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関連審決 異議2001-73199
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  参酌 /  数値限定 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 645号 特許取消決定取消請求事件
原告 三菱電機ホーム機器株式会社
原告 三菱電機株式会社
原告ら訴訟代理人弁理士 高橋省吾
同 家入久栄
同 伊達研郎
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 藤原直欣
同 大元修二
同 大野克人
同 立川功
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/06
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求める裁判
1 原告ら (1) 特許庁が異議2001-73199号事件について平成14年11月7日にした決定中「特許第3170726号の請求項1に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告らは,発明の名称を「電気掃除機」とする特許第3170726号の特許(平成4年4月15日出願(以下「本件出願」という。),平成13年3月23日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は2である。)の特許権者である。
(2) 本件特許に対し,特許異議の申立てがあり,この申立ては,異議2001-73199号事件として審理された。原告らは,その審理の過程で,平成14年8月19日,本件出願の願書に添付した明細書及び図面の訂正を請求をした(以下,この訂正請求書に添付された訂正明細書を,図面を含めて,「本件明細書」といい,この明細書の特許請求の範囲に記載された請求項1の発明を「本件発明」という。なお,同訂正により,請求項2は削除された。)。
(3) 特許庁は,平成14年11月7日,「訂正を認める。特許第3170726号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,この異議決定の謄本は,平成14年11月27日,原告らに送達された。
2 本件発明の特許請求の範囲 「 集塵室,ブロアモータ等を内蔵し,前車輪と一対の主車輪を備えた掃除機本体を移動させて床面上の塵埃等を吸引する電気掃除機において, 前記主車輪の外径が掃除機本体の全長の50%以上の大きさに設定され, その外周の一部が前記掃除機本体の後端面及び底面の外側にあり,前記掃除機本体の天面が前記主車輪の外周の外側にあり, 前記掃除機本体の重心が,前記前車輪と主車輪が床面に接触した状態で前記主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方であり,かつ前記主車輪と掃除機本体の後端面の天面側に突設された突起部が床面に接触した状態で前記主車輪の車軸を通り床面に垂直な線の天面側にある, ように構成されたことを特徴とする電気掃除機。」 (なお,以上の内容を次のように分説し,これを便宜「構成要件A〜E」という。
A 集塵室,ブロアモータ等を内蔵し,前車輪と一対の主車輪を備えた掃除機本体を移動させて床面上の塵埃等を吸引する電気掃除機において, B 前記主車輪の外径が掃除機本体の全長の50%以上の大きさに設定され, C その外周の一部が前記掃除機本体の後端面及び底面の外側にあり,前記掃除機本体の天面が前記主車輪の外周の外側にあり, D 前記掃除機本体の重心が,前記前車輪と主車輪が床面に接触した状態で前記主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方であり, E かつ前記主車輪と掃除機本体の後端面の天面側に突設された突起部が床面に接触した状態で前記主車輪の車軸を通り床面に垂直な線の天面側にある, ように構成されたことを特徴とする電気掃除機。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,特開昭61-52833号公報(以下,決定と同じく「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び意匠登録第521833号公報(以下,決定と同じく「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項に違反してなされたものである,とするものである。
決定が上記結論を導くにあたり認定した本件発明と引用発明1との一致点・相違点は,次のとおりである。
(一致点) 「集塵室,ブロアモータ等を内蔵し,前車輪と一対の主車輪を備えた掃除機本体を移動させて床面上の塵埃等を吸引する電気掃除機において,前記主車輪の外周の一部が前記掃除機本体の後端面及び底面の外側にあり,前記掃除機本体の天面が前記主車輪の外周の外側にあり,前記掃除機本体の重心が,前記主車輪と掃除機本体の後端面の天面側に突設された突起部が床面に接触した状態で前記主車輪の車軸を通り床面に垂直な線の天面側にある,ように構成された電気掃除機」 (相違点) 「本件発明では,主車輪の外径を,「掃除機本体の全長の50%以上の大きさに設定」するとともに,前記掃除機本体の重心を,「前車輪と主車輪が床面に接触した状態で前記主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方である」ように配設しているのに対し,引用発明1では,主車輪が掃除機本体に対してかかる大きさに設定されず,かつ,掃除機本体の重心について,前車輪と主車輪が床面に接触した状態での配設位置が明示されていない点」 (以下,@主車輪の外径について,本件発明では「掃除機本体の全長の50%以上の大きさに設定」しているのに対し,引用発明1では掃除機本体に対してかかる大きさには設定されていない点を「相違点@」といい,A前車輪と主車輪が床面に接触した状態における掃除機本体の重心の位置について,本件発明では「主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方である」ように配設しているのに対し,引用発明1ではそのような配設位置は明示されていない点を「相違点A」という。)
原告ら主張の決定取消事由の要点
決定は,以下のように,本件発明と引用発明1との相違点@,Aに関する判断を誤り,その結果,本件発明の進歩性の判断を誤ったものであって,その誤りは決定の結論に影響することが明らかである。
1 取消事由1(相違点Aに関する判断の誤り) 決定は,「引用発明において,立てた状態での安定保持を図るために,重心を,前車輪と主車輪が床面に接触した状態において掃除機本体の立ち上げ方向に予め寄せておくこと,すなわち,主車輪の車軸の上方に配することは,当業者ならば普通に配慮し得ることというべきである。」(決定書13頁9行〜12行)としている。
(1) しかしながら,相違点Aに係る本件発明の構成は,掃除機本体を立てた状態を安定的に保持するための条件ではない。そもそも,掃除機本体の重心が,通常の使用状態で主車輪の前方かつ上方にあっても,前車輪の大きさや掃除機本体の後端面に突設された突起部の大きさなどによっては,常に,立てた状態で主車輪の車軸を通り床面に垂直な線の天面側にあるとは限らないのである。
(2) 相違点Aに係る本件発明の構成は,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成である(このことは,本件明細書の実施の形態4(【0028】【0029】)及び図2に示されたところから明らかである。)。ところが,刊行物1には,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てるために通常の使用状態における重心位置を調整するという技術思想についての記載も示唆もないから,当業者が引用発明1及び2に接したとしても,掃除機本体の重心を「前車輪と主車輪が床面に接触した状態で前記主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方」に配置するという本件発明の構成を容易に想到するとはいえない。
(3) 主車輪の外径を大きくすると,通常の使用状態で,必然的に車軸の位置が高くなり,当然,掃除機本体の重心は車軸より下方に位置しやすくなる。本件発明は,そのような外径の大きい主車輪を有する電気掃除機において,使用時の転倒防止よりも掃除機を立てるときの労力軽減を重視して,敢えて掃除機の重心を「前車輪と主車輪が床面に接触した状態で前記主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方」に配置したものであって,当業者であっても発想の転換が必要であり,容易に想到できるものではない。決定は,上記のような,相違点Aに係る構成が,「主車輪の外径が掃除機本体の全長の50%以上の大きさに設定され」ているという構成と有機的に関連していることを考慮せずに,容易に想到できるとしたものであって,誤りである。
(4) また,相違点Aのうち,重心を「主車輪の外周内」とした点について,「掃除機本体の重心が主車輪の外周内であるか否かが,掃除機本体の立設状態を安定的に保持するための条件とも認められないから,・・・当業者が適宜設計変更し得るものというべきである。」(決定書13頁23行〜27行)とした決定の判断も誤りである。
2 取消事由2(相違点@に関する判断の誤り) 決定は,「掃除機本体を持ち上げる際の使用者の労力を低減するために上記重心及び車軸間の距離を短くすることは,・・・当業者には広く認識されており,・・・掃除機本体に,大径の主車輪,例えば,該本体全長の50%以上の大きさの主車輪を配することが引用発明2に開示されているのであるから,引用発明1における上記距離を低減するために,引用発明2のように主車輪を大径化し車軸位置を重心に近づけることは,当業者であれば容易に想到しうることというべきである。」(決定書13頁13行〜21行)としている。
(1) しかしながら,本件発明の「小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てることができ,立体掃除などの際に腕や手などへの負担を軽減することができる」(甲第3号証の訂正明細11頁1行〜3行)などの効果は,本件発明の各構成要件が有機的に関連して達成されるものである。単純に主車輪の外径を大きくしたのでは,本件発明の構成要件C,D,Eを満たさなくなる可能性がある。したがって,構成要件C,D,Eとの関連を考慮せずに,単純に,引用発明2のように主車輪の外径を大きくすることによって本件発明が得られるとするのは誤りである。
(2) 決定は,「主車輪の外径を掃除機本体全長の50%以上とすることの臨界的意義については,本件の明細書及び図面全体の記載を参酌しても見いだすことはできず」としているが,本件発明は,「掃除機本体を立てる際に使用者の腕などにかかる負担を軽減する」という引用発明1及び2とは異なる課題を解決したものであり,また,引用発明1及び2とは異質の効果を有するものであるから,そもそも本件発明については数値限定の臨界的意義は必要でない。本件発明は,「掃除機本体の立設状態を安定的に保持する」ことだけを目的としたものではないから,「掃除機本体の重心が主車輪の外周内であるか否かが,掃除機本体の立設状態を安定的に保持するための条件とも認められないから,主車輪の外径を「掃除機本体の全長の50%以上の大きさに設定」した点・・・は,当業者が適宜設計変更し得るものというべきである。」(決定書13頁23行〜27行)とした決定の判断は,誤りである。
3 取消事由3(格別の効果) 持ち上げ力は,重心と車軸間の直線距離だけでなく,直線距離の水平成分に依存するところ,本件発明は,通常の使用状態で重心が車軸の前方かつ下方にある場合には,使用者が掃除機本体を立てる途中で重心が主車輪の車軸の真横を通るときに最大の力を必要とする,つまり,掃除機本体を立てる際に一旦重く感じてしまう,という課題を見出し,これを解決したことに意味があり,これは引用発明1からは予測できない格別の効果である。本件発明は,有機的に関連する全ての構成要素によって,「小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てることができる」という,引用発明1及び2と比較して格別の効果を奏するものである。
被告の反論の要点
1 取消事由1(相違点Aに関する判断について)に対して (1) 原告らは,相違点Aに係る本件発明の構成は,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成であるとし,刊行物1には,小さな持ち上げ力で掃除機本体を立てるために通常の使用状態における重心位置を調整するという技術的思想については記載も示唆もないと主張している。
しかし,小さな持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成として本件明細書に記載されているのは,重心と車軸との距離を短くすることであって,相違点Aに係る構成が小さな持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成であるとの原告らの主張は,本件明細書の記載に基づかないものである。
(2) 原告らは,決定が,相違点Aに係る本件発明の構成要件と主車輪の大きさを規定した構成要件Bとの有機的関連性について考慮していないと主張する。
しかし,本件発明の場合,重心位置は,主車輪の外周内にあることと主車輪の車軸位置との関係で規定されているだけであるから,主車輪の外径を大きくするからといって,その構成要件Dが満たされなくなるものではなく,決定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点@に関する判断について)に対して (1) 構成要件D,Eは,重心位置を特定するために主車輪と車軸の位置との関係を規定するものであって,重心の位置あるいは主車輪の車軸の位置が掃除機本体との関係で規定されているわけではないから,主車輪の外径を大きくしたからといって,構成要件D,Eが満たされなくなるものではない。
また,掃除機本体を立てることを前提とする以上,構成要件C(その外周の一部が前記掃除機本体の後端面及び底面の外側にあり,前記掃除機本体の天面が前記主車輪の外周の外側にあり)が必要不可欠であることは,引用発明1の図面から容易に理解しうることであり,主車輪の外径を大きくする場合でも構成要件Cを採用することは当然のことである。
したがって,構成要件Bが,構成要件C,D,Eと関連することが原告らの主張するとおりだとしても,構成要件C,D,Eを有するからといって,構成要件Bを想到することが困難であるということはできず,引用発明1において主車輪の外径を大きくすることは当業者が容易に想到しうることである。
(2) 決定は,掃除機本体全長の50%以上の大きさの主車輪を設けることが引用発明2に開示されていることを前提に,本件明細書を参酌してもその数値の臨界的意義を見いだすことができない以上,数値限定による格別の効果が奏されているとは認められないとしたものである。すなわち,主車輪の外径を「掃除機本体の全長の50%以上」と数値限定した点は,主車輪の外径を可及的に大きくすることと何ら変わりがないものであり,当業者が適宜に設計変更しうるものと判断したものである。
3 取消事由3(格別の作用効果)に対して 本件明細書には,持ち上げ力に関して,重心と車軸の直線距離の水平成分につき式を用いて説明したものはなく,重心が主車輪の車軸の真横を通るときに最大の力を必要とする課題とその解決という原告らの主張は,本件明細書の記載に基づくものではない。仮に,本件発明における水平成分の持ち上げ力の効果が自明であるとすれば,それは引用発明1の重心の位置自体が奏する効果でしかないし,原告ら主張の持ち上げ力は,当業者の予測を超える格別な効果とはいえない。
当裁判所の判断
1 本件明細書には,次の記載がある(甲第3号証)。
(1) 「【従来の技術】 ・・・・・・ しかしながら,棚の上,天井あるいはカーテンの上部等を掃除するような場合は,・・・上ハンドル5を持って掃除機本体1を持上げて掃除を行うか,あるいは図12に示すようにホース6を引張って掃除機本体1を床面25上に立てて掃除を行なっていた。
このような操作は使用者の手や腕に相当な負担がかかるため,連続して上記のような立体掃除を行うことは困難である。このような問題が発生するのは,掃除機本体1の重心Gと,主車輪3の車軸4間の距離Lgが長いためである。」(甲第3号証の訂正明細書1頁20行〜2頁14行) (2) 「 【0005】 このような問題を解決するために,図13,図14,図16に示すような電気掃除機が提案されている。図13に示す電気掃除機は,掃除機本体1の両側に,掃除機本体より大きい主車輪3を取付けたものであるが,このような電気掃除機においては,掃除中にホース6のジョイント部7が床面25に当り,床面25に傷をつけてしまうので,実用的ではない。
【0006】 また,図14に示す電気掃除機は,前車輪2と主車輪3を有し,特に主車輪3の外径Dを掃除機本体1の全高Hより大きく,かつ主車輪3の外周が掃除機本体1の後端面より後方にあるように掃除機本体1に装着したものである。このような電気掃除機においては,・・・掃除機本体1を立てて格納することができず,・・・きわめて使い勝手が悪い。 【0007】 図16に示す電気掃除機は,主車輪3の車軸4を前方に移動させて重心Gに近づけたものであるが,・・・掃除機本体1を立たせようとすると,支点が掃除機本体1の後端面13の角部になるため重心Gからの距離が離れてしまう。このため,腕などの負担は軽減されず,使用者の疲労が大きい。
【0008】 本発明は.上記の課題を解決するためになされた,使い勝手がよく,使用に際しては床面を傷つけるおそれがなく,しかも不使用時はコンパクトに格納することのできる電気掃除機を得ることを目的としたものである。」(同2頁15行〜3頁12行) (3) 「本発明のように主車輪の外径を掃除機本体の全長の50%以上の大きさにし,その外周の一部が掃除機本体の後端面及び底面の外側にあり,掃除機本体の天面が主車輪の外周の外側にあるように設定するとともに,掃除機本体の重心位置を主車輪の外周内でかつ掃除機本体を床面上に立てた状態下で主車輪の車軸を通り床面に垂直な線の天面側にあるように設定することにより,重心と車軸との距離が短かくなって,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てることができる。また,掃除機本体を立てる際は掃除機本体を車軸を中心に回動させる操作だけでよく,しかも回動途中でその後端面が床面に接触することもなくなる。さらに,掃除機本体を床面上に立てたときに安定してその位置に保持させることができ,かつコンパクトに格納することができる。」(同3頁下から5行〜4頁5行) (4) 「本実施例においては,掃除機本体1を立てた状態で,主車輪3を車軸4を中心に右上から反時計回りで第1,第2,第3,第4象限とし,掃除機本体1を立てて主車輪3の外周と突起部17が床面25に当接して停止したときに,重心Gが第1象限,すなわち,車軸4を通る床面25に垂直な線Pより天面11側でかつ車軸4より前方に位置するように構成したものである。」(同6頁下から7行〜3行) (5) 「掃除機本体1を立てたとき,重心Gが第2象限上にあったとすれば,掃除機本体1は仮床面25a側に倒れ易く,きわめて不安定な状態にある。また,重心Gが第3象限に位置したとすれば,突起部17が床面25に当接しない状態で停止するため,大へん不安定な状態になる。しかし,本実施例のように構成することにより掃除機本体1を安定して立てることができるので,掃除中は勿論格納の際にもきわめて安定性がよく,電気掃除機をコンパクトに収納することができる。」(同7頁4行〜10行) 以上からすると,本件発明においては,重心と車軸間の距離を短くすることによって,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立たせるという課題を解決するとともに,掃除機本体の重心位置を,掃除機本体を床面上に立てた状態下で主車輪の車軸を通り床面に垂直な線の天面側(上記(4)にいう第1象限)にあるように設定することによって,掃除機本体を床面上に立てたときの安定性を保持することなどを目的としたものということができる。
2 取消事由1(相違点Aに関する判断の誤り)について (1) 刊行物1には,次の記載等がある(甲第4号証)。
ア 「本発明は掃除機本体を立てた状態においても使用や格納ができるタイプの電気掃除機に関するものである。」(甲第4号証1頁左下欄16行〜18行) イ 「本発明の電気掃除機は本体後部の下部,上部及びその中間部の3ケ所に上記本体を立てるためのレストを配置し,下部と中間部,中間部と上部のそれぞれ2ケ所のレストで2方向に本体を立てられるように構成し,本体の上面側に倒れることの防止や使用性の向上を図ったものである。」(同2頁左上欄4行〜9行) ウ 「第5図,第6図の中に示すGは掃除機本体の重心で,第5図及び第6図のように立てた状態で重心Gは後輪40とレスト41の間及びレスト41と受部42の間にそれぞれ位置するように立てた状態での床面への接地部を配置したもので,立てた状態から本体が倒れにくいようにしている。」(同2頁左下欄10行〜15行) エ 第5図,第6図には,掃除機本体が立てられた状態が図示されており,これによると,掃除機本体の重心は,掃除機本体を立てた状態で,後輪の車軸よりも上方で,かつ掃除機本体の天面側にあることが看取できる(同4頁)。
(2) そうすると,掃除機本体を立てた状態で安定的に保持することができるように,掃除機本体の重心の位置を,立てた状態下で主車輪の車軸を通り床面に垂直な線の天面側(前記第1象限)に配置するという点で,本件発明は,引用発明1と共通の技術思想に基づくものである。
ところで,このように,掃除機本体を立てた状態で安定的に保持するために,立てたときの重心の位置を,車軸の上方で,かつ掃除機本体の天面側に配置しようとすれば,前車輪と主車輪が床面に接触した通常の使用状態における重心の位置を,予め掃除機本体の立ち上げ方向に寄せて配置するのが,当業者としてごく自然な配慮であるといえる。仮に,重心の位置が,前車輪と主車輪が床面に接触した状態で,主車輪の車軸の下方にあったとすれば,掃除機本体を立てた状態で,重心の位置が掃除機本体の天面側(前記第1象限)にくることになるとは限らないから,不安定な状態になりやすく,掃除機本体を立てた状態で安定的に保持するという目的を達しえなくなるおそれがあるからである。
したがって,掃除機本体の立てた状態での安定性を確保するという観点から,掃除機本体の重心の位置が,立てた状態下で主車輪の車軸を通り床面に垂直な線の天面側に配置されるようにするために,通常の使用状態においても,重心の位置を掃除機本体の立ち上げ方向に予め寄せて配置することは,当業者であれば容易に想到しうることというべきであり,相違点Aのうち,前車輪と主車輪が床面に接触した状態における掃除機本体の重心を主車輪の車軸の前方かつ上方であるように配設するとの構成は,引用発明1に基づいて,当業者が容易に想到しうるものといえる。
また,相違点Aのうち,重心を「主車輪の外周内」とした点は,後記3のとおり,主車輪の外径を掃除機本体全長の50%以上としたことに格別の技術的意義がないことからすると,大径の主車輪を採用したことから,当業者が容易に導き出すことができる単なる設計事項にすぎないということができる。
(3) 原告らは,相違点Aに係る本件発明の構成は,掃除機本体を立てた状態で安定的に保持するための条件ではないとして,掃除機本体の重心が,通常の使用状態(前車輪と主車輪が床面に接触した状態)で主車輪の前方かつ上方にあっても,前車輪の大きさや掃除機本体の後端面に突設された突起部の大きさなどによっては,常に,立てた状態で主車輪の車輪を通り床面に垂直な線の天面側にあるとは限らないと主張する。
確かに,掃除機本体の重心の位置が,通常の使用状態で主車輪の前方かつ上方にあっても,本体後端面の突起部の大きさなどによっては,当然に,掃除機本体を立てた状態で,重心が主車輪の車輪を通り床面に垂直な線の天面側にくるとは限らないといえる。しかし,そのような事態が生じるのは,掃除機本体を立てたときに掃除機本体が傾くことになるような場合を想定したときであり,掃除機本体を立てて収納するときの利便性等を考えれば,そのような想定は必ずしも一般的,現実的なものとは言い難い。上記のとおり,立てた状態での掃除機本体の安定性を保持するために,重心の位置を立てた状態下で掃除機本体の天面側(前記第1象限)に配置するという構成をとる以上,そのような構成を実現しやすくするために,通常の使用状態下での重心位置を掃除機本体の立ち上げ方向に寄せて配置しようとすることは,極めて自然なことであり,当業者であれば容易に想起しうることであるから,原告らが主張するような場合があるとしても,そのことは,前記容易想到性を認める妨げとなるものではないというべきである。
(4) また,原告らは,相違点Aに係る本件発明の構成は,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成であるところ,刊行物1には,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てるために通常の使用状態における重心位置を調整するという技術思想についての記載も示唆もないから,当業者が引用発明1に基づいて容易に想到するとはいえないと主張する。
しかし,引用発明1に開示されている掃除機本体を立てた状態での安定性を保持するという観点から,通常の使用状態における掃除機本体の重心を主車輪の車軸の前方かつ上方であるように配設するとの構成を想到することが,当業者にとって容易であることは,前記のとおりであるから,刊行物1に原告ら主張のような技術思想の記載等がないことは,その容易想到性を否定する理由となるものではない。
しかも,前記1のとおり,本件明細書によれば,本件発明における,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成は,重心と車軸との距離を短くすることであって,掃除機の通常の使用状態における掃除機本体の重心の位置を,主車輪の外周内で前記主車輪の車軸の前方かつ上方にあるように配設したことではないのである。原告らは,相違点Aに係る構成が小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成であることは,本件明細書の実施の形態4(【0028】【0029】)及び図2に示されている旨主張するが,これらを検討しても,そのことを記載又は示唆しているものとは認められない(【0028】【0029】は,重心が,掃除機の通常の使用状態において車軸の前方かつ上方にある場合と前方かつ下方にある場合とを比較して,持ち上げ操作の過程で重心が車軸の真上に達した場合における差異を説明するもので,持ち上げを開始する際の持ち上げ力の差異について比較検討したものではないし,水平成分変化についても,これを具体的に説明した記載は見当たらない。)。そうすると,相違点Aに係る本件発明の構成は,小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てるための構成であるとの原告らの上記主張は,本件明細書の記載に基づかないものであって,失当である。
(5) 原告らは,決定は,相違点Aに係る構成が,「主車輪の外径が掃除機本体の全長の50%以上の大きさに設定され」ているという構成(構成要件B)と有機的に関連していることを考慮せずに,容易に想到できるとしたもので,誤りであるなどと主張する。
しかし,引用発明1に開示されている掃除機本体を立てた状態での安定性を保持するという観点から,通常の使用状態における掃除機本体の重心を主車輪の車軸の前方かつ上方であるように配設するとの構成を想到することが,当業者にとって容易であることは,前記のとおりであり,主車輪の外径が大きく設定されたからといって,上記のような重心配置の構成を想到することが困難になるとは認められない。したがって,原告らが主張するように,相違点Aに係る構成が,主車輪の大径化の下で,掃除機を立てるときの労力軽減という引用発明1と異なる技術思想に基づくものであり,構成要件Bと関連しているとしても,そのことは,前記容易想到性の判断を左右することになるものではない(なお,本件明細書には,原告らが主張するような,使用時の転倒防止と掃除機を立てるときの労力軽減とを比較検討した上で,相違点Aに係る構成を選択したことを示す記載は見当たらない。)。
(6) 以上のとおりであって,相違点Aに関する決定の判断に誤りはない。
3 取消事由2(相違点@に関する判断の誤り)について (1) 電気掃除機において,掃除機本体を立ち上げる際の持ち上げ力を小さくするために,掃除機本体の重心と車軸との間の距離を短くすることが,当業者に広く認識されたものであったことは,前記1の本件明細書の記載から明らかである。
そして,前記1の(2)のとおり,従来技術として,主車輪の外径を大きくすることによって,掃除機本体の重心と車軸との間の距離を近接させるための構成が提案がされていたことも,本件明細書において明示されているところである(本件明細書【0005】【0006】)。また,乙第1号証(特開昭48-72969号公報)には,電気掃除機について「本体ケースの重心付近に,このケース側面外周より大径となした走行用車輪を設け,・・・・掃除機本体の反転動作が簡単に行うことができ」ることが記載されており(同号証3頁右上欄10行〜15行),重心と主車輪の車軸が近くにあることにより,反転動作が簡単に行えること,すなわち,小さい持ち上げ力で立ち上げ動作を行うことができることが開示されている。
以上によれば,主車輪の外径を大きくすることによって,重心と車軸との間の距離を短くし,小さな持ち上げ力での掃除機本体の立ち上げ動作を可能とすることは,本件出願前において,当業者において広く認識された周知の技術であったことが明らかである。
(2) また,刊行物2には,掃除機本体に,本体全長の50%以上の大きさの主車輪を設けた電気掃除機が開示されている(甲第5号証)。
(3) そうすると,上記周知の技術常識を備えた当業者であれば,引用発明1における重心と車軸の距離を近接させるため,引用発明2のように主車輪を大径化し,車軸位置を重心に近づける構成を採用するというようなことは,容易に想到しうるものということができる。
また,本件発明において,「主車輪の外径が掃除機本体の全長の50%以上の大きさ」とすることについては,本件明細書を参酌しても格別の技術的意義を見いだすことができないし,原告らも,「本件発明については数値限定の臨界的意義は必要でない」と主張しているのであって,この点は,単なる設計事項に過ぎないものと見るのが相当である。
(4) 原告らは,本件発明1の効果は,本件発明の各構成要件が有機的に関連して達成されるものである,単純に主車輪の外径を大きくしたのでは,本件発明の構成要件C,D,Eを満たさなくなる可能性があり,このような関連を考慮することなく,単純に引用発明2のように主車輪を大径化することによって,本件発明が得られるとするのは,誤りであると主張する。
しかし,決定は,単純に引用発明2のように主車輪を大径化することによって,本件発明が得られると判断したわけではない。上記周知の技術常識を備えた当業者であれば,引用発明1における重心と車軸の距離を近接させるために,引用発明2のように主車輪を大径化し,車軸位置を重心に近づける構成を採用するというようなことは,容易に想到しうるものであることは上記のとおりである。また,掃除機本体の立てた状態での安定性を確保するという観点から,掃除機本体の重心の位置が,立てた状態下で主車輪の車軸を通り床面に垂直な線の天面側に配置されるようにするために,通常の使用状態においても,重心の位置を掃除機本体の立ち上げ方向に予め寄せて配置することは,当業者であれば容易に想到しうることも前記のとおりである。そして,掃除機本体の重心と主車輪あるいは主車輪の車軸の位置との関係に関する構成(相違点Aに係る構成)と,主車輪の外径を大きくするとの構成(相違点@に係る構成)とが相容れないものではないことは明らかであるから,両相違点に係る構成を想到することに困難性はないというべきである。また,本件発明の構成要件Cと主車輪の外径を大きくするとの構成(相違点@に係る構成)が相反する構成ではないことも明らかである。原告らの上記主張は採用しえない。
(5) 以上のとおりであって,相違点@に関する決定の判断に誤りはない。
4 取消事由3(格別の効果)について 原告らの主張する,通常の使用状態で重心が車軸の前方かつ下方にある場合には,使用者が掃除機本体を立てる途中で重心が主車輪の車軸の真横を通るときに最大の力を必要とするとの課題を,相違点@に係る構成によって解決したという,水平成分変化による持ち上げ力の効果については,前記のとおり,本件明細書に具体的な記載がない。また,刊行物1(甲第4号証)の第5図に図示されているように,掃除機本体を立てた状態で重心が主車輪の車軸をとおり床面に垂直な線の天面側にあるということは,立てる際に重心がこの垂直な線を越えて移動することであり,重心が上記垂直な線を越えれば,掃除機本体は自重で立てた状態に移行するのは当然であるから,相違点@に係る構成をとることによって,掃除機を持ち上げる途中で,「重心Gが車軸4の真上を通過したのちは,力を入れなくても掃除機本体1は自力で立ち上がる」(本件明細書【0028】)との作用効果は,引用発明1においても奏する通常の作用効果であって格別のものではなく,これをもって特許性を根拠づけることはできないというべきである。
なお,原告らは,本件発明は,「小さい持ち上げ力で掃除機本体を立てることができる」という,引用発明1及び2と比較して格別の効果を奏するとも主張するが,既に述べたとおり,重心と主車輪の車軸の距離を近接させることによって,小さい持ち上げ力で掃除機を立ち上げることができることは,当業者にとって周知のものであり,原告ら主張の効果は,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に想到しうる構成から生じる通常の効果であって,これをもって,特許性を根拠づけることはできないというべきである。
5 以上のとおりであって,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定に,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとして,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂驤
裁判官 若林辰繁