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関連審決 不服2001-21446
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  独立特許要件 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 296号 審決取消請求事件
原告 岡本インターナショナル株式会社
訴訟代理人弁護士 北村行夫,中島龍生,大井法子,杉浦尚子,吉田朋,雪丸真 吾,芹澤繁,亀井弘泰,弁理士 樋口盛之助
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 山口由木,山田忠夫,高木進,大橋信彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が不服2001-21446号事件について平成15年5月16日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本願発明 出願人:岡本インターナショナル株式会社(原告) 発明の名称:「プレハブ複合建築パネル」 出願番号:特願平9-177859号 出願日:平成9年6月19日(優先権主張:平成8年6月21日米国)(甲2) 手続補正日:平成12年8月4日(甲3) 拒絶査定日:平成13年10月19日(乙3) (2) 本件手続 審判請求日:平成13年11月30日(不服2001-21446号) 手続補正日:平成13年12月27日(本件補正。甲4) 審決日:平成15年5月16日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」なお,本件補正は却下された。
審決謄本送達日:平成15年6月9日(原告に対し) 2 本件出願に係る発明の特許請求の範囲請求項1の記載 (1) 本件補正前の特許請求の範囲請求項1の記載(平成12年8月4日付けの補正後で本件補正前のもの。甲3。以下「本願発明」という。請求項2以下の記載は省略。) 【請求項1】建築物の垂直壁に取り付けるためのプレハブ複合建築パネルにおいて,このパネルが:前記壁に対して外向きに面する外側表面と前記壁に対して内向きに面する内側表面を有する,硬質セルラー高分子材シート;石膏をベースにした材質を含むセメント質材の固定層で,このセメント質層は前記シートから分離して,シートの外向き面に結合されている,前記固定層;前記セメント質層の外側面上に担持され前記パネルの最も外側の表面を成す複数の硬質外装部材で,これら外装部材の少なくともいくつかの中で,隣り合う外装部材間にスペースを成すパターンで担持されている,前記外装部材;及びセメント質層並びに高分子シートそして外装部材に係合する複数の機械的支持体を含むことを特徴とする,前記建築パネル。
(2) 本件補正に係る特許請求の範囲請求項1の記載(甲4。以下「補正発明」という。請求項2以下の記載は省略。下線部分が上記(1)に変更が加えられた部分。) 【請求項1】建築物の垂直壁に取り付けるためのプレハブ複合建築パネルにおいて,このパネルが:前記壁に対向 する 側の後面 とその 反対側 の前面 を有する,硬質セルラー高分子材シート;前記シート の後面 に結合 されている ,支持 パネル ;石膏をベースにした材質を含むセメント質材の固定層であって,このセメント質層は,前記 シートの前面 に結合されている, 固定層;前記セメント質層の外側面上に担持され前記建築パネルの最も外側の表面を成す複数の硬質外装部材であって ,これら外装部材が隣り合う外装部材間にスペースを成すパターンで担持されている,前記外装部材;及び前記支持パネル 及びセメント質層並びに高分子材 シートに 結合 されかつ セメント 質層 を介して 外装部材に結合 される複数の機械的支持体を含むことを特徴とする,建築パネル。
3 審決の理由の要点 (1) 本件補正についての審決の認定判断 (a) 審決は,本件補正につき,特許請求の範囲減縮を目的とするものに該当するとした上で,独立特許要件の判断に入った。
(b) 審決は,刊行物1(特公平7-25086号公報,本訴甲5。以下,刊行物1記載の発明を「引用発明1」という。)について検討し,次の発明が記載されていると認定した。
「壁用断熱パネルにおいて,このパネルが:前記壁に対向する側の後面とその反対側の前面を有する,発泡合成樹脂単板等の断熱板;前記断熱板の後面に結合されている,コンクリート層;前記シート〔判決注:原告が指摘し被告も認めるとおり,「シート」は「断熱板」の誤記と認める。〕の前面に結合されている,モルタル層;前記モルタル層の外側面上に担持され前記壁用断熱パネルの最も外側の表面を成す複数の仕上げ材であって,これら仕上げ材が隣り合う仕上げ材間にスペースを成すパターンで担持されている,前記仕上げ材;及び前記コンクリート層,モルタル層並びに断熱材に支持される複数のアンカーボルトと,該アンカーボルトに締結されモルタル層並びに仕上げ材に結合される鉄筋ネットを含む壁用断熱パネル。」 (c) 審決は,補正発明と引用発明1とを対比し,一致点として,次のとおり認定した。
「引用発明1の『発泡合成樹脂単板等の断熱板』,『仕上げ材』,『壁用断熱パネル』は,補正発明の『硬質セルラー高分子材シート』,『外装部材』,『建築パネル』に相当し,引用発明1の『モルタル層』は,補正発明の『固定層』又は『セメント質層』に相当し,引用発明1の『アンカーボルト』と『鉄筋ネット』は締結されて支持体を形成しているから,補正発明の『機械的支持体』に相当する。 また,引用発明1の『壁用断熱パネル』は,建築物の垂直壁に取り付けるためのプレハブ複合建築パネルであり,引用発明1の『コンクリート層』と補正発明の『支持パネル』とは『支持層』である点で共通するから,補正発明と引用発明1とを比較すると,両者は,『建築物の垂直壁に取り付けるためのプレハブ複合建築パネルにおいて,このパネルが:前記壁に対向する側の後面とその反対側の前面を有する,硬質セルラー高分子材シート;前記シートの後面に結合されている,支持層;セメント質材の固定層であって,このセメント質層は,前記シートの前面に結合されている,固定層;前記セメント質層の外側面上に担持され前記建築パネルの最も外側の表面を成す複数の外装部材であって,これら外装部材が隣り合う外装部材間にスペースを成すパターンで担持されている,前記外装部材;及び前記支持層及びセメント質層並びに高分子材シートに結合されかつ外装部材と結合する機械的支持体を含む,建築パネル。』である点で一致する。」 (d) 審決は,補正発明と引用発明1との相違点として,次のとおり認定した。
「相違点1:支持層が,補正発明は,『支持パネル』であるのに対し,引用発明1は『コンクリート層』である点。」 「相違点2:セメント質材の固定層が,補正発明は『石膏をベースにした材質を含む』ものであるのに対し,引用発明1はこのようなものであるか否か不明な点。」 「相違点3:機械的支持体が,補正発明は『セメント質層を介して外装部材に結合される』のに対し,引用発明1は,外装部材に直接結合される点。」 「相違点4:機械的支持体が,補正発明は複数設けられているのに対し,引用発明1は,アンカーボルトと鉄筋ネットが一体化されたひとつのものである点。」 (e) 審決は,相違点1について,次のとおり判断した。なお,刊行物2とは,特開平7-102737号公報(本訴甲6。以下,刊行物2記載の発明を「引用発明2」という。)である。
「引用発明2の『断熱サイジングパネル』,『無機質成形体』,『硬質発泡体層』,『不燃ボード』,『アンカー』は,補正発明の『建築パネル』,『外装部材』,『硬質セルラー高分子材シート』,『支持パネル』,『機械的支持体』に相当するから,刊行物2には『硬質セルラー高分子材シートの後面に結合されている支持パネル,硬質セルラー高分子材シートの外側面上に担持される複数の外装部材,及び,支持パネル,硬質セルラー高分子材シート及び外装部材に結合される複数の機械的支持体を含む建築パネル。』の発明が記載されていると認められ,引用発明1において,支持層として支持パネルを用い,これに硬質セルラー高分子シート等に結合される機械的支持体を結合することは,引用発明2に基づいて当業者が容易になし得ることである。」 (f) 審決は,相違点2について,次のとおり判断した。
「モルタル等のセメント質層に石膏を含有させることは,原査定の拒絶の理由に引用した特開平7-100810号公報に記載されているように周知の技術であり,相違点2は当業者が適宜なし得る程度のことである。」 (g) 審決は,相違点3について,次のとおり判断した。
「引用発明1は,外装部材を機械的支持体に直接結合させることにより,セメント質層との結合と,機械的支持体との直接結合により支持されるのに対し,補正発明の外装部材は,セメント質層を介して間接的に機械的支持体に結合させたものであるから,引用発明1に比較し,強度的に劣ることは明らかであり,相違点3の特定事項とした点に格別の作用効果は認められない。」 (h) 審決は,相違点4について,次のとおり判断した。
「上記のとおり刊行物2には,支持パネル,硬質セルラー高分子材シート及び外装部材に結合される複数の機械的支持体を設けることが記載されており,引用発明1において,複数の機械的支持体を設けることは引用発明2に基づいて当業者が容易になし得ることである。」 (i) 審決は,補正発明の効果について,次のとおり判断した。
「全体として補正発明による効果は,引用発明1,2及び上記周知技術から予測できる程度のものである。」 (j) 審決は,次のとおり結論付けた。
「補正発明は,引用発明1,2及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,…特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。本件補正は,…却下されるべきものである。」 (2) 本願発明についての審決の認定判断 審決は,本願発明について,次のとおり認定判断した。
「本願発明は,補正発明から『パネル』が『シートの後面に結合されている,支持パネル』を有するとの限定事項,『機械的支持体』が『支持パネルに結合される』との限定及び『機械的支持体』が『セメント質層を介して外装部材に結合される』との限定を省いたものである。
そうすると,…補正発明が,前記のとおり,引用発明1,2及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,同様の理由により,引用発明1,2及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。…本願発明は,…特許を受けることができないものであり,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。」
原告の主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由1(補正発明と引用発明1との一致点の認定の誤り) (1) 審決は,「引用発明1の『アンカーボルト』と『鉄筋ネット』は締結されて支持体を形成しているから,補正発明の『機械的支持体』に相当する」と認定した。しかしながら,引用発明1の「支持体」と補正発明の「機械的支持体」の各々の支持対象・役割を無視した認定であって,誤りである。
引用発明1の「支持体」は,「アンカーボルト」と「鉄筋ネット」とが締結されて形成されるものである。この「支持体」を形成している「鉄筋ネット(6)」は,すべての「仕上げ材(13)」に結合されるものである。引用発明1の「支持体」は,すべての「仕上げ材」(セラミック陶板13)を「直接」支持する支持体である。これに対し,補正発明の「機械的支持体」は,「硬質セルラー高分子材シート」を補強支持するための支持体であり,引用発明1の「セラミック陶板」に相当する「外装部材」とは,「セメント質層」(引用発明1の「モルタル層12」に相当)を介して「間接的に」しか結合されない支持体である。
支持対象・役割の違いを看過し,引用発明1の「支持体」は補正発明の「機械的支持体」に相当すると認定した審決には誤りがある。
(2) 引用発明1の「支持体」と補正発明の「機械的支持体」は,以下のとおり,支持の仕方,構造,配置及び目的が全く異なり,引用発明1の「支持体」は,何ら補正発明の「機械的支持体」を示唆するものとはいえない。
(a) 支持の仕方の違い 引用発明1の「支持体」は,「アンカーボルト」と「鉄筋ネット」の2つの部材が締結されて形成されるものであり,「鉄筋ネット」は全ての「仕上げ材」に結合されるものであるから,引用発明1の「支持体」は「仕上げ材」を直接支持するものである。これに対し,補正発明の「機械的支持体」は,「セメント質層」を介して「外装部材」を間接的に支持するものである。
(b) 支持体の構造の違い 引用発明1の「支持体」は,上記のとおり,「アンカーボルト」と「鉄筋ネット」の2つの部材が締結されて形成されるものである。これに対し,補正発明の「機械的支持体」は,上記「支持体」のように一の部材と他の部材が締結されて形成されるものではなく,それ自体独立したものである。
(c) 支持体の配置の違い 引用発明1の「支持体」を形成する「鉄筋ネット」は,「断熱層」の前面全域と「モルタル層」の内部全域に面状に形成されるものである。これに対し,補正発明の「機械的支持体」は,「フォームシート」と「セメント質層」の内部に配置されるものである(甲4【0019】,【0020】)。
(d) 支持体の目的の違い 引用発明1の明細書(甲5)には,引用発明1の「支持体」に防火性向上の目的がある旨の記載は一切ない。これに対し,補正発明の「機械的支持体」の目的は,硬質セルラー高分子材シートの前面の全域に施される「セメント質層」と協働して,この高分子材シートの防火性を向上させるために補強する点にある。
2 取消事由2(補正発明と引用発明1との相違点1についての判断の誤り) 審決も,引用発明1と補正発明との相違点3として,「機械的支持体が,補正発明は『セメント質層を介して外装部材に結合される』のに対し,引用発明1は,外装部材に直接結合される点」と認定しているとおり,外装部材と機械的支持体との結合が直接的かセメント質層を解した間接的なものかという点において,補正発明と引用発明1とは大きく相違している。そして,審決の上記認定における,「硬質セルラー高分子材シート等に結合される機械的支持体」の「等」としては,引用発明2では,無機質成形体(タイル)が開示されているのみであり,引用発明2には「セメント質層」という構成は存在しない。
そうすると,審決がいう「硬質セルラー高分子材シートとタイルに結合される機械的支持体を支持パネルに結合させる」構成自体は,仮に当業者が容易に推考できたとしても,この「硬質セルラー高分子材シートとタイルに結合される機械的支持体を支持パネルに結合させる」構成は,補正発明における「セメント質層を介して外装部材に結合される(複数の)機械的支持体」の構成とは全く異なるものである。
このように,審決は,引用発明2の構成は補正発明の構成とは全く異なるのに,この構成の違いを看過して引用発明2を引用し,同発明に基づいて当業者が容易になし得ると認定したものであって,誤りである。
3 取消事由3(補正発明と引用発明1との相違点3についての判断の誤り) (1) 補正発明の「機械的支持体」は,「外装部材」と直接結合することによってその結合強度を高めることを目的としたものではない。すなわち,補正発明の「機械的支持体」は,先行技術である建築パネルに使用される硬質セルラー高分子材シートに耐熱性の問題(熱を受けて硬質セルラー高分子材シート〔ポリウレタンフォーム〕が軟化し,「外装部材」の重量により「たるむ」こと)があったために,硬質セルラー高分子材シートの前面を全面覆ってしまうセメント質層と上記硬質セルラー高分子材シート内に設ける機械的支持体とを協働させて解決することを目的としたものである。
これに対し,引用発明1は,仕上げ材の揃列状況を外方から目視し,適宜矯正しながら製造工程を進められるようにし,かつ,従来技術である起立吹き付け製造方法の場合のように不安定な作業ではなしに簡単確実に所期の製品を製造できるようにすることを目的として,コンクリート層4に起立支持したアンカーボルト3に鉄筋ネット6を締結して,コンクリート層4と断熱板5とセラミック陶板13等の仕上げ材を嵌合させた鉄筋ネット6とを一体化するという解決手段を提供したものである。
このように,引用発明1と補正発明とは目的・手段を全く異にするものであるのに,これを看過して同列に論じ,補正発明において「機械的支持体」を用いる目的を「外装部材」との結合強度の向上であると認定した審決には誤りがある。
先行技術である建築パネルを前提として,同パネルに使用される硬質セルラー高分子材シートの耐熱性の問題の解決手段を,硬質セルラー高分子材シートの前面を全面覆ってしまうセメント質層と硬質セルラー高分子材シート内に設ける機械的支持体とを協働させることで提供したのが補正発明であり,その目的も構成も全く異なる引用発明1によっては,何らの動機づけも与えられないのであって,当業者といえども容易に発明できるものではない。
(2) 被告は,引用発明1と補正発明とは,作用効果に差異が認められないとするが,誤りである。
(a) 被告は,「機械的支持体」の作用効果を「セメント質層と外装部材をたるまないように保持するもの」であるとするが,これ自体,誤りである。補正発明では,硬質セルラー高分子材シートの前面を全面覆う「セメント質層」と「機械的支持体」とを協働させて,軟化したフォームシートを支え,フォームシートの軟化により外装部材がたるむことを防いでいるものである。このように,補正発明の「機械的支持体」は,「セメント質層」と協働して「外装部材」が動かないように作用するのであって,「セメント質層」をたるまないように保持するものではない。
(b) 被告は,引用発明1の支持体(アンカーボルト及び鉄筋ネット)の作用効果として,仕上げ材を強固結合させて,仕上げ材及びモルタル層が動いたり,たるんだりすることを防止することを挙げている。しかしながら,仮に,引用発明1の支持体(アンカーボルト及び鉄筋ネット)の作用効果が,被告の主張のとおりであるとしても,引用発明1と補正発明とはその作用効果を異にするものである。
まず,引用発明1の支持体の作用効果が被告主張のとおりであれば,同支持体は,それのみで各「仕上げ材」を動かないようにしているものである。しかしながら,補正発明においては,「機械的支持体」が単独で「外装部材」を動かないようにしているのではなく,「セメント質層」との協働により,「外装部材」を動かないようにしているのである。したがって,引用発明1の「支持体」と補正発明の「機械的支持体」とはその作用を全く異にする。
また,引用発明1における「支持体」の「アンカーボルト」は,「鉄筋ネット」を支持するためのものであり,「鉄筋ネット」は,各「仕上げ材」を抱持するためのものであって,「断熱板」(補正発明のフォームシートに相当する。)を補強してたるむ状態を防ぐためのものではない。これに対し,補正発明においては,硬質セルラー高分子材シート(フォームシート)の前面を全面覆う「セメント質層」と「機械的支持体」とを協働させて,軟化した「フォームシート」を支え,「フォームシート」の軟化により外装部材がたるむことを防いでいるものである。換言すれば,補正発明においては,「フォームシート」が「機械的支持体」と「セメント質層」によって補強された結果,「フォームシート」が加熱されてその強度を失っても,「機械的支持体」が「セメント質層」と「フォームシート」に結合しているので,たるむ状態にはならないのである。
以上のとおり,引用発明1と補正発明の作用効果は,明らかに異なる。
(c) 被告は,機械的支持体を,直接外装部材に結合することに代えて,セメント質層を介して外装部材に結合させた点に格別の技術的意義はないとする。
しかしながら,補正発明は,「硬質フォームシートに外装部材を結合した建築パネル」における硬質フォームシート(硬質セルラー高分子材シート)の防火性の問題を解決することを目的として,硬質セルラー高分子材シートの前面を全面覆ってしまうセメント質層と硬質セルラー高分子材シート内に設ける機械的支持体とを協働させるように用いたものであって,機械的支持体を,直接外装部材に結合することに代えて,セメント質層を介して外装部材に結合させたことには,十分な技術的意義がある。
4 取消事由4(補正発明による効果についての判断の誤り) (1) 審決は,補正発明による効果が引用発明1,2及び周知技術から予測できる程度のものであると認定しているが,補正発明の目的(課題)及びその課題解決のために採った手段(補正発明の構成)のうち,特に,硬質セルラー高分子材シートの全面を覆う「セメント質層」と,支持パネルと前記セメント質層と前記シートとに直接結合され外装部材に前記セメント質層を介して間接的に結合される「複数の機械的支持体」に係る目的及び作用効果を無視したものであって,その判断の前提も結論も誤りである。
補正発明は,「硬質フォームシートに外装部材を結合した建築パネル」における硬質フォームシート(硬質セルラー高分子材シート)の防火性の問題を解決することを目的として,「セメント質層」と「機械的支持体」とを協働作用させるように用いたものであって,単に機械的強度を高めることを目的としたものではない。審決は,補正発明の目的及び(課題)及びその課題解決の手段を無視しており,その判断の前提からして誤っている。
補正発明は,上記目的の達成のため,セメント質層3と機械的支持体4について,「セメント質層3は,フォームシート2の前面2Bに付着している」(甲4【0018】),「機械的支持体4が,フォームシート2とセメント質層3内に入り込み,セメント質層の前面3B上で,外装部材5を支持できるように配されている」(【0019】)という構成を採用したものであり,これにより,「機械的支持体及びセメント質層によって提供される外装部材の付加的支持体がなかった場合,パネルの外側表面に熱を作用させると外装部材が動いてしまうが,これらの支持体により外装部材が動かない」(【0009】),また,「強度が充分にあり,安定した支持構造を有し,さらに,防火性が規準以上に向上した建築パネルが提供された」(【0029】)との効果を得たものである。
引用発明1,2及び周知技術(甲7)においては,使用されるフォームシートの防火性の向上については目的とされておらず,当然,これを解決する手段も何ら示唆されていない。それゆえ,引用発明1,2及び周知技術から,補正発明による上記効果を予測することは不可能である。
(2) 補正発明の目的である「フォームシート」の防火性の向上は,「フォームシート」の内部に「機械的支持体」を配置することと,「フォームシート」の前面全域を覆う「セメント質層」を設けたことの効果として達成されるものである。
引用発明1,2には,補正発明の上記構成は全く示唆されておらず,その効果を予測させる記載も一切ない。それゆえ,引用発明1において防火性という効果は「モルタル層」を設けることで得ることができるとしても,「支持体」である「アンカーボルト」及び「鉄筋ネット」が「断熱板」の防火性に寄与するか否かは全く不明である。また,引用発明2において「支持体」を構成する「アンカー」が「硬質発泡体層」(フォームシート)を防火的に補強する趣旨で設けられたか否かも全く不明である。これは,セメント質層に石膏を含有させること自体が周知であったとしても変わるものではない。
したがって,補正発明において,「フォームシート」の内部に「機械的支持体」を配置することと,「フォームシート」の前面全域を覆う「セメント質層」を設けたことにより得られる防火性向上の効果は,引用発明1,2及び周知技術のいずれからも予測できる程度のものではない。
5 取消事由5(本願発明の進歩性に関する認定判断の誤り) 審決は,本願発明について,前記第2,3(2)のとおり説示したが,前記のとおり,補正発明について,引用発明1,2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする点において,その前提自体が誤っている。本願発明も当業者が容易に発明することができたと認定する点でも誤っている。
被告の主張の要点
1 取消事由1(補正発明と引用発明1との一致点の認定の誤り)に対して 本件補正による明細書(甲4)の段落【0019】の記載にあるとおり,補正発明の「機械的支持体」は,「硬質セルラー高分子材シート」を補強支持するとともに「セメント質層」を介して「外装部材」を支持するものである。一方,引用発明1の「アンカーボルト」と「鉄筋ネット」とは,締結されて,断熱板,モルタル層及び仕上げ材の「支持体」を形成するものである。そうすると,引用発明1の「アンカーボルト」と「鉄筋ネット」も補正発明の「機械的支持体」も,いずれも,「硬質セルラー高分子材シート」(引用発明1においては「断熱板」)及び「外装部材」(同じく「仕上げ材」)を支持する役割を果たすものといえるから,引用発明1の「アンカーボルト」と「鉄筋ネット」は,補正発明の「機械的支持体」に相当するとした審決の認定に誤りはない。
原告が主張する差異について,審決は,相違点3として認定しているのであり,相違点を看過して一致点を認定したものではない。
2 取消事由2(補正発明と引用発明1との相違点1についての判断の誤り)に対して 引用発明1においては,支持層は打設により形成される「コンクリート層」であり,機械的支持体を構成するアンカーボルトは,コンクリート打設時に基部をコンクリートに埋設して支持されている。一方,補正発明においては,支持層は,「支持パネル」であり,機械的支持体は支持パネルに結合されている。
引用発明2には,建築パネルの最も後側の支持層を,「支持パネル」で構成し,硬質セルラー高分子材シートに結合される複数の機械的支持体を支持パネルに結合することが示されている。
そして,引用発明1と引用発明2はいずれも,「硬質セルラー高分子材シートの後面に結合されている支持層,硬質セルラー高分子材シートの外側に担持される複数の外装部材,及び,支持パネル,硬質セルラー高分子材シート及び外装部材に結合される複数の機械的支持体を含む建築パネル」である点で共通するから,支持層として,引用発明1の「コンクリート層」に代えて,引用発明2の「支持パネル」を採用する点に困難性はなく,相違点1についての審決の判断に誤りはない。
なお,外装部材と機械的支持体との結合が直接的かセメント質層を介した間接的なものかという点,引用発明2に「セメント質層」が存在するか否かは,建築パネルの支持層がどのようなもので,機械的支持体をどのように結合しているかの構成と直接関連するものではなく,建築パネルの支持層の構成に引用発明2を適用することに困難性はない。そして,審決は,外装部材と機械的支持体との結合の相違については,相違点3で検討し,判断している。
3 取消事由3(補正発明と引用発明1との相違点3についての判断の誤り)に対して 本件補正による明細書(甲4)の段落【0009】,【0023】,【0024】の記載によれば,補正発明の「機械的支持体」は,外装部材が動かないようにして,セメント質層内でクラックの形成される時間を遅延させ,硬質セルラー高分子材シートが火によって加熱されてその強度を失ったときにも,セメント質層と外装部材をたるまないように保持するものと認められる。
一方,引用発明1の機械的支持体(アンカーボルト及び鉄筋ネット)も,補正発明の外装部材に相当する仕上げ材を,強固結合させて,仕上げ材及びモルタル層が動いたり,たるんだりすることを防止していることは明らかであるから,補正発明と引用発明1とは,目的の点はさておいても,作用効果において差異は認められず,原告の主張は根拠がない。
そして,補正発明において,「外装部材が動かないように」するための手段として,機械的支持体を,直接外装部材に結合することに代えて,セメント質層を介して外装部材に結合させた点に格別の技術的意義は認められないから,「相違点3の特定事項とした点に格別の作用効果は認められない。」とした審決の判断に誤りはない。 4 取消事由4(補正発明による効果についての判断の誤り)に対して 引用発明1も,硬質セルラー高分子材シート(「断熱板」)の前面にセメント質層(「モルタル層」)を設け,硬質セルラー高分子材シート,セメント質層及び外装部材を機械的支持体で支持している以上,引用発明1が,補正発明と同様,硬質セルラー高分子材シートの防火性向上効果を有していることは明らかである。
そもそも,建築構造物が一定の防火基準を満たしていなければならないことは,法律に規定されており,「建築パネル」を防火性を有するものとすることは当然のことである。そして,モルタル層,モルタルに仕上げ材としてタイルを施したものは,防火構造を形成するものとして周知のものであって,引用発明1は,防火性を有するモルタル層を積層した建築パネルにおいて,さらに製造方法を改良したものであって,発泡合成樹脂単板等の断熱板の前面のモルタル層とタイル等の仕上げ材が,発泡合成樹脂単板等の断熱板に防火性を付与する目的を有していることは自明のことである。
また,補正発明においてセメント質層を石膏をベースとしたものとすることによる作用について,本件補正による明細書の段落【0012】,【0025】には,セメント質層に石膏を添加すると,防火性が改良されることが示されている。
しかしながら,モルタル等のセメント質層に石膏を含有させることは周知の技術であり,このようなセメント質層中の石膏が,加熱時に結晶水を放出し,発熱低減効果をもたらすことも周知である(例えば,乙1)。また,補正発明において「支持パネル」を採用したことによる作用効果は,引用発明2において「支持パネル」を用いたことによる作用効果と差異はない。
そうすると,補正発明の作用効果は,いずれも,引用発明1,2及び周知技術から予測できる程度のことであるから,審決における補正発明の作用効果に関する判断に誤りはない。
5 取消事由5(本願発明の進歩性に関する認定判断の誤り)に対して 審決の認定判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(補正発明と引用発明1との一致点の認定の誤り)について (1) 原告は,引用発明1の「支持体」(「アンカーボルト」及び「鉄筋ネット」)を補正発明の「機械的支持体」に相当するとの審決の認定が誤りであるとし,前者がすべての「仕上げ材」(セラミック陶板13)を「直接」支持する支持体であるのに対し,後者は,「セメント質層」を介して「間接的に」しか「外装部材」と結合されない支持体であることを主張する。
(a) 補正発明に関する請求項1の記載をみると,「…セメント質層並びに…に結合されかつセメント質層を介して外装部材に結合される複数の機械的支持体を含む…」と規定されている(甲4)。すなわち,より正確には,補正発明の「機械的支持体」は,「セメント質層を介して外装部材に結合される」ものである。
(b) 次に,引用発明1について検討するに,引用発明1の「アンカーボルト3」と「鉄筋ネット6」,「モルタル層12」,「セラミック陶板13(仕上げ材)」の結合関係に関する刊行物1(甲5)の記載は,次のとおりである。
「9は所要の間隔で透孔10を列設した固定部材で,この固定部材9を敷設した鉄筋ネット6の縦筋7に重合し,各透孔10から上記アンカーボルト3の先端を突出させ,その先端にナット11を螺合し緊締する。これによりコンクリート層4と断熱板5及び鉄筋ネット6が一体化することになる。」(【0011】) 「断熱板5の上に,少なくても鉄筋ネット6の横筋8を埋没させる厚さになるまでモルタルを吹き付け等により打設して所要の厚さのモルタル層12を形成する。
13は仕上げ材の一つであるセラミック陶板で,図5に示すように,それは,外面を平坦にし,内面上下に横筋嵌合部14,15を形成するとともに,上端面に凸部16を,下端面には上記横筋嵌合部15に連続する嵌合開口17を開口させている。」(【0012】) 「セラミック陶板13は,モルタル層12の打設直後にすなわちそれが未だ硬化しないうちにそのモルタル層12に押し付けながら,横筋嵌合部14,15を上記横筋8に嵌合させることにより,鉄筋ネット6に張り付け装架する。この場合,上段のセラミック陶板13の嵌合開口17が下段のセラミック陶板13の凸部16に被さった状態になるとともに,モルタル層12が各セラミック陶板13の内面に充満する。上記モルタル層12はセラミック陶板13の接着剤として作用するものである…」(【0013】) 「図5」には,「鉄筋ネット6の横筋8及び縦筋7,アンカーボルト3の頭部や固定部材9がモルタル層12に覆われていること」が記載されている。
以上の記載によれば,「セラミック陶板13」は,打設直後で硬化していないモルタル層12に押し付けられながら,「アンカーボルト3」に緊締された「鉄筋ネット6」に嵌合するものであること,また,セラミック陶板13と横筋8及び縦筋7からなる鉄筋ネット6やアンカーボルト3の頭部との間には,硬化していないモルタル層12が充満し,このモルタル層12が硬化するとその接着作用により,セラミック陶板13は,鉄筋ネット6の横筋8及び縦筋7やアンカーボルト3の頭部に結合されることが認められる。
そうすると,引用発明1において,セラミック陶板13は,アンカーボルト3に緊締された鉄筋ネット6に嵌合し、かつモルタル層12を介して鉄筋ネット6に結合されているのであって,引用発明1の「アンカーボルト3」と「鉄筋ネット6」は,「セラミック陶板13」(外装部材)を直接支持するとともに,「モルタル層12」(セメント質層)を介して「セラミック陶板13」(外装部材)に結合されているものといえる。
(c) 以上によれば,引用発明1の「支持体」(「アンカーボルト」及び「鉄筋ネット」)と補正発明の「機械的支持体」とは,「セメント質層を介して外装部材に結合される」点で一致するのであり,前者を後者に相当するとした審決の認定は,是認し得るものである。
なお,上記「直接」支持する点について,審決は,引用発明1の「機械的支持体」(支持体)が「外装部材」(仕上げ材)に「直接結合されている」点を,相違点3として別途認定した上で判断しており,この点でも誤りはない。
(2) 原告は,引用発明1の「支持体」と補正発明の「機械的支持体」は,(a)支持の仕方,(b)構造,(c)配置,(d)目的が全く異なり,引用発明1の「支持体」は,何ら補正発明の「機械的支持体」を示唆するものとはいえないと主張する。
検討するに,まず,支持の仕方については,前記(1)に判示したとおりである。
次に,支持体の構造及び配置の違いに関する主張についてみるに,補正発明に関する請求項1には,「機械的支持体」としか記載されておらず,「機械的支持体」と「硬質セルラー高分子材シート」及び「セメント質層」との関係についても,「セメント質層並びに高分子材シートに結合されかつセメント質層を介して外装部材に結合される複数の機械的支持体」としか記載されていない。したがって,補正発明の機械的支持体が,それ自体独立したものであり,「フォームシート」と「セメント質層」の内部に配置されるものであるという原告の主張は,いずれも補正発明の構成に基づくものではなく,採用することができない(例えば,補正発明である請求項1の構成に対して,「機械的支持体が,セメント質層と高分子材シート内に入り込むように成形されている」との構成が付加されたものは,別途,請求項11とされている〔甲4〕。なお,原告は,上記配置の違いに関する主張の根拠として,補正明細書の発明の詳細な説明欄の段落【0019】,【0020】の記載を挙げるが,請求項1の記載は,それ自体で技術的意義が一義的に明確に理解できるものであり,発明の詳細な説明欄を参酌して原告主張のような構成であると解釈すべき特段の事情は認められない。)。
さらに,支持体の目的の違いについての主張についてみるに,前判示のとおり,補正発明の「機械的支持体」と引用発明1の「支持体」(「アンカーボルト」及び「鉄筋ネット」)は,「セメント質層を介して外装部材に結合される」点で一致するので,引用発明1の「アンカーボルト」と「鉄筋ネット」も,引用発明1の「モルタル層」(セメント質層)と協働して,引用発明1の「断熱材」(硬質セルラー高分子材シート)を補強支持するものであることは明らかである。また,仮に,補正発明と引用発明1の目的が相違するものであったとしても,そのことから直ちに両者の構成に関する一致点の認定が左右されるものではない。
(3) なお,原告は,取消事由としてではないが,引用発明1には,「前記コンクリート層,モルタル層並びに断熱材に支持される複数のアンカーボルト」という構成は存在しないとして,審決の認定を非難するので,念のため,この点についても触れておく。
確かに,引用発明1において,モルタル層及び断熱材がアンカーボルトを「支持」しているといえるか否かについては,疑問の余地がなくはない。
しかし,補正発明においても,「前記支持パネル及びセメント質層並びに高分子材シートに結合され…複数の機械的支持体」と規定しており,セメント質層及び高分子材シートが機械的支持体を「支持」していると規定されているわけではない。
また,審決は,補正発明と引用発明1との一致点を「前記支持層及びセメント質層並びに高分子材シートに結合されかつ外装部材と結合する機械的支持体を含む」と認定するとともに,相違点1として,「支持層が,補正発明は,『支持パネル』であるのに対し,引用発明1は『コンクリート層』である点」と認定した上で,判断を加えている。
以上によれば,原告が非難する,引用発明1のモルタル層及び断熱材がアンカーボルトを「支持」しているか否かの点は,補正発明と引用発明1との一致点の認定及び相違点の認定判断を左右するものではなく,審決の結論に対して影響を及ぼさないというべきである。
2 取消事由2(補正発明と引用発明1との相違点1についての判断の誤り)について (1) 刊行物2(甲6)によれば,「硬質セルラー高分子材シートの後面に結合されている支持パネル,硬質セルラー高分子材シートの外側面上に担持される複数の外装部材,及び,支持パネル,硬質セルラー高分子材シート及び外装部材に結合される複数の機械的支持体を含む建築パネル」が記載されていると認められ,引用発明2には,建築パネルの最も後ろ側の支持層を,「支持パネル」で構成し,硬質セルラー高分子材シートに結合される複数の機械的支持体を支持パネルに結合することが示されている。
そして,引用発明1,2は,いずれも,「硬質セルラー高分子材シートの後面に結合されている支持層,硬質セルラー高分子材シートの外側に担持される複数の外装部材,及び,支持パネル,硬質セルラー高分子材シート及び外装部材に結合される複数の機械的支持体を含む建築パネル」である点で共通するので,支持層として,引用発明1の「コンクリート層」に代えて,引用発明2の「支持パネル」を採用する点に困難性はないというべきである。
よって,相違点1についての審決の判断に誤りはない。
(2) 原告は,前記のとおり,@外装部材と機械的支持体との結合が直接的かセメント質層を介した間接的なものかという点で補正発明と引用発明1とは大きく相違し,A引用発明2には「セメント質層」という構成は存在しない点において,補正発明と引用発明2とは全く異なるとして,審決の判断が誤りであると主張する。
しかしながら,上記@の点については,前記1に判示したことから明らかなように,相違点1についての審決の判断の誤りを根拠付けるものではない。また,Aの点については,相違点1は,セメント質層に係るものではないから,相違点1の判断を左右しない。
(3) 以上のとおり,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(補正発明と引用発明1との相違点3についての判断の誤り)について (1) 原告は,補正発明の「機械的支持体」は,「外装部材」と直接結合することによってその結合強度を高めることを目的としたものではなく,建築パネルに使用される硬質セルラー高分子材シートの耐熱性の問題を解決することを目的としたものであって,引用発明1と補正発明とは,目的,手段を全く異にするのに,これを看過して同列に論じ,補正発明において「機械的支持体」を用いる目的を「外装部材」との結合強度の向上であると認定した審決には誤りがあると主張する。
検討するに,前記1に判示したとおり,引用発明1の機械的支持体は,「外装部材を直接支持し,かつセメント質層を介して外装部材に結合される」ものであると認められる。そして,引用発明1において,外装部材(セラミック陶板)をセメント質層(モルタル層)を介して機械的支持体(鉄筋ネット)に結合するだけでなく,機械的支持体に直接支持(結合)しているのは,外装部材と機械的支持体の結合強度を高めるためであることは技術常識に照らしても明らかである。そうすると,ことさらに,上記2つの結合手段のうち直接支持することをやめて,外装部材と機械的支持体間の結合強度の低下を甘受し,両者の結合手段として,モルタル層を介して結合することを選択することは,当業者が必要に応じて適宜なし得る程度の事項にすぎない。
審決が,相違点3について,「引用発明1は,外装部材を機械的支持体に直接結合させることにより,セメント質層との結合と,機械的支持体との直接結合により支持されるのに対し,補正発明の外装部材は,セメント質層を介して間接的に機械的支持体に結合させたものであるから,引用発明1に比較し,強度的に劣ることは明らかであり,相違点3の特定事項とした点に格別の作用効果は認められない。」と判断したのは,上記と同旨をいうものであって,是認し得るものである。
(2) 原告は,補正発明において,機械的支持体を,直接外装部材に結合することに代えて,セメント質層を介して外装部材に結合させたことには,十分な技術的意義があり,引用発明1と補正発明の作用効果は明らかに異なることをるる主張する。
しかしながら,既に判示したとおり,引用発明1の機械的支持体は,「外装部材を直接支持し,かつセメント質層を介して外装部材に結合される」のであるから,引用発明1においても,仮に熱を受けて硬質セルラー高分子材シートが軟化した場合には,セメント質層(モルタル層)と機械的支持体(アンカーボルトと鉄筋ネット)とが協働して,軟化した「フォームシート」を支え,「フォームシート」の軟化により外装部材(セラミック陶板)がたるむことを防ぐことができることは明らかである。よって,原告の上記主張も直ちに採用することができない(なお,原告は,補正発明におけるセメント質層が,硬質セルラー高分子材シートの前面の「全面」を覆うと主張するが,請求項1においては,セメント質層が単に「硬質セルラー高分子材シートの前面に結合されている」と規定されているのみである。)。
4 取消事由4(補正発明による効果についての判断の誤り)について 既に判示したとおり,引用発明1の機械的支持体は,「外装部材を直接支持し,かつセメント質層を介して外装部材に結合される」ものであるから,引用発明1は,補正発明と同様に,硬質セルラー高分子材シートの防火性向上の効果を奏することは明らかである。
また,補正発明において「支持パネル」を採用したことによる作用効果は,引用発明2において「支持パネル」を用いたことによる作用効果と差異はない。
しかも,「機械的支持体」を複数とする点に関する相違点4についての審決の容易想到性の判断は,是認し得るものであり(原告も具体的に審決の誤りを主張しない。),この点においても格別の作用効果が生じるものではない。
そうすると,補正発明による効果は,引用発明1,2及び周知技術から予測できる程度のものとした審決の認定判断は,是認し得るものである。
なお,引用発明1のような壁用断熱パネルにおいては,明細書に明記されていないからといって,防火性の点が全く意識されていないとは解し難いし,引用発明2の明細書(甲6)においては,防火,耐火性が目的として明記されている。仮に,目的についての原告の主張することを前提とするとしても,そのことによって,効果の予測性に関する上記認定判断が左右されるものではない。
さらに,原告は,補正発明における防火性の向上は,「フォームシート」の内部に「機械的支持体」を配置することと,「フォームシート」の前面全域を覆う「セメント質層」を設けたことの効果として達成されると主張する。しかし,既に判示したとおり,原告の主張は,補正発明の構成に基づくものとはいえないのであって,採用の限りではない。
5 取消事由5(本願発明の進歩性に関する認定判断の誤り)について 既に判示したとおり,補正発明は,引用発明1,2及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたとして,本件補正を却下すべきものとした審決の認定判断に誤りはない。
そして,本願発明は,補正発明から「パネル」が「シートの後面に結合されている,支持パネル」を有するとの限定事項,「機械的支持体」が「支持パネルに結合される」との限定及び「機械的支持体」が「セメント質層を介して外装部材に結合される」との限定を省いたものである。よって,本願発明もまた,補正発明と同様の理由により,引用発明1,2及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであることは明らかである。
審決に原告主張の誤りはない。
6 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文