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関連審決 無効2012-800197
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事件 平成 26年 (行ケ) 10145号 審決取消請求事件

原告 X1
同 X2
被告 ペガサス・キャンドル株式会社
訴訟代理人弁理士杉本修司
同 中田健一
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2015/03/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2012−800197号事件について平成26年5月9日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(認定事実には証拠を付した。) 被告は,平成18年6月7日,発明の名称を「ローソク」とする特許出願をし,平成23年5月13日付け手続補正書(甲15)により,特許請求の範囲及び明細書についての補正(以下「本件補正1」という。)を行い,また,同年10月21日付け手続補正書により,特許請求の範囲及び明細書についての補正(以下「本件補 1 正2」という。)を行い,平成24年4月13日,設定登録(特許第4968605号。請求項の数は2)を受けた(甲10。以下「本件特許」という。。
) 原告らは,平成24年11月29日,特許庁に対し,本件特許の全ての請求項について無効にすることを求めて審判の請求をしたところ,被告は,平成25年9月20日付け訂正申立書(甲14)により,特許請求の範囲及び明細書についての訂正請求(訂正事項は,特許請求の範囲について1,明細書について6の合計7。以下,「訂正事項1」ないし「訂正事項7」といい,併せて「本件訂正」という。)をした。
特許庁は,上記請求を無効2012-800197号事件として審理をした結果,平成26年5月9日, 「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同月19日,原告らに送達した。
2 特許請求の範囲の記載 (1) 出願時の特許請求の範囲(甲9) 本件特許の出願時の請求項1に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,出願時の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本件補正前発明」という。また,出願時の願書に最初に添付した明細書及び図面を併せて「本件当初明細書」という。。
) 「ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって,該突出した燃焼芯にワックスが被覆され,かつ燃焼芯の先端部のワックス被覆量が,他の突出部に被覆されたワックスの被覆量に対し,5〜50%であることを特徴とするローソク。」 (2) 設定登録時の特許請求の範囲(甲10) 本件特許の設定登録時(本件補正2後,本件訂正前)の請求項1に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(出願時からの補正部分には,下線を付した。
以下,本件補正2後,本件訂正前の本件特許の明細書及び図面を併せて「本件特許明細書」という。。
) 2 「ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって,該燃焼芯にワックスが被覆され,かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去するとともに,該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火されるよう構成したことを特徴とするローソク。」 (3) 本件訂正後の特許請求の範囲(甲14) 本件特許の本件訂正後の請求項1及び2に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,本件訂正後の請求項1及び2に記載された発明をそれぞれ「本件発明1」「本件発明2」といい,併せて「本件発明」という。訂正部分には,下 ,線を付した。なお,請求項2については,請求項1の記載の訂正を引用する部分以外の訂正はない。。
) 「【請求項1】 ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって,該燃焼芯にワックスが被覆され,かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させるとともに,該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火されるよう構成したことを特徴とするローソク。」 【請求項2】 該燃焼芯の先端部がほぐされていることを特徴とする請求項1記載のローソク。」 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりである。その要旨は,@本件訂正による訂正事項は,いずれも特許法134条の2第1項各号のいずれかに掲げる事項を目的とするものであり,また,同条9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するから,本件訂正を認める,A本件補正1及び2のうち,原告らが 3 新規事項の追加に該当すると主張する6か所の補正(特許請求の範囲について1か所,明細書について5か所の記載)は,いずれも本件当初明細書に記載した事項の範囲内でする補正であるといえるから,本件特許は,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものとはいえない,B本件特許の特許請求の範囲又は明細書の記載に不備はなく,本件特許が特許法36条4項1号,6項1号又は2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない,C本件発明1及び2は,審判手続で提出された甲1号証ないし甲7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとはいえない,したがって,本件特許を無効とすることはできない,というものである。
4 本件訂正の内容 本件訂正のうち,訂正事項1,2,5,6の内容は以下のとおりである。
(1) 訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1に「ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去する」とあるのを, 「ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させる」に訂正する。
(2) 訂正事項2 本件特許明細書の段落【0005】に「ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去する」とあるのを, 「ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させる」に訂正する。
(3) 訂正事項5 本件特許明細書の段落【0025】に「実施例2と同一方法でスチール製のつめ状具でこそぎ落した」とあるのを,「刺抜きでこそぎ落した」に訂正する。
4 (4) 訂正事項6 本件特許明細書の段落【0025】に「先端部のワックスがそぎ落とされた燃焼芯の重量から先端部に残ったワックスの被覆量を算出したところ,6本とも先端部のワックス被覆量は,燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量の24%であった。」とあるのを削除する。
取消事由に関する原告らの主張
審決には,訂正の適否に関する判断の誤り(取消事由1),手続補正の適否に関する判断の誤り(取消事由2),記載不備に関する判断の誤り(取消事由3)及び進歩性に関する判断の誤り(取消事由4)があり,これらは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(訂正の適否に関する判断の誤り) 訂正事項1,2,5及び6についての本件訂正を認容した審決の判断には,次のとおりの誤りがある。
(1) 訂正事項1及び2について 審決は,訂正事項1及び2について, 「以下に示すように,特許明細書の記載全体から,ワックスの残存率が33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することに 『より前記燃焼芯を露出させる』ことが記載されていたと認められるものである。・ ・・被覆ワックスの低減手段が実施例1とは異なる,こそぎ落とし又は溶融除去による被覆ワックスの除去であったとしても,仮に,33%程度の残存率でワックス除去が行える場合があるとしたら,その場合についても点火時間の短縮が可能であると解し得るものである。したがって,ワックスの残存率が19%〜24%のみならず,この範囲を越えて33%となるようにこそぎ落とし又は溶融除去する場合に関しても,本件発明の一態様として,当初明細書に記載されているものと解し得るものである」と結論付け,この結論をもとに,訂正事項1及び2は,明瞭でない記載釈明を目的とするものであり,また,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲でするものといえる等と判断した。
5 しかし,訂正事項1及び2の「ワックスの残存率が19%〜33%となるようにこそぎ落としまたは溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させる」との記載における「ワックスの残存率33%」に対応する発明の詳細な説明の記載は,実施例1(段落【0016】)である。そして,実施例1では「芯全体にワックスが均一に被覆された燃焼芯(先端部に被覆されたワックスがそぎ落とされていない) と明示 」されており,ワックスはこそぎ落とされていないから,先端部に被覆された芯は露出していない。審決の結論は, 「ワックスの残存率が33%となるように先端部に被覆されたワックスをこそぎ落とすことにより燃焼芯を露出させる」という新たな実施例の創作に等しい判断である。したがって,訂正事項1及び2は,特許明細書に記載した事項の範囲でするものではない。
また,訂正事項1及び2の訂正により,特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明(段落【0016】)と矛盾することになったから,同訂正は,明瞭でない記載釈明を目的とするものとはいえない。
(2) 訂正事項5及び6について 審決は,訂正事項5について, 「ワックスのそぎ落としの際に使用した用具を, 『スチール製のつめ状具』から『刺抜き』に訂正することを趣旨とするものであり,」と判断した。
ア しかし,訂正事項5では,本件特許明細書の段落【0025】に「実施例2と同一方法で」と記載されている事項も削除されている。「実施例2と同一方法で」の削除は,通常は実際に行ったことに基づいた具体的な実験方法に関する記述の削除であるので,実験の内容が不明瞭になるものである。
イ また,審決は,「訂正事項5及び6による訂正前の特許明細書による記載は,何れも平成23年5月13日付け手続補正書(判決注:本件補正1)による補正によってなされたものであり, ・・・その残存量が24%である旨の記載もなされていなかったものである。このような審査段階での補正の経緯を踏まえて特許明細書の記載を検討するならば,段落【0025】における, 「ワックスのそぎ落としの用具 6 が『スチール製のつめ状具』である」旨の記載も,また, 「そぎ落とし後に先端部に残ったワックスの被覆量を算出した結果,先端部以外の被覆量の24%である」旨の記載も,ともに錯誤によりなされた記載であることが明らかというべきである。」と判断し,訂正前の記載に誤記は存在しているとはいえないとの原告らの反論に対しても, 「いずれも,補正前に記載されていた事項とは,明らかに技術的には相容れない事項に記載を変更するものであるといえるから, ・・・手続補正前後の経緯を踏まえるならば,このような変更は錯誤によりなされたというほかはないものである。」と述べて,本件補正1が錯誤によりされたものであり,錯誤によりされた補正を,当該補正前の記載に戻すことを目的とする訂正事項5及び6は, 「誤記」の訂正として許される旨判断した。
(ア) しかし,被告は,本件補正1の際に提出した意見書(甲16)において,段落【0025】についての補正が新規事項の追加に該当しない旨を主張し,審査官も同様の理解をし,同補正を新規事項とは認識せず,そのまま特許登録しているし,被告は,無効審判での答弁書(甲21)においても,当該手続補正は新たな技術的事項を導入するものではない旨主張している。したがって,当業者である被告も,上記補正が補正前の記載事項と技術的に相容れない事項とはみなしておらず,訂正事項5及び6について錯誤による訂正ともしていないのであるから,本件補正1のうち上記補正が錯誤によりなされたということはできず,審決の判断は誤りである。
(イ) また,審決は,訂正事項5及び6に関しては,その訂正後の記載に照らし所要の要件を満たすものといえるのであるから,この判断が,原告らが指摘する審査又は審判における請求人の行為や言動によって左右されるものではない旨述べているが,訂正が認められるか否かを判断する過程およびその訂正が所要の要件を満たすものといえるか否かは,被請求人の行為や言動によって左右されるものであるから,審決のこの判断は誤りである。
(ウ) さらに,審決は,「訂正の請求に関する規定は,特許権はその登録により権利内容が確定され,その権利内容の範囲を定める特許明細書等の内容は,登録後み 7 だりに変更されるべきものではないが,特許権の登録後に,その権利内容の一部に瑕疵があるために,有効な部分までもがあわせて無効になってしまうことは権利者にとって酷であることから,その瑕疵を是正して無効理由や取消事由を除去することができる途を開く必要があるという,相反する要請を調和させるものとして設けられた規定であることに鑑みても,訂正事項5及び6の訂正は,誤記の訂正に該当するものとするのが至当である。」と述べている。
しかし,被告は,審決の予告において新規事項の判断がなされる前には,補正又は訂正の機会があったにもかかわらず,特に補正又は訂正を行なっておらず,さらに答弁書等において,訂正の記載は,当初明細書の記載から理解できる旨の釈明をし, 「誤記の訂正」であることは主張していない。このような従来の被告の主張や行為を考慮することなく,審決の予告において新規事項と判断された事項を回避するために「錯誤による誤記の訂正」を認めるとすれば,審判段階でいかなる訂正をしようが,当初明細書に記載されている事項であれば,基準となる特許明細書を離れて,被告は容易に変更,削除ができることになる。このような行為は,それまでの当事者間での審判経過を無にするものであり,権利者を過度に保護するものといえる。また,ローソクに関する技術は古くからの技術であり,個人企業でもベンチャー企業でも容易に参入できる技術分野であるから,特許公報に掲載された事項について安易に訂正を認めることは,権利者を過度に保護し,不安定な特許権の存在によりベンチャー企業などの第三者の利益に反するものであり,相反する要請を調和させるとはいえないものであるから,審決の判断は誤りである。
2 取消事由2(手続補正の適否に関する判断の誤り) 審決は,本件補正1及び2はいずれも新規事項を追加するものではない旨判断したが,次のとおり誤りである。
(1) 請求項1についての補正 本件補正2により,請求項1において燃焼芯に被覆されたワックスを除去する部分に関して, 「燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部」という事項が追加され 8 た(以下「補正A」という。。これについて,審決は,本件当初明細書の段落【0 )026】の「ただし,先端部の1mmしか被覆ワックスをこそぎ落としていないものは,点火当初,ゴマ粒ほどの炎でしかなく,少々の風でも容易に消える様であるため少なくとも3〜5mm程度の被覆ワックスの除去が望ましい。の記載を根拠に, 」新規事項を追加するものではない旨判断した。
しかし,段落【0026】は,段落【0025】の【表2】に記載された実験結果を受けた記載であり,同実験結果にはワックス残存率が記載されていない。一方,請求項1の「ワックスの残存率が19%〜33%」との特定は, 【表2】とは別の実験結果である【表1】の実験結果に基づくものであり,本件当初明細書の記載からは, 【表2】の実験におけるワックスの残存率が19%〜33%に入ることは予測できない。そうすると, 「少なくとも3mmの先端部」を請求項1に記載する補正を認容することは,別々の実験結果に基づく「燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部」という事項と「ワックスの残存率が19%〜33%」という事項を結合した新たな技術的事項を導入することになるから,審判の上記判断には誤りがある。
また,後記のとおり段落【0025】についての補正は,新規事項を導入するものであり,これを本件訂正により削除する以上,段落【0025】についての補正を根拠になされた「先端から少なくとも3mm」を請求項1に記載することは,表2に関する実験結果においてワックス残存率が記載されていないのに19〜33%と記載するものであり,発明の要旨を変更して,新たな技術的事項を導入するものである。
(2) 段落【0014】についての補正 ア 本件補正1により,段落【0014】の比較例1のローソク本体における燃焼芯挿通用の孔が,当初明細書の「挿入孔」から「貫通孔」に変更された(以下「補正C1」という。。しかし,当初明細書には「貫通孔」は記載されていないのだか )ら,同補正は新規事項を追加するものである。
イ 本件補正1により,段落【0014】の比較例1のローソクの燃焼芯に関し 9 て,当初明細書の「直径2mm」の記載が削除された(以下「補正C2」という。。
)しかし, 「直径2mm」は,実際に行った実地例の具体的な実施条件を記載しているものであり,これにより,実験に用いた燃焼芯の直径が不明確になり,燃焼芯の直径の範囲が拡大するから,同補正は,新規事項を追加するものというべきである。
(3) 段落【0016】についての補正 ア 本件補正1により,段落【0016】の実施例1のローソクに関して,本件当初明細書の「(比較例1・・・)同様であるもの(を実施例1とした。」の「同様 )であるもの」を削除して,実施例1の具体的な実施条件に当たる内容を具体的に記載する補正がされた(以下「補正D1」という。 。審決は,この補正は,本件当初 )明細書の段落【0014】の記載と,段落【0016】の記載との間の多少の不整合を解消しつつ,段落【0018】及び段落【0023】の記載事項を取り入れながら行ったものであり,新規な技術的事項を導入するものではない旨判断した。
しかし,上記補正は,本件当初明細書に明示的な記載がなかった事項に関して複数の記載事項を組み合わせて,参酌,総合して解釈し,さらにこれの解釈を総合して推論した結果,理解される内容であり,また,本件当初明細書の「同様であるもの」には,その文脈上複数の解釈が可能であるところ,補正D1は,どれか一つに特定するものであるから,このような事項は新規事項の追加であり,審決の判断は誤りである。
イ 本件補正1により,段落【0016】に「なお,燃焼芯への点火時間は芯に被覆されたワックスの被覆量で決定されるため」を追加する補正がされた(以下「補正D2」という。。審決は,この点に関して,技術常識を踏まえるならば,同補正 )後の記載は,燃焼芯への点火時間は, 「ワックスの被覆量によっても影響される」との意味で解されることから,新規な技術的事項を導入するものではない旨判断した。
しかし,技術常識を踏まえて解釈しなければ理解できない事項は新規な事項というべきであるから,審決の判断は誤りである。
(4) 段落【0018】についての補正 10 本件補正2により,比較例1,2及び実施例1〜4のローソクの燃焼芯のワックス被覆量について,本件当初明細書では「30mmの長さの各被覆芯の重量」で比較したことが記載されていたところ,同記載が削除された(以下「補正E」という。。
)審決は,各被覆芯の長さが一定とされているか又は単位長さ当たりの被覆量として 「対比するのでなければ,技術的に無意味な数値となってしまうので,当然に各燃焼芯の長さを一定としているか又は単位長さ当たりの被覆量として対比していると解すべきであり,そうすると「30mm」といった被覆芯の長さが明記されているか否かによっては,技術的に特段の意味の違いが生ずるものとはいえない。 と判断し 」た。
しかし,上記記載は,実施例に関する記載であり,補正Eにより,当業者はどのような基準で被覆量を計算するのかが不明になったのであり,各燃焼芯の長さを一定としているか又は単位長さ当たりの被覆量として対比するかは自明でもないから,新規事項が追加されたといえる。
(5) 段落【0025】についての補正 ア 本件補正1により,本件当初明細書の「刺抜きでこそぎ取った」との記載を,「実施例2と同一方法でスチール製のつめ状具でこそぎ落とした」とする補正(以下「補正F1」という。,本件当初明細書の「燃焼芯を用いた以外は比較例1と同 )様とし,点火時間の計測を行った。」との記載を,「各2本,合計6本の燃焼芯を用意した。」とする補正(以下「補正F2」という。, )【表2】の各実験例について,本件当初明細書には記載がなかった,燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量を24%と特定する記載を追加する補正(以下「補正F3」という。)がされた。審決は,補正F1については訂正事項5により本件当初明細書の記載に復元されており,補正F2については訂正事項5により削除されており,補正F3については訂正事項6により削除されているから,補正の適否については,検討するまでもなく理由がないと判断した。
イ しかし,訂正事項5及び6が認められない場合には,以下のとおり,補正F 11 1ないしF3は,新規事項の追加に当たる。
(ア) まず,補正F1については,「刺抜き」と「つめ状具」は同一の道具ではないし,この変更は当業者にとって自明でもない。また,本件当初明細書にはワックスのこそぎ取り方については記載がないので, 「実施例2と同一方法で」の追加も当業者にとって自明ではなく,いずれも新規事項の追加である。
(イ) また,補正F2については,本件当初明細書によれば,「比較例1」では,12個を2組,合計24個のローソクを用いて点火時間を計測しており,合計6本」 「とは記載されていないから,同補正は具体例の変更であり,当業者にも自明ではないから,新規事項を追加するものである。
(ウ) さらに,補正F3については,【表1】と【表2】とは別異の課題に関する実験なので,本件当初明細書の「比較例1と同様」の記載のみから,先端部のワックス被覆量が他の突出部に被覆されたワックスの被覆量に対して24%であるということはできず,同補正は新規事項の追加である。
3 取消事由3(記載不備に関する判断の誤り) 審決は,本件特許に記載不備はない旨判断したが,以下のとおり,誤りである。
(1) 「ワックスの残存率」について 審決は,本件特許明細書記載の請求項1の記載が不明確であるとの原告らの指摘に対し,請求項1の「ワックスの残存率」とは,一見, 「ワックス除去処理後の先端部のワックス被覆量(総量)」/「ワックス除去処理後の先端部以外の部分のワックスの被覆量(総量)」とも解されるものであるが,特許明細書から解釈される本件発明の趣旨からすればワックス除去の程度を示す指標として不整合なものであり,技術的に合理性のある解釈としては,除去処理後の先端部のワックスの単位長さ当た 「りの被覆量」/「除去処理後の先端部以外の部分のワックスの単位長さ当たりの被覆量」と解釈すべきあり,不明確なものとはいえないから,本件特許の特許請求の範囲の記載は特許法36条6項2号に規定する要件を満たしているし,本件発明の詳細な説明の記載は同条4項1号に規定する要件を満たしている旨判断した。
12 しかし,特許請求の範囲の記載に基づいて一見して理解できる事項が甚だ不整合なものであれば,特許請求の範囲に記載されている発明自体が不明確であるといわざるを得ない。特許請求の範囲にも,明細書にも,単位長さ当たりの被覆量から算出することについては記載がないから, 「残存率」=「ワックス除去処理後の先端部のワックス被覆量(総量)」/「ワックス除去処理後の先端部以外の部分のワックス被覆量(総量)」と解釈するのが自然である。また,そのように特許明細書の記載を参酌すれば,特許請求の範囲に記載の技術的意義を一義的に明確に理解することができる。被告は,無効審判請求後,訂正の機会が複数回あったにもかかわらず,審決において認定された「単位長さ当たり」に訂正していないことからも,審決の解釈は誤っている。なお,被告が主張するように「残存率」を「除去前のワックス被覆量に対する除去後の残存するワックス被覆量」と解することは,請求項1に記載されている「該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し」との要件を無視するものであり,許されない。
また,仮に「単位長さ当たり」との概念を導入した審決に基づいて解釈したとしても,特許請求の範囲に記載された「ワックスの残存率が19%〜33%」との数値範囲は,技術的意味も臨界的意味も有しないが,この点に関する原告らの主張について審決は判断をしていない。すなわち, 「残存率」は,被覆の仕方(芯浸漬用ワックス中に芯糸をくぐらせる回数) 芯糸の太さ及び燃焼芯の太さ, , 芯糸の種類などによりワックス残存率の基準となる量が変わる。請求項1の「19%〜33%」は,比較例1に記載のワックス被覆量を基準にしたものであるが,比較例1には燃焼芯の太さも重さも記載されていないので,芯浸漬用ワックス中への燃焼芯となる芯糸のくぐらせる回数,芯糸の太さにより基準となる比較例1の基準値も変動することになる。そうすれば,先端部をこそぎ落とし又は溶融除去した場合の芯糸に対する被覆量(絶対量)は,芯糸が同一であれば,同じなのであるから, 「19%〜33%」には,技術的にも臨界的にも意味はなく,意味がない発明特定事項であるか,不明確な発明特定事項である。
13 (2) 「3秒以内に点火される」について 審決は,特許請求の範囲の「該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火される」という特定事項について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載がされていないとの原告らの主張について,同特定事項を含めた全ての特定事項を満たす本件発明に係るローソクが所期の目的を解決できることが,本件特許明細書において示されているから,特許法36条6項1号の規定を満たさないとする根拠は見いだせないなどと判断した。
しかし,特許請求の範囲には,単に「3秒以内で点火される」と記載されているのに対して,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,12個のローソクについて点火した時間の「平均値」しか記載されていないから,特定の値である「3秒以内」という本件発明の課題を解決できない場合がある。したがって,特定の値と平均値との関係とを判断していない審決は誤りである。
(3) 特許請求の範囲までの拡張について 審決は,発明の詳細な説明に記載されているローソクは,先端部のワックスを除去した燃焼芯を,あらかじめ成形しておいたローソク本体の挿入孔に挿入したもののみであるから,本件発明に係るローソクの範囲を,すべてのローソクにまで拡大することはできず,本件発明は,明細書に記載された発明とはいえない,との原告らの主張に対し,請求項 1 に記載の本件発明が対象とするローソクの特定は,特許明細書の記載からみて,過度に広いというものではない旨判断した。
しかし,一般に,ローソクでは,本体ワックスと芯含浸用ワックスとで同じものを使用している例が多い(甲1-5,甲2,甲4)。これに対して,本件発明は,審決が認定したように,ローソク本体ワックスと芯含浸用ワックスは別のものであって,一般とは異なる製造方法に基づくものであるから,発明の詳細な説明に記載された事項を特許請求の範囲に記載された全てのローソクにまで拡張することはできず,審決の判断は誤りである。
(4) 「ワックスの残存率が・・・33%」について 14 審決は,特許請求の範囲がワックスの残存率の上限を33%としているが,ワックスの残存率が33%である実施例1は,先端部に被覆されたワックスをこそぎ落とし又は溶融除去していないので,これに基づいて特許請求の範囲を33%にまで拡大することはできず,本件発明は明細書に記載された発明とはいえない,との原告らの主張に対し,「特許明細書の発明の詳細な説明には,ワックスの残存率が19%〜24%のみならず,この範囲を越えて33%となるようにこそぎ落とし又は溶融除去する場合に関しても,本件発明の一態様として,記載されているものと解し得るものである。」と判断した。
しかし,実施例1の33%である場合については,発明の詳細な説明に明確に「こそぎ落されていない」と記載されているので,33%の場合もこそぎ落されていると認定した審決は,誤りである。
4 取消事由4(進歩性に関する判断の誤り) 以下のとおり,審決の本件発明の進歩性に関する判断には誤りがある。
(1) 「1995年冬〜1996年春用として作成されたカタログ」と題する刊行物(甲1-1)に記載された発明(以下「甲1-1発明」という。)を主引用発明とした場合 審決は,本件発明1と甲1-1発明との相違点a1 「燃焼芯」 ( が,本件発明1は,「該燃焼芯にワックスが被覆され,かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させ」ているものであるのに対し,甲1-1発明においては「根元部分がローソク本体のロウにより被覆されており,先端部は白色である」点)に関して判断する前提として,本件発明では,ローソクの燃焼芯の被覆に用いられるワックスとローソク成形に用いられるワックスとが相違するものであると解釈したが,そのような事項は,特許請求の範囲にも発明の詳細な説明にも記載されていないから,審決の相違点a1に関する判断は前提において誤 15 りである。
そして,燃焼芯の先端部のワックスを除去することは,ローソクの技術分野で一般技術である(甲1-5,甲4)上,前記のとおり,ワックスの残存率が19〜33%とすることは技術的にも臨界的にも意味のない範囲であるから,相違点a1に係る構成は,当業者が容易に推考できたものである。
また,相違点a1に関する判断が誤っている以上,それを前提とする相違点a2(本件発明1のローソクは, 「該燃焼芯の先端部に3秒で点火される」ものであるのに対し,甲1-1発明はそのような特定がなされていない点)に関する判断も誤りである。
(2) 「2005年に作製されたDVDよりのキャプチャー図」(甲1-5)記載の発明(以下「甲1-5発明」という。)を主引用発明とした場合 審決は,本件発明1と甲1-5発明との相違点b1 「燃焼芯」 ( が,本件発明1は,「該燃焼芯にワックスが被覆され,かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させ」ているものであるのに対し,甲1-5発明においては「ローソク本体を形成するロウが被覆されており,先端部のロウを除去」しているものである点)に関して判断する前提として,本件発明では,ローソクの燃焼芯の被覆に用いられるワックスとローソク成形に用いられるワックスとが相違するものであると解釈したが,そのような事項は,特許請求の範囲にも発明の詳細な説明にも記載されていないから,審決の相違点b1に関する判断は前提において誤りである。
また,相違点b1に関する判断が誤っている以上,それを前提とする相違点b2(本件発明1のローソクは, 「該燃焼芯の先端部に3秒で点火される」ものであるのに対し,甲1-5発明はそのような特定がなされていない点)に関する判断も誤りである。
16 (3) 「1999年5月に作製されたカタログ」 (甲1-3)記載の発明(以下「甲1-3発明」という。)を主引用発明とした場合 審決は,本件発明1と甲1-3発明との相違点c1 「燃焼芯」 ( が,本件発明1は,「該燃焼芯にワックスが被覆され,かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させ」ているものであるのに対し,甲1-3発明においては「ローソク本体を形成するためのロウが被覆され」ている点)に関して判断する前提として,本件発明では,ローソクの燃焼芯の被覆に用いられるワックスとローソク成形に用いられるワックスとが相違するものであると解釈したが,そのような事項は,特許請求の範囲にも発明の詳細な説明にも記載されていないから,審決の相違点c1に関する判断は前提において誤りである。
また,相違点c1に関する判断が誤っている以上,それを前提とする相違点c2(本件発明1のローソクは, 「該燃焼芯の先端部に3秒で点火される」ものであるのに対し,甲1-3発明はそのような特定がなされていない点)に関する判断も誤りである。
(4) 「1999年5月に作製されたカタログ」 (甲1-4)記載の発明(以下「甲1-4発明」という。)を主引用発明とした場合 審決は,甲1-4発明は甲1-3発明と同一であると判断し,上記(3)と同様の判断をした。しかし,上記甲1の4のカタログに記載されたキャンディストライプは,ローソク本体に挿入できる燃焼芯となるものであり,実寸カタログから算出されるワックスの残存率は約25%であり,本件発明のワックス残存率の範囲内となる蓋然性が高いものである。
したがって,審決の上記判断には誤りがある。
(5) 「1991年の『CAKE ORNAMENT‘91』として作成されたカタログ」(甲1-2)記載の発明(以下「甲1-2発明」という。)を主引用発明と 17 した場合 審決は,上記甲1-2のカタログには,燃焼芯の突出部の先端部の被覆ワックスを,先端部以外の部分に対して「19%〜33%」の残存率とすることの示唆がない旨判断した。しかし,甲1-2発明における燃焼芯はキャンディストライプであり,そのワックス残存率は実寸カタログから約25%と算出されるから,審決の上記判断は誤りである。
(6) 本件発明2について 本件発明2は本件発明1の従属項であり,燃焼芯の先端部ほぐされているローソクは実用新案登録第3088330号公報(甲6)に記載されているので当業者が容易になし得るものである。したがって,本件発明2についての審決の判断も誤りである。
取消事由に関する被告の主張
原告らが主張する取消事由は,以下のとおり,いずれも理由がない。
1 取消事由1(訂正の適否に関する判断の誤り)について (1) 訂正事項1及び2について 実施例1自体が,こそぎ落としや融解によるワックス除去を行っていないことは原告らの主張するとおりである。しかし,本件特許明細書の段落【0006】【0 ,012】【0016】に記載されていることからも,実施例1で用いられた燃焼芯 ,の作製方法が,被覆ワックスを除去し燃焼芯を露出させた状態を模擬するための簡易法であることは,当業者に自明であるから,同明細書の表1から,何らかの手段で被覆ワックスが残存率33%程度となるように除去されていれば点火時間の短縮が可能であることが理解できる。したがって,実施例1は訂正事項1及び2の実質的な根拠となり得るし,訂正後の特許請求の範囲は,段落【0016】との関係で一見矛盾するように解されるとしても,明細書全体の記載との関係では矛盾がなく,審決の判断に誤りはない。
なお,仮に訂正事項1及び2が明瞭でない記載釈明を目的とするものに当たら 18 なかったとしても,訂正事項1及び2は,特許請求の範囲減縮」 「 に該当するから,審決の判断に取り消すべき瑕疵があるとはいえない。
(2) 訂正事項5及び6について 訂正事項5及び6は,実質的に,錯誤により行われた本件補正1前の記載に戻すことを目的とする訂正であるから,誤記の訂正と解されるべきである。過誤により特許される可能性を完全には排除できないため,特許無効審判制度や訂正制度が設けられているのであり,原告らが指摘する本件特許の審査段階及び審判段階における経緯は,その過程でなされた手続に錯誤がなかったことの根拠にはなり得ない。
訂正できる範囲について,新規事項の追加の禁止及び実質上特許請求の範囲拡張変更の禁止(特許法第126条第5項,6項,第134条の2第9項)という制限が課せられているのは,このような範囲を超えて権利範囲が拡張,変更されることになれば,権利範囲がみだりに変更され,第三者に不測の不利益を与えることとなり登録時に設定された権利範囲に含まれない技術を第三者が安心して実施することができなくなるからである。しかし,審決も述べているように,訂正事項5,6は,実質的に本件特許明細書の記載を,審査段階における補正前の記載に戻すことを目的とする訂正であり,かつ当該訂正は特許請求の範囲の記載の解釈に影響を及ぼすものではないから,当該訂正を「誤記の訂正」として認めても,第三者に不測の不利益は生じない。他方,このような訂正を認めることは,権利内容の一部に瑕疵があったことにより,特許全体が無効にされることを回避するという訂正制度の趣旨に合致するものである。
2 取消事由2(手続補正の適否に関する判断の誤り)に対して (1) 請求項1についての補正について 本件当初明細書の段落【0025】【0026】に記載された実験は,ワックス ,除去長さが点火時間の短縮に及ぼす影響を評価することを主目的として行われたものであり,その結果,点火時間には有意差が認められなかったものの,有風下での点火性という別異の観点での差異が見いだされた。この有風下での点火性は,点火 19 した炎が風の影響で消え易いか否かの性能であって,点火までに要する時間とは別異の性能であるから,補正Aにより,燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部」 「という事項と「ワックスの残存率が19%〜33%」という事項とを組み合わせることは,新たな技術的事項を導入することではない。
(2) 段落【0014】についての補正について ア 補正の適否は,技術的事項として新たな事項であるか否かにより判断されるべきである。本件当初明細書には,ローソクの作製方法の一例として,ローソク本体の挿入孔に燃焼芯を挿入することが記載されている(段落【0010】。本件当 )初明細書の段落【0014】の補正C1前の記載は,比較例1のローソクが上記一例で作製されたことを明らかにしているにすぎず, 「挿入孔」が「貫通孔」であるか否かが比較例及び実施例に係る実験の結果(点火時間)に影響を及ぼさないことは,当業者には自明であるから, 「挿入孔」を「貫通孔」に補正をしても,新規事項が追加されるわけではない。
イ 燃焼芯について本件当初明細書から「直径2mm」の記載を削除する補正(補正C2)がされても,それを挿通する孔の直径が2.2mmであることが記載されているから,当業者の常識を考慮すれば,燃焼芯の直径が2mm前後のものであると解される。また,燃焼芯の直径が多少あいまいになるとしても,請求項1及び2の解釈には何ら影響はないのだから,審決の判断に誤りはない。
(3) 段落【0016】についての補正について 原告らは,審決が,本件当初明細書の複数の記載を参酌,総合して判断したことや審決が技術常識を考慮して判断したことが誤りであると主張する。しかし,新規事項であるか否は,当業者によって本件当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項の範囲内であるか否かで判断すべきであるから,審決が上記のとおり判断したことに誤りはない。
また,実施例1については,本件当初明細書の段落【0016】から「先端部に被覆されたワックスがそぎ落されていない」ことが明らかであり,審決は,一義的 20 に解釈される内容をそのとおりに解釈したにすぎず,複数の解釈が可能なものを一つに特定したものではないから,原告らの主張は当たらない。
(4) 段落【0018】についての補正について 本件当初明細書においては,実施例及び比較例のローソクの燃焼芯はいずれも,それぞれの被覆量で燃焼芯の長さ(同一の30mm)全体にわたって均一に,つまり部分的に除去されることなく被覆された状態にあるものであり,その状態で測定した燃焼芯の重量に基づいて被覆ワックスの残存率を算出しているのであるから,段落【0021】の【表1】における「被覆ワックス残存率」は,同一長さの燃焼芯に被覆されたワックス量を対比して算出したものである。そうすると,同「被覆ワックス残存率」は,燃焼芯の単位長さ当たりの被覆ワックス量を対比して算出したものと技術的に同義であることが,当業者には明らかである。また,本件補正2後の本件特許明細書の記載においても,同様に,同一長さの燃焼芯に被覆されたワックス量を対比して算出したものであると理解できる。なお,このように燃焼芯の先端部のみからワックスを除去するのではなく,簡易法として燃焼芯全体のワックス被覆量を長さ方向に均一にしたものを用いた理由は,燃焼芯の先端部数mm程度の部分のみからワックスを除去したものの重量差を正確に評価することが困難であるためである。
したがって, 「30mm」という燃焼芯の長さが明記されているか否かで技術的な意味の違いが生じるわけではないから,それを削除することで新規事項が追加されるとはいえない。
(5) 段落【0025】についての補正について 仮に,訂正事項5及び6を認めた審決の判断が誤っているとしても,以下のとおり,本件当初明細書の段落【0025】についての補正は新規事項の追加に当たらない。
ア 本件当初明細書の段落【0017】には,実施例2のローソクを「スチール製のつめ状具で被覆ワックスをこそぎ落とし」て作製したことが,同段落【002 21 5】には,表2の実験に用いたローソクを「・・・ワックスを刺抜きでこそぎ取った燃焼芯を用いた・・・」ことが,それぞれ記載されている。これらの実験においてワックスは,同一の「スチール製のつめ状具」である「刺抜き」を用いてこそぎ落とされたので,用語を統一して同一の器具を用いたことをより明確にするために,出願当初の「刺抜きでこそぎ取った」を「スチール製のつめ状具でこそぎ落した」と補正したものである。当該器具は,先端部につめ状部分を有する「スチール製のつめ状具」と呼び得るものであるとともに,一般的に「刺抜き」としても用いられるものであり,上記各記載に接した当業者であれば,明細書全体の記載や「スチール製のつめ状具」が「刺抜き」として機能することも参酌して, 「スチール製のつめ状具」が一般的な「刺抜き」と同一の器具を指すものと理解すると考えられる。仮に,同一の器具であると認識するとまでいえないとしても,少なくとも,ローソクのワックスをこそぎ落とすための手段として, 「スチール製のつめ状具」の記載から当業者が想起する器具は「刺抜き」と同様の効果を奏するものと認識すると考えられるから,補正F1は新たな技術的事項を導入するものではない。
イ 本件当初明細書の段落【0025】には,表2の実験に用いたローソクの作製方法として「比較例1で用いたワックス被覆芯の先端よりそれぞれ1mm,3mm及び5mmワックスを刺抜きでこそぎ取った燃焼芯を用いた以外は比較例1と同様とし,」と記載されていた。本件当初明細書のそれ以前の部分には,ワックスの被覆量以外の基本的な構成が比較例1と同様である比較例2及び実施例1〜3が記載され,ワックスをスチール製つめ状具で除去した場合(実施例2)のワックス残存率は24%であった。これらの記載を総合的に勘案すれば, 「比較例1で用いたワックス被覆芯の先端よりそれぞれ1mm,3mm及び5mmワックスを刺抜きでこそぎ取った燃焼芯を用いた以外は比較例1と同様」に作製されたローソクの先端部のワックス被覆量が24%であることは明らかである。したがって,段落【0025】に先端部のワックス被覆量が24%であることを追加した補正は,新たな技術的事項を導入するものではない。
22 3 取消事由3(記載不備に関する判断の誤り)について (1) 「ワックスの残存率」について 「残存率」とは,残って存在する割合という意味であり,請求項1において残って存在するのは,ワックスを除去した結果のワックスなのであるから,残存率」 「 が,ワックスを除去した部分における除去前のワックス被覆量に対する除去後に残存する被覆量であることは,文言自体の意味から自然に解釈される。そして,本件発明は,燃焼芯への点火に要する時間を短縮するという課題を解決するものであるところ,燃焼芯への点火時間に対して,燃焼芯の径方向におけるワックスの被覆量は大きな影響を及ぼすものの,長さ方向におけるワックスの被覆量は影響を与えないのであるから,審決のとおり, 「被覆率」は単位長さ当たりの被覆量について算出すると解釈するのが妥当であり,審決の解釈に誤りはない。
(2) 「3秒以内に点火される」について 原告らは,発明の詳細な説明には,12個のローソクの点火に要する時間の平均値が「3秒以内」であることしか記載されていないことから,特許法36条6項1号の規定に反していないとの審決の判断は誤りであるなどと主張する。しかし,自然科学,技術の分野における実験で,測定結果等の数値に通常ばらつきがあること,それに対して各種統計処理を施すこと,そうして得られた数値に基づいて特許請求の範囲を記載することは一般的である。また,本件発明の「3秒以内」は,実施例1における実験者Aの12個の点火総時間35.6秒(1個当たりの平均時間3.033秒)からみて不当に拡張ないし一般化しているとはいえない。したがって,原告らの上記主張は失当である。
(3) 特許請求の範囲までの拡張について 本件特許明細書の発明の詳細な説明に,複数種類の作製方法が記載されている(段落【0010】【0011】 , )とおり,本件発明は,特定の製造方法に係るローソクに限定されるものではない。審決がローソク本体用ワックスと被覆芯用ワックスとを別異のものと認定したのは,ワックスの機能に着目した概念上の区別であって, 23 本件発明が特定の製造方法のローソクに限定されるべきことの根拠にはなり得ない。
したがって,原告らの主張は理由がない。
(4) 「ワックスの残存率が・・・33%」について 原告らは,実施例1の33%である場合には, 「こそぎ落されていない」との記載があるから,サポート要件についての審決の判断は誤りであると主張する。しかし,前記1(1)のとおり,実施例1は,実質的に本件発明の実施例となるものである。したがって,特許請求の範囲の「ワックスの残存率が・・・33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させる」ものは,発明の詳細な説明によりサポートされている。
4 取消事由4(進歩性に関する判断の誤り)に対して (1) 原告らは,甲1-1発明,甲1-5発明,甲1-3発明を主引用例とする審決の相違点の認定に関し,審決が,本件発明ではローソクの燃焼芯の被覆に用いられるワックスとローソク成形に用いられるワックスとは「別異のもの」であるとの解釈した点には誤りがあり,それを前提とする進歩性判断には誤りがある旨主張する。
しかし,審決は,その理由中において「両者ともに材料としては共通のものが使用される」ことを認めているとおり,審決のいう上記「別異のもの」とは, 「異なる種類(原料,成分)のワックス」ではなく,主としてローソクにおけるワックスの用途 機能の違いに基づく概念上の区別を意味していると解すべきである。
・ そして,請求項1では, 「ローソク本体から突出した燃焼芯」とあるように,本体と燃焼芯を構造的に区別しており,除去対象となるワックスをわざわざ「燃焼芯の・・・先端部に被覆されたワックス」と記載しているし,ローソクの燃焼プロセスにおいて,燃焼芯に被覆されたワックスは,ローソク本体のワックスが溶解して継続的な燃焼に寄与する状態への移行を良好なものとするという,ローソク本体のワックスとは別異の機能を有するのだから,両者は用途・機能の違いに基づき,概念上別の部材として区別されるものである。したがって,原告らの上記主張は失当である。
24 (2) また,原告らは,本件発明について,ワックスの残存率が19〜33%とすることは技術的にも臨界的にも意味を有しないとも主張する。しかし,同主張は誤りである。
すなわち,一般的に,ローソク本体から突出する燃焼芯には,点火後のローソク本体への燃焼の移行を安定させるためや剛性を確保するためにワックスを被覆する。
しかし,ローソク本体から突出した燃焼芯にワックスが被覆されているローソクでは,燃焼芯への着火後にワックスの加熱,溶融,気化という工程を経て定常的な点火状態に至るため,ワックスが燃焼芯の当初加工時の被覆状態のままでは点火に時間がかかる。他方,ローソクはワックスを燃焼させることにより継続的,安定的に点火状態を維持するので,燃焼芯先端部のワックスを過剰に除去すれば,燃焼芯が一時的に燃焼するのみで,ローソクとして「点火」した状態に至らない。
本件発明に係るローソクによれば,ワックスが被覆されている燃焼芯の先端から,当該燃焼芯が露出する程度にワックスを除去するとともに19%〜33%という特定の残存量を確保することにより,確実に点火時間を3秒以内に短縮でき,かつその点火状態が安定的に維持される。原告らが主張するとおり,被告が比較例および実施例で用いた燃焼芯の芯糸と異なる太さの燃焼芯を有するローソクでは,ワックスの被覆量が絶対量として同等であっても,残存率として19〜33%の範囲を外れる場合はあり得るのであり,より広い範囲の仕様の燃焼芯であって本件発明の目的を達成できるものも特許発明技術的範囲に属するようにするという観点からは,例えば芯糸当りの被覆量として規定する方が好ましいとも考えられるが,これは特許請求の範囲をいかに記載するかという意味での技術上の問題にすぎないのであって,原告らが主張する各無効理由とは別の問題である。
また,進歩性の判断において,請求項に係る発明と引用発明の相違が数値限定の有無のみで,課題が共通する場合は,有利な効果について,その数値限定の内と外とで量的に顕著な差異(臨界的意義)があることが要求されるが,原告らの主張する主引用例と本件発明との間には,数値限定以外の明確な構成上の相違が存在し, 25 しかも,いずれの証拠文献にも「ワックスの残存量が19〜33%」という数値範囲に属する残存量が示されていないのみならず,ワックスが被覆されている燃焼芯の先端から,当該燃焼芯が露出する程度にワックスを除去するとともに特定のワックス残存量を確保することにより,点火時間を短縮しつつその点火状態を安定的に維持するという,本件発明の技術的思想が開示も示唆もされていないから,上記数値の臨界的意義の有無を論ずるまでもなく,審決の進歩性判断に誤りはない。
当裁判所の判断
当裁判所は,原告らの取消事由2についての主張は理由がないが,取消事由1の主張には理由があり,審決にはこれを取り消すべき違法があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 取消事由2(手続補正の適否に関する判断の誤り)について 事案の内容に鑑み,まず取消事由2について検討する。
(1) 本件当初明細書には,以下のとおりの記載があったことが認められる(甲9)。
「【発明の詳細な説明】 【背景技術】 【0002】 ローソクは燃焼芯に点火した後,ローソク本体への燃焼の移行を良好なものとするため燃焼芯がワックスで被覆されている。ワックスで被覆された燃焼芯を有するローソクは,例えば予め溶融ワックス液中に浸漬して被覆した燃焼芯をローソク本体に埋設させて製造するか,又はワックスで被覆されていない燃焼芯をローソク本体に埋設させた後,燃焼芯のローソク本体から突出した部分を溶融ワックス液中に浸漬して被覆することにより製造される。
【0003】 また,一般に「ウォーマーキャンドル」と呼ばれる小型ローソクは,その使用数量及び目的より安価でなければならず大量生産することで需要に応えている。その生産は,全自動設備で成形されている場合が多く,成形機で燃焼芯を挿入する挿入孔が中心に設けられたローソク本体を成形した後,燃焼芯挿入機で挿入孔にワックスで被覆された燃焼芯を挿入している。ローソク本体に設けられた挿入孔へ芯を確実に挿入させるために,燃焼芯にこしを持たせるため,通常のロー 26 ソクより多めのワックスが被覆された燃焼芯を使用している。また,最近ローソクの点火時間を短くするために,燃焼芯の先端部に着火剤等を付与させることが提案されている。
【発明の開示】 【発明が解決しようとする課題】 【0004】 しかしながらワックスで被覆された燃焼芯を有するローソクを点火する際,燃焼芯に被覆されたワックスをまず溶融させ,次いで燃焼芯が溶融したワックスを加熱・気化させる必要があるため,ローソクの点火に3〜5秒間かかることは避けられない。さらに,比較的多くのワックスが被覆された燃焼芯を使用する「ウォーマーキャンドル」は,被覆されたワックスの溶融に時間を要するため,さらに点火時間が長くなる。また,燃焼芯の先端部に着火剤等を付与する方法は,取り扱いに注意する必要があり,又コストアップが避けられない。
【課題を解決するための手段】 【0005】 本発明は,ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって,該突出した燃焼芯にワックスが被覆され,かつ燃焼芯の先端部のワックス被覆量が,他の突出部に被覆されたワックスの被覆量に対し,5〜50%であることを特徴とするローソクであり,本発明のローソクにより,従来のローソクの点火に要する時間の短縮と不便さが解消され,従来行われてきた着火性を高めるために燃焼芯先端部に着火剤等を付与させる必要もない。
さらに,該燃焼芯の先端部がほぐされてなることを特徴とするローソクである。
【発明の効果】 【0006】 本発明のローソクは,燃焼芯に被覆されたワックスを燃焼芯先端部より除去し燃焼芯を露出させるという簡便安価な対応で,格段に点火時間を短縮させることができる。また,燃焼芯の先端部がほぐされることでいっそう点火しやすくすることができ,点火時間の短縮が可能となる。
【0007】 さらに,点火しやすくすることで,例えばお年寄りが毎日のおつとめでローソクにマッチで点火する際に,点火しにくいということで軸木の火が手 27 元にきて,やけどしたり,火種を落とすなどの危険性を防止することができる。
【0008】 また,ローソクが多数配置された際の点火に要する時間の短縮は,例えば披露宴会場やレストランの場合であれば,短時間に確実に点火できるため作業がスムーズに進み,人を省力化できるなどの利点を生じる。
【0009】 さらにまた,ローソクがさらに多数配置された場合,例えば屋外イベントでの何百,何千のローソクを点火してゆく場合の点火開始と点火終了の時間の短縮は演出上,作業効率上,大きな利点を生み出す。
【発明を実施するための最良の形態】 【0010】 本発明のローソクは,予めワックスが被覆された燃焼芯の先端 部のワックスを除去した燃焼芯をローソクの成形に用いても良いし,あらかじめ 成形しておいたローソク本体の挿入孔に挿入したものでも良い。
【0011】 さらに,ローソクを成形した後に,ワックスが被覆された燃焼 芯の先端部のワックスを除去し芯を露出させてもよい。
【0012】 芯の露出手段としては,特に限定されないが,熱で融かしワッ クスを除去しても良いし,機械的にこそぎとったりしても良い。また,露出芯の ほぐし手段に関しても,特に限定されないが,引っかき,芯切断の際にささくれ 状に切断しても良い。さらにまた,歯車に挟むことでワックスの除去と露出芯の ほぐしを同時に行なっても良い。」 「【比較例1】【0014】 直径36mm,高さ20mm,重量17gの中央 部に直径2.2mmの挿入孔を有するローソク本体を使用した。また,市販の1 35パラフィンワックスにマイクロクリスタリンワックスを30%配合し80℃ に溶融させた芯浸漬用ワックス中を燃焼芯を冷却しながら3回くぐらせ直径2m mのワックス被覆処理芯とした。
次ぎに,30mmに切断したワックス被覆芯を上記ローソク本体に挿入装着さ せ,内径38mm,深長24mmのポリカーボネイト製容器に入れ,さらに開口 部径53mm,深長55mmのガラス容器に収容させた。そしてローソクを収容 28 させたガラス容器同士を密着させ横並びに一直線状に12個配置したものを2組用意した。これを比較例1とした。
【比較例2】 【0015】 比較例1のワックス浸漬処理の際の3回くぐらせるところ2回くぐらせる以外は,同様であるものを比較例2とした。
実施例1】 【0016】 比較例1のワックス浸漬処理の際の3回くぐらせるところ1回くぐらせる以外は,同様であるものを実施例1とした。
実施例2】 【0017】 比較例1で用いた処理芯で,スチール製のつめ状具で被覆ワックスをこそぎ落としたもの以外は,同様であるものを実施例2とした。
実施例3】 【0018】 比較例1で用いた処理芯を100℃溶融パラフィンワックスに漬けこみ,被覆ワックスを融かし除去したもの以外は,同様であるものを実施例3とした。なお,ワックスの被覆量は,30mmの長さの各被覆芯の重量を測定し比較例1とし,他は比較例1に対する残存率とした。
実施例4】【0019】 実施例2で用いたワックス処理芯を切断する際に,露出芯の編みをほぐすようにしたもの以外は,同様であるものを実施例4とした。
【0020】 まず,比較例1の2組の内,1組目を実験者Aが意識的に早く,点火用ライターを用い,12個すべてのローソクの芯に点火し,点火に要した時間を計測した。次ぎにもう1組の12個のローソクを実験者Bが同様に点火作業を行ない,点火に要した時間を計測した。
【0021】 次ぎに,比較例2及び実施例1ないし実施例4においても同様の作業を行ない,点火に要した時間を計測した。その結果を表1に示す。
【表1】 29 【0022】 比較例1は,燃焼芯に被覆されたワックスを溶融するのに長時間要し,1個当たりの平均点火時間が3.8秒かかった。
また,比較例2は,比較例1に比べ燃焼芯のワックス被覆量が60%であるためワックスを溶融するのに時間の短縮はあったものの,1個当たりに平均点火時間が3.4秒と,比較例1と比較してわずかな時間短縮にしかならなかった。
【0023】 実施例1は,比較例1に対して燃焼芯のワックス被覆量が33%であり,1個当たりの平均点火時間が3.0秒と点火時間の短縮に効果的となっていた。
また,実施例2及び実施例3に比較例1に対する燃焼芯のワックス被覆量が24%,19%であり,被覆ワックスも容易に溶融でき1個当たりの平均点火時間も,2.8秒,さらに2.3秒と点火が容易となり,点火に要する時間が格段に短縮された。
【0024】 実施例4は,実施例2の燃焼芯の先端部の編みがほぐされており,点火の際に,ほぐされた芯糸に容易に点火し1個当たりの点火時間も1.3秒と格段に点火しやすかった。
【0025】 また,比較例1で用いたワックス被覆芯の先端よりそれぞれ1mm,3mm及び5mmワックスを刺抜きでこそぎ取った燃焼芯を用いた以外は 30 比較例1と同様とし,点火時間の計測を行った。その結果を表2に示すように, すべて点火時間に有意な差を認めなかった。
【表2】 【0026】 このことは,ローソクの燃焼芯への点火時間に影響を与えるの は,燃焼芯の最先端のワックスの被覆量如何であり,さらに該燃焼芯の先端部の ほぐれ程度であることがわかった。
ただし,先端部の1mmしか被覆ワックスをこそぎ落としていないものは,点 火当初,ゴマ粒ほどの炎でしかなく,少々の風でも容易に消える様であるため少 なくとも3〜5mm程度の被覆ワックスの除去が望ましい。」 (2) 請求項1についての補正(補正A)について ア 本件補正2による補正Aは,請求項1に係る特許請求の範囲の記載に, 「燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部」という発明特定事項を加えるものである(甲10)。原告らは,同補正は,本件当初明細書の段落【0026】に基づくものとはいえず,特許請求の範囲に新たな技術的事項を導入することになると主張する。
イ 特許請求の範囲,明細書又は図面についての補正は,願書に最初に添付した特許請求の範囲,明細書又は図面(以下「当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしなければならないが(特許法17条の2第3項) ここでいう , 「当初明細書等に記載した事項」とは,当業者によって,当初明細書等のすべての記載 31 を総合することにより導かれる技術的事項と解するのが相当であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は, 「当初明細書等に記載した事項」の範囲内においてするものということができると解される(知財高判平成20年5月30日特別部判決・平成18年(行ケ)第10563号参照)。
ウ そこで,検討するに,本件当初明細書の段落【0026】は,ワックス被覆芯の先端より1mmの長さのワックスをこそぎ取った燃焼芯を用いた点火実験では,3mm又は5mmの長さのワックスをこそぎ取った燃焼芯を用いた点火実験と比較して,ほぼ同じ平均時間で点火したものの,有風下では消えやすかった,という段落【0025】の【表2】の実験結果に基づいて,先端部から1mmしか被覆ワックスをこそぎ落していないものは,点火当初,ゴマ粒ほどの炎でしかなく,少々の風でも容易に消える様であるため,安定した点火のためには, 「少なくとも被覆芯の先端より3〜5mm程度の被覆ワックスの除去が望ましい」という旨を述べたものである。
確かに,本件当初明細書の【表2】の上記ワックス除去部分の長さが1mm,3mm,5mmの各実験例において,各燃焼芯からワックスをこそぎ取った具体的な割合(こそぎ取り前と比較して,こそぎ取った部分に残っている具体的なワックスの残存率)は,明らかではない。しかし,比較実験である以上,各実験例の上記ワックスの残存率は,当然に同じものであると理解される。そして,いずれの実験例も,1個当たりの平均点火時間自体は2.2秒ないし2.3秒と有意な差がなく,これは,比較例1,2の点火時間3.8秒,3.4秒(段落【0021】の【表1】)と比べると,3秒以下の短時間での点火という良好な結果であるところ(【表2】の実験の点火時間の計測方法は【表1】の実験の比較例1と同様である。段落【0025】,削除部分が1mmと短い燃焼芯についての実験例だけが,点火した後の有 )風下での安定性が劣ったというものである。そうすると, 【表2】に接した当業者であれば, 【表2】の各実験例の先端部から除去されたワックスの量(ワックスの残存 32 率)が,具体的にどのような数値であるかによって(少なくとも3秒以内の短時間で点火する程度のワックス残存率の範囲内であれば,その具体的な残存率の数値がどの程度であるかによって),ワックス除去部分の長さが1mm,3mm,5mmの場合の有風下での点火性についての上記実験結果が左右されると理解するものとは認められず,むしろ, 【表2】の実験結果を見れば,各実験例における具体的なワックス残存率にかかわらず(少なくとも3秒以内の短時間で点火する程度のワックス残存率の範囲内であれば,その具体的な残存率の数値にかかわらず) ワックス除去 ,部分の長さが1mmしかない場合には,点火しても有風下では消えやすく,安定した点火のためには,少なくとも3mm〜5mm程度のワックス除去部分の長さが必要であると理解するのが合理的である。
そうすると,本件当初明細書に接した当業者は,ワックス除去率が19〜33%の場合(段落【0021】の【表1】の実施例によれば,この場合の平均点火時間は2.3秒ないし3.0秒)であっても,ワックス除去部分の長さによる有風下での点火性については,上記【表2】の試験結果が当たるものと理解するものといえるから, 【表2】及び段落【0026】の記載に基づいて,請求項1の特許請求の範囲に「燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部」の記載を追加する補正をし,補正後の特許請求の範囲を,ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクで 「あって,該燃焼芯にワックスが被覆され,かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去するとともに,該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火されるよう構成したことを特徴とするローソク。 とすることは, 」 本件当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものとは認められず,補正Aは,本件当初明細書に記載した事項の範囲内の補正に当たる。
なお,原告らは,特許請求の範囲に新たな技術的事項が導入されること自体をも 33 って,補正Aが新規事項の追加に当たる旨を主張するもののようにも解される。この点,確かに,補正Aにより,特許請求の範囲記載の発明は,有風下でも消えにくいという新たな効果を備えることになるが,新規事項に当たるかどうかは,前記のとおりの判断基準により判断すべきものであり,補正後の特許請求の範囲自体に,補正前の特許請求の範囲と比べて新規な事項が加えられたかどうかではないから,原告らの主張は失当である。
したがって,補正Aについての原告らの主張は,理由がない。
(3) 段落【0014】についての補正(補正C1,C2)について ア 本件補正1による補正C1,C2は,本件当初明細書の段落【0014】が,【表1】の実験に用いた比較例1のローソクの作製方法について,中央部に直径2. 「2mmの挿入孔を有するローソク本体」を使用し, 「直径2mmのワックス被覆処理芯」を上記ローソク本体に挿入装着させて,ローソクを作製した旨記載していた部分のうち,ローソク本体の「挿入孔」との記載を「貫通孔」に変更し(補正C1),被覆処理芯(燃焼芯)についての「直径2mm」との記載を削除する(補正C2)旨の補正である(甲15)。
イ 原告らは,補正C1は新規事項の追加に当たると主張する。
確かに,本件当初明細書には,段落【0014】の比較例1のローソクの「挿入孔」が「貫通孔」であるとは記載されていない。しかし,通常,ローソクは本体を形成するロウの全体を燃焼することを念頭に,およそローソク本体の全長にわたって燃焼芯が存在するものであるから(甲1-5,甲2,4,6),当初明細書の「挿入孔」は,ローソク本体のほぼ全長に及ぶ孔であることは自明であり, 「貫通」しているかどうかは,孔の挿入口と反対側の口(ローソクの底に当たる部分)が開口しているかどうかにすぎない。したがって,同段落【0014】でいう「挿入孔」は,「貫通孔」をも包含し,これを言い換えているものといえる。そして,本件補正前発明のローソクは,ローソク本体から突出した燃焼芯に被覆されたワックスの量を,燃焼芯先端部では他の突出部より一定程度少なくすることで,点火時間を短縮し, 34 点火しやすくしたことを特徴とするものであり(段落【0005】,比較例1のロ )ーソクは,この「本体から突出した燃焼芯のワックスの被覆量」と「点火に要する時間」に関する実験(【表1】)及び「同ワックスの除去部分(ワックスの被覆量が少ない部分)の長さ」と「点火性」に関する実験(【表2】)に用いるものであるから,これらの実験に用いられたローソク本体の燃焼芯の挿入孔がローソクの底まで「貫通」しているものであるかどうかは,上記各実験の結果にも,その技術的意義にも,何ら影響するものではない。そうすると,補正C1により,ローソク本体の「挿入孔」が「貫通孔」であることを明らかにすることが,本件当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであるとは認められず,原告らの主張は理由がない。
ウ 原告らは,補正C2も,新規事項の追加に当たると主張する。
しかし,補正C2によって,比較例1の被覆処理芯が直径2mmであることが削除されても,本件補正2後の特許明細書の段落【0014】には,当該被覆処理芯を挿入するローソク本体の孔の直径が2.2mmであることは記載されており,通常,ローソクは,本体を形成するロウと,これに挿入されている燃焼芯とが接する状態で形成されているものであるから,補正C2がされても,ローソク本体の孔に挿入する燃焼芯の直径が,ローソク本体の孔の直径2.2mmよりもやや小さい程度のものであることは当業者にとって明らかである。そして,被覆処理芯が「直径2mm」ではなく, 「直径2.2mmよりやや小さい直径」と理解したとしても,前記アのとおりの【表1】や【表2】の実験結果が不明確となったとはいえず,また,その違いが各実験結果の技術的意義を左右するものともいえない。したがって,ローソクの燃焼芯の「直径が2.2mm」であることを削除することが,本件当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであるとは認められず,原告らの主張は理由がない。
(4) 段落【0016】についての補正(補正D1,D2)について 35 ア 本件補正1による補正D1,D2に係る補正は,本件当初明細書の段落【0016】が,【表1】の実施例1について,「比較例1のワックス浸漬処理の際の3回くぐらせるところ1回くぐらせる以外は,同様であるものを実施例1とした」と記載していた部分を,以下のとおりの具体的内容に補正するものである(甲15)。
「比較例1と同じ芯浸漬用ワックス中に燃焼芯を冷却しながら1回くぐらせて,ワックスが被覆された燃焼芯を用意し,重量を測定した。比較例1の燃焼芯の重量との差から算出したところ,比較例1の燃焼芯に被覆されたワックスの被覆量の33%であった。
比較例1と同様に,上記燃焼芯をローソク本体の貫通孔に挿通して図2に示すローソクを製作した。該ローソクを内径38mm,深さ24mmのポリカーボネイト製容器(図示せず)に入れ,さらに開口部直径53mm,深さ55mmのガラス容器(図示せず)に収容した。ローソクを収容したガラス容器同士を密着させ,横並びに一直線状に12個配置したものを2組用意し,これを実施例1とした。
なお,燃焼芯への点火時間は芯に被覆されたワックスの被覆量で決定されるため,実施例1は,簡易法として,芯全体にワックスが均一に被覆された燃焼芯(先端部に被覆されたワックスがそぎ落とされていない)を使用した。」 イ 原告らは,補正前の「同様であるもの(を実施例1とした)」という記載を書き換えて,実施例1の具体的な内容を記載した補正D1は,本件当初明細書の複数の記載事項を組み合わせて解釈し,さらにその解釈を総合して理解される内容であり,また,複数の解釈が可能な点について一つに特定するものであるから,新規事項の追加に当たると主張する。
しかし,補正D1の記載内容は,比較例1で用いたローソクの作製方法及び実験のための容器へのセットの仕方については,本件当初明細書の段落【0014】を用いて,燃焼芯のワックスの被覆量測定については,同段落【0018】【表1】 ,及び【0023】に記載された事項を用いて,補正前の「同様であるもの」の内容を具体的に書き改めたものにすぎないものであることが明らかであり,本件当初明 36 細書中のこれらの記載事項を組み合わせて本件当初明細書の段落【0016】の実施例1の実施条件を,補正後のようなものとして理解することは,当業者であれば当然であって,特段の推論を要するものとはいえず,また,本件当初明細書の段落【0016】の実施条件について,複数の解釈があり得るものとは認められない。
したがって,補正D1が,本件当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであるとは認められず,原告らの主張は理由がない。
ウ 原告らは,補正D2の「なお,燃焼芯への点火時間は芯に被覆されたワックスの被覆量で決定されるため」との記載について,技術常識を踏まえて解釈しなければ理解できない事項は新規な事項というべきであると主張する。
しかし,前記(2)イのとおり,新規事項に当たるかどうかは,当業者によって,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかによって判断するのが相当であり,当業者の理解を認定する上では,当業者が有する技術常識をも踏まえて判断をすべきであるから,原告らの主張は,失当である。また,この点を措くとしても,前記(3)イのとおり,本件補正前発明のローソクは,ローソク本体から突出した燃焼芯に被覆されたワックスの量を燃焼芯先端部では他の突出部より一定程度少なくすることで,点火時間を短縮し,点火しやすくしたことを特徴とするもので(本件当初明細書の段落【0005】, )【表1】の各比較例,実施例も,燃焼芯に被覆されたワックスの被覆量を異なるものとした上で点火時間を比較しているものであることからも明らかなとおり, 「燃焼芯への点火時間は,芯に被覆されたワックスの被覆量で決定される」という補正D2の内容は,本件当初明細書に明記されている本件発明の技術的思想の一部である。したがって,補正D2が,本件当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであるとは認められず,原告らの主張は理由がない。
(5) 段落【0018】についての補正(補正E)について 37 ア 本件補正2による補正Eは,本件当初明細書の段落【0018】には,表1の実施例について, 「なお,ワックスの被覆量は,30mmの長さの各被覆芯の重量を測定し比較例1とし,他は比較例1に対する残存率とした。 との記載があった 」のを,削除するものである(甲10)。
イ 原告らは,段落【0018】は,実施例に関する記載であり,補正Eにより,当業者は被覆量を計算する基準が不明となり,各燃焼芯の長さを一定としているか又は単位長さ当たりの被覆量として対比するかは自明でもないから,新規事項の追加に当たると主張する。
しかし,本件当初明細書に記載された【表1】の比較例1,2及び実施例1ないし3のローソクの各燃焼芯は,その作製方法について,各燃焼芯のワックスの全長のうちの一部分のみを削り取り,又は溶融除去したとは記載されておらず 【001 (4】ないし【0018】,また,相互の比較は各被覆芯の被覆ワックスの重量によ )り行われていることからすれば 【0018】, ( ) いずれも全長にわたって均一にワックスで被覆されたものであると認められる。そして,補正Eにより「30mm」という各燃焼芯の具体的な長さが削除された後も,各燃焼芯の被覆ワックス残存率は,比較例1を100%とし,その他はこれに対する残存率が示されていることは,本件当初明細書上の記載から明らかであり(【表1】【0018】【0022】【00 , , ,23】,ワックス残存率は,上記のとおり全長にわたって均一にワックスが被覆さ )れたもの同士の対比による残存率として求めるのだから,補正E後も,残存率を比較するための重量測定に用いる各燃焼芯の長さが同一であること自体は明らかである。そして,「30mm」という具体的数値が削除されても,【表1】の実験結果の内容が不明確となるものとはいえず,各燃焼芯の長さが具体的にどのような数値であるかは,これらの実験によって明らかとなる技術的意義を何ら左右するものとはいえない。したがって,補正Eが,本件当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであるとは認められず,原告らの主張は理由がない。
38 (6) 段落【0025】についての補正(補正F1ないしF3) ア 本件補正1による補正F1ないしF3に係る補正は, 【表2】の各実験例の燃焼芯の作製方法及び実験結果について説明した本件当初明細書の段落【0025】中の, 「また,比較例1で用いたワックス被覆芯の先端よりそれぞれ1mm,3mm及び5mmワックスを刺抜きでこそぎ取った燃焼芯を用いた以外は比較例1と同様とし,点火時間の計測を行った。その結果を表2に示すように,すべて点火時間に有意な差を認めなかった。」との記載を,以下のとおり,燃焼芯の作製方法及び実験結果の具体的内容を記載する内容に補正をしたものである(甲10)。
「ワックスが被覆された比較例1の燃焼芯2の先端から各々1mm,3mm,5mmの長さの先端部に被覆されたワックスを実施例2と同一方法でスチール製のつめ状具でこそぎ落した各2本,合計6本の燃焼芯を用意した。
先端部のワックスがそぎ落とされた燃焼芯の重量から先端部に残ったワックスの被覆量を算出したところ,6本とも先端部のワックス被覆量は,燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量の24%であった。
(略)その結果を表2に示す。(以下,略)」 イ 原告らは, 「実施例2と同一方法でスチール製のつめ状具でこそぎ落した」との補正部分(補正F1)について, 「刺抜き」と「つめ状具」は同一の道具ではないし,当業者にとって自明でもないと主張する。
しかし,本件当初明細書の「刺抜き」とは,一般的に,先端部に爪状部分を有する一対の部材で,刺などを挟む金属製の道具を指す用語として理解される(甲22)。
これに対し, 「つめ状具」は,用具の形状を表現した語であって,一般的に特定の道具を指す語として使用され,又は当業者に理解されていることを示す証拠はなく,その文言からすれば, 「爪」のような形状を有する道具を意味すると解される。そうすると,補正F1の「スチール製のつめ状具」は, 「刺抜き」と同一の道具ではないとしても,一対の爪状部分を有する部材で刺などを挟む「刺抜き」を包含し,これを言い換えた表現ということができる。また,前記のとおり, 【表2】の各実験例は, 39 燃焼芯からのワックス除去部分の長さと点火性との関係を確認するためのものであり,当該ワックスを除去する際のこそぎ取りの手段として,刺抜きを用いるか,つめ状具を用いるかによって,各実験例の実験結果やその技術的意義に何ら影響があるものではないから, 「刺抜き」を「つめ状具」と補正したからといって,新規な技術的事項を導入するものとはいえない。また, 「実施例2と同一方法で」という補正部分についても,実施例2のこそぎ落としの方法とは, 「スチール製のつめ状具で被覆ワックスをこそぎ落したもの」であるから(段落【0017】 ,同補正部分は, )「刺抜き」を「スチール製のつめ状具」と補正したことと,実質的に同じ内容にすぎない。
したがって,補正F1が,本件当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであるとは認められず,原告らの主張は理由がない。
ウ 原告らは, 【表2】の各実験例について「各2本,合計6本の燃焼芯を用意した。」とする補正部分(補正F2)は,具体例の変更であり,当業者にも自明ではないから,新規事項の追加であると主張する。
この点,確かに,本件当初明細書は, 【表2】の各実験例に用いるローソクについて, 「比較例1と同様とし」 (段落【0025】)と記載しており,比較例1で用いるローソクとは,ローソクを収容させたガラス容器同士を密着させ横並びに一直線状 「に12個配置したものを2組用意した。 段落 ( 」 【0014】と記載されていること, )さらに, 【表2】の各実験結果では,各実験者A,B各々が行った点火実験の合計平均時間は,1個当たりの平均(点火)時間の約12倍となっていることからすれば,当初明細書の【表2】の各実験例では,実験者A,Bそれぞれが12個のローソクを1組として2組分(12×2=24本)の実験を行い,ワックスを除去した長さが1mm,3mm,5mmの3種類のローソクについての実験を行っているのであるから,各2組24本,合計72本(24本×3種類)の燃焼芯を用意したものと理解される。
40 しかし,本件補正1後も,上記【表2】の実験結果自体に変更があったわけではないから(なお,本件補正1の際に,段落【0025】の文中に引用されていた【表2】は削除されているが,本件訂正による訂正事項7により,誤記の訂正として【表2】を追加する訂正がされており,同訂正について,原告らは争っていない。,上 )記補正F2は, 「各2組24本,合計72本」の単純な誤記であることが明らかというべきである(なお,補正F2の記載部分は,現に,誤記であるとの理由で,本件訂正の訂正事項3及び4により「各2組24本,合計6組72本の燃焼芯」と訂正されており,原告らは,同訂正部分については,誤記であるとの審決の理由も含めて,争っていない。。
) したがって,補正F2は,そもそも本件当初明細書に記載された具体例を変更するものとは認められないから,原告らの主張には,理由がない。
エ 原告らは,本件当初明細書の【表2】の各実験例について,燃焼芯の先端部のワックスをこそぎ落した後の被覆量を,先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量の24%と特定する記載を追加する補正(補正F3)について, 【表1】と【表2】とは別異の課題に関する実験なので,本件当初明細書の「比較例1と同様」との記載のみから,先端部のワックス被覆量が他の突出部に被覆されたワックスの被覆量に対して24%であるということはできず,同補正は新規事項の追加であると主張する。
確かに,前記(2)ウのとおり,本件当初明細書の【表2】のワックス除去部分の長さが1mm,3mm,5mmの各実験例では,各燃焼芯からワックスをこそぎ取った具体的な割合(こそぎ取り前と比較して,こそぎ取った部分に残っている具体的なワックスの残存率)は,明らかではない。また, 【表1】の各実施例のうち,燃焼芯からワックスがこそぎ取られている実施例は実施例2のみであり(【0017】, )その被覆ワックス残存率は24%であるが(【0021】 【表1】,このことから, , )【表2】の各実験例の具体的なワックス残存率が当然に24%になるということまでは理解できない。
41 しかし,【表2】の各実験例のローソクは,いずれも,【表1】の実施例2で用いられたものと同じ比較例1のローソクを用いて,被覆芯からワックスをこそぎ落としたものである。また,本件当初明細書には,ワックスを燃焼芯先端部より除去し燃焼芯を露出させることにより,格段に点火時間を短縮させることができるという効果を奏することが記載されており【0006】, ( )ワックスの溶融やこそぎ取りは,芯の露出手段として記載されているから(【0012】, ) 【表2】の各実験例のローソクにおいても, 【表1】の実施例2のローソクにおいても,ワックスのこそぎ落としは燃焼芯を露出させるものと理解されるところ,このような同一の方法により成形されたローソクの被覆芯から,燃焼芯を露出させるようにワックスをこそぎ落とした場合のワックス残存率はほぼ同様になるものと理解するのが自然であるから,【表1】を前提として,【表2】に接した当業者は,【表2】の各実験例の燃焼芯についても,実施例2と同じく24%前後のワックス除去率と理解するのが合理的である。そして,そもそも,前記(2)ウのとおり,【表2】の各実験結果を見れば,各実験例における具体的なワックス残存率にかかわらず(少なくとも3秒以内の短時間で点火する程度のワックス残存率の範囲内であれば,その具体的な残存率の数値にかかわらず) ワックス除去部分の長さが1mmしかない場合には, , 点火しても有風下では消えやすく,安定した点火のためには,少なくとも3mm〜5mm程度のワックス除去部分の長さが必要であると理解されるのであるから,補正F3により,【表2】のワックス残存率が実際には24%であったことが明らかとする旨の補正がされても, 【表2】の実験結果の理解やその技術的意義に影響を与えるものとは認められない。
以上によれば,補正F3は,本件当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものとは認められず,当該補正は,本件当初明細書に記載した事項の範囲内の補正に当たるから,原告らの主張は理由がない。
(7) 以上のとおりであり,原告ら主張の取消事由2は,理由がない。
42 2 取消事由1(訂正の適否に関する判断の誤り)について (1) 訂正事項5及び6について ア 原告らは,訂正事項5及び6は,誤記の訂正として認められたものであるが,当業者である被告も訂正前の記載(本件補正1後の記載)が補正前の記載事項と技術的に相容れない事項とはみなしていないのであり,同補正が錯誤によりされたということはできないから,審決の判断には誤りがあると主張する。
イ そこで検討するに,訂正事項5及び6は,前記第2の4(3)及び(4)のとおり,本件特許明細書の段落【0025】中に, 「実施例2と同一方法でスチール製のつめ状具でこそぎ落した」とあるのを,刺抜きでこそぎ落した」 「 に訂正し(訂正事項5),また,先端部のワックスがそぎ落とされた燃焼芯の重量から先端部に残ったワック 「スの被覆量を算出したところ,6本とも先端部のワックス被覆量は,燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量の24%であった。 とあるのを削除す 」る(訂正事項6)ものである。そして,前記1(6)ア,イ及びエのとおり,各訂正前の段落【0025】の各記載は,本件補正1による補正F1及び補正F3に係る補正により記載されたものである。
誤記の訂正が認められるためには,まず,特許明細書又は特許請求の範囲に「誤記」,すなわち,誤った記載が存在することが必要である。しかし,前記1(6)イ,エで判示したとおり,補正F1は,本件当初明細書に,段落【0025】の各実験例の燃焼芯の作製方法について「(ワックスを)刺抜きでこそぎ取った」と記載していたのを,(ワックスを)スチール製のつめ状具でこそぎ落した」と言い換え,実 「施例2とこそぎ落としの方法が同一であることを明瞭にしたものであり,補正F3は,本件当初明細書には,段落【0025】の各実験例の燃焼芯からワックスをこそぎ取った割合(ワックスの残存率)が明らかにされていなかったのを,ワックス残存率が24%であることを明らかにしたものであり,これらの補正内容自体が誤ったものであるとも,補正後の記載事項が,補正前に記載されていた事項と技術的に相容れない事項であるとも認められないから,そもそも,補正F1又は補正F3 43 に係る補正後の記載内容(本件訂正前の記載内容)自体に,誤りがあるとは認められない。なお,訂正の経過をみても,被告は,本件訴訟に先立つ無効審判請求において,原告らから,補正F1及びF3が新規事項の追加に当たるとの無効理由が主張されたのに対し,当初これを争い,補正F1及びF3は新たな技術的事項を導入するものではない旨主張していたものの(甲21),審決の予告において,これらの補正が特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないとの審判合議体の判断が示されたため(甲13),初めて,本件補正1後の記載を補正前の記載に戻すために,訂正事項5及び6の訂正を請求するに至ったものであり(乙2),被告自身も,本件補正1後の記載内容自体が誤っている,との主張をしているものではない。
そうすると,補正F1及びF3に係る補正後の記載を,補正前の記載に戻すための訂正事項5及び6は, 「誤記」の訂正に当たるとは認められず,審決の判断は,その前提において誤りがあるというべきである。
ウ これに対し,被告は,訂正事項5,6は,実質的に明細書の記載を,本件補正1前の記載に戻すことを目的とするものであり,かつ,当該訂正は特許請求の範囲の記載の解釈に影響を及ぼすものではないから,誤記の訂正として認めても第三者の不測の不利益は生じず,他方,審決も述べるとおり,このような訂正を認めることは,権利内容の一部に瑕疵があったことにより,特許全体が無効にされることを回避するという訂正制度の趣旨に合致するものであるから ,誤記の訂正と解されるべきである旨主張する。また,審決も,訂正の請求に関する規定は,特許明細書等の内容は登録後みだりに変更されるべきものではないが,特許権の登録後にその権利内容の一部に瑕疵があるため,有効な部分までもが併せて無効になってしまうことは権利者にとって酷であることから,その瑕疵を是正して無効理由や取消事由を除去することができる途を開く必要があるという,相反する要請を調和させるものとして設けられた規定であることに鑑みても,訂正事項5及び6の訂正は,誤記の訂正に該当するものとするのが至当である旨述べる。
しかし,訂正制度の趣旨が,被告や審決の述べるような趣旨のものであることは 44 そのとおりであるものの,特許法は,そのような相反する要請の調和を図る具体的な範囲として,同法134条の2第1項ただし書の各号に掲げる事項を目的とするものに限って訂正を認めているのであり,同項2号の「誤記又は誤訳の訂正」とは,その文言上,記載内容自体が誤っているときに,その記載を正しい記載内容に訂正することを意味することが明らかであるから,記載内容自体が誤っていない記載の訂正を,同号に含めることはできない。したがって,被告の主張を採用することはできない。
エ 念のため,訂正事項5及び6が誤記の訂正以外の事項を目的とするものといえるか否かについて検討する。訂正事項5及び6は,いずれも本件特許明細書中の実験に関する部分(段落【0025】)であって,特許請求の範囲の文言の解釈に影響を与えるような部分についての訂正ではないから,特許法134条の2第1項ただし書1号の特許請求の範囲減縮や同4号の請求項間の引用関係の解消を目的とするものではないことは明らかである。
また,本件特許明細書の訂正事項5及び6に係る部分(補正F1及びF3により補正された部分)は,補正前の当該部分の記載内容自体又はその他の記載との関係を明瞭にするために,補正されたものであり,それ自体が意味の不明瞭な記載となっていることや,その他の記載との関係で不合理を生じて不明瞭になっている記載を見出すことはできないし,そうである以上,本件特許明細書に存在した訂正事項5,6に係る部分の記載を訂正又は削除することによって,何らかの事項が明瞭になるとも認められないから,訂正事項5,6は特許法134条の2第1項ただし書3号の明瞭でない記載釈明を目的とするものともいえない。
したがって,訂正事項5,6は,特許法134条の2第1項ただし書の各号に掲げられたいずれの事項を目的とするものとも認められない。
オ 以上によれば,訂正事項5及び6を認めた審決の判断には誤りがあるから,原告ら主張の取消事由1は理由がある(なお,訂正事項5及び6は,本件特許明細書の段落【0025】に係るものであるが,段落【0025】は,請求項1に係る 45 発明についての説明であるとともに,請求項1を従属項とする請求項2の説明でもあるから,訂正事項5及び6についての判断の誤りは,本件訂正を全体として取り消すべき理由に当たるといえる。。
) (2) 訂正事項1及び2について なお,今後の特許庁における審理のため,訂正事項1及び2について付言する。
ア 原告らは,訂正事項1及び2について, 「ワックスの残存率33%」との記載に対応する実施例1では,ワックスが除去されていないから,芯は露出していないと解され,したがって, 「ワックスの残存率が・・・33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させる」ことは,特許明細書に記載した事項の範囲内においてするものではないし,また,訂正事項1及び2の訂正により,段落【0016】の実施例1についての説明と矛盾することとなったから,明瞭でない記載釈明を目的とするものとはいえない旨主張する。
イ この点,本件特許明細書には,以下のとおりの記載がされていることが認められる(甲10。なお,下線部分は,特許公報に付されたものと同じである。。
) 「【発明が解決しようとする課題】【0004】 ワックスで被覆された燃焼芯を有するローソクに点火するには、まずマッチ等の燃焼炎を燃焼芯の先端に近づけて、
燃焼芯に被覆されたワックスを加熱・溶融させ、次いで溶融されたワックスを加熱・気化させて可燃性ガスを発生させ、該可燃性ガスの着火により燃焼芯が点火される。
ローソクの点火には上記ワックスの加熱・溶融・気化の各工程を経る必要があるため、燃焼芯への点火に通常3〜5秒間かかることは避けられない。ローソク本体に設けられた貫通孔に、後から燃焼芯を挿通するキャンドル、例えば「ウォーマーキャンドル」では、燃焼芯が貫通孔に容易に挿通できるように比較的多くのワックスが被覆され、燃焼芯に剛性が付与されている。このようなローソクは燃焼芯に被覆されたワックスの溶融に時間を要して、一層点火時間が長くなる。燃焼芯への点火時間を短縮するため、燃焼芯の先端部に着火剤を付与する方法は、着火剤の取扱いに注意する必要があり、コストアップが避けられない。
46 したがって本発明の目的は、ローソクの燃焼芯への点火に要する時間が短縮され、
しかも確実に点火できるローソクを提供することである。さらに、本発明の他の目的は、燃焼芯の先端に着火剤を付与することのない、安価で、安全なローソクを提供することである。
【課題を解決するための手段】 【0005】 すなわち本発明は、ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって、該燃焼芯にワックスが被覆され、かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを、該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対するワックスの残存率が33%以下となるようこそぎ落とし又は溶融除去するとともに、該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火されるよう構成したことを特徴とするローソクである。さらに、
本発明は、該燃焼芯の先端部がほぐされている上記ローソクである。
ワックス被覆量が調整された燃焼芯の先端部の長さが3mm未満では、点火時の炎が小さく風で消える恐れがある。また、先端部の長さの上限に制約はないが、燃焼芯の先端部以外のワックス被覆量が多い部分のワックスを早く溶融・気化させて安定に燃焼させるため少なくとも3mmの長さがあればよい。通常5mm程度が好ましい。燃焼芯の先端部に被覆されるワックスは、先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対するワックスの残存率が19%〜33%となるよう、先端部に被覆されたワックスをこそぎ落とし又は溶融除去される。ワックスの残存率が33%を超えると被覆されたワックスの溶融・気化に時間がかかり点火時間が長くなる。
【発明の効果】 【0006】 本発明のローソクは、燃焼芯に被覆されたワックスを燃焼芯先端部より除去し燃焼芯を露出させるという簡便安価な対応で、格段に点火時間を短縮させることができる。また、燃焼芯の先端部がほぐされることでいっそう点火しやすくすることができ、点火時間の短縮が可能となる。」 「【比較例1】【0014】 図1に示すように、中央部に直径2.2mmの貫通孔を有する、直径36mm、高さ20mm、重量17gのローソク本体1と、市販 47 の135パラフィンワックスにマイクロクリスタリンワックスを30%配合し、80℃に溶融させた芯浸漬用ワックス中に燃焼芯を冷却しながら3回くぐらせて、ワックスが被覆された燃焼芯2を用意した。
次に、長さ30mmに切断したワックスが被覆された燃焼芯2を上記ローソク本体1の貫通孔に挿通してローソクを製作した。該ローソクを内径38mm、深さ24mmのポリカーボネイト製容器(図示せず)に入れ、さらに開口部直径53mm、
深さ55mmのガラス容器(図示せず)に収容した。ローソクを収容したガラス容器同士を密着させ、横並びに一直線状に12個配置したものを2組用意し、これを比較例1とした。」 「【実施例1】【0016】 比較例1と同じ芯浸漬用ワックス中に燃焼芯を冷却しながら1回くぐらせて、ワックスが被覆された燃焼芯を用意し、重量を測定した。
比較例1の燃焼芯の重量との差から算出したところ、比較例1の燃焼芯に被覆されたワックスの被覆量の33%であった。
比較例1と同様に、上記燃焼芯をローソク本体の貫通孔に挿通して図2に示すローソクを製作した。
・・・ローソクを収容したガラス容器同士を密着させ、横並びに一直線状に12個配置したものを2組用意し、これを実施例1とした。
なお、燃焼芯への点火時間は芯に被覆されたワックスの被覆量で決定されるため、
実施例1は、簡易法として、芯全体にワックスが均一に被覆された燃焼芯(先端部に被覆されたワックスがそぎ落とされていない)を使用した。」 「【0020】 まず、比較例1の2組の内、1組目を実験者Aが意識的に早く、
点火用ライターを用い、12個すべてのローソクの芯に点火し、点火に要した時間を計測した。次ぎにもう1組の12個のローソクを実験者Bが同様に点火作業を行ない、点火に要した時間を計測した。
【0021】次ぎに、比較例2及び実施例1ないし実施例4においても同様の作業を行ない、点火に要した時間を計測した。」 「【0022】 比較例1は、燃焼芯に被覆されたワックスを溶融するのに長時間 48 要し、1個当たりの平均点火時間が3.8秒かかった。・・・ 【0023】 実施例1は、比較例1に対して燃焼芯のワックス被覆量が33%であり、1個当たりの平均点火時間が3.0秒と点火時間の短縮に効果的となっていた。」 ウ 本件特許明細書の上記記載によれば,実施例1は,芯浸漬用ワックスに1回だけ燃焼芯をくぐらせることにより,芯浸漬用ワックスに3回燃焼芯をくぐらせた比較例1と比して,ワックスの被覆量が33%であるローソクを作製したものであり(【0014】【0016】,点火実験の結果,1個当たりの平均時間は3.0秒 , )と,比較例1と比して短縮されていたものである 【0020】 ( ないし【0023】。
)したがって,実施例1は,ワックスをこそぎ落とし又は溶融除去してローソクが作製されたものではなく,その作製方法に照らすと,実施例1のローソクが「燃焼芯を露出させる」ものであったかどうかは明らかではない。また,本件特許明細書には,実施例1の他には,ワックスの残存率が33%のローソクの実施例はない。
しかし,本件特許明細書によれば,本件発明は,点火に要する時間が短縮され,確実に点火できるローソクを提供するという課題を解決するためのものであり【0 (004】,燃焼芯に被覆されたワックスを燃焼芯先端部より除去し燃焼芯を露出さ )せるという簡便安価な対応で、格段に点火時間を短縮させることができるという効果を奏する(【0006】。そして,実施例1は, ) 「ワックスの被覆量」が「点火時間」を決定する要素の一つであることを前提として,その関係を求めるため,簡易なモデルとして,芯全体にワックスが均一に33%被覆された燃焼芯を使用して,点火実験を行ったものである(【0016】 。そうすると,実施例1の実験結果を評 )価する上では,ワックスの被覆量が問題となるのであって,どのような手段でワックスの被覆量を33%とするかは,実施例1の実験結果を左右するものではないことは明らかであるから,当業者であれば,実施例1についての記載に基づいて,ワックスをこそぎ落とし又は溶融除去するという方法によりワックスの残存率が33%となるようにしたローソクについても,実施例1と同様の結果となるというこ 49 とは当然に理解するものといえる。また,実施例1のローソクが, 「燃焼芯を露出させる」ものかどうかが明らかではなくとも,ローソクの点火は、燃焼芯に被覆されたワックスを加熱・溶融させ、次いで溶融されたワックスを加熱・気化させて可燃性ガスを発生させ、該可燃性ガスの着火により燃焼芯が点火されるという各工程を経るものであるとの記載に照らせば 【0004】, ( ) ワックスの残存率が33%となるようにしたローソクの点火時間が3.0秒であるという実施例1の実験結果をもとに,当該ローソクの燃焼芯が露出している場合については,点火時間が短くなることはあっても,点火時間が3.0秒よりも長くならないということも,当業者であれば当然に理解することといえる。
したがって, 「ワックスの残存率が・・・33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させる」との訂正をする訂正事項1及び2は,本件特許明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであるとはいえないし,同訂正が,実施例1についての段落【0016】の説明と矛盾することとなったものとも認められない。
エ なお,本件特許明細書上,ワックスのこそぎ落とし又は溶融除去は,芯の露出手段として記載されているものの 【0012】, ( ) 訂正前の請求項1の特許請求の範囲に記載された「ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去する」という記載は,それ自体意味が明確であり,これが不明瞭な記載であるとか,その記載自体から,同記載が「ワックスの残存率が19%〜33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させる」ということを意味するものであったと解することはできないから,訂正事項1及び2が,明瞭でない記載釈明を目的とする訂正に当たるとはいえない。むしろ,訂正事項1及び2は,特許請求の範囲に, 「燃焼芯を露出させる」という発明特定要件を加えるものであるから,特許請求の範囲減縮を目的とするものといえる。
オ したがって,今後の審理においては,上記の点を考慮して検討する必要があ 50 ると思われる。
結論
以上のとおり,原告らの取消事由2についての主張は理由がないが,取消事由1の主張には理由があり,本件訂正を認めた審決の判断の誤りが審決の結論を左右することは明らかであるから,本件発明(本件訂正がされた後の特許請求の範囲に係る発明)についての無効理由である取消事由3及び4について検討するまでもなく,審決は取り消されるべきである。
よって,原告らの本件請求は理由があるから,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 設樂一
裁判官 大寄麻代
裁判官 平田晃史