関連審決 | 不服2013-4801 |
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事件 |
平成
26年
(行ケ)
10058号
審決取消請求事件
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原告X 訴訟代理人弁理士富崎元成 同 吉田淳一 被告特許庁長官 指定代理人須田勝巳 同 手島聖治 同 西山昇 同 稲葉和生 同 小田浩 同 内山進 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2015/01/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2013-4801号事件について平成26年1月20日にし た審決を取り消す。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。) 1 原告は,発明の名称を「電気自動車の蓄電池管理の表示方法」とする発明に ついて,平成21年7月9日に国際出願(特願2010-519816号(パ リ条約による優先権主張 平成20年7月10日)。以下「本願」という。平 成24年8月27日付け手続補正後の請求項の数は4である。)をしたが,平 成24年12月12日付けで拒絶査定を受けたので,平成25年3月12日, これに対する不服の審判を請求した。 特許庁は,この審判請求を,不服2013-4801号事件として審理した 結果,平成26年1月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審 決をし,審決の謄本を,同年2月4日,原告に送達した。 原告は,同年3月4日,審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。 2 特許請求の範囲 平成24年8月27日付け手続補正後の本願の特許請求の範囲における請求 項1の記載は次のとおりである(甲7の4。この請求項に係る発明を,以下 「本願発明」という。また,同手続補正後の本願の明細書を,以下「本願明細 書」という。)。 【請求項1】 規格化され,着脱自在に交換可能な蓄電池が搭載された電気自動車における 蓄電池の管理のための表示方法であって, 前記蓄電池及び/又は前記電気自動車には,前記蓄電池の制御を行う電池制 御部が具備され, 前記蓄電池制御部は,前記電気自動車が使用した使用電力量を演算するため の使用電力量演算部,及び/又は,前記蓄電池に充電されている充電量で走行 可能な距離を演算するための走行可能距離演算部を有し, 前記電気自動車は,GPSから位置情報を取得し,前記位置情報に基づいて 目的地を検索して,地図上に表示するためのカーナビゲーションシステムを有 し, 2前記カーナビゲーションシステムは,前記GPSから前記位置情報を取得するための位置測位部,前記位置情報に基づいて,地図データを検索して,前記目的地までのルートを検索するルート検索部,及び,前記位置情報,前記地図,及び,前記ルート検索部で検索した結果の前記ルートを表示する表示部からなり,前記ルート検索部は,前記走行可能距離演算部から,前記走行可能な距離を示す距離データを取得し,前記位置測位部から,前記電気自動車の現在位置を示す前記位置情報を取得し,前記電気自動車の前記現在位置から,前記走行可能な距離の範囲以内に位置する,充電量が残り少ない使用済の前記蓄電池と満充電若しくはほぼ満充電に充電された充電済の前記蓄電池とを交換するための蓄電池交換所,及び/又は,蓄電池交換棚装置までの1以上の前記ルートを検索し,前記表示部は,前記ルート検索部で該検索した前記蓄電池交換所,及び/又は,前記蓄電池交換棚装置までの1以上の該ルートを表示し,及び,前記電気自動車の前記走行可能な距離の範囲を示す距離マークを,前記距離データに基づいて,前記表示部の画面に表示される前記地図の上に表示し,前記距離マークは,前記電気自動車の前記現在位置を中心点とし,前記走行可能な距離が半径とする円形で表示され,前記距離マークの線の太さは,前記走行可能な距離が短くなるにつれて,太くすることを特徴とする電気自動車における蓄電池管理の表示方法。 33 審決の理由 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開2002- 202013号公報(以下「引用例1」という。)に記載の発明,特開昭6 0-230013号公報(以下「引用例2」という。)等の記載事項及び周 知事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから, 特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,本願は,他の請 求項について検討するまでもなく拒絶されるべきであるというものである。 審決が,上記結論を導くに当たり認定した,引用例1に記載の発明(以下 「引用例1発明」という。)の内容,本願発明と引用例1発明との一致点及 び相違点は,次のとおりである。 ア 引用例1発明の内容 「燃料補給表示システムは,低公害車において,その車両10に備えられ た燃料タンク11内に蓄えられている低公害車用の燃料の残量を検知して 運転者に低公害車用の燃料を補給する時期を知らせるもので,車両位置測 定部12と,燃料検知部13と,速度計測部14と,電子制御ユニット (ECU)15と,表示部16と,を備えて成り, 車両位置測定部12は,多数の移動衛星から送信された電波を利用して 地上における任意の三次元位置を計測するグローバル・ポジショニング・ システム(GPS)から成り, 燃料検知部13は,上記車両10に備えられた燃料タンク11内に蓄え られている低公害車用の燃料の残量を検知する燃料検知手段となるもので あり, 速度計測部14は,車両10の現時点における走行速度を計測し,該走 行速度に基づいて速度信号を生成するものであり, ECU15は,上記車両位置測定部12からの現在位置信号と,燃料検 知部13からの残燃料の検知信号と,速度計測部14からの速度信号とを 4入力し,これらの信号に基づいて生成された制御信号を後述の表示部16に出力するもので,その内部に中央演算処理部(CPU)17と,検索部18とを含んで構成されており, ECU15に内蔵されたCPU17は,上記燃料検知部13からの検知信号に基づいて算出された単位時間あたりの燃料の消費量とその間に車両10が走行した距離とから現時点の走行状態における燃料消費率を算出する燃費算出手段と,上記燃料検知部13で検知した燃料タンク11内の残燃料と上記燃費算出手段で算出した現時点の燃料消費率とに基づいて上記車両10が到達し得る走行可能範囲20を算出する走行可能範囲算出手段と,を構成するものであり, ECU15に内蔵された検索部18は,上記CPU17で算出された走行可能範囲20内に存在する低公害車用の燃料補給所について検索する燃料補給所検索手段となるもので,例えば燃料補給所の位置情報等の情報を格納する記憶媒体を含んで成り, 表示部16は,上記検索部18で検索した低公害車用の燃料補給所の位置情報及び該燃料補給所までの到達経路等を表示する表示手段となるもので,運転者に燃料の補給時期を知らせて燃料補給所まで誘導する画面が表示されるようになっており, 表示部16には,走行中の車両10の周辺地図とその車両10の位置とが表示されると共に,該地図上に上記検索部18で検索された走行可能範囲20及び該走行可能範囲20内に存在する燃料補給所に関する情報,例えば燃料補給所A及びBの位置情報や該燃料補給所A及びBまでの到達経路等が表示され, ここで,走行可能範囲20は円形として表示されており, 燃料補給表示システムの動作は,上記燃料タンク11内の残燃料が所定量,例えば1/2より少なくなったときに開始するように設定されており, 5 車両10の運行が開始されると,車両10の燃料タンク11内に蓄えられている低公害車用の燃料は徐々に消費されていき,車両10に設けられた燃料タンク11内に蓄えられた燃料が所定量より少ないか否かを燃料検知部13で判断し,該燃料タンク11内の残燃料が1/2より少なくなると,燃料補給表示システムが動作を開始し, 車両位置測定部12は,車両10の現在位置を測定して該車両10の三次元位置を認識し, CPU17は,上記車両10の現時点の走行状態における燃料消費率を算出し,該燃料消費率と上記燃料タンク11内の残燃料とに基づいて走行可能範囲20を算出し, 検索部18は,上記走行可能範囲20内に存在する燃料補給所を検索し, 車両10の走行可能範囲20と上記検索された燃料補給所A及びBとが表示部16の画面上に表示され, 走行可能範囲20の例えば80%の大きさの安全圏21内に低公害車用の燃料補給所が存在するか否かを判断し, 安全圏21内に契約店である燃料補給所Aが存在している場合には,所定時間毎に,表示部16の表示画面を更新し, 燃料タンク11内の残燃料が少なくなり,上記表示部16に表示された安全圏21内に燃料補給所が存在しなくなった場合には,表示部16は,燃料補給を促す警告を表示すると共に,運行中の車両10を上記燃料補給所Aまで誘導する画面に切り換わり, 車両10の現在位置から燃料補給所Aまでの到達経路が表示され, 運転者は,低公害車用の燃料を補給する適切な時期に,車両10を低公害車用の燃料補給所Aまで確実に運転することができ, 低公害車用の燃料が補給されると,表示画面は,通常のナビゲーション表示に復帰する。」 6イ 一致点 「自動車におけるエネルギー源の管理のための表示方法であって, 前記自動車には,制御部が具備され, 前記制御部は,走行可能な距離を演算するための走行可能距離演算部を 有し, 前記自動車は,GPSから位置情報を取得し,前記位置情報に基づいて 目的地を検索して,地図上に表示するためのカーナビゲーションシステム を有し, 前記カーナビゲーションシステムは, 前記GPSから前記位置情報を取得するための位置測位部, 前記位置情報に基づいて,地図データを検索して,前記目的地までのル ートを検索するルート検索部,及び, 前記位置情報,前記地図,及び,前記ルート検索部で検索した結果の前 記ルートを表示する表示部 からなり, 前記ルート検索部は, 前記走行可能距離演算部から,前記走行可能な距離を示す距離データを 取得し, 前記位置測位部から,前記自動車の現在位置を示す前記位置情報を取得 し, 前記自動車の前記現在位置から,前記走行可能な距離の範囲以内に位置 する,エネルギー源の供給所までの1以上の前記ルートを検索し, 前記表示部は, 前記ルート検索部で該検索した前記エネルギー源の供給所までの1以上 の該ルートを表示し,及び, 前記自動車の前記走行可能な距離の範囲を示す距離マークを,前記距離 7 データに基づいて,前記表示部の画面に表示される前記地図の上に表示し, 前記距離マークは,前記自動車の前記現在位置を中心点とし,前記走行 可能な距離が半径とする円形で表示される 自動車におけるエネルギー源管理の表示方法。」である点。 ウ 相違点 相違点1 自動車が,本願発明では,「規格化され,着脱自在に交換可能な蓄電 池が搭載された電気自動車」であるのに対して,引用例1発明では, 「燃料で走行する低公害車」である点。 相違点2 本願発明が,「蓄電池の管理のための表示方法」であるのに対して, 引用例1発明は,「燃料の管理のための表示方法」である点。 相違点3 本願発明では,自動車が具備する制御部が,「蓄電池の制御を行う (蓄)電池制御部」であり,「前記蓄電池制御部」が「蓄電池に充電さ れている充電量」で走行可能な距離を演算する走行可能距離演算部を有 しているのに対して,引用例1発明のCPU17(制御部)は,「蓄電 池の制御を行う」ものではなく,また,CPU17(制御部)が有する 走行可能範囲算出手段(走行可能距離演算部)も,「蓄電池に充電され ている充電量」で走行可能な距離を演算するものではない点。 相違点4 エネルギー源の供給所が,本願発明では,「充電量が残り少ない使用 済の蓄電池と満充電若しくはほぼ満充電に充電された充電済の蓄電池と を交換するための蓄電池交換所」であるのに対して,引用例1発明では, 「燃料補給所」である点。 相違点5 8 本願発明では,「距離マークの線の太さは,走行可能な距離が短くな るにつれて,太くする」のに対して,引用例1発明は,そのようになっ ていない点。 |
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原告の主張
審決には,@本願発明と引用例1発明との相違点の看過(取消事由1),A 相違点5に係る本願発明の構成の容易想到性の判断の誤り(取消事由2)があ り,これらは,いずれも審決の結論に影響するものであるから,審決は取り消 されるべきである。 1 取消事由1(本願発明と引用例1発明との相違点の看過) 審決は,本願発明と引用例1発明とは,「前記表示部は,前記ルート検索 部で該検索した前記エネルギー源の供給所までの1以上の該ルートを表示し, 及び,前記自動車の前記走行可能な距離の範囲を示す距離マークを,前記距 離データに基づいて,前記表示部の画面に表示される前記地図の上に表示し, 前記距離マークは,前記自動車の前記現在位置を中心点とし,前記走行可能 な距離が半径とする円形で表示される」との点で一致すると認定した。 この点,本願発明では,「前記ルート検索部で該検索した前記蓄電池交換 所,及び/又は,前記蓄電池交換棚装置(判決注・併せて,以下「蓄電池交 換所等」ということがある。)までの1以上の該ルート」と「前記電気自動 車の前記走行可能な距離の範囲を示す距離マーク」は,表示部に同時に表示 されるように構成されており,これによって,電気自動車において,蓄電池 の交換距離を,カーナビゲーションシステム等の画面上に見やすく表示する という本願発明の課題を解決している。このことは,請求項1において, 「1以上の該ルート」の表示に係る構成要件と,「距離マーク」の表示に係 る構成要件が,「及び」という併合的な接続詞でつながれていること,本願 明細書の「地図上には,…走行可能な距離を示す円形マーク223,224 が表示されている。又,ルート検索部204で検索したルート225も表示 9される。」([0089])との記載や[図8]の図示するところから明らかである。 これに対し,引用例1発明では,走行可能範囲20は,燃料補給所までの到達経路(以下,単に「到達経路」という。)と同時に表示部16に表示されることはない。すなわち,走行可能範囲20及び安全圏21を表示する表示部16は,燃料タンク11内の残燃料が少なくなるなど燃料補給の必要性や緊急性が高まると,車両10を燃料補給所Aまで誘導する画面に切り換わり,燃料補給所Aまでの到達経路を表示するようになるが,このとき,走行可能範囲20は,表示部16に表示されない。そのため,引用例1発明は,せいぜい,車両を燃料補給所まで誘導して燃料を確実に補給することができるようになるという作用効果を奏するのみであり,本願発明の上記課題を解決するものではない。 よって,本願発明と引用例1発明とは,本願発明では,「表示部は,ルート検索部で該検索した前記エネルギー源の供給所までの1以上のルートを表示し,及び,自動車の前記走行可能な距離の範囲を示す距離マークを,前記距離データに基づいて,前記表示部の画面に表示される前記地図の上に表示する」のに対して,引用例1発明は,そのようになっていない点で相違する(この相違点を,以下「相違点6」という。)。 しかるに,審決は,引用例1発明の認定を誤った結果,本願発明と引用例1発明とが 一致すると誤って認定し,相違点6の存在を看過しており,違法である。 被告は,仮に,本願発明と引用例1発明との間に相違点6が存在するとしても,この相違点に係る本願発明の構成は当業者が容易に想到し得るから,本願発明は当業者が容易に発明をすることができたとの審決の判断に誤りはないと主張する。 しかるに,引用例1発明の課題は,「低公害車用の燃料を補給できる燃料 10 補給所の情報を適時表示し,燃料を確実に補給することができる燃料補給表 示システムを提供」することであり,引用例1発明は,「燃料補給所の情 報」と「燃料を確実に補給することができる燃料補給表示」という必要最低 限の情報,すなわち,燃料補給所の位置情報及び到達経路を表示部に表示す ることにより,その課題を解決したものである。 これに対し,走行可能範囲20は,走行可能な距離をユーザーに通知する ための表示であり,「燃料補給所の情報」でも「燃料を確実に補給すること ができる燃料補給表示」でもない。よって,燃料補給所Aまで誘導する誘導 画面においても,運転者が,「燃料が無くなる前に車両を燃料補給所まで確 実に運行する」ために走行可能範囲を知る必要があるということはできない。 また,仮に,ナビゲーションシステムにおいて,ナビゲーション画面の地 図に運転に必要な複数の情報を同時に表示することが常套手段であったとし ても,引用例1発明が,必要最低限の情報を表示部に表示させるために,燃 料補給所Aまで誘導する画面に切り換えると走行可能範囲20を消している にもかかわらず,到達経路に加えて走行可能範囲を同時に表示するように構 成することは,同発明の目的に反する方向に変更するものであるから,当業 者がかかる構成を容易に想到し得たということはできない。 よって,被告の上記主張は合理性を欠き,審決の瑕疵は解消されない。 2 取消事由2(相違点5に係る本願発明の構成の容易想到性の判断の誤り) 審決は,「引用例2には,「車両の残燃料が設定値以下に減少したときに, 車両の走行可能距離を演算し,表示画面に車両の走行可能エリアを表示す る。」(引用例2記載事項)と記載されているように,…燃料の残量が所定 値より少なくなったら,走行可能範囲を示すための円形を表示することが記 載されていることからみても,燃料の残量が,より少なくなるほど,すなわ ち走行可能距離が,より短くなるほど,燃料補給の必要性や緊急性が,より 高くなることは自明のことである。また,必要性や緊急性がより高い情報を, 11より強調して表示することは常套手段である。」とした上,引用例 1 発明において,「燃料補給の必要性や緊急性がより高まっていることを運転者に通知するために,「円形20」の表示を,「走行可能な距離が短くなるにつれて」,より強調するように構成することは当業者であれば容易に想到し得たことである。」と判断した。 そして,審決は,「例えば文章において文字を「太字」で強調するなど,「線」を「太く」することで,表示内容を強調することは,普通に行われていることであるから,「円形20」の表示をより強調するために,その「線」をより「太くする」ことは,当業者が適宜なしうる設計的事項である。」と判断した。 しかしながら,仮に,必要性や緊急性がより高い情報をより強調して表示することが常套手段であったとしても,引用例1発明において,燃料補給の必要性や緊急性がより高まっていることを通知するための表示は,到達経路であり,走行可能範囲20ではなく,審決はこの点において引用例1発明の認定を誤っている。 また,本願発明の「前記距離マークの太さは,前記走行可能な距離が短くなるにつれて,太くする」とは,具体的には「距離マークの線の太さを動的に徐々に太くする」ことであるが,引用例2には,かかる構成について全く記載がない。この点,文章において文字を「太字」で強調することはあるかもしれないが,静的な状態の文章でその文字の太さを徐々に太くすることは考えられないし,ましてや,「走行可能な距離が短くなるにつれて」文章の文字を太くすることも考えられない。 このように,引用例2には記載がないにもかかわらず,「必要性や緊急性がより高い情報を,より強調して表示することは常套手段である」として,「「円形20」の表示を…より強調するように構成することは当業者であれば容易に想到し得た」としたり,「その「線」をより「太くする」ことは, 12 当業者が適宜なしうる設計的事項である」とする審決の判断は,引用例2に 開示された技術内容を,本願発明の技術的事項を取り込んで過度に上位概念 化,あるいは抽象化するものであり,許されない。 よって,審決には,相違点5に関し,判断の誤りがある。 |
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被告の主張
1 取消事由1について 原告は,本願発明では,表示部に,蓄電池交換所等までのルート(以下, 単に「ルート」という。)と,走行可能な距離の範囲を示す距離マーク(以 下,単に「距離マーク」という。)とが,同時に表示されるように構成され ていると主張する。 しかるに,「及び」の一般的意義は,「複数の事物・事柄を並列して挙げ たり,別の事物・事柄を付け加えて言ったりするのに用いる語。と。ならび に。また。そして。」というものである(大辞泉(増補・新装版),乙1) から,複数の対等な事象を列挙する場合に用いられる用語であり,必ずしも 事象の同時性を表現するために用いられる用語ではない。また,本願明細書 の[0089]及び[図8]の内容は,単なる例示である。 したがって,本願発明に係る請求項1の「及び」の語や,本願明細書の記 載及び図面によって,表示部にルートと距離マークが同時に表示されること が一義的に特定されているということはできないから,原告の主張は,本願 発明の発明特定事項に基づくものではなく失当である。 また,原告は,引用例1発明において,到達経路と走行可能範囲は同時に 表示されることはないと主張する。 しかしながら,引用例1には,「誘導する画面に切り換わる前の画面」に ついての説明(【0019】ないし【0021】)に,走行可能範囲20と 燃料補給所A及びBまでの到達経路が同時に表示される表示形態が開示され ている。なお,表示部が「燃料補給所Aまで誘導する画面」に切り換わった 13 後も,燃料残量を通知する必要性は高いと考えられること,燃料補給所への 誘導中も現在位置の把握が依然として行われると解されることからすると, 到達経路(ルート)に加えて走行可能範囲(距離マーク)を表示し続ける可 能性は排除できない。 以上によれば,審決における本願発明と引用例1発明との一致点及び相違 点の認定に,誤りはない。 仮に,本願発明と引用例1発明との間に相違点6が存在するとしても,当 該相違点に係る本願発明の構成は,当業者が容易に想到し得る程度のもので ある。 すなわち,引用例1発明において,「燃料が無くなる前に車両を燃料補給 所まで確実に運行する」という課題からみて,燃料補給所Aまで誘導する誘 導画面においても,運転者が「燃料が無くなる前に車両を燃料補給所まで確 実に運行する」ために,走行可能範囲を知る必要があることは明らかである。 また,ナビゲーションシステムにおいて,ナビゲーション画面の地図に運 転に必要な複数の情報を同時に表示することは常套手段である。そして,一 般に,ドライブ中の画面表示では,安全運転上,必要とされる情報を,でき るだけ一見して分かるように表示すべきことは自明である。 してみれば,引用例1発明の誘導画面において,表示部16が,到達経路 (ルート)に加えて走行可能範囲(距離マーク)を同時に表示するように構 成することは,当業者が容易に想到し得たことである。 よって,本願発明は当業者が容易に発明をすることができたとの審決の判 断に,誤りはない。 2 取消事由2について 審決は,引用例2記載事項のみならず,引用例1に記載された事項,常套 手段,及び「普通に行われていること」を総合勘案することにより,「「円 形20」の表示を,「走行可能な距離が短くなるにつれて」,より強調する 14 ように構成することは当業者であれば容易に想到し得たこと」であり, 「「円形20」の表示をより強調するために,その「線」をより「太くす る」ことは,当業者が適宜なしうる設計的事項である」と判断したのであっ て,審決が認定した引用例2記載事項,すなわち「車両の残燃料が設定値以 下に減少したときに,車両の走行可能距離を演算し,表示画面に車両の走行 可能エリアを表示する。」との事項のみに基づいて,上位概念化あるいは抽 象化し,容易想到性の判断をしたのではない。 よって,審決には,引用例2に開示された技術内容を過度に上位概念化あ るいは抽象化した誤りがあるとの原告の主張は,失当である。 必要性や緊急性がより高まっていることを強調して表示する方法は,例え ば,特開昭61-194470号公報(以下「乙2文献」という。),特開 2004-325323号公報(以下「乙3文献」という。),特開200 0-249724号公報に記載されているように,種々の方法が知られてお り,それぞれの表示方法を採用した場合における作用効果も,当業者であれ ば予想し得る程度のものであることからすれば,どのような方法を採用する かは,当業者が適宜選択できる設計的事項というべきである。これらの事実 からみても,「「円形20」の表示をより強調するために,その「線」をよ り「太くする」ことは,当業者が適宜なしうる設計的事項である」とした審 決の判断に誤りはない。 |
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当裁判所の判断
当裁判所は,原告の主張は理由がないものと判断する。その理由は次のとお りである。 1 取消事由1(本願発明と引用例1発明との相違点の看過)について 相違点6の存否について ア ルートと距離マークの表示態様についての本願発明の構成 原告は,本願発明ではルートと距離マークとが同時に表示されるように 15構成されていると主張する のに対し,被告はこれを否定する 。 そこで,以下,本願発明におけるルートと距離マークの表示態様について検討する。 本願発明に係る請求項1の記載は,前記第2の2のとおりであり,表 示部の構成については,「前記表示部は,」に続けて,「前記ルート検 索部で該検索した前記蓄電池交換所,及び/又は,前記蓄電池交換棚装 置までの1以上の該ルートを表示し,」との記載と,「前記電気自動車 の前記走行可能な距離の範囲を示す距離マークを,前記距離データに基 づいて,前記表示部の画面に表示される前記地図の上に表示し,」との 記載が,「及び,」との文言で接続されている。 ここに,「及び」とは,「複数の事物・事柄を並列して挙げたり,別 の事物・事柄を付け加えて言ったりするのに用いる語。と。ならびに。 また。そして。」との意味であること(乙1)からすれば,「前記表示 部」には,ルートと距離マークとが並列的に,すなわち同時に表示され ると解することが一応可能である。 また,請求項1の記載に照らせば,ルートと距離マークは,カーナビ ゲーションシステムにおいて同時並行的に行われると解される電気自動 車の位置情報の取得や走行可能な距離データの取得,ルート検索が完了 することにより,いずれも表示部に表示可能になると考えられるところ, これらがいかなる場合に表示部に表示されるのかをさらに限定する記載 はないから,結果的に,両者は表示部に同時に表示されることとなると 考えることができる。 他方,上記のとおりの「及び」の語義からすれば,この語が常に事象 の同時性を表現するために用いられるとは限らないこと,また,ルート と距離マークがいかなる場合に表示部に表示されるのかを限定する記載 16はない反面,これを特定する記載もないことからすれば,請求項1の記載から,ルートと距離マークが表示部に同時に表示されることを一義的に明確に理解することができるとまではいい難い。 そこで,本願明細書の記載を参酌することとする。 この点,本願明細書(甲7の2)の「発明の効果」には,「…蓄電池の交換距離を,カーナビゲーションシステム等の画面上に,ドライバが蓄電池交換の時期や場所を見やすくし,そのためのドライバのストレス,負担を大幅に低減した。同時に,画面上に,蓄電池を交換するための蓄電池交換所,及び/又は,蓄電池交換棚装置を表示し,電気自動車から最寄り,又は,近くにある蓄電池交換所,及び/又は,蓄電池交換棚装置までのルートを表示した。これにより,ドライバが蓄電池交換の時期や場所を見やすくし,そのためのストレス,負担を大幅に低減した。」([0027])との記載がある。この記載における「蓄電池の交換距離」は,ドライバが蓄電池交換の時期や場所を見やすくするものであるから,本願発明の距離マークに相当すると解され,これと,蓄電池交換所等までのルートが「同時に」表示されることが記載されているということができる。 また,本願明細書の [図8]「発明を実施するための最良の形態」には,「カーナビゲーションシステムの表示部の画面の例を示す図」([0028])である[図8](右のとおり)に関して,「地図 17 上には,まず,道路220が表示される。そして,地図上には,例えば, 電気自動車100の現在位置を示す印221,蓄電池交換所を示すマー ク222a,222b,及び,222c,走行可能な距離を示す円形マ ーク223,224が表示されている。又,ルート検索部204で検索 したルート225も表示される。走行可能な距離を示す円形マーク22 3,224は,電気自動車の現在位置を中心点とし表示されている。電 気自動車の現在位置は,印221であり,印221が円形マーク223, 224の中心点となる。」([0089]),「…ルート225は,電 気自動車100から一番近い蓄電池交換所73までのルートを示してい る。」([0091])との記載があり,「走行可能な距離を示す円形 マーク223,224」である「距離マーク」と「ルート225」とが, 表示部に同時に表示されることが記載されている。 さらに,本願明細書には,ルートと距離マークが同時に表示されるこ とを否定すべき記載はない。 以上によれば,本願明細書の記載を参酌すると,本願発明において, ルートと距離マークは,表示部に同時に表示されると解するのが相当で ある。 イ 「車両10の現在位置から燃料補給所Aまでの到達経路」と「走行可能 範囲20」の表示態様についての引用例1発明の構成 次に,原告は,引用例1発明においては,走行可能範囲20と到達経路 は同時に表示されるものではないと主張する(前記第3の1 )のに対し, 被告は,引用例1に,走行可能範囲20と到達経路が同時に表示される表 示形態 。 そこで,以下,引用例1発明における走行可能範囲20と到達経路の表 示態様について検討する。 引用例1(甲1)の【発明の詳細な説明】には,引用例1発明による 18 燃料補給表示システムの 【図3】 動作について,フローチ ャートとして【図3】 (右のとおり)が掲げら れ,これを参照しての説 明として,次の記載があ る。 「【0026】次に,車両 10に設けられた燃料タ ンク11内に蓄えられた 燃料が所定量より少ない か否かを燃料検知部13 で判断する(ステップS 4)。ここで,上記ステ ップS1の設定により, …該燃料タンク11内の 残燃料が1/2より少な くなると,上記ステップ S4は“YES”側に進む。これにより,燃料補給表示システムが動作 を開始する。 【0027】まず,図1(判決注・省略。以下同じ。)に示す車両位置 測定部12は,車両10の現在位置を測定し(ステップS5),該車両 10の三次元位置を認識する。次に,図1に示すCPU17は,上記車 両10の現時点の走行状態における燃料消費率を算出し,該燃料消費率 と上記燃料タンク11内の残燃料とに基づいて走行可能範囲20を算出 する(ステップS6)。… 19 【0028】また,図1に示す検索部18は,上記走行可能範囲20内 に存在する燃料補給所であって,かつ該燃料補給所の営業時間内に上記 車両10が到着可能な全ての燃料補給所を検索する(ステップS8)。 ここでは,上記の条件に該当する燃料補給所として,契約店である燃料 補給所Aと,契約店でない燃料補給所Bとが検索されたとする。そして, 上記算出された車両10の走行可能範囲20と上記検索された燃料補給 所A及びBとが図1に示す表示部16の画面上に表示され,さらに上記 走行可能範囲20の例えば80%の大きさの安全圏21が表示される (ステップS9)。」「【0030】ここで,運転者がそのまま車両10の運転を続けたため, 燃料タンク11内の残燃料が少なくなり,上記表示部16に表示された 安全圏21内に燃料補給所が存在しなくなった場合,…上記ステップS 10は“NO”側に進む。これにより,上記表示部16は,燃料補給を 促す警告を表示すると共に,運行中の車両10を上記燃料補給所Aまで 誘導する画面に切り換わり(ステップS11),上記車両10の現在位 置から燃料補給所Aまでの到達経路が表示されるようになる。したがっ て,運転者は,低公害車用の燃料を補給する適切な時期に,車両10を 低公害車用の燃料補給所Aまで確実に運転することができる。 【0031】そして,…低公害車用の燃料が補給されると(ステップS 12),上記表示部16の表示画面は,通常のナビゲーション表示に復 帰する(ステップS13)。」 前記 のとおりの引用例1の記載によれば,引用例1発明による燃料 補給表示システムは,車両10に設けられた燃料タンク11内の残燃料 が2分の1より少なくなると,燃料補給表示システムが動作を開始し, 走行可能範囲20を算出して,表示部16の画面上に走行可能範囲20 と安全圏21を表示し,その後,安全圏21内に燃料補給所が存在しな 20 くなった場合には,運行中の車両10を燃料補給所Aまで誘導する画面 に切り換え,燃料補給所Aまでの到達経路を表示するようになるという ものである。 そうすると,引用例1では,表示部16は,燃料補給表示システムの 動作開始後に,いったん走行可能範囲20及び安全圏21を表示するも のの,残燃料が少なくなった場合には,画面を切り換え,到達経路を表 示するのであるから,「到達経路」と「走行可能範囲20」とは,同時 に表示されると認めることはできない。 ウ 本願発明と引用例1発明との対比 引用例1発明の走行可能範囲20が,本願発明の距離マークに相当する こと,引用例1発明の到達経路が,本願発明のルートに相当することは, いずれも明らかであるところ,前記ア及びイの検討によれば,本願発明に おいては,距離マークとルートが表示部に同時に表示されるのに対し,引 用例1発明においては,走行可能範囲20と到達経路とが表示部に同時に 表示されるということはできない。 そうすると,本願発明と引用例1発明とは,「本願発明では,「前記表 示部は,前記ルート検索部で該検索した前記蓄電池交換所,及び/又は, 前記蓄電池交換棚装置までの1以上の該ルートを表示し,及び,前記電気 自動車の前記走行可能な距離の範囲を示す距離マークを,前記距離データ に基づいて,前記表示部の画面に表示される前記地図の上に表示」するの に対して,引用例1発明は,そのようになっていない」という相違点(以 下,これを指して「相違点6」ということとする。)が存在するというべ きである。 よって,審決は,かかる相違点6の存在を看過し,両発明が,「前記表 示部は,前記ルート検索部で該検索した前記エネルギー源の供給所までの 1以上の該ルートを表示し,及び,前記自動車の前記走行可能な距離の範 21 囲を示す距離マークを,前記距離データに基づいて,前記表示部の画面に 表示される前記地図の上に表示し,」との点で一致するとした点で,誤っ ているといわざるを得ない。 エ 被告の主張について 被告は,請求項1における「及び」の語は,必ずしも事象の同時性を 表現するために用いられる用語ではなく,また,本願明細書の記載内容 は単なる例示であるとして,本願発明において,表示部にルートと距離 マークが同時に表示されることが一義的に特定されているとはいえない しかしながら,「及び」の語義を踏まえても,請求項1の記載から, 表示部にルートと距離マークとが同時に表示されると一応理解すること ができることは前記ア のとおりであり,本願明細書の「発明の効果」 や「発明を実施するための最良の形態」の記載も,上記理解を裏付けこ そすれ,これを否定するものではないことは,同 のとおりである。 よって,被告の上記主張は,採用することができない。 被告は,引用例1には,「誘導する画面に切り換わる前の画面」につ いての説明である【0019】ないし【0021】に,走行可能範囲2 0と燃料補給所A及びBまでの到達経路が同時に表示される表示形態が 開示されていると主張する(同上)。 この点,引用例1の上記各段落及びこれに関連する段落の記載内容は, 次のとおりである(甲1)。 「【0019】上記表示部16は,上記検索部18で検索した低公害車用 の燃料補給所の位置情報及び該燃料補給所までの到達経路等を表示する 表示手段となるもので,運転者に燃料の補給時期を知らせて燃料補給所 まで誘導する画面が表示されるようになっており,例えばTVモニタ又 は液晶ディスプレイ,プラズマディスプレイ,ホログラムを用いたディ 22スプレイ等から成っている。 【図2】この表示部16には,図2(判決注・右のとおり)に示すように,走行中の車両10の周辺地図とその車両10の位置とが表示されると共に,該地図上に上記検索部18で検索された走行可能範囲20及び該走行可能範囲20内に存在する燃料補給所に関する情報,例えば燃料補給所A及びBの位置情報や該燃料補給所A及びBまでの到達経路等が表示される。 【0020】また,上記表示部16は,図2に示すように,上記低公害車用の燃料補給所A及びBのそれぞれの営業時間Ta及びTbを表示するようになっている。ここでは,例えば上記低公害車用の燃料補給所Aの営業時間Taは9時から19時までであり,また燃料補給所Bの営業時間Tbは7時から21時までであると表示されているとする。これにより,運転者は,車両10が低公害車用の燃料補給所の営業時間内に到着できるか否かを判断することができる。…【0021】さらに,上記表示部16は,図2に示すように,上記走行可能範囲算出手段で算出された車両10の到達し得る走行可能範囲20に基づいて,走行中の車両10が低公害車用の燃料を確実に補給できる安全圏21を表示するようになっている。ここでは,例えば上記走行可能範囲20の80%の大きさを安全圏21として表示する。これにより,運転者は,車両10が低公害車用の燃料を確実に補給できる地域内を走行しているか否かを判断することができる。…【0022】そして,上記表示部16は,上記安全圏21内に低公害車 23 用の燃料補給所A及びBが存在しなくなった場合,…車両10を上記燃 料補給所A又はBまで誘導する画面に切り換えるようになっている。こ れにより,車両10に低公害車用の燃料を補給する適切な時期において, 該車両10を低公害車用の適切な燃料補給所まで誘導する画面が上記表 示部16に表示されるため,前記燃料タンク11内の燃料が無くなる前 に車両10を低公害車用の燃料補給所まで運行することができる。」 以上の引用例1の記載によると,同文献の【0019】ないし【00 21】が「誘導する画面に切り換わる前の画面」についての記載である との記載はない。むしろ,これらの記載は,その内容に照らして,表示 部16に表示可能な複数の表示項目を,それぞれの表示タイミングにか かわらず列挙したものであると認められ,それらの表示項目が時間的に 同時に表示されることを表しているものということはできない。 よって,被告の上記主張は,採用することができない。 被告は,引用例1発明において,表示部が燃料補給所Aまで誘導する 画面に切り換わった後も,到達経路(ルート)に加えて走行可能範囲 (距離マーク)を表示し続ける可能性は排除できない,とも主張する。 しかしながら,被告の主張は,引用例1発明において到達経路と走行 可能範囲が同時に表示される可能性を指摘するにとどまるものであり, このような可能性があるからといって,これらが同時に表示されると直 ちに認めることはできない。 よって,被告の上記主張は,採用することができない。 相違点6に係る本願発明の構成の容易想到性について とおり,本願発明と引用例1発明との間には,審決が認定した相違点に加えて相違点6が存在し,審決には相違点6の存在を看過した誤りがあることとなる。そこで,かかる誤りが審決の結論に影響するかどうかに関し,相違点6に係る本願発明の構成の容易想到性について検 24討することとする。 ア 引用例1における示唆について まず,引用例1に,到達経路と走行可能範囲を同時に表示することにつ いての示唆があるかどうかを検討する。 この点,引用例1(甲1)の【特許請求の範囲】には,次の記載があ る。 「【請求項1】車両の現在位置を測定する車両位置測定手段と, 上記車両の燃料タンク内に蓄えられている低公害車用の燃料の残量を検 知する燃料検知手段と, 上記車両の現時点の走行状態における燃料消費率を算出する燃費算出手 段と, 上記燃料検知手段で検知した燃料タンク内の残燃料と上記燃費算出手段 で算出した現時点の燃料消費率とに基づいて上記車両が到達し得る範囲 を算出する走行可能範囲算出手段と, この走行可能範囲算出手段で算出した範囲内に存在する低公害車用の燃 料補給所を検索する燃料補給所検索手段と, 上記燃料補給所検索手段で検索した低公害車用の燃料補給所の位置情報 及び該燃料補給所までの到達経路を表示する表示手段と,を備えたこと を特徴とする燃料補給表示システム。」 「【請求項3】上記表示手段は,上記走行可能範囲算出手段で算出された 車両の到達範囲に基づいて該車両が燃料を確実に補給できる安全圏を表 示することを特徴とする請求項1又は2記載の燃料補給表示システ ム。」 請求項1の発明は,走行可能範囲を表示 部に表示することを構成としては含んでいないものの,燃料補給所の位 置情報及び到達経路がいかなる場合に表示されるのかを,特に限定して 25 いないから,残燃料が少なくなった場合であるか否かを問わず,到達経 路を表示部に表示する構成を含むということができる。 そして,請求項1を引用する請求項3には,これに加えて安全圏を表 示する構成が開示されており,このことと,【発明の詳細な説明】の 【0028】に,安全圏21が走行可能範囲20とともに表示されるこ とが記載されていることを踏まえると,引用例1には,到達経路と走行 可能範囲を同時に表示することが示唆されているということができる。 イ 周知技術について 次に,周知技術について検討すると,特開平9-115094号公報 (乙5。以下「乙5文献」という。)には,車両の現在位置画像を含む走 行画像を道路地図画像上に表示する走行画像表示装置について,「表示操 作部8の液晶ディスプレイ8Aに,カラー地図画像25が表示され,この カラー地図画像25上に,車両の現在位置画像26,目的地画像27,現 在位置から目的地までの経路画像28,及び現在の燃料残量で走行可能な 走行可能領域画像30が重畳表示されるので,運転者は,目的地に現在の 燃料残量で到達可能か否かを適確に把握でき,必要な場合には,燃料補給 を行いながら,液晶ディスプレイ8Aに表示された経路28に従って車両 を走行させることにより,目的地に安全に到達することができる。」 (【0022】)との記載がある。 これによれば,本願の優先権主張日の当時において,車両の走行画像表 示装置の技術分野において,目的地までの経路と現在の燃料残量で走行可 能な距離の範囲を重畳的に表示させることは,周知技術であったと認めら れる。 なお,引用例1発明における到達経路は,走行可能範囲内にある燃料補 給所までのものであることが前提であるのに対し,乙5文献における目的 地までの経路画像と走行可能領域画像は,そのような関係にはない点で異 26 なるものの,少なくとも両者は,到達すべき場所までの経路とともに当該 車両が走行可能な領域の範囲を表示するという点で,共通するということ ができる。 ウ 引用例1発明の目的に反するか否かについて さらに,引用例1発明において,表示部に到達経路と走行可能範囲を同 時に表示させることが,引用例1発明の目的を阻害するかどうかについて 検討する。 引用例1(甲1)によれば,引用例1発明の目的は,低公害車において, 運転者が燃料の補給時期の判断を誤って燃料補給所に到着する前に燃料が なくなると,車両の運行をすることができなくなるという課題があったこ とから(【0004】),低公害車用の燃料を補給できる燃料補給所の情 報を適時表示し,燃料を確実に補給することができる燃料補給表示システ ムを提供するというものである(【0006】)。 そして,引用例1には,走行可能範囲20を表示部に表示する意義につ いて,「上記算出された車両10の走行可能範囲20と上記検索された燃 料補給所A及びBとが…表示部16の画面上に表示され,さらに上記走行 可能範囲20の例えば80%の大きさの安全圏21が表示される(ステッ プS9)。」(【0028】)「次に,上記安全圏21内に低公害車用の 燃料補給所が存在するか否か…を判断する(ステップS10)。…これに より,現時点における残燃料で走行できる範囲等の情報を得ることができ るため,運転者は,これを見て車両10に燃料を補給する時期を判断すれ ばよい。」(【0029】)との記載があり,これによれば,走行可能範 囲20は,安全圏や到達経路とともに,上記のとおりの引用例1発明の課 題を解決するための情報であるということができる。よって,これを,安 全圏や到達経路とともに表示部に表示することは,上記課題の解決に資す るものであり,少なくともこれらを同時に表示させることが,上記課題の 27 解決を阻害するものということはできない。 エ 検討 以上のとおり,引用例1には到達経路と走行可能範囲を同時に表示させ ることが示唆されていること,走行画像表示装置の技術分野において,目 的地までの経路と走行可能な距離の範囲を重畳的に表示することが周知技 術であること,さらに,到達経路と走行可能範囲を同時に表示させること が引用例 1 発明の目的を阻害するものではないことに照らせば,引用例1 発明における,走行可能範囲を表示する画面から到達経路を表示する画面 に切り換える構成に代えて,走行可能範囲を表示する画面を切り換えるこ となく,これに到達経路を重畳的に表示させるようにし,相違点6に係る 本願発明の構成とすることは,当業者において容易に想到し得ることであ るというべきである。 そうすると,審決には,相違点6の存在を看過した誤りがあるものの, この認定の誤りは,審決の結論に影響するものではないから,かかる誤り があることをもって,審決を取り消すべき違法があるということはできな い。 オ 原告の主張について 原告は,引用例 1 発明は,燃料補給所の位置情報と到達経路という必要 最低限の情報を表示部に表示することによって,その課題を解決するもの であるところ,走行可能範囲は,燃料補給所の位置情報でも到達経路でも なく,必要最低限の情報ではないにもかかわらず,これを表示させること は,発明の目的に反する方向に変更するものであるとして,到達経路と走 行可能範囲を同時に表示させることは当業者が容易に想到し得たことでは ないと主張する 。 しかしながら,引用例1には,原告の主張するような必要最低限の情報 のみを表示部に表示することが,引用例1発明の目的を達成するために不 28 可欠であるとの記載はないし,これを示唆する記載もない。 むしろ,走行可能範囲の表示が,安全圏や到達経路の表示とともに,引 用例1発明の課題の解決に資するものであり,これらを同時に表示させる ことが同発明の課題の解決を阻害するとはいえないことは,前記ウのとお りである。 なお,引用例1発明における,走行可能範囲を表示する画面から到達経 路を表示する画面に切り換える構成に代えて,走行可能範囲を表示する画 面上に到達経路を併せて表示するようにすることは,画面の切り換えを不 要とする点においては技術上の利点も存すると思われるところである。 以上によれば,原告の上記主張は,採用することができない。 2 取消事由2(相違点5に係る本願発明の構成の容易想到性の判断の誤り)に ついて 周知技術について ア 乙2文献(乙2)には,次の記載がある。 「本発明は,自動車の燃料残量が所定レベル以下なると自動的に走行可能 範囲を表示する車載ナビゲーション装置を提供することを目的とする。 上記目的を達成する為に本発明の車載ナビゲーション装置においては, 燃料残が所定量以下になると現在地を含む地図画面情報を選択して,これ に現在地を中心とする走行可能範囲を円弧にて示し,燃料の残量に応じて 上記円弧の色,輝度若しくは線の形状等を変化させる構成を採用してい る。」(2枚目左上欄4行目ないし12行目) 「以上説明したように本発明が実施された車載ナビゲーション装置におい ては,燃料の残量に対応した走行可能範囲を地図画面上に示すと共に該走 行可能範囲を色及び線種によって強調するので,運転者の注意が喚起され て給油がより確実になされるので好ましいのである。」(3枚目右上欄1 5行目ないし20行目) 29イ 乙3文献(乙3)には,次の記載がある。 「本発明は,燃料の残量が少なくなったことを報知する車両用残燃料警告 装置に関するものである。」(【0001】) 「上記目的を達成するため,請求項1に記載の発明では,光源(42)の 点灯により表示部(41)を照明して燃料の残量が少なくなったことを報 知する車両用残燃料警告装置において,光源(42)への通電を制御する 制御手段(2)を備え,制御手段(2)は,燃料の残量が少なくなるのに 伴って光源(42)の輝度を増加させることを特徴とする。」(【000 6】) 「これによると,燃料の残量を連続的に表示することができるため,燃料 の残量を段階的に表示する場合よりも,乗員は燃料の残量をより正確に把 握することができる。」(【0007】)ウ これらの文献の記載によれば,本願の優先権主張日の当時において,車 両の燃料補給を促すための警告を表示する装置ないし方法の技術分野にお いて,運転者に対して,車両の残燃料が少なくなった際に燃料補給を促す ため,燃料の残量に応じて,画面上に円弧で表示された走行可能範囲の色, 輝度若しくは線の形状等を変化させたり,燃料の残量を報知する表示部の 光源の輝度を増加させたりして,運転者の注意を喚起する強調表示を行う ことは,周知技術であったと認められる。 検討 引用例1発明と前記 ウの周知技術は,車両の燃料補給を促すための警告を表示する装置ないし方法という点で共通の技術分野に属するから,引用例1発明に,この周知技術を適用する動機付けが存在するということができる。 そうすると,引用例1発明にこの周知技術を適用し,燃料の残量に応じて,円形の走行可能範囲20の色,輝度若しくは線の形状等を変化させる強調表示を行うこととすることは,当業者であれば容易に想到することができると 30いうべきである。 そして,線の太さを太くすることが,上記の強調表示のうち線の形状を変化させるものに当たり,それ自体は強調表示としては周知の形態にすぎないことは明らかであるから,引用例1発明において,走行可能範囲を強調表示するよう構成するに当たり,その線の太さを太くするように構成することに,格別の困難性は認められない。 したがって,当業者において,引用例1発明の走行可能範囲20を,相違点5に係る本願発明の構成とすることは,容易に想到し得るものであるということができ,これと同旨の審決の判断に誤りがあるということはできない。 原告の主張についてア 原告は,引用例1発明において,燃料補給の必要性や緊急性がより高ま っていることを通知するための表示は到達経路であり,走行可能範囲20 ではないと主張する )。 しかしながら,引用例1発明は,車両10の燃料タンク11内の残燃料 が2分の1より少なくなると,燃料補給表示システムが動作を開始し,走 行可能範囲20を算出して,表示部16の画面上にこれを表示するもので ある。そうすると,引用例1発明における走行可能範囲20も,残燃料が 少なくなってきたこと,すなわち,燃料補給の必要性や緊急性がより高ま っていることを示すためのものであると認められ,このような走行可能範 囲20の機能は,これと到達経路とを同時に表示させる構成にしたとして も失われることはない。 イ 原告は,本願発明の構成は「距離マークの線の太さを動的に徐々に太く する」ものであるが,静的な状態の文章でその文字の太さを徐々に太くす ることは考えられず,ましてや「走行可能な距離が短くなるにつれて」文 章の文字を太くすることも考えられないと主張する(同上)。 しかしながら,審決は,文字の太さを徐々に太くすると説示しているわ 31 けではなく,「「線」を「太く」することで,表示内容を強調することは, 普通に行われている」ことの例示として「例えば文章において文字を「太 字」で強調する」ことを挙げているにすぎない。そして,文字に限らず, 強調表示の手段として線の太さを太くすることが周知の形態であることは, 前記のとおりであり,審決の説示に誤りはない。 そして,燃料の残量に応じて走行可能範囲の色,輝度若しくは線の形状 等を変化させる強調表示を行うことが周知技術であったと認められるのは に少なくなるのに応じて,徐々に強調の度合いが増すような形態で行われ ることは明らかである。したがって,本願発明の構成が具体的には「距離 マークの線を動的に徐々に太くする」というものであるとしても,このよ うな周知技術を踏まえれば,当該構成は当業者において容易に想到し得る ということができる。 ウ 原告は,引用例2には本願発明の「前記距離マークの線の太さは,前記 走行可能な距離が短くなるにつれて,太くする」との構成について全く記 載がない以上,審決の判断は,引用例2に開示された技術内容を過度に上 位概念化あるいは抽象化するものであるとも主張する(同上)。 しかしながら,審決は,引用例2記載事項を,「燃料の残量が,より少 なくなるほど,すなわち走行可能距離が,より短くなるほど,燃料補給の 必要性や緊急性が,より高くなることは自明のことである。」ことを導く 事情として用いており,引用例2記載事項から直接に本願発明の上記構成 を導くものではない。そして,審決は,必要性や緊急性がより高い情報を, より強調して表示することは常套手段であること,例えば文章において文 字を太字で強調するなど,線を太くすることで表示内容を強調することは, 普通に行われていることであることなどを根拠に,引用例1発明から本願 発明の上記構成に至ることに容易に想到し得ると判断したものであるから, 32 原告の上記主張は,その前提を誤るものである。 エ 以上によれば,原告の前記主張は,いずれも採用することができない。 3 結論 以上のとおりであり,原告の主張は理由がない。よって,原告の請求を棄却 することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 石井忠雄 |
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裁判官 | 田中正哉 |
裁判官 | 神谷厚毅 |