運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2001-11533
関連ワード 物の発明 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  周知技術 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  請求の範囲 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 15年 (行ケ) 348号 審決取消請求事件
原告 グロッツ−ベッケルト・カーゲー
訴訟代理人弁護士 加藤義明
同 弁理士 久野琢也
被告 特許庁長官小川 洋
指定代理人 山崎豊
同 高木進
同 溝渕良一
同 松縄正登
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/06/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2001-11533号事件について平成15年3月26日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成12年3月29日,発明の名称を「べら針」とする特許出願(特願2000-90249号,優先権主張1999年〔平成11年〕4月1日・ドイツ連邦共和国,以下「本件特許出願」という。)をしたが,平成13年4月12日に拒絶の査定を受けたので,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を不服2001-11533号事件として審理した上,平成15年3月26日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年4月8日,原告に送達された。
2 願書に添付した明細書(平成13年3月19日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲【請求項1】記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨 一端部に,フック状の頭部(3)と,2つの側板部(8,9)及びこれらの側板部(8,9)間に形成されたべら溝(7)を有するステム(2)と,該頭部(3)に係合できる一端部とべら穴(14)が形成され該べら溝(7)に挿入される他端部を有する柄(10)から成るべら(5)を有し, 該側板部(8,9)をその外側面から塑性変形をさせて凹陥部(24)を形成し, 該凹陥部(24)に対応する該側板部(8,9)の内壁から該べら(5)の該べら穴(14)に嵌合するように突出形成され該べら(5)をそのべら穴(14)内で軸支する支軸半体部(11,12)を有するべら針において, 前記凹嵌部(24)の各々は,底部(26)と該底部(26)の外側区域(28)に該底部(26)を囲む凹部(20)とから成り,該凹部(20)の溝底(29)は前記側板部(8,9)の外側面に平行に平坦に形成され,該凹部(20)の内側の溝側面(32)は,該底部(26)と該溝底(29)との間に段部を形成するように円筒形又は円錐台形に形成されていることを特徴とするべら針。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,英国特許第1588410号明細書(甲4,以下「引用例」という。)記載の発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,本件特許出願は,拒絶すべきものであるとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決は,本願発明と引用例発明との相違点についての判断を誤った(取消事由)結果,本願発明の進歩性を誤って否定したものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り) (1) 審決は,本願発明と引用例発明との一致点として,「一端部に,フック状の頭部と,2つの側板部及びこれらの側板部間に形成されたべら溝を有するステムと,該頭部に係合できる一端部とべら穴が形成され該べら溝に挿入される他端部を有する柄から成るべらを有し,該側板部をその外側面から塑性変形をさせて凹陥部を形成し,該凹陥部に対応する該側板部の内壁から該べらの該べら穴に嵌合するように突出形成され該べらをそのべら穴内で軸支する支軸半体部を有するべら針において,前記凹嵌部の各々は,底部と該底部の外側区域に該底部を囲む凹部とから成ることを特徴とするべら針」(審決謄本3頁第3段落)である点を, 相違点として,「凹部(環状溝)の溝底の形状に関して,本願発明の凹部の溝底は平坦である,即ち,『凹部の溝底は側板部の外側面に平行に平坦に形成され,該凹部の内側の溝側面は,該底部と該溝底との間に段部を形成するように円筒形又は円錐台形に形成されている』のに対して,引例発明(注,引用例発明)の環状溝の溝底は平坦でない,即ち,該環状溝の内側の溝側面と溝底とのなす角度が鋭角である点」(同)を認定した上,相違点について,「本願発明において,かかる周知の加工法(注,「一般の金属板半抜き加工技術において,凹状となっている治具を用いて半抜き加工を行うこと,即ち,金属板に該半抜き加工により形成された凹陥部外周部の凹部の溝底の形状が平坦となることは,周知の技術手段(周知例を所望なら,特開平10-202329号〔注,甲5,以下「甲5公報」という。〕,特開平10-43828号〔注,甲6,以下「甲6公報」という。〕を参照されたい。)」〔同頁下から第3段落〕)を用いて,相違点のような凹部の溝底形状とした点には格別の困難があったとは認められない」(同頁最終段落〜4頁第1段落)と判断した。
審決の一致点及び相違点の認定は認めるが,相違点についての判断は,以下のとおり誤りである。
(2) 甲5公報及び甲6公報記載の周知技術 ア 甲5公報に記載された半抜き成形方法は,材料自体の塑性流動性を向上させて,成形時の剪断変形部へ材料が効率的に供給されて亀裂の発生が防止されるようにするために,被加工材Mの中心部周縁を,パンチ3の突出部33と逆押えパンチ6とで挟圧して,この部分を大きく圧縮変形させようとするものである。したがって,このようなプレスによる半抜き成形方法は,パンチ3の突出部33によって,被加工材Mに平坦な溝底を有する凹部が形成されることがあるとしても,当該凹部の形成に際して,パンチ3の突出部33に対向して逆押えパンチ6による逆押え作用を生じさせることが必要不可欠である。また,ダイ孔51の開口縁に外方へ開くテーパ面としての切り刃52を設けていることから,図3,4及び5に示すように,被加工材Mは,ダイ孔51によって,円筒形ではなく,円錐台形に成形されている。
イ 甲6公報に記載されたラチェットロアアーム10のようなギヤ部14を有するギヤ部品のプレス加工では,鋼板Kを,パンチと反対側から押圧してプレスに伴う曲げ変形を規制するために,パンチ41,42に対向して押圧作用をするエジェクタ33,34を必要とするとともに,ラチェットロアアーム10のギヤ部14におけるハーフロックを回避するために,パンチ42のパンチ底面44に底面突部45を設けて,プレス歯43の角部曲面47を,パンチ底面44より下位にシフトさせた構造のパンチ42が使用されている。したがって,このようなパンチ42によるプレス加工は,パンチ42の底面突部45によって,ラチェットロアアーム10のギヤ部14の下端部付近に平坦な溝底を有する凹部が形成されることがあるとしても,甲5公報と同様,当該凹部の形成に際して,エジェクタ33,34によって鋼板Kをパンチと反対側から押圧することが必要不可欠であり,しかも,当該凹部はラチェットロアアーム10にギヤ部14が形成されることを前提として形成されるものであり,パンチ42の底面突部45は,プレス歯43と一体不可分の関係にある。
ウ そして,甲5公報では,成形時の剪断変形部へ材料を効果的に供給して亀裂の発生を防止するために,突出部33を備えたパンチ3のほかに,少なくとも,パンチ3に対向して位置する逆押えパンチ6と外方へ開くテーパ面を成すダイ孔51開口縁の切り刃52とを必要としているのであるから,甲5公報の記載内容からは,単に突出部33を備えたパンチ3のみを用いた半抜き加工の技術を観念することはできない。また,甲6公報は,底面突部45を備えたパンチ42は,特にラチェットロアアーム10を製作するための治具であって,少なくとも,プレス歯43を備えていることとプレス加工時にエジェクタ34と協働することを,必須の前提事項としているから,甲5公報と同様,甲6公報の記載内容からは,単に底面突部45を備えたパンチ42のみを用いた半抜き加工の技術を観念することはできない。したがって,甲5公報及び甲6公報には,目的や他の構成要素の有無に関係なく,単に凹状となっている治具,すなわちパンチ3(甲5公報)ないしパンチ42(甲6公報)を用いて半抜き加工を行うという,一般の金属板半抜き加工技術として,任意に転用可能な技術手段が開示されているとはいえず,そのような技術手段が周知であるということはできない エ これに対し,本願発明のような,べら針の側板部をその外側面から塑性変形をさせて凹陥部を形成し,これによって,当該凹陥部に対応する側板部の内壁から,べら穴に嵌合するように円筒形の支軸半体部を突出形成させるというプレス加工においては,甲5公報及び甲6公報に開示された逆押えパンチ又はエジェクタによって逆押え作用を生じさせることは,全く不可能であり,また,甲6公報に開示されているように,プレス歯を有するパンチを用いて凹陥部にギヤ部を形成することも全く必要ない。要するに,甲5公報及び甲6公報に開示された,金属板に半抜き加工により形成された凹陥部外周部の凹部の溝底の形状が平坦となるような一般の金属板半抜き加工技術は,べら針の側板部に形成された凹陥部に適用することができないものであることは明らかである。しかも,甲5公報に記載された半抜き成形方法の場合,被加工材Mは,ダイ孔51によって円筒形ではなく,円錐台形に成形されているのであるから,支軸半体部を実質的に円筒形に形成しようとする本願発明の目的・作用とは明らかに反している。したがって,甲5公報及び甲6公報には,べら針の側板部に形成された凹陥部の外側区域に平坦な溝底を有する凹部を形成するという加工法は,記載も示唆もなく,このような加工法が周知であるということはできない。
(3) 本願発明の顕著な作用効果 審決が引用した引用例(甲4)の記載ア「凹陥状の底面をもつパンチの使用は押し込み圧を低下させ,平らな底面をもつ従来のプレスを使用したときに比べ,チーク部の変形を減少させる。さらに,スラグの錐形化とスラグ先端部の曲率半径を減少させる」(審決の訳〔審決謄本2頁下から第2段落〕,本訴訳文2頁第5段落に相当) 及び記載イ「スラグの外周部が,その内周部に比べ,より多く変形するという事実はスラグの錐形化を減少させ,その対向面の端部における曲率半径を減少させるのに役立つ」(審決の訳〔同〕,本訴訳文3頁第7段落に相当)の意味は,凹陥状の底面(端面)を持つパンチを使用すれば,スラグの外周部がその内周部に比べより多く変形して,べら針を軸支するスラグの錘形化を減少させることができるという程度の意味であって,スラグを正確に円筒状に形成することができるという意味ではない。その上,上記記載ア及び記載イのみによっては,パンチによるスラグの変形の態様,スラグの錘形化の減少の程度等,引用例発明の加工法による作用効果を正確に把握することはできない。
これに対し,本件明細書(甲2,3)の記載によれば,本願発明では,支軸半体部(11,12)を形成するための凹陥部(24)を,底部(26)と底部(26)を囲む平坦な溝底(29)を有する凹部(20)とから構成し,さらに,凹部(20)の内側の溝側面(32)を円筒形又は円錐台形に形成して底部(26)と溝底(29)との間に段部を形成することによって,上記凹陥部(24)を鮮明な二重構造とするものであって,これによって,支軸半体部(11,12)の外周側領域は,その内側領域に対して,段階的により大きくかつ一様に軸方向内側へ変形され,その結果,引用例発明のスラグ27のように,支軸半体部(11,12)の内側の端面を互いに圧接させて変形させるまでもなく,支軸半体部(11,12)は,正確に円筒形に形成されることになるのである。したがって,引用例発明の場合,凹陥部の底部を成すスラグ27の外側の凸面28は,連続的に湾曲する球状面であって,本願発明の凹陥部のような明確な二重構造を形成するものではないから,本願発明の上記作用効果を奏することは到底不可能である。
被告の反論
1 審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り)について (1) 甲5公報及び甲6公報記載の周知技術について 審決が認定した周知技術は,「一般の金属板半抜き加工技術において,凹状となっている治具を用いて半抜き加工を行うこと,即ち,金属板に該半抜き加工により形成された凹陥部外周部の凹部の溝底の形状が平坦となること」(審決謄本3頁下から第3段落)であって,原告が主張するようなプレス歯を有するパンチ及び被加工材Mをダイ孔51によって円筒形ではなく円錐台形に成形する成形方法が周知であると認定したものではない。甲5公報の【図3】,甲6公報の【図3】及びこれら明細書の記載を見れば,甲5公報及び甲6公報に,「一般の金属板半抜き加工技術において,凹状となっている治具を用いて半抜き加工を行うこと,即ち,金属板に半抜き加工により形成された凹陥部外周部の凹部の溝底の形状が平坦となること」が開示されていることは明らかである。そして,引用例発明のべら針に関するプレス加工と上記周知技術は,金属板のプレス加工である点でその技術分野を共通とするものであり,しかも,パンチに加え,逆押さえ作用を生じさせる手段を用いて半抜き加工を行う点でその作用が共通しているのであるから,引用例発明のプレス加工において,上記周知技術を適用できることは明らかである。
(2) 本願発明の顕著な作用効果について 引用例(甲4)の上記記載ア及び記載イについて,審決の解釈に誤りはない。原告は,記載ア及び記載イのみによって,パンチによるスラグの変形の態様,スラグの錘形化の減少の程度等,引用例発明の加工法による作用効果を正確に把握することはできないと主張するが,本願発明は,べら針という物の発明であるから,成形法を考慮すべきではない。また,原告は,支軸半体部(11,12)は,正確に円筒形に形成されることになると主張するが,支軸半体部を円筒形に成形することは,本願発明の構成にないから,主張自体失当である。
引用例発明において,凹陥状の底面を持つパンチに代えて,凹陥状の底部を持つプレスとして,周縁部に平らな部分を持ち,そこから円筒状あるいは円錐台状に凹陥した平らな中央部を持つものを採用し,相違点に係る本願発明の構成のようにしても,べら針を軸支するための支軸半体部側面を,従来のものより正確に円柱状に成形することができるという作用効果を奏することができる。
当裁判所の判断
1 取消事由(相違点についての判断の誤り)について (1) 甲5公報及び甲6公報記載の周知技術について ア 審決は,甲5公報及び甲6公報に,一般の金属板半抜き加工技術において,凹状となっている治具を用いて半抜き加工を行うこと,すなわち,金属板に該半抜き加工により形成された凹陥部外周部の凹部の溝底の形状が平坦となること(以下「本件技術手段」という。)が記載されているとし,周知の本件技術手段を引用例発明に適用することの容易想到性を肯定したものであるところ,原告は,審決の上記判断を誤りであると主張する。
イ まず,甲5公報及び甲6公報の記載について検討すると,甲5公報の「被加工材Mはパンチ3の突出部33と逆押えパンチ6とで特に中心部周縁が上下から挟圧され(図5の白矢印),この部分が大きな静水圧を受けて圧縮変形するとともに,この部分の材料自体の塑性流動性が向上して,図5の黒矢印で示すように,成形時の剪断変形部へ材料が供給される。この材料供給は,パンチ3の下端突出部33に大きな押圧力が生じること,およびダイ孔51開口縁の切り刃52を外方へ開くテーパ面としてあることにより促進され,これにより,剪断変形部で亀裂を生じることが防止される。被加工材Mの成形が終了すると,図4に示すように,上型1が上昇した後,逆押えパンチ6が上昇して,図13にその外観を示す製品としてのラチェット板Pが離型させられる」(段落【0014】)との記載並びにプレス装置作動時の冷間鍛造型の要部拡大断面図である【図5】及び甲5公報記載の方法で成形したラチェット板の全体斜視図である【図13】の図示によれば,ラチェット板Pは,溝底が平坦な凹部を有し,また,被加工材Mは,パンチ3で半抜きされてラチェット板Pに加工される際,塑性変形させられるとともに,パンチ3の突出部33により,その凹部の溝底は平坦に形成されることが明らかである。したがって,甲5公報には,凹状のパンチ3を用いて半抜き加工を行い,半抜き加工により,被加工材Mを塑性変形させて凹部を形成するに当たり,凹部の溝底の形状を平坦にすることが記載されていると認められる。
ウ 次に,甲6公報の「このラチェットロアアーム10は,図4及び図5に示すように,鋼板Kをプレスすることにより製作される。鋼板Kはプレス型30に設けられた上型31と下型32との間に挟持され,上型31の上下方向の貫通孔31a内で駆動するパンチ40によって半抜きでき,上記した薄皿状部11が形成される」(段落【0014】),「パンチ40は,薄皿状部11の上段に対面する円筒状のパンチ41と,その内部にあって薄皿状部11の底壁12をプレスする円柱状のパンチ42とを備えている」(段落【0015】),「パンチ42は,薄皿状部11の底面12内径と同じ径の円柱状に形成され,その周面には,複数の歯14a同士の間をプレスする複数のプレス歯43が設けられている。・・・このプレス歯43のパンチ底面44側の端部には,図7に示すように,平面状をなすパンチ底面44から突出するように底面突部45が形成されている」(段落【0017】),「この実施の形態において,底面突部45は傾斜面46より図において右側の平坦面48がプレス歯43の歯底面と曲率半径bの角部曲面47bをなして連続している」(段落【0019】)との記載並びに被成形部品であるラチェットロアアームの平面図である【図1】,ラチェットロアアームの薄皿状部の部分断面図である【図2】,その拡大断面図である【図3】及びパンチの部分断面図である【図7】の図示によれば,薄皿状部11は,底面12を囲む凹部を有し,また,鋼板Kはパンチ42で半抜きされてラチェットロアアームの薄皿状部に加工される際,塑性変形させられるとともに,パンチ42の底面突部45の平坦面48により,その凹部の溝底は平坦に形成されることが明らかである。したがって,甲6公報には,凹状のパンチ42を用いて半抜き加工を行い,半抜き加工により,鋼板Kを塑性変形させて凹部を形成するに当たり,凹部の溝底の形状を平坦にすることが記載されていると認められる。
エ 甲5公報及び甲6公報の上記記載によれば,一般の金属板半抜き加工技術において,凹状となっている治具を用いて半抜き加工を行うこと,すなわち,金属板に該半抜き加工により形成された凹陥部外周部の凹部の溝底の形状が平坦となるという本件技術手段が記載されていることは明らかである。
原告は,甲5公報では,成形時の剪断変形部へ材料を効果的に供給して亀裂の発生を防止するために,突出部33を備えたパンチ3のほかに,少なくとも,パンチ3に対向して位置する逆押えパンチ6と外方へ開くテーパ面を成すダイ孔51開口縁の切り刃52とを必要としているのであるから,甲5公報の記載内容からは,単に突出部33を備えたパンチ3のみを用いた半抜き加工の技術を観念することはできず,甲6公報も,底面突部45を備えたパンチ42は,特にラチェットロアアーム10を製作するための治具であって,少なくとも,プレス歯43を備えていることとプレス加工時にエジェクタ34と協働することを必須の前提事項としているから,甲6公報の記載内容からは,単に底面突部45を備えたパンチ42のみを用いた半抜き加工の技術を観念することはできないと主張する。しかしながら,甲5公報及び甲6公報が,原告の主張するようなものであっても,これに接した当業者は,半抜き加工により被加工材を塑性変形させて凹部を形成する際,当該凹部の溝底の形状を平坦にするという技術手段を理解するに当たって,原告主張に係る甲5公報及び甲6公報記載の発明の目的や他の構成要素を,本件技術手段と一体不可分なものとして理解しなければならない理由はないから,当業者は,本件技術手段を,一般の金属板半抜き加工技術として,任意に転用可能な技術手段であると理解するというべきである。
さらに,原告は,甲5公報及び甲6公報に開示された,金属板に半抜き加工により形成された凹陥部外周部の凹部の溝底の形状が平坦となるような一般の金属板半抜き加工技術は,べら針の側板部に形成された凹陥部に適用することができないものであることは明らかであり,しかも,甲5公報に記載された半抜き成形方法の場合,被加工材Mは,ダイ孔51によって円筒形ではなく,円錐台形に成形されており,支軸半体部を実質的に円筒形に形成しようとする本願発明の目的,作用とは明らかに反しているから,甲5公報及び甲6公報には,べら針の側板部に形成された凹陥部の外側区域に平坦な溝底を有する凹部を形成するという加工法は,記載も示唆もなく,このような加工法が周知であるということはできないとも主張する。しかしながら,支軸半体部を実質的に円筒形に形成することは,後記(2)のとおり,本件発明の構成に基づくものではなく,また,審決が周知技術として認定した本件技術手段は,一般の金属板半抜き加工技術に係る技術手段であって,べら針の側板部に形成された凹陥部の外側区域に平坦な溝底を有する凹部を形成する加工法ではないから,原告の上記主張は,前提において誤りである。さらに,甲5公報及び甲6公報記載の発明の目的や他の構成要素を,本件技術手段と一体不可分なものとして理解しなければならない理由はなく,当業者は,本件技術手段を,一般の金属板半抜き加工技術として,任意に転用可能な技術手段であると理解することは上記のとおりであるところ,本件技術手段を,べら針の側板部に形成された凹陥部に適用することができないとする理由は見当たらない。
オ 以上検討したところによれば,本件技術手段を周知技術として認定し,これを引用例発明に適用することの容易想到性を肯定した審決の判断に誤りはない。
(2) 本願発明の顕著な作用効果について 原告は,本願発明は,支軸半体部(11,12)を形成するための凹陥部(24)を,底部(26)と底部(26)を囲む平坦な溝底(29)を有する凹部(20)とから構成し,さらに,凹部(20)の内側の溝側面(32)を円筒形又は円錐台形に形成して底部(26)と溝底(29)との間に段部を形成することによって,支軸半体部(11,12)は,正確に円筒形に形成されるとの作用効果を奏するものであるところ,引用例発明は,凹陥部の底部を成すスラグ27の外側の凸面28は,連続的に湾曲する球状面であって,本願発明の凹陥部のような明確な二重構造を形成するものではないから,上記作用効果を奏することはできないと主張する。
しかしながら,本願発明は,べら針の製造方法に係る発明ではなく,べら針に係る物の発明であって,支軸半体部の構成について,「該凹陥部(24)に対応する該側板部(8,9)の内壁から該べら(5)の該べら穴(14)に嵌合するように突出形成され該べら(5)をそのべら穴(14)内で軸支する支軸半体部(11,12)」と規定しているにすぎず,その形状については何ら規定していない。そして,引用例発明が,「該凹陥部に対応する該側板部の内壁から該べらの該べら穴に嵌合するように突出形成され該べらをそのべら穴内で軸支する支軸半体部」(審決謄本3頁第3段落)との構成を有することは,原告の自認するところであり,支軸半体部に係る両者の構成に差異はない。したがって,支軸半体部が正確に円筒形に形成される効果を奏するという支軸半体部の形状に係る原告の主張は,本願発明の構成に基づかないものであり,失当というほかない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴