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関連審決 訂正2012-390152
無効2012-800022 訂正2013-390117
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事件 平成 26年 (行ケ) 10229号 審決取消請求事件

原告日新産業株式会社
訴訟代理人弁護士 内田清隆 弁理士 大谷嘉一 西孝雄
被告大昭和精機株式会社
訴訟代理人弁護士 小池眞一 小池律子 弁理士 北村修一郎 山ア徹也
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2015/04/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が無効2012-800022号事件について平成26年9月5日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,特許無効審決の取消訴訟である。争点は,実施可能要件(平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項)の充足の有無である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 原告は,名称を「位置検出器及びその接触針」とする発明についての特許(本件特許,特許第4072282号)の特許権者である。(甲40) 本件特許は,平成11年4月7日に出願され(特願平11-100559号),平成20年1月25日に設定登録(請求項の数4)がされた。(甲40) (2) 審判の経過 ア 一次審決 被告が,平成24年3月6日付けで本件特許の請求項1〜4に係る発明についての特許の無効審判請求(無効2012-800022号)をしたところ,特許庁は,平成24年9月18日,特許第4072282号の請求項1から4までのそれぞれ 「に係る発明についての特許を無効とする。 との審決 」 (一次審決)をした。
(甲39,46) 一次審決について,原告は,その取消しを求めて知的財産高等裁判所に審決取消訴訟(平成24年(行ケ)第10367号)を提起するとともに,平成23年法律第63号による改正前(以下,単に「改正前」という。)の特許法126条2項に規定する法定期間内である平成24年12月3日,請求項1を削除し,請求項2〜4を順次繰り上げる等の内容の訂正審判請求(訂正2012-390152号)をした。(甲47,48) 知的財産高等裁判所は,同年12月25日,改正前特許法181条2項の規定により,一次審決を取り消すとの決定をし,そのころ,同決定は確定した。(甲48) イ 二次審決 一次審決が取り消されて審判官に差し戻されたことから,特許庁は,更に審理をし(改正前特許法134条の3第5項の規定により,上記アの訂正審判の請求書に添付された訂正明細書の内容の訂正請求がされたものとみなされた。 ,平成25年5 )月27日, 「訂正を認める。特許4072282号の請求項1から3までのそれぞれに係る発明についての特許を無効とする。」との審決(二次審決)をした。
(甲54) 二次審決について,原告は,その取消しを求めて知的財産高等裁判所に審決取消訴訟(平成25年(行ケ)第10182号)を提起するとともに,改正前特許法126条2項に規定する法定期間内である平成25年8月20日,訂正審判請求(訂正2013-390117号)をした。(甲55〜57) 知的財産高等裁判所は,同年9月27日,二次審決を取り消すとの決定をし,そのころ,同決定は確定した。(甲57) ウ 本件審決 二次審決が取り消されて審判官に差し戻されたことから,特許庁は,更に審理をしたところ(改正前特許法134条の3第5項の規定により,上記イの訂正審判の請求書に添付された訂正明細書の内容の訂正請求がされたものとみなされた。 ,原告 )は,平成26年1月17日付けで訂正請求(本件訂正)をした。(甲63) 特許庁は,平成26年9月5日, 「訂正を認める。特許4072282号の請求項1から3までのそれぞれに係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同月15日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨 本件訂正後の本件特許の請求項1〜3(以下,項番号に従い「本件訂正発明1」のようにいい,本件訂正発明1〜3を併せて「本件訂正発明」という。)に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(なお,以下,本件訂正後の明細書及び図面を「本件訂正明細書」という。。
) (甲63) (1) 本件訂正発明1 「 電気的に絶縁された状態で所定の安定位置を保持する微小移動可能な接触体 (5)と, 当該接触体に接続された接触検出回路(3,4)とを備え, 当該接触検出回路で接触体(5)と被加工物との接触を電気的に検出する位置検 出器において, 接触体(5)が接触部である先端の球体(16)と当該球体を本体から離れた位置 に保持する細長い柄杆(17)とを含む接触針であり,前記柄杆が非磁性材で製作 され, 前記球体がタングステンカーバイトの微粉末に4〜16%のニッケルを結合材 として加え,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転 動させながら研磨することで得られた非磁性材であることを特徴とする,位置検 出器。」 (2) 本件訂正発明2「 細長い柄杆(17)とその一端に固定された球体(16)とを備え, 前記球体がタングステンカーバイトの微粉末に4〜16%のニッケルを結合材 として加え,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転 動させながら研磨することで得られた非磁性材で製作され,前記柄杆がベリリュ ーム銅を時効硬化処理した非磁性材で製作されている,位置検出器の接触針。」 (3) 本件訂正発明3「 タングステンカーバイトの微粉末に4〜16%のニッケルを結合材として加え, 型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転動させながら 研磨することで得られた非磁性材で製作された球体(16)であって,その周面に 柄杆(17)の先端に螺合する雄ネジ(18)が接合されている,位置検出器の接触 針の接触部材。」 3 審決の理由の要点 以下では,本件訴訟の争点(実施可能要件の充足の有無)と関連のある部分のみを掲記する。
(1) 乙第5方法 「日新産業株式会社代表Aがマーキュリーサプライシステム株式会社に連絡した非磁性超鋼ボールの製造指示書」(甲35〔審判乙5〕,以下「乙5製造指示書」という。)に記載された製造方法(乙第5方法)は,次のとおりと一応認められる。
「 タングステンカーバイトの粉末94%とニッケルの粉末6%とを混合し, 金型内で1430℃に2時間保持して焼結し, 焼結炉の温度を制御し,焼結物のいくつかを1430℃から空冷で焼き入れし て,非磁性であれば,全ての焼結物を同じ条件で冷却し,焼結物を研磨し,測定 と検査に合格すれば受け入れ可能な製品とし, 非磁性でなければ,再び焼結炉の温度を制御し,焼結物のいくつかを1300℃ から空冷で焼き入れして,同じことを繰り返し, 以下,温度を1200℃,1100℃,1000℃に変更して同じことを繰り 返し, 1000℃から空冷で焼き入れしても非磁性でなかったときは,終了する。」 (2) 乙第5方法による製造可能性 @ 原告において本件訂正発明の実施品であると主張する「スタイラスST6×29NMの球体」が,乙第5方法によって製造されたものかどうかは判然とせず,その透磁率の測定結果,成分分析の結果及び含有炭素量の分析結果から,乙第5方法によって非磁性材である球体を製造できることが示されているとはいえない。
A 約1000℃の高温域で非磁性になったニッケルを急冷して常温に戻すという乙第5方法によって,常温で非磁性のニッケルになるという現象が現実のものであることを示す証拠はない。
B 乙5製造指示書を受け取ってからも5年近くの間,試行錯誤を重ねる必要があったことは,乙第5方法を単に実行するだけでは非磁性超硬合金を製造すること ができなかったことをうかがわせる。
C 以上から,乙第5方法によって非磁性材である球体を製造することができると認めることはできない。
(3) 本件明細書における乙第5方法の記載の有無 乙第5方法が本件訂正明細書発明の詳細な説明に記載されているというためには,少なくとも,1000℃以上のニッケルを急冷することが,本件訂正明細書発明の詳細な説明に記載されていなければならない。
しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明の記載 【0009】 【0012】 ( 〜【0015】 から, ) 1000℃以上のニッケルを急冷することを読み取ることはできない。
以上から,乙第5方法が本件訂正明細書発明の詳細な説明に記載されていると認めることはできない。
(4) 乙第5方法により製造された球体と本件訂正発明の非磁性材である球体 との同一性 本件訂正発明の非磁性材の製造方法(本件製造方法)は,タングステンカーバイトの微粉末に4〜16%のニッケルを結合材として加えた混合物を,他の成分を添加することなく,球形の型に入れて液相焼結するという製造方法によって製造されたものである。
本件製造方法は,焼結物を急冷する工程を含まないから,乙第5方法とは異なる方法である。
したがって,本件訂正発明の非磁性材である球体は,乙第5方法で製造されたものではない。
(5) まとめ 以上から,@乙第5方法によって非磁性材である球体を製造することができると認められず,A乙第5方法が本件訂正明細書発明の詳細な説明に記載されていると認められず,又はB本件訂正発明の非磁性材である球体は,乙第5方法により製 造されたものとは認められない。
そうすると,いずれにせよ,本件訂正明細書発明の詳細な説明は,当業者が本件訂正発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
原告主張の審決取消事由(実施可能要件の充足の有無に対する判断の誤り)
1 実施可能要件の充足について 本件訂正明細書発明の詳細な説明の【0011】に「高温で焼結し,溶融状態のものを成形した」とあるとおりに,当該球体を,次の研磨工程に移すために溶融温度で炉外に取り出せば,そのことにより非磁性材となる。
そうすると,本件訂正明細書発明の詳細な説明実施可能要件を充足しないとした審決の認定判断には,誤りがある。
2 乙第5方法について 審決は,乙第5方法によっては非磁性材である球体を製造することはできないとするが,乙第5方法によれば,それは可能である。なお,審決は,乙第5方法には急冷という工程が含まれると認定しているが,乙5製造指示書は,焼結物を炉内から取り出す工程を「Air Cooling」と表現したものであり,特別に急冷という工程を必要としているものではない。上記記載は,高温の状態から炉外に取り出せば外の環境にて冷却される当然のことを示しているにすぎず,本件訂正明細書も,このような視点から,空冷についての記載がないのである。
本件訂正発明の実施例に含まれる乙第5方法のとおり,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転動させながら研磨する工程に移すために型から取り出せば,当該球体は小さいことから冷却速度が速く,その結果,非磁性の球体となる。
3 甲74実験について 平成26年10月20日に株式会社ノトアロイが実施した実験(甲74実験)に よると,@WC(タングステンカーバイド)粉末とNi(ニッケル)粉末を混合し,A室温にて球体に金型で圧粉成形し,Bこれを1450℃で2時間保持してニッケルを溶融状態にして液相焼結を行い,さらに,C前記過程までに非磁性化している球体を1150℃に昇温保持した後に炉外に取り出して冷却したところ,球体は非磁性のままであることが確認できた。
このように,タングステンカーバイトの粉末とニッケル粉末とを混合し,ニッケルが溶融する状態まで加熱することで液相焼結を行い,その後に炉外に取り出すことによって非磁性化するという過程が裏付けられている。
被告の反論
1 実施可能要件の充足について 原告は,審判手続においては,非磁性化のために急冷が必要と主張していたが,本件訂正明細書には,その手法又は条件の記載はない。当業者は,本件訂正明細書について,技術常識を踏まえれば,型内で焼結を行う真空焼結炉において,室温付近まで降温した後に炉内から球体を取り出し,その後にしばらく安定してから転動研磨工程に移行したと理解するものであり,乙第5方法のような手法を読み取ることはない。
そうすると,仮に,急冷又は空冷による非磁性化の手法があり得たとしても,かような現在ですら一般的でない特殊な技術的事項を,本件訂正明細書から読み取ることはできない。
よって,実施可能要件を充足しないとした審決の認定判断には,誤りはない。
2 乙第5方法について その内容が信用できないことは,審決が説示するとおりである。
また,乙第5方法が,本件特許出願時の技術常識であったとはいえない。
3 甲74実験について 甲74方法は,型内焼結ではなく,あらかじめ型内で球形に成形した後に焼結を しているのであり,乙第5方法とも本件製造方法とも合致していない。
焼結後の空冷も,真空焼結炉内をガス雰囲気に変更して冷却したとしか理解のできない降温速度が示されている。すなわち,精密機械である真空焼結炉において,1450℃の高温からいきなり焼結用治具を取り出せば真空焼結炉は壊れてしまうと考えられ,かといって,真空状態のままでは,1分当たり20〜30℃の降温速度を実現することはできない。そうであれば,このような降温速度は,技術常識からみて,真空焼結炉内にガスを注入してガス雰囲気に変更して実現されたと考えられる。この際,この注入ガスをもって炉内を脱炭素雰囲気に変更することも可能である。加えて,焼結後に直ちに球体を炉外に取り出して大気中で室温まで冷却したのであれば,大気との激しい反応が生じるはずであり,なぜ球体にスケールのこびりつきや表面の歪な凹凸,あるいは,急な冷却によるクラック等が発生していないのか,技術常識からは説明がつかない。
そうであれば,甲74実験は,乙第5方法で非磁性材である球体が得られることの裏付けとはならない。
当裁判所の判断
1 本件訂正発明について 本件訂正明細書によれば,本件訂正発明は,次のとおりである。
本件訂正発明は,接触により工作機械の工具又は工具取付軸と被加工物との相対位置を検出する位置検出器及びその接触針に関するものである(【0001】。
) 工作機械に取り付けられた被加工物の位置を接触により検出する位置検出器は,移動可能かつ所定の安定位置に付勢して保持された接触体を備えており,接触針を被加工物に接触させると,工作機械を通る電気回路が閉成されて,被加工物の位置が検出されることになる(【0002】【0003】。そこで,位置検出器の接触体 )には,電気導体であること,必要な硬さと耐摩耗性を備えていること等が要求される(【0005】。
) ところで,接触体は,通電状態と非通電状態とを繰り返すことにより,次第に磁気を帯びてくるため,切削加工等で生じた切粉が接触体に付着し,位置検出時に接触体と被加工物や工具との間に介在して測定誤差を生じたり,接触体を接近させたときに,磁力で接触針が被加工物の側方に引かれて僅かに傾き誤差を生ずるなどの問題点があった(【0006】。一方,接触体を非磁性金属材で製造すると,非磁性 )金属材は硬度が低く,被加工物や工具と当接離隔を繰り返すことにより,摩耗や変形による測定誤差を生じてしまう問題点があった(【0007】。
) 本件訂正発明は,耐久性があり測定誤差を生じない非磁性の接触体を得ることにより,正確な位置検出を可能にすることを課題としている(【0008】。
) この課題解決のために,本件訂正発明の位置検出器は,接触体の接触部である先端の球体が,タングステンカーバイトの微粉末に4〜16%のニッケルを結合材として加え,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転動させながら研磨することで得られた非磁性材で製作され,この球体を本体から離れた位置に保持する細長い柄杆が非磁性材で製作されるとの構成を有する(【0009】【0010】。
) このように,接触体を上記非磁性材で形成することにより,接触検出回路の開閉動作によって接触体が磁化するのを防止できるとともに,接触体の接触部に高い硬度を付与することができるため,接触部の摩耗や変形による位置検出精度の低下を防止できるとの作用効果を奏する(【0013】【0014】。
) 2 取消事由(実施可能要件の充足の有無に対する判断の誤り)について (1) 検討 ア 本件訂正明細書発明の詳細な説明の記載 本件訂正明細書には,次の記載がある。
「【0009】この出願の発明に係る位置検出器は,接触体(5)が接触部である先端の球体(16) と当該球体を本体から離れた位置に保持する細長い柄杆(17)とを含む接触針であり,前記 柄杆が非磁性材で製作され,前記球体がタングステンカーバイトの微粉末に4〜16%のニ ッケルを結合材として加え,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後 に転動させながら研磨することで得られた非磁性材であることを特徴とする。」「【0010】本発明に係る位置検出器は,接触体(5)が接触部である先端の球体(16)と当該球 体を本体から離れた位置に保持する細長い柄杆(17)とを含む接触針であり,前記柄杆が 非磁性材で製作され,前記球体がタングステンカーバイトの微粉末に4〜16%のニッケル を結合材として加え,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転動 させながら研磨することで得られた非磁性材であることを特徴とする。」「【0011】上記球体16は,タングステンカーバイトの微粉末に4〜16%,最適には6% 前後のニッケルを混入して高温で焼結し,溶融状態のものを成形したあと転動させながら研 磨することにより得られる。」「【0012】この出願の発明に係る位置検出器の接触針は,タングステンカーバイトの微粉末 に4〜16%のニッケルを結合材として加え,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形 に焼結し,その後に転動させながら研磨することで得られた非磁性材で製作された先端の球 体16と,ベリリューム銅を時効硬化処理した非磁性材で製作された細長い柄杆17とを備 えている。」「【0015】球体16は,タングステンカーバイトの微粉末に6%のニッケルを加えて高温下 でニッケルを溶融してタングステンカーバイトと混合し,型内で球形に焼結したものの周面 を研磨して真円とし,その周面の1ヶ所にSUS304の雄ネジ18を電気抵抗溶接して製 作されている。」 上記記載によると,本件訂正発明においては,焼結の対象(原料)は,タングステンカーバイトの微粉末に所定量のニッケルを結合材として加えた混合物であり,また,本件訂正明細書には,上記以外の他の微量添加元素を含むことについては何ら記載がないから,本件製造方法における焼結の対象(原料)には,タングステン カーバイトの微粉末とニッケル以外の他の微量添加元素は含まれないと解される。
また,タングステンカーバイトの微粉末については,本件訂正明細書には,具体的にどのようなものを使用するのかについて何ら記載がされていないから,通常の化学成分及び粒度を有するタングステンカーバイト粉を意味するものと認められ,本件製造方法には,通常のタングステンカーバイト粉よりも炭素含有量を相当程度少なくした特殊なタングステンカーバイト粉を使用する場合は含まれないと解される。
さらに,本件製造方法においては,型内での焼結が行われるが,型の内外で雰囲気が遮断されるため,脱炭雰囲気中での焼結によりタングステンカーバイトから炭素を除去することができないことは明らかである。しかも,本件訂正明細書にも,脱炭雰囲気中での焼結については何ら記載がないから,本件製造方法には,脱炭雰囲気中で焼結する場合は含まれないと解される。
なお,本件訂正明細書の「型内で球形に焼結したものの周面を研磨して真円とし」(【0015】)との記載によれば,焼結後に転動させながら研磨するのは,球体を真円(真球)とするためであり,球体を構成する非磁性材の非磁性化に寄与する工程ではないと考えられる。
以上によれば,本件製造方法とは,接触部の先端の球体を構成する非磁性材を,通常のタングステンカーバイトの微粉末に4〜16%のニッケルを結合材として加え,型内で当該混合物を溶融し,当該混合物を球形に焼結することのみにより製造するものといえる。
実施可能性について タングステンカーバイトは非磁性体であり,ニッケルは強磁性体であるから,タングステンカーバイト―ニッケル系超硬合金の非磁性化は,強磁性体であるニッケルを非磁性化することにより達成されるものであることは明らかであり,この非磁性化のための手段としての技術常識は,次の@及びAのとおりであると認められる。
@ タングステンカーバイト―ニッケル系超硬合金における炭素含有量を少なく することにより,タングステンをニッケル中に固溶させ,ニッケルの格子定数を変化させる。具体的には,原料であるタングステンカーバイト粉末として,炭素含有量が通常よりも不足のもの(WC中に少量のW2Cを含むもの)を用いるか,焼結を脱炭雰囲気中で行うことにより,炭素含有量を少なくする。(甲2,23) A タングステンカーバイト―ニッケル系超硬合金の原料に,タングステン,クロム,モリブデン,タンタル等を添加することにより,これらの元素をニッケル中に固溶させ,ニッケルの格子定数を変化させる。(甲2,4,23) 以上の技術常識に照らすと,本件製造方法は,前記のとおり@及びAのいずれの手段も採用するものではないから,非磁性化を可能とするための通常知られている手段を有するとはいえない。
ウ 原告の主張に対して (ア) 乙第5方法について 原告は,型内でニッケルを溶融及び当該混合物を球形に焼結し,その後に転動させながら研磨する工程に移すために型から取り出せば,小さい球形のため冷却が速く,非磁性の球体が製造される旨を主張する。
仮に,乙第5方法によって非磁性の球体を製造することができ,しかも,冷却自体については特段の工程又は手法を要しないとしても,本件訂正明細書には,上記アのとおり,乙5製造指示書と異なり,焼結温度,焼結時間等の製造条件の記載はなく,また,溶融状態のまま炉外で空冷する旨の記載もない(これを「急冷」と表現するか, 「空冷」と表現するかは,用語の問題であり,審決も,急冷するための特別の工程を必要としたものではない。。したがって,当業者が,本件訂正明細書の )記載をみても乙第5方法を実施できないことは明らかであり,また,乙第5方法が技術常識でないことは,上記イの説示のとおりである。
原告の主張は,本件訂正明細書発明の詳細な説明に記載されておらず,また,技術常識ともいえない事項に基づいて,本件訂正明細書発明の詳細な説明実施可能要件を満たすことを主張するものである。
したがって,原告の上記主張は,失当である。
(イ) 甲74実験について 原告は,甲74実験により,タングステンカーバイトの粉末とニッケルとを混合し,ニッケルが溶融する状態まで加熱して炉外に取り出せば非磁性を得られることが裏付けられている旨を主張する。
しかしながら,甲第74方法は,金型で圧粉成形した球体を焼結用治具上に整列させて,真空焼結炉において,5〜7℃/分で1450℃まで昇温し,2時間保持の後に,炉外に取出す(この時点で非磁性化が達成されているとする。)という製造方法であるから,仮に当該方法により非磁性化が達成できたとしても,特定の製造条件を前提とする同方法によって,単に「型内で焼結」するとの本件製造方法実施可能性が裏付けられるものではない。さらに,上記(ア)同様に,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,焼結温度,焼結時間,空冷等の製造条件の記載はない。
原告の主張は,上記(ア)と同様に,本件訂正明細書発明の詳細な説明に記載されておらず,また,技術常識ともいえない事項に基づいて,本件訂正明細書発明の詳細な説明実施可能要件を満たすことを主張するものである。
したがって,原告の上記主張は,失当である。
エ 小括 以上のとおりであり,本件訂正明細書発明の詳細な説明は,当業者が本件訂正発明の実施ができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。
(2) まとめ 以上によれば,本件訂正明細書発明の詳細な説明実施可能要件を欠くから,審決の認定判断には,誤りはない。
結論
よって,原告が主張する取消事由は理由がないから,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 清水節
裁判官 中村恭
裁判官 中武由紀