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事件 平成 26年 (行ケ) 10081号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2015/06/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成27年6月11日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官

平成26年(行ケ)第10081号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成27年5月14日

判 決




原 告 オルガノジェネシス インク.



訴訟代理人弁理士 廣 江 武 典

同 西 尾 務

同 服 部 素 明

同 橋 本 哲

同 谷 口 直 也

同 廣 江 政 典

同 隅 田 俊 隆

同 吉 田 哲 基

同 中 山 公 博



被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 郡 山 順

同 高 美 葉 子

同 板 谷 一 弘

同 根 岸 克 弘

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

1
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を

30日と定める。

事実及び理由

第1 請求

特許庁が不服2010−6184号事件について平成25年11月20日に

した審決を取り消す。

第2 事案の概要

1 特許庁における手続の経緯等

(1) 原告は,平成11年11月19日,発明の名称を「生物工学的組織構築

物およびそれを生成および使用する方法」とする発明について国際特許出

願(PCT/US99/27505。パリ条約による優先権主張;平成1

0年11月19日(以下「本願優先権主張日」という。 ,優先権主張国:


米国。パリ条約による優先権主張:平成11年6月24日,優先権主張国

:米国。請求項の数30。以下「本願」という。)をし,平成13年5月2

1日に日本国国内段階への移行手続を行ったところ(特願2000−58

2537。甲9),平成21年11月18日付けで拒絶査定を受けたことか

ら,平成22年3月23日,これに対する不服の審判を請求した。

(2) 特許庁は,前記(1)の審判請求を不服2010−6184号事件として審

理し,平成24年7月30日付けで拒絶理由通知をしたところ,原告から

平成25年1月31日付け誤訳訂正書(請求項の数25)により特許請求

の範囲等の補正を受け,さらに同年3月12日付けで拒絶理由通知をした

ところ,原告から同年9月18日付け手続補正書により特許請求の範囲

を補正する内容の補正(請求項の数25。以下「本件補正」という。)を受

けたが,同年11月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審

決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年12月3日,原告

に送達された(甲8,10,13〜16)。

2
(3) 原告は,平成26年4月1日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提

起した。

2 特許請求の範囲の記載

本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲

8)。以下,この請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,本願に係

る明細書(甲10及び甲8により訂正された甲9)を「本願明細書」という。

【請求項1】

培養線維芽細胞によって合成および組立てられる細胞外マトリックスの層を

産生する条件下で成長し,前記培養線維芽細胞が前記細胞外マトリックスの層

内に含まれている,線維芽細胞を包含する培養組織構築物であって,

前記細胞外マトリックスが,

(i)4分の1差の67nm結合パターンを示す原線維および原線維束の包装

組織化を示す原線維性コラーゲン;

(ii)デコリン;および

(iii)グリコサミノグリカンを包含し,そして該細胞外マトリックスが,

培養条件の間,外因性マトリックス成分または合成構成員の不在下,化学的に

定義された培養培地存在下で線維芽細胞を培養すること

によって産生されることを特徴とし,

前記化学的に定義された培養培地は,(I)基礎栄養培地,(II)インスリ

ン,(III)L−グルタミン又はL−グルタミン誘導体,および(IV)ア

スコルビン酸又はアスコルビン酸誘導体を含み,且つ未定義の動物臓器又は組

織抽出物の無い培地であり,

前記未定義の動物臓器又は組織抽出物は,血清,下垂体抽出物,視床下部抽

出物,胎盤抽出物,胚抽出物,並びにフィーダー細胞によって分泌されるタン

パク質および因子である,

培養組織構築物。

3
3 本件審決の理由の要旨

(1) 本件審決の理由は,別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願

発明は,本願優先権主張日前に頒布された刊行物1(特開昭64−1098

3号公報。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに周

知の技術的事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることがで

きたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることがで

きない,というものである。

(2) 本件審決が認定した引用発明は,次のとおりである。

ヒト皮膚線維芽細胞の継代培養細胞をアスコルビン酸リン酸エステル及び

10%(V/V)牛胎児血清(FCS)を含むダルベコズ・モディファイ

ド・イーグルズ・ミニマル・エッセンシャル・メディムで培養し,培養容器

の器壁に該細胞と細胞外マトリックスとからなる組織を形成せしめ,該組織

を採取することを特徴とする当該細胞と細胞外マトリックスとからなる人工

組織であって,該人工組織は,生体組織に存在する種々のプロテオグリカン

が合成され,蓄積され,沈着しており,コラーゲン,プロコラーゲン,酸性

グリコサミノグリカン(GAG)などからなる細胞外マトリックスの性状お

よび含有割合が,動物の真皮に近似し,コラーゲンの型はα1(I),α2

(I),α1(III)およびα1(V)が含まれている人工組織。

(3) 本願発明と引用発明との対比

本件審決が認定した本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下の

とおりである。

ア 一致点

培養線維芽細胞によって合成および組立てられる細胞外マトリックスの

層を産生する条件下で成長し,前記培養線維芽細胞が前記細胞外マトリッ

クスの層内に含まれている,線維芽細胞を包含する培養組織構築物であっ

て,

4
前記細胞外マトリックスが,

(i)原線維性コラーゲン;

(ii)プロテオグリカン;および

(iii)グリコサミノグリカン

を包含し,

そして該細胞外マトリックスが,培養条件の間,外因性マトリックス成

分または合成構成員の不在下,培養培地存在下で線維芽細胞を培養するこ

とによって産生されることを特徴とし,

前記化学的に定義された培養培地は,(I)基礎栄養培地,(III)L

−グルタミン又はL−グルタミン誘導体,および(IV)アスコルビン酸

又はアスコルビン酸誘導体を含む培地である,

培養組織構築物。

イ 相違点

(ア) 相違点1

原線維性コラーゲンが,本願発明では「(i)4分の1差の67nm

結合パターンを示す原線維および原線維束の包装組織化を示す原線維性

コラーゲン」であるのに対して,引用発明に含まれる「コラーゲン」の

構造は不明である点。

(イ) 相違点2

プロテオグリカンが,本願発明では「デコリン」であるのに対して,

引用発明では「生体組織に存在する種々のプロテオグリカン」である点。

(ウ) 相違点3

培養培地が,本願発明では,「化学的に定義された培養培地」であり,

その成分に「(II)インスリン」を含み,「未定義の動物臓器又は組織

抽出物の無い培地」,すなわち,「前記未定義の動物臓器又は組織抽出物

は,血清,下垂体抽出物,視床下部抽出物,胎盤抽出物,胚抽出物,並

5
びにフィーダー細胞によって分泌されるタンパク質および因子」の無い

培地であり,当該培地により「該細胞外マトリックス」が産生されるも

のであるのに対して,引用発明では,培養培地にインスリンを含んでお

らず,また,牛胎児血清(FCS)を含む培養培地で細胞外マトリック

スが産生されるものである点。

4 取消事由

(1) 相違点3に係る容易想到性の判断の誤り(取消事由1)

ア 相違点3に係る構成の容易想到性の判断の誤り(取消事由1−(1))

イ 作用効果の顕著性の認定判断の誤り(取消事由1−(2))

(2) 本件審決の手続違背(取消事由2)

第3 当事者の主張

1 取消事由1−(1)(相違点3に係る構成の容易想到性の判断の誤り)につい



〔原告の主張〕

(1) 本件審決は,相違点3の容易想到性について,「本願発明は,引用発明に

おいて,無血清で培養すべく,周知のインスリンを添加し,細胞外マトリッ

クスが無血清培地で期待どおり産生されることを確かめることで,相違点3

に記載の本願発明の特定事項のごとくしたものであって,細胞外マトリック

スが産生されることを確かめることは,当業者が何の創作性もなくなし得る

単なる確認事項にすぎない。」と認定判断したが,以下のとおり,上記認定

判断は誤りである。

(2) インスリンの添加について

ア 本件審決は,@「無血清で培養する際,全ての細胞に対して成長因子と

して働く作用のあるインスリン」を無血清培地に添加することは周知の事

項であると認定判断し,また,刊行物1(甲1)では,血清の入った培地

であるが,腱線維芽細胞の培養において,インスリンを添加した培地で,

6
細胞外マトリックスの成分であるコラーゲンの合成が盛んになることを確

認しており,これに基づいて,A「インスリンの添加によりコラーゲン合

成が妨げられることなく,促進されることが分かる」と認定判断し,これ

らに基づいて,引用発明において,無血清で培養すべく,周知のインスリ

ンを添加する程度のことは,当業者が何の困難性もなくなし得たこととい

えると認定判断した。

イ 上記@の「全ての細胞に対して成長因子として働く作用のあるインスリ

ン」との点について

刊行物N(甲7。以下,刊行物の引用については,本件審決が刊行物の

引用において用いた「刊行物L〜N」「刊行物2,3」の表記を使用する


ことがある。)の段落【0015】 【0018】及び【0020】には,


血清含有培地で蛋白質等を産生する細胞を,インスリンを含む無血清培地

で培養した場合に,蛋白質等の産生が認められず,細胞が死滅ないし減少

していることが記載され,また,刊行物L(甲5)の53頁右欄5〜9行

及び54頁左欄9〜22行の記載から,無血清培地に添加されたインスリ

ンは,単に線維芽細胞を維持する機能を有するにすぎず,線維芽細胞の「

成長因子」として機能するものではないと理解されることからすれば,「

インスリン」が「無血清で培養する際,全ての細胞に対して成長因子とし

て働く作用のある」ことが周知の事項であるとした本件審決の認定判断は

誤りである。

仮に,「インスリン」が「無血清で培養する際,全ての細胞に対して成

長因子として働く作用」があることが周知であるとしても,後記(3)ウの

とおり,「線維芽細胞を培養する」ことと,「線維芽細胞を培養することに

より細胞外マトリックスを産生する」こととは技術的意義が異なるから,

上記周知事項が直ちに,「無血清で培養し,細胞外マトリックスを産生す

る際,インスリンを無血清培地に添加すること」が周知であることの根拠

7
とはなり得ず,まして,細胞外マトリックスを産生する際,インスリンを

無血清培地に添加することについての動機付けとなるものではない。

ウ 上記Aの「インスリンの添加によりコラーゲン合成が妨げられることな

く,促進されることが分かる」との点について

刊行物1(甲1)の「(刊1−10) (7頁右下欄5行〜8頁右下欄末


行。以下,刊行物の引用については,本件審決が刊行物の引用に際して付

した「(刊○−○)」なる符号を使用することがある。)には,ある培地で

線維芽細胞を培養することにより,細胞外マトリックスの成分であるコラ

ーゲンの合成が盛んになったこと,及び当該培地中の「一成分として」イ

ンスリンが含まれていることを開示するにとどまり,インスリンがコラー

ゲン合成を促進した旨の記載はなく,インスリンとコラーゲン合成とを関

係付ける技術的知見も存在せず,インスリンの技術的意義すら開示されて

いない。むしろ,刊行物1の「(刊1−7) (5頁左下欄9行〜6頁右上


欄19行)では,As−2−P(アスコルビン酸−2−リン酸エステル)

を含み,インスリンを添加していない培地においてコラーゲンが産生され

たことが記載され,刊行物1の「(刊1−10)」には,コラーゲン合成の

低下が,線維芽細胞のコラーゲン合成に対するアスコルビン酸エステルの

刺激作用を弱めたことに起因する旨の記載があることに鑑みれば,当業者

は,コラーゲン合成を促進する成分は,インスリンではなく,As−2−

Pであると認識するのが自然かつ合理的である。

したがって,刊行物1の記載に基づいて,「インスリンの添加によりコ

ラーゲン合成が妨げられることなく,促進されることが分かる」とした本

件審決の認定判断は誤りである。

エ 以上によれば,「インスリン」が「無血清で培養する際,全ての細胞に

対して成長因子として働く作用のある」ことは周知の事項でないから,無

血清培地で細胞外マトリックスを産生する際,インスリンを添加すること

8
についての動機付けはなく,また,仮に上記事項が周知の事項であるとし

ても,このことは,無血清培地で細胞外マトリックスを産生する際,イン

スリンを添加することについての動機付けとはならない。

更に,刊行物1(甲1)には,「インスリンの添加によりコラーゲン合

成が妨げられることなく,促進されること」は記載も示唆もないから,引

用発明において,無血清培地で細胞外マトリックスを産生する際,インス

リンを添加することは,当業者が容易になし得る程度のものではない。

したがって,「引用発明において,無血清で培養すべく,周知のインス

リンを添加する程度のことは,当業者が何の困難性もなくなし得たことと

いえる」との本件審決の前記アの認定判断は誤りである。

(3) 細胞外マトリックスの産生について

ア 本件審決は,@「無血清培地で蛋白質等の物質生産を行うことは,本願

優先権主張日前から普通に行われている周知の事項であり,無血清培地で

も蛋白質等の物質生産できることは技術常識となっていた」と認定判断す

るとともに,A「線維芽細胞を無血清で培養することは,刊行物Lに記載

のように古くから行われており,無血清で培養できることは技術常識であ

った」と認定判断した上,これらに基づいて,「無血清培地で細胞外マト

リックスが必ず産生されるとまでは分からないとしても,引用発明のごと

く血清添加培地では細胞外マトリックスが産生されており,かつ,無血清

培地でも物質生産ができるという上記技術常識に照らせば,細胞外マトリ

ックスが産生されるかもしれないという期待を当業者に抱かせることは明

らかである」と認定判断した。

イ 上記@の「無血清培地で蛋白質等の物質生産を行うことは,本願優先

権主張日前から普通に行われている周知の事項であり,無血清培地でも

蛋白質等の物質生産できることは技術常識となっていた」との点につい



9
刊行物M(甲6)の段落【0025】及び【0005】には,単に

「ヒト腎細胞」の培養によりプロウロキナーゼを産生したことが示され

ているのみであり,また,血清濃度を減少させると細胞の増殖性が著し

く低下させるか死滅し,所望の細胞生成物(蛋白質等)の収量が著しく

減少するなどの問題があることが示され,さらに,インスリンを含有す

る無血清培地が,あらゆる細胞において蛋白質等の発現を可能にする旨

の記載も示唆もない。特開2003−190273号公報(甲18)の

段落【0014】には,線維芽細胞の培地から血清を除去すると,細胞

死が誘導されることが,WO2007/080919号再公表公報(甲

19)の段落【0004】 【0006】及び【0008】には,動物細


胞の培養には通常,血清が添加された培地を用いて行われ,培地中の血

清濃度を低下させることにより,細胞はその増殖性を著しく低下させる

か又は死滅し,従来の無血清培地では,10%血清含有培地と比較して

必ずしも十分な細胞増殖効果を得るに至っていないことが,それぞれ記

載されている。また,刊行物N(甲7)の段落【0015】 【001


8】及び【0020】は,血清含有培地で蛋白質等を産生する細胞を,

インスリンを含む無血清培地で培養しても,必ずしも血清含有培地で培

養した場合と同様に蛋白質等を産生できるとは限らないことを示してい

る。さらに,特開平8−308561号公報(甲11)の段落【004

6】〜【0049】は,血清含有培地でアルブミンを産生する肝細胞を,

インスリンを含み,亜セレン酸ナトリウムを含有しない無血清培地で培

養したところ,アルブミンの産生量が低下したことを示している。

これらの記載に鑑みれば,血清含有培地で蛋白質等を産生する細胞で

あっても,無血清培地の組成によっては,目的とする物質を産生するこ

とができず,細胞が死滅又は減少することもあることは明らかである。

そのため,本願優先権主張日当時,無血清培地により蛋白質等の物質生

10
産を行うことは,特定の細胞及び培地に限って「可能」であるにすぎず,

細胞及び培地組成を問わず,無血清培地で蛋白質等の物質生産を行うこ

とが本願優先権主張日前から普通に行われているとはいえず,まして,

無血清培地でも蛋白質等の物質を生産できることが技術常識であるとい

うことはできない。

したがって,「無血清培地で蛋白質等の物質生産を行うことは,本願優

先権主張日前から普通に行われている周知の事項であり,無血清培地で

も蛋白質等の物質生産できることは技術常識となっていた」とした本件

審決の認定判断は誤りである。

ウ 上記Aの「線維芽細胞を無血清で培養することは,刊行物Lに記載の

ように古くから行われており,無血清で培養できることは技術常識であ

った」との点について

一般に,細胞の「培養」には,蛋白質等を産生させるために培養する

ことだけでなく,単に細胞を増殖させるために培養することも含まれる。

そして,「細胞を増殖させるために培養すること」と,「蛋白質等を産生

させるために培養すること」とは技術的意義が異なるから,前者が技術

常識であるとしても,このことが当然に,後者が技術常識であることの

根拠とはなり得ない。

そして,刊行物1(甲1)には,「種々の細胞は「分化」の過程で,コ

ラーゲン,プロテオグリカンをはじめとする組織特異的な細胞外マトリ

ックス成分(ECM)を合成し」(1頁左下欄15行〜17行)と記載さ

れているから,線維芽細胞が細胞外マトリックスを産生するには,分化

(細胞が形態的,機能的に特殊性を獲得していくこと)が必要である。

これに対して,刊行物L(甲5)は,ヒト線維芽細胞を無血清培養で

「増殖」することについて開示するにすぎず,無血清培養における線維

芽細胞の分化や細胞外マトリックスの産生についての技術的知見はない。

11
したがって,刊行物Lの「培養」は,線維芽細胞を「増殖」させること

を意味するにすぎず,その結果,刊行物Lからは,せいぜい線維芽細胞

を増殖させるために無血清で培養することが技術常識であるといえるだ

けで,線維芽細胞を分化させて細胞外マトリックスを産生させるために

無血清で培養することが技術常識であるとはいえない。

したがって,本件審決の刊行物L(甲5)についての上記認定判断が,

「線維芽細胞を分化させて細胞外マトリックスを産生させるために無血

清で培養することが技術常識である」ことを意味するのであれば,かか

る認定判断は誤りである。

エ 以上によれば,細胞及び培地組成を問わず無血清培地で蛋白質等の物

質生産を行うことは,本願優先権主張日前から普通に行われている周知

の事項ではなく,無血清培地でも蛋白質等の物質を生産できることは技

術常識ではないことに加え,線維芽細胞を分化させて細胞外マトリック

スを産生させるために無血清で培養することも技術常識ではないことか

ら,引用発明において,「細胞外マトリックスが産生されるかもしれない

という期待を当業者に抱かせること」はなく,本件審決の前記アの認定

判断は誤りである。

オ 被告の主張(2)ウについて

(ア) 被告は,「線維芽細胞を分化させて細胞外マトリックスを産生させ

るために無血清で培養することも技術常識ではない」としても,「アス

コルビン酸リン酸エステル」を含む「引用発明のごとくの血清培地で

は細胞外マトリックスが産生されて」いるのだから,引用発明におい

て,刊行物2(甲2)及び乙2に記載の周知の技術にならい,血清に

代えてインスリンを添加することにより無血清培地とした場合であっ

ても,引用発明の「アスコルビン酸リン酸エステル」の作用により細

胞外マトリックスが産生されるであろうという期待を当業者に抱かせ

12
ることは明らかである旨主張する。

しかし,血清培地での培養により物質産生する細胞を無血清で培養し

ても,当然に同様に物質産生をすることができないことは前記イのと

おりであるから(甲6,7,11),引用発明において,血清培地で細

胞外マトリックスが産生されているとしても,このことが直ちに,無

血清培地でも同様に,細胞外マトリックスが産生されるであろうとい

う期待を当業者に抱かせることの根拠とはなり得ない。また,刊行物

1(甲1)の実験結果は,あくまで「アスコルビン酸リン酸エステル

」という特定の成分が細胞外マトリックス産生に寄与することを実証

するにすぎず,それ以外の成分,例えば動物血清が細胞外マトリック

ス産生に寄与しないことを根拠付けるものではない。むしろ,血清含

有培地で蛋白質等を産生する細胞を無血清培地で培養した場合に否定

的なことが記載されている甲6の段落【0005】,甲18の段落【0

014】並びに甲19の段落【0006】及び【0008】の記載を

考慮すれば,「アスコルビン酸リン酸エステル」を含んでいても,引用

発明において,血清培地に代えて無血清培地を用いた場合には,線維

芽細胞が十分に増殖・分化して細胞外マトリックスを産生することが

できないと認識するのが通常である。

(イ) 被告は,線維芽細胞を使用してインスリンを含有する無血清培地で

蛋白質の生産を目的とする培養方法も普通に知られているから(乙2),

血清の代わりとなる物質を添加した無血清培地で線維芽細胞の増殖及

び蛋白質等の産生が妨げられるような技術常識も存在しない旨主張す

る。

しかし,乙2は血管内皮増殖因子蛋白質に関するものであり,引用発

明のような人工組織とは性質が大きく異なるから,「蛋白質」という極

めて大枠で一致するとしても,乙2の開示内容は,培地組成も異なる

13
引用発明において無血清培地とした場合の細胞外マトリックス産生に

ついて予測する材料とはなり得ない。

(4) 相違点3に関する審判段階での原告の主張について

ア 本件審決は,無血清培地を用いる点について,刊行物1(甲1)には,

「牛胎児血清等の動物血清を添加することが好ましい」と記載があるだ

けであり,好ましいとは,添加することが必須であることを意味するも

のではなく,また,特許請求の範囲にも血清の有無は記載されていない

から,刊行物1には,血清を加えない態様も包含されると理解され,刊

行物1の記載事項は,無血清培地で培養することについての阻害要因と

なり得ないと認定判断した。

しかし,「動物血清を添加することが好ましい」ことが,動物血清を添

加することが必須であることを直ちに意味するものではないとしても,

かかる記載に接した場合,特段の事情がない限り,当業者は「好まし

い」態様である動物血清を添加する態様を選択するのが自然かつ合理的

である。更に,前記(3)イのとおり,本願優先権主張日当時,血清含有培

地で蛋白質等を産生する細胞を無血清培地で培養しても,必ずしも蛋白

質等を産生できるとは限らないことが知られている上,引用発明が血清

を加えない態様を「包含する」こと自体は,何ら血清を加えない態様の

技術的意義を開示ないし示唆するものではなく,しかも,刊行物1には,

無血清で培養した場合の実施例の記載はなく,無血清で培養した場合に

も同様に細胞外マトリックスからなる人工組織を生産することができる

ことについての技術的説明もない。

これらの点を考慮すれば,刊行物1(甲1)の「動物血清を添加するこ

とが好ましい」ことが,動物血清を添加することが必須であることを意

味するものではなく,引用発明が血清を加えない態様を「包含する」と

しても,そのことは,刊行物1の上記記載事項が,相違点3の構成であ

14
る無血清培地で培養することに至ることについての阻害要因となること

を否定する根拠とはなり得ない。

したがって,本件審決の上記認定判断は誤りである。

イ 本件審決は,仮に,刊行物1(甲1)において血清を添加することが求

められているとしても,血清には,価格変動や供給不安があること(刊

行物2(甲2) ,ロット間でばらつきがあること(刊行物3(甲3) ,
) )

ウイルスやマイコプラズマの感染源となること(刊行物M(甲6))等の

欠点があることが本願優先権主張日前から知られており,引用発明にお

いて,無血清とする強い動機があるといえる旨認定判断した。

しかし,前記(3)イのとおり,本願優先権主張日当時,血清含有培地で

蛋白質等を産生する細胞を無血清培地で培養しても,必ずしも蛋白質等

を産生できるとは限らないことが知られており,まして,本願優先権

張日当時,線維芽細胞を無血清で培養して細胞外マトリックスを産生す

ることができることは知られていない。他方,刊行物2及び3で指摘さ

れている上記欠点は,細胞と細胞外マトリックスとからなる組織を形成

するという技術的結果を達成する上で支障とならず,刊行物Mで指摘さ

れている上記欠点についても,無血清培地を用いる以外の技術手段によ

り回避することが可能であるのに対し,無血清で培養した場合にはそも

そも細胞と細胞外マトリックスとからなる組織を形成するという技術的

結果を達成することができるかが不明である。

そうすると,当業者は,引用発明において,血清を用いた場合のメリッ

トが無血清の場合のメリットよりも上であると考え,その結果,無血清

培養を忌避するのが自然かつ合理的であるから,血清には各種の欠点が

あることが本願優先権主張日前から知られているとしても,このことは,

引用発明において無血清とする強い動機付けとはなり得ない。

したがって,本件審決の上記認定判断は誤りである。

15
〔被告の主張〕

(1) インスリンの添加について

ア 原告の主張(2)イについて

本件審決が,「全ての細胞に対して成長因子として働く作用のある」と

認定したのは,刊行物2(甲2)の段落【0027】の記載による。また,

刊行物N(甲7)の段落【0002】及び【0003】によれば,従来か

らインスリンは,無血清培地において血清に代わる物質として知られてい

た。また,無血清培地は,乙 1(36頁 1 行〜12行)に記載のように,

本願優先権主張日前から,市販されているほど当たり前のものであり,市

販のものには血清代替物として大抵インシュリンが含まれている。

以上のことから,「全ての細胞」でないにせよ多くの例において,無血

清培地で培養する際に血清に代わる物質としてインスリンを添加するとい

うことが周知の事項として知られていたことは明らかである。

イ 原告の主張(2)ウについて

本件審決が,「インスリンの添加によりコラーゲンの合成が妨げられる

ことなく,促進される」と認定したのは,本件審決にあるとおり,刊行物

1(甲1)の「(刊1−10)」(本件審決30頁7〜14行)の記載を根拠

とするものである。したがって,本件審決は,(a)インスリンを添加した

培地で,インスリン添加によりコラーゲンの合成は妨げられることがない

こと,(b)As-2-P 及びインスリンを添加した培地で,コラーゲン合成が促

進されたこと,の2つの事項が分かることをいうものである。本件審決の

「インスリンの添加によりコラーゲンの合成が妨げられることなく,促進

される」との記載は,原告が主張するような「インスリンがコラーゲンの

合成を促進した」という趣旨ではない。

そして,刊行物1(甲1)の3頁右上欄3〜12行,5頁右下欄9〜1

2行及び7頁左上欄4〜7行の記載によれば,引用発明において,コラー

16
ゲン及び細胞外マトリックスの産生に寄与するのは引用発明の「アスコル

ビン酸リン酸エステル」である。そして,刊行物1の「(刊1−10)」に

記載された「デキサメサゾン,インスリン,As-2-P,EGF および 10%FCS

添加ウィリアムス培地 E」は,引用発明の「アスコルビン酸リン酸エステ

ル」の一種である As-2-P のコラーゲンの合成作用を調べるために設計さ

れた培地であり,これを用いた実験において,「腱線維芽細胞は活発にコ

ラーゲンを合成して」いるから「(a)インスリンの添加によりコラーゲン

合成が妨げられることがな」く,「(b)As-2-P 及びインスリンを添加した

培地で,コラーゲン合成が促進された」ことが理解される。

ウ 前記アのとおり,無血清培地に血清に代わる物質としてインスリンを添

加することが周知であり,前記イのとおり,インスリン添加によりコラー

ゲン合成が妨げられていないことから,「引用発明において,無血清で培

養すべく,周知のインスリンを添加する程度のことは,当業者が何の困難

性もなくなし得たことといえる。」とした本件審決の認定判断に誤りはな

い。

(2) 細胞外マトリックスの産生について

ア 原告の主張(3)イについて

刊行物M(甲6) の段落【0005】の記載は,発明が解決しようとす

る課題として記載されているのであって,段落【0011】によれば,刊

行物M記載の発明は,上記課題を解決するため,インスリン,ペプトン及

びトランスフェリンを含有させた無血清培地を用いることにより,蛋白質

を大量に生産できることを見出したものである。ところで,刊行物M(甲

6)の段落【0005】に「血清濃度の減少によって細胞はその増殖性を

著しく低下させるか死滅」することが記載されているように,血清代替物

の添加がない無血清培地では,細胞の増殖性が著しく低下するか死滅する

ことは技術常識である。それを解決するために,無血清培地に増殖因子を

17
添加することが要求され(乙3(2頁右下欄13行),甲19(7頁40

〜41行)),刊行物M(甲6)においては,請求項1に,無血清培地で細

胞を増殖させる作用のあるインスリン等を添加することで,死滅等の課題

を解決している。同様に,甲19の段落【0006】及び甲18の段落

【0014】の各記載も,血清を除去するだけでは,細胞が死滅するが,

血清代替物であり細胞増殖因子であるインスリンや TGF-β の添加により,

細胞死を抑制できることを示している。したがって,甲6,甲18及び甲

19の記載は,無血清培地で細胞外マトリックスを産生することの阻害事

由になるものではない。

そして,刊行物M(甲6) の段落【0021】には,線維芽細胞を含め

多数の細胞も例示されているから,原告が主張するような特定の細胞及び

培地に限って,「無血清培地で,蛋白質等の物質生産を行うこと」が可能

であるものではない。

刊行物N(甲7)の段落【0003】記載のとおり,これまでに多くの

文献に,様々な細胞で血清に代わる物質を用いた成功例があるからこそ,

インスリンを含む血清代替物質が例示されており,また,細胞の種類や生

産を目的とする物質の組み合わせにより,無血清培養する際に適切な血清

の代わりとなる物質やその組み合わせが変わることは当然のことである。

原告が指摘する刊行物Nの段落【0015】の記載は,ヒト結腸腺癌細胞

株 Caco-2 の培養において,血清の代わりとなる物質の適切な組み合わせ

によりスクラーゼを産生することを示しているだけであり,原告が主張す

るような「無血清培地により蛋白質等の物質生産を行うことは,特定の細

胞及び培地に限って「可能」である」ことを示すものではなく,このこと

は,刊行物Nの段落【0018】及び【0020】記載の実験についても

同様である。

甲11の段落【0046】〜【0049】の実施例は,肝細胞において

18
無血清培地でアルブミンを産生さるためには,インスリンに加えて,刊行

物Nで血清に代わる物質として例示されている「セレン」の一種である亜

セレン酸ナトリウムの組み合わせが適切であったことを示しているだけで

あって,上記のとおり,細胞の種類や生産を目的とする物質の組み合わせ

により,無血清培養する際に適切な血清の代わりとなる物質やその組み合

わせが変わることは当然のことであるから,かかる記載があるからといっ

て,原告が主張するような「無血清培地により蛋白質等の物質生産を行う

ことは,特定の細胞及び培地に限って「可能」である」ことを示すもので

はない。

以上のとおりであるから,「無血清培地でも蛋白質等の物質生産できる

ことが技術常識となっていた」との本件審決の認定判断に誤りはない。

イ 原告の主張(3)ウについて

原告は,本件審決の刊行物L(甲5)についての認定判断が,「線維芽細

胞を分化させて細胞外マトリックスを産生させるために無血清で培養する

ことが技術常識である」ことを意味するのであれば,それは誤りである旨

主張するが,本件審決認定のとおり,刊行物Lは,線維芽細胞を無血清で

培養できることが技術常識となっていたことを示しているだけであり,原

告主張のような意味ではない。

ウ 原告の主張(3)エについて

細胞に蛋白質等を産生させるための無血清培地において,血清に代えて

インスリンを添加することは周知の技術事項であった(刊行物N(甲7)の

【請求項1】,段落【0001】〜【0003】及び【0017】の記載,

刊行物2(甲2)の(刊2−2)の記載,刊行物M(甲6)の(刊M−2)の記

載,乙2の2頁左上欄5〜9行及び17〜19行の記載,乙4の4頁右上

欄8〜14行)。このように,血清代替物であるインスリンを含む無血清

培地は,分化を目的とする培養に普通に使用されるものであり,細胞を分

19
化,増殖させ,細胞外マトリックスを産生するアスコルビン酸リン酸エス

テルの作用を妨げるようなものではない。

そして,原告が主張するように「線維芽細胞を分化させて細胞外マトリ

ックスを産生させるために無血清で培養することも技術常識ではない」と

しても,「アスコルビン酸リン酸エステル」を含む「引用発明のごとくの

血清培地では細胞外マトリックスが産生されて」いるのだから,引用発明

において,上記周知の技術にならい,血清に代えてインスリンを添加する

ことにより無血清培地とした場合であっても,引用発明の「アスコルビン

酸リン酸エステル」の作用により細胞外マトリックスが産生されるであろ

うという期待を当業者に抱かせることは明らかである。

しかも,線維芽細胞を使用しインスリンを含有する無血清培地で蛋白質

の生産を目的とする培養方法も,例えば,乙2(2頁左上欄5〜9行及び

17〜19行)に示すように普通に知られている。血清の代わりとなる物

質を添加した無血清培地で線維芽細胞の増殖及び蛋白質等の産生が妨げら

れるような技術常識も存在しない。

そうであるならば,細胞外マトリックスが産生されることを確認するこ

とは,調べてみないとはっきりしないようなことを確かめたものではなく,

確実に産生されるであろうと当業者が思うような事項を単に確認しただけ

のことであって,何の困難性も要しない事項である。

したがって,本件審決の認定判断に誤りはない。

(3) 相違点3に関する審判段階での原告の主張について

ア 原告の主張(4)アについて

引用発明が血清を加えない態様を包含しているといえるのであれば,そ

のことが,相違点3の構成,すなわち,無血清培地で培養することに至る

ことについての阻害要因となるわけがない。だからこそ,本件審決は,刊

行物1の記載事項が阻害要因となり得ないことを述べているのである。

20
イ 原告の主張(4)イについて

血清には,本件審決の指摘する欠点があり,無血清で培養することが周

知の課題となっていた。そして,無血清とすることで多大な作用効果が得

られるのだから,無血清とする動機はあるのであって,「無血清培養にお

ける線維芽細胞の分化や細胞外マトリックスの産生についての技術的知見

は存在」せず,「線維芽細胞を分化させて細胞外マトリックスを産生させ

るために無血清で培養することも技術常識ではない」ことは,無血清にす

ることを諦めてしまう程の事情とはいえない。

2 取消事由1−(2)(作用効果の顕著性の認定判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は,本願発明の効果は,刊行物1並びに周知の技術的事項及び

技術常識に基づき当業者が予測し得るものであって,格別顕著な効果とはい

えないと認定判断した。

(2) しかし,刊行物1(甲1)の実験結果(7頁左上欄4行〜7行)は,あ

くまで「アスコルビン酸リン酸エステル」という特定の成分が細胞外マトリ

ックス産生に寄与することを実証するにすぎず,それ以外の成分,例えば動

物血清が細胞外マトリックス産生に寄与しないことを根拠付けるものではな

く,まして,無血清培地であっても,「アスコルビン酸リン酸エステル」が

細胞外マトリックス産生に寄与することまで実証するものではない。刊行物

1には,無血清で培養した場合の実施例の記載はなく,また,無血清で培養

した場合にも同様に,細胞外マトリックスからなる人工組織を産生すること

ができることについての技術的知見もない。その上,前記1〔原告の主張〕

(3)イのとおり,本願優先権主張日当時,血清含有培地で蛋白質等を産生す

る細胞を無血清培地で培養しても,必ずしも蛋白質等を産生できるとは限ら

ないことが知られている。更に,前記1〔原告の主張〕(3)オのとおり,本

件審決が認定判断した周知の技術的事項及び技術常識は,線維芽細胞を無血

21
清培地で培養した場合に,細胞外マトリックスが産生されることが周知であ

ることを何ら根拠付けるものではない。

したがって,本願発明の効果は,刊行物1並びに周知の技術的事項及び技

術常識に基づき当業者が予測し得る程度のものではない。

(3) 本件審決は,本願明細書(甲10及び甲8により訂正された甲9)には,

他の成長因子等を加えずに,インスリンのみを基本培地に加えたような実施

例は存在せず,段落【0119】〜【0125】は,基礎培地に市販の無血

清培地に加えられるトランスフェリン,表皮成長因子が加えられており,更

にハイドロコーチゾンも添加されており,インスリンを単独で添加したもの

ではないから,特定の実施例における効果にすぎないと認定判断した。

確かに,本願明細書には,他の成長因子等を加えずに,インスリンのみを

基本培地に加えたような実施例は存在せず,段落【0119】〜【012

5】の実施例もインスリンを単独で添加したものではない。しかし,このこ

とが直ちに,当該実施例に記載の効果が,特定の実施例における効果に限定

されることの根拠とはなり得ない。その他の本願明細書の記載及び本願優先

権主張日当時の技術常識から,本願明細書の段落【0119】〜【012

5】に記載の作用効果が,特定の実施例における効果に限定され,本願発明

全般の作用効果であるとは認められない事情は存在しない。

したがって,本願明細書には,他の成長因子等を加えずに,インスリンの

みを基本培地に加えたような実施例が存在しないとしても,このことは,本

願発明の作用効果の顕著性・非予測性を否定する根拠とはなり得ない。

(4) 以上より,本願発明の効果は,刊行物1並びに周知の技術的事項及び技

術常識に基づき当業者が予測し得えない顕著な効果であるから,本願発明の

作用効果についての本件審決の前記(1)の認定判断は誤りである。

〔被告の主張〕

(1) 原告の主張(2)について

22
刊行物1(甲1)の7頁左上欄4〜7行記載の実験結果をもって,細胞外マ

トリックス産生に寄与する物質が引用発明の「アスコルビン酸リン酸エス

テル」であることは実証されている。そして,原告が主張するように「無

血清で培養した場合にも同様に,細胞外マトリックスからなる人工組織を

産生することができることについての技術的知見」がなく,「血清含有培地

で蛋白質等を産生する細胞を無血清培地で培養しても,必ずしも蛋白質等

を産生できるとは限らないことが知られている」としても,細胞外マトリ

ックス産生に寄与する物質が引用発明の「アスコルビン酸リン酸エステ

ル」であることが判明しているのだから,アスコルビン酸リン酸エステル

含有の無血清培地に血清の代わりとなる物質を添加した場合でも,細胞外

マトリックスが産生されることは十分に期待される。また,前記1の〔被

告の主張〕(2)のとおり,血清の代わりとなる物質を添加した無血清培地で,

線維芽細胞の増殖及び蛋白質等の産生が妨げられるような技術常識もない

から,細胞外マトリックスが産生され得ないと予測する当業者はいない。

そして,当該期待のとおり,本願発明において細胞外マトリックスが産生

されたというだけでは,当業者が予測し得ない顕著な効果とはいえない。

(2) 原告の主張(3)について

原告主張に係る本件審決の認定判断部分は,原告が平成25年9月18日

付け意見書(甲16の3頁27〜28行)で主張するように,「当業者は,

牛胎児血清等の動物血清を添加することが好ましいことが記載されている

刊行物1において,血清含有培地に替えて,インスリン含有無血清培地に

より培養した場合に,細胞と細胞外マトリックスとからなる組織が形成さ

れると予測することは全くあり得ず,その結果,当業者は,刊行物1にお

いて,血清含有培地に替えて,インスリン含有無血清培地により培養する

ことを想起することは全くあり得」ないとするなら,そのような効果が本

願明細書に記載されているとはいえないことを判断したものである。

23
本願明細書の段落【0119】〜【0125】の実施例は,インスリンと

ハイドロコーチゾンの両者の濃度を変化させていることから,インスリン

単独による作用を観察しようとして試みられた実験ではないことは明らか

である。そして,いずれの実験でも細胞外マトリックスの形成が確認され

ている。しかし,実施例における条件1〜3の効果は,トランスフェリン

及び表皮成長因子を含む基礎培地に,さらに,条件1〜3の濃度でインス

リンとハイドロコーチゾンを添加した培地で奏される効果であり,特に,

条件3による効果は,インスリンを条件2の75倍の375μg/ml 及びハイ

ドロコーチゾンを15倍の6μg/ml もの量添加したことで達成された効果で

ある。本願発明は,ハイドロコーチゾンは発明特定事項になっていないし,

濃度の限定もないのだから,本件審決が認定判断したとおり,上記段落に

記載された効果は,特定の実施例の効果にすぎず,原告が主張する本願発

明の効果は本願明細書に記載されていない。

3 取消事由2(本件審決の手続違背)について

〔原告の主張〕

相違点3の判断において,本件審決が周知技術を示すものとして引用した刊

行物L〜N(甲5〜7)は,いずれも本願の審査及び審判段階で示されたこと

がなく,本件審決で初めて示された文献である。相違点3についての以下の審

理の経過に鑑みれば,原告には,刊行物L〜Nに記載された事項及び当該事項

を引用発明に適用することについて意見を述べる機会を全く与えられておらず,

本件審決は,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反してされ

たものであり,当該違反は,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,取り

消されるべきである。

(1)ア 特許庁審判長は,平成24年7月30日付けで拒絶理由を通知した(

甲13)。当該拒絶理由通知書(21,22頁)では,引用発明の「アス

コルビン酸リン酸エステル及び10%(v/v)牛胎児血清(FCS)を

24
含むダルベコズ・モディファイド・イーグルズ・ミニマル・エッセンシャ

ル・メディム」は,本願発明の「化学的に定義された培養培地は,未定義

の動物臓器の無い培地または,血清,下垂体抽出物,視床下部抽出物,胎

盤抽出物,胚抽出物,供給細胞によって分泌されるタンパク質および因子

からなる群より選択される組織抽出物」に包含されると認定判断し,相違

点3を実質的に相違点として認定判断していない。

イ 原告は,上記拒絶理由通知に対して,平成25年1月31日付け誤訳訂

正書(甲10)により,特許請求の範囲の請求項1を補正するとともに,

同日付け意見書(甲14・5頁)において,「本願発明と刊行物1発明と

を対比すると,本願発明は,「化学的に定義された培養培地」は,血清等

の「未定義の動物組織抽出物」を含まないのに対し,刊行物1発明の培地

は,「アスコルビン酸リン酸エステル及び10%(V/V)牛胎児血清

(FCS)を含むダルベコズ・モディファイド・イーグルズ・ミニマル・

エッセンシャル・メディム」,即ち,「10%(V/V)牛胎児血清(FC

S)」という,「未定義の動物組織抽出物 」を含んでいる点で相違しま

す。」と,相違点3に係る構成を相違点として主張した。

ウ 特許庁審判長は平成25年3月12日付けで再度拒絶理由を通知した

(甲15)。当該拒絶理由通知書(22,25,26頁)において,相違

点3として,化学的に定義された「培養培地」が, (@@)インスリンを


含み」 「未定義の動物臓器又は組織抽出物の無い培地」
, ,すなわち,「前記

未定義の動物臓器又は組織抽出物は,血清,下垂体抽出物,視床下部抽出

物,胎盤抽出物,胚抽出物,並びにフィーダー細胞によって分泌されるタ

ンパク質および因子」の無い培地であるのに対して,刊行物1発明では

「インスリンを含んでおらず,また,牛胎児血清(FCS)を含む点」と

認定した上で,相違点3についての容易想到性について,刊行物2(甲

2)及び刊行物3(甲3)を引用し,「血清には,…欠点が有ることが知

25
られており,本願優先権主張日前から無血清培地での培養が周知の課題と

なっていた」から,かかる周知の課題に基づいて,引用発明において,無

血清で培養すべくインスリンを添加して本願発明のごとく構成することは,

当業者が何の困難性もなくなし得たことである旨判断した。

エ これに対して,原告は,平成25年9月18日付け意見書(甲16)を

提出し,相違点3の容易想到性について,専ら血清含有培地における課題

の周知性が,相違点3の構成の容易想到性の根拠とはなり得ない旨の反論

を述べた。同意見書において,原告は,「無血清培地で蛋白質等の物質生

産を行うこと」が周知の事項であり,「無血清培地でも蛋白質等の物質生

産できること」が技術常識であること,「線維芽細胞を無血清で培養する

こと」が技術常識であること及びこれに基づく相違点3の構成の容易想到

性についての意見は述べていない。

オ しかるに,本件審決では,相違点3の容易想到性について,新たに刊行

物M,N(甲6,7)を引用し,「無血清培地で蛋白質等の物質生産を行

うこと」が周知の事項であり,「無血清培地でも蛋白質等の物質生産でき

ること」が技術常識であると認定し,刊行物L(甲5)を引用し,「線維

芽細胞を無血清で培養すること」が技術常識であると認定し,かかる周知

の事項に基づいて,引用発明において無血清で培養することは,当業者に

容易であると認定判断した。

(2) 以上の経過に鑑みれば,相違点3の構成は,平成25年1月31日付誤

訳訂正書(甲10)により明瞭にされ,同日付け意見書(甲14)で原告は

相違点3の存在を明確に主張しているから,少なくとも審判官合議体はこの

時点で相違点3の存在を認識できるはずであり,その結果,平成25年3月

12日付けで再度拒絶理由を通知する時点で,相違点3の容易想到性に関し

て刊行物L〜N(甲5〜7)を引用することができたはずである。そして,

本件審決では,刊行物L〜N(甲5〜7)を,単に当業者の技術水準を知る

26
ためや,先行文献に記載された事項の技術的意義を明確にするなど補助的に

用いたものではなく,相違点3の容易想到性を肯認する判断の核心的な引用

例として用いたものであって,本件審決による前記(1)オの認定判断が「査

定の理由と異なる理由」に該当することは明らかである。

また,原告は,意見書(甲16)では,専ら血清含有培地における課題の

周知性が,相違点3の構成の容易想到性の根拠とはなり得ない旨の反論を述

べただけであり,「無血清培地で蛋白質等の物質生産を行うこと」が周知の

事項であり,「無血清培地でも蛋白質等の物質生産できること」が技術常識

であること,「線維芽細胞を無血清で培養すること」が技術常識であること

及びこれに基づく相違点3の構成の容易想到性についての意見は述べていな

いから,これらを周知事項及び技術常識とした認定判断及びこれに基づく相

違点3の構成の容易想到性について,原告には,実質的な防御の機会が与え

られていない。

以上のような手続の経過,拒絶の理由の内容等に照らせば,刊行物L〜N

(甲5〜7)について,意見書提出の機会を与えなくとも手続の公正及び原

告の利益を害さない等の特段の事情が存しないことは明らかである。したが

って,本件審決の審判手続は,特許法159条2項で準用する同法50条

規定に違反するものであり,かかる違反は,本件審決の結論に影響を及ぼす

ものである。

〔被告の主張〕

(1) 本件審決で示した刊行物L〜Nを根拠とする技術常識は,

技術常識1「無血清で培養する際,全ての細胞に対して成長因子として働

く作用のあるインスリンを無血清培地に添加することは周知の事項であった

(例えば,刊行物2の(刊2−2),刊行物Kの(刊K−1),刊行物Lの(刊L

−2),刊行物Mの(刊M−2)及び刊行物Nの(刊N−1))」こと,

技術常識2「無血清培地で,蛋白質等の物質生産を行うことは,本願優先

27
権主張日前から普通に行われている周知の事項(例えば,刊行物Mの(刊M−

2)及び刊行物Nの(刊N−1))であり,無血清培地でも蛋白質等の物質生産

できることは技術常識となっていた」こと,

技術常識3「線維芽細胞を無血清で培養することは,刊行物Lに記載のよ

うに,古くから行われており,無血清で培養できることは技術常識であった

」こと,

の3つの技術常識である。

(2) 技術常識1について

技術常識1を更に裏付けるものとして,平成25年3月12日付け拒絶理

由通知書で示した刊行物2及び刊行物Kの内容に加えて,本件審決で刊行物

L〜Nを補足したにすぎない。

(3) 技術常識2について

本件審決で加えられた技術常識2は,技術常識1に加え,蛋白質等の物質

生産を行う目的でもインスリンを無血清培地に添加することが技術常識であ

ったことを補足するものである。このことは,刊行物2(甲2)の段落【0

001】に「本発明は,組換えの方法によりえられるタンパク質のような哺

乳動物細胞産物の生産を支持することができる無血清培地に関する。」こと

を前提として,「インスリンは…無血清培地において添加剤として用いられ

ている」(刊2−2)と記載されているのであるから,平成25年3月12

日付け拒絶理由通知書を読んだ当業者であれば当然に理解できたことにすぎ

ない。

(4) 技術常識3について

技術常識3は,技術常識1が,線維芽細胞についても該当することを明確

にしたものであり,そのために,本件審決で刊行物Lを補足したにすぎない。

本件審決で加えられた技術常識3は,平成25年3月12日付け拒絶理由通


28
知書に記した技術常識1の一例にすぎず,新たな技術常識を示すものではな

い。

(5) 以上のように,本件審決で加えられた技術常識2及び技術常識3は,平

成25年3月12日付け拒絶理由通知書に記した技術常識1を補足するだけ

のものであり,しかも当業者であれば誰もが知る技術常識であるから,これ

らについて,再度の意見を述べる機会を与えなかったからといって,手続違

背となることはない。

第4 当裁判所の判断

1 本願発明について

(1) 本願発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりである。

本願明細書(甲10及び甲8により訂正された甲9)の発明の詳細な説明

には,次の記載がある。

「【0001】

【発明の属する技術分野】

(発明の分野)

本発明は,組織工学の分野にある。本発明は,細胞外マトリックスを産生

する細胞を誘導する生体外での方法に向けられる。組織様特性を有するこ

の生きた細胞外マトリックスは,試験または臨床目的のために使用できる。

【0002】

【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】

(発明の背景)

組織工学の分野は,生物工学的方法を,正常な,および病理学的哺乳類組

織での構造的および機能的関係を理解するライフサイエンスの概念と結び

つける。組織工学の目標は,組織機能を保持,維持,または改善する生物

学的置換の開発および最終使用である。したがって,組織工学を通して,

実験室で生物工学的組織を設計および製造することが可能である。生物工

29
学的組織としては,通常元来の哺乳類またはヒト組織と関連する細胞,お

よび合成または外因性マトリックススカホードを挙げることができる。新

たな生物工学的組織は,宿主に移殖された場合,機能性があり,そして宿

主の体に恒久的に組込まれるか,または受容体宿主患者から得られる細胞

によって進行的に生物再生されるに違いない。支持体構成員またはスカホ

ードなしに等価の組織の作製で,新たな生物工学的組織を作成する上での

科学的挑戦に至る。

【0003】

【課題を解決するための手段】

(発明の要旨)

本発明は,外因性マトリックス成分またはネットワーク支持体またはスカ

ホード構成員の必要なしに,培養細胞および内因的に産生された細胞外マ

トリックス成分の生物工学的組織構築物に向けられる。したがって,本発

明は,ヒト細胞,および例えば,生物工学的組織構築物が,ヒトに使用す

るために設計される場合,それらの細胞により産生されるヒト・マトリッ

クス成分から全体的に有利に作製できる。

【0004】

本発明は,外因性マトリックス成分,ネットワーク支持体,またはスカホ

ード構成員のいずれかの添加なしに,細胞外マトリックス成分を産生する,

線維芽細胞のような培養物中の細胞を刺激することによって,組織構築物

を産生する方法にも向けられる。

【0005】

本発明は,定義された培地システム中の細胞外マトリックス成分を産生す

る,線維芽細胞のような培養物中の細胞の刺激によって,および/または

ウシ血清または臓器抽出物のような,未定義または非ヒト由来の生物学的

成分を使用することなし,組織構築物を産生する方法にも向けられる。

30
【0007】

いっそうさらに,組織構築物は,スカホード支持体の必要,または外因性

細胞外マトリックス成分の添加なしに,培養細胞によって産生および自己

組立される。

【0009】

本発明の組織構築物は,皮膚腫瘍または創傷のような組織または臓器欠陥

を有する患者に対する移植のような医療目的のために,または安全性試験

または医薬,化粧,および化学製品の確証のような生体外での組織試験ま

たは動物移植のために有用である。

(本発明の詳細な説明

これまで,最近工業化された生きた組織構築物は,完全には細胞で組立て

られず,そして外因性マトリックス成分または構造または支持のための合

成構成員の添加または組込みのいずれか,または両方に依るに違いない。

【0010】

ここに記述される生物工学的組織構築物は,それらの細胞が誘導される組

織の元来の特性の多くを示す。それにより生成された組織構築物は,患者

に移植するか,または生体外での試験のために使用しうる。

【0019】

細胞−マトリックス構築物を形成するための本発明の好ましい方法では,

第一の細胞型である,細胞外マトリックス産生細胞型を,基質に蒔き,培

養および誘導して,それらの周囲に組織化細胞外マトリックスを合成およ

び分泌して,細胞−マトリックス構築物を形成する。本発明の別の好まし

い方法では,細胞−マトリックス構築物の表面に,第二の細胞型の細胞を

蒔き,そして培養して,二層組織構築物を形成する。より好ましい方法で

は,元来のヒト皮膚に類似の特性を示す十分な厚みの皮膚構築物が,ケラ

チノサイトのようなヒト上皮細胞が,播種され,そして,十分に分化した

31
層化表皮層を形成するのに十分な条件下で培養される皮膚層である,皮膚

の細胞およびマトリックスの細胞−マトリックスを形成するマトリックス

合成を誘導するのに十分な条件下で,ヒト皮膚の線維芽細胞のような線維

芽細胞を培養することによって形成される。

【0020】

したがって,本発明の組織構築物を得る1つの方法は;

(a)外因性細胞外マトリックス成分または構造的支持体構成員の不在下で,

少なくとも1つの細胞外マトリックス産生細胞型を培養すること;および

(b)段階(a)の細胞を刺激して,細胞外マトリックス成分を合成,分

泌および組織化させ,それらの細胞により合成される細胞およびマトリッ

クスから構成される組織構築物を形成し,段階(a)および(b)が,同

時にまたは連続して行われるうることを包含する。

【0029】

本発明の培養組織構築物は,組織構築物の形成のための,網目構成員のよ

うな合成または生体吸収性構成員に依存しない。網目構成員は,織物,編

物またはフェルト材料として組織化される。…

【0033】

化学的に定義された培養培地の使用が好ましく,すなわち,未定義の動物

臓器のない培地または,組織抽出物例えば,血清,下垂体抽出物,視床下

部抽出物,胎盤抽出物,または胚抽出物,およびフィーダー細胞によって

分泌されるタンパク質および因子である。…診療所でこのような構築物を

使用する上での利点は,偶発的動物または交雑種ウイルス混入および感染

の関係が減少されることである。試験のシナリオで,化学的に定義された

構築物の利点は,試験されるときに,未定義の成分の存在により,混乱さ

れるべき結果の機会がないことである。

【0034】

32
培養培地は,通常さらに,他の成分で補足された栄養塩基から構成される。

…多くの市販で入手可能な栄養源は,本発明の実施の上で有用である。こ

れらとしては,ダルベッコの修飾イーグル培地(DMEM);最小必須培地

(MEM);M199;RPMI1640;イスコフの修飾ダルベッコ培地

(EDMEM)のような無機塩,エネルギー源,アミノ酸,およびB−ビ

タミンを供給する市販で入手可能な栄養源が挙げられる。…

【0035】

基本培地は,アミノ酸,成長因子およびホルモンのような成分で補足され

る。…好ましい具体例では,基本培地は,動物細胞培養で習熟者に知られ

ている以下の成分で補足される。インシュリン,トランスフェリン,トリ

ヨードチロニン(T3),および補足についての濃度および置換が,習熟者

によって決定されうる,いずれかまたは両方のエタノールアミンおよびo

−ホスホリル−エタノールアミン。

【0036】

インシュリンは,多重継代より長期間利点を供するグルコースおよびアミ

ノ酸の摂取を促進するポリペプチドホルモンである。インシュリンまたは

インシュリン様成長因子(IGF)の補足は,グルコースおよびアミノ酸

を取込む細胞の能力の最終的枯渇,および細胞表現型の可能性のある分解

がある場合に長期培養に必要である。…

【0037】

トランスフェリンは,鉄輸送調節のための培地内にある。…

【0038】

トリヨードチロニン(T3)は,基本的成分であり,そして細胞代謝の速

度を維持する培地中に含まれるチロイドホルモンの活性形態である。…

【0039】

リン脂質であるエタノールアミンおよびo−ホスホリル−エタノールアミ

33
ンのいずれかまたは両方を,その機能が,イノシトール経路および脂肪酸

代謝での重要な前駆体であるものに添加する。血清に正常に見られる脂質

の補足は,血清不含培地で必要である。…

【0040】

培養期間中に,基本培地に,合成または分化を誘導するか,またはヒドロ

コルチゾン,セレニウムおよびL−グルタミンのような細胞成長を改善す

る他の成分をさらに補足される。

【0041】

ヒドロコルチゾンは,ケラチノサイト表現型を促進する,したがって,被

膜およびケラチノサイトトランスグルタミナーゼ含有量のような分化した

特徴を増強するケラチノサイト培養で見られた…。したがって,ヒドロコ

ルチゾンは,ケラチノサイトシート状移殖片または皮膚構築物の形成での

ようなこれらの特徴が,有益である例で,望ましい添加剤である。…

【0042】

セレニウムを,血清不含培地に添加して,血清によって正常に供給される

セレニウムの痕跡要素を再補足する。…

【0043】

アミノ酸L−グルタミンは,ある種の栄養基本に存在し,そして存在しな

いか,または不十分な量存在する場合に添加されうる。L−グルタミンは,

グルタMAX−I TM(ジブコ・ビーアールエル,ニューヨーク州グランドア

イランド)の商標の下販売されるもののような安定な形態で供給もされる。



【0044】

表皮成長因子(EGF)のような成長因子は,細胞規模拡大および播種を

通して培養物の確立の助けになる培地にも添加されうる。…

【0045】

34
上に記述される培地は,一般に,下に規定されるとおり製造される。…

【0047】

マトリックス産生細胞の培養により細胞−マトリックス層を形成するため

に,培地に,細胞によるマトリックス合成および沈着を促進する追加の剤

を補足する。これらの補足剤は,細胞適合性があり,高度の純度に定義さ

れ,そして混入を含まない。細胞−マトリックス層を生成するのに使用さ

れる培地は,「マトリックス産生培地」と称される。

【0048】

マトリックス産生培地を作製するために,基本培地に,アスコルビン酸ナ

トリウム,アスコルビン酸のようなアスコルベート誘導体,またはL−ア

スコルビン酸ホスフェートマグネシウム塩n−ハイドレートのようなその

いっそう化学的に安定な誘導体の内の1つを補足する。アスコルベートを

添加して,沈着コラーゲン分子に対する可溶性前駆体である,プロリンの

水酸化およびプロコラーゲンの分泌を促進する。アスコルベートは,I型

およびIII型コラーゲン合成のアップレギュレーターと同様に,他の酵

素後期翻訳過程のための重要なコファクターであることも示された。

【0049】

理論によって結合されることを望まない一方で,タンパク質合成に関与し

たアミノ酸を有する培地を補足することで,細胞にアミノ酸それら自身を

生成させる必要のないことにより,細胞エネルギーを保存する。プロリン

およびグリシンの添加は,プロリンの水酸化形態,ヒドロキシプロリンと

同様に,それらが,コラーゲンの構造を作る基本的アミノ酸である場合好

ましい。

【0050】

必要とされない場合,マトリックス産生培地に,都合により,中性高分子

を補足する。本発明の細胞−マトリックス構築物は,中性高分子なしに生

35
成され得るが,しかし,理論に結び付けられることを望まないで,マトリ

ックス産生培地でのその存在は,コラーゲン過程およびサンプルの間にい

っそう一定な沈着でありうる。1つの好ましい中性高分子は,マトリック

ス沈着コラーゲンに対して,培養細胞により産生される可溶性先駆体プロ

コラーゲンの生体外での過程を促進することが示されたポリエチレングリ

コール(PEG)である。…

【0051】

細胞産生細胞がコンフルエントであり,そして培養培地に,マトリックス

合成,分泌,または組織化で支援する成分を補足する場合,細胞は,それ

らの細胞によって合成された細胞およびマトリックスから構成される組織

構築物を形成するのを刺激するようである。

【0052】

したがって,好ましいマトリックス産生培地処方としては,ダルベッコの

修飾イーグル培地(DMEM)(高グルコース処方,L−グルタミンなし)

および4mMのL−グルタミンまたは等価物,5ng/ml上皮成長因子,

0.4μg/mlヒドロコルチゾン,1×10 -4Mのo−ホスホリル−エタ

ノールアミン,5μg/mlインシュリン,5μg/mlトランスレリン,

20pMトリヨードチロニン,6.78ng/mlセレニウム,50ng

/mlのL−アスコルビン酸,0.2μg/mlのL−プロリン,および

0.1μg/グリシンで補足されたハムF−12培地の基本的3:1混合

物を包含する。産生培地のために,他の薬理学的剤を,培養物に添加して,

分泌される細胞外マトリックスの特性,量,または型を変化させうる。こ

れらの剤としては,ポリペプチド成長因子,転写因子,またはコラーゲン

転写を上向きに調節する無機塩が挙げられる。ポリペプチド成長因子の例

としては,形質転換成長因子β1(TGF−β1)および組織−プラスミ

ノーゲンアクチベーター(TPA)が挙げられ,その両方は,コラーゲン

36
合成を上向きに調節することが知られている。…コラーゲン産生を刺激す

る無機塩の例は,セリウムである。…

【0086】

実施例3:化学的に限定した培地中でのヒト新生児包皮繊維芽細胞による

コラーゲンマトリックスのIn Vitro形成

実施例1で述べた操作を用いてヒト新生児包皮繊維芽細胞を増殖させた。

細胞を3.0x10 6 細胞/ml濃度になるように再懸濁し,6穴トレーの

0.4ミクロンポアサイズの24mm直径組織培養用挿入体に3.0x1

06 細胞/TW(6.6x10 5 細胞/cm 2)の濃度で接種した。細胞はこ

の後新生子牛血清を除いた培地で実施例1と全く同様に培養した。特に,

培地の組成は,DMEMおよびHams F−12培地(…)の3:1混合

物,4mM GlutaMAX−1TM(…)および以下の添加物を含む;

5ng/ml ヒトリコンビナント表皮成長因子(…),0.4μg/ml

ハイドロコーチゾン(…),1x10 -4M エタノールアミン(…),1x1

0 -4M O−フォスフォリルエタノールアミン(…),5μg/ml インス

リン(…),5μg/ml トランスフェリン(…),20pM トリヨード

サイロニン(…),6.78ng/ml セレン(…),50ng/ml L

−アスコルビン酸(…),0.2μg/ml L−プロリン(…),0.1μ

g/ml グリシン(…),および0.05% ポリエチレングリコール(P

EG)(…)。…組織学的な評価で,構造体は限定培地で2%新生子牛血清

存在下と同様に生育することが証明された。

【0090】

また,細胞−マトリックス構造体中には内因性に産生される繊維性コラー

ゲン,デコリン,およびグリコサミノグリカンが存在した。

【0119】

実施例15:化学的に限定した培地中でのヒト新生児包皮繊維芽細胞によ

37
る コラーゲンマトリックスのIn Vitro形成

実施例1で述べた操作を用いてヒト新生児包皮繊維芽細胞を増殖させた。

細胞を3.0x10 6 /ml濃度になるように再懸濁し,6穴トレーの0.

4ミクロンポアサイズの24mm直径組織培養用挿入体に3.0x10 6 細

胞/TW(6.6x10 5 細胞/cm2)の濃度で接種した。この実施例では,

細胞は全て化学的に限定した培地で培養した。

【0120】

培地の組成は,DMEMおよびHams F−12培地(…)の3:1混

合物,4mM GlutaMAX−1TM(…)および以下の添加物を含む

;5ng/ml ヒトリコンビナント表皮成長因子(…),1x10−4M

エタノールアミン(…),1x10−4M O−フォスフォリルエタノール

アミン(…),5μg/ml トランスフェリン(…),20pM トリヨー

ドサイロニン(…),6.78ng/ml セレン(…),50ng/ml

L−アスコルビン酸(…),0.2μg/ml L−プロリン(…),および

0.1μg/ml グリシン(…)。

【0121】

上記基礎培地に加え,以下の条件で下記の添加物を加えた。

【0122】

1. 5μg/ml インスリン(…),0.4μg/ml ハイドロコーチ

ゾン(…),および0.05% ポリエチレングリコール(PEG)(…)。

【0123】

2. 5μg/ml インスリン(…)および0.4μg/ml ハイドロコ

ーチゾン(…)。

【0124】

3. 375μg/ml インスリン(…)および6μg/ml ハイドロコ

ーチゾン(…)。

38
【0125】

サンプルはホルマリンで固定しヘマトキシリンおよびエオジンで光学顕微

鏡用の染色をした。組織学的な観察評価で,PEGのない条件2でもPE

Gが存在する条件1とかなり同様なマトリックスを形成することが証明さ

れた。構造物のコラーゲン含量を生化学的に測定すると,PEGが存在す

る条件1では168.7±7.98μg/cm 2 ;PEGのない条件2では

170.88±9.07μg/cm 2 ,と両方でほとんど同量の値を示した。

高濃度のインスリンとハイドロコーチゾンを含む条件3では,他の2つの

条件よりも早い時点でコラーゲンを含んでマトリックスの発現が大きいこ

とが示された。また,全ての条件下で細胞−マトリックス構造体中には内

因性に産生される繊維性コラーゲン,デコリン,およびグリコサミノグリ

カンが存在した。本実施例の条件2の方法で作成した培養真皮構造体を…

に示した。化学的に限定した培地で培養した21日目の培養ヒト真皮繊維

芽細胞から形成した細胞−マトリックス構造体の,固定,パラフィン包埋,

ヘマトキシリンおよびエオジン染色した切片の写真を…に示した。多孔性

の膜は構造物の下で薄い半透明のバンドのように見える。細胞は膜の表面

上で生育し膜をマトリックスの中に取り込まないことが分かる。」

(2) 前記第2の2の特許請求の範囲請求項1及び前記(1)によれば,本願明細

書には,本願発明に関し,以下の点が開示されていることが認められる。

本願発明は,移植のような医療目的,あるいは生体外での組織試験等に用

いられる組織構築物に関する(【0001】 【0009】【0010】。
, , )

従来,工業化された生きた組織構築物は,完全には細胞で組み立てられず,

外因性マトリックス成分又は構造若しくは支持のための合成構成員が組み

込まれていたところ(【0002】 【0009】 ,本願発明は,培養条件の
, )

間,外因性マトリックス成分又は合成構成員を用いずに,線維芽細胞を,

細胞外マトリックスの層を産生する条件下で培養することにより得られた,

39
前記線維芽細胞が前記細胞外マトリックスの層内に含まれている培養組織

構築物である(【0003】 【0004】 【0007】 【請求項1】 。また,
, , , )

本願発明は,基礎栄養培地,インスリン,L−グルタミン又はL−グルタ

ミン誘導体,及びアルコルビン酸又はアスコルビン酸誘導体を含む化学的

に定義された培地を用いて培養したものであり,当該培地は,ウシ血清又

は臓器抽出物のような,未定義の動物臓器又は組織抽出物を含まないもの

である(【0005】 【0007】 【請求項1】 。このような培地を用いる
, , )

ことの利点は,偶発的動物又は交雑種ウイルス混入及び感染の関係が減少

されること,並びに,未定義の成分の存在により混乱されるべき結果の機

会がないことである(【0033】。


2 引用発明について

(1) 刊行物1(甲1)には,次の記載がある。

ア(刊1−1)

「2.特許請求の範囲

(1)結合組織の細胞をアスコルビン酸リン酸エステル含有培地で培養し,

結合組織細胞と細胞外マトリックスとからなる組織を形成せしめ,該組織

を採取することを特徴とする人工組織の製造法。

(2)請求項(1)記載の方法で得られる結合組織細胞と細胞外マトリッ

クスとからなる人工組織。(1頁左下欄4〜10行)


イ(刊1−11)

「従来の技術

種々の細胞は分化の過程で,コラーゲン,プロテオグリカンをはじめと

する組織特異的な細胞外マトリックス成分(ECM)を合成し,この合成

されたECMは逆に細胞の接着性や,増殖,分化に重要な役割を果たすこ

とが知られている。このECM中の主成分であるコラーゲンは高等動物の

タンパク質の30%を占める。(1頁左下欄14行〜同頁右下欄1行)


40
ウ(刊1−2)

「課題を解決するための手段

上記の事情に鑑み,本発明者は,結合組織の細胞を培養することにより

増殖させる方法について種々検討したところ,培地中に,アスコルビン酸

に代えてアスコルビン酸リン酸エステルを添加すると該アスコルビン酸リ

ン酸エステルは培地中において安定であり,しかも,有効な細胞増殖促進

効果,細胞分化促進効果,生体組織に近い成分からなるECMの合成促進

能などを有することを見い出した。

さらに本発明者は,長期間の結合組織の細胞の培養により,結合組織細

胞とECMとからなるすぐれた人工組織が得られ,このためとりわけアス

コルビン酸リン酸エステルの添加が非常に有効であることを見い出した。

発明者は,これらの知見に基づいてさらに鋭意研究した結果,本発明

を完成した。

すなわち,本発明は,結合組織の細胞をアスコルビン酸リン酸エステル

含有培地で培養し,結合組織細胞とECMとからなる組織を形成せしめ,

該組織を採取することを特徴とする人工組織の製造法,および結合組織の

細胞をアスコルビン酸リン酸エステル含有培地で培養して得られる結合組

織細胞とECMとからなる人工組織を提供するものである。

本発明方法において用いられる結合組織の細胞としては,たとえば線維

芽細胞,平滑筋細胞,軟骨細胞,内皮細胞などが挙げられる。線維芽細胞

としては,たとえばヒト皮膚線維芽細胞,ヒト胎児線維芽細胞,ラット皮

膚線維芽細胞,鶏胚腱線維芽細胞などが挙げられる。 (3頁左上欄18行


〜同頁左下欄8行)

エ(刊1−3)’

「本発明方法において用いられる培地としては,結合組織などの細胞の培

養に用いられるものであれば,いずれでもよく,特に限定されるものでは

41
ない。

培地の例としては,たとえば,ダルベコズ・モディファイド・イーグル

ズ・ミニマル・エッセンシャル・メディム(DMEM)などの動物細胞培

養用培地が有利に用いられる。培地には,たとえば動物血清,抗生物質な

どを添加するのが好ましい。動物血清としては,たとえば牛胎児血清が好

ましく,通常約0.1〜50%(V/V),好ましくは約2〜20%(V

/V)となるように添加する。抗生物質としては,たとえばカナマイシン,

ペニシリン,ストレプトマイシンなどが挙げられ,これらを通常約0.0

5〜1mg/ml の濃度となるように加える。 (3頁左下欄下から4行〜同頁


右下欄12行)

オ(刊1−4)

「かくして得られる本発明の人工組織は,通常培養容器の器壁にシート状

に生成する。従って,このまま有利に人工組織として使用することができ,

所望によりエチレンジアミンテトラアセテート(EDTA)などの剥離剤

を用いてシート状に分離することができる。 (4頁左下欄12〜17行)


カ(刊1−5)

「コラーゲンは細胞内でまずプロコラーゲンとして合成され,その後にプ

ロセシングを受けてコラーゲンが形成されることが知られている。さらに

コラーゲンとして,現在I型からXI型までの11種があることが知られ

ており,その分布は細胞あるいは組織特異性を示す。又,コラーゲン分子

は相互に会合し,コラーゲン線維となり,他の細胞外マトリックス成分[

酸性グリコサミノグリカン(GAG)]等と複合体を作り,ECMを形成

する。(4頁左下欄18行〜同頁右下欄6行)


キ(刊1−6)

「本発明の人工組織は,含まれる結合組織およびコラーゲン,プロコラー

ゲン,GAGなどからなるECMの性状および含有割合が,動物の真皮に

42
近似するものである。 (5頁右上欄16〜19行)


ク(刊1−7)

「作用および実施

以下に実施例を挙げて,本発明をさらに具体的に説明する。

実施例1 ヒト皮膚線維芽細胞の初代培養とその継代:

成人前腕より無菌的に約10mm 2 の皮膚をメスで切りとり,抗生物質

(250μlのファンギゾン,50mg/l ジヒドロストレプトマイシンお

よび50mg/l ペニシリンG)を含むDMEM(DMEM−O)で洗浄後,

カミソリで1mm 2 角に細切し培養皿に入れ,10分間乾燥させた後,1

0%(V/V)牛胎児血清(FCS)を含むDMEM(DMEM−10)

を加え,37℃で炭酸ガスふ卵器中で培養し,2〜3日毎に培地交換を行

い,培養皿一杯にまで増殖させた(初代培養)。以後,培養液を除き,細

胞を洗浄後,トリプシン液を用いて細胞培養皿からはく離させ,適当に希

釈し,新たな培養液を加えて細胞を播種する操作を繰り返した(細胞継代

)。以下においては,集団倍加数が10〜30回に至ったものを用いた。

実施例2 アスコルビン酸−2−リン酸エステル(As−2−P)添

加培地を用いたヒト皮膚線維芽細胞の培養における増殖促進とコラーゲン

合成の促進(…):

実施例1で得られた細胞を直径3.5cmの培養皿(ファルコン社製,

米国)に播種し,上記の培養液中に0.1−1.0mMのAs−2−Pを

加え(●,○),合計3週間,37℃で5%炭酸ガス−95%空気中で培

養した。対照として,一部の実験はAs−2−Pを添加しなかった。培地

は週に2度各濃度のAs−2−Pを含む新鮮な培地に交換し計3週間培養

を続けた。一部の実験(◇,◆)では,最初1週間,As−2−Pを加え

ないで培養し,その後0.1mMのAs−2−Pを加えてさらに2週間培

養した。3週間の培養において最後の24時間に 3 H−プロリン(10μ

43
Ci/ml)とAs−2−P(0.1mM)を含むDMEM−10で培養

し,培養上清と細胞を一緒に合わせた。その後畑らの方法[バイオケミス

トリー(Biochemistry)19,169(1980)]に従ってプロテアー

ゼフリーの細菌由来コラゲナーゼ[バイオケミストリー(Biochemistry)

10,988(1971)]によって分解される3H−プロリンの取込みに

よってコラーゲン合成速度を測定した(…)。

また,3週間の培養の後,培養上清を除去し,細胞層を1ml のトリス

溶液(0.05M Tris−HCl,0.11M NaCl,pH7.

4)で洗った後,1ml の冷トリクロロ酢酸(10%)を加えて細胞を集

め,畑らの方法[ジャーナル・オブ・セルラー・フィジオロジー( J.

Cell. Physiol),122,333(1985)]により蛍光法によりDN

A含量の測定を行った(…)。

…にみられる様に,As−2−P添加3週間培養により,最後の1日だ

けAs−2−P添加培養した場合に比べ,コラーゲン合成率は2倍に上昇

した。また,アスコルビン酸ナトリウム(AsNa)添加の場合は,0.

2mM以上ではコラーゲン合成を阻害したが,As−2−Pでは1mM添

加でも阻害は全く認められなかった。

…にみられる様に,As−2−P存在下3週間培養することにより,培

養皿当たりのDNA量は4倍増加した。また,最後の2週間のみAs−2

−Pを添加培養するだけでもDNA量増加がみられることは,As−2−

Pが細胞接着の段階にだけ促進効果を及ぼしているのではなく,細胞増殖

にも促進的に作用していることを示している。

同様にAs−2−Pの効果は,健康人の皮膚組織細胞だけでなく,各種

の結合組織における疾患を有する患者皮膚線維芽細胞においても,また胎

児の肺の線維芽細胞においても認められた。 (5頁左下欄9行〜6頁右上


欄19行)

44
ケ(刊1−8)

実施例3 As−2−P添加培地を用いたヒト皮膚線維芽細胞の培養

により産生されるプロコラーゲンとコラーゲン(…);

実施例1で得られた細胞を実施例2と同じ方法で培養(ただしAs−2

−Pの濃度は0.1mMを使用)し, 3 H−プロリンを用いた標識を行っ

た。その後培養上清画分(M)と細胞層画分(C)を別々に集め氷上で軽

く超音波破砕を行った。上記各画分について硫酸アンモニウム(176

mg/ml)を,プロテアーゼ阻害剤(25mM EDTA,10mM N−

エチルマレイミド,1mM フェニルメチルスルホニルフルオライド)の

存在下に加え,析出した沈殿を0.5M酢酸に溶かし,その半量をとって

プロテアーゼ阻害剤(5ml 中にペプスタチン,アンチペイン,ロイペプ

チンを各々200μg含有)添加後,5mM酢酸を加えて透析し,プロコ

ラーゲン画分とした。

残りの半分を用いて,100μg/mlのペプシンを加え,5℃ 6時

間処理を行った。その後pHを8に上げてペプシンを不活化し,ペプスタ

チン添加後透析し,コラーゲン画分とした。

凍結乾燥したプロコラーゲンとコラーゲンサンプルをジチオスレイトー

ル(DTT)存在,または非存在下にSDS−5%PAGEによって,畑

らの方法[…]に従い分離した。…中のコラーゲンの型は次のとおりであ

った。α1(I),α2(I),α1(III)およびα1(V):α1または

α2はコラーゲンを構成するα鎖の種類を示し,I〜Vはコラーゲンの型

を示す。Pro,Pn,Pcはプロコラーゲン,Pnコラーゲン,Pcコ

ラーゲンを示す。β,γはコラーゲン2本もしくは3本のα鎖間で架橋が

起った成分を示している。(6頁右上欄末行〜同頁右下欄14行)


コ(刊1−9)

「さらに,As−2−P添加培地を用いたヒト皮膚線維芽細胞を実施

45
2〜4と同様に培養し,電子顕微鏡を用いて観察したところ,粗面小胞体

とゴルジ装置の発達を認め,さらに細胞の周りにGAG−タンパクの複合

体であるプロテオグリカンおよびコラーゲン線維の著しい沈着が認められ

た。

また,細胞増殖促進とECMの発達に基くと思われる細胞の多層化が明

瞭であった。

実施例2〜4にみられたAs−2−P添加培養によるヒト皮膚線維芽細

胞のこれらの変化,すなわち細胞増殖の促進,コラ一ゲン様物質合成の促

進,プロコラーゲンからコラーゲンへのプロセシングの促進,コラーゲン

分子間の架橋の促進,細胞層へのコラーゲンと生体組織に多く存在する種

類のプロテオグリカンの合成,蓄積と沈着およびこれらを裏付ける電子顕

微鏡的観察の結果は,すべて皮膚線維芽細胞の培養においてAs−2−P

が添加されることにより生体組織に近い形の組織形成が促進されているこ

とを示すものである。 (7頁左下欄6行〜同頁右下欄4行)


サ(刊1−10)

「また以下に示すとおり,結合組織の細胞を肝細胞など皮膚以外の臓器

細胞とコカルチャーすることにより,生体組織に類似する組織を製造する

ことができる。

実施例5

細胞の分離と培養:

肝細胞はジャーナル・オブ・セル・フィジオロジー,122,333(

1985)に記載された二段階灌流法によってウィスター雄性ラット(体

重:230−270g)から分離した。細胞(2.5×10 5 )を直径3

5−mmプラスティク培養皿(約10cm 2 )またはあらかじめ線維芽細

胞を培養した培養皿に蒔き,10%FCS,インスリン10 − 6 M,デキ

サメサゾン10 −5 M,As−2−P 2×10 −4 M,N−2−ヒドロ

46
キシエチル−ピペラジン−N’−2−エタンスルホン酸 10 −2 M,フ

ンギゾン(0.25mg/l),ペニシリン(50mg/l),ストレプトマイシン

(50mg/l)を添加したウィリアムス培地E中,5%CO 2 /95%空気

存在下37℃で培養した。培地は播種後1日目および2日目に交換し,そ

の後1週間に2度交換した。また培地交換時にEGF(20ng/ml)を加

えた。…

培養中の肝細胞と線維芽細胞の代謝活性:

2日間デキサメサゾン,インスリン,As−2−P,EGFおよび10

%FCS添加ウィリアムス培地Eで培養した肝細胞はアルブミンと少量で

はあるが有意な量のコラーゲン(全蛋白質量の0.32±0.02%:…

)を産生した。30日間の培養により,2日間培養時の50%のDNAお

よび60%のアルブミンが保持された(…)。細胞による全蛋白質の合成

は減少したが,コラーゲンの合成は増加した(…)。従って,30日間の

培養による全蛋白質合成に対するコラーゲン合成の相対速度は8倍に増加

し,2.58±0.04%となった。

同じ条件下で培養した腱線維芽細胞は活発にコラーゲンを合成し,2日

間の添加物含有ウィリアムス培地E中での培養により,全蛋白質合成に対

するコラーゲン合成の相対速度は,6.14±0.10%であった。4週

間に亘る培養中,細胞の増殖は良好であった。各培養皿におけるコラーゲ

ン合成(…)および全蛋白質合成はその時増加したが,30日間の培養に

よる相対速度は3.95±0.11%に低下した。30日後のコラーゲン

合成速度の低下は,線維芽細胞のコラーゲン合成に対するアスコルビン酸

エステルの刺激作用を弱めるEGFが培養中に存在したためと思われる。

肝細胞と線維芽細胞を2日間コカルチャーするとDNA含量から調べた

細胞数は,二種の細胞を独立して培養した時の合計細胞数と同数であった。

全細胞数はコカルチャーにおいて高かったが,コラーゲン感受性放射活性

47
により調べた各培養皿あたりのコラーゲン合成は,線維芽細胞の単独培養

時に比べ低かった。線維芽細胞はアルブミンを全く産生しなかったが,ア

ルブミンの生産量は,肝細胞の単独培養時に比べ,コカルチャー時に高か

った(…)。この事実は二種の細胞間の代謝相互作用の存在を示している。

30日間の培養により,細胞数およびコラーゲン合成は増加するが,線維

芽細胞単独30日間培養時に比べて低かった。アルブミン量は2日間培養

時の75%であったが,依然として肝細胞をプラスティク皿で培養して得

られた最大値よりも高かった(…)。この事実もまた肝細胞と線維芽細胞

との間の相互作用の存在を示している。 (7頁右下欄5行〜8頁右下欄末


行)

(2) そして,刊行物1には,前記第2の3(2)記載のとおり,次の引用発明が

記載されていることは,当事者間に争いがない。

ヒト皮膚線維芽細胞の継代培養細胞をアスコルビン酸リン酸エステル及び

10%(V/V)牛胎児血清(FCS)を含むダルベコズ・モディファイド

・イーグルズ・ミニマル・エッセンシャル・メディム(判決注:DMEM)

で培養し,培養容器の器壁に該細胞と細胞外マトリックスとからなる組織を

形成せしめ,該組織を採取することを特徴とする当該細胞と細胞外マトリッ

クスとからなる人工組織であって,該人工組織は,生体組織に存在する種々

のプロテオグリカンが合成され,蓄積され,沈着しており,コラーゲン,プ

ロコラーゲン,酸性グリコサミノグリカン(GAG)などからなる細胞外マ

トリックスの性状および含有割合が,動物の真皮に近似し,コラーゲンの型

はα1(I),α2(I),α1(III)およびα1(V)が含まれている人

工組織。

(3) なお,引用発明におけるアスコルビン酸リン酸エステルは,ヒト線維芽

細胞の培養における増殖促進と,コラーゲン等からなる生体組織に近い成分

からなるECM(細胞外マトリックス成分)の合成促進能を有するものであ

48
ると認められる(刊行物1(甲1)の3頁右上欄3〜7行(刊1−2),実

施例2(刊1−7)。


3 取消事由1−(1)(相違点3に係る構成の容易想到性の判断の誤り)につい



(1) 本願優先権主張日(平成10年11月19日)当時の培養培地における

血清の役割と問題点に関する技術的知見について

ア 本願優先権主張日当時の培養培地における血清の役割と問題点につい

て,証拠(甲2,3,6,7)には,概ね,以下の各記載がある。

(ア) 刊行物2(特開平6−153931号公報。甲2)

「【0003】細胞を培養するためには,培養培地に血清を添加するこ

とが必要である。血清は,たいていの生物学的に活性な産物の生産のた

めだけでなく,すべての細胞系の生長のための全般な栄養物として働く。

血清には,ホルモン,成長因子,キャリアータンパク質,接着および伸

展因子,栄養物,微量元素などが含まれている。培養培地には,通常約

10%以下の動物血清,たとえば牛胎児血清(FBS)が含まれている。

【0004】広く使われてはいるが,血清には多くの制約がある。血清

には高濃度でおびただしいタンパク質が含まれており,それによって,

細胞の生産する少量の所望のタンパク質が劇的に妨げられる。工程の後

の方でこれらの血清タンパク質を生産物から分けることが必要で,この

ことが工程を複雑にし,コストを増加させる。別の制約は,バッチ間で

の血清の不一致のために生産物中の種々の血清タンパク質汚染について

重大な制約の懸念が生じることである。…

【0006】FBSなどの動物の血清を用いることのさらなる欠点は,

需要の増加により供給が不安定となり,価格の上昇変動が起こることで

ある。

【0007】したがって,細胞の生長および生物学的に活性な産物の生

49
産を支持するための代替の培地補助剤の開発が強く望まれている。」

(イ) 刊行物3(特開平7−178号公報。甲3)

「【0002】

【従来の技術】従来,動物細胞の培養には牛胎仔血清添加培地が使用さ

れてきたが,当該培地は高価であり,且つロット間のばらつきがあるこ

とから,血清を使用しない無血清培地の利用が増加しつつある。」

(ウ) 刊行物M(特開平9−252767号公報。甲6)

「【0003】従来,動物細胞を生育(増殖)させる際の培地としては,

極めて多種の培地,例えば,DMEM培地…,F12培地…およびRP

MI1640培地…等が使用されてきた。しかし,これらの培地を使用

して動物細胞を生育(増殖)させるには,培地に血清を加えなければな

らない。このため,一般には,ウシ胎児,ウマまたはヒト等の血清を1

〜15%程度の濃度で使用しなければならなかった。

【0004】しかし,血清含有培地を使用する際には以下の様な問題が

あった。

@ 血清自体が高価なためコスト高となる。

A 血清にはロット差があり,再現性のある培養には不利である。

B 産生物の培養上清からの精製が困難となる。

C ウイルスやマイコプラズマの汚染源となる恐れがある。

【0005】このような現状に鑑みて,培地中の血清濃度を減少させる

方法が検討されている。しかし,血清濃度の減少によって細胞はその増

殖性を著しく低下させるか死滅し,所望の細胞生成物(例えば,蛋白

質)の収量が著しく減少するなどの問題があり,培地中の血清濃度の減

少は困難であった。

【0006】このような理由から,血清を含まず,細胞が増殖性を失わ

ずに培養される無血清培地に対して多大な関心が持たれている。

50
【0016】基本培地としては,一般的に用いられる基礎培地が挙げら

れ,すなわち通常動物細胞が同化しうる炭素源,消化しうる窒素源およ

び無機塩等を含有させたものが用いられ,また,必要に応じて微量栄養

促進物質,前駆物質などの微量有効物質を配合してもよい。かかる基礎

培地としては,細胞培養のためのすべての公知培地を使用することがで

き,例えば前述のDMEM培地,F12培地およびRPMI1640培

地が例示され,特にRPMI1640培地が好適である。」

(エ) 刊行物N(特開平7−255470号公報。甲7)

「【0002】

【従来の技術】近年,動物細胞の培養技術が発達するにつれて,動物細

胞の生産する生理活性物質を医薬品として応用することが期待されてい

る。また生体から細胞を採取し,この細胞を培養し,細胞の生産する物

質を研究することが活発に行われるようになってきた。通常,動物細胞

の培養にあたっては,アミノ酸,糖,無機塩,ビタミン類を含有する基

礎培地に,ウシ胎児血清を添加した培地が用いられている。この培地を

通常は,血清添加培地とよぶ。血清は,成長促進因子,ホルモン,脂質

の供給源であり,通常の細胞培養には必須である。しかし,血清中には

種々の蛋白質や未知の成分が含まれており,物質の生産にあたっては,

これらの成分と目的とする蛋白質や,生理活性物質を分離精製すること

が困難な場合がしばしば発生する。また細胞培養に供する血清は,家畜

のなかでも特に,胎児や幼体から採取したものが望ましいとされている

が,動物愛護の面からも問題提起されている。

【0003】このため,物質生産を目的とした細胞培養においては,血

清を添加しない無血清培地を使用することが多かった。…」

イ 前記アによれば,一般に,アミノ酸,糖,無機塩,ビタミン類等を含有

させた基礎栄養培地(基本培地;例えば,DMEM,F−12,RPMI

51
1640)に,血清を添加した血清含有培地を用いて,動物細胞を培養し,

当該細胞を増殖させたり,あるいは,当該細胞に生物学的に活性な物質を

産生させることが従来から広く行われていたが,他方において,血清には,

様々な物質が含まれており生物学的に活性な産生物の培養上清からの精製

の工程が複雑であること,ロット差があり再現性のある培養には不利であ

ること,ウイルスやマイコプラズマの汚染源となること等の様々な問題点

があることから,本願優先権主張日当時には,動物細胞の培養培地を,血

清含有培地ではなく,血清を含有しない無血清培地を使用することもよく

行われている周知の技術であったことが認められる。

(2) 本願優先権主張日当時の無血清培地に添加される成分に関する技術的知

見について

ア 本願優先権主張日当時の無血清培地に添加される成分について,証拠

(甲2,5,6,7,乙1,2,4,甲11)には,概ね,以下の各記

載がある。

(ア) 刊行物2(特開平6−153931号公報。甲2)

a 刊行物2には,概ね,次の記載がある。

「【請求項1】基本培地ならびに(a)細胞バイアビリティ保護剤,

(b)インスリンおよび(c)トロンビンもしくはトロンビンレセ

プター活性化因子のいずれかを含んでなる哺乳動物細胞のための無

血清培地。」

「【0021】本発明の無血清培地は,哺乳動物細胞の生物学的に活

性な産物の生産を血清入りのものに匹敵する程度に支持する。

【0027】インスリンはすべての種類の細胞に対して成長因子と

して働くことが知られており,いくつかの無血清培地において添加

剤として用いられている。

【0052】実施例4:生長因子の機能的寄与

52
インスリンもトロンビンもいずれもCHO(判決注:チャイニーズ

ハムスター卵巣)細胞の生長を刺激する。いずれもどちらかをAD

C−1(判決注:細胞バイアビリティ保護剤)含有培地に添加する

と細胞生長は同程度となる…。しかしながら,インスリンのみ存在

下でのIL−6生産はきわめて低く,一方トロンビンは有意に生産

レベルを刺激した…。ウェル中での短期間の実験においては…,ト

ロンビンのみを用いた生産能は,インスリンとトロンビンの両方を

ADCに添加したばあいにごくわずか増大したにすぎなかった。し

かしながらスピナー(100ml)中で生産をモニターすると,初

期にインスリン添加でも無添加でも同等であったIL−6レベルが,

インスリン非存在下では9日ののちに明らかに減少した…。これら

の結果よりインスリンが最適な長期間の生産に必須であることが示

唆された。」

b 前記aによれば,刊行物2には,基本培地に,細胞バイアビリティ

保護剤,インスリン及びトロンビンを加えた無血清培地を用いて,

CHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞からIL−6を長期間

産生させることができ,トロンビンがIL−6の産生を刺激し,イ

ンスリンは最適な長期間のIL−6産生に必須であることが記載さ

れているということができる。

(イ) 刊行物L(抗酸菌病研究所雑誌,第39巻第1号,1987,5

3〜59頁,昭和62年7月15日発行。甲5)

a 刊行物Lには,概ね,次の記載がある。

「WI-38 細胞を含むヒト正常2倍体線維芽細胞は,インシュリン,

トランスフェリン,デキサメサゾンを加えたMCDB−104培養

液に,PDGF,FGF,brainFGF(acidic FGF),又はE

GFを加えると著しく増殖する。(53頁の要旨1〜3行)


53
「II.ヒト線維芽細胞の無血清培養

II-1 WI-38 細胞

WI-38 細胞は,Wistar Institute (Philadelphia)で, 1965 年に培

養樹立されたヒト胎児肺由来線維芽細胞である.この細胞の低血清下

のコロニー形成に有効な MCDB-104 培地を無血清培養用の培地に用い

た.インシュリン(5μg/ml),トランスフェリン(1μg/ml),デキサ

メサゾン(55 ng/ml)が,この細胞の維持に有効であることがわかり,

これらを加えた培養液を,MCDB-ITD とした。…は,MCDB-ITD に種々

の成長因子を加え, WI-38 細胞の増殖をみたものである.EGF の他,

FGF や PDGF もこの細胞の増殖を著しく促進することが認められた.」

(54頁左欄9〜22行)

b 前記aによれば,刊行物Lには,MCDB-104 培地に,インシュリン,

トランスフェリン及びデキサメサゾンを加えた無血清培地は,WI-38

細胞(ヒト胎児肺由来線維芽細胞)の維持に有効であり,EGF や FGF

等の成長因子を添加すると,この細胞の増殖が著しく促進されるこ

とが記載されているということができる。

(ウ) 刊行物M(特開平9−252767号公報。甲6)

a 刊行物Mには,概ね次の記載がある。

「【請求項1】インスリン,ペプトンおよびトランスフェリンを含

有することを特徴とする無血清培地。」

「【0011】

【課題を解決するための手段】本発明者らは,上記目的を達成するた

め鋭意研究を重ねた結果,インスリン,ペプトンおよびトランスフェ

リンを含有させた培地を用いることにより,細胞を十分に増殖させる

ことができ,かつ細胞の順化工程がなくとも細胞が生育でき,アルブ

ミンを含まないために蛋白質の分離精製が容易にできること,またこ

54
の無血清培地を用いることにより蛋白質を大量に生産できることを見

出して本発明を完成した。

【0021】本発明の無血清培地で培養可能な動物細胞としては,そ

の細胞自体が蛋白質発現可能なものでも,遺伝子工学により形質転換

され異種蛋白を発現するものであってもよい。細胞自体が蛋白質を発

現するものとして,例えば,…IFN−βを産生する線維芽細胞,…

等が例示される。…

【0024】実施例1

(1)無血清培地の作製

基本培地としてRPMI1640培地…10.2gを用い,添加物

としてインスリン1mg,BP(牛肉由来ペプトン)5g,トランス

フェリン10mg,ヒポキサンチン13mg,チミジン4mg,α−

トコフェロール0.13mgおよびセレン4μgを用いて無血清培地

1Lを作製した。

【0025】(2)ヒト腎細胞の培養

ヒト腎細胞をマイクロキャリアビーズに付着させたものを(1)の

無血清培地中に…添加した。37℃,5%二酸化炭素の条件で培養し

たところ,2日間で培養液中に0.6〜2.5V/ml相当のプロウ

ロキナーゼの産生が確認できた。その後,2〜3日毎に培養液を交換

し,長期間(少なくとも1ケ月以上)の連続培養が可能であった。」

b 前記aによれば,刊行物Mには,基本培地に,インスリン,ペプト

ン及びトランスフェリンを添加した無血清培地を用いて,ヒト腎細胞

を培養するとプロウロキナーゼの産生が確認され,長期培養が可能で

あったことが記載され,この無血清培地で培養可能な細胞の例として,

INF−βを産生する線維芽細胞が挙げられているということができ

る。

55
(エ) 刊行物N(特開平7−255470号公報。甲7)

a 刊行物Nには,概ね,次の記載がある。

「【請求項1】ガングリオシドを含有し,細胞分化を誘導すること

を特徴とする無血清培地。」

「【0003】このため,物質生産を目的とした細胞培養において

は,血清を添加しない無血清培地を使用することが多かった。血清に

代わる物質としては,増殖・成熟因子,トランスフェリンやラクトフ

ェリンなどの蛋白質,脂溶性ビタミン類などの栄養物質,セレンやク

ロムなどを含む微量金属原子,インシュリンやステロイドホルモンを

含むホルモン類,フィブロネクチンやラミニンあるいはレクチン類を

含む細胞接着因子などを種々組み合わせて使用される。これらの成分

を含有する無血清培地については,これまでに多くの文献が開示され

ているが,村上浩紀編集による細胞制御工学(学窓社,昭和61年6

月20日刊)に詳しく開示されている。また特開平3─22972号

公報には,このような知見に基づいた細胞成長因子,ホルモン,脂質,

接着因子を配合した細胞培養用培地が開示されている。

【0004】しかし,正常な組織から分離した細胞(正常細胞)や株

化していない細胞などの培養にこうした無血清培地を用いた場合,無

血清培地が目的とする本来無限に増殖する細胞ではないために,細胞

が産生する生理活性物質を生産できないばかりか,良好な細胞の成育

が得られないことが多かった。また,株化細胞においても無血清培地

で培養できるものは限られており,通常の細胞の場合でも,血清濃度

のより低い培地で順次継代培養して,血清が少なくても成育できる細

胞だけを選択したり,細胞を低濃度血清に馴化させることによって,

無血清培養が可能となるようにしている。しかしながら,選択や馴化

の過程で本来もつ特性(生理活性物質の産生能など)が消失してしま

56
う場合が多く,こうした無血清培地で増殖または維持できる変異株を

得る操作は物質生産上好ましくなかった。また,生体内の生理代謝機

能を研究するうえで,正常細胞を in vitro で培養するモデル系が

求められているが,従来の無血清培地は株化した増殖細胞のために開

発されたものであるために,正常な細胞の生理代謝の研究には適して

いない。そこで,生体から採取した正常組織由来の正常細胞が用いら

れているが,こうした細胞は無血清培養がほとんど不可能であった。

【0010】ガングリオシド以外の成分としては,必須アミノ酸など

を含む基礎培地成分に,さらに通常の株化細胞の培養に必要と考えら

れる有効成分を添加してもよい。たとえば,栄養成分としてピルビン

酸ナトリウム,L-グルタミン酸ナトリウム,エタノールアミン,各種

ビタミン類(例:x100 Vitamins ,Flow Laboratory 社),亜セレン

酸,グルコース,フラクトースなどが添加できる。また,ホルモンと

してインシュリンやトランスフェリンを添加してもよい。

【0013】

実施例1】…

【0015】…ヒト結腸腺癌細胞株 Caco-2 をインシュリン(10μ

g/ml)およびトランスフェリン(5μg/ml)を含む上記RP

MI−1640培地で培養した。この際,シャーレを4群にわけ,…

シャーレDには何も添加しなかった。…この特の細胞の生育状態を観

察したところD群では細胞が死滅していた(判決注:D群は,インシ

ュリンとトランスフェリンを含む。 。一方,ガングリオシド添加群


(判決注:インシュリン,トランスフェリン及びガングリオシドを含

む)では細胞が生育しており,特にG M3 添加群では血清の添加群と

同様の細胞生育状態が観察された。

【0017】

57
実施例2】本実施例においては,市販の培養液にガングリオシドを

添加した培養液で細胞を培養した例を示す。培地中濃度がG M3 2μ

g/ml となるように,市販されている代表的な培地で増殖因子として

インシュリンとトランスフェリンを添加した無血清培地である

Cosmedium 001(コスモバイオ)に添加した。…ヒト結腸腺癌細胞

株 Caco-2 を培養し,…比較した。…これは市販の培地では生体の組

織内環境を再現できないことによると考えられる。しかし,本発明培

養液を用いた場合には,分化誘導を引き出すことができることから,

本発明による培地は生体内の環境を反映しているものと考えられた。

また本発明培地は,生体中で起こる細胞分化を in vitro で再現する

ことを可能とすることが判明した。

【0018】

実施例3】本実施例においては,ヒトから分離したリンパ球の初代

培養例と物質生産に及ぼす効果を示す。…リンパ球を10ml のPB

Sに分散して洗浄した後,150 ×gで 10 分間遠心分離した。この洗

浄操作を3回繰り返した後,上に記載したインシュリン(10μg/ml)

およびトランスフェリン(5μg/ml)を含むRPMI−1640培地

9ml を添加し,3ml ずつシャーレ3枚(A;B;C)に分注した。

シャーレAにはウシ胎児血清(FCS)を0.3ml 添加し,シャー

レBにはG M3 3μg を添加した。7日後に培養液中のIgA含量を測

定したところ,シャーレAとBではIgAが検出されたが,シャーレ

CではIgAが検出されないどころか,リンパ球が死滅していた。リ

ンパ球の培養においては,本発明は,血清含有培地の代替が可能であ

ることが確認できた。

【0020】

実施例4】本実施例においては,ACTH とサイクリック AMP の作用

58
で副腎皮質ホルモン…を分泌することが知られているマウス副腎皮質

腫瘍由来細胞株Y1細胞の培養例を示す。…このY1細胞を,インシ

ュリン(10μg/ml)およびトランスフェリン(5μg/ml )を含むR

PMI−1640培地でシャーレ3枚を使い培養した。シャーレAに

はFCS(10% )+ACTH(10 mU )+サイクリックAMP(1mM

),シャーレBにはG M3 (10μg/ml)+ACTH(10 mU )+サイク

リックAMP(1mM),シャーレCにはACTH(10 mU )+サイク

リックAMP(1mM)だけを添加した。…吸光度と蛋白質量から単位

蛋白質重量あたりのステロイド量を計算したところ,血清添加培地と

G M3 添加培地で培養したY1のみ,ステロイドを産生していた。細胞

の生育状態を観察したところA及びBのシャーレでは順調に生育して

いることが確認されたが,Cのシャーレでは生細胞数が減少している

ことが観察された。」

b 前記aによれば,ガングリオシドは細胞分化を誘導することができ

ることから,インシュリン及びトランスフェリンを含有する無血清培

地にガングリオシドを加えると,ヒト結腸腺癌細胞株 Caco−2,ヒ

トリンパ球(初代培養),マウス副腎皮質腫瘍由来細胞株 Y1 において,

細胞分化を確認したり,IgAやステロイドの産生を誘導することが

できるが,ガングリオシドを加えない場合には,当該細胞が死滅した

り,細胞数が減少することが記載されているということができる。

(オ) 乙1(三井洋司監訳「動物細胞培養の実際」35,36頁,平成2

年2月28日発行)

a 乙1には,概ね,次の記載がある。

「2 哺乳動物細胞の培養のための無血清培地作成に向けて



最後に,実験者はその細胞の培養が最終的に何を目的としているの

59
かを明確にしなくてはならない.一般に,培養細胞はその由来組織を

反映し,由来組織の基本的な特性を有し,その組織が発現するような

分化や増殖の特性を示すであろう.このような目的がある細胞によっ

て達成できる場合もある一方で,現在の組織培養法では限界のある場

合もあることを認識することは重要である.培養細胞が増殖と分化・

機能発現とを同時に行わない可能性もある. (章の表題,34頁下か


ら7〜2行)

「2・5 至適な哺乳動物細胞培養のための市販培地

哺乳動物細胞の最適な培養のために種々の会社が販売している培地

には大別して以下の3種類がある…

(i)血清補充物…

(ii)血清代替物 細胞は血清代替物を加えた基本培地(たとえば

RPMI-1640/DME1:1混合培地)中で増殖できる。この血清代替物

はたいていインシュリン,トランスフェリン,増殖因子(ほとんどが

EGF,FGF,PDGF),ホルモン(たいていハイドロコルチゾ

ンまたはデキサメタゾン,T3,プロゲステロン)である。…

(iii) 無血清培地 細胞はこの培地(DME-F12 1:1)で血清を添加せず

に増殖できる。この培地には一般に,インシュリン,トランスフェリ

ン,セレン…を含む,製品は,HB101,…BM-86(Wissler)。(3


5,36頁)

b 前記aによれば,乙1には,培養細胞が増殖と分化・機能発現とを

同時に行わない可能性もあること,及び市販の無血清培地には血清代

替成分として,インシュリンをはじめトランスフェリン等の様々な成

分が含まれていることが記載されているということができる。

(カ) 乙2(特開昭62−56428号公報)

a 乙2には,概ね,次の記載がある。

60
「本発明は…ヒト二倍体線維芽細胞を無血清培地で培養し,培養上

清液をアフィニティークロマトグラフィー処理を含む精製工程で精製

することを特徴とする血管内皮細胞増殖因子蛋白質の製造法を提供す

るものである。…ヒト二倍体線維芽細胞の培養に用いられる培地とし

てはたとえばインスリンおよびマウス表皮細胞増殖因子を含む無血清

培地があげられる。…特に好ましい培地としてはたとえば…無血清培

地 RITC80-7[組成:第2表参照」などがあげられる。…

第2表

構成成分 …



グリシン



セリン



3,3’,5-トリヨードチロニン

マウス表皮細胞増殖因子(判決注:マウスEGF)

トランスフェリン

インスリン



イーグル変法基礎培地 」(1頁右下欄下から2行〜3頁左上欄19

行)

実施例1 ヒト二倍体線維芽細胞の無血清培養上清液の調製

ヒト二倍体線維芽細胞を10%胎児牛血清を含むイーグル変法培地

で培養し,培養細胞がサブコンフルエンスに達した時点で,この培地

を除去し,無血清培地RITC80−7を加えて48〜96時間培養

した。…

61
実施例2 ヒト二倍体線維芽細胞(HEL)の産生するf-ECG

F蛋白質の分離精製

実施例1に記載した如く,HELを無血清培地RITC80−7で

2〜3日間培養した培養上清液(SFCM)を出発材料とした。…以

上の分離精製操作の結果,f-ECGF蛋白質は…回収率36%,約

6200倍に精製された。 (4頁右上欄下から2行〜5頁左上欄1


行)

b 前記aによれば,乙2には,ヒト二倍体線維芽細胞(HEL)をイ

ンシュリン,トランスフェリン,セレン等を添加した無血清培地で培

養すると,血管内細胞増殖因子が産生されたことが記載されていると

いうことができる。

(キ) 乙4(特開平3−72872号公報)

a 乙4には,概ね,次の記載がある。

「MCDB107培地と,インシュリン及びトランスフェリンより

選ばれた少なくとも一種の化合物とからなる無血清培地。(特許請求


の範囲第1項)

「本発明において使用されるMCDB107培地は公知の培地であ

り,従来から基礎培地として使用されているF12培地を基にして,

セレンを含む10種類の微量金属を添加し,ヘペス緩衝剤を用いてよ

り安定な緩衝系培地としたものである。(3頁右上欄13〜19行)


「本発明の無血清培地は,哺乳類細胞,特に心筋細胞の培養の基礎

培地として優れているMCDB107培地と,細胞のDNA合成及び

蛋白合成を促進する作用を有するインシュリン及び/又はトランスフ

ェリンとからなるので,血清成分を含有しなくとも,哺乳類細胞を長

期間安定に培養することができる。…

従って,本発明の無血清培地及びそれを用いた哺乳類細胞の培養法

62
によれば,未知成分を含有する血清成分を全く使用しておらず,成分

既知物質からなる無血清培地のため,DNA合成,増殖に関与する因

子,また収縮など分化に関与する因子の発見,固定が容易に試験でき

るという効果を奏する。(4頁左上欄下から3行〜右上欄14行)


「試験例2

ラット新生児心筋細胞の無血清培地による培養

フィブロネクチンで処理された24−ウェルカルチュア−プレート

に8×10 4 個のラット新生児心筋細胞を播種した。この際,MCD

B107培地にインシュリン(10μg/ml)とトランスフェリン

(10μg/ml)を添加した培地を用いた。…

…24時間後の付着細胞率は78%であった。4〜5日目にかけて

約24%の細胞数の増加がみられた。この培地で最大18日間細胞数

の減少もなく長期間培養できた。細胞の生存率は18日間,常に90

%以上の高い値を示した。(5頁左下欄下から4行〜右下欄13行)


b 前記aによれば,乙4には,MCDB−107培地に,インシュリ

ン又はトランスフェリンを添加した無血清培地を用いると,ラット新

生児心筋細胞の長期間培養が可能であったことが記載されているとい

うことができる。

(ク) 甲11(特開平8−308561号公報)

a 甲11には,概ね,次の記載がある。

「【請求項1】培地にセレン化合物を含むことを特徴とする動物細

胞培養用無血清培地。

【請求項12】前記培地にさらに細胞機能促進剤を含むことを特徴と

する請求項1〜11のいずれかに記載の動物細胞培養用無血清培地。

【請求項13】前記細胞機能促進剤がグルココルチコイドまたはイン

スリンであることを特徴とする請求項12に記載の動物細胞培養用無

63
血清培地。」

「【0046】(実施例2)

血清培地との比較

A.細胞培養容器の作製…

【0047】B.無血清培地の調整

培地としてL−15に,インスリン…,EGF…,DMSO…,デ

キサメタゾン…プロリン…を加えたものに,さらにそれそれぞれ亜セ

レン酸ナトリウムを…添加したものを調整し,…比較用の無血清培地

として亜セレン酸ナトリウムを添加していない培地を,血清培地とし

て亜セレン酸ナトリウムの代わりに10%の牛胎児血清を添加した培

地を使用した。

【0048】C.肝細胞の培養

上記の方法で作製した細胞培養容器と無血清培地を用いて,次に示

す細胞培養実験を行った。…

【0049】その結果は,…に示す通りである。…一方,亜セレン酸

ナトリウム不含培地(判決注:インスリンを含む無血清培地であ

る。)では長期培養ができていない事が確認された。この結果,亜セ

レン酸を含有する無血清培地で細胞機能の長期維持が可能であること

がわかった。」

b 前記aによれば,甲11には,L−15培地に,亜セレン酸ナトリ

ウムに加え,インスリン,EGF等を添加した無血清培地を用いると,

ラット幹細胞の長期間の培養が可能であったが,当該無血清培地から

亜セレン酸ナトリウムを除くと,長期間の培養はできなかったことが

記載されているということができる。

イ 前記アによれば,多数の文献において,インスリンを含む無血清培地

を用いて,動物細胞を培養し,細胞の維持又は細胞数の増加(刊行物L

64
(甲5),乙4,甲11)や生物学的に活性な物質の産生を行ったことが

記載され(刊行物2(甲2),刊行物M(甲6),刊行物N(甲7),乙

2),線維芽細胞の培養もインスリンを含有する無血清培地が用いられて

おり(刊行物L(甲5),乙2),実際に,インスリンをはじめトランス

フェリンやセレン等の様々な成分を添加した無血清培地が市販されてい

た(刊行物N(甲7)の【0017】,乙1等)ことから,本願優先権

張日当時,無血清培地において,血清を代替する成分の一つとしてイン

スリンが汎用されていたことが認められる。

一方,インスリンを含む無血清培地を用いても,ヒト結腸腺癌細胞株C

aco−2又はヒトから分離したリンパ球が死滅したり,マウス副腎皮

質腫瘍由来細胞株Y1細胞の生細胞数が減少すること(刊行物N(甲

7) ,あるいは,肝細胞の長期培養ができないこと(甲11)等が報告


されており,血清を代替する成分としてインスリンさえ添加すれば,ど

のような動物細胞であっても必ず培養できるものではなく,また,乙1

に「培養細胞が増殖と分化・機能発現とを同時に行わない可能性もあ

る.」(34頁下から3〜2行)と記載されているように,培養細胞を培

養した際に,増殖が生じたとしても,同時に,生物学的に活性な物質の

産生のような分化・機能発現も生じるとは限らないことも,この技術分

野においては広く知られており,刊行物2(甲2)には,ADC−1

(細胞バイアビリティ保護剤)とインスリンを含む基本培地(DME

M)では,CHO細胞の生長は刺激されるが,トロンビン添加時には産

生されていたIL−6の産生は極めて低くなることが記載されている。

(3) 相違点3に係る構成の容易想到性について

そこで,本願発明と引用発明との相違点3に係る構成の容易想到性につい

て検討する。

前記(1)のとおり,本願優先権主張日当時,細胞を培養して,細胞を増殖

65
させたり生物学的に活性な物質を産生させるに当たり,従来から血清含有培

地を用いることが広く行われていたとともに,血清含有培地の問題点を克服

するために,血清を含有しない無血清培地を使用することもよく行われてい

た周知の技術であって,当業者は,細胞を培養する目的及び使途等に応じて,

血清培地と無血清培地のいずれを用いるかを選択できるということは周知の

事項であったということができる。

ところで,刊行物1(甲1)には,アスコルビン酸リン酸エステルが,細

胞分化促進効果やコラーゲン等の細胞外マトリックス成分(ECM)の合成

促進能を有していることから(刊1−2),ヒト皮膚線維芽細胞等の結合組

織細胞を「アスコルビン酸リン酸エステル含有培地」で培養することにより,

結合組織細胞と細胞外マトリックスとからなる人工組織を形成せしめること

が記載されている(刊1−1)。そして,刊行物1の実施例2〜4において

は,牛胎児血清を含む培地を用いているものの,「培地には,たとえば動物

血清,抗生物質などを添加するのが好ましい。 (刊1−3)
」 ’と記載されて

いることから,刊行物1の記載に接した当業者は,細胞外マトリックスの産

生には,アスコルビン酸リン酸エステルは必須ではあるが,血清は必須とは

されておらず,血清を添加しなかったからといって細胞外マトリックスが産

生されないとは直ちには認識しないものであると認められる。

そうすると,引用発明の人工組織を得るにあたり,アスコルビン酸リン酸

エステルと共に牛胎児血清を含むDMEM(基礎栄養培地;基本培地)に代

えて,細胞外マトリックスの産生に必須であるアスコルビン酸リン酸エステ

ルは含むこととする一方で,添加することが好ましい成分ではあるものの必

須の成分とはされていない「牛胎児血清」を含まない無血清培地を用いるこ

とも,当業者であれば,細胞を培養する目的及び使途等に応じて,選択して

試みるものであるということができる。

そして,前記(2)のとおり,本願優先権主張日当時,無血清培地において,

66
血清を代替する成分の一つとしてインスリンが汎用されており,動物細胞の

増殖だけでなく,CHO細胞からのIL−6の産生(刊行物2(甲2),ヒ


ト腎細胞からのプロウロキナーゼの産生(刊行物M(甲6) ,ヒト二倍体線


維芽細胞からの血管内皮細胞増殖因子の産生(乙2)等のように,線維芽細

胞等の様々な動物細胞において,インスリンを含む無血清培地での生理学的

に活性な物質の産生が可能となっていた。

したがって,上記の周知の技術に基づき,無血清培地を用いて引用発明の

人工組織を得るにあたり,適切な血清代替成分を添加すれば,牛胎児血清が

存在する場合と同様に細胞外マトリックスが産生されることを期待すること

ができ,その血清代替成分として,汎用されているインスリンを選択し,ア

スコルビン酸リン酸エステル及びインスリンを含むDMEMを用いることは,

当業者が容易に想到し得たことというべきである。

(4) 原告の主張について

ア 原告は,刊行物1(甲1)の「動物血清を添加することが好ましい」と

の記載が,動物血清を添加することが必須であることを意味するものでは

なく,引用発明が血清を加えない態様を「包含する」としても,そのこと

は,刊行物1の上記記載事項が,相違点3の構成である無血清培地で培養

することに至ることについての阻害要因となることを否定する根拠とはな

り得ない旨主張する。

しかし,刊行物1(甲1)の上記記載は,血清を加えない態様を排除す

るものではなく,血清培地とするか無血清培地とするかは,当業者が,細

胞を培養する目的及び使途等に応じて選択し得る技術である以上,同記載

が,無血清培地で培養することの阻害要因となるものではないことは明ら

かであって,原告の上記主張は失当である。

イ 原告は,刊行物2及び3で指摘されている欠点は,細胞と細胞外マトリ

ックスとからなる組織を形成するという技術的結果を達成する上で支障と

67
ならず,刊行物Mで指摘されている欠点についても,無血清培地を用いる

以外の技術手段により回避することが可能であるのに対し,本願優先権

張日当時,線維芽細胞を無血清で培養して細胞外マトリックスを産生する

ことができることは知られておらず,無血清で培養した場合にはそもそも

細胞と細胞外マトリックスとからなる組織を形成するという技術的結果を

達成することができるかが不明であるから,当業者は,血清を用いた場合

のメリットが無血清の場合のメリットよりも上であると考え,その結果,

無血清培養を忌避するのが極めて自然かつ合理的であり,血清には各種の

欠点があることが知られているとしても,このことは,引用発明において

無血清とする強い動機付けとはなり得ない旨主張する。

しかし,前記(1)イで認定した,血清には,ロット差があり再現性のあ

る培養には不利であることや,ウイルスやマイコプラズマの汚染源となる

こと等の問題点をどのような技術で回避可能であるのかについて原告は何

ら具体的な説明をしていないから,「刊行物Mで指摘されている欠点につ

いても,無血清培地を用いる以外の技術手段により回避することが可能で

ある」との原告の主張には根拠がない。

また,無血清で培養した場合には,線維芽細胞と細胞外マトリックスと

からなる組織を形成するという技術的結果を達成することができるとの確

信が事前に得られなくとも,適切な血清代替成分を添加すれば,当該技術

的結果を期待することができることは,既に説示したとおりである。

そうすると,当業者が,血清を用いた場合のメリットが無血清の場合の

メリットよりも上であると考え,その結果,無血清培養を忌避するのが極

めて自然かつ合理的であるとする原告の主張にも根拠がない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

ウ 原告は,刊行物N(甲7)には,血清含有培地で蛋白質等を産生する細

胞を,インスリンを含む無血清培地で培養した場合に,蛋白質等の産生が

68
認められず,細胞が死滅ないし減少していることが記載され,刊行物L

(甲5)には,無血清培地に添加されたインスリンは,単に線維芽細胞を

維持する機能を有するにすぎず,線維芽細胞の「成長因子」として機能す

るものではないことが記載されていることからすれば,「インスリン」が

「無血清で培養する際,全ての細胞に対して成長因子として働く作用のあ

る」ことが周知の事項であるとした本件審決の認定判断は誤りであり,仮

に,「インスリン」が「無血清で培養する際,全ての細胞に対して成長因

子として働く作用」があることが周知であるとしても,「線維芽細胞を培

養する」ことと,「線維芽細胞を培養することにより細胞外マトリックス

を産生する」こととは技術的意義が異なるから,細胞外マトリックスを産

生する際,インスリンを無血清培地に添加することについての動機付けと

なるものではない旨主張する。

しかし,前記(2)のとおり,本願優先権主張日当時,無血清培地におい

て,血清を代替する成分の一つとしてインスリンが汎用されていたものと

認められるから,刊行物N(甲7)や刊行物L(甲5)に記載されている

ように,インスリンが成長因子として作用せず,そのため,インスリンが

「全ての細胞」に対して成長因子として働く作用があるとまでは認められ

ないにしても,「無血清で培養する際,…インスリンを無血清培地に添加

することは周知の事項であった」との本件審決の認定部分に誤りはない。

そして,引用発明において無血清培地で細胞外マトリックスを産生するこ

とを試みるに当たり,周知の成分の中から適切な血清代替物を選択するこ

とは当然であるから,汎用されているインスリンを添加することについて

の動機付けは十分に存在するというべきである。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

エ 原告は,細胞及び培地組成を問わず無血清培地で蛋白質等の物質生産を

行うことは,本願優先権主張日前から普通に行われている周知の事項では

69
なく,無血清培地でも蛋白質等の物質を生産できることは技術常識ではな

いことに加え,線維芽細胞を分化させて細胞外マトリックスを産生させる

ために無血清で培養することも技術常識ではないことから,引用発明にお

いて,「細胞外マトリックスが産生されるかもしれないという期待を当業

者に抱かせること」はないのであって,本件審決が,「無血清培地で細胞

外マトリックスが必ず産生されるとまでは分からないとしても,引用発明

のごとく血清添加培地では細胞外マトリックスが産生されており,かつ,

無血清培地でも物質生産ができるという上記技術常識に照らせば,細胞外

マトリックスが産生されるかもしれないという期待を当業者に抱かせるこ

とは明らかである」との認定判断は誤りである旨主張する。

確かに,前記(2)において検討したところによれば,細胞及び培地組成

を問わず,無血清培地で蛋白質等の物質生産を行うことができることが技

術常識であったとはいえないとしても,CHO細胞からのIL−6の産生

(刊行物2(甲2) ,ヒト腎細胞からのプロウロキナーゼの産生(刊行物


M(甲6) ,ヒト二倍体線維芽細胞からの血管内皮細胞増殖因子の産生


(乙2)等のように,様々な細胞において無血清培地での蛋白質等の物質

産生が可能とされており,上記の物質産生がされた無血清培地においては

血清代替物として汎用の成分であるインスリンが含まれている。

また,前記(3)のとおり,刊行物1の記載に接した当業者は,細胞外マ

トリックスの産生には,アスコルビン酸リン酸エステルは必須ではあるが,

血清は必須とはされておらず,血清を添加しなかったからといって細胞外

マトリックスが産生されないとは直ちには認識しないと認められる。

そうすると,細胞及び培地組成を問わず,無血清培地で蛋白質等の物質

生産を行うことができること,あるいは,線維芽細胞を分化させて細胞外

マトリックスを産生させるために無血清で培養することが,いずれも技術

常識でないとしても,刊行物1の記載に接した当業者であれば,引用発明

70
において,アスコルビン酸リン酸エステルが存在していれば,牛胎児血清

が適切な血清代替物に置換されるならば,細胞外マトリックスが産生され

るかもしれないという期待を抱くことは,極めて自然なことといえる。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

オ 原告は,刊行物1(甲1)の実験結果は,「アスコルビン酸リン酸エス

テル」という特定の成分が細胞外マトリックス産生に寄与することを実証

するにすぎず,それ以外の成分,例えば動物血清が細胞外マトリックス産

生に寄与しないことを根拠付けるものではなく,むしろ,血清含有培地で

蛋白質等を産生する細胞を無血清培地で培養した場合に否定的なことが記

載されている甲6の段落【0005】,甲18の段落【0014】並びに

甲19の段落【0006】及び【0008】の記載を考慮すれば,「アス

コルビン酸リン酸エステル」を含んでいても,引用発明において,血清培

地に代えて無血清培地を用いた場合には,線維芽細胞が十分に増殖・分化

して細胞外マトリックスを産生することができないと認識するのが通常で

ある旨主張する。

しかし,刊行物1(甲1)に,動物血清が細胞外マトリックス産生に寄

与することが記載ないし示唆されているわけではなく,刊行物M(甲6)

の段落【0005】及び甲18の段落【0014】の記載は,血清濃度を

減少又は血清を除去した場合の問題点を指摘するだけであるから,これら

の記載から,直ちに,引用発明において,血清代替成分を添加した無血清

培地に変更した場合に細胞外マトリックスを産生することができなくなる

ことにつながるものではない。

また,甲19は本願優先権主張日(平成10年11月19日)よりも7

年以上も後の日(平成18年1月13日)を優先日とする特許出願である

から,その記載事項を,本願優先権主張日当時の技術常識として考慮する

ことは相当ではない。

71
そうすると,原告が指摘する上記の点を考慮しても,引用発明において,

血清代替成分を添加した無血清培地を用いた場合には細胞外マトリックス

を産生することができないとまで,当業者が認識するということはできな

い。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

カ 原告は,乙2は血管内皮増殖因子蛋白質に関するものであり,引用発明

のような人工組織とは性質が大きく異なるから,「蛋白質」という極めて

大枠で一致するとしても,乙2の開示内容は,培地組成も異なる引用発明

において無血清培地とした場合の細胞外マトリックス産生について予測す

る材料とはなり得ない旨主張する。

しかし,細胞外マトリックスが,血管内皮増殖因子とは性質が大きく異

なるからといって,乙2の開示内容から,引用発明において,無血清培地

とした場合に,細胞外マトリックスが産生されることがあり得ないと予測

するような事情は特に見出すことができない。そして,細胞外マトリック

スが産生されるとの確信が得られないことは,引用発明において,牛胎児

血清に代えて,血清代替成分として汎用されているインスリンを添加した

無血清培地を用いることを阻害するものではなく,そのような無血清培地

を用いることを当業者が容易に想到し得ることは,既に説示したとおりで

ある。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

キ 原告は,刊行物1(甲1)の(刊1−10)は,一成分としてインスリ

ンが含まれているある培地で線維芽細胞を培養することにより,細胞外マ

トリックスの成分であるコラーゲンの合成が盛んになったことを開示する

に留まり,コラーゲン合成を促進する成分はインスリンではなく,As−

2−Pであると認識するのが自然かつ合理的であるから,本件審決が「イ

ンスリンの添加によりコラーゲン合成が妨げられることなく,促進される

72
ことが分かる」とした認定判断は誤りである旨主張する。

しかし,本件審決の上記認定判断が,「インスリンの添加によりコラー

ゲン合成が妨げられることなく,As−2−Pによりコラーゲン合成が促

進されることが分かる」との趣旨であることは,前記2の刊行物1の記載

からみて明らかであるから,原告の上記主張は採用することができない。
(5) 小括
以上によれば,相違点3に係る本願発明の構成は,当業者であれば,引用

発明から容易に想到し得たものということができるから,この点に関する本

件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1−(1)は理由がない。

4 取消事由1−(2)(作用効果の顕著性の認定判断の誤り)について

(1) 原告は,本願発明の効果は,刊行物1並びに周知技術の技術的事項及び

技術常識に基づき,当業者が予測し得ない顕著な効果であるから,本件審決

が,本願発明の効果は格別顕著な効果とはいえないとした認定判断は誤りで

ある旨主張する。

しかし,前記3で説示したとおり,引用発明において,無血清で培養した

場合にも,同様に細胞外マトリックスが産生されるという確証が事前に存在

しなくとも,周知の課題に基づき,無血清培地を用いて引用発明の人工組織

を得るにあたり,適切な血清代替成分を添加すれば,牛胎児血清が存在する

場合と同様に細胞外マトリックスが産生されることを,当業者は期待すると

いうことができる。

そして,本願発明において,そのような当業者の期待どおりに,血清代替

成分として汎用されているインスリンを含有する実施例で用いられた無血清

培地を用いた際に,細胞外マトリックスが産生され人工組織が得られたこと

は,当業者の予測し得ない格別顕著な効果ということはできない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(2) 原告は,本件審決が,無血清培地で細胞外マトリックスが産生される効


73
果は,基礎培地に市販の無血清培地に加えられるトランスフェリン,表皮成

長因子が加えられており,更にハイドロコーチゾンも添加されており,イン

スリンを単独で添加したものではないから,特定の実施例における効果にす

ぎない旨認定判断したことについて,本願明細書の記載及び本願優先権主張

日当時の技術常識から,本願明細書の段落【0119】〜【0125】に記

載の作用効果が,特定の実施例における効果に限定され,本願発明全般の作

用効果であるとは認められない事情は存在しないから,他の成長因子等を加

えずに,インスリンのみを基本培地に加えたような実施例が存在しないとし

ても,このことは,本願発明の作用効果の顕著性・非予測性を否定する根拠

とはなり得ず,本件審決の上記認定判断は誤りである旨主張する。

しかし,本願明細書の「基本培地は,アミノ酸,成長因子およびホルモン

のような成分で補足される。…好ましい具体例では,基本培地は,動物細胞

培養で習熟者に知られている以下の成分で補足される。インシュリン,トラ

ンスフェリン,トリヨードチロニン(T3),および補足についての濃度お

よび置換が,習熟者によって決定されうる,いずれかまたは両方のエタノー

ルアミンおよびo−ホスホリル−エタノールアミン。(
」【0035】 ,及び,


「インシュリンは,多重継代より長期間利点を供するグルコースおよびアミ

ノ酸の摂取を促進するポリペプチドホルモンである。インシュリンまたはイ

ンシュリン様成長因子(IGF)の補足は,グルコースおよびアミノ酸を取

込む細胞の能力の最終的枯渇,および細胞表現型の可能性のある分解がある

場合に長期培養に必要である。…」 【0036】
( )との記載をみても,イン

スリンが,同等に例示されているトランスフェリンやトリヨードチロニン等

の他の動物細胞培養で習熟者に知られている成分と対比して,細胞外マトリ

ックスの産生において異なる役割を果たすことは記載されていない。

そうすると,実施例における培地に含まれている,インスリン以外のハイ

ドロコーチゾン,トランスフェリン,トリヨードサイロニン,セレン等の多

74
数の成分の中から,インスリンのみが,その他の成分の存在にかかわらず細

胞外マトリックスの産生において,重要な役割を果たすことの根拠は見出せ

ない。

そして,前記3(2)によれば,無血清培地に添加される血清代替成分につ

いては,インスリン,トランスフェリン,セレン等の複数の成分を同時に添

加することが周知であるということができるから,実施例の無血清培地に含

まれる多数の成分の中から,インスリンのみを選択して,所定の効果を果た

すための重要な成分として本願発明の発明特定事項とすることの根拠は見出

せない。

したがって,本願明細書の記載及び本願優先権主張日当時の技術常識から,

実施例で確認された効果が,トランスフェリンやセレン等の他の成分を含ま

ない本願発明の全体にわたって奏される効果ということはできないから,本

件審決がした認定判断に誤りはなく,原告の上記主張は採用することができ

ない。

(3) 小括

以上によれば,原告主張の取消事由1−(2)は理由がない。

5 取消事由2(本件審決の手続違背)について

(1) 原告は,相違点3の判断において,本件審決が周知技術を示すものとし

て引用した刊行物L〜N(甲5〜7)は,いずれも本願の審査及び審判段階

で示されたことがなく,本件審決で初めて示された文献であるところ,本件

審決では,相違点3の容易想到性に関して,刊行物M,N(甲6,7)を引

用し,「無血清培地で蛋白質等の物質生産を行うこと」が周知の事項であり,

「無血清培地でも蛋白質等の物質生産できること」が技術常識であると認定

し,刊行物L(甲5)を引用し,「線維芽細胞を無血清で培養できること」

技術常識であると認定し,かかる周知の事項に基づいて,引用発明におい

て無血清で培養することは,当業者に容易であると判断したものであるが,

75
これは,刊行物L〜N(甲5〜7)を,単に当業者の技術水準を知るためや,

先行文献に記載された事項の技術的意義を明確にするなど補助的に用いたも

のではなく,相違点3の容易想到性を肯認する判断の核心的な引用例として

用いたものであって,本件審決の上記認定判断が「査定の理由と異なる理

由」に該当し,原告には,上記認定判断に基づく相違点3の構成の容易想到

性について,実質的な防御の機会が与えられておらず,意見書提出の機会を

与えなくとも手続の公正及び原告の利益を害さない等の特段の事情が存しな

いことは明らかであるから,本件審決の審判手続は,特許法159条2項

準用する同法50条の規定に違反するものであり,かかる違反は,本件審決

の結論に影響を及ぼす旨主張する。

そこで,この点について,以下検討する。

(2) 証拠(甲15,16)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認めら

れる。

ア 特許庁は,原告に対し,平成25年3月12日付けで拒絶理由を通知し

たが,当該拒絶理由通知書(甲15)には,相違点3の容易想到性につい

て,次の記載がある。

「ウ 相違点3について

従来より,血清には,価格変動や供給不安があること(刊行物2の摘記

(刊2−1)参照。 ,ロット間でばらつきがあること(刊行物3の摘記


(刊3−1)参照。)等の欠点が有ることが知られており,本願優先権

張日前から無血清培地での培養が周知の課題となっていた。

そして,無血清で培養する際,インスリンを添加することは周知の事項

であった(刊行物2の摘記(刊2−2)参照。)

そうすると,刊行物1発明において,無血清で培養すべくインスリンを

添加して本願発明1のごとく構成することは,当業者が何の困難性もなく

なし得たことといえる。(25,26頁)


76
イ これに対して,原告は,平成25年9月18日付け意見書(甲16)を

提出した。当該意見書には,相違点3の容易想到性について,次の記載が

ある。

「また,刊行物2及び3は,血清には,価格変動や供給不安があること

及びロット間でばらつきがあること等の欠点が有ることを指摘しているに

過ぎず,あらゆる細胞が,血清含有培地と同様に,無血清培地でも培養す

ることができることについての技術的知見は全く存在せず,まして,血清

含有培地と同様に,無血清培地で培養することにより,細胞と細胞外マト

リックスとからなる組織が形成されることについて何らも触れられていま

せん。

しかも,刊行物2及び3で指摘されている上記欠点は,発明の「商業的

実施」という観点から問題とされるものであり,「技術的実施」という観

点から問題とされるものではありません。即ち,血清について,価格変動

や供給不安があり,あるいはロット間でばらつきがあるとしても,そのこ

と自体は,細胞の種類を問わず,血清含有培地と同様に,無血清培地で培

養することが可能であり,また,細胞を培養により,細胞と細胞外マトリ

ックスとからなる組織が形成されることについての技術的根拠とはなり得

ず,また,細胞と細胞外マトリックスとからなる組織を形成するという技

術的結果(商業的実施ではない。)を達成するために,血清含有培地に替

えて,無血清培地で培養することについての示唆等となるものでもありま

せん。

かかる刊行物1〜3の記載に鑑みれば,刊行物2及び3の記載より,本

優先権主張日前から無血清培地での培養が周知の課題となっていたとし

ても,当業者は,牛胎児血清等の動物血清を添加することが好ましいこと

が記載されている刊行物1において,血清含有培地に替えて,インスリン

含有無血清培地により培養した場合に,細胞と細胞外マトリックスとから

77
なる組織が形成されると予測することは全くあり得ず,その結果,当業者

は刊行物1において,血清含有培地に替えて,インスリン含有無血清培地

により培養することを想起することは全くあり得ません。(3頁)


ウ しかして,本件審決は,相違点3の容易想到性について,次のとおり認

定判断した。

「3 相違点3について

(1)インシュリンの添加について

従来より,血清には,価格変動や供給不安があること(刊行物2の摘記

(刊2−1)参照。 ,ロット間でばらつきがあること(刊行物3の摘記


(刊3−1)参照。 ,ウイルスやマイコプラズマの感染源となること(刊


行物Mの摘記(刊M−1))等の欠点があることが知られており,本願優

先権主張日前から無血清培地で培養することが周知の課題となっていた。

そして,無血清で培養する際,全ての細胞に対して成長因子として働く

作用のあるインスリンを無血清培地に添加することは周知の事項であった

(刊行物2の摘記(刊2−2),刊行物Kの摘記(刊K−1),刊行物Lの

摘記(刊L−2),刊行物Mの摘記(刊M−2)及び刊行物Nの摘記(刊

N−1)参照。。


さらに,刊行物1において,「…」と記載されており,血清の入った培

地であるが,腱線維芽細胞の培養において,インスリンを添加した培地で,

細胞外マトリックスの成分であるコラーゲンの合成が盛んなることを確認

しており,インスリンの添加によりコラーゲン合成が妨げられることなく,

促進されることが分かる。

そうすると,引用発明において,無血清で培養すべく,周知のインスリ

ンを添加する程度のことは,当業者が何の困難性もなくなし得たこととい

える。

(2)細胞外マトリックスの産生について

78
無血清培地で,蛋白質等の物質生産を行うことは,本願優先権主張日前

から普通に行われている周知の事項(例えば,刊行物Mの摘記(刊M−

2)及び刊行物Nの摘記(刊N−1))であり,無血清培地でも蛋白質等

の物質生産できることは技術常識となっていた。

そして,線維芽細胞を無血清で培養することは,刊行物Lに記載のよう

に,古くから行われており,無血清で培養できることは技術常識であった。

無血清培地で細胞外マトリックスが必ず産生されるとまでは分からない

としても,引用発明のごとく血清添加培地では細胞外マトリックスが産生

されており,かつ,無血清培地でも物質生産ができるという上記技術常識

に照らせば,細胞外マトリックスが産生されるかもしれないという期待を

当業者に抱かせることは明らかである。

そして,本願発明は,引用発明において,無血清で培養すべく,周知の

インスリンを添加し,細胞外マトリックスが無血清培地で期待どおり産生

されることを確かめることで,相違点3に記載の本願発明の特定事項のご

とくしたものであって,細胞外マトリックスが産生されることを確かめる

ことは,当業者が何の創作性もなくなし得る単なる確認事項にすぎな

い。 」(29〜31頁)

(3) 本件審決が,刊行物M,N(甲6,7)を引用したことについて

前記(2)認定事実によれば,平成25年3月12日付け拒絶理由通知

(甲15)においては,「無血清で培養する際,インスリンを添加すること

は周知の事項であった(刊行物2の摘記(刊2−2)参照。 」ことは記載さ


れているものの,「無血清培地で,蛋白質等の物質生産を行うこと」につい

ての具体的な言及はされていない。これに対して,本件審決では, (1)イ


ンシュリンの添加について」とは別に「(2)細胞外マトリックスの産生に

ついて」の項目を立てた上で,無血清培地で細胞外マトリックスが産生され

るかもしれないという期待を当業者に抱かせることの根拠として,「無血清

79
培地で,蛋白質等の物質生産を行うことは,本願優先権主張日前から普通に

行われている周知の事項(例えば,刊行物Mの摘記(刊M−2)及び刊行物

Nの摘記(刊N−1))であり,無血清培地でも蛋白質等の物質生産できる

ことは技術常識となっていた。」ことが記載されている。

しかしながら,前記3(2)で検討したように,多数の文献において,イン

スリンを含む無血清培地を用いて,動物細胞を培養し,細胞の維持又は細胞

数の増加や生物学的に活性な物質の産生を行ったことが記載されていること

からすれば,一方において,乙1に「培養細胞が増殖と分化・機能発現とを

同時に行わない可能性もある.」と記載されているように,培養細胞を培養

した際に,増殖が生じたとしても,同時に,生物学的に活性な物質の産生の

ような分化・機能発現も生じるとは限らないことが広く知られているにして

も,一般に,培地を用いて細胞を「培養する」とは,細胞を維持・増殖させ

ることに限定して使用される用語ではなく,これに加えて,それが成功する

かどうかは別として,生物学的に活性な物質を産生させることをも包含する

概念として使用されているということができる。このことは,拒絶理由通知

書(甲15)において引用されている刊行物2(甲2)の段落【0007】

に,「したがって,細胞の生長および生物学的に活性な産物の生産を支持す

るための代替の培地補助剤の開発が強く望まれている。」と記載されている

ことによっても示されているということができる。そうすると,拒絶理由通

知書(甲15)の「無血清で培養する際」との上記記載は,細胞を維持・増

殖させることに加えて,細胞から生物学的に活性な物質を産生させることを

も包含する趣旨であることは,当業者であれば容易に理解し得る自明なこと

というべきである。

そして,本件審決の「無血清培地で,蛋白質等の物質生産を行うことは,

本願優先権主張日前から普通に行われている周知の事項(例えば,刊行物M

の摘記(刊M−2)及び刊行物Nの摘記(刊N−1))であり,無血清培地

80
でも蛋白質等の物質生産できることは技術常識となっていた。」との上記記

載は,拒絶理由通知書(甲15)の「無血清で培養する際」との記載を,具

体的に説明し,無血清で培養し,蛋白質等の物質生産を行うことも周知であ

ったことを明らかにしたものにすぎないということができる。そうすると,

本件審決が,初めて刊行物M,N(甲6,7)を引用して,上記記載を追加

したとしても,これが拒絶理由通知(甲15)とは異なる拒絶理由を構成し

たということはできない。

加えて,前記(2)のとおり,原告は,拒絶理由通知(甲15)に対する意

見書(甲16)において,「刊行物2及び3は,…指摘しているにすぎず,

あらゆる細胞が,血清含有培地と同様に,無血清培地でも培養することがで

きることについての技術的知見は全く存在せず,まして,血清含有培地と同

様に,無血清培地で培養することにより,細胞と細胞外マトリックスとから

なる組織が形成されることについて何らも触れられていません。 ,
」 「細胞の

種類を問わず,血清含有培地と同様に,無血清培地で培養することが可能で

あり,また,細胞を培養により,細胞と細胞外マトリックスとからなる組織

が形成されることについての技術的根拠とはなり得ず,また,細胞と細胞外

マトリックスとからなる組織を形成するという技術的結果(商業的実施では

ない。)を達成するために,血清含有培地に替えて,無血清培地で培養する

ことについての示唆等となるものでもありません。」と記載するなどして,

明らかに,「無血清培地で,蛋白質等(具体的には,細胞外マトリックス)

の物質生産を行うこと」は示唆されていない旨主張しているのであるから,

刊行物M,N(甲6,7)が,本件審決において初めて引用された文献では

あるものの,すでに原告は,意見書において「無血清培地で,蛋白質等の物

質生産を行うこと」についての意見を述べているということができるから,

実質的に防御の機会が与えられていなかったということもできない。

(4) 本件審決が,刊行物L(甲5)を引用したことについて

81
前記(3)で検討したところによれば,本件審決の,刊行物L(甲5)を引

用した上でした,「線維芽細胞を無血清で培養することは,…技術常識であ

った。」との認定は,拒絶理由通知書(甲15)の「無血清で培養する際,

インスリンを添加することは周知の事項であった」ことが,線維芽細胞にお

いても当てはまることを補足的に説明したものであるというべきであるから,

拒絶理由通知(甲15)と異なる拒絶理由を形成するものではない。

また,前記(2)のとおり,原告は,意見書(甲16)において,「あらゆる

細胞が,血清含有培地と同様に,無血清培地でも培養することができること

についての技術的知見は全く存在せず」と主張しており,これは,線維芽細

胞を含めたあらゆる細胞を無血清で培養することについての意見を述べたも

のであるから,本件審決の上記認定について実質的な防御の機会が与えられ

ていなかったということもできない。

(5) 原告の主張について

原告は,この点について,意見書(甲16)では,原告は,専ら血清含有

培地における課題の周知性が,相違点3の構成の容易想到性の根拠とはなり

得ない旨の反論を述べただけであり,「無血清培地で蛋白質等の物質生産を

行うこと」が周知の事項であり,「無血清培地でも蛋白質等の物質生産でき

ること」が技術常識であること,「線維芽細胞を無血清で培養すること」が

技術常識であること及びこれに基づく相違点3の構成の容易想到性について

の意見は述べていないから,これらを周知事項及び技術常識とした認定判断

及びこれに基づく相違点3の構成の容易想到性について,原告には,実質的

な防御の機会が与えられていない旨主張する。

しかし,前記のとおり,原告は,意見書(甲16)において,血清含有培

地における課題の周知性に関する反論以外にも,「無血清培地での蛋白質等

(具体的には,細胞外マトリックス)の物質生産を行うこと」に関する意見

を,実質的に述べているということができる。

82
したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(6) 小括

以上によれば,本件審決が,相違点3の容易想到性に関して,平成25年

3月12日付け拒絶理由通知書においては示していなかった刊行物M,N

(甲6,7)を引用し,「無血清培地で蛋白質等の物質生産を行うこと」が

周知の事項であり,「無血清培地でも蛋白質等の物質生産できること」が技

術常識であると認定し,刊行物L(甲5)を引用し,「線維芽細胞を無血清

で培養できること」が技術常識であると認定し,かかる周知の事項に基づい

て,引用発明において無血清で培養することは,当業者に容易であると判断

したことについて,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反

する違法な手続があったということはできない。

したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。

6 結論

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれ

を取り消すべき違法は認められない。

よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のと

おり判決する。

知的財産高等裁判所第4部



裁判長裁判官 富 田 善 範




裁判官 田 中 芳 樹




裁判官 柵 木 澄 子

83

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