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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成25ワ6158職務発明対価請求事件 判例 特許
平成24ネ10028職務発明の対価請求控訴,同附帯控訴事件 判例 特許
平成30ネ10004 職務発明対価請求控訴事件 判例 特許
平成26ネ10126 職務発明対価請求控訴事件 判例 特許
平成24ワ2689 職務発明対価請求事件 判例 特許
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事件 平成 26年 (ネ) 10025号 相応の対価請求控訴事件

控訴人兼被控訴人 X (1審原告。以下「原告」という。)
訴訟代理人弁護士 滝澤昌雄
控訴人兼被控訴人 トヨタ自動車株式会社 (1審被告。以下「被告」という。)
訴訟代理人弁護士 田中昌利 上田一郎 清水亘 逵本憲祐 頼富祐斗
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2015/02/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の控訴を棄却する。
2 被告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 被告は,原告に対し,金2401万5000円及びこれに対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告のその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
-1-(3) 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを21分し,その20を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
(4) この判決は,主文第2項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告の控訴の趣旨 原判決を次のとおり変更する。
被告は,原告に対し,金5億円及びこれに対する平成19年2月3日から支 払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告の控訴の趣旨 (1) 原判決中被告敗訴部分を取り消す。
(2) 前項の部分に係る原告の請求をいずれも棄却する。
事案の概要
1 請求の概要と原判決 本件は,原告が,原告と被告との間で,平成12年5月ころ,原告の構築した物流システム(本件システム)に関する理論(X理論)を被告がコンピュータ上で物流支援システムとして具現化することにつき原告が承認すること,及び被告の外部防御のため,上記理論を原告が特許出願することに対し,被告が相応の対価を支払うことを合意し(本件合意),さらに,平成19年2月2日,上記合意を再確認したにもかかわらず,被告が上記相応の対価を支払わないと主張して,主位的には,本件合意に基づく請求として,予備的には,債務不履行に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として,5億円(本件合意に基づく請求及び債務不履行に基づく損害賠償請求については,上記理論をコンピュータ上で具現化することを認めたことの対価18億6020万円の一部である3億円,特許出願の対価9億3010万 円の一部である1億円,原告が上記理論の研究.構築に要した実費5514万2208円及び特許出願に要した実費・労務費5304万7880円の合計額である1億0819万0088円の一部である1億円の合計額。不当利得返還請求については,上記理論をコンピュータ上で具現化することを認めたことの対価18億6020万円の一部である5億円)及びこれに対する附帯請求として,上記合意に基づく支払期限である平成19年2月2日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原判決は,原告の請求について,主位的請求(本件合意に基づく請求)に基づき,2702万5000円及びこれに対する平成19年2月3日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容した。これに対し,原告及び被告の双方が控訴した。
2 前提事実 原判決の「事実及び理由」欄の第2,1項記載のとおりである。
3 争点及び当事者の主張 (1) 争点 原判決の「事実及び理由」欄の第2,2項に「(5) 時機に後れた攻撃防御方法による却下申立ての成否」を付加するほか,同記載のとおりである。
(2) 原審における当事者の主張 原判決17頁7行「自ら出願したいのでれば」を「自ら出願したいのであれば」と改めるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第3記載のとおりである。
(3) 当審における当事者の追加主張 ア 争点(1)ア(合意に基づく対価請求権の成否)について(被告の主張) (ア) 本件合意の成否に関し アフマ部の部長であったAが,原告に対し,相応の対価を支払う旨の法的な意味を持つ発言をしたという事実は存在しないのであって,原告と被告との間には相応の対価を支払う旨の合意が成立していたとの原判決の認定は誤りである。
Aは,原告との立ち話のような形での会話の中で,原告から本件特許出願費用に1000万円ほどかかると聞いて驚くとともに,原告に頑張って欲しいという気持ちと出願費用の足しになればいいという気持ちから,原告が特許権を取得し,特許料が支払われればいいですねという一般論を踏まえた気持ちを原告に伝えたのであり,具体的に金銭を支払うという約束をしたつもりはなかった。Aが原告に対し,このような自らの考えを伝えた際には,そもそもアフマ部と知財部との間での協議の詳細について把握していなかったのであり,アフマ部と知財部との間での協議を受けてAが何らかの発言を行うことはあり得ない。
(イ) X理論の知的財産性に関し 本件論文及び本件説明資料から読み取ることができるX理論とは,実質的に本件論文に記載された内容そのものというべきであるところ,X理論のうち,原判決が「乙7ないし9にも開示されていない独自のもの」であると認定した4点は,すべて本件論文に明記又は少なくとも含意されており,本件論文は,原告が被告に対して自らの知見を提供する以前に公知であった。また,上記の「独自のもの」は,公知の乙7ないし9に明記又は少なくとも含意されているものである。
この点につき,原判決は,甲18及び19をもとに被告の対応を認定し,知的財産性を肯定した根拠とするが,アフマ部は,知的財産の専門部署ではなく,X理論に知的財産性があるか否かなどを判断する能力を有していなかったのであるから,アフマ部の対応をX理論の知的財産性を認定する際の一要素とした原判決の判断は,そもそも誤りというべきである。また,甲18は,正式な決裁を経た正式文書ではないし,甲19は,アフマ部の室長であったBやCなど,原告の意向に沿うことが多かったアフマ部員が作成した文書であるから,これに基づく認定をするのは誤りである。
さらに,知財部は,原告の発明の具体的な内容を知らず,かつ,特許性の有無の判断すらしていないのであるから,知財部の対応をX理論の知的財産性を認定する際の一要素とした原判決の判断は,明らかに誤っている。
したがって,X理論には,被告がその使用許諾の対価を支払う義務があるような知的財産性はなく,本件合意が成立することはない。また,知的財産性がない以上,仮に,本件合意が成立しているとしても,使用料は零とされるべきである。
(ウ) 本件合意の内容に関し 仮に,本件合意が成立していたとしても,原告と被告との間で成立していた合意の内容は,原判決が認定するような高額の対価を支払うことを内容とするものではあり得ない。すなわち,被告において当該合意に係る被告社内の正式な決裁がなされた事実はおろか,それに向けた動きがあったという事実は一切存在せず,本件合意を証する書面も議事録も存在しないこと,仮に,Aの発言が,相応の対価を支払う旨の法的な意味を持つ発言と解釈されたとしても,その趣旨は,Aと原告とは親しい関係にあったことに基づくものであること,部長の決裁権限は1件当たり300万円が上限であること,原告の平成20年当時の内容証明郵便による通知において,当該合意への言及がないことなどの事情に照らすと,多額の金銭の支払を合意するものではなく,Aが考えていた原告へ支払う対価の額は,300万円未満であり,最大でも1000万円に満たない金額である。
(エ) 本件特許出願費用の負担合意に関し 本件特許出願費用の負担合意を認めなかった点は,原判決は正当であって,後記(原告の主張)(エ)の主張は認められない。
そもそも,被告において,従業員個人に対して,当該従業員個人の名義による特許出願を依頼することはないし,出願費用を被告が負担しながら,当該出願によって得られた権利を当該従業員個人に帰属させるということ自体,不合理であることはいうまでもなく,被告がそのような約束を行うはずはない。
また,本件合意後出願までの経緯や対応を見ると,そのような合意が成立してい ないことは明らかである。
(原告の主張) (ア) 本件合意の成否に関し 原審において述べたとおり,本件合意の成立が認められるのであって,前記(被告の主張)(ア)は,失当である。
(イ) X理論の知的財産性に関し 本件説明資料や原告がX理論のプレゼンの際に口頭説明した内容には,本件論文とは異なり,課題を解決すべき具体的手法・構成が記載されているのであるから,X理論が本件論文と同一であるとする被告の主張は当たらない。
原判決の認定は,X理論の構成に誤解や一部欠落が見られるものの,X理論の独自性を肯定した点に誤りはないから,これを前提に本件合意の成立を認めた原判決は正当である。
また,甲19は,アフマ部が知財部の指導を受けて作成したものであるところ,アフマ部は,逐一,知財部に状況を報告し,知財部の了解.指導の下にことを慎重に進めてきたものであり,甲19の内容を知財部に報告し,内容が了承されていることから,アフマ部及び知財部の対応をもとに,本件合意を認定したことは正当である。
(ウ) 本件合意の内容に関し 被告においては,必ずしも合意の内容を書面化することが必須とされていないのであるから,書面化されていないことは,口頭合意を否定する理由とはなり得ない。
また,A発言は,知財部とアフマ部との甲28の打合せに基づくものであり,相応の対価を支払う合意であって,Aの決裁権限は問題となるものではない。
(エ) 本件特許出願費用の負担合意に関し 原判決は,被告の原告に対する特許出願依頼の合意を認めなかったが,本件合意の中に,特許出願依頼の合意及びこれに対する対価支払合意も認めるべきである。
Aは,証人として, 「X氏が特許権を取得し,何時かその特許の利用料を受け取る ことで,X氏が少しでも出願費用を回収できればいいなという思いから」「X氏が,職務外での研究成果に関して,自ら費用を負担して特許出願を行い,特許権を取得できた暁には,特許料によって出願費用を少しでも回収できればいいという私の考えをX氏に伝えた」 「私としては,1000万掛かるんだけど,富士通さんの話もあるけど,トヨタとしてもなにがしかの特許料が払えて,そういう意味では回収ができるといいというふうに思いました」と証言しており,相応の対価の発言当時,Aの念頭には「出願費用」の「回収」もあったものであるから,Aの相応の対価発言には,原告による特許出願費用をも含めて相応の対価を支払うという趣旨が含まれているものというべきである。
また,被告は,特許化が必須であると考えていたことは明らかであるところ,そうであるからこそ,特許出願の依頼及びこれに対する対価の支払を約したのであって,実際の特許出願がなされたのが本件合意から約3年後であったことや,本件特許出願について被告に報告や相談をしていないことは,上記合意を否定する事情とは解されない。
イ 争点(1)イ(「相応の対価」の額)について (被告の主張) (ア) 「相応の対価」算定の枠組みについて a 相応の対価算定の基準について シミュレーションソフトウェアに係る知的財産の使用許諾料が,当該シミュレーションソフトウェアによるシミュレーション結果によって見込まれるコスト削減額を基礎として算出されるというような社会通念は存在しない。シミュレーション結果によって見込まれるコスト削減額を基礎として算出されるのであれば,被告のような大企業の場合,使用許諾料は巨額になり得ることになり,シミュレーション結果を基準にすることは社会的に相当でない。
b 基礎とすべき利益について 原判決は,被告が本件システムを利用することで実際に得た利益を基礎として「相 応の対価」を算定するものとするが,被告と共販店は完全に別法人であるから,本件システムにより生じた物流改善効果を享受したのは,各共販店である。そして,被告が本件システムを利用することで実際に得た又は得べかりし利益は,共販店が被告に対して支払うべき本件システムの使用許諾料相当額といえるが,それが共販店のコスト削減額全額であることはあり得ない。
(イ) 基礎とすべき共販店の範囲について 原判決が述べるとおり,当該金額の算定に当たっては,本件システムのソフトウェアの利用状況を考慮すべきであるから,現実に本件システムのソフトウェアが全く活用されてない,東京共販,トヨタ部品茨城共販株式会社,トヨタ部品千葉共販株式会社,トヨタ部品神奈川共販株式会社,トヨタ部品山口共販株式会社,トヨタ部品北海道共販株式会社及びトヨタ部品栃木共販株式会社の7共販店(以下,これらの各共販店を「7共販店」ということがあり,それぞれ, 「○○共販」と呼称する。)以外の共販店についてまで,当該共販店において本件システムによってコスト削減が達成されると仮定した上で,その見込まれるコスト削減額を,相応の対価の算定の基礎とすべきではない。
また,原告が根拠とする甲21の2は作成者すら明らかでないものである上,同書面が作成されたのは,本件システムが完成する約2年前であって,その内容も本件システムを利用したシミュレーションの結果(以下,本件システムを利用したシミュレーションの結果を「本件シミュレーション結果」ともいう。)ですらなく,希望的な見込みを繰り返して試算した結果にすぎず,相応の対価算出に当たり依拠できるような資料ではない。
(ウ) 7共販店による本件シミュレーション結果(甲45の1)について a 甲45の1について 甲45の1は,東京共販の業績改善を目指すプロジェクトである本件プロジェクト及び@LISeプロジェクトに携わるために,平成15年2月から平成17年1月まで,東京共販から被告に出向していた東京共販の従業員であるDらが作成した 資料を基に,原告(又は原告の指示を受けた被告従業員ら)が「取組み&コスト効果」の列に具体的な数値を記入したものと思われる。
b 甲45の1に記載の数字は,本件シミュレーション結果ではないこと (a) 東京共販について 甲45の1の「取組み&コスト効果」の列においては,東京共販における本件シミュレーション結果として,3.5億円のコスト削減額が見込まれるかのように記載されているが,実際の本件シミュレーション結果は,これらの数値ではなく,以下のとおり,1億円であった。
すなわち,本件システムを利用したシミュレーションは,複数回行われ,時を経るごとにシミュレーションの前提条件の設定がより現実に近づいていくものであるところ,東京共販では,平成16年に本件システムを利用した最終のシミュレーションを実施した結果,年間1億円のコスト削減効果(ただし,初期費用として2700万円の支出を伴う。)が見込まれるというものであった(乙16)。当初の3.5億円のコスト削減効果は, 「大物外装非在庫方式」を導入した場合に得られると予測されたものであったが,東京共販では,顧客からの反発が確実に予想された「大物外装非在庫方式」を採ることはできず,従来どおり「大物外装在庫方式」を維持することとされた。また,杉並地区で行われた号試の結果,実際に杉並号試どおりのコスト削減が得られないことが明らかになり,これに基づいて1億円と修正されたものである。
なお,甲45の3は,甲45の1の別紙であるところ,同資料の作成日かのように右上に「平成17年1月18日」との記載があり,同時点における物流改善策の結果として3.5億円のコスト削減効果が見込まれたかのように見えるが,甲45の3には, 「X.今後のスケジュール」として平成15年の予定が記載されていることからも明らかなとおり,同書面は,平成15年に作成された資料の作成日を変更しただけのものであり,平成17年1月18日時点の物流改善策が記載されている わけではない。
(b) 北海道共販について 甲45の1における,北海道共販の「コスト効果」としての「30%削減目標」は,本件システムを利用したシミュレーションを実施する以前に,目標として掲げられた数値にすぎず,何ら裏付けのない数値である。
北海道共販では,平成15年7月ころに本件システムを利用したシミュレーションの実施に向けた準備が開始され,平成16年11月ころ,本件シミュレーション結果がまとめられた。乙19は,北海道共販において本件システムを利用したシミュレーションの実施を担当していたプロジェクトメンバーが,同共販において行われた最終の本件シミュレーション結果を報告した際の資料であり,苫小牧に本部を一本化した上で,販売店への配送回数を3回/日から2回/日に,物流施設数を現状の20施設から15施設に,物流人員を現状の140人から110人に,それぞれ減らすことを含む物流改善策の実施によって見込まれるコスト削減額を1億9100万円と算出した最終結果である。
この点,原告は,甲45の5を根拠として,年3億9900万円のコスト削減結果が得られると主張するが,甲45の5は,正しくは,北海道共販の2本部体制を,@苫小牧本部に一本化した場合,配送シミュレーションの結果として42百万円,入出庫コストとして132百万円の合計174百万円のコスト削減効果が試算され,A札幌仮本部に一本化した場合,配送シミュレーションの結果として54百万円,入出庫コストとして171百万円の合計225百万円のコスト削減効果が試算されたことを意味している。すなわち,物流本部を一本化する際の案として,苫小牧本部に一本化する案と札幌仮本部を新設して一本化する案との二つの案が検討されていたのであり,両者は明らかに両立しないものであるから,@とAの試算結果を合計した3億9900万円とすることは論理矛盾である。
(c) 山口共販について 山口共販における本件シミュレーション結果については,何ら立証がされていな いものであって,零とすべきである。
(d) 千葉共販について 原告は,甲48の「(3)物流コスト制御システム」の欄に,ミクロ物流コストの算出条件として記載されているにすぎない「トラック費用」の「現状差」である「7百万円/年」と,ミクロ物流コストを基に算出された(すなわち,トラック費用の削減額をも考慮して算出された)営業所において発生する物流コストの総額を意味 ,するマクロ物流コストの「現状差」である「20百万円」を合計するが,これは誤りである。千葉共販における本件シミュレーション結果としてのコスト削減額は,上記の「20百万円」すなわち,2000万円であると見るべきである。
(エ) コスト削減効果について a 甲45の1に「コスト削減策」として記載されている方策には,本件システムを利用した結果からは好ましいとされても,現実の会社経営又は運用において直ちに実施することが難しいものが多く含まれるなどの理由から,本件シミュレーション結果どおりの効果が実際に共販店に利益として生じるものではない。
すなわち,本件システムは,貸借対照表(BS)や損益計算書(PL)の数値を単純に拾ってシミュレーションの条件とすることはできるが,土地や建物の簿価,建物の閉鎖等に要するコスト,新規拠点の設立に要する投資コストなど,実際にコストが削減されるか否かを判断するために必要な会計上の情報や,上記の営業政策上の必要性など,現実の会社経営又は運用に当たって考慮することが必要な,多様な要素を考慮することはできないものであった。あるアイディアに基づく施策について,本件システムによるシミュレーションによればサービス性の低下は許容範囲内であり,かつ,コスト削減効果が出るとのシミュレーション結果が得られたために,それを現実に共販店で行おうとしたけれども,顧客へのサービス性に問題が生じることが判明したために,当該施策を実施することができなかったり,一度は実施した施策を撤回したりした事例もあった。
実際に,東京共販では,顧客からの強い反対を受けたため,甲45の1に「コス ト削減策」の3)として記載されている方策である,販売店配送を3回/日から2回/日に減らすという改善策を実施することはできなかった。また,北海道共販では,営業政策上の必要性から,本件システムを利用することにより得られた施策は,実行,導入されなかったため,本件シミュレーション結果どおりのコスト削減は得られていない。千葉共販では,土地利用規制上の制約から,本件システム利用の結果得られた物流改善策を実施することは不可能であった。さらに,茨城共販では,いったん廃止した営業所につき,後に営業政策上の必要性から復活を余儀なくされている。
b 本件システムは,ソフトウェアを使う人間が,一定のアイディアを持って,拠点の場所,トラックの積載量,配送先とする顧客などの条件を入力してシミュレーションを実施すると,当該アイディアに従い計算結果を出力する,いわば計算機であって,本件システムを使用する人間がその計算結果が成立するかを判断するものである。したがって,甲45の1に記載された「@LISe戦略概要」として記載されている方策は,本件システムを利用したシミュレーション結果に基 「づき提案された」 (原判決60頁)ものとはいえず,原判決には事実誤認がある。また,@LISe戦略概要には,コスト削減には結びつかない物流改善のための方策も記載されており,本件システムとは無関係なものがある。
c これらの事情を総合考慮すれば,本件シミュレーション結果として算出されたコスト削減見込額のうち半分程度が実際に実現されたと見ることは明らかに過大であって,どんなに多く見積もっても1/4程度と見るのが相当である。
(オ) 使用料率について 以下の事情からすれば,被告が原告に支払うべき使用許諾料は,零又は極めて低額であり,1%をはるかに下回るべきである。
a X理論は,本件論文により公知であり,かつ,独自のものがないことについては,前記のとおりである。
b X理論は,極めて抽象的であって,コンピュータプログラムを製作 する上で必要となる個別の演算ロジック等を含まないものであるのに対して,富士通関係者と原告を含む被告従業員らによって開発が進められ,平成14年3月ころに完成した本件システムは,全体システム構成(大まかな制御フローを含む。,具 )体的な数値解析手法,これらを実現するアルゴリズム(個別の演算ロジックを含む。)などを構築した上で製作されたコンピュータプログラムであるから,本件システムは,原判決が認定したとおり,コンピュータプログラムの製作過程等において,X理論に「相当の変容を加え」て完成されたものであって,X理論の本件システムへの貢献割合を大きなものとみることは妥当ではない。
c 甲19及び甲21の2は,それぞれ,平成11年1月及び平成12年3月に作成された資料であって,本件システムの完成(平成14年3月)よりも前に作成された資料であるばかりでなく,本件システムの要件書よりも前に作成された資料であるので,いずれも,具体的な演算ロジック等を含めてコンピュータプログラムとして完成した本件システムへの貢献割合を評価したものではあり得ない。
d 共販店におけるコスト削減効果は,本件システムを利用することによって直ちに生み出されるものではないし,物流コスト削減のためのアイディアのいくつかは本件システムが開発される以前から存在したものであるから,コスト削減効果に対する本件システムの貢献割合は決して高いものではない。
e 本件システムは,被告,東京共販及び富士通の多くの従業員が4年弱にわたり従事した結果として作成されたものであり,また,被告は,本件システムの開発に対して,1億4000万円を超える多額の開発費を投下している。
(カ) 相応の対価の算定期間について 原告及びAが被告の発明規定の内容を合意の際に考慮していたとの証拠は何ら存在せず,原告とAとの間の合意内容の解釈として行われる「相応の対価」の算定に当たって,被告の発明規定の内容を斟酌する理由はどこにも見出せない。
さらに,遅くとも平成16年1月には,配送コストを削減するために配送ルートを計算する,本件システムよりも優れたシステム(LogiSTAR)が市販され ているなど,物流関連のシステムは日進月歩であり,より厳密なシミュレーションが可能なシステムが次々と開発されていたのであるから,本件システムによって被告が5年間もの長期にわたって利益を得ることができるという原判決の仮定は,この点からも不合理である。
(原告の主張) (ア) 「相応の対価」算定の枠組みについて a 相応の対価算定の基準について X理論は経費削減型の知的財産ゆえ,コスト削減効果を重要ファクターの一つとしてその経済的価値を判断するのは,社会通念上相当である。
b 基礎とすべき利益について 被告は,本件システムによるコスト削減効果は共販店が得たものであって,被告の得た利益ではないと主張する。しかし,本件は合意に基づくX理論という知的財産の使用料の請求であって,アフマ部が,共販店に対する経営指導を重要な業務のうちの一つとし,被告傘下の共販店の物流経費を削減する目的でX理論を利用して本件システムを開発したことなどの本件合意の経緯からすれば,共販店のコスト削減額をその重要ファクターのうちの一つとして相応の対価を算定すべきことは当然である。
(イ) 基礎とすべき共販店の範囲について 本件システムによる全共販店についての物流コスト削減に関する期待効果は,平成12年3月段階での試算結果である甲21の2のとおり,年間104億8000万円であり,控えめに見ても,この半額に相当する52億4000万円が,物流コスト削減効果である。他方,7共販店から提出された当時の客観的証拠資料など(甲45ないし52)によれば,この7共販店分についての単年度当たり物流コスト削減効果は10億8100万円であり,これを,売上規模から,全共販店に類推すれば,41億6957万円となり,上記52億4000万円という数字とほぼ符合する。
したがって,甲21の2は,十分信用に値するものであり,これをも参酌した上で,相応の対価算定の基礎とすべき範囲を認定すべきである。
また,本件システムの概要は,共販店に対し,新共販店システム説明会(甲38),共販店代表者意見交換会(甲42,43),地元共販店のブロック会議,共販店同士の交流などの機会において,説明されている。各共販店としては,本件システムを導入していない場合でも,その説明の際に得られた知識,ノウハウ(例えば,顧客との合意により顧客サービスL/T基準を定める,多段階物流の排除 本部直送など) ・を既に得てしまっているものであり,これらをもとに物流を実行・変革すれば物流コストを相当程度削減できるものである。したがって,被告の得た利益は,全共販店のコスト削減見込額を基礎として算定すべきである。
(ウ) 7共販店による本件シミュレーション結果(甲45の1)について a 甲45の1について 甲45の1は,アフマ部内での部長も交えた本件システム進捗状況報告会議の資料として,アフマ部において作成されて会議で報告され,全員異議なく承認されたものである。甲45の1の記載内容は,それまでに共販各社から提出された資料(甲45の2ないし5,甲47ないし51)や報告に基づくもので,起案担当は,D・Cであったが,原告も,起案そのものには関与していないが,当然,内容の確認はしている。
b 甲45の1に記載の数字は,本件シミュレーション結果であること 前記のとおり,甲45の1記載内容は,それまでに共販各社から提出された資料や報告に基づくもので,本件シミュレーション結果が示されたものである。
(a) 東京共販について 被告が東京共販における最終の本件シミュレーション結果であると主張する乙16は,甲45の1よりも前に作成され, 「進捗報告」と記載されるとおり,最終報告ではないのだから,最終の本件シミュレーション結果を示すものではない。また,甲45の1・3には, 「大物外装非在庫方式」を採ることを前提とする記載があるの に対し,乙16が,杉並号試に限定した検討結果にすぎないことからすれば,乙16に「大物外装非在庫方式」に関する記載がないからといって,同方式の不採用を意味するものではなく, 「大物外装非在庫方式」の不採用が確定した旨の被告の主張は失当である。
(b) 北海道共販について 被告が北海道共販における最後の本件シミュレーション結果であると主張する乙19は,甲45の1に「@LISe戦略概要」として記載された北海道共販の施策のうち,「1)多段階物流の排除→顧客直送の実施」のうちの「苫小牧本部一本化」のみ(=甲45の1のF北海道の 14)) 「3)サービスL/Tを設定し , 3便/日→2便/日配送の実施」「4)外販配送基準の明確化」「5)受注締時間の延長」及び , ,「6)高速道路使用の実施」の各施策を実施したコスト削減効果として,▲1.91億円(=▲42+▲132+▲17)と見込んだものである。そうすると,上記「1)多段階物流の排除→顧客直送の実施」のうちの「大物外装非在庫方式」及び「2)24h物流の導入」を実施したことによるコスト削減効果は,上記1.91億円には一切含まれていないことは明らかである。
そして,北海道共販におけるコスト削減額については,以下の試算によっても,甲45の1にある「18.7億/年→30%削減目標」から導かれる5億6100万円(18.7億円×0.3)に相当する額になると見込まれる。
すなわち,東京共販において, 「大物外装非在庫方式」のみによる物流コスト削減効果が1億円とされているところ,北海道共販の売上げ・経費規模は,東京共販の半分であることから,北海道共販における「大物外装非在庫方式」のみよる効果はその半分の5000万円を下回ることはないと考えられる。よって, 「大物外装非在庫方式」の採用によるコスト削減額を上記1.91億円に合算すれば,約2億4100万円(=1億9100万円+5000万円)のコスト削減が可能となる。さらに,乙19の3枚目によれば,「現状」の「配送費」は「456百万/月」であり,乙19記載の施策により, 「配送費 414」となるとされているように,大きく削 減されていないことからすれば,いまだに相当削減の余地があると考えられ,極めて概略的ではあるが,24h物流の導入により,8/9(東京共販の場合)の少なくとも約7割程度,すなわち,約6割程度の配送コスト削減が可能と思われる。その場合,数値的には,456×0.6=273(2億7300万円)となり,これに上記の2億4100万円を加えると5億1400万円となって,上記のとおり,甲45の1から導かれる5億6100万円に相当する金額となる。
さらに,甲45の5に,配送シミュレーションの結果として,苫小牧本部42百万円,札幌仮本部54百万円,入出庫コストとして苫小牧本部132百万円,札幌仮本部171百万円という数字が記載されており,これを合算すれば,少なくとも,年3億9900万円のコスト削減効果が想定される。
(c) 山口共販について 原告は,甲45の1記載のとおりの本件シミュレーション結果が得られたと聞いており,同記載は信用できるものである。
(d) 千葉共販について 被告の千葉共販に関する主張は争う。
(エ) コスト削減効果について a 本件システムは,入力条件の変更により繰り返しシミュレーションを行うことにより,実現可能な施策を提供するものであり,入力条件を変更しながら繰り返しシミュレーションを行う過程で,現実の会社経営又は運用において直ちに実施することは難しい物流施策は自ずと選択しないこととなるのであるから,最終的に残ったシミュレーションの結果が実現可能な最適物流施策であることは明らかである。
また,本件システムの出発点は,顧客サービスL/T基準の設定=顧客との合意により商品別に受注締〜着荷までのサービスL/T基準を指定する,ということにあるから,顧客の反発や不満などを確実に招くことにより施策が実現不可能であるなどということはあり得ない。
さらに,各共販店における本件シミュレーション結果のいずれを見ても,実現が不可能であるとか,実施が難しいなどということは記載されていない。
b 予測どおりのコスト削減効果が得られたことは,甲45ないし52より合理的に推測される。
c 被告が,本件システムを利用することにより得られた施策は,実際に実施されず,本件シミュレーション結果どおりのコスト削減効果がなかったと主張する部分は争う。仮に,経営者の優柔不断・不決断により,本件システムを利用することにより得られた施策を導入・実行していなくても,少しでもシミュレーションを行ったのであれば,X理論を利用していることになるから,使用料を支払うのが当然である。
d 被告は,コスト削減効果は本件シミュレーション結果の1/4であるとする。しかし,東京共販において実際に実現されたコスト削減効果は,乙25を前提にしたとしても1億円を下らないものであるところ,この数値は,3.5億円×1/4=8750万円を大きく上回っているのだから,被告の上記主張は当たらない。また,被告主張の1億円は,数値を小さく見せるために,人件費の基礎を正社員からパートに恣意的に置き換えた結果であって,実際に実現されたコスト削減効果は正社員を前提とした1.6億円とすべきことからすれば,コスト削減効果は被告主張の1/4よりも大きく上回ることになる。しかも,この1.6億円という数値は,コスト削減が実際に実現できる最低限の数値であって,これよりも相当多くのコスト削減ができるものと合理的に推認される。
したがって,被告の主張する「1/4」が,不当に低い評価であることは明らかである。
(オ) 使用料率について 以下の事情からすれば,原判決の認定した使用料率1%は低きに失するというべきである。
a X理論は,本件システムの骨格であって,X理論がなければ,本件 システムの構築は不可能である。
b 甲21(平成12年3月13日段階)において,アフマ部は,本件システムに対する原告の寄与率を71%と分析しており,甲19(平成11年1月17日段階)においても,発明的性格を有する全14件のうち,原告100%業務発明7件・中間(業務寄り)4件と判断している。この数字を基に原告の寄与率を計算した場合には,約70.7%と導かれ,同様の数字になる。
この数字に実施料率5%を乗じた結果でも3.53%となるから,原判決の認定した1%は低きに失する。
c 被告は,平成19年2月2日に, 「1.4億円(開発費)×1/3(特許発明の寄与率)×5%(実施料率)」として,原告に対し,金250万円という提示をしているのであるから,この計算式を前提とした場合, 「1/3×5%=1.66%」となり,いかに低く見積もったとしても,使用料率は1.5%を下らないはずである。
(カ) 相応の対価の算定期間について 当時の被告の職務発明規定に,実績報奨制度あり 「 導入による効果に対し5年間一定の対価発明者に支払う」とあることからも(甲20),5年間という期間は被告の意思にも沿うものと解することができるので,原判決の認定はこの意味でも極めて正当である。@LISeが最適物流として明示する諸施策をいったん実行・導入さえすれば,物流コスト削減効果は毎年持続し,コスト削減額は累積していくものであることに照らすと,5年という期間は極めて控えめな期間である。
ウ 争点(5)(時機に後れた攻撃防御方法による却下申立ての成否)について(原告の主張) 被告が控訴審に至って提出した関係者の陳述書を含む書証(乙13ないし28)並びにこれに基づく主張及び甲45の1の数値に関する主張は,いずれも時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。
(ア) 被告は,原審において甲45の1の数値自体を争っていなかった上, 原審の弁論準備手続終結までに,甲45の1の数値に関する具体的な攻撃防御方法を何ら提出しなかった。控訴審において突然,大量の書証を五月雨的に提出するなどということは,到底許されるものではなく,時機に後れている。
また,関係者の陳述書(乙25,26)は,被告控訴理由書で主張する事実に関する立証方法であって,原告控訴理由書に対する反論に関する立証方法ではないから,被告の控訴理由書提出期限までに提出すべきであり,この意味においても時機に後れているといわざるを得ない。
(イ) そして,本件紛争の当初から,甲45の1に関連する数値及びそれを裏付ける「真正な一次資料」の存否が原告により問題とされていたこと(乙3),原審の審理期間が2年以上にも及んでおり,決して短期間で審理終結となったものではないこと,被告が原審の弁論準備手続終結までに共販店の「関係者の陳述書」である山崎の陳述書(乙11)を提出していること,被告は,共販店に対して非常に強い支配権を有するから, 関係者の陳述書」 「 を作成させることは極めて容易であり,原審の弁論準備手続終結までに「関係者の陳述書」などの書証の提出ができたこと,などを考慮すべきである。
(ウ) 原告に対し適切な攻撃防御の機会を与え,原・被告間の公平性を図るという意味からすれば,関係者の証人尋問手続における原告による反対尋問権の行使や,原告本人再尋問を行い,その結果を受けて,原告に対して更なる反論主張を尽くす機会が与えられるべきである。
よって,原告において時機に後れた攻撃防御方法と主張するものを却下すれば,原 被告間の公平性が確保された状態で, ・ 直ちに訴訟を完結することができるから,訴訟完結の遅延という要件も満たされることは明らかである。
(エ) 加えて,被告が,甲45の1の数値について,原審で争っていなかったことからすれば,これを争うことは自白の撤回に当たり,許されない。
(被告の主張) 控訴審における被告の上記主張及び立証は,時機に後れた攻撃防御方法として却 下されるべきものではない。
(ア) 原告は,訴状記載の請求金額を基礎付ける書証を,訴訟提起段階で全く提出せず,原審の最終の弁論準備手続期日として第9回弁論準備手続期日(平成25年11月18日)が指定された後,同期日の1か月前(平成25年10月11日)になってようやく,甲45の1以下を提出し,これらの書証には本件システムによって共販店に生じた物流コスト削減額(すなわち共販店に生じた利益額)が示されており,上記金額を基礎付けるものであると主張した。その後,第2回口頭弁論期日(平成25年12月9日)において人証の尋問が実施され,同期日において原審の口頭弁論は終結され,平成26年2月14日に判決が言い渡された。また,訴訟提起前においても,原告が主張するコスト削減額を示す書類などは,被告に対して,一切提示されていない。
このように,原審では,X理論の内容や性質及び合意の成否自体といういわば請求の入り口の部分を中心的な争点として長期間にわたり審理が行われ,原告の請求金額を基礎付けるはずの内容である,本件システムによって共販店に生じた物流コスト削減額(共販店に生じた利益額)については,ほとんど審理がなされなかった。
その上,原告は,本来であれば訴状とともに提出されるべきものであり,かつ,提出することも容易であった甲45の1以下の書証を,原審の最終盤まで,あえて提出しなかった。一方で,被告には,大量に提出された証拠の一部である甲45の1以下の書証についての検討期間がおよそ1か月しか与えられなかった上,甲45の1以下の書証は,約10年前に作成された書証であり,その記載事項の真偽を短期間で確認することは,およそ不可能であった。上記手続の経緯は,原審によって,既に,最終の弁論準備手続期日(平成25年11月18日)並びに人証の尋問期日及び口頭弁論終結期日(同年12月9日)が指定された中でのことであり,被告には,実質的に防御の機会が与えられなかった。
(イ) また,これらの提出は,訴訟の完結を遅延させるものではない。
すなわち,原告が乙14,16及び17について真実性,信用性を争う理由とし て挙げるのは, 「1審判決により被告に対し不利な判決が下されたため,原審判決が支払いを命じた金額を減額させることのみを目的にして,控訴審に至って前記攻撃防御方法をはじめて提出してきた」 (原告反論書10頁)というものであるが,このような理由により客観的な資料である乙14,16及び17の真実性,信用性が疑われるものではない。これらの客観的な資料について,原告本人の尋問が必要となるものでもない。乙25及び26は,いずれも共販店の物流業務の直接の担当者が,本件シミュレーション結果などについて陳述しているものであり,いわば事実経過の報告書であるから,反証に当たり作成者に対する証人尋問や本人尋問が必要になる種類の書証ではなく,これら書証の提出が訴訟の完結を遅延させるものではない。
(ウ) さらに,原告は,陳述書を被告の控訴理由書提出期限までに出さなかったことを時機に後れたものと主張するが,被告は,控訴審の第1回口頭弁論期日においてこれらの主張立証を行っており,控訴審の第1回期日において陳述書の提出その他の主張立証を行った事実は,むしろ被告による主張立証が時機に後れていないことを支持する事実であるといえる。
したがって,本件主張立証は,時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきではない。
当裁判所の判断
当裁判所も,原告と被告との間に,原告の研究成果に係る知的財産全般(将来原告がその特許権を取得した場合には,当該特許権に係る発明を含む。)について,その使用を包括的に許諾し,被告が上記許諾につき相応の対価を支払う旨の本件合意が成立していたものと認め(争点(1)ア),その遅延損害金の始期は,平成19年2月3日と認める(争点(4))。その理由は,原判決を,以下の1項のとおり補正し,2項のとおり「当審における当事者の補充主張に対する判断」を付加するほかは,原判決「第4 当裁判所の判断」1項及び3項記載のとおりであるので,これを引用する。
しかし,「相応の対価」の額(争点(1)イ)は,原判決と異なり,元金額2401万5000円と判断する。その理由は,4項記載のとおりである。なお,訴訟上の争点である時機に後れた攻撃防御方法による却下申立ての成否については,3項において判断するとおり,被告の当該主張立証を却下しない。
1 原判決の補正 (1) 原判決34頁最終行「原告,被告,富士通のノウハウの比率」から35頁3,4行目「求めていることを示した。」までを,次のとおり改める。
「原告,被告,富士通のノウハウ比率及び期待される効果を一覧表にしたもの(甲21の2)を示し,原告が,利用者側からの効果の評価とそれに見合う対価を求めていることを示した。同一覧表において,大項目内における原告のノウハウ比率は,それぞれ,物流ネットワーク制御システム93.1%,物流コスト分析65.3%,配送制御システム57.5%,物流施設立地制御システム63.0%とされ,コスト削減効果額を考慮して大項目への配分を行い,システム全体を100%として,それぞれ,物流ネットワーク制御システム26%,物流コスト分析15%,配送制御システム6%,物流施設立地制御システム53%とした結果,全システムにおけるノウハウ比率は,原告71%,被告13%,富士通16%とされた。」 (2) 原判決37頁22行「2度にわたり改訂された(甲29の2・3)」の次 。
に「同書面は, 『ア 経緯』『イ , 知的所有権等』『ウ , 現状』により構成されており,そのうち『ア 経緯』中の『展開実績&効果』欄には, 『1 想定通りの展開・効果がでる @詳細別紙』とされ,この別紙として末尾に,各共販店における取組みの内容及び状況,1年及び20年の費用効果の額,サービス性について記載された一覧表(甲29の4)が添付されていた(以下,甲29の1ないし3を『本件経緯報告書面』ともいい,甲29の4を『甲29別紙』という。」を加える。
) (3) 原判決38頁4行「議事録(上記ケ)」から文末までを「議事録(上記コ)の内容は尊重する必要がある旨の見解が示された(甲26の1・2)」と改める。

(4) 原判決38頁20行「物流コスト削減効果は」の次に「東京共販,茨城共販,千葉共販,神奈川共販,山口共販及び栃木共販の6共販店で」を加える。
(5) 原判決38頁25行「本件特許権の実施許諾料として」の次に「34共販店分を合わせて」を加える。
(6) 原判決43頁25,26行「平成12年8月頃」 「平成10年8月ころ」 をと改める。
(7) 原判決54頁8,9行「上記特許権」を「将来原告が取得することのあり得る特許権」と改める。
2 当審における当事者の補充主張に対する判断 合意に基づく対価請求権の成否(争点(1)ア)についての当事者の補充主張に対する判断は,以下のとおりである。
(1) 本件合意について 被告は,Aが原告から本件特許出願費用に1000万円ほどかかると聞いて驚くとともに,原告に頑張って欲しいという気持ちと出願費用の足しになればいいという気持ちから,原告が特許権を取得し,特許料が支払われればいいですねという一般論を踏まえた気持ちを原告に伝えたのであり,具体的に金銭を支払うという約束をしたつもりはなかった旨,また,Aが原告に対し,自らの考えを伝えた際には,そもそもアフマ部と知財部との間での知的財産権を巡る協議の詳細について把握していなかったのであり,アフマ部と知財部との間での協議を受けてAが何らかの発言を行うことはあり得ない旨主張する。
しかし,上記Aの発言に至る経緯は,原判決第4,1(1)記載のとおりであり,平成10年8月ころの本件プロジェクト開始当初から,本件システムに関する知的財産権の帰属が議論され,同年12月には,アフマ部,知財部及び原告が同席した協議業務発明部分と職務発明部分の切り分けについて論じられ,被告は,本件システムの実施までの間に,知的財産権に関する権利処理をしておく必要性を認識し, 業務発明として原告から被告が権利譲渡を受ける前提でその額について交渉していたのであるが,奏功せず,アフマ部は,原告,被告及び富士通のノウハウ比率を一覧表で整理し,平成12年3月に原告が利用者側からの効果の評価とそれに見合う対価を求めていることが示された中,同年4月,被告は業務発明の譲渡を受けることを断念して個人(原告)の出願とすることを前提に,アフマ部と知財部との間で,原告から実施を拒否しない旨の確認をとっておく必要性が共通認識とされ,同年5月にAの発言がなされたものである。そして,その後,平成16年4月に至るまで原告と被告との間で本件システムに関する使用料の支払に関する交渉が行われた形跡がなく,同年4月に原告が過去の約束が実行されていない旨述べるに至り,同年5月に,アフマ部総括室室長であったBが,Aの後任部長であるEの対応について,「アリスの件,お時間を下さい。A部長時代を知っているのは小生くらいですから。
Xさんの知的財産を使わせていただき,トヨタで大きな効果を生み,またその状況や結果を踏まえて,Xさんが更に研究を深めると言う良いサイクルを期待しておりました。・・・ちなみにE部長のコメントは,A部長と共通の点がありました。『個人に帰属する知的財産を使う以上,払うべきものは払わねばならない。Xさんの研究プロセス,当時の知財部の見解,アリスとしての成り立ち等今一度整理が必要。』とのことです。 ・ とのメールを原告に送付している ・ ・」 (甲34)ことに照らすと,Aの発言を契機として,知的財産の譲渡やロイヤルティ支払に関する交渉がいったん途絶え,本件システムの開発及び実施に向けて一丸となっていたものと推測することができるのであるから,Aの発言は,前記の経過の中で,使用料に関する議論を収束させるような内容であったと考えられる。また,本件プロジェクトは,被告の取締役らも関心を持つ,1億4000万円もの費用をかけて行う一大プロジェクトであったことに照らすと(甲40別紙1) アフマ部と知財部との間で本件システ ,ムの実施までの間に,実施についての原告の許諾を得ておく必要性が共通認識とされていたから,アフマ部の部長であるAが,これらの知的財産を巡る協議の詳細を知らずに発言を行ったとは考え難い。
したがって,Aが金銭の支払に関して法的意味を持たない発言をした旨の被告の上記主張は,採用できない。
(2) X理論の知的財産性について 被告は,本件論文及び本件説明資料から読み取ることができるX理論とは,実質的に本件論文に記載された内容そのものというべきであるところ,X理論のうち,原判決が「乙7ないし9にも開示されていない独自のもの」であると認定した4点は,すべて本件論文に明記又は少なくとも含意されており,本件論文は,原告が被告に対して自らの知見を提供する以前に公知であり,また,上記の「独自のもの」は,公知の乙7ないし9に明記又は少なくとも含意されているものであるから,X理論の知的財産性はないとし,本件合意が不成立,あるいは,本件合意に基づく対価が零である旨主張する。
しかし,X理論の成立過程及び知的財産性については,原判決第4,1(2)ア及びイに認定したとおりであるところ,X理論が乙7ないし9に対し独自性を有する部分である,@物流コストを下げるために,サービスを許容できる範囲において合理的に低減させること,A上記サービスの合理的低減によるコスト削減効果を,変更の前後について定量的に比較検証すること,B上記定量的計算のための具体的手法(営業所ごとに発生する個別のコストの明確化) C上記コスト削減は, , 集約型モデルの採用(多段階物流の排除,営業所の配送拠点化)によって達成可能であることは,本件論文のみからこれらをすべて読み取ることは困難なものであり,X理論が本件論文を一つの出発点としているとしても,X理論と本件論文とが同一であるということはできない。また,X理論が本件論文によって公知であるのならば,被告は,原告の説明やその後の関与を必要とすることなく,本件論文に基づいて本件システムを独自で開発することが可能であったこととなるが,被告は,本件論文及び本件説明資料を用いた説明会の後である本件プロジェクトの開始当初に,原告抜きではシステム開発は成り立たないとの認識を有していたのであるから(原判決第4, 1(1)エ),本件論文によってX理論が公知とされたとは認められない。
また,被告が指摘する乙7ないし9の文献はすべて,原告が本件論文において従来の考え方として示した文献であり,被告は,これらが従来文献であることを知悉した上で,前記(原判決第4,1(3))のとおり,特許権に係る発明を含めた原告の研究成果に係る知的財産全般について,その特許登録の成否にかかわらず,上記時点においてその使用の包括的な許諾を申し入れる趣旨を表示し,この利用の承諾に対して対価を支払う旨約したものと認められる。そして,本件合意が,単なる特許利用に対する実施料支払合意にとどまらない内容のものであることに照らすと,上記文献に基づいて合意の成立を否定する,あるいは,これに基づいて「相応の対価」の額を零と見積もるなどということは,両当事者間において想定されておらず,上記文献が本件合意に基づく請求権の発生を否定する根拠となるものではない。
さらに,被告は,原判決がX理論の知的財産性を肯定する理由の一つとしたアフマ部作成に係る甲18,19について,アフマ部は知的財産の専門部署ではなく,X理論に知的財産性があるか否かなどを判断する能力を有しておらず,また,甲18は,正式な決裁を経た正式文書ではなく,甲19は,BやCなど,原告の意向に沿うことが多かったアフマ部員が作成した文書であるから,甲18及び19をもとに被告の対応を認定したのは誤りであると主張する。
しかし,原判決第4,1(1)のとおり,アフマ部は,本件プロジェクトの当初から,知的財産権の帰属に関する検討の必要性を認識し,知財部を入れた上で,複数回にわたり打合せをしていたのであって,甲18及び19は,いずれもアフマ部と知財部の打合せにおいて用いられた資料であることに照らすと,正式決裁文書でないことや,アフマ部の起案に係るものであることが,上記書面の内容の真実性に疑いを生じさせるものではなく,被告の上記主張は採用できない。
その他,被告が本件合意の成立及びその内容に関し縷々主張する事情は,いずれも本件合意の成立の認定を左右するものでない。
よって,被告の上記主張は採用できない。
(3) 本件特許出願費用の負担合意について 原告は,被告において特許化が必須であると認識されていたことや,Aの証言によれば,Aによる相応の対価の発言当時,Aの念頭には「出願費用」の「回収」もあったものであるから,Aの発言には,原告による特許出願費用をも含めて相応の対価を支払うという趣旨が含まれている旨主張する。
しかし,本件合意に至る経緯をみるに,本件合意直前の平成12年4月当時,知財部及びアフマ部において,本件システムの実施に当たり原告の承諾を得ることは必須であると認識されていたものの,同年3月時点においては,富士通に市販化の意思があれば特許化を検討するとの認識であったと認められることからすれば,富士通の市販化の意思が不明確な段階で,被告において原告に特許を取得させなければならない理由はなく,本件特許の出願に当たって,その特許内容や出願時期等に関し,被告が関与した形跡も窺われないことに照らすと,被告において,原告による特許取得が必須であると考えていたとは考え難い。仮に,被告が,原告による特許取得が必要であると考えていたとしても,被告又は共販店による実施に際して使用料の支払を念頭に置いていたものであるから,出願費用等を使用料の支払の一部に充当することが合意されない限り,個人による出願について,その出願費用等を被告において負担する合理的な理由はない。
また,本件合意に関するAの発言について,仮に,Aの証言どおりの発言があったとしても,特許使用料を受領することで出願費用を回収できることを単に述べるにすぎず,出願費用を被告が負担することを約定したものとは認められない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
3 時機に後れた攻撃防御方法による却下申立ての成否(争点(5))について 原告は,被告が,原審において,甲45の1の数値を争っておらず,被告が控訴審に至って提出した関係者の陳述書を含む書証(乙13ないし28)並びにこれに基づく主張及び甲45の1のコスト削減額に関する主張は,いずれも時機に後れた 攻撃防御方法として却下されるべきであると主張する。
(1) 本件訴訟記録によると,当裁判所には,次の事実が明らかである。
ア 原告は,平成23年10月24日,本件訴えを提起し,訴状において,本件合意に基づく「相応の対価」とは,@X理論のコンピュータ上における具現化を原告が認めたことの対価,AX理論を研究・構築するのに要した実費,B本件システムに関し特許出願をしたことの対価,C上記特許出願に要する実費から構成されるとし,そのうち,上記@として,全共販店(34店)において期待される1年当たりの物流コスト削減効果として被告が見積もった104億8000万円の半額に相当する52億4000万円と算出し,これに5年分を乗じた上で,原告の寄与割合である71%を乗じ,さらに,X理論の本質的価値として10%を乗じた18億6020万円と算出した。また,上記52億4000万円の試算は,平成15年ころ以降に,年間コスト削減額として,東京共販3億5000万円,茨城共販8000万円,千葉共販2700万円,神奈川共販4100万円,栃木共販1200万円,北海道共販5億6100万円,山口共販1000万円の合計10億8100万円とされ,この数字から34社分を推計した数字である52億5057万円と近似しており,上記52億4000万円の試算が合理的である旨主張したが,その算出に係る具体的な資料は書証として提出しなかった。
イ 平成23年11月28日に行われた第1回口頭弁論期日の後,第9回弁論準備手続期日(平成25年11月18日)まで9回にわたる弁論準備手続が行われたところ,各期日においては,本件合意の成否,内容及びその法的意味等の主張立証がなされ,原告が上記の数額に関する立証のための資料を提出したのは第7回弁論準備手続期日(平成25年5月21日)であった。しかし,そこで提出されたのは,本件システムが完成する前にコスト削減額を104億8000万円と見積もった試算に関するもの(甲21の2)のみで,具体的な算定資料が添付されていないものであった。その後,原告は,同年7月18日,原告が本件合意に基づく請求をした後に,経緯を整理する書面として作成した甲29の4を被告に直送したが(提 出は第8回弁論準備手続期日(同年8月27日),本件シミュレーション結果の詳 )細については記載のないものであった。原告は,同年10月10日,シミュレーションの実施に関する別紙が添付された甲45の1等を被告に直送し,これに基づいて同月11日付け準備書面(5)において甲45の1に関する主張をしたが,請求の根拠としては,あくまで甲21の2を用いていた。被告は,同年11月11日付け第6準備書面において,甲21の2について簡単な反論をするにとどまり,同年12月9日,証人Aと原告本人の人証調べが行われ,同日,弁論終結に至った。
ウ 平成26年2月14日,原判決が言い渡され,被告は,これに対し,控訴し,同年4月7日付けの控訴理由書において,甲45の1に基づいた数値をコスト削減見込額として,相応の対価」 「 算定の基礎とすべき旨判断した原判決に対して,これを不服とする主張を展開し,同日付けで本件シミュレーション結果を検討した資料や報告書などの乙13ないし23を,引き続いて,同年5月26日,コスト削減効果に関する共販店代表者の陳述書(乙25,26)を含む乙24ないし28を直送し,控訴審の第1回口頭弁論期日においてこれらをすべて提出した。
同期日において,双方がそれぞれの相手方主張に対する反論を展開することとなり,第2回口頭弁論期日において,これらの主張書面を陳述し,控訴審の弁論が終結された。
(2) 以上を前提として検討するに,原審の弁論準備手続においては,本件合意の成否,内容及びその法的意味が中心として双方の主張立証がなされ,本来,原告が速やかに立証すべき請求額の根拠資料の提出が相当に遅れていたことに加え,本件合意については,合意に基づく対価の額及びその定め方について,当事者間に明示的な約定が存在するものではなく,当事者の合理的意思を解釈して総合的に判断されるものであったところ, 「相応の対価」の額の算定基準が原判決によって明らかにされ,原判決が甲45の1をその算定の基礎に用いたことにより,被告において,同書証に開示される本件シミュレーション結果やそのコスト削減効果に関する具体的な反証の必要が生じたものと認められる。
そして,被告は,控訴審の第1回口頭弁論期日までに上記の反論に必要な資料を準備の上,提出しており,これらはいずれも即時に取り調べることが可能である。
陳述書(乙25,26)について,人証調べ後に提出されたもので,陳述者の供述内容について反対尋問を経ていないものであるが,他の書証,弁論の全趣旨,経験則その他の事情等に照らして,一定の事実を認定することができる限りにおいて証拠価値を有するにすぎないことを前提として,即時に取調べが可能なものである。
以上を総合考慮すると,被告の上記主張及び立証は,時機に後れた攻撃防御方法ということはできず,却下はしない。
なお,原告は,被告の甲45の1に関する主張が自白の撤回に当たると主張するが,被告は,原審において,甲45の1に記載された金額等の数字を認める旨の認否をしたことはない上,そもそも,上記は,主要事実に該当するものではないから,自白の撤回に該当する旨の原告の主張は失当である。
4 「相応の対価」の額(争点(1)イ)について (1) 「相応の対価」の算定基礎について ア 原告は,被告との間の本件合意に基づく「相応の対価」の額を,被告が平成12年3月13日付けで行った物流費用削減額の試算結果(甲21の2)を基礎として算出すべきと主張する。
しかし,上記合意は,将来原告が取得すべき特許権の使用を許諾する趣旨を含む上(原判決第4,1(3) イ),原告は,本件合意の後,平成16年4月27日までの間,本件合意に基づく対価の請求をしていないのであるから,原告と被告が,本件合意時において,上記物流費用削減額の試算結果に基づいた対価額を直ちに算定し,その授受を行う意思であったとは考え難い。
むしろ,本件合意が「相応の対価」という文言を用いてされたものであることや,原告が, 「相応の対価」に加えて金銭とは異なる「相応の対応」も約束された旨主張していること,アフマ部が,知財部との打合せにおいて,本件システムの完成前に, その期待効果等の平成12年3月13日付け一覧表(甲21の2)を示したのに対し,知財部が,本件システムの効果を実施前に評価することはできず,上記一覧表は現時点では意味をもたない旨のコメントをしていること(原判決第4,1(1)ケ(イ))や社会通念に照らせば,原告と被告は,上記合意時において,同時点において存在する資料を基にして直ちに対価額を算定し,その授受を行うことを予定していたものではなく,本件システムの完成を待った上で,完成後の本件システムの内容や,同システムにおいて原告の提供した知見が実際に利用されている程度,本件システムのソフトウェアの頒布・利用状況,その導入効果,原告が取得した特許権の内容・数等を勘案し,さらに,被告における原告の将来の処遇等との兼ね合いも考慮して,相当と認められる金額を上記「相応の対価」として算定することを念頭に置いていたものと解するのが相当というべきである。
もっとも,原告が,平成16年4月27日以降に本件合意に基づく対価の支払を求めたことに起因して,前記(原判決第4,1(1)ス)のとおり,従前の経緯を整理する必要が生じ,原告において経過をまとめた本件経緯報告書面が作成されて,数回にわたり修正が行われ(甲29の1ないし3,甲32),その後に数回話合いがなされたが(甲33の3,5),同書面に添付された各共販店におけるコスト削減額を整理した添付資料である甲29別紙に関し,被告において本件システムを利用したことにより得た施策を採り,それに対応して実際にどの程度のコスト削減額が得られるかについて原・被告間で検証がなされた形跡がないことに照らすと, 「相応の対価」において基準の一つとされる本件システムによる導入効果は,被告や共販店において現実に得られたコスト削減額ではなく,本件システムを利用することによって得ることが見込まれるコスト削減額であったと解するのが当事者の合理的意思に沿うものといえる。
そして,本件合意が,原告の提供した研究成果等に含まれるノウハウも含む知的財産についての使用許諾料の性質を有することに照らすと,相当の対価の具体的算定方法としては,被告が本件システムを利用することによって得ることが見込まれ るコスト削減額を算定の基礎として,これに,原告の提供した知的財産の使用料率として相当と認められる料率を乗じた金額を,上記「相応の対価」の額とするのが相当である。
イ(ア) 被告は,シミュレーションソフトウェアに係る知的財産の使用許諾料が,当該シミュレーションソフトウェアによるシミュレーション結果によって見込まれるコスト削減額を基礎として算出されるのであれば,被告のような大企業の場合,使用許諾料は巨額になり得るが,そのような社会通念は存在せず,当該シミュレーションソフトウェアによるシミュレーション結果を基準にすることは社会的に相当でないと主張する。
しかし,知的財産の使用料を算出するに当たって,それによって得られるべき利益を考慮要素とすることは合理的算定方法の一つである。そして,本件においては,前記(1)アにおいて述べたとおり,被告が本件システムを利用することによって被告や共販店において現実に得られた利益(コスト削減額)を算定の基礎とするのは相当でない一方,本件シミュレーション結果としてのコスト削減額そのものを利益と見ることができないことは,シミュレーションの性質上当然のことであるから,本件シミュレーション結果を前提とし,本件システムを利用することによって得ることが見込まれるコスト削減額を算定の基礎とするのが相当である。そして,使用料の算出に当たっては,後記のとおり,本件シミュレーション結果に,被告,具体的には各共販店において得ることが見込まれるコスト削減効果(割合)を乗じて判断するものであって,本件シミュレーション結果をそのまま用いるものではないから,シミュレーション結果を基準にするのは高額に過ぎ,社会的相当性がないとの被告の上記主張は当たらない。
(イ) また,被告は,本件システムにより生じた物流改善効果を享受したのは,各共販店であって,被告と共販店は完全に別法人であるから,被告の受けた利益ではないと主張する。
しかし,各共販店が受ける利益は,一つの企業グループにおける親子ないし兄弟 会社間における利益配分の過程を通じて,間接的に被告に還元されることも予定される上,そもそも,本件合意の経過は,前記に認定したとおり,共販店におけるコスト削減を目的としてなされたものであったことからすれば,本件合意に基づく「相応の対価」の算定に当たっては,共販店が得ることが見込まれるコスト削減額が基礎とされていたと認めるべきであって,被告の上記主張は採用できない。
(2) そこで,まず,本件シミュレーション結果について検討する。
ア 認定事実 前記の証拠(各認定事実の末尾に摘示する。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 本件システムについて a 本件システムは,@物流施設立地制御システム,A配送制御システム,B物流コスト制御システム,C物流ネットワーク制御システムから構成されるものであるところ,その具体的内容は原判決第4,1(2)イ(イ)のとおりである。
本件システムは,前提となる入力条件を変更しながら,繰り返しシミュレーションを行うことによって,最終的に望ましい理論モデルが得られるというものである。
b 本件システムの物流施設立地制御システムにより,顧客分布・顧客サービスL/T基準を基に,最適物流施設立地(位置・数)を決定することができる,具体的には,顧客との合意により,商品別に顧客サービスL/T基準を設定し,メッシュ上に物流施設の候補となる交点を求め,上記物流施設候補と顧客との間の距離・所要時間を求めた上で,最適立地円(すべての顧客を網羅した,指定顧客サービスL/T基準で最小値となる円の候補点位置)を作成し,距離マップ・時間マップ上に表示することができ,物流施設の立地選択ができるものではあるが,本件システムには,土地や建物の簿価,建物の閉鎖等に要するコスト,新規拠点の設立に要する投資コストなどの会計上の情報,現実の会社経営又は事業運営に当たって必要となる考慮事項やコスト,営業上の必要性の観点は,盛り込まれていない(弁論の全趣旨)。
物流施設立地制御システムは,上記物流施設候補から,候補地にならない所を削除したり,現状施設等一部の施設を前提とした残候補地のみを検索したり,一部地域内での最適候補地を検索したりすることも可能である。
c 本件システムは,被告の共販店ら(共販会社33社及び沖縄トヨタ自動車株式会社・部品共販部)における事業の基幹システムであるTASのオプションとすることを前提に開発が進められたものであり,TASのデータを用いてシミュレーションを行うことが可能なものであった。TASは,従前の共販システムに代わる新システムとして,平成12年5月に稼働を開始した(弁論の全趣旨)。
本件システムは,平成14年3月に完成し,7共販店において,順次,これを利用したシミュレーションが実施されたが,被告は,平成19年3月,富士通との間で締結していた本件システムの維持契約を更新しないことを決定した(乙11)。
(イ) シミュレーションの実施について 東京共販を中心とし,茨城共販,千葉共販において,本件システムの本格稼働前の試験シミュレーションが実施され,その結果は,平成14年5月に開かれた@LISe号試取組み合同報告会において大いに評価された(甲31,48,49の1・2,51,乙28)。
その後,被告の共販店のうち,東京,茨城,千葉,神奈川,栃木,北海道及び山口の7共販店は,平成17年ころまでにかけて,本件システムの利用登録を行い,本件システムを利用したシミュレーションの実施及びこれを基にした物流改善の方策等の検討を実施した。上記シミュレーション及び検討は,アフマ部が,各共販店からの委託に基づくコンサルティング業務として,各共販店とともに行った。
a 東京共販について 東京共販においては,X理論に基づき,中小物外装品(4h,8h商品),大物外装品(24h商品)などの商品ごとに納入リードタイムを設定し,商品ごとの配送の見直しがなされることとなり,東京共販において大型部品の在庫を持たずに,顧客からの注文に応じて,製造メーカーである被告から大型部品を取り寄せるという 「大物外装非在庫方式」についても検討された。
4h,8h商品については,平成15年3月から号ロ試験(号試)を行い,同年10月に杉並地区において実際に導入し,その取組みについて評価した上で,平成16年2月から順次,他の地区においても取組みを実施することが計画された。一方,大物外装品については, 「大物外装非在庫方式」を実際に実施するのは,平成17年中旬からと予定された。
平成15年4月ころ,本件システムを利用したシミュレーションを実施し,東京共販の管轄内の一地区である杉並地区において年間約2500万円,東京共販全体で「大物外装在庫方式」を採用した場合には年間約2.5億円, 「大物外装非在庫方式」を採用した場合には年間約3.5億円のコスト削減効果が見込まれるとの結果を得た。(以上,甲46の1ないし3,47の1・2,乙16) その後,平成15年11月ころから,杉並地区に関して得られた本件シミュレーション結果において設定された前提条件となる施策を実施し,実際の物流の現場における効果を評価した結果,平成16年2月4日,東京プロジェクト進捗報告会議」 「において,4h,8h商品に関して前提条件を変更する必要があるとされ,本件シミュレーション結果では想定していない発生コスト等を含め検討すると,実際に東京共販で得られるコスト削減額については,当初の予定よりも削減が見込まれ,最終的に1億円であるとの報告がなされた(乙16,17)。
アフマ部は,上記検討に係る物流改善の方策等及びこれによるコスト削減見込額をまとめ,平成17年1月18日ころ,@LISe活動歴に関する進捗状況報告会議において,以下の(ウ)aのように,年間3.5億円のコスト削減が得られるとの報告をした(甲45の1)。
b 北海道共販について 北海道共販では,平成15年7月ころに本件システムを利用したシミュレーションの実施に向けた準備が開始された。平成16年11月ころ,札幌と苫小牧との二つの本部をいずれかに一本化し,本部からの顧客直送などの施策を導入することな どの基本的戦略が定まったものの, 「大物外装非在庫化方式」を採用するか否かについては,検討課題とされ,新戦略を定めた上で,詳細を分析し,号試・号口に向けた取組みを行う予定であり,他の共販店と比べてシミュレーションの実施が遅れていた(甲50の1・2)。そのころ行われた本件シミュレーション結果は,「@LISe研修&分析シミュレーション成果報告」(乙19)としてまとめられたが,これによると,苫小牧本部と札幌本部のうち,コスト評価では札幌近郊に本部を設けるのが優位であるが,新規投資やその他の環境を考慮すると,苫小牧本部とする活用案が実用性が高いとされ,苫小牧本部に一本化したことを前提として,本件シミュレーション結果により,経費削減額が年間1.91億円と見積もられた。この時点において,苫小牧本部への一本化の実施は平成18年4月とされており,@LISe戦略を順次展開する予定とされた(乙19,甲50の2)。
アフマ部は,平成17年1月18日ころ,@LISe活動歴に関する進捗状況報告会議において,北海道共販店について,後記(ウ)g のとおり報告した(甲45の1)。
(ウ) 平成17年1月18日の進捗状況報告会議で報告されたコスト削減額 平成17年1月18日,@LISeの進展状況に関する報告会議において,7共販店等に関する@LISe利用状況に関する報告がなされた。同会議においては,資料として, 「@LISe活動歴について」と記載された書面(甲45の1)が配布された。同書面には,各共販店(東京,茨城,千葉,神奈川,埼玉,山口,北海道,栃木)における@LISe戦略の取組みとコスト効果が記載され,事例紹介として,東京共販,茨城共販,栃木共販,北海道共販における取組みについて,別紙による説明がなされた。もっとも,北海道共販については,前記(イ)bのとおり,平成17年1月時点において,本件システムを利用したシミュレーションが未だ完全に実施されたとはいえない状況にあったために,本件シミュレーション結果としてではなく,目標値としての説明がなされた。
各共販店についてのコスト削減についての取組みとコスト削減額については,以下のとおり説明された。
a 東京共販 本件システムを利用して東京本部の廃止に伴う他県(千葉,埼玉,神奈川,山梨)本部からの物流の可否の検証,現状のトラックコスト(台数/距離)と新立地で配送した場合のトラックコストとの比較,全体的コストの比較を行い,上記結果を踏まえて,@販売店配送を3回/日から2回/日に減らし,かつ,本部から販売店への直接配送(夜間早朝1回)を導入する,A販売店からの緊急便(2回/日)を導入する,B24時間物流を実現する,C外販配送基準を明確化する,D受注締時間を延長し,早期納品を実現する,E高速道路使用を実施する,F共販店営業所在庫・販売店在庫を充実する等の取組みを順次実施することにより,年間3.5億円のコスト削減が見込まれると報告された(甲45の1・3)。
b 茨城共販 本件システムを利用して配送ダイヤを順次見直し,さらに,営業所出入庫業務の本部への集約化,本部商管作業時間の見直し(3交代制の導入,メーカーフォロー品作業開始時間の早朝化等により早期配送を実現) 最終受注締め時間の延長等の取 ,組みを導入することにより,年間8000万円のコスト削減が見込まれると報告された(甲45の1・4)。
c 千葉共販 本件システムを用いたシミュレーションを実施し,2か所の物流施設(柏・松戸)を1施設(新柏)に統合することにより,年間3000万円のコスト削減が見込まれると報告された(甲45の1)。
d 神奈川共販 本件システムを利用して配送体系の再構築案3種類について評価・検討を行い,本部便を3便/日から2便/日へ変更する,鶴見営業所と大和営業所を統合する,受注締め切り時間帯を延長する等の取組みを導入することにより,年間4000万 円のコスト削減が見込まれると報告された(甲45の1)。
この削減額は,平成15年6月27日付けでなされた本件シミュレーション結果である4100万円をやや下回るものであった(甲49の1)。
e 山口共販 本件システムによるシミュレーションの実施を踏まえ,販売店への本部直送により,年間1000万円のコスト削減が見込まれると報告された(甲45の1)。
f 栃木共販 本件システムを利用して物流施設の立地及び配送につきシミュレーションを実施し,宇都宮営業所については統廃合が可能であるものの当面は現状維持とし,配送につき,販売店への本部直送,受注締め時間の延長を実施することにより,年間1000万円のコスト削減が見込まれると報告された(甲45の1)。
この削減額は,資料の別紙である甲45の3及び平成16年11月12日に報告されたコスト削減額約1200万円をやや下回るものであった(甲45の3,50の1・3)。
g 北海道共販 上記会議の資料において, 「物流コスト 18.7億/年→30%削減目標」と記載され,本件システムを利用した場合に今後見込まれる削減効果として,苫小牧本部の一本化,物流施設立地の再編成,受注締時間の延長,1日当たり3便体制から2便体制への変更,本部から顧客への直送の実施,早期納品・支社ターミナル化,外販配送・営業活動の見直しにより,年間30%(18億7000万円×30%=5億6100万円)の削減が目標とされると報告された(甲45の1,50の1,2)。
甲45の1の別紙として添付された甲45の5からは,苫小牧本部に一本化した場合,配送シミュレーション4200万円,入出庫コスト1億3200万円の合計1億7400万円のコスト削減効果が得られることが読み取れる。
(エ) 本件経緯報告書面における記載 アフマ部の部長であったEは,原告からの本件合意に基づく要求を踏まえて,平成16年4月27日,前記(原判決第4,1(1)ス)のとおり,従前の経緯をまとめるよう指示し,原告は,これに応じて,本件に関する経緯を整理した本件経緯報告書面(甲29の1ないし3)を作成し,「展開実績&効果」欄に想定どおりの展開・効果が出たことを示す甲29別紙を添付した。同別紙においては,各共販店の取組状況と1年のコスト削減効果について記載されており,年間費用効果額は,東京共販3.5億円,茨城共販0.8億円,千葉共販0.27億円,神奈川共販0.41億円,山口共販0.1億円,栃木共販0.12億円,北海道共販5.61億円とされていた。
取組状況としては,東京共販は,平成15年11月に号試の実施が完了している旨が記載されており,北海道共販及び栃木共販を除く共販店については,それぞれ実施の時期が過去の日付として記載されているが,北海道共販については,戦略案の骨子が固まったものの,詳細は定まっておらず,今後の実施時期が決まったにすぎない段階であることが読み取れる(甲29の4)。
(オ) 上記以外の共販店 7共販店以外の共販店について,埼玉共販店において,本件システムの登録がなされたが,シミュレーションは行われず,7共販店のほかに本件システムを用いたシミュレーションは実施されなかった。
(カ) 実際の施策 茨城共販では,本件システムにより得られた物流施策として,いったんは勝田営業所を廃止したが,平成19年にその営業を再開するなど,実行が確保できなかった施策も存在した(乙11,24)。
イ 「相応の対価」の額の算定において前提となる本件シミュレーション結果について 前記(1)アのとおり,「相応の対価」において基準の一つとされる本件システムによる導入効果は,被告や共販店において現実に得られた利益ではなく,本件システ ムを利用することによって得ることが見込まれるコスト削減額であったと解するのが相当である。
そこで,まず,各共販店における最終の本件シミュレーション結果を明らかにし,その上で,後記(3)において,本件システムを利用することによって得ることが見込まれるコスト削減額について検討することとする。
本件システムを利用した最終のシミュレーションの結果がいかなるものであったかにつき検討するに,東京,茨城,千葉,神奈川,山口及び栃木の6共販店においては,前記のとおり,既に本件システムを利用したシミュレーションが実施されており,上記の平成17年1月18日の進捗状況報告会議における数値と同年4月ないし6月に作成された本件経緯報告書面に添付された甲29別紙の数値とが近似した値となっており,それ以降になされたシミュレーション結果がこれと異なるものであると窺わせる資料がないことに照らすと,本件シミュレーション結果として,甲45の1に示すとおり,年間のコスト削減効果として,東京共販店3億5000万円,茨城共販8000万円,千葉共販3000万円,神奈川共販4000万円,山口共販及び栃木共販各1000万円が見込まれていたものと認められる(なお,甲29別紙を見ると,栃木共販が平成17年6月までの間に本件システムを利用したシミュレーションの実施を完了していたか否かについては,疑義があるが,甲45の5によれば,本部顧客直送と配送の見直しによる本件シミュレーション結果として,合計1211万円のコスト削減見込みとなることが示されており,この額が1000万円に近似していることからすれば,1000万円について本件シミュレーション結果と扱って差し支えないものと解される。。
) 一方,北海道共販については,本件システムが登録され,本件システムを利用したシミュレーションの実施が着手されたものの,上記の進捗状況報告会議の時点(平成17年1月)では,本件システムにおいて前提条件とすべき物流方策である戦略案が定まった段階ではなく,苫小牧本部への一本化の実施時期は,前記ア(イ)bのとおり平成18年4月とされ,その後,@LISe戦略を順次展開する予定であった ことからすれば,年間5.61億円というコスト削減効果は,あくまで目標値として説明されたものにすぎないと認められる。そうすると,甲45の1の「18.7億/年→30%削減目標」から導かれる数額(計算式:18.7億×0.3=5.61億円)を,他の6共販店と同様に,本件シミュレーション結果と見るのは相当でない。
ところで,本件シミュレーション結果として,苫小牧本部に一本化した場合には,配送シミュレーションと入出庫コストシミュレーション限りにおいて,甲45の5では1.74億円,平成16年10月30日付けの本件シミュレーション結果である乙19によれば1.91億円であったことが認められる(なお,原告は,乙19の信用性を争うが,原告自身,シミュレーションが複数回行われるものであることを認めていること,苫小牧本部に一本化した場合の配送シミュレーションと入出庫コスト(人件費)額が一致していること,その他の内容及び体裁から,本件シミュレーションの結果を報告するものとして,信用することができる。 。ただし,この )数値は,上記の配送シミュレーションと入出庫シミュレーション限りのものであり,導入が検討された「大物外装非在庫方式」は考慮されておらず,更なるシミュレーションの実施が予定されていたことに照らすと,少なくとも,その目標値5.61億円の半数については,本件システムを利用したシミュレーションを実施することによって得られたであろう額と推測して,2億8050万円を本件シミュレーション結果に基づくコスト削減見込額とする。
そうすると,本件シミュレーション結果としてのコスト削減見込額は,7共販店について,年額合計8億0050万円となるものと認められる。
ウ 被告の主張について (ア) 被告は,甲45の1は,Dらが作成した資料を基に,原告(又は原告の指示を受けた被告従業員ら)が「取組み&コスト効果」の列に具体的な数値を記入したものと思われると主張する。
上記主張の法的意味は,必ずしも明らかではないものの,甲45の1に記載の数 字に信用性がない旨主張するものと思われる。
しかし,本件の進捗状況報告会議は,原告が本件合意に基づく請求をなした後,アフマ部の部長であったEの指示によって従前の経緯をまとめるよう指示された後に行われたものであり,そこで示された甲45の1に記載のコスト削減額は,平成17年4月ないし6月ころに作成・改訂された原告作成の本件経緯報告書面(甲29の1ないし3)に添付された甲29別紙に示された各共販店のコスト削減額と,千葉,神奈川及び栃木を除く4共販店において一致し,千葉,神奈川及び栃木についても近い数字となっている。この本件経緯報告書面の作成経過については,E部長の指示により数回改訂が行われ,その後,議論がなされたことが窺われるものの(甲29の1ないし3,32,33の3・5),甲29別紙の数額自体が争われた形跡はない。そして,被告提出のDの陳述書(乙25)では,甲45の1に記載された数字以外の作成部分が同人の作成に係るものであることを認め,進捗状況報告会議の存在やその資料として作成されたものであることを争っていないところ,甲45の1は,上記のとおり,本件システムに関する経緯を整理するよう求められる中で,@LISe進捗状況を報告するための会議資料として作成されたものであるから,この数字に虚偽があれば,会議で問題とされてしかるべきところ,そのような形跡はなく,原審においても,被告は,この数字が架空である旨の主張をしていないことに照らすと,前記のとおり,北海道共販を除く部分に関しては,本件シミュレーション結果を示したものと認められる(なお,北海道共販についても,「目標」であると正確に記載されているものであるから,北海道共販に関する甲45の1の数値が本件シミュレーション結果と認められないことは,甲45の1の信用性を疑わせる事情とはならない。。
) (イ) 被告は,甲45の1の「取組み&コスト効果」の列においては,東京共販における本件シミュレーション結果として,3.5億円のコスト削減額が見込まれるかのように記載されているが,実際の最終の本件シミュレーション結果は平成16年に行われた乙16の1億円である旨主張する。
しかし,乙16は,前記ア(イ)aに認定したとおり,杉並地区の実際の物流の現場における効果を評価した結果を踏まえて得られたシミュレーションの結果であり,中小物外装品である4h,8h商品についてのみ検討されたものであって,平成17年に導入が見込まれていた「大物外装非在庫方式」については含まれておらず,同方式の不採用を決定した旨の的確な証拠もないことや,上記のとおり,平成17年の進捗状況報告会議において, 「大物外装非在庫方式」を採用することを前提として3.5億円と報告されていることに照らすと,乙16による数値が最終の本件シミュレーション結果であると見ることはできず,上記主張は採用できない。
(ウ) 被告は,平成16年11月に行われた北海道共販の最終の本件シミュレーション結果は乙19であり,その額は1億9100万円であると主張する。
しかし,前記ア(イ)bのとおり,北海道共販については,この時点においても,戦略案骨子を詰めていた段階であることからすると,乙19が最終のシミュレーション結果であるとはいえず,その後,平成17年1月に進捗状況報告会議において報告された内容に照らすと, 「大物外装非在庫方式」の不採用が確定してはおらず,上記の経緯を踏まえると, 「相応の対価」において基礎とすべき本件シミュレーション結果としては,上記の認定のとおり算出するのが合理的である。
(エ) 被告は,山口共販について,本件シミュレーション結果は立証されておらず,零とすべきと主張するが,上記のとおり,甲45の1は会議資料として作成されたものであることや,甲29別紙と一致していること,甲29別紙においても,シミュレーションの実施は完了したことが窺われることから,上記のとおり,本件シミュレーション結果としてのコスト削減見込額は1000万円と認定できるのであり,上記主張は採用できない。
エ 原告の主張について 原告は,北海道共販に関し,甲45の1の記載は目標値の記載であるとしても,北海道共販におけるコスト削減額については,東京共販における物流コスト削減効果を参照することなどにより,5億1400万円と算出でき,甲45の1から導か れるコスト削減見込額5億6100万円に相当する額になると見込まれると主張する。
しかし,原告の主張によれば,東京共販は,売上げ450億円,経費総額12億円,コスト削減額は3.5億円であるところ,北海道共販は,売上,コスト規模が東京共販の半分程度というのであるから,上記東京共販におけるコスト削減割合(3.5億円/450億円)を,北海道共販の売上額225億円(東京共販の半額)にそのまま適用した場合には,コスト削減額は2億円を下回るものと導かれることになる。そうすると,原告の主張するように,東京共販において見込まれた「大物外装在庫方式」の効果や,他の配送コスト削減額について,単純に東京共販の半数と見込んだ上で,本件シミュレーション結果としての前記の1.91億円に加算することにより,北海道共販のコスト削減額を5億1400万円と算出することは,合理性を欠くものと解される。
また,原告は,経費を3分の1に削減することは,当初の目標であって,合理的であるから,5.61億円を本件システムを利用したコスト削減額とすべき旨主張する。
しかし,原告自身が被告に対し,金銭を要求した通知文書(乙3)において,当初,実施された共販店を6店としており,北海道共販における本件シミュレーション結果を主張していなかった上,東京共販においても,同様に1/3の物流コスト削減を目指していたところ,原告の主張によれば,東京共販の売上は36億円であるから,その3分の1である12億円のコスト削減効果が見込まれていたはずであるが,平成17年1月の進捗状況報告等においては,3.5億円にとどまっていたのであるから,当初の目標値が現実的な数字とは考えられず,原告の上記主張は採用できない。
(3) 次に,本件システムを利用することによって得ることが見込まれるコスト削減額について検討する。
前記(2)イのとおり,7共販店においては,本件シミュレーション結果として,年 間合計8億0050万円のコスト削減が見込まれるとされたものであるところ,本件システムが,各共販店における事業の基幹システムであるTASのデータを用いてシミュレーションを行うものであって,各共販店の実情に基づいており,上記シミュレーション結果に基づき提言された方策は,各共販店における実現可能性を考慮したものとみられることからすると,上記コスト削減見込額は,提言された方策及び前提として入力した条件を実施する場合には,相応の実現可能性を含むものであったと認められる。
一方,本件システムは,X理論あるいはそれ以外の考慮に基づいて決定された特定の条件を一応の前提として,繰り返し様々なシミュレーションをすることによってコスト試算を行うものであり,その繰り返しによって,ある程度精度の高いコストシミュレーションが可能になるとはいえ,その前提条件自体に変動が生じる場合には,大きくその結果は異なることとなる。
そして,本件システムは,長期的な計画を要する物流施設の統廃合と,中短期的な配送システムの見直しを中核とするものであるといえるところ,物流施設の統廃合や配送方針の大幅な変更には,多分に経営戦略的な配慮が含まれている。ところが,本件システムには,土地や建物の簿価,建物の閉鎖等に要するコスト,新規拠点の設立に要する投資コストなど,現実の会社経営又は事業運営に当たって必要となる考慮事項やコスト,営業上の必要性の観点は,盛り込まれていないのであるから,シミュレーションの過程において,上記観点から実現が困難な方策を削除,修正しなければならないが,それは本件システムを利用して行われる判断ではない(本件システムはその修正された条件に基づいて改めて物流コストを算定するものである。。例えば,北海道共販については,前記(2)ア(イ)bのとおり,札幌本部に統合 )するのが苫小牧本部に統合する場合よりもコスト削減額が大きいとの本件シミュレーション結果が得られたものの,新規投資やその他の環境を考慮して,苫小牧本部へ一本化することが選択される(甲45の5,乙19)など,本件システムが前提としない要素が現実の施策決定の際に考慮されるものであり,このように物流施設 の統廃合や配送方針に大幅な変更が生じた場合には,コスト削減見込額も大きく変動することになる。
また,上記ほどの大きな変動ではないとしても,コスト削減の前提となる費目単価について,例えば,人件費について,福利厚生が必要とされる正社員で算定する場合と,パートタイムで計算する場合とでは基礎とする単価が異なるのであるから,入力条件で選択した人件費削減方策を実施するのでなければ,精度の高いコスト削減予測をすることはできない(乙16,19参照)。
しかし,原告は,甲45の1に示されたコスト削減額について,当該シミュレーションにおいて前提とした入力条件が実施されたことはもちろん,当該入力条件及び当該施策が実行されることにつき高い蓋然性を有するものであることについても,立証するものではない。
したがって,本件システムが,一応決定した入力条件を変更したり,本件システム以外の観点から決定された事項に関し,条件を削除,修正したりすることにより繰り返し試算できるものであるとしても,前提となる入力条件が現実に実現する蓋然性は不明であるから,本件シミュレーション結果によるコスト削減見込額が,それに相応するコスト削減効果をもたらすものであると直ちに認めることはできない。
さらに,そもそも,シミュレーションの結果は,あくまで将来予測であって,見込みに基づくものであることからすれば,入力条件どおりの施策が実現できたとしても,当該シミュレーションどおりのコスト削減効果が得られるか否かについては,おのずから不確実性を含むものである。
これらの事情を考慮すると,上記シミュレーション結果であるコスト削減見込額のうち2割を,本件システムを利用することによって得ることが見込まれるコスト削減額であると認めるのが相当である。
(4) そして,本件合意の内容及び経緯並びに被告の発明規定において,導入による効果に対し5年間一定の対価を支払う旨の実績報奨制度が存在するとされること(甲20,弁論の全趣旨)を考慮すれば,相応の対価の算定の基礎となる期間と しては,5年間とするのが相当である。
この点,被告は,原告及びAが被告の発明規定の内容を合意の際に考慮していたとの証拠は存在せず,原告とAとの間の合意内容の解釈として行われる「相応の対価」の算定に当たって,被告の発明規定の内容を斟酌する理由は見出せず,また,他の優れたシステムが次々と開発されていたことから,本件システムによって被告が5年間もの長期にわたって利益を得ることができるという原判決の仮定は不合理であると主張する。
そこで,検討するに,本件合意の内容は,原告の研究成果に係る知的財産全般(将来原告が特許権を取得した場合には,当該特許権に係る発明を含む。)について,その使用を包括的に許諾し,被告が上記許諾につき相応の対価を支払う旨約したものであって,かかる合意に至る経緯やその後の経緯を参酌すると,当事者は,相応の対価は,上記権利の使用に応じ,継続的に発生すると考えていたのではなく,前記に述べた事情を考慮した一時払いを想定していたものと解される。そして,被告には,職務発明の導入効果に対して5年間分を対象として対価を支払う実績報奨制度があり,これが一般的に見受けられる期間であることからすれば,当事者の合理的意思としては,相応の対価の算定の基礎となる期間を5年とするのが相当である。
以上によれば,7共販店におけるコスト削減見込額の合計額は,前記(2)イのとおり8億0050万円であるところ,これに20%を乗じ,5年分のコスト削減額を算出すると,その額は8億0050万円となり,同額が, 「相応の対価」の算定の基礎とすべき金額(原告の提供した知的財産の使用料率を乗じるべき金額)となる。
(5) 最後に,原告の提供した知的財産の使用料率について検討する。
ア 本件システムは,前記(2)ア(ア)のとおり,サービスL/T基準を指定してシミュレーションを繰り返し行い,コスト比較を行うことができるというものであり,その内容に照らし,原告の提供した知見のうち,従来の文献(乙7ないし9)に見られない点が反映されていると解することができる。そして,本件システムの基礎となる理論面において,原告が寄与した割合が,アフマ部において71%(甲 21の2),アフマ部と知財部との打合せ資料(甲19)においても後記のとおり約70%と評価されているものであり,これまで,原告は合計7件の特許権を取得している。
しかし,一方で,本件システムは,原告のX理論を出発点としながらも,必要な機能を付加し,更に具体化したものである上,原告の提供した知見を,コンピュータ上で動作させることができるよう,コンピュータが保有すべき機能を検討・構築し,プログラミングしたものであって,その検討・構築及びプログラミングのために,原告のほか,被告,東京共販及び富士通の従業員が関与し(原判決第2,1(3)イ) その要件書の完成まで約2年8か月, , ソフトウェアの完成まで約3年8か月を要したものである。また,本件システムの基礎データは,共販店全店における事業基幹システムであるTASから導かれるものもある。
以上のことに加えて,原告が,本件システム開発に関与したことにより,被告において特段に有利な処遇を受けた等の事実も見当たらないことも併せて考慮すれば,原告の提供した知的財産の使用料率としては,3%が相当である。
イ 被告は,使用料率に関し,原判決が基礎とした甲19及び甲21の2は,それぞれ,知的財産の専門ではないアフマ部が作成したものであって,原告の寄与度を正確に反映するものとはいえない上,平成11年1月及び平成12年3月に作成された資料であって,いずれも本件システムの完成(平成14年3月)及びその要件書よりも前に作成された資料であるので,具体的な演算ロジック等を含めてコンピュータプログラムとして完成した本件システムへの貢献割合を評価したものではあり得ないと主張する。
しかし,前記認定のとおり,アフマ部は,本件プロジェクトの当初から,知的財産権についての検討の必要性を認識し,知財部を入れた上で,複数回にわたり打合せをしているところ,いずれの文書も,アフマ部と知財部の打合せにおいて用いられた資料であり,これらを基に本件システムが業務発明であることが前提とされたものである。そして,平成11年1月14日に知財部とアフマ部との打合せに用い られた甲19は,本件システムを特許項目14項目に分けた上で,100%業務発明7件,中間4件,100%職務発明1件,100%富士通を2件としており,これに基づいて原告の寄与割合が約70.7%と導かれるところ,この数値は,大項目ごとのコスト削減額を基に割合を割り付けた上で,その大項目ごとの寄与度を評価した結果であることから,一定の合理性があり,さらに,算定に相応の根拠のある平成12年3月13日付けの甲21の2における原告の寄与度71%とほぼ一致する点からしても,当時の評価として,相応に裏付けのあるものと認められる。
ウ 以上によれば,本件システムを利用することによって得ることが見込まれる5年間分のコスト削減額(8億0050万円)に,原告が提供した知的財産の使用料率である3%を乗じた額である2401万5000円が,原告の提供した知的財産の使用許諾料の額(「相応の対価」の額)として相当であると認められる。
(6) 原告の主張について ア 原告は,本件システムは被告の共販店全店において導入可能なものであったから,原告の得るべき対価額を計算するに当たっては,実際に本件システムを利用した7店舗におけるコスト削減額ではなく,全共販店において見込まれるコスト削減額を基礎とするべきである旨主張する。
しかし,7共販店以外の共販店らは,本件システムを実際に利用したものではない上(前記(2)ア(オ)),本件システムは,既にその維持契約を解消されているものであって(前記(2)ア(ア)c),今後,7共販店以外の共販店が本件システムを利用してコスト削減を達成する可能性も存在しない。そうすると,全共販店において本件システムによってコスト削減が達成されると仮定した上で,上記コスト削減見込額を対価額算定の基礎とすることは相当ではないというべきであって,この点に関する原告の主張は採用できない。
イ 原告は,本件システムそのものが,入力条件の変更により繰り返しシミュレーションを行うことにより,実現可能な施策を提供するものとなっており,入力条件を変更しながら繰り返しシミュレーションを行う過程で,現実の会社経営又 は運用において直ちに実施することは難しい物流施策は自ずと選択しないこととなり,最終として行われるシミュレーションは,実現可能な最適物流施策であるから,本件シミュレーション結果そのものが,見込まれるコスト削減額であると主張する。
しかし,前記のとおり,本件システムは,X理論あるいはそれ以外の考慮に基づいて決定された特定の条件を一応の前提として,当該条件を必要に応じて修正,変更することによって,ある程度精度の高いコストシミュレーションが可能になるとはいえ,本件システムに含まれない観点から条件が修正,変更される場合が生ずることは否定できない。また,条件自体に変動が生じる場合には,大きくその結果は異なるから,甲45の1に示された本件シミュレーション結果において前提とされたとおりの施策が実行される見込みが高い段階になければ,シミュレーション結果による利益を被告又は共販店が受けられるかどうかは不確実である。しかし,原告は,甲45の1の前提となった事実が実際に導入されたか否かはもちろん,導入の蓋然性の程度についても明らかにしていない。さらに,将来予測であることの性質上,シミュレーション結果をそのままコスト削減額と解することができないことも,前記(3)のとおりである。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
その他,原告は,原判決の誤りにつき,縷々主張するが,上記認定を左右するものはない。
5 小括 以上により,原告は,被告に対し,原告と被告との間の本件合意に基づき,2401万5000円の支払を求めることができる。
原告は,予備的請求として,債務不履行に基づく損害賠償又は不当利得返還を請求するところ,本件全証拠によっても,上記請求について認められ得る金額は,主位的請求について認められる上記金額を超えるものではないといえる。
結論
以上によれば,原告の本訴請求は,被告に対し,2401万5000円及びこれに対する平成19年2月3日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。よって,被告の控訴に基づき,これと一部異なる原判決を上記のとおり変更することとし,その余の原判決は相当であって,原告の控訴には理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 清水節
裁判官 中村恭
裁判官 中武由紀