運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 25年 (行ケ) 10338号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2014/11/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成26年11月13日判決言渡

平成25年(行ケ)第10338号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成26年10月28日

判 決



原 告 株 式 会 社 マ キ タ



訴訟代理人弁護士 櫻 林 正 己

訴訟代理人弁理士 小 林 武



被 告 日 立 工 機 株 式 会 社



訴訟代理人弁護士 小 林 幸 夫

同 坂 田 洋 一

訴訟代理人弁理士 筒 井 大 和

同 小 塚 善 高

同 青 山 仁

同 筒 井 章 子

主 文

1 特許庁が無効2013−800050号事件について平成

25年11月12日にした審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

主文同旨

第2 前提となる事実





1 特許庁における手続の概要(当事者間に争いがない。)

被告は,平成17年1月20日,発明の名称を「卓上切断機」とする特許出願(特

願2005−12609号。請求項の数5。以下「本願」という。)をし,平成1

9年12月10日,平成21年9月16日,同年11月6日及び平成22年1月1

5日に,特許請求の範囲についての補正を行ったが,平成22年1月28日,拒絶

査定を受けた(甲2,16の1ないし11)。そこで,被告は,同年4月16日,

拒絶査定に対する不服の審判を請求するとともに,平成23年4月22日,特許請

求の範囲等についての補正(以下「本件補正」という。)を行ったところ,同年5

月17日,「原査定を取り消す。本願の発明は,特許すべきものとする。」との審

決がされ,同年6月10日,設定の登録(特許第4759276号)を受けた(甲

1,3,4,16の19。以下,この特許を「本件特許」という。 。


原告は,平成25年3月28日,特許庁に対し,本件特許の請求項1ないし5に

記載された発明についての特許を無効にすることを求めて審判の請求をした。

特許庁は,上記請求を無効2013−800050号事件として審理をした結果,

同年11月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本

を,同月21日,原告に送達した。

原告は,平成25年12月19日,審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

2 特許請求の範囲の記載(甲3)

本件補正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし5の記載は,以下のと

おりである(以下,同請求項1ないし5に記載された発明を,それぞれ「本件発明

1」ないし「本件発明5」といい,これらを併せて「本件発明」という。なお,下

線を付した範囲が本件補正による補正部分である。。


【請求項1】

加工部材を支持可能なベース部と,

切断刃を支持する切断部と,

該ベース部上面に対して平行に延びる傾動軸を支点として,前記ベース部上面に





対して垂直の位置から傾動可能に支持された支持部材と,

該支持部材に支持され,前記ベース部上面と離間し,且つ該ベース面上面と平行

な方向に延在する一対のパイプであって,該一対のパイプの軸心を含む仮想平面が,

前記切断刃の側面と平行となるように配置された第1のパイプ及び第2のパイプ

と,

前記第1及び第2のパイプに沿って摺動可能に支持されると共に,前記ベース部

の上方で揺動軸を支点として前記切断部を揺動可能に支持する摺動支持部と,

を備えた卓上切断機であって,

前記摺動支持部は,前記第1及び第2のパイプの軸方向に形成され,それぞれ第

1及び第2のパイプの外径より大きい内径を有する第1及び第2の貫通孔と,前記

第1の貫通孔に開口し,第1の貫通孔と直交する方向に形成された第3の貫通孔を

有すると共に,

該第3の貫通孔に螺合し,前記一対のパイプの軸心を含む仮想平面の方向に前記

第1のパイプを押圧するように設けられた係合部材と,

前記第1及び前記第2のそれぞれの貫通孔内であって,前記第1の貫通孔の内周

面と前記第1のパイプの外周面との間及び前記第2の貫通孔の内周面と前記第2の

パイプの外周面との間に前記第1のパイプ及び前記第2のパイプのそれぞれと接触

するように配置された複数の摺動部材とを備え,

前記第1のパイプと接触する前記摺動部材の長さ方向の全領域を第1の領域,前

記第2のパイプと接触する前記摺動部材の長さ方向の全領域を第2の領域としたと

きに,前記第1の領域は前記第2の領域より短く形成され,

前記係合部材及び前記第1の領域は,前記仮想平面の方向において前記第2のパ

イプと接触する前記摺動部材の前記支持部材側の一端と前記支持部材と反対側の他

端との間に位置し,且つ前記係合部材は,前記第1のパイプと接触する前記摺動部

材の一方の端部に近接する位置で前記第1のパイプと係合するように設けることに

より,





前記支持部材の傾動角度にかかわらず前記係合部材による押圧方向が前記仮想平

面上であって且つ前記切断刃の側面と平行となるようにしたことを特徴とする卓上

切断機。

【請求項2】

請求項1において,前記支持部材は前記切断刃の軸方向と直交すると共に,前記

ベース部上面に対して平行に延びる傾動軸を支点として,前記ベース部上面に対し

て垂直な位置から両方向に45°傾動可能に支持されていることを特徴とする卓上

切断機。

【請求項3】

該ベース部は,ベースとターンテーブルとを備え,該ターンテーブルは該ベース

上に支持され,該ターンテーブルは,該ベースに対して回動可能であり,該ターン

テーブルの上面と該ベースの上面とは面一でありそれぞれ該ベース部の上面をなし

て該加工部材を支持し,

該支持部材は該ターンテーブルに傾動可能に支持されていることを特徴とする請

求項1又は2記載の卓上切断機。

【請求項4】

該係合部材は,ネジと該ネジの一端に設けられたノブとを有し,

該ネジが該第3の貫通孔に螺合し,該ネジの他端が,該仮想平面上において前記

切断刃の側面と平行な方向に該第1のパイプを押圧して該第1のパイプの摺動を規

制することを特徴とする請求項1又は2記載の卓上切断機。

【請求項5】

該係合部材は,該第1のパイプの部分に係合可能であり,該係合により,該摺動

支持部を該第1のパイプにおける任意の部分に固定可能であることを特徴とする請

求項1又は2記載の卓上切断機。

3 審決の理由

審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,@本件補正





は,新たな技術的事項を導入するものとまでいうことはできない,A本件発明は,

カナダ国特許出願公開第2372451号明細書(甲6。以下「甲6文献」という。)

に記載された発明(以下「甲6発明」という。)並びに米国特許出願公開第2004

−0055436号明細書(甲7) 実願昭59−110990号のマイクロフィル


ム(甲8。以下「甲8文献」という。)及び特開平8−252801号(甲9)の各

記載事項(以下,それぞれ「甲7記載事項」「甲8発明」「甲9記載事項」という。
, , )

に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるということはでき

ないから,本件特許は,特許法29条2項に違反してなされたものではない,とい

うものである。

審決が認定した甲6発明の内容,本件発明1と甲6発明との一致点及び相違点は,

以下のとおりである。

(1) 甲6発明の内容

「被切断部材を支持可能な主作業台24及びロタンダ21と,

丸のこ12を支持するのこぎりマウント11と,

該主作業台24及びロタンダ21上面に対して平行に延びる回転軸を支点とし

て,前記主作業台24及びロタンダ21上面に対して垂直の位置から傾動可能に支

持されたピボットアームタワー37と,

該ピボットアームタワー37に支持され,前記主作業台24及びロタンダ21上

面と離間し,且つ該主作業台24及びロタンダ21上面と平行な方向に延在する一

対のスライドレール20であって,該一対のスライドレール20の軸心を含む仮想

平面が,前記該切断刃の側面と平行となるように配置された上側のスライドレール

20及び下側のスライドレール20と,

前記上側及び下側のスライドレール20に沿って摺動可能に支持されると共に,

前記主作業台24及びロタンダ21の上方でピボットアームピボット14を支点と

して前記丸のこ12を揺動可能に支持するピボットアームキャリッジ15と,

を備えた小型な摺動複合マイターソーであって,





前記ピボットアームキャリッジ15は,前記上側及び下側のスライドレール20

の軸方向に形成され,それぞれ上側及び下側のスライドレール20のパイプの外径

より大きい内径を有する上側及び下側の貫通孔と,

前記上側及び前記下側のそれぞれの貫通孔内であって,前記上側の貫通孔の内周

面と前記上側のスライドレール20の外周面との間及び前記下側の貫通孔の内周面

と前記下側のスライドレール20の外周面との間に前記上側のスライドレール20

及び前記下側のスライドレール20のそれぞれと接触するように配置された複数の

リニアアキシャルベアリング31とを備え,

た小型な摺動複合マイターソー。」

(2) 本件発明1と甲6発明との一致点及び相違点

審決で認定した本件発明1と甲6発明との一致点及び相違点は,以下のとおりで

ある(「A−1.」等の符号は,審決による。)。

ア 一致点

「A−1.加工部材を支持可能なベース部と,

A−2.切断刃を支持する切断部と,

A−3.該ベース部上面に対して平行に延びる傾動軸を支点として,前記ベース部

上面に対して垂直の位置から傾動可能に支持された支持部材と,

A−4.該支持部材に支持され,前記ベース部上面と離間し,且つ該ベース面上面

と平行な方向に延在する一対のパイプであって,該一対のパイプの軸心を含む仮想

平面が,前記該切断刃の側面と平行となるように配置された第1のパイプ及び第2

のパイプと,

A−5.前記第1及び第2のパイプに沿って摺動可能に支持されると共に,前記ベ

ース部の上方で揺動軸を支点として前記切断部を揺動可能に支持する摺動支持部

と,

を備えた卓上切断機であって,

B´.前記摺動支持部は,前記第1及び第2のパイプの軸方向に形成され,それぞ





れ第1及び第2のパイプの外径より大きい内径を有する第1及び第2の貫通孔と,

有すると共に,

D.前記第1及び前記第2のそれぞれの貫通孔内であって,前記第1の貫通孔の内

周面と前記第1のパイプの外周面との間及び前記第2の貫通孔の内周面と前記第2

のパイプの外周面との間に前記第1のパイプ及び前記第2のパイプのそれぞれと接

触するように配置された複数の摺動部材とを備えた卓上切断機。」である点。

イ 相違点

(相違点1)

本件発明1が,第1の貫通孔に開口し,第1の貫通孔と直交する方向に形成され

た第3の貫通孔を有し,該第3の貫通孔に螺合し,一対のパイプの軸心を含む仮想

平面の方向に第1のパイプを押圧するように設けられた係合部材を有し,支持部材

の傾動角度にかかわらず前記係合部材による押圧方向が前記仮想平面上であって且

つ切断刃の側面と平行となるようにしたものであるのに対し,甲6発明はこのよう

な係合部材を備えていない点。

(相違点2)

本件発明1が,第1のパイプと接触する摺動部材の長さ方向の全領域を第1の領

域,第2のパイプと接触する前記摺動部材の長さ方向の全領域を第2の領域とした

ときに,前記第1の領域は前記第2の領域より短く形成され,係合部材及び前記第

1の領域は,前記仮想平面の方向において前記第2のパイプと接触する前記摺動部

材の支持部材側の一端と前記支持部材と反対側の他端との間に位置し,且つ前記係

合部材は,前記第1のパイプと接触する前記摺動部材の一方の端部に近接する位置

で前記第1のパイプと係合するように設けたものであるのに対し,甲6発明が,そ

のような構成を備えていない点 。

第3 原告主張の取消事由

補正要件違反に関する判断の誤り(取消事由1)

審決は,本件特許の出願当時の明細書(甲2。以下,図面と併せて「本件当初明





細書」という。)の図14(以下,単に「図14」という。)の記載を根拠として,

本件補正によって導入された「前記第1のパイプと接触する前記摺動部材の長さ方

向の全領域を第1の領域,前記第2のパイプと接触する前記摺動部材の長さ方向の

全領域を第2の領域としたときに,前記第1の領域は前記第2の領域より短く形成

され,前記係合部材及び前記第1の領域は,前記仮想平面の方向において前記第2

のパイプと接触する前記摺動部材の前記支持部材側の一端と前記支持部材と反対側

の他端との間に位置し,且つ前記係合部材は,前記第1のパイプと接触する前記摺

動部材の一方の端部に近接する位置で前記第1のパイプと係合するように設けるこ

とにより」(以下「本件補正事項」という。)との構成は,本件当初明細書に実質

的に記載されている旨判断した。

しかし,本件当初明細書には摺動支持部を短くし,可動域を長くするという課題

は示されておらず,図14も,摺動支持部を短くすることを意図したものではない。

すなわち,摺動支持部の摺動方向の長さが短い方が好ましいことが技術常識である

としても,摺動部材の耐荷重支持能力を考慮すれば,第1のパイプと第2のパイプ

の摺動部材の長さをほぼ等しくする方が,摺動支持部全体の長さを短くすることが

できるところ,図14の「ボールベアリング36」に対して6分の1程度の長さの

「すべり軸受リング35」を用いる構成は,主として前者のみで荷重を支えるため,

摺動支持部全体の長さが長くなってしまう構成であるから,摺動部材を問わず,摺

動支持部全体の長さを短くするという技術思想は開示されていない。

そして,本件当初明細書の記載及び技術常識に鑑みれば,図14を見た当業者で

あれば,「ボールベアリング36」は摺動支持部33の荷重等を支持するため,「す

べり軸受リング35」は主として回り止め機能を奏するために設けられたものであ

って,各々の技術的意義に従って,寸法及び位置関係が特定されていると理解する。

したがって,図14から,一般的な技術用語でもない「摺動部材」という上位概

念を用いるなどして部材及び寸法を捨象して,二つの摺動部材の位置関係,配置関

係だけを特定した発明を読み取ることはできない。むしろ,本件補正により,第1





のパイプについて,すべり案内である「すべり軸受リング35」の代わりに転がり

案内である「ボールベアリング36」とほぼ同じ長さのボールベアリングを使用す

実施形態まで含むことになるところ,前者はほとんど荷重を負担しないが後者は

実質的に荷重を負担する役割を果たすもので,両者は技術的に異なるものであるか

ら,本件補正によって新規事項が追加されていることは明らかである。

以上によれば,本件補正事項が,本件当初明細書に記載されている事項の範囲内

であるとする審決の判断は誤りである。

2 相違点1に関する判断の誤り(取消事由2)

(1) 本件発明1について

審決は,甲8文献の記載からは係合部材が2本のパイプ(スライドシャフト)の

軸心を結ぶ仮想平面を通っているか不明であること,甲6発明については,係合部

材による押圧方向が2本のパイプ(スライドレール)の軸心を結ぶ仮想平面上とし

なければ許容できる精度で加工できないといった動機付けがないことなどから,甲

8文献の係合部材を甲6発明に適用するに当たり,押圧方向を甲6発明の2本のパ

イプの軸心を結ぶ平面上とすることは,当業者にとって容易に想到することができ

たものではない旨判断した。

しかし,甲8文献に記載されている係合部材は,上側のパイプの軸線上を通るよ

うに上から押圧し,その結果,2本のパイプの軸心を含む仮想平面を通っているこ

とは明らかである。そして,甲8文献に記載された切断機は,甲6発明の切断機と

同様に,上下にスライドシャフトを配置した卓上切断機であって,スライドシャフ

トを固定するノブの操作性に関しては同じような性能を有すると理解できるから,

甲6発明に甲8発明のノブを組み合わせることは容易である。

したがって,甲8発明を甲6発明に適用することによって,相違点1に係る構成

とすることは当業者にとって容易想到であり,審決の判断は誤りである。

(2) 本件発明2ないし5について

審決は,本件発明 1 が当業者が容易に想到し得たものではないことを理由として,





本件発明2ないし5についても,当業者が容易に想到し得たものではない旨判断し

たが,前記(1)のとおり,本件発明 1 の判断は誤りであり,本件発明2ないし5に関

する審決の判断も誤りである。

第4 被告の反論

補正要件違反に関する判断の誤り(取消事由1)に対して

本件当初明細書(図14,図16,【0048】【0057】【0058】【0

061】【0080】【0081】等)の記載に接した当業者であれば, @図14

に示された「ボールベアリング36」及び「すべり軸受リング35」が「摺動部材」

であって,これらは唯一の摺動部材でないこと,A第2摺動支持部の仮想平面上の

パイプ方向の幅が小さいほど第2摺動支持部の摺動可能範囲が大きくなり加工でき

る木材の幅が大きくなるという課題があること,B「摺動部材」が第2のパイプに

接触する領域,即ち「第2の領域」の長さを所与のものとした場合には,第2摺動

支持部の幅を「第2の領域」の長さと一致させたときに,第2摺動支持部の幅が最

短(最小)になること,C第2摺動支持部の幅を「第2の領域」の長さと一致させ

る為には,「摺動部材」が第1のパイプに接触する領域,即ち「第1の領域」の長

さは「第2の領域」の長さより短く,「第1の領域」及び「係合部材」は,仮想平

面上において,第2のパイプと接触する摺動部材の支持部材側の一端と反対側の他

端との間に位置するという条件を満たす,図14のような配置とすべきことを当然

の事項として理解できる。

なお,本件発明1は,第1の領域,第2の領域,係合部材の相対的位置関係に言

及するのみで,摺動支持部の絶対的な長さを短くすることについては記載していな

い。

以上によれば,本件補正は,本件当初明細書に記載された範囲の事項を超えるも

のではなく,補正要件違反はないから,審決の判断に誤りはない。

2 相違点1に関する判断の誤り(取消事由2)に対して

(1) 本件発明1に対して





ア 甲8文献の第1図には,上下にかつ平行に配置されている2本の「スライド

シャフト11,12」(パイプ)が示されているが,その軸心を含む仮想平面は下

記図1に直線で示すように延びていることもあるから,2本のパイプの軸心を含む

仮想平面と切断刃が平行であるか否か,同平面を甲8文献の係合部材が通っている

か否かは明らかではない。




イ また,仮に,甲8文献の第1図の係合部材である「ノブ15」の押圧方向が

「ノブ15」の押圧点において同図の「スライドシャフト11」の接線方向と直交

するように設計するのが技術常識であったとしても,下記図2(a)に示す三つのノブ

15の押圧方向は,各ノブ15の押圧点においてパイプの接線方向とそれぞれ直交

し,何れも上側のシャフト11を上方から押圧するところ,これらを側面から(甲

8文献の第1図と同じ方向から)見た場合には,何れのノブ15も図2(b)に示され

るように見える。




よって,甲8文献において,「ノブ15」が上下にかつ平行に配置されている2





本の「スライドシャフト11,12」のうち,上側の「スライドシャフト11」を

その上方から押圧するからといって,「スライドシャフト11,12」の軸心を含

む仮想平面の方向に「スライドシャフト11」を押圧することになるとは限らない。

ウ 以上によれば,甲8文献には,2本のパイプの軸心を含む仮想平面と切断刃

が平行であるか否か,同平面を係合部材が通っているかについて記載も示唆もなく,

本件発明1が奏する格別の作用効果についても記載されていない。

そして,甲6文献の記載から,上下のパイプの軸心を含む仮想平面の方向という

特定の方向に係合部材を押圧するという動機付けを導くこともできないから,甲6

発明に甲8発明を組み合わせて本件発明1に想到することはできないとした審決の

判断に誤りはない。

(2) 本件発明2ないし5について

上記(1)と同様に審決の判断に誤りはない。

第5 当裁判所の判断

当裁判所は,原告の取消事由2には理由があり,審決にはこれを取り消すべき違

法があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1 取消事由1(補正要件違反に関する判断の誤り)について

(1) 本件当初明細書の記載内容について

本件当初明細書の「発明の詳細な説明」には,以下の記載がある(甲2。図1,

3ないし5,14ないし16,18,22については,別紙本件当初明細書図面目

録参照。なお,【0006】の(図22の)との記載は本判決で加筆した。 。


「【技術分野】

【0001】

本発明は卓上切断機に関し,特に,切断刃の揺動軸に略垂直の方向に切断刃が移

動可能なスライド部を有する卓上切断機に関する。」

「【発明が解決しようとする課題】

【0006】





しかし,従来の卓上切断機では,
(図22の)ネジ1054により一方のパイプ1

050を押圧することにより一方のパイプ1050が湾曲し,他方のパイプ105

1を支点として摺動支持部1049が回転し,切断刃の側面の方向が変わってしま

い,ベース部上面に対する垂直性が低下していた。

【0007】

そこで,本発明は,パイプを押圧することによりパイプの摺動を規制していると

きに,ベース部上面に対する切断刃の垂直性の低下を防止する卓上切断機を提供す

ることを目的とする。

【課題を解決するための手段】

【0008】

上記目的を達成するために,本発明は,加工部材を支持可能なベース部と,切断

刃を支持する切断部と,該ベース部の上方で揺動軸を支点として該切断部を揺動可

能に支持すると共に,該ベース部に支持される支持部材とを備える卓上切断機であ

って,該支持部材は,一端側において該ベース部に支持され他端側には第1摺動支

持部材を有する第1保持部と,該第1摺動支持部材に摺動可能に支持されることに

より,該揺動軸に対して略直交する方向に移動可能なスライド部とを備え,該切断

部は該スライド部に揺動可能に接続され,該スライド部は,一端側において該切断

部を支持し他端側において該第1摺動支持部材に摺動可能に支持され平行に配置さ

れた一対のパイプを有し,該一対のパイプの軸心を含む仮想平面は該切断刃の揺動

方向と略平行な位置関係にあり,該一対のパイプが該第1摺動支持部材に対して摺

動することにより該揺動軸に対して略直交する方向に該切断刃が移動し,該第1摺

動支持部材は,該仮想平面上において該揺動軸に対して略直交する方向に該パイプ

を押圧することにより,該第1摺動支持部材に対して摺動を規制するよう該パイプ

に係合する第1係合部材を有する卓上切断機を提供している。」

「【発明の効果】

【0019】





請求項1記載の卓上切断機によれば,第1摺動支持部は,仮想平面上において揺

動軸に対して略直交する方向にパイプを押圧することにより,パイプを第1摺動支

持部に対して摺動を規制するよう係合する第1係合部材を有しているため,第1係

合部材による一方のパイプへの押圧によって変形する一方のパイプの方向を切断刃

の略揺動方向,即ち,揺動軸に略垂直の方向に一致させることができる。このため,

パイプが変形することが,ベース部上面に対する切断刃の垂直性に影響を与えず,

ベース部上面に対する切断刃の垂直性の低下を防止することができる。」

「【発明を実施するための最良の形態】

【0029】

本発明の実施の形態による卓上切断機について図1乃至図19に基づき説明する。

以下の説明における前後左右上下については,説明の便宜上,図1の左方を前とし,

図1の右方を後ろとし,図1の紙面の裏側から表側へ向かう方向,即ち,図3の右

方を右とし,図1の紙面の表側から裏側へ向かう方向,即ち,図3の左方を左とし,

図1の上方を上とし鉛直上方に一致し,図1の下方を下とし鉛直下方に一致する。

【0030】

図1に示すように,卓上切断機1は具体的には卓上丸鋸であり,図示せぬ四角角

柱状の木材である加工部材を支持可能なベース部10と,駆動源である図示せぬモ

ータと切断刃たる丸鋸刃31とを有し図示せぬモータによって回転駆動される丸鋸

刃31を回転可能に支持する切断部30と,ベース部10に傾動可能に支持されベ

ース部10の上方で切断部30を揺動可能に支持する支持部材40とを有してい

る。」

「【0048】

ここで,2本のパイプ50,51の両端は,図14,図18に示すように,一端

がそれぞれ後述の第2端部保持部材53によって覆われて保持され他端がそれぞれ

第1端部保持部材52によって覆われて保持されることにより略平行に配置されて

一対をなし,この一対のパイプ50,51の軸心を含む仮想平面は,図3の左右方





向に延出して設けられた後述の切断部30の揺動軸32に対して略直交する位置関

係とされている。一対のパイプ50,51の一端側の部分で後述の第2摺動支持部

33の貫通孔33a,33bを貫通しており,他端側の部分で第1摺動支持部49

の貫通孔49a,49bを貫通している。

【0049】

パイプ50,51の外径はそれぞれ貫通孔49a,49bの内径よりも小さく,

一対のパイプ50,51は,それぞれ貫通孔49a,49b内でその軸方向に摺動

可能である。貫通孔49a,49bの指向する方向,即ち,パイプ50,51の摺

動方向は,後述の揺動軸32に対して略直交する方向に一致している。第1摺動支

持部49を貫通しているパイプ50,51の端部側と反対の端部側には,後述のよ

うに切断部30が第2摺動支持部33を介してパイプ50,51によって支持され

ている。一対のパイプ50,51は,スライド部に相当する。

【0050】

換言すれば一対のパイプ50,51は,一端側において切断部30を支持してお

り,他端側において第1摺動支持部49によって周方向に覆われ摺動可能に支持さ

れて平行に配置されている。貫通孔49a,49bは鉛直上下方向に配置されてい

るため,上述のように,一対のパイプ50,51の軸心を含む仮想平面は後述の切

断部30の揺動方向と略平行な位置関係とされている。一対のパイプ50,51が

第1摺動支持部49に対して摺動することにより後述の揺動軸32に対して略直

交する方向に丸鋸刃31が移動可能である。」

「【0057】

貫通孔33a,33bは,図16に示すように,前後方向に垂直な面で切った断

面が略円形状をしており,一対のパイプ50,51がそれぞれ貫通している。パイ

プ50,51の外径はそれぞれ貫通孔33a,33bの内径よりも小さく,一対の

パイプ50,51は,それぞれ貫通孔33a,33b内でその軸方向に摺動可能で

ある。貫通孔33a,33bの指向する方向,即ち,パイプ50,51の摺動方向





は,揺動軸32に対して略直交する方向に一致している。

【0058】

一対のパイプ50,51は,一端側において第2摺動支持部33を介して切断部

30を支持している。貫通孔33a,33bは鉛直上下方に配置されているため,

一対のパイプ50,51の軸心を含む仮想平面は,丸鋸刃31の揺動方向と略平行

な位置関係とされている。一対のパイプ50,51に対して第2摺動支持部33が

摺動することにより,揺動軸32に対して略直交する方向に丸鋸刃31が移動可能

である。」

「【0061】

貫通孔33a内であって第2摺動支持部33とパイプ50との間には,図16に

示すように,すべり軸受リング35が嵌装されている。すべり軸受リング35は,

貫通孔33cに螺合するネジ部材35Aによって保持されており,すべり軸受リン

グ35によってパイプ50は貫通孔33a内で貫通孔33aの半径方向に移動不能

に構成されている。また,貫通孔33b内の第2摺動支持部33とパイプ51との

間には,図16に示すように,ボールベアリング36が嵌装されており,ボールベ

アリング36はパイプ51の第2摺動支持部33に対する摺動を滑らかにすると共

に貫通孔33b内において貫通孔33bの半径方向におけるパイプ50,51の移

動を規制する。

【0062】

このように,第2摺動支持部33においては,貫通孔33a,33b内において

パイプ50,51が貫通孔33a,33bの半径方向に移動不能となっており,且

つ,第1摺動支持部49においては,貫通孔49b内においてパイプ51が貫通孔

49bの半径方向に移動不能となっているのに対して,第1摺動支持部49の貫通

孔49a内においてパイプ50が貫通孔49aの半径方向に移動可能となっている。

このため,前述のように,第1摺動支持部49のボルト56,56(図15)を回

転させて貫通孔49aの半径方向における摺動部材55,55の位置を調整するこ





とによって,パイプ50の貫通孔49a内での図15における左右方向の位置を微

調整して第2摺動支持部33をパイプ51を支点として傾動させ,ターンテーブル

21上面21Aに対する丸鋸刃31の傾動角度を微調整することができるように構

成されている。

【0063】

また,第1ネジ54,第2ネジ34によるパイプ50への押圧によって変形する

パイプ50の方向を丸鋸刃31の略揺動方向,即ち,揺動軸32に略垂直の方向に

一致させることができる。このため,パイプ50が変形することが,ターンテーブ

ル21上面21Aに対する丸鋸刃31の垂直性に影響を与えず,ターンテーブル2

1上面21Aに対する丸鋸刃31の垂直性の低下を防止することができる。また,

第1係合部材,第2係合部材をそれぞれ第1ネジ54,第2ネジ34により構成す

るようにしたため,第1係合部材,第2係合部材の構成を簡単にすることができる。」

「【0080】

幅の広い加工部材(木材)をターンテーブル21の上面21Aに対して直角に切

断する際には,第1端部保持部材52が支持部材40の第1摺動支持部49に当接

するまで一対のパイプ50,51を前方へ移動させた後,第1ネジ54の第1ノブ

54Aを回転させてパイプ50の第1摺動支持部49に対する摺動を規制する。ま

た,第2ネジ34の第2ノブ34Aを回転させて第2摺動支持部33のパイプ50

に対する摺動の規制を解除する。そして,図4に示すように,第2端部保持部材5

3に当接するまで第2摺動支持部33を一対のパイプ50,51に沿って前方へと

移動させる。そして,丸鋸刃31を回転駆動させながら,ハンドル37を押し下げ

て,切断部30を図示せぬスプリングの付勢力に抗して揺動軸32を中心として図

5に示すように下方へと揺動させる。

【0081】

この状態のままハンドル37を握って,切断部30と第2摺動支持部33とをパ

イプ50,51の軸方向に沿って揺動軸32に垂直に後方へ移動させることにより,





幅の狭い加工部材(木材)をターンテーブル21の上面21Aに対して直角に切断

することができる。そして,加工部材が切断された後にハンドル37を押し下げる

力を解除すると,切断部30は,図示せぬスプリングの付勢力によって揺動軸32

を中心として上方へと揺動して,ハンドル37を押下げる前の元の位置へと戻る。

以後,同様の作業を繰り返すことによって加工部材を次々と連続的に切断すること

ができる。加工部材の角度切り,傾斜切り及び複合切りも同様の要領で行うことが

できる。」

「【0091】

また,第1摺動支持部49とパイプ51との間,第2摺動支持部33とパイプ5

1との間には,それぞれボールベアリング57,36が嵌装されていたが,ボール

ベアリングに限定されない。例えば,ボールベアリングに代えてオイル含浸メタル

を用いて,第1摺動支持部に対してパイプを摺動可能としてもよい。」

(2) 補正要件違反に関する判断の誤りについて

ア 本件当初明細書においては,
「摺動部材」については明記されておらず,第1

のパイプと接触する摺動部材の長さ方向の全領域を第1の領域,第2のパイプと接

触する前記摺動部材の長さ方向の全領域を第2の領域としたときに,「第1の領域

は前記第2の領域より短く形成されること」,「係合部材及び第1の領域は,一対

のパイプの軸心を含む仮想平面の方向において第2のパイプと接触する摺動部材の

支持部材側の一端と前記支持部材と反対側の他端との間に位置すること」,「係合

部材は,第1のパイプと接触する摺動部材の一方の端部に近接する位置で第1のパ

イプと係合すること」という構成も明記されていない。

しかし,上記(1)の記載によれば,本件当初明細書においては,@一対のパイプ5

0,51が第2摺動支持部33の貫通孔33a,33bを貫通し(【0048】,そ


の外径はそれぞれ貫通孔33a,33bの内径よりも小さく,その軸方向に摺動可

能であって(【0057】,これにより,揺動軸32に対して略直交する方向に丸鋸


刃31が移動可能である 【0058】,
( ) A貫通孔33a内の第2摺動支持部33と





パイプ50との間にすべり軸受リング35が嵌装され,パイプ50は貫通孔33a

の半径方向に移動不能である,B貫通孔33b内の第2摺動支持部33とパイプ5

1との間にボールベアリング36が嵌装され,パイプ51の第2摺動支持部33に

対する摺動を滑らかにすると共に貫通孔33bの半径方向におけるパイプ50,5

1の移動を規制する(【0061】,図16)という構成が示されている。また,こ

れらの部材等の位置関係については,図14及び16において,すべり軸受リング

35の長さ方向の全領域を第1の領域,ボールベアリング36の長さ方向の全領域

を第2の領域としたときに,前記第1の領域は前記第2の領域より短く形成され,

第2ネジ34及び前記第1の領域は,一対のパイプ50,51を含む仮想平面の方

向においてパイプ51と接触するボールベアリング36の支持部材側の一端と同支

持部材と反対側の他端との間に位置し,且つ第2ネジ34は,パイプ50と接触す

るすべり軸受リング35の一方の端部に近接する位置でパイプ50と係合するよう

に設けるという関係が示されているところ,同構成において,「第2ネジ34」を

係合部材,「パイプ50」を第1のパイプ,「パイプ51」を第2のパイプ,「す

べり軸受リング35」及び「ボールベアリング36」を摺動部材として抽象化して

表現すると本件補正事項と同一の構成となる。

そこで,このような抽象化が新たな技術的事項を導入するものではなく,本件当

初明細書において,本件補正事項が実質的に記載されていたといえるかについて検

討する。

まず,「第2ネジ34」を係合部材,「パイプ50」を第1のパイプ,「パイプ

51」を第2のパイプと表現することについては,新たな技術的事項を導入するも

のでないことは明らかである。また,「ボールベアリング36」の技術的意義につ

いてみると,@パイプの摺動を滑らかにし,A貫通孔の半径方向におけるパイプの

移動を規制するほか 【0061】,
( ) B切断部を含めた部品等の荷重を支えるもので

あること(図14,16,【0058】【0061】【0080】【0081】等)は

当業者にとって明らかであり,これらの要件を満たすものであれば,ボールベアリ





ングに限定されない(【0091】。一方,「すべり軸受リング35」についても,


@摺動を可能にし(【0057】),Aパイプの半径方向の移動を不能にするほか

(【0061】,B切断部を含めた部品等の荷重を支えるものであること(図14,


16,【0058】【0061】【0080】【0081】等)は当業者にとって明ら

かであって,
「ボールベアリング36」と「すべり軸受リング35」が支えている荷

重の配分が異なることやそれぞれの軸受(ベアリング)の機能の違いに技術的意義

があるわけではない。

そうすると,本件発明1における両者の技術的意義は基本的に同一であって,パ

イプの摺動を可能にして支持する上下の部材について,様々な部材の中からどのよ

うな軸受(ベアリング)等を用い,上下の部材にどのように荷重を配分して支持す

るかは当業者が適宜なし得る設計的事項であって,このような摺動を可能にする部

材を「摺動部材」と抽象化して表現したとしても,新たな技術的事項を導入するも

のではない。そして,当業者であれば,摺動可能な卓上切断機については摺動支持

部の摺動方向の長さが短い方が好ましいという課題があることは認識しているので

あるから(当事者間に争いがない。),本件当初明細書の記載をみれば,第2の領

域の長さを所与のものとした場合には第1の領域と係合部材を第2の領域の範囲内

に収めることで摺動支持部の長さが相対的に短くなっていることを認識し,理解す

るものである。

以上によれば,本件当初明細書において示されていた構成について,「第2ネジ

34」を係合部材,「パイプ50」を第1のパイプ,「パイプ51」を第2のパイ

プ,「すべり軸受リング35」及び「ボールベアリング36」を摺動部材として抽

象化して表現することは新たな技術的事項を導入するものではなく,本件当初明細

書において,本件補正事項が実質的に記載されていたといえる。

したがって,本件補正は適法であり,原告の主張する取消事由1は理由がない。

イ 原告の主張について

(ア) 原告は,本件当初明細書には摺動支持部を短くし,可動域を長くするという





課題は示されておらず,図14の「ボールベアリング36」に対して6分の1程度

の長さの「すべり軸受リング35」を用いる構成は,主として前者のみで荷重を支

えるため,摺動支持部全体の長さが長くなってしまう構成であるから,摺動部材を

問わず,摺動支持部全体の長さを短くするという技術思想は開示されていない旨主

張する。

しかし,そもそも本件発明1において開示されている技術思想は,第2の領域の

長さを所与のものとした場合に,第1の領域と係合部材との位置関係を相対的に定

めることで摺動支持部全体の長さを相対的に短くすること(第2の領域の長さと一

致させること)にすぎず,摺動部材を問わず,摺動支持部全体の長さを絶対的に短

くすることではないから,原告の主張はその前提を欠くものである。

したがって,原告の主張は理由がない。

(イ) また,原告は,図14を見た当業者であれば,「ボールベアリング36」は

摺動支持部33の荷重等を支持するため,「すべり軸受リング35」は主として回

り止め機能を奏するために設けられたものであって,各々の技術的意義に従って,

寸法及び位置関係が特定されていると理解する旨主張する。

しかし,前記アで判示したとおり,「ボールベアリング36」及び「すべり軸受

リング35」はいずれも,パイプを摺動可能に支持し,パイプの半径方向の移動を

規制する機能を有することは明らかであって,「すべり軸受けリング35」がほと

んど荷重を支持していないからといって,その機能を全く有しないわけではない。

したがって,原告の主張は理由がない。

(ウ) さらに,原告は,本件補正により,第1のパイプについて,すべり案内であ

る「すべり軸受リング35」の代わりに転がり案内である「ボールベアリング36」

とほぼ同じ長さのボールベアリングを使用する実施形態まで含むことになるとこ

ろ,前者はほとんど荷重を負担しないが後者は実質的に荷重を負担する役割を果た

すもので,両者は技術的に異なるものであるから,本件補正によって新規事項が追

加されている旨主張する。





しかし,前記アで判示したとおり,上下の摺動部材でどのように荷重を配分して

支持するかは当業者が適宜なし得る設計事項である。また,甲12によれば,転が

り案内であるボールベアリングとすべり案内であるすべり軸受リングとは,前者は

摩擦係数が後者の数十分の1と小さいなどの性能の差異があることは認められる

が,本件発明1においては,これらの技術的意義の差異を重視して各部材を採用し

たとは認められない。

したがって,第1のパイプについて,すべり案内である「すべり軸受リング35」

の代わりに転がり案内である「ボールベアリング36」とほぼ同じ長さのボールベ

アリングを使用する実施形態まで含むことになることは,それぞれの軸受(ベアリ

ング)に機能の違いがあるからといって,本件発明1との関係においては,前記判

断を左右せず,原告の主張は理由がない。

2 取消事由2(相違点1に関する判断の誤り)について

(1) 本件発明1の要旨

本件発明1は,切断刃の揺動軸に略垂直の方向に切断刃が移動可能なスライド部

を有する卓上切断機に関するものである(【0001】)。従来の摺動可能な卓上

切断機においては,一端側において切断部を支持し他端側において摺動支持部に摺

動可能に支持された一対の平行に配置されたパイプを有し,これらの軸心を含む仮

想平面は切断刃の揺動方向と略垂直な位置関係にあり(【0004】),パイプを

支持する摺動支持部には,パイプの摺動を規制する係合部材(ネジ)が設けられ,

ネジの他端がパイプを押圧することによりパイプの摺動を規制するという構成をし

ていたが(【0005】),ネジが一方のパイプを押圧することにより一方のパイ

プが湾曲し,他方のパイプを支点として摺動支持部が回転し,切断刃のベース部上

面に対する垂直性が低下していた(【0006】【0007】)。本件発明1は,

上記仮想平面上において揺動軸に対して略直交する方向にパイプを押圧することに

より,パイプを摺動支持部に対して摺動を規制するよう係合する係合部材を有する

卓上切断機であって,これにより,係合部材による一方のパイプへの押圧によって





変形する一方のパイプの方向を切断刃の略揺動方向,即ち,揺動軸に略垂直の方向

に一致させることで,ベース部上面に対する切断刃の垂直性の低下を防止すること

ができるという効果を奏するものである(【0027】)。

(2) 甲6発明について

ア 甲6文献には,以下のとおり記載されている(甲6。図7ないし9について

は,別紙甲6発明図面目録参照。)。

「発明の分野

この発明は,長尺材料を各切断片のための2つの部分に切断するように意図され

た電動工具に関する。より詳しくは,本発明は木工においてその主要な用途を有す

る。

発明の背景

丸のこ刃の刃部が可能な限り小さい角度で材料を出た時に最も滑らかな切り口が

得られることは,木工に関する技術において知られている。」
(訳文1頁8〜13行)

「米国において「マイター」切断として知られる斜め切断を可能にするために,

被切断材料の支持面は通常,主作業台に回転自在に取り付けられ,切断中に固定さ

れる,「ロタンダ(rotunda),剛直な水平円板の形態で構成される。 (訳文2頁3
」 」

〜5行)

「大きく高まった横びき能力を求めるこの新しい要請に対応するために,摺動複

合マイターソーが2つの既知の形態で生み出された。1形態において,ロタンダは,

互いに平行でかつのこ刃の中心平面に平行な2本の水平アキシャルベアリングを備

える。(訳文2頁13〜16行)


「摺動複合マイターソーの第2の既知の形態において,ロタンダの後側に直接取

り付けられるベベルピボットボスの従来の位置は保持される。このボスは1対の相

互に連結され後方に延びわずかに上方に向いているアームを備えており,アームの

端には1対の平行に向けられたアキシャルベアリングが設けられている。 (訳文3


頁4〜7行)





発明の概要

本発明は,上述の通り既知の現行技術に優る2つの主要な利点を有する摺動複合

マイターソーを提供する。すなわち,ロタンダが使用された場合,ロタンダから後

方に延びることなく,それにより休止位置にある間,より小型の全体機械をもたら

す1対のスライドチューブが設けられている。そして第二に,前記チューブに配設

され,のこ刃の所要の摺動運動を可能にするアキシャルベアリングは,幾何学的に

のこ刃の中心に対し剛直な関係を有しており,そして前記中心の近くに配置される

ことによって,のこぎり機構の重量および使用中にのこ刃に作用する反作用力のた

めに,より少ない曲げモーメントを生じる。前記ベアリングでのより少ない曲げモ

ーメントは,スティクションを回避し,より短小なベアリングを可能にし,より高

い精度の切断を保証し,あらゆる遊びも,のこぎり機構がアキシャルベアリングに

対して変位する現行技術の場合のように,ますます長くなるモーメントアームによ

って拡大されない。本発明の上記および他の特徴および利益は,添付図面とともに

なされるいくつかの好ましい代替実施形態の以下の説明からより完全に理解される

であろう。(訳文3頁12〜25行)


「図7は,本発明の好ましい実施形態の,丸のこの中心平面で得られる断面図で

あり,固定スライドレールは直接駆動ユニットの反対側にある。これはのこぎりを

所望のあらゆる位置に持ち上げることを可能にする。

図8は,図7においてBBで表記された図7の実施形態の平面図である。

図9は,のこぎりの長い垂直平面で得られ図7においてAAで表記された断面図

である。(訳文7頁12〜16行)


イ 上記アによれば,甲6発明は,主要な用途が木工であって,長尺材料を二つ

の部分に切断する摺動複合マイターソー(卓上切断機)を提供するもので(訳文2

頁3〜5行),1対のスライドチューブ(パイプ)を設けることによって機械の小型

化を実現するとともに,ベアリングを上記スライドチューブに配設して切断部の摺

動運動を可能とし,のこ刃の中心の近くに堅く固定することによって,のこぎり機





構の重量および使用中にのこ刃に作用する反作用力により生じる曲げモーメントを

低下させ,より高い精度の切断を実現するものである(訳文12〜25行)。

(3) 甲8発明について

ア 甲8文献(実願昭59−110990号のマイクロフィルム)には,以下の

とおり記載されている(甲8。第1図ないし第3図については,別紙甲8図面目録

参照。)。

「2.実用新案登録請求の範囲

1.被切断材料を支持するバイスを設けたベースと,このベースに固定したヒン

ジと,このヒンジの後端に揺動自在に軸支されたアーム部と,このアーム部に装着

され,かつのこ刃を有するモートル部とを備えた卓上切断機において,前記アーム

部を,前記ヒンジの後端に揺動自在に軸支したアームと,このアームにスライドシ

ャフトを介して前記アームの長手方向に摺動自在に固定し,かつ前記モートル部を

装着したアームホルダとで形成したことを特徴とする卓上切断機。」(1頁3〜1

4行)

「本考案は,・・・切断幅を増大することを可能とした卓上切断機を提供するこ

とを目的とするものである。」(2頁10〜12行)

「以下,図示した実施例に基づいて本考案を説明する。第1図から第3図には本

考案の一実施例が示されている。」(3頁8行〜10行)

「このように構成された卓上切断機で本実施例ではアーム部5を,ヒンジ4の後

端に揺動自在に軸支したアーム5aと,このアーム5aにスライドシャフト11,

12を介してアーム5aの長手方向に摺動自在に固定し,かつモートル部7を装着

したアームホルダ5bとで形成した。」(3頁19行〜4頁4行)

「すなわちアームホルダ5bにスライドシャフト11,12を圧着し,アーム5

aに摺動可能に嵌合した。すなわちスライドシャフト12の案内溝13にアーム5

aに埋設したピン14を係合させた。そしてアーム5aに設けたノブ15でスライ

ドシャフト11を固定した。このようにすることにより卓上切断機は次に述べるよ





うに動作することができる。ベース3上面の被切断材料1を,ハンドル10を下げ

のこ刃6で切断する場合に,ノブ15を緩めハンドル10を手前に引きのこ刃6を

手前に連動させる。次いでハンドル10を下降させ被切断材料1に切込みを加え,

下限位置に当接したらハンドル10を押込み,のこ刃6を後側へ連動させ乍ら切断

を行なうことができる。」(4頁12行〜5頁5行)

「なお一般の切断作業時にはハンドル10を押し込んだ状態でノブ15でスライ

ドシャフト11を締結し,切断作業を行なうことができる。」(5頁12〜14行)

「4 図面の簡単な説明

第1図は,本考案の卓上切断機の一実施例の側面図,第2図は,第1図のA−A

線に沿う断面図,第3図は,「本考案の卓上切断機の一実施例の切断状態を示す側

面図である。」(6頁9〜13行)

イ 上記アによれば,甲8発明は,被切断材料を支持するバイスを設けたベース

と,このベースに固定したヒンジと,このヒンジの後端に揺動自在に軸支されたア

ーム部と,このアーム部に装着され,かつのこ刃を有するモートル部とを備える卓

上切断機に関するものであって(1頁3〜14行),切断幅を増大するために,前

記アーム部を,前記ヒンジの後端に揺動自在に軸支したアームと,このアームにス

ライドシャフトを介して前記アームの長手方向に摺動自在に固定し,かつ前記モー

トル部を装着したアームホルダとで形成するという構成をとっており(2頁10〜

12行,3頁19行〜4頁4行),「摺動支持部(アーム5a)に対して摺動自在

に上下に平行に配設された二本のパイプ(スライドシャフト11,12)を備えた

ものにおいて,アーム5aの上方から形成された孔を介してノブ15により上方か

らスライドシャフト11を固定する」(4頁12行〜5頁5行,第1図,第3図)

という技術を開示しているものと認められる。

(4) 本件発明1に関する相違点1の判断の誤りについて

審決は,甲8文献の記載からは係合部材が2本のパイプ(スライドシャフト)の

軸心を結ぶ仮想平面を通っているか不明であること,甲6発明については,係合部





材による押圧方向が2本のパイプ(スライドレール)の軸心を結ぶ仮想平面上とし

なければ許容できる精度で加工できないといった動機付けがないことなどから,甲

8発明の係合部材を甲6発明に適用するに当たり,押圧方向を甲6発明の2本のパ

イプの軸心を結ぶ平面上とすることは,当業者にとって容易に想到し得たものでは

ない旨判断した。

しかし,甲8文献の第1図及び第3図はいずれも側面図ではあるものの,第1図

の「ノブ15」は「スライドシャフト11,12」
(パイプ)に対して垂直方向の上

方から押圧する形で図示されており,正面図を作成したときに「スライドシャフト

11」と「スライドシャフト12」が左右にずれることを窺わせるような記載は一

切ない。また,卓上切断機においては,2本のパイプの軸心を結ぶ平面が鉛直であ

るものが数多く存在し(甲18ないし20),甲6発明も同様である。これらの事情

によれば,甲8発明に接した当業者であれば,「ノブ15」は,「スライドシャフト

11」と「スライドシャフト12」の軸心を結ぶ仮想平面上を通っており,上方か

ら「スライドシャフト11」を押圧すると理解するものであって,係合部材が2本

のスライドシャフト(パイプ)の軸心を結ぶ仮想平面を通っているか不明であると

いうことはできない。

そして,甲6発明も甲8発明も,揺動軸を支点として揺動可能な切断部を有し,

かつ,上下に平行に配置された2本のパイプを用いることで切断部を摺動可能とす

る卓上切断機に関するものであって,いずれも切断幅を増大して幅広の木材に対応

するものである。また,甲8発明で開示されている技術は,摺動する切断部を固定

することを可能にするものであるところ,切断部が摺動する構造において切断部を

摺動しないように固定することは,切断作業の態様を増やすという利点があること

(摺動せずに切断部の上下の揺動のみで切断することができる。),搬送時などに

切断部が意図せず動くことを防止する必要があることなどからすると,甲6発明を

含めた切断部が摺動する構造を有する卓上切断機において,切断部を固定すること

は,共通の内在する課題であると認められる。





そうすると,甲6発明に甲8発明を適用する動機付けがあるというべきであって,

甲6発明及び甲8発明に接した当業者であれば,甲8発明を甲6発明に適用して,

相違点1に係る構成(一対のパイプの軸心を含む仮想平面の方向に第1のパイプを

押圧するように設けられた係合部材を有し,支持部材の傾動角度にかかわらず前記

係合部材による押圧方向が前記仮想平面上であって且つ切断刃の側面と平行となる

ようにする構成)とすることを容易に想到することができると認められるから,審

決の判断は誤りである。

(5) 被告の主張について

ア 被告は,甲8文献には,2本のパイプの軸心を含む仮想平面と切断刃が平行

であるか否か,同平面を係合部材が通っているかについて記載も示唆もない旨主張

する。

しかし,甲8文献の記載からすれば,当業者は2本のパイプの軸心を含む仮想平

面と切断刃が平行であると理解するものであるし,側面図(甲8文献の第1図及び

第3図)において,ノブの上面が見えない水平な形で「ノブ15」が記載されてい

る点からしても,「ノブ15」の押圧方向は,「スライドシャフト11,12」の

軸心を含む仮想平面の方向であると理解されるものである。

なお,被告は,2本のパイプが傾いて設置されている例として乙1ないし5を提

出するが,乙1はパイプの太さが異なる構成であること,乙2はパイプの配置,太

さ等の構成が明らかではないこと,乙3はパイプがテーブル面よりも下方に配置さ

れている構成であること,乙4は卓上切断機ではないこと,乙5はパイプが3本あ

る構成であることなどからすると,いずれも甲8発明の構成とは異なるものであっ

て,これらの証拠は,甲8文献記載の図面に関する前記解釈を左右しない。

したがって,被告の主張は理由がない。

イ なお,被告は,甲8文献には,本件発明1が奏する格別の作用効果(係合部

材による一方のパイプへの押圧によって変形する一方のパイプの方向を切断刃の略

揺動方向に一致させることで,ベース部上面に対する切断刃の垂直性の低下を防止





すること)について記載も示唆もされていない旨主張する。しかし,被告が主張す

る効果は,甲8発明が当然有している効果であるから,甲8文献にその作用効果が

記載されていないことは,甲6発明に甲8発明を適用する妨げとはならない。

(6) 本件発明2ないし5に係る相違点1の判断の誤りについて

審決は,本件発明 1 が当業者が容易に想到し得たものではないことを理由として,

本件発明2ないし5についても,当業者が容易に想到し得たものではない旨判断し

たが,前記(4)及び(5)で判示したとおり,本件発明1に関する容易想到性の判断は

誤りであるから,本件発明2ないし5に関する審決の判断も誤りである。

3 相違点2について

審決は,相違点2について,相違点2に係る構成の配置は,甲6発明に内在する

課題を解決する配置であって,当業者にとって自明であることなどから,当業者で

あれば相違点2に係る構成を容易に想到し得たと判断している。審決のこの判断に

ついては,被告もこれを争わず,当裁判所も,摺動可能な卓上切断機については摺

動支持部の摺動方向の長さが短い方が好ましいという課題があることを当業者は認

識しており,当業者であれば,これを解決するために相違点2に係る構成の配置と

することを容易に想到し得たと判断するものであるから,審決の上記判断に誤りは

ないと判断する。

第6 結論

以上によれば,原告主張の取消事由2は理由があり,審決は取消しを免れない。

よって,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第1部




裁判長裁判官 設 樂 一





裁判官 大 寄 麻 代




裁判官 平 田 晃 史





(別紙)

本件当初明細書図面目録

【図1】 【図3】




【図4】 【図5】





【図14】




【図15】 【図16】





【図18】




【図22】





(別紙)

甲6発明図面目録





(別紙)

甲8図面目録



【第1図】




【第2図】 【第3図】