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関連審決 不服2002-5394
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  実質的同一 /  先願発明との同一性 /  発明を特定する事項 /  実質的に同一 /  実質的同一性 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 79号 審決取消請求事件
原告 ローレルバンクマシン株式会社
訴訟代理人弁理士 志賀正武
同 高橋詔男
同 江口昭彦
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 今井義男
同 水谷万司
同 橋本康重
同 高木進
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002-5394号事件について平成16年1月19日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成9年5月30日,発明の名称を「硬貨入出金機」とする特許出願(以下「本件出願」という。)をしたが,平成14年2月20日,拒絶査定を受けたので,同年3月28日,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を不服2002-5394号事件として審理した上,平成16年1月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年2月3日,原告に送達された。
2 本件出願の願書に添付した明細書(平成14年1月11日付け手続補正書により補正されたもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨 「硬貨の受け入れおよび受け渡しを行う取引口と, 該取引口を開閉可能な位置に上下二重に設けられた,それぞれが前記取引口を閉塞可能な大きさを有する上部シャッタおよび下部シャッタとを有し, 前記下部シャッタに硬貨投入孔を形成するとともに, 硬貨の受け入れおよび受け渡し時以外においては前記上部シャッタおよび前記下部シャッタを共に前記取引口を閉塞させる閉塞位置に位置させる一方,硬貨の受け渡し時には前記上部シャッタおよび前記下部シャッタを共に前記取引口を開放させる開放位置に位置させ,さらに,硬貨の受け入れ時には前記上部シャッタのみを前記開放位置に位置させて前記閉塞位置に位置する前記下部シャッタの前記硬貨投入孔を出現させる制御部を具備することを特徴とする硬貨入出金機。」 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,本件出願の出願日前の他の出願であって,本件出願後に公開された特願平9-9165号(特開平10-208106号,以下「先願」という。)の願書に最初に添付した明細書及び図面(甲4,以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と実質的に同一と認められ,しかも本願発明の発明者が先願発明をした者と同一ではなく,また,本件出願時において,その出願人が先願の出願人と同一でもないので,特許法29条の2の規定により,特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決は,先願明細書には本願発明が実質的に記載されていると誤って認定した結果,本願発明が先願発明と実質的に同一であると誤って判断した(取消事由)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 本願発明と先願発明との実質的同一性に関する認定判断の誤り (1) 審決は,本願発明と先願発明とは,「硬貨の受け入れおよび受け渡しを行う取引口と,該取引口を開閉可能な位置に上下二重に設けられた,上部シャッタおよび下部シャッタとを有し,前記下部シャッタに硬貨投入孔を形成するとともに,硬貨の受け入れおよび受け渡し時以外においては前記上部シャッタおよび前記下部シャッタを共に前記取引口を閉塞させる閉塞位置に位置させる一方,硬貨の受け渡し時には前記上部シャッタおよび前記下部シャッタを共に前記取引口を開放させる開放位置に位置させ,さらに,硬貨の受け入れ時には前記上部シャッタのみを前記開放位置に位置させて前記閉塞位置に位置する前記下部シャッタの前記硬貨投入孔を出現させる制御部を具備することを特徴とする硬貨入出金機」(審決謄本3頁最終段落)で一致し,「本願発明が『それぞれが前記取引口を閉塞可能な大きさを有する上部シャッタ及び下部シャッタ』であるのに対し,先願発明は,その下部シャッタが取引口を閉塞可能な大きさであるが,上部シャッタが,取引口を閉塞できる位置にあるものの,取引口を閉塞可能な大きさを有していない点で,一応相違している」(同)として,本願発明と先願発明との構成上の相違点を認めた上で,「しかしながら,先願発明のように上部シャッタを下部シャッタに比べて小さくし,下部シャッタとの大きさを異ならせることは,操作盤面に凸凹ができたりして外観上良くないことからして,『それぞれが前記取引口を閉塞可能な大きさを有する上部シャッタ及び下部シャッタ』とすることは,当業者が普通になし得る単なる設計変更である。よって,先願明細書には,本願発明が実質的に記載されているものと認められる」(同頁最終段落〜4頁第2段落)と判断したが,この相違点の判断は誤りである(なお,審決のした一致点及び相違点の認定は争わない。)。
(2) 本願発明は,先願発明にはない次のような効果を奏する。
まず,@本願発明のように,上部シャッタが下部シャッタと同様に取引口を閉塞できる大きさとなっている場合には,これらシャッタ間における左右方向の寸法が略同寸となるため,上部シャッタだけが単独で左右方向からの外力を受けることがなくなり,上部シャッタが変形,損傷するおそれや,それに起因して動作不良に至るおそれが先願発明に比して極端に減る。また,Aガイドレール32を上部シャッタ及び下部シャッタの双方に対して共用化することができるので,機構を簡素化することができるとともに,外観も良くなる。さらに,Bいずれのシャッタも単体で取引口を閉塞可能な大きさを有しているため,取引口を閉じた状態で,操作盤面に凹凸が外観上現れることがなく,利用者が無用な興味を抱いていたずらに触ってみるといったことがない。
本願発明は,上記のように,先願発明に対し,その構成上の相違に基づく新たな効果を奏するものであるから,先願発明と実質的に同一であるとはいえない。
(3) 被告は,突出部分が外力を受けないように,また,操作盤面に凹凸が外観上現れなくするように,「それぞれが前記取引口を閉塞可能な大きさを有する上部シャッタおよび下部シャッタ」との構成を採用することは,当業者が通常採用し得る設計事項であると主張するが,これは,上部シャッタが下部シャッタの上面に突出している構成(先願発明)が本件特許出願前に公知であったことを前提として初めて成り立つことであり,このような進歩性判断に用いられる手法を特許法29条の2の同一性の判断に持ち込むことは,誤りである。
また,被告は,上記(2)の@〜Bの効果は,本件明細書に記載されていないとも主張するが,特許請求の範囲に記載された事項によって特定された発明が本来当然に有する作用効果は,先願発明との同一性の判断に当たって考慮することが当然許されるものである。
被告の反論
1 先願明細書には本願発明が実質的に記載されているとした審決の認定判断に誤りはない。
2 本願発明と先願発明とは,硬貨入金機において,硬貨の入金時に異物が混入することをできるだけ防ぐことにあるという目的において共通し,かつ,硬貨投入孔やスリットという狭い口を通じて硬貨を受け入れることにより,異物の混入が防止されるという効果において共通するものである。したがって,両発明は,共通の目的を達成し,共通の効果を奏するものであって,技術的思想としては同一のものである。
原告は,本願発明の先願発明にはない新たな効果として上記第3の2(2)@〜Bのとおり主張するが,いずれも本件明細書の特許請求の範囲発明を特定する事項として記載された事項に基づく効果ではないから,失当である。
なお,一般に,水平面に対し突出部分があれば,その突出部分は外力を受けやすくなるものであり,それにより突出部分に変形,損傷のおそれがあるなら,突出部分をなくそうとすることは,普通に行われていることであるので,先願発明を実際に取り付けたり設置したりする場合に,上部シャッタだけが突出すると外力を受けやすくなることは当然予想されることであり,それを避けるために,「それぞれが前記取引口を閉塞可能な大きさを有する上部シャッタおよび下部シャッタ」とすることは,当業者であれば普通にし得る設計事項である。また,下部シャッタと上部シャッタとの大きさを異ならせることは,「操作盤面に凸凹ができたりして外観上良くない」(審決謄本3頁最終段落)ことからも,下部シャッタと上部シャットとによる凹凸をなくそうとして,上記の構成とすることは,当業者が普通に採用し得る程度の単なる設計事項である。
当裁判所の判断
1 取消事由(本願発明と先願発明との実質的同一性に関する認定判断の誤り)について (1) 本件明細書(甲2)には,発明が解決しようとする課題として,「本発明(注,本願発明)の目的は,顧客からの硬貨の受け取りおよび受け渡しを可能としつつ,顧客から硬貨を受け入れる場合における硬貨以外の異物,ゴミ等の混入の機会を低減することができる硬貨入出金機を提供することである」(段落【0003】)と,発明の効果として,「硬貨の受け入れおよび受け渡し時以外においては上部シャッタおよび下部シャッタを共に取引口を閉塞させる閉塞位置に位置させて,取引口への異物等の投入を防止する一方,硬貨の受け渡し時には上部シャッタおよび下部シャッタを共に取引口を開放させる開放位置に位置させて,取引口からの硬貨の一括取り出しを可能とし,さらに,硬貨の受け入れ時には上部シャッタのみを開放位置に位置させて閉塞位置に位置する下部シャッタの硬貨投入孔を出現させて,該硬貨投入孔からのみ硬貨の投入を可能とする。したがって,硬貨の受け入れ時に,顧客は,下部シャッタの硬貨投入孔から硬貨を投入させることになるため,多数の硬貨を取引口へ投入する場合にも硬貨投入孔へ投入可能な数枚ずつに分けて繰り返し投入することになり,このような多量の硬貨からの数枚ずつへの持ち替えの際に硬貨以外の異物やゴミを認識することになる。よって,このような硬貨以外の異物,ゴミ等を別途投棄させることができ,その混入の機会を低減することができる」(段落【0066】)と記載されている。
他方,先願明細書(甲4)には,発明の属する技術分野として,「本発明(注,先願発明)は,硬貨の入出金を自動的に行うことができる硬貨入出金装置に関する」(段落【0001】)と,発明が解決しようとする課題として,「本発明の目的は,利用者の操作性を損なわないよう維持しつつ,異物混入をふせぎジャムの防止を図ることにある」(段落【0004】)と,発明の実施の形態として,「前述したように異物が硬貨入出金装置に混入される頻度が高いのは利用者による硬貨の入金時である。従って入金時にはシャッタ2を閉じ,スリット4から硬貨を挿入するようにする。出金時は装置の内部から硬貨(注,「効果」は誤記と認める。)が搬送されるため,異物の混入を心配する必要はなく,従ってシャッタ2を開くように構成する。更に,出金時にシャッタ2を開くことで,利用者はそのホッパ1内部にある硬貨を一括して把持できるため,操作性も良いという効果がある」(段落【0014】),「必要時,即ち入金時に硬貨防止機構が図5で図示するように開き,硬貨投入時以外の硬貨およびほこり等の異物の混入をふせぐことができる。この様に,入出金処理時以外の取引,例えば,現金自動取引装置における通帳記入時等においては,硬貨防止機構5による閉状態の維持により,更に,異物混入を防ぐことが可能となる」(段落【0016】)と,発明の効果として,「本発明によれば硬貨投入の際,利用者による操作性を維持しつつ,異物混入を防ぐことができ障害防止の効果がでる」(段落【0020】)と記載されている。
以上によれば,本願発明と先願発明とは,硬貨入出金機において,硬貨の入金時に異物が混入することをできるだけ防ぐという目的において共通し,かつ,硬貨投入孔(本願発明)やスリット(先願発明)という狭い口を通じて硬貨を受け入れることにより,異物の混入が防止されるという効果において共通するものと認められる。
(2) さらに,両発明が,上記第3の2(1)の審決の認定のとおり,「硬貨の受け入れおよび受け渡しを行う取引口と,該取引口を開閉可能な位置に上下二重に設けられた,上部シャッタおよび下部シャッタとを有し,前記下部シャッタに硬貨投入孔を形成するとともに,硬貨の受け入れおよび受け渡し時以外においては前記上部シャッタおよび前記下部シャッタを共に前記取引口を閉塞させる閉塞位置に位置させる一方,硬貨の受け渡し時には前記上部シャッタおよび前記下部シャッタを共に前記取引口を開放させる開放位置に位置させ,さらに,硬貨の受け入れ時には前記上部シャッタのみを前記開放位置に位置させて前記閉塞位置に位置する前記下部シャッタの前記硬貨投入孔を出現させる制御部を具備することを特徴とする硬貨入出金機。」(審決謄本3頁最終段落)という構成において一致していることについて,当事者間に争いはない。
(3) そうすると,本願発明と先願発明とは,硬貨入出金機において,硬貨の入金時に異物が混入することをできるだけ防ぐという目的において共通し,かつ,この目的を,取引口を開閉可能な位置に上下二重にシャッタを設け,(a)通常(硬貨の受け入れおよび受け渡し時以外)は,上下のシャッタを両方とも取引口を閉塞する閉塞位置に位置させ,(b)硬貨の受け渡し時(払い出し時)には,上下シャッタを両方とも開放位置に位置させて,取引口を露出させ,(c)硬貨の受け入れ時(投入時)には,上部シャッタのみを開放位置に位置せて,下部シャッタに設けた硬貨投入孔を出現させることにより,下部シャッタに設けた硬貨投入孔(スリット)から硬貨を投入するようにするという構成によって達成するものであるという点で共通しており,技術的思想として,同一のものと評価すべきものである。
(4) これに対し,原告は,本願発明は,先願発明と一応相違していると審決が認定した,「それぞれが前記取引口を閉塞可能な大きさを有する上部シャッタおよび下部シャッタ」との構成により,@上下両シャッタの左右方向の寸法が略同寸となり,その結果,上部シャッタだけが単独で左右方向からの外力を受けることがなくなり,上部シャッタが変形,損傷するおそれや,それに起因して動作不良に至るおそれが先願発明に比して極端に減る,Aガイドレール32を上部シャッタ及び下部シャッタの双方に対して共用化することができるので,機構を簡素化することができ,外観も良くなる,Bいずれのシャッタも単体で取引口を閉塞可能な大きさを有しているため,取引口を閉じた状態で,凹凸状が外観上表われることがなく,利用者が無用な興味を抱いていたずらに触ってみるといったことがないという,先願発明にはない効果を奏するとして,これらの本願発明の構成上の相違に基づく新たな効果を理由に,先願発明と実質的に同一であるとはいえないと主張する。
しかしながら,硬貨入出金機の取引口を開閉するシャッタを上下二重に設ける場合に,その各シャッタを左右方向に略同寸法とするか,異なる大きさとするかは,硬貨入出金機の外観,操作性,製造の容易性等の観点から,当業者が適宜設計し得る事項の範囲内のことというべきであり,原告が主張する上記@〜Bの効果も,Aは本願発明の特許請求の範囲に記載された構成に基づくものではなく,@及びBも上記のような当業者が適宜採用し得る構成から自明といえる程度のものであって,本願発明と先願発明との実質的な相違と評価し得る程度のものではない。
(5) したがって,本願発明と先願発明との間に実質的な相違はなく,先願明細書には本願発明が実質的に記載されているものと認められるから,これを前提として本願発明と先願発明との実質的同一性を肯定した審決の認定判断に原告主張の誤りはない。 2 以上によれば,原告の取消事由の主張は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 岡本岳