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事件 平成 25年 (行ケ) 10234号 審決取消請求事件
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裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2014/11/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成26年11月27日判決言渡

平成25年(行ケ)第10234号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成26年10月16日

判 決




原 告 ナ ン テ ロ , イ ン ク .



訴訟代理人弁理士 廣 江 武 典

同 西 尾 務

同 服 部 素 明

同 橋 本 哲

同 谷 口 直 也

同 廣 江 政 典

同 隅 田 俊 隆

同 吉 田 哲 基

同 中 山 公 博



被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 河 原 英 雄

同 渡 邊 真

同 瀬 良 聡 機

同 堀 内 仁 子

主 文

1 特許庁が不服2011−15379号事件について

平成25年3月29日にした審決を取り消す。




2 訴訟費用は被告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

主文同旨

第2 事案の概要

1 特許庁における手続の経緯等(争いがない。)

原告は,発明の名称を「基板製品を製造する方法」とする発明について,国際出

願日を平成15年(2003年)1月13日とする特許出願(特願2003−58

8004号。パリ条約による優先権主張 平成14年(2002年)4月23日・

米国。以下「本願」という。)をした。

特許庁が,平成23年3月11日付けで拒絶査定をしたため,原告は,同年7月

15日,これに対する不服の審判を請求するとともに明細書等について手続補正を

し,平成25年2月20日,特許請求の範囲等について手続補正をした(甲5,1

6ないし18)。

特許庁は,これを不服2011−15379号事件として審理し,平成25年3

月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年4月16日,

原告に送達した。

2 特許請求の範囲の記載(甲5)

平成25年2月20日付け手続補正後の本願の特許請求の範囲(請求項の数は4

1である。)の請求項1の記載は,以下のとおりである(以下,請求項1に記載さ

れた発明を「本願発明」という。また,明細書に関する前記手続補正後の本願の明

細書及び図面をまとめて「本願明細書」という。。


「【請求項1】

基板製品を製造する方法であって,

基板を提供するステップと,

該基板の表面にカーボンナノチューブの懸濁液を塗布し,前記基板の表面にカー




ボンナノチューブ層を形成するステップであって,該カーボンナノチューブ層は複

数のカーボンナノチューブ相互が絡み合う不織布状態であり,且つ,該カーボンナ

ノチューブ層は実質的に無定形炭素を含まない,ステップと,

前記カーボンナノチューブの不織布状態から実質的に全ての溶剤を除去するステ

ップと,

所定のパターンに従って前記カーボンナノチューブ層の一部を選択的に除去し,

製品を製造するステップと,を含むことを特徴とする方法。」

3 審決の理由の要旨

(1) 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,

本願の優先日より前に頒布された刊行物である特開2001−130904号公報

(甲1。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行物1発明」と

いう。,並びに本願の優先日前に頒布された刊行物である国際公開第02/278


44号(甲2。以下「刊行物2」という。)及び特開平10−149760号公報

(甲3。以下「刊行物3」という。)に記載された発明(以下「刊行物3発明」と

いう。)に基づいて,当業者が容易に発明することができたというものである。

(2) 審決が認定した刊行物1発明の内容,本願発明と刊行物1発明の一致点及

び相違点は,以下のとおりである。

ア 刊行物1発明の内容

「基板上にパターン形成されたカーボンナノチューブ薄膜を形成する方法であっ

て,

基板を準備する工程と,

基板上にパターン形成材料からなるパターンを形成する工程と,

基板上に,カーボンナノチューブの懸濁液をスプレー塗布し,溶媒を蒸発させる

ことにより,カーボンナノチューブを堆積させる工程と,

非パターン形成領域上に位置するカーボンナノチューブを除去する工程と,を含

む方法。」




イ 一致点

「基板製品を製造する方法であって,

基板を提供するステップと,

該基板の表面にカーボンナノチューブの懸濁液を塗布し,前記基板の表面にカー

ボンナノチューブ層を形成するステップであって,該カーボンナノチューブ層は複

数のカーボンナノチューブ相互が絡み合う不織布状態であるステップと,

前記カーボンナノチューブの不織布状態から溶剤を除去するステップと,

カーボンナノチューブ層のパターニングを行い,製品を製造するステップと,を

含む方法。」である点。

ウ 相違点

[相違点1]

「カーボンナノチューブ層のパターニングを,本願発明においては,基板上にカ

ーボンナノチューブを形成した後に,「所定のパターンに従って,前記カーボンナ

ノチューブ層の一部を選択的に除去し」て行うのに対し,刊行物1発明においては,

「基板上にパターン形成材料からなるパターンを形成する工程」及び「非パターン

形成領域上に位置するカーボンナノチューブを除去する工程」によって行う点。」

[相違点2]

「本願発明においては,「カーボンナノチューブ層は実質的に無定型炭素を含ま

ない」という限定及び「実質的に全ての溶剤を除去する」という限定がされている

のに対し,引用発明においては,それら限定がされていない点。(なお,引用発明


は,刊行物1発明を指すと認められる。)

第3 原告主張の取消事由

1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1) 加熱工程の有無(無定形炭素の実質的な含有の有無)

審決は,刊行物1発明において,基板上にカーボンナノチューブの懸濁液をスプ

レー塗布することによって,基板の表面にカーボンナノチューブ層が形成されるこ




とは明らかであるから,刊行物1発明における「基板上に,カーボンナノチューブ

の懸濁液をスプレー塗布し」という事項は,本願発明における「該基板の表面にカ

ーボンナノチューブの懸濁液を塗布し,前記基板の表面にカーボンナノチューブ層

を形成するステップ」という事項に相当すると認定した。

しかし,刊行物1発明の上記工程は,加熱した基板上にカーボンナノチューブの

懸濁液をスプレー塗布し,加熱した基板の熱で溶剤を蒸発させるため,カーボンナ

ノチューブが熱によるストレスにさらされ,無定形炭素が形成されるなどの結果が

生じるものである。これに対し,本願発明の「該基板の表面にカーボンナノチュー

ブの懸濁液を塗布し,前記基板の表面にカーボンナノチューブ層を形成するステッ

プ」は,「該カーボンナノチューブ層は実質的に無定形炭素を含まない」という限

定要素を含んでおり,本願明細書の記載も踏まえて解釈すれば,当業者は,「基板

上にカーボンナノチューブの懸濁液を塗布し,加熱せずに(例えば,高速回転で)

溶剤を蒸発させて,前記基板の表面にカーボンナノチューブ層を形成するステップ」

であると解釈する。

したがって,両者は,加熱工程の有無(無定形炭素の実質的な含有の有無)とい

う点で相違するものである。

(2) 溶剤の完全な除去の有無

審決は,刊行物1発明における「溶媒」は,本願発明における「溶剤」に相当し,

刊行物1発明における「溶媒を蒸発させる」という事項は,溶剤を除去するステッ

プである限りにおいて,本願発明における「カーボンナノチューブの不織布状態か

ら実質的に全ての溶剤を除去するステップ」に相当すると認定した。

しかし,刊行物1発明における「溶媒を蒸発させる」ステップは,カーボンナノ

チューブ層を形成するときに溶剤を巨視的に乾燥させるための工程であり,刊行物

1発明のような,加熱した基板に溶媒を接触させる技法では,基板表面の接触部分

近傍の溶剤は蒸発し易いが,基板表面から離隔したナノチューブ層表面まで熱が均

等に伝達し難いため,カーボンナノチューブ層から実質的に全ての溶剤を除去する




ことができない。これに対し,本願発明の「前記カーボンナノチューブの不織布状

態から実質的に全ての溶剤を除去するステップ」は,カーボンナノチューブ層形成

後に微量の残留溶剤を実質的に全て除去する工程であって,カーボンナノチューブ

層を形成するために溶剤を乾燥させる工程とは,明確に区別されたステップである。

したがって,工程の技術的意義を勘案すれば,両者は溶剤の完全な除去の有無と

いう点で相違するものである。

(3) 製造後のカーボンナノチューブ層が固着性か不織布状態か

審決は,刊行物1発明における「基板上にパターン形成材料からなるパターンを

形成する工程」及び「非パターン形成領域上に位置するカーボンナノチューブを除

去する工程」は,カーボンナノチューブ層のパターニングを行い,製品を製造する

ための工程である点で,本願発明における「所定のパターンに従って前記カーボン

ナノチューブ層の一部を選択的に除去し,製品を製造するステップ」と共通すると

認定した。

しかし,刊行物1発明の「カーボンナノチューブを除去する工程」は,パターン

形成材料上の固着性のカーボンナノチューブを残す工程(非パターン形成領域上及

びパターン形成領域上の両方に位置する不織布状態(非固着性)のカーボンナノチ

ューブを除去する工程)であるのに対し,本願発明の「所定のパターンに従って前

記カーボンナノチューブ層の一部を選択的に除去し,製品を製造するステップ」は,

不織布状態のカーボンナノチューブ層の一部を選択的に除去することにより,不織

布状態のカーボンナノチューブ層でパターン化された製品ナノチューブファブリッ

クを製造するものである。

したがって,両者は製造後のカーボンナノチューブ層が固着性か不織布状態か

(不織布状態のカーボンナノチューブを選択的に除去することができるか否か)と

いう点で相違するものである。

(4) 以上によれば,審決は一致点の認定を誤り,前記(1)ないし(3)の相違点を

看過したものであって,取り消されるべきである。




2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について

(1) 相違点1について

審決は,刊行物1発明におけるカーボンナノチューブ層のパターニング方法を刊

行物3発明における「カーボンナノチューブ層の形成後にカーボンナノチューブ層

をリソグラフィ技術でパターニングするという方法」に変更して,相違点1に係る

本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることである旨判断した。

しかし,刊行物1発明の「基板上にパターン形成材料からなるパターンを形成す

る工程」及び「非パターン形成領域上に位置するカーボンナノチューブを除去する

工程」を,刊行物3発明の「カーボンナノチューブ層の形成後にカーボンナノチュ

ーブ層をリソグラフィ技術でパターニングするという方法」に置き換えると,固着

性のカーボンナノチューブ層が形成されなくなり,固着性のパターン形成されたカ

ーボンナノチューブ薄膜の作製という刊行物1発明の目的を実現することができな

くなるから,刊行物1発明と刊行物3発明の組合せには,阻害要因が存在する。

したがって,刊行物1発明に刊行物3発明を適用することはできず,当業者は,

本願発明の相違点1に係る構成を容易に想到することができたということはできな

い。

(2) 相違点2について

審決は,カーボンナノチューブ薄膜は,無定形炭素や溶媒等の夾雑物を含まない

ことが好ましいことは当業者にとって明らかであって,カーボンナノチューブを必

要に応じて精製することは刊行物3発明から周知の事項であるから,刊行物1発明

において,カーボンナノチューブ層が実質的に無定形炭素を含まないものとすると

ともに,溶媒の蒸発に際して実質的に全ての溶媒を除去すること(相違点2に係る

構成)は,当業者が容易に想到し得ることである旨判断した。

しかし,無定形炭素や溶媒等の夾雑物を含まないことが好ましいことは当業者に

とって明らかではない。また,前記1(1)及び(2)のとおり,刊行物発明1は,カー

ボンナノチューブ層が高温にさらされるために無定形炭素が生成される上,カーボ




ンナノチューブ薄膜は微視的に溶剤を含むものであって,刊行物1発明は,これら

の物質を除去することについては配慮をしていない。さらに,刊行物3発明は,カ

ーボンナノチューブ層が無定形炭素や溶媒等の夾雑物を含まないことを示唆するも

のでもない。

したがって,当業者であれば,刊行物1発明に周知の事項を適用し,相違点2に

係る構成を容易に想到し得るとした審決の判断は誤りである。

なお,被告は,刊行物1発明において,カーボンナノチューブとパターン形成

材料との固着性を高める際の処理温度等の条件は,当業者が適宜に設定し得る事

項であり,カーボンナノチューブの特性が保たれるような条件を設定することは

当業者が普通に行い得ることである旨主張する。

しかし,刊行物1発明の目的を実現するためには,カーボンナノチューブとパ

ターン形成材料との固着性を高める際の処理温度は,少なくともパターン形成材

料の融点以上(刊行物1に開示された範囲では少なくとも660℃以上)に設定

されなければならず,常温ないし低温に設定することは当業者が普通に行い得る

ことではない。

(3) 以上によれば,審決の相違点1及び2の判断には誤りがあり,取り消され

るべきである。

第4 被告の反論

1 取消事由1(一致点の認定の誤り)に対し

(1) 加熱工程の有無(無定形炭素の実質的な含有の有無)に対し

刊行物1には,カーボンナノチューブの懸濁液のスプレー塗布について,「スプ

レー塗布はエアガンを用いて(典型的な場合加熱された)基板上にそのような懸濁

液をスプレーし,溶媒を蒸発させることにより行う。(
」【0010】)と記載されて

いるところ,揮発性の溶媒は特段の加熱をすることなく常温においても蒸発するこ

とからすれば,刊行物1発明において基板の加熱が必須であるとの解釈はできない。

また,本願発明についても,基板の表面にカーボンナノチューブ層を形成するス




テップにおいて,「加熱せずに」という限定はされておらず,「高速回転で溶剤を蒸

発させ」る旨の限定がされているわけでもない。本願明細書には,ナノファブリッ

クを形成する際の加熱によって無定形炭素が生成する可能性があることや,そのよ

うな無定形炭素の生成を避けるために加熱を避けるべきことは記載されておらず,

むしろ「基板は次に(要すれば)焼きなまされる。(
」【0108】)と記載されてい

ることからすると,本願発明はカーボンナノチューブ層が形成された基板を加熱す

ることを排除するものでもない。

なお,カーボンナノチューブは熱的に安定的で,分解温度は700℃程度以上で

あることが技術常識とされており,刊行物1発明において,溶剤の蒸発が基板の加

熱によって行われるとしても,その際の加熱温度はカーボンナノチューブの分解温

度よりかなり低い温度であると想定されることからすると,そのような温度で無定

形炭素が形成されるとはいうことはできない。

したがって,原告の主張は理由がない。

(2) 溶剤の完全な除去の有無に対し

審決は,刊行物1発明における「溶媒を蒸発させる」という事項について,「溶

剤を除去するステップである限りにおいて」との条件を付した上で,本願発明にお

ける「カーボンナノチューブの不織布状態から実質的に全ての溶剤を除去するステ

ップ」に相当すると認定したものであって,溶剤の除去の程度,すなわち「実質的

に全ての」溶剤を除去するという事項まで含めて一致点と認定したわけではない。

したがって,原告の主張は理由がない。

(3) カーボンナノチューブ層が固着性か不織布状態かに対し

刊行物1発明の「非パターン形成領域上に位置するカーボンナノチューブを除去

する工程」において,除去されるカーボンナノチューブは,「非パターン形成領域

上に位置するカーボンナノチューブ」であって,パターン形成領域上にあるカーボ

ンナノチューブが除去されるわけではない。そして,パターン形成領域上のカーボ

ンナノチューブ層については,基板に直接に固着していないナノチューブが,固着




ナノチューブと不織布状態を形成した状態で,パターン形成領域上に存在すると理

解される。

したがって,原告の主張は理由がない。

2 取消事由2(相違点の判断の誤り)に対し

(1) 相違点1に対し

刊行物1発明では,カーボンナノチューブとパターン形成材料との固着は,パタ

ーン形成材料として,加熱されることによってカーボンナノチューブを固着するこ

とができる材料を選択することで実現している。

また,刊行物3発明についても,刊行物1発明と同様に金属層の上にカーボンナ

ノチューブ層を形成するところ(【0060】ないし【0063】 ,カーボンナノ


チューブを「塗布」のみならず,「圧着」や「埋込み」等の方法で基板上に供給す

るものであって(【0052】 ,基板とカーボンナノチューブとの固着性を考慮す


るものであるし,刊行物3発明の「基板上にカーボンナノチューブ層を形成した後

にパターニングする方法」であっても,基板の材料として刊行物1発明のパターン

形成材料を用いたり,カーボンナノチューブ層の形成に先だって基板の表面に同材

料の層を形成したりして,刊行物1発明と同様の手法でカーボンナノチューブの固

着性を確保することも十分可能である。そうすると,刊行物1発明においても,刊

行物3発明においても基板表面の状態やナノチューブとの接触状態を選択すること

等により基板とカーボンナノチューブとの固着性を確保する必要性は認識されてお

り,具体的な固着強度は当業者が適宜に設定する設計的事項であるというべきであ

る。

したがって,刊行物1発明において,カーボンナノチューブ層のパターニング方

法を刊行物3発明の「カーボンナノチューブ層の形成後にカーボンナノチューブ層

をリソグラフィ技術でパターニングするという方法」に変更しても,刊行物1でい

う「固着性」は担保し得るものであって,刊行物1発明に刊行物3発明を適用する

ことについて,阻害要因はない。




(2) 相違点2に対し

前記1(1)のとおり,カーボンナノチューブは熱的に安定であり,分解温度は7

00℃程度以上であるところ,刊行物1発明では,カーボンナノチューブの固着性

を高める手法の一つとして,低融点金属を用いる手法が記載され,融点が「約70

0℃又はそれ以下」の低融点金属が選択されていることがうかがわれるので,カー

ボンナノチューブの分解温度より十分に低い温度でアニールすることが想定されて

いる。

よって,アニール工程で無定形炭素が生成することを前提とした原告の主張は根

拠がなく失当である。

また,一般に,カーボンナノチューブの特性を利用したデバイスを作成する際に

は,製造過程で生じた無定形炭素等の副生成物を取り除くため,カーボンナノチュ

ーブを精製することが普通に行われており,副生成物が極力含まれていないことが

好ましいことは,当業者にとって明らかなことである。そして,刊行物1発明にお

いて,カーボンナノチューブ層を形成する際に無定形炭素が生成することは想定さ

れないから,予め精製したカーボンナノチューブを用いることで,実質的に無定形

炭素を含まないカーボンナノチューブ層とすることは,当業者が容易に想到し得る

ことである。

さらに,溶剤についても,カーボンナノチューブ層に溶剤が残留することは電子

デバイスの特性において問題となるので(乙7,乙8),実質的に全ての溶剤を蒸

発させることが好ましいことは,当業者にとって明らかであって,溶剤を含有する

懸濁液を塗布して形成した層から,実質的に全ての溶剤を除去することは,当業者

が普通に想到し得ることである。

したがって,原告の主張は理由がない。

第5 当裁判所の判断

当裁判所は,原告の取消事由2(1)には理由があり,審決にはこれを取り消すべ

き違法があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。




1 本願発明,刊行物1発明について

(1) 本願発明の要旨

本件明細書によれば,本願発明は,基板製品を製造する方法に関するものであ

る(【0001】 。従来,10nm以下の領域での電気的な相互接続技術において


は,電流による電極,フィルム等の温熱損傷が生じたり,金属拡散を被る傾向があ

るなどの課題があり,半導体素子の劇的な小型化及び性能の改善を阻む要因となっ

ていた(【0005】ないし【0007】 。そこで,本願発明は,これらの課題を


解決するため,予備成形されたナノチューブを使用して基板製品を製造する方法を

提供することを目的とするものである(【0008】 。本願発明は,基板を提供す


るステップと,該基板の表面にカーボンナノチューブの懸濁液を塗布し,前記基板

の表面にカーボンナノチューブ層を形成するステップであって,該カーボンナノチ

ューブ層は複数のカーボンナノチューブ相互が絡み合う不織布状態であり(【00

47】 ,且つ,該カーボンナノチューブ層は実質的に無定形炭素を含まない(
) 【0

105】)ステップと,前記カーボンナノチューブの不織布状態から実質的に全て

の溶剤を除去するステップ(【0113】【0115】
, )と,所定のパターンに従っ

て前記カーボンナノチューブ層の一部を選択的に除去し,製品を製造するステップ

(【0127】)を含むことを特徴とする方法である。

(2) 刊行物1発明について

ア 刊行物1には,以下の記載がある(甲1。図1については,別紙刊行物1発

明図面目録参照。。


「【特許請求の範囲

【請求項1】 基板を準備する工程;基板上にパターン形成された材料を供給し,

材料はカーボン分解材料,カーバイド形成材料及び低融点金属から成る類から選択

される工程;基板上にカーボンナノチューブを堆積させる工程;パターン形成され

た材料へのナノチューブの固着性を促進するため,基板をアニールする工程;及び

基板の非パターン形成領域上に位置するナノチューブの少なくとも一部を除去する




工程を含むパターン形成された固着性カーボンナノチューブ薄膜の作製プロセ

ス。」

「【発明の詳細な説明

【0001】

【本発明の背景】

【本発明の分野】本発明はカーボンナノチューブ薄膜を含むデバイスに係る。

【0002】

【関連技術の記述】カーボンナノチューブは興味ある電子的特性を有し,電子デバ

イス及び相互接続応用への可能性をもつ。カーボンナノチューブはまた,高アスペ

クト比(>1000)の形状をもち,原子的に鋭い先端をもち,そのため電子フィ

ールドエミッタとしての理想的な候補である。これらの可能性のある応用を実現す

るためには,薄膜,パターン形成された薄膜であれば更に有利である有用な形に形

成する必要がある。

【0003】カーボンナノチューブは現在,アーク放電,レーザアブレーション及

び 化 学気相堆積(CVD)といった異なる各種の技術により,生成され て い

る。・・・しかし,堆積させたままの材料は,通常締りのない粉末,多孔質のマッ

ト又は固着性の悪い薄膜の形である。ナノチューブのこれらの形は,堅固で固着性

の良いナノチューブ薄膜構造を作製する上で,不便である。ナノチューブの固着性

の薄膜を作製するのが困難なのは,カーボンナノチューブに付随した完全な構造の

ためであると信じられており,それは本質的に未結合手を含まず,欠陥位置もほと

んどない。その結果,ナノチューブ薄膜は固着性が悪く,接触や空気の流れ(たと

えば空気掃除機)により容易に除かれるほどである。

【0004】パターン形成されたナノチューブ薄膜が,ファン(Fan)らにより

報告されている。・・・これらの文献は,CVDのような直接堆積技術の使用につ

いて述べている。その場合,基板は触媒金属で選択的にパターン形成され,次にナ

ノチューブをパターン形成された領域内に成長させる。しかし,これらの技術によ




っては,固着性の悪い薄膜が生じる。これらの技術ではまた,基板を反応性で高温

の堆積雰囲気に露出させ,実際のデバイス構造に対しては,不便で有害である。加

えて,CVDは典型的な場合,触媒基板上に多壁カーボンナノチューブ(MWNT)

を生じるため,MWNTのパターン形成された成長に限定される。

【0005】従って,適切な固着性を有し,より有用で堅固なデバイス構造の形成

を可能にするより便利で,融通のきく方法の開発が望まれる。

【0006】

【本発明の要約】本発明により,固着性のパターン形成されたカーボンナノチュー

ブ薄膜の作製方法が実現する。(固着性というのは,ASTMテープ試験法D33

59−97に従いスケール2A又は2Bを越える薄膜の固着強度をさす。)本発明

に従うと,基板はカーバイド形成材料,カーボン分解材料又は低融点金属(すなわ

ち約700℃又はそれ以下)でパターン形成される。次に,スプレー照射又は懸濁

鋳造によりパターン形成された基板上に,カーボンナノチューブを堆積させる。ナ

ノチューブはこの段階で,基板材料又はパターン形成された材料に対し,比較的固

着性は悪い。次に,具体的なパターン形成材料に依存する温度で,典型的な場合,

真空中で基板をアニールする。たとえば,カーバイドの形成が起こる温度,カーボ

ンの分解が起こる温度又は低融点金属が溶融する温度で行う。アニーリングにより

パターン形成された領域上で固着性のナノチューブ薄膜が生じ,一方非パターン形

成領域上に堆積したナノチューブは,たとえば吹き込み,研磨,ブラッシング又は

メタノールのような溶媒中で超音波照射することにより,容易に除去される。この

プロセスにより,所望のパターンに固着性のナノチューブ薄膜が生じる。パターン

形成された薄膜は,フラットパネルディスプレイのような真空マイクロエレクトロ

ニクスデバイスやナノチューブ相互接続のような他の構造を含む各種デバイスに有

用である。」

「【0008】平坦な基板(10)を最初に準備する。基板(10)はカーボン

と本質的に非反応性である必要がある。たとえば,カーバイドを形成しないか,カ




ーボンを分解せず,典型的な場合,少なくとも1000℃といった比較的高い融点

をもつ必要がある。例としては,SiO2(酸化された表面層を有するSiウエハ

を含む。,インジウムスズ酸化物(ITO)
) ,Al 2O3,Cu及びPtが含まれる。

【0009】図1Aに示されるように,材料(12)をナノチューブ薄膜に望まし

いパターンで基板(10)上に堆積させる。パターン形成材料(12)は(a)カ

ーボン分解材料,(b)カーバイド形成材料及び(c)低融点(約700℃又はそ

れ以下)金属から選択される。カーボン分解材料はたとえば,ティー・ビー・マッ

サルスキ(T.B.Massalski),二元合金相図,I巻,エイエスエム・

インターナショナルに述べられているように,当業者には良く知られており,Ni,

Fe,Co及びMnといった元素が含まれる。カーボン材料は上で引用したマッサ

ルスキ(Massalski)の文献に述べられているように,同様に当業者には

知られており,Si,Mo,Ti,Ta,W,Nb,Zr,V,Cr及びHfが含

まれる。典型的な低融点金属には,Al,Sn,Cd,Zn及びBiが含まれる。

パターン形成材料(12)の厚さは,典型的な場合,10ないし100nmである。

パターン形成材料はたとえばスパッタリング,蒸着又は化学気相堆積といった適当

な技術により堆積させる。従来のリソグラフィプロセスが,所望のパターンを生成

させるために一般に用いられる。

【0010】次に,図1Bに示されるように,カーボンナノチューブ(14)をパ

ターン形成された基板(10)上に堆積させる。(図面では図解するために,数個

のナノチューブのみが示されているが,実際にはナノチューブの被覆は,はるかに

高密度である。)ナノチューブは典型的な場合,懸濁鋳造又はスプレー塗布により,

堆積させる。懸濁鋳造は一般に基板を,ナノチューブ及びメタノールのような溶媒

でできたナノチューブ懸濁液中に置き,溶媒を蒸発させることにより行う。スプレ

ー塗布はエアガンを用いて(典型的な場合加熱された)基板上にそのような懸濁液

をスプレーし,溶媒を蒸発させることにより行う。両方の方法とも,無秩序な方向

のナノチューブの比較的均一な薄膜を生じる傾向がある。




【0011】次に,図1Cに示されるように,基板(10)は一般的に真空(10
−6
torr又はそれ以下)でアニールする。アニールの温度は,パターン形成材

料(12)に基づいて選択される。具体的には,温度はカーボンの分解,カーバイ

ドの形成又はパターン形成材料(12)の溶融を促進するように選択される。アニ

ールは一般に具体的なパターン形成材料に依存して,30分ないし24時間行う。

ナノチューブ(14)がパターン形成材料(12)に接触する領域で,カーボン分

解,カーバイド形成又は溶融を誘発させることにより,ナノチューブ(14)とパ

ターン形成材料(12)間の固着性が増した領域(16)が生じる。具体的には,

カーバイド形成材料の場合,カーバイドは材料と少なくともナノチューブの一部の

反応により形成される。カーボン分解材料の場合,材料と少なくともナノチューブ

の一部の反応により,金属−カーボン固溶体が形成される。低融点金属の場合,少

なくともナノチューブの一部が溶融金属層の中に物理的に埋込まれ,次に冷却され

るとその場所に保持される。

【0012】図1Dに示されるように,基板材料(10)上に直接堆積させたナノ

チューブは,アニーリング後除去される。ナノチューブは基板材料(10)への固

着性が比較的悪いため,除去は比較的容易である。除去吹き込み,研磨又は基板

(10)表面のブラッシングにより,あるいはメタノールのような溶媒中で超音波

を照射することにより行える。これらの技術を組合わせることができる。典型的な

場合,基板は吹き込み,研磨又はブラッシングなしに超音波を照射する。超音波照

射は,他の除去技術なしに行った時,一般に0.5ないし24時間行われる。

【0013】得られた固着性のパターン形成ナノチューブ薄膜の厚さは,一般に1

00ないし1000nmである。得られたパターン形成されたナノチューブ薄膜の

固着強度は,ASTMテープ試験D3359−97で,2A又は2Bスケールを十

分越える。

【0014】パターン形成されたナノチューブ薄膜は,各種の用途で有用で,フラ

ットパネルディスプレイのような真空マイクロエレクトロニクスデバイスとともに,




シリコンを基本とするデバイス中の相互接続のような新しい用途が含まれる。」

イ 上記記載によれば,刊行物1発明は,カーボンナノチューブ薄膜を含むデバ

イスに係るものであって(【0001】 ,従来の堆積させたままのカーボンナノチ


ューブ材料は固着性の悪い薄膜の形で,堅固で固着性の良いナノチューブ薄膜構造

を作製する上で不便であったことから(【0003】 ,固着性のパターン形成され


たカーボンナノチューブ薄膜の作製方法を実現することを目的とするものである


【0005】【0006】。刊行物1発明は,基板上にパターン形成されたカーボ


ンナノチューブ薄膜を形成する方法であって,基板を準備する工程と(【000

8】,基板上にパターン形成材料からなるパターンを形成する工程と(
) 【0009】,

【0016】,基板上に,カーボンナノチューブの懸濁液をスプレー塗布し,溶媒


を蒸発させることにより,カーボンナノチューブを堆積させる工程と(【0010】,

【0016】,非パターン形成領域上に位置するカーボンナノチューブを除去する


工程(【0012】【0016】
, )と,を含む方法であって,このような方法を用い

ることによって,上記の目的が達成され,ASTMテープ試験法D3359−97

に従いスケール2A又は2Bを越える固着強度(【0006】【0013】
, )のカー

ボンナノチューブ薄膜が作製できるものである。

2 取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1) 加熱工程の有無について

審決は,刊行物1発明における「基板上に,カーボンナノチューブの懸濁液をス

プレー塗布し」という事項は,本願発明における「該基板の表面にカーボンナノチ

ューブの懸濁液を塗布し,前記基板の表面にカーボンナノチューブ層を形成するス

テップ」という事項に相当すると認定した。これに対し,原告は,刊行物1発明の

上記工程は,加熱した基板上にカーボンナノチューブの懸濁液をスプレー塗布し,

加熱した基板の熱で溶剤を蒸発させるため,カーボンナノチューブが熱によるスト

レスにさらされ,無定形炭素が形成されるなどの結果が生じるものであるから,加

熱工程の有無(ひいては無定形炭素の実質的な含有の有無)という点で本願発明と




は相違する旨主張する。

しかし,刊行物1の「図1Bに示されるように,カーボンナノチューブ(14)

をパターン形成された基板(10)上に堆積させる。・・・ナノチューブは典型的

な場合,懸濁鋳造又はスプレー塗布により,堆積させる。・・・スプレー塗布はエ

アガンを用いて(典型的な場合加熱された)基板上にそのような懸濁液をスプレー

し,溶媒を蒸発させることにより行う。(
」【0010】)との記載によれば,刊行物

1発明においては,スプレー塗布時に基板が加熱された状態にあることが典型的で

はあるものの,常に基板を加熱することが要求されているわけではなく,カーボン

ナノチューブの懸濁液をスプレー塗布した後に,基板を加熱せずに溶媒を蒸発させ

る態様も含まれると認められる。

したがって,刊行物1発明が基板を加熱することを前提とする原告の主張は,そ

の前提を欠き,理由がない。

(2) 溶剤の完全な除去の有無について

審決は,刊行物1発明における「溶媒を蒸発させる」という事項は,溶剤を除去

するステップである限りにおいて,本願発明における「カーボンナノチューブの不

織布状態から実質的に全ての溶剤を除去するステップ」に相当すると認定した。こ

れに対し,原告は,刊行物1発明と本願発明の各工程の技術的意義を勘案すれば,

両者は溶剤の完全な除去の有無という点で相違する旨主張する。

しかし,審決は,「溶剤を除去するステップ」という範囲に限定した上で,一致

点を認定したにすぎず,溶剤の除去の程度を含めて一致点として認定したわけでは

ない。そして,原告が主張する溶剤の除去の程度については,審決は相違点2にお

いて,「本願発明においては,・・・実質的に全ての溶剤を除去するという限定がさ

れているのに対し,引用発明においては,それらが限定されてない点」という形で

認定しているのであるから,審決に一致点の認定の誤りはなく,これによる相違点

の看過もない。

したがって,原告の主張は理由がない。




(3) カーボンナノチューブ層が固着性か不織布状態か

審決は,刊行物1発明における「基板上にパターン形成材料からなるパターンを

形成する工程」及び「非パターン形成領域上に位置するカーボンナノチューブを除

去する工程」は,カーボンナノチューブ層のパターニングを行い,製品を製造する

ための工程である点で,本願発明における「所定のパターンに従って前記カーボン

ナノチューブ層の一部を選択的に除去し,製品を製造するステップ」と共通すると

認定した。これに対し,原告は,両者は製造後のカーボンナノチューブ層が固着性

か不織布状態か(不織布状態のカーボンナノチューブを選択的に除去することがで

きるか否か)という点で相違する旨主張する。

しかし,広辞苑(第6版。甲30)によれば,不織布とは,「糸の形態を経ずに,

繊維シート(ウェブ)を機械的・化学的・熱的に処理し,接着剤や繊維自身の融着

力で接合して作る布」をいい,本願明細書に,「好ましいナノファブリックは,不

織布状態のネットワークを構成するために,相互が絡み合う複数のナノチューブを

有する。 (
」 【0047】)との記載があることからすると,本願発明における「(カ

ーボンナノチューブの)不織布状態」とは,カーボンナノチューブ自身が相互に絡

み合って結合している状態にあることをいうと解される。そして,刊行物1発明の

カーボンナノチューブは高アスペクト比(>1000)の形状を持つものであって

(【0002】 ,刊行物1の「図1Bに示されるように,カーボンナノチューブを


パターン形成された基板(10)上に堆積させる。(図面では図解するために,数

個のナノチューブのみが示されているが,実際にはナノチューブの被覆は,はるか

に高密度である。・・・無秩序な方向のナノチューブの比較的均一な薄膜を生じる


傾向がある」 【0010】
( )との記載によれば,刊行物1発明の「基板上にパター

ン形成材料からなるパターンを形成する工程」の当初の段階において,基板上に堆

積したカーボンナノチューブは,相互が絡み合って結合している不織布状態にある

と認められる。そして,刊行物1発明は,その後,基板をアニールし,カーボンナ

ノチューブの一部を溶融金属層の中に埋め込むことなどによって,カーボンナノチ




ューブ(14)とパターン形成材料(12)間の固着性が増した領域(16)を形

成するものであるが(【0011】 ,カーボンナノチューブが,溶融金属層の中に


埋め込まれたからといって,カーボンナノチューブが不織布状態にあるという状態

が変化するものではないから,刊行物1発明のパターン形成材料に固着したカーボ

ンナノチューブが不織布状態ではないということはできない。

また,刊行物1発明は,その後,「非パターン形成領域上に位置するカーボンナ

ノチューブを除去する工程」を経るが,その際に,パターン形成領域上のパターン

形成材料に接触していない(直接固着していない)ナノチューブが全て除去される

旨の記載はない上,刊行物1の図1Dには,パターン形成領域のパターン形成材料

には接触しておらず,直接固着したカーボンナノチューブと絡み合う状態で存在す

るカーボンナノチューブが記載されていること,刊行物1発明と同じスプレー法を

用いてカーボンナノチューブ層を形成する刊行物2には,「カーボンナノチューブ

は・・・細長い繊維状の形状を呈し・・・互いに絡み合って,特段の結合剤が無く

とも良好な層状体を構成する。(甲2明細書7頁9ないし12行)と記載されてい


ることなどによれば,刊行物1発明の「非パターン形成領域上に位置するカーボン

ナノチューブを除去する工程」において,パターン形成領域上のパターン形成材料

と接触していない(直接固着していない)カーボンナノチューブが全て除去される

とも認められない。

したがって,刊行物1発明の製造後のカーボンナノチューブ層も本願発明と同様

に不織布状態であって,刊行物1発明においても不織布状態のカーボンナノチュー

ブを選択的に除去することができるといえるのであるから,相違点の看過はなく,

原告の主張は理由がない。

(4) 以上によれば,審決の一致点の認定に誤りはない。

3 取消事由2(相違点の判断の誤りについて)

(1) 刊行物3発明について

ア 刊行物3には,以下の記載がある(甲3。図1及び3については,別紙刊行




物3発明図面目録参照。。


「【0001】

【発明の属する技術分野】本発明は電界放出型冷陰極装置,その製造方法,並びに

同冷陰極装置を用いた真空マイクロ装置に関する。」

「【0040】

【発明の実施の形態】」

「【0041】図1(a) (b)は本発明の実施の形態に係る電界放出型冷陰極


装置を製造工程順に示す概略断面図である。

【0042】図1(b)図示の如く,この実施の形態に係る電界放出型冷陰極装置

は,支持基板12と,支持基板12上に配設された電子を放出するためのエミッタ

14とを有する。エミッタ14は,電界放出型冷陰極装置の用途に応じて,複数若

しくは単数が支持基板12上に配設される。」

「【0044】エミッタ14の夫々は,基本的に炭素の6員環の連なりから構成

される複数のカーボンナノチューブ16から形成される。通常,カーボンナノチュ

ーブ16は,図1(a)(b)示の如く,倒木が重なり合うような状態で支持基板


12上に存在する。しかし,以下の図では,図を簡易にするため,カーボンナノチ

ューブ16が概ね垂直に立ち上がった状態で示す。各エミッタ14が1つのカーボ

ンナノチューブ16からなるようにすることもできる。全カーボンナノチューブ1

6の70%以上は30nm以下の直径を有する。エミッタ14を形成するカーボン

ナノチューブ16の底部直径に対する高さの比を表すアスペクト比は,3以上且つ

1×106以下で,望ましくは,3以上且つ1×103以下に設定される。」

「【0052】次に,カーボンナノチューブを塗布,圧着,埋込み等の方法で合

成樹脂製の支持基板12上に供給し,カーボンナノチューブ層26を形成する(図

1(a)。ここで,支持基板の材料としては,ポリメチルメタクレート,テフロン,


ポリテトラフルオロエチレン,ポリカーボネート,非晶質ポリオレフィン,アクリ

ル系樹脂,エポキシ系樹脂を用いることができる。




【0053】次に,レジストを塗布して,エミッタ14のレイアウトに従って,カ

ーボンナノチューブ層26をリソグラフィ技術でパターニングする。この様にして,

複数のカーボンナノチューブ16からなるエミッタ14を支持基板12上に形成す

る(図1(b)。
)」

「【0060】図3(a) (b)は本発明の別の実施の形態に係る電界放出型冷


陰極装置を製造工程順に示す概略断面図である。

【0061】図3(b)図示の如く,この実施の形態に係る電界放出型冷陰極装置

は,エミッタ14に電子を供給するためのカソード配線層28が支持基板12上に

配設されている点で,図1(b)図示の電界放出型冷陰極装置と異なる。カソード

配線層28は,Mo,Ta,W,Cr,Ni,Cu等の導電性材料から基本的に形

成される。また,支持基板12は,ガラス,石英,合成樹脂等の絶縁性材料や,S

i等の半導体材料から基本的に形成される。

【0062】図3(b)図示の電界放出型冷陰極装置は,図1(b)図示の電界放

出型冷陰極装置と概ね同じ方法で製造することができる。但し,図1を参照して説

明した製造方法の第1及び第2例に対して,次のような変更を加える。

【0063】先ず,アノード電極(炭素源)及びカソード電極(収集部材)を用い

る第1例においては,カソード電極(収集部材)から分離されたカーボンナノチュ

ーブを支持基板12上に供給する前に,支持基板12上にパターニングされたカソ

ード配線層28を形成する。そして,カーボンナノチューブを前述の如く支持基板

12上に供給し,支持基板12及びカソード配線層28上にカーボンナノチューブ

層26を形成する(図3(a)。次に,エミッタ14のレイアウトに従って,カー


ボンナノチューブ層26をリソグラフィ技術でパターニングし,複数のカーボンナ

ノチューブ16からなるエミッタ14をカソード配線層28上に形成する(図3

(b)。
)」

イ 上記記載によれば,刊行物3発明は,電界放出型冷陰極装置,その製造方法

並びに同冷陰極装置を用いた真空マイクロ装置に関するものであって(【000




1】,支持基板上に形成されたカーボンナノチューブ層にレジストを塗布して,カ


ーボンナノチューブ層26を所定のレイアウト(エミッタのレイアウト)に従って,

リソグラフィ技術でパターニングする方法(【0053】)が開示されている。

(2) 相違点1について

審決は,刊行物1発明におけるカーボンナノチューブ層のパターニング方法を刊

行物3発明における「カーボンナノチューブ層の形成後にカーボンナノチューブ層

をリソグラフィ技術でパターニングするという方法」に変更して,相違点1に係る

本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることである旨判断した。

しかし,刊行物1発明は,「ナノチューブ薄膜は固着性が悪く,接触や空気の流

れ(たとえば空気掃除機)により容易に除かれるほどである。(
」【0003】)ため,

「適切な固着性を有し,より有用で堅固なデバイス構造の形成を可能にするより便

利で,融通のきく方法」 【0005】
( )を開発することを課題とし,これを実現す

るため,パターン形成材料にカーボン分解材料,カーバイド形成材料,低融点金属

などを用いてパターン形成し,これにナノチューブを堆積させた上でアニールする

ことによって,カーボン分解,カーバイド形成又は溶融を誘発させて ,固着性

(「ASTMテープ試験D3359−97で,2A又は2Bスケールを十分越える

固着強度を指す。(
」【0006】【0013】)を確保するものである。


したがって,固着性の確保は刊行物1発明の必須の課題であって,刊行物1発明

におけるパターニングの方法については,刊行物1発明と同程度の固着性を確保で

きなければ,他のパターニングの方法に置き換えることはできないというべきであ

る。そして,刊行物3発明のパターニング方法におけるカーボンナノチューブの固

着性についてみると,刊行物3発明は,「カーボンナノチューブを塗布,圧着,埋

込み等の方法で合成樹脂製の支持基板12上に供給する」と記載しているのみであ

って,固着性について特段の配慮はされておらず,カーボンナノチューブ層が支持

基板12に対して,いかなる程度の固着強度を有するかも不明である。

よって,刊行物1発明に刊行物3発明を適用することには阻害要因があるから,




刊行物1発明に刊行物3発明を適用して相違点1に係る本願発明の構成とすること

を当業者が容易に想到し得るとした審決の判断には誤りがある。

(3) 被告の主張について

被告は,刊行物3発明についても,刊行物1発明と同様に金属層の上にカーボン

ナノチューブ層を形成するところ(【0060】ないし【0063】 ,カーボンナ


ノチューブを「塗布」のみならず,「圧着」や「埋込み」等の方法で基板上に供給

するものであって(【0052】 ,基板とカーボンナノチューブとの固着性を考慮


するものであると主張する。

しかし,前記判示したとおり,上記記載のみでは,どの程度の固着強度を確保で

きるか不明であって,上記記載があるからといって,刊行物1発明に刊行物3発明

を適用することはできない。

また,被告は,刊行物3発明の「基板上にカーボンナノチューブ層を形成した後

にパターニングする方法」であっても,基板の材料として刊行物1発明のパターン

形成材料を用いたり,カーボンナノチューブ層の形成に先だって基板の表面に同材

料の層を形成したりして,刊行物1発明と同様の手法でカーボンナノチューブの固

着性を確保することも十分可能であって,刊行物3発明においても基板表面の状態

やナノチューブとの接触状態を選択すること等により基板とカーボンナノチューブ

との固着性を確保する必要性は認識されており,具体的な固着強度は当業者が適宜

に設定する設計的事項であるというべきであると主張する。

しかし,刊行物1発明においては,「基板(10)はカーボンと本質的に非反応

性である必要がある。たとえば,カーバイドを形成しないか,カーボンを分解せず,

典型的な場合,少なくとも1000℃といった比較的高い融点をもつ必要がある。」

(【0008】)とされているのであるから,基板の材料に刊行物1発明のパターン

形成材料であるカーボン分解材料,カーバイド形成材料又は低融点金属を用いるこ

とには阻害要因がある。また,刊行物1発明は,カーボンナノチューブの固着性の

確保を重要な課題の一つとした発明であって,刊行物1発明と同程度の固着性を有




することが設計事項であると認めることはできない。

したがって,被告の主張は理由がない。

(4) 小括

以上によれば,刊行物1発明に刊行物3発明を適用することはできないので,当

業者が本願発明の相違点1に係る構成を容易に想到することができたということは

できず,取消事由2(1)は理由がある。

4 なお,今後の特許庁における審理のため,一言付言する。審決は,刊行物1

発明を主引用例,刊行物3発明を副引用例として容易想到性を判断したものであり,

本判決は,このような判断の枠組みに従って,本願発明を容易想到であるとした審

決には誤りがあると判断するものである。もっとも,刊行物3には,カーボンナノ

チューブを塗布するなどの方法で基板にカーボンナノチューブ層を形成し,リソグ

ラフィ技術でパターニングする技術が開示されており,本願発明と相当程度一致す

る部分があると認められるところ,本判決は,刊行物3発明を主引用例とした場合

に,本願発明の容易想到性を判断することについてまで否定するものではない。し

たがって,今後の審理においては,単に刊行物1発明を主引用例とした場合の容易

想到性のみを判断するのではなく,刊行物3発明を主引用例とした場合の容易想到

性についても検討する必要があると思われる。

第6 結論

以上のとおり,原告主張の取消事由2(1)には理由があり,その余の点について

判断するまでもなく,原告の本件請求は理由があるから,これを認容することとし

て,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第1部



裁判長裁判官 一





裁判官 大 寄 麻 代




裁判官 平 田 晃 史





(別紙)

刊行物1発明図面目録



【図1】





(別紙)

刊行物3発明図面目録



【図1】




【図 3】