関連審決 | 不服2010-29390 |
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事件 |
平成
26年
(行ケ)
10024号
審決取消請求事件
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原告ユロセテーエ.イー−ルィクスエ. 訴訟代理人弁護士 片山英二 同 北原潤一 訴訟代理人弁理士 小林浩 同 杉山共永 被告特許庁長官 指定代理人村上騎見高 同 蔵野雅昭 同 板谷一弘 同 根岸克弘 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2014/12/24 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2010-29390号事件について平成25年9月9日にし た審決を取り消す。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 原告は,発明の名称を「ヘルペスの治療のためのPVP-ヨウ素リポソー ムの使用」とする発明について,2004年(平成16年)2月12日(優 先権主張日2003年(平成15年)2月24日,(EP)欧州特許庁)を 国際出願日とする特許出願(特願2006-501821号。以下「本願」 という。)をした。 原告は,平成22年4月19日付けの拒絶理由通知(甲2)を受けたため, 同年7月27日付けで本願の特許請求の範囲について手続補正(以下「本件 補正」という。甲6)をしたが,同年8月23日付けの拒絶査定(甲7)を 受けた。 原告は,同年12月27日,拒絶査定不服審判を請求した(甲8)。 特許庁は,上記請求を不服2010-29390号事件として審理を行い, 平成25年4月18日付けの拒絶理由通知(甲9)をした。これに対し原告 は,同年7月19日付けの意見書(甲12)を提出した。 その後,特許庁は,同年9月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」 との審決(出訴期間の付加期間90日。以下「本件審決」という。)をし, 同月24日,その謄本が原告に送達された。 原告は,平成26年1月21日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提 起した。 2 特許請求の範囲の記載 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下, 請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。 「【請求項1】 単純疱疹感染又は帯状疱疹感染によって引き起こされる皮膚障害,水疱及び痒みの治療用医薬製剤であって, 該製剤が,薬学的に許容されるリポソームと併せて薬学的に有効な量のヨウ素またはヨウ素を元素の形で含有する少なくとも一つのヨウ素複合体を含有する,前記医薬製剤。」3 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに, 本願発明は,本願の優先権主張日前に頒布された刊行物である「Friedrich, E G; Masukawa, T , Effect of povidone-iodine on Herpes genitalis , Obstetrics & Gynecology,米国,1975.03.発行,Vol.45, No.3,337-339」 (以下「引用例1」という。甲10)に記載された発明及び特表2003- 500435号公報(以下「引用例2」という。甲3,11)に記載された 発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許 法29条2項の規定により特許を受けることができないから,本願は拒絶す べきものであるというものである。 本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。, ) 本願発明と引用発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。 ア 引用発明 「ヘルペスウイルスの陰部疱疹感染によって引き起こされる子宮頸部潰 瘍障害,水疱及び痒みの治療用医薬製剤であって,該製剤が,薬学的に有 効な量のポビドンヨード10%溶液又はポビドンヨードのゲルを含有し, 病変部に外用される,前記医薬製剤」の発明。 イ 本願発明と引用発明の一致点 「単純疱疹感染によって引き起こされる症状の治療用医薬製剤であって, 該製剤が薬学的に有効な量のヨウ素を含有するヨウ素複合体を含有する医 薬製剤」である点。 ウ 本願発明と引用発明の相違点 本願発明では製剤がヨウ素複合体と併せて薬学的に許容されるリポソーム の含有されるものであるのに対し,引用発明では製剤がリポソームの含有さ れない10%水性溶液またはゲルである点(以下「相違点1」という場合が ある。),及び,本願発明では治療対象の症状が皮膚障害,水疱及び痒みと されるのに対し,引用発明ではそれらの症状のうち皮膚障害が示されていな い点(以下「相違点2」という場合がある。)。 |
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当事者の主張
1 原告の主張 取消事由1(引用発明の認定の誤り) ア 引用例1(甲10)には,ポビドンヨード10%溶液又はポビドンヨー ドのゲルによる予備試験の対象となった症状として,HSV(単純ヘルペ スウイルス。以下同じ。)の感染に起因する水疱及び痒みについての記載 はない。 もっとも,引用例1には,痒みに関し,「訪問調査のたびに,痒み,苦 痛,排尿困難の重症度を0から3+の尺度で段階づけた。」(訳文3頁1 5行〜16行)との記載はあるものの,「0から3+の尺度で段階づけた」 結果についての記載は全くないから,各患者が最初の訪問調査を含む各訪 問調査の時点で,痒みの症状を有していたのか否かですら,不明としかい えない。この点について,乙3に,「単純ヘルペス」の項目において,「 かゆみのある短い前駆期…(再発性HSV-1では一般的に6時間未満)」 (1297頁左欄23行〜25行),乙5に,「性器ヘルペスウィルス感 染症(女性)」に関し,「潜伏期の後に外陰部に掻痒感などの前駆症状に 次いで比較的突然発症する」(235頁左欄下から6行〜5行)等と記載 されているように,痒みはHSV感染症の前駆症状であることからすると, 引用例1における各患者は,最初の訪問調査の時点において既に,「かゆ みのある短い前駆期」を経過していた可能性を否定できないから,引用例 1の上記記載から,対象患者が痒みの症状を有していたと断定するのは無 理というほかない。 次に,引用例1には,子宮頸部の病変(潰瘍障害)を示していた2人の 患者について,「2人とも治療に劇的に反応し,子宮頸部は6日以内に全 体が正常に見えるようになった。この発見は,子宮頸部および膣ヘルペス に対する良い治療アプローチが現在欠如しているという観点での,より大 きい重要性を仮定させる。」(訳文4頁11行〜13行)との記載がある が,水疱については,そもそも上記2人の患者が治療開始時に水疱の症状 を有していたことすら記載されていないから,水疱の治療効果の記載があ るとはいえない。また,「より大きい重要性を仮定させる」との表現から みても,少なくとも水疱についての治療効果が確認されたことを記載する ものとは認められない。 被告は,この点に関し,引用例1の表1(別紙参照)には,ポビドンヨ ード10%溶液又はポビドンヨードのゲルが外性器のHSV感染治療に有 効であったと評価できる結果が記載されており,引用例1の「考察」の記 載は,ヘルペスウイルスの陰部疱疹感染によって引き起こされる症状に対 するポビドンヨード10%溶液又はポビドンヨードのゲルの外用による治 療を肯定している旨主張する。 しかしながら,引用例1の表1及び「考察」のいずれにも,対象患者が 痒みや水疱の症状を有しており,かつ,かかる症状が治癒されたとの記載 はないから,被告の上記主張は,失当である。 したがって,引用例1に,「ヘルペスウイルスの陰部疱疹感染によって 引き起こされる,水疱及び痒みの治療用医薬製剤」の発明の開示があると はいえない。 イ 仮に引用例1による予備試験の対象となった症状にHSVの感染に起因 する水疱及び痒みが含まれることが記載されていると解したとしても,試 験対象患者数が10人(10例)とわずかであり,かつ,引用例1に「こ れらの10人の患者は,外性器のHSV感染症に対するポビドンヨードの 効果を評価するための予備試験群である。…このような小さい標本から有 効な結論を引き出すことはまったくできない。」(訳文4頁20行〜25 行)と明記されていることに照らせば,かかる予備試験の結果から「ポビ ドンヨード10%溶液又はポビドンヨードのゲルを有効成分とし,HSV の感染に起因する水疱及び痒みの治療を用途とする用途発明」の開示があ るとはいえない。 したがって,引用例1に,「ヘルペスウイルスの陰部疱疹感染によって 引き起こされる,水疱及び痒みの治療用医薬製剤」の発明の開示があると はいえない。 ウ 以上のとおり,引用例1には,「ヘルペスウイルスの陰部疱疹感染によ って引き起こされる,水疱及び痒みの治療用医薬製剤」の発明の開示があ るとはいえないから,本件審決がした引用発明の認定は誤りである。 そして,本件審決は,引用発明の認定を誤った結果,本願発明における 「ヘルペスウイルスの陰部疱疹感染によって引き起こされる,水疱及び痒 みの治療用医薬製剤」の構成についての容易想到性の判断を遺脱している。 取消事由2(相違点の判断の誤り) 本件審決は,相違点について,引用発明である医薬製剤に含有される薬理学的に有効な量のヨウ素を含有するヨウ素複合体を,引用例2に記載されたリポソーム粒状担体と組み合わせて含有する製剤(相違点1に係る本願発明の構成)とした上で,単純疱疹感染によって引き起こされる病変である皮膚障害,水疱及び痒みの治療を用途とすること(相違点2に係る本願発明の構成)は当業者が容易に想到し得たことである旨判断した。 しかしながら,以下のとおり,引用例1のほか,引用例2にも相違点2に係る本願発明の構成の開示はなく,また,引用例1及び引用例2を組み合わせる動機付けも存在しないから,本件審決の上記判断は,誤りである。 ア 引用例2(甲3,11)には,ポビドンヨードを抗炎症剤として用い, かつ,リポソーム粒状担体を用いる医薬製剤が記載されているものの,か かる医薬製剤によって,ヘルペスウイルスによって引き起こされる皮膚障 害が治癒されたことを示す記載は一切ない。 もっとも,引用例2には,「疾患,創傷,火傷などによる損傷」からの 組織修復プロセスにおける「望ましくない組織の形成の回避」(段落【0 012】),「望ましくない組織形成の発生を抑制(すること)」(段落 【0014】)を目的ないし解決すべき課題とし,上記課題の解決手段と して,機能的かつ美容的な組織の再構築および修復治療という用途を有す る,抗炎症剤や抗感染剤とリポソーム等の粒状担体とを組み合わせてなる 医薬製剤の発明が開示されているが,その発明が対象とする用途のうち, 皮膚の障害に関するものは,「皮膚等の瘢痕組織の形成の回避」である。 かかる瘢痕組織は,「HSV感染した場合に普通に見られる水疱,潰瘍, 紅斑などの症状」とは異なり,これらの症状の治癒の過程において生じる 可能性のある新たな障害であるから,本願発明の「皮膚障害」に当たらな い。 また,引用例2の目的ないし解決課題は,上記のとおり,「望ましくな い組織(瘢痕組織)の形成の回避」であるのに対し,引用例1の目的ない し解決課題は,ポビドンヨードの溶液ないしゲルを用いたHSV感染症の 治療であり,引用例1には,HSVの感染に起因する症状として子宮頸部 の潰瘍や膿疱の記載及び当該症状について治療効果があったという記載は あるものの,当該症状の治癒の過程で新たに生じ得る「望ましくない組織 (瘢痕組織)」の形成やその回避については,何ら記載がないから,この 点を引用例1の目的ないし解決課題とするものでないことは明らかであ る。 したがって,引用例1と引用例2では,目的ないし解決課題が異なるか ら,引用発明に引用例2に記載された発明を組み合わせる動機付けは存在 しない。 さらに,仮に引用発明と引用例2に記載された発明を組み合わせたとし ても,相違点2に係る本願発明の構成である「単純疱疹感染又は帯状疱疹 によって引き起こされる皮膚障害の治療」という用途は得られない。 イ 本件審決は,相違点2に係る本願発明の構成が容易想到であることの根 拠の一つとして,引用例1には,「ポビドンヨードの溶液及びゲルの外用 により患者が無症候になったこと(すなわち,あらゆる症候が消失したこ と)が示されている」ことから,「ポビドンヨードによる治療が個々の症 候の抑制のみならずヘルペスウイルス自体を抑制する根本治療になるもの と推察され,ヘルペスウイルスの感染により生じる皮膚障害の治療におい てもポビドンヨードによる治療効果が推察される」と述べている。 患者は,外性器のHSV感染症に対するポビドンヨードの効果を評価する ための予備試験群である。…このような小さい標本から有効な結論を引き 出すことはまったくできない。」(訳文4頁20行〜25行)と明記され ていることからすると,本件審決が挙げる引用例1の上記記載部分のみか ら,「ポビドンヨードによる治療が個々の症候の抑制のみならずヘルペス ウイルス自体を抑制する根本治療になるものと推察され,ヘルペスウイル スの感染により生じる皮膚障害の治療においてもポビドンヨードによる治 療効果が推察される」などとはいえない。 また,仮に引用例1からヘルペスウイルスの感染により生じる皮膚障害 の治療においてもポビドンヨードによる治療効果が推察されるとしても, 治療効果の推察にとどまり,治療効果が確認されていないのであれば,本 願発明における「単純疱疹感染又は帯状疱疹によって引き起こされる皮膚 障害の治療」という用途の構成が容易想到であることの根拠にはならない。 なお,「水疱」は本願発明の「皮膚障害」に含まれるが,引用例1に, 対象患者が水疱の症状を有しており,かつ,かかる症状が治癒されたとの ウ 以上のとおり,引用例2には,引用例2記載のリポソーム粒状担体を用 いる医薬製剤によって,ヘルペスウイルスによって引き起こされる皮膚障 害が治癒されたことを示す記載は一切ないから,仮に引用発明に引用例2 に記載された発明を組み合わせたとしても,「単純疱疹感染又は帯状疱疹 によって引き起こされる皮膚障害の治療」という用途(相違点2に係る本 願発明の構成)は得られないし,また,そもそも引用発明に引用例2に記 載された発明を組み合わせる動機付けは存在しないから,引用発明及び引 用例2に記載された発明に基づいて当業者が相違点1及び2に係る本願発 明の構成を容易に想到し得たことであるとした本件審決の判断は誤りであ る。 まとめ 以上によれば,本願発明は,引用例1及び引用例2に記載された発明に基 づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の 判断は誤りであり,本件審決は,違法であるから,取り消すべきものである。 2 被告の主張 取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対し ア 引用例1(甲10)の記載事項(訳文2頁26行〜27行,3頁4行〜 12行,12行〜16行,19行〜26行)から,当業者は,陰門並びに 膣及び子宮頸部にHSV感染による病変のある患者が知覚する具体的な症 状として,「痒み,苦痛,排尿困難」があること,このような患者にポビ ドンヨード10%溶液又はポビドンヨードのゲルを用いて治療すると,研 究対象とした10人の患者中9人に全ての症候の段階的な軽減がみられ, 無症候とすることができたことを理解する。 そうすると,引用例1には,ポビドンヨード10%溶液又はポビドンヨ ードのゲルを用いて膣及び子宮頸部のHSV感染を治療すると,痒みを伴 う病変を治療できること,すなわち「痒み」を治療できることが示されて いるといえる。 また,引用例1の上記記載事項(特に,訳文3頁19行〜26行)から, 当業者は,引用例1に,ポビドンヨード10%溶液又はポビドンヨードの ゲルの使用による「膣水疱」(膣ヘルペス,膣疱疹と同義である。乙1, 2)の治療可能性が示されていることを理解する。 そして,「水疱(ヘルペス,疱疹)」は,HSV感染の典型的な症状で あり,「痛み」や「痒み」の症状を伴うこともしばしばであることが技術 常識であること(乙3ないし6),「痛み」や「痒み」は患者本人が自覚 できる症状であることからすると,引用例1に「痒み」や「水疱」が治療 されたことの明記がなくとも,当業者は,引用例1の上記記載事項から, ポビドンヨード10%溶液又はポビドンヨードのゲルには外性器のHSV 感染による「痒み」や「水疱」などの症状に対する治療効果があると理解 する。 イ 引用例1の表1(別紙参照)には,引用例1記載の試験において,細胞 学的検査でHSV感染であると確認された患者7例のうち6例と,細胞学 的検査ではHSV感染であると確認はされなかったものの,その疑いがあ ったと考えられる患者3例の全てに治療効果が認められたことが示されて おり,これは,ポビドンヨード10%溶液又はポビドンヨードのゲルが外 性器のHSV感染治療に有効であったと評価できる結果であるといえる。 また,引用例1における「化学剤によるHSVの不活化の研究において, SeryおよびFurgiueleは,10-3のモル濃度のヨウ素が,ウ イルス接種材料を100%不活化したことに言及した。ポビドンヨード溶 液は,皮膚消毒に一般に使用され,局所用ヨウ素の容易に入手可能な源で ある。したがって,女性器のHSV感染症におけるポビドンヨード製剤( Betadine(登録商標))の臨床的有効性を評価するために,予備 試験を行った。」(訳文2頁19行〜24行),その試験の結果に基づく 「考察」として「本試験で使用したポビドンヨード製剤の使用の有効性に ついての全体的な臨床的印象は良好であった。このような小さい標本から 有効な結論を引き出すことはまったくできないが,これらの知見は,有望 であり,ウイルス培養対象を用いたより大きい集団でのさらなる試験を明 らかに正当化する。公知の副作用または理論的な副作用がないこと,この 製剤の広範な利用可能性,自宅での自己治療の容易さ,および潜在的な二 次皮膚病原体に対するポビドンヨードの同時有効性はすべて,その使用に 対する追加の利点であり,臨床試験に広げれば,この療法の有効性が確認 されるはずである。」(訳文4頁22行〜5頁2行)との記載は,ヘルペ スウイルスの陰部疱疹感染によって引き起こされる症状に対するポビドン ヨード10%溶液又はポビドンヨードのゲルの外用による治療効果を肯定 しているものといえる。 ウ 以上によれば,引用例1に,「ヘルペスウイルスの陰部疱疹感染によっ て引き起こされる,水疱及び痒みの治療用医薬製剤」の発明の開示がある といえるから,本件審決がした引用発明の認定に誤りはない。 したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。 取消事由2(相違点の判断の誤り)に対しア 相違点1について 引用例2(甲3,11)の記載事項(段落【0001】ないし【001 3】,【0023】,【0081】ないし【0084】)によれば,引用 例2には,リポソームを担体とした「ヨウ素およびヨウ素複合体」や「ポ ビドンヨード」の薬剤を,ウイルス感染によって引き起こされた損傷の治 療に用いることで,担体なしでこのような薬剤を用いた場合よりも,望ま しくない組織の形成を回避しつつ良好な治療効果が得られることが示唆さ れているといえる。そのように望ましくない組織の形成を回避しつつ良好 な治療効果が得られる理由は,特に引用例2の段落【0023】の記載な どから,ポビドンヨードをリポソーム担体と組み合わせた製剤とすること によって,ポビドンヨードの遅延放出が可能になり,かつ,細胞表面との 相互作用により所望の作用位置において長期的かつ局所的な活性が得られ るからであると解される。 一方で,引用例1(甲10)の記載事項(訳文3頁19行〜26行,4 頁9行〜13行)に示されるヘルペスウイルスによる陰部疱疹感染の発症 から寛解までの期間からみて,単純疱疹感染というウイルス感染で引き起 こされる症状の治療薬に係る引用発明において,ポビドンヨードが病変部 における長期的かつ局所的な活性を得ることが望ましいことは明らかであ るし,しかも,ヘルペスウイルスによる陰部疱疹感染の治癒に際して,と きに瘢痕の残ることは技術常識であって(乙3),そのような望ましくな い組織の形成を回避しつつより優れた治療効果を求めることは当然期待さ れる技術的課題である。 そうすると,引用例2の上記示唆に基づいて,引用発明におけるポビド ンヨードについて,リポソームを担体としたもの(相違点1に係る本願発 明の構成)に代えることは,当業者が容易になし得ることである。 イ 相違点2について 本願発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「皮膚障害」が治療対 象であることが特定されているが,本願の願書に添付した明細書(以下, 図面を含めて「本願明細書」という。甲14)には,本願発明の「皮膚 障害」が具体的にどのようなものであるかについて,定義や具体的な説 明はない。 そうすると,本願発明の「皮膚障害」は,皮膚がHSV感染した場合に普通に見られる水疱,潰瘍,紅斑などの症状(乙3ないし6)であると解すべきである。 一方で,引用例1(甲10)は,外性器のHSV感染治療に関する文献であって,引用例1には,皮膚障害を治療することの明記はないが,外性器に皮膚の部位があることは技術的に明らかである。 そして,外性器が感染した場合,皮膚の部位にも障害が発生している蓋然性が高いと考えられること(乙1,3,5,6),引用例1には,外部病変部(ここには皮膚の部位があると考えられる。)にも綿棒を使用して薬剤が適用されたこと及び治療後の患者らが無症候となったことが記載されていることからすると,引用例1においては,そのような外部病変部の皮膚の部位の障害も併せて治療されたと考えられる。 引用例2(甲3,11)には,「ヨウ素およびヨウ素複合体」や「ポビドンヨード」を有効成分とする薬剤をウイルス感染によって引き起こされた損傷の治療に用いることが示されており,損傷の部位として,「身体の内部や器官」だけでなく,「ヒトや動物の身体の目に見える外部」(段落【0012】)が記載されており,当該損傷は,本願発明の「皮膚障害」に当たる。また,引用例2には,望ましくない組織の形成の例として皮膚等の瘢痕組織の生成についても記載されている(段落【0008】,【0009】)。 以上によれば,引用例1及び2に接した当業者であれば,ポビドンヨードを有効成分とする引用発明の医薬製剤が,ウイルス感染によって引き起こされる皮膚障害の治療にも使用できることは容易に理解するものといえる。 したがって,引用発明の医薬製剤の治療対象として,単純疱疹感染によって引き起こされる皮膚障害(相違点2に係る本願発明の構成)を特 定することは,当業者が容易になし得ることである。 ウ 小括 以上によれば,本件審決における相違点(相違点1及び2)の容易想到 性の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由2は理由がない。 まとめ 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本願発明は, 引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をす ることができたとした本件審決の判断に誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について 原告は,引用例1には,「ヘルペスウイルスの陰部疱疹感染によって引き起 こされる,水疱及び痒みの治療用医薬製剤」の発明の開示があるとはいえない から,本件審決がした引用発明の認定は誤りである旨主張するので,以下にお いて判断する。 引用例1の記載事項について 引用例1(甲10)には,次のような記載がある(下記記載中に引用する 「表1」については別紙を参照)。 ア 「陰部ヘルペスに対するポビドンヨードの効果」(訳文1頁1行(表題)) 「陰門膣および子宮頸部ヘルペスウイルス感染症患者10人を,外用お よび膣内のポビドンヨード製剤のレジメンで治療した。1例を除く全例に おいて,症状の予想継続時間および治癒時間が短縮された。子宮頸部病変 部の応答は,特に顕著であった。この予備試験の知見により,さらなる比 較臨床研究が正当化される。」(訳文1頁5行〜8行) 「女性器の単純ヘルペスウイルス(HSV)感染症は,患者および患者 担当医の両方にとって困難な問題である。再発例は,7〜10日で自然に 治癒し,衰弱性であることはまれである。しかし,この感染症は何らかの 規則性を伴って再発すると,患者にとって大きな苛立ちの元となり,患者 は,ストレスのたまる頻度で担当医に相談しなければならない。一方,一 次感染は,重篤な疾患をもたらすことが多く,入院およびカテーテル留置 を余儀なくさせる尿閉をしばしば伴う。リンパ節腫脹,発熱,および全身 倦怠感が多くの場合存在する。このような感染症の自然経過は,治癒が生 じる前に3週間を超えて続くことが予想される場合がある。妊娠または糖 尿病において,および免疫抑制患者では,感染症は,さらにより重度であ り,危険を増大させる。」(訳文1頁9行〜18行)イ 「プロフラビンまたはニュートラルレッド色素を使用し,続いて蛍光に 曝露する光線力学的療法は,優れた結果を与えることが報告されている。 治癒時間は,平均で7日まで短くなり,症状の緩和は急速であり,ほとん どの場合,36時間以内に起こる。このような治療後の再発率は減少する ことが報告されており,これらの結果は,二重盲検試験で確認されている。 しかし,複製および感染力の停止によって明らかになるウイルス不活化は 起こり得るが,ウイルスの他の機能に対しては影響がないままであるとい う点で,このような療法に対して理論的な欠点が存在する。ハムスター胚 組織培養でのin vitro実験により,ヘルペスウイルスの形質転換 能,およびしたがってその発癌性は,ニュートラルレッドを用いた光力学 的不活化後にインタクトなままである場合があることが示唆されている。 より最近では,HSV感染症の再発率を低減するためにBCGワクチン接 種が提案されているが,このような療法は,活動性疾患の経過に対してま ったく効果がなく,免疫療法の長期効果は研究されていない。したがって, これらの厄介な感染症に対処する安全で有効な手段についての探索が続い ている。」(訳文2頁5行〜18行) 「化学剤によるHSVの不活化の研究において,SeryおよびFur giueleは,10-3のモル濃度のヨウ素が,ウイルス接種材料を100%不活化したことに言及した。ポビドンヨード溶液は,皮膚消毒に一般に使用され,局所用ヨウ素(topical iodine)の容易に入手可能な源である。したがって,女性器のHSV感染症におけるポビドンヨード製剤(Betadine(登録商標))の臨床的有効性を評価するために,予備試験を行った。」(訳文2頁19行〜24行)ウ 「材料および方法 ミルウォーキー郡総合病院の陰門クリニックからの外性器HSV感染症患者10人が研究対象とされた。これらの女性は,19〜50歳の年齢の範囲であった(平均,28歳)。2人の患者は黒人であり,8人は白人であった。4例において,感染症は再発性であり,一方,6例は,HSVの過去の臨床的経験を有していなかった。妊娠中の患者はいなかったが,1人の患者は,若年性糖尿病患者であり,別の1人は,免疫抑制薬療法中の腎移植患者であった。臨床診断は,3つのケース以外はすべて細胞学的に確証された。患者には他の性病はなかった。」(訳文2頁25行〜3頁5行) 「初期診断の時に,陰門の病変(潰瘍あるいは膿疱)ならびに膣および子宮頸部の細胞塗抹標本が作られた。病変部にポビドンヨード10%水性溶液が塗られた。患者には,ポビドンヨードのゲルのチューブとともに,膣内挿入器具,ポビドンヨード灌水用10%溶液および包装されたポビドンヨード綿棒12包が与えられた。就寝時に,ゲルを膣に挿入器具で挿入するとともに,外部病変部に綿棒3本を使用するように指示された。毎朝,ポビドンヨード溶液で灌水するとともに,外部病変部に綿棒を再び使用するように指示された。追跡調査は,48時間間隔で,その時点の体温,リンパ節腫脹,腟の分泌物の存在及び性状,及び子宮頸部,膣および陰門の肉眼的形態によって,おこなわれた。さらに,患者は指示に従っていることと症候とをカードに記録し続けた。訪問調査のたびに,痒み,苦痛,排尿困難の重症度を0から3+の尺度で段階づけた。1名の臨床医-研究者が本試験に関与し,来院時毎に各患者を診た。」(訳文3頁6行〜17行)エ 「結果 症状緩和は9人の患者で達成され,治療開始後1時間から96時間までに変化が見られた。平均すると症状緩和は治療開始から33時間以内に始まり,5日以内に完了した。再発患者4人は2〜6日で無症候となり,初感染患者は3〜12日で無症候となった。治癒は平均すると7日以内に完全に完了し,再発の場合には2〜8日間を要し,初感染の場合には7〜14日間を要した。 これらの9人の患者では,訪問調査のたびにすべての症候の段階的な軽減が見られた。改善が見られなかった1人の患者は,免疫抑制療法中の腎移植患者だった(表1)。」(訳文3頁18行〜26行) 「随時の検査では,このような結果は特に印象的でないが,各症例を個々に評価すると,症状緩和および治癒までの時間は,未治療の疾患の自然経過と比較した場合,明らかに短くなっていた。これは,重度の一次症例において特に当てはまった。 再発性感染症の1例は,ニュートラルレッド光線力学的療法による治療を過去に受けていたが,ポビドンヨードレジメンにより,同等の症状に関する結果を得たと感じた。別の患者,すなわち,尿閉のために留置カテーテルを5日使用することを余儀なくされた重度の再発を有する別の若年性糖尿病患者は,留置フォーリーおよび毎日の水痘ワクチンとともに,10日の入院を必要とする以前の経験と比較して,外来患者として7日以内に完全に良好となった。」(訳文3頁27行〜4頁8行) 「2人の患者が子宮頸部の病変を示し,うち1人は壊死のプロセスが重症で外観が増殖性子宮頸部癌に似ていた。より典型的な潰瘍障害は別のケースで見られた(図1)。2人とも治療に劇的に反応し,子宮頸部は6日 以内に全体が正常に見えるようになった。この発見は,子宮頸部および膣 ヘルペスに対する良い治療アプローチが現在欠如しているという観点で の,より大きい重要性を仮定させる。」(訳文4頁9行〜13行) 「一次感染の開始時に免疫抑制療法を受けていた患者は,ポビドンヨー ドプロトコールを完了しなかった。しかし,ポビドンヨードを不定期に4 日間使用した後,有益な応答は,ほとんどまたはまったくなく,新しい皮 膚範囲が罹患した。 この群では副作用はまったく認められなかったが,3例が,就寝時にゲ ルを使用すると,不快な膣流出物が生じたことを訴えた。」(訳文4頁1 4行〜18行)オ 「考察 これらの10人の患者は,外性器のHSV感染症に対するポビドンヨー ドの効果を評価するための予備試験群である。選択時に何も試みなかった が,この群には,平均より多い数の重度の感染症および一次感染症が含ま れていた。本試験で使用したポビドンヨード製剤の使用の有効性について の全体的な臨床的印象は良好であった。このような小さい標本から有効な 結論を引き出すことはまったくできないが,これらの知見は,有望であり, ウイルス培養対照を用いたより大きい集団でのさらなる試験を明らかに正 当化する。公知の副作用または理論的な副作用がないこと,この製剤の広 範な利用可能性,自宅での自己治療の容易さ,および潜在的な二次皮膚病 原体に対するポビドンヨードの同時有効性はすべて,その使用に対する追 加の利点であり,臨床試験に広げれば,この療法の有効性が確認されるは ずである。」(訳文4頁19行〜5頁2行) 引用発明の認定についてア 初感染患者6人,再発患者4人)を対象に実施された外性器HSV感染症 に対するポビドンヨードの臨床的有効性を評価するための「予備試験」及 びその結果を示したものであり,引用例1には,@対象患者に対するポビ ドンヨード(ポビドンヨード10%水性溶液及びポビドンヨードのゲル) の具体的な適用方法,Aその適用効果の調査が48時間間隔で行われ,訪 問調査のたびに「痒み,苦痛,排尿困難」の重症度を0から3+の尺度で 段階づけて調査したこと,B試験を中止した1人を除く,対象患者9人全 員について,訪問調査のたびに全ての症候の段階的な軽減が見られ,「無 症候」となり,外性器HSV感染症の治癒が完了し,また,対象患者2人 に見られた子宮頸部の壊死及び潰瘍障害が劇的に改善したこと,Cポビド ンヨードの適用により,自然治癒の場合と比べて,症状の予想継続時間及 び治癒時間が短縮されており,臨床試験に広げれば,その使用に対する追 加の利点を含めて,この療法の有効性が確認されるはずであることが開示 されている。 これによれば,引用例1記載の予備試験で適用されたポビドンヨード( ポビドンヨード10%水性溶液及びポビドンヨードのゲル)を有効成分と する製剤は,外性器HSV感染症によって引き起こされる症状に対して治 療効果を有することを理解できる。 イ 引用例1には,対象患者の症状として子宮頸部の壊死を伴う初感染(一 次感染)の症例1例(別紙の表1の症例番号1)及び子宮頸部の潰瘍障害 を伴った初感染(一次感染)の症例1例(同症例番号4)が記載されてい るが,対象患者の外性器HSV感染症によって引き起こされる症状に「水 疱及び痒み」が存在したことについての明記はない。 しかしながら,引用例1には,引用例1記載の予備試験では,訪問調査 のたびに「痒み,苦痛,排尿困難」の重症度を0から3+の尺度で段階づ けて調査を行い,対象患者9人について全ての症候の段階的な軽減が見ら れ,「無症候」となり,外性器HSV感染症の治癒が完了したことの記載(前記アA及びB)があり,この記載から,「痒み,苦痛,排尿困難」の症状を含む全ての症状についてポビドンヨードを有効成分とする製剤に治療効果があったことを理解できる。 そして,@乙1(南山堂 医学大事典(18版1刷))には,「ヘルペス」とは,「元来,herpesという言葉は,小水疱が集合した皮膚の炎症性疾患につけられた名称」であったが,「現在は水疱性のウイルス疾患」,すなわち,ヘルペスウイルスの感染症である「単純性疱疹」又は「帯状疱疹」をさしている旨,A乙2(ステッドマン医学大辞典(第3版第5刷)には,「herpes」とは,「疱疹,ヘルペス(紅斑状の深在性小水疱の集簇からなる発疹)」である旨,B乙3(メルクマニュアル 日本語版(第17版第4刷))には,「単純ヘルペス」とは,「単純ヘルペスウイルスによる感染症で,わずかに隆起した炎症性の基底の上に,透明な液体で満たされた1つ,もしくは多数の小水疱の集合体が現れるのを特徴とする。」,「症状と徴候」として,「病変は皮膚や粘膜上のいたるところに現れるが,口の周り,…そして性器が最も多い。ヒリヒリする不快感やかゆみのある短い前駆期後(再発性HSV-1では一般的に6時間未満),小さく張った水疱が紅斑性の基底上に現れる。」旨,C乙5(感染症の診断・治療ガイドライン,日本医師会雑誌臨時増刊号,122巻10号,1999年)には,「性器ヘルペスウイルス感染症(女性)」の「●初感染」の項目に,「・潜伏期の後に外陰部に掻痒感などの前駆症状に次いで比較的突然発症する.…外陰部に数個から無数の浅い潰瘍性病変が出現する.」,「・病変は2〜5mm程度の円形で,強い疼痛がある。疼痛のため排尿困難,歩行困難となることもある.」,「・約2〜4週で自然治癒するが,抗HSV剤を投与すると7〜10日間で治癒する.」,「●再発」の項目に,「・心身の疲労,性行為などの局所的刺激…などに伴って再発することが多い.症状は軽く,数個の水疱性または潰瘍性病変の出現をみる.3〜7日 間で自然に治癒するが,再発を繰り返すと患者には大きなストレスにな る. 旨, 」 D乙6 「特集/STD診療マニュアル ( 性器ヘルペス」 Monthly , Book Derma.,2000,No.33)には,「性器ヘルペスは単純ヘルペスウイルス (Herpes simplex virus:HSV)1型あるいは2型の感染により,性器の 皮膚や粘膜に有痛性の小水疱,潰瘍が出現する疾患」,「1.急性型…突 然強い外陰部の疼痛で発症するが,その前に外陰部の?痒感や不安感など の前駆症状を伴うこともある.」,「2.再発型…女性では外陰部に小型 の潰瘍や小水疱が集簇して認められる(…)。半数程度の症例で,発疹の 生じる前日から,局所に違和感や?痒感などの前駆症状を伴う.」旨の記 載がある。これらの記載によれば,本願の優先権主張日当時,有痛性の「 小水疱」あるいは「水疱」は,HSV感染によって引き起こされる典型的 な症状であり,また,その前駆症状として痒みを伴うことがあることは, 技術常識であったことが認められる。 上記技術常識に鑑みると,引用例1に接した当業者は,引用例1の上記 記載(前記アA及びB)から,HSV感染によって引き起こされる典型的 な症状である有痛性の「小水疱」あるいは「水疱」及び「痒み」について も,対象患者にポビドンヨードを有効成分とする製剤を適用したことによ り,「無症候」となり,外性器HSV感染症の治癒が完了したものと理解 するものと認められる。 そうすると,引用例1には,「ヘルペスウイルスの陰部疱疹感染によっ て引き起こされる,水疱及び痒みの治療用医薬製剤」が開示されているも のと認められる。 ウ 前記ア及びイによれば,本件審決が,引用例1に「ヘルペスウイルスの 陰部疱疹感染によって引き起こされる子宮頸部潰瘍障害,水疱及び痒みの 治療用医薬製剤であって,該製剤が,薬学的に有効な量のポビドンヨード 10%溶液又はポビドンヨードのゲルを含有し,病変部に外用される,前 記医薬製剤」の発明(引用発明)が記載されていると認定したことに誤り はない。 エ 原告は,これに対し,@引用例1には,ポビドンヨード10%溶液又は ポビドンヨードのゲルによる予備試験の対象となった症状として,HSV の感染に起因する水疱及び痒みについての記載はないから,「ヘルペスウ イルスの陰部疱疹感染によって引き起こされる,水疱及び痒みの治療用医 薬製剤」の開示があるとはいえない,A仮に引用例1による予備試験の対 象となった症状にHSVの感染に起因する水疱及び痒みに含まれることが 記載されていると解したとしても,試験対象患者数が10人(10例)と わずかであり,かつ,引用例1に「これらの10人の患者は,外性器のH SV感染症に対するポビドンヨードの効果を評価するための予備試験群で ある。…このような小さい標本から有効な結論を引き出すことはまったく できない。」と明記されていることに照らせば,かかる予備試験の結果か ら「ポビドンヨード10%溶液又はポビドンヨードのゲルを有効成分とし, HSVの感染に起因する水疱及び痒みの治療を用途とする用途発明」の開 示があるとはいえない旨主張する。 しかしながら,上記@の点については,前記イで述べように,引用例1 には,対象患者の外性器HSV感染症によって引き起こされる症状に「水 疱及び痒み」が存在したことについての明記はないものの,有痛性の「小 水疱」あるいは「水疱」は,HSV感染によって引き起こされる典型的な 症状であり,また,その前駆症状として痒みを伴うことがあるという本願 の優先権主張日当時の技術常識に鑑みると,訪問調査のたびに「痒み,苦 痛,排尿困難」の重症度を0から3+の尺度で段階づけて調査を行い,対 象患者9人について全ての症候の段階的な軽減が見られ,「無症候」とな り,外性器HSV感染症の治癒が完了したとの引用例1記載の予備試験の 結果から,引用例1に接した当業者は,HSV感染によって引き起こされる典型的な症状である有痛性の「小水疱」あるいは「水疱」及び「痒み」についても,対象患者にポビドンヨードを有効成分とする製剤を適用したことにより,「無症候」となり,外性器HSV感染症の治癒が完了したものと理解するものと認められるから,引用例1には,「ヘルペスウイルスの陰部疱疹感染によって引き起こされる,水疱及び痒みの治療用医薬製剤」が開示されているものと認められる。 原告は,この点に関し,痒みについて,HSV感染症の前駆症状であることからすると,引用例1における各患者は,最初の訪問調査の時点において既に,「かゆみのある短い前駆期」を経過していた可能性を否定できないから,引用例1における訪問調査のたびに「痒み,苦痛,排尿困難」の重症度を0から3+の尺度で段階づけたとの記載から,対象患者が痒みの症状を有していたとはいえない旨主張するが,引用例1の予備試験では,訪問調査の調査項目として「痒み,苦痛,排尿困難」の三つの症状を設定し,訪問調査のたび対象患者9人全員について全ての症候の段階的な軽減が見られ,「無症候」となったというのであるから,引用例1に接した当業者は,対象患者のいずれかに「痒み」の症状が見られ,その症状が「無症候」となったと理解するのが自然であり,原告の上記主張は採用することができない。 したがって,原告の上記@の主張は理由がない。 次に,上記Aの点については,引用例1には原告の指摘する記載箇所があるが,その記載箇所に続き,「これらの知見は,有望であり,ウイルス培養対照を用いたより大きい集団でのさらなる試験を明らかに正当化する。公知の副作用または理論的な副作用がないこと,この製剤の広範な利用可能性,自宅での自己治療の容易さ,および潜在的な二次皮膚病原体に対するポビドンヨードの同時有効性はすべて,その使用に対する追加の利点であり,臨床試験に広げれば,この療法の有効性が確認されるはずであ る記載箇所中の「このような小さい標本から有効な結論を引き出すことは まったくできない。」との部分は,予備試験の結果を臨床試験の結果と同 等の評価をすることができないというにとどまり,予備試験に現れたポビ ドンヨード10%溶液及びポビドンヨードのゲルの適用による外性器HS V感染症の症状に対する治療効果を何ら否定するものではないというべき である。 したがって,原告の上記Aの主張も理由がない。 小括 以上によれば,本件審決がした引用発明の認定に誤りはないから,原告主 張の取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について 原告は,本件審決は,引用発明である医薬製剤に含有される薬理学的に有効な量のヨウ素を含有するヨウ素複合体を,引用例2に記載されたリポソーム粒状担体と組み合わせて含有する製剤(相違点1に係る本願発明の構成)とした上で,単純疱疹感染によって引き起こされる病変である皮膚障害,水疱及び痒みの治療を用途とすること(相違点2に係る本願発明の構成)は当業者が容易に想到し得たことであると判断したが,引用発明に引用例2に記載された発明を組み合わせる動機付けは存在しないし,また,引用例2記載のリポソーム粒状担体を用いる医薬製剤によって,ヘルペスウイルスによって引き起こされる皮膚障害が治癒されたことを示す記載は一切ないから,仮に引用発明に引用例2に記載された発明を組み合わせたとしても,「単純疱疹感染又は帯状疱疹によって引き起こされる皮膚障害の治療」という用途は得られないとして,本件審決の上記判断は誤りである旨主張するので,以下において判断する。 本願明細書の記載事項について ア 本願発明の特許請求の範囲(請求項)の記載は,前記第2の2のとおり である。 イ 本願明細書(甲14)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載が ある。 「【技術分野】 本発明は,ヘルペスの治療のためのPVP-ヨウ素リポソームの使用 に関する。本発明はまた,薬学的に許容される粒子状担体と併せて,薬 学的に有効な量の少なくとも一つの防腐薬化合物を含む,ヘルペスウイ ルス誘発性皮膚障害の治療用の薬学的製剤の製造方法に関する。 (段 」 落【0001】) 「【背景技術】 用語「ヘルペス」は,通常,小型有痛水疱の形成により生じる皮膚及 び粘膜のウイルス性炎症性状態を指す。一般にはヘルペスという一般名 で通っているこのウイルス感染性状態は,ヘルペスウイルス群のうちの 2つの異なるウイルス型,すなわち単純疱疹ウイルス及び帯状疱疹ウイ ルス,によって本質的に引き起こされる。」(段落【0002】) 「単純疱疹ウイルス(HSV)は,通常は口の粘膜経由(主としてH SV1型)又は生殖器経由(主としてHSV2型)で神経細胞の末端に 感染する包膜方形DNAウイルスである。これらは,神経節内の神経細 胞体への逆行性軸索内輸送により神経細胞内に輸送される。1日から2 日後,活性増殖性感染が始まり,それが4日目にピークに達して,6日 目以降から(おそらく,細胞防御メカニズムにより)最小に制限される。 皮膚の刺激及び水疱形成の初期症状は,感染後6日目以降から現れる が,ウイルスの分泌は,10日目まで続く。」(段落【0003】) 「皮膚及び粘膜感染が治癒した後でさえ,ウイルスは,神経細胞内に 残存している。多くの場合,例えば日光への暴露,発熱,ホルモンの影 響,免疫防御の一般的弱化,腹痛及び胃腸疾患,月経並びに外傷などのストレスをもたらす因子に起因して,ウイルスの再活性化及びそれに応じて新たな皮膚刺激が発生する。単純疱疹ウイルス1型及び2型の感染に起因するこれらの再発症状は,熱性疱疹(Herpes febrilis),日光性疱疹(Herpes solaris),月経性疱疹(Herpes menstrualis)及び外傷性疱疹(Herpes traumatica)などのように,対応する誘発事象の名を採って命名されてもいる。HSVウイルス1型及び2型は,角膜疱疹( herpes corneae ; ヘ ル ペ ス 性 角 膜 炎 ( Keratoconjunctivitisherpetica)としても知られている)の発生原因でもある。重症形態の角膜疱疹は,円盤状角膜混濁を随伴する内皮攻撃を特徴とする。」(段落【0004】) 「通常,例えばガンシクロビルなどのヌクレオシド類似体が,HSV1型又はHSV2型により誘発されるヘルペス形態の治療において使用される。これらのヌクレオシド類似体は,HSV-チミジンキナーゼにより毒性産物に代謝され,最終的にはそれが感染細胞の死滅を導く。 しかし,ヌクレオシド類似体の使用は,これらの化合物が複製細胞のDNAに組み込まれることもあり,そのようにして突然変異誘発因子の機能を果たすことがあるという主要な欠点を有する。さらに,ヌクレオシド類似体の使用は,ヘルペス状態の症状の原因を除去すること,すなわち,ウイルス感染の急激な発生及び蔓延を抑制することのみを目的とする。それらの症状の有効な治療,すなわち有痛水疱の治癒は,これらの化合物ではできない。ヌクレオシド類似体を使用するそれらの症状の改善は,どちらかと言えば長期的な結果である。」(段落【0006】) 「一般には帯状ヘルペスとしても知られている帯状疱疹は,水痘-帯状疱疹ウイルス(VZV)によって引き起こされる。VZVでの一次感染は,体全体にわたる痒い水疱を伴う発疹を導き,その後,それがかさぶたになり,瘢痕になる(水痘)。このウイルスも,素因のある人々の神経節細胞に残存する。その水痘の治癒から数年又は数十年後,帯状疱疹が,一定の神経の供給領域,特に胸部に,極度に痛い水疱を形成する形での前記状態の局所的再発生として,再発することがある。この場合にも,ヌクレオシド類似体が治療に使用される。」(段落【0007】) 「陰部疱疹の治療に関して言えば,特に関連するヌクレオシド類似体の上述の欠点のため,ヘルペスウイルス感染を有効に治療することができるさらなる抗ウイルス薬が強く必要とされている。」(段落【0008】) 「その傑出した抗ウイルス特性のため特に注目に値する,ヘルペスの状態を治療するための1つの化合物は,ポビドンヨードである。このヨウ素放出性防腐薬は,ポリビドン-ヨウ素又はPVP-ヨウ素,すなわち,ポリ(1-ビニル-2-ピロリジン-2-オン)-ヨウ素複合体としても知られている。PVP-ヨウ素は,数ある中でも,その適用が細菌又はウイルス耐性の発現を導かないという基本的な利点を有する。」(段落【0009】)「ヘルペス感染を治療するためのPVP-ヨウ素の使用に関する様々な試みが,先行技術から知られている。早くも1975年に,フリードリッヒ(Friedrich)ら(Obstetrics and Gynecology, 45, 337-339)は,(米国では)Betadine又は(欧州では)Betaisadonnaという名で市販されているPVP-ヨウ素アルコール溶液の,陰部疱疹感染中に出現するような症状の治療に対する効果を研究した。 前記Betadine溶液は,病変の改善及び痒みの低減を導くことが証明された。この先行技術文献は,前記Betadine溶液の適用によって陰部疱疹の症状の治癒が1週間以内に達成されたと述べている。 しかし,この研究では対照群を調査していないので,前記Betadine溶液の有効性の評価は困難である。」(段落【0010】) 「リポソームは,既知の薬学的化合物担体であり,リポソーム形態での薬物の投与は,相当な期間,調査の対象になってきた。PVP-ヨウ素リポソーム製剤は,例えば欧州特許第0639373号から知られているにもかかわらず,これらの製剤は,単純疱疹又は帯状疱疹ウイルスの感染によって引き起こされる皮膚刺激の治療における有効性に関しては研究されていない。」(段落【0019】) 「ウツラー(Wutzler)らによる論文((2000), Ophthalmic Res., 32,118-125)は,PVP-ヨウ素リポソームを含む点眼液の抗ウイルス活性を記載している。その抗ウイルス活性,すなわち単純疱疹ウイルス上清の感染力を低下させるPVP-ヨウ素リポソーム複合体の能力は,インビトロ測定によってしか測定されていない。単純疱疹及び帯状疱疹の状態に伴って発生する場合の皮膚刺激及び障害の治療におけるPVP-ヨウ素リポソーム複合体の使用は,この発表の主題ではない。どちらかと言えば,前述の論文の教示は,PVP-ヨウ素リポソーム複合体が眼科手術の過程の中で眼内炎及び角膜疱疹に対する予防として使用することができることに関する。」(段落【0020】) 「上述のどの先行技術文献の中にも,ヘルペス感染によって引き起こされる皮膚障害及び痒みを治療するためのPVP-ヨウ素含有リポソームの製造についてのヒントはない。」(段落【0022】) 「先行技術が,眼及び気道のウイルス感染を治療するためのリポソーム製剤の使用についての多数のヒントを含んでいるという事実にもかかわらず,ヘルペス感染に起因する痒みの皮膚障害を治療するための防腐薬化合物用の担体としてのリポソーム又は他の粒子に関する先行技術はないようである。リポソームが薬物担体として長期にわたり当該技術分野において知られていること,及びPVP-ヨウ素もヘルペス感染治療用化合物として相当な期間知られていること(上述の先行技術の一部は,70年代にまで遡る)に鑑みて,先行技術分野ではヘルペス感染が原因となりうる皮膚の症状を治療するためにリポソームの形態の防腐薬化合物を使用することに強い抵抗があったようである。上で述べた欠点にもかかわらず,一般に,リポソーム,又はヌクレオシド類似体などの他の化合物を含まない製剤が好まれたようである。」(段落【0025】) 「単純疱疹感染又は帯状疱疹感染の治療におけるPVP-ヨウ素調合物の使用が,ウイルス量の低下を導き,それと同時に,その感染によって引き起こされる症状,例えば有痛皮膚障害,水疱及び痒みを有効に治療することができることを先行技術が開示していないことは,上の言及から明らかである。」(段落【0027】) 「【発明が解決しようとする課題】 本発明の一つの目的は,皮膚障害,有痛水疱及び痒みなどの症状の永続的で,有効で,無瘢痕の治療を可能にし,ヘルペス感染の原因及び症状を局所治療するための充分に許容され容易に適用できる,薬学的製剤を提供することである。本明細書から明らかになるであろう本発明のこの目的及び他の目的は,独立クレームの主題により解決される。本発明の好ましい実施形態は,従属クレームにより定義される。」(段落【0028】) 「【課題を解決するための手段】 驚くべきことに,リポソームなどの粒子状担体と併せてPVP-ヨウ素などの防腐薬化合物を含む本発明の製剤は,単純疱疹感染及び帯状疱疹感染の結果として発生する皮膚障害のような症状を有効に治療するために理想的に使用できることが判明した。そうした皮膚障害の治療は,有痛水疱の有効で迅速な治癒を含みうる。本発明によると,この前述の製剤の使用には,先行技術から既知である製剤と比較して,有痛水疱の迅速で,より有効で,無瘢痕の治癒が起こるという利点がある。本発明の製剤は,このリポソーム調合物が治療すべき皮膚部位の膜の安定性にプラスの影響を与えるため,上述の様々な形態のヘルペスウイルスでの感染の過程で発生する症状の治療にも理想的に適する。さらに,このリポソーム調合物は,PVP-ヨウ素複合体の有効で永続的な浸透,そしてそのうえ,罹患した皮膚のより深い層への浸透を,まず間違いなく誘導する。」(段落【0029】) 「【発明を実施するための最良の形態】 前記リポソームの組成,活性化合物(類)の濃度,及び粒状担体と併せて薬学的に有効な量の防腐薬化合物を含むPVP-ヨウ素リポソーム又は製剤の製造方法を下に提示する。実例による説明を目的としてリポソーム及びPVP-ヨウ素に言及する場合,当業者は,他の担体及び他の防腐薬を類似の方法で調合することができ,従って,同じ目的に使用することもできることを,よく承知している。」(段落【0030】) 「驚くべきことに,リポソームなどの粒子状と併せてPVP-ヨウ素などの防腐薬化合物を含む本発明の薬学的製剤は,単純疱疹及び帯状疱疹の感染の原因及び特に症状,例えば皮膚障害,有痛水疱及び激しい痒みを局所治療するために理想的に使用することができることが判明した。本発明によると,ヘルペス感染中に発生する症状を治療するための防腐薬化合物を含む粒子含有製剤の新規使用は,当該技術分野において既知の製剤と比較して,ヘルペスウイルスによって引き起こされる皮膚障害のより迅速な治癒を可能にするという驚くべき利点をさらに有する。」(段落【0032】) 「すなわち本発明は,粒子状担体,特にリポソームが,その適用及びヘルペス感染の治療のための防腐薬用,特にPVP-ヨウ素用の担体として非常によく適するという驚くべき事実に基づく。」(段落【0033】) 「すなわち本発明は,粒子状担体,特にリポソームが,その適用並び に軽症及び重症形態のアトピー性皮膚炎及び上述の他の形態の皮膚炎の 治療のための防腐薬用,特にPVP-ヨウ素用の担体として非常によく 適するという驚くべき事実に基づく。」(段落【0034】) 「本発明の製剤は,前記化合物(類)の遅延放出を可能にし,それぞ れの皮膚細胞表面の相互作用によって所望の地点での永続的かつ局所的 活性を可能にする。特定の科学的理論に拘束されることを望まないが, 本発明のPVP-ヨウ素リポソームの顕著な効果は,従来の製剤と比較 して,損傷した皮膚領域により深くリポソームが浸透するためであると 推定する。このように,本化合物(類)は,皮膚損傷部に,より有効に 輸送される。しかし,防腐薬などのそうした根本的に有効な物質類が, 特に敏感な損傷した組織の治癒プロセスに影響を与えず,瘢痕組織の形 成,新生物,相互増殖などを抑制することさえできることは,同時に驚 くべきことである。これは,本リポソーム製剤の顆粒形成作用及び上皮 形成作用のためでありうる。」(段落【0035】) 「本発明によると,本発明の製剤を使用して,局所適用により,ヘル ペス感染の過程の中で発現する有痛水疱などの症状及び他の皮膚障害 が,先行技術から知られている薬学的製剤の適用と比較して退行し,実 質的に完全に,すなわち無瘢痕で治癒するように,様々な形態のヘルペ スを治療することができる。」(段落【0039】) 「本発明に関連して,遅延又は持続放出とは,活性化合物(類)が1 から24時間の間の期間にわたって薬学的製剤から放出されることを意 味する。」(段落【0051】)ウ 前記ア及びイによれば,本願明細書には,本願発明に関し,以下の点が 開示されていることが認められる。 従来,ヘルペスの症状の治療に使用されていたガンシクロビルなどのヌクレオシド類似体は,複製細胞のDNAに組み込まれ,突然変異誘発因子の機能を果たすことがあるという主要な欠点を有し,ヌクレオシド類似体の使用は,ヘルペス状態の症状の原因を除去すること,すなわち,ウイルス感染の急激な発生及び蔓延を抑制することのみを目的とし,それらの症状の有効な治療,すなわち有痛水疱の治癒はできないという欠点を有していた。 また,ヘルペス感染を治療するためのポビドンヨード,すなわちPVP-ヨウ素(ポリ(1-ビニル-2-ピロリジン-2-オン)-ヨウ素複合体)の使用に関する様々な試みが,先行技術文献から知られているが,単純疱疹ウイルス又は帯状疱疹ウイルスの感染の治療におけるPVP-ヨウ素調合物の使用が,ウイルス量の低下を導き,それと同時に,その感染によって引き起こされる症状,例えば有痛皮膚障害,水疱及び痒みを有効に治療することができることを先行技術文献は開示していない。 「本発明」は,皮膚障害,有痛水疱及び痒みなどの症状の永続的で,有効で,無瘢痕の治療を可能にし,ヘルペス感染の原因及び症状を局所治療するために充分に許容され容易に適用できる,薬学的製剤を提供することを目的とし,その目的を達成するための手段として,リポソームと併せてPVP-ヨウ素を含む製剤とする構成を採用した。 「本発明」の製剤は,リポソームをPVP-ヨウ素用の担体として使用することにより,PVP-ヨウ素の遅延放出(持続放出)を可能にし,それぞれの皮膚細胞表面の相互作用によって所望の地点での永続的かつ局所的活性を可能にし,既知の製剤と比較して,ヘルペスウイルスによって引き起こされる皮膚障害のより迅速な治癒を可能にし,単純疱疹及び帯状疱疹の感染の原因及び特に症状,例えば皮膚障害,有痛水疱及び激しい痒みを局所治療するために理想的に使用することができるという 効果を奏する。 引用例2の記載事項について 引用例2(甲3,11)には,次のような記載がある。 ア 「【特許請求の範囲】 【請求項1】 機能的かつ美容的な組織の再構築および修復治療を要する ヒトまたは動物の身体の外部または内部に適用して前記治療を行うための 医薬製剤を製造するプロセスであって,前記製剤が,少なくとも1種の抗 感染かつ/または抗炎症剤を含有するプロセス。 【請求項2】 製剤が,前記薬剤のうちの少なくとも1種を粒状担体と組 合わせて含有することを特徴とする,請求項1に記載のプロセス。」 「【請求項12】 担体製剤,特にリポソーム製剤が,長時間,好ましく は数持続時間もの長時間にわたって前記薬剤を放出することを特徴とす る,請求項2から11のいずれか1項に記載のプロセス。」 (以上,2頁〜3頁)イ 「本発明は,機能的かつ美容的な組織の再構築治療および修復治療にお いて,ヒトまたは動物の身体の外部または内部に,抗感染特性および/ま たは抗炎症特性を有する薬剤を適用するための製剤を製造するプロセスに 関する。」(段落【0001】) 「さらに,本発明は,医薬製剤の適用による,対応の治療方法に関する。 当該技術分野において抗感染剤および抗炎症剤の使用は周知であり,抗 感染かつ/または抗炎症効果を有する多くの医薬製剤が記載されている。 そのような製剤は,通常,微生物またはウイルスによって引き起こされ る感染性疾患の予防または治療に用いられている。」(段落【0002】) 「一般に当該技術分野では,身体内部に適用する場合には抗生物質が好 まれているのに対し,防腐剤,特に消毒剤の使用は,外用以外にはあまり 好まれないようである。 従来技術においては,リポソームなどの適当な担体と結合させた,少な くとも1種の抗感染または抗炎症剤を含む医薬製剤が公知である。」(段 落【0004】)ウ 「最近では,疾患,創傷,火傷などの治療におけるそのような影響を抑 制することの必要性が,注目の対象になっている。したがって,今や,一 般的に,元の機能および美容的効果をできる限り多く再構成するように損 傷を受けた組織を再構築することが必要かつ望ましいと考えられている。」 (段落【0011】) 「これは,ヒトや動物の身体の目に見える外部にも,身体の内部や器官 にも当てはまる。 驚くべきことには,組織修復が起こっている身体部分に抗感染剤および 抗炎症剤を適用すると,望ましくない組織の形成の回避に極めて有益な効 果があることが見出された。組織の機能的かつ美容的回復は,抗感染剤お よび抗炎症剤の影響下では,より容易かつより障害が少なく進行する。」 (段落【0012】) 「これは,抗感染剤や抗炎症剤が適当な担体と組み合わされた医薬製剤 の形態で適用される場合に特にそうである。 本発明の目的は,ヒトおよび動物の身体組織の機能的かつ美容的再構築 治療や修復治療において,組織の元の機能および外観を回復するために用 い得る医薬製剤およびその対応する治療法を提供することである。」(段 落【0013】) 「本発明の別の関連する目的は,新たな身体組織の形成または再生長を 伴う身体部分の治癒プロセスにおける望ましくない組織形成の発生を抑制 するために用い得る製剤および方法を提供することである。」(段落【0 014】)エ 「本発明によれば,これらの目的は,独立請求項中の特徴の組合わせに よって達成される。 本発明の利点および実施態様は,付随の従属請求項に明確に記載されて いる。」(段落【0015】) 「本発明の文脈において,抗感染剤とは,抗感染効能を有し,かつ目的 とする用途に関して医薬として許容し得る,当該技術分野において周知の 任意の物質である。 本発明の抗炎症剤は,広義には,抗生物質および抗ウイルス製剤を包含し, より特定的には,防腐剤,抗生物質,コルチコステロイドなどを包含する。」 (段落【0016】) 「創傷治癒剤は,デクスパンテノール,アラントイン,アズレン,タン ニンおよびビタミンB型化合物などの顆粒化および上皮化を促進する物質 を包含する。 本発明は,粒状担体,特にリポソームだけでなく,ミクロスフェア,ナ ノパーティクル,多孔質大型粒子およびコート薬物分子が,本発明で想定 される用途のための抗感染剤および抗炎症剤(特にポビドンヨードなどの 防腐剤)用の担体として極めて適しているという驚くべき事実を前提とし ている。」(段落【0019】) 「本発明の製剤により,1種または複数種の前記物質の遅延放出が可能 になり,かつ細胞表面との相互作用により所望の作用位置において長期的 かつ局所的な活性が提供される。」(段落【0020】)オ 「好ましい抗炎症剤は,単一物質としての防腐剤,抗生物質,コルチコ ステロイド,および創傷治癒剤,又はそれらの組み合わせを包含する。 好ましい防腐剤は,迅速な効果,広範囲の活性,低い全身毒性および良 好な組織適合性を提供する周知の医薬物質を包含する。好ましい防腐剤は, 例えば,金属化合物,フェノール化合物,洗剤,ヨウ素およびヨウ素複合 体からなる群から選択される。特に好ましい防腐剤はポビドンヨードである。」(段落【0031】) 「極めて好ましい本発明の実施態様のなかには,組織修復,特に機能的かつ美容的な組織の再構築に関して,有益な効果を示す抗炎症剤またはそのような薬剤の組合わせを含むものがある。これらの実施態様において,活性薬剤は,多くの場合,PVPヨードなどの防腐剤,または抗生物質である。」(段落【0032】) 「本発明の製剤は,溶液,分散液,ローション,クリーム,軟膏,ゲルおよび創傷包帯(例えば,ガーゼ)を含めた多様な形態をとり得る。 通常,本発明の製剤中の活性薬剤の量は,一方では所望の効果により,他方では担体製剤の薬剤保持容量によって決められる。」(段落【0035】)カ 「実施例6 実施例2に記載したようなリポソームPVPヨード4gと,カーボポール 980NF(商標)0.5gと,pH7までの水酸化ナトリウムと,100gになるまでの量の水とから,ヒドロゲルを調製した。」(段落【0064】)キ 「試験3 Wutzlerら,9th European Congress for Clinic Microbiology and InfectionDiseases,Berlin,1999年3月,により,培養細胞におけるリポソームPVPヨードの殺ウイルスおよび殺クラミジア活性が検討された(Wutzlerら,Ophtalmic Res.2000;32;118-125と比較)。培養細胞において,リポソームPVPヨードは,単純ヘルペスウイルス1型およびアデノウイルス8型に対しては極めて有効であるにもかかわらず,長期細胞毒性実験により,試験した細胞系の大部分で,水性PVPヨードよりリポソーム形態の方が許容度が高い ことが示された。リポソーム形態のPVPヨードは遺伝子毒性ではない。」 (段落【0081】) 相違点の容易想到性についてア 相違点2について 本件の事案に鑑み,まず,相違点2の容易想到性から判断する。 の認定に誤りはなく,引 用例1には,「単純疱疹感染によって引き起こされる症状である水疱及 び痒みの治療用医薬製剤」の記載がある。 そうすると,本件審決が「単純疱疹感染によって引き起こされる症状 の治療用医薬製剤であって,該製剤が薬学的に有効な量のヨウ素を含有 するヨウ素複合体を含有する医薬製剤」である点を本願発明と引用発明 との一致点と認定したことにも誤りはない。 本件審決は,本願発明では治療対象の症状が皮膚障害,水疱及び痒み とされるのに対し,引用発明ではそれらの症状のうち皮膚障害が示され ていない点を相違点(相違点2)として認定した。 しかるところ,本願明細書には,「皮膚障害」に関し,「…そうした 皮膚障害の治療は,有痛水疱の有効で迅速な治癒を含みうる。本発明に よると,この前述の製剤の使用には,先行技術から既知である製剤と比 較して,有痛水疱の迅速で,より有効で,無瘢痕の治癒が起こるという 利点がある。…」(段落【0029】),「本発明によると,本発明の 製剤を使用して,局所適用により,ヘルペス感染の過程の中で発現する 有痛水疱などの症状及び他の皮膚障害が,…実質的に完全に,すなわち 無瘢痕で治癒するように,様々な形態のヘルペスを治療することができ る。」(段落【0039】)との記載がある。これらの記載によれば, 本願発明の「皮膚障害」には,「有痛水疱」あるいは「水疱」が含まれ るものと解される。「水疱」が本願発明の「皮膚障害」に当たることは, 原告も認めるところである。 る症状である水疱及び痒み」の治療用医薬製剤の記載があることからす ると,引用発明は,本願発明の「皮膚障害」に含まれる「水疱」を治療 対象の症状とするものと認められる。 そうすると,引用発明は,本願発明と同様に,「皮膚障害,水疱及び 痒み」を治療対象の症状とする点で一致するから,相違点2は相違点と はいえない。 したがって,本件審決は,一致点として認定すべき点を上記相違点と して認定し,その容易想到性を判断した点に誤りがあるといえるが,こ の点は,本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。 原告は,これに対し,引用例1のほか,引用例2にも相違点2に係る 本願発明の構成の開示はなく,また,引用例1及び引用例2を組み合わ せる動機付けも存在しないし,さらには,引用発明と引用例2に記載さ れた発明を組み合わせたとしても,相違点2に係る本願発明の構成であ る「単純疱疹感染又は帯状疱疹によって引き起こされる皮膚障害の治療」 という用途は得られない旨主張する。 て引き起こされる症状である水疱及び痒み」の治療用医薬製剤の記載が たることは,原告も認めるところである。 そうすると,引用発明は,単純疱疹感染によって引き起こされる症状 である「皮膚障害,水疱及び痒み」を治療対象とするものであるから, 引用例2について検討するまでもなく,原告主張の上記主張は理由がな い。 イ 相違点1について 原告は,引用例1の目的ないし解決課題は,ポビドンヨードの溶液ないしゲルを用いたHSV感染症の治療であって,当該症状の治癒の過程で新たに生じ得る「望ましくない組織(瘢痕組織)」の形成やその回避を目的ないし解決課題とするものではないのに対し,引用例2の目的ないし解決課題は,「望ましくない組織(瘢痕組織)の形成の回避」であり,引用例1のと引用例2では,目的ないし解決課題が異なるから,引用発明に引用例2に記載された発明を組み合わせる動機付けは存在しないなどとして,引用発明である医薬製剤に含有される薬理学的に有効な量のヨウ素を含有するヨウ素複合体を,引用例2に記載されたリポソーム粒状担体と組み合わせて含有する製剤(相違点1に係る本願発明の構成)とした上で,単純疱疹感染によって引き起こされる病変である皮膚障害,水疱及び痒みの治療を用途とすること(相違点2に係る本願発明の構成)は当業者が容易に想到し得たことであるとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。 そこで検討するに,まず,本件審決が認定した相違点2に係る本願発明の構成が本願発明と引用発明の相違点といえないことは,前記アのとおりである。 発明」の目的は,ヒトおよび動物の身体組織の機能的かつ美容的再構築治療や修復治療において,組織の元の機能および外観を回復するために用い得る医薬製剤およびその対応する治療法を提供すること,さらには,新たな身体組織の形成または再生長を伴う身体部分の治癒プロセスにおける望ましくない組織形成の発生を抑制するために用い得る製剤および方法を提供することにあること(段落【0013】,【0014】),A「本発明」は,リポソームなどの粒状担体が想定される用途のための抗感染剤および抗炎症剤(特にポビドンヨードなどの防腐剤)用の担体として極めて適しているという事実を前提とし,「本発明」の製剤により,「1種または複数種の前記物質の遅延放出が可能になり,かつ細胞表面との相互作用により所望の作用位置において長期的かつ局所的な活性が提供されること」(段落【0019】,【0020】),B「試験例3」では,リポソームPVPヨードは,単純ヘルペスウイルス1型に対しては極めて有効であるが,長期細胞毒性実験により,試験した細胞系の大部分で,水性PVPヨードよりリポソーム形態の方が許容度が高いことが示されたこと(段落【0081】)であることが開示されていることが認められる。 これによれば,引用例2から,抗感染剤および抗炎症剤(特にポビドンヨードなどの防腐剤)用の担体としてリポソームを使用することにより,その有効成分の遅延放出が可能になり,かつ細胞表面との相互作用により所望の作用位置において長期的かつ局所的な活性が提供されること,リポソームを担体として使用した「リポソームPVPヨード」は,水性PVPヨードと比較して,長期細胞毒性実験における許容度が高いことを理解できる。 一方で,引用例1には,引用例1の予備試験では,対象患者に「就寝時」に,ゲルを膣に挿入器具で挿入するとともに,外部病変部に綿棒3本を使用するように指示され,「毎朝」,ポビドンヨード溶液で灌水するとともに,外部病変部に綿棒を再び使用するように指示されているこし,初感染の場合には7〜14日間を要したことが記載されていること(同エ)に照らすと,引用発明の医薬製剤においても,有効成分であるポビドンヨードの遅延放出が可能になり,かつ細胞表面との相互作用により所望の作用位置において長期的かつ局所的な活性が提供されることが望ましいことは,当業者にとって自明であるといえる。 そうすると,引用例1及び引用例2に接した当業者においては,引用 発明である医薬製剤に含有される薬理学的に有効な量のヨウ素を含有す るヨウ素複合体について,有効成分の長期的かつ局所的な活性を得るた めに,引用例2に記載されたリポソーム粒状担体と組み合わせて含有す る製剤とすることの動機付けがあるものと認められるから,相違点1に 係る本願発明の構成を容易に想到することができたものと認められる。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 原告は,この点に関し,上記のとおり,引用例1と引用例2では,目 的ないし解決課題が異なることを挙げて,引用発明に引用例2を組み合 わせる動機付けがない旨主張する。 しかしながら,原告が主張するように引用例1の目的がポビドンヨー ドの溶液ないしゲルを用いたHSV感染症の治療にあり,引用例2の目 的が「望ましくない組織(瘢痕組織)の形成の回避」にあり,両者が直 接目的とするところが異なるとしても,そのことは引用発明に引用例2 に記載されたリポソーム粒状担体の構成を組み合わせる動機付けを否定 する根拠にはならないというべきである。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 小括 以上のとおり,本件審決が認定した相違点のうち,相違点2については, 相違点とはいえず,また,相違点1については,本件審決における容易想到 性の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由2は理由がない。 3 結論 以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本願発明は引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとした本件審決の判断に誤りはないから,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。 したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。 |
裁判長裁判官 | 富田善範 |
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裁判官 | 大鷹一郎 |
裁判官 | 柵木澄子 |