審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成23ワ35723 特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成23ワ34237特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24ワ14227損害賠償請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24ワ4028特許権に基づく損害賠償請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10197審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
23年
(ワ)
26676号
特許権侵害行為差止等請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2014/09/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成26年9月25日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官 平成23年(ワ)第26676号 特許権侵害行為差止等請求事件 口頭弁論終結日 平成26年7月17日 判 決 大阪府守口市<以下略> 原 告 三 洋 電 機 株 式 会 社 同訴訟代理人弁護士 尾 崎 英 男 鷹 見 雅 和 日 野 英 一 郎 上 野 潤 一 今 田 瞳 徳島県阿南市<以下略> 被 告 日亜化学工業株式会社 同訴訟代理人弁護士 古 城 春 実 堀 籠 佳 典 牧 野 知 彦 加 治 梓 子 同補佐人弁理士 蟹 田 昌 之 主 文 原告の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事 実 及 び 理 由 第1 請求 1 被告は,別紙物件目録記載の半導体レーザダイオード製品(以下「被告製 品」という。)の製造,譲渡,輸出又は譲渡の申出をしてはならない。 2 被告は,別紙方法目録記載の製造方法(以下「被告方法」という。)を使 用して被告製品を製造してはならない。 3 被告は,被告製品を廃棄せよ。 4 被告は,原告に対し,12億円及びこれに対する平成23年8月24日か ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,発明の名称を「窒化物系半導体素子」とする特許権(以下「本件 特許権1」という。)及び発明の名称を「窒化物系半導体素子の製造方法」 とする特許権(以下「本件特許権2」といい,本件特許権1と併せて「本件 各特許権」という。)を有する原告が,被告による被告製品の製造販売等が 本件各特許権の侵害に当たると主張して,被告に対し,特許法100条に基 づく被告製品の製造販売等の差止め及び廃棄並びに特許権侵害の不法行為 (民法709条,特許法102条3項)に基づく損害賠償金又は不当利得金 12億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年8月24日 から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた 事案である。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨 により容易に認められる事実) (1) 当事者 ア 原告は,電気,通信,電子等の機械器具の製造販売等を業とする株式 会社である。 イ 被告は,半導体及び関連材料,蛍光体及び関連応用製品の製造販売等 を業とする株式会社である。 (2) 本件各特許権 ア 原告は,次の本件各特許権を有している(以下,本件特許権1に係る 特許を「本件特許1」,本件特許権2に係る特許を「本件特許2」とい い,併せて「本件各特許」という。また,それぞれの特許出願の願書に 添付された明細書(ただし,本件特許1については後記(4)ア(ア)の平 成23年12月26日付け訂正請求に係るもの)を「本件明細書1」及 び「本件明細書2」という。)。 (ア) 本件特許権1 登録番号 第3933592号 発明の名称 窒化物系半導体素子 出 願 日 平成15年3月19日(特願2003−74966) 優 先 日 平成14年3月26日(優先権主張番号 特願200 2−85085) 登 録 日 平成19年3月30日 (イ) 本件特許権2 登録番号 第4180107号 発明の名称 窒化物系半導体素子の製造方法 出 願 日 平成20年3月24日(特願2008−76844) 原出願日 平成15年3月19日 優 先 日 平成14年3月26日(優先権主張番号 特願200 2−85085) 登 録 日 平成20年9月5日 イ 本件特許権1の特許請求の範囲の請求項1及び5(ただし,後記(4) ア(ア)の平成23年12月26日付け訂正請求に係るもの)並びに本件 特許権2の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以 下,それぞれを「本件特許発明1」,「本件特許発明1−2」及び「本 件特許発明2」といい,これらを併せて「本件各特許発明」という。)。 (ア) 本件特許権1の請求項1(本件特許発明1) 「 ウルツ鉱構造を有するn型の窒化物系半導体基板からなる第1半導 体層と,前記第1半導体層の裏面上に形成されたn側電極とを備え, 前記第1半導体層の前記n側電極との界面近傍における転位密度は, 1×10 9cm −2以下であり,前記n側電極と前記第1半導体層との 界面において,0.05Ωcm 2以下のコンタクト抵抗を有する,窒 化物系半導体素子。」 (イ) 本件特許権1の請求項5(本件特許発明1−2) 「 前記第1半導体層は,所定の厚さになるまで裏面側が加工され,該 加工により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が 除去された層であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に 記載の窒化物系半導体素子。」 (ウ) 本件特許権2の請求項1(本件特許発明2) 「 n型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいずれかから なる第1半導体層の上面上に,活性層を含む窒化物半導体層からなる 第2半導体層を形成する第1工程と,前記第1半導体層の裏面を研磨 することにより厚み加工する第2工程と,前記第1工程及び前記第2 工程の後,前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏 面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×1 0 9cm −2以下とする第3工程と,その後,前記転位を含む前記第1 半導体層の裏面近傍の領域が除去された第1半導体層の裏面上に,n 側電極を形成する第4工程とを備え,前記第1半導体層と前記n側電 極とのコンタクト抵抗を0.05Ωcm 2 以下とする,窒化物系半導 体素子の製造方法。」 ウ 本件各特許発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下, 各構成要件を「構成要件A1」などという。), (ア) 本件特許発明1 A1 ウルツ鉱構造を有するn型の窒化物系半導体基板からなる第1 半導体層と, B1 前記第1半導体層の裏面上に形成されたn側電極とを備え, C1 前記第1半導体層の前記n側電極との界面近傍における転位密 度は,1×10 9cm−2以下であり, D1 前記n側電極と前記第1半導体層との界面において,0.05 Ωcm 2以下のコンタクト抵抗を有する, E1 窒化物系半導体素子。 (イ) 本件特許発明1−2(その余の構成要件は本件特許発明1と同じ である。) F1 前記第1半導体層は,所定の厚さになるまで裏面側が加工され, 該加工により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の 領域が除去された層であることを特徴とする (ウ) 本件特許発明2 A2 n型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいずれか からなる第1半導体層の上面上に,活性層を含む窒化物半導体層 からなる第2半導体層を形成する第1工程と, B2 前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第 2工程と, C2 前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研磨により発生した 転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第 1半導体層の裏面の転位密度を1×10 9 cm −2以下とする第3 工程と, D2 その後,前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が 除去された第1半導体層の裏面上に,n側電極を形成する第4工 程とを備え, E2 前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗を0.0 5Ωcm 2以下とする, F2 窒化物系半導体素子の製造方法。 (3) 被告の行為 ア 被告は,平成18年1月1日以降,ブルーレイディスクの記録用又は 再生用に使用される半導体レーザダイオード製品である被告製品を製造 し,販売あるいは輸出している。 イ 被告製品の構成は,別紙物件目録記載のとおりである(なお,被告は, 同記載中「ピーク波長の仕様がBD規格に定められた範囲内の,」とあ る部分を「BD用の」とすべき旨主張するが,本件の結論に影響すべき 実質的な争いはないものと認める。)。 ウ 被告製品の製造方法につき,原告が被告方法(別紙方法目録記載の方 法)である旨主張するのに対し,被告は別紙被告主張方法目録に記載の @〜Fの方法である旨主張するところ,同別紙の下線部を除く部分につ いては当事者間に争いがない(以下,同別紙記載の各工程のうち下線部 を除く部分をその番号により「工程@」などという。)。 すなわち,被告製品は,GaN基板の裏面を鏡面になるまで研磨する 工程A及びBと,その後にGaN基板の裏面をCMPを用いて研磨する 工程Cを含んでいる。CMPとは,機械的研磨と研磨液による化学作用 の複合作用により,半導体ウエハの表面の精密研磨を行う技術であり, 微細な凹凸や表面ゆがみ(ダメージ)のない極めて良好な面を形成する ことができるものである。 (4) 本件特許1に係る特許無効審判請求及び訂正請求 ア 無効2011−800202号事件(甲19の2,甲25,35) (ア) 被告は,平成23年10月7日,本件特許発明1及び1−2(た だし,後記訂正請求の前のもの)が特開2001−148357号公 報(乙1の2)に記載された発明と同一であり,又はこれに基づいて 容易に発明をすることができた旨主張して,特許無効審判を請求した。 原告は,同年12月26日,本件特許1の特許請求の範囲の請求項1 に「ウルツ鉱構造を有するn型の窒化物系半導体層および窒化物系半 導体基板のいずれかからなる第1半導体層」とあるのを「ウルツ鉱構 造を有するn型の窒化物系半導体基板からなる第1半導体層」(構成 要件A1)とする旨,請求項5に「前記第1半導体層は,所定の厚さ になるまで裏面側が加工された層であることを特徴とする」とあるの を「前記第1半導体層は,所定の厚さになるまで裏面側が加工され, 該加工により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域 が除去された層であることを特徴とする」(構成要件F1)とする旨 の訂正請求をした(下線部は訂正箇所である。)。特許庁は,平成2 4年7月20日,訂正を認める,無効審判請求は成り立たない旨の審 決をした。 (イ) 被告は上記審決の取消しを求める訴訟を提起したが(知的財産高 等裁判所平成24年(行ケ)第10302号),平成25年11月1 4日,請求棄却の判決が言い渡された。これに対しては被告が上告及 び上告受理申立てをしており,本件の口頭弁論終結時において,上記 審決は確定していない。 イ 無効2013−800099号事件(甲37,乙69,弁論の全趣 旨) 被告は,平成25年5月31日,本件特許発明1及び1−2が特開2 000−349338号公報(乙57)に記載された発明に基づいて容 易に発明をすることができた旨主張して,特許無効審判を請求した。原 告は,その口頭審理期日において無効理由通知がされたことから,同年 12月27日,上記ア(ア)の訂正事項に加えて請求項1に「(ただし, 機械研磨を行わずにエッチングにより第1半導体層の一部を除去して, 露出した第1半導体層の裏面にn側電極を形成する工程を含む製造方法 で製造された窒化物系半導体素子を除く)」との文言を付加する旨の訂 正請求をした。その後,この無効審判請求事件は,上記アの審決が確定 していないことから,手続が中止されている。 ウ なお,被告は,本件各特許につき上記以外にも複数の特許無効審判を 請求しているが,本件口頭弁論終結時において,特許を無効とする旨の 審決はされていない。 2 争点 本件特許1については前記1(4)ア(ア)及びイの訂正請求に対する判断が 確定していないが,本件訴訟の経過及び当事者の主張に鑑み,特許庁が訂正 を認めた上記ア(ア)の訂正請求後の特許請求の範囲の記載(本件特許発明1 につき構成要件A1〜E1,本件特許発明1−2につきこれらに加え構成要 件F1)に基づいて判断することとする(ただし,当裁判所は,後記のとお り,構成要件C1の充足性を欠くと判断するので,上記各訂正請求の可否は 本件の結論に影響しないものと認める。)。 原告が,被告製品は本件特許発明1及び1−2の技術的範囲に,被告方法 は本件特許発明2の技術的範囲に属する旨主張するのに対し,被告は,本件 特許発明1及び1−2の構成要件A1,B1及びE1並びに本件特許発明2 の構成要件A2,B2及びF2の充足性は認めるが,被告製品及びその製造 方法は,本件各特許発明の特許請求の範囲の記載中,@「転位」の要件を欠 くので本件特許発明1の構成要件C1,本件特許発明1−2の構成要件C1 及びF1並びに本件特許発明2の構成要件C2及びD2を充足しない,A 「除去」の要件を欠くので本件特許発明1−2の構成要件F1及び本件特許 発明2の構成要件D2を充足しない,B「コンタクト抵抗」の要件を欠くの で本件特許発明1及び1−2の構成要件D1並びに本件特許発明2の構成要 件E2を充足しないと主張し,さらに,本件各特許にはいずれも無効理由が あり,特許無効審判により無効にされるべきものであるので,原告は被告に 対して権利行使できない(特許法104条の3第1項)旨主張している。 そうすると,本件の争点は,以下のとおりとなる。 (1) 「転位」の意義及びその充足性 (2) 「除去」の意義及びその充足性 (3) 「コンタクト抵抗」の意義及びその充足性 (4) 特許無効理由の有無 (5) 損害ないし不当利得の額 3 争点に関する当事者の主張 (1) 「転位」の意義及びその充足性 (原告の主張) ア 本件各特許発明の「転位」とは,学術用語のとおり,「結晶中にある 線状の結晶格子の乱れ」であり,原子レベルの欠陥をいう。また,「転 位密度」とは,単位断面積(1cm 2)当たりを通過する転位の本数を いう。他方,「結晶欠陥」とは,線欠陥である「転位」の上位概念であ る。 半導体レーザを製造するためにGaN基板を機械研磨する際,その研 磨条件次第ではクラック等の損傷も発生するが,それらの損傷よりも深 い位置にまで「転位」を含む原子レベルの結晶欠陥が発生する。本件各 特許発明の特徴は,GaN基板裏面を研磨してn側電極を設けた半導体 素子において,n側電極のコンタクト抵抗が高くなり,その原因が基板 の研磨時に生成した転位であることを発見した点にある。 イ 原告が入手した被告製品を測定したところによれば(甲15),電極 との界面から0.5μmの深さにおける転位密度は3.4〜4.8×1 0 5cm −2以下であり,また,電極が付いた状態の被告製品につき3か 所の断面を観察したところ,電極との界面から基板内部(0.5μm以 上の深さ)にわたって,転位を確認することができなかった。 これらのことからすれば,基板の電極との界面近傍における転位密度 も,上記測定結果と同等となると推測される。 ウ 被告が提出した工程A及びBの研磨工程が終わった時点における基板 裏面近傍の断面写真(乙21)には,研磨面から深さ0.2μm程度ま で暗線状のコントラストがあり,「転位」が認められる。そして,工程 Cでは,上記基板の裏面がCMPにより1〜数μm除去されるから,研 磨によって生じた転位が確実に除去されている。なお,工程Cが終わっ た時点のものとして被告が提出する基板裏面近傍の断面写真(乙50) に認められるコントラストは,工程A及びBが終わった時点において認 められる暗線状のコントラストとは異なるから,転位ではない。 エ 以上によれば,被告方法は,CMPにより新たな転位を発生しない状 態で研磨することによって,工程A及びBで生じた転位を除去するもの である。そして,被告製品のGaN基板とn側電極との界面近傍におけ る転位密度は半導体素子を作成する前の基板の転位密度である8×10 6 cm −2以下となっているから,被告製品は構成要件C1及びF1を, 被告方法は構成要件C2及びD2をいずれも充足する。 (被告の主張) ア 半導体レーザ素子の製造過程において機械研磨をしたことにより発生 する結晶欠陥ないしダメージ層を除去することは従来技術として存在し ており,被告はこの従来技術により被告製品を製造しているにすぎない。 そして,通常の学術用語にいう「転位」は結晶欠陥に含まれるから,本 件各特許発明がこの従来技術と異なるとすれば,その特許請求の範囲に 記載された「転位」及び「転位密度」の意味は不明確であるというほか なく,被告製品及びその製造方法が本件各特許発明の技術的範囲に属す ることの立証があるということはできない。 イ 原告は,工程A及びBが終わった時点の断面写真(乙21)に「転 位」が示されていると主張するが,これに写っている結晶欠陥は黒いモ ヤモヤとして示されるダメージ層であり,その中から線状の結晶欠陥で ある「転位」を識別することはできない。これが「転位」に当たるとす る原告の主張は恣意的なものであり,「転位」が発生していることの立 証はない。 また,仮に上記写真に「転位」が写っているというのであれば,工程 Cの後の断面写真(乙50)にも同様の結晶欠陥が写っているから,被 告製品は本件各特許発明の技術的範囲外にあることになる。 ウ したがって,被告製品は構成要件C1及びF1を充足せず,被告製品 の製造方法は構成要件C2及びD2を充足しない。 (2) 「除去」の意義及びその充足性 (原告の主張) 工程Cにおいては,工程A及びBにより生じた「転位」を除去している から,被告製品は構成要件F1を,被告方法は構成要件C2及びD2を充 足する。なお,「除去」の手段はエッチングに限られるものでない。 (被告の主張) 本件各特許の明細書が「除去」の手段として開示しているのは,エッチ ングという研磨ではない手段のみであり,それ以外の手段を示唆する記載 はない。これに対し,工程CにおけるCMPは機械的作用による研磨を含 むものであるから,「除去」に該当しない。 (3) 「コンタクト抵抗」の意義及びその充足性 (原告の主張) GaN基板の裏面にn側電極を設けたGaN系半導体素子においてコン タクト抵抗が「0.05Ωcm 2以下」であることは,本件の発明者によ って初めて実現されたものである。そして,レーザとして実用化された製 品がその性能を発揮するためにはレーザ素子のコンタクト抵抗が「0.0 5Ωcm 2以下」である必要があるから,実用化された被告製品のコンタ クト抵抗は上記数値の範囲内にある。 また,工程Eにおける被告製品のGaN基板とn電極との界面における コンタクト抵抗は,10 −4〜10 −5cm−2のオーダーとなっている。 したがって,被告製品は構成要件D1を,被告方法は構成要件E2をそ れぞれ充足する。 (被告の主張) 被告は,被告製品の全てについてコンタクト抵抗を測定したことがない から,被告製品のコンタクト抵抗が本件各特許発明の数値以下となってい るかについては不知である。 また,これが上記数値以下であるとしても,本件特許発明2のコンタク ト抵抗(構成要件E2)は転位を除去すること(構成要件C2)の結果と して得られたものであることが必要であるが,被告製品においてはそのよ うな因果関係は認められない。 (4) 特許無効理由の有無 (被告の主張) ア 本件各特許発明は,いずれも以下の公刊物のいずれかに記載された発 明と同一であり,又はこれに基づいて容易に発明をすることができたも のであるから,新規性又は進歩性を欠く。 (ア) 特開2001−148357号公報(乙1の2) (イ) 特開2001−176823号公報(乙9) (ウ) 特開2003−51614号公報(乙2の10)。ただし,本件 各特許発明について優先権の利益が認められるのであれば,特許法2 9条の2に違反する。 (エ) 特開平5−343790号公報(乙35) (オ) 特開2000−349338号公報(乙57) イ 本件特許1については,特許請求の範囲の「界面近傍」の意味が不明 であるので,記載不備(明確性要件の違反)がある。 (原告の主張) 争う。 (5) 損害ないし不当利得の額 (原告の主張) 被告が平成18年1月1日から平成23年8月11日までの間に製造あ るいは販売した被告製品の販売価格の合計は少なくとも240億円であり, 本件各特許発明の実施について原告が受けるべき金銭の額はその5%を下 らない。したがって,民法709条及び特許法102条3項あるいは民法 703条に基づき原告が被告に対し請求することのできる損害賠償金又は 不当利得金は,少なくとも12億円である。 (被告の主張) 争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(「転位」の意義及びその充足性)について (1) まず,本件特許1につき検討する。 本件特許発明1及び1−2の構成要件Cは,第1半導体層のn側電極と の界面近傍における「転位密度」が1×10 9cm −2以下であることであ るが,この「転位密度」は「転位」の密度を測定したものであるから,特 許請求の範囲にいう「転位」の意義につき検討した上で,被告製品が上記 構成要件を充足するかどうかを判断することとする。 (2) 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア 転位とは,半導体素子等の結晶に関係する技術分野において用いられ る学術用語であり,その有する普通の意味は,結晶中にある線状の結晶 格子の乱れ(科学大辞典。甲18),結晶中に存在する線状の格子欠陥 であり,原子配列の乱れが線状に連続している部分(半導体・金属材料 用語辞典。乙2の8),結晶中のひずみに起因する線欠陥の一種で,原 子面の片側に線状のダングリングボンドが並ぶ結晶欠陥(半導体用語大 辞典。乙2の9)というものである。 イ GaN基板は,本件特許権1の出願日(優先権主張日をいう。以下同 じ。)以前から,半導体素子の材料として用いられていた。GaN基板 には,その成長過程で発生する転位(貫通転位)が存在するが,半導体 素子の高性能化のために転位密度を下げることが要求されており,上記 の当時,機械研磨前の転位密度が1×10 4 〜10 8 cm −2 程度のGa N基板が存在していた。(乙1の3〜9) ウ 半導体素子を製造するに際してGaN基板等の基板(ウエハ)に機械 研磨を施した場合には,研磨される面に応力が加わるので,ある程度の 深さまでクラック,ゆがみ,結晶欠陥等の損傷が生じることが避けられ ない。これが加工変質層,ダメージ層,表面ゆがみ層等と呼ばれるもの (以下「加工変質層」という。)であるが,機械研磨により加工変質層 が生じること,加工変質層が存在すると半導体素子の性能に悪影響を及 ぼすこと,したがって,基板を研磨した後に研磨面に生じた加工変質層 を完全に除去すべきことは,上記出願日以前から,本件各特許発明が属 する技術分野の当業者に広く知られていた。(乙2の11,乙9〜11, 23〜34) エ 本件明細書1には以下の趣旨の記載がある。(甲3,19の2) (ア) n型GaN基板を用いた従来の窒化物系半導体素子は,基板の上 面に,n型層,n型バッファ層,n型クラッド層,n型光ガイド層, MQW活性層,p型層,p型光ガイド層,p型クラッド層及びp型コ ンタクト層を順次形成し,p型コンタクト層の上面上にp側電極を形 成した後,基板の裏面を所定の厚みになるまで研磨してn側電極を形 成するものであるが,基板の裏面を機械研磨する際に裏面近傍に応力 が加わるため,裏面近傍にクラックなどの微細な結晶欠陥が発生する という不都合があった。その結果,n型GaN基板と,n型GaN基 板の裏面上に形成されたn側電極とのコンタクト抵抗が増加するとい う問題点があった。(段落【0004】〜【0009】) (イ) 本件特許1に係る発明は,上記の課題を解決するためにされたも のであり,窒化物系半導体基板の窒素面と電極とのコンタクト抵抗を 低減することが可能な窒化物系半導体素子を提供することを目的とす る。(段落【0013】) (ウ) 本件特許1に係る発明は,上記目的を達成するため,課題解決の 手段として特許請求の範囲に記載の構成を採用したものであり,これ によりコンタクト抵抗が低減された良好な素子特性を有する窒化物系 半導体素子を得ることができるという効果を奏する。(段落【002 4】,【0025】) (エ) 発明の実施の形態においては,p側電極を形成した後にn型Ga N基板の裏面を機械研磨し,その後,反応性イオンエッチング(RI E)法により基板の裏面を約1μmの厚み分だけ除去する。その結果, 上記機械研磨に起因して発生した結晶欠陥を含むn型GaN基板の裏 面近傍の領域を除去することができる。上記エッチングによる効果を 確認するため,エッチング前後における基板の裏面の結晶欠陥(転 位)密度を測定したところ,エッチング前には1×10 10 cm −2 以 上であったのが,エッチング後には1×10 6cm −2以下にまで減少 していることが判明した。(段落【0043】〜【0046】) (3) 上記事実関係によれば,本件特許1の特許請求の範囲にいう「転位」 とは,原子レベルの線状の結晶欠陥(上記(2)ア)のうち,@ 半導体素子 製造過程での機械研磨によって発生し,かつ,A 結晶中の表面から深い 位置に発生したものをいうと解するのが相当である。その理由は,次のと おりである。 まず,上記@の点についてみるに,本件特許1に係る発明は,n型Ga N基板の裏面を機械研磨すると結晶欠陥が発生し,コンタクト抵抗が増加 するという問題点があったことから,これを解決することを課題とするも のである(上記(2)エ)。また,本件特許権1の出願日以前から,半導体 素子の材料となるGaN基板の転位密度は,機械研磨の前は1×10 4〜 10 8cm −2程度であったというのであり(同イ),構成要件C1に規定 された転位密度の上限値(1×10 9cm −2)を下回っているから,機械 研磨がされない場合には上記課題は存在しないことになる。そうすると, 構成要件C1は半導体素子製造過程での機械研磨によって生じた転位の密 度に関するものとみることができる。 次に,上記Aの点についてみるに,半導体素子の製造に当たり基板を機 械研磨すると加工変質層と呼ばれるクラック,結晶欠陥等が生じること及 びこれを完全に除去すべきことは本件特許権1の出願日以前から周知であ ったというのであるから(同ウ),機械研磨により生じた転位であっても 加工変質層中の結晶欠陥に相当するものは,従来技術においても除去され ていたとみることができる。そうすると,発明により解決すべき課題に照 らすと,構成要件C1に規定された「転位」は,結晶中の加工変質層より 深い位置(具体的な深さについては追って検討する。)に生じたものを指 すと解すべきものとなる。なお,本件特許権1の出願日当時,加工変質層 中の転位その他の結晶欠陥とコンタクト抵抗の数値等の関係について具体 的な知見が明らかにされていなかったとしても,加工変質層は全て除去す べきものとされており,これに伴って加工変質層の深さの範囲内にある転 位も除去されていたことになるから,上記知見の有無は上記Aのとおり解 すべきことの妨げにならないと考えられる。 「転位」の意義についての以上の解釈は,本件特許1に係る審決取消訴 訟(前記前提事実(4)ア(イ))において,特許請求の範囲にいう「転位」 とは「基板の機械研磨によって生じ得る加工変質層のうち,結晶中の深く まで生じ得る原子レベルの線状の結晶欠陥を意味する」旨判示し,これを 前提に本件特許1に無効理由がないとした知的財産高等裁判所の判断(甲 35)に沿うものと解される。 (4) 上記(3)の「転位」の意義に照らすと,被告製品が構成要件C1を充足 するというためには,(a) 被告製品の製造過程において機械研磨により 結晶中の深い位置に原子レベルの線状の結晶欠陥が発生したこと,(b) 被告製品の第1半導体層のn側電極との界面近傍における転位密度が1× 10 9cm−2以下であることが必要となる。 この点につき,被告は,製造過程の被告製品のGaN基板の研磨面近傍 の断面を観察した写真であるとして,工程A及びB(機械研磨)を終了し た時点のSTEM(走査透過電子顕微鏡)による分析像(乙21の図1。 以下「乙21写真」という。)と,工程C(CMP)を終了した時点のT EM(透過電子顕微鏡)による分析像(乙50の写真1−1〜3。以下 「乙50写真」と総称する。)を提出し,被告製品には構成要件C1の 「転位」が認められない旨主張する。これに対し,原告は,乙21写真に は約0.2μmの深さまで伸びた暗線状のコントラストが認められ,「転 位」が存在するといえるが,乙50写真では暗線状のコントラストが観察 されず,転位密度が1×10 9cm −2以下であるから,被告製品は構成要 件C1を充足する旨主張し,これに沿う大学准教授の見解書(甲33,3 4)を提出するので,以下,その主張の当否につき検討する。 ア 一般的な学術用語としての転位に該当する典型的な線状の結晶欠陥 (前記(2)ア参照)であれば,STEMないしTEM観察により線状の 画像が明瞭に認められる(甲23,24,30,乙6,21参照)のに 対し,乙21写真において原告が「転位」であると指摘する箇所は,画 像処理を行ってコントラストを強調すれば線状に見える余地があるとは いえ(甲34参照),上記の典型的な場合に比較すると不鮮明なものに とどまる。 また,本件明細書1には結晶欠陥(転位)密度をTEM分析により測 定した旨の記載があり(段落【0046】),その発明者らはTEMを 用いて「転位」の存在を確認したと推測されるものの,当時のTEM画 像等は証拠として提出されておらず(その存在自体不明である。),発 明者らが「転位」と認識したものと乙21写真に現れたものが同一であ ると認めるべき証拠はない。 そうすると,乙21写真によって,被告製品の製造過程において機械 研磨により原子レベルの線状の欠陥が発生したと認めることは困難であ る。 イ さらに,乙21写真に線状の結晶欠陥の存在を示す暗線状のコントラ ストが認められるとしても,これが構成要件C1にいう「転位」に当た るというためには結晶中の深い位置,すなわち,従来技術において除去 されるものとされた加工変質層より深い位置に発生したことを要する。 そこで,乙21写真に現れた深さ約0.2μmのコントラストがこれ に当たるかについてみるに,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,加 工変質層の深さは研磨剤の材質及び粒径等の加工条件によって異なり, 例えば粒径に応じて約0.1〜1.7μmの範囲となり,又は9μm未 満となる旨の報告があること(乙31),GaN基板を機械研磨すると, N面における約0.2〜0.3μmの表面下層は激しくダメージを受け, 多くの欠陥を含んでいると評価されたこと(乙34),基板を機械研磨 した後にRIE法により1〜2μm程度エッチングするという技術が本 件特許権1の出願日前に公知であったこと(乙2の11)が認められる。 また,本件明細書1には,発明の実施の形態として,機械研磨後にG aN基板の裏面をRIE法によりエッチングすると,機械研磨により発 生した結晶欠陥を含む領域が除去されることによりコンタクト抵抗が低 下する,エッチングの深さが0.5μmの場合のコンタクト抵抗は0. 05Ωcm 2(すなわち,構成要件D1に規定された最大値)であるが, 1μmエッチングするとコンタクト抵抗が更に低くなる,0.5μmの エッチングでは結晶欠陥を含む領域を十分に除去することができないと 考えられるので,約1.0μm以上の厚み分を除去することが好ましい 旨の記載がある(段落【0056】,【0059】,【表1】)。 これら事実関係に照らすと,乙21写真に現れた深さ約0.2μmの コントラストは,加工変質層と呼ばれる領域にとどまっていると考えら れるのであって,結晶中の深い位置に存在すると認めるに足りないから, 本件特許発明1及び1−2にいう「転位」に当たるとはいえないと解す べきである。 ウ 以上によれば,被告製品が前記(a)の点を満たすと認めるに足りる証 拠はないから,(b)の点について検討するまでもなく,被告製品につい て「転位」が存在すると認めることはできず,被告製品が構成要件C1 を充足するとは認められないと判断することが相当である。 (5) したがって,被告製品が本件特許発明1及び1−2の技術的範囲に属 するとの原告の主張を採用することはできない。 (6) 次に,本件特許2について検討する。 本件特許発明2は,研磨により発生した「転位」を含む第1半導体層の 裏面近傍の領域を除去して裏面の「転位密度」を1×10 9cm −2以下と すること(構成要件C2)を発明の内容とする。そして,本件特許権2は 本件特許権1の特許出願からの分割出願によるものであること(甲2〜5, 弁論の全趣旨),本件明細書2には,前記(2)エ及び(4)イの本件明細書1 の記載と同旨の記載があること(甲5)に照らすと,本件特許発明2の 「転位」については本件特許発明1及び1−2と同様に解するのが相当で ある。 そうすると,本件特許1について判示したのと同様の理由により,被告 製品の製造方法において「転位」が発生し,これを含む領域を除去したと 認めることはできないから,本件特許2についても,被告による特許権侵 害はないと判断すべきものとなる。 2 結論 以上によれば,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく, いずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決す る。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 長 谷 川 浩 二 裁判官 清 野 正 彦 裁判官 植 田 裕 紀 久 (別紙) 物 件 目 録 ピーク波長の仕様がBD規格に定められた範囲内の,GaN系基板を用いた半 導体レーザ素子を組み込んだ半導体レーザダイオード製品。ただし,基板の裏面 と対向する表面側にn電極を形成している製品は含まない。 (別紙) 方 法 目 録 以下の工程からなる,別紙物件目録に記載の製品に組み込まれた,半導体レ ーザ素子の製造方法 (1) 厚さがおよそ400μmのn型GaN基板ウエハを準備する。 (2) n型GaN基板ウエハの第1の面(表面)の上に,n型半導体層(n型ク ラッド層,n型光ガイド層),活性層,キャップ層,p型半導体層(p型光 ガイド層,p型クラッド層)をこの順に積層する。 (3) p型半導体層の上にマスクを形成し,このマスクを用いてp型半導体層を エッチング除去して,素子の長手方向にストライプ状のリッジ部を形成する。 (4) リッジ部の両側から素子の両側面を絶縁層で保護し,リッジ部の上面及び 側面から絶縁層の一部を覆ってp電極を形成する。 (5) n型GaN基板ウエハの第2の面(裏面)を機械研磨して,n型GaN基 板ウエハをおよそ100μmの厚みにする。 (6) n型GaN基板ウエハの裏面に化学的機械的研磨(CMP,Chemical Mechanical Polishing),反応性イオンエッチング(RIE,Reactive Ion Etching)などを施し,n型GaN基板ウエハの裏面近傍の領域を除去する。 (7) 上記除去工程後のn型GaN基板ウエハの裏面にn電極を形成する。 (8) 各素子の共振器端面を形成するために,n型GaN基板ウエハを,ストラ イプ状のリッジ部に垂直な方向に劈開して,バー状に分割する。 (9) バー状になったn型GaN基板ウエハをリッジ部のストライプ方向に平行 に分割して半導体レーザ素子にする。 (別紙) 被 告 主 張 方 法 目 録 @ 厚さ400μm程度のGaN基板の上面上に,活性層を含むGaN半導体 層を形成する工程, A 上記GaN基板の裏面を基板の厚さが100μm程度になるまで研磨する (粗く削る)工程, B 上記Aの工程の後に,粒径の異なる研磨剤を複数使用してGaN基板の裏 面を鏡面になる(透明にする)まで研磨する工程, C 上記Bの工程の後に,CMPを用いてGaN基板の裏面を1〜数μm程度 研磨する(ダメージ層を除去する)工程, D 上記CのCMPによる研磨の後,GaN基板の裏面上にn側電極を形成す る工程とを備え, E GaN基板とn側電極との界面近傍における,本件各特許発明にいう「転 位密度」は明らかに1×10 9cm −2以下であり,GaN基板とn側電極と のコンタクト抵抗は商品化されたレーザ装置の有するコンタクト抵抗値にな っている F GaN系半導体素子の製造方法。 |