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関連審決 異議2000-73548
関連ワード 容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  慣用技術 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 415号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社三洋物産
訴訟代理人弁理士 川口光男
同復代理人弁理士 山田強
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 二宮千久
同 藤井靖子
同 高木進
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2000-73548号事件について平成13年7月17日にした決定中,「特許第3022545号の請求項1に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「パチンコ機」とする特許第3022545号の特許(平成元年5月16日出願の特願平1-121990号からの分割出願として出願された特願平7-180887号からの分割出願として出願された特願平10-16132号からの分割出願として,平成11年2月9日に出願され(特願平11-31836号,以下「本件出願」という。),平成12年1月14日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は1である。甲第2号証は,本件出願に係る願書に添付された明細書及び図面の,公開時における内容を示す特許公報である。なお,登録後,後記本件訂正により,発明の名称(本件訂正前は「遊技機」),特許請求の範囲及びこれに伴う発明の詳細な説明の訂正がなされている。)の特許権者である。
平成12年9月21日,本件特許に対し,特許異議の申立てがなされた。特許庁は,これを異議2000-73548号事件として審理した。原告は,審理の過程で,請求項1の文言の訂正を含む,明細書の訂正(以下「本件訂正」という。
本件訂正の内容は,甲第4号証(訂正請求書)記載のとおりである。以下,本件訂正後の明細書及び図面を,「本件明細書」という。)を請求した。特許庁は,審理の結果,平成13年7月17日,「訂正を認める。特許第3022545号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年8月16日,その謄本を原告に送達した。
2 本件訂正後の特許請求の範囲(別紙1,2参照) 「文字,数字,図形などの画像による図柄を,一つの連続した表示領域とされるドットマトリクス型ディスプレイ上に複数列でスクロール表示する表示装置を備え,前記図柄のスクロール動作が停止したときに特定の組み合わせが得られた場合に,遊技者に所定の遊技条件が付与されるように構成されたパチンコ機において, 前記表示装置の前記表示領域には,前記スクロール動作が停止したときに,少なくとも一段については前記図柄の全体が表示され,この全体表示がなされた段のスクロール方向に隣接する他の段には前記図柄の一部が前記表示領域に含まれて当該一部が 表示されることを特徴とするパチンコ 機。」 (判決注・下線部が本件訂正による付加訂正部分である。以下,この本件訂正後のものを「本件発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,特開昭62-41680号公報(異議手続の甲第1号証・本訴甲第6号証。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものである,とするものである。
4 決定が認定した,引用発明の内容,本件発明と引用発明との一致点・相違点 (1) 引用発明の内容(別紙3,4参照) 「画像によるシンボルを,各シンボル列表示領域R11 〜R kl に表示し,CRT108ディスプレイの管面上に複数列のシンボル列表示領域R11 〜R kl で上下移動表示する表示装置を備え,シンボル列のシンボルの上下移動動作が停止したとき所定の当り組合せが得られた場合に,所定数のコインが払出されるスロットマシンにおいて,表示装置の各シンボル列表示領域には,シンボル列の上下移動動作が停止したときに,その中央部にシンボルの全体が表示され,該シンボルの上下方向のシンボルはその一部が表示されるスロットマシン。」(決定書5頁6行目〜13行目) (2) 本件発明と引用発明との一致点 「文字,数字,図形などの画像による図柄を,ディスプレイ上に複数列でスクロール表示する表示装置を備え,前記図柄のスクロール動作が停止したときに特定の組み合わせが得られた場合に,所定の結果が付与される遊技機において,前記表示装置の表示領域には,前記スクロール動作が停止したときに,少なくとも一段については前記図柄の全体が表示され,この全体表示がなされた段のスクロール方向に隣接する他の段には前記図柄の一部が前記表示領域に含まれて当該一部が表示されていることを特徴とする遊技機。」,である点。」(決定書5頁37行目〜6頁6行目) (3) 本件発明と引用発明との相違点 「相違点A.文字,数字,図形などの図柄を,複数列でスクロール表示する表示装置を備え,前記図柄のスクロール動作が停止したときに特定の組み合わせが得られた場合に,遊技者に所定の遊技条件が付与される遊技機として,本件請求項1に係る発明(判決注・本件発明)は,パチンコ機を特定しているのに対して,上記刊行物記載の発明(判決注・引用発明)は,スロットマシンである点, 相違点B.文字,数字,図形などの画像による図柄を複数列でスクロール表示するディスプレイが,本件請求項1に係る発明は,一つの連続した表示領域とされるドットマトリクス型ディスプレイであるのに対して,上記刊行物記載の発明は,一つの連続した表示領域とはなっていないCRTディスプレイである点。」(決定書6頁7行目〜16行目) (以下,それぞれ「相違点A」,「相違点B」という。)
原告の主張の要点
決定は,本件発明と引用発明との一致点の認定を誤って相違点を看過し(取消事由1),相違点Bの認定を誤り(取消事由2),認定した相違点A及びBについての判断を誤り(取消事由3及び4),その結果,本件発明が,引用発明及び周知技術から容易に推考できるとした。また,本件発明の顕著な作用効果も看過している(取消事由5)。
したがって,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明と引用発明との一致点認定の誤り及び相違点の看過) (1) 決定は,「4.対比・判断」の項において, 「・・・上記刊行物記載の発明(判決注・引用発明)の「シンボル列表示領域」・・・は,本件請求項1に係る発明(判決注・本件発明)の「表示領域」・・・に相当する」(決定書5頁33行目〜35行目),としている。
(2) しかし,引用発明のシンボル列表示領域は,CRT管面(表示領域)中に多数区画されて存在する,個々の領域に過ぎない。本件発明の「一つの連続した表示領域」とは,全く異なるものである。
したがって,引用発明の「シンボル列表示領域」が,本件発明の「表示領域」に相当するとの認定は,誤りである。
(3) 本件発明の特許請求の範囲においては,あくまで,ドットマトリクス型ディスプレイ全面が,一つの連続した表示領域とされている。このうちの,一つの列が単位となり,それらが結合して一つの連続した表示領域となる,という概念は記載されていない。「一つの連続した」と「表示領域」は,不可分のものである。
決定の認定は,本件発明の一つの連続した表示領域を,無理矢理個々の要素に分解して把握しているものであって,不合理である。
(4) 後記のとおり,引用発明においては,CRT管面が,一つの連続した表示領域となっている。
したがって,一致点の認定における「表示領域」が,一つの連続した表示領域,すなわちドットマトリクス型ディスプレイの全面を指す,という前提に立つとすれば,本件発明と引用発明とは,「全体表示がなされた段のスクロール方向に隣接する他の段の図柄が,本件発明では,その一部が一つの連続した領域に含まれて(つまり,他の部分がはみ出して)当該一部が表示されるのに対し,引用発明では,全部が一つの連続した表示領域に含まれて(はみ出すことなく)当該一部が表示されることになる」点で相違することになる。しかるに,決定は,一致点の認定を誤り,この相違点を看過している。
2 取消事由2(相違点Bの認定の誤り) (1) 前記のとおり,決定は,相違点Bの認定において,引用発明は,一つの連続した表示領域とはなっていないCRTディスプレイである,としている。
しかし,引用例の図1から明らかなとおり,引用発明のCRT管面は,一つの連続した表示領域となっている。まず,この点で,決定の認定は誤りである (2) 引用発明では,一つの連続した表示領域の中に,多数のシンボル列表示領域を形成して,個々のシンボル列表示領域の中においてのみ,シンボルを表示できるようになっている。
引用発明の構成では,例えば,CRT管面の境界部位にまで,シンボルが表示されることはない。これに対し,本件発明では,ドットマトリクス型ディスプレイから成る表示装置の表示領域を,一つの連続した表示領域として使用し,この単一の表示領域内で,図柄を表示するようにしているから,ディスプレイ全体を表示領域として使用できる。
両者の表示態様を,同一視することは不可能である。
このように,本件発明における,一つの連続した表示領域における図柄の表示態様と,引用発明における小さく区画された表示領域における図柄の表示態様との差異は,重大な相違点である。しかし,決定は,この相違点について何も言及していない。
3 取消事由3(相違点Aについての判断の誤り) (1) 決定は, 「・・・相違点Aについて検討すると,本件の出願前,パチンコ機の技術分野において,文字,数字,図形などの図柄を,複数列でスクロール表示する表示装置を備え,前記図柄のスクロール動作が停止したときに特定の組み合わせが得られた場合に,遊技者に所定の遊技条件が付与されるように構成されたパチンコ機は,例示する迄もなく,慣用の技術事項であって,このようなパチンコ機は,パチンコ機にスロットマシンの機能を結合させたものであるから,パチンコ機におけるスロットマシンの機能を奏する構成部分は,必要に応じてスロットマシンの技術から転用できるというべきである。
そうすると,相違点Aにかかり,スロットマシンを対象とする刊行物記載の発明(判決注・引用発明)を転用して,パチンコ機を対象とする本件請求項1に係る発明(判決注・本件発明)のようにすることは,当業者が容易に想到できることである。」(決定書6頁18行目〜28行目) と説示している。
(2) スクロール表示を前提としているパチンコ機において,スロットマシンの機能を果たすあらゆる構成部分(技術)を,必要に応じて転用できるというのは,あまりに飛躍した論理である。
パチンコ機とスロットマシンは,遊技形態が全く異なり,そのため,各機器の構造も大きく異なる。例えば,パチンコ機は,パチンコ玉を遊技盤面に発射し,その挙動を楽しむものであり,そのための領域が遊技領域となるから,その中に表示装置を設ける場合,この表示装置の大きさは自ずと限られたものとなる。これに対し,スロットマシンは,表示装置(回胴)の回転及び停止を楽しむものであるから,この表示装置(回胴)の大きさには,相当の余裕をもたせることができる。
このような違いがあるのであるから,スロットマシンの技術を,当然に,パチンコ機に転用できるものではない。
本件発明は,パチンコ機の表示装置の大きさに制約があるということに鑑み,表示領域を細かく分割せずに一続きの領域とし,かつ,その限られた表示領域にさしかかる隣接図柄の一部を表示する,という構成に到達したのである。しかし,引用発明には,そのような発想も必要もない。
(3) 決定で引用されている実願昭61-21712号(実開昭62-133685号)のマイクロフィルム(甲第7号証。以下「甲7公報」という。),実願昭62-79990号(実開昭63-188077号)のマイクロフィルム(甲第8号証。以下「甲8公報」という。)及び実願昭62-156561号(実開平1-62881号)のマイクロフィルム(乙第1号証。以下「乙1公報」といい,これに記載された発明を「乙1発明」という。)は,単に,ドットマトリクス型ディスプレイを備えたパチンコ機を開示しているにすぎない。スロットマシンの遊技機能を転用することについて,一言も触れていない。パチンコ機の形態(構造上の自由度等)に合わせて,スロットマシンの遊技機能をパチンコ機に適合させることなど,何ら開示していない。
(4) スロットマシンは,もともと機械式であり,表示窓をとおしてシンボル列表示領域(装置としてはリール・回胴)の図柄を見せるものであるから,当たりラインの上下の図柄も自ずと見える。引用発明は,この機械式のものをCRTで表示するものである。
しかし,パチンコ機においては,そもそも大当たりに無関係な図柄を表示するという発想そのものが存在しなかったのであり,当たりラインの上下の図柄の一部が見えるという,スロットマシンの構成を,パチンコ機の表示装置で採用しようという発想も,容易には出てこない。
4 取消事由4(相違点Bについての判断の誤り) (1) 決定は, 「相違点Bについて検討すると,本件の出願前,パチンコ機の表示装置として,ドットマトリクス型ディスプレイは,周知技術(例えば,実願昭61-21712号(実開昭62-133685号)のマイクロフィルム(判決注・甲7公報),実願昭62-156561号(実開平1-62881号)のマイクロフィルム(判決注・乙1公報),実願昭62-79990号(実開昭63-188077号)のマイクロフィルム(判決注・甲8公報)にすぎず,また,複数列でスクロール表示するディスプレイとして一つの連続した表示領域を形成したドットマトリクス型ディスプレイは,表示装置として慣用技術(例えば,特開昭52-117029号公報(判決注・乙第2号証。以下「乙2公報」という。),特開昭60-205578号公報(判決注・甲第9号証。以下「甲9公報」という。),特開昭62-157091号公報(判決注・甲第10号証。以下「甲10公報」という。))である。
そうすると,相違点Bにかかり,上記刊行物記載の発明の一つの連続した表示領域とはなっていないCRTディスプレイに代えて一つの連続した表示領域を形成したドットマトリクス型ディスプレイを採用して,本件請求項1に係る発明(判決注・本件発明)のようにすることは,当業者であれば容易に想到できることである。」(決定書6頁29行目〜7頁5行目) としている。
(2) 前記のとおり,引用発明において,そのCRT管面は一つの連続した表示領域であり,その中に,多数のシンボル列表示領域が形成されている。
したがって,一つの連続した表示領域を形成したドットマトリクス型ディスプレイが周知技術であっても,本件発明の構成である,一つの連続した表示領域の全体表示がなされた段のスクロール方向に隣接する他の段に,図柄の一部が前記表示領域に含まれて当該一部が表示される,という構成に想到することは,容易ではない。
換言すると,引用発明の,一つの連続した表示領域(CRT管面)を多数のシンボル列表示領域としたものを,一つの連続した表示領域であるドットマトリクス型ディスプレイに適用したとしても,一つの連続した表示領域であるドットマトリクス型ディスプレイを多数のシンボル列表示領域とすることに想到できるだけである。これは,本件発明の構成と全く異なる。
表示領域を結合して一つの連続した表示領域を形成することが容易であるなどというのは,本件発明をみた後でなされた,こじつけにすぎない。
(3) 前記のとおり,パチンコ機においては,表示装置の占有領域が限られており,その中で,図柄の表示をダイナミックに演出する必要がある。そのような思想は,表示装置を大きくできるスロットマシンを前提にした引用例からは見出せない。すなわち引用発明には,本件発明の構成に想到するための技術思想の一つである,一つの連続した表示領域を極限まで利用し切るという技術思想は,開示されていないのである。
(4) 被告は,当業者が,引用発明から,水平方向に複数列にわたって多数のシンボル列表示領域が配置される構成に着目するのは当然である,と主張する。しかし,引用発明は,縦方向にもシンボル列表示領域を設けたことを特徴としているのであって,水平方向の配列だけに着目する理由はない。
5 取消事由5(顕著な作用効果の看過) 本件発明は,表示装置の面積が限られるというパチンコ機特有の制約の下,そのディスプレイの限られた表示面積を極限まで利用しつつ,図柄の表示をダイナミックかつ多彩に演出し,遊技者の興趣を高める,という優れた作用効果を奏するものである。
甲9公報,甲10公報及び乙2公報には,パチンコ機に関する記載はなく,ましてや,パチンコ機特有の図柄表示に際しての演出,興趣の向上といった点については,開示も示唆もないのであって,本件発明は,どの先行技術からも予測できない有利な効果を奏するものである。
被告の反論の要点
1 取消事由1(本件発明と引用発明との一致点認定の誤り及び相違点の看過)に対して (1) 引用発明の,複数列のシンボル列表示領域R11 〜R kl を構成する要素である個々のシンボル列表示領域は,本件発明における,複数列の図柄がスクロール表示される一つの連続した表示領域を構成する要素である,図柄がスクロール表示される表示領域(一つの列),に相当するものである。
そこで,決定は,引用発明における個々のシンボル列表示領域が,上記本件発明の表示領域(一つの列表示領域)に相当する,と認定したものであって,原告が主張するように,引用発明のシンボル列表示領域が,本件発明の,一つの連続した表示領域に相当する,などと認定したものではない。
(2) 本件発明では,物理的に形成された表示領域と図柄(シンボル)の表示作用が実際になされる表示領域が一致するのに対し,引用発明では,物理的には一つの連続した表示領域となっているCRT管面の全領域が,図柄を実際に表示する表示領域とはなっていない。CRT管面の中の,多数区画された個々のシンボル列表示領域においてのみ,シンボルが表示されるようになっている。
決定は,この点を踏まえ,実際にシンボル(文字,数字,図形などの図柄)が表示される領域に着目し,表示領域の認定を行ったものである。
そして,決定は,相違点Bとして,一つの連続した表示領域の有無に係る,本件発明と引用発明との相違を摘示している。
決定には,原告が主張するような一致点認定の誤りも,相違点の看過もない。
2 取消事由2(相違点Bの認定の誤り)に対して 1で述べたとおり,決定は,実際にシンボルが表示される領域に着目し,引用発明における表示領域の認定を行っている。この表示領域,すなわちシンボル列表示領域は,CRT管面上に,連続することなく,複数設けられているから,一つの連続した表示領域となっていない。相違点Bは,このことを摘示している。
CRT管面が,物理的に一つの連続した表示領域となっているとしても,そのことと,決定が相違点Bとして,表示領域(個々のシンボル列表示領域)が一つの連続した表示領域になっていないと認定することに,何ら矛盾はない。
3 取消事由3(相違点Aについての判断の誤り)に対して 決定は,図柄を複数列でスクロール表示できる表示装置を備え,スロットマシンの機能を結合させたパチンコ機が,慣用の技術事項であることを前提に,このように,スロットマシンの機能を併せ持ったパチンコ機が存在することから,スロットマシンに関する引用発明の構成の一部を,パチンコ機に転用できる,としたものである。根拠もなく,スクロール表示を行う表示装置を備えたスロットマシンの技術を,パチンコ機に転用できる,としたものではない。
なお,スロットマシンにおける機械的回転表示装置や電気的可変表示装置を備えたパチンコ機は,乙第3号証ないし第5号証にも開示されている。
4 取消事由4(相違点Bについての判断の誤り)に対して (1) 決定は,文字等を,複数列でスクロール表示するディスプレイであって,一つの連続した表示領域を形成しているドットマトリクス型ディスプレイが,表示装置として慣用技術であることを前提に,引用発明における,複数列で図柄が表示されるものの,表示領域(個々のシンボル列表示領域)が一つの連続した表示領域となっていないCRTディスプレイを,一つの連続した表示領域を形成したドットマトリクス型ディスプレイにすることが,容易推考である,としたものである。
(2) 乙1公報には,図柄を複数列でスクロール表示する表示装置を備えたパチンコ機が開示されており,これは,周知慣用のものである。
(3) 一つの連続した表示領域を形成したドットマトリクス型ディスプレイが慣用技術であることは,乙2公報に開示されている。
そして,乙2公報は,このようなドットマトリクス型ディスプレイが,表示内容の位置をドット単位で連続的に移動させることができるので,内容が見やすく,限られた表示画面の全面積を表示に使用できるため多くの文字等を表示でき,好都合であることも開示している。
(4) スロットマシンの技術分野において,シンボルをマトリクス配置することが一般的であるのに対し,パチンコ機の技術分野においては,マトリクス配置のほか,水平方向にのみ配置することも一般的である。
そうすると,乙1公報に開示された,周知慣用のパチンコ機を知る当業者が,引用発明における,CRTディスプレイ上に表示された多数のシンボル列表示領域を見て,そのマトリクス配置の水平方向にわたる配置に着目し,その一段については図柄の全体が表示され,この全体表示がなされた段のスクロール方向に隣接する他の段には前記図柄の一部が前記表示領域に含まれて当該一部が表示される,シンボル列表示領域を複数列にわたって配置する表示装置として,乙2公報の一つの連続した表示領域を形成したドットマトリクス型ディスプレイを採用することは,容易に推考できることである。
(5) 原告は,引用例には,一つの連続した表示領域を限界まで使い切るという発想はない,と主張する。
しかし,引用発明は,その表示領域において,一段については図柄の全体が表示されるとともに隣接する他の段には図柄の一部が表示されるという構成を有している。この構成を,パチンコ機に適合する形で採用することは,当業者が当然考えることである。
そして,前記のとおり,限られた領域にできるだけ多くの文字,数字を表示できるドットマトリクス型ディスプレイは,乙2公報に開示されている。そのドットマトリクス型ディスプレイを,引用発明において採用すれば,原告が主張するような作用効果を奏することができるのは,当然である。
(6) 以上のとおりであるから,相違点Bについての判断にも,誤りはない。
5 取消事由5(顕著な作用効果の看過)に対して 本件明細書には,図柄の表示をダイナミックに演出するという効果自体の記載がない。ましてや,そのような効果が,いかなる構成から生じるかの記載もない。
また,原告が主張する上記作用効果は,パチンコ機に適用可能な引用発明の構成を,乙2公報を参酌して,限られた領域にできるだけ多くの図柄を表示するという慣用技術を用いつつ,パチンコ機に採用することにより,当業者が容易に予測できることにすぎない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明と引用発明との一致点認定の誤り及び相違点の看過)について (1) 本件明細書には,以下の記載がある(甲第4号証)。
ア「・・・図柄を,一つの連続した表示領域とされるドットマトリクス型ディスプレイ上に複数列でスクロール表示する表示装置」(請求項1) イ「【0002】 【従来の技術】 従来,・・・こうしたタイプのパチンコ機の表示装置は,・・・最近ではLEDによるドットマトリクス型ディスプレイを組込んだ構成のものが多い。例えば,5×7のドット数を持つLEDディスプレイパネルを3個並列させ,これによって各桁の数字等の図柄を表示するようにするものがあった。」(甲第4号証中の全文訂正明細書1頁17行目〜26行目) ウ「【0027】 ・・・そしてLEDディスプレイパネル・・・よりなる表示装置19では,マイクロコンピュータから出力される表示データに基づいて,所定の表示がなされるようになっている。具体的には図1に示すように,スロットルマシンのドラムの回転を模して,図柄(数字あるいは所定の模様)が,表示装置19のディスプレイ上に3列表示されるようになっている。これら図柄は始動口16〜18への入賞に伴って各桁毎に所定の速度で縦方向へ読取り不能な速度でスクロールしてゆく。」(同8頁18行目〜29行目) エ「・・・スクロール動作が停止した時には,図1に示すように,各列の中央の段には図柄の全体が表示され,その上下に隣接する段には図柄の一部,つまり図柄の下半分あるいは上半分が表示されるようになっている。」(同9頁5行目〜7行目) オ「【0029】 ・・・本実施形態では図柄を縦方向へスクロールさせることができ,これによってスロットルマシンにおけるスロットルの回転を表すような表示・・・も可能となる。」(同9頁22行目〜10頁2行目) 以上の記載によれば,本件発明は,「一つの連続した表示領域」が縦方向に区分された列複数個から構成され,その「区分された列」の各々において,図柄を「スクロール表示」すると共に,スクロール動作の停止時には,少なくとも一つの段(例えば中央の段)に図柄の全体を表示し,その上下に隣接する段に図柄の一部を表示する,というスロットマシンを模した表示装置を備えるパチンコ機であることが認められる。
そして,この「区分された列」が,一つの連続した表示領域として構成されているとしても,その縦スクロールという表示作用に着目すれば(この表示作用は,スロットマシンのそれを模しており,一つの列と他の列の表示作用は相互に独立し,列単位でなされるものである。),この「区分された列」を,当該一つの連続した表示領域を構成する要素として把握することは容易である。
(2) 引用例には,以下の記載等がある(甲第6号証)。
ア「第1図はビデオ式スロットマシンのCRT管面の正面図で,k×l個(K,lは2以上の整数)シンボル列表示領域R11 〜R kl がマトリクスに平行配置されている。各表示領域R11 〜R kl では・・・シンボル列が,一定方向に移動自在に表示される」(甲第6号証3頁左上欄16行目〜右上欄3行目) イ 第1図及び第5図には,各シンボル列表示領域において,シンボルの移動動作停止時に,中央の段に図柄の全体を表示し,その上下に隣接する段に図柄の一部を表示する表示態様が,見て取れる。
以上によれば,引用例には,シンボル列表示領域の各々において,シンボルが「縦方向に移動動作」をすると共に,移動動作の停止時には「中央の段に図柄の全体を表示しその上下に隣接する段に図柄の一部を表示する」というビデオ式スロットマシンが記載されている。
(3) そうすると,図柄(シンボル)の移動動作の共通性(スクロール表示),及び,移動動作停止時の図柄の表示態様の共通性(一段については図柄の全体が表示され,その上下の段においては,図柄の一部が表示されている。)において,引用発明の「シンボル列表示領域」は本件発明の上記「区分された列」に相当することが認められる。
決定は,本件発明の上記「区分された列」を「表示領域」と称した上で,引用発明の「シンボル列表示領域」が,この「表示領域」に相当すると対比判断をしたものであり,この判断に誤りがあるとはいえない。
(4) 原告は,この対比判断は誤りであると主張する。
ア 原告は,本件発明の「表示領域」とは,「一つの連続した表示領域」を意味するものであり,引用発明の「シンボル列表示領域」とは全く異なるものであると主張する。
しかし,決定が,相違点Bとして,「一つの連続した表示領域」があるか否かという点を認定していることからすれば,一致点における「表示領域」を本件発明の「表示領域」(一つの連続した表示領域)とは異なる意味で使用していることは明らかである。決定が,本件発明の上記「区分された列」を「表示領域」と称して対比判断したものであることは上記のとおりであり,原告の主張は,その前提を欠き失当である。
イ 原告は,本件発明の「一つの連続した」と「表示領域」とは,不可分なものである,と主張する。
しかし,本件発明における個々の「区分された列」を,一つの連続した表示領域を構成する要素として容易に認識し得ることは,既に述べたとおりであって,無理矢理に個々の要素に分解して把握しているものではなく,原告の上記主張は,採用することができない。
(5) 以上のとおりであるから,決定の一致点の認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点Bの認定の誤り)について (1) 相違点Bは,前記のとおり,「・・・図柄を複数列でスクロール表示するディスプレイが,本件請求項1に係る発明は,一つの連続した表示領域とされるドットマトリクス型ディスプレイであるのに対して,上記刊行物記載の発明は,一つの連続した表示領域とはなっていないCRTディスプレイである点」である。
この相違点を,さらに分析すると,二つの要素が盛り込まれている,と認められる。すなわち,表示領域が一つの連続した領域となっているか否か,という点と,表示装置が,ドットマトリクス型ディスプレイであるか,CRTディスプレイであるか,という点である。
(2) 本件発明が,表示装置として,一つの連続した表示領域となるドットマトリクス型ディスプレイを用いていること,引用発明が,表示装置としてCRTディスプレイを用いつつ,そこに表示されるシンボル列表示領域は,連続していないから,このCRTディスプレイは,一つの連続した表示領域となっていないことは,1において引用した本件明細書,引用例の記載(特に第1図)から明らかである。
したがって,決定の相違点Bの認定に誤りはない。
(3) 原告は,引用発明のCRT管面は,一つの連続した表示領域となっており,この点で,決定の相違点Bの認定には誤りがある,と主張する。
物理的に,CRT管面は,一つの連続した表示領域であり,実際の表示態様においても,一つの連続した表示領域となり得る。しかし,上記のとおり,引用発明において,個々のシンボル列表示領域は,互いに離隔して配置されており,連続していない。決定は,この点,すなわち表示態様の差異に着目し,相違点Bとして指摘したことは,既に述べたところから明らかである。そして,このことと,CRT管面が物理的に一つの連続した表示領域となることとは,何ら矛盾しない。
原告の主張は,失当である。
(4) 原告は,本件発明と引用発明との表示態様を同一視することはできない,と主張し,その具体的な事由として,@前者はディスプレイ全体を表示領域として使用できるのに,後者ではそうでないこと(CRT管面の境界部位(端部)に,シンボルが表示されることはない。),A一つの連続した表示領域における図柄の表示態様と,小さく区画された表示領域における図柄の表示態様とは異なること,を挙げる。
@について,引用発明においてディスプレイ全体を表示領域として使用できないのは,シンボル列表示領域が離隔している(連続していない)からであって,この点は,相違点として摘示されている。CRT管面の境界部位にシンボルが表示できないことについては,確かに引用例の第1図には,そのような実施例が記載されているものの,引用発明が,CRT管面の境界部位にシンボルを表示する態様を排除しているとは,認められない。もし,CRT管面の境界部位は歪みが大きく,図柄の表示に適さないため,表示領域として使用されないというのであれば,このCRT管面をドットマトリクス型ディスプレイ(正確には,例えば本件発明の実施例として挙げられているような,平面ディスプレイ)に変更すれば,当然解決でき,この表示装置の相違も,相違点Bにおいて摘示されている。
Aについて,そもそも,原告は,表示態様にどのような差があるのかについて,具体的に主張していない。もっとも,本件明細書には, 「【0005】 【作用】 本発明によれば,少なくとも縦方向については,従来よりも表示領域が拡大されたため,使用する正規のフォントを複数段に表示させることができ,従来よりも図柄の表示バリエーションを拡大させうる。
【0006】 【発明の効果】 本発明の効果は次のようである。ディスプレイは少なくとも縦方向に関しては,複数段の図柄表示をなしうるような連続した表示領域が設定されているため,文字による表示あるいは複雑な図柄表示さらにはこれらの組み合わせ表示も可能である等,多彩な表示によって,より一層の興趣が高められる。」(甲第4号証中の全文訂正明細書2頁20行目〜3頁1行目) との記載がある。
表示領域を一つの連続した表示領域とする場合,この表示領域はより多数のドット(画素)が,一団のものとして構成されるから,少ないドットから成る表示領域では表示できないような,例えばより精密な図柄,複雑な図柄の表示が可能となること,また,図柄を移動しつつ表示することについても,より広範な範囲や,より円滑な移動ができるようになることは,いずれも,明らかである。上記の本件明細書の記載及び原告の主張は,このようなものであると理解される。
しかし,本件発明の特許請求の範囲の記載は,「少なくとも一段については前記図柄の全体が表示され,この全体表示がなされた段のスクロール方向に隣接する他の段には前記図柄の一部が前記表示領域に含まれて当該一部が表示される」というものである(これは,引用発明におけるシンボル列表示領域における表示と同一である。)。それ以外に,原告が主張している多彩な表示の具体的な態様は,本件発明を特定する特許請求の範囲に係る文言に,全く記載されていないのである。
したがって,本件発明と引用発明との相違点として,表示領域が一つの連続したものとなっているか否かということのほかに,表示態様の違いを摘示しないことが,相違点の看過ないし認定の誤りである,ということはできない。
3 取消事由3(相違点Aについての判断の誤り)について (1) 乙1公報には,次の記載がある(別紙5,6参照)。
ア「従来,特定の入賞口にパチンコ球が入ったときに,パチンコ遊戯機の遊戯面中央部に設けた表示装置の一連の絵柄或は数字表示を変化させ,変化が停止したときの一連の絵柄或は数字の並びが予め特定した絵柄或は数字の並びになったときに,大入賞口を開にして,入賞し易いようにしたパチンコ遊戯機としては,一般的に遊技面中央に絵合せ,数字合せ用モータ駆動のドラム式回転体或は7セグメントLEDを横一列に適数個並べて取付けている。」(乙第1号証2頁1行目〜10行目) イ「(考案が解決しようとする問題点) この場合,これら横一列に並べられて表示装置を形成する個々の回転体或は,LEDは互いに独立していることもあって,表示の変化を楽しむことができないと言う欠点があった。」(同号証2頁11行目〜15行目) ウ「(実施例) ・・・第1図〜第3図に示すように,・・・遊戯面2の中央部には特に第3図に示す表示器25,この場合,文字,数字を含む画素子としてのドットLEDを5列7行に配列したドットマトリクスLED26を横一列に3個配列した表示器25が取付けられ,」(同号証3頁5行目,4頁1行目〜5行目) エ「図柄変動中或は大入賞口16開放中において各始動口12,13,14にパチンコ球が落入したか否かが判定され,落入しなかった場合・・・図柄表示ルーチンに移行し,落入した場合において・・・図柄変動回数SCNTが図柄変動終了の度にSCNT-1にセットされ,・・・図柄表示ルーチンに移行する。」(同号証12頁4行目〜18行目) 「図柄表示ルーチンでは,・・・ステップ121で左図柄に対応したドットマトリクスLED26で文字の高速回転処理が行われ,・・・中速回転処理が行われ,・・・低速回転処理が行われ,・・・左回転停止処理が行われた後,・・・図柄表示ルーチンに戻る。」(同号証12頁19行目〜14頁14行目)(中図柄及び右図柄についても同様の記載がある。) 「この場合におけるドットマトリクスLED26上の図柄の変化態様を第17図に示す。・・・図柄表示は次のようにして行われる。・・・該当するレジスタ・・・H,L(1或は0)制御され,特定の行,特定の列のLEDドットが点灯され,これが組合わされて予め設定された図柄,例えば”7”等が表示され,更に,・・・各ドットマトリクスLED26別回転表示,或は後述の流れ表示が行われる。」(同号証18頁6行目〜19頁1行目) 同号証の第17図には,上方向に,「-7-6-4-」と流れる表示(スクロール表示)が例示されている。
オ「・・・本実施例の場合,表示器25にドットマトリクスLED26を用いた状態において,・・・複数個のドットマトリクスLED26からなる表示装置全体で1つの絵或は数字を表したり,絵,数字或は文字を電光表示盤のように回転体或はドットマトリクスLED配列の縦・横方向に適宜移動させて,・・・又は,表示されるデータを経時的に変化させて,遊戯者に常に適切な情報を提供し,遊戯者に安心してパチンコ遊戯を楽しんでもらうことができる。」(同号証25頁2行目〜18行目) (2) 乙第4号証(実開昭60-168876号公報)には,以下の記載がある(別紙7参照)。
「〔従来技術〕 パチンコ機などにおいては,・・・いわゆるスロットマシンを応用した入賞球装置が人気を呼んでいる。スロットマシンを応用した前記入賞球装置は,特定のセーフ穴に入賞が発生すると,・・・リールを回転させ,これらが停止した時の各シンボルマークの組合せが所定のものである場合に,例えばアタッカーを30秒間開いて入賞を得やすくするなどの特典を与えるように構成されている。」(乙第4号証2頁13行目〜3頁8行目) (3) 乙第5号証(実開昭61-124679号公報)には,以下の記載がある(別紙8)。
ア「〔従来技術〕 パチンコ機に使用されている・・・入賞球装置として最近広く用いられているものに,スロットマシンを流用したものがある。このスロットマシンタイプの入賞球装置では,・・・各リールの回転が停止した時にそれぞれのシンボル,すなわちシンボルマークや数字の組み合わせが入賞に該当していると,アタッカが開放され入賞が得やすい状態となる。・・・スロットマシンタイプの入賞球装置の中には,リールを使用する代わりに7セグメント配列の発光ダイオードからなる表示素子を利用して,シンボルとして数字を表示するようにしたものもある。」(乙第5号証3頁2行目〜4頁3行目) イ「従来のスロットマシンタイプの入賞球装置・・・では,その3個の表示部が横一列に並べられて入賞シンボル表示部を構成している。そして入賞の判定は,この入賞シンボル表示部に表示されているシンボルの組み合わせに基づいて行われることになるが,遊技者にとっては,前記入賞シンボル表示部に表示されているシンボルだけしか観察できないようになっている。したがって,通常のスロットマシンのように,入賞シンボル表示部に表示されたそれぞれのシンボルの前後に位置しているシンボルを知ることができないため,ゲーム性に欠けるという欠点がある。特に,発光ダイオードなどを利用した表示素子でシンボルを表示するようにしたものでは,どのような配列でシンボル表示が行われているかを識別することができない。」(同号証4頁7行目〜5頁3行目) ウ「〈問題を解決するための手段〉 上記の目的を達成するために,本考案では,・・・入賞シンボル表示部を形成する第1シンボル表示部に隣接して,この第1シンボル表示部と並行してシンボルの表示動作を行う第2シンボル表示部を設けたものである。
本考案の望ましい実施例によれば,前記第2シンボル表示部には,第1シンボル表示部に表示されたシンボルと隣接関係にあるシンボルが表示され,通常のスロットマシンと同様の興趣を楽しむことができるようになっている。」(同号証5頁10行目〜6頁1行目) エ「表示装置8は,第3図に示したように,7セグメント配列の発光ダイオードからなる表示素子10a〜10c,11a〜11c,12a〜12cを,マトリクス配列することにより構成されている。・・・メモリA内の表示データは表示素子10a〜10cに,・・・順次供給されるので,例えば表示素子10a〜10cには,メモリAに格納された表示データの配列にしたがって,順次に流れるようにシンボルが移動表示されるようになる。」(同号証6頁10行目〜7頁20行目) オ「〔考案の効果〕 ・・・本考案の入賞表示装置においては,・・・遊技者は入賞シンボル表示部に表示されたシンボル以外に,その前後に位置しているシンボルをも観察できるようになり,遊技者は一般のスロットマシンとほぼ同様の興趣を楽しむことができる。」(同号証12頁8行目〜17行目) (4) 以上によれば,パチンコ機の表示装置にスロットマシンの表示を転用すること,ドットマトリクス型ディスプレイを備え,スロットマシンの回転動作を模したシンボルの移動動作(スクロール動作)を表示するパチンコ機とそれにおいてスロットマシンと同様の興趣を楽しめるようにすること,のいずれも,本件出願時,慣用の技術である,と認められる。
そうすると,図柄を,複数列でスクロール表示するドットマトリクス型表示装置を備え,図柄のスクロール動作が停止したときに特定の組み合わせが得られた場合に,遊技者に所定の遊技条件が付与されるように構成されたパチンコ機,すなわち,スロットマシンの機能を結合させたパチンコ機は,本件出願時,慣用技術であった,と認められる。
(5) このような慣用技術が存在する以上,引用発明のスロットマシンの機能に係る技術を,パチンコ機の表示装置に転用することに想到することは,当業者が極めて容易にできることである,と認められる。
したがって,相違点Aについての決定の判断に誤りはない。
(6) 原告は,スロットマシンとパチンコ機とでは,遊技形態が全く異なり,そのため,図柄の表示装置の大きさの制約等に差があるから,スロットマシンの技術を当然にパチンコ機に転用できるとはいえない,と主張する。
スロットマシンの機能を結合させた(転用した)パチンコ機が,現実に慣用技術であったことは,上記のとおりである。現実に転用したパチンコ機が慣用のものである以上,原告の主張は,この点において既に失当である。
スロットマシンとパチンコ機とでは,図柄の表示装置(スロット部)の大きさの制約に差があることは,原告が指摘するとおりである。しかし,そのようなことは,当業者が当然に認識していることであり,パチンコ機において,パチンコ玉を挙動させるための十分広い領域を確保できるように,図柄の表示装置を適宜小さくする程度のことは,当業者が当然にする設計的事項にすぎない,というべきである(本件明細書も,表示装置ないし表示領域の大きさ自体を具体的に規定することはしていない。)。
原告の主張は,採用できない。
(7) 原告は,パチンコ機においては当たり判定に関係のない図柄を表示する,という発想がなかったから,スロットマシンの構成を,パチンコ機の表示装置で採用しようという発想も容易に出てこない,と主張する。
しかし,前記のとおり,乙第5号証には,当たり判定に関係のない図柄も遊技者に見せることとし,遊技者の興趣を高める,ということが記載されている。
すなわち,スロットマシンの構成を忠実に,パチンコ機に結合させることが開示されているのである。原告の主張は採用できない。
4 取消事由4(相違点Bについての判断の誤り)について (1) 表示装置として,CRTディスプレイ,ドットマトリクス型ディスプレイのいずれも,慣用の装置であり,前記のとおり,パチンコ機の表示装置において,ドットマトリクス型ディスプレイを採用することは,乙1公報及び乙第5号証に開示されており,慣用のものである。
したがって,引用発明のCRTディスプレイをパチンコ機において採用する際,このCRTディスプレイをドットマトリクス型ディスプレイに変更することは,単なる設計事項である,と認められる。
(2) 次に,引用発明の相互に離隔したシンボル列表示領域を,一つの連続した表示領域にすることの容易推考性について検討する。
乙2公報には,以下の記載がある(別紙9参照)。
ア「従来のX-Yマトリクス形デイスプレイ装置の表示画面の概略図を第1図により説明すると,・・・5×7ドツト(図示の場合)・・・の絵素で構成された1文字単位の表示素子2が各々X及びY方向共に適度な間隔を置いて並べられている。・・・この様な表示の上下移動は行単位で行われる為,間歇的且つ不連続となり例えば文字を連続して表示する際には非常に読みにくいという欠点があつた。」(乙第2号証2頁左上欄1行目〜16行目) イ「本発明は上述の如き従来の装置に存する欠点を除去し,表示絵素を構成するドツトが,X-Y方向に等間隔に配列されている表示画面上に横一列に表示されている文字,記号等の表示パターンをそのまま上下方向に対してドット単位で移動させる事により表示が滑らかに移動する事を特徴とする・・・」(同号証2頁左上欄17行目〜右上欄3行目) ウ「第2図は・・・本実施例に於ては,1文字の絵素として5×7ドツト方式を採用している為,Y方向にはn個のドツトが並び一方,X方向に対して5個を1組としてm組,合計5m個のドツトが並んで各々行列状に配置されている。」(同号証2枚目右上欄5行目〜12行目) エ「本方式によれば・・・内容が非常に見易いという大きな特長を持ち,且つ,限られた表示画面の面積全部を表示に使用し且つ外部からの入力データを連続的に表示する事が可能な為,・・・」(同号証3頁右下欄16行目〜4頁左上欄2行目) (3) 以上のとおり,乙2公報には,従来,文字パターンを表示できる単位となる,複数の表示素子を間隔を置いて行列状に配置していた構成に代え,この単位表示素子を隙間なく配置し,かつ,文字パターンを,行単位ではなくドット単位で上下に移動させることにより,表示が見易く,かつ,限られた表示画面の面積全部を有効に使用することが開示されている。
乙1発明に代表されるような,図柄の表示部を備える,慣用技術たるパチンコ機においても,表示が見やすく,かつ,限られた表示面積を有効に活用できることが望ましいこと(原告が主張するとおり,パチンコ機では,スロット部の表示領域の大きさに制約があるからである。)は明らかであるから,乙1公報の第3図に示されるようなドットマトリクスLED26(5行7列)を横一列に間隔をおいて3個配列した表示器25において,この3個のドットマトリクスLED26を間隔を置くことなく横一列に配列し,「一つの連続した表示画面」とすることは,当業者が上記乙2公報の開示事項を参照して,容易になし得るというべきである。
引用発明のCRTディスプレイをドットマトリクス型ディスプレイに変更したものにおいても,同様の理由から,離隔して設けられているシンボル列表示領域を,連続したものにすることは,容易に推考できるものと認められる。
(4) 原告は,引用発明のCRTディスプレイにおいて,水平方向の配列だけに注目すべき理由はない,と主張する。
しかし,スロットマシンの構成として,縦方向に移動するシンボルを表示するシンボル列表示領域を,横方向(水平方向)に複数個(通常三つ)並べる構成は慣用の,最も基本的な構成のうちの一つである(甲第6号証の第7図,第8図のほか,乙第3号証の第3図,乙第5号証の第5図参照)。そして,原告が主張するとおり,パチンコ機においては,その遊技面上のパチンコ玉を挙動させる領域を広くとるため,当該遊技面上に設けられる表示装置の大きさに制約があり,そのことは,当業者にとって自明のことと認められる。
そうすると,引用発明の表示装置を,パチンコ機に適用するに際し,そこから,スロットマシンとして最も基本的な構成の一つであり,かつ,占有面積も小さくて済む,シンボル列表示領域を水平方向に一段だけ(複数列連続して)並べた構成を抽出して適用することは,当業者が容易に推考できるものであると認められる。
(5) 原告は,引用発明には,限られた表示領域を極限まで利用しようとする技術思想はない,と主張する。
しかし,前記のとおり,パチンコ機において,スロットマシンの機能を実現する構成を採用することが,慣用技術であり,かつ,表示装置の大きさに制約があることは当業者に自明であることに照らせば,引用発明において,引用発明の構成をパチンコ機に採用する場合,表示領域の大きさの制約に基づく必要な変更をすることは当然であり,また,本件発明の構成に至るために必要な変更の要素が周知慣用であること,引用発明の構成に適合できることは,既に述べたとおりである。
したがって,原告主張の上記思想が引用発明にないことは,何ら,相違点Bに係る構成の容易推考性を否定するものではないというべきである。
(6) 以上のとおりであるから,相違点Bについての判断にも誤りはない。
5 取消事由5(顕著な作用効果の看過)について 原告は,本件発明は,表示装置の面積が限られるというパチンコ機特有の制約の下,表示面積を極限まで利用して図柄の表示をダイナミックにかつ多彩に演出し,興趣を高めるという効果を奏するものであり,この効果は,どの先行技術からも予測できないと主張する。
表示領域を極限まで利用する,との点については,表示装置をドットマトリクスとし,かつ,シンボル列表示領域を連続させれば,物理的な表示領域を,すべて,実際の表示領域とすることができることは当然である。
ダイナミックかつ多彩な表示ができる,との点について,本件発明の請求項に記載されているのは,一部の連続した表示領域について,「少なくとも一段については前記図柄の全体が表示され,この全体表示がなされた段のスクロール方向に隣接する他の段には前記図柄の一部が前記表示領域に含まれて当該一部が表示される」というものであるから,これが,ダイナミックかつ多彩な表示であるというのであれば,それは,本件発明の構成(表示態様)に当然伴われるものであり,何ら顕著な作用効果であるとはいえないし,原告のこの主張が,一つの連続した表示領域であれば,より多数のドットを用いた多種で精密な図柄を表示できる(甲第2号証の図1,図2(b)参照)ということであれば,これも,当業者が当然予測できる効果に過ぎない。
原告が主張する本件発明の効果は,容易に推考できるその構成から,当業者が当然予測できる程度のものであって,本件発明の特許性を基礎付けるものとはいえない。
6 結論 以上のとおりであるから,原告が主張する取消事由は,いずれも理由がなく,その他,決定に,これを取り消すべき誤りがあるとは認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久