関連審決 | 無効2005-80002 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成16ワ26092特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ7366特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成16ワ20601特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成16ワ20636特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ3155特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 公知技術 / 技術的範囲 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 分割出願 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 権原 / 構成要件 / 構成要件充足性 / 差止請求(差止) / 侵害 / 不法行為(民法709条) / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
17年
(ワ)
4581号
特許権侵害差止等請求事件
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原告 ダイワ精工株式会社 同訴訟代理人弁護士 和泉芳郎 同訴訟代理人弁理士 中村誠 同補佐人弁理士 鈴江武彦 同 河野哲 同 幸長保次郎 同 根本恵司 被告 株式会社シマノ 同訴訟代理人弁護士 鎌田邦彦 同訴訟代理人弁理士 小林茂雄 同補佐人弁理士 小野由己男 同 山下託嗣 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2006/02/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告は,別紙被告製品目録記載の電動リールを製造し,販売してはならない。 2 被告は,前項記載の電動リール及びそれらの半製品を廃棄せよ。 3 被告は,原告に対し,金1億7952万円及びこれに対する平成17年3月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
1 争いのない事実等(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 原告は,釣用品の製造販売及び修理等を業とする株式会社である。 被告は,魚釣具及び釣具関連用品の製造,販売等を業とする株式会社である。 (2) 本件特許権 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲請求項1の発明を「本件特許発明」という。なお,本件特許に係る明細書(別紙特許公報参照)を「本件明細書」という。)を有する。 登録番号 第3294820号 発明の名称 魚釣用電動リール 出 願 日 平成3年12月9日 登 録 日 平成14年4月5日 特許請求の範囲 「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設けると共に,前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されていることを特徴とする魚釣用電動リール。」 (3) 構成要件の分説 A リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて, B 前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設けると共に, C 前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている D ことを特徴とする魚釣用電動リール。 (4) 被告の行為 被告は,平成16年4月ころから,別紙被告製品目録記載1の電動リールを,同年5月ころから,同目録記載2の電動リールを,さらに,平成16年11月ころから,同目録記載3及び4の各電動リール(以下,別紙被告製品目録記載1ないし4の電動リールを併せて「被告製品」という。)を製造販売している。 被告製品の構成は,いずれも,別紙被告製品構成目録記載のとおりである。 (5) 構成要件充足性 被告製品は,構成要件Dを充足する。 2 本件は,本件特許権を有する原告が,被告に対し,被告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属し本件特許権を侵害するとして,特許法100条に基づき,被告製品の製造,販売の差止め及び廃棄を請求するとともに,民法709条に基づき,損害賠償を請求する事案である。 3 本件の争点 (1) 構成要件Aの充足性 (2) 構成要件Bの充足性 (3) 構成要件Cの充足性 (4) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか否か ア 進歩性欠如1(乙第2号証に記載された発明等に基づき容易に想到することができたか否か) イ 進歩性欠如2(乙第3号証に記載された発明等に基づき容易に想到することができたか否か) (5) 損害の発生及びその額 |
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争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(構成要件Aの充足性)について 〔原告の主張〕 (1) 構成要件Aの解釈(「モータ出力調節体」の意義) ア 構成要件Aにいう「モータ出力調節体」とは,「モータ出力をほどよくととのえるもの」,「モータ出力をととのえてほどよくするもの」,又は「モータ出力をつりあいのとれるようにするもの」という意味である。 イ 被告の主張に対する反論 被告は,「モータ出力調節体」の「調節」の意味に関して「所望」なる語句を持ち出し,本件特許発明にいう「モータ出力調節体」とは,それを操作することによって操作者が所望する「モータ出力」を得ることができるものを意味すると主張する。 しかしながら,「モータ出力調節体」の意義を解釈するのに,なぜ「所望」なる語句の解釈を持ち出す必要があるのか不明である。 (2) 構成要件Aと被告製品との対比 ア 被告製品のテクニカルレバーは「モータ出力調節体」か (ア) 被告製品のカタログを参照すると,被告製品の「テクニカルレバー」について,「オンオフから変速までアクセル感覚で操作できる」,「オンオフから変速まで操作が自由自在」(甲5,6),「アクセル感覚で巻き上げ速度が自由自在」(甲5,6,17),「オンオフからスピードコントロールまで思いのまま。レバーひとつで簡単に操作できる。」(甲6),「『楽楽モード』のテンション設定を変えることで巻き上げ速度の変速を自在におこなえます。」(甲10。なお,甲9,17にもほぼ同様の記載がある。),「アクセル感覚で巻き上げ速度の調節ができるテクニカルレバー搭載」(甲9,10,17)との記載がある。 以上によれば,被告製品の「テクニカルレバー」は,モータ出力を「ほどよくととのえること。ととのえてほどよくなること。つりあいのとれるようにすること。」が達成できるものであることが認められ,「モータ出力調節体」に当たることは明らかである。 (イ) 被告の主張に対する反論 被告は,テクニカルレバーは釣り糸の巻上げ速度(速度一定モード)や張力(楽々モード)を調整するためのものであるとし,テクニカルレバーの操作によって使用者は所望の「モータ出力」を得ることはできないから,テクニカルレバーは「モータ出力調節体」に当たらないと主張する。 被告製品のカタログ(甲9,10,17)の記載によれば,テクニカルレバーの使用者は巻上げ速度の変速,調節を行うことを意図して,そのテクニカルレバーを操作することは明らかである。 イ 被告製品の速巻きスイッチは「モータ出力調節体」か 速巻きスイッチは,「速巻きON」と「速巻き時のモータのOFF」を切り換えるスイッチであって,「速巻きON」か「速巻き時のモータのOFF」のどちらかに切り換えることしかできない。このように,速巻きスイッチは,実釣時,その実釣の状況に応じて,巻上げ速度を「ほどよくととのえること。ととのえてほどよくなること。つりあいのとれるようにすること。」はできないものである。したがって,速巻きスイッチが「モータ出力調節体」でないことは明らかである。 (3) 被告製品は,別紙被告製品構成目録記載1構成aのとおりの構成を有するから,構成要件Aを充足する。 〔被告の主張〕 (1) 構成要件Aの解釈(「モータ出力調節体」の意義) 「モータ出力調節体」の「調節」とは,本来「ほどよくととのえること。 ととのえてほどよくなること。つりあいのとれるようにすること。」(広辞苑)を意味する用語である。次に,本件明細書には,「本発明は……釣場の状況等に応じてスプール駆動モータを巻上げ停止状態から最大値まで連続的に調整可能にして実釣性の向上を図る……」(3欄13行ないし16行【0005】)と記載され,「本発明によれば,……モータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ速度が停止状態から最大値まで増減できるので,変速操作が簡素化されて釣り場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行える……」(8欄8行ないし12行【0035】)と記載されている。また,「……本実施形態に係る魚釣用電動リールによれば,ハリス強度,対象魚,魚の大小及びヒット数,潮流,波等を考慮し乍ら,モータ出力をリール本体1に装着した一つのレバー39で制御してスプール7の回転数を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減変更することができ……」(5欄50行ないし6欄5行【0022】)と記載されている。 以上によれば,本件特許発明にいう「モータ出力調節体」とは,それを操作することによって操作者が所望する「モータ出力」を得ることができるものを意味すると解される。 (2) 構成要件Aと被告製品との対比 ア 被告製品のテクニカルレバーは「モータ出力調節体」か (ア) 被告製品において,テクニカルレバーは,釣り糸の巻上げ速度(速度一定モード)や張力(楽々モード)を調整するためのものであり,以下のとおり,テクニカルレバーの操作によって,使用者は所望の出力(=定数×回転数×トルク)や回転数を得ることはできず,所望の「モータ出力」を得ることができないから,「モータ出力調節体」に当たらない。 a レバー角度0度ないし14度(ステップ0)においては,モータはオフ状態で作動しない。釣り糸の巻上げ速度は0である。 b レバー角度14度ないし30度(ステップ1ないし4,速度一定モード)においては,釣り糸の巻上げ速度を調整しており,釣り糸の巻上げ速度(モータの回転数に相当)が各ステップにおいて設定された値になるようにモータをフィードバック制御している。もっとも,モータ駆動のための電流は最大4アンペアに設定されているという制限があり,速度一定モードは実釣時に必要とされる速度のごく一部の範囲しか担うことができない。また,モータの出力(=定数×回転数×トルク)は釣り糸にかかる負荷によって変動して定まらず,ステップ(レバー角度)と対応せず,使用者はテクニカルレバーを操作することによって所望の出力(=定数×回転数×トルク)を得ることができない。 c レバー角度30度ないし140度(ステップ5ないし31,「楽々モード」)においては,釣り糸の張力を調整しており,釣り糸の張力(モータのトルクに対応)が各ステップにおいて設定された値(目標張力値)になるように(すなわち目標張力値を保つように)モータをフィードバック制御している。所定のレバー角度に所定の目標張力値が対応しており,使用者はテクニカルレバーの操作によって所望の目標張力を得ることができる。ところが,モータの出力(=定数×回転数×トルク)や回転数は,釣り糸にかかる負荷によって変動して定まらず,出力(=定数×回転数×トルク)や回転数はレバー角度と対応せず,使用者はテクニカルレバーを操作することによって所望の出力(=定数×回転数×トルク)や回転数を得ることができない。 (イ) 原告の主張に対する反論 被告製品のテクニカルレバーによるモータの制御の具体的状況については実際の被告製品によって客観的に明らかにすべきでものである。被告製品のテクニカルレバーによるモータの制御の具体的状況については,市場で被告製品を入手して容易に明らかにすることができるし,取扱説明書(乙14ないし17)にも具体的で詳細な説明がされている。 しかるに,原告は,テクニカルレバーによるモータの制御の具体的状況について,実際の被告製品や取扱説明書を無視して,カタログの断片的な記載から推測して主張するものにすぎず,事実に反している。 イ 速巻きスイッチは「モータ出力調節体」か (ア) 速巻きスイッチは,テクニカルレバーの操作位置にかかわらず,これを押すことによって,テクニカルレバーの操作によって得られるモータの出力(=定数×回転数×トルク)及び回転数よりもさらに高い出力(=定数×回転数×トルク)及び回転数がもたらされ,さらに続けてもう一度押すとモータが停止するものであり,速巻きスイッチの操作により使用者は所望の出力(=定数×回転数×トルク)や回転数を得ることができるから,速巻きスイッチは「モータ出力調節体」に当たる。 以上のとおり,被告製品は構成要件Aを充足するが,それは速巻きスイッチが「モータ出力調節体」に当たるからであり,テクニカルレバーが「モータ出力調節体」に当たるからではない。 (イ) 原告の主張に対する反論 原告は,速巻きスイッチは「速巻きON」と「速巻き時のモータのOFF」とを切り換える,単なる「スイッチ」の1つであり,「スプール駆動モータの出力を調節する」機能を有しないものであるから「モータ出力調節体」に当たらない旨主張する。 しかし,上記(ア)のとおり,速巻きスイッチは,それを操作することで使用者が意図する最大の「モータ出力」をもたらすことができるものであって,テクニカルレバーの操作中に使用者が最大の「モータ出力」を得たいと思えば速巻きスイッチを押すことで最大の「モータ出力」を得ることができ,また,当初から最大の「モータ出力」を得たいと思えば速巻きスイッチを押すことで最大の「モータ出力」を得ることができるのであるから,速巻きスイッチは「モータ出力調節体」にほかならない。 2 争点(2)(構成要件Bの充足性)について 〔原告の主張〕 (1) 構成要件Bの解釈 ア 「単一のモータ出力調節体」の意義 構成要件Bにいう「単一のモータ出力調節体」とは,「スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体」(構成要件A)であって,「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」(構成要件B)ものを意味している。 イ 「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」の意義 (ア) 「モータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」との記載は,本件明細書における【0004】【0005】【0007】【0013】【0015】【0022】【0024】【0035】の各記載をふまえて解釈すると,本件特許発明のモータ出力調節体は,その変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態からそのまま連続的にその最大値まで増減変更できる点に特徴があり,そのような意味として,この「連続的」を解釈することが相当である。 (イ) 被告の主張に対する反論 被告は,本件特許発明のレバーの回転操作角度とモータ出力は,乙第13号証のグラフ3「本件特許レバー角度/「出力」模式図」のように,直線状に単純に比例するとして,レバー角度が増加すればそれに応じて「モータ出力」が増加し,レバー角度が減少すればそれに応じて「モータ出力」が減少するという関係であると主張する。被告は,本件特許発明の構成要件Bにおける「巻上げ停止状態から最大値まで連続的」の「連続的」の語句だけをとらえて,上記のような誤った解釈を行っているものと思料されるが,本件明細書においては,被告が主張するような限定解釈をすべき点については何ら記載されていない。 本件特許発明においては,レバーの回転操作角度とモータ出力との関係は直線的に連続するのではなく,「釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行え」ればよいのである。 ウ 「最大値」の意義 本件明細書の【0007】【0015】【0030】の各記載によると,構成要件Bにおける「最大値」とは,スプールモータの出力の物理的に最大の絶対値を意味するものではなく,あくまでも入力としてのモータ出力調節体の作動量(変位量)と,出力としてのスプールモータの出力との関係の中で,その入力としてのモータ出力調節体の作動(変位)に応じた範囲での,出力としての「最大値」を意味しているものである。 (2) 構成要件Bと被告製品との対比 ア 「単一のモータ出力調節体」について (ア) 被告製品のカタログを参照すると,被告製品のテクニカルレバーについて,「オンオフから変速までアクセル感覚で操作できる」,「オンオフから変速まで操作が自由自在」(甲5,6),「オンオフからスピードコントロールまで思いのまま。レバーひとつで簡単に操作できる。」(甲6)との記載があり,単一のテクニカルレバーで,「オンオフからスピードコントロールまで思いのまま」に,モータ出力を「ほどよくととのえること。ととのえてほどよくなること。つりあいのとれるようにすること。」が達成できるものであるから,被告製品のテクニカルレバーが本件特許発明の「モータ出力調節体」であることは明らかである。そして,そのテクニカルレバーは,構成要件Bの「リール本体に設けた単一のモータ出力調節体」に相当することも明らかである。 (イ) 被告の主張に対する反論 被告は,仮にテクニカルレバーが「モータ出力調節体」に当たるとすれば,被告製品はテクニカルレバーと速巻きスイッチの2つのモータ出力調節体を有することになるから,被告製品のモータ出力調節体は「単一」でなくなると主張する。 しかし,このような主張は,被告の本件特許発明におけるモータ出力調節体の誤認に基づくものであり,理由がない。すなわち,被告は,速巻きスイッチは「モータ出力調節体」に当たるとした上で,上記の主張を行っているものと思料されるが,本件特許発明においては,その構成要件Aの「モータ出力調節体」が「スプール駆動モータの出力を調節する」ものであることが明確に記載されている。これに対して,速巻きスイッチは,まさにその名称のとおり,「速巻きON」と「速巻き時のモータのOFF」とを切り換える,単なるスイッチの1つであり,「スプール駆動モータの出力を調節する」機能を有しないものであり,このような機能を備えた「モータ出力調節体」とは何ら関係のない部材である。したがって,もともと速巻きスイッチは,「スプール駆動モータの出力を調節する」機能を有しないことから「モータ出力調節体」に相当しないのであり,被告の主張は失当である。 イ 「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」について (ア) 被告製品は,モータの駆動及びその停止を切り換えるスイッチを別に設けているわけではなく,モータ出力調節体であるテクニカルレバーで,モータの駆動及び停止を行っている。すなわち,テクニカルレバーの変位操作により,「モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減」しているのであり,被告製品は,本件特許発明の構成要件Bを具備していることは明らかである。 (イ) 被告の主張に対する反論 被告は,被告製品のテクニカルレバーによるモータの制御は,レバーの操作量の増減量に応じて「モータ出力」が増減する関係にはないと主張する。 しかし,被告作成のグラフ及び表(乙13)によれば,テクニカルレバーは,明らかにモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させている。すなわち,上記グラフのうち「グラフ2」を参照すると,縦軸はモータ軸の回転数に相当するスプール回転数である。前述のとおり,モータ出力は(定数×モータ軸回転数×モータ軸トルク)の関係式を構成することから,縦軸のスプール回転数0状態は,モータ出力の巻上げ停止状態である。例えば荷重(負荷)1.0kg重の線図をみると,「ステップ数0」と「ステップ数5」のレバーの回転操作で巻上げ停止状態である0となり,「ステップ数24」の操作で,スプール回転数は,その最大値である約1000rpmとなっている。したがって,テクニカルレバーを,「ステップ数5」から「ステップ数24」へ回転操作することで,モータ回転数を0から増加させており,上記の関係式から,結果として,モータ出力を巻上げ停止状態からそのまま最大値まで連続的に増減させていると理解できる。荷重2.0kg重の線図においても同様である。さらに,乙第13号証の5枚目の「04電動丸1000Hスプール出力/回転数数値表」を参照すれば明らかなように,テクニカルレバーのレバー角度を増加操作すると,スプール出力が増加している。この「スプール出力」は,本件特許発明における「モータ出力」である。 ウ 「最大値」について (ア) 被告製品のテクニカルレバーは,モータ出力を「OFF」から「MAX」まで連続的に増減するものであるから,テクニカルレバーの操作で「最大値」を得ることができる。 (イ) 被告は,被告製品においては,テクニカルレバーの操作では,「モータ出力」の最大値を得ることはできないと主張する。 しかし,速巻きスイッチは本件特許発明の構成要件Aにおける「スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体」に相当せず,さらには,構成要件Bの「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」にも相当しないことは明らかである。被告の主張は,速巻きスイッチが本件特許発明の「モータ出力調節体」に当たるとの誤認に基づくものである。 エ 被告製品は,別紙被告製品構成目録記載の構成b記載の構成を有するところ,そこに記載されているテクニカルレバーは,本件特許発明の構成要件Bの「単一のモータ出力調整体」に相当する。そして,被告製品の「モータ出力を「OFF」から「MAX」まで連続的に増減する」との記載は,本件特許発明の構成要件Bの「モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」に相当する。したがって,被告製品は構成要件Bを充足する。 〔被告の主張〕 (1) 構成要件Bの解釈 ア 「単一のモータ出力調節体」の意義 構成要件Bにおいては,「モータ出力調節体」は「単一」でなければならない。すなわち,本件明細書の発明が解決しようとする課題について,従来技術は「……2つのスイッチ形態によってモータの駆動(停止)および変速を行う構成のため,スイッチ操作が煩雑になってしまう。」(3欄10行ないし12行【0004】),「本発明は上記問題に基づいて案出されたもので,……,スプール駆動モータのスイッチ操作を容易にした魚釣用電動リールを提供することを目的とする。」(3欄13行ないし18行【0005】)と記載され,発明の効果について,「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減できるので,変速操作が簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行える……」(8欄8行ないし12行【0035】)と記載されており,モータ出力調節体が「単一」であることは本件特許発明の技術思想の中心部分の1つである。 イ 「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」の意義 (ア) 本件明細書の課題を解決するための手段や発明の効果に関する記載をみると,「【従来の技術】特開平3-119941号の電動リール」は,「スプール駆動モータの回転速度を低速・中速・高速の3速に選択的に切り換える変速用スライドスイッチを設けたものであり,釣糸の巻上げ速度を3段階に変速可能としている」(2欄9行ないし12行【0002】)としてとりあげ,【発明が解決しようとする課題】で「モータの駆動も低速・中速・高速の3段階しか変速できないため,釣場の状況等に対応した幅広く迅速なモータ出力制御が行えず,実釣性に劣る。」(3欄4行ないし6行【0003】)と欠点を記載した後に,「本発明は上記問題に基づいて案出されたもので,釣場の状況等に応じてスプール駆動モータを巻上げ停止状態から最大値まで連続的に調整可能にして実釣性の向上を図ると共に,……」(3欄13行ないし16行【0005】)と記載し,また,【発明の効果】でも同様に「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減できるので,変速操作が簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行えると共に,……」(8欄8行ないし12行【0035】)と記載し,本件特許発明が段階的な変速をする従来例とは異なり,モータ出力の連続的な調整により実釣性を向上させる点に特徴があることを明言している。したがって,「連続的な変位操作で……連続的に増減させる」とは,従来例のように段階的なものであってはならない。 また,「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体を連続的に変位操作すると,その操作量に応じてスプール駆動モータのモータ出力が増減して,スプールの巻上げ速度が停止状態から最大値まで変化する。……」(3欄31行ないし35行【0007】)と記載され,【発明の効果】には「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減できるので……」(8欄8行ないし11行【0035】)と記載されている。そして,実施例についての記載をみても,「……レバー39の操作量に応じたパルス信号のデューテー比としてモータ17への駆動電流通電時間率を当該制御回路43で可変制御して,モータ17の回転を巻上げ停止状態から最大値(0〜100%)まで連続して増減変更できるようになっている。」(5欄4行ないし9行【0015】)と記載されている。すなわち,本件特許発明は,モータ出力調節体の変位操作量に応じてモータ出力が連続的に増減するものであることが明記されている。また,実施例のメカニズムもレバーの操作量に応じてデューテー比を変動させてモータの回転を連続的に増減させるものである。したがって,本件特許発明にいう「連続的な変位操作で……連続的に増減する」とは,少なくとも,「モータ出力調節体」の停止端からの操作量(レバー角度)の増減に応じて「モータ出力」が増減するという関係,すなわち,レバー角度が増加すればそれに応じて「モータ出力」が増加し,レバー角度が減少すればそれに応じて「モータ出力」が減少するという関係にあり,かつ段階的な増減をしないものを意味すると解すべきである。 (イ) 原告の主張に対する反論 原告は,本件特許発明のレバーの回転角度とモータ出力が直線状に単純に比例すると限定解釈すべき理由はないと主張する。 しかし,被告は必ずしも本件特許発明のモータ出力調節体の変位量とモータ出力の関係が直線状に単純に比例する場合に限定しているわけではない。被告は,前記のとおり,本件特許発明はモータ出力調節体の操作量の増減に応じて「モータ出力」が増減するという関係,すなわち操作量が増加すればそれに応じて「モータ出力」が増加し,操作量が減少すればそれに応じて「モータ出力」が減少するという関係にあると主張しているのである。直線状に単純に比例するのはその典型例であり,乙第13号証のグラフ3は模式図として典型例を取り上げたにすぎない。 また,原告の主張は,要するに,モータ出力調節体の操作によって結果として「モータ出力」の「巻上げ停止状態」と「最大値」がもたらされるならば,「モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」ことになるというものである。 しかし,構成要件Bは「……モータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する……」というものであるから,「連続的な変位操作で……連続的に増減させる」という関係を充足するものでなければならないのであって,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。 ウ 「最大値」の意義 (ア) 構成要件Bは,「……単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設ける……」というものであり,本件特許発明のモータ出力調節体は「モータ出力」を「最大値」まで調節することができるものでなければならない。 (イ) 原告の主張に対する反論 原告は,本件特許発明にいう「最大値」はスプールモータの出力の物理的な最大の絶対値を意味するものではなく,モータ出力調節体の作動(変位)に応じた範囲での,出力としての「最大値」を意味していると主張し,その根拠として本件明細書の記載を引用する。 しかし,本件特許発明にいう「最大値」はモータが出しうる最大値と解するほかない。そのように解するのが自然かつ合理的であるし,本件明細書の記載に照らしても,ほかの意味に解しようがない。原告の引用する箇所(【0007】【0015】【0030】)には,原告の主張する特別な限定条件を直接に記載したものはもちろん,示唆する記載すらない。かえって,「巻上げ停止状態から最大値(0〜100%)」(5欄7行ないし8行【0015】)等の記載からすれば,「最大値」とは,通常の,何の限定もない最大値と解するのが相当である。さらに,原告のいうモータ出力調節体の作動(変位)に応じた範囲での,出力としての「最大値」ということであれば,どのようなモータ出力調節体であれ,そのモータ出力調節体がもたらすその上限値は常に「最大値」ということになり「最大値」という言葉は全く空洞化してしまう。原告の主張は,特許請求の範囲に「最大値」という文言を用いて本件特許発明の技術的範囲を画したにもかかわらず,「最大値」の意味内容を空洞化して特許請求の範囲の記載から実質的に「最大値」という限定をなくそうとするものであり,極めて不当なものである。 (2) 構成要件Bと被告製品との対比 ア 「単一のモータ出力調節体」について (ア) 仮にテクニカルレバーが「モータ出力調節体」に当たるとすれば,被告製品はテクニカルレバーと速巻きスイッチの2つのモータ出力調節体を有することになる。すなわち,被告製品のモータ出力調節体は「単一」でなくなり,被告製品は構成要件Bを満たさない。 (イ) 原告の主張に対する反論 テクニカルレバーの制御状況についての原告の主張は,実際の被告製品に基づかずカタログの断片的な記載から推測するもので,全く理由がない。 イ 「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」について (ア) テクニカルレバーについて テクニカルレバーは,上記のとおり,釣り糸の巻上げ速度(速度一定モード)や張力(楽々モード)を調整するためのものである。しかし,被告製品のテクニカルレバーによるモータの制御は,レバーの操作量の増減量に応じて「モータ出力」が増減するという関係にはない。 すなわち,速度一定モード(ステップ1ないし4)においては,モータの出力(=定数×回転数×トルク)は負荷との関係で変動し,レバーの操作量の増減量に応じてモータの出力(=定数×回転数×トルク)が増減するとは限らない。また,楽々モード(ステップ5ないし31)においては,モータの回転数や出力(=定数×回転数×トルク)は負荷との関係で増減し,レバーの操作量の増減量に応じてモータの回転数や出力(=定数×回転数×トルク)が増減するとは限らない。このように,速度一定モードにおける目標速度値や楽々モードにおける目標張力値は各ステップ毎の段階的増減ながら操作量に応じて増減するようフィードバック制御されているものの,「モータ出力」はレバーの操作量の増減に応じて増減するという関係にはない。次に,実釣時の実効負荷(約1.0ないし2.0kg重)の範囲では,速度モード(ステップ4)から楽々モード(ステップ5)に移る際には,レバー角度の増加とは逆にモータの出力(=定数×回転数×トルク)や回転数が減少する。また,負荷が張力目標値に比べて十分に軽い場合,レバーが最後端になるまで(すなわちレバー角度の上限値になるまでに)テクニカルレバーで出しうるモータの回転数や出力(=定数×回転数×トルク)の上限値に達し,それ以降はレバー角度を増やしてもモータの回転数や出力はそれ以上増えない。このように,被告製品においてテクニカルレバーの操作量に応じて「モータ出力」が増減しないのは,被告製品のテクニカルレバーはそもそも「モータ出力」を調節するものではないからである。 以上のとおり,テクニカルレバーは「連続的な変位操作で……連続的に増減する」ものではなく,被告製品は構成要件Bを充足しない。 (イ) 速巻きスイッチについて また,速巻きスイッチは,これを押すことによって,テクニカルレバーの操作によって得られるモータの出力(=定数×回転数×トルク)や回転数よりもさらに高いモータの出力や回転数がもたらされ,さらに続けてもう一度押すとモータを停止するものであり,「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減」させるものではなく,構成要件Bを満たさない。 (ウ) 原告の主張に対する反論 原告は,被告製品は,モータの駆動及びその停止を切り換えるスイッチを別に設けているわけではなく,モータ出力調節体であるテクニカルレバーで,モータの駆動及び停止を行っていること,テクニカルレバーの変位操作により,「モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減」しているから,本件特許発明の構成要件Bを具備しているとも主張する。 しかし,モータの駆動及びその停止を切り換えるスイッチを別に設けるか否かということは「連続的な変位操作で……連続的に増減させる」とは何ら関係がない。そして,テクニカルレバーで,モータの駆動及び停止を行っているから「モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減」しているという主張自体,まさに「連続的な変位操作で……連続的に増減させる」という文言を全く無視し,「連続的な変位操作で……連続的に増減させる」という文言が特許請求の範囲の記載になかったものとして構成要件Bの充足を論じようとするものである。 また,原告は,被告作成のグラフ及び表(乙13)によれば,テクニカルレバーは,明らかにモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させているとし,「グラフ2」を参照すると,テクニカルレバーを,「ステップ数5」から「ステップ数24」へ回転操作することで,モータ回転数を0から増加させており,結果として,モータ出力を巻上げ停止状態からそのまま最大値まで連続的に増減させていることが理解できる等と主張する。 しかし,乙第13号証の「グラフ2」や「グラフ3」を見れば明らかなように,実釣時の実効負荷である1.0kg重の場合も2.0kg重の場合も速度モード(ステップ4)から楽々モード(ステップ5)に移る際には,レバー角度の増加とは逆にモータの出力(=定数×回転数×トルク)や回転数が減少している(グラフ中の*1)。また,負荷が張力目標値に比べて十分に軽い場合,レバーが最後端になるまで(すなわちレバー角度の上限値になるまでに)テクニカルレバーで出し得るモータの回転数や出力(=定数×回転数×トルク)の上限値に達し,それ以降はレバー角度を増やしてもモータの回転数や出力はそれ以上増えない(グラフ中の*4)。さらに,同じステップにあってもモータの出力(=定数×回転数×トルク)や回転数は負荷との関係で変動して定まらないし(グラフ中の*3),ステップを上げてレバーの操作量を増加させてもモータの出力(=定数×回転数×トルク)や回転数は増加するとは限らずかえって減少する場合もある(グラフ中の*2)。このように,被告製品においてはテクニカルレバーの操作量の増減量に応じて「モータ出力」が増減するという関係にはないから,仮にテクニカルレバーが「モータ出力調節体」に当たるとしても,被告製品は構成要件Bを充足しない。 ウ 「最大値」について (ア) 被告製品においては,モータの出力(=定数×回転数×トルク)の最大値や回転数の最大値を得るには速巻きスイッチを操作しなければならず,テクニカルレバーの操作では,出力(=定数×回転数×トルク)の最大値や回転数の最大値は得ることはできない。したがって,テクニカルレバーの操作では「モータ出力」の最大値を得ることはできず,被告製品は構成要件Bを充足しない。 (イ) 原告の主張に対する反論 原告は,速巻きスイッチは「モータ出力調節体」に当たらないと主張する。 しかし,原告の主張は,そもそもテクニカルレバーが「モータ出力」の「最大値」をもたらしているか否かという点に答えない的外れな反論である。 3 争点(3)(構成要件Cの充足性)について 〔原告の主張〕 (1) 構成要件Cの解釈 ア 「モータ出力調節体」の意義 前記第3の1〔原告の主張〕(1)のとおり。 イ 「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しない」の意義 (ア) 構成要件Cの「再駆動」とは,文字どおり何らの限定はなく,被告が主張するような「意図しない再駆動」の場合に限定されるものではない。 (イ) 被告の主張に対する反論 被告は,モータの停止・再駆動は,本件明細書の記載から,あらゆる停止・再駆動の場合を意味するものではなく,電源コードが外れた場合のように意図しない停止・再駆動を想定していると解釈すべきであると主張する。 しかし,構成要件Cにおいては,「再駆動」と明確に記載されているのであって,「意図しない再駆動」と限定解釈する理由はない。本件明細書の【0007】【0025】【0035】に記載されているような「電源コードが外れる」ことはあくまでも具体例の一つとして記載されているにすぎず,構成要件Cにおける「再駆動」が「意図しない再駆動」に限定して解釈する根拠とは到底なり得ないものである。 (2) 構成要件Cと被告製品との対比 ア 「モータ出力調節体」について 被告製品のテクニカルレバーは,本件特許発明における「モータ出力調節体」に相当する。 イ 「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しない」について (ア) 被告製品は,テクニカルレバーの設定値(ステップ)が1ないし7の範囲でモータ駆動により釣り糸を巻上げ操作している時に,例えばバッテリーからクリップが外れる等でモータ駆動が停止し,その後モータを再駆動する際には,モータ出力調節体であるテクニカルレバーの設定値(ステップ)を,「OFF」の状態に一度戻さないとモータは再駆動しないように設定されている。まさに,被告製品は,本件特許発明の構成要件Cを充足するものである。 (イ) 被告の主張に対する反論 被告は,被告製品の船べり自動停止機能の場合は,電源コードが外れた場合のように意図しない停止・再駆動ではなく,船べり自動停止機能の場合は構成要件Cにおける「再駆動」ではないと主張する。 しかし,被告製品は,船べり自動停止機能によりモータが停止した場合,その停止以降にモータを再駆動する際には,モータ出力調節体であるテクニカルレバーの設定値(ステップ)を,「OFF」の状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されており,まさに,本件特許発明の構成要件Cを充足するものである。 また,被告は,速巻きスイッチを「ON」にして速巻きの状態において電源コードが外れてモータが停止した場合,電源コードを再接続した後にモータを再駆動させるには,速巻きスイッチを押して一度オフに戻すことなく,単にもう一度押すだけでモータは再駆動するから,被告製品は構成要件Cを満たさないと主張している。 しかし,被告製品における速巻きスイッチは,「スプール駆動モータの出力を調節する」機能を有しないことから「モータ出力調節体」に相当しないのであり,速巻きスイッチが「モータ出力調節体」に相当することを前提とした被告の主張が意味のないことは明らかである。 〔被告の主張〕 (1) 構成要件Cの解釈 ア 「モータ出力調節体」の意義 前記第3の1〔被告の主張〕(1)のとおりである。 イ 「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しない」の意義 (ア) 構成要件Cは,モータが再駆動する場合について規定したものであるが,当然ながら,モータが停止することが再駆動の前提となっているから,構成要件Cはモータが停止し再駆動する場合について規定したものということができる。ここで,モータの停止・再駆動は,本件明細書の【0007】【0025】【0035】等の課題を解決するための手段や効果にかかる記載から,あらゆる停止・再駆動の場合を意味するものではなく,電源コードが外れた場合のように意図しない停止・再駆動を想定し,意図しない再駆動を防ぐためのセーフティ機能を設けたものと解される。 (イ) 原告の主張に対する反論 原告は,構成要件Cにおいては,「再駆動」と明確に記載されているのであって,本件明細書の「電源コードが外れる」との記載はあくまで具体例の一つとして記載されているにすぎず,「意図しない再駆動」と限定解釈する根拠とならない旨主張する。 しかし,特許請求の範囲の用語の意義を解釈するにあたっては明細書の記載等を考慮すべきものであり(特許法70条2項),本件明細書の記載に照らせば,「停止・再駆動」は「意図しない停止・再駆動」ないしは「電源コードが外れた場合」とそれに準ずる場合(例えば電動リールにつないでいる船の電源が切れた場合等)に限定して解釈すべきである。 すなわち,まず,「電源コードが外れる」ことは(何ら限定のない)すべての停止・再駆動の場合の一例として挙げられているわけではなく,意図しない停止・再駆動の代表例として挙げられているのであり,原告の主張は失当である。さらに,そもそも構成要件C及びそれにかかわる明細書の記載は,本件特許に関する分割出願前の原明細書(乙1)の「而して,この場合には,電源スイッチをレバー39,スライドレバー65が兼ねることになるので,安全性を考慮して各レバー39,65を一度“0”の位置に戻すと,スプール7の巻上げが開始するようにすることが好ましい。」(【0027】)という記載を根拠として分割時に加えられたものであるが,もし仮に本件特許の分割出願が原明細書の範囲内で行われた適法なものであるとするならば,構成要件Cは「安全性」が問題となる場合,すなわち意図しない停止・再駆動の場合(その典型例が「電源コードが外れた場合」)に限られるはずである。原明細書には,上記のようにわずかな記載(開示)しかなかったのであるから,これを無限定に拡大することは到底許されるものではない。 (2) 構成要件Cと被告製品との対比 ア 「モータ出力調節体」について 構成要件Cの「前記モータ出力調節体」は,「前記」すなわち構成要件Bを満たす「モータ出力調節体」でなければならないが,上記のとおり,速巻きスイッチもテクニカルレバーも構成要件Bを満たす「モータ出力調節体」ではないから,被告製品には「前記モータ出力調節体」はなく,被告製品は構成要件Cを満たさない。 イ 「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しない」について (ア) 船べり自動停止機能の場合 被告製品には船べり自動停止機能がついている。これは釣り糸を無思慮に最後の方まで巻き上げると,道糸と仕掛けを結びつけるサルカン等の結束具が釣竿につけられた釣り糸を挿通案内するためのガイドに衝突してガイドや釣竿を痛めることになりかねないことから,釣り糸の巻上げ長さが所定長さになったときにモータを自動的に停止する機能である。船べり自動停止機能によってモータがソフトウェア的に停止させられた場合は,以降はテクニカルレバーを操作してもモータは回転しない。そして,テクニカルレバーをステップ0の位置まで戻すことによって,テクニカルレバーに対する制御部による無効化命令がリセットされ,その後はテクニカルレバーによる通常の操作が可能になる。しかし,船べり自動停止機能による停止の場合は,釣り糸が所定の長さに巻き上がったことによる予定どおりの停止であり,電源コードが外れた場合のように意図しない停止の場合ではない。特に,被告製品では船べり自動停止する際には,停止する4m手前から2mごとにアラーム音を発するので,釣り人が予期しないときにモータが停止することはない。 したがって,船べり自動停止機能の場合は,電源コードが外れた場合のように意図しない停止・再駆動ではなく,船べり自動停止機能の場合は構成要件Cにおける「再駆動」ではない。 (イ) 電源コードが外れた場合の再駆動 構成要件Cは,「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」という文言から,テクニカルレバーがどんな位置にあってもすべての場合において必ず「調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」ことが必要であると解される。しかし,被告製品では,電源コードが外れてモータが停止した場合,テクニカルレバーがステップ8ないし31にあるときは,テクニカルレバーを,手前側に7ステップ戻せば,巻上げ停止状態の出力ゼロ状態に戻さなくともモータが再駆動する。したがって,テクニカルレバーが設定値(ステップ)8ないし30にある場合に巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さなくともモータが再駆動する以上,被告製品は構成要件Cを充足しない。 また,構成要件Cは,前記のとおり,安全性のために設けられたものであるが,安全性のためであればテクニカルレバーがどんな位置にあってもすべての場合において「調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」ことが必要である。したがって,この点からも被告製品は構成要件Cを充足しない。 (ウ) 速巻きスイッチは「その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しない」を満たさないことについて 速巻きスイッチをONにして速巻きの状態において電源コードが外れてモータが停止した場合,電源コードを再接続した後にモータを再駆動させるには,速巻きスイッチを押して一度OFFに戻すことなく,単にもう一度押すだけでモータは再駆動する。したがって,被告製品は構成要件Cを満たさない。 4 争点(4)ア(進歩性欠如1)について 〔被告の主張〕 本件特許発明は,その出願前に頒布された刊行物である特開平3-119941号の公開特許公報(乙2。以下,乙2に記載された発明を「引用例発明1」という。),フランス特許第1525043号の明細書(乙4),特開昭64-16216号の公開特許公報(乙5),特公平1-13314号の特許公報(乙6),実公昭30-15340号の実用新案公報(乙7),特開昭60-120932号の公開特許公報(乙8)及び実公昭44-12535号の実用新案公報(乙10)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (1) 引用例発明1の内容 引用例発明1には,「リール本体(2)に回転可能に支持されたスプール(1)を巻取り駆動するスプール駆動モータ(M)を備え,該スプール駆動モータ(M)のモータ出力を調節するモータ出力調節体(11)を前記リール本体(2)に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記リール本体(2)に設けた単一のモータ出力調節体の段階的な変位操作でモータ出力を段階的に増減する制御装置(100)が設けられていることを特徴とする魚釣用電動リール。」の発明が記載されていることになる。 (2) 本件特許発明と引用例発明1との対比 本件特許発明と引用例発明1とを対比すると,両者は,「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の変位操作でモータ出力を増減させるモータ出力調節手段を設けた,魚釣用電動リール。」である点で一致する。 両者は次の点で相違する。 ア 引用例発明1においては,モータ出力調節体は段階的に変位操作され,その変位操作でモータ出力調節手段はモータ出力を段階的に増減させるのに対して,本件特許発明においては,モータ出力調節体は連続的に変位操作され,その変位操作でモータ出力調節手段はモータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるものである点(以下「相違点1」という。)。 イ 本件特許発明では,モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されているが,引用例発明1では,そのような構成を有していない点(以下「相違点2」という。)。 (3) 相違点1について 乙第4号証には,釣り糸巻上げ用の電気モータの出力を調節するための連続的変位操作可能な操作部材(モータ出力調節体)を設けるとともに,この操作部材の変位操作で,前記モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させる絶縁スタッド及び可変抵抗器からなるモータ出力調節手段を設ける点が記載されている。そうすると,引用例発明1の段階的な変位操作を行うモータ出力調節体(スライド部材)に代えて乙第4号証の連続的な変位操作を行う操作部材を用い,また,引用例発明1のモータ出力を段階的に増減させるモータ出力調節手段(制御装置)に代えて,乙第4号証の操作部材の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるモータ出力調節手段を用いることにより,本件特許発明のように構成することは当業者にとって容易に想到することができたものである。 なお,乙第4号証のリールは,本件特許発明のようにスプールを回転することにより釣り糸を巻き上げる形式の両軸受リールではなく,固定スプールにピックアップを回転させることにより釣り糸を巻き上げる形式の固定スプール魚釣用リール(スピニングリール)であるが,両電動リールとも,モータにより釣り糸を巻き上げるものであり,その巻上げ速度を,モータ出力調節体及びモータ出力調節手段によって調節している点で共通しているものであり,引用例発明1に,乙第4号証の技術を転用することに何ら困難はない。また,釣り糸巻上げ速度を調整するための同一のモータ出力調節機構を,スピニングリール及び両軸受リールに適用することも従来から一般的に知られているものである。例えば,乙第8号証には,「糸巻き回転部材の回転軸部材に駆動モーターを連結して釣糸を巻き上げ,ハンドルで回転される制御円板に検出素子を臨ませて該検出素子の検出信号で上記駆動モーターの回転速度を制御したことを特徴とする魚釣用電動リール」の発明について記載されており,その第1実施例としてスピニングリールに適用した例,第2実施例として両軸受型リールに適用した例が記載され,さらに「又上記説明では魚釣用リールをスピニングリールと両軸受型リールで述べたが,他の形式のリールに実施してもよい」(183頁左下欄12ないし14行),「図面は本発明の実施例が示され,第1図は魚釣用電動リールが魚釣用スピニングリールで構成された側面図,……第4図は魚釣用電動リールが魚釣用両軸受型リールで構成された要部断面平面図である」(183頁右下欄7ないし13行)等と説明されており,同一の釣り糸巻上げ速度を調整するためのモータ出力調節機構を,スピニングリールと両軸受型リールの双方に適用できることが一般的に知られていたものである。 (4) 相違点2について 乙第5号証には,概略,従来技術として,魚釣用電動リールにおいて,「一度ブレーカ又はリレーが作動すると,電源スイッチをオフし,再度オン操作しない限りモータを再起動することができ」(68頁左上欄第3行ないし5行)ないようにした構成が記載されている。ここで,本件特許発明は「単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減する」ものであるから,本件特許発明のモータ出力調節体は,乙第5号証の従来技術にいうところの電源スイッチを兼ねているとみることができる。そうすると,相違点2に関する構成は,乙第5号証に記載されている。 ところで,駆動体が何らかの異常によって停止した場合,再駆動時には一度0度(OFF)にしないと駆動が再開されないようにセーフティ機能を設けることは,従来からごく一般的に用いられている技術常識(周知技術)である(乙6,7,10)。そうすると,引用例発明1の魚釣用電動リールにおいて,上記技術常識(周知技術)を適用して,本件特許発明のように構成することは当業者にとって容易に想到することができたものである。 (5) 以上のとおり,本件特許発明は,特許法29条2項の規定に違反し,無効理由を有するから(特許法123条1項2号),同法104条の3により権利行使が制限されるというべきである。 〔原告の主張〕 (1) 引用例発明1の内容 引用例発明1には,「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記リール本体に設けた高・中・低の3速に選択的に切り換える変速用スライドスイッチのスライド操作で,モータ出力を増減するモータ出力調節手段を設けた魚釣用電動リール」に関する発明が開示されている。 (2) 本件特許発明と引用例発明1との対比 本件特許発明と引用例発明1とを対比すると,引用例発明1における「変速用スライドスイッチ」は,本件特許発明における「モータ出力調節体」に相当するから,両者は,「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記リール本体に設けたモータ出力調節体の操作でモータ出力を増減するモータ出力調節手段を設けた魚釣用電動リール」である点で一致する。 両者は,次の2点で相違する。 ア 本件特許発明においては,「リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設ける」との構成を有しているのに対し,引用例発明1においては,リール本体に設けた高・中・低の3速に選択的に切り換える変速用スライドスイッチのスライド操作で,モータ出力を増減するモータ出力調節手段を設けた点(以下「相違点1’」という。)。 イ 本件特許発明においては,そのモータ出力調節体が,「その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」との構成を有しているのに対し,引用例発明1においては,その高・中・低の3速に選択的に切り換える変速用スライドスイッチはそのような構成を有していない点(以下「相違点2’」という。)。 (3) 相違点1’について 乙第4号証及び乙第8号証には,相違点1’に係る技術事項については何ら記載されていない上,それを示唆する記載すらない。 すなわち,乙第4号証に記載された発明は,本件特許発明におけるようなスプールが回転するいわゆる両軸受型リールではなく,スプールが固定されてロータが回転するいわゆるスピニングリールに関するものである。このようなスピニングリールでは,手動ハンドルの内方に釣り糸巻取り時に高速で回転するロータが存在し,手動ハンドル内方の,高速で回転するロータ近傍に手指を近づけることは大変危険であるため,ロータが回転中に該箇所に手指が接近することがないように,操作部材を配置しない等設計上も危険を回避するように特別に配慮することが,当業者の技術常識である。したがって,乙第4号証に記載された電動スピニングリールの操作部材の構成を,引用例発明1の両軸受型電動リールにそのまま適用することはできない。 さらに,乙第8号証では,モータによる自動運転はできず,手動ハンドルを回すことによって,その手動ハンドルの回転を検出して駆動モータの回転速度を制御できる技術が開示されているにすぎない。手動ハンドルを回すという態様が,スピニングリールでも両軸受型リールでも共通であることから,乙第8号証に開示されている技術においては「他の形式のリールに実施しても良い。」と記載しているにすぎないのである。この記載があることをもってして,一般のモータ出力調節技術のすべてのものが,他の形式のリールに転用可能とすることはできない。 (4) 相違点2’について 乙第5号証においては,単に,電源スイッチであるモータON/OFF用スイッチを押すとの開示がされているにすぎず,本件特許発明の「モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」との構成については何ら記載されておらず,それを示唆する記載すらない。また,乙第6号証,乙第7号証,乙第10号証においては,本件特許発明におけるような,「前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設け」ているモータ出力調節体に係る技術的開示はないばかりか,その具体的構成である,「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」との構成については何ら記載されておらず,それを示唆する記載すらない。 本件特許発明の「モータ出力調節体」は,乙第5号証ないし乙第7号証,乙第10号証に記載されているような,単に電源をON/OFFする「電源スイッチ」ではない。本件特許発明のモータ出力調節体において,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻すということは,単に電源スイッチをOFFにすることをいうのではなく,次にモータを再駆動させるときには,モータ出力をゼロからスタートして所定値まで連続的に増減調節できること,駆動停止時のモータ出力調節体の調節位置に対応するモータ出力で誤ってモータが駆動することがないこと,すなわち,釣り糸の巻上げ速度の急激な変化や高速度での巻上げ始動などの実釣時の問題点を効率的に回避させ,停止位置から急回転させることなく,かつスムーズに速度を増減させることができることをも同時に意味するものである。この点は,本件特許発明のモータ出力調節体とモータ出力調節手段の構成をみれば明らかである。 (5) 被告の主張に対する反論 ア 相違点2の判断の誤り 被告は,本件特許発明の「モータ出力調節体」は,乙第5号証の従来技術にいうところの電源スイッチを兼ねているとみることができると主張する。 しかし,乙第5号証においては,一度ブレーカ又はリレーが作動して電源スイッチがOFFとされた後,再起動する際,単に電源スイッチであるモータON/OFF用スイッチを押すとの開示がされているだけにすぎず,再起動に際して,「電源スイッチをOFFし,再度ON操作しない限りモータを再起動することができない」との構成を採用しているわけではない。乙第5号証に記載の技術事項は,魚釣用電動リールにおいて,モータ温度が設定温度以上になると,モータへの通電が自動的に停止され,モータON/OFF用スイッチを押せば,モータを再起動することができるというものであり,魚釣用電動リールの操作者が「電源スイッチ」をOFFにする操作を行っていないことを前提とするものである。 また,被告は,相違点2に関する構成は乙第5号証に記載されているとも主張する。 しかし,前記のとおり,乙第5号証においては,本件特許発明の「モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」との構成については何ら記載されておらず,それを示唆する記載すらない。 さらに,被告は,駆動体が何らかの異常によって停止した場合,再駆動時には一度0度(OFF)にしないと駆動が再開されないようにセーフティ機能を設けることは,従来から一般的に用いられている技術常識(周知技術)であると主張する。 しかし,本件特許発明においては,その請求項に明確に記載されているように,「リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を」との構成を有するものである。単に,「リール本体に設けた高・中・低の3速に選択的に切り換える変速用スライドスイッチのスライド操作で,モータ出力を増減するモータ出力調節手段」が開示されているにすぎない引用例発明1の「モータ出力調節体及びモータ出力調節手段」に対し,前記のような開示がされているだけにすぎない乙第6号証,乙第7号証及び乙第10号証に記載のものを,本件特許発明におけるように,どのように構成すると論理付けるのか不明である。 イ 動機付けの欠如による進歩性の判断の誤り 本件特許発明は,本件明細書の【0003】【0004】に記載されているように,引用例発明1におけるような従来技術が有する問題をもとに,【0005】に記載されているような課題に対する認識のもとに,請求項に記載された構成を全体として有する発明としてされたものであり,その構成により,【0007】に記載されているような作用,そして,【0035】に記載されているような効果を奏するものである。本件特許発明は,「前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設けると共に,前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」との技術事項を全体として備えたことを必須の構成要件とする発明に係り,その結果,上記の作用効果を奏する点に特徴があるものである。 これに対して,引用例発明1は,上記のとおり,本件特許発明の明細書において,まさに欠点のある従来例として記載されているものであり,当然に本件特許発明の課題に対する認識は何ら存在していない。 乙第4号証は,スプールが固定され外部に露出したロータが高速で回転する,いわゆるスピニングリールに関するものであり,本件特許発明とはリールの型式が違うものである。スピニングリールは,手動ハンドルの内方に釣り糸巻取り時に高速で回転するロータが存在し,手動ハンドル内方の,高速で回転するロータ近傍に手指を近づけることは大変危険であるため,ロータが回転中に当該箇所に手指が接近することがないように,操作部材を配置しない等設計上も危険を回避するように特別に配慮することが当業者の技術常識である。 また,乙第8号証は,手動ハンドルの回転操作によってのみしか駆動モータを回転駆動することはできず,モータによる自動運転はできず,本件特許発明の課題に対しての動機付けの認識や示唆が全くない。乙第8号証の公報にスピニングリールと両軸受型リールの双方の記載があるからといって,本件特許発明が容易に想到し得るとすることはできない。 さらに,前記のように,乙第5号証,乙第6号証及び乙第8号証は,いずれも,本件特許発明におけるようなモータ出力調節体に係るものではなく,その具体的構成である「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」との構成については,何ら記載されておらず,本件特許発明の上記の課題に対する認識は何らない。公知技術として引用されている7件のすべての引用例において,本件特許発明の上記の課題に対する認識はないことから,それら7件もの引用例を用いて行う論理付けにおいて,それぞれを組み合わせる動機付けとなるものは何ら存在しないこととなり,被告の進歩性の欠如の主張は,理由がない。 ウ 顕著な作用効果の誤認,看過による進歩性の判断の誤り 本件特許発明は,上記のとおり,引用例発明1におけるような従来技術が有する欠点に対する課題認識(【発明が解決しようとする課題】【0003】ないし【0005】)をもとに,請求項に記載された構成を全体として有する発明としてされたものである。そして,その構成により,本件明細書に記載された作用(【0007】)を有し,そして,【0035】に記載された格別顕著な効果を奏するものである。 このような効果は,被告が引用した7件もの引用例においては,何ら記載されておらず,その示唆すらもされていないものであり,被告の主張は,このような格別顕著な作用効果を誤認,看過した結果,進歩性の判断を誤ったものであり,理由がない。 エ 以上のとおり,本件特許発明は,引用例発明1及び乙第4ないし第8号証及び乙第10号証により無効とすべき事由は存在しない。 5 争点(4)イ(進歩性欠如2)について 〔被告の主張〕 本件特許発明は,その出願前に頒布された刊行物である特開昭50-142387号の公開特許公報(乙3。以下,乙3に記載された発明を「引用例発明2」という。),乙第4号証ないし乙第8号証及び乙第10号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (1) 引用例発明2の内容 引用例発明2には,「リール本体(A)に回転可能に支持されたスプール(1)を巻取り駆動するスプール駆動モータ(5)を備え,該スプール駆動モータ(5)の出力を調節するモータ出力調節体(17)を前記リール本体(A)に設けた魚釣用電動リールにおいて,リール本体(A)に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を最小値から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設けた,魚釣用電動リール。」の発明が記載されていることになる。 (2) 本件特許発明と引用例発明2との対比 本件特許発明と引用例発明2とを対比すると,両者は,「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を最小値から最大値まで連続的に増減させるモータ出力調節手段を設けた,魚釣用電動リール。」である点で一致している。 両者は次の2点で相違する。 ア 引用例発明2においては,モータ出力調節手段はモータ出力を最小値から最大値まで連続的に増減させるものであるのに対して,本件特許発明では,モータ出力は巻上げ停止状態から最大値までである点(以下「相違点3」という。)。 イ 本件特許発明では,モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されているが,引用例発明2では,そのような構成を有していない点(以下「相違点4」という。)。 (3) 相違点3について 魚釣用電動リールにおいて,モータ出力調節体の変位操作で釣り糸巻上げ用駆動モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるモータ出力調節手段を設けることは,乙第4号証に記載されているので,引用例発明2のモータ出力調節手段をして本件特許発明のようにモータ出力調節体の連続的な変位操作でスプール駆動モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるモータ出力調節手段とすることは当業者が容易に想到することができたものである。なお,乙第4号証のリールは,本件特許発明のスプールを回転することにより釣り糸を巻き上げる形式の両軸受リールではなく,固定スプールにピックアップを回転させることにより釣り糸を巻き上げる形式のスピニングリールであるが,両電動リールとも,モータにより釣り糸を巻き上げるものであり,その巻上げ速度を,モータ出力調節体及びモータ出力調節手段によって調節している点で共通しているものであり,引用例発明2に,乙第4号証の技術を適用することに何ら困難はない。 (4) 相違点4について 上記のとおり,相違点2について,乙第5号証ないし第8号証及び乙第10号証に記載されているようなセーフティ機能を採用して,本件特許発明のように構成することは当業者にとって容易に想到することができたものである。 (5) 以上のとおり,本件特許発明は,特許法29条2項の規定に違反し,無効理由を有するから(特許法123条1項2号),同法104条の3により権利行使が制限されるというべきである。 〔原告の主張〕 (1) 引用例発明2の内容 引用例発明2には,「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するツマミを駆動モータの端部の可変抵抗器に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記駆動モータの端部の可変抵抗器に設けたツマミの連続的な変位操作でモータ出力を増減するモータ出力調節手段を設けた魚釣用電動リール」に関する発明が開示されているものと認められる。 (2) 本件特許発明と引用例発明2との対比 本件特許発明と引用例発明2とを対比すると,引用例発明2における「ツマミ」は,本件特許発明における「モータ出力調節体」に相当するから,両者は,「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を設けた魚釣用電動リールにおいて,モータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を増減するモータ出力調節手段を設けた魚釣用電動リール」である点で一致する。 両者は,次の2点で相違する。 ア 本件特許発明においては,「リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設ける」との構成を有しているのに対し,引用例発明2においては,前記駆動モータの端部の可変抵抗器に設けたツマミの連続的な変位操作でモータ出力を増減するモータ出力調節手段を設けた点(以下「相違点3’」という。)。 イ 本件特許発明においては,そのモータ出力調節体が,「その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」との構成を有しているのに対し,引用例発明2においては,そのツマミはそのような構成を有していない点(以下「相違点4’」という。)。 (3) 相違点3’について 乙第4号証及び乙第8号証には,前記駆動モータの端部の可変抵抗器に設けたツマミの連続的な変位操作でモータ出力を増減するモータ出力調節手段に代えて,「リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設ける」との技術事項については何ら記載されておらず,それを示唆する記載すらない。 さらに,前記4〔原告の主張〕(3)で検討した内容が,相違点3’においてもそのまま適用できる。 そして,本件特許発明は,このような構成を備えることにより,上記各引用例においては奏し得ない,格別顕著な作用効果が期待できるものである。 (4) 相違点4’について 前記4〔原告の主張〕(4)と同様である。 (5) 前記4〔原告の主張〕(5)と同様に,本件特許発明は,引用例発明2及び乙第4ないし第8号証及び乙第10号証により無効とすべき事由は存在しない。 6 争点(5)(損害の発生及びその額)について 〔原告の主張〕 (1) 被告は,前記第2の1(4)のとおり,平成16年ころから順次被告製品を製造販売しており,その売上額は,平成16年4月から同年12月までで5億9840万円を下らない。 (2) 業界における同種の製品における利益率から判断して,被告製品の製造販売における1台当たりの利益率は,販売価格の30%を下回ることはない。 (3) したがって,被告が上記期間に被告製品を製造販売したことによって得た利益は,少なくとも1億7952万円である。 〔被告の主張〕 否認ないし争う。 |
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争点に対する判断
1 争点(2)(構成要件Bの充足性)について (1) 本件特許発明の内容 本件特許発明の特許請求の範囲は,前記第2の1(2)のとおりであり,本件明細書には発明の詳細な説明として,以下の記載がある(甲2)。 ア 発明の属する技術分野(1欄15行ないし2欄2行【0001】) 「本発明は,リール本体に回転可能に支持したスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備えた魚釣用電動リールに関する。」 イ 従来の技術(2欄4行ないし12行【0002】) 「釣場の状況に対応できるように,魚釣用電動リールには,特開平3-119941号に見られるように,スプールを回転させるスプール駆動モータの回転速度を調節する変速装置が設けられている。これは,リール本体の上面に,駆動モータの電源をON/OFFするメインスイッチとは別に,スプール駆動モータの回転速度を低速・中速・高速の3速に選択的に切り換える変速用スライドスイッチを設けたものであり,釣糸の巻上げ速度を3段階に変速可能としている。」 ウ 発明が解決しようとする課題 「しかし,上記電動リールは,スライドスイッチをリール本体の上面に沿って前後方向にスライドさせて,低速・中速・高速に変速する構成のため,巻取り時の変速操作時に,リール本体から手の指がずれやすくて安定せず,容易に変速操作が行えない。また,モータの駆動も低速・中速・高速の3段階しか変速できないため,釣場の状況等に対応した幅広く迅速なモータ出力制御が行えず,実釣性に劣る。」(2欄14行ないし3欄6行【0003】) 「さらに,メインスイッチをON操作した後に,回転しているモータを,スライドスイッチを前後方向にスライドさせて低速・中速・高速の3段階にモータ出力を制御する,というように,2つのスイッチ形態によってモータの駆動(停止)および変速を行う構成のため,スイッチ操作が煩雑になってしまう。」(3欄7行ないし12行【0004】)。 「本発明は上記問題に基づいて案出されたもので,釣場の状況等に応じてスプール駆動モータを巻上げ停止状態から最大値まで連続的に調整可能にして実釣性の向上を図ると共に,スプール駆動モータのスイッチ操作を容易にした魚釣用電動リールを提供することを目的とする。」(3欄13行ないし18行【0005】) エ 課題を解決するための手段(3欄31行ないし39行【0007】) 「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体を連続的に変位操作すると,その操作量に応じスプール駆動モータのモータ出力が連続的に増減して,スプールの巻上げ速度が巻上げ停止状態から最大値まで変化する。 そして,そのようなモータ出力調節体は,電源コードが外れる等,モータを再駆動する必要が生じた場合,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないと,モータの再駆動ができないようになっている。」 オ 発明の効果(8欄8行ないし19行【0035】) 「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減できるので,変速操作が簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行えると共に,前記モータ出力調節体の位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを駆動しないように設定しているので,電源コード接続時等にモータ出力調節体の任意の変速位置に対応する出力で誤ってモータが駆動されるようなことが無くなり,再駆動時等において,慌ててスイッチ操作を行うことも無くなり,トラブルを防止できる。」 (2) 「単一のモータ出力調節体」の意義 ア 「モータ出力」について 特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められ(特許法70条1項),特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載及び図面の記載を考慮して解釈する(同条2項)。本件明細書には,「モータ出力」に関する特別な説明や定義が存在しないから,当業者が理解する一般的な意味として解釈すべきである。 谷腰欣司著「新時代のメカトロニクスを拓く 小型モーターのしくみ」(甲22),見城尚志・永守重信著「メカトロニクスのためのDCサーボモータ」(甲23)によれば,次の事実が認められる。 (ア) モーターに関して用いられるトルク(Torque)という用語は,「回転力」という意味であるが,モータの出力パワーに直接関係があり,これが大きいほど(同じ回転数のモータであれば)その出力パワーも大きくなる。 (イ) トルク(T)はg・cm又はkg・mなどの単位を用いることが多い。 (ウ) モータでは角速度ωの代わりに回転数という表現が多用されるが,これはモータが1分間に回転する数を表わし,一般にN〔rpm〕と表記される。 (エ) モーターの出力は機械的エネルギーであるが,これはモーターの回転数と負荷トルクで表され,出力P〔W〕は,モーターの出力式として, P〔W〕=1.027・N〔rpm〕・T〔g・cm〕×10-5……@式 また@式はP〔W〕=1.027・N〔rpm〕・T〔kg・m〕……A式 という関係式で表わす。 (オ) このモータ出力は,入力としてのモータへの印加電圧により決定される,いわゆる「T-Nカーブ」によって得られる回転数(N)とトルク(T)の値の組合せとして認定することができ,モータに加える電圧を定めると,その電圧によって駆動されるモータの基本特性としての,回転数とトルクの関係を示す「T-Nカーブ」が決まり,加える電圧を増大すると,それによって得られる「T-Nカーブ」はそのグラフにおいて右上方向に平行移動する。よって,一定トルクの条件下において,加える電圧を増大すると,その回転数は増加する。 したがって,一般的に,「モータ出力」とは,「定数×回転数×トルク」という関係式で表わされるものと理解される。 イ 「モータ出力調節体」について 「調節」の一般的な意味は,「ほどよくととのえること。ととのえてほどよくなること。つりあいのとれるようにすること」(広辞苑第5版1744頁)であるから,構成要件Bの「モータ出力調節体」とは,「モータ出力をほどよくととのえるもの」,「モータ出力をととのえてほどよくするもの」,又は「モータ出力をつりあいのとれるようにするもの」という程度の意味と解される。 構成要件Bの「モータ出力調節体」は,特許請求の範囲に「前記リール本体に設けた……モータ出力調節体」と記載されていることから,「リール本体に設けた」ものであり,かつ,構成要件Aに記載されているとおり,「スプール駆動モータの出力を調節する」ものでなければならない。 ウ 「単一の」の意義 本件明細書には,従来技術は「……2つのスイッチ形態によってモータの駆動(停止)および変速を行う構成のため,スイッチ操作が煩雑になってしまう。」(3欄10行ないし12行【0004】),「本発明は上記問題に基づいて案出されたもので,……,スプール駆動モータのスイッチ操作を容易にした魚釣用電動リールを提供することを目的とする。」(3欄13行ないし18行【0005】)と記載され,発明の効果として「本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減できるので,変速操作が簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行える……」(8欄8行ないし12行【0035】)と記載されている(甲2)。 そうすると,「単一の」モータ出力調節体とは,スイッチ操作の煩雑を避け,変速操作を容易にするために,スイッチ操作を簡素化して,1個の魚釣用電動リールにおいてはモータ出力調節体をただ一つとするという意味に解するのが相当である。 エ 小括 以上によれば,本件特許発明における「単一のモータ出力調節体」とは,リール本体に設けられ,スプール駆動モータの出力をほどよくととのえるものがただ一つあることを意味するものである。 (3) 被告製品の「単一のモータ出力調節体」の充足性 ア 被告製品には,別紙被告製品構成目録のとおり,レバーの回転操作で「速度一定モード」と「楽々モード」を調整するテクニカルレバーと,モータの出力及び回転数をもたらす速巻きのONと速巻き時のモータのOFFを切り換える速巻きスイッチとが設けられている。 イ テクニカルレバーについて (ア) テクニカルレバーは,レバー形態の調節装置であって,ハンドル軸の前方かつ上方に位置する軸の回りに所定角度範囲にわたって回転操作可能に設けられているもので,レバー角度0度から約140度の範囲で回転操作される。そして,その範囲で設定値(ステップ)0から設定値(ステップ)30までの31段階に分けられる。すなわち,設定値(ステップ)0(レバー角度0度ないし約14度)の領域は,モータ出力がOFF状態である。設定値(ステップ)1ないし4(「速度一定モード」,レバー角度約14度ないし約30度)の範囲では,釣り糸の巻上げ速度(スプール回転数に相当)が各設定値(ステップ)において設定された値になるようにモータをフィードバック制御している。設定値(ステップ)5以降(レバー角度約30度ないし約140度)の範囲では,「楽々モード」のテンション設定値を変えることでモータを制御し,レバーを前方へ回転操作することによって,「OFF」から「MAX」まで増減させることができる(別紙被告製品構成目録の構成b)。 以上によれば,被告製品のテクニカルレバーは,「定数×回転数×トルク」という関係式で表わされるモータ出力をほどよくととのえるものということができ,リール本体に設けられ,スプール駆動モータの出力を調整するものであるから,構成要件Bの「モータ出力調節体」に当たるというべきである。 (イ) この点,被告は,レバーの操作量の増減量に応じてモータの回転数や出力(=定数×回転数×トルク)が増減するとは限らないことを理由に,テクニカルレバーはそもそも「モータ出力」を調節するものではない旨主張する(前記第3の2〔被告の主張〕(2)イ(ア))。 しかしながら,被告社員の技術説明書(乙13)の「(グラフ2)04電動丸1000Hレバー角度/スプール回転数」にあるとおり,例えば荷重(負荷)1.0kg重の線図をみると,テクニカルレバーを回転操作した場合,「ステップ数0」から「ステップ数5」のレバーの回転操作でモータ回転数は0のままであるが,「ステップ数5」から「ステップ数24」へ回転操作することで,モータ回転数は徐々に増加し,モータ出力に関する前記関係式から,結果として,モータ出力を巻上げ停止状態から徐々に増減させていることが認められる。この点は,荷重2.0kg重の線図においても同様である。また,上記技術説明書(乙13)の「04電動丸1000Hスプール出力/回転数数値表」によれば,テクニカルレバーのレバー角度を増加操作すると,スプール出力が増加していることが認められる。そして,テクニカルレバーの速度一定モードや楽々モードにおいて,モータの回転数や出力(=定数×回転数×トルク)は負荷との関係で増減することがあったとしても,それらが負荷との関係で増減するのは,釣具としての電動リールである以上当然のことであり,負荷が一定であれば,テクニカルレバーにおいても,上記のとおり,レバーの操作量の増減量に応じてモータの回転数や出力(=定数×回転数×トルク)が増減するのであるから,レバーの操作量の増減量に応じてモータの出力(=定数×回転数×トルク)が増減するとは限らないことを理由として,テクニカルレバーが「モータ出力調節体」に該当しないとの被告の主張は理由がない。 ウ 速巻きスイッチについて (ア) 速巻きスイッチは,リール本体上面の操作パネル上の右側において,円形の操作面を垂直方向に押すという操作をする押釦形態で,速巻きのONと速巻き時のモータのOFFを切り換えるスイッチとして設けられている。速巻きスイッチを押すことによって,テクニカルレバーによって得られるモータの出力及び回転数よりさらに高いモータの出力及び回転数が得られる。また,その状態からさらに速巻きスイッチを押すと,モータはOFF状態となる(別紙被告製品構成目録の構成b)。そして,証拠(乙14ないし17,検甲1ないし4)によれば,被告製品の速巻きスイッチは,押すことによって,スプール駆動モータの回転若しくは出力を停止させるか,最大値にするものであって,速巻きスイッチをONにすると,そのときのテクニカルレバーの位置によらず,スプール駆動モータの最大値のモータ出力を得ることができ,また,その後に,速巻きスイッチをOFFにすると,そのときのテクニカルレバーの位置によらず,スプール駆動モータを停止することができる。 したがって,被告製品の速巻きスイッチも,また,「定数×回転数×トルク」という関係式で表わされるモータ出力をほどよくととのえるものということができ,リール本体に設けられ,スプール駆動モータの出力を調整するものであるから,構成要件Bの「モータ出力調節体」に当たるというべきである。 (イ) この点,原告は,速巻きスイッチは,まさにその名称のとおり,単なるスイッチの1つであり,「スプール駆動モータの出力を調節する」機能を有しないものであり,このような機能を備えた「モータ出力調節体」とは何ら関係のない部材であると主張する(前記第3の2〔原告の主張〕(2)ア(イ))。 確かに,速巻きスイッチは,単体としては,スプール駆動モータの出力を停止するか最大値とするかの二者択一のスイッチである。しかしながら,上記のとおり,速巻きスイッチをONにすると,そのときのテクニカルレバーの位置によらず,スプール駆動モータの最大値のモータ出力を得ることができ,また,その後に,速巻きスイッチをOFFにすると,そのときのテクニカルレバーの位置によらず,スプール駆動モータを停止することができるのであるから,テクニカルレバーとあいまって,スプール駆動モータの出力を「ととのえてほどよくするもの」ということができるから,速巻きスイッチが「スプール駆動モータの出力を調節する」機能を有しないという原告の主張は理由がない。 エ 以上によれば,被告製品においては,「リール本体に設け」られ,「スプール駆動モータの出力を調節する」「モータ出力調節体」は,テクニカルレバーと速巻きスイッチであって,「モータ出力調節体」が2つが存在することになる。 したがって,被告製品は,構成要件Bの「単一のモータ出力調節体」を充足しない。 (4) 「変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段」の意義 ア 構成要件Bにいう「モータ出力」の「最大値」について,本件明細書には,「……レバー39の操作量に応じたパルス信号のデューテー比としてモータ17への駆動電流通電時間率を当該制御回路43で可変制御して,モータ17の回転を巻上げ停止状態から最大値(0〜100%)まで連続して増減変更できるようになっている。」(5欄4行ないし9行【0015】)との記載があり(甲2),最大値を100%と表現している。 そうすると,この「最大値」とは,文字どおり,1個の魚釣用電動リールにおける,スプール駆動モータの出力の物理的な最大値を意味するものと解される。 イ この点,原告は,構成要件Bにおける「最大値」とは,あくまでも入力としてのモータ出力調節体の作動量(変位量)と,出力としてのスプールモータの出力との関係の中で,その入力としてのモータ出力調節体の作動(変位)に応じた範囲での,出力としての「最大値」を意味しているものであると主張する(前記第3の2〔原告の主張〕(1)ウ)。その趣旨は,単一のモータ出力調節体の作動する範囲内における最大値をいうものと解される。 しかしながら,本件明細書には「最大値」の意味に関し,それを特に制限するような記載はないから,原告が主張するように限定的に解釈しなければならない根拠はない。また,「最大値」の意味をそのように解すると,ある単一のモータ出力調節体がもたらすその上限値は常に「最大値」ということになり,特許請求の範囲に「最大値」という文言を用いて本件特許発明の技術的範囲を画する意味がないというべきであるから,原告の主張は失当である。 (5) 被告製品における「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段」の充足性 ア 速巻きスイッチについて 前記(3)ウ認定のとおり,速巻きスイッチは,スプール駆動モータの出力を停止するか最大値とするかの二者択一のスイッチであるから,単体としては,「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで……増減する」ものでないことは明らかである。 イ テクニカルレバーについて テクニカルレバーは,前記(3)イ(ア)で認定したとおり,設定値(ステップ)5以降(レバー角度約30度ないし約140度)の範囲では,「楽々モード」のテンション設定値を変えることでモータを制御し,レバーを前方へ回転操作することによって,「OFF」から「MAX」まで増減させることができるものであるから,「連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段」であると解する余地がある。しかしながら,仮にそうであったとしても,別紙被告製品構成目録の構成aに記載されているとおり,速巻きスイッチが,テクニカルレバーによって得られるモータの出力及び回転数よりさらに高いモータの出力及び回転数をもたらすことについては当事者間に争いがないから,テクニカルレバーにおいては,被告製品における物理的な最大値を得ることはできないというほかない。 したがって,テクニカルレバーは,「モータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段」に当たらない。 (6) 小括 以上により,被告製品は構成要件Bを充足しない。 2 争点(4)イ(進歩性欠如2)について (1) 引用例に記載された発明 ア 引用例発明2の内容 本件特許出願前に頒布された刊行物である特開昭50-142387号の公開特許公報(引用例発明2)は,次のような内容である(乙3)。 「この発明は,モーターの駆動回転によりスプールが連動回転して釣糸が自動的に巻き取られる電動リールに係り,スプールの回転速度を自由に可変することができると共に,リール本体のハンドル軸の操作により電動から手動への切り換えを自動的にして瞬間的に行なうことのできる電動リールを提供せんとするものである。」(369頁左欄10行ないし16行) 「リール本体(A)は,スプール(1)を左右側板(2)(2)’の間に回転自在に軸承し,そのスプール(1)はハンドル(3)の回動操作により駆動回転するものとする。又,スプール(1)のスプール軸(4)を支承した左右側板(2)(2)’間にはモータ(5)を定着支承し,そのモータ(5)の回転軸(6)と前記スプール軸(4)との間にモータ(5)の回転を伝達すると共にリール本体(A)のハンドル(3)の操作により前記の電動伝達が切れ手動式へと切り換わる伝達機構(B)を介在させる。」(369頁右下欄1行ないし10行) 「又,前記したモータ(5)と電源(図示セズ)との間には可変抵抗器(16)を接続するが,図面では可変抵抗器(16)はモータ(5)の側面に一体的に取付けると共に,可変抵抗器(16)を操作するツマミ(17)を回動自在に取付ける。」(370頁右上欄6行ないし10行) 「電動の場合:スイッチボタン(18)をONにすることにより,モーター(5)の回転はモータの回転軸(6)→ギヤー(7)→……→スプール(1)へと伝達され,巻き取り可能となり,且,可変抵抗器(16)の操作によりモータ(5)の回転速度を任に可変して,スプール(1)の回転速度を調節することができる。」(370頁左下欄1行ないし10行) 「本発明は以上の如く構成したので,可変抵抗器を調節してモータの回転速度を可変することにより,スプールの回転速度を自由に変えることができ,従つて,釣場或いは対象魚に適した回転速度を選択して効果的でしかも魚を傷めない釣魚を楽しむことができる。」(370頁左下欄18行ないし右下欄3行) イ 乙第4号証に記載された発明の内容 本件特許出願前に頒布された刊行物であるフランス特許第1525043号の明細書(乙4)には,次のような記載がある。 「本発明は,いわゆる固定スプールの魚釣用リールに関するものであり,キャスティング時にスプールから釣糸が引き出されていくときにスプールが静止状態にある魚釣用リールに関する。」(訳文1頁8行ないし10行) 「この種のリールは,釣糸を巻き取るために,固定スプールに対して同軸上に配列され,"ピックアップ"と呼ばれる横方向に延びた引っかけ部を有する回転ドラムを備えている。この回転ドラムは,ハンドルの回転と連動してステップアップ機構により回転駆動される。このリールは,本発明は,携帯用電源から電力供給を受け,ステップダウン機構により回転ドラムに結合された電気モータがこのアセンブリの中心的な構成としてなるものであり,この電気モータの停止時には手動制御で回転ドラムの駆動を可能にするフリーホイール等が介在している。その結果,キャスティングを行なっても釣人は電気モータにより餌又はルアーを連続的に高速で引き寄せることができる。この操作に必要な力は僅かである。操作中に魚がかかると,手動によるハンドル操作の補助を得ながら釣糸の回収を継続する。この場合はかかった魚による抵抗力があるため,より大きな力が必要となる。」(同1頁14行ないし25行) 「一方,スプール1には釣糸が巻回されており,固定スプールと呼ばれる。これはキャスティング時釣糸が放出されていく時にスプール1が制止状態を保つためである。」(同2頁5行ないし7行) 「一方,回転ドラム2は固定スプール1と同軸上にあり,ピックアップ3の支持部材としての役割を果たすと同時に,キャスト後に釣糸を巻き上げる時,釣糸Fを固定スプール1に確実に巻回するためのものである。最後に,ハンドル4はステップアップ機構を用いてドラム2を回転駆動させるものである。」(同2頁10行ないし14行) 「電気モータ16は携帯用電源17(バッテリ又は蓄電池)から電力供給を受け,ステップダウン装置により回転ドラムと接続されている。ここにはフリーホイール等が介在し,モータ16の停止時に手動ハンドル4の操作による回転ドラムの駆動を可能にしている。」(同2頁28行ないし31行) 「なお,上述した爪9付フリーホイールは,手動ハンドル4の操作が停止した時に電気モータ16による回転ドラム2の駆動を可能にしている。」(同3頁2行ないし3行) 「モータ16は好ましくは同じ操作部材21(図1及び図2)によって駆動開始と駆動停止を行うようにするのがよく,この操作部材21をハンドル4の近傍に配置するのが望ましい。そうすることにより釣り人は操作部材を一方向にあるいはそれとは逆の方向にハンドル4から手を離すことなく操作することができる。図2に明瞭に示されているように,この操作部材21をレバー形態とするのが好ましく,操作部材21の端部21aは,ハンドル4の回転面の近傍にある面内に位置している。釣り人は一方の手でハンドル4を正規位置で保持し続け,同じ手の親指で操作部材21の端部21aを操作することができる。図1に示されているように,操作部材21はモータ16の給電回路24に直列に接続されている可変抵抗器23の摺動部22を制御し,操作部材21は待避端部位置からアクティブ端部位置までの範囲に亘って変化させることができ,待避端部位置では摺動部22が絶縁スタッド25上に待避しておりモータ16は停止状態にあり,アクティブ端部位置においては可変抵抗23は(回路から)はずれた状態であってモータ16の速度は最大となっている。操作部材21の中間位置はモータの開始速度と最大速度の間の速度に対応している。設計においては,図2に示されるように,回転ドラム2の電気的制御に寄与する様々な要素を,回転ドラム2の機械的制御に寄与する部材を収容するケースと一体の同一ハウジング26内に纏めることもできる。」(同3頁9行ないし28行) 「このようなリールでは電気的巻上制御により餌或いはルアー回収を,手動で行うよりも高速で行うことができる。また,回収速度をより迅速に切り換えることができる。……釣りの種類やその時々の状況に応じて,釣り人は回転ドラムの制御方法を一方から他方へ簡単に且つ迅速に行うことが可能である。例えば,魚がかかると電気制御による回収を停止し,魚を疲れさせるために手動制御に切り換えることができる。」(同3頁35行ないし4頁5行) 「4) 1)項によるリールにおいて,電動モーターの始動,停止は,手動ハンドルの近くにある唯一の操作部材だけによってなされる。5) 4)項によるリールにおいて,操作部材は手動ハンドルの回転可能面の近くにある一面に端が位置するレバーによって構成される。6) 4)項によるリールにおいて,操作部材は電動モーター電源回路に直列に組み立てた可変抵抗器のスライダーを制御し,上記操作部材はニュートラル端位置(この位置ではスライダーは絶縁ブロック上にあり,電動モータは停止している)から活動端位置(この位置では可変抵抗器が回路から外され,電動モータの回転は最大限に押し上げられる)に移行できる。」(同5頁18行ないし26行) ウ 乙第5号証に記載された発明の内容 本件特許出願前に頒布された刊行物である特開昭64-16216号の公開特許公報(乙5)には,次のような記載がある。 「本発明は,魚釣用電動リールのモータ焼損防止装置に係り,特にモータが過負荷状態になってもモータ温度が設定温度以上にならない限りモータへの通電が遮断されないようにしたモータの焼損防止装置に関する。」(67頁左欄19行ないし同右欄3行) 「……従来のモータ焼損防止装置は,モータの負荷電流が設定値以上になった時,モータの電源回路を自動的に遮断する方式であるため,モータ駆動による魚の取込み時に,魚の急激な引きなどによってモータに設定値以上の負荷電流が一過性的に流れても,かつモータが過熱焼損されるまでに十分な余裕があるにも拘らずブレーカ又はリレーが作動してモータへの通電を遮断してしまい,魚の取込みができなくなってしまう。しかも,一度ブレーカ又はリレーが作動すると,電源スイッチをオフし,再度オン操作しない限りモータを再起動することができず,その操作が煩雑となり,仕掛けにかかった魚を取り逃がしてしまう問題があった。」(67頁右下欄14行ないし68頁左上欄7行) (2) 本件特許発明と引用例発明2の発明の対比 ア 前記(1)アの記載によれば,引用例発明2の魚釣用電動リールは,リール本体(A)に回転可能に支持されたスプール(1)を巻取り駆動するスプール駆動モータ(5)を備え,該スプール駆動モータ(5)の出力を調節する可変抵抗器(16)及びそのツマミ(17)を駆動モータの端部に設けた魚釣り用電動リールにおいて,前記駆動モータの端部に設けたつまみ(17)の連続的な変位操作でモータ出力を増減するモータ出力調節手段を設けた魚釣用電動リールに関する発明が開示されていると認められる。 引用例発明2のツマミ(17)が本件特許発明の「モータ出力調節体」に相当し,可変抵抗器(16)が「モータ出力調節手段」に相当しており,ツマミを連続的に変位操作(回転)することにより,スプール駆動モータの出力を連続的に増減させることができるものである。 可変抵抗器(16)及びそのツマミ(17)は,第1図及び第2図ではモータ(5)の側面に一体的に取付けられており,全体として,リール本体に設けられていると評価し得る。 イ 一致点及び相違点 本件特許発明と引用例発明2とを対比すると,両者は,「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体をリール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を連続的に増減させるモータ出力調節手段を設けた,魚釣用電動リール」である点において一致する。 他方,両者は,以下の2点において相違する。 (ア) 引用例発明2においては,モータ出力調節手段はモータ出力を単に連続的に増減させるものであるのに対して,本件特許発明では,モータ出力は巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるものである点(相違点3”)。 (イ) 本件特許発明においては,モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されているが,引用例発明2は,そのような構成を有していない点(相違点4)。 (3) 相違点3”について ア 前記(1)イの記載によれば,乙第4号証における操作部材21は,本件特許発明の「モータ出力調節体」に相当し,「モータ16の給電回路24に直列に接続されている可変抵抗器23の摺動部22」が「モータ出力調節手段」に相当するところ,「操作部材21は待避端部位置からアクティブ端部位置までの範囲に亘って変化させることができ,待避端部位置では摺動部22が絶縁スタッド25上に待避しておりモータ16は停止状態にあり,アクティブ端部位置においては可変抵抗23は(回路から)はずれた状態であってモータ16の速度は最大となっている。 操作部材21の中間位置はモータの開始速度と最大速度の間の速度に対応している。」(訳文3頁20行ないし25行)というのであるから,結局,乙第4号証には,魚釣用電動リールにおいて,モータ出力調節体の変位操作で釣り糸巻上げ用駆動モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるモータ出力調節手段を設けることが記載されているということができる。 イ したがって,上記引用例発明2のモータ出力調節手段を,本件特許発明のようにモータ出力調節体の連続的な変位操作でスプール駆動モータの出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減させるモータ出力調節手段とすること(すなわち相違点3”)は,引用例発明2に乙第4号証を組み合わせることによって,当業者が容易に想到することができたものと認められる。 (4) 相違点4について ア 前記(1)ウの記載によれば,乙第5号証には,従来技術として「一度ブレーカ又はリレーが作動すると,電源スイッチをオフし,再度オン操作しない限りモータを再起動することができ」ない構成が記載されている(68頁左上欄第3行ないし5行)。 イ 本件特許発明は,「モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」ものであり,それは,結局のところ,「モータ出力調節体」に「再駆動」するための電源スイッチの役割を担わせているものにほかならないから,本件特許発明のモータ出力調節体は,乙第5号証の従来技術にいうところの「電源スイッチ」と同義である。したがって,相違点4は,引用例発明2に乙第5号証を組み合わせることによって,当業者が容易に想到することができたものと認められる。 (5) 訂正請求について なお,原告は,本件特許に対する無効審判請求事件(無効2005-80002号。乙21)において,訂正請求(甲12)を行い,訂正後の特許請求の範囲(以下「本件訂正発明」という。)は,以下のとおりである(訂正箇所は下線部分)。 「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,スプール駆動 モータ の電源 をON/OFF する 電源 スイッチ を設けることなく ,前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設けると共に,前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されていることを特徴とする魚釣用電動リール。」 しかしながら,上記訂正は,本件特許発明に上記下線部分を加えることによって,結局,「モータ出力調節体」は電源スイッチ(ON/OFFスイッチ)を兼ねるように構成したものであるから,本件訂正発明のモータ出力調節体は電源スイッチでもある。換言すれば,本件訂正発明では,「電源スイッチ(を兼ねるモータ出力調節体)をオフし,再度オン操作しない限りモータを再起動することができ」ないものであり,結局,乙第5号証に記載された構成と実質的に差がない。また,乙第4号証では,モータ出力調整体である操作部材21はモータ電源をON/OFFする電源スイッチを兼ねているから,結局,当業者であれば,引用例発明2に乙第4号証及び乙第5号証を組み合わせることによって,当業者が本件訂正発明を容易に想到することができる。よって,仮に,上記訂正請求が認められたとしても,無効を回避することはできないというべきである。 (6) 小括 したがって,本件特許発明は,引用例発明2に乙第4号証及び乙第5号証に記載された発明を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定に反し,特許無効審判により無効にされるべきものである。 3 結論 以上のとおり,被告製品は,本件特許発明の構成要件Bを充足しない上,本件特許発明は進歩性を欠き,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告は,特許法104条の3により権利行使することができない。したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。 よって,主文のとおり判決する。 |
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被告製品目録1商品名電動丸1000H2商品名電動丸3000H3商品名電動丸1000XT4商品名電動丸3000XT被告製品構成目録1被告製品の構成aリール本体の左右の側枠間にスプールが回転可能に配置されており,このスプールを回転駆動するための手動ハンドルがリール本体の右側面(第1図の平面視右側)に設けられ,さらにスプールを回転駆動するためのスプール駆動モータがスプール内部に設けられている。手動ハンドルは,ハンドル軸に一端が固定されたハンドルバーと,ハンドルバーの他端(径方向外方の先端)に回転自在に装着されたハンドルつまみとを有している。また,レバーの回転操作で「速度一定モード」と「楽々モード」を調整するテクニカルレバーと,このテクニカルレバーによって得られるモータの出力及び回転数よりさらに高いモータの出力及び回転数をもたらす速巻きのONと速巻き時のモータのOFFを切り換える速巻きスイッチとが設けられている。 bテクニカルレバーは,リール本体の手動ハンドルが設けられた右側面においてハンドル軸より前方かつ上方に,またハンドル軸の軸方向においてハンドルバーより内方のリール本体に配置されている。レバー形態のテクニカルレバーは,ハンドル軸の前方かつ上方に位置する軸の回りに所定角度範囲にわたって回転操作可能に設けられている。 テクニカルレバーは,角度0度ないし約140度の範囲で回転操作される。角度0度ないし約140度は設定値(ステップ)0から設定値(ステップ)30までの31段階に分けられる。すなわち,設定値(ステップ)0(レバー角度0度ないし約14度)の領域は,モータ出力がOFF状態である。設定値(ステップ)1ないし4(「速度一定モード」,レバー角度約14度ないし約30度)の範囲では,釣り糸の巻上げ速度(スプール回転数に相当)が各設定値(ステップ)において設定された値になるようにモータをフィードバック制御している。設定値(ステップ)5以降(レバー角度約30度ないし約140度)の範囲では,「楽々モード」のテンション設定値を変えることでモータを制御している。 以上,テクニカルレバーを前方へ回転操作することによって,「OFF」から「MAX」まで増減させる。なお,レバーの操作角度を増加させても,外的要因との関係で,モータの回転数や出力が減少することがある。 速巻きスイッチは,リール本体上面の操作パネル上の右側において,円形の操作面を垂直方向に押すという操作をする押釦形態で,速巻きのONと速巻き時のモータのOFFを切り換えるスイッチとして設けられている。速巻きスイッチを押すことによって,テクニカルレバーによって得られるモータの出力及び回転数よりさらに高いモータの出力及び回転数が得られる。また,その状態からさらに速巻きスイッチを押すと,モータはOFF状態となる。 cテクニカルレバーの操作によるモータ駆動が,船べり自動停止機能により停止した以降にモータを再駆動する際には,テクニカルレバーの調整位置を,「OFF」のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている。 テクニカルレバーの調整位置が設定値(ステップ)1ないし7の範囲でモータ駆動により釣り糸を巻上げ操作している時に,例えばバッテリーから電源コードのクリップが外れる等でモータ駆動が停止し,その後モータを再駆動する際には,テクニカルレバーの調整位置を,「OFF」のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータは再駆動しないように設定されている。 また,テクニカルレバーの設定値(ステップ)が8ないし30の範囲でモータ駆動により釣り糸を巻上げ操作している時に,例えばバッテリーから電源コードのクリップが外れる等でモータ駆動が停止した場合,テクニカルレバーを,その位置から設定値(ステップ)7つ分戻さないとモータは再駆動しないように設定されている。 さらに,テクニカルレバーによって駆動中であっても,速巻きスイッチによって駆動中であっても,例えばバッテリーから電源コードのクリップが外れる等でモータ駆動が停止した場合,速巻きスイッチを押すと,モータは速巻きで再駆動する。 d以上の特徴を備えた魚釣用電動リールである。 2図面の説明第1図平面図第2図右側面図第1図及び第2図は,商品名「電動丸1000H」なる電動リールを示す図面である。なお,「電動丸3000H」,「電動丸1000XT」,「電動丸3000XT」なる各電動リールと「電動丸1000H」なる電動リールとは,本件特許発明との対比に関する限り,その構成が同じであることから,「電動丸3000H」,「電動丸1000XT」,「電動丸3000XT」なる各電動リールの図面は省略した。 以上 |
裁判長裁判官 | 高部眞規子 |
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裁判官 | 東海林保 |
裁判官 | 田邉実 |