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関連審決 異議2000-73179
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  先願発明との同一性 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  実質的に同一 /  技術的意義 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  減縮 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 128号 特許取消決定取消請求事件
原告 JSR株式会社(旧商号)ジェイエスアール株式会社
訴訟代理人弁護士 新保克芳
同 弁理士 大島正孝
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 江藤保子
同 六車江一
同 一色由美子
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2000-73179号事件について平成15年2月18日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「感放射線性樹脂組成物」とする特許第3010607号発明(平成4年2月25日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成11年12月10日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許について,特許異議の申立てがされ,異議2000-73179号事件として特許庁に係属し,原告は,平成14年5月13日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等について訂正(以下「本件訂正」という。)を求める訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)をした。
特許庁は,同事件について審理した結果,平成15年2月18日,「訂正を認める。特許第3010607号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は,同年3月10日,原告に送達された。
2 本件訂正に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲記載の発明の要旨 【請求項1】(1)酸性官能基としてフェノール性水酸基またはカルボキシル基を持つアルカリ可溶性樹脂の該酸性官能基の水素原子が,置換メチル基,1-置換エチル基,アルコキシカルボニル基およびアシル基から選ばれる少なくとも1種の酸解離性基で,該酸性官能基に対し15〜52%の割合で置換されたアルカリ不溶性または難溶性樹脂で,上記の基が酸解離したときにアルカリ可溶性である樹脂, (2)下記式(5),(6),(14),(15),(16),(17)または(18)で表される化合物から選ばれる感放射線性酸形成剤, ここで,R1,R2およびR3は,同一または異なり,水素原子,アミノ基,ニトロ基,シアノ基,炭素数1〜4のアルキル基または炭素数1〜4のアルコキシ基であり,そして XはSbF6,AsF 6,PF 6,BF 4,CF 3CO 2,ClO 4,CF 3SO 3, または を示す。また,R4は水素原子,アミノ基,アニリノ基,炭素数1〜4のアルキル基または炭素数1〜4のアルコキシ基であり,R5およびR6は炭素数1〜4のアルコキシ基であり,R7は水素原子,アミノ基,アニリノ基,炭素数1〜4のアルキル基または炭素数1〜のアルコキシ基である, ここで,R1,R2およびXの定義は上記式(5)に同じである, O ‖ ここで,Yは-C-または-SO2-であり, R15,R16,R17およびR18は,同一または異なり,炭素数1〜4のアルキル基またはハロゲン原子であり,そして uは0〜3の整数である, ここで,R19は炭素数1〜4のアルキル基であり,R20は水素原子またはメチル基であり, R21は であり, (ただし,R22は水素原子またはメチル基であり,そしてR23およびR24は,同一または異なり,炭素数1〜4のアルコキシ基である),そしてvは1〜3の整数である, ここで,R25およびR26は,同一または異なり,水素原子または炭素数1〜4のアルキル基であり,そしてR27およびR28は,同一または異なり,水素原子,炭素数1〜4のアルキル基または炭素数6〜20のアリール基である, ここで,R29は水素原子または炭素数1〜4のアルキル基であり,そしてR30およびR31は,同一または異なり,炭素数1〜4のアルキル基または炭素数6〜20のアリール基であるか,あるいはR30とR31とは互いに結合してそれらが結合している窒素原子と一緒になって環を形成していてもよい, ここで,Zはフッ素原子もしくは塩素原子である, および (3)上記アルカリ不溶性または難溶性樹脂(1)100重量部当り0.001〜10重量部の,下記式(19)〜(23): R38 | R37-N-R39 ......(19) ここで,R37,R38およびR39は,同一または異なり,水素原子,炭素数1〜6のアルキル基,炭素数1〜6のアミノアルキル基,炭素数1〜6のヒドロキシアルキル基または炭素数6〜20の置換もしくは非置換のアリール基であり,ここでR37とR38は互いに結合して環を形成してもよい。
| | -N-C=N-........(20) | | =C-N=C-........(21) | | =C-N-........(22) R41 R42 | | | R40-C-N-C-R43 ......(23) | | (式中,R40,R41,R42およびR43は,同一または異なり,炭素数1〜6のアルキル基を示す) で表される構造の少なくとも1種の構造を分子内に有する含窒素塩基性化合物,を含有することを特徴とする集積回路製造用ポジ型感放射線性樹脂組成物。 【請求項2】酸解離性基が1-置換エチル基およびアルコキシカルボニル基から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の集積回路製造用ポジ型感放射線性樹脂組成物。 【請求項3】酸解離性基がt-ブチル基,テトラヒドロピラニル基,t-ブトキシカルボニル基および1-エトキシエチル基から選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の集積回路製造用ポジ型感放射線性樹脂組成物。
(以下,【請求項1】〜【請求項3】の発明を「本件発明1」〜「本件発明3」という。) 3 決定の理由 決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1〜3は,いずれも,特開平2-161436号公報(審判刊行物1・本訴甲7,以下「刊行物1」という。),米国特許第4491628号明細書(審判刊行物2・本訴甲8-1,以下「刊行物2」という。訳文として,対応特許である特開昭59-45439号公報〔本訴甲8-2〕を採用),Journal of Photopolymer Science and Technology Vol.4,No.3(1991)pp.469-472(審判刊行物3・本訴甲9,以下「刊行物3」という。),特開平2-209977号公報(審判刊行物4・本訴甲10,以下「刊行物4」という。),特開平2-18564号公報 (審判刊行物5・本訴甲11,以下「刊行物5」という。),特開平2-62544号公報(審判刊行物6・本訴甲12,以下「刊行物6」という。),特開平3-223857号公報(審判刊行物7・本訴甲13,以下「刊行物7」という。),特開平3-223861号公報(審判刊行物8・本訴甲14,以下「刊行物8」という。),特開昭63-237053号公報(審判刊行物9・本訴甲15,以下「刊行物9」という。),特開昭64-33546号公報(審判刊行物10・本訴甲16,以下「刊行物10」という。)及び特開昭63-149640号公報(審判刊行物11・本訴甲17,以下「刊行物11」という。)記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,また,本件特許出願の日前の特許出願であって,その出願後に出願公開された特願平3-285775号の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願明細書」という。特開平5-127369号公報〔甲18〕参照)記載の発明(以下「先願発明」という。)と同一であり,本件特許出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記発明をした者と同一ではなく,また本件特許出願の時において,その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもなく,同法29条の2の規定により特許を受けることができないものであり,本件発明1〜3に係る本件特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条1項及び2項の規定により,取り消すべきものとした。
原告主張の決定取消事由
決定は,本件発明1と周知技術との相違点についての判断を誤り(取消事由1),本件発明2,3の進歩性の判断を誤り(取消事由2),また,本件発明1〜3と先願発明との同一性についての認定判断を誤った(取消事由3,4),ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1と周知技術との相違点についての判断の誤り) (1) 決定は,本件特許出願前の周知技術として,「(1)酸性官能基としてフェノール性水酸基またはカルボキシル基を持つアルカリ可溶性樹脂の該酸性官能基の水素原子が,tert-ブトキシカルボニル基やtert-ブチル基で置換されたアルカリ不溶性または難溶性樹脂で,上記の基が酸解離したときにアルカリ可溶性である樹脂,および(2)感放射線性酸形成剤を含有することを特徴とする集積回路製造用ポジ型(注,『ボジ型』とあるのは,誤記と認める。以下同じ。)感放射線性樹脂組成物」(決定謄本24頁最終段落〜25頁第1段落)を,本件発明1と周知技術との一致点として,「(1)酸性官能基としてフェノール性水酸基またはカルボキシル基を持つアルカリ可溶性樹脂の該酸性官能基の水素原子が,1-置換エチル基およびアルコシキカルボニル基から選ばれる少なくとも1種の酸解離性基で置換されたアルカリ不溶性または難溶性樹脂で,上記の基が酸解離したときにアルカリ可溶性である樹脂,および(2)感放射線性酸形成剤を含有する集積回路製造用ポジ型感放射線性樹脂組成物」(同25頁第2段落)である点を,相違点として,「(ア):酸性官能基に対する酸解離性基による置換率を『15〜52%』としている点(注,以下「相違点ア」という。)。(イ):感放射線性酸形成剤を,『式(5),(6),(14),(15),(16),(17)または(18)で表される化合物から選ばれる』としている点(注,以下「相違点イ」という。)。(ウ):『上記アルカリ不溶性または難溶性樹脂(1)100重量部当り0.001〜10重量部の,式(19)〜(23)で表される構造の少なくとも1種の構造を分子内に有する含窒素塩基性化合物』を含有する点(注,以下「相違点ウ」という。)」(同段落)を認定した上,相違点ア,イは,本件特許出願前に既に周知の事項であり,当業者が創意を要するものではなく,相違点ウは,「刊行物9ないし11に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた」(同31頁第4段落),相違点ア〜ウの組合せについて,「本件明細書をみても,上記(ア)ないし(ウ)の点(注,相違点ア〜ウ)を組み合わせたことにより,予期し得ない格別な作用効果を奏しているとする根拠もみいだせない」(同頁下から第3段落)と判断した。
決定の周知技術の認定並びに本件発明1と周知技術との一致点及び相違点ア〜ウの認定は認めるが,相違点ア〜ウについての判断は,誤りである。
(2) 化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要因 決定は,本件特許願当時,化学増幅型ポジ型レジストにおいて,塩基性化合物の存在が悪影響をもたらすものと理解されていたことを無視するものである。
化学増幅レジストの化学増幅反応は, 1)SbF6Ph3SHその他90℃(ポリ(p-ヒドロキシスチレン))(ポリ(p-t-ブチルオキシカルボニルオキシスチレン))CH2CHOHCO2H2CCH3COnhνSbF6+2)HCH2CHn+OOCCH3CH3+CCH3CH3+H の二つの工程から成る。上記1)の工程(以下「工程1」という。)は,酸発生剤(この場合,Ph3S SbF 6 が光(hν)により分解して酸(H )を発生する反応であり,上記2)の工程(以下「工程2」という。)は,酸(H)を触媒とする酸解離性基(この場合,t-ブチルカーボネート基:COOOC(CH3)3)の熱分解(90℃)によりフェノール性水酸基(-OH)を生成する反応である。その結果,工程2の左辺のアルカリ不溶性の樹脂(ポリ(p-t-ブチルオキシカルボニルオキシスチレン))が右辺のアルカリ可溶性の樹脂(ポリ(p-ヒドロキシスチレン))に変換されるため,現像液(アルカリ)に対する露光部の溶解速度に変化が生じ,像が形成される。工程2の反応では,左辺のアルカリ不溶性樹脂に一つのH(矢印上のH )が作用した結果,右辺の生成物中に再び一つのHが生成し,理論的にはH は消費されず,繰り返して反応に関与し続けることから,酸(H)の作用が増幅されるので,化学増幅といわれている。このような反応をする化学増幅型ポジ型レジストにおいて,含窒素塩基性化合物,例えばアミンが存在すると,塩基性化合物であるアミンは,酸と容易に反応(中和)するから,工程1の反応で露光により酸発生剤から発生した酸(H)あるいは工程2の反応で生成した酸(H)と反応し,工程2の反応の進行を妨げることが十分に予想され,実際に,本件特許出願当時の技術水準として,化学増幅型ポジ型レジストにおいては,塩基性化合物は,光酸発生剤から発生した酸を中和してT-トップ皮膜を形成し,フォトスピードがかなり遅くなったり,現像が不可能になったりする悪影響をもたらすものとして知られていた(甲4〜6)。したがって,化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要因があるにもかかわらず,決定はこれを看過したものというべきである。
(3) 相違点ア 刊行物4,5,7及び8(甲10,11,13及び14)のいずれにも,含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物については,何ら記載されていない。含窒素塩基性化合物を含有しない化学増幅型レジストで知られていた酸性官能基の酸解離性基による置換率を,含窒素塩基性化合物を含有する化学増幅型レジストにおける置換率として知られていたとすることはできない。しかも,刊行物4,7及び8には,レジストが基板に対し密着性が優れていることが記載されているが,含窒素塩基性化合物を含む本件発明1の化学増幅型レジスト組成物は,接着性(密着性)のみならず,上記刊行物には何ら記載されていないパターン形状,フォーカス許容性にも優れている。したがって,相違点アに係る構成は,含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型レジスト組成物において,本件特許出願前に周知事項とはいえない。また,決定は,「本件明細書中には,特に置換割合を『15〜52%』とすることによる技術的意義,あるいはそれにより得られる格別な効果があると認めるに足りる記載はない」(決定謄本27頁第3段落)と認定したが,含窒素塩基性化合物を含有する化学増幅型レジストにおいて,上記置換率を採用することにより基板との密着性や接着性のみならず,従来知られていない優れたパターン形状やフォーカス許容性を達成できたのであるから,置換率を「15〜52%」とすることによる技術的意義がないということはできない。このような優れた効果は,本件特許出願の願書に最初に添付した明細書(乙3,以下「当初明細書」という。)に記載されるとおり,置換率が15%以上であれば達成できるし,52%という上限値の技術的意義についても,原告従業員A作成の平成14年4月26日付け実験成績書(甲19,以下「甲19実験成績書」という。)に示されている。
(4) 相違点イ 決定が,相違点イについての判断において引用する刊行物2,4,7及び8(甲8-1,10,13及び14)には,含窒素塩基性化合物を含まない化学増幅型ポジ型レジスト組成物が開示されているにすぎない。したがって,含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物において,本件発明1で用いられる特定の感放射線性酸形成剤が周知であったとすることはできない。
(5) 相違点ウ ア 決定が,相違点ウについての判断において引用する刊行物9(甲15)に記載されているポジ型感放射線性樹脂組成物は,アルカリ可溶性樹脂を用いる非化学増幅型であり,また,本件発明1で用いない1,2-キノンジアジド化合物を感放射線性酸形成剤に用いる点で基本的に相違する。化学増幅型ポジ型レジスト組成物では,組成物の大部分を占める樹脂に,アルカリ不溶性あるいは難溶性樹脂が用いられるために,組成物がアルカリ不溶性を示すのに対し,非化学増幅型ポジ型レジスト組成物では,アルカリ可溶性樹脂と一緒にアルカリ不溶性の1,2-キノンジアジド化合物が用いられているために,アルカリ不溶性を示している。露光によりアルカリ可溶性となる機構についても,化学増幅型ポジ型レジスト組成物では,露光により,酸発生剤から発生した酸がアルカリ不溶性樹脂に作用して,これをアルカリ可溶性に変換するのに対し,非化学増幅型ポジ型レジスト組成物では,露光により,1,2-キノンジアジド化合物自体がアルカリ可溶性のカルボン酸に変換されることによって,もともとアルカリ可溶性である樹脂と共に全体としてアルカリ可溶性となる。そして,化学増幅型ポジ型レジスト組成物では,含窒素塩基性化合物は,アルカリ不溶性樹脂や難溶性樹脂に作用する酸を中和するから,これらの樹脂をアルカリ可溶性に変換する化学増幅反応自体を抑制することになって,その影響は甚大である。これに対し,非化学増幅型ポジ型レジスト組成物では,1,2-キノンジアジド化合物自体がアルカリ可溶性のカルボン酸に変換される反応に,含窒素塩基性化合物が影響することは考え難く,また,生成したカルボン酸を中和したとしても,組成物がアルカリ可溶性となることに変わりはないから,その影響はないに等しい。上記のような構成成分及び露光による反応機構の違い,並びに含窒素塩基性化合物の影響の大きさの違いを考慮すると,刊行物9に含窒素塩基性化合物の効果として保存安定性が記載されているからといって,化学増幅型ポジ型レジスト組成物に含窒素塩基性化合物を含ませることも,その結果として優れたパターン形状やフォーカス許容性という格別の効果を奏することも,いずれも想到することはできない。
イ 刊行物10(甲16)に記載のフォトレジスト組成物は,アセタール又はケタール部分に結合したメチロール基又は置換メチロール基によって封鎖されたイミド基を有する重合体を用いる化学増幅型レジスト組成物であって,本件発明1とは使用する樹脂が全く相違する。また,その製造法によれば,イミド基の封鎖割合は,実質100%であるのに対し,本件発明1では,フェノール性水酸基又はカルボキシル基が酸解離性基で封鎖された封鎖率(置換率)が15〜52%の樹脂が用いられるから,両者は,酸解離性基による封鎖率(置換率)も相違する。刊行物10には,少量の塩基性化合物のレジストへの使用が開示されているが,この少量の塩基性物質は,レジスト中に存在する痕跡の酸あるいは貯蔵中に発生する痕跡の酸を掃去すること,及び基板への塗布後,レジスト被膜から容易に除去される程度に揮発性である場合に最も有利であり,そのことにより,その後の処理の間にレジストが完全に感光性にされることも開示されている。したがって,刊行物10は,露光時にレジスト被膜中に塩基性化合物が存在することによる積極的な効果を開示するものではなく,塩基性化合物の存在により優れたパターン形状やフォーカス許容性を示すことは何ら示唆していない。刊行物10に記載された塩基性化合物は,本件発明1で用いられる塩基性化合物と重複しているが,刊行物10では,酸の痕跡を中和する程度の少量を用いるにすぎず,本件特許出願当時,化学増幅型レジストにおいて,塩基性化合物は,わずか0.2ppmの存在によっても甚大な悪影響を起こすことが知られていた(甲5)ことからすると,少量とは,本件発明1の使用量の下限値である0.001%,すなわち10ppmよりも,更に少ない量であると認められる。本件発明1は,含窒素塩基性化合物をアルカリ不溶性又は難溶性樹脂に対し10ppm(樹脂100重量部に対し0.001重量部に相当する。)以上含有させることにより,従来技術では達成されなかった優れたパターン形状やフォーカス許容性を達成できたものであり,刊行物10から想到することはできないものである。
ウ 刊行物11(甲17)に記載された感光性組成物は,平版印刷版に用いられ,この組成物は,活性光線の照射により酸を発生し得る化合物(酸発生化合物),当該酸により分解し得る結合を少なくとも一つ有する化合物,及び当該酸を捕捉し得,かつ,活性光線の照射により分解しないアミン化合物を含有する。しかしながら,刊行物11には,酸発生化合物として,本件発明1で用いられる特定の感放射線性酸形成剤,及び酸分解性化合物として本件発明1で用いられる,酸性官能基に対する酸解離性基による置換率15〜52%のアルカリ不溶性又は難溶性樹脂は,いずれも開示していない。また,刊行物11の感光性組成物は,平版印刷版を製造するためのもので,集積回路とは全く相違する。刊行物11は,アミン化合物を使用することにより,露光後の感度(クリア感度で評価)の安定性が高く,小点の再現性,調子再現性に優れるという,平版印刷版としての利点を開示しているにすぎず,本件発明1の集積回路製造用ポジ型レジスト組成物が優れたパターン形状やフォーカス許容性を示すことを何ら示唆していない。
(6) 顕著な作用効果 本件発明1における,【請求項1】記載の(1),(2)及び(3)の3成分の組合せに係る集積回路製造用ポジ型レジスト組成物は,本件特許出願当時の技術水準から,その組合せが当業者に予測し難く,しかも,この組合せによって優れたパターン形状やフォーカス許容性が達成されることは,当業者が予期し得ない顕著な作用効果であることが明らかである。
2 取消事由2(本件発明2,3の進歩性の判断の誤り) 本件発明2,3は,本件発明1における酸解離性基を更に特定したものであるから,本件発明1と周知技術との相違点についての決定の判断が誤りである以上,これを前提とする本件発明2,3の進歩性の判断も誤りである。
3 取消事由3(本件発明1と先願発明との同一性についての認定判断の誤り) (1) 決定は,本件発明1と先願発明との一致点として,「(1)酸性官能基としてフェノール性水酸基を持つアルカリ可溶性樹脂の該酸性官能基の水素原子が,アルコキシカルボニル基で置換されたアルカリ不溶性または難溶性樹脂で,上記の基が酸解離したときにアルカリ可溶性である樹脂,(2)感放射線性酸形成剤,および (3)下記式(19)〜(21)・・・で表される構造の少なくとも一種の構造を分子内に有する含窒素塩基性化合物,を含有する集積回路製造用ポジ型感放射線性樹脂組成物」(決定謄本34頁最終段落)である点を認定し,先願明細書(甲18)には,本件発明の「a:(1)の樹脂について,酸性官能基に対する酸解離性基による置換率を置換割合を『15〜52%』と特定している点(注,以下「aの点」という。)。b:(2)の感放射線性酸形成剤について,『下記式(5),(6),(14),(15),(16),(17)または(18)(式および式中の説明については,前項に記載したので省略する。)で表される化合物から選ばれる』と特定している点(注,以下「bの点」という。)。c:(3)の含窒素塩基性化合物の含有率について,『上記アルカリ不溶性または難溶性樹脂(1)100重量部当り0.001〜10重量部』と特定している点(注,以下「cの点」という。)」(同頁最終段落〜35頁第1段落)について具体的な記載がないが,a,bの点は,周知技術であり,cの点は,先願明細書記載の「微量」(段落【0007】)と実質的に同一であるから,本件発明1と先願発明とは実質的に同一であると判断したが,誤りである。
(2) aの点 刊行物4,5(甲10,11)には,ポリビニルフェノールのフェノール基の「15〜40%」及び「5〜35%」をt-ブトキシカルボニル基で保護した樹脂を用いることがそれぞれ開示されているが,これらは,いずれも含窒素塩基性化合物を含まない化学増幅型レジスト組成物を開示したものにすぎない。また,先願明細書には,ポリビニルフェノール基のt-ブトキシカルボニル基による保護率(置換率)については何ら記載されていない。したがって,aの点は,本件特許出願当時の技術水準から,含窒素塩基性化合物を含有する化学増幅型レジスト組成物において,周知技術とはいえず,また,先願明細書(甲18)に置換率の具体的数値の記載はないから,先願明細書に記載されているとはいえない。
(3) bの点 本件発明1で用いられる特定の感放射線性酸形成剤は,含窒素塩基性化合物を含有しない化学増幅型レジスト組成物において知られていただけで,それを含窒素塩基性化合物を含有する化学増幅型レジスト組成物に使用できることが知られていたとはいえないから,bの点は,本件特許出願当時において周知であったとはいえない。
(4) cの点 先願明細書(甲18)には,「微量」(段落【0007】)とあるだけで具体的数値の記載はない。本件発明1によれば,含窒素塩基性化合物を,cの点に係る割合で,特定のアルカリ不溶性又は難溶性樹脂及び特定の感放射線性酸形成剤と一緒に用いることによって,先願明細書に記載されていない優れたパターン形状及びフォーカス許容性を達成することができたのであるから,含窒素塩基性化合物の含有量と直結した表現ではないとはいえ,含有量をcの点のように特定した技術的意義は十分に存在するのであるから,cの点が先願明細書に記載されているとはいえない。
(5) 以上のとおり,本件発明1は,先願発明とa〜cの点で相違し,これらの点は周知事項ではなく,本件発明1の優れた効果をもたらす点で技術的意義を有するから,本件発明1は先願発明と実質的に同一ではない。
4 取消事由4(本件発明2,3と先願発明との同一性についての認定判断の誤り) 本件発明2,3は,本件発明1における酸解離性基を更に特定したものであるから,本件発明1と先願発明との同一性についての認定判断が誤りである以上,これを前提とする本件発明2,3と先願発明との同一性についての認定判断も誤りである。
被告の反論
決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本件発明1と周知技術との相違点についての判断の誤り)について (1) 化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要因について 平成元年6月26日工業調査会発行,フォトポリマー懇話会編「フォトポリマーハンドブック」70頁〜76頁(乙1,以下「乙1刊行物」という。)の「1.5酸触媒と化学増幅効果を利用したレジストの高感度化」の章によれば,刊行物10,11(甲16,17)に記載されたポジ型レジストが,化学増幅型ポジ型レジストであることが明らかであり,刊行物10には,貯蔵の間の安定化のために含窒素塩基性化合物を添加することが,刊行物11には,露光後の感度の安定化のために含窒素塩基性化合物を添加することが,それぞれ記載されている。また,特開平2-296250号公報(乙2,以下「乙2公報」という。)に記載されるように,化学増幅型ポジ型レジストにおいては,含窒素塩基性化合物の存在による感放射線性酸形成剤から発生した酸(H)の中和は,レジストに悪影響を及ぼすものではなく,むしろパターン形状を良好にするものであることが,本件特許出願前に既に公知である。
以上のとおり,化学増幅型ポジ型レジストに関し,刊行物10には,貯蔵の間の安定化のために含窒素塩基性化合物を添加することが,また,刊行物11には,露光後の感度の安定化のために含窒素塩基性化合物を添加することがそれぞれ記載され,さらに,乙2公報には,酸発生剤から発生した酸がアミンで中和されることを利用して,パターン形状を良好にすることが記載されているのであるから,化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要因があるということはできない。これらの記載からみて,原告の上記第3の1(2)の主張が失当であることは明らかである。
(2) 相違点アについて 当初明細書(甲2)の実施例1における置換率63%と本件明細書(甲3)の実施例1における置換率52%とを比較すると,解像度,パターン形状,接着性及びフォーカスにおいて差異はなく,差異があるのは最適露光量だけである。
すなわち,露光直後に露光後ベークを行った場合の最適露光量は,それぞれ30mJ・cm-2及び38mJ・cm-2であり,露光後,2時間してから露光後ベークを行った場合(安定性)の最適露光量は,それぞれ29mJ・cm-2及び38mJ・cm-2であり,いずれも置換率63%のものの方が最適露光量が少なく,高感度となっているのであって,52%という上限値に,技術上の臨界的意義がないことは明らかである。甲19実験成績書に基づく原告の主張は,本件明細書の記載に基づかない主張であって,失当であり,また,甲19実験成績書は,本件発明1における置換率の上下限値である15%と52%に臨界的意義があることを示しているものでもない。
(3) 相違点イについて 審判における原告の平成14年5月13日付け特許異議意見書(乙7,以下「乙7意見書」という。)によれば,本件発明1において,刊行物1〜9(甲7〜15)記載の発明と同一であるとの取消理由を回避するためにされた訂正により感放射線性酸形成剤が限定されたことが明らかであり,同限定に技術上の意義がないことは明白である。
(4) 相違点ウについて ア 刊行物9(甲15)には,アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物とからなるポジ型レジストを溶剤に溶解して長期間保存すると,アルカリ可溶性樹脂の劣化及び1,2-キノンジアジド化合物の変質が徐々に進み,感度変化,異物の増加等を起こす問題があり,これを解決するために,アルキルアミン,アリールアミン,アラルキルアミン及び含窒素複素環式化合物から選ばれる少なくとも1種類の含窒素化合物を0.001〜5重量部含有させることが記載されており,同記載から,長期間の保存中における1,2-キノンジアジドからのカルボン酸の発生を除去するために,アルキルアミン,アリールアミン,アラルキルアミン及び含窒素複素環式化合物から選ばれる少なくとも1種の含窒素化合物を添加するものであることは,当業者が当然に理解するところである。そうすると,1,2-キノンジアジド化合物は,感放射線性酸形成剤の一種であるから,感放射線性化合物として感放射線性酸形成剤を用いる化学増幅型ポジ型レジストにおいても,刊行物9に記載された含窒素化合物を添加することにより,当該感放射線性酸形成剤の変質を防止し得ることは,当業者が当然に予期し得ることにすぎない。そして,含窒素塩基性化合物が化学増幅型ポジ型レジストに悪影響をもたらすものではないことは上記(1)のとおりである。
イ 刊行物10(甲16)記載のポジ型レジストは,樹脂は異なるが,本件発明1と同様の化学増幅型ポジ型レジストであり,置換率に関する記載はないものの,本件発明1における置換率の範囲「15〜52%」に技術的意義がないことは,上記(2)のとおりである。さらに,刊行物10には,揮発性である場合に最も有利であると記載されているのであって,それ以外の場合に使用できないわけではない。本件特許出願当時,塩基性化合物が悪影響を与えるものとして認識されていたとの前提が誤りであることは上記のとおりであって,化学増幅型ポジ型レジストにおいて,露光後の感度の安定性を高くする目的で,塗布後もレジスト被膜に存在することを前提として,レジスト中にアミン化合物を含有させることは,本件特許出願前に既に公知である。したがって,少量とは,本件発明1の使用量の下限値である0.001%,すなわち10ppmよりも更に少ない量であるとする原告主張は失当である。
ウ 本件発明1で用いられる感放射線性酸形成剤は,いずれも化学増幅型ポジ型レジストに用いる感放射線性酸形成剤として本件特許出願前に周知のものであり,刊行物11(甲17)にも,「例えばジアゾニウム塩,ホスホニウム塩,スルホニウム塩,及びヨードニウムのBF4-,PF 6-,SbF 6-,SiF 6--,ClO 4-などの塩,有機ハロゲン化合物,オルトキノン-ジアジドスルホニルクロリド,及び有機金属/有機ハロゲン化合物も活性光線の照射の際に酸を形成又は分離する活性光線感受性成分であり,本発明の酸発生化合物として使用することができる」(2頁右上欄最終段落)と記載されており,刊行物11記載の「酸発生化合物」に本件発明1で用いられる感放射線性酸形成剤が包含されることは明らかである。また,刊行物11記載の樹脂が3成分系であり,本件発明1のものが2成分系である違いはあるものの,両者は,共に化学増幅型ポジ型レジストであるから,当業者が,刊行物11に記載された技術的事項を,2成分系ポジ型レジストにおいて適用する程度のことは,容易に想到し得ることである。さらに,刊行物11には,露光後の感度の安定性の低さをアミン化合物を含有する感光性組成物により改善するという目的が記載されており,これは,本件発明1における,「感度は良好であるが,安定性に問題があり,例えば放射線照射から現像までの時間や放射線照射後の加熱温度の違いなどにより性能が大きく変化するという問題がある」(甲3の段落【0003】)という課題と同じである。そうすると,化学増幅型ポジ型レジストである点は共通しているのであるから,2成分系のレジストにおいても,露光後の安定性を向上させることを目的として,刊行物11に記載された技術手段を適用する程度のことは,当業者が容易にし得ることである。しかも,刊行物11に記載のアミン化合物は,本件発明1における含窒素塩基性化合物と一致するばかりでなく,「感光性組成物の固形分の全重量に対して0.1重量%〜10重量%が適当である」(5頁右上欄第1段落)との記載からみて,添加量においても格別異なるものではない。また,乙2公報には,化学増幅型ポジ型レジストにおいては,放射線照射により発生した酸がアミンにより中和される現象を利用して,レジスト膜の形状を良好にし得ることが記載されている。そうすると,当業者であれば,露光後の安定性ばかりでなく,パターン形状も向上するであろうことは,容易に予期し得ることである。
(5) 顕著な作用効果について 本件発明1における,【請求項1】記載の(1),(2)及び(3)の3成分は,非常に広範囲の物質を含むものであり,特定の組合せが明記されているものではないし,これらの樹脂あるいは化合物を個々の物質として示す場合には無数の物質群となり,その組合せも無数に存在するものである。他方,本件明細書(甲3)の発明の詳細な説明における実施例は,わずか3例のみであり,仮に,実施例の効果が認められるとしても,本件発明1の無数の組合せのすべてにおいて,同様の作用効果が奏されることを裏付けるに足りるものではない。また,(3)の成分の添加量に関しても,発明で特定する範囲は,「0.001〜10重量部」という広範囲にわたるのに対し,実施例では,ポリマー10gに対して,ニコチン酸アミドを「0.02g」添加した実施例1,3と,チアベンダゾールを「0.03g」添加した実施例2の,オーダー的にはほとんど変わらない2例のみであり,本件発明1で特定する上記範囲のすべてにおいて,本件発明の作用効果を奏することは,何ら裏付けられていない。
2 取消事由2(本件発明2,3の進歩性の判断の誤り)について 本件発明1と周知技術との相違点についての決定の判断に誤りがないことは,上記1のとおりであるから,その誤りを前提とする原告の取消事由2の主張も,理由がない。
3 取消事由3(本件発明1と先願発明との同一性についての認定判断の誤り)について (1) aの点について 本件発明1において,本件発明1における置換率の範囲「15〜52%」に技術的意義がないことは,上記1(2)のとおりである。
(2) bの点について 本件発明1において,感放射線性酸形成剤の限定に技術上の意義がないことは,上記1(3)のとおりである。
(3) cの点について 本件発明1における,「樹脂100重量部当り,0.001〜10重量部」という範囲は,極めて広範囲であって,先願明細書(甲18)に記載された「微量」も,当然にこの範囲に含まれるものであるから,実質的な相違があるとすることはできない。
(4) 以上のとおり,本件発明1と先願発明とは実質的に同一であるとした決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(本件発明2,3と先願発明との同一性についての認定判断の誤り)について 本件発明1と先願発明との同一性についての決定の認定判断に誤りがないことは,上記3のとおりであるから,その誤りを前提とする原告の取消事由4の主張も,理由がない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と周知技術との相違点についての判断の誤り)について (1) 化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要因について ア 原告は,本件発明1と周知技術との相違点についての決定の判断は,化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要因を看過した誤りがある旨主張するので,検討する。
刊行物10(甲16)には,「(a)アセタールまたはケタール部分に結合したメチロール基または置換メチロール基によって封鎖されたイミド基を有する重合体:(b)望ましい波長の輻射線に暴露することによってフォト酸から得られた酸の作用によって(a)のアセタールまたはケタール基を除去するのに十分な量の潜伏性フォト酸:(c)(a)の重合体および(b)の潜伏性フォト酸を溶解することができる溶剤からなることを特徴とするフォトレジスト組成物」(特許請求の範囲の請求項1),「重合体は,酸に敏感なアセタールまたはケタール部分を有し,このアセタールまたはケタール部分は,フォト酸を輻射線に暴露した場合に接触反応によって除去され,メチロール基または置換メチロール基によってなお封鎖されたイミド窒素原子を留どめ,このメチロール基または置換メチロール基は,露光した組成物を水性アルカリ液中で現像した場合に除去される」(5頁左上欄最終段落〜右上欄第1段落),「工業界で公知のフォト酸,例えばジアゾナフチキノンスルホン酸,アルキルハロゲン化物およびオニウム塩は,使用することができる。好ましい組成物は,ヨードニウムまたはスルホニウム塩,例えばジフェニルヨードニウムトリフルオルメタンスルホネート・・・を使用する」(同頁右下欄最終段落〜6頁左上欄第1段落),「前記に記載した重合体以外に,フォトレジスト組成物は,潜伏性フォト酸および溶剤を包含し,かつ場合によっては安定剤または他の添加剤を包含することができる」(8頁右上欄下から第2段落),「少量の塩基性物質,例えばトリアルキルアミンは,存在するか,または貯蔵の間に発生する酸の痕跡を掃去する能力のためにレジスト溶液を安定化することが見い出された。塩基性物質は,それが基板上への塗布後にレジスト被膜から容易に除去されるような程度に揮発性である場合に最も有利である。このことにより,その後の処理の間にレジストが完全に感光性にされる。しかし,幾つかの理由のために化学線に対して殆ど感光性でないレジストが望まれる場合には,発生されたフォト酸の部分を掃去するために被膜中に残存する非揮発性の塩基性物質は,有利であることができる」(9頁右上欄最終段落〜左下欄第1段落),「例17・・・レジスト溶液を・・・トリエチルアミンの痕跡を含有する2-メトキシエチルエーテル43.5部から得た。・・・この例は,ウェファーが露光前に軟質に焼き付けられる場合,掃去酸に添加された揮発性アミンの痕跡がリソグラフィーに支障をきたさないことを示す」(13頁左上欄第2段落〜右上欄第1段落)との記載がある。
刊行物11(甲17)には,「活性光線の照射により酸を発生し得る化合物,該酸により分解し得る結合を少なくとも1つ有する化合物,および該酸を捕捉し得るかつ活性光線の照射により分解しないアミン化合物を含有することを特徴とする感光性組成物」(特許請求の範囲の請求項1),「ポジ型感光性組成物としては,活性光線の照射により酸を生成する第1の反応と,生成した酸による第2反応,すなわち酸分解反応とにより,露光部が現像液に可溶化するという原理を利用したものが種々知られている。・・・これらの感光性組成物はいずれも,露光後直ちに現像した場合と,露光後しばらくしてから現像した場合とで感度が異なる,すなわち露光後の感度の安定性が低かった。露光後の感度の安定性を向上させるため,光照射によりラジカル禁止種を発生する化合物を添加する技術が特開昭61-167945号公報に開示されているが,感度の安定性は未だ充分とはいえず,更に改良が望まれていた」(1頁右下欄第2段落〜2頁左上欄第1段落),「本発明の目的は,露光後の感度の安定性が高く,小点(小さい網点)の再現性,調子再現性が優れた感光性平版印刷版,およびそれに用いられる感光性組成物を提供することにある」(2頁左上欄第2段落),「本発明の酸発生化合物としては,各種の公知化合物及び混合物が挙げられる。例えばジアゾニウム塩,ホスホニウム塩,スルホニウム塩,及びヨードニウムのBF4-,PF 6-,SbF 6-,SiF 6--,ClO 4-などの塩,有機ハロゲン化合物,オルトキノン-ジアジドスルホニルクロリド,及び有機金属/有機ハロゲン化合物も活性光線の照射の際に酸を形成又は分離する活性光線感受性成分であり,本発明の酸発生化合物として使用することができる。原理的には遊離基形成性の光開始剤として知られるすべての有機ハロゲン化合物は,ハロゲン化水素酸を形成する化合物で,本発明の酸発生化合物として使用することができる」(同頁右上欄最終段落),「本発明のアミン化合物とは,本発明の酸発生化合物から発生した酸を捕捉し得る性質を有するものであり,波長が500nm以上の光を吸収しないアミン化合物である。具体的にはメチルアミン,ジメチルアミン,トリメチルアミン,エチルアミン,・・・ピペラジン,尿素などが挙げられる。・・・本発明の感光性組成物の固形分の全重量に対して0.1重量%〜10重量%が適当である」(4頁右下欄最終段落〜5頁右上欄第1段落),「本発明により,露光後の感度の安定性が高く,小点の再現性,調子再現性に優れ,かつ感光性平版印刷版を長期生保存した後にも感度を安定化する効果が減少しない感光性平版印刷版,およびそれに用いられる感光性組成物が得られた」(7頁右上欄第2段落)との記載がある。
また,乙1刊行物には,「1.5.2 3成分系レジスト(3Component System,3CS) 基本的には基材高分子,光酸発生剤および感酸物質からなり光によって発生した酸を触媒として感酸物質が反応しポリマーの溶解性などが変化し,ポジ型あるいはネガ型レジストが得られる。この際,光照射後の加熱プロセスにより酸触媒反応が促進され高感度化され,これを化学増幅と呼んでいる」(71頁下から第2段落),「1.5.3 Photodeblocking型 高分子中で現像液にたいする溶解性を支配している官能基をブロックして不溶性にしておき,光によって生成した酸によりブロックをはずしてポリマーの溶解性を復元させる機構のレジストである」(74頁最終段落〜75頁下から第2段落)との記載が,乙2公報には,「従来の化学増幅型レジストにあっては,例えば,光強度のコントラストが低下する0.35μm程度のパターンルールの場合において十分なパターン形状が得られないという問題点があった。第3図は,従来の化学増幅型レジスト塗布膜を露光した場合の変化を見たものであるが,露光後のベークを行なって酸を拡散させても,第4図に示すように,パターン形状は良好でない」(2頁右上欄第1段落〜第2段落),「[作用]一般式 R’ / R-C-O-N=C ‖ \ O R” (但し,R,R’,R”は各々炭化水素基又はその置換基を表わす)で示され化合物をレジスト中に混入させたことにより,光照射時にアミンが発生し,このアミンが同時に発生した酸を中和する。かかる化合物を化学増幅型レジストのベースポリマー100重量部に対し,0.1〜3重量部の割合で含有させることにより,酸の深さ方向の分布を第1図に示すグラフのように均一化して,レジストパターン形状を良好にする」(同頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落),「本実施例において,ベースポリマーとして,一般式(1)(省略)で示されるブチルフェニルケトンの重合体を用いた。なお,tBOCは,t-ブチルケトンを示している」(2頁右下欄最終段落〜3頁第1段落),「本発明に係る高感度レジスト及びレジストパターンの形成方法にあっては,固相中で発生したアミンと酸が中和するため,レジスト膜上下方向に均一化した酸濃度に依存して,微細なパターンにおいても良好なレジスト形状を得ることが出来る効果がある。特に,パターンルール0.35μm付近の光強度のコントラストが低下する領域においても良好なパターン形状が得られる」(4頁左上欄第1段落〜第2段落)との記載がある。
これらの記載によれば,本件特許出願前から,活性光線などの光を照射することにより,酸を発生する物質を含有し,発生した酸によって,アルカリ性溶液に対する溶解度が変化する高分子物質を基材とした感光性組成物が,化学増幅型レジスト組成物として知られていたこと,刊行物10,11に記載されたものが,それぞれ化学増幅型ポジ型感光性レジスト及び化学増幅型ポジ型感光性組成物に相当するものであることが認められる。そして,刊行物10には,貯蔵の間の安定化のために含窒素塩基性化合物を添加することが,刊行物11には,露光後の感度の安定化のために含窒素塩基性化合物を添加することが,それぞれ記載され,さらに,乙2公報には,酸発生剤から発生した酸がアミンで中和されることを利用して,パターン形状を良好にすることが記載されているところ,集積回路製造技術に欠かせない複雑,微細なパターンのレジスト膜を作製する技術は,要求される精細度のオーダーにおいて,通常の印刷技術とは異なるものの,その本質が印刷技術そのものであることは周知であるから,集積回路技術は平版印刷版に用いられる感光性組成物と技術分野が異なるということはできず,高精細な再現性が求められている点で,両者は目的を一にするものであるから,両者間で技術を相互に適用する点に何らの困難性は見いだせない。
イ 原告は,甲4〜6を引用して,化学増幅型ポジ型レジストにおいては,塩基性化合物は,光酸発生剤から発生した酸を中和してT-トップ皮膜を形成し,フォトスピードがかなり遅くなったり,現像が不可能になったりする悪影響をもたらすものとして知られていたと主張する。
そこで,更に検討すると,確かに,甲4(SPIE PROCEEDINGS Advances in Resist Technology and ProcessingVIII,Vol.1466,March 1991,pp2-12)には,「我々は,t-BOC/オニウム塩レジストシステムの性能は有機塩基から発生する蒸気によって激しく低下せしめられることを発見した。・・・ネガティブトーンシステムの場合,適正な線幅を得るために必要とされる紫外線照射線量が増加する。一方,ポジティブトーンシステムの場合,レジストと空気の界面に皮膜の生成が見られる。両効果とも,光生成された酸が空中の有機塩基によって中和されることによって生ずる」(訳文1頁)との記載が,甲5(同IX,Vol.1672,March 1992,pp46-55)には,「『化学増幅』システムにおいて,例えばポリ-(t-BOC-スチレン)3またはポリ-(t-BOC-スチレン-スルホン)4と光酸発生剤とを含有するレジストでは露光と露光後の焼成との間の遅延時間が長くなり,そのためレジスト表面におけるt-BOC基の非ブロック化が不完全となり,結果として塩基に溶けない層すなわち『T-トップ』プロファイルが表面に形成されることが示された。これは明らかに『遅延問題』であるが,その理由は多岐にわたる。まず,下記を区別したい。A.PACの分散または塩基性汚染物といった『内部的な』レジスト要因 B.汚染物の外部根源,すなわち,空気中の塩基」(訳文2頁下から第2段落),「塩基の作用をシミュレートするために,少量のメチルジエタノールアミンをレジスト液に添加した。図3から分かるように,たった0.2ppmでもレジストのフォトスピードにかなりの影響を及ぼした。このシステムの遅延の問題は塩基の添加によって強化された。塩基を含んだレジストは1時間経っただけで現像不可能となる」(訳文6頁下から第3段落〜第2段落)との記載が,甲6(同pp24-32)には,「酸触媒作用に基づいた数多くの化学増幅レジストは,微量の空中浮遊有機汚染物質に対して極度に敏感である。・・・例えば,空中に浮遊しているN,N-ジメチルアニリンは,100ppbをかなり下回る量で存在していても,TBOCレジストの感放射線性を大幅に低下させることが明らかとなった。マイクロ電子機器の製造において有機フィルムのキャスティングおよびストリッピングに広く用いられている1-メチル-2-ピロリドン(N-メチルピロリドンまたはNMP)は,CAレジストを劣化させるもう1つの物質であることが判明した」(訳文1頁第1段落〜最終段落)との記載がある。そうすると,甲4には,化学増幅反応を示すレジストシステムの性能は,有機塩基から発生する蒸気によって激しく低下されること,光生成された酸が空気中の有機塩基によって中和されることによりレジストと空気の界面に皮膜を生成することが,甲5には,化学増幅システムにおいて,露光と,露光後の焼成との間の遅延時間が長くなると「T-トップ」形状が表面に形成されるが,その原因としてレジスト中に塩基性汚染物が存在すること,この塩基性汚染物の作用をシミュレートするため,レジストに少量のメチルジエタノールアミンを添加したところ,レジスト溶液中に0.2ppmの添加により光照射速度がかなり遅くなり,1時間の経過で現像が不可能となることが,甲6には,化学増幅レジストは微量の空中浮遊有機汚染物質に対して極度に敏感であることが開示されているものと認められる。
しかしながら,他方において,刊行物10,11に記載されたものが,それぞれ化学増幅型ポジ型感光性レジスト及び化学増幅型ポジ型感光性組成物に相当するものであること,刊行物10には,貯蔵の間の安定化のために含窒素塩基性化合物を添加することが,刊行物11には,露光後の感度の安定化のために含窒素塩基性化合物を添加することが,乙2公報には,酸発生剤から発生した酸がアミンで中和されることを利用して,パターン形状を良好にすることが,それぞれ記載され,集積回路技術は平版印刷版に用いられる感光性組成物と技術分野が異なるということはできないことは,上記アのとおりである。以上の点に,甲4〜6が,SPIEと称する学会が主催する第8回と第9回の会議において,2名の報告者(B〔甲4〕とC〔甲5,6〕)によりされた報告にすぎないことを併せ考えると,当業者は,甲4〜6の上記記載があっても,刊行物10,11及び乙2公報に記載された良好な結果を得るための試行をするものというべきであり,本件特許出願当時,化学増幅型ポジ型レジストと含窒素塩基性化合物との組合せを阻害する要因が存在したものと認めることはできない。
(2) 相違点アについて ア 原告は,相違点アに係る構成は,含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型レジスト組成物において,本件特許出願前に周知事項とはいえないと主張する。しかしながら,決定は,化学増幅型ポジ型レジスト組成物において,酸性官能基に対する酸解離性基の置換率が「15〜52%」であることは,刊行物4,5,7及び8に記載されているとおり,本件特許出願前に既に周知の技術事項であるとしているのであって,含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型レジスト組成物において周知の技術事項であると認定したものではないから,原告の上記主張は,その前提において誤りである。そして,含窒素塩基性化合物の含有の有無によって,酸性官能基に対する酸解離性基による置換率が左右される格別の理由は見当たらないから,含窒素塩基性化合物を含有しない化学増幅型ポジ型レジスト組成物における置換率を,含窒素塩基性化合物を含有する化学増幅型ポジ型レジスト組成物における置換率に適用できないとする合理的理由はなく,原告の上記主張は理由がない。
イ さらに,原告は,「15〜52%」の置換率を採用することにより基板との密着性や接着性のみならず,従来知られていない優れたパターン形状やフォーカス許容性を達成できたのであるから,上記置換率とすることによる技術的意義がないということはできず,52%という上限値の技術的意義については,甲19実験成績書に示されていると主張する。
しかしながら,本件特許出願において,酸性官能基に対する酸解離性基による置換率について,当初明細書(乙3)では,特許請求の範囲にその記載はなく,発明の詳細な説明に「置換基Bは,樹脂(A)の全酸性官能基に対し,好ましくは15〜100%,さらに好ましくは30〜100%導入する」(段落【0025】)と記載されていたものであるところ,平成10年11月27日付け手続補正書(乙4)により,特許請求の範囲に,「【請求項1】・・・少なくとも1種の酸解離性基で,該酸性官能基に対し15〜63%の割合で置換されたアルカリ不溶性または難溶性樹脂」と,発明の詳細な説明に,「置換基Bは,樹脂(A)の全酸性官能基に対し,15〜63%,好ましくは30〜63%導入する」(段落【0023】)と記載するよう補正され,次いで,本件訂正請求により,上記第2の2のとおり,特許請求の範囲の上記記載を「【請求項1】・・・少なくとも1種の酸解離性基で,該酸性官能基に対し15〜52%の割合で置換されたアルカリ不溶性または難溶性樹脂」と減縮し,これに伴い,発明の詳細な説明の上記「15〜63%,好ましくは30〜63%」との記載を「15〜52%,好ましくは30〜52%」と訂正したものである。上記手続補正書に伴って提出された原告の平成10年11月27日付け意見書(乙5)及び本件訂正請求に伴って提出された乙7意見書によれば,上記減縮は,拒絶理由が引用する先願明細書(甲18)及び特願平3-353015号に開示された置換率との同一性を回避する目的でされたものであり,それ以上の技術的意義を認めるに足りる証拠はないから,「15〜52%」の置換率を採用することの技術的意義を認めることはできない。また,甲19実験成績書に基づく原告の主張は,本件明細書の記載に基づかない主張である上,甲19実験成績書は,本件発明1における置換率の上下限値である15%と52%に臨界的意義があることを示しているものとも認められないから,採用することができない。
(3) 相違点イについて 原告は,決定が引用する刊行物2,4,7及び8(甲8-1,10,13及び14)には,含窒素塩基性化合物を含まない化学増幅型ポジ型レジストが開示されているにすぎないから,含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物において,本件発明1で用いられる特定の感放射線性酸形成剤が周知であったとすることはできないと主張する。しかしながら,決定は,化学増幅型ポジ型レジスト組成物において,本件発明1の式(5)又は(6)で表されるオニウム塩,式(14)で表されるスルホン化合物,式(15)で表されるニトロベンジル化合物,式(16),(17)又は(18)で表されるスルホン酸化合物が,集積回路製造用の化学増幅型ポジ型レジストに用いる感放射線性酸形成剤として本件特許出願前に既に周知であるとしているのであって,含窒素塩基性化合物を含む化学増幅型レジスト組成物において周知であると認定したものではないから,原告の上記主張は,その前提において誤りである。そして,含窒素塩基性化合物の含有の有無によって,感放射線性酸形成剤の選択が左右される格別の理由は見当たらないから,含窒素塩基性化合物を含有しない化学増幅型ポジ型レジスト組成物における周知の感放射線性酸形成剤置換率を,含窒素塩基性化合物を含有する化学増幅型ポジ型レジスト組成物に適用できないとする合理的理由はなく,原告の上記主張は理由がない。
(4) 相違点ウについて ア 原告は,決定が引用する刊行物9(甲15)に記載されているポジ型感放射線性樹脂組成物は,アルカリ可溶性樹脂を用いる非化学増幅型であり,また,本件発明1で用いない1,2-キノンジアジド化合物を感放射線性酸形成剤に用いる点で基本的に相違し,構成成分及び露光による反応機構の違い,並びに含窒素塩基性化合物の影響の大きさの違いを考慮すると,刊行物9に含窒素塩基性化合物の効果として保存安定性が記載されているからといって,化学増幅型ポジ型レジスト組成物に含窒素塩基性化合物を含ませることも,その結果として優れたパターン形状やフォーカス許容性という格別の効果を奏することも,いずれも想到することはできないと主張する。
しかしながら,化学増幅型も非化学増幅型も,感光により感放射線性酸発生剤から発生した酸により,アルカリ不溶性となっていた樹脂組成物が,可溶性に変化してパターンが形成される点では一致しているものである。そして,刊行物9には,「アルカリ可溶性樹脂と1,2-キノンジアジド化合物とからなるポジ型レジストを溶剤に溶解して長期間保存すると,アルカリ可溶性樹脂の劣化および1,2-キノンジアジド化合物の変質が徐々に進み,感度変化,異物の増加等を起こす問題がある。・・・このような感度変化や異物の発生は,解像度,感度,現像性等のレジスト性能に大きな影響を与え,集積回路作製時の歩留まり悪化の原因となる」(2頁左上欄第2段落),「〔発明が解決しようとする問題点〕本発明の目的は,・・・長期間または室温よりも高い温度で保存しても,感度変化や異物の増加がほとんどない保存安定性に優れたポジ型感放射線性樹脂組成物を提供する」(同頁左上欄最終段落〜右上欄第1段落),「〔問題点を解決するための手段〕本発明は,アルカリ可溶性樹脂100重量部と,1,2-キノンジアジド化合物5〜100重量部と,アルキルアミン,アリールアミン,アラルキルアミンおよび含窒素複素環式化合物から選ばれる少なくとも1種類の含窒素化合物0.001〜5重量部とを含有することを特徴とする」(同頁右上欄第2段落)と記載されている。
ここで,上記1,2-キノンジアジド化合物は,感放射線性酸発生剤であるから,刊行物9に記載された非化学増幅型ポジ型レジスト組成物においても,感放射線性酸発生剤の一つである1,2-キノンジアジド化合物の変換によるレジスト性能への悪影響は知られていたのであり,刊行物9には,この悪影響を防止するために,含窒素塩基性化合物を加える技術が記載されているのであるから,非化学増幅型ポジ型レジスト組成物と同等以上に発生した酸の悪影響が懸念される感放射線性酸発生剤を含む化学増幅型ポジ型レジスト組成物に上記技術を適用して,感放射線性酸発生剤の変質を防止しようとすることは,当業者が容易に想到し得ることといわなければならない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
イ また,原告は,刊行物10(甲16)に記載のフォトレジスト組成物は,本件発明1とは使用する樹脂が全く相違すること,本件発明1とは,酸解離性基による封鎖率(置換率)も相違すること,少量の塩基性化合物のレジストへの使用が開示されているが,レジスト被膜から容易に除去される程度に揮発性である場合に最も有利であり,そのことにより,その後の処理の間にレジストが完全に感光性にされることも開示されているから,露光時にレジスト被膜中に塩基性化合物が存在することによる積極的な効果を開示するものではなく,塩基性化合物の存在により優れたパターン形状やフォーカス許容性を示すことは何ら示唆していないこと,塩基性化合物の具体例が本件発明1で用いられる含窒素塩基性化合物と重複しているが,その量は,酸の痕跡を中和する程度の少量を用いるにすぎず,本件発明1における下限値よりも更に少ない量であることを理由に,本件発明1は,従来技術では達成されなかった優れたパターン形状やフォーカス許容性を達成できたものであり,刊行物10から想到することはできないと主張する。
確かに,刊行物10記載のフォトレジスト組成物は,本件発明1と使用する樹脂が相違するが,刊行物10記載のものも,本件発明1と同様の化学増幅型ポジ型レジスト組成物であるところ,樹脂の相違によって,刊行物10記載の技術事項を適用することが左右される格別の理由は見当たらず,刊行物10には,置換率に関する記載はないものの,本件発明1における置換率の範囲に技術的意義がないことは,上記(2)のとおりである。また,刊行物10には,揮発性である場合に最も有利であると記載されているのであって,それ以外の場合に使用できない理由はないから,露光時にレジスト被膜中に塩基性化合物が存在することによる積極的な効果を開示するものではないということはできない。さらに,刊行物9(甲15)の上記アの記載にあるように,非化学増幅型ポジ型レジストではあるが,感放射線性酸発生剤である1,2-キノンジアジド化合物5〜100重量部を含むレジスト樹脂100重量部当り,すなわち,これらの合計量105〜200重量部当り,含窒素塩基性化合物を0.001〜5重量部含有させること,換言すれば,1,2-キノンジアジド化合物により,アルカリ不溶化されたアルカリ可溶性樹脂を含むレジスト組成物100重量部当り,0.0005〜4.76重量部の含窒素塩基性化合物を添加することが公知であるから,この値を参考として,刊行物10に記載された「少量」を,本件発明1に規定される「アルカリ不溶性樹脂100重量部当り0.001〜10重量部」との添加量を設定することは,当業者が容易にし得ることというべきである。
ウ 刊行物11(甲17)に記載された感光性組成物が平版印刷版用の樹脂であることは,原告主張のとおりであり,要求される精細度に差があることが認められるが,高精細な再現性が求められている点で,両者は目的を一にするものであるから,両者間で技術を相互に適用する点に何らの困難性は見いだせないことは,上記(1)のとおりである。そして,刊行物11の上記(1)の記載によれば,本件発明1における含窒素塩基性化合物の具体例と重複するアミン化合物を,本件発明1で規定される添加量と十分重複する範囲内の添加量で含有させることにより,露光後の感度の安定性が高く,小点の再現性及び調子再現性が優れた感光性平版印刷版に使用する感光性組成物を提供できることが開示されていると認められるから,同じく化学増幅型感光性組成物であるポジ型レジストに適用した場合においても,露光後の感度の安定性の効果が得られることは,当業者が当然に予測し得ることである。
(5) 顕著な作用効果について 原告は,本件発明1における,【請求項1】記載の(1),(2)及び(3)の3成分の組合せに係る集積回路製造用ポジ型レジスト組成物は,本件特許出願当時の技術水準から,その組合せが当業者に予測し難く,しかも,この組合せによって優れたパターン形状やフォーカス許容性が達成されることは,当業者が予期し得ない顕著な作用効果であると主張する。しかしながら,相違点ア〜ウに係る構成は当業者が容易に想到し得るものであることは,上記のとおりであり,その組合せを困難とする理由も見当たらないから,当業者が予測し難い組合せであるということはできず,その奏する作用効果も,当業者が予期し得ない顕著なものとは認め難い。乙2公報には,本件発明1が採用するフォーカス許容性0.4μmのラインアンドスペースに比較し,更に間隔の狭い0.35μmのパターンルール(ラインアンドスペース)を採用した場合においても良好なパターン形状が得られることが記載されているが,同記載は,原告主張の作用効果が顕著なものといえないことを裏付けるものである。
(6) 以上によれば,原告の取消事由1の主張は理由がないというべきである。
2 取消事由2(本件発明2,3の進歩性の判断の誤り)について 本件発明1と周知技術との相違点ア〜ウについての決定の判断に誤りがないことは,上記1のとおりであるから,その誤りを前提とする原告の取消事由2の主張も,理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由1,2はいずれも理由がなく,本件発明1〜3の進歩性を否定した決定の判断に誤りはないから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件発明1〜3に係る本件特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるとした決定に誤りはなく,他に決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴