関連審決 | 不服2012-4051 |
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事件 |
平成
26年
(行ケ)
10120号
審決取消請求事件
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原告日本板硝子株式会社 訴訟代理人弁理士北村修一郎 同 山ア徹也 同 飯田昇 被告特許庁長官 指定代理人本郷徹 同 竹村真一郎 同 井上茂夫 同 堀内仁子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2015/01/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2012-4051号事件について平成26年4月2日にした審決を取り消す。 |
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前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯等(争いがない。) 原告は,発明の名称を「防火ガラスの組付け構造体及び防火ガラス戸及び防火ガ 1ラス窓」とする発明について,平成17年1月26日を出願日とする特許出願(特願2005-18663号。平成12年8月23日を出願日とする特願2000-252392号の一部を分割出願したもの。以下「本願」という。)をしたが,平成23年11月28日付けで拒絶査定を受けたため,平成24年3月1日付けで,拒絶査定に対する不服の審判を請求した。 特許庁は,上記請求を不服2012-4051号事件として審理をした上,平成26年4月2日, 「本件審判の請求は,成り立たない。 との審決をし, 」 その謄本を,同月17日,原告に送達した。 2 特許請求の範囲 本願の特許請求の範囲(平成25年7月1日付け手続補正書による補正後のもの。 請求項の数は7)のうち,請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。また,本願の明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。。 ) 「【請求項1】 ガラス板本体を金属製の保持枠に取り付けてある防火ガラスの組付け構造体であって, 前記ガラス板本体は,その板面に,耐熱性及び透視性を有するポリエステル樹脂膜を一体に被覆して,前記ポリエステル樹脂膜を前記ガラス板本体の板面に露出させてあり, 不燃性バックアップ材及び金属製の弾性保持材のいずれか一方と,防火用シーリング材とによって構成された保持材を前記ガラス板本体と前記保持枠との間に全周にわたって隙間なく充填して前記ガラス板本体を前記保持枠内に取り付けてある防火ガラスの組付け構造体。」 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりである。その要旨は,本願発明と,特開平9-32432号公報(甲3。以下「刊行物1」という。)に記載された発 2明(以下「刊行物1発明」という。)との相違点1について,@特開平3-34842号公報(甲4。以下「刊行物2」という。),登録実用新案第3032848号公報(甲22。以下「甲22公報」という。)及び特表平3-506056号公報(甲23。以下「甲23公報」という。)に記載された周知の技術並びにA特開平4-224938号公報(甲16。以下「刊行物3」という。)に記載の技術的事項によれば,刊行物1発明に当該周知の技術を適用することは当業者が容易になし得たことであり,B本願発明の作用効果は,特開平6-48786号公報(甲8。 以下「甲8公報」という。)に記載のとおりの事項等からすれば,当業者の予測の範囲内であって格別の作用効果であるということもできないから,刊行物1発明において相違点1に係る構成とすることは当業者が容易になし得たことであり,また,刊行物1発明において相違点2に係る構成とすることも当業者が当然に行うこと等であるから,当業者が容易になし得たことであり,したがって,本願発明は,刊行物1発明,周知技術及び刊行物3記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。 4 刊行物1発明の内容 審決が認定した刊行物1発明の内容は,以下のとおりである(認定内容につき,当事者間に争いがない。) 「防火ガラスの周辺部を枠体と押縁とにより挟み込んで支持するとともに,防火ガラスと枠体および押縁との隙間に難燃シールを施し,前記枠体をなす上枠と防火ガラスとの間に弾性難燃材を介在させ,上部押縁7a,下枠1b,下部押縁7b,縦枠1c,側部押縁7cと防火ガラス3との間にセラミックスファイバのバックアップ材12を介在させ,枠体や押縁としては鉄材やステンレス材が用いられ,防火ガラスとしては低膨張強化ガラス板やソーダライム強化ガラス板などのガラス板が用いられる甲種防火戸の防火ガラス支持構造」 5 本願発明と刊行物1発明との一致点及び相違点 3 審決が認定した両発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである(認定内容につき,当事者間に争いがない。) (一致点) 「ガラス板本体を金属製の保持枠に取り付けてある防火ガラスの組付け構造体であって,前記ガラス板本体は,不燃性バックアップ材及び金属製の弾性保持材のいずれか一方と,防火用シーリング材とによって構成された保持材を前記ガラス板本体と前記保持枠との間に充填して前記ガラス板本体を前記保持枠内に取り付けてある防火ガラスの組付け構造体。」 (相違点1) 本願発明では,ガラス板本体は,「その板面に,耐熱性及び透視性を有するポリエステル樹脂膜を一体に被覆して,前記ポリエステル樹脂膜を前記ガラス板本体の板面に露出させて」あるのに対し,刊行物1発明ではそのような構成を有しない点。 (相違点2) 本願発明では,保持材をガラス板本体と保持枠との間に「全周にわたって隙間なく」充填するのに対し,刊行物1発明はそのように特定されていない点。 (なお,刊行物1発明において相違点2に係る構成とすることを当業者が容易になし得たことについては,当事者間に争いがない。) |
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取消事由に関する原告の主張
1 相違点1についての認定判断の誤り 相違点1に係る構成について,刊行物1発明等に基づいて当業者が容易に想到することができたとの審決の判断は,以下の点で誤っている。 (1) 防火ガラスと安全ガラスとを同一視する判断の誤り 本願発明の組付け構造体は,防火ガラスに関するものであるところ,審決では,防火ガラスのほか,安全ガラスに関する刊行物が引用され,これら解決課題の異なる技術同士が組み合わせられて本願発明の進歩性が否定されている。 ア 防火ガラスについては,建築基準法,建築基準法施行令等により定義されて 4いる。本願発明の防火ガラスは,建築基準法第2条第9号の2ロの「防火設備」に該当するところ,該防火設備は, 「防火設備に通常の火災による火熱が加えられた場合に,加熱開始後20分間当該加熱面以外の面に火炎を出さないものであること」(建築基準法施行令第109条の2)と規定されており,ガラス板がこのような遮炎性能を備えた防火ガラスであるか否かについては,建築基準法に基づいて指定された指定性能評価機関が行う防火試験によって判断される。 本願明細書中【0044】段落には,上記防火試験として平成2年建設省告示第1125号に係る方法に基づき,乙種防火試験に合格した旨が記載されている。同方法による防火試験では,試験体の加熱温度が加熱経過時間5分で540℃,20分で795℃となるように制御して20分間加熱することとされており,この間に,(イ)加熱により加熱面の裏面側に発炎を生じないこと,(ロ)加熱によりすき間,加熱面の裏面側に達する亀裂等を生じないこと,(ハ)加熱により加熱面の裏面側に著しい発煙を生じないこと等が求められていた。防火設備としての品質を満たすガラスはこのような防火試験を経て認定される。 イ 一方,安全ガラスについては,建築用ガラスの関係では安全ガラスを法上定義するものはなく,単に機能的に表現されているに過ぎず,例えば刊行物3では,平常時に破損しても破片が飛散せず,貫通孔を生じないものが安全ガラスであると記載されている。 ウ 上記のとおり,防火ガラスは,ガラス板に火災時の炎が接触するような極めて高温の条件下で評価されるのに対し,安全ガラスは,温度に関する要素は不要であり,ガラス板が破損した場合に破片の飛散が防止できれば足りる。当業者は,ガラス板に被覆される樹脂フィルムとしては,防火ガラスについてはフッ素系の樹脂フィルムなど不燃性の樹脂フィルムが用いられるべきと考えるのに対して,安全ガラスについては,ガラスが破損した際にガラスと共に裂けることがない樹脂フィルムであれば,比較的広い選択範囲を有すると考えるといえ,防火ガラスに樹脂フィルムを被覆したものと,安全ガラスに樹脂フィルムを被覆したものとでは,技術分 5野及び解決課題が大きく異なる。 したがって,審決の判断には,防火ガラスと安全ガラスについての誤った技術認定を基礎とする過誤がある。 エ 被告は,安全ガラスにもある程度の難燃性が求められるべきと主張するが,本願発明の新規性・進歩性を判断する際には,この「難燃性」の解釈を,防火ガラスと安全ガラスの間で明確に区別する必要がある。当業者であれば防火ガラスが対象とする防火試験温度域ではポリエステル樹脂膜は燃焼すると認識し,それにもかかわらずガラス表面に露出させた状態でポリエステル樹脂膜を設けた点に,本願の特許性がある。 また,甲8公報記載の「難燃性」とは,ポリエチレンテレフタレートフィルム(PETフィルム)をPVBフィルムと比較した場合の難燃性であり,絶対的な難燃性を有する意味ではないし,合わせガラスへの適用しか考慮されていない。そのほか,被告がポリエステル樹脂の「難燃性」について提出する引用例(乙1ないし4)には, 「ポリエステル樹脂膜を露出して設けた防火ガラス」は記載されておらず,そのように構成できることの示唆もないから,これらの記載は,ポリエステル樹脂膜の防火ガラスへの適用が容易であることの根拠にはならない。これらは,当業者においては,ポリエステル樹脂膜は可燃性であって,防火ガラスの表面に露出した状態で設けることはできないとの認識があり,双方のガラスが別技術として扱われていることを表すものである。 (2) 引用例記載の引用発明等の認定の誤り ア 刊行物2記載の技術及びこれに関連する周知技術についての認定の誤り (ア) 刊行物2に示されたガラス板は一般市販のガラスであり,防火ガラスではなく,記載されている内容は破損時の飛散防止についてであり,対象は安全ガラスである。刊行物2で示されるガラス板の使用温度は高々80℃以下であり,求められる耐熱性はせいぜい100℃程度の温度においてである。100℃程度では,樹脂フィルムが変質することは少なく,燃えることはあり得ない。このように,刊行物 62における「耐熱性」は,本願発明で求められるような防火性能に関する500℃やそれ以上の高温域で要求されるものとは異なる。 審決は,刊行物2のフィルムが備えるべき耐熱性として100℃という数値が挙げられていたとしても,耐熱性をさらに向上させれば原告の主張する耐火性を備えたものとなるとの判断を示しているが,防火ガラスの分野で想定される使用環境温度は500℃以上の高温域であり,それに耐えるべくフィルムの耐熱性を上げるとすれば,通常の当業者であれば,着火温度が390℃であるPETフィルムを選択することはなく,より燃え難いフッ素樹脂フィルムを採用するから,審決の認定は相当ではない。 (イ) 審決は,刊行物2に関連して,甲22公報にもガラスの飛散防止,紫外線防止のためにポリエステルフィルムを接着することが記載され,甲23公報からは破砕防止用としてガラス板に貼付するポリエステルの安全フィルムが市販されていたことが読み取れると指摘する。 しかし,甲22公報には,用いるガラス板の種類については特段の記載はなく,甲23公報にも,ガラスの使用温度については何らの記載もないから,これらは,当業者に防火ガラスにポリエチレンフィルムを被覆することを想起させるものではない。 イ 刊行物3記載の発明についての認定の誤り 刊行物3は,従前技術の問題点に鑑み,耐熱性透明結晶化ガラス板の表面あるいは耐熱性透明結晶化ガラス板同士の間にフッ素樹脂フィルムを設けることで,着火せず,発煙しない防火安全ガラスを得たものであり,刊行物3の記載に基づけば,防火安全ガラスとして機能するのはフッ素樹脂フィルムを用いたものに限られる。 フッ素樹脂フィルムは通常の空気中では燃焼しない不燃性のものであるから,このようなフィルムであればガラス板の表面に露出した状態で被覆したとしても板ガラスの防火機能を損なうことはないのであり,刊行物3には,防火ガラスの表面に被覆して良い樹脂フィルムは,フッ素樹脂フィルムのような不燃性のフィルムに限ら 7れることが記載されている。 ウ 甲8公報記載の発明についての認定の誤り 審決は,甲8公報にPETフィルムが難燃性であるとの記載を信用し,これを刊行物1発明に適用すれば,所定の防火性能を満たし得ると判断している。 (ア) しかし,仮にPETフィルムが難燃性であったとしても,甲8公報には,防火試験の熱によってPETフィルムはガス化し,このガスがガラス面の非加熱側に放出されると火災の熱でガスに着火すると記載されている。そして,甲8公報の【0021】段落には,「・・・樹脂中間層の厚みが200μm以上であると,発生する可燃性ガスの量が多く,高濃度のガスが非加熱側に放出されることになり,火災の熱でこのガスが着火して火災を拡大させる」との記載があり,ガスの濃度について触れているが,それは,発生するガスの量が多くなるとガラス面の非加熱側にもガスが拡散することを懸念するものである。つまり,甲8公報の記載によれば,本願発明の構成のように「ポリエステル樹脂膜を一体に被覆して,前記ポリエステル樹脂膜を前記ガラス板本体の板面に露出させ」る構成とすると,ポリエステル樹脂が外気に露出しているために防火試験の熱によってガス化し,火災が発生することを強く想起させる。甲8公報に,防火試験において火災を発生させる機序が明記されている以上,当業者であれば,ポリエステル樹脂膜の露出使用は決して行わない。 PETフィルムを表面に露出させて用いる技術思想が甲8公報記載の技術には含まれていないことは,同公報にPETフィルムをガラス板同士の間に挟む例しか記載されていないことからも分かる。 (イ) 甲8公報記載の比較品5のように,二枚のガラス板の間にPETフィルムを閉じ込めたものは,加熱によってPETフィルムが蒸気化するものの,ガラス板の間に閉じ込められているため加熱開始から長時間,放出が阻止される。その後,さらにガス化が進むと,高圧となったガスが一気に外部に放出されるが,このときガスの濃度は高く維持されるため,ガスに着火すると考えられる。本願発明の場合は,ポリエステル樹脂膜は当初よりガラス面に露出した状態で被覆してある。よって, 8加熱に際して蒸気化したPETフィルムは順次空中に放出され,火炎が生じる濃度には達しない。本願発明はポリエステル樹脂膜を順次ガス化させる点に特徴を有する。 甲8公報の上記【0021】段落の記載をみた当業者は,200μm厚のPETフィルムの場合,発生するガス量が多く着火する濃度を容易に超えてしまうと理解し,また,甲8公報の表1中,薄いPETフィルムを被覆した発明品については,PETフィルムの樹脂量が少なく,ガス化しても2枚の板ガラスの間から周囲に放出されないか,放出されても僅かなため,着火性が無いか自己消火するのだと理解する。このように甲8公報は,ガラス板の外部に放出されるガスの量にのみ言及するものであり,PETフィルムの厚みが小さい場合には,外部にガスが放出されないから火炎が発生しないという知見を述べるものであり,PETフィルムを用いる場合にはガラス板の外部にガスが漏洩しない場合に限って防火ガラスとして機能し得るとの認識を想起させるものである。 したがって,甲8公報から,ポリエステル樹脂膜を露出状態でガラス面に被覆するといった実施形態は想起されない。 (3) 引用発明の組合せの誤り 審決は,刊行物1発明に,刊行物3記載の発明を適用し,さらに,刊行物3記載の発明のフッ素樹脂フィルムに代えて周知技術に記載のPETフィルムを適用することは容易と判断している。 しかし,甲22公報・甲23公報記載の技術は,安全ガラスや防弾ガラスにPETフィルムを被覆する技術であるから,刊行物1発明や刊行物3記載の発明のような防火ガラスに関する技術ではない。また,甲8公報記載の技術は防火ガラスに関するものであるが,PETフィルムをガラス板同士の間に挟む態様に限定されているから,甲8公報記載のPETフィルムを刊行物3記載の露出態様で用いるフッ素樹脂フィルムに代えることはできない。 したがって,刊行物1発明に,刊行物3記載の発明並びに甲22公報,甲23公 9報及び甲8公報記載のPETフィルムを適用するとの審決の上記判断は,技術分野が異なる発明の組合せであって妥当ではない。 2 以上によれば,審決は違法であるから,取り消されるべきである。 |
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取消事由に関する被告の主張
1 相違点1についての認定判断の誤りについて (1) 防火ガラスと安全ガラスとを同一視する判断の誤りについて ア 審決は,刊行物1発明の防火ガラス表面に対する周知技術の適用を判断するに際し,防火ガラスと安全ガラスを峻別して認定し,その上で容易想到性を判断しているから,原告がいうような「防火ガラスと安全ガラスとについての誤った技術認定を基礎」としたため認定・判断を誤ったということはない。 イ 原告は,安全ガラスは温度に関する要素は不要であり,当業者であれば温度条件の厳しい防火ガラスについては不燃性の樹脂フィルムが用いられるべきと考えると主張する。しかし,安全ガラスだからといって温度に対する要素が不要ということはなく,火災への対処が必要な建物への設置が想定されることから,少なくとも火勢を強めて延焼が広がることがないように難燃性が求められるのは当然であり,ガラス破損時の飛散防止のために被覆される樹脂フィルムにも,ある程度の難燃性が求められるはずである。実際,樹脂フィルムが被覆された安全ガラスについてもフィルムの難燃性向上が図られている(甲17,乙1)。 一方,刊行物1発明の防火ガラスに対し,ガラス破損時の飛散防止性能を付加しようとすることは,刊行物1発明の防火ガラスを,人が生活する空間に設置することが想定される以上,当然考慮される課題であり,その課題の解決のために,ある程度の難燃性が求められている安全ガラスに対する周知技術である,樹脂フィルムを被覆してガラスの飛散防止を図る技術を参酌するのは当然である。 その際,防火ガラスに樹脂フィルムを被覆する態様としては,ガラス板面に露出させる態様とガラス板で挟み込む態様の2通りの態様があり,いずれも防火とガラスの飛散防止(安全)の双方の機能を満たすものといえる。 10 そして,ポリエステル樹脂自体は周知の材料であって広く用いられている一般的な材料であり,ある程度の難燃性があることが知られ(甲8,乙2),そのポリエステル樹脂フィルムが薄ければ,不燃材相当もしくは着火が防止できる程度の難燃性を確保できることも知られている(甲8公報,乙3,4)。 そうすると,防火ガラスに対してガラス板の板面に露出してポリエステル樹脂フィルムを被覆することは,当業者にとって容易なことであり,審決の認定,判断に誤りはない。 しかも,本願発明には,ガラス板本体の板面に被覆されるポリエステル樹脂膜について,「耐熱性」を有するとは特定されているものの,ポリエステル樹脂膜が耐熱性を有することは周知の事項であり(甲4,乙1),「耐熱性」のほかに,防火ガラスに対応したポリエステル樹脂膜の具体的な構成,例えば膜厚等が本願発明では特定されていない。 (2) 引用例記載の引用発明等の認定の誤りについて ア 審決は,刊行物2,甲22公報及び甲23公報を引用して,ガラス板に対して透明で飛散防止等の機能を付加するために板面にポリエステル樹脂フィルムを被覆することが周知の技術であると認定したものであり,そのことをもって,防火ガラスにポリエステル樹脂フィルムが適用できると判断したものではない。また,刊行物3についても,審決は,防火ガラスへの樹脂フィルムの被覆形態として防火ガラス板面に露出する形態が公知であることを認定したのであって,いかなる樹脂フィルムであってもガラス表面に被覆してよいことが記載されているとしたのではない。そして,審決は,上記(1)アのとおり,刊行物3及び甲8公報の記載を考慮した上で,刊行物1発明の防火ガラスに対する周知技術の適用を判断したのであって,原告が主張するように,刊行物2,甲22公報,甲23公報及び刊行物3に記載された発明や技術的事項を誤って認定したものではない。 イ 原告は,甲8公報からはポリエステル樹脂膜を露出状態でガラス面に被覆することは想起できないと主張する。しかし,甲8公報によれば,PETフィルムが 11難燃性であること,PETフィルムの厚みを所定以下に小さくすれば,非加熱側に放出される可燃性ガスの濃度が希薄にでき着火を防止できることが認められ,甲8公報から,「ポリエステルの性質として難燃性であることも知られていたことである」と認定した審決の認定に誤りはない。原告は, 「甲8公報はPETフィルムを用いる場合にはガラス板の外部にガスが漏洩しない場合に限って防火ガラスとして機能し得るとの認識を想起させる」と主張する。しかし,甲8公報のものにおいても,可燃性ガスが放出されることを前提としているものといえるから,そのように必ずしもいえるものではない。さらに上記(1)イのとおり,ポリエステル樹脂フィルムが薄ければフィルムとしての難燃性を材料自体の難燃性よりも改善できることが知られており,原告が主張するように,甲8公報からポリエステル樹脂を即座に可燃性と判断し,ポリエステルの露出使用は決して行わないとも必ずしもいえない。 (3) 引用発明の組合せの誤りについて 審決は,刊行物1発明の防火ガラス表面に対するポリエステル樹脂膜に係る周知技術の適用を判断するに際して,防火ガラスの表面への樹脂フィルムの被覆に係る刊行物3の記載,及びポリエステル樹脂膜の防火ガラスへの適用に係る甲8公報の記載を参酌して判断したものであって,原告が主張するように, 「刊行物1発明,フッ素樹脂フィルムを露出した状態で被覆する刊行物3記載の発明を適用し,さらに,同発明のフッ素樹脂フィルムに代えて周知技術に記載のPETフィルムを適用することは容易と判断」したものではないから,原告の主張は失当である。 2 以上によれば,審決には取り消されるべき違法はない。 |
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当裁判所の判断
当裁判所は,原告の取消事由の主張(相違点1について認定判断の誤り)には理由がなく,審決にはこれを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。 1 本願発明,刊行物1発明及び刊行物2記載の技術について (1) 本願発明について 12 ア 本願明細書には,以下の内容が記載されていることが認められる(甲26)。 本願発明は,ガラス板本体を金属製の保持枠に取り付けてある防火ガラスの組付け構造体に関する(【0001】。一般に,万一ガラスが破損した場合のガラスの落 )下・飛散などを防止することにより日常の安全性を高めたガラスとしては,2枚のガラス板本体の間にPVB(ポリビニルブチラール)樹脂からなる樹脂フィルム(PVBフィルム)を入れて圧着した合わせガラスが使用されているが,PVBフィルムの発火点は,260℃前後であり,火災の代用特性試験として用いられている防火試験によると,加熱10分前後で,ガラス板本体板面の温度は300℃を超え,PVBフィルムが発火し,防火性能が損なわれるため,防火ガラスとしては問題があった(【0002】。そこで,近年では,日常の安全性だけではなく高い防火性能 )をも有する防火ガラスの要望にこたえるものとして,THV(テトラフルオロエチレンヘキサフルオロプロピレンビニリデンフルオライド)樹脂からなるTHVフィルムを中間の樹脂フィルムとして採用し,防火性能を高めた合わせガラスが提案されているが,THVフィルムを挟んだ合わせガラスの場合,高コスト,ガス化し分解した際の毒性,特殊な製造設備を要するという問題があった(【0003】。 ) 本願発明は,上記実情に鑑みて,製造並びに品質上問題なく,ガラスの破損時の安全性を高め,なおかつ防火性能を損なうことのない防火ガラスを提供することを課題とするものであり,これを解決するための手段として,本願発明の特徴構成は,ガラス板本体を金属製の保持枠に取り付けてある防火ガラスの組付け構造体であって,前記ガラス板本体は,その板面に,耐熱性及び透視性を有するポリエステル樹脂膜を一体に被覆して,前記ポリエステル樹脂膜を前記ガラス板本体の板面に露出させてあり,不燃性バックアップ材及び金属製の弾性保持材のいずれか一方と,防火用シーリング材とによって構成された保持材を前記ガラス板本体と前記保持枠との間に全周にわたって隙間なく充填して前記ガラス板本体を前記保持枠内に取り付けてある防火ガラスの組付け構造体である点にある(【0005】。 ) 本願発明の作用効果としては,@ポリエステル樹脂(ポリエチレンテレフタレー 13トを基材とする樹脂)は,それ自体は燃えるが,燃焼カロリーが500kcal/kgと他の樹脂に比べ低く,同様の熱可塑性樹脂の中では,耐熱性にも優れており,樹脂系の材料の中では,燃え難い材料であり,ガラス板本体の防火性能を向上させることができ,また,Aガラス破損時の破片の飛散防止を図る上でも,他の樹脂に比べ,引き裂き強度に優れることから,非常に薄い膜厚であっても,高いガラスの飛散防止性能を有し,十分な日常の安全性を奏することができる(【0006】【0 ,007】【0009】。さらに,Bポリエステル樹脂は安価で加工が容易である。 , )そして,ガラス板本体の板面へ一体に被覆させた場合でも,透視性は全く問題なく,ヘーズや歪みもほとんどない(【0008】。そして,本願発明は,ガラス板本体の )板面に,耐熱性を有する上述のポリエステル樹脂膜を被覆させてあるので,ガラス板本体の防火性能を向上させることができ,しかも板面に一体となるように被覆させてあるから,人体やその他の物体の衝突などによって,万一ガラスが破損した場合でも,ガラスの落下・飛散等を防止し易く,ガラスの日常の安全性を高めることができるし,ポリエステル樹脂膜は透視性も有することから,例えば,ガラス板本体が透明なものである場合,その透視性を損なうことのない防火ガラスとすることもでき(【0010】,安価で簡易的に製造することができる( ) 【0011】。 ) イ 上記認定によれば,本願発明は,ガラスの破損時の安全性を高め,なおかつ防火性能を損なうことのない防火ガラスを提供するため,耐熱性及び透明性を有す 「るポリエステル樹脂膜」,すなわち,可燃ではあるものの,燃焼カロリー(燃焼したときに発生する熱量)が他の樹脂に比べ低く(すなわち,燃焼したときの周囲への延焼の可能性が他の樹脂に比べて低いことを意味するものと解される。 ,同様の熱 )可塑性樹脂の中では耐熱性にも優れており,樹脂系の材料の中では,燃え難い材料であり,また,他の樹脂に比べ,引き裂き強度に優れ,透明性も有するポリエステル樹脂膜を,ガラス板本体の板面に一体に被覆し,これを板面に露出させるという構成とすることにより,ガラス板本体の防火性能を向上させることができ,しかも,ガラスの破損時の落下・飛散等を防止し易く,ガラス板本体の透視性を損なうこと 14のないという効果を奏する防火ガラスの組付け構造体の発明であると認められる。 なお,原告は,本願発明の「防火ガラス」は,建築基準法上の「防火設備」に該当し,同法によって指定された防火試験によって防火性能が評価されるものである旨主張する。しかし,本願明細書の実施例(【0044】ないし【0047】)には,「耐熱強化板ガラス」の非加熱側に「厚さ100μm」のポリエステル樹脂膜を皮膜させた防火ガラスに対して,平成2年建設省告示第1125号に記載された方法による防火試験を行った結果,ポリエステル樹脂膜は熱分解し,ガス化する状態が続くが,発火することはなかったこと,このような防火試験の結果,発明に係る防火ガラスが乙種防火試験に合格したことが記載されているものの,本願発明自体は,特許請求の範囲において,そのガラス板本体の品質,素材及びポリエステル樹脂膜の厚さについては,何ら特定されていないのであり(これに対し,本願の特許請求の範囲の請求項2には,ガラス板本体が, 「耐熱板ガラス,網入り板ガラス,耐熱強化板ガラス,複層ガラスからなる群から選択されること」が特定され,ガラス板自体が防火性能を向上させるものである構成となっており,また,本願の特許請求の範囲の請求項4には,シート状のポリエステル樹脂膜が,厚さ20〜200μmであることが特定されている。,本願明細書中の上記アの記載に照らしても,本願発 )明の「防火ガラス」が,建築基準法上の防火試験で定められる加熱条件下での遮炎性能を有することが求められているものであるとも,そのような効果を奏するものであるとも認められない。 (2) 刊行物1発明について 甲3によれば,刊行物1発明は,防火区域に使用する防火ガラス支持構造に関するものであり(【0001】,従来技術の課題として,低膨張強化ガラス板やソーダ )ライム強化ガラス板を甲種防火戸の条件で加熱すると,ガラス板が軟化し,垂れ下がって脱落することがあり,これを防止するために不燃材をガラスのまわりに詰めるかち込み作業には時間がかかり,ガラス板とサッシの溝幅の寸法公差の関係で,かち込み作業ができない場合やかち込み作業を行ってもガラス板の垂れ下がりを防 15止できない場合があったため(【0002ないし0006】,これを解決するため, )ガラス板とサッシの溝幅の多少の寸法公差に関係することなく,また,不燃材をガラスのまわりに詰めるかち込み作業によることなく,ガラス板を確実に枠体に保持してガラス板の脱落を防止し,かつ,ガラス板を枠体に取り付ける作業を効率よく実現することを目的とするものである。そして,刊行物1には,前記第2の4記載のとおりの刊行物1発明の具体的な構成が記載されている。 (3) 刊行物2,甲22公報及び甲23公報記載の技術について ア 甲4によれば,刊行物2には,以下の記載があることが認められる。 「3.発明の詳細な説明(利用分野) 本発明はガラス板にフィルムをラミネートする方法に関する。さらには冷凍・冷蔵庫や窓ガラスにフィルムをラミネートして使用する場合の,耐久性の良いラミネート方法に関する。 ガラス板にフィルムをラミネートすることはガラス破損時の飛散防止,ガラスへの結露防止等のために行われており,近年においては選択的な光透過性を有する特殊加工により,例えば熱線や紫外線を遮断して冷房効果や暖房効果を高めたり,ウィンド内容物等の変質を防止したりする効果も得られるのでフィルムをラミネートしたガラス板の種類も多様化し,工業的にも益々多く行われてきている。 そのフィルムをラミネートしたガラス板は例えば,冷凍ショウケースや冷蔵ショウケース等の低温を必要とする保存庫の窓ガラスとして使用され,また保温ショウケースの断熱性確保のための窓ガラスとして使用が増加している。また,建物窓や高温室の窓の断熱性確保のためやガラス飛散防止効果としての使用も増加している。(1頁右下欄11行ないし2頁左上欄12行) 」 「本発明におけるガラス板とは,一般に市販されている無機質のガラス板や有機質(例えばアクリル樹脂,ポリカーボネート樹脂,塩化ビニール樹脂,ポリエステル樹脂等)の樹脂シートを使用することができ,とりわけ表面硬度や耐久性等から 16無機質のガラス板が好ましい。・・・ またフィルムとは有機高分子フィルムからなるものであるが,かかる有機高分子化合物としては,耐熱性や耐湿性等の耐久性や透明性に優れたものであれば特に限定しない。通常耐熱性としては,かかるフィルムをラミネートしたガラス板が使用される雰囲気温度が80℃以下のため80℃以上,好ましくは100℃以上であって,例えば,・・・等のポリエステル系樹脂,延伸硬質塩ビ,延伸ポリプロビレン,ポリエチレン等のポリオレフィン系樹脂及び芳香族ポリアミド,セルローストリアセテート等が挙げられる。 ・・・かかる有機高分子フィルムとしては,耐熱性や耐寒性,耐光性等の耐久性及びガラスとの線膨張率差が少ないことから,2軸延伸されたポリエステル樹脂フィルムが好ましい。(3頁左上欄19行ないし同頁左下欄1 」2行) イ 甲22によれば,甲22公報記載の考案は,薬局に設ける調剤室の構造に関するものであり,調剤室においては仕切用の透明ガラス窓を張設することが求められているが,ガラス窓の破損による傷害事故や二次災害の発生を防止する一方で,ガラス窓を透過した紫外線による薬品類の品質への影響を防止するため,仕切用のガラスに,紫外線の透過を98%以上阻止する透明ポリエステルフィルムを全面に接着するというものである。 ウ 甲23によれば,甲23公報記載の発明は,安全防護に使用するための防弾ガラススクリーンの改良に関するものであり,ポリエステルの安全フィルムを,ガラス板の破砕及びガラスの破片飛散を防止するために防弾ガラス板の面に貼付することが記載されている。 エ 上記アによれば,刊行物2には,従来から,ガラス破損時の飛散防止や断熱性の確保の目的で,耐熱性と透明性を有するポリエステル樹脂フィルムをガラス板面に露出して被覆する(ラミネートする)ことが行われていたことが認められる。 そして,上記イ,ウのとおり,甲22公報には,飛散防止と紫外線透過防止目的で,仕切り用の窓ガラス全面にポリエステルフィルムを接着する技術,甲23公報には, 17破砕及び破片飛散防止を目的として防弾ガラス一面にポリエステルフィルムを貼付する技術が,それぞれ記載されている。これらによれば,ガラス破損・飛散防止の機能をガラスに付与する目的で,ガラス板面に,露出する形式で透明性を有するポリエステル樹脂フィルムを被覆することは,本願出願前の周知技術(以下「本件周知技術」という。)であったものと認められる。 2 取消事由(相違点1の判断の誤り)について (1) 前記1の認定事実に基づいて,相違点1に係る構成の容易想到性について検討する。 刊行物1発明は,前記認定のとおり,甲種防火戸の防火ガラス支持構造であるが,このようなガラスは人が生活する空間に設置されることが想定されるものであるから,これにガラス破損時の飛散防止機能を付加しようとすることは,当業者が当然に考える課題である(原告も争っていない。。そして,前記のとおり, ) ガラス破損・飛散防止の機能をガラスに付与する目的で,ガラス板面に,露出する形式で透明性を有するポリエステル樹脂フィルムを被覆することは周知技術であることからすれば,刊行物1発明のガラスに,同機能を付加するため,本件周知技術を適用して,ポリエステル樹脂フィルムを被覆することは,当業者が容易に想到し得る事項であるといえる。 (2)ア もっとも,刊行物1発明のガラスは防火を目的とするガラスであるのに対し,本件周知技術は目的が異なり,そのようなガラスへの適用が特に記載されているものではないため,当業者が,本件周知技術を適用することにより刊行物1発明の防火ガラスとしての機能を損なうと考えることはないか,すなわち,当業者が刊行物1発明に本件周知技術を適用することについての阻害要因がないかが問題となる。 イ そこで,ポリエステル樹脂フィルムの性質について,本願出願の前に知られていた事項について検討する。 (ア) 甲8公報は,火災時には防火戸として機能し,また平常時には安全ガラスと 18して機能する防火安全ガラスに関するものであり,少なくとも1枚が耐熱性ガラスからなる複数枚の透明ガラス板が,ポリエチレンテレフタレートフィルム(PETフィルム)と透明接着剤から構成されてなる200μm以下の厚みを有する樹脂中間層を介して張り合わされた構造を有することを特徴とする発明についてのものである。甲8公報には,PETフィルムを使用する理由について,「このフィルムが難燃性で,優れた透明性と平面度を有し,しかも非常に小さい厚み,具体的には25μm以下の厚みに成形することができ,且つ,強靱で伸びが少なく,厚みを小さくしても,高い抗張力を有するからである。」と記載されていることが認められる(【0011】)。また,特開平7-138051号公報(乙2)にも,ポリエステル樹脂フィルム自体が難燃性であることが記載されている。これらの記載からすれば,ポリエステル樹脂フィルムが,透明フィルムの中では燃え難い材料であることは,本願出願の前において周知の事実であったことが認められる。 (イ) また,甲8公報の実施例には,耐熱性ガラス板2枚の間に100μmの厚みのPETフィルムが位置し,各板とフィルムがアクリル系の厚み50μmの透明接着剤によって接着されている試料3(PETフィルムと透明接着剤により構成される中間樹脂層の厚さは合計200μm)を,片面側から建設省告示第1125号の標準加熱曲線に基づいて加熱し,非加熱側に放出されるガスにガスライターを近づけたところ,試料3は自己消火したこと(ガスライターには着火したが,試料からガスライターを遠ざけると試料の非加熱面に炎が発生することがなかったこと)が記載されており(【0026】ないし【0035】【表1】, , )「複数枚のガラス板の間隙に介在させる材料が可燃性あるいは難燃性であっても,その厚みを所定以下に小さくすると,例え可燃性ガスが非加熱側に放出されたとしても,その濃度が希薄なため,着火を防止できることを見出した」【0008】 , ( )「本発明においては,1つの樹脂中間層の厚みが200μm以下,好ましくは100μm以下であることが望ましい・・・1番目の理由は,本発明の防火安全ガラスが火災発生時に加熱されると,中間層を構成するPETフィルムや透明接着剤が分解して可燃性ガスが発生 19するが,樹脂中間層の厚みが200μm以上であると,発生する可燃性ガスの量が多く,高濃度のガスが非加熱側に放出されることになり,火災の熱でこのガスが着火して火災を拡大させるからである。」(【0020】【0021】)と記載されていることが認められる。また,特開平10-235782号公報及び特開平10-323939公報(乙3,4)には,膜厚38μm以下のポリエチレンテレフタレートフィルムが不燃材相当の難燃性を有することが記載されている。これらの記載からすれば,PETフィルムがガラス越しに加熱されることにより分解して発生するガスは,可燃性であるが,ガスの量が少なく,濃度が希薄であれば,ガスは着火しないということは,本願の出願前に知られていたと認められる。 ウ そうすると,ポリエステル樹脂フィルムは,可燃ではあるものの,透明なフィルムの中では難燃性であり,その量によっては,ガス化しても炎が発生しない場合もあることが知られていたのであるから,これを防火ガラスである刊行物1発明に適用することに阻害要因があるとはいえない。 エ 原告は,甲8公報記載の「難燃性」は,絶対的な難燃性を有する意味ではなく,甲8公報ではPETフィルムの合わせガラスへの適用しか考慮されていないから,これは,当業者がPETフィルムを防火ガラスの表面に露出した状態で設けることはできないと認識していたことを示すものである旨主張する。 しかし,甲8公報には,上記のとおり「その厚みを所定以下に小さくすると・・・濃度が希薄なため,着火を防止できる」「樹脂中間層の厚みが200μm以上であ ,ると,発生する可燃性ガスの量が多く,高濃度のガスが非加熱側に放出されることになり,火災の熱でこのガスが着火して火災を拡大させる」と記載されており,合わせガラスの中間層のPETフィルムがガス化しても非加熱側で発火しない(着火しても自己消火する)実施例が記載されていることからすれば,これに接した当業者は,ポリエステル樹脂フィルムが露出した状態であっても,その厚みを調整するなどして,発生する可燃性ガスの量が少なければ,本件周知技術を適用できると考えるのが自然であるから,ポリエステル樹脂フィルムを防火ガラスの表面に露出し 20た状態で設けることはできないと認識していたものとは認められない。したがって,原告の主張は採用することができない。 (3) 以上によれば,刊行物1発明に本件周知技術を適用することは,当業者が容易に想到し得たことであると認められる。 (4) 原告は,本願発明は防火ガラスに関するものであるところ,防火ガラスは,ガラス板に火災時の炎が接触するような極めて高温の条件下で評価されるのに対し,安全ガラスは,温度に関する要素は不要であり,ガラス板が破損した場合に破片の飛散が防止できれば足りるから,両者は,技術分野及び解決課題が大きく異なるし,双方のガラスの「難燃性」の解釈は明確に区別する必要があるのに,審決の判断には,防火ガラスと安全ガラスについての誤った技術認定を基礎とする過誤があると主張する。 確かに,防火ガラスと安全ガラスには,原告の主張するように適用が想定される温度についての違いがあるが,前記(1),(2)のとおり,いずれのガラスであっても,ガラスの破損・飛散防止という課題は共通であり,防火ガラスが火災時に高温で加熱されるということを考慮しても,ガラスについての破損・飛散防止のための周知技術であるポリエステル樹脂フィルムで被覆することについての阻害要因とはならない以上,防火ガラスと安全ガラスに上記違いがあることは,前記判断を左右する理由とはならず,審決が,防火ガラスと安全ガラスについての誤った技術認定を基礎としたものとは認められない。 (5) また,原告は,刊行物2における「耐熱性」は,本願発明で求められるような防火性能に関する500℃やそれ以上の高温域で要求されるものとは異なり,甲22公報や甲23公報にもガラスの種類ないしガラスの使用温度については何らの記載もないから,これらは,当業者に防火ガラスにPETフィルムを被覆することを想起させるものではないと主張する。 しかし,そもそも本願発明が建築基準法上の防火試験で定められるような500℃以上の加熱温度での防火性能が求められているものとも,そのような効果を奏 21するものとも認められないことは,前記1(1)イのとおりである。また,確かに,刊行物2発明のガラスは,防火ガラスではなく,外部からの熱線を遮断する程度の熱が加わることしか想定していないものであり,甲22公報や甲23公報のガラスも防火ガラスのような耐火性を備えることが想定されるものではないが,前記判断のとおり,これらのガラスと防火ガラスとの違いを考慮しても,本件周知技術を刊行物1発明に適用することに阻害要因があるとは認められないから,原告の指摘する点は,前記判断を左右しない。 (6) さらに,原告は,刊行物1発明に,刊行物3記載の発明並びに甲22公報,甲23公報及び甲8公報記載の技術を適用するとの審決の判断は,技術分野が異なる発明の組合せであって妥当ではないと主張する。しかし,審決は,前記第2の3のとおり,刊行物1発明に,本件周知技術を適用することは当業者が容易になしえたことであると判断したものであるから,原告の主張はその前提において異なるし,刊行物2,甲22公報及び甲23公報に記載されたガラスが防火ガラスではなく,したがって,刊行物1発明の対象とする防火ガラスとは,想定される耐火性が異なることを前提としても,本件周知技術を防火ガラスに適用することの阻害要因とはならないことは前記判断のとおりであるから,原告の主張を採用することはできない。 3 結論 以上のとおりであり,原告の取消事由の主張には理由がなく,審決にはこれを取り消すべき違法はない。したがって,本件請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 設樂一 |
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