的事項は,基礎出願の当初明細書等に記載さ れているものではなく,基礎出願の当初明細書等に記載された技術的事項 を大きく超えるものである。 以上によれば,本件特許発明1は,基礎出願による優先権主張の効果を 享受し得るものではなく,その従属項である本件特許発明2ないし10に ついても同様である。そうすると,本件特許発明についての特許法29条 所定の要件の判断基準日は,原々出願日である平成15年3月19日より 前に遡ることはない。これに対し,甲2の出願公開日は,平成15年2月 21日である。したがって,甲2は特許法29条2項の進歩性の判断にお ける引用例適格性を備えている。 (3) そして,本件特許発明1と甲2発明の相違点は前記1(5)イ及びウのとお りであるところ,以下のとおり,これらはいずれも当業者において容易に想 到し得るものである。 また,本件特許発明2ないし10についても,当業者において甲2発明に 基づき容易に想到し得たものである。 ア 相違点1について 機械研磨によりGaN結晶が損傷した加工変質層(すなわち,ダメージ 層)が生じること,加工変質層では転位密度が増大すること,転位密度の 増大によりコンタクト抵抗の増大などの不都合を生じること,加工変質層 は完全に除去すべきことは,いずれも,原々出願日当時の技術常識であっ た。また,機械研磨により発生した加工変質層を除去することにより転位 密度を1×109cm-2以下としたGaN基板は,原々出願日前に周知で あった。 そうすると,甲2発明にGaN基板の転位密度が明示的に記載されてい 17 ないとしても,当業者が,上記技術常識及び周知技術に基づいて,転位密 度を本件特許発明1で規定する数値とすることを想到するのに格別の発明 力を要したということはできない。 イ 相違点2について 甲2発明におけるコンタクト抵抗は明示的に記載されていないが,本件 特許発明1で特定されている数値より低いことは前記2(2)のとおりであ るから,相違点2は実質的な相違点ではない。 仮に,実質的相違点であるとしても,半導体素子においてその電極と半 導体基板とのコンタクト抵抗は可及的に低い値であることが望ましいこと は,原々出願日前より,当業者の技術常識であった。したがって,甲2発 明の半導体素子のコンタクト抵抗を本件特許発明1で特定する数値とする ことに,当業者が格別の発明力を要したということはできない。 4 取消事由4(実施可能要件違反又はサポート要件違反の判断の誤り) (1) 原告は,審判手続において,本件特許発明は,請求項の記載から見て, 「機械研磨」により発生した結晶欠陥を「機械研磨」により除去するものを 包含するが,このようなことを実現可能な「機械研磨」は本件特許明細書に 記載されておらず,技術常識からも実現可能とはいえないとして,実施可能 要件違反ないしはサポート要件違反がある旨主張した(審決書8頁)。 これに対し,審決は,本件特許発明が,従来の方法において,n型GaN 基板の裏面を機械研磨する際に,裏面近傍にクラックなどの微細な結晶欠陥 が発生し,n型GaN基板と,n型GaN基板の裏面(窒素面)上に形成さ れたn側電極とのコンタクト抵抗が増加するという問題点を解決するための ものであり,機械研磨により発生した転位を低減することを技術上の意義と していることは明らかであるから,機械研磨により発生した第1半導体層の 裏面近傍の転位を除去する手段として,新たな転位を発生して転位密度を低 減することができないことが明らかである機械研磨が含まれないことは当業 18 者にとって自明であって,上記原告の主張は,前提を誤るものであるとし て,実施可能要件違反ないしはサポート要件違反があるとはいえない旨判断 した。 (2) 審決の上記(1)の本件特許発明の認定は,請求項では除去手段を特定して いないにもかかわらず,「新たな転位を発生して転位密度を低減することが できないことが明らかである機械研磨」は除外されるとしたものであって, 請求項の記載に基づくものではないが,この点をおくとしても,例えば,機 械研磨の一種といえる化学機械研磨 (chemical mechanical polishing ) は,条件次第によって転位を発生させたりさせなかったりするものである。 したがって,機械研磨であるからといって直ちに,新たな転位を発生して転 位密度を低減することができないことが明らかであるとはいえない。 本件特許発明が実施可能要件あるいはサポート要件を充足しているという ためには,少なくとも,どのような手段であれば新たな転位を発生して転位 密度を低減することができないことが明らかであるかを,当業者が明細書の 開示がなくても理解できることが必要となるところ,上記のとおり,機械研 磨でさえもこれが明らかとはいえず,まして,他のどのような方法であれば 新たな転位を発生して転位密度を低減することができないことが明らかであ るのかは,全く不明である。 (3) サポート要件が充足されるというためには,特許請求の範囲に記載され た発明が,発明の詳細な説明に記載された発明であって,かつ,当該発明の 課題を解決できる範囲内のものであることを要する。本件特許発明において は,機械研磨により発生した転位を除去するとの課題の解決の手段として, 「除去」との特定がされているにすぎないところ,除去には,RIE(反応 性イオンエッチング)だけでなく,機械研磨,化学機械研磨やRIE以外の 様々なエッチングが含まれることは文理上明白である。そして,機械研磨に よっては転位を除去することはできず,化学機械研磨は,その条件次第で転 19 位が除去されたり,されなかったりするものである。そうすると,本件特許 発明は,除去に関し,当業者が発明の詳細な説明の記載から発明の課題を解 決できると認識できる範囲内のものであるということはできないから,サポ ート要件を充足しない。 (4) 本件特許発明は,物の製造方法の発明である。そして,物の製造方法の 発明において,その要旨となる技術的事項に実施不能の方法等を包含する発 明は,少なくとも一部実施不能であり,ひいては,発明全体として実施可能 要件を充足しないところ,前記3(2)のとおり,GaN基板のGa面をウェ ットエッチングにより除去することは不可能であった。したがって,本件特 許発明は,実施可能要件を充足しない。 (5) よって,審決の前記(1)の判断は誤りである。 |
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被告の反論
以下のとおり,審決の認定判断に誤りはない。 1 取消事由1(甲2発明の認定の誤り)について (1) 甲2に本件特許発明と同一の事項が全て記載されているのであれば,甲 2の出願の優先日当時の技術水準や認識に関係なく,記載された事項の客観 的内容が甲2発明の内容となるが,甲2に明記されておらず,記載されてい るに等しい事項かどうかが問題となるときには,それは甲2の出願の優先日 当時の技術常識によって補充されるのみである。そして,以下のとおり,甲 2には転位の存在を示す記載も,その除去を示す記載もない。 (2) 本件特許発明は,GaN基板裏面を機械研磨して,従来技術において除 去すべきものと認識されているダメージ層よりも深い位置まで伸びている転 位を含む領域を除去し,それによって,転位に起因するコンタクト抵抗の上 昇を防ぐ作用効果を有するものであり,本件特許出願前に,GaN基板の機 械研磨によって生じる転位に起因してコンタクト抵抗が上昇することは知ら れていなかった。 20 他方,甲2発明は,機械研磨によって生じた「ダメージ層」によりGaN基板の下部面へのn型電極の付着が不安定になり,素子の特性が低下するとの課題に着目して,「ダメージ層」を除去することで素子の特性が低下することを防止できる半導体発光素子の製造方法である。 そして,甲2発明の「ダメージ層」は本件特許発明の「転位」を意味するものではない。すなわち,甲2には,「転位」を除去することは全く記載されておらず,したがって,「ダメージ層」を超えて基板の内部まで延びている「転位」を除去するという技術思想も存在しない。原告は,甲2において「ダメージ層」が除去されていることが転位の除去を意味するかのように主張するが,「ダメージ層」が除去されても,基板の内部まで延びている「転位」が残存する以上,「ダメージ層」の除去と「転位」の除去とは等しくないのであって,原告の主張は本件特許発明による知見を用いた後知恵である。「転位」と「ダメージ層」とが同義であるとはいえないことは,知財高裁平成25年11月14日判決(平成24年(行ケ)10302号)(甲28。以下「甲28判決」という。)において明らかにされている。 また,甲2には,図9及び10がSEMによる写真であることが明記されている上に,技術常識にも照らすと,上記各写真はSEMによる写真であるといえる。そして,SEMでは転位は観察できないから,甲2の図9及び10に転位が写っているとはいえない。また,甲2の図9及び10は,不鮮明であり,TEMによる写真であると断定することはできない。 原告は,甲2の図10の写真が鮮明でないとして,甲2の対応米国特許(甲27)の図10を参照したり,甲2発明の発明者が発表した学術論文(甲3の3)を参照して主張するが,特許法29条の2の拡大先願は,先願明細書の記載及び当業者にとって記載されているに等しい事項の範囲で主張できるにすぎないから,甲3の3や甲27の記載をもって甲2に記載されているに等しいとすることはできない。 21 また,原告は,甲2の第1実施例と第2実施例を比較して主張するが,甲 2においては機械研磨によって生じるSEMで観察されるダメージ層よりも 深い位置にまで伸びる転位が認識されていないのであるから,第2実施例に おいて転位が除去されたということはできず,両者が同じ状態であるともい えない。 (3) 原告は,甲2発明の認定において技術水準を参酌すべきであるとして も,審決は技術水準の認定を誤り,その結果,本件特許発明1との一致点及 び相違点の認定を誤っている旨主張する。しかし,甲2には転位を除去する ことの記載はなく,甲2の優先日当時,転位がコンタクト抵抗の上昇をもた らし,除去すべきものであるとの認識もなかった。また,甲2に示された 「ダメージ層」と転位が同義でないことは甲28判決においても示されてい る。 (4) 特許法29条の2違反の無効理由においては,本件特許発明の全構成要 件が先願明細書に記載されているか,当業者にとって記載されているに等し いことを示さなければならないところ,スケールが不明であれば転位密度が 算出できないことは明らかである。 2 取消事由2(本件特許発明と甲2発明の同一性の判断の誤り)について (1) 相違点1について 甲2に記載されているのは,SEMで観察されるダメージ層が除去される より長い時間にわたってエッチングにより除去することにすぎず,元々基板 が有していた転位密度の状態にすることを記載したものではない。 (2) 相違点2について ア 本件特許発明の作用機序に基づいて甲2発明を解釈すること自体失当で ある。また,甲2には,転位密度,キャリア濃度及びコンタクト抵抗のい ずれの記載もない。 イ 原告は,甲4の1の報告書において,甲2発明のコンタクト抵抗の最大 22 値を算出するために,原告が製造,販売する製品の,p電極幅,共振器 長,チップ幅の各数値を用いている。しかし,特許法29条の2違反の無 効理由を主張するためには,甲2発明の優先日である平成13年5月当時 の甲2発明に係る発光素子の通常の数値を用いることが必要であるとこ ろ,同月当時,GaN基板を用いたレーザ発光素子は商品化されておら ず,上記のような数値は存在していなかったから,甲2に記載されていな い発光素子の数値について,同月当時の「記載されているに等しい」とい える数値は存在しなかった。したがって,甲4の1の計算は,本件特許発 明と甲2発明との同一性を示す根拠となり得るものではない。 (3) 別件訴訟における被告の主張は,現に販売されている,原告の動作可能 な製品についてのものである。これに対し,甲2は,GaN系レーザー素子 が実用化される前の時期の特許出願であり,その明細書の記載事項が問題と なるものである。 したがって,別件訴訟において,商品化可能なレベルで動作可能な原告の GaN系青色レーザ素子は本件特許発明1の規定する転位密度やコンタクト 抵抗の範囲内の特性を満たすと主張することと,甲2発明が本件特許発明1 の規定する範囲内の転位密度やコンタクト抵抗を記載していないと主張する ことには,何の矛盾もない。 3 取消事由3(進歩性判断の誤り)について (1) 明細書の発明の詳細な説明の記載に対して,特許請求の範囲の記載を上 位概念で表現することは,一般にできないことではない。本件において,基 礎出願の当初明細書等に,機械研磨し,除去対象となる面として具体的に記 載されているものが「窒素面」であっても,基礎出願の当初明細書等に記載 された発明の内容に鑑みて,「窒素面」に限定されないことが当業者に理解 できる場合には,上位概念による記載が可能である。 基礎出願の当初明細書等に記載されている発明は,窒化ガリウム系半導体 23 化合物の基板を機械研磨すると,転位が生じ,コンタクト抵抗が上昇するの で,転位を除去してコンタクト抵抗を低減するというものである。そして, 基礎出願の当初明細書等の【0041】ないし【0047】には,低いコン タクト抵抗が得られた要因として,「n型GaN基板の窒素面」ではなく, 「n型GaN基板の裏面」というとらえ方で,結晶欠陥(転位)密度が記載 されている。そうすると,GaN基板の「窒素面」を機械研磨すると転位が 生じ,コンタクト抵抗が上昇するので,転位を除去してコンタクト抵抗を低 減するという基礎出願の当初明細書等の開示に接すれば,当業者は,効果が 同程度に顕著であるかは別としても,「Ga面」を機械研磨,除去すること により同様の結果が得られるであろうことを十分理解できる。 原告は,除去処理の対象が窒素面であればウェットエッチング可能である が,Ga面とした場合にはウェットエッチングできない旨主張するが,ドラ イエッチングは可能であり,本件特許発明における除去をウェットエッチン グで行わなければならない理由はない。また,原告は,ある処理により一方 の面で低いコンタクト抵抗が得られるとしても,他方の面でも同様に低いコ ンタクト抵抗が得られるか否かは一義的には決まらない旨主張するが,本件 特許発明は,選択された面を機械研磨すると,転位が生じてコンタクト抵抗 が増大するので,これを除去してコンタクト抵抗を減少させるというもので あり,GaN基板のどちらの面にn側電極を形成するのがよいかの選択は無 関係である。さらに,RIEエッチング以外の方法のエッチングが追加され ているとの主張については,本件特許発明がRIE以外の特定のエッチング 法を限定して記載しているのでない以上,何ら問題はない。 以上によれば,本件特許発明は,基礎出願に基づく優先権主張の効果を享 受することができるものであり,基礎出願日以後に公開された甲2は進歩性 の判断の引用例としての適格性を備えていない。 (2) 仮に,本件特許発明が基礎出願に基づく優先権主張の効果を享受し得な 24 いものであったとしても,前記1(2)の点に加え,原告の主張する技術常識 は,機械研磨によって生じるダメージ層を除去する技術思想であるところ, 甲2のダメージ層の除去では,それよりも深い位置にまで伸びて存在する転 位を除去できないことに照らすと,本件特許発明1は,原告の主張する技術 常識に基づいても甲2発明からは容易に想到できず,進歩性を有するもので ある。また,この点は,本件特許発明2ないし10についても同様である。 4 取消事由4(実施可能要件違反又はサポート要件違反の判断の誤り)につい て (1) 本件特許明細書には新たな転位が発生しない除去手段として反応性イオ ンエッチング(RIE)の記載があるから,実施可能要件違反又はサポート 要件違反は存在しない。 (2) 本件特許明細書を読む当業者にとって,機械研磨によって生じた転位を 除去する際に,新たな転位を生じる機械研磨を避け,新たな転位を生じない 除去手段が,RIEに限定されるものではなく適宜採用することができるも のであることは自明のことである。したがって,本件特許請求の範囲の記載 における「除去」はサポート要件を満たす。 また,本件特許発明は,GaN基板のGa面をウェットエッチングにより 除去することを構成要件にする発明ではなく,「前記第1半導体層の裏面近 傍の領域を除去」することを構成要件にしているだけである。そして,この 除去のために,当業者は,本件特許明細書の記載から,新たな転位が生じな い除去手段を技術常識によって適宜選択できる。したがって,本件特許明細 書は実施可能要件を満たす。 |
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当裁判所の判断
当裁判所は,審決の判断に誤りはなく,審決にはこれを取り消すべき違法は ないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。 1 本件特許発明について 25 本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし10の記載は前記第2の2のとおりであるところ,本件特許明細書(甲1)の記載によれば,本件特許発明は,おおむね以下の内容のものであることが認められる。 本件特許発明は,窒化物系半導体素子の製造方法に関し,特に,電極を有する窒化物系半導体素子の製造方法に関する(【0001】。 ) 従来,窒化物系半導体層との格子定数の差が小さいGaN基板などの窒化物系半導体基板を用いた窒化物系半導体レーザ素子が提案されている(【0004】。このような窒化物系半導体レーザ素子では,n型GaN基板の硬度が非 )常に大きいため,劈開工程の前にn型GaN基板の裏面を機械研磨する方法が提案されている(【0008】)が,機械研磨の際に,n型GaN基板の裏面近傍に応力が加わるため,n型GaN基板の裏面近傍にクラックなどの微細な結晶欠陥が発生するという不都合があり,その結果,n型GaN基板と,n型GaN基板の裏面上に形成されたn側電極とのコンタクト抵抗が増加するという問題点があった(【0009】。 ) 本件特許発明は,上記の課題を解決するためになされたものであり,窒化物系半導体基板などの窒素面と電極とのコンタクト抵抗を低減することが可能な窒化物系半導体素子の製造方法を提供することを目的とする(【0011】。 ) 具体的に,本件特許発明は,n型の窒化物系半導体層及び窒化物系半導体基板のいずれかからなる第1半導体層(実施例につき【0042】)の上面上に,活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程(実施例につき【0043】)と,前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程(実施例につき【0046】 【0047】 , )と,前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10 9 cm -2 以下とする第3工程(実施例につき【0048】 【004 ,9】 【0061】 , )と,その後,前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍 26 の領域が除去された第1半導体層の裏面上に,n側電極を形成する第4工程 (実施例につき【0052】)とを備え,前記第1半導体層と前記n側電極と のコンタクト抵抗を0.05Ωcm2以下とする(実施例につき【0054】, 【0059】 【表1】 , (試料3〜7) ,窒化物系半導体素子の製造方法である ) (【0014】。 ) 本件特許発明では,研磨に起因して発生した第1半導体層の裏面近傍の結晶 欠陥(転位)を含む領域を除去することで,第1半導体層の裏面近傍の結晶欠 陥(転位)を低減し,結晶欠陥(転位)による電子キャリアのトラップなどに 起因する電子キャリア濃度の低下を抑制することができる。その結果,第1半 導体層の裏面の電子キャリア濃度を大きくすることができ,第1半導体層とn 側電極とのコンタクト抵抗を低減することができ(【0015】,実施例につき 【0059】【0061】,上記( , ) 【0011】)の目的が達成される。 2 取消事由1(甲2発明の認定の誤り)及び2(本件特許発明と甲2発明の同 一性の判断の誤り)について 事案に鑑み,取消事由1及び2についてまとめて判断する。 (1) 甲2発明について ア 甲2には以下の記載がある。 「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は半導体発光素子の製造方法に係り, より詳しくは基板の下部面を加工してn型電極を効果的に形成できる半導 体発光素子の製造方法に関する。」 「【0009】一般に,GaN基板上にIII-V族の窒化物を用いた化 合物半導体発光素子を形成する時,LEDの場合は熱放出及び素子の分離 のため,LDの場合は劈開面形成のため,GaN基板の下部面を機械的に 研磨してその厚さを薄くすることが望ましい。しかし,この過程で下部面 には・・・ダメージ層が形成されるので,GaN基板の下部面へのn型電 27極の付着が不安定になり,その結果素子の特性が低下するという問題点が発生しうる。 【0010】 【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,上部面に発光素子が形成されたGaN基板の下部面を加工するにおいて,下部面にダメ-ジ層が形成されることを防止して,上記発光素子の特性が低下することを防止することができる半導体発光素子の製造方法を提供することである。」 「【0024】〈第1実施例〉図3を参照して説 【図3】明する。n型GaN基板22上にn型GaN層24と,n型AlGaN/GaNクラッド層26と,n型GaNウェ-ブガイド層28と,InGaN活性層30と,p型GaNウェ-ブガイド層32と,p型AlGaN/GaNクラッド層34及びp型GaN層36とを順次に形成する。n型AlGaN/GaNクラッド層26と,n型GaNウェ-ブガイド層28と,InGaN活性層30と,p型GaNウェ-ブガイド層32と,p型AlGaN/GaNクラッド層34とは共振器層を形成する。p型AlGaN/GaNクラッド層34は電流通路になるリッジを備える構造に形成されることが望ましい。 【0025】詳しく説明すると,リッジになる領域を画定し,その他の領域を露出させるフォトレジストパタ-ン(図示せず)をp型GaN層36上に形成する。上記フォトレジストパタ-ンをエッチングマスクとして使用してp型GaN層36及びp型AlGaN/GaNクラッド層34を順次にエッチングした後,上記フォトレジストパタ-ンを除去する。ここで,p型AlGaN/GaNクラッド層34の上記リッジ部を除外した領域については,p型AlGaN/GaNクラッド層34を完全にはエッチ 28ングせず所定の厚さを残すことが望ましい。このようにして,上記のリッジ構造を有するp型AlGaN/GaNクラッド層34が形成され,上記リッジ部上にp型GaN層36が形成される。 【0026】続いて,p型AlGaN/GaNクラッド層34上にp型GaN層36の一部領域を露出させる保護層38を形成する。保護層38上にp型GaN層36の上記露出された領域と接触するようにp型電極40を形成する。 【0027】その後,図4に示したように, 【図4】GaN基板22の厚さが,GaN基板22の上部面上に形成された発光素子を少なくとも支持でき,上記発光素子の動作中に発生する熱を外部へ放熱することができる程度の厚さになるまで,GaN基板22の厚さをGaN基板22の下部面から薄くすることが望ましい。 【0028】ここで,GaN基板22の下部面を乾式エッチング又は湿式エッチングで除去することが望ましいが,機械的研磨を併用することもできる。即ち,機械的研磨方式で上記下部面を研磨してGaN基板22の厚さを所定の厚さに縮めた後,GaN基板22の下部面を乾式エッチング又は湿式エッチングする。これについては第2実施例で詳細に説明する。 【0029】上記乾式エッチングはケミカルアシスティッドイオンビームエッチング(CAIBE:chemical assisted ion beam etching),電子サイクロトロン共鳴(ECR:electron cycloneresonance)エッチング,誘導結合プラズマ(ICP:inductively coupled plasma)エッチング及び反応性イオンエッチング(RIE:reactive ion etching)のうち選択されたいずれか一つの方法 29を用いて実施されることが望ましい。CAIBE方法を使用する場合,BCl3 ガスを主要エッチングガスとして使用し,Arガスを添加ガスとして使用する。他の方法が使用される場合,主要エッチングガス又は添加ガスが異なりうる。例えば,Cl2 又はHBrガスを主要エッチングガスとして使用でき,この際H2 ガスを添加ガスとして使用できる。 【0030】一方,上記湿式エッチングの場合,GaN基板22の下部面は,所定の湿式エッチング液,例えばKOH,NaOH又はH3PO4溶液を使用してエッチングされる。 【0031】具体的には,所定量の上記エッチング液が充填されているエッチング槽に,GaN基板22の厚さが所望の厚さに薄くなるまで,所定時間の間,上部面上にLD用の発光構造体が形成されたGaN基板22を浸けておく。 【0032】このような乾式又は湿式エッチングは,従来の機械的研磨と異なり,GaN基板22の下部面に損傷を与えないので,下部面にダメ-ジ層(図2の44)が形成されない。従って,上記乾式又は湿式エッチングで加工された上記下部面に電極を付着させる場合,電極は安定して付着させられる。 【0033】このように,乾式又は湿式エッ 【図5】チングされたGaN基板22の下部面上に,図5に示したように,n型電極42を形成する。n型電極42は,Ti電極であるのが望ましいが,Ti,Al,In,Ta,Pd,Co,Ni,Si,Ge及びAgより成った群から選択された少なくともいずれか一つの物質を含む電極とすることもできる。ここで,上記n型電極42は0乃至500℃で熱処理される。こうしたn型電極42は最終的に湿式又は乾式エッチングされ 30た下部面に付着させられるので,上記のように安定して付着させられる。 【0034】従って,n型電極の付着と関連した従来の問題点は,解消されるか,少なくともLDの特性を低下させない範囲におさめられる。 【0035】〈第2実施例〉図6を参照して 【図6】説明する。n型のGaN基板22上にn型GaN層24と,n型AlGaN/GaNクラッド層26と,n型GaNウェ-ブガイド層28と,InGaN活性層30と,p型GaNウェ-ブガイド層32と,p型AlGaN/GaNクラッド層34及びp型GaN層36とを順次に形成する。次いで,第1実施例と同様に,p型GaN層36及びp型AlGaN/GaNクラッド層34を順次にエッチングしてリッジを形成した後,保護層38及びp型電極40を順次に形成する。 【0036】次に,図7を参照して説明する。第2実施例では,n型GaN基板22の下部面を機械的に研磨する。GaN基板22の下部面は,グラインディング又はラッピング方式で研磨されることが望ましく,その他改善された表面研磨方式がある場合にはその方式で研磨されることがさらに望ましい。ここで,GaN基板22上に形成された発光構造体を支持できる範囲内で,GaN基板22の厚さを可能な限り薄くすることが望ましい。機械的に研磨されたn型GaN基板22の下部面に,ダメ-ジ層44が形成される。このように形成されたダメ-ジ層44は,乾式又は湿式エッチングによって除去される。ここで,ダメージ層44を 31完全に除去するため,上記乾式又は湿式エッチングは,ダメ-ジ層44が除去されうると見積もった時間よりも長い時間実施されるのが望ましい。 尚,上記エッチングに使用するガスやエッチング液等は,第1実施例で使用したものと同一であっても差し支えないが,エッチング対象がダメ-ジ層44である点を考慮して第1実施例で使用したものと異なるガス又はエッチング液を使用することもできる。 【0037】図8に示すとおり,このように乾式又は湿式エッチングされたGaN基板22の下部面上にn型電極42を形成する。n型電極42は,第1実施例と同様に,形成される。その後の工程は第1実施例と同一である。 【0038】図9は機械的に研磨されたGaN基板の下部面の表面状態を示す走査電子顕微鏡写真である。図9より,機械的研磨後には,GaN基板の下部面に,多くの欠陥が生成されているダメ-ジ層が存在することが分かる。図9で下部の灰色部分はGaN基板の下部面を示す。 【0039】一方,図10は,機械的研磨により形成されたダメ-ジ層を乾式又は湿式エッチングによって除去した後のGaN基板の下部面の表面状態を示す走査電子顕微鏡写真である。図10より,下部面は綺麗であり,下部面にはダメ-ジ層が存在しないことが分かる。 32 【0040】図11と図12及び図13は,従来の製造方法により作成された発光素子と本発明の実施例の製造方法により作成された発光素子との電気的特性(電圧―電流特性)を示したグラフである。図11の第1グラフG1は,機械的に研磨されたGaN基板の下部面にn型電極が形成された発光素子の電気的特性を示したものである。図12の第2グラフG2は,乾式エッチングされたGaN基板の下部面上にn型電極が形成された発光素子の電気的特性を示したものである。図13の第3グラフG3は,湿式エッチングされたGaN基板の下部面上にn型電極が形成された発光素子の電気的特性を示したものである。 【0041】第1乃至第3グラフG1,G2,G3を比較すると,従来の場合8V以上で20mAの電流が得られるのに対し,本発明の場合エッチングの種類に関係なく5Vより低い電圧で20mAの電流が得られることが分かる。又,従来の場合は電気的特性のばらつきが大きいが,本発明の場合は電気的特性のばらつきがないことが分かる。」「【0044】 【発明の効果】前述したように,本発明のGaN発光素子,特にレ-ザダイオ-ドの製造方法では,初めから,或いは,機械的に研磨した後に機械的研磨過程で形成されるダメージ層を除去するために,発光構造体が形成されたGaN基板の下部面を乾式又は湿式エッチングし,その後,Ga 33N基板の下部面にn型電極を形成する。 【0045】このように,最終的に乾式又は湿式エッチングした下部面上にn型電極を形成することとしたので,ダメ-ジ層を介在させることなく,n型電極を形成することができる。このように形成したn型電極の付着特性は安定的なので,LDやLED等のような発光素子の発光効率を高めることができ,その他の特性が低下することも防止できる。」イ 以上によれば,甲2には,前記第2の3(2)アのとおりの甲2発明が記載されているものと認められるとともに,以下のことが認められる。 甲2発明は,半導体発光素子の製造方法,より詳しくは基板の下部面を加工してn型電極を効果的に形成できる半導体発光素子の製造方法に関するものである(【0001】 。一般に,GaN基板上にIII-V族の窒 )化物を用いた化合物半導体発光素子を形成する時,LEDの場合は熱放出及び素子の分離のため,LDの場合は劈開面形成のため,GaN基板の下部面を機械的に研磨してその厚さを薄くすることが望ましいが,この過程で下部面にダメージ層が形成されるので,GaN基板の下部面へのn型電極の付着が不安定になり,その結果素子の特性が低下するという問題点が発生し得た(【0009】 。甲2発明の目的は,上部面に発光素子が形成 )されたGaN基板の下部面を加工する際に,下部面にダメ-ジ層が形成されることを防止して,上記発光素子の特性が低下することを防止することができる半導体発光素子の製造方法を提供することである (【0010】。 ) 具体的には,GaN基板を機械的に研磨した後に機械的研磨過程で形成されるダメージ層を除去するために,発光構造体が形成されたGaN基板の下部面を乾式又は湿式エッチングし,その後,GaN基板の下部面にn型電極を形成することにより,ダメ-ジ層を介在させることなく,n型電極を形成することができる(【0036】 【0044】 。そして,このよ , ) 34 うに形成したn型電極の付着特性は安定的なので,LDやLED等のよう な発光素子の発光効率を高めることができ,その他の特性が低下すること も防止できる(【0045】。 )(2) 本件特許発明1と甲2発明とが同一又は実質的に同一であるかどうかに ついて ア(ア) 本件特許発明1と甲2発明とが同一又は実質的に同一である旨の原 告の主張のうち,前記第3の1(2)記載のものは,甲2の図9及び10 の写真がTEMによる写真である(すなわち【0038】及び【003 9】の「走査電子顕微鏡」の記載が「透過電子顕微鏡」の誤記であ る。)ことを前提に,研磨によって発生した転位は,TEMでは線状の 黒い模様として写るところ,甲2のダメージ層を写した図9には線状の 黒い模様が写っているから,甲2におけるダメージ層は転位を含む領域 であるとした上で,ダメージ層が完全に除去された後の図10では,上 記模様が完全に除去されているので,GaN基板裏面の転位密度は研磨 前のGaN基板の転位密度に戻っており,このことは,甲2発明は,機 械研磨によって生じたダメージ層を転位を含めて完全に除去することを 内容とするものであることを意味すると主張し,このことを前提に,発 明の同一性等を論じている(前記第3の1(2))。 (イ) ところで,甲2の図9及び10の写真がTEMの写真であるかどう かについては争いがあるところであるが,まず,TEM写真であるとの 原告の主張が正しいとした場合,発明の同一性等に関する原告の主張を 採用することができるかどうかを検討する。 a 「透過型電子顕微鏡」(平成11年3月30日発行。甲62)の図 2.25(a)(55頁)によれば,TEM写真においては,転位が 線状の黒い模様として写るものと認められる。このことに照らすと, 甲2の図9の下面部近傍に写っている線状の黒い模様は,転位に相当 35 するものとも理解し得ないではない。これに対し,甲2の図10にお いては,図9において見られる線状の黒い模様が明確には見られない ところではあるが,画像が不鮮明であることもあって,黒い模様が写 っていないと断定できるかどうかには疑問が残る。 b また,甲2(公開公報)のみならず,甲81(願書に添付した明細 書及び図面)に記載の図10をみても,図10の背景部分が黒くなっ ていることもあって,線状の黒い模様として認識される転位が全て除 去されているのかどうかまでは明確に確認することはできない。 さらに,甲2及び81のいずれにおいても,図10の左上のスケー ルは不鮮明で読み取ることができず,図10がいかなる範囲(観察視 野)を撮影したものであるのかは不明であるというほかない。したが って,仮に,図10において転位が残存しており,その転位が認識で きたとしても,観察視野の面積が不明であるため,その転位密度を算 出することはできない。逆に,仮に,観察視野内の転位が全て除去さ れていることを図10で確認することができたとしても,観察視野外 における転位の有無は明らかではない。そして,このような場合に は,例えば,本願明細書(甲1)に「試料4では,観察した視野中に 結晶欠陥は観察されず,結晶欠陥密度は1×10 6cm-2以下であっ た。( 」【0061】)と記載されているように,観察視野の範囲内に一 つ以下の転位があるとみなして転位密度を算出する必要があると認め られるところ,スケールが不明であり,観察視野の面積が不明な図1 0によっては,上記の方法により転位密度を算出することはできな い。 c 以上によれば,甲2の図9及び10がTEM写真であるとしても, 同図に基づいて,機械研磨によって生じた転位が完全に除去されたと 断定することは困難であるし,甲2発明におけるダメージ層除去後の 36 転位密度を算出することもできず,GaN基板裏面の転位密度が,研 磨前のGaN基板の転位密度に戻っているということはできない。し たがって,少なくとも,本件特許発明1の発明特定事項Cのうち「前 記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10 9cm-2以下とする」と の点(原告の主張を前提とすれば,「前記第1半導体層の裏面を元の 基板の転位密度にする」との点に相当する事項)が,甲2に実質的に 記載されているということはできない。 d 原告は,甲2の図9及び10は,甲2発明では機械研磨により発生 した結晶欠陥(転位を含む)が全て完全に除去されていることを客観 的事実として明示している旨主張するが(前記第3の1(4)),甲2の 図9及び10において,転位が全て除去されているとまで認められな いことは,上記aないしcにおいて説示したとおりである。 よって,原告の上記主張は採用することができない。 (ウ) 次に,甲2の図9及び10がSEM写真であるとした場合につい て検討すると,転位はTEMでは観察できるが,SEMでは観察でき ないと解される(甲41,62。この事実は当事者間にも争いがな い。)から,図9の下面部近傍に写っている線状の黒い模様が図10の 下面部近傍には写っていないことを確認できるとしても,このことか らは,機械研磨によってGaN基板の下面部近傍に転位が形成された のか否か,転位が形成されたとすれば,いかなる範囲にわたって形成 されたのか,また,ダメージ層とされる領域の除去によっていかなる 範囲の転位が除去されたのかはいずれも明らかではないし,ダメージ 層を除去した後の転位密度も不明であるというほかない。したがっ て,甲2の図9及び10がSEM写真であるとしたとしても,上記の 結論に変わりはない。 (エ) さらに,原告は,甲2には,GaN基板22の厚み加工を,@Ga 37N基板の結晶を損傷しないエッチング処理のみで行う例(第1実施例)と,A機械的研磨で所定の厚さに縮めた後,ダメージ層をエッチング処理する例(第2実施例)が記載され,Aの第2実施例については,エッチングによる除去処理を,「ダメージ層・・・を完全に除去」するため,「ダメージ層・・・が除去されうると見積もった時間よりも長い時間」実施するとされているところ,図8に,A(第2実施例)によって@(第1実施例,図5参照)と同様の状態のGaN基板が得られることが示されていることからも,甲2において,GaN基板裏面の転位密度が研磨前のGaN基板の転位密度に戻っていることが裏付けられる旨主張する(前記第3の1(2))。 確かに,第1実施例(【0024】〜【0034】)は,機械研磨を用いずにエッチングのみでGaN基板の厚み加工を行うことでダメージ層の形成を回避するという手法を採用しているのに対し,第2実施例(【0035】〜【0039】)では,「ダメージ層・・・を完全に除去」するため,「ダメージ層・・・が除去されうると見積もった時間よりも長い時間」機械研磨後のエッチングを行うことによってダメージ層を除去するという手法を採用することによって第1実施例と同様の状態のGaN基板が得られたとされているのであるが,甲2発明は,機械研磨によってGaN基板の下部面にはダメージ層が形成されるため,n型電極の付着が不安定になり,その結果素子の特性が低下するという従来技術が有する課題(【0009】)を解決するためのものである。したがって,第1実施例,第2実施例において同様の状態の基板が得られるというのは,あくまでも,「n型電極の付着が不安定になり,その結果素子の特性が低下する」という課題を解決する面では同様の状態であるということにすぎないのであって,このことから直ちに,n型電極形成前の基板の状態が両実施例で同等であるとまではいえるものではない。 38 そうすると,第2実施例のダメージ層除去後のGaN基板の状態が第 1実施例のエッチング後のGaN基板の状態と同等であるとまでは認め ることができず,原告の上記主張は採用することができない。 (オ) よって,原告の上記(ア)の主張は採用することができない。 イ 次に,原告は,基礎出願日当時,基板を機械研磨すれば,「加工変質 層」又は「ダメージ層」などと呼ばれる結晶が損傷した層が発生するこ と,これをエッチングで完全に除去することは,技術常識ないしは周知慣 用技術であったところ,甲2にも「ダメージ層」という記載があり,これ をエッチングで完全に除去することが明記されているのであるから,当業 者にとって,甲2の技術が周知慣用技術である加工変質層(ダメージ層) の除去を述べていることは一義的に明らかであり,ダメージ層除去後のG aN基板の裏面の転位密度は研磨前の基板の転位密度となっている旨主張 する(前記第3の1(3))。 確かに,@シリコン等の半導体単結晶材料に対して機械加工を施すと, 表面には内部(完全結晶層)とは異なる加工変質層(非晶質層,多結晶 層,モザイク層,クラック層,ひずみ層(応力漸移層))と呼ばれる層が 生じること,加工によって転位密度の上昇した領域も加工変質層に含まれ ること,及び転位密度は透過型電子顕微鏡(TEM)で観察可能であるこ とが技術常識であるところ(甲32,36,37,41),窒化物半導体 においても,機械研磨によって,損傷を受けた層が形成されることや,転 位が生じることが知られていたことからすると(甲3の3,甲9の2,甲 72),上記の技術常識は,窒化物半導体に対しても妥当すると考えられ ること,A半導体結晶において線欠陥(転位)を含む格子欠陥が不純物制 御の妨げになること,ダングリングボンドがキャリアのトラップなどの作 用をすること,GaN系化合物半導体においても同様に転位(刃状転位と 螺旋転位)がキャリアをトラップして調製した膜の電気的特性を損ねるこ 39と(甲35,42,44),B少なくともシリコンについては,電気的特性に悪影響を及ぼすことや,ウエハの反りやクラック発生の原因となることから,加工変質層は完全に除去すべきものとされていたこと(甲36,37),がそれぞれ基礎出願日当時の技術常識であったとは認められる。 しかし,甲2には,ダメージ層について,「機械的研磨後には,GaN基板の下部面に,多くの欠陥が生成されているダメージ層が存在する」(【0038】)との記載はあるものの,加工変質層や転位密度との関係を含めて,これ以上の具体的な記載はない。そうすると,甲2の記載からは,ダメージ層が上記の加工変質層と同一視できるものであるのか,又は,その一部に限られるものであるのか,さらには,転位密度を基準にしてダメージ層の範囲が定まるものであるのか等については明らかではないというほかない。また,転位がキャリアである電子をトラップすることが技術常識であるとしても,上記のとおり,転位を含む加工変質層と甲2におけるダメージ層の関係が明らかではない以上(甲2発明は,ダメージ層が形成される結果,「GaN基板の下部面へのn型電極の付着が不安定になり,その結果素子の特性が低下する」という課題を解決するための発明なのであるから,この発明を,転位がキャリアである電子をトラップすることと関連づけて理解しなければならない必然性があるわけではない。, )上記技術常識の存在をもって直ちに,ダメージ層を加工変質層と同一視できる根拠とすることもできない。また,甲2の記載を離れて,当該技術分野において,ダメージ層が加工変質層と同一の意味であるとされていることを認めるに足りる的確な証拠もない。 そうすると,技術常識を踏まえて検討しても,甲2におけるダメージ層を完全に除去したときに,転位密度が機械的研磨前のGaN基板の転位密度にまで回復したかどうかを含め,ダメージ層除去後の転位密度は不明であるというほかない。したがって,少なくとも,本件特許発明1の発明特 40 定事項Cのうち「前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10 9cm-2 以下とする」との点(原告の主張を前提とすれば,「前記第1半導体層の 裏面を元の基板の転位密度にする」との点に相当する事項)が,甲2に実 質的に記載されているということはできない。 よって,原告の上記主張は採用することができない。 ウ 原告は,本件特許発明1の発明特定事項Eの「前記第1半導体層と前記 n側電極とのコンタクト抵抗」を「0.05Ωcm2以下とする」点(相 違点2)に関し,甲2の図12から推測されるコンタクト抵抗の最大値は 「0.00077Ωcm2」(約8×10-4Ωcm2)であり,本件特許発 明1の上記最大値よりおおよそ2桁低いなどと主張している(前記第3の 2(2)イ)。 そして,仮に,原告の上記主張が正しいとすれば,甲2発明におけるコ ンタクト抵抗値が本件特許発明1の最大値よりも低いことを根拠として, 甲2発明における転位密度が本件特許発明1よりも小さいといえるかどう かが問題となり得るものと解される。 しかし,甲34【0053】に,「図10は,GaN基板中の不純物濃 度と接触比抵抗との関係を示す。不純物濃度が1×10 17cm -3 を超え ると接触比抵抗が1×10 -5Ω・cm2以下となり,その後は不純物濃度 の増加とともに比抵抗は下がっていく。」と記載されているように,接触 比抵抗(コンタクト抵抗)は,GaN基板中の不純物濃度にも依存し,転 位密度だけに依存するわけではない。そうすると,仮に,甲2発明におけ るコンタクト抵抗の値が本件特許発明1の規定するコンタクト抵抗の値よ りも小さかったとしても,そのことから直ちに,甲2発明における転位密 度が,本件特許発明1の規定する程度のものとなっているとまで断ずるこ とはできない。 エ 原告は,別件訴訟における被告の主張内容に照らし,被告が,本件訴訟 41 において,甲2記載の発明が本件特許発明1の規定する転位密度及びコン タクト抵抗において相違することを主張することは許されない旨主張する (前記第3の2(3))。 しかし,別件訴訟における被告の主張は,特許権侵害訴訟である別件訴 訟の被控訴人(本件訴訟の原告)の製品が本件特許発明等の構成要件を充 足することを論じる場面でのものであり,甲2に転位密度について記載が あるかどうかを論じる場面とは異なるものである。 したがって,被告が,本件訴訟において,甲2記載の発明が本件特許発 明1の規定する転位密度及びコンタクト抵抗において相違することを主張 することが許されないものとまではいえず,原告の上記主張は採用するこ とができない。 オ 小括 以上によれば,少なくとも,本件特許発明1の発明特定事項Cのうち 「前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10 9cm-2以下とする」と の事項(原告の主張を前提とすれば,「前記第1半導体層の裏面を元の基 板の転位密度にする」との事項)が,甲2に記載又は実質的に記載されて いるとはいえない。 そうすると,これが甲2に記載又は実質的に記載されており,一致点と なることを前提とした(前記第3の1(5),同2参照),本件特許発明1と 甲2発明とが同一又は実質的に同一であるとの原告の主張は採用すること ができない。 そして,他に,本件特許発明1の発明特定事項Cのうち「前記第1半導 体層の裏面の転位密度を1×109cm-2以下とする」との点が甲2に記 載又は実質的に記載されていることを認めるに足りる証拠もない以上,本 件特許発明1と甲2発明との間には,少なくとも,審決の認定した前記第 2の3(2)ウ(ア)のとおりの相違点1が存在する。 42 したがって,本件特許発明1と甲2発明とが同一又は実質的に同一であ るとはいえない。 さらに,本件特許発明2ないし10についても同様の理由により,甲2 に記載された発明と同一又は実質的に同一であるとはいえない。 よって,本件特許につき特許法29条の2違反の無効理由は成り立たな いとした審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由1及び2に係る主張は いずれも理由がない。 3 取消事由3(進歩性判断の誤り)について (1) 原告は,本件特許発明1は,第1半導体層の機械研磨された裏面近傍の 領域を除去し,これにより転位密度とコンタクト抵抗を低減することを技術 的事項に包含しているのに対し,基礎出願の当初明細書等には,機械研磨さ れた第1半導体層の窒素面の近傍の領域をドライエッチングを用いて除去す ることにより結晶欠陥(転位)密度とコンタクト抵抗を低減する発明が記載 されているのみであり,窒素面以外の面(Ga面)の除去については記載が ないところ,基礎出願日当時の当業者にとって,除去処理の対象が窒素面で あればウェットエッチング可能であるが,Ga面はウェットエッチングでき ないことが技術常識であるから,Ga面のウェットエッチングによる除去が 基礎出願の当初明細書等の記載から当業者にとって自明な事項であったとは いえず,したがって,本件特許発明は,基礎出願による優先権主張の効果を 享受し得ないとして,甲2が特許法29条2項の進歩性の判断における引用 例適格性を備えている旨主張する(前記第3の3(2))。 (2) 確かに,基礎出願の当初明細書の記載には,研磨後の第1の半導体層の 除去対象となる面について,窒素面であること は記載されているものの (【0005】 【0007】 【0009】〜【0018】 【0028】〜 , , , 【0030】【0034】【0036】【0038】【0039】【005 , , , , , 0】〜【0052】【0060】,Ga面については記載がない。 , ) 43(3)ア しかし,基礎出願の当初明細書等(甲5)には,課題を解決するため の作用機序に関して,以下の記載がある。 「【0014】 この第1の局面による窒化物系半導体素子の製造方法では・・・ウルツ 鉱構造を有するn型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいず れかからなる第1半導体層の窒素面を,反応性エッチングによりエッチン グすることによって,研磨工程などに起因して発生した第1半導体層の窒 素面近傍の結晶欠陥を含む領域を除去することができるので,第1半導体 層の裏面近傍の結晶欠陥を低減することができる。これにより,結晶欠陥 による電子キャリアのトラップなどに起因する電子キャリア濃度の低下を 抑制することができるので,第1半導体層の窒素面の電子キャリア濃度を 大きくすることができる。その結果,第1半導体層とn側電極とのコンタ クト抵抗を低減することができる。・・・」 「【0036】 本実施形態による窒化物系半導体レーザ素子の製造プロセスでは,上記 したように,n型GaN基板1の裏面(窒素面)を,RIE法によりエッ チングすることによって,研磨工程に起因して発生したn型GaN基板1 の裏面近傍の結晶欠陥を含む領域を除去することができる。これにより, 結晶欠陥による電子キャリアのトラップなどに起因する電子キャリア濃度 の低下を抑制することができる。その結果,n型GaN基板1とn側電極 8とのコンタクト抵抗を低減することができる。・・・」 「【0038】 次に,RIE法を用いてn型GaN基板の裏面(窒素面)のエッチング を行う本発明の効果をより詳細に確認するため,以下の表1(判決注・省 略)に示すような実験を行った。」 「【0041】 44 結果としては,RIE法を用いてn型GaN基板の裏面のエッチングを行った本発明による試料3〜7(判決注・判決では省略した表1に記載された7つの試料のうち,試料番号3〜7のものを示す。以下の試料も同じ。)では,従来と同様の方法により作製された試料1よりもコンタクト抵抗が大きく低減された。・・・本発明による試料3〜7では,機械研磨により発生した結晶欠陥を含むn型GaN基板の裏面近傍の領域が,RIE法によるエッチングにより除去されたと考えられる。このため,n型GaN基板の裏面近傍における結晶欠陥に起因して電子キャリア濃度が低下するのが抑制されたためであると考えられる。」「【0043】 また,Cl 2ガスを用いたRIE法により,n型GaN基板の裏面を約1μmの厚み分だけ除去した試料4では,Cl2ガスを用いたRIE法により,n型GaN基板の裏面を約0.5μmの厚み分だけ除去した試料3よりも,低いコンタクト抵抗を得ることができた。これは,約0.5μmの厚み分の除去では,機械研磨により発生した結晶欠陥を含むn型GaN基板の裏面近傍の領域を十分に除去することができなかったためであると考えられる。これらの試料において,n型GaN基板の裏面の結晶欠陥(転位)密度を,TEM分析により測定したところ,試料3の結晶欠陥密度は1×109cm-2であった。一方,試料4では,観察した視野中に結晶欠陥は観察されず,結晶欠陥密度は1×10 6cm-2以下であった。」「【0048】 なお,今回開示された実施形態は,すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は,上記した実施形態の説明ではなく特許請求の範囲によって示され,さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。」イ 上記アの基礎出願の当初明細書等の記載は,その記載内容及び前記(2) 45 の各記載に照らし,いずれも研磨後のn型GaN基板(第1半導体層)の 窒素面をエッチング対象にしたものではある。 しかし,上記アのとおり,基礎出願の当初明細書等には,n型GaN基 板の裏面研磨によって裏面近傍に発生した結晶欠陥(転位)を除去するこ とにより,結晶欠陥(転位)による電子キャリアのトラップなどに起因す る電子キャリア濃度の低下が抑制され,その結果,n側電極とのコンタク ト抵抗が低減するという作用機序(【0014】 【0036】 【004 , , 1】)や,裏面を約0.5μmの厚みで除去した場合(試料3)と,その 倍の約1.0μmの厚みで除去した場合(試料4)とを比較し,試料4の 方が転位密度が3桁も低くなり,その結果,試料4の方がより低いコンタ クト抵抗が得られたことが記載されている(【0043】 。 ) 上記の記載に接した当業者であれば,低いコンタクト抵抗は,電子キャ リアをトラップする結晶欠陥(転位)そのものが除去されたことによって もたらされたものであって,この効果は結晶欠陥(転位)を除去すること ができさえすれば達成されるものであるから,n型GaN基板(第1半導 体層)の裏面を窒素面とするか他の面とするかによって左右されるもので はないことを理解できるものというべきである。 また,GaN基板の窒素面以外の面であるGa面をドライエッチングに より除去可能であることは,基礎出願日当時において,当業者にとって周 知の事項であるうえ(甲3の4,3の6,甲13,61),GaN基板の Ga面にオーミック電極が形成できることも当業者に周知の事項であった ものと認められる(甲3の4,甲34,35)。 そうすると,研磨後のn型GaN基板(第1半導体層)の除去対象とな る面が窒素面に限定されないことは,基礎出願の当初明細書等の記載か ら,当業者にとって自明であったといえる。 (4) 原告の主張について 46ア 原告は,ある処理により一方の面で低いコンタクト抵抗が得られるとし ても,他方の面でも同様に低いコンタクト抵抗が得られるか否かは一義的 には決まらないのであるから,コンタクト抵抗の低下を課題とする本件特 許発明1において,当初明細書等に窒素面に関する記載があるからといっ て,Ga面に関しても実質的に記載されているということはできない旨主 張する(前記第3の3(2)イ)。 しかし,基礎出願の当初明細書等には,前記(3)アのとおりのコンタク ト抵抗が低下する作用機序の記載があり,これらの記載に接した当業者に おいて,コンタクト抵抗の低減の効果がn型GaN基板(第1半導体層) の裏面を窒素面とするか他の面とするかによって左右されるものではない ことを理解できるというべきことは前記(3)イにおいて説示したとおりで ある。 よって,原告の上記主張は採用することができない。 イ 原告は,基礎出願の当初明細書等には,エッチング方法につきRIEの みが記載されていたが,本件特許明細書にはRIE以外のエッチング法を 使用してもよい旨の記載が追加されている旨主張する(前記第3の3(2) ウ)。 しかし,前記(3)アのとおり,基礎出願の当初明細書等(【0043】) には,n型GaN基板の裏面を機械研磨したことにより裏面近傍に集中し て発生した結晶欠陥(転位を含む)領域を約0.5μmの厚みで除去した 場合(試料3)と,その倍の約1.0μmの厚みで除去した場合(試料 4)とを比較し,試料4の方が転位密度が3桁も低くなり,その結果,試 料4の方がより低いコンタクト抵抗が得られたことが記載されている。こ のような記載に接した当業者であれば,上記【0043】において,試料 4が試料3に比べて転位密度がより低くなり,コンタクト抵抗がより低く なったという結果は,試料4の方が機械研磨によって生じた転位を含む領 47 域が比較的厚く除去された,すなわち,転位そのものがより多く除去され たことによってもたらされたものであると認識するものといえる。したが って,当業者としては,重要なのは,結晶欠陥領域をどの範囲で除去する かであると認識するはずであり,除去手段をエッチングとするか他の手段 とするかによって,その効果が左右されるものであると認識するとは考え られない。 さらに,原告は,基礎出願当時の当業者にとって,除去処理の対象がN 面であればウェットエッチング可能であるが,Ga面とした場合にはウェ ットエッチングできないことが技術常識であるから,Ga面のウェットエ ッチングによる除去が基礎出願の当初明細書等の記載から当業者にとって 自明な事項であったとはいえない旨主張する(前同)。 しかし,Ga面をドライエッチングできることが周知であったことは前 記(3)イにおいて説示したとおりであり,当初明細書等の記載が,当業者 から,除去手段を限定したものであると認識されるとは考えられないとい う上記判示の点にも照らすと,Ga面とした場合にはウェットエッチング できないかどうかは前記イの認定を左右するものではない。 よって,原告の上記各主張はいずれも採用することができない。 (5) 以上によれば,本件特許発明1は,基礎出願による優先権主張の効果を 享受することができ,これは本件特許発明2ないし10についても同様であ る。 そうすると,本件特許発明の優先日は,基礎出願の出願日である平成14 年3月26日となる。 したがって,甲2は,特許法29条2項の進歩性の判断における引用例適 格性を備えておらず,これが備わっていることを前提とする原告の取消事由 3の主張は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。 4 取消事由4(実施可能要件又はサポート要件違反の判断の誤り)について 48(1)ア 原告は,本件特許発明においては,機械研磨により発生した転位を除 去するとの課題の解決の手段として,「除去」との特定がされているにす ぎないところ,除去には,RIE(反応性イオンエッチング)だけでな く,機械研磨,化学機械研磨やRIE以外の様々なエッチングが含まれ, そのうち,機械研磨によっては転位を除去することはできないし,化学機 械研磨は,その条件次第で転位が除去されたり,されなかったりするもの であるから,本件特許発明は,除去に関し,当業者が発明の詳細な説明の 記載から発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるという ことはできないから,サポート要件を充足しない旨主張する(前記第3の 4(3))。 イ(ア) しかし,本件特許の特許請求の範囲の請求項1には,前記第2の2 のとおり,第1半導体層の裏面近傍の除去に関して,「前記第2工程の 後,前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の 領域を除去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10 9cm-2 以下とする第3工程と」と記載されている。そして,この記載に接した 当業者は,上記の「除去」が任意の除去手段を意味するのではなく,新 たな転位を生ずることなく第1半導体層の裏面近傍の領域における「研 磨により発生した転位」を除去して,その密度を所定値以下にするため の手段を意味することを,当然に理解するものといえる。そうすると, 上記請求項1の「除去」に新たに転位を発生させる手段が含まれないこ とは明らかである。 (イ) また,前記第5の1のとおり,本件特許発明の課題は,n型GaN 基板の裏面を機械研磨する際に,n型GaN基板の裏面近傍に応力が加 わるため,n型GaN基板の裏面近傍にクラックなどの微細な結晶欠陥 が発生するという不都合があり,その結果,n型GaN基板と,n型G aN基板の裏面上に形成されたn側電極とのコンタクト抵抗が増加する 49という問題点を解決することにある。 そして,本件特許明細書(甲1)には,本件特許発明の作用機序について,以下の記載がある。 a 「上記の窒化物系半導体素子の製造方法では・・・ウルツ鉱構造を 有するn型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいずれか からなる第1半導体層の裏面を,エッチングすることによって,研磨 工程などに起因して発生した第1半導体層の裏面近傍の結晶欠陥を含 む領域を除去することができるので,第1半導体層の裏面近傍の結晶 欠陥を低減することができる。これにより,結晶欠陥による電子キャ リアのトラップなどに起因する電子キャリア濃度の低下を抑制するこ とができるので,第1半導体層の裏面の電子キャリア濃度を大きくす ることができる。その結果,第1半導体層とn側電極とのコンタクト 抵抗を低減することができる。( 」【0015】)b 「n型GaN基板の裏面を約1μmの厚み分だけ除去した試料4で は・・・n型GaN基板の裏面を約0.5μmの厚み分だけ除去した 試料3よりも,低いコンタクト抵抗を得ることができた。これは,約 0.5μmの厚み分の除去では,機械研磨により発生した結晶欠陥を 含むn型GaN基板の裏面近傍の領域を十分に除去することができな かったためであると考えられる。これらの試料において,n型GaN 基板の裏面の結晶欠陥(転位)密度を,TEM分析により測定したと ころ,試料3の結晶欠陥密度は1×10 9cm-2であった。一方,試 料4では,観察した視野中に結晶欠陥は観察されず,結晶欠陥密度は 1×106cm-2以下であった。( 」【0061】) 上記各記載に照らすと,上記記載に接した当業者は,本件特許発明の技術上の意義は,上記課題を解決するために,機械研磨によって発生した転位を除去することにあり,機械研磨により発生した第1半導体層の 50 裏面近傍の転位を除去する手段として新たな転位を発生する手段が含ま れないものと認識するものということができる。 (ウ) 以上によれば,本件特許発明1は,発明の詳細な説明に記載された ものであり,かつ,発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題 を解決できると認識できるものであるから,本件特許の特許請求の範囲 の請求項1の記載はサポート要件を満たしているものと認められる。な お,同請求項2ないし10も同様の理由によりサポート要件を充足する ものと認められる。 ウ 以上によれば,原告の前記アの主張は採用することができない。 (2) 原告は,本件特許発明は物の製造方法の発明であり,物の製造方法の発 明において,その要旨となる技術的事項に実施不能の方法等を包含する発明 は,少なくとも一部実施不能であり,ひいては,発明全体として実施可能要 件を充足しないこととなるところ,GaN基板のGa面をウェットエッチン グにより除去することは不可能であったから,実施可能要件を充足しないな どと主張する(前記第3の4(4))。 しかし,本件特許明細書(甲1)には,「除去」の手段に関して,反応性 イオンエッチング(RIE)法を用いること(【0048】 【0056】 , , 【表1】等)に加え,他のドライエッチング(反応性エッチング)である反 応性イオンビームエッチングや,ラジカルエッチングや,プラズマエッチン グを用いること(【0068】 ,n型GaN基板1の裏面(窒素面)をウェ ) ットエッチングすること及びその際に用いるウェットエッチング液の内容 (【0078】 ,n型GaN基板1のGa面からなる裏面をウェットエッチ ) ングすること及びその際に用いるウェットエッチング液の内容(【007 9】)がそれぞれ記載されている。 しかも,前記(1)イ(イ)において説示したとおり,本件特許発明の技術上 の意義は,機械研磨によって発生した転位を除去することにあるから,新た 51 な転位を発生しない手段であれば,本件特許発明の除去手段として用い得る ことは,当業者にとって明らかであり,かかる観点に基づいて周知の除去手 段の中から除去手段を選択することは,当業者が通常の創作能力を発揮する 範ちゅうのことであるというべきである。 そうすると,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件 特許発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものである といえ,実施可能要件を満たしているものと認められる。 よって,原告の上記主張は採用することができない。 (3) 原告は,前記第3の4(1)の審決の判断につき,機械研磨であるからとい って直ちに,新たな転位を発生して転位密度を低減することができないこと が明らかであるとはいえないと主張した上で,本件特許発明が実施可能要件 あるいはサポート要件を充足しているというためには,少なくとも,どのよ うな手段であれば新たな転位を発生して転位密度を低減することができない ことが明らかであるかを当業者が明細書の開示がなくても理解できることが 必要となるところ,上記のとおり,機械研磨でさえもこれが明らかとはいえ ず,まして,他のどのような方法であれば新たな転位を発生して転位密度を 低減することができないことが明らかであるのかは,全く不明であるなどと して,実施可能要件ないしはサポート要件違反を主張する(前記第3の4 (2))。 しかし,原告の上記主張は,原告が,審判手続において,本件特許発明 は,請求項の記載から見て,「機械研磨」により発生した結晶欠陥を「機械 研磨」により除去するものを包含するが,このようなことを実現可能な「機 械研磨」は本件特許明細書に記載されておらず,技術常識からも実現可能と はいえないから,実施可能要件違反ないしはサポート要件違反があると主張 したことに対応する審決の判断を論難するものであるところ,審決の判断の 当否にかかわらず,本件特許発明における除去の点につき,実施可能要件及 52 びサポート要件が充足されることは前記(1)及び(2)のとおりである以上,原 告の上記主張は採用することができない。 (4) 以上によれば,原告の取消事由4に係る主張はいずれも理由がない。 |
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結論
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお り判決する。 |
裁判官 | 田中正哉 |
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裁判官 | 神谷厚毅 |
裁判長裁判官 | 鶴岡稔彦 |