審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
---|---|---|
平成25行ケ10106審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ1025 特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成29ワ24210 特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10282審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24ワ6435特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
24年
(ワ)
12351号
損害賠償等請求事件
|
---|---|
新潟県長岡市<以下略> 原告越後製菓株式会社 同訴訟代理人弁護士 高橋元弘 同 末吉亙 同 補佐人弁理士中島淳 同 小田富士雄 同訴訟代理人弁理士 清武史郎 同 坂手英博 同 吉井雅栄 新潟市東区<以下略> 被告佐藤食品工業株式会社 同訴訟代理人弁護士 宍戸充 同 矢嶋雅子 同 岩瀬ひとみ 同 紋谷崇俊 同訴訟復代理人弁護士 細野敦 |
|
裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2015/04/10 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 被告は,原告に対し,7億8277万8332円及びこれに対する平成24年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを5分し,その3を原告の,その余を被告の負担- 1 -とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 |
事実及び理由 | |
---|---|
請求の趣旨
1 被告は,原告に対し,19億1595万円及びこれに対する平成24年5月 29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 仮執行宣言 |
|
事案の概要
1 事案の要旨 本件は,発明の名称を「餅」とする特許権(特許第4111382号)を 有する原告が,被告に対し,被告が製造・販売する製品(別紙被告製品図面 (斜視図)のとおりの構成を有する切餅,及び,当該切餅が鏡餅の形状をし た容器の中に内包されている製品。以下,これらを総称して「被告製品」と いう。なお,別紙代表製品目録記載1ないし20の切り餅又は鏡餅を含むが, これらに限られない。)は上記特許に係る発明の技術的範囲に属し,これら を製造,販売,輸出する被告の行為は原告の特許権を侵害すると主張して, 不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求として18億8595万円 及び不当利得返還請求として3000万円の合計19億1595万円並びに これに対する平成24年5月29日(訴状送達の日の翌日)から支払済みま で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 2 前提事実(証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。なお,書 証の枝番号については,特に記載しない限り省略する場合がある。以下,同様 である。) (1) 当事者 原告は,菓子類,餅類,麺類,総菜類その他食品の製造及び卸販売等 を業とする株式会社である。 被告は,餅の製造及び販売等を業とする株式会社である。 (2) 原告の有する特許権 原告は,次の特許権を有している(請求項の数2。以下「本件特許権」と いい,これに係る特許を「本件特許」と,その請求項1の発明を「本件発明」 という。)。 特許番号 特許第4111382号 発明の名称 「餅」 出願日 平成14年10月31日 審決日 平成20年3月24日 登録日 平成20年4月18日 その特許請求の範囲,明細書及び図面の内容は,別紙特許公報(甲2)記 載のとおりである(以下,上記明細書及び図面を「 本件明細書等」とい う。)。〔甲1,2,弁論の全趣旨〕(3) 本件発明の構成要件 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件 を記号に従い「構成要件A」などという。)。 A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である 切餅の B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面 である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向 に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け, C この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向として この周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である 側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として, D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持 ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化し た中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部へ の噴き出しを抑制するように構成した E ことを特徴とする餅。 (4) 被告の行為及び被告製品の構成 被告は,少なくとも,平成20年5月1日から同23年まで,別紙被告製 品図面(斜視図)記載のような形状及び切り込みが入った別紙代表製品目録記 載1ないし20の切り餅又は鏡餅(以下「被告製品」という。)を製造,販売 していた。ただし,被告は,被告が製造・販売した被告製品は,別紙被告製品 説明書のとおりであると主張している。 (5) 被告製品の構成要件充足性 被告製品が本件発明の構成要件A,C,Eを充足することについては当事者 間に争いがない。 (6) 本件に至る経緯 ア 本件特許の出願経過等 (ア) 本件特許の出願から拒絶査定に至るまでの経緯 原告は,平成14年10月31日,本件特許に係る特許出願(特願2 002-318601号。請求項の数8。以下「本件特許出願」といい, その願書に添付した明細書を,図面を含め「出願当初明細書」という。) をした。〔乙1の1〜1の4〕 平成16年5月27日に本件特許出願につき公開(特開2004-1 47598号)がされた。〔甲2〕 これにつき原告は,平成17年5月27日付けで拒絶理由通知を受け た。〔乙2〕 原告は,同年8月1日付けで,出願当初明細書記載の特許請求の範囲 等の補正(請求項の数5)をする手続補正書を提出するとともに,同日 付け意見書及び意見書記載の参考資料として手続補足書を提出した。 〔乙4の1〜4の3〕 手続補足書では,側周表面の全周のみに切込みを入れた製品と切込み なしの従来品との対比実験を行い,「本発明の切り込みを側周表面全周 に設けた実施製品」として「越後生一番きりもち」及び「越後生一番ま るもち」の写真を掲載した参考資料を提出した。〔乙4の3〕 その後,原告は,同年9月21日付けで更に拒絶理由通知を受けた。 〔乙5〕。 原告は,同年11月25日付けで,特許請求の範囲等の補正(請求項 の数6)をする手続補正書を提出するとともに,同日付け意見書及び手 続補足書を提出した。〔乙6の1〜6の3〕 これに対し,特許庁審査官は,平成18年1月24日付けで拒絶査定 をした。そこにおいて,審査官から,不服審判請求をする場合には,切 餅に関する発明について,被告による平成14年9月6日付けの特許出 願(以下「被告第1特許出願」という。その公開公報は特願2002- 261947号〔特開2004-97063号(乙133)〕)の願書 に最初に添付された明細書及び図面(以下「先願明細書等」といい,そ こに記載された請求項1の発明を「先願発明」という。)に記載された 発明と同一とならないよう留意すべきこと,切り餅などの輪郭形状が方 形の小片餅体はどの面を載置底面とすることもできる旨が付言されてい る。〔乙7〕(イ) 拒絶査定不服審判請求から設定登録に至るまでの経緯 原告は,平成18年2月27日付けで上記拒絶査定に対する不服審 判請求(不服2006-3586号事件。乙10)を行い,同年3月 29日付けで,特許請求の範囲等の補正(請求項の数5)をする手続 補正書及び審判請求書の請求の理由を変更する手続補正書を提出し, 更に同月31日付け手続補足書を提出した。この際に,本件発明の構 成要件Dに当たる部分が追加された。〔乙8の1〜8の3〕 原告は,特許庁審判官から審尋の通知を受けた。〔乙11〕 これに対し,原告は,平成19年1月4日付け回答書を提出した。 〔乙12〕 しかし,原告は,平成20年2月19日付けで,本件特許出願と同 日になされた特願2005-22022号(特許第3817255号。 本件特許出願からの分割出願。)と同一であり特許法39条2項によ り特許を受けることができないとする内容の拒絶理由通知を受けた。 〔乙13〕 原告は,同月29日付けで,特許請求の範囲等の補正(請求項の数 2)をする手続補正書を提出するとともに,同日付け意見書を提出し た。〔乙14の1,2〕。 特許庁審判官は,平成20年3月24日付けで,「原査定を取り消 す。本願の発明は,特許すべきものとする。」との審決をした。〔乙 15〕 原告は,同年4月18日,本件特許権の設定登録(請求項の数2) を受けた。 イ 原被告間の紛争に至る経緯 被告は,原告から本件特許権の侵害に関する通知を受けたところ,原 告からの平成20年10月6日付け通知に対して,被告は,代理人A弁 理士(以下「A弁理士」といい,その所属事務所を「A弁理士事務所」 という。)作成の平成20年10月27日付け「回答書」(甲40)を 原告に送付した。その回答書には,「当社は,貴社特許権に係る特許出 願日前に,載置底面と平坦上面の両方に切り込み部を設けた切り餅を販 売しております。貴社ならば,この事実を知らないはずはなく,このた め,貴社は出願時に,特許請求の範囲から載置底面と平坦上面に切り込 み部等を設けた切り餅を意識的に除外したものと思料いたします。した がいまして,その他の事項を考慮することなく,当社製品の製造・販売 行為は貴社特許権を侵害するものではないものと思料いたします。」と の記載がある。 ウ 本件特許権についての先行する侵害訴訟事件,原告による催告の経緯等 (ア) 本件に先行する特許権侵害訴訟の一審判決に至るまでの経緯 原告(当事者表示,書証番号は特に断らない限り本件による。以下, 同様である。)は,被告に対し,平成21年3月11日付けで,別紙代 表製品目録記載1ないし5の製品(以下「先行事件製品」という。)が, 本件発明の技術的範囲に属すると主張して,特許権侵害に基づき,その 製造の差止め等を求める訴えを当庁に提起した(平成21年(ワ)第7 718号特許権侵害差止等請求事件,以下「先行事件」という。乙16 3〔訴状〕)。 そこにおいて,被告は,本件発明は,被告により遅くとも平成14年 10月21日に発売された「こんがりうまカット」において,上下面に 十字のスリットがあるほか 表面の長辺にも1本のスリット(以下 る。)が入れられた餅が販売されたことにより公然実施された発明ない し公然知られた発明であり,新規性を欠如する旨を主張した。具体的に は,被告は平成14年10月16日から同月18日までの間に,その「こんがりうまカット」を合計8249ケース製造し,同月19日,株式会社イトーヨーカ堂(以下「イトーヨーカ堂」といい,同社が経営する店舗を「イトーヨーカドー」という。)に納品し,同社はその経営する店舗であるイトーヨーカドーにおいて,同月21日から販売したとした。被告は,被告の主張に沿う証拠として公証人川島貴志郎が,被告の保管する餅を確認したとする平成21年6月30日付け事実実験公正証書(甲30の1〔先行事件乙1〕,乙33〔後記乙33公正証書〕),被告社員のB(以下「B」という。)が公証人川島貴志郎の面前で宣誓した平成21年7月27日付け陳述書(甲30の2の1〔先行事件乙2の1〕),平成14年10月25日に上記「こんがりうまカット」がイトーヨーカドー横浜別所店(甲30の4の1ないし3〔先行事件乙4の1ないし4の3〕)及び東村山店(甲30の4の4〔先行事件乙4の4〕)で販売されたことにかかる各写真のほか,株式会社山由製作所(以下「山由製作所」という。)が被告に対しサイドスリットカッターにつき平成14年7月22日に見積もりをし,同年9月30日に納品したことに係る見積書,納品書,請求書(甲30の17ないし19〔先行事件乙17ないし19〕),山由製作所が平成14年9月20日付けで作成したサイドスリットカッターの図面(甲30の20〔先行事件乙20〕)等を書証として提出した。〔甲29の1ないし4〕 これに対し原告は,平成21年10月15日付け及び平成22年1月22日付けで,イトーヨーカ堂の食品事業部のバイヤーであったC(以下「C」という。)の各陳述書(甲27,28〔先行事件甲32,33〕)を提出した。同人の各陳述書には,平成14年の秋口にイトーヨーカドーの店舗で販売された「こんがりうまカット」については,イトーヨーカ堂での取扱が再開されたきっかけとなる商品であったことから極めて鮮明に覚えているところ,その上下面にのみには切り込みがある が,側面には切り込みはなかったこと等が記載されていた。〔甲27, 28〕 そして,この点に関する証拠調べとして,平成22年5月13日に, C及びBの各証人尋問が行われた(その結果は,甲17〔C尋問調書〕, 18〔B尋問調書〕)。また,上記C,Bの各証人尋問終了後の平成2 2年5月27日には,平成14年10月21日からイトーヨーカドーで 販売された「こんがりうまカット」には上下面のほかにサイド面にスリ ット加工(切り込み)があったが,サイド面のスリット加工は効果の割 に衛生面や製造ロスの面でリスクが大きく,微生物汚染事故を起こしか ねないことを考慮して同年11月22日分からサイド面のスリットをな くし上下面のみとしたことに係る平成14年11月27日にD(以下 「D」という。)が作成した報告書(甲30の27〔先行事件乙27〕) 等の書証も提出した。〔甲29の6〕 東京地裁は,平成22年11月30日,先行事件製品は本件発明の技 術的範囲に属しないとして,原告の請求をいずれも棄却する判決をした。 〔乙16〕(イ) 控訴審における中間判決までの経緯 これに対し原告が控訴した(知財高裁平成23年(ネ)第10002 号特許権侵害差止等請求控訴事件)ところ,知財高裁は,平成23年9 月7日,先行事件製品は本件発明の技術的範囲に属し,本件特許に係る 発明につき,@明確性要件(特許法36条6項2号),Aサポート要件 (特許法36条6項1号)違反,B構成要件B,Cについての実施可能 要件(特許法36条4項1号)違反,C構成要件Dについての実施可能 要件(特許法36条4項1号)違反,D被告が平成14年10月21日 が入っていたことによる新規性欠如,E同じくその「こんがりうまカッ ト」の発明に基づく進歩性欠如を理由として特許無効審判により無効と されるべきものとは認められないとの中間判決をした。そこにおいて, 上記公然実施の点については,本件特許出願前の平成14年10月21 日に発売された「こんがりうまカット」に,上下面のみならず側面にも 切り込みが施されていたとは認められず,被告主張の無効理由はないと した。 (ウ) 原告による損害賠償金支払の催告 上記中間判決後,原告は,被告に対し,平成23年10月28日付け 内容証明郵便において,先行事件製品に限られず本件発明の技術的範囲 に属する被告の製造販売にかかる製品について,本件特許権の侵害に基 づく損害賠償金の支払を求める催告をし,同催告は同月31日に被告に 到達した。〔甲6の1,2〕 (エ) 控訴審における終局判決の経緯等 知財高裁は,平成24年3月22日,原判決を取り消し,@先行事件 製品の製造,譲渡,輸出及び譲渡の申出の差止め,A先行事件製品及び その半製品並びにこれらを製造する装置である「整餅後に冷却整形して 製造した切り餅の立直側面に切り餅と接触する刃物を用いて切り込み部 を設ける機械装置」の廃棄,B特許法102条2項に基づき,被告が平 成20年5月1日から平成23年10月31日までの先行事件製品の販 売により得た利益の額に相当する7億2977万9264円と,弁護士 費用及び弁理士費用7298万円の合計8億0275万9264円及び これに対する年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で原告 の請求を認容し,その余の請求を棄却する判決をし,上記@ないしBに つき仮執行宣言を付した。この判決は,その後確定した。 エ 本件特許について,被告らが提起した無効審判請求等の経緯 (ア) 被告による無効審判請求(無効2009-800168号。以下「第一次無効審判請求」という。)の経緯等 被告は,本件特許に係る発明につき,@明確性要件(特許法36条6項2号),Aサポート要件(特許法36条6項1号)違反,B構成要件B,Cについての実施可能要件(特許法36条4項1号)違反,C構成要件Dについての実施可能要件(特許法36条4項1号)違反,D被告が平成14年10月21日以降販売した切餅である「こんがりうまカット」に よる新規性欠如,E同じくその「こんがりうまカット」の発明に基づく進歩性欠如を理由として,無効審判請求(無効2009-800168号)をした。 これに対しては,平成22年6月8日に請求不成立の審決(甲15添付,乙21)がされ,被告は知財高裁に審決取消訴訟を提起した(平成22年(行ケ)第10225号)。知財高裁は,平成23年9月7日,@構成要件Dの記載は,角形の切餅に関し,焼き上げるに際して,均等膨化したもの,及び,不均一に膨化したものの両者を含むものとして特定しているものと理解することができ不明確な点はない,A構成要件Dは上記@記載のとおり特定しているものと理解することができ,均等膨化のためには,切り込み部を長く形成することや均等に形成することが有利であることは,技術常識といえるから,発明の詳細な説明に記載されていない発明について特許請求の範囲に記載したものとはいえない,B本件明細書等の記載によれば,本件発明の解決課題及び課題解決方法は,立直側面に切り込み等を設けることにより,焼き上げるに際して,上側が下側に対して持ち上がり,膨化による外部への噴き出しを抑制できる点にあるものと認められる。そして,本件明細書等の記載に照らすと,本件発明における最中やサンドウイッチのような状態とは,やや片持ち状態を含むものであり,部分的に切り込みを入れる態様でも持ち上がり現象は生じ,上記作用・効果は十分に発揮されるとともに,量産性 に優れた切り込み形成が可能となることが開示されている,上記@のと おり,本件発明には不均一に膨化したものも含んだものとして特定され ており,完全な均等膨化を実施するための記載を要するものとは解され ず,片持ちの程度を抑えるように切り込み等を調整することも,当業者 であれば容易といえ,構成要件B,Cに関し当業者において,本件発明 を実施することができる程度に明確かつ十分な記載がされている,C上 記のとおり構成要件Dに関し完全な均等膨化を実施するための記載を要 するものとは解されず,当業者において本件発明を実施することができ る程度に明確かつ十分な記載がされている,D平成14年10月21日 に発売された「こんがりうまカット」に上下面のみならず側面にも切り 込みが施されていたと認めるに足る証拠はなく,乙33公正証書で事実 実験の対象とされた餅は,上記「こんがりうまカット」と同一のものと 認めるに足る証拠はないから,これが公然実施された発明であることを 前提とした新規性欠如,進歩性欠如の無効理由は存せず,審決に誤りは ない等として,請求棄却の判決(甲15)がされた。 これにつき,被告は上告及び上告受理申立て(最高裁平成23年 (行ツ)第376号,同(行ヒ)第416号)をしたが,最高裁は, 平成24年3月23日,上告棄却及び上告不受理の決定(甲16)を し,上記知財高裁の判決が確定した。 (イ) 訴外人らによる無効審判請求の経緯等 訴外たいまつ食品株式会社(以下「たいまつ食品」という。),訴外 マルシン食品株式会社,訴外株式会社丸一オザワは,本件特許に係る発 明につき,@未完成であるから発明に該当しない(特許法29条1項柱 書違反),A仮にそうでないとしても,実施可能要件(特許法36条4 項1号),明確性要件(特許法36条6項2号)にそれぞれ違反するこ とを理由として,無効審判請求(無効2012-800039号。甲4 5)をした。 (ウ) 被告による再度の無効審判請求(無効2012-800072号) の経緯等 被告は,平成24年5月2日,本件特許に係る発明につき,@明確 性要件(特許法36条6項2号),A実施可能要件(特許法36条4 項1号)違反ないし発明未完成(特許法29条1項柱書の産業上利用 することができる発明に該当しない),B特開平10-165121 号公報(乙30。以下「乙30公報」という。),特開平8-140 579号公報(乙31。以下「乙31公報」という。)に記載された 発明,並びに,公証人久保内卓亜により平成24年5月2日に作成さ れた「切り餅『こんがりうまカット』の表面加工スリットの状況等確 認に関する事実実験公正証書」と題する事実実験公正証書(乙32。 以下「乙32公正証書」という。)及び個包装単体餅1個に示された 発明ないし公知技術から容易に発明をすることができ進歩性を欠如す ること,を理由として無効審判請求(無効2012-800072号。 乙150)をした。 これに対しては,平成25年3月6日付けで請求不成立を不成立と する審決(甲57)がされ,これに対し被告が審決取消訴訟(知財高 裁平成25年(行ケ)第10106号)を提起した。 知財高裁は,平成25年12月24日に,@構成要件B,Dはいずれ も明確である,A本件明細書の発明の詳細な説明には本件発明には当業 者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されている, B本件発明の技術内容は,当業者が反復実施して目的とする技術効果を 挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されて いるといえるから,本件発明が未完成であるとはいえず,本件発明の構 成要件Dは,切餅の側周表面に所定の切り込みを設けたことにより,上 記切り込みを設けない場合と比べて,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出 しを抑制できていれば足り,本件発明が「産業上利用することができる」 ものであることは明らかである,C本件発明が乙30公報,乙31公報, 及び,仮に乙32公正証書に記載の餅が公知であったとしても,これら に基づき当業者が容易に発明をすることができたとすることはできない と判断した審決に誤りはない等として,請求を棄却する判決(甲74) がされた。 これに対して被告が上告及び上告受理申立てをしたが,最高裁は,平 成26年5月13日,上告棄却及び上告不受理決定(甲75)をした。 (エ) 被告による更なる無効審判請求(無効2012-800213号)の 経緯等 被告は,平成24年12月27日,本件特許に係る発明につき,@本 件特許出願と同日付けで原告により出願された特許(特許第46366 16号。請求項の数2。乙166〔特許公報〕。なお,この特許につい て,原告は,平成25年5月31日に訂正審判請求〔甲55〕をしたと ころ,平成25年7月2日付け訂正審決により,請求項1を削除し,明 細書の段落【0010】を削除する訂正が認められた〔甲67〕。以下, この訂正審決の確定の前後を特に区別せず,「別件特許」という。)と 同一であり,特許を受けることができない(特許法39条2項),A本 件発明は,その特許出願の日前の他の特許出願であって,その特許出願 後に出願公開された被告第1特許出願にかかる先願明細書等に記載され た先願発明と同一であるから,特許法29条の2(拡大先願)により特 許を受けることができない,との理由により無効審判請求(無効201 2-800213号。乙165〔手続補正書,乙167〕)をした。 これに対しては,平成25年9月11日付けで請求を不成立とする審 決(甲68)がされ,被告は審決取消訴訟(知財高裁平成25年(行ケ) 第10282号)を提起した。 知財高裁は,平成26年4月9日,別件特許と本件発明とでは相違点 があり,同一とはいえず,先願発明と同一ともいえないとした審決の判 断に誤りはないとして,請求棄却の判決(甲76)をした。 これに対して被告が上告及び上告受理申立てをした。 3 争点 (1) 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか ア 構成要件Bの充足性 イ 構成要件Dの充足性 (2) 作用効果の不奏功の抗弁の成否 (3) 本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか ア 無効理由1(明確性要件違反) イ 無効理由2(実施可能要件違反又は発明の未完成) ウ 無効理由3(進歩性欠如) エ 無効理由4(分割要件違反,特許法39条2項) オ 無効理由5(拡大先願,特許法29条の2) カ 無効理由6(サポート要件違反) キ 無効理由7(新規性欠如) (4) 先使用の抗弁(特許法79条)の成否 (5) 原告による権利行使が信義則に違反し権利濫用となるか (6) 先行事件判決の既判力による遮断の有無 (7) 原告の損害ないし被告の不当利得額 |
|
当事者の主張
1 争点(1)ア(構成要件Bの充足性)について〔原告の主張〕 (1) 被告製品との対比 被告製品は,別紙被告製品図面(斜視図)のとおり,上面17及び下面1 6に挟まれた側周表面12の長辺部に,同長辺部の上下方向をほぼ3等分す る間隔で長辺部の全長にわたりほぼ並行に2つの切り込み部13が設けられ ている。 被告製品と本件発明とを対比すると,被告製品における「上面17及び下 面16に挟まれた側周表面12の長辺部」は,本件発明の構成要件Bの「載 置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側 周表面」に,「同長辺部の上下方向をほぼ3等分する間隔で長辺部の全長に わたりほぼ並行に」は「この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向 に長さを有する」に,「2つの切り込み部13」は「一若しくは複数の切り 込み部又は溝部」に該当する。 したがって,被告製品は,本件発明の構成要件Bを充足する。 (2) 被告の主張に対する反論 被告は,本件発明の構成要件Bは,載置底面又は平坦上面へは切り込みを 設けず,側周表面にのみ切り込みを設けることを意味し,切餅の側周表面に のみ切り込みを設けるものと解すべきであると主張する。 しかし,本件発明の「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形 の小片餅体である切餅の載置底面」との文言は,別紙被告製品図面(斜視図) の態様で載置した場合の底面を指すところ,構成要件Bの「載置底面又は平 坦上面ではなく」との記載部分は,その直後の「この小片餅体の上側表面部 の立直側面である」との記載部分とともに「側周表面」を修飾しているもの であるから,「側周表面」は「載置底面又は平坦上面」が「側周表面」とな ることを否定しているにすぎず,切り込みを設けるべき部位であることを否 定するものではない。 したがって,被告の上記主張は失当である。 〔被告の主張〕(1) 被告製品との対比につき 本件発明の構成要件Bは,載置底面又は平坦上面へは切り込みを設けず, 側周表面にのみ切り込みを設けることを意味し,切餅の側周表面にのみ切り 込みを設けるものと解すべきである。 これに対し被告製品は,載置底面又は平坦上面に相当する上面17及び下 面16に切り込み部18が上面17及び下面16の長辺部及び短辺部の全長 にわたって上面17及び下面16のそれぞれほぼ中央部に十字状に設けられ ており,構成要件Bと相違している。 したがって,被告製品が構成要件Bを充足することはない。 (2) 原告の主張に対する反論 構成要件Bにつき「戴置底面又は平坦上面」へ切り込み等を設けることを 排除しないとすれば,被告第1特許出願等に示された従来技術のように餅表 面が「焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がり となり,実に忌避すべき状態」となるのであり,「美感」に係る課題を解決 し得ないものとなる。「美感」に係る課題を解決するのであれば,構成要件 Bは,「戴置底面又は平坦上面」へ切り込み等を設けることを必然的に排除 していると解するほかはない。 2 争点(1)イ(構成要件Dの充足性)について〔原告の主張〕(1) 被告製品との対比 被告製品は,切り込み部13が対向二側面である側周表面12の長辺部に 形成されており,「焼き上げるに際して切り込み部13の上側が下側に対し て持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化し た中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴 き出しを抑制する」構成となっている(平成24年4月26日付け原告総合 研究所食品研究室所長代理E作成の「報告書」。甲5。以下「甲5報告書」 という。)。 そうすると,被告製品の「切り込み部13」は,本件発明の構成要件Dの 「前記切り込み部」に該当するから,構成要件Dを充足する。 (2) 被告の主張に対する反論 構成要件AないしCを充足する切餅において,切り込み部の上側が下側に 対して持ち上がれば,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間 に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」こととなる。本件 発明は完全に噴き出しを抑制するものではなく,仮に構成要件AないしCを 充足する切餅1個を焼き上げた結果,膨化による外部への噴き出しが生じた からといって,構成要件Dを充足しないというものではない。構成要件Aな いしCを充足するとともに,「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部 の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼 板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨 化による外部への噴き出しを抑制するように構成した」切り込み部等であれ ば足りるのであって,その立証は,甲7(平成24年12月17日付け原告 総合研究所食品研究室取締役食品研究室長E作成の「『サトウの切り餅』の という。)のように,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成 し,焼き上がり時に,切り込み部の上側が下側に対して持ち上がることによ り膨化による噴き出しを抑制していることを統計的に立証すれば足りる。 被告の主張は失当である。 〔被告の主張〕(1) 被告製品との対比につき 被告製品は,焼き上げる際に,発生する水蒸気を平坦上面の十字の切り込 み部から逃がすことによって空洞部の急激な膨張を抑制し,加熱が進んで上 記平坦上面の十字の切り込み部が徐々に塞がっていくとともに,側周表面の 2本の切り込み部を起点として,上記側周表面に形成された固化皮膜を伸び 縮みさせることにより,餅全体の膨圧のバランスを取り,略直方体の形を保 ったまま切餅が焼き上がる。 したがって,被告製品は,「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部 の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウィッチのように上下の焼 板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形」することが ない点で,本件発明の構成要件Dとは相違している。被告製品は構成要件D を充足しない。 (2) 原告の主張に対する反論 構成要件Dは,本件明細書等の図2に示されるように,側面に形成され た皮膜がサイドスリットにおいて開口し,餅が風船状に膨張した結果爆発 し,内部から中身が噴き出しているが,その噴き出しの程度が「流れ落ち る程噴き出す」ことなく,外観上,「最中やサンドウイッチ」のように挟 むものと挟まれるものがあるように見えるサンドウイッチ構造と解するほ かない。したがって,原告の主張するように,単に上側が持ち上がり,そ れによって噴き出しが抑制され,あるいは,噴き出しが抑制するように構 成されていれば足り,噴き出しが生じてもよいというだけで,構成要件D を充足することにはならないというべきである。 3 争点(2)(作用効果の不奏功の抗弁の成否)について〔被告の主張〕 被告製品が本件発明の作用効果を有しないことは,平成24年8月1日付け被告開発部作成の「実験結果報告書」(乙23。以下「乙23報告書」という。)及び平成24年8月24日付けF技術士事務所のF技術士作成の「餅の焼き調理実験についての見解」と題する書面(乙24。以下「乙24報告書」という。)から明らかである。 すなわち,これらによれば,餅の上下面に十字の切り込み,及び長側面に2本の切り込みを入れた切餅は,餅の上面の十字の切り込み部から水蒸気を外部に逃がすことにより,餅庫内の膨圧が継続的にコントロールされ,略直方体の形状を保ったまま切餅が焼き上がるのであって,側面の切り込み部は,上面の十字の切り込み部によって餅庫内の膨圧がコントロールされている状況の下で,餅全体の膨圧のバランスを保つという,餅の略直方体の形状を維持するための補助的機能を果たすにすぎない。この点が被告製品と本件発明の原理及び技術的思想との違いである。 被告製品が前記1,2〔被告の主張〕記載のとおり,構成要件B及び構成要件Dを充足しないことは明らかであるが,これに加えて,被告製品は,本件発明と比べて切餅の焼き上げに関する原理が異なり,ひいては技術的思想も異なるものであって,被告製品が本件発明の作用効果を奏しないことは明らかである。 したがって,被告製品は本件発明の技術的範囲には属しない。 〔原告の主張〕 被告は,被告製品は本件発明の作用効果を奏しないと主張するが,前記2〔原告の主張〕(2)記載の甲7報告書記載の実験結果等からして,被告の主張が誤りであることは明らかである。 4 争点(3)ア(無効理由1〔明確性要件違反〕)について〔被告の主張〕(1) 本件発明の特許請求の範囲の記載は,客観的な切餅の膨張の状態を反映せ ず,一見そのような外見を呈するというのみであって,本件発明の構成には 客観性もなく,特許を受けようとする発明が明確であるとはいえない。具体 的には,以下のとおりである。 まず構成要件Bと構成要件Dの関係が不明確であり,そのため発明の外延が不明である。本件明細書等の特許請求の範囲の記載,発明の実施の形態及び実施例の記載によれば,構成要件Bと構成要件Dとの間には因果関係があることは分かるが,そこでは,どのようにして,図2のように,切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように「上の焼板状部」と「下の焼板状部」の間に「膨化した中身」がサンドされている状態に膨化変形するのかに関する記載がなく,構成要件Bと構成要件Dとの間の具体的な因果関係が不明である。このように構成要件Bと構成要件Dとの具体的な因果関係が不明なところから,構成要件Bと構成要件Dとの関係につき多義的な解釈が可能になっている。そうすると,発明特定事項であるはずの構成要件Bと構成要件Dとの関係が不明確であることにより,発明の外延が不明であるといえる。 (2) 構成要件B中の「載置底面又は平坦上面ではなく」について,載置底面又は平坦上面にスリットを設けることを排除するものでないとすれば,本件発明の作用効果とされているところの美感を奏し得ないし,画期的な焼き上がり形状とすることに関しての技術的意義も不明であり,明確といえない。 (3) 構成要件Dは,「噴き出しを抑制する」という機能を果たすための機能をクレームした機能的クレームであるが,本件明細書等の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても,当該機能・特性の意味内容が理解できない。 また,構成要件D記載の「膨化」の原因として,(a)デンプン中に含まれる気泡が膨張して,その圧力で餅を膨張させることと,(B)デンプン中に含まれる水分が蒸発して生ずる水蒸気が,餅表面の固化した皮膜を持ち上げ,いわゆるゴム風船が膨らんだようになることの2種類があるところ,本件発明の構成要件D及び本件明細書等には,上記(B)の視点が欠けており, 構成要件Dにおいては,外見上そのように見えるにすぎず,膨化した部分に 中身はないので,「膨化した中身がサンドされている状態」という文言の意 味が不明確である。 (4) 小括 以上のとおり,本件発明は,特許法36条6項2号の規定に違反してされた ものであるから,本件特許は,同法123条1項4号に該当し,特許無効審判 により無効にされるべきものである。 〔原告の主張〕(1) 本件特許に明確性要件違反の無効理由はない。具体的には以下のとおりで ある。 まず構成要件BとDの関係のうち,構成要件Dは,これにより先願発明と の差別化を積極的に図るための特異な構成ではなく,審査官から指摘された 切餅の側面を載置底面とするという通常でない焼き方をすることを排除しよ うとして付加した構成である。構成要件Bを充足する切餅が結果として構成 要件Dを充足することとなったとしても何ら問題はないし,その外延が不明 確となるということもない。例えば,本件特許の出願経過における審査官の ように,側周表面を載置底面とするという解釈を採用した場合であっても, この場合には構成要件Dを充足しないこととなるのであり,その範囲におい て構成要件Dは発明特定事項としての意義も有しているものである。 (2) 本件明細書等の記載からは,本件発明の作用効果として,@加熱時の突発 的な膨化による噴き出しの抑制,A切り込み部位の忌避すべき焼き上がり防 止(美感の維持),B均一な焼き上がり,C食べ易く,美味しい焼き上がり, との点が挙げられ,本件発明は,切餅の立直側面である側周表面に切り込み 部等を形成し,焼き上がり時に,切り込み部等の上側が下側に対して持ち上 がることにより,上記@ないしCの作用効果が生ずるものと理解することが できる。すなわち,餅をオーブントースターで加熱する場合,必然的に,側 面の皮膜が内圧に抗せず破裂することになるが,餅の上面の皮膜は固化が進 行し側面の皮膜に比べてはるかに硬くなっているため,上面の皮膜が破裂す ることはほとんどないことから,側周表面に切り込み部等を設けることで, 焼き上げるに際して切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がり,その結 果,当該側周表面に設けた切り込み部等が忌避すべき焼き上がりとはならず (本件明細書等の段落【0016】,【0017】),また,この持ち上が りによって,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した 中身がサンドされている状態に自動的に膨化変形し,自動的に従来にない非 常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上 がり形状となるのである(同段落【0018】)。被告が不明確であると主 張する美感や焼き上がり形状は,単に側周表面に設けた切り込み部等の上側 が下側に対して持ち上がった結果を示しているに過ぎず,不明確とはいえな い。構成要件Bは明確である。 (3) 本件発明は,側周表面の切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がるこ とで,内部に空洞等が生じ,結果的に,最中やサンドウィッチのような上下 の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態となるとともに,外部へ の噴出力が減少して,焼き網に垂れ落ちるほどの餅の噴き出しが抑制される ものであり,このことは本件明細書等の記載から理解できることである。し たがって,「膨化した中身がサンドされている状態」及び「膨化による噴き 出しを抑制」との点は,上記観点からいずれも明確である。構成要件Dにも 不明確な点はない。 5 争点(3)イ(無効理由2〔実施可能要件違反又は発明の未完成〕)について〔被告の主張〕(1) 実施可能要件違反 ア 本件明細書等においては,従来技術との関係における本件発明の技術課 題が明らかでなく,しかも,本件発明の構成によっては本件明細書等に記 載された作用効果さえも奏しないから,当業者が本件発明を実施すること は不可能である。したがって,当業者がその実施をすることができる程度 に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。 イ 本件明細書等の記載によると,餅の側周表面に切り込みを入れて焼くと, 直ちに所定の作用効果を奏する旨の記載となっているが,どのような経緯 で「この切り込み3に対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すこ となく持ち上がり,前述のように最中やサンドウィッチのような上下の焼 板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち 上がる場合も多い)とな」るのか(本件明細書等の段落【0027】)に ついては,何らの記載もない。これを逆にいうと,本件明細書等では,餅 の焼き上がりに関する技術的意義ないし原理については,何ら検討されて いない。 この点,焼き上がった餅庫内の上側は水蒸気の溜まった空洞であり,下 側に再糊化したデンプンが溜まった状態になっているが,この空洞の外見 が,あたかも「最中やサンドウィッチのように上下の焼板状部の間に膨化 した中身がサンドされている状態」に見えるにすぎないのであり,本件明 細書等の発明の詳細な説明には,本件発明を当業者が実施できる程度に明 確かつ十分な記載はない。 ウ また,側面に切り込みを入れることで「持ち上がり」が生じ,そこから 水蒸気が出ることによって噴き出し抑制が図られたとしても,そもそも, かかる「持ち上がり」が生じたり水蒸気が出たりすることと,側面から噴 き出しが起こることとは別の機序によるものであるから,両者の間には何 ら因果関係はない。 本件発明は想定している技術課題を解決するものではなく,当業者が 本件発明を実施することは不可能であり,その意味で,実施可能要件は満 たされていない。 エ 平成25年4月4日付け被告作成の「実験結果報告書」(乙175。以 下「乙175報告書」という。)は,被告が甲7報告書の実験を追試する べく行った実験の結果であり,被告製造に係る餅で,切り込みの設定につ いて,「切り込みのない餅(スリットなし)」,「上下面十字のみ切り込 みを入れた餅(上下スリット)」,「上下面十字と長側面各2本の切り込 みを入れた餅(上下+サイドスリット)」の3種類を用意し,焼き調理実 験を行い,焼き上げ後の厚みをノギスにより計測し,膨化量及び膨化度を 算出したものである。これによれば,側周表面に切り込み部を設けること によって,むしろ膨化が抑制されており,仮に原告の主張する「上側が持 ち上がること」が構成要件Dの作用効果であるとしても,本件発明の構成 要件Dの作用効果を奏していないことが明らかである。したがって,乙1 75報告書によれば,仮に原告の主張する「上側が持ち上がること」が構 成要件Dの作用効果であるとしても,本件発明の構成要件Dの作用効果を 奏していないことが明らかであり,むしろ,甲7報告書は,側面の切り込 みを4.8mmとしていることから不当な条件設定があり,証拠価値がな いものである。 オ 以上のとおり,本件発明は,特許法36条4項1号に規定に違反してさ れたものであるから,本件特許は,同法123条1項4号に該当し,特許 無効審判により無効にされるべきものである。 (2) 発明の未完成 ア 本件発明は,実態とはかけ離れたものを発明特定事項としているもので あって,その構成に客観性がなく,「技術」的思想の創作とはいえないか ら「非発明」というべきであり,発明として完成しているとはいえない。 すなわち,本件発明は,「上側が下側に対して持ち上が」るとか「最中 やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドさ れている状態」(いずれも構成要件D)などといった実態とはかけ離れた ものを発明特定事項としているのであって,請求項自体に客観性がない。 本件発明は,そもそも,発明として完成しているとはいえず,「産業上利 用することができる発明」(特許法29条1項柱書)に当たらない。 イ 以上のとおり,本件発明は,特許法29条1項柱書の要件に違反してさ れたものであるから,本件特許は,同法123条1項2号に該当し,特許 無効審判により無効にされるべきものである。 〔原告の主張〕(1) 被告の主張する実施可能要件違反ないし発明未完成の主張は,いずれも理 由がない。 側周表面に切り込み部等を設けた切餅を焼き上げてみると,切り込み部の 上側が下側に対して持ち上がることが理解できることについては,甲51 (動画)のとおりである。 (2) また,切餅を焼き上げるに際して,切餅に含まれる水分の全てが気化する ものではなく,切餅に含まれる水分が水蒸気となる量は限られており,実際 には2グラム程度である(甲52)。本件発明における膨化による外部への 噴き出しは,餅に含まれる水分のごく一部が突発的に水蒸気となることによ り生じるものであり,そのごく一部の水蒸気による突発的な膨化を上下の膨 化により吸収できればよいことについては当業者の技術常識から理解できる。 (3) 被告の主張する本件明細書等の図2については,一実施例を示す焼き上が り状態の斜視図にすぎず,これに示されるものに技術的範囲が限定される理 由はない。 (4) 原告は,甲7報告書等において,本件特許の作用効果は確率的に生じると 主張しているのではなく,これによれば,下記(5)のとおり,切餅の側周表面 に切り込み部等を設けた場合には,膨化による外部への噴き出しの抑制とい う効果は生じている。被告が提出する乙175報告書は,側周表面に切り込 み部を設けた切餅と設けない切餅とを10個ずつ焼き上げた結果にすぎず, その結果は,たまたまその10個の切り込み部を設けなかった切餅の膨化量 が大きかったということを示すものであって,本件発明の作用効果を否定す るものではない。 (5) 甲7報告書の実験は,被告製品において,側周表面に切り込み部を設ける ことによって,焼き上げるに際して切り込み部の上側が下側に対して持ち上 がり,最中やサンドウィッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身が サンドされている状態に膨化変化することによって,膨化による噴出しを抑 制していることを明確に示している。 原告は,本件発明の作用効果につき,統計(Z検定。甲7報告書)の結果 のみを根拠とするものではなく,本件明細書等の記載,焼き上げられた形状, 実際に焼き上げた際の膨化量,膨化による外部への噴き出しの個数に加え, 統計(Z検定)を用いているものである。 6 争点(3)ウ(無効理由3〔進歩性欠如〕)について〔被告の主張〕(1) 本件発明は,乙30公報(特開平10-165121号公報)に記載の公知技術(以下「引用発明1」という。),乙31公報(特開平8-140579号公報)に記載の公知技術(以下「引用発明2」という。),並びに,乙32公正証書(平成24年5月2日付け事実実験公正証書)及び個包装単体餅1個(平成24年4月18日に実施された乙32公正証書に係る事実実験において,「A-19」と記載された付箋とともに封緘された個包装切餅単体。)に示された公知技術(以下,「引用発明3」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。 (2) 引用発明1の記載された乙30公報には,下記第4,6(2)のとおりの記載がある。 そこにおける明細書の段落【0001】,【0004】ないし【0006】,【0010】,【0011】,【0013】の記載及び乙30公報の図4,5によると,図4に係る引用発明1は,焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体であり,この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面には,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一の切り欠き面が一周連続して形成されたことを特徴とする切餅が記載されていることが認められる。この切り欠き面は,「切り餅(1)を手で欠いて,縦方向に連なっている状態の小割餅スティック(8)で,連続した残存部(5)が欠けた状態」であって,図4及び図5を考慮すれば,凹凸の多い帯状の粗面であるということができる。 (3) 引用発明2の記載された乙31公報には,下記第4,6(3)のとおりの記 載がある。 そこにおける【請求項1】,明細書の段落【0002】ないし【000 4】,【0007】ないし【0009】,【0014】の記載及び乙31公 報の図2,図4によると,引用発明2には,もち米を主原料とする魚を模し たおかきにおいて,その小片餅体の立直側面である側周表面に,この立直側 面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する多数の切り込み部を 設け,この切り込み部は,この立直側面に沿う方向を周方向として上記立直 側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部であり,この切り込 み部によって膨張を制御することを特徴とするおかきが記載されていること が認められる。また,おかきの焼きあげられた形状は,全体が略均一に膨ら んで意匠的にも変化の少ない単純な形状にしかならないところ,切れ目を入 れると,膨らもうとする空気をこの切れ目11から外方に放出することによ り当該部分が膨らむのを防止できることが記載されている。 (4) 引用発明3 乙32公正証書には,乙33公正証書(先行事件乙1)において事実実験 の対象となった切餅(以下「餅A」という。)のうち,「(1個について) かびの繁殖が著しく,原形も維持されていない状態のため,切り餅に何らか の加工が施されていたかを確認することはできないが・・・これを除き,い ずれについても,上下面に十字の切り込み加工(スリット)が認められ,長 側面にも一本の切り込み加工(スリット)の在ることを確認することができ た」と記載され,写真22,24ないし41が添付されている。また,餅A のうちのサンプル3個のサイズについて,サンプル@は,長さ54.0mm, 幅34.0mm,厚み平均14.1mm,サンプルAは,長さ59.9mm, 幅37.4mm,厚み平均15.1mm,サンプルBは,長さ57.1mm, 幅36.4mm,厚み平均14.6mmと記載され,また,「原事実実験 〔判決注;平成21年6月17日に実施された事実実験〕で開封された個包装3個を除く17個の平均重量は,40gと算出され,対象物E〔判決注;平成24年4月に購入され,賞味期限が平成25年5月とされているもの〕を基準とした切り餅1個当たりの平均重量比は,76.82であり,減少率は,23.18%と算出される。」,「各外袋のフィルムを通して肉眼で見た限りにおいても,A〔判決注;餅A〕の切り餅の明度・彩度とB,C,D,Eのそれらとの差が順次拡大していることを確認することができた。」と記載され,色彩色差計による測定結果も,その値が大きいほど明度が高く(白く)なり,小さいほど明度が低い(黒い)ことが示される座標軸Lが,餅A(サンプル3個)は,62.10ないし65.50(餅Eについては,70.36ないし70.75),その値がプラスで大きいほど赤色の彩度が高く,マイナスが大きくなるほど緑色の彩度が高いことが示される座標軸aについては,餅A(サンプル3個)は,-1.08ないし-1.40(餅Eについては,-2.10ないし-2.18),その値がプラスで大きいほど黄色の彩度が高く,マイナスが大きくなるほど青色の彩度が高いことが示される座標軸Bについては,餅A(サンプル3個)は,14.49ないし18.86(餅Eについては,6.77ないし7.14)とされている。 これらによれば,当該切餅は,輪郭形状が方形であり,切餅の上面及び下面に十字の切り込みが,上面及び下面に挟まれた側周表面の対向する長辺部の全長にわたって切り込みが,それぞれ施されていることが認められる。 そうすると,引用発明3は,輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一の切り込み部を設け,この切り込み部は,この立直側面に沿う方向を周方向として上記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部であることを特徴とする切餅である。 (5) 本件発明と引用発明1との対比 ア 引用発明1の認定 引用発明1は,これを本件発明の構成に対応させて整理すると次のとお りである。 a:焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅である。 B:載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側 面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周 方向に長さを有する一の切り欠き面が形成されている。 c:この切り欠き面は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周 方向に一周連続させて角環状とした切り欠き面である。 d:焼き上げると,餅の特性で柔らかくなる。 e:餅である。 イ 一致点 本件発明と引用発明1との一致点は,以下のとおりである。 「焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の,載置底 面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である 側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長 さを有する粗面を設け,この粗面は,この立直側面に沿う方向を周方 向としてこの周方向に一周連続させて角環状の粗面としたことを特徴 とする餅」 ウ 相違点 他方,相違点は,以下のとおりである。 〔相違点@〕 焼き上げる方法が,本件発明では「焼き網に載置」するのに対して, 引用発明1では不明である点 〔相違点A〕 上側表面部の立直側面である側周表面に設ける粗面が,本件発明で は「切り込み部又は溝部」であるのに対して,引用発明1では「切り 欠き面」である点 〔相違点B〕 本件発明では,上記切り込み部として「焼き上げるに際して前記切 り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウ イッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされてい る状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する」 という構成であるのに対し,引用発明1では不明である点(6) 容易想到性 相違点@については,焼き上げる方法として「焼き網に載置」するのは, 周知慣用の方法であって,当業者が容易に想到し得ることは自明である。 相違点Aについて,乙30公報には「図5は,図1の切り餅(1)を手 で欠いて,縦方向に連なっている状態の小割餅スティック(8)で,連続 した残存部(5)が欠けた状態を示すのが,切り欠き面(6)である。」 (段落【0011】)との記載があるので,切り欠き面(6)は,連続し た残存部(5)が欠けた状態であって,凹凸に富む面であると認められる。 ところで,上記のとおり,引用発明2には,おかきにおいて,その小片 餅体の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向とし てこの周方向に長さを有する多数の切り込み部を設け,この切り込み部は, この立直側面に沿う方向を周方向として上記立直側面である側周表面の対 向二側面に形成した切り込み部であることが記載されている。 また,引用発明3は,輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一の切り込み部を設け,この切り込み部は,この立直側面に沿う方向を周方向として上記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部であることを特徴とする切餅である。 ちなみに,おかきも切餅も,もち米を原料とし,搗いた餅を焼き上げるものであって,本件明細書等においても「米菓」(段落【0007】)とされており,技術分野として共通しているものである。 そうすると,引用発明1には周方向に長さを有する切り欠き面が形成されているから,引用発明2,3に係る側面に切り込み部を設ける技術を考慮し,引用発明1の切り欠き面を切り込み部に置換することは,当業者が容易に想到し得ることである。 相違点Bについて,本件発明は,「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する」という構成である点で,引用発明1と相違するものである。 ところで,膨化した部分に中身はなく,餅が「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」に変形するという中身があるかのような記載は,焼き調理による膨化の原理ないし技術常識に反し,技術的意味が不明確で,実態とはかけ離れたものを発明特定事項としているものである。 また,側面の切り込みの有無にかかわらず,加熱を続ければ,いずれは 固化の遅い側面の皮膜が破裂し,そこから水蒸気と糊状の餅とが噴き出し てしまうのであって,「膨化による外部への噴き出し」が起きることは必 定であり,「膨化による外部への噴き出しを抑制」との記載は何らの技術 的意味も有していない。 一方,引用発明1は,「焼き上げると,餅の特性で柔らかくなる。」と いうごく通常の餅であって,焼き調理による膨化の原理に従うものである ことが明らかである。そうすると,本件発明と引用発明1は,相違点Bに おいて実質的に同一であるというべきである。この点,本件明細書等の作 用効果の記載は実態と齟齬しており,従来技術の技術課題を解決していな いから,実態が反映されていない本件明細書等の作用効果の記載をもって, 本件発明における「切り込み又は溝部」の作用効果であるといえないこと はいうまでもない。 (7) 小括 よって,本件発明は,特許法29条2項の規定に違反してされたもので あるから,本件特許は,同法123条1項2号に該当し,特許無効審判に より無効にされるべきものである。 なお,原告は請求不成立が確定した第一次無効審判請求と同一の引例に より無効主張をするものであるとするが,本件無効主張における引用発明 3は図4によるものであり,同一ではない。 〔原告の主張〕(1) 被告の主張は,@引用発明1の認定及び一致点・相違点において誤ってお り,また,A引用発明1と引用発明2とを組み合わせることは当業者にとっ て容易ではないのであるから,引用発明1及び引用発明2により本件発明は容易に想到できたとはいえない。また,B本件発明と引用発明1とは方形の餅であること以外に一致点はなく,そのため,引用発明1と引用発明3を組み合わせるということは,実質的には引用発明3と本件発明が同一であるということを被告が主張しているものである。そして,引用発明3に基づき本件発明が容易に想到することができないとする審決は既に確定しており,被告は引用発明3を引用例として無効審判により本件発明を無効とすることができない。さらに,C引用発明3は,本件特許の出願以前に公知となったものではなく,引用例たり得ない点については,後記11争点(4)(先使用の抗弁の成否)における〔原告の主張〕記載のとおりである。 (2) 被告は,乙30公報の図4に記載の餅について,これを「切餅」であるとする。しかし,乙30公報では「切り餅」とするのは図1の状態のことのみを指し,図4は「小割餅サイコロ」と称していることから(段落【0010】,【図面の簡単な説明】),図4は「切餅」ではない。また,乙30公報には,「図4は,図1の切り餅(1)を手で欠いた,最小単位の大きさの小割餅サイコロ(7)で,図2の残存面(5)がかけた状態を示すのが,切り欠き面(6)である。」(段落【0010】)と記載されており,図4の小割餅は正六面体である。したがって,この場合いずれが載置底面・平坦上面であるか特定することはできず,したがって,切り欠き面が,「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」に形成されていると特定することはできない。 また,被告は,本件発明と引用発明1との一致点として,「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」に「粗面」を設けている点を挙げる。しかし,引用発明1の切り欠き面は「図2の残存面(5)がかけた状態」であるのに対して,本件発明は「切り込み部又は溝部」であって全く異なる構成である。したがって,「図2の残存面(5)がかけた状態」である「切り欠き面」と「切り込み部又は溝部」とを「粗面」という概念で上位概念化することはできない。したがって,「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」に「粗面」を設けている点を,本件発明と引用発明1との一致点とすることもできない。 これによれば,本件発明と引用発明1との一致点は,方形の小片餅体という点のみであるといえる。 (3) 以上のとおり,本件発明と引用発明1は,方形の小片餅体という点でのみ一致しており,以下の点で相違することとなる。 〔相違点1〕 本件発明は切餅であるが,引用発明1は,正六面体状の小片餅体であ る点 〔相違点2〕 本件発明は,「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の 小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上 側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方 向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝 部を設け」ており,また,「この切り込み部又は溝部は,この立直側面 に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若 しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部 又は溝部」であるのに対して,引用発明1は,6面中の4面に切り欠き 面が周方向に連続させて角環状に形成されている点 〔相違点3〕 本件発明は,「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が 下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状 部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨 化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする 餅」であるのに対して,引用発明1ではかかる記載がない点 なお,被告は,「焼き上げる方法が,本件発明では「焼き網に載置」す るのに対して,引用発明1では不明であること」を相違点としてあげるが, 「焼き網に載置」との文言は,「切餅の載置底面又は平坦上面」をより特 定するための文言であって,切り込み部を形成する個所に関する記述であ るため,上記相違点2において判断されるべき相違点となる。 (4) 本件発明と引用発明1とは,上記相違点1ないし3に記載のとおりの相 違点が存在するところ,少なくとも相違点2及び3にかかる構成について, 当業者が容易に想到し得たということはできない。 すなわち,本件発明は,「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状 が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅 体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を 周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は 溝部を設け」ており,また,「この切り込み部又は溝部は,この立直側面 に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若し くは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は 溝部」であり,かかる切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が持 ち上がることにより,加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制,切り 込み部位の忌避すべき焼き上がり防止,均一な焼き上がり,食べ易く,美 味しい焼き上がり等の作用効果が生ずるものである。 他方,引用発明1は,切餅を食べる用途に応じて,刃物を用いず手で簡単に小割する事が出来る様に,あらかじめ刃物で切り込みを入れた手欠き切餅である。ここで,引用発明1は,「切り餅を食べる用途に応じて,刃物を用いず手で簡単に小割する事が出来る様にするため」に「あらかじめ刃物で切り込みを入れた」「手欠き切り餅」であって,図4の小割餅サイコロに形成されている切り欠き面は,手欠きをした結果「図2の残存面(5)がかけた状態」にすぎない。すなわち,切り欠き面は,本件発明の切り込み部又は溝部とは全く異なるものであることから,かかる切り欠き面を「切り込み部又は溝部」とする動機はないものといわざるを得ない。 その他,乙30公報には,加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制等の本件発明の課題については,何も示唆されていない。 したがって,何らかの切り込み部のある切餅等が存在していたとしても,引用発明1の切り欠き部を本件発明の切り込み部等に置換する動機は存在しないものといわざるを得ない。 また,引用発明2は,「魚を模したおかき」に関するものであって,魚の背部分に切れ目をいれ,その部分が膨らむのを防止し,切れ目を設けない部分を膨らませ,魚の形に似せるものである。したがって,乙31公報には,加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制等の本件発明の課題は記載も示唆もされていないばかりか,引用発明2の課題は,引用発明1の課題とも共通するものではない。乙31公報には,相違点2及び相違点3にかかる構成も記載されていない。 したがって,引用発明2の「魚を模したおかき」に関する魚の背部分に入れる切れ目という技術を,引用発明1に適用する動機はない。 以上のとおり,引用発明1に引用発明2を組み合わせる動機が全くない こと等から,引用発明1及び2の組み合わせにより本件発明は容易想到と はいえないことも明らかである。 (5) なお,被告の主張する進歩性欠如の無効理由は,請求不成立が確定した 第一次無効審判請求と同一の引例により無効主張をするものであるから, 特許法167条により無効審判請求が許されないものである。 7 争点(3)エ(無効理由4〔分割要件違反,特許法39条2項〕)について〔被告の主張〕 (1) 本件特許には,特許法39条2項の分割要件に違反する無効理由がある。 原告は,本件特許に係る出願の一部を,平成18年3月29日に新たな 特許出願(特願2006-90684号)とし,平成22年12月3日にそ の出願に係る発明について特許の設定登録(特許第4636616号。以下, その特許を「分割特許」という。乙166)を受けた。この分割特許に係る 発明(以下,分割特許の請求項1の発明を「分割発明1」と,同請求項2の 発明を「分割発明2」といい,併せて「分割発明」という。)を構成要件ご とに分説すると以下のとおりである。 ・分割発明1 @:焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である 切餅であって,この焼き網に載置する際に,最も面積の大きい対向する 広大面の一方を載置底面,他方を上面とする高さ寸法が幅寸法及び奥行 き寸法より短い薄平板状の偏平方形体の切餅の, A:前記上下の広大面間の立直側面に,この上下の広大面間の立直側面に 沿う周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け, B:この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う周方向に直線状であ って,四辺の前記立直側面のうちの対向二側面である長辺部の立直側面 の双方に夫々形成した切り込み部又は溝部として, C:焼き上げるに際し,前記立直側面の周方向に形成した前記切り込み部 又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのよ うに上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化 変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した D:ことを特徴とする餅。 ・分割発明2 E:焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である 切餅であって,この焼き網に載置する際に,最も面積の大きい対向する 広大面の一方を載置底面,他方を上面とする高さ寸法が幅寸法及び奥行 き寸法より短い薄平板状の偏平方形体の切餅の, F:前記上下の広大面間の立直側面に,この上下の広大面間の立直側面に 沿う周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け, G:この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う周方向で且つ前記広 大面と平行な直線状であって,四辺の前記立直側面のうちの対向二側面 である長辺部の立直側面の双方に夫々長さいっぱいに形成した切り込み 部又は溝部であり,刃板に対して前記小片餅体を前記長辺部長さ方向に 相対移動することで形成した切り込み部又は溝部として, H:焼き上げるに際し,前記立直側面の周方向に形成した前記切り込み部 又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのよ うに上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化 変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した I:ことを特徴とする餅。 (2) 本件発明と分割発明1との対比 本件発明の構成要件AないしEと分割発明1の構成@ないしvを対比すると,以下のとおりである。 ア 構成要件Aと構成@の対比 本件発明の構成要件Aと分割発明1の構成@とを対比すると,両者は,方 形の小片餅体である切餅である点で一致する。 他方,切餅の輪郭形状について,本件発明では,方形の小片餅体であって, それ以上に特定されていないのに対し,分割発明1では,高さ寸法が幅寸法 及び奥行き寸法より短い薄平板状の偏平方形体とする点で相違し,また,焼 き網に載置する部位について,本件発明では,いずれの面を焼き網に載置す るかを特に明記していないのに対し,分割発明1では,最も面積の大きい対 向する広大面の一方を載置底面,他方を上面とする点で一応相違する。 方形の餅をどのように焼くかは一般消費者に委ねられているところ,餅は, 最も面積の大きい対向する広大面の一方を載置底面,他方を上面として焼く のが常識であり,面積の狭い面を載置底面,他方を上面として焼くことは経 験則に反する。本件特許の出願過程において主張したとおり,最も面積の広 い面を上下面とする載置方法のみを前提として解釈するべきである。 したがって,本件発明においても,分割発明1と同様,最も面積の大きい 対向する広大面の一方を載置底面,他方を上面とするものと認められる。 以上によれば,本件発明の構成要件Aと分割発明1の構成@は同一である。 イ 構成要件Bと構成Aの対比 本件発明の構成要件Bと分割発明1の構成Aとを対比すると,両者は,小 片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向 を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は 溝部を設ける点で一致する。 他方,切り込み部又は溝部を設ける側周表面が,本件発明では「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部」の立直側面であるのに対して,分割発明1では「前記上下の広大面間」の立直側面であるとされている点で一応相違する。 しかし,前記(1)のとおり,本件発明においても,分割発明1と同様,最も面積の大きい対向する広大面の一方を載置底面,他方を上面とするものと認められるのであるから,本件発明の「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部」と分割発明1の「前記上下の広大面間」とは,その表現の仕方の違いにかかわらず,結局は,載置底面と平坦上面を除く立直側面に切り込み部又は溝部を設けるということで変わりがない。 したがって,本件発明の構成要件Bと分割発明1の構成Aは同一である。 ウ 構成要件Cと構成Bの対比 構成要件Cと構成Bは,切り込み部又は溝部を,上記立直側面に沿う方向を周方向として設ける点で一致する。 他方,本件発明では,上記周方向に,@一周連続させて角環状とした切り込み部又は溝部とするか,A立直側面である長辺部の側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部とするか,B立直側面である短辺部の側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部とするかが選択的であるのに対して,分割発明1では,A立直側面である長辺部の側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部とする点で一応相違する。 しかし,本件発明における上記@ABは「事実上の選択肢」であって,その選択肢の中から「A立直側面である長辺部の側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部とする」を発明特定事項として仮定すると,分割発明1における「四辺の前記立直側面のうちの対向二側面である長辺部の立直 側面」と変わるところがない。そうすると,本件発明と分割発明1は,切り 込み部の設けられる位置について,実質的に相違しない。 エ 構成要件Dと構成Cの対比 構成要件Dと構成Cは,焼き上げるに際し,「前記切り込み部又は溝部の 上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板 状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化 による外部への噴き出しを抑制するように構成した」点で一致する。 他方,切り込み部又は溝部について,分割発明1では「前記立直側面の周 方向に形成した」との記載が付記されているのに対して,本件発明ではこの ような記載がない点で一応相違する。 しかし,分割発明1の「前記立直側面の周方向に形成した」との付記が当 然の記載であることは,請求項の記載全体から明らかである。 オ 構成要件Eと構成Dの対比 構成要件Eと構成Dとが一致することは明らかである。 (3) 小括 以上から,本件発明と分割発明1とは実質的に同一であるから,本件特許 は,特許法39条2項の規定に違反してされたものであり,特許法123条 1項2号に該当し,特許無効審判により無効にされるべきものである。 (4) 本件発明と分割発明2の対比 ア 構成要件Aと構成Eの対比 構成Eは構成@と同じであるから,前記の構成要件Aと構成@の対比は, 全てそのまま構成要件Aと構成Eの対比に当てはまるものである。 イ 構成要件Bと構成Fの対比 構成Fは構成Aと同じであるから,前記の構成要件Bと構成Aの対比は, 全てそのまま構成要件Bと構成Fの対比に当てはまるものである。 ウ 構成要件Cと構成Gの対比 構成Gは,「刃板に対して前記小片餅体を前記長辺部長さ方向に相対移動 することで形成した切り込み部又は溝部と」することが明記されている点で, 構成Bと一応相違するが,刃板に対して切餅を長辺部長さ方向に相対移動す ることで形成することは周知・慣用であって,構成Gは構成Bに周知・慣用 技術を付加したものにすぎず,実質的には同一である。したがって,前記構 成要件Cと構成Bの対比は,全てそのまま構成要件Cと構成Gの対比に当て はまるものである。 エ 構成要件Dと構成Hの対比 構成Hは構成Cと同じであるから,前記の構成要件Dと構成Cの対比は, 全てそのまま構成要件Dと構成Hの対比に当てはまるものである。 オ 構成要件Eと構成Iの対比 構成要件Eと構成Iとが一致することは明らかである。 (5) 小括 以上から,本件発明と分割発明2とは実質的に同一であるから,本件特許 は,特許法39条2項の規定に違反してなされたものであり,同法123条 1項2号に該当し,無効とされるべきものである。 〔原告の主張〕(1) 本件発明と分割発明1は,少なくとも以下の点で相違する。 〔相違点1〕 分割発明1の切り込み部又は溝部(以下「切り込み部等」という。)は 直線状であるのに対して,本件発明はかかる限定がない点 〔相違点2〕 本件発明の切り込み部等は,立直側面に沿う方向を周方向としてこの周 方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面 の対向二側面に形成しているのに対して,分割発明1は,四辺の前記立直 側面のうちの対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々形成してい る点 そして,分割発明1は,本件発明と比較して,切り込み部等の形状や形成位置を特定することによって,本件発明と同様の作用効果を発揮するとともに,例えば刃板に対して小片餅体を長辺部長さ方向に相対移動するだけで小片餅体の両側の長辺部の立直側面に周方向に十分な長さを有する切り込みを簡単に形成でき,前記作用・効果が十分に発揮されると共に,量産性に一層秀れるという作用効果を奏する(特許第4636616号の明細書〔乙166。以下「分割特許明細書」という。〕の段落【0031】,【0032】)。すなわち,相違点に係る構成によって,加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制等に加えて,量産性の確保という解決課題に対して,技術的な観点から寄与していることは明らかであって,本件発明と分割発明1とは同一ではない。 以上のように,分割発明1は,本件発明と異なり,対向二側面の立直側面に周方向に沿って切り込みを形成することに特定し,かつ,長辺部の立直側面の双方に夫々周方向に沿って直線状に形成する点を特定した結果,これによって分割発明1の作用・効果が良好に発揮されるもので,本件発明に対して切り込みの位置・形状等の構成を特定して,いわゆる下位概念化を図ることで,本件発明とは同一発明とならないようにしたことによって,登録に至ったものである(甲48,49の1,49の2,甲50)。 なお,分割発明1が本件発明に対して上記のとおり特定したことにより, 量産性に一層秀れるという作用効果を奏するのであるから,本件発明と分割 発明1が実質的に同一ともいえないことも明らかである。 したがって,本件発明を先願とし,分割発明1を後願としたときに分割発 明1が本件発明と同一とされないことは明らかであり,本件発明と分割発明 1は同一の発明に該当しない。 以上のとおり,本件発明と分割発明1とは同一ではなく,したがって,本 件発明は特許法39条2項の規定に違反していない。 (2) 本件発明と分割発明2は,少なくとも以下の点で相違する。 〔相違点1〕 分割発明2の切り込み部等は広大面と平行な直線状であるのに対して, 本件発明はかかる限定がない点 〔相違点2〕 本件発明の切り込み部等は,立直側面に沿う方向を周方向としてこの 周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周 表面の対向二側面に形成しているのに対して,分割発明2は,四辺の前 記立直側面のうちの対向二側面である長辺部の立直側面の双方に夫々長 さいっぱいに形成している点 〔相違点3〕 分割発明2の切り込み部等は刃板に対して前記小片餅体を前記長辺部 長さ方向に相対移動することで形成しているのに対して,本件発明の切 り込み部等の形成方法は記載していない点 そして,分割発明2は,本件発明と比較して,切り込み部等の形状や形成 位置,更にはその形成方法を特定することによって,本件発明と同様の作用 効果を発揮するとともに,例えば刃板に対して小片餅体を長辺部長さ方向に相対移動するだけで小片餅体の両側の長辺部の立直側面に周方向に十分な長さを有する切り込みを簡単に形成でき,前記作用効果が十分に発揮されると共に,量産性に一層秀れるという作用効果を奏する(分割特許明細書段落【0031】,【0032】)。すなわち,相違点に係る構成によって,加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制等に加えて,量産性の確保という解決課題に対して,技術的な観点から寄与していることは明らかであって,本件発明と分割発明2とは同一ではない。 したがって,本件発明を先願とし,分割発明2を後願としたときに分割発明2が本件発明と同一とされないことは明らかであり,本件発明と分割発明1は同一の発明に該当しない。 以上のように,分割発明2は,本件発明と異なり,更に長辺部の立直側面の双方に夫々長さいっぱいに切り込みを設ける点,及びこの立直側面に沿う周方向で且つ広大面(載置底面及び上面)と平行な直線状に切り込みを形成する点,及びこの切り込みの形成は刃板に対して小片餅体を長辺部長さ方向に相対移動して形成する点を特定した結果,これにより分割発明2の作用・効果が良好に発揮されるもので,本件発明に対して切り込みの位置・形状,更には形成方法を特定して,いわゆる下位概念化を図ることで,本件発明とは同一発明とならないようにしたことによって登録に至ったものである(甲48,49の1,2,甲50)。 したがって,本件発明を先願とし,分割発明2を後願としたときに分割発明2が本件発明と同一とされないことは明らかであり,本件発明と分割発明2は同一の発明に該当しない。 以上のとおり,本件発明と分割発明2は同一ではなく,したがって,特許法39条2項に違反していない。 (3) 本件特許には特許法39条2項の適用はない。同一人に帰属する二つの発 明においては協議命令が発せられない限り,特許法39条2項に該当するこ とはない。 仮に,同一発明で同一人に帰属している場合において特許法39条2項 の適用があるとしても,特許法39条2項は,「協議が成立せず,又は協議 をすることができないときは」いずれの発明も特許を受けることができない と定めている。ここにいう,「協議が成立せず」とは,協議の機会が与えら れたにもかからず協議が整わなかったことを意味するのであり,本件では審 査の過程で協議命令が発せられておらず,協議の機会がなかったために, 「協議が成立せず」の要件を満たさない。また,本件では,出願人が同一人 なので,「協議」の機会さえあれば協議が整わないことはあり得ず,協議不 成立となる余地がない。また,「協議をすることができないとき」とは,相 手が協議に応じないか,一方が既に拒絶査定を受けて確定しているか,既に 特許されている等の理由で協議をすることができない場合であり,協議命令 がないことによって協議の機会がないまま双方特許権が付与されている場合 には,「協議をすることができないとき」には該当しないことは明らかであ る。 (4) 親特許である本件特許は,分割発明と同一であるという理由で特許法39 条2項違反とはならない。 原出願の請求項に係る発明と同一又は実質同一の範囲内の発明を含む分 割出願が,特許法39条2項により拒絶理由があり,又は無効理由があると しても,分割出願の請求項に係る発明と原出願の請求項に係る発明とが同一 又は実質同一であるという理由で,原出願に特許法39条2項の規定に違反 する拒絶理由があり,又は,無効理由があるということにはならない。 現行法下においては,原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが同一 である場合において,分割出願について出願日の遡及を認めず,又は,認め るとしても,分割出願にのみ特許法39条2項違反の拒絶理由又は無効理由 があるというべきである。したがって,原出願に係る特許である本件特許に ついては,分割出願に係る発明である分割発明1及び2と同一ないし実質同 一であるとしても,特許法39条2項の適用はなく,無効理由はない。 (5) 本件特許は特許法39条2項の規定に違反して登録されたものではない。 例えば,A発明とB発明が同日に出願され,A発明が登録となった後, B発明が補正によってA発明と同一又は実質的に同一の発明となった場合 (更にB発明も登録に至った場合),A発明の出願人は,既にB発明の出願 人と協議することができないにもかかわらず,後発的に無効となり明らかに 不合理である。そもそも,A発明の登録後にB発明が補正により同一となっ たような場合には,B発明については,特許法39条2項の規定に違反して いるか否かは別論,A発明については,そもそも登録に至るまで特許法39 条2項の規定に違反する事実は認められないのであるから,同条同項違反は なかったとみるべきである。本件において,分割発明1及び2は,平成22 年5月14日付け手続補正書(甲49の2)により補正された特許請求の範 囲の請求項1及び2記載のものであるところ,その補正より前の平成20年 4月18日に本件特許は登録に至っている。そうすると,仮に本件発明と分 割発明1及び分割発明2が同一であったとしても,本件発明は,登録に至る までの間において特許法39条2項の拒絶理由はなかったものである。した がって,本件特許は,そもそも「その特許が・・・第39条第1項から第4 項までの規定に違反してなされた」(特許法123条1項2号)ものではな いから,特許無効審判により無効にされるべきものには該当しない。 8 争点(3)オ(無効理由5〔拡大先願,特許法29条の2〕)について〔被告の主張〕(1) 先願発明の内容 被告第1特許出願にかかる先願明細書等には,下記第4,8(2)のとおりの 事項が記載されている。 そこにおける【請求項1】,明細書の段落【0009】,【0011】, 【0013】,【0016】ないし【0018】,【0022】,【003 4】の記載及び代表図面1ないし3によれば,先願明細書等の請求項1(先 願発明)には次の発明が記載されているものと認められる。 「オーブントースター等を用いて焼き調理する切餅であって,前記切餅の 上下両面に切込みが縦方向と横方向にそれぞれ1本ずつ,切餅を四つに分割 するように設けられている。これを,例えば,調理前に図2(B)のように 短く二つに分割すると,分割した切餅は,上下両面に1本の切込みのある方 形の餅となる。しかも,切込みの上面から見た形状は,十字型に限らず,切 り込みの本数も何本であってもよい。焼き調理した場合,当該切込みから断 続的に内部の蒸気が抜けやすいので,四つの小片が分離するかのようにそれ ぞれの切り込み部が開口し,その開口部の間に餅がサンドされている状態で, ほぼ立方体の形に保持されたまま膨れるので,従来の切餅の場合のような, 内部の蒸気の抜け場がないため凝集して不特定の場所から一気に膨らみ,局 部的に盛り上がって立方体の形が崩れてしまうことを抑制するように構成さ れている。」 これを本件発明の記載に対応して構成要件ごとに分説すると,次のとおり である。 a’:焼き網に載置して焼き上げて食する輪廓形状が方形の小片餅体であ る切餅の B’:立直側面ではなくこの小片餅体の上側表面部及び下側表面部に,こ の上側表面部及び下側表面部に沿う方向を周方向としてこの周方向に 長さを有する一若しくは複数の切り込み部を設け, c’:この切り込み部は,この上側表面部及び下側表面部に沿う方向を周 方向としてこの周方向に前記上側表面部及び下側表面部の対向二側面 に形成した切り込み部として, d’:焼き上げるに際して前記切り込み部の前側が後側に対して,及び/ 又は,左側が右側に対して,それぞれ開口して広がり,最中やサンド ウイッチのように前後の焼板状部,左右の焼板状部の間に膨化した中 身がサンドされている状態に膨化変形することで,方形の形が崩れる ことを抑制するように構成した e’:ことを特徴とする切餅。 (2) 本件発明と先願発明との対比 ア 一致点 本件発明を先願発明と対比させると以下の点で一致する。 「焼き網に載置して焼き上げて食する輪廓形状が方形の小片餅体である切 餅の この小片餅体の対向する一対の表面部に,当該表面部に沿う方向を周方 向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部を設け, この切り込み部は,この対向する一対の表面部に沿う方向を周方向とし てこの周方向に前記対向する一対の表面部に形成した切り込み部として, 焼き上げるに際して前記切り込み部の一方が他方に対して開口して広が り,最中やサンドウイッチのように対向する焼板状部の間に膨化した中 身がサンドされている状態に膨化変形することで,焼き上がりにおける 形状変化を抑制するように構成した ことを特徴とする餅。」イ 相違点 他方,本件発明と先願発明とは,以下の点で一応相違する。 〔相違点1〕 長手方向に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する切り込 み部の設けられた対向する一対の表面部が,本件発明では「上側表面部 の立直側面である側周表面」であるのに対して,先願発明では「上側表 面部及び下側表面部」である点〔相違点2〕 当該切り込み部について,本件発明では,「この立直側面に沿う方向 を周方向として・・・前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成」 するのに対し,先願発明では,「この上側表面部及び下側表面部の長手 方向及び/又は短手方向に沿う方向を周方向としてこれらの周方向に前 記上側表面部及び下側表面部の対向二側面に形成」する点〔相違点3〕 切り込み部の持ち上がる(開口して広がる)方向が,本件発明では 「上側が下側に対して」であるのに対して,先願発明では「前側が後側 に対して,及び/又は,左側が右側に対して」であり,対向する焼板状 部が,本件発明では「上下」であるのに対して,先願発明では「前後」 及び/又は「左右」であり,抑制するのが,本件発明では「膨化による 外部への噴き出し」であるのに対して,先願発明では「方形の形が崩れ ること」である点 なお,本件発明では,上側が下側に対して「持ち上がる」のに対して, 先願発明では,前側が後側に対して,及び/又は,左側が右側に対して 「開口して広がる」点でも相違するように見えるが,これは載置の仕方 によって方向の呼称が異なることによる表現上の違いにすぎず,相違点 とはならない。 (3) 相違点の検討 ア 相違点1について 相違点1は,長手方向に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを 有する切り込み部の設けられた対向する一対の表面部が,本件発明では 「上側表面部の立直側面である側周表面」であるのに対して,先願発明 では「上側表面部及び下側表面部」である点で一応相違するというもの である。要するに,小片餅体の切り込み部が立直側面である側周表面に あるか上側表面部及び下側表面部にあるかの相違にすぎない。 本件発明は「切餅の載置底面又は平坦上面」を要件(構成要件B)と しているが,理論上は,方形の小片餅体である切餅においては,方形の どの面も載置底面とすることができるものであり,しかも,本件発明で は切餅の形状が「方形」であるから,直方体のみならず立方体も含むも のであり,実質的に「側周表面」と「上側表面部及び下側表面部」の区 別ができない。 そうすると,相違点1において,小片餅体の切り込み部が立直側面で ある側周表面にあるか上側表面部及び下側表面部にあるかは実質的な相 違とはならない。 イ 相違点2について 相違点2は,小片餅体の切り込み部が立直側面である側周表面にある か上側表面部及び下側表面部にあるかの相違であるところ,上記アと同 様の理由により,小片餅体の切り込み部が立直側面である側周表面にあ るか上側表面部及び下側表面部にあるかは実質的な相違とはならない。 ウ 相違点3について 切り込み部の持ち上がる方向が「上側が下側に対して」であるか, 「前側が後側に対して,及び/又は,左側が右側に対して」であるかは, 単なる持ち上がる方向の呼称の相違にすぎないものであって,実質的に 同一である。また,対向する焼板状部が,「上下」であるか,「前後」 及び/又は「左右」であるかについても,単なる持ち上がる方向の呼称 の相違にすぎないものであって,実質的に同一である。 さらに,抑制するのが,「膨化による外部への噴き出し」であるか, 「方形の形が崩れること」であるかについては,後者が前者よりも広い 概念であり,「膨化による外部への噴き出し」が起きれば「方形の形が 崩れる」のであり,先願発明の上記記載は,本件発明の上記記載を内包 するものといえる。ちなみに,いずれも,餅内部の蒸気の抜け場を設け, 凝集して不特定の場所から一気に膨化するのを抑制する点で一致してい るものである。 そうすると,本件発明と先願発明は,相違点3において実質的に同一 である。 (4) 小括 以上によれば,本件発明と先願発明とは実質的に同一であり,本件発明は,特許法29条の2の規定に違反してされたものであるから,本件特許は,同法123条1項2号に該当し,特許無効審判により無効にされるべきものである。 〔原告の主張〕 (1) 先願発明の内容 先願明細書等に記載された発明は,以下のとおりである。 A’焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である 切餅の B’載置底面及び平坦上面である上側表面部及び下側表面部に,縦横方向 に十字の切り込み部を設け, C’この切り込み部又は溝部は,上側表面部及び下側表面部の対向二側面 に形成した切り込み部又は溝部として, D’焼き上げるに際して前記切り込み部から断続的に内部の蒸気が抜ける ことにより,ほぼ立方体の形に保持されたまま膨れるように構成した E’ことを特徴とする餅。 被告は,先願明細書等に,「焼き上げるに際して前記切り込み部の前側が 後側に対して,及び/又は,左側が右側に対して,それぞれ開口して広がり, 最中やサンドウイッチのように前後の焼板状部,左右の焼板状部の間に膨化 した中身がサンドされている状態に膨化変形することで,方形の形が崩れる ことを抑制するように構成したことを特徴とする切餅」が記載されていると 主張するが,かかる記載は先願明細書等にはない。 (2) 本件発明と先願発明との対比 ア 一致点 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切 餅である点 イ 相違点 本件発明と先願発明とは,以下の点で相違する。 〔相違点1〕 切り込み部を形成する位置及び方向が,本件発明は,焼き網に載置して 焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の載置底面又は平 坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面であ り,その方向は立直側面に沿う方向を周方向としているのに対して,先願 発明は,焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体で ある切餅の載置底面及び平坦上面である上側表面部及び下側表面部であり, その方向は縦横方向に十字である点〔相違点2〕 本件発明の切り込み部等は焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部 の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の 焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形すること で膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成しているのに対して, 先願発明の切り込み部は焼き上げるに際して前記切り込み部から断続的に 内部の蒸気が抜けることにより,ほぼ立方体の形に保持されたまま膨れる ように構成している点(3) 本件発明と先願発明は同一ではないこと 上記(2)イのとおり,本件発明と先願発明とは,相違点1及び2に記載 のとおり相違しており,同一ではないことは明らかである。 被告は,本件発明は「切餅の載置底面又は平坦上面」を要件(構成要件 B)としているが,理論上は,方形の小片餅体である切餅においては,方 形のどの面も載置底面とすることができるものであり,しかも,本件発明 では切餅の形状が「方形」であるから,直方体のみならず立方体も含むも のであり,実質的に「側周表面」と「上側表面部及び下側表面部」の区別ができないと主張し,相違点1は実質的な相違点とはならないと主張する。 しかし,本件発明も先願発明も,単に方形の小片餅体ではなく,「焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅」である。したがって,その切餅の形状から,焼き網上で焼き上げるに際して,切餅の立直側面を載置底面として焼き上げることは想定できないものであり,常識に反する。すなわち,切餅の薄肉部側である立直側面を底面にして立ち起こして焼き網に載せて焼くなど常識の範囲外であり,事実上あり得ない。 先願発明は,あくまで広い上下面に切り込み部を形成した切餅であるところ,被告の主張は,かかる切餅を焼き網に載置して焼き上げるに際して,薄肉部側を載置して焼き上げることを前提とする主張であって,かかる焼き上げ態様が想定できない以上,先願発明は,単に載置底面及び平坦上面である上側表面部及び下側表面部に切り込み部が形成されている切餅が開示されているにすぎず,載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に切り込み部等を設けた本件発明とは明らかに相違する。 仮に載置底面及び平坦上面である上側表面部及び下側表面部に切り込み部を入れた先願発明の切餅を焼き網上に立てて広い上側表面部及び下側表面部が側面となるように焼き上がることが想定できたとしても,このように立てた場合切餅の広い側面に切り込みがあったとして,網の上に立てたこの切餅が,切り込みを境に下側に対して上側が持ち上がることはなく,たとえわずかに切り込みの下側に対して上側が持ち上がっても,焼板状部間に膨化した中身がサンドされた最中やサンドウイッチのようには焼きあがることはない。このように焼いたのでは仮に噴出しを抑制できたとして も,本件発明のように最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部に膨 れた餅がサンドされている状態にはならないのであるから,かかる観点か らも本件発明と先願発明は相違する。 (4) 小括 以上のとおり,無効理由5に関する被告の主張は失当である。 9 争点(3)カ(無効理由6〔サポート要件違反〕)について〔被告の主張〕(1) 本件発明の構成要件Dについては,技術的課題(目的)の設定,その課題 を解決するための技術的手段の採用,その技術的手段により所期の目的を達 成し得るという効果の確認という一連の記載が本件明細書等には皆無であり, そもそも数値的な記載さえもない。この点に関して原告は,本件特許の設定 登録後に行った実験データを提出して,本件明細書等の記載内容を記載外で 補足することによって,その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲 まで拡張ないし一般化し,明細書のサポート要件に適合させようとしている が,かかる後出しデータに証拠価値はない。 (2) 以上のとおり,本件発明は,特許法36条6項1号に違反してされたもの であるから,本件特許は,同法123条1項4号に該当し,特許無効審判に より無効にされるべきものである。 〔原告の主張〕 被告の主張の根拠は,発明の明確性及び実施可能要件における根拠と同じであるが,これらはいずれも失当であることは前記のとおりである。 したがって,無効理由6に関する被告の主張は理由がない。 10 争点(3)キ(無効理由7〔新規性欠如〕)について〔被告の主張〕(1) 焼き上げる方法として「焼き網に載置」することは自明であって,実質的 に記載があると同視できることによれば,前記6〔被告の主張〕記載の引用 発明1の周方向に長さを有する切り欠き面は本件発明の「切り込み部又は溝 部」と実質的に同一である。本件発明は新規性欠如の無効理由を有するもの である。 (2) 以上によれば,本件発明は,特許法29条1項3号の規定に違反してされ たものであるから,本件特許は,同法123条1項2号に該当し,特許無効 審判により無効にされるべきものである。 〔原告の主張〕 前記6〔原告の主張〕記載のとおり,本件発明と引用発明1とでは相違点 があるから,新規性欠如に関する被告の主張は失当である。 11 争点(4)(先使用の抗弁の成否)について〔被告の主張〕 (1) 被告は,本件発明の内容を知らないで,本件特許出願前の遅くとも平成1 4年8月8日ないし同月26日の時点で,本件特許出願に係る発明( 表面の切り込み〔以下,切り込みを「スリット」と, を「サイドスリット」と,それぞれいう場合がある。〕を含む切餅の発明) を完成させていた。その詳細は,以下のとおりである。 ア 平成14年1月,被告が当時販売していた個包装餅のナショナルブラ ンド商品(どこの販売店でも販売される被告の商品のことをいう。以下 「NB商品」という。)である「シングルパック」について,イトーヨー カドーからの発注が停止される事態となった。そこで,被告は,新たな商 品の開発に着手することとし,被告社内で新商品の開発に向けた検討が開 始された。その際,被告のDは,切餅の調理にオーブントースターを利用 する者が多いこと,及び,オーブントースターで切餅を調理する場合,き れいに焼けなかったり,餅の中身が噴き出してしまうことがあることを認 識していたことから,餅の表面に切り込みを設けることにより,きれいに 焼き上がる餅を開発してはどうかという考えに至った(乙117)。こう したDの発案もあり,被告社内で切餅に切り込みを設ける技術について検 討を重ねた結果,同年2月28日には,切餅の上下面に十字の切り込みを 入れることによって,焼き調理性に優れ,かつ,食べやすさを高めた切餅 の開発を進めることとなった(乙39)。 イ 平成14年5月ころまでには,被告において,新たな切餅開発の目標が, @真ん中からふっくら焼けること(焼き調理性),A調理後にバランスよ く左右が一口サイズに分割できること(食べやすさ),B調理前に,調理 法に合わせ簡単に手で割れ,また,食べやすい大きさに簡単に手で割れる こと(使いやすさ),の3点にまとめられた(乙119)。そして,被告 は,このときまでに,研究室での実験によって,上下面に十字の切り込み を設けることにより,これらの3点の効果が発揮されることを確認し,実 際に,同月17日には,イトーヨーカドーに対し,切餅の上下面に十字の 切り込みを設けることにより,上記3点の目標を達成することを内容とし た新商品を提案していた(乙120)。この研究の内容は,同年3月には 既に明細書のドラフトの形にまとめられていた(乙135)。 ウ 平成14年6月21日,被告は,被告の新発田第二工場の生産ラインに おいて,上下面に十字の切り込み(十字スリット)の入った切餅の試作を 行った(乙42,43)。しかし,この量産工程で作成した試作品を調理 したところ,切餅の上下面の十字スリットのみでは焼き方法やオーブン等 の機種の違い等によっては焼けすぎた場合に側面にダレが発生してしまい, 焼き上がりの形が崩れてしまう場合があることが判明した。 エ そこで,被告は,Dの発案に基づいて,上下面の十字スリットに加えて 切餅の長側面に周方向に切り込み(サイドスリット)を設けた場合の効果 について検討を実施することとした。その結果,被告は,平成14年7月 23日までには,上下面の十字スリットのみでは焼き調理時に側面の一方 から餅が飛び出す場合があり,また,サイドスリットのみでは,上部が偏 って隆起するなどして美しい焼き上がりとはならないが,上下面の十字ス リットと側面のサイドスリットを組み合わせた場合,十字スリットによる 切餅が直方体状を維持して真ん中からふっくら焼ける効果がより安定して 発揮されることを確認した(乙46)。 オ こうした研究の結果,被告は,新商品の生産工程にサイドスリットを設 ける工程を加えるとともに,さらに研究を進め,平成14年8月8日には, 十字スリットとサイドスリットの作用効果に関する研究結果をまとめた (乙48)。 カ このように,遅くとも平成14年8月8日までに,切餅に上下面の十字 スリット及びサイドスリットを設ける技術の効果が明確に確認されたこと から,被告は,平成14年8月中にスリットの深さに関する研究をさらに 進めた。そして,同月26日には,被告社内において,(a)上下面の十字 スリットには,焼き上がりを美しくする効果があること,(B)サイドスリ ットのみでは,切餅の片一方が偏って隆起してしまい,餅全体が均一に膨 らまないこと,(c)上下面の十字スリットに加えてサイドスリットを入れ ると焼き上がりの形がよくなること,(d)十字スリットの深さとサイドス リットの深さのそれぞれが,焼き上がりに影響しあうことが改めて報告さ れ,まとめとして「十字スリット4mm:サイドスリット2mmが最適条 件である」ことが報告された(乙50〜52)。 キ こうした研究と,サイドスリット入り切餅を量産するためのサイドスリ ット装置試作機の導入を受けて,平成14年8月30日,新発田第二工場 の生産ラインにおいて,サイドスリット装置の試作機を用いて,十字スリ ット及び長側面1本のサイドスリットの入った切餅が試作された。この試 作品は,量産可能性や食品としての安全性等を確認するための試験に供さ れ,同年9月2日には,量産工程において一部スリットの深さにばらつき が生じるものはあるものの,量産において大きな問題はなく,全体として みればスリットを入れる装置の設定さえしっかりすればよいことが確認さ れた(乙53)。また,同月13日には,切餅の水分量が多いためにスリ ットの効果が得づらいという状態は,製造直後から3日程度で落ち着き, 上下側面スリット切餅については,焼き調理時に餅の中身が噴き出して網 の下にダレるものはなかったという効果が確認された(乙54)。また, 同日には,試作品の微生物検品,耐久試験,調理性試験の結果も報告され た(乙55)。 ク 以上のとおり,被告は,平成14年7月始めの段階では,切餅の上下面 の十字スリットにより,焼き調理時に餅内部の水蒸気を逃がすことができ, これにより切餅をふっくら均等に焼き上げることができるとともに,調理 の前後を通じて切餅を簡単に手で割ることができるという発明を完成して いたものの,十字スリットのみでは焼き方法やオーブン等の機種の違いに よって焼けすぎると側面にダレが生じてしまい,焼き上がりの形が崩れて しまうことがあり,これを防ぐという技術課題があることを認識していた。 そして,かかる課題を解決するために,切餅に全くスリットを入れない場 合,上下面のみにスリットを入れた場合,上下面と長側面にスリットを入 れた場合のそれぞれについて研究を進めていた。また,その過程では,サ イドスリットのみの場合と,十字スリットとサイドスリットを組み合わせ た場合との比較検討を行っていた。そして,その結果,被告は,@上下面 の十字スリットを設けることにより,オーブントースターによる焼き調理 時に切餅が真ん中からふっくらときれいに焼き上がること,Aもっとも, 十字スリットのみを設けた場合,工場での量産品では,調理方法次第で, 焼き調理時に側面にダレが生じ,餅の中身が飛び出してしまうものもある こと,B十字スリットに加えて長側面にサイドスリットを設けると,十字 スリットの効果が補完され,焼き調理時にダレが生じず,よりふっくら均 等になり形崩れもせずきれいに焼き上がること,C焼き調理性の向上に与 える影響に関して,十字スリットとサイドスリットとの間には相関関係が 認められることを,遅くとも平成14年8月8日には確認していたもので ある。 したがって,被告は,遅くとも平成14年8月8日ないし同月26日の 時点で,本件発明とは別に,独自に,技術的思想としての十字スリットと サイドスリットを入れる発明を完成したものである。 (2) 被告は,原告による本件出願の際,現に日本国内において発明の実施であ る事業をしていた。 一般に,発明の実施に至るには,@先使用発明に至る研究開発行為,A先 使用発明の完成,B先使用発明の実施である事業の準備,C先使用発明の実 施である事業の開始,という経緯をたどる。被告は,上記(1)記載のとおり 発明を完成した上,その製造設備を導入し,被告の新発田第二工場の生産ラ インにおいて,平成14年10月16日から,上下面の十字スリット及び長 側面のサイドスリット1本が設けられた,発明の実施品である「こんがりう まカット」の製造を開始し,これを同月21日にイトーヨーカドーにおいて 発売し,その製造販売を,本件発明の優先日である同月31日以降も継続し ていたものである。 したがって,本件発明に係る特許出願の際,現に日本国内において発明の 実施である事業をしていたものである。 (3) 被告は,原告による本件出願の際,現に,日本国内において,少なくとも 発明の実施である事業の準備をしていた。 ア 被告が平成14年10月21日に発売した「こんがりうまカット」にサ イドスリットが設けられていたか否かにかかわらず,被告は,特許出願の 際,現に日本国内においてその発明の実施である事業の準備をしていたも のである。その経過は,以下のとおりである。 @ 平成14年7月19日 試作としてサイドスリット装置1台を山由製作所に発注(乙79)。 山由製作所が,サイドスリット装置の図面を作成(乙82)。 A 平成14年7月22日 山由製作所が,被告に対しサイドスリット装置1台の見積書を発行 (乙80)。 B 平成14年7月23日 被告の社内会議で,新商品の長側面に各1本のサイドスリットを設け る工程を加えるため,生産ラインにおける包装機前の自動供給機に丸刃 によるサイドスリット装置を設置することを決定(乙46,47)。 Gが,サイドスリット装置の購入に係る稟議書を起案(乙81)。 C 平成14年7月29日 被告が,イトーヨーカドーに対し,十字スリット及びサイドスリット の入ったサンプルを提出(乙38,44,45)。 D 平成14年7月30日 被告がサイドスリット装置10台の購入を決裁。 被告が,発注済みの1台を含め合計10台のサイドスリット装置を山 由製作所に発注(乙75,76,79,81) 山由製作所が,サイドスリット装置の新たな図面を作成(乙83)。 E 平成14年8月10日ころ 被告の新発田第二工場に,サイドスリット装置の試作機1台が搬入さ れる(乙86)。 F 平成14年8月12日 山由製作所が,サイドスリット装置に取り付ける「サイドガイド」の 図面を作成(乙84)。 G 平成14年8月28日ないし30日 被告が,工場の生産ラインにサイドスリット装置を取り付けた上,生 産ラインにおいて,上下面の十字スリット及び長側面サイドスリット各 1本が入った切餅2000個を試作(乙53〜55)。 H 平成14年9月2日ないし13日 平成14年8月30日に試作した試作品について,被告研究室が各種 試験を実施(乙53〜55)。 I 平成14年9月25日 山由製作所が,被告の新発田第二工場に,追加の9台のサイドスリッ ト装置を一旦搬入し,生産ラインへの取り付けを試みた後,調整を加え るため,先に搬入されていた1台を含む装置10台を持ち帰る(乙75, 89,90)。 J 平成14年10月7日 山由製作所が,調整を加えたサイドスリット装置の組み立てを最終的 に完了する(乙89,90)。 K 平成14年10月11日 被告の新発田第二工場に,調整を加えられたサイドスリット装置10 台が設置され,「こんがりうまカット」の量産に向けた準備が完了(乙 75)。 被告が,サイドスリット装置の清掃にあたって留意すべき事項等を定 めたサニテーションマニュアルを作成(乙56)。 L 平成14年10月頃 山由製作所が,平成14年9月30日付けの「サイドスリットカッタ ー」の納品書を発行(乙87)。 山由製作所が,「サイドスリットカッター」10台の請求書を発行(乙88)。 M 平成14年10月16日〜18日 被告が,「こんがりうまカット」を製造(初回製造)(乙102,1 03)。山由製作所が,「サイドスリットカッター用浮き上がり防止ガ イド」等を納品(乙75,92)。 N 平成14年10月21日 被告が,山由製作所に,サイドスリット装置10台の代金を支払う (乙91)。 O 平成15年1月31日 被告が,新発田市長に,サイドスリット装置10台を,平成14年9 月付けで増加した償却資産として申告(乙97)。 イ 上記経過から明らかなとおり,被告は,平成14年7月にはサイドスリ ット装置を発注してその図面を手にし,平成14年8月30日の時点では, 工場の生産ラインにおいて,サイドスリット装置を用いて発明の実施品に ついてその試作を行っており,さらに,遅くとも平成14年10月11日 には,サイドスリット装置10台を被告の新発田第二工場に設置し,サイ ドスリット入りの切餅を量産可能な体制にあった。 以上によれば,被告は,遅くとも平成14年10月11日までには,被告 の新発田第二工場において,発明に特有な投資を実施してその実施に必要 な設備を稼働可能な状況にし,この事情が外部からも客観的に認識可能な 状況となっていたものであるから,被告は,原告による本件特許出願の際, 現に日本国内において被告の発明の実施である事業の準備をしていたもの である。 (4) 被告製品は,被告の発明の範囲内であること 上記のとおり,被告の発明は,上下面の十字スリットに加えて,長側面に スリットを入れるというものであったところ,被告製品は,上下面の十字ス リットに加えて長側面のサイドスリットを2本有するというものであって, 被告の発明を実施するものにほかならず,その発明の範囲内といえる。 (5) 被告製品の製造・販売等は,被告が本件出願の際に「実施又は準備をして いる事業の目的の範囲内」の行為であること 被告は,餅の製造及び販売等を業とする会社として,本件特許出願の当時, 上記発明の実施品たる「こんがりうまカット」を製造・販売し,あるいは, 少なくとも被告製品の実施品の製造・販売の準備をしていたものであるから, 被告が,餅の製造販売業者として被告製品の製造・販売を行うことは,被告 が「実施又は準備をしている事業の目的の範囲内」の行為である。 (6) 小括 以上のとおり,原告が主張する被告の行為は,いずれも先使用権の範囲内 の行為であり,被告は,本件特許権につき通常実施権(特許法79条)を有 しているから,原告の請求に理由のないことは明らかである。 〔原告の主張〕(1) 被告が平成14年に販売した切餅「こんがりうまカット」に関連して,証 拠によって認められる事実は以下のとおりである。 ア 被告のイトーヨーカ堂に対する売上は,平成13年度において,被告にお ける販売先の中で1位ないし2位で,売上総額は年間約10億円であった。 かかる売上のうち,被告のNB商品である切餅「シングルパック」の売上 は約90%を占めていた。平成13年秋に,H社長(以下「H社長」とい う。)は,イトーヨーカ堂の業務改善委員会において,被告の切餅「シン グルパック」の取扱いを,不味いからという理由で,中止するよう指示し た。イトーヨーカ堂の食品事業部のバイヤーであったCは,年末年始の最 も切餅が売れる時期に,トップブランドの一つである被告の切餅「シング ルパック」が販売できないとすればイトーヨーカ堂の売上を維持すること が困難であると考え,自分自身の異動・降格などの人事的な不利益を覚悟 の上,H社長の指示に反して,直ちに中止することなく平成14年1月中 旬まで「シングルパック」の仕入・販売を継続し,その後,この切餅の取 扱いを中止した。イトーヨーカ堂の取り扱う商品の仕入に関して,その中 止をH社長から指示されるということは極めて異例であり,昭和60年か ら平成16年までイトーヨーカ堂において仕入担当をしていたCにおいて も,本件を含め2回しか経験のないことであった。また,イトーヨーカ堂 が,被告のナショナルブランドの切餅の取扱いを中止したことは,業界で も大きなニュースとなり,注目を集めていた。 イ Cは,被告の営業担当社員であったBに対して,「シングルパック」が不 味いからという理由でH社長からの指示により取扱いが中止となったこと を伝えるとともに,平成14年度以降,被告のナショナルブランドの切餅 の仕入・販売が可能となるよう,新たな切餅の提案をするよう打診した。 Cは,Bに対して,切餅の味の改善の観点から,クエン酸や水飴を抜くよ うアドバイスするなど,新たな切餅の開発に携わっていた。 被告では,営業担当のB,被告開発部開発研究課研究室担当者,被告営業 企画課のDと共に,新たな切餅の開発を行った。Bは,平成14年9月ま での間に,Cに対して,上下面にのみ十字の切り込みのある切餅「こんが りうまカット」を,イトーヨーカ堂留め型(1年間は他社店舗で販売しな い商品のこと)にて販売することを,書面を用いて提案した。Cは,「こ んがりうまカット」が美味しさという点で改善されていること,分割しや すい・焼きやすいという機能性,更には留め型であるため1年間イトーヨ ーカ堂において独占的に販売できるというメリットがあったため,これで あれば「こんがりうまカット」の仕入・販売についてH社長の了承が取れ ると考え,上下面にのみ十字の切り込みのある切餅「こんがりうまカット」 の内容を了承し,取扱いをするべくイトーヨーカ堂社内の調整を行った。 なお,イトーヨーカ堂では,NB商品であれ,プライベートブランド商品 (特定の取引先に納入され,そのブランドで販売される商品。以下「PB 商品」という。)であれ,留め型商品であれ,食品メーカーが,その内容 を変更する場合には,必ず書面により変更内容を事前にイトーヨーカ堂仕 入担当に通知することとなっており,口頭で了解を取ることはあり得ない (甲17〔C証人の尋問調書〕,7,8頁)。 ウ 被告は,平成14年9月6日,「こんがりうまカット」の開発に携わって いたDを発明者として,上下面のみに十字の切り込みのある切餅に関する 被告第1特許出願をした。 イトーヨーカ堂は,被告から仕入れた「こんがりうまカット」を平成14 年11月頃から発売した。 「こんがりうまカット」は,上下面にのみ十字の切り込みの入った切餅で ある。「こんがりうまカット」の外袋には,上下面にのみ十字の切り込み の入った切餅の写真が掲載され,また,個包装には,上下面にのみ十字の 切り込みの入った切餅の図が掲載されている。 エ 原告は,平成15年3月に,側周表面に切り込み部を設けた切餅「味の 逸品 生切り餅 ふっくら名人」を発売している。 被告は,同年7月17日,発明者をDとし,「上面,下面,および側面に 切り込みを入れたことを特徴とする切餅」を特許請求の範囲請求項1とす る特願2003-275876号(特許公報は乙134。以下「被告第2 特許出願」という。)の出願をした。被告は,その発明にかかる平成16 年6月8日提出の早期審査に関する事情説明書において,特許庁に対して 「請求項1に記載されているように,上面,下面,および側面に切り込み を入れたことを特徴とする切餅を平成15年9月1日より発売開始してい る実施関連特許である。」と説明している。 被告は,平成15年9月,上面,下面及び側面に切り込みを入れたことを 特徴とする切餅である「パリッとスリット」を発売した。 被告の代表取締役は,商品発表会において,イトーヨーカ堂で平成14年 に発売された「こんがりうまカット」が,側面(すなわち側周表面)に切 り込みがなかったこと,平成15年9月から発売する「パリッとスリット」 において,初めて側面に2本の切り込みを入れたことを説明している。ま た,イトーヨーカ堂で平成14年に発売された「こんがりうまカット」が 側面に切り込みがなかったこと,平成15年9月から発売する「パリッと スリット」において,初めて側面に切り込みを入れたことについて,複数 の報道がされている。 (2) 「こんがりうまカット」の側周表面に切り込み部が設けられていないことは 客観性・信用性の高い各種証拠から明らかであること 被告が平成14年に発売したとする「こんがりうまカット」の側周表面に は切り込みが存在しないことは,以下のとおり,複数の客観性・信用性の高 い各種証拠によって裏付けられている。 ア 「こんがりうまカット」の外袋・個包装 「こんがりうまカット」の外袋写真(乙33・別紙写真5)では,側周表 面において切り込みは存在しておらず,かつ,個包装図面(乙33・別紙図 面)においても,切り込みが存在するのは載置底面及び平坦上面のみであっ て,側周表面の切り込みは存在しない。 個包装の図面は一般消費者に商品の内容を伝達する機能を有するものであ り(甲18〔証人B尋問調書〕,39頁),この個包装の図面と中身の切餅 の構成が異なることはあり得ない。逆に,個包装の図面と中身の切餅の構成 が異なる場合には,消費者からクレームが入ることになるが,かかるクレー ムは「こんがりうまカット」に関して存在していない(甲17〔証人C尋問 調書〕,8,9頁)。したがって,「こんがりうまカット」の外袋の写真及 び個包装の図面により,「こんがりうまカット」の側周表面に切り込みがな いことが裏付けられている。 イ 新聞報道等 各報道(甲19〜25)において,被告が側周表面に切り込みを入れた切 餅を初めて発売したのは平成15年9月であり,むしろ平成14年に発売し た「こんがりうまカット」は,上下面のみに十字の切り込みを設けただけの 切餅であることが明記されている。仮に,被告が主張するとおり,平成14 年に発売した「こんがりうまカット」において,側周表面に切り込みがあっ たのであれば,上場企業である被告の代表取締役が,商品説明会という公式 の場で,虚偽の事実を説明したこととなるが,これはあり得ない。さらに, 平成14年に発売した「こんがりうまカット」の側周表面に切り込みがなか ったことは,被告代表取締役のみならず,被告の元常務取締役も述べている (甲23)。 これらの報道は,本件訴訟や先行事件訴訟とは関係なくされた報道であり, しかもそのソースは商品説明会といった公の場での被告の代表取締役の発言 や被告の元常務取締役の発言であって,信用性は極めて高いものである。 かかる客観性・信用性の高い報道等によっても,「こんがりうまカット」の 側周表面に切り込みがなかったことが裏付けられている。 ウ 特許出願の経緯 被告は,「こんがりうまカット」の発売直前の平成14年9月6日,「こ んがりうまカット」の開発に携わっていたDを発明者として,上下面のみに 十字の切り込みのある切餅に関する発明である被告第1特許出願をし,さら に,上下面及び側周表面に切り込みのある切餅「パリッとスリット」の発売 直前の平成15年7月17日,発明者をDとして,「上面,下面,および側 面に切り込みを入れたことを特徴とする切餅」を特許請求の範囲請求項1と する被告第2特許出願をしている。 かかる出願の経緯,特に「こんがりうまカット」の開発に関与していたD を発明者としていること,及び被告は新製品の発売前にそれぞれ新製品の構 成を内容とする発明を出願していることから,「こんがりうまカット」の構 成は,平成14年9月6日に出願された発明の内容,すなわち,上下面のみ に十字の切り込みのある切餅と同一であると考えるのが自然である。 他方で,仮に,平成14年10月21日に発売された「こんがりうまカッ ト」に,上下面のみならず側周表面にも切り込みが施されていたならば,被 告は,被告第2特許出願に係る発明について,特許出願前に自ら公然実施を していながら,その事実を秘匿して特許出願に至ったということになる。 以上のように,被告の特許出願によっても,「こんがりうまカット」の側 周表面に切り込みがなかったことが裏付けられている。 エ 信用性の高いイトーヨーカ堂担当者の証言等 Cは,平成14年に被告から仕入れ,イトーヨーカ堂にて販売した「こん がりうまカット」について,側周表面に切り込みが存在しなかったことを明 確に証言している(甲17〔証人C尋問調書〕,6,7頁)。 さらに,Cは,「こんがりうまカット」の個包装の図面の側周表面に切り 込みが入っていない切餅の図面が記載されているから,かかる個包装を用い て側周表面に切り込みが入った切餅を販売することを承認することはあり得 ないとも証言している。 Cは,第三者性が極めて高いというだけではなく,平成13年から平成1 5年にかけて被告の製造・販売する切餅のイトーヨーカ堂の仕入担当という 立場であり,かつ,「こんがりうまカット」の開発段階から関与した人物で ある。 特に,「こんがりうまカット」の開発は,イトーヨーカ堂のH社長からの 取扱い中止指示という極めて異例な出来事に起因するものであり,しかも, H社長の指示に反し,自分自身の人事的な不利益まで覚悟して被告の切餅の 仕入・販売を継続しようとしたことに関連した出来事であったことも相まっ て,その記憶も極めて鮮明であり,その証言の内容も具体的である。 さらに,平成14年当時,イトーヨーカ堂食品事業部加工食品部シニアマ ーチャンダイザー(以下「シニア」という場合がある。)として業務に当た っていたI(以下「I」という。)は,被告の「こんがりうまカット」の仕 入れ・販売の責任者でありCの上司に当たるところ,平成14年に被告が製 造し,イトーヨーカ堂が仕入れて販売した切餅につき,「平成14年の秋に 株式会社イトーヨーカ堂において販売した切り餅『こんがりうまカット』は 包装表示内容どおり,上面及び底面にのみ切込みがあるもの以外の認識はあ りませんでした。表示内容と違う内容の商品を販売した記憶はありません。」 としている(甲31)。 このように第三者性が極めて高く,また,平成14年当時の「こんがりう まカット」の仕入れの責任者であるIが,「こんがりうまカット」の側周表 面に切り込み部が存在しないことを明言しており,平成14年当時の「こん がりうまカット」の側周表面に切り込みがないことがより明確に裏付けられ るものである。 (3) 「こんがりうまカット」の側周表面に切り込み部が設けられているとする 被告の証拠はいずれも信用性がないこと ア Bは,平成14年に製造・販売された「こんがりうまカット」の側周表 面に切り込み部が設けられていた旨証言するが,イトーヨーカ堂から上下 面のみに切り込みのある仕様の切餅の了承を得るに当たっては,書面で説 明しているにもかかわらず,その後の2回の仕様変更,すなわち,@上下 面のみの切り込みを上下面及び側周表面の切り込みとすること,A上下面及び側周表面の切り込みを上下面のみの切り込みとすることは,いずれも口頭での説明であると証言する。しかし,イトーヨーカ堂では,NB商品であれ,PB商品であれ,留め型商品であれ,食品メーカーが,その内容を変更する場合には,必ず書面により変更内容を事前にイトーヨーカ堂仕入担当に通知することとなっており,口頭で了解を取ることはあり得ない。 また,Bは,平成14年11月23日から側周表面に切り込みのない「こんがりうまカット」に仕様変更した理由として,細菌が切餅の側周表面の切り込みの部分に入るという衛生面の問題があった旨証言する。しかし,切餅に細菌が付着するという問題が商品の販売後に判明したというのは,切餅のトップメーカーである被告の生産管理として余りにずさんであって,極めて不自然である。また,実際に細菌が切餅に付着する問題が生じていたのであれば,イトーヨーカ堂に報告したうえで,既に販売している「こんがりうまカット」を回収すると共に,消費者に対して注意を呼びかけるのが,食品メーカーとしての責務であり,かかる行動におよばなければ重大な問題に発展する。当然このような問題をCを初めとするイトーヨーカ堂担当者が聞けば,大問題として取り上げ,「こんがりうまカット」の回収及び取扱い中止を即座に決定することは容易に想像できる。しかしながら,Bによれば,側周表面の切り込みを中止するという仕様変更について,立ち話程度で口頭でCより了承を得たにとどまると証言しており,極めて不自然・不合理である。 Bは,乙33(先行事件乙1)の「こんがりうまカット」は,イトーヨーカドー新潟木戸店で購入したものであるとし,その根拠として,同新潟木戸店の領収書があると証言している。この領収書は,本件訴訟においても証拠(乙57)として提出されている。そして,当該商品を購入し,保 管した理由について,「記念というわけじゃないんですけれども,サトウ 食品の歴史という部分も踏まえ保管しておったという部分になります」と 証言している。しかし,乙57の領収書には,「試食サンプル購入代金」 と記載されており,平成14年10月21日に購入された「サトウ 切り 餅」2個は,あくまで「試食」用であって,購入後に食され,保管される はずのない商品である。すなわち,Bが購入の目的であるとする「歴史と いう部分も踏まえ保管した」という証言や,当該商品を保管していたとい う事実は,当該領収書の記載と齟齬している。 さらに,被告における製品等の保管状況も判然としない上,当期商品を 長期間保存していたという目的自体,「歴史という部分を踏まえ」などと いう,極めて不自然なものである。しかも,被告自らが製造・販売してい る商品をあえてイトーヨーカ堂で購入すると共に,これを社内で長期間保 存していたというのは極めて不自然であることは明らかである。 したがって,乙33公正証書に掲載されている「こんがりうまカット」 が,平成14年に購入し,そのまま保管していたとするBの証言も不自然 ・不合理であり信用できない。 イ 被告は,被告役員・社員の陳述書を多数提出するが,これらの陳述書は単 にBの証言と同様のことを陳述しているにすぎず,同様に信用性のないもの である。 (4) 被告が本件訴訟において追加した証拠を加味したとしても,Bの証言及び被 告の主張する時系列が不自然・不合理であること ア まず,外袋及び個包装に示された商品の写真・図柄と商品内容が齟齬する 点について,全く配慮を欠いたまま市場に置いていることは不自然である。 これは,被告が追加した証拠その他の被告の証拠を加味しても,不自然・不 合理であることに変わりはない。 イ 側周表面の切り込み部を設けるか否かという,切餅の重要な特徴的構成を 突然変更したにもかかわらず,口頭でのやりとりのみで処理するのは不自然 である。上下面にのみ切り込み部を設けている「こんがりうまカット」につ いては,書面を提出してイトーヨーカ堂に対して商品構成を説明しているに もかかわらず,側周表面に切り込み部を設けるという商品構成の変更につい ては一切書面を提出していない。被告の主張によれば「こんがりうまカット」 の側周表面に切り込み部を設けることを決定したのは平成14年7月23日 であるが,その後の同月29日に,イトーヨーカ堂に対して提案書,デザイ ン内容等を提出することになっているものの(乙123),この提案書やデ ザイン内容等は本件訴訟には一切提出されていない。被告は,この平成14 年7月29日に「提案書」という正式書面によって,「こんがりうまカット」 の側周表面に切り込み部を設けたことを説明する機会があったにもかかわら ず,Bはこれを行っておらず,あくまで口頭で説明したとしているのである。 また,平成14年11月23日から側周表面に切り込みのない「こんがり うまカット」に仕様変更した理由として,細菌が切餅の側周表面の切り込み の部分に入るという衛生面の問題があった旨証言し,被告の主張においても これと同様の理由を挙げている。 しかし,このような中止の理由を示す平成14年当時の書類は本件訴訟に おいて提出されておらず,極めて不自然である。先にも述べたとおり,細菌 が入るという衛生上の問題があったのであれば,正式な書面によりイトーヨ ーカ堂に対して説明するだけではなく,公表をして,製品の回収を行わなけ ればならない筈であるが,このように公表して回収したという事実のみなら ず,書面によりイトーヨーカ堂に対して説明した事実さえ,被告の追加証拠 を含めて一切記載されておらず,かかる観点からも,不自然・不合理である ことに変わりはない。 ウ 極めて短期間に,切餅の重要な特徴的構成を変更することの合理的な理由 及び説明がないことは不自然である。 平成14年11月23日から側周表面に切り込みのない「こんがりうまカ ット」に仕様変更した理由に合理性がなく,その他,これをこれほど短期間 に側周表面に切り込みを設けないこととした合理的な理由はないことは上記 のとおりである。 また,被告は,平成14年1月から新商品の開発を開始し,上下面の十字 スリットのみの「こんがりうまカット」について,平成14年5月17日に イトーヨーカ堂に対する初回のプレゼンテーション(以下「プレゼン」とい う場合がある。)を行い,同年6月3日にも試食プレゼンを実施している。 すなわち,平成14年7月までの間の約6ヶ月の間に十分に開発を行ってい たにもかかわらず,7月になって,側面から餅が飛び出してしまうことが判 明したというのは余りに不自然である。乙136によれば,被告社員J(以 下「J」という。)は,平成14年7月17日の段階で,上下面のみに切り 込み部が設けられた切餅について,「偏って膨れることがない」と「ギリギ リ許せるもの」も入れて97.5〜98%であり,「キレイなもの」で92. 5〜90%であるとしている。このパーセンテージは,0.5%刻みである ことから,少なくとも200個の切餅を焼き上げたデータであると考えられ るところ,平成14年7月17日の段階で,被告としては,少なくとも90 %以上の確率で上下面にのみ切り込み部を設けた切餅が,偏って膨れること がないとしているのであって,この乙136の記載と被告の上記主張は矛盾 する。 さらに,平成14年7月23日の段階では,同年9月中旬に「こんがりうまカット」の生産を開始する予定であるところ(乙47),切餅の側周表面に切り込み部を設けるための装置をこれから設計して製造させ,かかる装置によって現に生産できるかどうかについて検証するためには,2か月弱の期間では到底間に合わない。かかる状況において,切餅の側周表面に切り込み部を設けることを決定すること自体不自然・不合理である。 エ 「こんがりうまカット」の購入目的が証拠と齟齬し,また,保管目的が不自然であること K(以下「K」という。)の陳述書(乙38)によれば,平成14年10月21日に「こんがりうまカット」をイトーヨーカドー新潟木戸店で購入した理由は,流通過程で商品が割れていないかどうかを確認するためである,商品が割れているかどうかは外装をあけなくても確認できるためそのまま保存した,とする(乙38,12頁)。しかしながら,外装をあけることなく,流通過程で商品が割れていないかどうか確認できるのであれば,わざわざ購入する必要はない。しかも商品が割れているかどうかの確認を僅か二つのサンプルで行うというのも不合理である。更には,商品が割れているかどうかを確認することを購入動機としたとすれば,乙57に「試食用サンプル商品購入代金」と記載されていることと明らかに齟齬しているものであり,この点の乙38における説明(12頁)も実際の用途とは異なる経費申請をしたというものであって不合理である。 また,「こんがりうまカット」を保存した理由として,Kの陳述書では,被告にとって久しぶりの商品形態の変更であり,商品の記録として整理して保管しておくため,製品開発や販売に関する歴史・経緯に関する取材を受けた際の説明のために現物を保管したと陳述している(乙38,11頁)。し かしながら,Bの証言等にあるとおり,側面の切り込みについて,工場から 安全面,衛生面で問題が発生する可能性があるとの連絡を受け,平成14年 11月23日からは,側面の切り込みがない「こんがりうまカット」を製造 ・販売するようになったことが事実であれば,本来保管されるべきは側面の 切り込みがない「こんがりうまカット」であるはずである。なぜならば,製 品開発や販売に関する歴史・経緯の取材を受けた場合に,工場から安全面, 衛生面で問題が発生する可能性があり製造を中止した製品で説明するはずが ないからである。また,被告が平成15年9月1日に発売した「パリッとス リット」に関する商品発表会等において,製品開発や販売に関する歴史・経 緯が語られているにもかかわらず,側周表面に切り込み部を設けた「こんが りうまカット」に関して何ら語られていないことも,製品開発や販売に関す る歴史・経緯に関する取材を受けた際の説明のために現物を保管したとする 陳述が不自然であることを裏付ける。 以上のとおり乙33公正証書等の対象とされている「こんがりうまカット」 の購入目的が証拠と齟齬し,また,保管目的が不自然であること,更には保 管方法も判然としないことは,被告が追加した証拠をもってしても変わると ころはない。 (5) 被告は本件特許の出願日以前に発明を完成させていないこと 被告は,本件特許の出願日以前に発明を完成していたとは考えられない。 第1に,被告が発明を完成したとする経緯は,被告の主張によれば,平成 14年に発売された「こんがりうまカット」の側周表面に切り込み部を設け ることを決定した経緯である。しかし,上記のとおり,平成14年に発売さ れた「こんがりうまカット」の側周表面に切り込み部はなかったのであるか ら,被告において切餅の側周表面に切り込み部を設けることを検討すること もなかったといわざるを得ないし,被告の主張する発明も本件特許の出願日 以前に完成していたとはいえない。 第2に,被告は,「こんがりうまカット」の発売直前の平成14年9月6 日,「こんがりうまカット」の開発に携わっていたDを発明者として,上下 面のみに十字の切り込みのある切餅に関する被告第1特許出願をし,さらに, 上下面及び側周表面に切り込みのある切餅「パリッとスリット」の発売直前 の平成15年7月17日,発明者をDとして,「上面,下面,および側面に 切り込みを入れたことを特徴とする切餅」を特許請求の範囲請求項1とする 被告第2特許出願をしている。被告の主張によれば,遅くとも平成14年8 月8日までに,切餅に上下面の十字スリット及びサイドスリットを設ける技 術の効果が明確に確認されたとのことであるから,被告の主張する発明が完 成していたのであれば,平成14年9月6日の被告第1特許出願の明細書等 に側周表面の切り込み部に関する記載があってしかるべきである。しかし, かかる記載は一切存在しない(乙133)。また,被告が完成したと主張す る発明と同一の内容の発明は,被告により平成15年7月17日に被告第2 特許出願として出願されており,かかる出願経過に鑑みれば,同出願日に近 接して,被告の主張する発明が完成したと考えるのが自然である。換言すれ ば,本件特許の出願日である平成14年10月31日以前に,被告の主張す る発明が完成したとは,かかる出願の経緯に鑑み,到底考えられない。 第3に,本件特許の出願日以前に被告の発明を完成したとの被告の主張を 裏付ける各証拠に信用性がないことについては,上記で既に検討したとおり である。 (6) 被告は本件特許の出願の際に被告の発明の実施またはその準備をしていな いこと 被告は,本件特許の出願の際に日本国内において発明の実施である事業をしていたと主張し,その根拠として,平成14年10月21日に側周表面に切り込み部が設けられた切餅「こんがりうまカット」を販売していたと主張する。 また,被告は,平成14年10月21日に発売した「こんがりうまカット」の側周表面に切り込み部が設けられていたか否かにかかわらず,被告は,「特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である・・・事業の準備」をしていたと主張し,その根拠として,主に「サイドスリット装置」を納入し設置したことを主張している。 しかし,被告が本件特許の出願の際に被告の発明の実施またはその準備をしてはいない。 第1に,上記のとおり,平成14年に発売された「こんがりうまカット」の側周表面には切り込み部が設けられていなかったのであり,したがって,被告が本件特許の出願の際に発明を実施していないことは明らかである。 第2に,被告は,「サイドスリット装置」は,平成14年に発売された「こんがりうまカット」の側周表面に切り込み部を設けるための装置であると主張しているところ,「こんがりうまカット」の側周表面には切り込み部が設けられていない。すなわち,切餅の側周表面に切り込み部を設けるための装置たる「サイドスリット装置」は,平成14年には存在していなかったといわざるを得ない。 第3に,切餅の側周表面に切り込み部を設けるための装置たる「サイドスリット装置」が被告に納品され,設置されたとする被告の主張を裏付ける各証拠には信用性がない。 以上のとおり,被告が本件特許の出願の際に「被告発明」の実施またはそ の準備をしていたとは考えられないのであって,被告の主張は失当である。 12 争点(5)(原告による権利行使が信義則に違反し権利濫用となるか)につ いて〔被告の主張〕 (1) 原告の権利行使は信義則に反し,権利の濫用である。 たとえ被告製品が本件発明の技術的範囲に属するとしても,原告による権 利行使は,信義則に反し,あるいは,権利の濫用であって許されない。 原告も加入している新潟県餅工業協同組合(以下「県餅工」という。)の 理事会において,原告は,県餅工が被告から被告の特許について無償の実施 許諾を受けた上で被告の特許の実施許諾を希望する組合員に対して低廉な実 施料で再実施許諾をすることを,自ら承認していた。つまり,原告は,餅業 者が被告の特許を実施することについて,異論を述べずこれを許容していた。 また,原告は,被告の特許を低廉な実施料で他の餅業者に再実施許諾するこ とを自ら承認し,特許の実施料がごく少額にすぎないことを認めていた。当 該事実,スリットの存在は消費者の購買動機に結びついていないこと,及び, 本件発明の技術的意義に照らせば,原告の請求は,およそ社会通念を逸脱し た巨額の請求といわざるを得ない。 また,原告による本件発明は,平成14年10月にサイドスリット入りの 「こんがりうまカット」が被告から発売された後,これに依拠してなされた ものであり,それにもかかわらず,原告は,本件特許が登録されたことを奇 貨として,被告に対し巨額の賠償を請求しているものである。 (2) 原告は,他の餅業者が低廉な実施料で被告の特許の実施許諾を受け,これ を実施することを自ら承認していた。 新潟県は,餅業界の上位4社がいずれも同県に本社を置き,餅業者が設立 した全国餅工業協同組合(以下「全餅工」という。)の組合員のうち約3分 の2が同県内の業者であることからもうかがわれるように,日本において最 も餅の製造が盛んな県である。その新潟県において,原告及び被告を含む新 潟県下の餅業者合計12社は,県餅工を設立し,餅の食文化の維持・発展に 努め,新潟県下で製造された餅製品の普及拡大を図るべく活動を行っている。 被告は,切餅の上下面及び側面に切り込みを設ける技術について,平成1 5年7月に被告第2特許出願を行い,平成16年10月に特許査定を得てい るところ,平成18年に至り,きむら食品から,被告に対し,この被告の特 許について実施許諾を受けたいとの要望があった。この要望に対し,被告は, 同業者から実施料を得るのは望ましくなく,また,広く餅業者に被告の特許 を利用できるようにすることが業界の発展につながると考え,自らが直接き むら食品に対して実施許諾を付与するのではなく,県餅工に対して被告の特 許の無償の通常実施権を与え,県餅工が,県餅工及び全餅工の組合員に対し て低廉な実施料で通常実施権の再許諾をするという案に思い至った。被告が 県餅工において上記の提案を行った結果,かかる提案は歓迎され,被告の特 許の再許諾に関する実施料を,生産数量1000kg当たり3000円とす ること等が全会一致で決議された。県餅工の理事を務めていた当時の原告代 表者も,これらの議案に何らの留保もなく賛成票を投じている。 以上のように,原告自ら,餅業者が被告の特許の実施品を製造・販売する 行為に異議を述べないばかりかこれを積極的に承認しておきながら,後にな ってかかる行為が原告の特許権を侵害するものと主張することは,極めて不 誠実かつ背信的なものであって,原告の請求は,信義則に反するとともに, 権利濫用に当たる。 (3) 原告は,被告の特許が低廉な実施料で再実施許諾されていることを知り, かつ,これを承認していた。 生産数量1000kg当たり2000円ないし3000円という再許諾実 施料は,別紙代表製品目録記載1の商品(内容量1kg)の卸値を基準とし て実施料率に換算すると,わずか約0.258%ないし0.387%にとど まる。これによれば,原告としては,仮に原告の特許について県下の餅業者 が有償の実施許諾を受けた場合でも,せいぜいその実施料率は約0.258 %ないし0.387%程度が妥当であると考えていたといえる。ところが, 本件訴訟における請求額は,これをはるかに超えている。 また,原告は,あたかもスリットの存在により多額の利益を得られるかの ように主張するが,実際のところ,スリットの有無は消費者の購買動機に結 びついてはいない。原告の請求は,かかる事実を全く無視した,法外ともい える請求である。 (4) 本件発明は,端的にいえば,食べ物である切餅の側面に切り込みを入れる, という,ごく簡単な技術である。 被告第2特許出願にかかる特許が数値限定によって有意な作用効果を表す ことからも明らかなとおり,その設定によっては,切餅への切り込みは画期 的な効果をもたらすものである。とはいえ,その内容は,量産上の問題を措 けば,食品に切り込みを設けるというごく簡単なものであり,他の料理にお いても,よく見られる技術にすぎない。このような,食品に切り込みを設け るという生活の知恵ともいうべき技術について,単に特許を取得しているこ とをもって巨額の金銭が得られるなどというのは,到底首肯し得るものでは なく,社会通念に反すること甚だしい。しかも,本件発明は,出願前に公知 技術あるいは先願技術が存在する中で出願された発明であり,度重ねて拒絶 理由通知を受け,クレームの減縮を繰り返した結果,ようやく特許査定を得 たという発明であり,このことからも,本件発明に基づいて認められるべき 権利行使の範囲が,仮にあるとしても限定的に解されるべきことは明らかで ある。それにもかかわらず,原告の主張するような巨額の請求が認められれ ば,餅業界はもちろん,他の食品業界においても,既存の発明を踏まえて創 意工夫を行う可能性を阻害する結果となり,かえって技術の発展を阻害しか ねない。 (5) 本件特許が出願された経緯に照らせば,本件発明が,被告の発明に依拠し たものであることが容易にうかがえる。平成14年10月21日,被告の発 明の実施品である「こんがりうまカット」がイトーヨーカ堂の諸店舗から発 売された。この商品は,平成14年1月に,被告のNB製品がイトーヨーカ ドーから発注停止を受けるという,業界としては衝撃的な事件があった後に 発売された商品であり,いわば,被告がイトーヨーカ堂に取扱いの再開を認 めさせた商品であったことから,通常の新商品以上に業界の注目を集めてい た。原告は,被告の「こんがりうまカット」の発売を知り,急遽社内で対策 を練り,慌てて弁理士と協議をして本件出願を行ったものである(乙115。 きむら食品代表者の陳述書)。切餅が現在のように個包装された形で販売さ れ始めたのは,昭和58年,被告が「シングルパック」という個包装入り切 餅を販売したことに遡るところ,平成14年に至るまで19年もの間,個包 装された切餅に切り込みを入れた商品は販売されてこなかった。そうした中 で,業界1位の被告が切り込み入りの切餅を販売した直後に,業界2位の原 告が切餅に切り込みを入れた技術について特許出願するということが,全く 独立して偶然に起きたこととは到底考えられない。このような事象が生じた のは,原告が,「こんがりうまカット」の発売を知り,被告発明に依拠した からと考えるほかない。 (6) 上記のように,本件発明が,被告の「こんがりうまカット」の発売を知り, これに実施された被告発明に依拠したものであることは明白である。それに もかかわらず,被告の発明の実施品であり,「こんがりうまカット」をバー ジョンアップしたにすぎない被告製品について,特許権侵害を理由とする損 害賠償請求をすることは,自らの出願した発明に特許が得られたという事実 を奇貨とした背信的な行為であり,発明者を保護し,発明を促進するために 存在するはずの特許権を,その趣旨に反して行使するものであって,信義則 に反し,また,権利の濫用として許されないものである。 なお,原告の請求が信義則に反し,権利の濫用に当たることは,証拠によ る認定が,万一被告が平成14年10月に発売した「こんがりうまカット」 にはサイドスリットがなく,上下面の十字スリットのみが施されていたとい う限度にとどまったとしても,変わるものではない。なぜなら,そのような 認定の下でも,原告が,上下面十字スリットの「こんがりうまカット」に依 拠し,切り込みを設けるという技術に着目した上,先行する「こんがりうま カット」に抵触しないよう,上下面に切り込みを設けることを敢えて除外し て本件出願を行ったものと考えられるのであって,かような出願を行ってお きながら,請求項の記載が不明確であることや,特許庁が補正を認めなかっ たといった事実を奇貨として,被告の行為を特許権侵害と主張することは, 到底信義に適うものとはいえないからである。 〔原告の主張〕(1) 被告主張の実施許諾の議案の事例は,被告1社による1件の特許の実施許諾 の実例であり,しかも無償許諾という極めて異例な実例であり,これをもっ て,餅業界の特許実施許諾料の標準ということはできない。平成17年9月 14日付け食品新聞(甲11)でも,被告は特許登録以前より県餅工に管理を委ねてその技術を加盟者に公開する方針としているが,他方で,原告はあくまで個別交渉を行うという方針を示していることからもわかるとおり,餅業界として無償または著しく低い料率で特許を許諾するような慣行は存在していないものである。 更に,県餅工は,中小企業等協同組合法に基づき設立された協同組合であるところ,同法1条では「この法律は,中小規模の商業,工業,鉱業,運送業,サービス業その他の事業を行う者,勤労者その他の者が相互扶助の精神に基き協同して事業を行うために必要な組織について定め,これらの者の公正な経済活動の機会を確保し,もつてその自主的な経済活動を促進し,且つ,その経済的地位の向上を図ることを目的とする。」とされ,また5条1項として「組合は,この法律に別段の定めがある場合のほか,次の各号に掲げる要件を備えなければならない。」とし,同項1号として,「組合員又は会員(以下「組合員」と総称する。)の相互扶助を目的とすること。」が掲げられている。更に同条2項では「組合は,その行う事業によつてその組合員に直接の奉仕をすることを目的とし,特定の組合員の利益のみを目的としてその事業を行つてはならない。」とされている。県餅工では,組合員又は会員の相互の扶助という目的の範囲で活動を行うことができ,また,事業を行うにあたって特定の組合員の利益のみを目的として事業を行ってはならないという限界があるのであって,かかる制約の中での実施許諾の事例を,餅業界における事業者間で行う特許権の実施許諾の際の実施料率の実例とすることはできないことは明らかである。 原告の代表取締役が理事として,県餅工が被告から無償で特許の通常実施権の許諾を受けること,県餅工が組合員に再実施許諾すること,きむら食品に対する再実施許諾料を減額することについて承認したのは,上記中小企業等 共同組合の目的に照らして反対する理由はないことから承認したものであっ て,本件特許の実施を組合員に許諾したとか,または,県餅工から組合員に 対する再実施許諾の実施料率を餅業界一般の実施料率の標準として承認した ものではない。 (2) 被告は,平成14年に販売された「こんがりうまカット」の側周表面に切り 込み部が設けられていることを前提としているが,「こんがりうまカット」 の側周表面には切り込み部は設けられていないのであって,側周表面に切り 込み部を設けることを内容とする本件特許が「こんがりうまカット」に依拠 したものではないことは明らかである。なお,本件特許の出願当初明細書の 特許請求の範囲の請求項1は,「角形の切餅や丸形の丸餅などの小片餅体の 載置底面ではなく上側表面部に,周方向に長さを有する若しくは周方向に配 置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けたことを特徴とする 餅。」と記載されており,上側表面部に切り込みを設ける構成が開示されて いるだけではなく,切餅のみならず丸餅も含めて特許出願がされているもの である。すなわち,本件特許の出願経過から見れば,平坦上面に該当する部 分の切り込みを排除したものでもなければ,丸餅に関する特許も出願してお り,「こんがりうまカット」に依拠して出願したということはありえない。 (3) 原告による本件特許権に基づく権利行使が信義則に反し,あるいは権利濫 用であるとの被告の主張には,全く理由はなく失当である。 13 争点(6)(先行事件判決の既判力による遮断の有無)について〔被告の主張〕 原告の請求のうち,先行事件製品の平成23年11月1日から平成24年1 月31日までの販売等の行為を問題にする請求については,既に,平成24年 1月31日を口頭弁論終結時とする先行事件において審理・判決がされ,既判力が生じている。 したがって,本件訴訟においては,先行事件の既判力に抵触する上記行為を理由とする権利主張は遮断されるから,原告の主張のうち,先行事件製品の平成23年11月1日から平成24年1月31日までの販売等によって被った損害を不法行為に基づく損害賠償請求として請求する部分については,棄却を免れない。 具体的には,原告は,先行事件の訴状(乙163)において,請求原因として,「第3 被告製品」,「1 被告の行為」との見出しのもと,「被告は,本件特許権の登録日である平成20年4月18日以前から現在に至るまで,別紙物件目録1乃至5記載の各食品・・・を,製造し,販売及び輸出をしている」と主張していた。その上で,「第4 差止及び損害賠償請求」において,損害賠償額に関する主張を行っていた。その後,原告は,平成23年11月16日付け訴え変更の申立書(乙164)において,「本訴え変更の申立は,損害賠償請求に関する追加的変更であり,訴え提起以降の被控訴人の対象製品の売上げを加味して,平成21年3月11日付け訴状・請求の原因『第4 差止及び損害賠償』のうち,(1)ないし(4)を変更する」として,訴状の「第4差止及び損害賠償」の記載内容を変更している。しかし,訴状「第3 被告製品」,「1 被告の行為」の内容については,これを変更していない。すなわち,先行事件で訴訟物を基礎付ける請求原因とされた被告の行為は,「平成20年4月18日以前から現在に至るまで,別紙物件目録1乃至5記載の各食品・・・を,製造し,販売及び輸出をしている」行為である。この点,上記先行事件訴状記載の「現在に至るまで」との文言の「現在」がいつかが問題となるが,原告が,平成23年11月16日付け訴え変更の申立書において,「本訴え変更の申立は,損害賠償請求に関する追加的変更であり,訴え提起以降の被 控訴人の対象製品の売上げを加味して」請求原因を変更するとしながら,訴状 「第3 被告製品」「1 被告の行為」を変更していない点に照らせば,この 「現在」の意味を,「訴状提出時」と解することは不可能である。そうすると, この「現在」の意味は,口頭弁論終結時を指すと解するほかない。それゆえ, 先行事件は,被告が,本件特許の登録日である平成20年4月18日から先行 事件の口頭弁論終結時に至るまでに,先行事件製品を,製造し,販売及び輸出 した行為について,損害賠償を求めたものといえる。 以上のとおり,先行事件製品を,平成23年11月1日から先行事件の口頭 弁論終結時である平成24年1月31日までに製造販売した行為に関する損害 賠償については,先行事件と本件訴訟とで,共に請求の対象とされている。そ して,先行事件については,既に判決が確定している以上,その既判力により, その判決と抵触する主張は許されない。したがって,かかる部分に関する請求 については,棄却を免れない。 〔原告の主張〕 被告は,本件訴訟の対象となっている被告製品のうち,先行事件における被 告製品の平成23年11月1日から平成24年1月31日までの販売等によっ て被った損害の賠償請求については,先行事件の判決の既判力によって遮断し ていると主張する。 しかし,先行事件の訴状(乙163)においては,損害の対象となる被告製 品(先行事件製品)の販売時期を平成20年4月18日から訴訟提起時までと しており(8頁),また,平成23年11月16日付け訴え変更の申立書(乙 164)でも,平成20年4月18日から平成23年10月31日までとして おり,先行事件における原告の被告に対する請求は,明示的な一部請求である ことは明らかである。原告は,先行事件の控訴審において提出した平成23年12月15日付け第3準備書面(甲47)において,かかる損害賠償請求が一部請求であることを明示している(6〜7頁)。そして,現に先行事件の控訴審判決(乙17)の7頁において,「原告は,被告に対し,平成20年4月18日から平成23年10月31日までの本件特許権侵害の不法行為による損害賠償の一部請求として」損害賠償請求をしていることが明記されている。 したがって,本件訴訟における原告の被告に対する請求の一部が,既判力により遮断されているとする被告の主張は失当である。 14 争点(7)(原告の損害ないし被告の不当利得額)について〔原告の主張〕 (1) 損害賠償請求(下記ア,イのいずれか高額な方を選択的に請求し,これに ウを合計する。) ア 特許法102条2項に基づく請求 (ア) 先行事件製品(別紙代表製品目録1〜5記載の被告製品)については, 平成23年11月1日ないし平成24年4月27日の販売等に係る分 を対象とする。 (イ) 上記以外の被告製品については,平成20年11月1日ないし平成2 4年4月27日の販売等に係る分を対象とする。 (ウ) 上記にかかる請求額は,以下のとおりである。 254億円(売上げ)×45%(利益率)×15%(寄与率)=17 億1450万円 イ 特許法102条3項に基づく請求 (ア) 上記ア(ア),(イ)と同じ。 (イ) 請求額は,以下のとおりである。 254億円(売上げ)×3%(実施料率)=7億6200万円 ウ 弁護士・弁理士費用 1億7145万円を下らない。 (2) 不当利得返還請求 先行事件製品以外の被告製品について,平成20年5月1日ないし同年 10月31日の販売等に係る分を対象とする。この間の同製品の売上げ額は 10億円を下らない。本件特許の実施料率は3%が相当であるから,被告は 実施料相当額3000万円の利得を得た。 (3) 小括 以上(1),(2)の合計により,原告は,被告に対し,19億1595万円 及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年5月29日から支払 済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (4) 被告の主張につき ア 先行事件において支払われた損害額を控除した後の,平成20年5月1 日から同年10月31日までの被告製品の売上高は10億6407万円で あること,平成20年11月1日から平成23年度までの被告製品の売上 高が230億7589万7734円であり,この売上高を対象として原告 の損害額ないし返還されるべき不当利得額を算定すること,被告製品の限 界利益率は30%であることについて,いずれも認める。 イ 本件発明の寄与率は15%を上回ることはあっても,これを下回ること はない。 ウ 被告の主張する実施料率は,餅業界の一般的な実施料率ではない。 〔被告の主張〕(1) 先行事件において支払われた損害額を控除した後の平成20年5月1日か ら同年10月31日までの被告製品の売上高は10億6407万円であり, 平成20年11月1日から平成23年度までの被告製品の売上高は230億 7589万7734円である。また,被告製品の限界利益率は30%である。 その余の原告の主張は否認ないし争う。 (2) 特許法102条2項に基づく損害額を算定するに際して,製品の販売利益 中に占める本件発明の貢献度ないし寄与率は,非常に低く,仮に認められる としても,技術的ないし顧客の購入への寄与及び切餅業界における技術的評 価等を考慮すると1〜1.5%程度と考えるのが相当である。 (3) 不当利得返還請求額算定の際に考慮すべき実施料率は,前記12〔被告の 主張〕記載の県餅工の再実施許諾の実施料をもとにした場合の実施料率とす べきである。すなわち,これは原告代表者が自ら認めた実施料(率)であり, かつ,市場全体の70%を超えるシェアを握っている業界上位4社を組合員 に含む県餅工において適切と判断した実施料率であって,餅業界における一 般的な実施料率であると考えられるから,その0.258%〜0.387% の実施料率を適用すべきである。 |
|
当裁判所の判断
1 争点(1)ア(構成要件Bの充足性)について (1)ア 本件明細書等には,以下の記載がある。 ・「【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】 餅を焼いて食べる場合,加熱時の膨化によって内部の餅が外部へ突然 膨れ出て下方へ流れ落ち,焼き網に付着してしまうことが多い。」(段 落【0002】) ・「そのためこの膨化による噴き出しを恐れるために十分に餅を焼き上げ ることができなかったり,付きっきりで頻繁に餅をひっくり返しながら 焼かなければならなかった。・・・オーブントースターや電子レンジな どで焼くことが多い今日では,・・・結局この突然の噴き出しによって 焼き網を汚してしまっていた。」(段落【0003】) ・「このような膨化現象は焼き網を汚すだけでなく,焼いた餅を引き上げ ずらく,また食べにくい。更にこの膨化のため餅全体を均一に焼くこと ができないなど様々な問題を有する。」(段落【0004】)・「しかし,このような膨化は水分の多い餅では防ぐことはできず,十分 に焼き上げようとすれば必ず加熱途中で突然起こるものであり,この膨 化による噴き出し部位も特定できず,これを制御することはできなかっ た。」(段落【0005】)・「一方,米菓では餅表面に数条の切り込み(スジ溝)を入れ,膨化によ る噴き出しを制御しているが,同じ考えの下切餅や丸餅の表面に数条の 切り込みや交差させた切り込みを入れると,この切り込みのため膨化部 位が特定されると共に,切り込みが長さを有するため噴き出し力も弱く なり焼き網へ落ちて付着する程の突発噴き出しを抑制することはできる けれども,焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼 き上がりとなり,実に忌避すべき状態となってしまい,生のつき立て餅 をパックした切餅や丸餅への実用化はためらわれる。」(段落【000 7】)・「本発明は,・・・切り込みの設定によって焼き途中での膨化による噴 き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化 でき,しかも切り込みの設定によっては,焼き上がった餅が単にこの切 り込みによって美感を損なわないだけでなく,逆に自動的に従来にない 非常に食べ易く,また食欲をそそり,また現に美味しく食することがで きる画期的な焼き上がり形状となり,また今まで難しいとされていた焼 き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛躍的に増大させるこ とも期待できる極めて画期的な餅を提供することを目的としている。」 (段落【0008】)・「【発明の効果】 本発明は上述のように構成したから,切り込みの設定によって焼き途 中での膨化による噴き出しを制御できると共に,焼いた後の焼き餅の美 感も損なわず実用化でき,しかも切り込みの設定によっては,焼き上が った餅が単にこの切り込みによって美感を損なわないだけでなく,逆に 自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また現に美味 しく食することができる画期的な焼き上がり形状となり,また今まで難 しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ餅の消費量を飛 躍的に増大させることも期待できる極めて画期的な餅となる。」(段落 【0032】)・「しかも本発明は,この切り込みを単なる餅の平坦上面に直線状に数本 形成したり,吉井雅栄状や+状に交差形成したり,あるいは格子状に多 数形成したりするのではなく,周方向に形成,例えば周方向に連続して 形成してほぼ環状としたり,あるいは側周表面に周方向に沿って対向位 置に形成すれば一層この切り込みよって焼いた時の膨化による噴き出し が抑制されると共に,焼き上がった後の焼き餅の美感も損なわず,しか も確実に焼き上がった餅は自動的に従来にない非常に食べ易く,また食 欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となり, それ故今まで難しいとされていた焼き餅を容易に均一に焼くことができ ること(判決注:「できこと」は誤記)となる画期的な餅となる。」 (段落【0033】)・「また,切り込み部位が焼き上がり時に平坦頂面に形成する場合に比べ て見えにくい部位にあるというだけでなく,オーブン天火による火力が 弱い位置に切り込みが位置するため忌避すべき焼き形状とならない場合 が多く,膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり, この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態 とならないという画期的な作用・効果を生じる。」(段落【0034】)・「特に本発明においては,方形(直方形)の切餅の場合で,立直側面た る側周表面に切り込みをこの立直側面に沿って形成することで,たとえ 側周面の周面全てに連続して角環状に切り込みを形成しなくても,少な くとも対向側面に所定長さ以上連続して切り込みを形成することで,こ の切り込みに対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく 持ち上がり,しかも完全に側面に切り込みは位置し,オーブン天火の火 力が弱いことなどもあり,忌避すべき形状とはならず,また前述のよう に最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサン ドされている状態,あるいは焼きはまぐりができあがったようなやや片 持ち状態に開いた貝のような形状となり,自動的に従来にない非常に食 べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上が り形状となる。」(段落【0035】)イ 前記第2,2(3)及び上記アの記載によれば,本件発明は,「焼き網に載 置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅」(構成要 件A)においては,従来,餅を焼いた際の加熱時の膨化によって内部の餅 が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち,焼き網に付着してしまうことによ り,焼き網を汚すほか餅も引き上げづらく,しかも食べにくく,餅全体も 均一に焼くことができないこと,一度に多く焼くこともできず,焼き上が り状態も忌避すべき状態となることなどの課題が存したところ,その解決 のため,構成要件BないしDの構成をとることにより,切り込みの設定に よって焼き途中での突発的な膨化による噴き出しを制御(抑制)し,美感 も損なわず均一に焼き上げることができ,食べ易く,食欲をそそり,現に 美味しく食することができる餅を提供するとの作用効果を達することを目 的としたものであると認められる。 (2) 構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなく」の意義 ア このうち「載置底面又は平坦上面」については,本件発明は焼き網に載 置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅に関する ものである(構成要件A)から,切餅を焼き網に載置する際には,切餅 の最も面積の広い面を焼き網に載置すること,すなわちこれを載置底面 とすることは通常のことといえる。本件明細書等の段落【0015】の 記載,及び図1ないし図3においても,切餅の最も面積の広い面を載置 底面とすることを前提としているものと認められる。そうすると,本件 明細書等によれば,本件発明における切餅の「載置底面」とは,切餅の 最も面積の広い面を意味するものと解される。 次に「ではなく」との記載についてみると,「ではなく」とは連用形で あって,用言に係る語であるから,構成要件Bのうちの,切り込み部又 は溝部を「設け」とある部分に係るものと認められる。 イ 上記アによれば,構成要件Bは,切餅の最も面積の広い面である載置底 面又は平坦上面ではなく,小片餅体の上側表面部の立直側面である側周 表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有 する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けることを意味するもの であると解される。 一方,本件発明は,本件明細書等の段落【0014】,【0015】の 以下の記載に示されるように,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくし, 焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすることを確実に抑制 するために設けた切り込み3(段落【0014】)を,「単に餅の平坦 上面(平坦頂面)に直線状に数本形成したり,吉井雅栄状や+状に交差 形成したり,あるいは格子状に多数形成したりするのではなく,周方向 に形成」すること(段落【0015】)に技術的意義を有するものであ るから,本件発明における,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記 載は,切り込み部又は溝部を設けるべき部位が,本件明細書等の上記(1) アの段落【0007】の記載に示されるような,切り込みのない従来の 切餅に対して,従来から米菓で採用されていた,表面に切り込みを入れ るという技術を適用したものにおける切り込みの部位,すなわち「載置 底面又は平坦上面」ではない部位であることを強調する記載と解するこ とができる。そうすると,構成要件Bにおいて,載置底面又は平坦上面 に切り込み部を設けることが排除されることにはならないというべきで ある。 そして,本件明細書等の発明の詳細な説明の記載によれば,前記(1)イ 記載の,@加熱時の突発的な膨化による噴き出しの抑制,A切り込み部 位の忌避すべき焼き上がりの防止(美感の維持),B均一な焼き上がり, C食べやすく,美味しい焼き上がりを達成するとの本件発明の作用効果 は,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部を形成することにより, 焼き上がり時に,上側が持ち上がることにより生ずるものと理解するこ とができる。そして,本件明細書等には,側周表面に加えて,載置底面 又は平坦上面にも切り込み部等を形成すると,上記所期の効果が損なわ れる旨の記載もない。 したがって,構成要件Bにおいて,「小片餅体の上側表面部の立直側 面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方 向」に加えて,「載置底面又は平坦上面」にも切り込み部を設けること は排除されるものではないと解される。 ウ 以上を前提とすると,被告製品は,「載置底面又は平坦上面」に相当す る「上面17及び下面16」に,切り込み部18が上面17及び下面1 6の長辺部及び短辺部の全長にわたって上面17及び下面16のそれぞ れほぼ中央部に十字状に設けられているが,上面17及び下面16に挟 まれた側周表面12の長辺部に,同長辺部の上下方向をほぼ3等分する 間隔で長辺部の全長にわたりほぼ並行に2つの切り込み部13が設けら れ,切り込み部13は側周表面12の対向する二長辺部に設けられたも のであるから,「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に, この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向」に切り込み部が設 けられているということができるから,本件発明の構成要件Bを充足す る。 (3) 被告の主張に対する判断 被告は,構成要件Bにつき,本件発明の課題の一つである美観について, 焼き上がり時に忌避すべき状態となることを解決するため,「載置底面又は 平坦上面」に切り込みを設けることは必然的に排除されると主張する。 しかし,切り込み部位の忌避すべき焼き上がりを防止するとの本件発明 の作用効果は,側周表面に切り込み部を形成することにより,焼き上がり時 に上側が持ち上がることにより生ずるものと解することができ,側周表面に 加えて,載置底面又は平坦上面にも切り込み部等を形成すると所期の効果が 損なわれるとの記載もないことについて,上記(1)で検討したとおりである。 したがって,被告の上記主張は採用することができない。 2 争点(1)イ(構成要件Dの充足性)について(1) 構成要件Dの意義 ア 本件明細書等には,「従来は加熱途中で突然どこからか内部の膨化した 餅が噴き出し(膨れ出し),焼き網に付着してしまうが,切り込み3を設 けていることで,先ずこれまで制御不能だったこの噴き出し位置を特定す ることができ,しかもこの切り込み3を長さを有するものとしたり,短く ても数箇所設けることで,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすること ができるため,焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすること を確実に抑制できることとなる。」とし(段落【0014】),「立直側 面たる側周表面2Aに切り込み3をこの立直側面に沿って形成することで, 図2に示すように,この切り込み3に対して上側が膨化によって流れ落ち る程噴き出すことなく持ち上がり,前述のように最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)」となること(段落【0027】),「この切り込みに対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,しかも完全に側面に切り込みは位置し,オーブン天火の火力が弱いことなどもあり,忌避すべき形状とはならず,また前述のように最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態」となること(段落【0035】),がそれぞれ記載されている。 また,餅を焼くと,餅の内部が軟化するとともに,餅の内部に含まれる水分が蒸発して水蒸気となる等により,餅の内部空間の圧力が高くなり,膨化することは,技術常識である。 そうすると,構成要件Dは,側周表面に所定の切り込み部を設けた切餅をオーブントースター等で焼くと,切餅の内部が軟化するとともに,切餅の内部に含まれた水分が蒸発して水蒸気となる等により,切餅の内部空間の圧力が高くなって膨化するが,その圧力によって切り込み部等が存在する部分が変形して伸びることにより,切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がり,その持ち上がりにより,最中やサンドウィッチのような上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に自動的に膨化変形するところ,切餅の側周表面に所定の切り込み部を設けたことで,膨化による噴出力を小さくすることができるため,上記切り込み部等を設けない場合と比べて,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを抑制できる。そして,上記のように膨化変形することで,膨化による噴出力が大きくなるのを抑えられるため,切り込み部等を設けない場合と比べて,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを一定程度抑制できることを規定したものと解する ことができる。 イ なお,構成要件Dは,本件特許の出願過程における拒絶査定時に,先願 明細書等(被告第1特許出願〔特願2002-261947号(特開20 04-97063号)〕の願書に最初に添付された明細書及び図面)と同 一となる可能性について付記されたことに対応して追加された構成である ところ,前記第2,2(6)ア(ア)記載の拒絶査定で指摘された,方形の小片 切り餅の載置態様として一般的には想定しにくい態様をも含めてではなく, 最も面積の広い面を下にするという通常の載置態様で餅を焼き上げる際に, 切り込み部の上側が下側に対して持ち上がることを明確にするための記載 と解される。 そうすると,構成要件Dは,切餅の最も面積の広い面を焼き網に載置す るという通常の載置態様で焼き上げる際に,周方向に設けられた,長さを 有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部によって発揮される作用効果 を記載したものであると解され,個々の餅について,そのような作用効果 が発揮されるものに特定する旨の記載とはいえないから,周方向に長さを 有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けることにより,これら が設けられていないものと比較して,傾向として焼き網へ垂れ落ちるほど の噴き出しが抑制されていることが示されていれば足りるものと解される。 (2) 被告製品の充足性 甲5報告書によれば,被告製品は,焼き上げるに際して,切り込み部の上 側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状 部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形するものと認める ことができる。また,甲7報告書の6頁表1によれば,焼く前と比較して焼 き上げ後の厚みが増加したこと,すなわち焼き上げるに際して切り込み部の 上側が下側に対して持ち上がったことが示されており,また焼き網へ垂れ落 ちるほどの噴き出しが抑制されることも表3において統計的に示されている といえる。 以上によれば,被告製品は構成要件Dを充足するというべきである。 (3) 被告の主張に対する判断 被告は,構成要件Dにつき,最中やサンドウイッチのような挟むものと挟 まれるものがあるように見えるサンドウイッチ構造をとるものをいうべきで あり,単に上側に持ち上がり噴き出しが抑制されるように構成するものであ れば足りるとは解されない旨主張する。 しかし,上記検討のとおり,構成要件Dは,切り込み部等を設けない場合 と比べて,焼き網へ垂れ落ちるほどの噴き出しを一定程度抑制できることを 規定したものと解することができるから,被告の上記主張は採用することが できない。 3 争点(2)(作用効果の不奏功)について 被告は,被告製品が本件発明の構成要件B,Dを充足するとした場合でも,本件発明の作用効果を奏しないから,被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないと主張する。 しかし,前記第2,2(5)及び上記1,2のとおり,被告製品は本件発明の構成要件を全て充足し,かつ本件発明の作用効果を奏するものと認められる。 したがって,被告の上記主張は理由がない。 4 争点(3)ア(無効理由1〔明確性要件違反〕)について (1) 被告は,本件特許には明確性要件違反の無効理由があると主張するので, 以下,検討する。 (2)ア 被告は,構成要件Bと構成要件Dの関係が不明確であり,そのため発明の外延が不明であると主張する。 しかし,構成要件Bと構成要件Dとの関係は,それぞれの特許請求の範囲の記載によれば,構成要件Bの切り込み部又は溝部が,構成要件Dに特定される作用効果が奏されるようなものであることを記載したものであることは明らかであり,構成要件Bと構成要件Dとの関係が不明確であるとも,そのために発明の外延が不明であるともいえないというべきである。 したがって,被告の上記主張は採用することができない。 イ 被告は,構成要件B中の「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載が,載置底面又は平坦上面にスリットを設けることを排除するものでないとすれば,本件発明の作用効果である美感を奏し得ないので,その技術的意義が不明であると主張する。 しかし,前記のとおり,「載置底面又は平坦上面ではなく」の技術的意義は,発明の詳細な説明及び本件特許の出願時の技術常識を考慮すれば,切り込み部又は溝部を設けるべき位置が,「載置底面又は平坦上面ではなく」周方向であることを強調する意味であると理解できるのであるから,発明を特定するための事項の技術的意義が理解できず,出願時の技術常識を考慮すると発明を特定するための事項が不足していることが明らかであるとはいえない。 したがって,被告の上記主張は採用することができない。 ウ 被告は,構成要件Dは,「噴き出しを抑制する」という機能を果たすための機能をクレームした機能的クレームであり,本件明細書等の記載及び本件特許の出願時における技術常識を考慮しても,当該機能及び特性の意味内容が理解できないと主張する。 しかし,本件明細書等には,「従来は加熱途中で突然どこからか内部の膨化した餅が噴き出し(膨れ出し),焼き網に付着してしまうが,切り込み3を設けていることで,先ずこれまで制御不能だったこの噴き出し位置を特定することができ,しかもこの切り込み3を長さを有するものとしたり,短くても数箇所設けることで,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることができるため,焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすることを確実に抑制できることとなる。」(段落【0014】),「立直側面たる側周表面2Aに切り込み3をこの立直側面に沿って形成することで,図2に示すように,この切り込み3に対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,前述のように最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)」となること(段落【0027】),「この切り込みに対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,しかも完全に側面に切り込みは位置し,オーブン天火の火力が弱いことなどもあり,忌避すべき形状とはならず,また前述のように最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態」となること(段落【0035】),がそれぞれ記載されている。 そして,「膨化による外部への噴き出しを抑制」するとの点については,側面に切り込みを設けた本件発明の餅は,主として上下方向から加熱するのが通常であるオーブントースター等で焼き上げた際に,直接放射熱が当たる上面及び底面に比べて,放射熱が直接当たりにくく火力が弱い側面に切り込みが設けられているところ,加熱に伴い餅内部の水が水蒸気となり,かつ空気が膨張して餅を膨らませ,内部の圧力に餅の表面が耐えられなくなると,上下面よりも火力が弱い側面に設けられた切り込みが割れの契機となってそこから割れ,上側が下側に対して持ち上がり,内部に空洞が生じ,結果的に外部への噴出力が減少して,焼き網に垂れ落ちるほどの餅の噴き出しが抑制されることは,本件明細書等の段落【0034】及び【0035】の記載及び自然法則からしてごく自然に考えられることである。 したがって,構成要件Dの「膨化による外部への噴き出しを抑制」との記載は不明確とはいえない。 加えて,構成要件Dは,方形の切り餅の最も広い面を下にするという通常想定される載置態様で餅を焼き上げる際に,切り込み部の上側が下側に対して持ち上がることを明確にするための記載であり,この点について不明確な点はないというべきである。 したがって,被告の上記主張は採用することができない。 エ 被告は,膨化の原因として,(a)デンプン中に含まれる気泡が膨張して,その圧力で餅を膨張させることと,(B)デンプン中に含まれる水分が蒸発して生ずる水蒸気が,餅表面の固化した皮膜を持ち上げ,いわゆるゴム風船が膨らんだようになることの2種類があるが,本件発明の構成要件D,及び,本件明細書等には,上記(B)の視点が欠けており,構成要件Dは外見上そのように見えるにすぎず,膨化した部分に中身はないので,「膨化した中身がサンドされている状態」という文言の意味が不明確であると主張する。 しかし,本件明細書等に上記(B)の観点が明示されていないとしても,膨化した餅に,空洞があるのはいわば常識であり,また,「外見上そのように見える」部分が,全て空洞なわけではなく,下部には,再糊化したデンプン,すなわち(a)の観点で膨化した中身も存在することも技術常識といえるので,「膨化した中身がサンドされている状態」となっていると いえ,「膨化した中身がサンドされている状態」が不明確であるとはいえ ない。 したがって,被告の上記主張は採用することができない。 (3) 以上の検討によれば,本件特許に明確性要件違反の無効理由はない。よっ て,被告の主張には理由がない。 5 争点(3)イ(無効理由2〔実施可能要件違反又は発明の未完成〕)について(1) 被告は,本件特許には実施可能要件違反又は発明の未完成の無効理由があ ると主張するので,それぞれ検討する。 (2) 被告は,焼き上がった餅庫内の上側は水蒸気の溜まった空洞であり,下側 に再糊化したデンプンが溜まった状態になっているが,この空洞の外見が, あたかも膨化した中身がサンドされている状態に見えるにすぎず,本件特許 には実施可能要件違反の無効理由がある旨主張する。 しかし,焼き上がった餅庫内の上側は水蒸気の溜まった空洞であり,下側 に再糊化したデンプンが溜まった状態になっているとする点については,下 側に再糊化したデンプンが,すなわち膨化した中身であって,これが上限の 焼板状部の間にサンドされた状態となっているといえ,本件明細書等には, 切り込み部や溝部を設けることにより,切り込み部または溝部の上側が下側 に対して持ち上がることによって,「膨化による噴出力(噴出圧)を小さく することができるため,焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりす ることを確実に抑制できることとなる。」(段落【0014】)と外部への 噴き出しが抑制されることが説明されている。そうすると,たとえ,水蒸気 が切り込み部等を通じて放出されることが明示されていなくとも,そのよう なことが生じることは技術常識に照らし明らかであるから,本件明細書等の 発明の詳細な説明には,本件発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分 に記載されているといえる。 (3) また,被告は,甲7報告書につき,構成要件Dについて,確率としてしか 作用効果が現れないこと,反復可能性がないこと,甲7報告書における差は 有意差であるとはいえないこと等を主張し,それに沿う証拠として乙175 報告書を提出する。しかし,外部への噴き出しが生じたものがあって,これ を完全に抑制できることが仮にできないからといって,本件発明の作用効果 がないということはできないし,反復可能性がないとすることもできないと いうべきである。この点については,前記のとおり,本件発明の作用効果に つき,切り込みを設けた場合に,焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝 部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の 焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで 膨化による外部への噴き出しが抑制されていれば足りるものと解されるとこ ろである。 そうすると,本件発明は産業上利用可能なものであり,発明未完成であ るともいえない。 したがって,被告の上記主張はいずれも採用することができない。 6 争点(3)ウ(無効理由3〔進歩性欠如〕)について (1) 被告は,本件発明は,乙30公報,乙31公報,乙32公正証書及び個包 装単体餅1個に示された発明ないし公知技術から容易に発明をすることがで きたから本件特許は進歩性を欠如する無効理由が存すると主張するので,以 下検討する。 (2) 乙30公報には,以下の記載がある。 ア 特許請求の範囲 「切り餅(1)の切り込み部(2)に切り込みを入れ,残存部(4)を 設けた事を特徴とする手欠き切り餅。」(【請求項1】)イ 発明の詳細な説明 ・「【発明の属する技術分野】本発明は,切り餅を食べる用途に応じて, 刃物を用いず手で簡単に小割する事が出来る様に,あらかじめ刃物で 切り込みを入れた切り餅に関する物である。」(段落【0001】) ・「【発明が解決しようとする課題】切り餅を老人,幼児,病人が食べ る際に喉へ詰まらせて窒息する危険性,用途に応じて更に小さく切る 際に包丁等の刃物で怪我をする危険性が高かった。本発明はこれらの 欠点を解決する為に発明された物である。」(段落【0003】) ・「【課題を解決する為の手段】本発明は,切り餅(1)の切り込み部 (2)に切り込みを入れ,残存部(4)を設けた。以上の構成からな る手欠き切り餅である。」(段落【0004】) ・「【発明の実施の形態】本発明は切り餅(1)に残存部(4)を設け て,切り込み部(2)に切り込みを入れた事によって,接続断面が減 少して,残存部(4)が残存面(5)の形状となり,手で簡単に小割 する事が出来る上に,切り餅(1)の大きさでも良い。最小形態は, 小割餅サイコロ(7)で小割餅スティック(8)の形状にも出来,食 べる用途に応じて小割する事が出来る。」(段落【0005】) ・「【実施例】以下,本発明の実施例について説明する。図1は本発明 の手欠き切り餅の全体を表す斜視図である。図2は本発明の両面切り 込みの状態を表す断面図である。図3は本発明の片面切り込みの状態 を表す断面図である。図4は本発明の小割餅サイコロの状態を表す斜 視図である。図5は本発明の小割餅スティックの状態を表す斜視図で ある。」(段落【0006】) ・「図4は,図1の切り餅(1)を手で欠いた,最小単位の大きさの小 割餅サイコロ(7)で,図2の残存面(5)がかけた状態を示すのが, 切り欠き面(6)である。」(段落【0010】) ・「図5は,図1の切り餅(1)を手で欠いて,縦方向に連なっている 状態の小割餅スティック(8)で,連続した残存部(5)が欠けた状 態を示すのが,切り欠き面(6)である。」(段落【0011】) ・「そして,切り餅(1)の切り込み部(2)に設けた切り込み面(3) と切り込み面(3)の隙間は,切り餅(1)を焼いたり,煮たりする と,餅の特性で柔らかくなり,溶着して一体化する。」(段落【00 13】) ・「【発明の効果】本発明は,上記の様な構成を有する物であり,切り 餅を食べる多くの人々の様々な食べ方に応じて,刃物を用いる事なく, 安全に,しかも簡単に所定の大きさに手で欠いて小割餅とする事が出 来る。」(段落【0015】) ウ 図面(【図4】)(3) 乙31公報には,以下の記載がある。 ア 特許請求の範囲 「膨らみ防止手段を設けた背中部分と膨らんだ腹部分とからなる魚を模 したおかき。」(【請求項1】)イ 発明の詳細な説明 ・「【従来の技術】従来,魚を模したおかきは餅米を主原料としてつき あげた素地を型押しにより魚の形に抜いておかき素材を形成し,この おかき素材を焼きあげて魚を模したおかきを製造するようにしてい る。」(段落【0002】) ・「【発明が解決しようとする課題】上記のようにして製造された魚を 模したおかきでは1種類のおかき素材で形成されているために,味や 硬さが1種類の平凡な味になってしまうという問題があった。」(段 落【0003】) ・「また,焼きあげられた形状も全体が略均一に膨らんで意匠的にも変 化の少ない単純な形状にしか成らないと言う問題もあった。本発明は 上記問題点に鑑み提案されたもので,凹凸に富み魚の形態に似せて意 匠的にも美しく,尚且つ歯応えの良いおかき及びその製造方法を提供 できるようにすることを目的(判決注;「こと目的」は誤記)とする ものである。」(段落【0004】) ・「【作用】本発明に係る魚を模したおかきは,先ず,膨らみ防止手段 を設けた背中部分形成用素地を拵えるのであるが,この膨らみ防止手 段は例えば海苔や昆布等の賞味物を混入した餅を捏ね上げたり,後述 する型抜き時に切れ目を入れたりして行うのである。」(段落【00 07】) ・「次に,膨らみ防止手段を設けない餅とを引き揃えて一体にし,これ を魚の形,例えばフグの型の抜き型を膨らみ防止手段を設けた背中部 分形成用素地に背中が来るようにして抜き,おかき素材を形成する。」 (段落【0008】) ・「こうして形成されたおかき素材を焼き上げると,膨らみ防止手段を 設けてある背中部分は賞味物のために膨れが少なく,また切れ目を入 れたものでは水蒸気等が切れ目から放出されるために膨らみが少なく, 一方,膨らみ防止手段を設けてない腹部分形成用素地はふっくらと膨 らみ,その形状はフグのように腹の部分が大きく膨れた状態に焼き上 がる。」(段落【0009】) ・「・・・膨らみ防止手段3としてこうした賞味物に代えて,またはこ れとともに,フグの型抜きをする際に図2中符号11で示すように複 数の切れ目をつけて膨らみ防止手段3を形成することもできるのであ る。即ち,切れ目を付けた場合には膨らもうとする空気をこの切れ目 11から外方に放出することにより当該部分が膨らむのを防止するこ とができるのである。・・・」(段落【0014】)(4) 上記(2)の記載によれば,乙30公報には,「刃物を用いる事なく,安全に,しかも簡単に所定の大きさに手で欠いて小割餅とする事」を可能とするため(段落【0003】,【0015】),「切り餅(1)の切り込み部(2)に切り込みを入れ,残存部(4)を設けた事を特徴とする手欠き切り餅。」としたこと(請求項1,段落【0004】,【0005】)が記載されている。 被告は,乙30公報には多数の技術事項が開示されているところ,その 中で,図4には,食べる用途に応じて小割した「小割餅サイコロ(7)」が 示されているところ,本件発明の餅は「輪郭形状が方形の小片餅体」であっ て,「輪郭形状が方形」である立体は当然に「正六面体」のものを含むため, 乙30公報に示された「小割餅サイコロ(7)」は,本件発明における「輪郭形状が方形の小片餅体」に相当するとし,乙30公報の図4に示される餅の側面である「切り欠き面」は,その余の平坦な面とは異なった状態となっており,引用発明1は,本件発明の「切り込み部又は溝部」と「溝」という概念を含んでいる点で共通すること,さらに,原告の主張を前提とすると構成要件Dは必須であるとはいえなくなることなどから,被告主張の相違点Bについては実質的に同一であるとする。その上で本件発明と引用発明1とを対比すると,本件発明においては,「焼き網に載置して」焼き上げるのに対し,乙30公報にはその明示がない点(相違点@),及び,本件発明においては「切り込み部又は溝部」を設けるものであるのに対し,乙30公報には,餅を手で切り欠いた結果,切り欠き面が生じたことが示されるにとどまる点(相違点A)で相違し,その余の点で一致する旨を主張する。 しかし,その相違点Aについて,乙30公報に示される切り欠き面は,餅の噴き出し防止等の何らかの目的のためにあえて設けたものではなく,「刃物を用いず手で簡単に小割する事が出来る様に,あらかじめ刃物で切り込みを入れた」切り餅を食べる用途に応じて小割したことにより結果的に生じたものであるから,たとえ切り欠き面に溝状の形状が存在するとしても,乙30公報においては,膨化による噴き出しを防止しようという課題すら認識されていないものである。 また,上記(3)の記載によれば,乙31公報(引用発明2)には,「凹凸に富み魚の形態に似せて意匠的にも美しく,尚且つ歯ごたえの良いおかき」(段落【0003】,【0004】)を製造するために,膨らみ防止手段として,切れ目を設けて,膨らもうとする空気をこの切れ目から外方に放出することにより膨らむのを防止することが示されている(請求項1,段落【0014】)ものの,餅の膨化による中身の噴き出し防止については記載も示 唆もされていない。 加えて,引用発明3として被告が主張する餅の公知性については,下記 11で検討するとおり,平成14年10月18日に製造され,同月21日以 降イトーヨーカドーにおいて販売された「こんがりうまカット」の餅である との事実を認めることはできない。 そうすると,膨化による噴き出し防止についての課題についてすら認識 されていない引用発明1において,引用発明2に示される技術を組み合わせ る動機付けは存せず,しかも引用発明2には,切れ目,すなわち切り込みを 入れることについては記載されているものの,その目的が相違し,引用発明 3については公知であるものとは認められないから,本件発明が引用発明1 ないし3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえな い。被告の主張には理由がない。 7 争点(3)エ(無効理由4〔分割要件違反,特許法39条2項〕)について 被告は,本件発明は,その特許出願の日と同日付けで出願された分割出願 (特願2006-90684号)の特許に係る発明と同一であり,特許法3 9条2項の規定により特許を受けることができないと主張する。 しかし,本件発明は,「切り込み部又は溝部が,立直側面に沿う方向を周 方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面 である側周表面の対向二側面に形成」するもの(構成要件C)であるのに対 し,分割発明1は,「立直側面に沿う周方向に直線状であって,四辺の前記 立直側面のうちの対向二側面である長辺部の立直側面の双方に各々形成」す るもの(分割特許明細書〔乙166〕,特許請求の範囲,請求項1の記載) であり,また,分割発明2においては,「立直側面に沿う周方向で且つ前記 広大面と平行な直線状であって,四辺の前記立直側面のうちの対向二側面で ある長辺部の立直側面の双方に夫々長さいっぱいに形成」するもの(同特許 請求の範囲,請求項2の記載)である。すなわち,本件発明においては,切 り込み部又は溝部を,側周表面のうち,長辺と短辺のいずれに設けるかにつ いての特定はないのに対し,分割発明1及び2においては,長辺に設けるこ とが特定されているのであるから,この点において本件発明と同一であると いうことはできない。 したがって,無効理由4に関する被告の上記主張は理由がない。 8 争点(3)オ(無効理由5〔拡大先願,特許法29条の2〕)について(1) 被告は,被告第1特許出願にかかる先願明細書等に記載の発明と,本件発 明は実質的に同一であると主張するので,以下検討する。 (2) 先願明細書等の記載内容 この点,先願明細書等には,以下の記載がある。 ア 特許請求の範囲 「無菌包装された切餅であって,前記切餅の厚みの40 〜60%を残 すように前記切餅の上下面から切込みを入れたことを特徴とする切 餅。」(【請求項1】) イ 発明の詳細な説明 ・「・・・無菌包装された切餅であって,前記切餅の厚みの40〜60 %を残すように前記切餅の上下面から切込みを入れたので,1個ずつ 新鮮な状態で消費することができるとともに,流通時に割れる虞のな い,切込みの入った切餅を提供する・・・」(段落【0009】) ・「・・・図1において,1は切餅であって,1個ずつ個別に,気密性 を有する樹脂フィルム2によって無菌包装されている。・・・」(段 落【0011】)・「また,この切餅1には,上下両面から切込み3が縦方向と横方向にそれぞれ1本ずつ,切餅1を四等分するように設けられている。・・・」(段落【0013】)・「・・・作用について説明する。まず,樹脂フィルム2から,切餅1を取出す。なお,切餅1は樹脂フィルム2によって無菌包装されているので,取出されるまではほぼ製造時の新鮮な状態に保たれている。 調理前に分割する場合は,刃物を使用することなく,簡便に切餅1を小分けにすることができる。この分割の様子を図2に示すが,分割する切込み3を選択することによって,図2(A)のように細長く2つに分割したり,図2(B)のように短く2つに分割したり,図2(C)のように4つに分割することができる。なお,切込み3の上面から見た形状は,本実施例では縦横方向に1本ずつの十字型としたが,これに限らず,斜めであっても,丸や曲線,キャラクターの形状であってもよく,また,本数も何本であってもよい。」(段落【0016】)・「本実施例の切餅は,焼き調理時に極めて優れた効果を奏する。はじめに,比較のために,従来の切餅の焼き調理時の様子を図4に基づき説明する。従来の切餅をオーブントースター等を用いて焼き調理すると,内部の蒸気の抜け場がなく,凝集して不特定の場所から一気に膨らみ,局部的に盛り上がり,図4(A)に示すように立方体の形が崩れてしまう。そして,局部的に盛り上がった部分だけが先に焦げてしまい,一部だけが極端に焦げた状態になってしまう。 」 (段落【0017】)・「これに対し,本実施例の切餅1では,切込み3から断続的に内部の蒸気が抜けやすいので,図3(A)に示すように,ほぼ立方体の形に 保持されたまま膨れる。そして,切餅1の上面をほぼ水平に保ったま ま膨れるので,全面にわたって均等に焦げ目が付く。このように,本 実施例の切餅1 は,焼き調理した場合,形状,焦げ目などの外観が非 常に優れた状態に仕上げることができる。 」 (段落【0018】)・「上記の構成によれば,1個ずつ新鮮な状態で消費することができる とともに,流通時に割れる虞のない,切込みの入った切餅を提供する ことができる。また,焼き調理した場合,切込み3から断続的に内部 の蒸気が抜けやすいので,ほぼ立方体の形に保持されたまま膨れる。 そして,切餅1の上面をほぼ水平に保ったまま膨れるので,全面にわ たって均等に焦げ目が付く。したがって,形状,焦げ目などの外観が 非常に優れた状態に仕上げることができる。さらに,焼いた後であっ ても切込み3から簡単に分割でき,子供や女性にとっても食べやすい 焼餅に調理することができる。」(段落【0022】)・「・・・無菌包装された切餅であって,切餅の厚みの40〜60%を 残すように切餅の上下面から切込みを入れたものであるので,1個ず つ新鮮な状態で消費することができるとともに,流通時に割れる虞の ない,切込みの入った切餅を提供することができる。また,焼き調理 した場合,形状,焦げ目などの外観が非常に優れた状態に仕上げるこ とができ,焼いた後であっても切込みから簡単に分割でき,子供や女 性にとっても食べやすい焼餅に調理することができる。」(段落【0 034】)ウ 図面(【図1】) (3) 本件発明と先願発明との対比 上記(2)によれば,先願明細書等には,オーブントースター等を用いて焼 き調理する切餅であって,前記切餅の上下両面に,上下両面から縦方向と 横方向に切込みを設け,焼き調理した場合,切込みから断続的に内部の蒸 気が抜けやすく,ほぼ立方体の形に保持されたまま膨れ,立方体の形が崩 れてしまうことを抑制したものが記載されているといえる。 一方,本件発明は,載置底面又は平坦上面ではなく,この小片餅体の上 側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向 としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を 設けることにより,焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が 下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部 の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで,膨化 による外部への噴き出しを抑制するように構成したものである。先願明細 書等には,この点については記載も示唆もされていないのであるから,本 件発明は,先願明細書等に記載された発明であるとはいえない。 (4) 以上のとおり,無効理由5に関する被告の主張は理由がない。 9 争点(3)カ(無効理由6〔サポート要件違反〕)について (1) 被告は,本件発明の構成要件Dは,技術的課題(目的)の設定,その課 題を解決するための技術的手段の採用,その技術的手段により所期の目的 を達成しうるという効果の確認という一連の記載が皆無であり,そもそも, 数値的な記載さえもないから,サポート要件を欠くと主張する。 しかし,以下のとおり,本件発明は,特許請求の範囲に記載された発明に ついて,出願時の技術常識に照らせば課題が解決できることを当業者が認 識できるように,発明の詳細な説明に記載されているといえるから,サポ ート要件を充足するものと認めるのが相当である。 (2) 本件発明は,前記5(2)の実施可能要件につき検討したとおり,本件明細 書等において,切り込み部や溝部を設けることにより,切り込み部または 溝部の上側が下側に対して持ち上がることによって,「膨化による噴出力 (噴出圧)を小さくすることができるため,焼き網へ垂れ落ちるほど噴き 出し(膨れ出)たりすることを確実に抑制できることとなる。」と外部へ の噴き出しが抑制されることが説明されている。また,構成要件Aないし Cを充足する切餅において,切り込み部の上側が下側に対して持ち上がれ ば,「最中やサンドウィッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身 がサンドされている状態に膨化変形する」ことも明らかである。すなわち, 本件明細書等には,「従来は加熱途中で突然どこからか内部の膨化した餅 が噴き出し(膨れ出し),焼き網に付着してしまうが,切り込み3を設け ていることで,先ずこれまで制御不能だったこの噴き出し位置を特定する ことができ,しかもこの切り込み3を長さを有するものとしたり,短くて も数箇所設けることで,膨化による噴出力(噴出圧)を小さくすることが できるため,焼き網へ垂れ落ちるほど噴き出し(膨れ出)たりすることを 確実に抑制できることとなる。」こと(段落【0014】),「立直側面 たる側周表面2Aに切り込み3をこの立直側面に沿って形成することで, 図2に示すように,この切り込み3に対して上側が膨化によって流れ落ち る程噴き出すことなく持ち上がり,前述のように最中やサンドウイッチの ような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片 持ち状態に持ち上がる場合も多い)」となること(段落【0027】), 「この切り込みに対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことな く持ち上がり,しかも完全に側面に切り込みは位置し,オーブン天火の火 力が弱いことなどもあり,忌避すべき形状とはならず,また前述のように 最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドさ れている状態」となること(段落【0035】)がそれぞれ記載されてい る。そして,「膨化による外部への噴き出しを抑制」する点については, 側面に切り込みを設けた本件発明の餅は,主として上下方向から加熱する のが通常であるオーブントースター等で焼き上げた際に,直接放射熱が当 たる上面及び底面に比べて,放射熱が直接当たりにくく火力が弱い側面に スリットが設けられており,加熱に伴い餅内部の水が水蒸気となりかつ空 気が膨張して,餅を膨らませ,内部の圧力に餅の表面が耐えられなくなる と,上下面よりも火力が弱い側面に設けられた切り込みが,割れの契機と なって,そこから割れ,上側が下側に対して持ち上がり,内部に空洞が生 じ,結果的に外部への噴出力が減少して,焼き網に垂れ落ちるほどの餅の 噴き出しが抑制されることは,本件明細書等の記載及び自然法則からごく 自然に考えられることである。 (3) そうすると,本件発明は,原告による訴え提起後になされた実験のデー タがたとえ存在しなくとも,サポート要件を充足するといえる。 したがって,無効理由6に関する被告の主張は理由がない。 10 争点(3)キ(無効理由7〔新規性欠如〕)について 被告は,焼き上げる方法として「焼き網に載置」することは自明であって 実質的に記載があると同視することができることから,乙30公報に記載さ れた発明(引用発明1)の周方向に長さを有する切り欠き面は,本件発明の 「切り込み部又は溝部」と実質的に同一である,すなわち,乙30公報の図 4の態様である「刃物を用いず手で簡単に小割する事が出来る様に,あらか じめ刃物で切り込みを入れた」切り餅について,食べる用途に応じて小割し て,「小割餅サイコロ」とした際に,側面に生じた切り欠き面について,当 該切り欠き面は本件発明における「切り込み部又は溝部」であるとして,乙 30公報に基づく新規性欠如の無効理由を主張する。 しかし,切り欠き面が,その余の平坦な面とは異なった状態であり,溝状 の形状を有し得るとしても,本件発明における「切り込み部又は溝部」は, 膨化による餅の噴き出しを防止するべく設けられたものであって,その長さ, 幅,深さ,数等は,「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が 下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の 間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による 外部への噴き出しを抑制する」ことができるものであることは,特許請求の 範囲の記載において特定されているとおりである。 そうすると,乙30公報に記載された発明において,単に切り欠きにより 溝状の形状が生じる場合があり得るからといって,この点が相違点でないと することはできない。 以上のとおり,無効理由7に関する被告の主張は理由がない。 11 争点(4)(先使用の抗弁の成否)について(1) 被告は,本件発明の内容を知らないで,本件特許出願前の遅くとも平成1 4年8月8日ないし同月26日の時点で本件特許出願に係る発明を完成させ, 原告による本件出願の際,現に日本国内において発明の実施である事業を行 い,少なくとも発明の実施である事業の準備をしていたと主張する。 しかし,本件全証拠を精査しても,原告の上記主張を認めることはできな い。以下,詳述する。 (2) 前記第2,2の前提事実並びに証拠(甲1〜81〔なお,甲30の3,甲 30の22ないし30の26は欠番〕,乙1〜221,証人K,証人G篤博 〔以下「G」という。〕,証人D。なお,後記措信できない部分を除く。) 及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認定を左右するに 足る証拠はない。 ア 平成14年9月6日にされた被告第1特許出願以前における被告の「こんがりうまカット」の開発の経緯(ア) 平成14年1月,被告は,イトーヨーカ堂の運営する量販店イトーヨ ーカドーにおいて,被告商品の味に問題があるとのH社長の指示や,イ トーヨーカード-自体の「減収増益」との方針のもとにイトーヨーカド ーで販売されている被告製のプライベートブランド商品(PB商品)で ある「なめらか切り餅」の販売を拡充する目的等から,被告のNB商品 について,イトーヨーカドーの店舗における取扱いが停止されることと なった。 そこで,被告は,そうした状況を打開して再びNB商品をイトーヨー カドーの店舗で取り扱ってもらうべく社内で計画を立てることとした。 そして,同年2月28日付けで「イトーヨーカドーへの餅新商品提案- 開発中間報告-」と題するプレゼン資料(乙39)を作成した。このプ レゼン資料によれば,PB商品の売上減を阻止しつつNB商品の導入を 求めるため,まず餅としての食感を高める工夫のほか,焼き調理性に優 れ,食べやすさを高めた切り餅とするため,餅に切り込みを入れること が提案されている。〔乙39〕 同年3月1日B作成にかかる被告本社における開発打合せ,社長プレ ゼンについての出張報告書(乙118)によれば,同年2月28日に被 告の当時の代表者のほか開発部からL部長(以下「L」という場合があ る。),K,G,営業からM副本部長,N課長,Dらも出席して行われ た社長プレゼンにおいて,「@新切り餅開発に伴うプレゼン実施。a: 餅としての食感を高めた切り餅 B:焼き調理性に優れた切り餅 c: 食べやすさを高めた切り餅 以上の3点を提案切り餅のポイントとして 開発実施の決定。またこの開発を実施するにあたり,設備投資金額15 00万円(カッター等の設備機器)の許可を社長より得る。・・・@の 部分については,特許を申請し他メーカーにまねられない方向にて進め る。」,「以上の開発決定に伴い,今後のスケジュールを開発部と打ち 合わせ。a:特許(実用新案)の申請終了 開発部にて3月末までに対 応。B:3月25日 開発部・広域量販課と打ち合わせ 営業面・開発 面からIYへのプレゼン内容の打ち合わせ。商品デザイン・ネーミング の打合せ c:4月初旬に第1回目のIYへ新開発切り餅のプレゼンを 実施。※4月1日開発商品サンプルの完成。d:7月1日よりの発売を 目指す。」との方針が決定された旨が記載されている。〔乙118〕 そして,同年3月22日には,A弁理士事務所から被告に対して,後 記被告第1特許出願(特願2002-261947)の出願明細書の原 案(乙135)がファックス送信された。その特許願の出願予定日には, 「平成14年3月 日」と記載され,日付けが空欄となっている。その 原案においては,既に被告第1特許出願にかかる特許請求の範囲,発明 の詳細な説明,図面等のほとんどの内容が記載されている。〔乙135, 136〕(イ) 平成14年(2002年)5月17日,被告は,同日付け「『サトウ の切り餅』新規開発のご案内 -新しいスタイルの餅-」との資料を用 いて,イトーヨーカ堂に対し商品提案を行った。そこにおいて,被告は, イトーヨーカ堂食品事業部のCに対し,イトーヨーカドーにおいて被告 のNB商品として取り扱ってもらうことを予定する新たな切り餅は,真 ん中からふっくらと焼くことが可能で,バランスよく左右が一口サイズ に分割することが可能なものであることを説明し,その後のスケジュー ルとしては,同月中旬にサンプルを含めた提示を行い,同年7ないし8 月に発売を開始することを予定するが,イトーヨーカ堂に対しては,先 行案内,販売とする旨を提示した。〔乙120,121〕 上記イトーヨーカ堂への提案に際し用いられた,平成14年(200 2年)5月17日付け「『サトウの切り餅』新規開発のご案内 -新し いスタイルの餅-」とのプレゼン資料(乙120)は,被告が電子デー タで保管していた。〔弁論の全趣旨(被告証拠説明書(1))〕 平成14年6月3日,イトーヨーカ堂本部において,被告は,Cのほ かイトーヨーカ堂のI加工食品部シニアらに対して試食プレゼンを実施 した。そして,今後の予定として,同年7月中旬にイトーヨーカ堂のH 社長から被告のNB商品の再取扱の承認をもらい,その承認を得た後に, 被告の生産部において,フィルムを発注することとされた。〔乙121 (平成14年6月14日付けB作成の「稟議書」)〕(ウ) 平成14年7月17日に,イトーヨーカ堂において,被告の新たなN B商品の試食プレゼンが行われ,C,Iのほか,イトーヨーカ堂のO取 締役食品事業部長が参加した。そこにおいて,OからCに対し,イトー ヨーカドーオリジナル商品である「なめらか餅」だけでは売上げを取れ ないのかとの質問があったが,Cはトップブランドである被告抜きには 売上的な維持は難しいと説明するなどした。そして,イトーヨーカ堂食 品事業部としては,被告の新たなNB商品を採用する方向であるとされ, 同月29日に実サンプル品をイトーヨーカ堂に提出してH社長の了解を 得る方向で,被告とイトーヨーカ堂食品事業部との間で合意がされた。 〔乙122(平成14年7月18日付けB作成の「稟議書」)〕 上記の,平成14年7月17日にイトーヨーカ堂に対し行われた提案 において用いられた,「『サトウの切り餅』新規開発のご案内-新しい スタイルの餅-」とのプレゼン資料(乙194添付資料1)は,被告の パソコンに保存されていたところ,そこには,切り餅の平坦上面に十字 スリットが見て取れる写真はあるが,サイドスリットに関する記載等は 一切なく,同年7月中旬に本サンプルの提示,9月1日発売開始との旨 が記載されている。〔乙194(D陳述書)3頁〕また,上記イトーヨーカ堂へのプレゼンと同日である平成14年7月17日に,被告開発部のJは,同年3月22日にA弁理士事務所から被告に対して送信された被告第1特許出願(特願2002-261947)の出願明細書の原案(乙135)に対し,発明者の記載を空欄のままとし,明細書につき,被告開発部所属のPらによる,図1に関しては「※1:切餅1の図中で個包装もちが描かれているが,切餅のみの絵だけでもよいのでは?→生切餅への展開を考えると『1個ずつ無菌包装』という言葉は避けた方がよいのでは?→数個まとめて包装する形態もある為」とし,また「焼いた際の形状について『偏って膨れることがない』と断言している部分があるが,100%ではない(試験ではギリギリ許せるものもいれて97.5%〜98%,キレイなもので92.5〜90%)ので,柔らかい表現の方がよいのでしょうか?」などと付箋の付された点,及び,図3(A)の内容については,それまでの切込み部分の口が開かずに膨らんだ形のものから,「焼き上がりの形」として上下面の切込み部分の口が開いた図を記載したものへとそれぞれ訂正を求め,それ以外には訂正がないとして,ファックスを返信した。〔甲30の32,乙136〕同年7月18日にQ(以下「Q」という。)が作成した「開発部打合せ・会議記録シート」には,「・餅サンプル形状 スリット入り切り餅十字スリット+サイドスリットを入れたものをプレゼンする予定であるが,7/23社長の判断によりサイドスリットを入れたもの,入れないものどちらをプレゼンするかを決定。また,それを受けて今後のスリット餅の形状を決定する。」との記載があり,Lらの検印が押されている。 〔乙45〕同月19日に,Gは,山由製作所に,サイドスリットカッターの試作機を発注した。〔乙79,80〕 平成14年7月22日付け山由製作所作成の「御見積書」には,被告 開発御中,G様宛てとして,以下の記載がある。〔乙80,188(山 由製作所代表取締役会長Rの陳述書)添付資料1〕 「納入先 貴社新発田工場 納期 打ち合わせの上 御支払条件 従来 通り」 「サイドスリットカッター 数量 単位 金額 購入品(モーター,丸刃,歯車(MC),他 1 式 65,000 材料 SUS304 1 式 19,000 加工費 1 式 146,000 合計 230,000」 同月23日に,被告において,サイドスリット装置設置に関する稟議 が行われた。その内容は,後記する同月30日決済の稟議書記載のとお りである。〔乙81〕 また,同月23日に,A弁理士から,J宛てに被告第1特許出願につ いての出願願書の訂正案がファックスで送付された。そこでは,発明者 欄が空欄となっているところ,発明者を連絡してほしいこと,指示通り に明細書に3箇所の訂正をし,図面1枚を明確化したことについて,確 認と了承を求めている。〔乙137〕(エ) 被告は,同月29日に,イトーヨーカ堂に対し,予定する新たなNB 商品の最終提案を行うための商品提案書等を提出した。この点につき, 同年8月5日にBが作成した「イトーヨーカドーにおける新NB切り餅 販売に伴うスケジュールの件」と題する報告書には,「イトーヨーカド ーにおきまして,現在下記方向にて『新NB切り餅(こんがりうまカッ ト)』の最終提案を実施しております。最終提案→既に報告させて頂き ました通り,O取締役食品事業部長以下,食品事業部内の了承は得てい る状況にあります。この中で7月29日IY側へは,当社提案書・商品 試作サンプル・デザイン内容等を提出しております。当社提出内容と, 別紙IY社内文書をIYH社長に提出し最終確認を頂く方向となってお ります。」と記載されているが,そこにはサイドスリットに関する記載 はない。この文書(報告書)には,Nのほか,「社長」とする押印もあ る。〔乙123〕 この平成14年7月29日にイトーヨーカ堂に提供した試食サンプル も,H社長の確認用に提供されるものであった。〔弁論の全趣旨(被告 準備書面(2)140頁)〕 Dは,この平成14年7月29日にイトーヨーカ堂に提供した商品サ ンプル,商品の説明資料は,いずれも現存しないとしている。〔乙19 4(D陳述書)3頁〕 平成14年7月30日決済とされるサイドスリット装置設置に関する 稟議書によれば,「スリット餅の上下十字スリットだけでは,焼き方法 やオーブン等の機種の違いによって側面からの破裂が生じてしまう傾向 があり,スリット本来の機能性を発揮できない事が懸念されます。そこ で,餅側面にスリットを入れ側面破裂を防止し,更に機能性を高めたい と考えます。しかしながら,現行の切断ラインではサイドスリットを入 れることが出来ませんので包装機前の自動供給機に,安全性を重視した 丸刃によるサイドスリット装置を設置したいと思います。」とされてい る。同稟議書には別紙として,同月23日付けQ作成の「スリット入り 切り餅 スリットによる焼け方の違い」等の文書が添付されている。 〔乙81〕(オ) 平成14年8月8日付け「研究室 Q」作成の「スリット餅 スリッ ト深さについて」と題する書面には,十字スリットの深さについて,1 mmでは十字スリットの効果が得られず,形がくずれやすいこと,2m mでも形はくずれやすく,3,4mmがよいと考えられるとし,サイド スリットの深さについては,これを1mm,2mm,3mm,4mmと 変えて切餅を焼き上げる実験を行った結果,深さについては2mmが適 当であるとしている。〔乙48〕 同月19日付け「研究室 Q」作成の「スリット餅 スリット深さに ついて(追試験)」と題する書面では,サイドスリット等のばらつきに ついて検討している。〔乙50〕 同月26日付け「研究室 Q」作成の「スリット餅 スリット深さに ついて(追試験2)」と題する書面では,ダレとの関係について検討し, 同日付け「スリット餅 スリット深さに関する傾向のまとめ」と題する 書面においては,十字スリット4mm,サイドスリット2mmが最適条 件である,としている。〔乙51,52〕 Kは,その陳述書(乙38)において,同月終わりころに,Jから被 告第1特許出願に関する出願書類を見せられたが,上下面にスリットを 入れるとされサイドスリットを入れることが書かれていないことから, Jに対してサイドスリットについて書かなくてもよいのか確認したとこ ろ,Jはサイドスリットがあってもなくても被告第1特許出願には関係 がない旨答えた,としている。〔乙38,7頁〕 そして,同年9月2日に,サイドスリットを2mmとして工場ライン で試作したところ,「餅の水分が高いため,スリットがくっついてしま う(特にサイドスリット)」ことから,丸刃の厚みをやや厚くするか, 丸刃が深く入るようにする対処が必要であるとされている。〔乙53〕(カ) A弁理士は,平成14年9月5日,同年7月23日にJにファックス した被告第1特許出願に係る明細書等の案について連絡がないことから, 返信を求める内容のファックスをした。〔乙137〕 同年9月6日に,Jは,A弁理士から同年7月23日にファックスさ れた明細書等の案につき,内容的な訂正はないので至急特許庁に提出す ることを求め,空欄となっていた発明者欄については,発明者をDとし て出願するよう求めるファックスをした。〔乙138〕(キ) 平成14年9月6日,A弁理士は,被告の代理人として,被告第1特 許出願(特願2002-261947号)をした。 被告第1特許出願には,以下の記載がある。〔乙133,135ない し138〕 ・ 特許請求の範囲の記載(【請求項1】については,前記8(2)ア記載 のとおり) 「無菌包装された丸餅であって,前記丸餅の厚みの40〜60%を残 すように前記丸餅の上下面から切込みを入れたことを特徴とする丸 餅。」(【請求項2】) ・ 図面(前記8(2)ウのとおり) その後,被告第1特許出願については,特許査定に至らなかった。〔弁論の全趣旨〕イ 平成14年9月6日の被告第1特許出願後,同年10月21日にイトーヨーカドーで「こんがりうまカット」が発売されるに至るまでの経緯(ア) 平成14年9月6日に上記のとおり被告第1特許出願がされたところ, 同月30日に,被告にサイドスリットカッターが納品された。〔乙76, 87〜89,93〜98〕 サイドスリットカッターにおいては,設計上,サイドスリットの深さ を2.5mmにして製作がされた。〔乙189(山由製作所 Kの陳述 書),3頁〕 同年10月4日付けB作成にかかる「情報連絡書」(乙124)によ れば,イトーヨーカドーに納品する新たなNB商品につき,同年10月 16日ないし18日に被告における製造を予定し,同月16日出荷分か ら納品可能であり,同月21日ないし同年11月3日に798円の売価 で新商品発売セールを行う予定であるが,イトーヨーカ堂のH社長から は未だ了解を得ておらず,O食品事業部長の了承で進めている現状にあ る旨が記載されている。〔乙124〕 同年10月11日に,被告において,スリット餅丸刃周辺サニテーシ ョンマニュアルが作成された。〔乙56〕(イ) 同月16日,山由製作所から,53mm刃20枚(10台分)の納品が あった。〔乙92,190(Gの陳述書)〕 なお,被告製品において,切り餅のサイドスリットが2mmになって いるものは,直径50mmの刃によるものであり,53mm刃によるも のではない。〔Gの尋問調書22頁〕 同日(平成14年10月16日),被告において,イトーヨーカドー に納品される「こんがりうまカット」の初回製造がされた。〔乙38〕 同月18日,被告で稼働していた派遣会社社員のSが,横スリット丸 刃を消毒しようとして指を切るという事故があった。〔乙107,10 8〕 同日(平成14年10月18日),サイドスリットカッター用浮き上 がり防止ガイドである,センターガイドが被告に納品された。〔乙9 2〕ウ イトーヨーカドーにおける「こんがりうまカット」の発売後,原告による本件特許の出願に至るまでの経緯(ア) Kは,平成14年10月21日,イトーヨーカドー新潟木戸店で,被 告の切り餅(単価798円)を2袋購入した。〔乙57〕 平成14年10月31日付けB作成にかかる「イトーヨーカド堂(判 決注;ママ)『こんがりうまカット1kg』販売速報及びH社長の見解 報告」と題する報告書(乙125)によれば,株式会社イトーヨーカド ーのH社長がイトーヨーカドー新店(千葉・八千代店)の同月29日の オープン前に店内視察を行い,その際に「こんがりうまカット」を手に 持って広報担当に対して商品説明をし,「みなもすぐに買って食べてみ るように」との指示をしたこと,CはH社長が間違いなく承認しており 問題ないとの見解であったとされている。そして,赤囲みで,「良報! イトーヨーカ堂 H社長 当社『こんがりうまカット1kg』を承認さ れる。10月31日CBYより確認。」と記載されている。〔甲30の 6(先行事件乙6),乙125〕(イ) 「こんがりうまカット」の個包装フィルムの餅の表示は以下のとおりで あり,「この餅には切り込みが入ってい ます。」と表示されている。 〔乙33,198の2〕(ウ) また,外装フィルムに表示された製品の外観写真は以下のとおりであ る。〔乙33,198の2〕エ 原告による本件特許出願後,被告による被告第2特許出願に至るまでの経緯(ア) 平成14年10月31日 原告は本件特許出願をした。〔乙1〕 原告は,同日,「ふっくら名人」との商標についての出願を行った。 〔乙148添付資料1〕 なお,平成14年11月6日付けのK作成の「開発部打合せ・会議記 録シート」には,「11月2日研究室にてQ君が調理確認・・・サイド スリットの状態の良い,10月18日製品を送付することとした。」と 記載されているが,このシート自体が原本として保存されてはおらず, Kが他の文書と合わせ一通の写しを作成した上で保管してきたとされる ものであり,シートの決済印の押印等も確認できない。〔乙59〕 また,Dは,平成14年11月27日付けで,後記ケ記載のサイドス リット中止のメールを作成したとする。〔甲30の27(先行事件乙2 7)〕(イ) 被告開発部所属のJは,平成15年2月ないし3月ころ,原告が切り 餅の側面に切り込みを入れた製品を発売したのを見たことと,その頃に 原告による上記商標出願の事実を知ったことから,原告により特許出願 がされている可能性があることを想定した,とする。〔乙147,4 頁〕 同年4月18日付けの「情報連絡書」(乙66)によれば,同月16 日にヨークベニマル湯本店において側面に切り込みのある原告の新商品 が導入されているのを確認したことから,原告の郡山営業所に詳細を確 認したとされている。〔乙66〕 また,同月21日付け研究室作成の「仕様比較」では,原告製品であ る「ふっくら名人」と,被告製品として「こんがりうまカット」を比較 し,原告製品を「・コシがなくダレている。」「・スリットが汚い(不 正確)」などとしている。〔乙68〕(ウ) 平成15年5月31日に,被告の営業部門が,原告製の「ふっくら名 人」のサンプルを購入し,その切り餅の側面全周に1本の切り込みを入 れた形態であることを確認した,とする。〔乙148添付資料1〕オ 被告による被告第2特許出願後,原告による本件特許出願の公開に至る までの経緯(ア) 被告は,平成15年7月17日,被告第2特許出願を行った。〔乙1 40の1ないし5〕 出願時における被告第2特許出願の特許請求の範囲の記載は,以下の とおりである。 「【請求項1】上面,下面,および側面に切り込みを入れたことを特徴 とする切り餅。 【請求項2】前記上面と下面には十字の切り込みを入れ,前記側面に は横方向の切り込みを入れたことを特徴とする請求項1記載の切り餅。 【請求項3】前記十字の切り込みは,切り餅の長辺と略平行な切り込 みと,切り餅の短辺と略平行な切り込みからなり,前記長辺と略平行 な切り込みの深さを切り餅の厚さの30〜40%とし,前記短辺と略 平行な切り込みの深さを切り餅の厚さの20〜30%としたことを特 徴とする請求項2記載の切り餅。」 (イ) 平成15年8月19日付けBの作成に係る「イトーヨーカドーこん がり切り餅バージョンアップ商談及びPB魚沼塩沢コシヒカリ試食報告 の件」と題する報告書(乙127)には,「イトーヨーカドーCBYに 対し,8月11日『こんがりうまカット』のバージョンアップ(スリッ ト内容の変更)商談,現在開発中のPB『魚沼塩沢コシヒカリ』の試食 会を実施致しました。当社対応 N部長・D次長・B @CBYに対し 説明。『こんがりうまカット』のバージョンアップを提案。(スリット 内容の変更) 年初の当社社長とイトーヨーカドーのIシニアの約束通り,『こんがりうまカット』のバージョンアップの開発を進めてきた結果として『さらにきれいに,ふっくら,こんがり焼け』『さらに簡単に手で割れる』機能を向上出来たことを別紙提案書にて説明。(次回生産8/25よりバージョンアップ内容にて変更し,自然切り換えにて納品)→上記機能向上のため,設備投資を実施。現在のIY価格維持のためにも,9月発売のNB『切り餅パリッとスリット400g』にも同様な機能を施させて頂きたいとの要請説明を行い,了承を得ました。」と記載されている。なお,この報告書には,Nらの押印がされている。〔乙127〕(ウ) 被告は,平成15年9月1日,NB商品として,上下面に十字のスリットを入れ,側面に2本のサイドスリットを入れた切り餅を「パリッとスリット」として発売した。一方,被告は,イトーヨーカドーに対しては,NB商品として「こんがりうまカット」の納入を続けていた。 この「パリッとスリット」の個包装フィルムには,発売当初から2本のサイドスリットが印字されていた。〔弁論の全趣旨。なお,被告は,平成25年4月10日付け被告準備書面(9)10頁において,外装フィルムについては,平成16年10月25日発売のものからデザイン変更を行ったが,その際にもサイドスリットが入っていない写真を表示したと主張している。〕(エ) 被告は,平成15年9月9日に,新製品である「パリッとスリット」 の宣伝のため業界紙に対して説明会を行った。その結果を掲載した記 事の内容は以下のとおりである。 a 平成15年9月22日付けフードウイークリー1頁(甲19) 「商品名は『サトウの切り餅パリッとスリット』(400グラム・ 445円)で,9月から出荷を始めている。・・・今回発売された 『サトウの切り餅パリッとスリット』は,これらの消費者ニーズを 受けて,餅の上下面に十文字の切れ目と,側面にも2本線の切れ目 の加工を施すことで,オーブントースターで焼く時に,こんがり且 つふっくら焼き上がり,しかももち本来の食感が増す。・・・9月 9日に開かれた専門誌向け発表会で,佐藤社長はこの新製品につい て『次世代のスタンダードを狙っている。早ければ3年後には,市 場ではこのスタイルが一般化するだろう』と大きな期待を語った。 また,この切れ込みを入れた切り餅は,昨年イトーヨーカ堂でテス ト販売された『こんがりうまカット』として市場では顔見せされて いるが,今回のパリッとスリットはもちの側面にも2本の切れ込み を入れることで,一層焼きあがりがよくなる加工を施している違い がある。」B 平成15年9月22日付けフードウイークリー2頁(甲20) 「佐藤食品工業は9月9日,本社に専門誌を集めて販売方針を発表 した。・・・また,もちの本格シーズン到来に向けて,期待の新製 品を投入する。商品名は,『サトウの切り餅 パリッとスリット』 (400グラム・445円)。昨年イトーヨーカ堂でテスト販売し, 高い評価を得た商品を一般向けにさらに改良して新発売する。もち の上下面に十字の切れ込みと,側面に2本線の切れ込み加工を施す ことで,オーブントースターでも焼き上がりが美しい上に,食感も ふっくら。そして,最大4分割まで手で割れる。今回はイトーヨー カ堂の販売商品よりも,さらに側面に2本の切れ込みを入れること で付加価値も。」c 平成15年9月29日付フードウイークリー9頁(甲21) 「各社の現況 包装もち■佐藤食品工業■・・・今年は注目の新製 品を投入する。昨年イトーヨーカ堂でテスト販売し,好評を博し た『こんがりうまカット』を一般向けにアレンジし,『パリッと スリット』400グラムとして展開する。こんがりうまカットは, もちの上下面に十字に切れ込みを施すことで,手軽に手で割るこ とができ,焼き上がりも美しく,食感もいい新しい形の切り餅と して注目された。そこで今回はもちの側面にも2本の切れ込みを 施すことで,さらに焼き上がりが良くなるパリッとスリットとし て全国展開を行う。」d 平成15年9月29日付けフードウイークリー8頁(甲22) 「一方,厳しい原料事情の中でも,切りもちに新しい動きが出てき た。もちに切れ込みを入れて,焼き上がりと食感をよくする技術を 施した製品が,佐藤食品と越後製菓から発売された。こうした発想 は,各社ともテスト段階では構想にあったものの,実用化に踏み切 ったのは,佐藤食品がイトーヨーカ堂向けに発売していた商品が最 初。それはもちの上下面に十字の切れ込みを施したもので,今年は それに側面にも2本の切れ込みを施した製品で全国展開する。」e 平成15年9月24日付け新潟日報(甲24) 「佐藤食品工業は『パリッとスリット』を九月から発売。・・・上 下面に深さ六ミリの切れ込みを十字に入れ,長い方の側面にも深さ 四ミリの二本の直線を平行に入れた。・・・同社は昨年秋から上下 面だけ切れ込みを入れた商品を試験販売していたが・・・」f 総合食品9月号(平成15年9月1日発行)(甲25) 「『シングルパック』の防衛に苦心 プライスリーダー役のサトウ 食品 昨年,一部量販店限定で発売したカッティング入り切りもち が予想以上に好評だった。発売時期は11月からと限られたが,売 り上げは1億円を突破したという。今年は一般市場にも販路を拡大 する。『こんがりうまカット』として意匠登録を申請中だ。同製品 を先行の量販店は全アイテム,一般向けには400g限定で発売す る。もちの表面に浅く切れ目を入れることで,もちが膨らみやすく なり,同時に分けやすくなった。」 g 平成15年9月16日付け商経アドバイス(甲23) 「サトウの切り餅パリッとスリットについて佐藤元常務取締役が次 の通り説明した。・・・そうした中で昨年,パリッとスリットをイ トーヨーカ堂(商品名=こんがりうまカット)に提案したところ好 調だった。今回のパリッとスリットでは,昨年の上下に十文字のス リットに加え,サイドに2本入れた点が異なる。」(オ) 一方,イトーヨーカドーに対し,平成15年9月1日以降も納入が 続けられた「こんがりうまカット」については,平成15年10月下旬 から,個包装フィルムの表示が,それまでの上下面スリットのみから, 上下面に加えてサイドスリット2本が印字されたものへと換えられた。 〔乙117,128,198の1,2〕(カ) 被告第1特許出願は,平成16年4月2日に公開された。 被告は,被告第2特許出願につき,同年5月14日に審査請求を行っ た。〔乙141〕 Jは,同月20日,A弁理士事務所に対し,被告第1特許出願,被告 第2特許出願についての今後の査定に至る流れについて説明を求めると ともに,いずれについても早期審査を求めたいとの意向を伝えた。 カ 原告による本件特許出願の公開後,被告第2特許出願の公開に至るまでの経緯(ア) 平成16年5月27日に,原告による本件特許出願が公開された。 Jは,上記のとおり本件特許について出願公開がされたことを受け, 同月28日付けで「パリッとスリットの特許に関して」と題する書面を 作成した上で,A弁理士事務所に対し,本件特許出願についての対策を 相談することとした。Jは,同年6月1日,A弁理士事務所に相談に赴 いた。〔乙148添付資料1〕 A弁理士は,同月4日付けで被告宛て「切餅に関する報告書」を提出 した。そこにおいては,被告第2特許出願に係る当初明細書図1に記載 の餅については,本件特許に係る出願の発明の技術的範囲には属しない が,「今後の審査過程において,本件発明の請求項が補正される可能性 があることに注意すべきであると思料する。例えば,下記のように補正 された場合は,貴社製品は本件発明の技術的範囲に含まれることになる と思料する。(A)角形の切餅や丸形の丸餅などの小片餅体の(B)載置底 面ではなく上側表面部に,(C)周方向に長さを有する若しくは周方向に 配置された(D)一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けたことを特 徴とする餅。」とし,その場合には,特許を無効とするための無効審判 請求をして対処するのが望ましいとした上で,「なお,特許を無効にす るためには無効理由を証明しなければならない。したがって,今のうち に無効理由が証明できる証拠資料を集めておくべきである。側面に周方 向に長さを有する切込みを入れた貴社製品が本件発明の特許出願前にイ トーヨーカ堂で販売されている(平成14年10月21日発売)ことか ら,証拠資料としては,下記のものが有効であると考えられる。 (1)イトーヨーカ堂担当者による陳述書(本件発明の出願前(平成1 4年10月21日〜30日)に側面に周方向に長さを有する切込みを入 れた貴社製品を販売した事実,その販売日時,数量等を証明するもの) (2)本件発明の出願前(平成14年10月30日以前)にイトーヨー カ堂へ貴社製品を納品したことを示す納品書 (3) 本件発明の出願前(平成14年10月21日〜30日)のイトー ヨーカ堂の貴社製品の売上伝票」としている。〔乙148。なお,二重 取消線及び下線は原文に付記〕(イ) Jは,平成16年6月8日,A弁理士事務所に対し,被告第2特許出 願における早期審査に関する事情説明書につき,A弁理士事務所からの 原案に「請求項1に記載されているように,上面,下面,および側面に 切り込みを入れたことを特徴とする切餅を平成15年9月より販売開始 している実施関連出願である。」と記載されていたものにつき,その日 付けを「平成15年9月1日」と訂正するよう指示した。〔乙149〕 そして,同日,A弁理士は被告の代理人として,特許庁に対し,被告 第2特許出願につき早期審査に関する事情説明書を提出した。そこにお いて,上記のとおり,「事情」については,「請求項1に記載されてい るように,上面,下面,および側面に切り込みを入れたことを特徴とす る切餅を平成15年9月1日より販売開始している実施関連出願であ る。」とした上で,先行技術文献に開示された内容と対比して,「本願 発明では,上面,下面,および側面に切込みを入れた相乗効果により, ・・・切込み部が餅表面に出てくることにより餅の表面積が拡大し,体 積も増加できることとなり不特定の箇所より内部の餅がとび出すような ことがないため,略直方体の形を保つことができ,全面にわたってほぼ 均等に焦げ目が付き,きれいに整った外観に焼くことがきる・・・とい う優れた効果を奏するものである。」と記載している。〔乙142〕 被告第2特許出願に対しては,同年7月13日に拒絶理由通知(乙1 44)がされ,これに対し同年9月10日付けで手続補正(乙145の 1)及び同日付け意見書(乙145の2)が提出されて,同年10月1 5日に特許査定に至った。〔乙146〕キ 被告第2特許出願の設定登録後の経緯 平成17年2月10日に,被告第2特許出願が公開された。〔乙13 4〕 同年9月14日付けの食品新聞では,「切り込み加工 佐藤,越後が 激突!」,「波乱含みの餅市場 切り込み加工の席巻始まる 3番手以下も対応迫られる」とし,「餅業界が荒れ模様の様相を呈してきた。トップメーカーの佐藤食品工業と越後製菓が切り込み加工を施した画期的な新製品を開発し,普及を広げている。そこに3番手きむら食品や4番手たいまつ食品が参入の機会をうかがっており,切り込み加工がマーケットの中枢を担うための新たな条件になる可能性が高まってきた。」,「現在は提供メーカーが2社に限定されていることから,すぐにそのような混乱が起きるとは思えない。それでも近い将来起こりうるリスクとして念頭に置いておく必要がある。というのもきむら食品とたいまつ食品も製品化を検討しており,きむら食品においては今期中に発売の可能性もなきにしもあらずだ。」,「メーン商材の利便性向上だけに,消費者が拒否する理由もなく,価格も変わらないことから,近い将来,売場に全く置いていない大手・中堅スーパーはなくなるだろう。今後何らかのトラブルでも発生しない限り,着実に切り込み加工技術は普及拡大していく方向にある。従って餅市場で一定シェアを維持しようと思えば,早急に対応せざるをえない状況が現出しつつある。その際問題となるのはパテントがどうなるかだ。今のところ佐藤食品,越後製菓の申請が認可されておらず,パテントも存在しないが,既に水面下で駆け引きが始まっている。佐藤食品はパテントが取れ次第,県餅組合に管理をゆだねて,その技術を加盟社に公開していく姿勢を見せている。対する越後製菓は同社が意匠登録を持つ橙付鏡餅と同様に個別交渉の構えを見せる。」とされている。〔甲11〕 平成18年7月6日,原告による本件特許出願からの分割出願が公開された。〔特開2006-174851号。乙166〕 同月31日に,同月12日招集にかかる県餅工の理事会が開かれ,被告が県餅工に対し,被告第2特許出願に係る特許第3620045号について,組合に対し無償の通常実施権許諾契約を設定し,これを組合員に再許諾する内容の契約を提案したところ,満場一致で了承され,特許の実施を組合員に再許諾する場合の手続及び有効に活用するための規約の制定について継続審議されることとなった。〔乙153〕 被告は,同日,県餅工(代表者は当時の被告代表者)との間で,被告第2特許出願に係る特許第3620045号について,無償の通常実施権許諾契約を締結した。〔乙154〕 株式会社きむら食品(以下「きむら食品」という。)は,県餅工との間で,同年8月23日に,被告第2特許出願にかかる特許第3620045号についての通常実施権再許諾契約を締結した。〔甲43〕 また,同日,きむら食品は,県餅工と,上記通常実施再許諾につき,契約日を遡及して適用することに同意する旨の覚書を締結した。〔乙158〕 なお,この県餅工における被告第2特許出願にかかる特許第3620045号についての通常実施権再許諾契約については,当初から,きむら食品を被許諾希望会社として県餅工理事会に提案されたものであった。 〔甲43〕 株式会社商経アドバイスの発行する同年10月2日付け商経アドバイスにおいて,きむら食品が展開するNB商品である切り餅「一切れパック」シリーズ全品に,上下面に十字の,側面長辺に一筋のスリットを入れることが発表された。〔甲13〕 きむら食品が県餅工に対し支払ったライセンス料は通算で1億円を超えるとされる。〔甲43,乙153,154〕 同月16日付けの日本食糧新聞社による「食の情報源」では,「『特売商品はすべてスリット入りに変更。NBではサトウ・パリッとスリットがCM効果もあり売上げ上昇。・・・』(イズミ),『メーカーの製造ラインがスリット入りに移行し,扱いは増加。・・・』(オークワ), 『越後製菓生一番切り餅はスリットが入って好調』(サミット),『個 包装スリット入りが伸びた』(天満屋ストア)とスリット入りは好調だ ったようだ。」と記載されている。〔甲12の1〕 平成20年3月24日,本件特許出願につき特許すべきものとの審決 がされ,同年4月18日に登録がされた。〔甲1,乙15〕 原告から被告に対し,本件特許権に基づく警告がされたが,そのうち の平成20年10月6日付けの原告からの警告に対しては,被告代理人 A弁理士において,前記第2,2(6)イのとおり,同月27日付け「回答 書」を送付した。 平成21年2月20日招集(持ち回り決議)の県餅工の理事会は,き むら食品との間の被告第2特許出願に係る特許の通常実施権の実施料を, 同年3月1日から切り餅の製造1000kg当たり2000円に減額す ることにつき,同月23日までに承認をした。〔乙159〕 県餅工ときむら食品は,平成21年2月26日,被告第2特許出願に 係る特許の通常実施権の実施料を同年3月1日から切り餅の製造100 0kg当たり2000円に減額することに合意する変更契約を締結した。 〔乙160〕 また,県餅工は,同年3月6日,越後ながおか農業協同組合に対し, 被告第2特許出願に係る特許を切り餅の製造1000kg当たり300 0円とする通常実施権を設定した。〔乙161〕 原告は,平成21年3月11日に,先行事件の訴えを提起した。〔乙 163〕ク 被告における廃番品保管箱の管理状況 被告においては,平成15年2月に製品を入れている段ボールに走り書 きをするような字で「廃番品保管箱」と記載し,そこに廃番品を保管す るようになった。しかし,その保管のルールも定められておらず,また その段ボール箱を見ても,すぐに「廃番品保管箱」と記載してあること も認識し難いものであった。廃番品保管箱は被告の研究室の棚に置かれ ていたが,その後4階の倉庫に置かれるようになり,さらに新潟工場の 跡地にできた倉庫に移動されていた。〔 K尋問調書10,11,25 頁〕ケ その他の証拠の記載内容等・ 乙32公正証書(平成24年5月2日付け公証人久保内卓亜作成の 「切り餅『こんがりうまカット』の表面加工スリットの状況等確認に関 する事実実験公正証書」)において分析されたサイドスリット入り切餅 「こんがりうまカット」のサイドスリットの深さは,A1では,3.3 5mm,2.4mm,A10では,4.1mm,3.5mm,A20で は,4.7mm,2.0mmであるとされている。〔乙32,28頁〕・ 乙33公正証書には,サイドスリット入り切餅のサイドスリットの深 さが,「切り餅の上面及び下面に挟まれた側周表面の対向する短辺部か ら見て取れる長辺部の切れ込みの深さは,約2mmないし3mm程度で あった。」と記載されている。〔乙33,6頁〕・ 2002年(平成14年)10月21日イトーヨーカドー新潟木戸店 発行の10時25分にサトウ切り餅を1個798円で2個を販売したこ とに係る領収証(レシート。乙57)には,Lの押印がされ,「試食サ ンプル商品購入代金 開発部 K」との記載がある。〔乙57〕・ Kは,乙32,33公正証書で事実実験に供した餅は,平成15年2 月頃に残されていた商品を集めた「廃番品保管庫」と名付けた段ボール 箱に入れられ,研究室の棚から,後には倉庫で保管されてきたとしてい る。〔K尋問調書10ないし12頁,乙187,5頁〕・ Dの平成14年11月27日付け「報告書」には,「削除理由として は,@現段階で縦サイド面スリット刃の殺菌・消毒が十分にできなく無 菌性の維持が困難であること,A縦サイド面スリットの方向性や深度の ばらつきが大きく,ロス率が高いB縦サイド面スリットの焼き調理性効 果が低いの3点を挙げられ,これらの理由のもとにT社長,U常務,及 び開発部で協議した結果,縦サイド面スリットはその効果の割に衛生面 やロス面でのリスクがあまりに大きく,特に微生物汚染事故を起こしか ねなく,安全面を第一優先に縦サイド面スリットを削除するに至ったと の説明でありました。・・・しかしながら,開発部からは“きれいに焼 ける”という焼き調理性機能について,より確実なものにするために上 下面スリットの深度,厚み,及び餅食味等の改良を進めているとの説明 もあり,同様に上下面スリットのみで『サトウのこんがりうまカット切 り餅』が持つ“きれいに焼ける”機能を今以上に発揮,維持できるよう にしてもらいたいとの要請もさせていただきました。」との記載がある。 〔甲30の27(先行事件乙27)〕コ 関連する陳述書の記載内容等 (ア) Iの陳述書 Iは,「平成14年の秋に株式会社イトーヨーカ堂にて販売した切り 餅『こんがりうまカット』は包装表示内容どおり,上面及び底面にの み切込みがあるもの以外の認識はありませんでした。表示内容と違う 内容の商品を販売した記憶はありません。」とする平成24年6月2 8日付け書面を提出している。〔甲31〕 (イ) Vの陳述書 たいまつ食品株式会社の代表者であるVは,平成14年10月ないし 11月に被告がイトーヨーカドーで発売した新商品を買って食べてみ たが,側面の長辺にも切り込みがあったことははっきり覚えている, 「・・・食品に刃物を入れるというのは,刃に損傷が生じたときの商 品リスクが高まり,それだけ生産管理が大変となるからです。今でも, 当社では1時間に1回は刃物を検査していますが,刃は消耗品であり, いつかは必ず損傷が生じるものですから,念入りに検査することが必 要です。金属探知機で刃が混入しないか確認もしていますが,1mm 以下のような小さなものでは,刃が混入しても探知できない可能性も あります。ですから,目視で確認する必要がありますが,その作業は かなり大変です。餅に切り込みを入れるとなると,相当多くの刃が必 要になりますから,必要となる確認の負担は非常に重たくなりますし, 検査をしてもなお,商品そのもののリスクは高まります。餅の側面の うち,長辺だけではなく短辺にまで切り込みを入れるとなれば,さら に工程が増えてしまいます。」とする平成23年12月21日付け陳 述書を提出している。〔乙116〕(ウ) Wの陳述書 きむら食品の代表者であるWは,平成14年10月に原告が本件特許 出願をしたことは,その当時から知っていた,その理由は,出願代理 人である吉井雅栄弁理士から,イトーヨーカドーで被告の新商品が発 売されたことを知った原告が慌てて吉井雅栄弁理士を呼び,これが主 流となると大変だ,急いで対抗できるものを考えてと言われ,出願ま で大変だったと聞かされたからである,平成14年11月8日に,株 式会社オオヤマフーズマシナリーのY部長に,被告の新商品であるサ イドスリット入りの切り餅を見せながら,どのようにしたらそのよう な製造装置を作れるのか相談した,原告から,平成24年10月に特 許権侵害についての警告を受け,平成25年4月には提訴されるに至 った,等が記載された陳述書3通を提出している。〔乙115,20 5,211〕(エ) Yの陳述書 かつて株式会社オオヤマフーズマシナリーに営業担当として勤務し現 在は営業部の顧問であり,原告及びきむら食品の双方と取引があったと するYは,平成14年11月に,きむら食品のW社長から,側面に切り 込みの入った被告の切り餅を見せられて,どのように作るのかという相 談を受けたことはないと断言できる,側面に切り込みの入った餅は原告 が初めて販売したという認識である,とする平成26年5月9日付け陳 述書を提出している。〔甲71〕(オ) 吉井雅栄の陳述書 吉井雅栄弁理士は,原告の代理人であるが,Wに対し,弁理士として, 出願公開がされていないのに出願内容を他人に話すことはありえないと する陳述書を提出している。〔甲44〕サ 先行事件におけるC,Bの各証言内容の要旨(ア) C(甲17〔尋問調書〕)・ 被告がイトーヨーカ堂に餅を販売するに当たっては,必ずCを通すこ とになる。〔尋問調書2頁〕・ 「こんがりうまカット」の切り餅について提案を受けたのは,上下面に 十字のスリットの入った餅である。〔尋問調書6頁〕・ 切り餅のサイドの切り込みについては記憶にないとしている。〔尋問 調書6頁〕・ 切り餅の内容を変更することをCに断りなく被告が行うことは不可能 だと思う。〔尋問調書7頁〕・ 商品のフィルムのサイドに切り込みの入っていない図が書いてある個 装の中身の切り餅が実際にはサイドにスリットが入っているものを承認 することはあり得ないし,連絡必須事項である。〔尋問調書8頁〕・ こんがりうまカットよりも更に優位性のある機能性の高い商品として 「パリッとスリット」をNB商品として平成15年7,8月ころ出すと きに,側面スリットを入れることによって更に「こんがりうまカット」 より進化させることができたという提案があったという記憶である。 〔尋問調書15,16頁〕・ 平成16年7月末にイトーヨーカ堂を退職した。〔尋問調書1頁〕・ 平成14年8月ないし9月ころ,被告の担当者であるBから,イトーヨ ーカドーの担当者であるCに対し,「こんがりうまカット」について提 案があった。その餅には,上下面に十字のスリットが入っていた。〔尋 問調書3,6頁〕(イ) B(甲18〔尋問調書〕)・ 平成14年当時の広域流通部広域量販課係長でありイトーヨーカドー の担当であった。〔尋問調書4頁〕・ 被告においてサイドスリットの技術が確立したのは平成14年10月 に入ってからで,15日ころまでの間である。〔尋問調書20頁〕・ 平成14年7月22日の時点で被告ではサイドスリットを入れるのだ という意思統一をした。〔尋問調書22頁〕・ サイドにスリットを入れることについては誰から,いつ了解をもらっ たかについては,被告の方からサイドスリットができるというのが見え 隠れした時点で,イトーヨーカ堂のCに対し口頭で報告した。〔尋問調 書23頁〕・ 被告からイトーヨーカ堂へ提案したプレゼンでは,平成14年5月, 6月,7月の3回とも,十字スリットのみの提案であった。〔尋問調書 24頁〕・ H社長の確認がとれないでいるうちに被告の技術が追いついて,10 月21日にサイドスリットの入った餅が販売されることになった。〔尋 問調書24頁〕・ 外装と個装のデザインと中の切り餅の仕様が違うものであることにつ いてCに確認したことはない。〔尋問調書25,26頁〕 ・ 平成14年11月23日からサイドにスリットがない「こんがりうま カット」をイトーヨーカドー留め型商品として販売したが,衛生面での 問題からサイドスリットを止めることとし,その決定はLがした。〔尋 問調書26,27頁〕 ・ サイドスリットの中止はCに口頭で確認をとった。〔尋問調書27 頁〕(3) 被告による本件特許出願に係る発明の完成,発明の実施である事業の実施 の有無について ア この点に関して被告は,平成14年6月21日,被告の新発田第二工場 の生産ラインにおいて,上下面に十字スリットの入った切餅の試作を行っ たが,この量産工程で作成した試作品を調理したところ,切餅の上下面の 十字スリットのみでは焼き方法やオーブン等の機種の違い等によっては焼 けすぎた場合に側面にダレが発生してしまい,焼き上がりの形が崩れてし まう場合があることが判明したため,Dの発案に基づいて,上下面の十字 スリットに加えて切餅の長側面に周方向に切り込みを設けた場合の効果に ついて検討を実施したところ,平成14年7月23日までには,上下面の 十字スリットと側周表面のスリットを組み合わせた場合,十字スリットに よる切餅が直方体状を維持して真ん中からふっくら焼ける効果がより安定 して発揮されることを確認したので,さらに研究を進めて,平成14年8 月8日には,十字スリットとサイドスリットの作用効果に関する研究結果 をまとめ,同月26日には,被告社内において,サイドスリットを入れた 際の焼き上がり効果及びスリットの最適条件が報告された結果,被告の発 明が完成したこと,上記発明の完成を受けて,そのための製造設備を導入 し,被告の新発田第二工場の生産ラインにおいて,平成14年10月16 日から,上下面の十字スリット及び長側面のサイドスリット1本が設けら れた発明の実施品である「こんがりうまカット」の生産を開始し,イトーヨーカ堂の了解を得た上,これを同月21日にイトーヨーカドーにおいて発売し,その製造・販売を,本件発明の優先日である同月31日以降も継続していたと主張し,同主張に沿う数々の証拠を提出する。 しかし,これらの被告の主張は,前記(2)で認定した客観的に明らかな事実と矛盾するものであるから,被告の主張に沿う上記証拠はいずれも信用することができず,他に被告の上記主張を認めるに足りる的確な証拠はない。 かえって,前記(2)によって認定される後記イの事実によれば,本件特許出願時までに,被告が切り餅の上下面の十字のスリットに加えて長側面に周方向にサイドスリットを1本設けた餅の発明を完成させていた事実,及びそのような餅を製造・販売するなどして同発明の実施である事業を行っていた事実は,いずれも認めることができないというべきである。 イ すなわち,前記(2)認定の事実によれば,平成13年秋に,イトーヨーカ堂のH社長の指示により,イトーヨーカドー各店における被告のNB商品である切餅「シングルパック」の販売が中止になったこと,Cは,被告の営業担当社員であったBに対して,上記中止の指示を伝えるとともに,平成14年度以降,被告のNB商品の切餅の仕入・販売が可能となるよう,新たな切餅の提案をするよう打診したこと,これを受けて,被告において,新たな切餅の開発に着手したこと,その結果,上下面に十字の切り込みを設ける餅を開発したこと,B作成にかかる同年3月1日付け出張報告書(乙118)において,新たな切り餅の開発については特許を申請し他メーカーにまねられない方向にて進める旨記載されているように,被告においては平成14年中にイトーヨーカドーで販売を開始する新たなNB商品については,特許を取得して他社の模倣を防ぐことが同年2月28日に社の方針とされ,それに沿って同年3月末までに特許出願を行うべく,A弁理士事務所を通じて特許の出願手続の準備が進められていたこと,そして,同年3月22日には,A弁理士事務所から被告に対して,上下面にのみ十字のスリットが設けられた被告第1特許出願の出願明細書の原案(乙135)がファックス送信され ていたこと,被告は,同年5月17日付け「『サトウの切り餅』新規開発のご案内 -新しいスタイルの餅-」とのプレゼン資料(乙120)を作成した上,同年6月3日,イトーヨーカドー本部において,CのほかIらに対して試食プレゼンを実施し,さらに,平成14年7月17日には,イトーヨーカ堂において,C,Iに加えてOに対して試食プレゼンを実施し,切餅の上下面に十字の切り込みを設けた新商品を提案していたこと,上記試食会の際にイトーヨーカドーに対する提案において用いられた「『サトウの切り餅』新規開発のご案内-新しいスタイルの餅-」とのプレゼン資料(乙194添付資料1)には,切り餅の平坦上面に十字スリットが見て取れる写真はあるが,サイドスリットに関する記載等は一切なく,しかも,9月1日発売開始との旨が記載されていたこと,同年7月17日に,被告開発部のJは,A弁理士事務所に対し,被告第1特許出願の出願明細書の原案(乙135)に関し,スリットとは全く関係のない若干の修正を求めたものの,それ以外には訂正がないとして,ファックスを返信したこと,それを受けて,同月23日に,A弁理士から,J宛てに被告第1特許出願についての出願願書の訂正案がファックスで送付されたこと,被告は,同月29日に,イトーヨーカ堂に対し,予定する新たなNB商品の最終提案を行うための商品提案書と試食サンプルを提出したが,その際に,側面にサイドスリットが入った切り餅を提案した形跡は一切ないこと,この時点において,イトーヨーカ堂のC及びIらは予定する新たなNB商品の切り餅の側面にサイドスリットが入っているとの認識を持っていなかったこと,A弁理士は,同年9月5日,同年7月23日にJにファックスした被告第1特許出願にかかる明細書等の案について連絡がないことから,返信を求める内容のファクスをしたところ,同年9月6日に,Jからファックスされた明細書等の案につき内容的な訂正はないので至急特許庁に提出することを求められたため,同日,被告の代理人として,被告第1特許出願をしたこと,同年10月21日ころ,イトーヨーカドーにおいて,被告の新たなNB商品として「こんがりうまカット」が発売されたこと,同「こんがりうまカット」の外装フィルムに表示された製品の外観写真にはサイドスリットは見当たらず,また,個包装フィルムの表面には「この餅には切り込みが入っています。」との注意書きとともに,上下面にのみ十字のスリットが入った図面が表示されていたこと,その後9か月ほどが経過した平成15年7月17日,被告は,上下面の十字のスリットに加え,側面に2本のサイドスリットを入れた切り餅の発明である被告第2特許出願を行ったこと,同年8月19日付けで作成されたB作成にかかる「イトーヨーカドーこんがり切り餅バージョンアップ商談及びPB魚沼塩沢コシヒカリ試食報告の件」と題する報告書(乙127)には,同年8月11日に,「『こんがりうまカット』のバージョンアップ(スリット内容の変更)商談,現在開発中のPB『魚沼塩沢コシヒカリ』の試食会」を実施したこと,その際,Cに対し,「こんがりうまカット」のバージョンアップ(スリット内容の変更)を提案して説明したことが記載されていること,被告は,同年9月1日,NB商品として,上下面に十字のスリットを入れ,側面に2本のサイドスリットを入れた切り餅を「パリッとスリット」として発売したこと,この「パリッとスリット」の個包装フィルムには,発売当初から2本のサイドスリットが印字されていたこと,被告は,同年9月9日に,新製品である「パリッとスリット」の宣伝のため業界紙に対して説明会を行ったこと,それを受けて業界紙各社が「パリッとスリット」の記事を掲載したが,それらの記事はいずれも,「こんがりうまカット」は餅の上下面に十字の切れ込みを施したものであったのに対し,「こんがりうまカット」はさらに側面にも2本の切れ込み を施した製品であることが強調されていたこと,被告は,被告第2特許出 願にかかる平成16年6月8日提出の早期審査に関する事情説明書(乙1 42)において,特許庁に対して「請求項1に記載されているように,上 面,下面,および側面に切り込みを入れたことを特徴とする切餅を平成1 5年9月1日より発売開始している実施関連特許である。」と説明してい ること,以上の事実が認められる。 ウ 以上認定の「こんがりうまカット」開発の契機と経緯,その開発に関す るイトーヨーカ堂に対する説明の経緯及び内容,イトーヨーカ堂側のCや Iの認識の内容,「こんがりうまカット」の外袋及び個包装の表示,被告 の第1特許出願及び第2特許出願の内容及び出願時期,「パリッとスリッ ト」の開発時期,その商品発表会における被告側の説明の内容,それを受 けた業界各紙の記事の内容からすれば,被告が,「こんがりうまカット」 の発売前に,側面にサイドスリットを入れた切り餅の発明を完成させ,こ れをイトーヨーカ堂の承認を得た上で製造・販売したとの事実を認めるこ とはできず,かえって,被告が切り餅の側面にサイドスリットを入れた商 品を完成してこれを製造・販売したのは,「パリッとスリット」に至って からであると認めるのが相当である。 (4) 被告の主張に対する判断 ア 被告は,平成14年7月29日に,被告(B)がイトーヨーカ堂に対 して,「こんがりうまカット」の試作サンプルを提供したところ,その 試作サンプルには,長側面に1本のサイドスリットが設けられていたと 主張する(被告準備書面(2)139ないし140頁。なお,被告は,平成 14年7月29日に被告からイトーヨーカ堂に「商品提案書」を送付し ているが,電子ファイルも控えも現存しないと主張している。被告準備 書面(11)24頁。)。また,被告は,平成14年7月29日に,イトー ヨーカ堂に対して後記のとおりの上下面に十字のスリットがあるが側周 表面にはスリットのない内装(個包装)フィルムを提供しており,サン プルで提供された切り餅と個包装フィルムの相違につきイトーヨーカ堂 においても異議がなかった旨主張する(被告準備書面(9)16頁)。 しかし,上記被告の主張を認めるに足りる的確な証拠はなく,かえっ て上記被告の主張は,前訴におけるBの証言内容(甲18),すなわち, 被告からイトーヨーカ堂へ提案したプレゼンでは,平成14年5月,6 月,7月の3回とも,十字スリットのみの提案であったこと,外装及び 個包装のデザインと中の切り餅の仕様が違うものであることについてC に確認したことはないこと,H社長の確認がとれないでいるうちに被告 の技術が追いついて,平成14年10月21日にサイドスリットの入っ た餅が販売されることになったとの証言にも反するものである上,被告 が,その提案書の電子ファイルも控えも残存していないとの主張(被告 準備書面(10)24頁等)については,これらはH社長の最終決済に用い られるものであり極めて重要な書類ないし物であること,被告は同年2 月の社内資料,同年5月の提案資料は保存していたとするにもかかわら ず,これらを保存していないのは著しく不自然である。 したがって,被告の上記主張は採用することができない。 イ 被告は,「こんがりうまカット」のサイドスリットを設けることについ ては,BがCに対し口頭で説明したと主張し,同主張に沿うBの尋問調 書(甲18)も存する。 しかし,この点について,Cは,証人尋問調書(甲17,7頁)にお いて,Bからそのような説明を受けた記憶はないこと,商品の仕様につ いて一度了解を得た商品の内容を変更するに当たっては,口頭で了解を 得るということはあり得ず,必ず文書を提出してもらうことになってい たと述べていることからして,被告の上記主張は採用することができな い。 ウ 被告は,平成14年10月21日に販売を開始した「こんがりうまカッ ト」にサイドスリットが入れられていたとの主張に沿う証拠として,平 成15年5月27日付け,被告の「生産本部開発部」作成の「NBスリ ット切り餅 機能性向上開発経過報告」と題する資料(乙70)を提出 し,そこには,「10月発売商品 長側面に2mmのスリットを施す 11月製品より 効果希薄 及び 微生物汚染 リスク高 よりサイド スリット中止」との記載がある。 しかし,乙70の作成者は被告開発部とされているところ,文書が誰に 宛てて作成されたのかの記載もないから文書の趣旨も不明であり,平成 23年12月22日に被告代理人により印刷されたものが原本であると するものであるから,必ずしも信用性の高い文書とは認められず,前記 認定を左右するものではないというべきである。 エ 被告は,平成14年10月21日にイトーヨーカドーで販売された商品 である,乙32公正証書,乙33公正証書で事実実験に供された餅には サイドスリットが入れられていた旨主張する。 しかし,乙32公正証書,乙33公正証書の餅がイトーヨーカドーで 販売されたものであるとすることについて,これを裏付ける書証は前記 領収証(レシート。乙57)しかないが,そこには「試食サンプル商品 購入代金」とされているところ,上記記載は,流通過程で商品が割れて いないかどうかを確認するためにサイドスリットが入れられていた商品 を購入したとするKの証言する購入動機(乙38)とも,「記念という わけじゃないんですけれども,サトウ食品の歴史という部分も踏まえ保 管しておったという部分になります」とのBの証言(甲18,31頁) とも合致しないこと,もし記念ということで長期間保存するのであれば, 衛生面に問題があったとして発売を中止した商品ではなく,サイドスリ ットが入っていない「こんがりうまカット」を保管すれば足りると思われること,乙32公正証書,乙33公正証書の餅が仮に平成15年2月に廃番品保管箱に入れられていたものとしても,平成16年6月時点におけるA弁理士の指導内容からすれば,その後に研究室の棚から社屋4階倉庫,さらには新潟工場跡地の倉庫へと移される過程において適切な保管がされて然るべきものであるにもかかわらず,乙32公正証書,乙33公正証書の餅が保管されてきたとする廃番品保管箱の管理状況も定かではないこと,しかも,廃番品を保管する箱に入れられていたとするのであれば,「こんがりうまカット」についてはサイドスリットが中止された後も販売が続けられたとするのであるから,サイドスリットのないものを保管する方が合理的であると考えられるにもかかわらず,そのような事実が一切認められないこと,以上からすれば,被告の上記主張は採用することができない。 オ 被告は,平成14年10月21日に販売が開始された「こんがりうまカット」にはサイドスリットが入れられていたとする点については,第三者であるきむら食品,たいまつ食品の代表者らの陳述書によっても明らかであると主張する。 しかし,きむら食品の代表者Wの陳述書記載の事実経過については,これとは相反する事実を記載するY,吉井雅栄の各陳述書が提出されていること,その内容もイトーヨーカ堂の担当者であるCの証言やIの陳述の内容と明確に齟齬することや,たいまつ食品は本件特許の無効審判請求をしていること等に照らすと,上記代表者らの陳述書はにわかに信用することができない。 したがって,被告の上記主張は採用することができない。 カ 被告は,「こんがりうまカット」にサイドスリットが入っていたにもかかわらず,個包装の表面の「この餅には切り込みが入っています。」との注意書きと共に表示された図面にはサイドスリットが入っていなかった点につき,側周表面のスリットは上下面の十字スリットの補完にすぎず,この点についてはイトーヨーカ堂の了解も得ており問題はないと主張し,それに沿うDの陳述書(乙117)も存する。 しかし,そもそも,Cは,サイドスリットの入っていない図が記載された個包装の中身の切り餅が実際にはサイドスリットが入っているものであった場合にそれを承認することはあり得ないと明確に証言していること(甲17,8頁),Dの陳述書(乙117)によれば,個包装に上記注意書きと図面を入れた理由は,「社長から,お客様が個包装を開けて餅を見たときに,餅に切り込みが入っていることを不審に思うといけないので,内装に,餅表面に切り込みが入っていることを知らせる告知表示をするよう検討してほしいとの話があった」からというのであるから,仮にサイドスリットが補完的なスリットであったとしても,それがスリット位置を示す上記図面に記載されていないということになれば,なおさら強い理由で,それに接した消費者は,サイドスリットが入っていることに疑念を抱くというべきであるところ,証拠(甲17〔証人C尋問調書〕,8,9頁)によれば,「こんがりうまカット」に関して消費者からのそのようなクレームは存在していないと述べていることが認められるから,実際は,個包装の中にサイドスリットが入った餅が入っていたとは考えられないというべきである。 また,この点に関し,Dの陳述書では,「十字スリットこそがセールスポイントであって,サイドスリットは,あくまで補完的な切り込みにすぎないと考えおり」「したがって,お客様に対してわざわざサイドスリットが入っていることまで絵に描いて告知しなくてもよいと考えました」と述べるが,この陳述は,上記の個包装に上記注意書きと図面を入れた理由とは齟齬するといわざるを得ない。 したがって,被告の上記主張は採用することができない。 キ 被告は,平成14年11月23日からサイドスリットが入った切り餅を中止したと主張する。 しかし,「10月発売商品 長側面に2mmのスリットを施す 11月製品より 効果希薄 及び 微生物汚染 リスク高 よりサイドスリット中止」との記載がある平成15年5月27日付け「生産本部開発部」作成の「NBスリット切り餅 機能性向上開発経過報告」と題する資料(乙70)に信用性がないことは前記のとおりであり,その他に,被告の上記主張を裏付ける的確な証拠はない。 次に,中止した理由について,Bは,細菌が切餅の側周表面の切り込みの部分に入るという衛生面の問題があった旨証言している。 しかし,もし中止の理由が細菌や微生物の汚染などの衛生面にあったとするならば,それこそ大問題であり,本来であれば販売先のイトーヨーカ堂に直ちに報告した上で,消費者に対しても注意を呼びかける等の処置を講じ,既に販売している商品を回収するべきであるところ,当然のことながら,そのような事実は一切存在せず,仮にそのような事実を隠した上で秘密裏に販売を中止したというのであれば,それこそ,食品製造会社としての責任を問われることになりかねないのであるから,そのような重大な内容を含むサイドスリットを中止するという仕様変更について,立ち話程度で口頭でCより了承を得たにとどまるとの上記証拠は到底信用することができない。また,同じく中止の理由について,Kの陳述書(乙38)では,殺菌の際の衛生管理や掃除の際の安全性確保に加え,サイドスリットがあれば全ての餅がきれいに焼けるというところまでは確認できておらず,サイドスリットの効果が生かせない場合も多くみられたこと,切断直後の比較的柔らかい餅にスリットを入れているので,一度入れたスリットがその後消えてしまい,その結果十分にサイドスリットの効果を活かせないこともあったことから,サイドスリッ トを入れる場合の生産性や衛生面での負担の方が重いとのLの判断で中 止になったというものであるが,仮にそれが本当であれば,そのような 事実は,平成14年11月23日時点においても,サイドスリットを入 れるという発明が完成していなかったことを示すものというほかない。 さらに,被告の主張を前提とするならば,もともとサイドスリットを 導入することになったと被告が主張する理由が,上下面の十字スリット のみでは所与の効果が得られないとすることにあったものであるから, 同年11月に中止された以降の製品にあっては,スリットを入れたこと の効果が不十分な製品を,それと知りながら流通させていたことになる。 そして,この中止に至るまでの間,サイドスリットを中止しても上下ス リットのみで所与の効果を達成することのできる改良が模索された旨の 検討結果は一切提出されていないのは,極めて不自然というほかない。 以上のとおり,被告の上記主張は採用することができない。 ク もし,被告が主張するとおり,平成14年10月21日以降に販売さ れた「こんがりうまカット」に上下面の十字のスリットのみならずサイ ドスリットが入っていたとするならば,被告第2特許出願は自ら行った 公然実施により無効理由を包含することになるはずであるが,この点に つき被告は,被告第2特許出願が,既に公然実施されたサイドスリット 入りのものを含む内容で出願されたのは,担当者であるJにおいて,特 許法の知識が不足していたことによるものと主張し,それに沿う証拠と して,乙147(Jの陳述書)を提出する。 しかし,そもそも公然実施によって特許が新規性を欠如する(特許法 29条1項1号)との点は,特許法の基礎的な知識であって,仮にも食 品製造会社において特許出願を担当していた者がその点に思い至らない などということはおよそ考えられないこと,前記(2)ア(ア)で認定したと おり,平成14年2月の段階で,イトーヨーカ堂の店舗で販売を予定す る新商品である「こんがりうまカット」については特許を申請し他メー カーにまねをされないようにするとの方針が被告の当時の代表者,開発 部長L,営業部副本部長らが出席した会議において決定がされており, 少なくともその後に特許法に関して理解がないことを自認する者が担当 者とされることは極めて不自然であること,同会議に出席したKにおい て,平成14年8月にJからの被告第1特許出願についての相談を受け た際に,仮にJに特許法の知識が不足しているのであれば,前記社長方 針に従って社内全体で特許による技術防衛を図るのが自然であると思わ れること,そうすると,Jが陳述書において,「今思えば,自分の理解 の浅さを恥じるばかりですが,当時の私は,平成14年10月から11 月にかけて当社がサイドスリット入りの餅を販売していたということが, 特許申請にあたっては問題となる,ということは思いもよりませんでし た。」とする部分は到底信用することができないというべきである。 したがって,被告の上記主張は採用することができない。 (5) 被告による発明の実施である事業の準備の有無について ア 特許法79条所定の「事業の準備」の意義 特許法79条にいう発明の実施である「事業の準備」とは,特許出願 に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの 者から知得した者が,その発明につき,即時実施の意図を有しており, かつ,その即時実施の意図が客観的に認識されうる態様,程度において 表明されていることをいう(最高裁昭和61年(オ)第454号・同年 10月3日第二小法廷判決)と解すべきであるから,「事業の準備」が 認定される前提としてその発明が完成していることを要すると解される。 イ この点に関して被告は,仮に平成14年10月21日にイトーヨー カドーにおいて発売した「こんがりうまカット」にサイドスリットが入 っていたと認められないとしても,被告は同年8月8日ないし同月26日には発明を完成した上で,遅くとも同年10月11日までには事業の実施の準備をしていたから,先使用権が成立するものと主張する。 この点,確かに,前記(2)認定の事実によると,被告は切り餅の上下面の十字スリットを発明する際に,サイドスリットを入れることをも検討し,山由製作所にサイドスリットカッターを発注し,その後試行錯誤を繰り返していたことが窺われないではない。 しかし,前記のとおり,被告は,平成14年8月8日ないし同月26日に行っていたサイドスリットに関する研究は,あくまで上下面の十字スリットの補完として行っていたとするものであって,その効果についての評価も定まらないままに結局中止するに至ったとするものであり,およそ発明として完成させていたと認められるものではない。 仮に乙32公正証書,乙33公正証書の餅が平成14年10月18日に製造されたものであったとしても,前記認定のとおり,乙32公正証書と乙33公正証書とでは同じ現物を測定したはずのスリットの深さが2mm近くも相違する点は不可解ではあるし,その点を措くとしても,前記認定の乙48に示されるように,1mm刻みでスリットの深さについての実験を行った結果2mmが最適であるとしておきながら,追加の実験もなくサイドスリットの深さを4mmに変更し,その変更後の物だけが残されているとするのは,それまでのサイドスリットの深さについての試行錯誤の経緯や,被告主張の発明完成時期である平成14年8月8日ないし同月26日の時点で被告が最適とした認識内容とも異なるところからして,不自然である。 また,被告は,平成14年10月21日に販売を開始した「こんがりうまカット」は,同月16日に53mmの刃を用いて製造されたものであるところ,これにはサイドスリットが入れられていたと主張する。 しかし,これを前提とすると,被告は,イトーヨーカドーで平成14年10月21日に販売を開始するに当たり,同月16日に納品されたばかりの53mmの刃を用いて同日大量に製造した商品について,その刃を用いた場合の仕上がり等について検討を行わずに,またイトーヨーカドーの担当者らの承認も得ないで,いきなり流通に置いたことになる。 これは,前記認定のたいまつ食品代表者のV陳述書記載のカッターの刃に対する一般的な認識とは乖離があるものといわざるを得ない。しかも,サイドスリットを正確に入れるため必要とされたセンターガイドが被告に到着したのも,その後の同月18日である。被告の主張によれば,浮き上がりを防止し,正確な位置にサイドスリットを入れるため必要とされたセンターガイドは,「こんがりうまカット」生産開始前の試作時点で発注されたものであることから同年9月20日付けのサイドスリットカッター装置の図面(甲30の20)にも描かれていたものであるとするところ(被告準備書面(15)26頁),被告はそのセンターガイドの到着も待たず,正確な位置にサイドスリットを入れることができない状態のまま,サイドスリット入りの切餅を製造し,流通に置いたことになる。 さらに,このセンターガイドに関する被告の主張は,Gの陳述書〔乙75,4頁〕において,「10月11日にようやく最終形のサイドスリットカッターが納品され,電気配線を済ませてこれを設置し,10月16日からの初回生産にこぎつけることができました。このときは3日間,スリット入り餅を生産したと記憶しています。その後も,サイドスリットカッターについては,手直しが必要となったことから,山由さんに依頼して,10月中に,餅が浮き上がることを防止するためのガイド等を設置したりしております。」としているところとは整合しない内容である。さらに,このGの陳述書の記載も,前記平成14年9月20日付け山由製作所K作成の図面〔甲30の20(先行事件乙20)。なお,これは最終組立図であるとして先行事件において証拠提出がされている (先行事件の被告証拠説明書。甲29の4)。〕にセンターガイドが描 かれていること,及びKが平成25年4月8日付け陳述書(2)6頁にお いて,「当社に残っている組立図は,平成14年9月20日付けのもの ですが,実際には,それより前に組立図にあたるものを作り,それから 部品図を書いております。組立図は,修正が入るたびに順次上書きして 作っておりましたので,現在残っているのは,9月20日付けのもので すが,これは,あくまで最終的な図面がその日に作成されたということ であり,それまでに図面を作成していなかった,ということではありま せん。」としていることと整合しないが,仮に平成14年9月20日の 段階で既にセンターガイドを設けることが決定されていたのであるとす ると,その到着を待たずにサイドスリット入りの餅を量産することにつ いては合理的な理由が示されているとはいえない。 そうすると,結局,被告においては,サイドスリットの効果を確立 できていなかったといわざるを得ず,本件特許の出願前にその発明を 完成させていたものとは認められない。 ウ 仮に,被告が主張するように,被告は同年8月8日ないし同月26 日には発明を完成した上で,山由製作所からサイドスリットカッターの 納入を受け,サイドスリットが入った「こんがりうまカット」を製造す るという事業方針を進めていたとしても,前記認定のとおり,イトーヨ ーカ堂側にはそのような事業方針は全く知らされておらず,実際,Cや Iには全くその認識はなく,また,そのような宣伝がされた形跡もなく, さらには,商品の外袋や個包装にすらそのような表示が全くされていな いことからすれば,客観的に事業方針が表明されたとは認められないか ら,「即時実施の意図が客観的に認識されうる態様,程度において表明 されていた」ということはできない。 (6) 以上によれば,被告の主張する先使用による通常実施権については,こ れを認めることができない。 12 争点(5)(原告による権利行使が信義則に違反し権利濫用となるか)に ついて 被告は,県餅工の理事会において,県餅工が被告から被告の特許につい て無償の実施許諾を受けた上で,被告の特許の実施許諾を希望する組合員 に対して低廉な実施料で再実施許諾をすることを原告代表者が承認してい たこと,原告による本件発明は,平成14年10月にサイドスリット入り の「こんがりうまカット」が被告から発売された後,これに依拠してされ たものであること,本件発明は,ごく簡単な技術であり,生活の知恵とも いうべき技術について,単に特許を取得していることをもって巨額の金銭 を請求することは信義則に反し,権利の濫用に当たる旨主張する。 しかし,被告が県餅工に対し再許諾を前提として無償の実施許諾契約を 締結したことについては,前記11(2)のとおり,被告が県餅工と実施許諾 契約を締結する以前から,既に報道されているとおり,原告は本件発明に ついて個別に交渉するとの姿勢を示していたこと,被告が平成14年10 月21日にサイドスリットの入った「こんがりうまカット」をイトーヨー カドーにおいて販売した事実は認められず,これに依拠して原告が本件特 許出願をしたとの点は前提を欠くこと,本件発明の内容が仮に簡単な技術 にかかるものであったとしても,これに基づく発明について権利行使が制 限されるいわれはないというべきことからして,被告の主張する信義則違 反ないし権利濫用に当たる事実は認めることができない。 したがって,被告の上記主張はいずれも理由がない。 13 争点(6)(先行事件判決の既判力による遮断の有無)について 被告は,先行事件の対象となっている被告製品のうち,先行事件製品 (別紙代表製品目録1ないし5記載の被告製品)の平成23年11月1日 から平成24年1月31日までの販売等によって被った損害の賠償の請求 については,先行事件の判決の既判力によって遮断されていると主張する。 しかし,証拠(甲47,乙17,163,164)によれば,原告は, 先行事件において,被告製品のうちの先行事件製品(別紙代表製品目録1 ないし5記載の被告製品)につき,平成23年10月31日までの被告に よる特許権侵害の不法行為につき一部請求としての損害賠償請求をしてお り,先行事件の判決は,これに基づいてされていることが明らかである。 そうすると,原告の本件請求が先行事件の判決の既判力により遮断される ことはない。 したがって,被告の上記主張は理由がない。 14 争点(7)(原告の損害ないし被告の不当利得額)について (1) 被告製品の売上高 平成20年5月1日から同年10月31日までの被告製品の売上高が10 億6407万円であること,平成20年11月1日から平成23年度まで の被告製品の売上高が230億7589万7734円であり,この売上高 をもとに原告の損害額ないし返還すべき不当利得額を算定することにつき 当事者間に争いがない。 (2) 被告製品の限界利益率 被告製品の限界利益率が30%であることにつき当事者間に争いがない。 (3) 寄与率について 本件特許に係る発明の寄与率について,原告は15%が相当であるとし, 被告は1ないし1.5%程度が相当であると主張するので,以下,この点に つき検討する。 証拠によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる的確な証拠は ない。 ア 本件発明は,焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片 餅体である切餅においては,従来,餅を焼いた際の加熱時の膨化によっ て内部の餅が外部へ突然膨れ出て下方へ流れ落ち,焼き網に付着してし まうことにより,焼き網を汚すほか餅も引き上げづらく,しかも食べに くく,餅全体も均一に焼くことができないこと,一度に多く焼くことも できず,焼き上がり状態も忌避すべき状態となるなどの課題が存したと ころ,その解決のため,本件発明に示された構成をとることにより,切 り込みの設定によって焼き途中での突発的な膨化による噴き出しを制御 (抑制)し,美感も損なわず均一に焼き上げることができ,食べ易く, 食欲をそそり,現に美味しく食することができる餅を提供するとの作用 効果を達することを目的としたものである(前記1(1)イ)イ 被告は,切り餅に施されたスリットにつき,被告製品の外装の裏面に以 下のとおり表示して宣伝している。〔甲32の1,2〕ウ また,被告は有価証券報告書等に以下のとおり記載する(甲77ないし 79)ほか,食品マーケティング便覧には,以下の記載(乙219の1 ないし9)がある。 ・「当期の業績の概況 包装餅部門においては,包装餅生産全工場でのパリットスリットタイ プの生産体制を整え,平成16年9月より400gに加え700g及び 1kg規格をラインナップし拡販に努めた結果『サトウの切り餅パリッ とスリット』が堅調に推移いたしましたが,平成15年産米の作況不良 によるもち米不足及び昨年末の暖冬の影響により,売上高は3.8%減(前年同期比)の129億78百万円となりました。」〔甲77:有価証券報告書(事業年度:平成16年5月1日〜平成17年4月30日,提出日:平成17年7月22日)〕・「(1) 当期の業績の概況包装餅部門につきましては,組み立て不要な『サトウのサッと鏡餅』や,パリッとスリットタイプの切り餅を入れた『サトウの切り餅入り鏡餅』等の消費者の購買動向に対応したラインナップの充実により鏡餅が伸長いたしました。また,『サトウの切り餅パリッとスリット』及び『サトウの丸餅シングルパック』が堅調に推移した結果,包装餅の売上高は0.5%増(前年同期比)の130億45百万円となりました。」〔甲78:有価証券報告書(事業年度:平成17年5月1日〜平成18年4月30日,提出日:平成18年7月28日)〕・「包装餅部門につきましては,消費者の餅に対する利便性及び食感の更なる向上を目的に,包装餅業界で当社が先駆けて開発した『パリッとスリット』を全ての切り餅タイプに導入するとともに,店頭での需要喚起を目的とした低価格帯対抗商品として『純情もち』『徳用杵つきもち』の投入を行いましたが,全国的な暖冬による鍋物需要等の消費低迷により,最需要期となる年末年始の販売環境が厳しい状況で推移した結果,売上数量は前年同期比1.9%増となりましたが,売上高は同1.7%減の128億19百万円となりました。」〔甲79:有価証券報告書(事業年度:平成18年5月1日〜平成19年4月30日,提出日:平成19年7月27日)〕・「@佐藤食品工業は,・・・2003年から手で4分割できる切り込みを入れた『パリッとスリット』を発売,徐々に『つきたてシングルパック』からのシフトを図って2004年は大きく力を入れている。」「A越後製菓は,・・・切り餅の『越後生一番』も好調な推移であった。 2003年から技術的に難しいとされていた丸餅のサイドに切り込みを入れた『ふっくら名人』を発売し,佐藤食品工業とスリット餅戦争を展開し始めている。」〔乙219の1,2枚目〕・「2003年・・・は餅に切り込みを入れる技術が開発され,オーブントースターでも焦げ目が付き,器具を汚さない餅が商品化され注目を集め,上位メーカーである佐藤食品工業と越後製菓は切り込み入りの餅への注力度を高めている。」,「2005年は,佐藤食品工業と越後製菓が切り込み入りの切り餅への注力度を高めており,切り餅における主流となりうるかが注目されている。」〔乙219の2,1枚目〕・「@佐藤食品工業は,2004年に切り込み加工を施した『サトウの切り餅パリッとスリット』を発売し,切り餅は前年並みを維持した・・・。2005年は『サトウの切り餅パリッとスリット』を主力商品として注力度を高め,販路の拡大を図っていく。鏡餅は・・・『サトウの切り餅パリッとスリット』を入れた『サトウの切り餅入り鏡餅』を新たに投入,・・・前年の巻き返しを図っている。」「A越後製菓は,・・・2005年は,主力の『越後生一番』に切り込み(“ふっくらカット”)を全面的に採用し,調理特性の優位性を訴求し,シェアアップを図っている。」「佐藤食品工業と越後製菓が切込み入りの餅の拡販に力を入れているが,他社は様子見のところが多く,今後の切り込み餅の動向次第では市販用の切り餅で切り込み入りが主流になると見られ,切り込み入りの餅への注目が高まっている。」〔乙219の2,2枚目〕 ・「B業務用中心のきむら食品は2008年に『うさぎ1切れパック丸 もち』を切りもちに続いて,特別栽培米の仕様のスリット入りに切り替 え,・・・,価格改定後も好調な販売を維持したためプラスでの着地と なった。」 「全体の傾向としては簡便性を訴求した商品が主流で,割りやすく見た 目も良く焼きあがるスリット入りの商品が3位までを占めており・・ ・。」〔乙219の6,2枚目〕 ・「個包装での賞味期限表示やスリット入りなど食べやすさ,使いやす さを訴求した商品展開が進んでいる。」〔乙219の7,1枚目〕 ・「@佐藤食品工業では,『シングルパック』から『サトウの切り餅・ パリッとスリット』への切り替えを進めており,2009年には,『パ リッとスリット』の機能性訴求によって需要を獲得,切り替えによるプ ラス効果もあり実績は前年を上回った。2010年には『パリッとスリ ット』の集中展開を図っている。夏場の猛暑による需要減の影響はある ものの,機能訴求とブランド強化を図りながら前年実績を上回る計画を 立てている。」〔乙219の7,2枚目〕エ 上記アないしウ記載の事実を総合考慮し,特に,本件発明の意義や被告におけるスリットの宣伝内容,スリットを入れたことによる業績向上の程度に加え,本件特許登録の時点が平成20年(2008年)4月18日であり,本件損害賠償請求の対象製品は,既に先行して損害賠償等請求が提起された代表的な製品である先行事件製品を除く被告製品であることをも勘案すると,特許法102条2項の損害を算定するに当たり,本件発明に係る特許の寄与率は10%が相当であると認められる。 オ この点に関して被告は,県餅工の再実施許諾の実施料をもとにした場合 の実施料率とすべきであると主張する。 しかし,前記11(2)キのとおり,県餅工の再実施許諾の実施料は,県 餅工内部における特殊な事情の元に設定されたものであり,上記実施料率 は,餅業界の一般的な実施料率と認められるものではないというべきであ り,不法行為に基づく損害賠償額を算定するに当たって考慮すべき実施料 率ということはできない。 したがって,被告の上記主張は採用することができない。 (4) 平成20年11月1日から平成23年度までの特許法102条2項に基づ く損害額の小計 230億7589万7734円×0.3×0.1=6億9227万693 2円(1円未満切捨て)(5) 弁護士・弁理士費用 本件における相当な弁護士・弁理士費用は,6922万円と認める。 (6) 当事者のその余の主張に対する判断 原告は,特許法102条3項に基づく請求を選択的に求め,より高額な 方を認容すべきとするところ,後記(7)のとおりと認められる相当実施料率 からすると,特許法102条2項に基づき算定した損害額が高いことは明 らかである。 (7) 平成20年5月1日から同年10月31日までの不当利得金返還請求に ついて 不当利得金算定に当たっての実施料率については,上記(3)記載の事情 によれば,2%が相当であると認められる。そうすると,被告の不当利得 額は,以下のとおりとなる。 10億6407万円×0.02=2128万1400円(8) 合計 上記(4),(5)及び(7)の合計額は,7億8277万8332円となる。 15 結語 以上のとおりであり,原告の請求は主文掲記の限度で理由があるからその 範囲で認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主 文のとおり判決する。 |
|
追加 | |
東海林保(別紙)被告製品図面(斜視図)小片餅体11上面17切り込み部18側周表面12側周表面12切り込み部13下面16(別紙)代表製品目録1商品名「サトウの切り餅パリッとスリット」内容量400g,700g,1kg,2kg2商品名「サトウの鏡餅サトウのサッと鏡餅切り餅入り極小」3商品名「サトウの鏡餅サトウのサッと鏡餅切り餅入り小」4商品名「サトウの鏡餅サトウのサッと鏡餅切り餅入り中」5商品名「サトウの鏡餅切り餅入り大」6商品名「サトウの切り餅純情もち」内容量400g,1kg7商品名「サトウの切り餅よかもち」内容量400g,1kg8商品名「サトウの切り餅特別栽培米新潟県産こがねもち」9商品名「サトウの切り餅特別栽培米岩手県産ヒメノモチ」10商品名「サトウの切り餅宮城県産みやこがねもち」11商品名「サトウの切り餅新潟県魚沼産こがねもち」内容量300g,700g12商品名「サトウの切り餅滋賀県産羽二重糯」13商品名「サトウの切り餅めんけもち」内容量400g,1kg14商品名「サトウの切り餅徳用杵つきもち」内容量550g,1.1kg15商品名「サトウの鏡餅サトウのやさしい鏡餅切り餅入り20号」16商品名「サトウの鏡餅サトウのやさしい鏡餅切り餅入り10号」17商品名「サトウの切り餅あたたかなめらかもち」内容量400g,1kg,1kg+150g18商品名「サトウの切り餅あたたかこがねもち」内容量400g,800g,1.8kg19商品名「サトウの切り餅特別栽培米宮城県産みやこがねもち」20商品名「サトウの切り餅特別栽培米こがねもち」別紙特許公報及び別紙被告製品説明書省略 |
裁判長裁判官 | 東海林保 |
---|---|
裁判官 | 今井弘晃 |
裁判官 | 足立拓人 |