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事件 |
平成
26年
(行ケ)
10061号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2014/11/05 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成26年11月5日判決言渡 平成26年(行ケ)第10061号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成26年10月22日 判 決 原 告 日鉄住金ロールズ株式会 社 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 影 山 秀 一 倉 地 保 幸 富 田 和 夫 被 告 株 式 会 社 フ ジ コ ー 被 告 株 式 会 社 中 山 製 鋼 所 両名訴訟代理人弁護士 田 中 雅 敏 高 山 大 地 鶴 利 絵 宇 加 治 恭 子 柏 田 剛 介 生 島 一 哉 新 里 浩 樹 小 美 佳 浦 川 雄 基 池 辺 健 太 西 森 正 貴 堀 田 明 希 弁理士 有 吉 修 一 朗 森 田 靖 之 細 見 吉 生 主 文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事 実 及 び 理 由 第1 原告の求めた判決 特許庁が無効2013−800041号事件について平成26年1月31日にし た審決を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,進歩 性判断の当否である。 1 特許庁における手続の経緯 被告らは,平成19年4月19日に出願され,平成24年6月29日に特許権の 設定登録がなされた特許(本件特許。特許第5025315号。発明の名称「熱間 圧延用複合ロール,熱間圧延用複合ロールの製造方法及び熱間圧延方法」 の特許権 ) 者である(甲14ないし16,20)。 原告は,平成25年3月15日,本件特許について無効審判請求をしたところ(無 効2013−800041号。甲17),特許庁は,平成26年1月31日,「本件 審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同審決(謄本)は,同年2月10日 に原告に送達された(甲26)。 2 本件発明の要旨 平成25年6月3日付け訂正請求(本件訂正。甲19,20)によって訂正され た本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし4に記載された発明(本件発明)の要 旨は,次のとおりである(下線部分が本件訂正によって付加された部分である。以 下,請求項の番号に応じて,例えば「本件発明1」などと表記する。。 ) 【請求項1】 「鋼系材料からなる芯材の周囲に,質量比で,C:1.0〜3.0%,Si:0. 2〜2.0%,Mn:0.2〜2.0%,V:3.0〜10.0%,Cr:3.0 〜10.0%,Mo,Wの1種または2種を2.0〜10.0%およびTiを0. 02%以上0.2%以下含有し残部Feおよび不可避的不純物からなる外層材を形 成し,連続鋳掛け法を用いて複合ロールを製造するにおいて,溶解炉より外層材を 出湯する際に取鍋もしくは注湯炉に出湯1kg当たりTiを0.5〜5.0g添加 することを特徴とする熱間圧延用複合ロールの製造方法。」 【請求項2】 「質量比でNi:0.2〜5.0%,Co:0.2〜10.0%,Nb:0.2 〜2.0%の1種または2種以上を含有したことを特徴とする請求項1に記載の熱 間圧延用複合ロールの製造方法。」 【請求項3】 「帯鋼または鋼板を熱間圧延する連続熱間圧延機群に組み込まれる熱間圧延用複 合ロールであって,請求項1または2に記載の製造方法にて製造されたことを特徴 とする熱間圧延用複合ロール。」 【請求項4】 「鋼板を熱間連続圧延機にて圧延成形する熱間圧延方法において,前記圧延機群 における後方3基の圧延機の少なくとも1基以上の圧延機にて複合ロールの直径を 250〜620mm且つ縦弾性係数を200GPa以上とした請求項3に記載の熱 間圧延用複合ロールを使用し,引張強さ800MPa以上の鋼板を圧下率40%以 上で圧延することを特徴とする圧延方法。」 3 原告の主張した無効理由 (1) 無効理由1 本件発明1ないし4は,甲1ないし7に記載された発明(甲1ないし甲7発明) 及び周知技術に基づいて,出願前に当業者が容易に発明をすることができたもので あるから,特許法29条2項により特許を受けることができない。 甲1:特開2002−346613号公報 甲2:特開平3−56642号公報 甲3:特開平5−98392号公報 甲4:中江秀雄「鋳造工学」産業図書株式会社,1998年4月1日,初版第3 刷131〜133頁 甲5:IRON CASTINGS HANDBOOK,THE GRAY AND DUCTILE IRON FOUNDERS' SOCIETY INC.1971 192-199 頁(抜粋の訳文,甲30) 甲6:特公平7−78267号公報 甲7:特公昭43−9043号公報 (2) 無効理由2 本件発明1は,明細書に記載されないTiを0.02%以下含む外層材まで,特 許請求の範囲に含むことになり,発明の詳細な説明に記載したものではなく,本件 発明2ないし4についても,本件発明1を引用する部分において,同様の瑕疵があ るから,特許請求の範囲の記載が,特許法36条6項1号に規定する要件を満たし ておらず,無効とすべきものである。 4 審決の理由の要旨(争点と関係の薄い部分はフォントを小さく表記する。) 審決は,本件訂正請求を認めた上で,本件発明1につき,甲1発明を引用発明と する甲2ないし甲7発明との組合せは容易に想到できなかったものであると判断 し,本件発明2ないし4につき,本件発明1を発明特定事項に含むものであるから, 本件発明1と同様の理由により容易想到性を否定する判断をした。 (1) 本件訂正請求について 本件訂正事項は,外層材のTiの含有量について,0.2%以下含有することを発明特定事 項としていたものについて,下限を限定し,0.02%以上0.2%以下と訂正するものであ り,特許請求の範囲の減縮を目的としたものと認められる。 そして,外層材のTiの含有量について下限を0.02%とすることは,本件明細書の段落 【0021】の「最終的な本願発明材のTi含有量は,MC炭化物の晶出の接種核としての効 果ならびに基地組織における極めて硬く微小なTi炭化物(TiC)の析出による耐摩耗性の 向上効果を有する0.02%を下限とし,また介在物欠陥を生じない限界値として0.2%を 上限とした。」という記載からみて,明細書に記載した事項であることは明らかである。 したがって,本件訂正事項は,特許請求の範囲の減縮を目的とし,明細書に記載した範囲内 の訂正であり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではなく,特許法1 34条の2第1項及び同条9項で準用する特許法126条5項及び6項に適合し,適法な訂正 と認められる。 (2) 無効理由1について ア 甲1発明(引用発明)の認定 「化学成分が質量比で,C:1.0〜3.0%,Si:0.2〜2.0%,Mn: 0.2〜2.0%,V:3.0〜10.0%,Cr:3.0〜10.0%及びMo, Wの1種または2種を2.0〜10.0%含有し,残部Feおよび不可避的不純物 からなる溶湯を,耐火枠と芯材との間に注入して誘導加熱を行ない,次いで,該耐 火枠の下方に設けた水冷モールドで前記溶湯を凝固して外層部を形成し,しかる後, 一体となった外周部と芯材を順次下方へ引出して複合ロールを製造する熱間圧延用 複合ロールの製造方法。」 イ 本件発明1と甲1発明の対比 (一致点) 芯材の周囲に,質量比で,C:1.0〜3.0%,Si:0.2〜2.0%,Mn:0.2〜2. 0%,V:3.0〜10.0%,Cr:3.0〜10.0%及びMo,Wの1種又は2種を2.0 〜10.0%,残部Fe,不可避的不純物からなる外層材を形成し,連続鋳掛け法を用いて複合ロ ールを製造する熱間圧延用複合ロールの製造方法。 (相違点1) 芯材について,本件発明1では鋼系材料からなるのに対し,甲1発明では,鋼系材料から成 るかどうかは明らかではない点。 (相違点2) 外層材について,本件発明1では,Tiを0.02%以上0.2%以下含有するのに対し, 甲1発明では,Tiの含有量は不明な点。 (相違点3) 本件発明1では,溶解炉より外層材を出湯する際に取鍋又は注湯炉に出湯1kg当たりTi を0.5〜5.0g添加するのに対し,甲1発明では,Tiが添加されるとしても,Tiの添 加はどのように行われているか不明な点。 ウ 相違点3について 甲1には,TiをMC型炭化物の晶出核を生成し,炭化物の大きさを減少し,か つ,分散晶出させる目的で添加することが記載されていると認められるから,甲2 ないし7の記載に基づいて,TiをMC型炭化物の晶出核を生成し,炭化物の大き さを減少し,かつ,分散晶出させる目的で添加する際に, 「溶解炉より外層材を出湯 する際に取鍋もしくは注湯炉に出湯1kg当たりTiを0.5〜5.0g添加する」 ことを当業者が容易に想到し得たかどうかを検討するが,以下の理由により,容易 想到性は否定される。 すなわち,@)甲2ないし5には,MC型炭化物の晶出核を生成し,炭化物の大 きさを減少し,かつ,分散晶出させる目的でのTiの添加について, 「溶解炉より外 層材を出湯する際に取鍋もしくは注湯炉にTiを添加する」ことについて,直接的 な記載ないし示唆があるとはいえない,A)甲6には,固相芯材の周囲に外層材を 鋳造して構成した圧延用複合ロールの製造方法において,溶湯中にAl 2O3,Ti 2 O3などのVC炭化物を晶出させるための核となる酸化物を生成させるために,T iをロール鋳造中に溶湯へ接種することが記載されているが,接種を行う場所につ いての記載はない,B)甲4及び5の記載から,鋳鉄溶湯に取鍋や鋳型内で,凝固 過程での黒鉛形成のための核として少量の物質を添加することは「接種」という周 知技術であるといえるが,甲6と,甲4及び5に記載された「接種」とは,物質を 添加する目的,機序及び作用効果が異なるから,甲4及び5の記載を根拠として, 甲6に記載されたAl,Ti等の酸化物生成元素の溶湯への「接種」が,取鍋にお いて行われていると特定することはできない。また,接種の効果が時間と共に減少 することを考慮すれば,溶湯が凝固する直前に行われることが望ましく,甲4に「接 種」が取鍋に対して行われることが記載されているとしても,溶湯が凝固を始める までに,比較的,時間がある取鍋に対して接種を行うことを積極的に選択する動機 付けは見出せない,C)甲7には,圧延用ロールの胴外殻厚肉部を遠心鋳造法によ る造形圧延用ロールの製造法において,胴外殻厚肉部となる溶湯の鋳込前溶湯内に, Tiを添加することが記載されているが,Tiの添加が鋳込前のどの時点で行われ るのかは不明であり,Tiの添加の目的が,MC型炭化物の晶出核を生成し,炭化 物の大きさを減少し,かつ,分散晶出させるためであるかも不明であり,しかも, 遠心鋳造法による造形圧延用ロールの製造法に関する記載であって,本件発明1の ような連続鋳掛け法を用いたものではなく,遠心鋳造法と連続鋳掛け法とでは,溶 湯の注入の仕方が異なることは技術常識であるから,甲7の記載を根拠として, 「溶 解炉より外層材を出湯する際に取鍋もしくは注湯炉にTiを添加する」ことを当業 者が容易に想到し得たとすることはできない。 なお,本件発明では,連続鋳掛け法を用いて複合ロールを製造するにおいて,溶 解炉より外層材を出湯する際に取鍋又は注湯炉に出湯1kg当たりTiを0.5〜 5.0g添加し,外層材にTiを0.02%以上0.2%以下含有させることによ り,TiをMC炭化物の晶出核として機能させ,副作用の介在物欠陥として残存さ せないようにして,高い摩擦係数を有し摩耗が少なく,かつ,扁平や降伏損傷しな い作動ロールが得られるという,甲1ないし甲7発明からは当業者によって予測さ れない顕著な効果を奏すると認められる。 エ 小括 したがって,相違点1,2について検討するまでもなく,本件発明1は,特許法 29条2項により特許を受けることができないものとすることはできない。 オ 本件発明2ないし4について 本件発明2ないし4は,本件発明1のすべての発明特定事項を含むものであり, 本件発明1と同様の理由により,特許法29条2項により特許を受けることができ ないものとすることはできない。 (3) 無効理由2について 本件訂正請求が認められた結果,無効理由2は解消した。 第3 原告の主張 1 取消事由1(相違点3の判断の誤り) 「接種」とは,鋳鉄の黒鉛化,セメンタイトの生成防止のための合金添加に限ら れず,合金などを添加して組織,性質を改善する処理を意味するのであって(甲2 7,48ないし51,乙4),甲6と甲4及び5の「接種」の意義が異なり,物質の 添加目的,機序,作用効果が異なるとした審決の判断は誤りである。甲4ないし6 において,添加元素は,いずれもAlやTiといった酸化物生成元素であり,結晶 核を形成するために合金を添加して組織や性質を改善するという目的も共通してい る。甲6には,Ti等の酸化物生成元素を溶湯へ接種することが記載されており, 甲4及び5には,接種場所として,取鍋,鋳型及び鋳型に注入する直前の溶湯が選 択肢として示されているから,甲6において接種場所が明記されていなくても,接 種場所として取鍋とすることに困難性はない。取鍋を接種場所としてはならないと いう阻害要因もない。 甲5の「鋳型に注入する直前の溶湯に少量の合金材を添加することを接種とい う。」という記載のうち,「鋳型に注入する直前の溶湯」の部分は,凝固する直前の 溶湯という意味ではなく,取鍋における接種という意味である。また,甲6には, 接種効果を得るためには,所定の溶湯の冷却凝固進行過程が必要とされることが記 載されているが,Ti接種ではフェーディング現象は起きにくいから(甲28),接 種は,溶湯が凝固する直前に行われるのが望ましいとはいえない。したがって,凝 固を始めるまでに比較的時間のある取鍋に対して行う積極的な動機付けがある。連 続鋳掛け法において,引抜速度だけでなく,溶湯温度,耐火枠への溶湯の1回当た りの注入量,注入サイクル,水冷鋳型による溶湯凝固速度等の製造条件が重要であ るが,耐火枠へつながるノズルでTiを接種するとすれば,不正確で作業が安全管 理上も困難を伴うものであるのに対し,取鍋へTiを接種することにすれば,操作 は非常に簡単であり,正確にTiの接種量を調整できる。また,酸化皮膜形成や溶 湯流動による消失の点からすると,耐火枠直前での接種には問題がある。したがっ て,取鍋への接種は,当業者にとって極めて自然で合理的な選択である。 甲6発明は,Al,Ti等の酸化物生成元素を溶湯中へ接種するものであるとこ ろ,甲6に, 「誘導加熱は熱を供給するとともに攪拌力も増加し,溶湯表面の酸化被 膜材およびスラグ等の異物を凝固界面に結果として凝固後の外層に異物が残存し, 著しく品質を損なう場合がある。これを防止するため」 (4頁右欄20〜24行)と 記載されているとおり,Tiによる酸化物系介在物を外層材に残留させないという 課題は,古くから知られていた課題であるから,凝固後の外層に異物が残存しない ように接種場所を定めるのは当然であって,それを取鍋とすることに阻害要因はな い。脱酸剤であるTiが,鋼の組織の微細化や炭化物の均一分散化に役立つことは, 古くから知られているところ(甲31ないし33) 炭化物の均一分散化のメカニズ , ムは,本件発明や甲1発明,甲6発明と基本的に同じであり,製鋼プロセスにおい て,戦前の黎明期から現在に至るまで,脱酸剤は,溶解炉から出湯する際に取鍋に 添加するのが技術常識である(甲37ないし41)。そして,鋳鉄においては,取鍋 以外にも鋳型内で添加されることもあるが,鋳型内での添加は,単発の鋳造品に使 用される方法であり,連続鋳掛け法では適用できないから,連続鋳掛け法では,取 鍋での添加に限られる。 2 取消事由2(本件発明の作用効果についての判断の誤り) (1) 本件明細書(甲14ないし16,20)には,引抜速度20mm/分とい う製造条件での連続鋳掛け法において,Tiを溶解炉からの出湯時の取鍋中又は注 湯炉に投入し,その量を出湯1kg当たりTi1g又は2gとして複合ロールを製 造した場合には,スリップ率1%以下,硬さ85(HS)という高い摩擦係数を有 し,摩耗の少ない複合ロールが得られることについて記載されているが【0026】 ( , 【0027】,それ以外の製造条件での複合ロールを製造した場合にも,同様の複 ) 合ロールが得られることについての開示はない。 本件発明は,引抜速度等の諸条件を発明特定事項にしていないから,ある特定の 製造条件で本件発明の目的とする作用効果が生じるとしても,本件発明において常 に作用効果が奏されるとはいえない。 したがって,審決が,本件発明について,甲1ないし甲7発明からは当業者が予 測できない顕著な効果を奏すると判断したのは,本件明細書に記載されていない効 果を斟酌したものであって,誤りである。 (2) また,甲1及び6には,TiがMC炭化物の晶出核として機能すること, Tiの投入後も外層材に酸化物系介在物欠陥を残存させないこと,製造された合金 は高い摩擦係数を有しながら摩耗が少ないことが,記載されているが,高い摩擦係 数を有し,摩耗の少ない複合ロールは,甲1及び6の開示内容から当業者が当然に 予測できるものであるから,本件発明の効果は顕著なものとはいえない。 3 取消事由3(本件発明2ないし4についての判断の誤り) 本件発明1には進歩性があるという誤った判断を前提に,本件発明2ないし4に ついても進歩性を肯定した審決の判断は誤りである。相違点3については上記1の とおり,当業者は容易に想到できる。また,相違点1については,甲6に芯材が鋼 系材料からなることが記載されているから,相違点2については,甲2及び3にロ ール材の成分として2.0%以下のTiを含有させることが記載されているから, それぞれ当業者は容易に想到できる。 第4 被告の反論 1 取消事由1に対し 甲6に記載された「接種」と,甲4及び5に記載された「接種」とは,後者の補 助的な添加元素であるAl,Ti等の酸化物生成元素である点で添加する物質は同 じであるものの,甲6に記載されたものは,VC炭化物を分散晶出するための酸化 物の核を生成しようとするものであり,甲4及び5に記載されたものは,溶湯の凝 固過程での黒鉛形成のための核を生成しようとするものであって,両者の「接種(合 金などを添加して組織や性質を改善する処理) のための物質を添加する目的, 」 機序 及び作用効果は異なり,甲4及び5の「接種」についての記載を根拠として,甲6 に記載されたAl,Ti等の酸化物生成元素の溶湯への「接種」が,取鍋において 行われていると特定することはできない。したがって,甲4ないし6の「接種」に 関する審決の認定に,誤りはない。 甲4及び5には,溶湯の凝固過程での黒鉛形成のための核を生成しようとするた 「 めに行う接種」が記載されており,このような接種では,フェーディング現象を考 慮すると,溶湯が凝固する直前に行われることが望ましいことは明らかであって, 審決の判断に,誤りはない。甲28は,「TiはAlやSiに比べて脱酸力が弱く, フェーディングが相対的に起こり難いこと」を示すにすぎず,鋳鉄の接種と同様に 取鍋に接種するのが自然かつ合理的であるとするのは,技術的に誤りである。 本件発明は,Tiによる酸化物系介在物を外層材に残留させないことも課題とし, 同課題を解決するために,溶解炉より外層材を出湯する際に取鍋もしくは注湯炉に 「 Tiを添加する」という点を,発明特定事項の一つとしている。すなわち,Tiを 添加するタイミングとしては,@溶解炉,A取鍋,B注湯炉,C耐火枠の4つが考 えられるが,@ではTiの多くは酸化物としてスラグの一部となり,溶湯内のTi の凝固までの経過時間が十分あることにより浮上分離してMC炭化物の晶出核とな り得ず,上記課題を考慮するとCも採用することができないため,本件発明ではA 又はBを採用することとしている。上記課題は,甲1ないし7のいずれにも記載さ れておらず,また,その示唆もないから,課題の存在は認識されていない。仮に原 告が主張するとおり,甲4及び5に記載された鋳鉄における黒鉛の形成のための接 種を前提に,フェーディング現象を考慮するとすれば,連続鋳掛け法において,接 種Tiの添加は,鋳込み中又は鋳込み直前に耐火枠等にて行うのが効率的であり一 般的となるはずである。本件発明は,作業の簡便性に着目されて特許されたもので はなく,作業の安全管理が重要であるとしても物理的に作業が不可能となるわけで はないから,耐火枠へのノズルでTiを接種することに阻害要因はない。 なお,Tiの接種時期については,脱酸剤として機能させるために溶解初期に添 加させるのが平成5年当時の一般的な技術水準であった(甲8,9)。 2 取消事由2に対し 本件発明は審決の認定した作用効果を常に奏するものではないとする原告の主張 は,実質的にサポート要件違反をいうものであるところ,これは,無効審判手続に おいて審理されていない事項であるから,主張自体失当である。 3 取消事由3に対し 本件発明1が,特許法29条2項により特許を受けることができないものではな いから,本件発明2ないし4についても,同様に,特許法29条2項により特許を 受けることができないものではない。 第5 当裁判所の判断 1 取消事由1について (1) 引用発明の認定及び本件発明との対比について ア 甲1には,次のとおりの記載がある。 【請求項1】帯鋼または鋼板を熱間連続圧延する仕上げタンデム圧延機群の後方 3基の圧延機に作動ロールとして組み込まれる熱間圧延用複合ロールであって,該 ロールの直径を250〜620mmとし,縦弾性係数を200〜260Gpaにす ると共に,外層の化学成分が質量比で,C:1.0〜3.0%,Si:0.2〜2. 0%,Mn:0.2〜2.0%,V:3.0〜10.0%,Cr:3.0〜10. 0%およびMo,Wの1種または2種を2.0〜10.0%含有し,残部Feおよ び不可避的不純物からなることを特徴とする熱間圧延用複合ロール。 ・・・ 【0009】先ず,本発明ロール材の金属組織について述べる。耐摩耗性を確保 し,圧延鋼材との間で大きな摩擦を確保するためには,炭化物は硬くて粒状のもの が望ましく,MC型炭化物を主体に使用する。 ・・・ 【0012】V:3.0〜10.0%Vは,優先的にCと結合し,前記既存ロー ルに認められるセメンタイト(Fe 3C)やクロム炭化物(Cr 7C3)に比べ極め て硬く粒状のMC型炭化物,すなわち,VC炭化物を晶出し耐摩耗性を向上させる ために極めて有効な元素である。 ・・・ 【0016】 ・・・Al,Ti,Zrは,MC型炭化物の晶出核を生成し,炭化物 の大きさを減少し,かつ,分散晶出させる効果があり,この目的で添加されても本 発明の効果を損なうものではない。 ・・・ 【0019】次に,製造方法について述べる。先ず,本発明の化学成分からなる 溶湯を耐火枠と芯材との間に注入して誘導加熱を行ない,次いで,該耐火枠の下方 に設けた水冷モールドで前記溶湯を凝固して外層部を形成し,しかる後,一体とな った外周部と芯材を順次下方へ引出して複合ロールを製造する。 イ 以上によれば,甲1発明は,審決の認定したとおり(上記第2の4(2) ア)であると認められる。 ウ 上記認定によれば,本件発明1と甲1発明の対比は,審決の認定したと おり (上記第2の4(2)イ)であると認められる(この点は,当事者間に争いがない。。 ) (2) 相違点3に関する容易想到性について そこで,審決が認定した相違点3(上記第2の4(2)イ)に係る構成を想到できる かという点に関し,具体的には,甲1発明に,甲2発明ないし甲7発明を組み合わ せることができるかどうかを検討することになるが,甲1ないし甲7発明は,それ ぞれ,以下のとおりのものである。 ア 甲1発明 甲1発明は,上記(1)ア,イで指摘したとおり,熱間圧延用複合ロールの製造方法 に関するものであり,芯材の周囲に,所定の化学成分を有する溶湯を用いて連続鋳 掛け法により外層部を形成するものである。 甲1には,複合ロールの外層部の金属組織について,耐摩耗性を確保し,圧延鋼 材との間で大きな摩擦を確保するために,硬くて粒状の炭化物であるMC型炭化物 (VC炭化物)を主体に使用すること(【0009】【0012】,Tiは,MC型 , ) 炭化物の晶出核を生成し,炭化物の大きさを減少し,かつ,分散晶出させる効果が あり,この目的で添加してもよいこと(【0016】 ,連続鋳掛け法で鋳造すること ) (【0019】)が記載されている。 しかしながら,甲1には,Tiを添加する時期や場所について何ら記載されてお らず,それに関する示唆もない。 イ 甲2発明 甲2には,熱間圧延用鍛造ロールを構成する鋼材について,Vは,粒状で高硬度 のV炭化物を生成するため,高温での耐摩耗性が向上すること(3頁左下欄6〜8 行),Tiは,Vと同様のMC型炭化物を形成するので,Vと共に添加すると効果的 であること(5頁左上欄19〜20行)が記載されている。 しかしながら,甲2には,Tiを2.0%以下添加することは記載されているが (1頁左下欄4行〜右上欄3行)添加する時期や場所については何ら記載されてい , ない。そもそも,上記のロールは,ESR(エレクトロスラグ再溶解。一度鋳造し たインゴットを電極として,溶融スラグの電気抵抗熱によって再溶解し,スラグ中 を滴下させて順次凝固させる鋼の精錬方法。 により製造されるものであって ) (5頁 左下欄16行〜右下欄7行,6頁左上欄17行〜右上欄5行,実施例1,2),連続 鋳掛け法により製造されるものではない。 ウ 甲3発明 甲3には,熱間圧延用耐摩耗・耐熱亀裂ロール材について,Vは,非常に高硬度 のMC型炭化物を生成し,耐摩耗性への影響が大きい元素であること【0013】, ( ) 微量のTiを添加すると,Ti酸化物の周辺に炭化物が微細に晶析出し,亀裂伝播 のもととなるネット状炭化物の析出が抑制され,その結果,靱性及び熱亀裂特性が 改善できること(【0014】,Tiの量は0.01%未満では不十分であり,2. ) 0%以下では効果があること,また,Tiは,脱酸剤として添加すると合理的であ ること(【0015】)が記載され,さらに,複合ロールの外層の製造法としては, 連続溶湯鋳掛け法を利用できること(【0017】)が記載されている。 しかしながら,甲3には,Tiを添加する時期や場所については何ら記載されて いない。 エ 甲4発明 甲4には, 「接種とは,鋳鉄溶湯に取鍋や鋳型内で少量の特種な物質を添加するこ とで,主として黒鉛化に作用し,セメンタイトの生成を防止する溶湯処理をいう。」 (131頁下から7〜6行)「接種処理の特徴の1つには,その効果が時間と共に , 変化(減少)する現象がある。この現象はフェーディングという。したがって,接 種した溶湯は安定した状態にあるとは言い難く,むしろ非平衡な遷移状態にある, という言うべきであろう。 ・・・接種剤が溶湯中に溶解する過程で,何らかの黒鉛核 物質が生成されている,と考えられている。この生成物質は化学的,あるいは物理 的に不安定で,時間と共に消滅すると考えると,先のフェーディング現象が良く説 明できる。(132頁15行〜22行)という記載があり,鋳鉄における黒鉛化に 」 関する接種処理において,効果が時間とともに減少するというフェーディング現象 が知られていること,ただし,当該現象の機序及び原因などについては,必ずしも 科学的に解明されていないことが理解できる。 また,接種剤の添加時期及び場所については, 「取鍋」「鋳型内」であることが記 , 載されているが,鋳鉄を前提とした記載であり,連続鋳掛け法により複合ロールの 外層材を形成する際に,MC型炭化物の晶出核として作用するTiを添加すること や,その場合の添加時期及び場所についての記載はない。 オ 甲5発明(甲5の抜粋の日本語訳である甲30) 甲5には, 「c)接種 鋳型に注入する直前の溶湯に少量の合金材を添加すること を接種という。ある種の元素は極少量で,凝固過程での黒鉛形成のための核として 重要な作用を有し,その結果,鋳鉄の組織および強度に影響する。(甲30)とい 」 う記載があり,鋳鉄において,黒鉛化に関する接種処理が組織や強度の上昇に資す ることが理解できる。 また,接種剤の添加時期及び場所については, 「鋳型に注入する直前の溶湯」であ ることが記載されているが,鋳鉄を前提とした記載であり,連続鋳掛け法により複 合ロールの外層材を形成する際に,MC型炭化物の晶出核として作用するTiを添 加することや,その場合の添加時期及び場所についての記載はない。 カ 甲6発明 甲6には,圧延用複合ロールの外層部を構成する鋼について,Vは,極めて硬い MC炭化物(VC炭化物)を晶出すること(3頁左欄10〜12行),Ti等の酸化 物生成元素は,ロール鋳造中に溶湯へ接種されると,溶湯中にTi 2O3などの酸化 物が生成し,この酸化物が核となって,この周囲にVC炭化物が晶出すること(3 頁左欄38〜41行)が記載されている。また,「重量でCo:1.5〜2.4%, V:3〜6%,Cr,Mo及びWの3元素を総和で10〜22%を含有し,残部F e及び不可避的不純物からなる溶湯を耐火枠と芯材との間に注入して加熱し,次い で該耐火枠の下端に設けた水冷モールドで前記溶湯を平均凝固速度4〜50mm/ 分で冷却凝固して外層部を形成し,しかる後,一体となった外周部と芯材を順次引 出すことを特徴とする圧延用複合ロールの製造方法。 (請求項5)「かゝる装置に 」 , おいてまず予熱コイル4により芯材1を加熱し,取鍋8に貯留された高速度鋼等か らなる溶湯9をノズル8aを介して予熱された芯材1の外周と耐火枠5とにより郭 成された環状空隙内に導入する。耐火枠5の周囲に設けた加熱コイル6により耐火 枠5内の溶湯9が加熱される。耐火枠5の下端は,水冷モールド7に接しており, 水冷モールド7と芯材1との間に導入された溶湯が順次凝固し外層部2を形成す る。(4頁左欄17〜25行)との記載や,下記第6図,第7図(4頁左欄9,1 」 0行。実施例として4頁右欄36〜39行,5頁右欄2〜5行)のとおり,複合ロ ールの外層部は,連続鋳掛け法により形成することが記載されている。 第6図 第7図 しかしながら,甲6には,Tiの添加について,連続鋳掛け法によるロール鋳造 中に溶湯へ接種することは記載されているものの,その具体的な時期や場所の記載 はない。したがって,甲6には,外層部を形成するための溶湯を溶解炉より出湯す る際に,取鍋又は注湯炉にTiを添加することについての示唆はない。 キ 甲7発明 甲7には,胴外殻厚肉部を遠心鋳造により造形し,その内部中空部に胴芯部及び 頸部を鋳込んで,胴外殻厚肉部と胴芯部とを異質体により構成した圧延用ロールを 製造するに当たり,胴外殻厚肉部となる溶湯の鋳込前溶湯内に溶湯内に0.1%の 量のTiを添加することにより,胴外殻厚肉部に発生する偏析及びそれに付随した 組織欠陥を排除することが記載されている(1頁左欄30〜36行,左欄最終行〜 右欄7行,19〜31行,2頁左欄最終3行及び右欄最終2行)。 しかしながら,甲7には,Tiの添加について,胴外殻厚肉部となる溶湯の鋳込 前溶湯内にTiを添加することは記載されているものの,その具体的な時期や場所 の記載はなく,取鍋又は注湯炉にTiを添加することの示唆もない。しかも,上記 のロールは,遠心鋳造法により製造されるものであって,連続鋳掛け法により製造 されるものではない。また,Tiの添加は,あくまでも,胴外殻厚肉部に発生する 偏析及びそれに付随した組織欠陥を排除するためであって,甲1発明のように,M C型炭化物の晶出核を生成し,炭化物の大きさを減少し,かつ,分散晶出させるた めではない。したがって,甲7は,連続鋳掛け法により複合ロールの外層部を形成 する際に,MC型炭化物の晶出核として作用するTiを添加する時期や場所を示す ものではない。 ク そこで,上記甲1ないし7の記載を前提に検討するに,Ti酸化物によ るVC炭化物の微細化は,溶融金属に添加剤を添加して核として作用させ,合金組 織を改良するという広い意味では,鋳鉄のセメンタイト(鉄炭化物の一種)の黒鉛 化,鋳鉄中の黒鉛の球状化,Al基合金の初晶微細化,製鋼プロセスにおける脱酸 生成物を利用した合金組織の改良と共通していると捉えることができる。そして, かかる少量の金属の添加による合金の改良のメカニズムは,連続鋳掛け法であるか, 他の鋳造法であるかによって,大きな違いはないと考えられる。また,時間が経過 すると,接種剤の効果が減退してしまうというフェーディング現象や,接種剤の添 加後の時間が短すぎると,接種剤が十分溶解せずに本来の目的を接しないというこ とも,鋳鉄以外の多くの合金の接種で一般的に生じることと解される。 もっとも,接種のメカニズムは必ずしも科学的に解明されておらず,特定の目的 で使用する接種剤の種類ごとに異なると考えられている。例えば,甲4及び5に記 載されている鋳鉄の接種は,溶湯に接種剤を添加することにより,セメンタイトの 生成を防止して,黒鉛を発生させるものであるのに対し,本件発明で問題となるT iの添加は,MC型炭化物の晶出核として作用させるもの,すなわち,炭化物の凝 集を阻害し,分散晶出させるものであって,その現象や目的が異なっており,その 結果,メカニズムも異なっていると考えられる。そうすると,接種の効果を十分に 発揮させることのできる接種剤の添加時期や方法もそれぞれ異なり,添加される接 種剤の性質や合金の製造装置の構造や工程を踏まえた上での添加方法等を考慮して, 最適な方法が定まることになる(甲46参照。本件とは異なる接種剤であるCa− SiとFe−Siに関しての文献であるが,接種温度で接種の影響が異なることを 示唆する記載がある。。 ) そして,連続鋳掛け法においては,一般的な鋳造法で採用される鋳型内での接種 は技術的には困難であるから,接種剤添加のタイミングとしては,溶解炉,取鍋, 注湯炉,耐火枠のいずれかと考えられるが(これら4つのいずれかが添加時期にな る点に関しては当事者間にも争いがない。 ,そのいずれが妥当かという点について ) は,接種剤の種類や量,接種の目的ごとに最適の添加時期や場所は異なるものと解 される。一般的には,フェーディング現象が生じないことや,接種の目的を達成す るために必要な接種剤溶解のための時間を設けることが技術的課題となるから,こ れらの課題をクリアする時期や場所を選択することが必要であるが,フェーディン グ現象や接種剤溶解までの時間も接種剤の種類や量,接種の目的によって異なると 考えられるから,一律に溶解炉では早すぎ,耐火枠では遅すぎると判断することは できない。実際,炭化物の偏析を防止し,炭化物を微細に晶析出させて,優れた耐 摩耗性を有する熱間圧延用ロール材を作成するためにTiなどを添加する場合には, Tiを脱酸剤としても用いるべく溶解初期に添加するのが合理的とする特許発明 (甲8)において,外層の製造に連続鋳掛け法を用いることも想定する一方で,当 然に溶解炉での添加を否定していない(甲8【0003】 0012】 0013】 ・ 【 , 【 , 。 同様の技術に関する他の文献である甲32及び33等は,連続鋳掛け法に関するも のではないが,添加場所や時期の記載はない。。また,微細なフェライト核形成機 ) 能を有するTi酸化物が,窒化物や炭化物と異なり,熱的に安定していることが知 られているが(甲28・8欄30〜35行目),Tiを添加する具体的な時間につい て言及はないし,連続鋳造において微細なTi酸化物を生成するためには,過剰な Tiや酸素の存在は不適当である(甲28・9欄9〜17行目)ともされていると おり,Tiの添加に適した時期や場所は,Tiの量といった他の条件にも左右され る(甲13には,一般的な脱酸についての要素ではあるが,@脱酸条件として,脱 酸元素の種類,添加順序,添加時期,添加前の溶鋼組成,温度,沈静時間,A鋳造 条件として,鋳造方法,スーパーヒート,凝固速度,冷却速度,溶鋼流動条件,偏 析防止条件,B凝固後の加工熱処理条件として,冷却速度,温度履歴,加工条件と いう極めて多数の要素を挙げており,他の接種についても多数の要素が影響を与え ることは想像に難くない。。さらに,脱酸剤という使用目的に限定したTiの添加 ) に関しては,製鋼の終わり頃又は出鋼の時に取鍋中に入れるとされている文献があ るが(甲37,38,40,41),他の用途についての記載はない。したがって, フェーディング現象や接種剤溶解に要する時間の点を考慮しても,当然に,溶解炉 や耐火枠でのTiの添加が除外されるものではなく,所定の効果を得るのに適した 添加時期や場所を見出すことは,相当な試行錯誤なくして判明しないというべきで ある。 以上のことを踏まえて,甲2ないし7を検討するに,甲2及び3には,そもそも, Tiの具体的な添加時期や場所に関して何ら示唆する記載はない。他方,甲4,5 及び7には,接種の時期について, 「取鍋」, 「鋳型内」, 「鋳型に注入する直前の溶湯」 が記載されているが,これらはいずれも鋳鉄や遠心鋳造法に関するものであって, 連続鋳掛け法に関する接種時期や場所を直接示唆するものではない。 甲6は,連続鋳掛け法におけるTiの添加について記載されたものであり,第6 図には,連続鋳掛け法における耐火枠直前の添加が示されていると解釈する余地が あるが,他の添加時期や場所と適宜代替可能であることを示唆する記載はないし, そのようなことが可能であることを裏付ける科学的根拠もない。 ケ 以上のとおり,甲2〜7は,いずれも,甲1発明において,外層部を形 成するための溶湯を溶解炉より出湯する際に,取鍋又は注湯炉に限定してTiを添 加することを動機付けるものではない。そうすると,甲1発明において,外層部を 形成するための溶湯を溶解炉より出湯する際に,取鍋又は注湯炉に出湯1kg当た りTiを0.5〜5.0g添加することは,当業者が容易に想到することができた とはいえない。 (3) 原告の主張について ア 原告は, 「接種」とは,鋳鉄の黒鉛化,セメンタイトの生成防止のための 合金添加に限られるのではなく,より広く,合金などを添加して組織や性質を改善 する処理を意味するものである(甲27)から,甲6の「接種」と,甲4及び5の 「接種」とは,Al,Ti等の酸化物生成元素である点で添加する物質が同じであ り,結晶の核を形成するため合金などを添加して組織や性質を改善するという目的 も共通する以上,甲4及び5で例示された「接種」場所の選択肢の中から,甲6の 「接種」に際しての接種場所として,甲6の複合ロールの鋳造設備において用いら れている取鍋を選択することは,当業者であれば何ら困難性はないと主張する。 「接種」という言葉が,鋳鉄の黒鉛化,セメンタイトの生成防止のための合金添 加に限定して用いられるか,連続鋳掛け法におけるTi酸化物のVC炭化物の微細 化を含むかという点について,当事者間に争いがあるが,いずれも「Inoculant」と いう英語の訳には含まれているのであって,日本語としての言葉遣いの問題にすぎ ず,本件において後者を「接種」と呼ぶとしても,そのことにより,異なる接種の 製法における接種時期や接種場所を容易に置換できることにはならず,結論を左右 しない。いずれにせよ,甲6の「接種」と,甲4及び5の「接種」とは,その現象 や目的のほか,添加した物質の作用も異なるものであり,鋳鉄における接種場所や 接種時期を連続鋳掛け法に当然採用できるとはいえないから,甲4及び5に,鋳鉄 の接種について,接種剤の添加の時期及び場所として, 「取鍋」「鋳型内」「鋳型に , , 注入する直前の溶湯」が記載されているとしても,そのことは,甲6の「接種」に おけるTiについても,同じ場所で添加すれば課題が解決されることを示唆するも のとはいえない。よって,原告の主張は採用できない。 イ 原告は,甲6には,TiによるVC炭化物晶出の効果を得るためには, 所定の溶湯の冷却凝固進行過程が必要とされることが記載され,一方,Tiの添加 においては,フェーディング現象は起こりにくいことが知られているから,甲6に おいて,溶湯が凝固する直前にTiの添加を行わなければならない技術的な必然性 はなく,Tiの添加を取鍋で行ってはならない特段の理由はないから,Tiの添加 を取鍋で行うという選択には阻害要因もなく,当業者にとって自然かつ合理的な選 択であると主張する。 しかしながら,原告の主張を前提としても,甲6のTiの添加において,具体的 に,フェーディング現象が,いかなる量のTiを添加した後,どの程度の時間を経 過した後に起こるかは不明であるといわざるを得ない。したがって,甲6のTiの 添加において,フェーディング現象が長時間起こらないのであれば,取鍋(又は注 湯炉)ではなく,溶解炉においても添加可能であり,逆に,甲6の連続鋳掛け法に おける各工程に要する時間との関係で,フェーディング現象が比較的短時間で起こ るのであれば,取鍋(又は注湯炉)での添加はできず,耐火枠において添加するこ とが必要となる場合もあるから,取鍋(又は注湯炉)に限定してTiを添加するこ とが,自然かつ合理的な選択であるとは必ずしもいえない。 また,甲6において,TiによるVC炭化物晶出の効果を得るためには,所定の 溶湯の冷却凝固進行過程が必要だが,そのために具体的にどの程度の時間が必要か もまた不明である。その時間がごく短時間であれば,取鍋でなく,耐火枠での添加 が可能となる蓋然性があり,逆に,その時間が相当長時間であれば,取鍋での添加 はできず,溶解炉において添加する必要があることになる。したがって,取鍋(又 は注湯炉)に限定してTiを添加することが,自然かつ合理的な選択であるとはい えない。 以上のとおり,原告の主張は採用できない。 ウ 原告は,甲6において,仮にTiを取鍋のノズルから溶湯とともに添加 した場合には,引抜速度や溶湯温度等の各種の製造条件に応じて,常に適正Ti添 加量を監視,調整する必要があり,Ti添加量が不正確,不安定になりやすく,非 常に困難な操業となるが,取鍋へTiを添加するのであれば,簡単な操作で,正確 にTiの添加量を調整できること,また,取鍋のノズルから溶湯とともにTiを添 加することは,操業上の安全管理の点からも,酸化皮膜形成や溶湯流動による消失 の点からも,望ましくない形態であることを理由に,甲6におけるTiの添加を取 鍋で行うということは,当業者にとって自然かつ合理的な選択であると主張する。 しかしながら,原告の主張は,溶解炉,取鍋,注湯炉,耐火枠の位置関係やそれ ぞれの工程時間を考慮せず,また,合金の組織改良に有効なTiの添加時期を導き 出すことなく,取鍋(又は注湯炉)に添加することで当然に所定の効果が得られる としながら,他方で,耐火枠での接種では所定の効果が得られないことを前提とし ているが,かかる前提は技術的根拠を欠き,採用できない。また,そもそも,安全 管理面の問題は,他の添加時期や場所では所定の効果が生じないという技術的な阻 害要因と同一の次元の問題ではなく,それぞれの炉や耐火枠の形状や距離等を工夫 すれば当業者が適宜解決できる課題であるから,当然に耐火枠での添加等を阻害す るものではない。いずれにせよ,取鍋(又は注湯炉)に限定したTiの添加が,当 業者にとって自然かつ合理的な選択と当然にいうことはできないから,原告の主張 は採用できない。 エ 原告は,甲6発明は,Al,Ti等の酸化物生成元素を溶湯中へ添加す るものであるところ,甲6に,「誘導加熱は熱を供給するとともに攪拌力も増加し, 溶湯表面の酸化被膜材およびスラグ等の異物を凝固界面に結果として凝固後の外層 に異物が残存し,著しく品質を損なう場合がある。これを防止するため」と記載さ れているとおり,Tiによる酸化物系介在物を外層材に残留させないという本件発 明の課題は,古くから知られている課題であり,甲6においても,その添加場所を, 少なくとも凝固後の外層に異物が残存しないように定めることは当然であると主張 する。 しかしながら,原告の主張を前提としても,甲6には,上記の課題を解決するた めに,誘導加熱の周波数を大きくして撹拌力を抑制すること(4頁右欄24〜27 行)が記載されているのみであり,添加場所や時期についての記載がない以上,当 該課題を解決する添加場所や時期は,相当な試行錯誤なくして定められない事項で あり,本件発明1のように, 「溶解炉より外層材を出湯する際に取鍋もしくは注湯炉 に出湯1kg当たりTiを0.5〜5.0g添加する」こと,すなわち,相違点3 に係る本件発明の構成が,当業者が容易に想到することができたということはでき ない。よって,原告の主張は採用できない。 オ 原告は,製鋼プロセスにおいて,脱酸剤は,特別の事情がない限り,溶 解炉より出湯する際に取鍋に添加することが当業者の技術常識である(甲37〜4 1)ところ,甲6においては,Tiは,脱酸剤であるとともに接種剤でもあるので, 当業者の技術常識からすれば,溶解炉より出湯する際に取鍋に添加することは当然 であると主張する。 しかしながら,Tiに脱酸の作用があることが知られているとしても,甲6にお けるTiの添加は,脱酸を意図したものではなく,MC炭化物(VC炭化物)の晶 出核として作用させることを意図したものであって,その目的に応じた適切な添加 量及び添加時期等も自ずと異なると考えられる。原告が主張するように,製鋼プロ セスにおける脱酸剤の添加については,溶解炉より出湯する際にTiを取鍋に添加 することが当業者の技術常識であるとしても,甲6において添加するTiの量及び 時期が容易に判明するわけではなく,原告の主張は理由がない。 2 取消事由2について 原告は,本件発明においては,複合ロールの特性に影響を与える引抜速度や溶湯 注入温度等の製造条件を発明特定事項としていないため,本件発明で規定されてい る発明特定事項に基づいて,一義的に,TiをMC炭化物の晶出核として機能させ, 副作用の介在物欠陥として残存させず,高い摩擦係数を有し摩耗が少なく,扁平や 降伏損傷しない作動ロールが得られるという作用効果が奏されるとはいえないから, 審決が,本件発明の顕著な効果を肯定したのは,本件明細書に記載されていない効 果を斟酌したものであって,誤りである旨主張する。 しかしながら,甲1発明において,外層部を形成するための溶湯を溶解炉より出 湯する際に,取鍋又は注湯炉に限定してTiを添加する動機付けがないことは,上 記1のとおりであるから,本件発明の作用効果の顕著性の有無に関わらず,相違点 3に係る構成を当業者が容易に想到できたとはいえない。したがって,原告の上記 主張は,本件発明に進歩性があるという上記判断に影響を与えるものではない。 3 取消事由3について 本件発明1が,甲1発明と甲2ないし7の記載事項から,当業者が容易に発明を することができたものとはいえないことは,上記1のとおりであるから,本件発明 1の構成を含む本件発明2ないし4についても同様に,当業者が容易に発明をする ことができたものとはいえない。 第6 結論 以上のとおり,原告の請求は理由がない。 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 清 水 節 裁判官 新 谷 貴 昭 裁判官 鈴 木 わ か な |