• この表をプリントする
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19ワ35324特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成17ワ 785特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 24年 (ワ) 15612号 特許権侵害差止等請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2014/10/09
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成26年10月9日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成24年(ワ)第15612号 特許権侵害差止等請求事件

口頭弁論の終結の日 平成26年8月25日

判 決

東京都千代田区<以下略>

原 告 JX日鉱日石金属株式会社

同訴訟代理人弁護士 高 橋 雄 一 郎

同訴訟代理人弁理士 望 月 尚 子

相模原市<以下略>

被 告 三菱電機メテックス株式会社

同訴訟代理人弁護士 近 藤 惠 嗣

重 入 正 希

前 田 将 貴

同 補 佐人 弁 理 士 加 藤 恒

松 井 重 明

永 井 豊

主 文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

1 被告は,M702Cを,生産し,使用し,譲渡し,譲渡の申出をしてはなら

ない。

2 被告は,原告に対し,1080万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日か

ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

1
本件は,発明の名称を「疲労特性に優れたCu−Ni−Si系合金部材」と

する特許権を有する原告が,被告によるM702C(以下「被告製品」とい

う。)の製造,販売等は原告の特許権を侵害すると主張して,被告に対し,特

許法100条1項に基づく被告製品の生産等の差止め並びに同法102条3項

による特許発明実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の損害の一部で

ある1080万円及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の日の翌日か

ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案

である。

1 前提事実(当事者間に争いのない事実)

(1) 本件特許権

ア 原告(旧商号日鉱金属株式会社)は,次の特許権(以下「本件特許権」

といい,本件特許権に係る特許を「本件特許」という。)を有している。

特許番号 第4255330号

発明の名称 疲労特性に優れたCu−Ni−Si系合金部材

出 願 日 平成15年7月31日

登 録 日 平成21年2月6日

イ 原告は,平成25年11月8日,請求項1ないし5について,特許請求

の範囲の減縮及び明瞭でない記載釈明を目的とする訂正審判請求をし,

審判官は,平成26年1月6日,明細書及び図面を訂正すべきことを認め

る旨の審決をし,同審決はそのころ確定した(以下,この訂正を「本件訂

正」という。)。上記訂正審判請求に基づく訂正の前後の特許請求の範囲

の記載は,別紙のとおりである。

(2) 本件特許権に係る発明

本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1,5及び4の記載は,別紙の該当

項記載のとおりである(以下,それぞれを上記の順序に従い「本件発明

1」,「本件発明2」及び「本件発明3」といい,併せて「本件発明」とい

2
う。)

(3) 被告の行為

被告は,業として,被告製品を製造し,販売の申出及び販売をしている。

(4) 本件発明の構成要件の分説

本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,分説した構

成要件をそれぞれの符号に従い「構成要件A」のようにいう。)。

ア 本件発明1

A 質量百分率(%)に基づいて(以下,%と表記する)Ni:1.0〜

4.5%,

B Si:0.2〜1.2%を含有し,

C 残部がCuおよび不可避的不純物から成る銅合金からなり,

D 表面に66〜184MPaの圧縮残留応力が存在し,

E 表面の最大谷深さ(以下,Rvと表記する)が0.5μm以下であり,

F 圧延方向に平行な断面を鏡面研磨後に,47°ボーメの塩化第二鉄溶

液で2分間エッチング後,観察面において観察される 直径4μm以上

の介在物が86個/mm 2 以下であることを特徴とする

G Cu−Ni−Si系合金部材

イ 本件発明2

H Zn:0.01〜1.5%を含有する

I 請求項1〜3のいずれかに記載のCu−Ni−Si系合金部材

ウ 本件発明3

A1 質量百分率(%)に基づいて(以下,%と表記する)Ni:1.

0〜4.5%,

B1 Si:0.2〜1.2%,Sn:0.01〜1.1%を含有し,

C1 残部がCuおよび不可避的不純物から成る銅合金からなり,

D1 表面に66〜184MPaの圧縮残留応力が存在し,

3
E1 表面の最大谷深さ(以下,Rvと表記する)が0.5μm以下で

あり,

F1 圧延方向に平行な断面を鏡面研磨後に,47°ボーメの塩化第二鉄

溶液で2分間エッチング後,観察面において観察される 直径4μm以

上の介在物が86個/mm 2 以下であり,導電率が41%IACS以上

である

G1 Cu−Ni−Si系合金部材

(5) 被告製品の構成を本件発明の構成要件に対応させると,次のとおりであ

る。

a 質量百分率(%)に基づいて(以下,%と表記する)Ni: 2.2

〜3.2%,

b Si:0.4〜0.8%を含有し,

c 残部が主としてCuから成りSn,Zn,Ag及びBを含む銅合金

からなり,

d 表面に75MPaの圧縮残留応力が存在し,

e 表面の最大谷深さ(以下,Rvと表記する)が0. 5μm以下であ

り,

f 圧延方向に平行な断面を鏡面研磨後に,47°ボーメの塩化第二鉄

溶液で2分間エッチング後,観察面において観察される 直径4μm以

上の介在物が0個/mm 2 であり,導電率が41%IACS以上である

ことを特徴とする

g Cu−Ni−Si系合金部材。

(6) 本件発明の構成要件の充足

被告製品は,本件発明1の構成要件(本件発明2の構成要件Iが引用する

ものを含む。)A,B,E及びGを充足し,本件発明3の構成要件A1,B

1,E1及びG1を充足する。

4
2 争点

(1) 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか

(2) 本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認め

られるか

3 争点に関する当事者の主張

(1) 争点(1)(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか)について

(原告の主張)

構成要件C(Iが引用するものを含む。),C1について

本件発明の構成要件C,C1は,優れた疲労特性に影響を与えない限

り,銅及び不可避的不純物に該当する物質以外の物質が含まれることを許

容しているから,被告製品がスズ及び亜鉛を含有していても構成要件C,

C1を充足する。このことは,本件発明2及び3が本件発明の従属項とし

てスズ及び亜鉛を含有する組成を規定していること(ただし,本件発明3

は本件訂正により独立項となった。),本件特許の特許出願の願書に添付

された本件訂正後の明細書及び図面(以下「本件明細書」という。)の中

実施例においてスズ及び亜鉛を含む実施例の例示があることからも明ら

かである。

構成要件D(Iが引用するものを含む。),D1について

被告実験結果報告書(乙9)に示されているとおり,被告製品の圧縮残

留応力は75MPaであり,これは66〜184MPaの範囲内であるか

ら,構成要件D,D1を充足する。

構成要件F(Iが引用するものを含む。),F1について

被告製品の直径4μm以上の大きさの介在物個数は0個/muであり,

これは文言上86個/mu以下の範囲内であるから,構成要件F,F1を

充足する。本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,直径4μm以

上の介在物の個数が少なくなればなるほど疲労寿命が長くなり,介在物個

5
数0個/muのときは最も疲労寿命が長くなることが当然に理解されるの

であるから,0個/muが86個/mu以下の範囲内に含まれることは本

件明細書の記載によっても明らかである。

構成要件Hについて

被告製品のZnの含有量は約1.08%であるから,被告製品は,構成

要件Hを充足する。

(被告の主張)

構成要件C(Iが引用するものを含む。),C1について

被告製品は残部がスズ及び亜鉛を含んでいるから,構成要件C,C1を

充足しない。構成要件C,C1にいう「残部がCuおよび不可避的不純物

から る銅合金からなり」というのは,銅と不可避的不純物のみが含まれ

る合金という意味である。また,「不可避的不純物」とは,製造工程上の

理由により避けることができずに含まれてくる不純物を意味するのであっ

て,積極的に添加された成分は含まれないと解すべきところ,被告製品に

含まれるスズと亜鉛は積極的に添加された成分であるから,不可避的不純

物に当たらない。

構成要件D(Iが引用するものを含む。),D1について

被告実験結果報告書(乙9)記載の測定条件・測定場所による被告製品

の表面圧縮残留応力が75MPaであることは認めるが,構成要件D,D

1にいう「圧縮残留応力」の測定方法は,本件明細書の記載からは明らか

でなく,被告実験報告書記載の測定条件に従って算出される値が本件発明

にいう「圧縮残留応力」と技術的に同一のものであるか否かは不明である。

構成要件F(Iが引用するものを含む。),F1について

本件発明は,直径4μm以上の介在物が相当数あることを前提に,その

上限を86個/mu以下と規定したものであるから,介在物が存在しない

構成は含まれない。下記(2)ウ記載のとおり,サポート要件の観点を加味

6
して解釈するならば,「86個/mu以下」とは,「86個/mu以下で

あって,かつ,およそ86個/mu」を意味し,どんなに原告に有利に解

釈しても,本件明細書に開示されている実施例の下限である25個/mu

が限界である。

構成要件Hについて

被告製品のZnの含有量は0.5〜2.0%であり,そのうちの1.

5%以下のものは,構成要件Hを充足する。

(2) 争点(2)(本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきも

のと認められるか)について

ア 工番6001−1(M702S−1/2H)に基づく新規性進歩性

欠如について

(被告の主張)

本件特許出願前に公然実施された工番6001−1は,原告の充足性に

関する主張によれば,本件発明1及び2の全ての構成要件を充足する。工

番6001−1の直径4μm以上の介在物の個数については,コルソン合

金の断面における介在物個数はエッチング条件によって変化しないところ,

被告において適切なエッチングを行い0個/muという結果が出たのであ

るから,工番6001−1は,構成要件F,F1を充足するのである。

また,工番6001−1は,本件発明3についても,導電率以外の構成

要件を充足する。本件発明3において,導電率を41%IACS以上と特

定している点については,工番6001−1の導電率は40%IACSで

あるが,導電率の測定結果には誤差が生じるものであるから,実測値が4

1%IACS以上のものも公然実施されていたことは間違いない。そうで

ないとしても,導電率が40%IACSである工番6001−1に基づい

て導電率を41%IACS以上とすることは本件特許出願時において当業

者が容易に想到することができた。

7
(原告の主張)

工番6001−1が本件特許出願前に公然と譲渡されたと認めるに足り

る証拠はない。また,工番6001−1の直径4μm以上の介在物の個数

については,エッチング条件が異なれば,介在物の直径の比較の前提を欠

くのであって,被告のエッチング条件による測定結果が本件発明に係る直

径4μm以上の介在物の個数の範囲内であると認めるに足りる証拠はない

から,工番6001−1は,構成要件F,F1を充足しない。

また,工番6001−1の導電率は,40%IACSであるから,この

点においても構成要件F1を充足しない。本件発明3は,コルソン合金の

組成や圧縮残留応力,介在物個数を規定した上で,疲労特性改善を図りつ

つ導電率を更に規定したものであり,このような前提を無視して導電率4

0%IACSである工番6001−1に基づいて導電率41%以上とする

ことが容易であると主張しても意味がない。

イ 工番6003−1(M702C)に基づく進歩性の欠如及び先使用につ

いて

(被告の主張)

本件特許出願前に公然実施された工番6003−1は,原告の充足性に

関する主張によれば,本件発明の圧縮残留応力以外の構成要件を充足する。

工番6003−1の直径4μm以上の介在物の個数については,コルソン

合金の断面における介在物個数はエッチング条件によって変化しないとこ

ろ,被告において適切なエッチングを行い0個/muという結果が出たの

であるから,構成要件F,F1を充足する。工番6003−1の表面圧縮

残留応力値が40MPaであり構成要件D,D1の圧縮残留応力値を充足

しないとしても,構成要件D,D1において圧縮残留応力値を66MPa

以上とすることについては臨界的意義が認められず,単なる設計事項に過

ぎない。

8
仮に公然実施の事実が認められないとしても,被告は,本件特許出願前

に工番6003−1を生産及び譲渡していたから,先使用による通常実施

権を有している。

(原告の主張)

工番6003−1が本件特許権の出願日の前に公然と譲渡されたことを

認めるに足りる証拠はない。工番6003−1は少なくとも本件発明の構

成要件D,D1の圧縮残留応力値を充足しない。工番6003−1の直径

4μm以上の介在物の個数については,エッチング条件が異なれば,介在

物の直径の比較の前提を欠くのであって,被告のエッチング条件による測

定結果が本件発明に係る直径4μm以上の介在物の個数の範囲内であると

認めるに足りる証拠はないから,工番6003−1は,構成要件F,F1

を充足しない。本件発明は,コルソン合金における圧縮残留応力,最大谷

深さ及び介在物の個数と疲労寿命との相関関係の存在が知られていなかっ

たところ,これを実験的に解明して数値範囲で特定したものであるから,

工番6003−1のサンプルに基づいて本件発明に想到することは困難で

ある。

また,工番6003−1は本件発明の技術的範囲に属しないから,先使

用による通常実施権が成立することはない。

ウ サポート要件違反又は実施可能要件違反について

(被告の主張)

本件発明において圧縮残留応力,最大谷深さ及び介在物の個数の各数値

範囲を限定した理由が本件明細書の記載内容からは理解することができな

いし,各パラメータ間の相互関係も不明である。本件明細書は,例えば,

残留応力の数値範囲を決定するに当たり,疲労寿命に影響を与えるパラメ

ータである介在物個数を「100個/mu以下」と極めて曖昧な条件のも

とで実験を行い,数値範囲を決定したという誤りを含んでおり,そこから

9
得られた残留応力の数値限定には何ら技術的意義が認められない。

また,本件発明はマグネシウムを成分として含有しないが,マグネシウ

ムを含有しないCu−Ni−Si系合金部材の発明例は1例のみであり,

1個の発明例から数値範囲を限定することは不可能であるから,本件発明

における数値限定をサポートする記載は本件明細書中に存在しない。

さらに,本件発明の構成要件F,F1において,介在物が存在しないも

のも含むと解釈されるのであれば,本件明細書において開示されている介

在物個数の下限は25個/muであり,直径4μm以上の介在物個数0〜

25個/mu未満の範囲をサポートする発明例がないため,この範囲にお

いて本件発明の効果を奏するか不明である。そして,サポート要件違反の

裏返しとしての実施可能要件違反もある。

(原告の主張)

本件発明は,コルソン合金における圧縮残留応力,最大谷深さ及び介在

物の個数と疲労寿命との相関関係の存在が知られていなかったところ,こ

れを実験的に解明して顕著な効果が表れる数値範囲を特定したものであり,

臨界的意義が問題になる事案ではない。金属疲労については相対的な評価

しかできないところ,実験条件において介在物個数を厳密に同一にしなく

ても,圧縮残留応力と疲労特性との関係である程度の相対評価は可能であ

る。

また,マグネシウムを成分として含有しないCu−Ni−Si系合金部

材は発明例20がサポートしているところ,これは他の発明例によって決

定されたパラメータの範囲内であり,本件発明の作用効果を十分に奏して

いる。

さらに,直径4μm以上の介在物個数については,本件明細書において

開示されている発明例の傾向から,直径4μm以上の介在物が少ないほど

疲労寿命が長くなることが当然に理解されるし,直径4μm以上の介在物

10
個数を減少させるための時効処理の温度等の諸条件については,本件明細

書の発明の詳細な説明の段落【0019】に詳しく記載されている。

訂正要件違反について

(被告の主張)

本件訂正後の請求項4(本件発明3)は,スズ含有量を0.01〜1.

1%に限定し,導電率を41%IACS以上に限定するものであるが,本

件明細書に記載されている発明例においてこれを充足する合金は表2の資

料No.18だけであり,その残留応力は,−100〜−150MPa,

最大谷深さPvが0.3〜0.4μm,介在物個数が100個/mu以下

であって,当業者といえども,係る1個の発明例から訂正後の請求項4に

係る発明を把握することは不可能であり,本件訂正は,訂正前の明細書に

記載されていない発明を記載している点で特許法126条5項に違反し,

訂正後の明細書に記載されていない発明を記載している点で同法36条

項1号に違反する。

(原告の主張)

本件訂正のうち,スズの含有量については,発明例18によって実験的

に確認された上限までその範囲を限定するもので新規事項の追加ではない。

導電率については,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0014】に

スズ含有量が増えると導電率が低下することが記載されており,発明例の

なかでスズが最も多く含有されている発明例18で測定された導電率が4

1%IACSなのであるから,スズの含有量が1.1%以下であれば導電

率が41%IACS以上であることは十分に読み取ることができる。

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか)について

(1) 構成要件C,C1について

証拠(甲2)によれば,本件特許の特許請求の範囲において,本件訂正

11
前の請求項4は,スズを含有する請求項1記載のCu−Ni−Si系合金部

材と特定し,請求項5は,亜鉛を含有する請求項1記載のCu−Ni−Si

系合金部材と特定していること,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0

014 】,段落【0015】にスズや亜鉛の濃度についての説明が記載さ

れていることが認められ,これらの記載を併せ読むと,本件発明1の構成要

件Cは,スズや亜鉛を含有することを排除しない趣旨であると解するのが相

当である。

また,本件発明3に係る構成要件C1は,もともと本件発明1の従属項

として構成要件Cで規定されていたものを本件訂正により独立項化したもの

に過ぎないから,構成要件Cと同様に,亜鉛を含有することを排除しない趣

旨であると解される。

そうであるから,被告製品は,スズ及び亜鉛を含有するとしても,構成

要件C,C1を充足する。

(2) 構成要件D,D1について

証拠(甲2)によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,「(d)残

留応力」として,「幅20mm,長さ200mmの短冊形試料を,試料の長

さ方向が圧延方向と一致するように採取した。塩化第二鉄水溶液を用いて,

片面側からエッチングして試料の反りの曲率半径を求め,残留応力を算出し

た。この測定を表裏両面よりエッチング量を変化させて行い,図1に示すよ

うな厚み方向の残留応力分布曲線を得た(括弧内省略)。この曲線より表面

および裏面の残留応力値を求め,両値の平均を表面残留応力値と定義した。 」

(段落【0024】)との記載があることが認められる。

原告が被告製品のサンプルにつき圧縮残留応力値を測定した結果は75.

1MPaであり(甲5),被告が被告製品のサンプルにつき圧縮残留応力値

を測定した結果は75MPaであると認められる(乙9)ところ,これらの

実験方法については,本件明細書記載の測定方法と実験条件等において異な

12
る部分があるものの,原告による測定結果と被告による測定結果がほぼ同じ

値であることからすれば,これらの測定方法の違いにより圧縮残留応力が大

きく変化するとは認められず,結局,被告製品の圧縮残留応力は約75MP

aであると認めることができる。そうすると,被告製品は,構成要件D,D

1を充足する。

(3) 構成要件F,F1について

被告製品の直径4μm以上の大きさの介在物個数は0個/muであり,こ

れは86個/mu以下の範囲内であるから,被告製品は,構成要件F,F1

を充足する。

被告は,サポート要件の観点を加味して解釈するならば,「86個/mu

以下」とは,「86個/mu以下であって,かつ,およそ86個/mu」を

意味するなどと主張する。確かに,サポート要件違反に係る被告の主張は,

以下のとおり理由があるが,そうであるとしても,構成要件F,F1は,

「直径4μm以上の介在物が86個/mu以下である」と一義的に明確に定

めているのであって,これを,「およそ86個/mu」であるとか,「25

個/mu以上86個/mu以下」であると限定して解すべき必要もないし,

解するのを相当とする理由もない。被告の主張は,採用することができない。

(4) 構成要件Hについて

証拠(甲6,乙7)に亜鉛が積極的に添加された成分であることを総合す

れば,被告製品の亜鉛の含有量は0.5〜2.0%の範囲内であると認めら

れる。証拠(甲10)によれば,被告製品の成分の湿式分析において,亜鉛

の含有量が1.08%であるとの結果が得られたことが認められるが,これ

は,被告製品のサンプルを分析した結果にとどまるのであって,これをもっ

て,亜鉛の含有量が0.5〜2.0%の範囲内であるとの前記認定を覆すに

は足りない。そうすると,被告製品のうち,亜鉛の含有量が1.5%以下の

ものは,構成要件Hを充足する。

13
(5) したがって,被告製品のうち亜鉛の含有量が1.5%以下のものは,従

構成要件である構成要件Iも含めて全ての構成要件を充足し,本件発明の

技術的範囲に属すると認められる。

2 争点(2)(本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきもの

と認められるか)について

被告の主張する無効理由のうち,直径4μm以上の介在物の個数に係るサポ

ート要件違反又は実施可能要件違反について,以下検討する。

(1) 証拠(甲2)によれば,本件発明に係るCu−Ni−Si系合金は,析

出硬化型,すなわち,Cuからなるマトリックス中に,NiとSiの金属間

化合物からなる析出物を微細に析出させることにより,導電率の低下を抑え

つつ強度を大幅に向上させた合金であるところ,直径「4μmを超える粗大

な析出物,晶出物等の介在物は強度に寄与しないばかりか,特に大きさが1

0μmを超える粗大なものは曲げ加工性,エッチング性,めっき性を著しく

低下させ,クラックの伝播を促進させる原因と考えられ,疲労寿命が低下す

る。」(段落【0009】)ため,介在物の個数を調整する必要があること,

本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例4について,「4μm以上の介

在物の個数が異なるように熱間圧延前の加熱温度,溶体化処理の温度を調整

した。」(段落【0035】)と記載され,【表4】に,直径4μm以上の

介在物個数が25個/muの試料,47個/muの試料及び86個/muの

試料の3つの本発明例と125個/muの試料及び150個/muの試料の

2つの比較例が列記され(段落【0036】),「表4に付加応力 σ を5

00MPaとしたときの疲労寿命を示す。介在物の個数が86個/mm 2 を

超えると疲労寿命が低下することがわかる。」(段落【0037】)と記載

されていることが認められる。

(2) そこで,さらに本件明細書の発明の詳細な説明における介在物個数の調

整方法に関する記載について検討する。

14
証拠(甲2)によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,「ここで本

発明において「介在物」とは,鋳造時の凝固過程に生じる一般に粗大である

晶出物並びに溶解時の溶湯内での反応により生じる酸化物,硫化物等,更に

は,鋳造時の凝固過程以降,すなわち凝固後の冷却過程,熱間圧延後,溶体

化処理後の冷却過程及び時効処理時に固相のマトリックス中に析出反応で生

じる析出物であり,本銅合金のSEM観察によりマトリックス中に観察され

る粒子を包括するものである。」(段落【0009】),介在物のうち晶出

物及び析出物について,「時効処理は所望の強度及び電気伝導性を得るため

に行うが,時効処理温度は300〜650℃にする必要がある。300℃未

満では時効処理に時間がかかり経済的でなく,650℃を越えるとNi−S

i粒子は粗大化し,更に700℃を超えるとNi及びSiが固溶してしまい,

強度及び電気伝導性が向上しないためである。300〜650℃の範囲で時

効処理する際,時効処理時間は,1〜10時間であれば十分な強度,電気伝

導性が得られる。」(段落【0019】)との記載があることが認められ,

これによれば,時効処理温度及び時間につき,粗大な晶出物及び析出物の個

数を低減させる方法についての一定の開示があるということができる。

しかしながら,溶解時の溶湯内での反応により生じる酸化物,硫化物等に

ついては,本件明細書の発明の詳細な説明に,直径4μm以上の介在物個数

を低減させる方法の開示は全くない。

(3) そして,本件明細書の記載内容及び弁論の全趣旨からすれば,原告が本

件特許出願時において直径4μm以上の全ての介在物個数を0個/muとす

るCu−Ni−Si系合金部材を製造することができたと認めるに足りず,

技術的な説明がなくても,当業者が出願時の技術常識に基づいてその物を製

造できたと認めることもできない。

そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明には,特許請求の範囲に記載

された数値範囲全体についての実施例の開示がなく,かつ,実施例のない部

15
分について実施可能であることが理解できる程度の技術的な説明もないもの

といわざるを得ない。

(4) したがって,本件発明は,特許請求の範囲で,粗大な介在物が存在しな

いものも含めて特定しながら,明細書の発明の詳細の説明では,粗大な介在

物の個数が最小で25個/muである発明例を記載するのみで0個/muの

発明例を記載せず,かつ,全ての粗大な介在物の個数を低減する方法につい

て記載されていないことなどからすれば,本件明細書の発明の詳細な説明は,

本件発明の少なくとも一部につき,当業者がその実施をすることができる程

度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。

3 以上のとおりであって,被告製品のうち亜鉛の含有量が1.5%以下のもの

は本件発明の技術的範囲に属するが,本件特許は特許無効審判により無効にさ

れるべきものと認められるから,原告は,特許法104条の3第1項により,

本件特許権を行使することができない。そうすると,原告の請求は,その余の

点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。

よって,原告の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部




裁判長裁判官 高 野 輝 久




裁判官 三 井 大 有




16
裁判官 宇 野 遥 子




17
(別紙)



1 本件訂正前の特許請求の範囲の記載



【請求項1】質量百分率(%)に基づいて(以下,%と表記する)Ni:1.0〜

4.5%,Si:0.2〜1.2%を含有し,残部がCuおよび不可避的

不純物から成る銅合金からなり,表面に66〜184MPaの圧縮残留応

力が存在し,表面の最大谷深さ(以下,Rvと表記する)が0.5μm以

下であり,直径4μm以上の介在物が86個/mm 2 以下であることを特

徴とするCu−Ni−Si系合金部材。

【請求項2】Mg:0.05〜0.3%を含有する請求項1に記載のCu−Ni−

Si系合金部材。

【請求項3】P:0.01〜0.5%を含有する請求項1又は2に記載のCu−N

i−Si系合金部材。

【請求項4】Sn:0.01〜1.5%を含有する請求項1〜3のいずれかに記載

のCu−Ni−Si系合金部材。

【請求項5】Zn:0.01〜1.5%を含有する請求項1〜4のいずれかに記載

のCu−Ni−Si系合金部材。



2 本件訂正後の特許請求の範囲の記載(訂正部分に下線を付す。)



【請求項1】質量百分率(%)に基づいて(以下,%と表記する)Ni:1.0〜

4.5%,Si:0.2〜1.2%を含有し,残部がCuおよび不可避的

不純物から成る銅合金からなり,表面に66〜184MPaの圧縮残留応

力が存在し,表面の最大谷深さ(以下,Rvと表記する)が0.5μm以

下であり,圧延方向に平行な断面を鏡面研磨後に,47°ボーメの塩化第

18
二鉄溶液で2分間エッチング後,観察面において観察される直径4μm以

上の介在物が86個/mm 2 以下であることを特徴とするCu−Ni−S

i系合金部材。

【請求項2】Mg:0.05〜0.3%を含有する請求項1に記載のCu−Ni−

Si系合金部材。

【請求項3】P:0.01〜0.5%を含有する請求項1又は2に記載のCu−N

i−Si系合金部材。

【請求項4】質量百分率(%)に基づいて(以下,%と表記する)Ni:1.0〜

4.5%,Si:0.2〜1.2% ,Sn:0.01〜1.1%を含

有し,残部がCuおよび不可避的不純物から成る銅合金からなり ,表

面に66〜184MPaの圧縮残留応力が存在し ,表面の最大谷深さ

(以下,Rvと表記する)が0.5μm以下であり ,圧延方向に平行

な断面を鏡面研磨後に,47°ボーメの塩化第二鉄溶液で2分間エッ

チング後,観察面において観察される直径4μm以上の介在物が86

個/mm 2 以下であり,導電率が41%IACS以上であるCu−Ni

−Si系合金部材。

【請求項5】Zn:0.01〜1.5%を含有する請求項1〜3のいずれかに記載

のCu−Ni−Si系合金部材。

【請求項6】Mg:0.05〜0.3%を含有する請求項4に記載のCu−Ni−

Si系合金部材。

【請求項7】P:0.01〜0.5%を含有する請求項4又は6に記載のCu−N

i−Si系合金部材。

【請求項8】Zn:0.01〜1.5%を含有する請求項4,6又は7のいずれか

に記載のCu−Ni−Si系合金部材。



以上

19

  • この表をプリントする