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関連審決 不服2002-3735
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  方法の発明 /  製造方法 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  29条の2(拡大された先願の地位) /  先願発明との同一性 /  出願公開 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  数値限定 /  技術的意義 /  実施 /  構成要件 /  発明の範囲 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 277号 審決取消請求事件
原告 理想科学工業株式会社
訴訟代理人弁護士 田中成志
同 平出貴和
同 長尾二郎
同 板井典子
同 弁理士 井出正威
同 野上晃
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 小澤和英
同 津田俊明
同 番場得造
同 大野克人
同 立川功
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/06/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002-3735号事件について平成15年5月19日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成3年1月23日,発明の名称を「感熱孔版原紙」(後に「孔版原紙の製造方法」と補正)とする特許出願(平成3年特許願6509号,以下「本件出願」という。)をしたが,平成14年1月29日に拒絶の査定を受けたので,同年3月4日,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を不服2002-3735号事件として審理した結果,平成15年5月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月29日,原告に送達された。
2 本件出願の願書に添付した明細書(平成12年2月14日付け及び平成14年4月3日付け各手続補正書による補正後のもの。以下,願書に添付した図面と併せて,「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項1】記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨 熱可塑性樹脂フィルムと多孔性支持体とを貼り合わせた感熱孔版原紙をサーマルヘッドによって感熱製版する孔版原紙の製版方法において,前記感熱孔版原紙として,前記サーマルヘッドの主走査ピッチと副走査ピッチの積で求められる面積と同じか,またはこれよりも小さい繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とし,前記熱可塑性樹脂フィルムの厚さが10μm以下である感熱孔版原紙を用いることを特徴とする孔版原紙の製版方法。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,特願平2-405760号(平成2年12月25日出願,平成4年8月12日出願公開,特開平4-221698号,以下「先願」という。)の願書に最初に添付した明細書(甲3,以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であり,しかも,先願発明をした者が本願発明の発明者と同一の者でなく,かつ,本件出願の時にその出願人と先願の出願人とが同一の者でないから,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決は,相違点1に関する判断を誤った(取消事由)結果,本願発明は先願発明と同一であるとの誤った結論に至ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(相違点1の判断の誤り) 審決は,本願発明と先願発明との相違点1として認定した,「薄葉紙について,前者が,サーマルヘッドの主走査ピッチと副走査ピッチの積で求められる面積と同じか,またはこれよりも小さい繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の80%以上を占めるのに対し,後者はこれらのことが定かでない点」(審決謄本4頁,<相違点1>)について,実質的な相違点とはいえないと判断したが,誤りである。
(1) 審決の判断の誤り(その1) ア 審決は,「先願発明の薄葉紙の開孔・・・に係る意義に最も適う開孔は,当然に適度な小ささの開孔面積付近のものが大多数を占め,この範囲からのばらつきは極力抑えられているものであるから,その平均開孔面積は該適度な小ささの開孔面積付近の範囲にあると考えられ,換言すれば,大多数を占める該適度な小ささの開孔面積は先願発明における平均開孔面積600〜1,400μ2・・・付近にあるということができ,この600〜1,400μm2付近の値に対して,上記4032μm2は相当に乖離しており,上記意義に照らせば4032μm2より大きいものが望ましくないことは明らかであり,この点では本願発明と同様といえる」(審決謄本5頁第3段落)とした上,さらに,「仮に,本願発明の薄葉紙の実際の製造において,上記製造条件により現実に4032μm2より大きい空隙が1つも生じないように制御できるとか,あるいは,現実には4032μm2より大きい空隙が生じてしまうとしても,4032μm2以下の空隙の総和面積の全総和面積に占める割合を上記『80%以上』に確実に制御できるとした場合には,先願発明の薄葉紙の実際の製造においても,同様の制御ができないという理由はなく,しかも,上述したように,4032μm2より大きいものは望ましくないのであるから,本願発明に係る上記のような制御を満たす制御は当然になされ得ることといえる」(同頁下から第2段落),「また仮に,本願発明の薄葉紙の実際の製造において,現実には4032μm2以下の空隙の総和面積の全総和面積に占める割合を上記『80%以上』に確実には制御できないとした場合には,製造された薄葉紙には該『80%以上』を満たすものと満たしていないものとが含まれ,その中から該満たしているものを選択することになるのであるが,先願発明の薄葉紙の実際の製造においても,同様に該『80%以上』を満たすものと満たしていないものとが製造され得ると考えられ,その場合には,上述したように,4032μm2より大きいものは望ましくないのであるから,当然に該満たすものの中から上記意義により適うものが選択されることになるものである」(同頁最終段落〜6頁第1段落)として,「これらのことから,先願発明における薄葉紙には,走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積の80%以上を占めるものが含まれるといえる」(同頁第2段落)と判断した。
しかしながら,薄葉紙の繊維間空隙面積(開孔面積)が「4032μm2より大きいものが望ましくない」との知見は,先願発明においては全く認識されておらず,先願明細書(甲3)にも,そのような記載は存在しないから,審決の上記判断は誤りである。
イ そもそも,紙は,製造方法の原理上,不均質なものにならざるを得ず,これが印字などの各種用途における品質上の課題となっている(甲6の213頁下から第2段落)。紙の坪量(単位面積当たりの質量)については,縦方向,横方向あるいは幅方向に大きな変動があり(同215頁の各図),紙の坪量変動は,市販の紙に対して多くの人が考えているよりもはるかに不均質である(同223頁下から第2段落)。また,紙の中の空隙には,断面積が極めて微小なものから,かなり大きなVoid(孔)といわれるものまであり(同347頁最終段落),紙の連通孔の孔径分布のばらつきは極めて大きい(同363頁第18-12図,364頁第1段落,甲7の94頁図4,同頁右欄第2段落〜95頁左欄第4段落)。さらに,紙の空隙の分布は,大きな半径の領域において余分のピークを伴った幅広の分布を示すものである(甲8の229頁,Fig.1.,同訳文4頁下から第2段落)。薄葉紙の空隙分布もこれと同様である(甲4)。
ウ 本願発明と先願発明は,上記イのような紙の不均質性を共通の課題とするものの,その解決手段は全く異なっている。
本願発明は,薄葉紙の繊維間空隙面積がサーマルヘッドの主走査ピッチと副走査ピッチの積で求められる面積(以下「走査ピッチ面積」という。)以下である場合に,孔版原紙に確実に独立穿孔が形成されるため,きれいな印刷ができることに着目したものであり,走査ピッチ面積と同じか,又はこれよりも小さい繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体としたものである。これに対し,先願発明においては,単に,薄葉紙の開孔のばらつきが極力抑えられているというにすぎず,孔版原紙に独立穿孔を形成するという目的も,それを実現するための方法も何ら開示されていない。
エ 審決は,上記のとおり,薄葉紙の繊維間空隙面積(開孔面積)が「4032μm2より大きいものが望ましくない」ことは,本願発明のみならず,先願発明においても同様であると判断したが,「4032μm2より大きいものが望ましくない」という知見は,サーマルヘッドの走査ピッチ面積と薄葉紙の繊維間空隙面積との関係に着目した,本願発明独自の技術内容である。すなわち,当該知見は,本件明細書(甲2の1)の図3に示されるように,感熱孔版原紙の支持体繊維6の空隙がサーマルヘッドの主走査ピッチと副走査ピッチの積で求められる面積,すなわち走査ピッチ面積(400dpiの場合には約4032μm2)よりも広い場合,フィルムを支える支持体がないため,フィルムとサーマルヘッドとの密着性が悪くなり,サーマルヘッドの熱がフイルムに十分伝わらず,不十分な穿孔となったり,未穿孔となったりすることがあり,他方,フィルムとサーマルヘッドとの密着性をよくした場合には,穿孔ドットの広がりを制御すべき支持体繊維が存在しないため,今度は,穿孔ドットが大きくなり,隣接ドットとつながって連結穿孔になり,印刷画像に不具合を起こす(段落【0004】〜【0005】参照)という知見を得て初めて認識されるものである。これに対し,先願発明においては,紙における空隙の不均質性について,単に,「ばらつき」を極力抑えるという技術的思想が示され,また,単に,空隙の大きいものは望ましくないという技術的思想が示されているにすぎない。
換言すれば,本願発明は,従来の,単に「ばらつき」を極力抑えるという定性的な改良ではなく,サーマルヘッドの走査ピッチ面積との関係で定量的に独立穿孔の形成の制御を可能にするという技術的思想を示すものであり,本願発明は,紙の不均質性に対し,走査ピッチ面積の大きさを基準として考えるというメルクマールを提示した点において,まず,先願発明と相違する。また,より具体的には,本願発明では,走査ピッチ面積と同じか,又はこれよりも小さい繊推間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体としたことで,特に大きな空隙面積のものが少ないように制御することが特徴である。これは,上記イのとおり,紙の空隙の分布が,大きな半径の領域において余分のピークを伴うことに着目し,これを低減させる技術であり,ただ漫然と空隙の大きさを小さくし,又は,ばらつきをなくすように制御するという先願発明の技術的思想とは異なる。
オ 被告は,先願発明の趣旨からみて,先願発明がねらいとする小さな開孔面積が1400μm2付近以下にあるといってよいことは明らかであり,また,先願発明における「標準偏差1800μm2以下」の「以下」についても,標準偏差は小さければ小さいほど好ましいことを意味していることは明らかである旨主張するが,失当である。
まず,先願発明においては,平均開孔面積(600〜1400μm2)を超える標準偏差(1800μm2)が規定されている。すなわち,実際には,大きな開孔が多く存在していたはずであるのに,その点を被告は全く考慮していない。
また,そもそも,本願発明は,被告が自認するとおり,先願発明がねらいとする小さな開孔面積からみれば「論外のもの」である4032μm2を一つのメルクマールとして,これより開孔面積の大きいものが20%より少なければよいとしているのである。本願発明のように走査ピッチ面積である4032μm2より大きいものを除くか,それとも,先願発明のように,1400μm2という平均値を設定した上で,全体としてその範囲に納まるようにするかは,技術的思想として大きく異なるというべきである。
(2) 審決の判断の誤り(その2) ア 審決は,先願発明に係る実施例4(平均開孔面積710μm2,開孔面積の標準偏差820μm2)を基に数学的検討を行い,「上記4032μm2より大きい開孔面積の総和が占める割合は0.012%にも満たないものである」(審決謄本6頁第4段落)とした上,「先願明細書に記載された薄葉紙に係るデータからみて,先願発明における薄葉紙に走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積の80%以上を占めるものが実質的に含まれるであろうことの蓋然性はきわめて高いということができる」(同7頁第3段落)と判断したが,誤りである。
イ 審決は,まず,薄葉紙の空隙分布が正規分布になると仮定して,上記の数学的検討を行っているが,薄葉紙の空隙分布は正規分布とはならないので,誤りである。
さらに,審決は,薄葉紙の空隙面積のばらつきは正規分布とはならないとしても,「製造された全てにおいて,4032μm2より大きいものの総和面積の全総和面積に占める割合が必ず20%以上になるとは到底言い難く,むしろ,該20%以上になるものはきわめて少数であると考えられる」(審決謄本6頁下から第2段落)とするが,これは,紙の空隙の分散は極めて大きいという上記(1)イの技術常識に反するものである。紙の空隙は,空隙半径の最大ピーク値の十数倍から30倍近くのところに余分のピークがある(甲8,9)。
審決の上記判断は,紙の空隙面積のばらつきが極めて大きいことを看過したものであって,誤りである。
ウ 被告は,負領域部分は非算入で計算したとするが,負領域部分を非算入にしたとすれば,そもそも正規分布に従って計算したことにはならないから,その点でも審決の上記判断は誤りである。
(3) 審決の判断の誤り(その3) ア 審決は,先願発明に係る実施例4に基づき,「空隙が特定の面積Xと4032μm2のみに集中して分布し,平均開孔面積が710μm2であり,4032μm2のものの総和面積が全総和面積の丁度20%になっているモデル」(審決謄本6頁最終段落)を想定した上,数学的検討を行い,上記仮想モデルにおける標準偏差が633μm2であって,実施例4の標準偏差820μm2よりは小さいが相当程度近い値であること等を根拠に,「先願明細書に記載された薄葉紙に係るデータからみて,先願発明における薄葉紙に走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積の80%以上を占めるものが実質的に含まれるであろうことの蓋然性はきわめて高いということができる」(同7頁第3段落)と判断したが,誤りである。
イ 審決が想定したモデルは,589μm2と4032μm2との面積の空隙を有することが前提となっているが,実際のモデルではその間にも多くの面積の空隙があるはずである。そして,実際の紙の空隙の分布は,このモデルのような簡単な分散の小さいものではなく,空隙半径の最大ピーク値の十数倍から30倍(面積にして数百倍)もの大きなところにピークがあるようなばらつきを有するものである。平均と標準偏差が同じでも,紙の空隙がどのようになっているかの理解によって,空隙分布としてどのようなものを考えるかが異なってくるのであり,その点の理解が誤っている以上,審決の上記判断の誤りは明らかである。
むしろ,甲4の実験成績証明書の薄葉紙Aや,甲11のシミュレーション結果に示されるように,その場合でも,開孔面積が4032μm2より大きいものの総和面積の全総和面積に占める割合は20%を超えると考えるのが自然であり,また少なくとも4032μm2より大きいものの総和面積の全総和面積に占める割合が20%を超えるものが存在し得ることは明らかである。
ウ 被告は,実際の分布を想定した場合には,標準偏差を大きくするように作用する旨主張する。しかし,この場合,標準偏差も大きくなるが,同時に,平均値も大きくなるので,その想定モデルは,もはや先願明細書の実施例4に基づくモデルではない。このように,審決がそのモデルに基づいて想定した実際の分布というものは,先願明細書の実施例4に基づいたものではない。
(4) 審決の判断の誤り(その4) ア 本願発明と先願発明の同一性の判断に当たっては,「走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とする」ことの技術的意義を検討した上,そのことに技術的意義が存することにより,本願発明が先願発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときには同一性を否定すべきである。本願発明は,「走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とする」ことによって,本件明細書(甲2の1,2)に,「フイルムの穿孔形状が目的とする画像に忠実な微細なものとなり,連結のない独立した穿孔形状となるので,解像性に優れ,特に裏写りが極端に少ない印刷画像を得ることができる」(段落【0026】)と記載されているとおりの顕著な作用効果を見いだしたものであるから,先願発明と同一ではないというべきである。
しかしながら,審決は,本願発明における「走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とする」ことの技術的意義を何ら検討していない。
イ 他方,先願明細書(甲3)には,上記のとおり,本願発明の「走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とする」という数値範囲を満たす具体的数値についての開示はなく,「平均開孔面積600〜1400μm2」,「開孔面積の標準偏差1800μm2以下」というものが開示されているにすぎない。これに対し,本願発明は,「走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とする」ものであって,先願発明の「平均開孔面積600〜1400μm2」,「開孔面積の標準偏差1800μm2以下」のものは,本願発明の範囲内のものとはいえない。
ウ 本願発明と先願発明との同一性の判断に当たっては,先願発明において,「走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とする」との要件を満たすものがあり,それが本願発明と重なるということを示せば十分であるというものではない。
先願発明が規定する「平均開孔面積600〜1400μm2」,「開孔面積の標準偏差1800μm2以下」のものは,本願発明の実施例を含む可能性があるとしても,比較例を多く含むものである。そして,本願発明の「走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とする」ものについて,顕著な作用効果があることは上記アのとおりである。そうすると,先願発明が規定する「平均開孔面積600〜1400μm2」,「開孔面積の標準偏差1800μm2以下」のものの中に,本願発明の「走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とする」の条件を満たすものがあるとしても,本願発明と先願発明との同一性は肯定されないというべきである。
被告の反論
1 審決の認定判断は正当であり,原告の取消事由の主張は理由がない。
2 取消事由(相違点1の判断の誤り)について (1) 審決の判断の誤り(その1)について 原告は,繊維間空隙面積(開孔面積)が「4032μm2より大きいものが望ましくない」との知見は,先願発明においては全く認識されておらず,先願明細書(甲3)にも,そのような記載は存在しない旨主張する。
しかしながら,先願発明は,「感熱孔版原紙に用いる薄葉紙」について,「開孔面積を小さくしかもばらつきを少なくすることにより,良質の画像性が得られる」(段落【0005】)ようにすることを目的とする発明である。そのような先願発明において,平均開孔面積を600〜1,400μm2にすると規定した上,更には「平均開孔面積が1,400μ2(注,μm2に同じ。以下「μm2」と表記する。)よりも大きいとインキの出方が不均一となり,画像の欠落部,不鮮明な箇所が発生する」(段落【0007】)としているのであるから,先願発明がねらいとする小さな開孔面積が1400μm2付近以下にあるといってよいことは明らかである。また,標準偏差1800μm2以下の「以下」についても,「薄葉紙の空隙を・・・極力均一にする必要がある」(段落【0006】)との記載の趣旨からして,標準偏差は小さければ小さいほど好ましいことを意味していることは明らかである。すなわち,先願発明では,開孔面積を極力1400μm2付近以下にすることが意識されているものである。
そして,上記のように,先願発明においては,開孔面積を極力1400μm2付近以下にすることが意識され,かつ,平均開孔面積が1400μm2よりも大きいとインクの出方が不均一になるとの問題意識もあるのであるから,代表的に用いられている走査ピッチ面積であり,かつ,1400μm2から相当にかい離した4032μm2は,先願発明がねらいとする小さな開孔面積からみれば,薄葉紙の開孔面積として論外のものであることは当然である。それゆえに,審決は,走査ピッチ面積が「4032μm2より大きいものが望ましくないことは明らか」(審決謄本5頁第3段落)であるとしているのであって,この判断に誤りはない。
(2) 審決の判断の誤り(その2)について 原告は,審決が,薄葉紙の空隙分布が正規分布になると仮定して数学的検討を行っている点を論難するが,審決は,正規分布であれば,各開孔面積までの総和が全開孔面積の総和に占める割合の計算が容易であるから,試みに,正規分布で計算した場合の4032μm2より大きい開孔面積の総和が占める割合が,本願発明が同割合について上限としている20%とそん色ない値となるかどうかを調査したにすぎない。同調査の結果,仮に計算値が20%とそん色ない値であるならば,薄葉紙の実際の空隙分布が正規分布となるとは限らないことから,先願発明の実施例とされている薄葉紙であっても,上記割合が本願発明の上限値を超える蓋然性が相当程度あるといえるが,計算値が20%を大きく下回るのであれば,上記割合が本願発明の上限値を超える蓋然性は低いということができる。
そして,計算(負領域分は非算入)の結果,「4032μm2より大きい開孔面積の総和が占める割合は0.012%にも満たないものである」(審決謄本6頁第4段落)ことが判明したこと(計算過程は乙4)から,「同じ平均値と標準偏差であっても実際の分布は種々あり得る」(同下から第2段落)ことを当然の前提とした上で,「仮に正規分布をとらないようなものが製造されることがあったとしても・・・該20%以上になるものはきわめて少数であると考えられる」(同)と判断したものであって,審決のこの判断に誤りはない。
本願発明は,いわゆる特殊パラメータによる数値限定発明であるが,公知発明又は先願発明との同一性の有無が確率的要素に支配される場合,ほとんど確実に同一となるものを,数学的に同一といえないというだけの理由で,異なる発明と認定しなければならないとすれば,ほとんどすべての特殊パラメータによる数値限定発明の同一性を肯定できないことになる。換言すれば,特殊パラメータによる数値限定という衣をかぶせることによって特許を受けることができることになってしまい,それが,特許法29条又は同法29条の2の規定の趣旨に反することは明らかである。
(3) 審決の判断の誤り(その3)について 原告は,審決が,589μm2と4032μm2との面積の空隙を有するモデルを想定したことを論難するが,審決は,想定したモデルが「単に数学的なものであって現実にはあり得ないモデル」(審決謄本7頁初行)であることを踏まえた上で,そのモデルを最小の標準偏差を調査するために用いたにすぎない。実際の分布においては,モデルとは異なり,589μm2と4032μm2以外の面積の空隙があることは原告主張のとおりであるが,その場合,審決が「実際には589〜4032μm2にも,さらには4032μm2以上にもばらついて空隙が存在していると考えられ,そのようなものにおいて4032μm2より大きいものの総和面積の全総和面積に占める割合が20%以上である場合には,その標準偏差は820μm2に収まらない」(同頁第2段落)と説示するように,標準偏差を大きくするように作用する。
要するに,先願発明の実施例の薄葉紙において,4032μm2より大きい開孔面積の総和の全開孔面積に占める割合が20%以上となるのは,審決が想定したモデルや,原告提出のシミュレーション結果(甲11)に示されるような,現実離れした特殊な分布でしかあり得ない。
(4) 審決の判断の誤り(その4)について 原告は,本願発明と先願発明との同一性の判断に当たり,先願発明において,「走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とする」との要件を満たすものがあり,それが本願発明と重なるということを示せば十分であるというものではない旨主張する。
しかしながら,先願発明にとって,4032μm2という大きさが相当にかい離した論外なものであることからすれば,先願発明において採用される薄葉紙のほとんどは本願発明に係る薄葉紙の要件を満たすものであると認めるのが相当であり,この要件を満たさないものが採用され得る可能性があるとしても,むしろ,その方が例外的であるというべきである。
そして,400dpi(走査ピッチ面積4032μm2)は,本件出願当時広く用いられており,本件明細書でも先願明細書でも,走査ピッチとして400dpiのみが記載されていることにかんがみれば,本件出願当時における感熱孔版印刷においては,400dpiを用いたときの感熱製版が最も重要度の高いものであったといえる。すなわち,本願発明と先願発明とは,その実施例をみたときに,偶々,重要度の低い部分で一部重なっているというようなものではなく,最も重要度の高い部分で一致しているといえるのであり,そうであるからこそ,先願明細書に走査ピッチ面積に着眼した記載がないとしても,本願発明は先願明細書に記載された発明と同一であるといわざるを得ない。
当裁判所の判断
1 取消事由(相違点1の判断の誤り)について 審決は,本願発明と先願発明との相違点1として認定した,「薄葉紙について,前者が,サーマルヘッドの主走査ピッチと副走査ピッチの積で求められる面積と同じか,またはこれよりも小さい繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の80%以上を占めるのに対し,後者はこれらのことが定かでない点」(審決謄本4頁,<相違点1>)について,実質的な相違点とはいえないと判断したところ,原告は,上記判断は誤りである旨主張するので,以下,検討する(なお,原告は,審決の先願発明の認定をも争っているので,以下においては,審決の相違点1に関する判断の当否に先立ち,先願発明の認定の当否についても判断する。)。
(1) 本願発明の要旨は,上記第2の2のとおり,「熱可塑性樹脂フィルムと多孔性支持体とを貼り合わせた感熱孔版原紙をサーマルヘッドによって感熱製版する孔版原紙の製版方法において,前記感熱孔版原紙として,前記サーマルヘッドの主走査ピッチと副走査ピッチの積で求められる面積(注,走査ピッチ面積)と同じか,またはこれよりも小さい繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とし,前記熱可塑性樹脂フィルムの厚さが10μm以下である感熱孔版原紙を用いることを特徴とする孔版原紙の製版方法」である。そして,本件明細書(甲2の1,2)の発明の詳細な説明には,【発明が解決しようとする課題】として,「しかしながら,上記従来技術に使用される感熱孔版原紙の支持体は,画像性に関するインクの通過量と保持量だけを基準として選択されており,フィルムの穿孔に対する影響については充分な考慮がなされておらず,穿孔が不十分な場合,またはデジタル穿孔がつながった連結穿孔によりインクの通過量を制御しきれない場合が生じている」(段落【0003】),「通常,感熱孔版印刷機に使用されるサーマルヘッドは400dpiといった非常に細かいドットピッチであるのに対し,支持体の繊維間空隙は,前記走査ピッチ面積以上の部分が多く存在し,その空隙部では・・・フィルムとサーマルヘッドとの密着性が悪くてサーマルヘッドの発熱がフィルムに充分伝わらないために,不十分な穿孔となるか,または全くの未穿孔となることが多い。一方・・・フィルムとサーマルヘッドの密着性をよくして穿孔したとしても,穿孔ドットの広がりを制御すべき支持体繊維が存在しないために,穿孔ドットが大きくなり,隣接ドットとつながって連結穿孔となる場合がある」(段落【0004】),「本発明の目的は,上記従来技術の問題点を解決し,穿孔性がよく,インクの滲み等による,解像性の低下または裏写りを防止して良好な印刷画像が得られる孔版原紙の製版方法を提供することにある」(段落【0007】),【課題を解決するための手段】として,「本発明者は,感熱孔版原紙の支持体の平均空隙面積がインクの透過性を阻害しない範囲内にあり,しかも個々の繊維間空隙面積がなるべく,使用するサーマルヘッドの走査ピッチ面積以下になるようにすると,良好な印刷物が得られることに着目し,鋭意研究の結果,感熱孔版原紙の多孔性支持体として,サーマルヘッドの走査ピッチ面積以下の繊維間空隙面積の総和が全繊維間空隙面積の総和の80%以上を占める薄葉紙を用いた感熱孔版原紙を使用することにより,良好な孔版印刷物が得られることを見出し,本発明に到達した」(段落【0008】)と記載され,さらに,2種の実施例(走査ピッチ面積以下の繊維間空隙面積の割合が84.6%と81.7%,サーマルヘッドの走査ピッチは,いずれも400dpi)につき,3種の比較例(同割合が72.0%,70.0%,55.0%,サーマルヘッドの走査ピッチは,いずれも400dpi)と比較して,良好な印刷画像が得られたとされている。
以上によれば,本願発明は,熱可塑性樹脂フィルムと多孔性支持体とを貼り合わせた感熱孔版原紙をサーマルヘッドによって感熱製版する孔版原紙の製版方法において,感熱孔版原紙の支持体として用いる薄葉紙につき,その個々の繊維間空隙面積の大きさに着目し,同空隙面積が一定範囲内に制御されたものを支持体として用いることによって,印刷物の画像性を向上させることを技術的思想の内容とするものであり,その際,上記繊維間空隙面積の一定範囲を規定するパラメータとして,「走査ピッチ面積と同じか,またはこれよりも小さい繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の80%以上」という基準を採用したものであると理解することができる。
(2) 他方,先願明細書(甲3)の発明の詳細な説明には,【産業上の利用分野】として,「本発明は,感熱孔版原紙用薄葉紙に関するものである。更に詳しくは,サーマルヘッド・・・などによって熱を受けることにより穿孔製版される感熱孔版印刷用原紙の多孔性支持体として用いる薄葉紙に関するものである」(段落【0001】),【発明が解決しようとする課題】として,「従来技術による薄葉紙には次のような欠点があった。即ち,開孔面積が大きくかつそのばらつきが大きいため,インキの通過性が不均一であり,インキが出過ぎた箇所は裏移り(重ねられた印刷物の裏にインクがつく)となり,インキが出ない箇所は白ぬけ又はぼそつきとなって鮮明な画像が得られない」(段落【0004】),「本発明者は感熱孔版原紙に用いる薄葉紙の前記欠点を改良すべく鋭意研究を重ねた結果,平均径の小さな繊維を使用することによって開孔面積を小さくしかもばらつきを少なくすることにより,良質の画像性が得られることを見い出した」(段落【0005】),【課題を解決するための手段】として,「本発明は,平均開孔面積600〜1,400μm2,開孔面積の標準偏差1,800μm2以下,開孔率15〜40%であることを特徴とする感熱孔版原紙用薄葉紙である。・・・インキをフィルムの孔から均一に押し出すためには好ましい長さ・・・の細い繊維を使用して繊維本数を増やし,その繊維を均一に分散させることにより薄葉紙の空隙を適度に細分化し,しかも極力均一にする必要がある。具体的には平均開孔面積が600〜1,400μm2,開孔面積の標準偏差が1,800μm2以下,開孔率が15〜40%であり,好ましくは,平均開孔面積700〜1,200μm2,開孔面積の標準偏差1,200μm2以下,開孔率18〜30%である」(段落【0006】)と記載され,さらに,【実施例】として,「サーマルヘッド試験用印字装置・・・に発熱素子密度400ドット/インチのサーマルヘッド・・・を搭載し,2mm四方の細かい文字と1ドットおよび2ドットで形成される細線と50mm四方の黒ベタ部が印刷できるパターンを最適製版感度にて製版し,全自動ディジタル孔版印刷機・・・にて印刷した。印刷物を目視判定にて評価を行った」(段落【0010】)と記載され,走査ピッチが400dpiのサーマルヘッドを使用して製版した4種の実施例につき,3種の比較例と比較して,画像性が良好であったとされている。
以上によれば,先願明細書には,「熱可塑性樹脂フィルムと多孔性支持体とを貼り合わせた感熱孔版原紙をサーマルヘッドによって感熱製版する孔版原紙の製版方法において,前記感熱孔版原紙として,平均開孔面積が600〜1400μm2,開孔面積の標準偏差が1800μm2以下,かつ,開孔率が15〜40%の薄葉紙を多孔性支持体とした感熱孔版原紙を用いることを特徴とする孔版原紙の製版方法」の発明(以下,「先願発明」というときには,この発明を指す。)が記載されているものと認められ,これと同旨の審決の認定(審決謄本3頁下から第2段落)に誤りはない。
また,上記のような先願明細書の記載からすれば,先願発明は,本願発明と同様,熱可塑性樹脂フィルムと多孔性支持体とを貼り合わせた感熱孔版原紙をサーマルヘッドによって感熱製版する孔版原紙の製版方法において,感熱孔版原紙の支持体として用いる薄葉紙の個々の開孔面積(繊維間空隙面積)の大きさに着目し,同開孔面積が一定範囲内に制御されたものを支持体として用いることによって,印刷物の画像性を向上させることを技術的思想の内容とするものであり,その際,上記一定範囲を規定するパラメータとして,「平均開孔面積が600〜1400μm2,開孔面積の標準偏差が1800μm2以下」という基準を採用したものであると理解することができる。
(3) 次に,本願発明と先願発明とを対比すると,両者は,「熱可塑性樹脂フィルムと多孔性支持体とを貼り合わせた感熱孔版原紙をサーマルヘッドによって感熱製版する孔版原紙の製版方法において,前記感熱孔版原紙として,薄葉紙を多孔性支持体とした感熱孔版原紙を用いることを特徴とする孔版原紙の製版方法」(審決謄本3頁最終段落〜4頁第1段落)で一致し,@「薄葉紙について,前者が,サーマルヘッドの主走査ピッチと副走査ピッチの積で求められる面積と同じか,またはこれよりも小さい繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の80%以上を占めるのに対し,後者はこれらのことが定かでない点」(審決謄本4頁,<相違点1>)及びA「熱可塑性樹脂フィルムの厚さについて,前者が10μm以下であるのに対し,後者は定かでない点」(同<相違点2>)において一応相違するものと認められる。
換言すれば,本願発明と先願発明とは,いずれも,熱可塑性樹脂フィルムと多孔性支持体とを貼り合わせた感熱孔版原紙をサーマルヘッドによって感熱製版する孔版原紙の製版方法において,感熱孔版原紙の支持体として用いる薄葉紙の個々の繊維間空隙面積(開孔面積)の大きさに着目し,同空隙面積が一定範囲内に制御されたものを支持体として用いることによって,印刷物の画像性を向上させるものであるという点において,技術的思想が共通するものであり,他方,上記相違点1のとおり,薄葉紙の構成に関する当該「一定範囲」を規定するパラメータの採り方については,一応の差異が認められるものであるということができる(なお,このほかに,熱可塑性樹脂フィルムの厚さに関する上記相違点2があるが,それが実質的な相違点とならないことは審決の判断するとおりである。)。
(4) 進んで,薄葉紙の構成に関する上記相違点1が,本願発明と先願発明との実質的な相違点ということができるか否かについて検討する。
ア 上記(1)及び(2)のとおり,本願発明も先願発明も,専ら走査ピッチが400dpiのサーマルヘッドのみを用いた比較実験により,当該発明を導き出したものであることが認められるから,先願発明が薄葉紙の構成について規定する「平均開孔面積が600〜1400μm2,開孔面積の標準偏差が1800μm2以下」との基準は,走査ピッチが400dpiのサーマルヘッドを用いた場合に適合することは疑いない。その場合,走査ピッチ面積は約4032μm2である(1インチ/400ドット=63.5μm,63.5μm×63.5μm=4032.25μm2)から,本願発明の「走査ピッチ面積と同じか,またはこれよりも小さい繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の80%以上を占める」との要件は,具体的には,「約4032μm2以下の繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の80%以上を占める」ことを意味することになる。
以上を前提に,サーマルヘッドの走査ピッチが400dpiの場合について,両発明の薄葉紙の構成を比較すると,本願発明のものは,「約4032μm2以下の繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の80%以上を占める」ものであるのに対し,先願発明のものは,「平均開孔面積が600〜1400μm2,開孔面積の標準偏差が1800μm2以下」のものであるということになるから,文言上,抽象的には,この両者の数値範囲が,重なり合う部分を有することは明らかである(現実には存在しないであろう仮想モデルとしてではあるが,例えば,薄葉紙の繊維間空隙面積ないし開孔面積がすべて1000μm2である場合を想定することができる。)。
そうすると,本願発明と先願発明とは,上記のとおり,熱可塑性樹脂フィルムと多孔性支持体とを貼り合わせた感熱孔版原紙をサーマルヘッドによって感熱製版する孔版原紙の製版方法において,感熱孔版原紙の支持体として用いる薄葉紙の個々の繊維間空隙面積(開孔面積)の大きさに着目し,同空隙面積が一定範囲内に制御されたものを支持体として用いることによって,印刷物の画像性を向上させるものであるという点において,技術的思想が共通するものであり,薄葉紙の構成に関する当該「一定範囲」を規定するパラメータについて差異が認められるにすぎないものであると理解されるところ,実際には,両者が主として念頭に置く,サーマルヘッドの走査ピッチが400dpiである場合について,当該「一定範囲」を規定するパラメータ自体が重なり合うというのであるから,他に特段の事情のない限り,本願発明と先願発明とは,その発明としての構成において同一であるというほかはなく,上記相違点1は,両発明の実質的な相違点とはならないというべきである。
イ これに対し,原告は,本願発明は,薄葉紙の繊維間空隙面積が走査ピッチ面積以下である場合に,孔版原紙に確実に独立穿孔が形成されるため,きれいな印刷ができることに着目したものであり,走査ピッチ面積と同じか,又はこれよりも小さい繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とし,サーマルヘッドの走査ピッチ面積との関係で定量的に独立穿孔の形成の制御を可能にするという技術的思想を示すものであるのに対し,先願発明は,単に,薄葉紙の開孔のばらつきが極力抑えられているという定性的な改良にすぎないなどとして,両発明は,技術的思想として大きく異なる旨主張する。
確かに,原告も主張するとおり,走査ピッチ面積を基準としてそれより繊維間空隙面積が大きいものを除くという本願発明に見られる技術的思想と,600〜1400μm2という平均値を設定した上で,全体としてその範囲内に納まるようにするという先願発明に見られる技術的思想とでは,感熱孔版原紙用の薄葉紙の「選別の方法」としては,異なる技術的思想に基づくものであるといい得るであろうから,仮に,本願発明が,感熱孔版原紙用の薄葉紙の選別方法に関する発明であるとすれば,その同一性を否定する余地はあるとも考えられる。
しかしながら,上記のとおり,本願発明と先願発明とは,感熱孔版原紙の支持体として用いる薄葉紙の個々の繊維間空隙面積(開孔面積)の大きさに着目し,同空隙面積が一定範囲内に制御されたものを支持体として用いることによって,印刷物の画像性を向上させるものであるという点において,技術的思想が共通するものであるということができるから,原告の主張する上記の点は,当該「一定範囲」を規定するパラメータに関する差異,あるいは,そのパラメータによって選別された薄葉紙に関する差異にすぎないものである。他方,本願発明は,「孔版原紙の製版方法」の発明であって,感熱孔版原紙用の薄葉紙の選別方法に関する発明(すなわちパラメータ自体の発明)でもなければ,選別された薄葉紙自体の発明でもない。換言すれば,本願発明における「走査ピッチ面積と同じか,またはこれよりも小さい繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の80%以上を占める」との要件は,単に,当該孔版原紙の製版方法の発明における構成要件である感熱孔版原紙を構成する多孔性支持体として用いるべき薄葉紙という「物」を規定しているにすぎないのである。
そうすると,上記のとおり,薄葉紙の構成について本願発明の要件と先願発明の要件とは重なり合っているところ,たとえ,異なる技術的思想に基づいて選別された薄葉紙であっても,「物」として同一であれば,その物を用いて行う「孔版原紙の製版方法」は同一であるというほかはないから,結局,原告主張に係る技術的思想の相違は,本願発明と先願発明との実質的な差異をもたらすものではないというべきである。原告の上記主張は採用の限りではない。
ウ また,原告は,紙は,その製造方法の原理上,不均質なものにならざるを得ないところ,紙の空隙分布の分散は極めて大きく,これは薄葉紙においても同様であるとし,それを根拠として,実際には,先願発明の要件を満たす薄葉紙について,開孔面積が4032μm2より大きいものの総和面積の全総和面積に占める割合は20%を超えると考えるのが自然である旨主張する。
しかしながら,先願明細書(甲3)の発明の詳細な説明に,上記(2)において引用した段落【0004】〜【0006】の各記載があるほか,「平均開孔面積が1,400μm2よりも大きいとインキの出方が不均一となり,画像の欠落部,不鮮明な箇所が発生する。又,600μm2より小さいと,繊維の分散不良が発生し繊維のフロックによる白ぬけが発生する」(段落【0007】)との記載があることからすれば,先願発明は,感熱孔版原紙用の薄葉紙について,「開孔面積を小さく」しかも「ばらつきを少なくする」ことを主眼とする発明であり,「薄葉紙の空隙を適度に細分化し,しかも極力均一にする必要がある」との認識の下,「具体的には平均開孔面積が600〜1,400μm2,開孔面積の標準偏差が1,800μm2以下,開孔率が15〜40%であり,好ましくは,平均開孔面積700〜1,200μm2,開孔面積の標準偏差1,200μm2以下,開孔率18〜30%」との基準を採用したものであると認められる。
したがって,先願発明に係る薄葉紙の開孔の大きさについては,平均値として規定される「600〜1,400μm2」の範囲に近い適度に小さな開孔面積のものを中心として,この範囲からの「ばらつき」は極力小さくすることが望ましいことは明らかであり,そうであるとすれば,先願発明においては,薄葉紙の製造ないし選別の際に,上記範囲に近い適度に小さな開孔面積の開孔が数多く含まれるものが得られるような調整がされることは自明というべきである。
原告は,上記のとおり,薄葉紙の空隙分布の分散は極めて大きい旨主張するところ,確かに,仮に,そのような技術常識が存在するとして,そのことを加味して考えれば,先願発明の要件を満たす薄葉紙の中に,本願発明の要件を満たさないものがある程度含まれ得ること(例えば,甲4の実験成績証明書における薄葉紙A,甲11のシミュレーション結果を参照)は,これを肯定する余地があると考えられる。しかしながら,先願発明において平均値として規定される上記「600〜1,400μm2」と,本願発明が基準値として規定する「4032μm2」とでは非常に大きな隔たりがある上,上記のとおり,先願発明においては,薄葉紙の製造ないし選別の際に相応の調整がされることをも考え併せれば,原告主張に係る上記技術常識の存在を加味しても,先願発明の要件を満たす薄葉紙の中には,本願発明の薄葉紙の要件を満たすものが皆無である(先願発明の要件を満たす薄葉紙においては,常に,4032μm2より大きい繊維間空隙面積の総和が,全繊維間空隙面積の総和の20%を超えて存在する。)とは到底考え難く,両者が重なり合うものであることは明らかというべきである。したがって,原告の上記主張は採用の限りではない。
エ 以上によれば,本願発明に係る薄葉紙の構成と先願発明のそれとは重なり合うものであるから,本願発明と先願発明とは,その発明としての構成において同一であり,結局,感熱孔版原紙用の薄葉紙の構成に関する相違点1は,本願発明と先願発明との実質的な相違点とはならないというべきである。
(5) これに対し,原告は,本願発明と先願発明との同一性の判断に当たっては,「走査ピッチ面積以下のものの総和面積が全総和面積の80%以上を占める薄葉紙を多孔性支持体とする」ことの技術的意義を検討した上,そのことに技術的意義が存することにより,本願発明が先願発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときには同一性を否定すべきであるとし,先願発明において,上記の要件を満たすものがあり,それが本願発明と重なるということを示せば十分であるというものではないなどと主張する。
原告の上記主張は,本願発明は,その規定するパラメータにより,先願発明の薄葉紙に関する構成を更に数値的に限定した発明として新規性,進歩性を有する旨の主張であるとも解されるが,本願発明の規定するパラメータと,先願発明の規定するパラメータとは,文言上,後者が前者を完全に包含するという関係に立たないことは明らかである(なお,原告提出に係る甲4の実験成績証明書によれば,先願発明の要件を満たすが本願発明の要件を満たさない薄葉紙A,本願発明の要件を満たすが先願発明の要件を満たさない薄葉紙Bは共に実在するとされる。)。また,原告が本願発明の顕著な作用効果であると主張するところは,要するに,印刷された画像の画像性の向上であって,先願発明の作用効果と同一であるから,当該作用効果は,本願発明と先願発明との要件が重なり合う部分においては,当然に先願発明によって得られたはずのものであるから,格別なものであるとする余地はない。したがって,本願発明について,先願発明の要件を更に数値的に限定したことによって格別の作用効果を奏する発明であるということはできず,いずれにしても,原告の上記主張は失当である。
(6) 以上によれば,相違点1につき,本願発明と先願発明との実質的な相違点とはいえないとした審決の判断に誤りはないから,その余の点につき判断するまでもなく,原告の取消事由の主張は理由がない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 早田尚貴