審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成25行ケ10198審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10195審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10197審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10327審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成26行ケ10196審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
25年
(行ケ)
10326号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2014/09/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成26年9月25日判決言渡 平成25年(行ケ)第10326号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成26年8月28日 判 決 原 告 アストラゼネカ・ユーケイ・リミテッド 訴訟代理人弁護士 鈴 木 修 同 末 吉 剛 訴訟代理人弁理士 寺 地 拓 己 被 告 特許庁長官 指 定 代 理 人 内 藤 伸 一 同 今 村 玲 英 子 同 内 田 淳 子 同 板 谷 一 弘 同 内 山 進 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定 める。 事 実 及 び 理 由 第1 請求 特許庁が不服2013−10794号事件について平成25年7月30日に した審決を取り消す。 第2 事案の概要 1 特許庁における手続の経緯等(証拠の記載のない事実は,当事者間に争いが ないか,弁論の全趣旨により認められる。) 原告は,発明の名称を「キナゾリン誘導体,その製造法および該キナゾリ ン誘導体を含有する抗癌作用を得るための医薬調剤」とする特許第2994 165号の特許(平成5年2月16日出願,優先権主張:1992年6月2 6日,イギリス(GB),1992年11月12日,イギリス(GB),平成 11年10月22日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は21 である。)の特許権者である。 原告(以下,日本法人の行為を含め,単に「原告」と表示する。)は,平 成14年7月5日付けで,以下のとおり,厚生労働大臣から医薬品輸入承認 (以下「本件先行処分」という。)を受けた(甲2。なお,上記承認は,平 成14年法律第96号による改正前の薬事法の規定に基づくものであり,同 改正に係る法律附則8条5項の規定により,同法律による改正後の薬事法1 4条の規定による承認を受けたものとみなされる。以下,上記承認を受けた 医薬品を「本件医薬品」という。。 ) ア 処分の根拠 薬事法23条において準用する同法14条1項(いずれも,平成14年 法律第96号による改正前のもの。) イ 承認番号 21400AMY00188000 ウ 名称 イレッサ錠250(販売名) エ 成分及び分量又は本質 ゲフィチニブ(成分名) オ 効能又は効果 手術不能又は再発非小細胞肺癌 カ 用法及び用量 通常,成人にはゲフィチニブとして250mgを1日1回,経口投与す る。 原告は,平成14年10月1日,本件特許に係る発明の実施に特許法67 条2項の政令で定める処分(本件先行処分)を受けることが必要であったと して,本件特許の特許権の存続期間の延長登録の出願(特許権存続期間延長 登録願2002−700106号)をし,平成15年10月8日,延長期間 を2年8月12日とする特許権の存続期間の延長登録がされた(甲2,乙 4)。 原告は,平成23年11月25日付けで,厚生労働大臣から医薬品製造販 売の承認事項の一部変更処分(以下「本件処分」という。)を受けた。本件 処分は,本件先行処分の一部変更承認であり,変更事項は,「効能又は効 果」の記載に係る部分である(甲2,3)。 原告は,平成24年2月15日,本件特許に係る発明の実施に特許法67 条2項の政令で定める処分(本件処分)を受けることが必要であったとして, 5年の存続期間の延長登録を求めて,本件特許につき特許権の存続期間の延 長登録の出願(特許権存続期間延長登録願2012−700002号。以下 「本件出願」という。)をした。 平成24年12月11日付け手続補正後の本件処分の内容及び本件出願の 理由は次のとおりである(甲3)。 ア 延長登録の理由となる処分 薬事法14条9項に規定する医薬品に係る同項の承認 イ 処分を特定する番号(承認番号) 21400AMY00188000 ウ 処分の対象となった物 イレッサ錠250(販売名),ゲフィチニブ(有効成分) エ 処分の対象となった物について特定された用途 EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌 オ 処分を受けた日 平成23年11月25日 原告は,本件出願について,平成25年2月28日付けで拒絶の査定を受 けたので,同年6月10日,拒絶査定に対する不服の審判(不服2013− 10794号)を請求した。特許庁は,同年7月30日,「本件審判の請求 は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同年8月9日,原告に送 達した(出訴期間90日附加)。 原告は,平成25年12月4日,上記審決の取消しを求めて,本件訴えを 提起した。 2 特許請求の範囲の記載 本件特許の特許請求の範囲の請求項1,11,16,19及び21の記載は, 以下のとおりである(以下,請求項1ないし21に記載された各発明を順に 「本件特許発明1」「本件特許発明2」などといい,これらを総称して「本件 , 特許発明」という。。 ) 「【請求項1】 式I: 〔式中,mは,1,2または3を表し,R 1 は,それぞれ独立に・・・中 略・・・C1〜C4アルコキシ基,・・・中略・・・モルホリノ−C2〜C4アル コキシ基,・・・中略・・・を表し,・・・中略・・・;nは,1または2を表 し,R2は,それぞれ独立に・・・中略・・・ハロゲン原子, ・・中 ・ 略・・・を表し;・・・中略・・・〕で示される,キナゾリン誘導体またはこ れらの製薬学的に認容性の塩。」 「【請求項11】請求項1から10までのいずれか1項に記載の式Iのキナ ゾリン誘導体またはその製薬学的に認容性の塩を製造する方法において,式 III: 〔式中,Zは,置換可能な基を表す〕で示されるキナゾリンを,式IV: で示されるアニリンと反応させ,式Iのキナゾリン誘導体の製薬学的に認容性 の塩が必要な場合には,常法を用いて記載された化合物と適当な酸との反応に よって該塩を得ることを特徴とする,請求項1から10までのいずれか1項に 記載の式Iのキナゾリン誘導体またはその製薬学的に認容性の塩の製造法。」 「【請求項16】 式Iのキナゾリン誘導体またはその製薬学的に認容性の塩 を製造する方法において,R1がC1〜C4アルコキシ基または置換C1〜C4ア ルコキシ基を表すかまたはR 1 がC 1〜C4 アルキルアミノ基または置換C 1 〜 C 4アルキルアミノ基を表す式Iの化合物を製造する際には,有利に,R 1が ヒドロキシ基またはアミノ基を表す式Iのキナゾリン誘導体をアルキル化し; 式Iのキナゾリン誘導体の製薬学的に認容性の塩が必要な場合には,常法を用 いて記載された化合物と適当な酸との反応によって該塩を得ることを特徴とす る,請求項1から10までのいずれか1項に記載の式Iのキナゾリン誘導体ま たはその製薬学的に認容性の塩の製造法。」 「【請求項19】 抗癌作用を得るための医薬調剤において,請求項1から1 0までのいずれか1項に記載のキナゾリン誘導体または・・・中略・・・から 選択されたキナゾリン誘導体またはこれらの製薬学的に認容性の塩を含有する ことを特徴とする,抗癌作用を得るための医薬調剤。」 「【請求項21】 製薬学的に認容性の希釈剤または担持剤とともに,請求項 1から10までのいずれか1項に記載のキナゾリン誘導体または・・・中 略・・・から選択されたキナゾリン誘導体を含有する,抗癌作用を得るための 医薬調剤。」 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりであり,本件出願は特許法67条の 3第1項1号に該当するから,特許権の延長期間の登録を受けることができな いというものである。その要旨は,以下のとおりである。 特許法67条の3第1項1号における「特許発明の実施」は,処分の対象 となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項に 該当する全ての事項(発明特定事項に該当する事項)によって特定される医 薬品の製造販売等の行為である。ただし,医薬品の承認においては用途に該 当する事項が定められていることから,用途を特定する事項を発明特定事項 として含まない特許発明の場合には,「特許発明の実施」は,処分の対象と なった医薬品の承認書に記載された事項のうち,特許発明の発明特定事項に 該当する全ての事項及び用途に該当する事項によって特定される医薬品の製 造販売等の行為ととらえるのが適切である。また,医薬品の承認における用 途とは,承認書に記載された効能・効果である。 そして,本件特許発明1のうち,本件処分の対象となった医薬品の「発明 特定事項及び用途に該当する事項」によって特定される範囲は,ゲフィチニ ブ(本件特許発明1の発明特定事項である前記キナゾリン誘導体に該当する 事項である。)及び「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能・再発非小細胞肺 癌」であり,本件先行処分におけるゲフィチニブ及び「手術不能・再発非小 細胞肺癌」によって実施できるようになっていたので,特許法67条の3第 1項の拒絶事由が生じる。 本件出願の願書に添付された延長の理由を記載した資料からは,本件処分 における本件医薬品の製造方法が不明であるので,本件特許発明11及び1 6の実施に本件処分が必要であったとはいえないが,仮に,本件処分におけ る本件医薬品の製造方法が明らかにされ,その製造方法における原料化合物 及び試薬などの製造条件が,本件特許発明11及び16の製造方法における 原料化合物及び試薬などの製造条件に該当することが認められても,本件特 許発明1と同様,本件特許発明11及び16のうち,本件処分の対象となっ た医薬品の「発明特定事項及び用途に該当する事項」によって特定される範 囲は,本件先行処分によって実施できるようになっていた。 本件特許発明19のうち,本件処分の対象となった医薬品の「発明特定事 項に該当する事項」によって特定される範囲は,本件特許発明1と同様,本 件先行処分によって実施できるようになっていた。 本件出願の願書に添付された延長の理由を記載した資料からは,本件処分 における本件医薬品に配合する成分が不明であるので,本件特許発明21の 実施に本件処分が必要であったとはいえないが,仮に,本件処分における本 件医薬品に配合する成分が明らかにされ,その成分が,本件特許発明21の 医薬調剤における製薬学的に認容性の希釈剤又は担持剤に該当することが認 められても,本件特許発明19と同様,本件特許発明21のうち,本件処分 の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」によって特定され る範囲は,本件先行処分によって実施できるようになっていた。 本件特許発明2ないし10,12ないし15,17,18及び20には本 件医薬品は含まれていないから,上記各発明の実施に本件処分を受けること が必要であったといえない。 第3 原告の主張 1 本件特許発明1について(取消事由) 審決は,本件特許発明1(化合物の発明であり,疾患は限定されていな い。)に関し,本件先行処分の承認書の「効能又は効果」欄の記載のみに基づ いて,本件先行処分の「用途に該当する事項」は化学療法既治療か未治療かを 問わない「手術不能・再発非小細胞肺癌」であり,本件処分の「EGFR遺伝 子変異陽性の手術不能・再発非小細胞肺癌」を包含すると認定し,特許法67 条の3第1項1号に該当するとした。 しかし,以下のとおり,本件先行処分の効能・効果は,「化学療法既治療の 手術不能・再発非小細胞肺癌」であるから,本件医薬品は化学療法未治療のフ ァーストライン療法としては使用できず,化学療法既治療のセカンドライン以 降の治療法としてのみ使用することができるものである。それにもかかわらず, 審決は,本件先行処分における「用途に該当する事項」の認定判断を誤り,フ ァーストライン療法への使用を除外しないものと解したものであって,この誤 りが審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがって,審決は取り 消されるべきである。 本件先行処分における「使用上の注意」の位置付けについて 本件先行処分に当たり,薬事当局は,本件医薬品の効能・効果について審 査を行った結果,「本薬の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確 立していない。 (以下「本件注意」という。 」 )との<効能・効果に関連する 使用上の注意>を付した上で,本件医薬品を承認して差し支えないと判断し た。この判断は,実質的に本件先行処分の一部となるものである。 すなわち,使用上の注意は,承認書自体には記載されないものの,医薬品 の添付文書の記載事項となっている(薬事法52条1号)。そして,使用上 の注意の中でも,<効能・効果に関連する使用上の注意>は,特別な扱いを 受け,効能・効果の項に続けて記載される。本件先行処分の下での本件医薬 品の添付文書においても,同様に記載されている。本件注意の記載をするこ となしには,本件先行処分を得ることはできなかった。そして,本件注意の 記載の下では,原告は化学療法未治療例の治療を用途として本件医薬品の製 造販売を業として行うことはできなかった。なお,本件先行処分における化 学療法未治療例の取扱い,すなわち,化学療法未治療例が効能・効果の欄で はなく,効能・効果に関連する使用上の注意に記載されるという取扱いは, 本件先行処分当時の薬事法上の運用に沿ったものであった。 そして,本件処分の際の承認審査において,薬事当局により<効能・効果 に関連する使用上の注意>から本件注意の記載を削除することが適切である と判断されて初めて,原告は,本件医薬品の添付文書から上記記載を削除す ることが可能となった。さらに,厚生労働省は,本件処分に当たっての留意 事項に関する通知において,効能・効果の変更と<効能・効果に関連する使 用上の注意>の変更とを一体として記載している(甲13)。 「使用上の注意」の記載の重要性について ア 添付文書の「使用上の注意」の記載は,次のとおり,極めて重要なもの であることからも,本件先行処分と一体のものであるといえる。 患者は,医薬品副作用被害救済制度によって救済を受ける際,医薬品が 適正に使用されたか否かを,原則として,医薬品が効能・効果,用法・用 量及び使用上の注意に従って使用されたか否かによって判断される。した がって,使用上の注意に従って医薬品を使用することが求められる。 また,医師が,合理的な理由がなく使用上の注意に従わないときには, 生じた医事事故に対して,過失が推定される。 製薬企業は,効能・効果に関連する使用上の注意において「有効性及び 安全性は確立していない」と明記された症例に対し,医薬品の使用を勧め ることはできない,すなわち,上記症例のために医薬品を製造し販売する ことができない。 イ 実際に,本件注意の下では,専門部会及び医師の認識も,本件医薬品に ついて,化学療法未治療例に対し,「実地医療としては本剤を使用するべ きではない」というものであった(日本肺癌学会「実地医療でのゲフィチ ニブ使用に関するガイドライン」(甲16,17)参照。。 ) したがって,本件先行処分の下では,原告は,化学療法未治療例の治療 を用途とする本件医薬品を業として製造及び販売することはできなかった。 まとめ ア 以上のとおり,<効能・効果に関連する使用上の注意>での本件注意の 記載は,本件先行処分に際し,薬事当局から求められたものであり,実際 上も重要な意味を持つものである。原告は,本件医薬品の添付文書に上記 記載をすることなしに,本件先行処分を得ることはできず,また,本件先 行処分の下では,上記記載を削除することもできず,本件処分によって初 めて,原告は,本件注意の記載を削除することができたのである。 したがって,本件注意に係る上記記載の内容は,本件先行処分の承認書 自体には直接記載されていないものの,その内容を特定するものであり, 実質的に本件先行処分の一部を成すものである。 イ 本件先行処分について,適応対象が化学療法既治療であることは,<効 能・効果に関連する使用上の注意>に表示されていたのであるから,本件 先行処分での効能・効果は,「化学療法既治療の手術不能・再発非小細胞 肺癌」と理解すべきものであり,本件先行処分での「用途に該当する事 項」も,「化学療法既治療の手術不能・再発非小細胞肺癌」である。した がって,ファーストライン療法への使用は除かれている。 これに対し,本件処分での効能・効果は,「EGFR遺伝子変異陽性の 手術不能・再発非小細胞肺癌」である(すなわち,化学療法未治療のEG FR遺伝子変異陽性の手術不能・再発非小細胞肺癌を含む。。本件処分で ) の「用途に該当する事項」も,「化学療法未治療のEGFR遺伝子変異陽 性の手術不能・再発非小細胞肺癌」を含む。 そして,「化学療法未治療のEGFR遺伝子変異陽性の手術不能・再発 非小細胞肺癌」は,本件先行処分の下では実施することができなかったが, 本件処分によって初めて実施が可能となり,ファーストライン療法への使 用が認められたのである。 したがって,「用途に該当する事項」の相違に照らし,さらには,延長 登録制度の趣旨に照らしても,本件出願は,特許法67条の3第1項1号 に該当するものではなく,延長登録は認められるべきである。 ウ 本件先行処分の承認書の「効能又は効果」欄の記載のみに基づく審決の 認定判断は,誤りであり,審決は取り消されるべきである。 2 本件特許発明11,16,19及び21について(取消事由) 前記1と同様の理由により,審決の認定判断は誤っている。 3 被告の禁反言・信義則違反の主張に対する反論 本件においては,被告が主張する禁反言の適用や信義則違反(後記第4の 3)はない。 本件では,禁反言や信義則の適用の前提となる相手方の信頼が登場する場 面が存在しない。 原告の行為は正当であり,相手方の信頼の保護を議論する必要がない。す なわち,前記1のとおり,本件先行処分の下では,本件注意の記載により, 原告は,化学療法未治療例について本件医薬品の輸入及び販売をすることは できなかった。そして,使用上の注意に記載がある場合も,効能・効果に化 学療法既治療の限定がある場合も,原告が化学療法未治療例において本件特 許発明を実施できないという点では一致する。 しかも,最終的な結論は,本件先行処分当時の薬事法上の運用を踏まえ, 薬事当局によって下されたものである。 延長登録出願の願書に記載された政令指定処分の内容は,延長登録出願の 審査のため,政令指定処分を特定するための手段にすぎず,これによって, 政令指定処分の内容が変更されるわけではないし,また,存続期間が延長さ れた場合の特許権の効力範囲を左右するものではない。また,願書の記載は, 所轄官庁の作成した当時の審査基準に従ったものにすぎない。したがって, 本件先行処分の内容が,それらの記載に限定される理由はない。 第4 被告の反論 以下のとおり,審決の認定判断に誤りはない。 1 本件特許発明1について 本件処分の対象となった本件医薬品の用途に該当する事項である「EGF R遺伝子変異陽性の手術不能・再発非小細胞肺癌」は,本件先行処分におけ る「手術不能・再発非小細胞肺癌」に包含されるものである。 ア 原告は,本件医薬品の添付書類に記載された本件注意の内容は本件先行 処分の一部となるものであるから,同処分における効能・効果は「化学療 法既治療の手術不能・再発非小細胞肺癌」であると主張する。 しかし,本件先行処分の効能・効果は,その承認書に記載されていると おり,「手術不能又は再発非小細胞肺癌」であり,同承認書に,原告の主 張するような「化学療法既治療」という限定は付されていない。上記承認 書は,本件先行処分によって薬事当局が承認した内容を記載したものであ り,本件医薬品の添付文書に記載された本件注意は,本件先行処分を受け た原告が,本件医薬品の使用上の注意を示したものである。 イ 原告は,医薬品の添付文書の記載が承認書の一部を構成するかのように 主張するが,そのようなことを規定する法律は存在しない。本件先行処分 の内容を,厚生労働大臣の承認書(甲2)と,これとは別の文書である原 告作成の本件医薬品の添付文書(甲4)とに分けて記載すると解すべき合 理的な理由も根拠も認められない。 実際,本件医薬品の添付文書(甲4)には,「効能・効果」欄のみなら ず,「用法・用量」の欄にも,<用法・用量に関連する使用上の注意>と して,「日本人高齢者において無酸症が多いことが報告されているので, 食後投与が望ましい。(重要な基本的注意の項参照)」と記載され,さらに, 「使用上の注意」の欄に詳細な使用上の注意の記載がされている。このよ うに,添付文書に記載された「使用上の注意」は承認された医薬品につい て,使用上の注意を示したものであって,承認内容の一部を表示したもの ではない。 したがって,本件医薬品の<効能・効果に関連する使用上の注意>に付 された本件注意が,本件先行処分の内容を特定するための記載であって, 実質的には先行処分の一部である,ということはできない。 ウ なお,原告は,本件注意の記載は,本件先行処分当時の薬事法上の運用 であったとも主張するが,そのような運用を客観的に裏付けるに足る証拠 を何ら提出しない。むしろ,本件先行処分の審査において,薬事当局が, 申請に係る効能・効果「非小細胞肺癌」を「化学療法既治療の手術不能非 小細胞肺癌」のように適切な対象に限るべきでないかと申請者に尋ねてい ること(甲9)からすれば,原告主張のような慣行は存在しなかったか, 少なくとも,本件先行処分には適用されていなかったことが明らかである。 原告は,「使用上の注意」の記載の重要性について主張する。 ア しかし,医薬品が効能・効果,用法・用量及び使用上の注意に従って使 用されなかったことにより直ちに,患者が健康被害の救済を受けることが できない,などというような事情が先行処分当時存在したわけではない (甲15によれば,個別の事情については,現在の医学・薬学の学問水準 に照らして総合的な見地から判断されている。)し,患者が使用上の注意 に従わないことが,薬事当局により法的に禁じられている,というような 事情が先行処分当時存在したともいえない。 また,医師においては,合理的な理由があれば,使用上の注意に従わな くても,医事事故の発生について過失は推定されないし,ましてや,医師 が使用上の注意に従わないことが,薬事当局により法的に禁じられている, というような事情が本件先行処分当時存在したとはいえない。 さらに,製薬企業が「有効性及び安全性は確立していない」と明記され た症例に対し,医薬品の使用を勧めることはできない,と判断し,該症例 に対し医薬品の使用を特に勧めなかったとしても,医師は,添付文書に記 載された効能・効果に関連する使用上の注意や他の使用上の注意に注意し つつ,効能・効果の欄に記載された疾患に対して医薬品を使用するだけの ことであり,製薬企業が上記症例のために医薬品を製造,販売や輸入をす ることができないことにはならない。 イ なお,「実地医療でのゲフィチニブ使用に関するガイドライン」(甲1 7)は,そもそも,本件先行処分以降,平成15年10月まで1年以上公 表されておらず,上記ガイドラインを引用する添付文書の記載は平成17 年3月に改訂された第11版になるまで記載されていなかったのであるか ら,本件先行処分の内容を認定判断する際に,上記ガイドラインの記載を 斟酌すべきではない。 また,上記ガイドラインは,日本肺癌学会が発行した文書であって,薬 事当局が承認した内容を記載するためのものではない。上記ガイドライン は,上記学会が示した指針,目標にすぎないものであり,医師に対して強 制力を持つものとは解されないし,ましてや,薬事当局により法的に禁じ られていることを意味するものではない。 原告は,本件処分により,初めて化学療法未治療の「EGFR遺伝子変異 陽性の手術不能・再発非小細胞肺癌」に本件医薬品を使用することが可能と なり,この範囲でファーストライン療法への使用が認められたものであると 主張する。 しかし,本件処分の効能・効果であり,かつ,本件出願の願書の「 処分 の対象となった物についての特定された用途」でもある「EGFR遺伝子変 異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」は,化学療法既治療か化学療法未 治療か(ファーストライン療法での使用か否か)を問うものではないから, 「化学療法未治療のEGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺 癌」を含むと同時に,「化学療法既治療のEGFR遺伝子変異陽性の手術不 能又は再発非小細胞肺癌」をも含むものである。 そして,本件先行処分における「手術不能・再発非小細胞肺癌」も,本件 処分における「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能・再発非小細胞肺癌」も, ともに,化学療法既治療か化学療法未治療かを問うものではない。そうする と,本件先行処分における「手術不能・再発非小細胞肺癌」は,本件処分に おける「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能・再発非小細胞肺癌」を包含す ることが明らかである。 したがって,「化学療法未治療のEGFR遺伝子変異陽性の手術不能・再 発非小細胞肺癌」は,本件先行処分により実施することができるようになっ ていたものである。 2 本件特許発明11,16,19及び21について 審決の本件特許発明1に関する認定判断に誤りがない以上,審決の本件特許 発明11,16,19及び21に関する認定判断にも誤りはない。 3 禁反言・信義則違反 原告は,本件先行処分を受ける際は,効能・効果を「非小細胞肺癌」から 「化学療法既治療の手術不能非小細胞肺癌」のように適切な対象に限るべきで はないかという薬事当局の指摘に対し,効能・効果を「化学療法既治療例」に 限定することなく「非小細胞肺癌」とすることに大きな問題はない,と反論し て,「化学療法既治療例」に限定されない効能・効果の本件先行処分を獲得し た(甲9)。 そして,本件先行処分により,本件特許につき,特許権の存続期間の延長登 録を受ける際は,「処分の対象となった物についての特定された用途」すなわ ち原告のいう,「先行処分での「用途に該当する事項」」を「手術不能又は再発 非小細胞肺癌」とする出願を行い,化学療法既治療か化学療法未治療かを問わ ず,特許権の存続期間の延長登録を受けた。 したがって,本件先行処分の「用途に該当する事項」は,「化学療法既治療 の手術不能・再発非小細胞肺癌」に限られるとの原告の主張は,禁反言の法則 又は信義誠実の原則に反する。 第5 当裁判所の判断 当裁判所は,原告主張の取消事由には理由がなく,その他,審決にはこれを 取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。 1 本件特許発明1について 本件特許発明1は,医薬品の成分を対象とする発明であるが,その医薬品に 関連する製造販売等の行為について本件先行処分がされているから,本件にお いて,本件特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認めら れないとき(特許法67条の3第1項1号)の要件の有無について判断するに 当たっては,本件先行処分を受けたことによって既に禁止が解除されていると 評価判断することができるかどうかについて,具体的に検討すべきことになる。 この点につき,審決は,本件処分における禁止の解除は,本件先行処分にお ける禁止の解除の範囲に包含されているとして,上記規定の要件に該当すると 判断し,これに対し,原告は,本件先行処分における禁止の解除(本件医薬品 の効能・効果)の範囲について,審決の認定には誤りがあると主張するもので ある(前記第3)。 そこで,上記の判断及び主張を踏まえて,以下,検討することとする。 認定事実 前記第2の1の各事実並びに証拠(甲2ないし4,9ないし14,16, 17,19,乙2ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認めら れる。 ア 原告は,平成14年1月25日,厚生労働大臣に対し,販売名「イレッ サ錠250」,一般名「ゲフィチニブ」に係る新有効成分含有医薬品の輸 入承認申請をした(甲9・2頁)。 イ 上記申請の審査を担当した医療品医療機器審査センター(以下「審査セ ンター」という。)は,原告から提出された申請資料において検証されて いることは本件医薬品の進行非小細胞肺癌に対する二次治療薬としての有 用性のみであることから,原告に対し,申請された効能・効果である「非 小細胞肺癌」を「化学療法既治療の手術不能非小細胞肺癌」のように適切 な対象に限るべきではないかと尋ねた(甲9・37頁)。 ウ これに対し,原告は,次のとおり回答した(甲9・37頁)。 これまでの臨床試験結果から本件医薬品の有用性が実際に検証され た対象は,化学療法既治療の非小細胞肺癌のみであるが,これまで承 認された抗悪性腫瘍薬における適応症は,一般には未治療,既治療の 区別がない形であり,また術後補助療法への使用に対する制限も効 能・効果ではなく,使用上の注意においてなされてきたことを考慮す ると,効能・効果は対象患者集団よりむしろ対象疾患である「非小細 胞肺癌」とし,検討中又は検討予定の対象患者集団に対する使用の制 限は使用上の注意として「○○に対する有効性及び安全性は確立され ていない」のように制限を設けることで対処可能であると考えられる。 本件医薬品は高い安全性を有することから,高齢者や全身状態が悪 い患者など,従来の抗癌剤による化学療法には適さない患者に対して も有用であると考えられるが,効能・効果を「化学療法既治療例」と 限定することにより,これらの患者が本件医薬品による治療の機会を 失うことになる。 以上を考慮すると,本件医薬品の効能・効果を「非小細胞肺癌」と することに大きな問題はないと考えられる。 エ これに対し,審査センターは,次のとおりの見解を述べた(甲9・37 〜38頁)。 本件医薬品の有用性に関して現時点で検証されていることは,国内及 び海外のプラチナ系抗癌剤の治療を受けた進行非小細胞肺癌患者に対し て本件医薬品が二次治療薬(又は三次治療薬)として用いられ,有効性 と安全性の点からそれらの対象についての臨床的有用性が示されたとい うことのみである。 進行非小細胞肺癌に対する初回治療については,平成14年8月に実 施された(甲9・48頁参照)2件の海外での大規模比較試験の結果が 明らかになる予定であるほか,国内でもブリッジング試験等の計画が原 告により示されているものの,現時点における臨床的有用性は未だ明ら かではないし,高齢者や状態の悪い患者に対する初回治療薬としての使 用についても,単に安全性が高いというだけでは本件医薬品を用いる根 拠とはなり得ず,有効性を含めた有用性の検証は適切なデザインによる 臨床試験によって示す必要があり,実際に海外では○○(判決注・マス キングのため,○○の内容は,証拠上,不明である。)が計画中である ことを原告は回答の一部に示している。 以上を考慮すると,副作用が従来の抗癌剤と比べると軽微で,比較的 安易に用いられることが懸念される経口剤である本件医薬品が適正に使 用されるためには,本件医薬品の効能・効果を「非小細胞肺癌(手術不 能又は再発例)」とし,進行非小細胞肺癌に対する初回治療につき,現 時点では「本剤の臨床的有用性は確立していない」旨を,本件医薬品の 添付文書中で注意喚起することが適当であると考えている。 オ 審査センターの前記見解については,専門に係る委員も,同様の理由に より,これを支持した(甲9・47〜48頁)。 カ その結果,審査センターは,平成14年5月9日,効能・効果につき, 申請時の「非小細胞肺癌」を「非小細胞肺癌(手術不能又は再発例)と改 訂し,「本薬の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立してい ない。」旨の効能・効果に関連する使用上の注意(本件注意)を付した上 で,本件医薬品の品目を承認しても差し支えないと判断した(甲9・3, 49頁)。 キ そして,厚生労働省医薬局審査管理課は,平成14年6月28日,効 能・効果をより明確にするために,本件医薬品につき,効能・効果を「手 術不能又は再発非小細胞肺癌」とし,効能・効果に関連する使用上の注意 として本件注意を記載することにより,承認して差し支えないと判断した (甲9・55頁)。 ク 以上の審査経過を経て,平成14年7月5日付けで厚生労働大臣により 本件先行処分がされた。承認の内容は, のとおりであり, 効能・効果は「手術不能又は再発非小細胞肺癌」とされている。 なお,同承認には,承認条件が付されているが,そこには本件注意に関 する記載はない(甲2) 。 一方,本件医薬品の添付文書には,<効能・効果に関連する使用上の注 意>として本件注意が記載された(甲4,19,乙2,3)。なお,添付 文書において,<効能・効果に関連する使用上の注意>は,通常の使用上 の注意の箇所ではなく,効能・効果の記載の直後に記載されることとされ ており(甲14),本件医薬品においても同様の取扱いがされている。 ケ 原告は,平成14年10月1日,本件先行処分に基づき,本件特許の特 許権の存続期間の延長登録の出願をし,平成15年10月8日,延長期間 を2年8月12日とする延長登録がされた( 甲2,乙 4)。 コ 本件先行処分がされ,本件医薬品が市販された後,本件医薬品の投与が 原因と思われる重篤な間質性肺炎や急性肺障害が次々と報告されるように なった(甲17。厚生労働省の集計では,平成15年4月22日現在,間 質性肺炎ないしは急性肺障害が616例にみられ,うち246例が死亡し たとされている。。 ) サ そこで,平成14年10月15日,厚生労働省の指示により,本件医薬 品による間質性肺炎ないしは急性肺障害についての「緊急安全性情報」が 発出され,同時に本件医薬品の添付文書に必要な改訂がされた。同年12 月25日には,厚生労働省医薬局安全対策課が行った「ゲフィチニブ安全 性問題検討会」における検討結果を踏まえた5項目の対策が示された。さ らに,平成15年5月2日にも同検討会が開かれ,その結果,本件医薬品 の添付文書に必要な改訂がされた。また,原告も,専門家会議を組織し, 本件医薬品との関連が疑われる間質性肺炎ないしは急性肺障害の発症例の 解析を行うなどし,同年3月26日付けでその成果が報告された(以上, 甲17)。 シ 日本肺癌学会は,上記の厚生労働省の対策や原告の報告について,行政 と企業側からのもので,肺癌治療に携わる第一線の診療医には隔靴掻痒の 感は否めないとして,本件医薬品の適正使用に関する見解をまとめること を目的として「ゲフィチニブの適正使用検討委員会」を設け,臨床試験及 び実地医療での本件医薬品使用に関するガイドラインを作成することとし た。 そして,上記委員会は,平成15年10月,「実地医療でのゲフィチニ ブ使用に関するガイドライン」(甲17)を公表した。同ガイドラインに おいては,本件医薬品の添付文書の「効能・効果」に記載されている適応 症である「手術不能又は再発非小細胞肺癌」を厳守することとされ,「化 学療法未治療例における有効性及び安全性は確立していない」ため,この ような例では実地医療としては使用しないこと,とされた。 ス その後,日本肺癌学会は,その後の知見を踏まえて前記ガイドラインを 改訂し,平成17年3月15日,「ゲフィチニブ使用に関するガイドライ ン」(甲16)を公表した。 同ガイドラインにおいては,本件医薬品の添付文書の「効能・効果」に 記載されている適応症である「手術不能又は再発非小細胞肺癌」を厳守す ることとされ,「化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立して いない」ため,これらの症例に対しては実地医療としては本剤を使用すべ きではない,とされた(なお,本件注意の記載を覆すに至る医学的根拠に は同時点では乏しいとされている。。 ) セ 平成17年3月に改訂された本件医薬品の添付文書の【使用上の注意】 には,「2.重要な基本的注意」として,「本剤を投与する際には,日本肺 癌学会の「ゲフィチニブ使用に関するガイドライン」等の最新の情報を参 考に行うこと。」との記載が追加された(甲19)。 ソ 原告は,厚生労働大臣に対し,平成22年10月29日,本件先行処分 による本件医薬品の効能・効果を「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又 は再発非小細胞肺癌」と変更することを内容とする本件医薬品の製造販売 承認事項一部変更承認申請をした(甲10・3頁)。 タ 独立行政法人医薬品医療機器総合機構等による審査の結果,平成23年 10月21日,前記一部変更を承認しても差し支えないとされるとともに, これに伴い,本件医薬品の添付文書から本件注意の記載を削除することが 適切であると判断された(甲10・2,28,47,51頁,甲11〜1 3)。 チ 以上の審査を経て,平成23年11月25日付けで,厚生労働大臣によ り本件処分がされた(前記第2の1 )。 本件処分は,本件先行処分において承認された本件医薬品の効能又は効 果を,「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」と変 更することを変更内容とする,薬事法14条9項に基づく,医薬品製造販 売承認事項一部変更承認である。本件処分に伴い,本件医薬品の添付文書 の効能・効果に関する記載も改められた(甲5)。 判断 以下においては,前記 の認定事実(以下,単に「認定事実」という。) に基づき,本件先行処分における本件医薬品の効能・効果について検討した 上,本件先行処分により禁止が解除されたと判断される範囲が,本件処分に より禁止が解除されたと判断される範囲を包含するか否かについて判断する こととする。 ア 認定事実によれば,本件先行処分において承認された本件医薬品の効能 又は効果は,「手術不能又は再発非小細胞肺癌」であり(認定事実ク),そ の承認書(甲2)には,化学療法未治療例か既治療例かなどの文言は付さ れていないことが認められる。一方,本件処分において承認された効能又 は効果(特定された用途)は「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再 発非小細胞肺癌」とされている(認定事実チ)。 そこで,本件先行処分と本件処分の各承認に係る内容を比較してみると, 本件処分における本件医薬品の上記効能又は効果は,本件先行処分におい て承認された本件医薬品のそれ,すなわち,「手術不能又は再発非小細胞 肺癌」の範囲を限定したものという関係に立つものと認められる。そうす ると,本件処分において禁止が解除された範囲は,本件先行処分の禁止の 解除の範囲に包含されるものということになる。 すなわち,本件先行処分は,EGFR遺伝子変異陽性か陰性か,ないし は,化学療法未治療例か化学療法既治療例かを問うものではないから,本 件処分の「EGFR遺伝子変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」と の効能又は効果によって特定される使用方法による本件医薬品の使用行為, 及び上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等 の行為の禁止は,本件先行処分によって既に解除されていたものというほ かない。 そうすると,本件処分については,「本件先行処分を受けたことによっ て既に禁止が解除されている」と評価判断することができるものであるか ら,本件処分を受けたことは,特許法67条の3第1項1号の「その特許 発明の実施に第67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であつ たとは認められないとき。」の拒絶要件に該当するものというべきである。 以上の判断に対して,原告は,本件においては,本件先行処分の効能又 は効果に係る禁止の解除の範囲は,その承認書の文言のとおりのものでは なく,実質的には「化学療法既治療の手術不能・再発非小細胞肺癌」であ ると主張する。そこで,原告の主張について更に検討する。 イ 原告は,本件先行処分については,添付文書に本件注意の記載を付した 上で,本件医薬品を承認して差し支えないと判断されたもので,上記記載 は本件先行処分の内容を特定するための記載であり,実質的には本件先行 処分の一部であるから,本件先行処分の効能・効果は,「化学療法既治療 の手術不能・再発非小細胞肺癌」であったとして,種々主張する(前記第 。 しかし,<効能・効果に関連する使用上の注意>が,添付文書におい て,通常の使用上の注意の箇所ではなく,効能・効果の記載の直後に記 載されることが認められる(認定事実ク)としても,同記載は飽くまで も本件先行処分を受けた原告においてするものであって,それが直ちに 厚生労働大臣による本件先行処分の内容を成すものであるとは認め難い。 そもそも,添付文書は,「薬事法の規定に基づき医薬品の適用を受け る患者の安全を確保し,適正使用を図るために医師,歯科医師及び薬剤 師に対して必要な情報を提供する目的で医薬品の製造販売業者が作成す ることが義務付けられている公的文書であ」り,同文書における「使用 上の注意」は,「行政通知の記載要領に基づき,当該医薬品企業の自主 的あるいは厚生労働省の指導により作成され,医薬品の市販後の使用成 績調査や国内外の症例報告,文献報告において得られた情報を収集・評 価し,必要に応じ逐次,最新の内容に改訂される」(甲14・131, 134頁)ものであるから,処分内容とは別の位置付けがされているこ とが明らかである。 しかも,本件注意の内容も,本件先行処分の効能又は効果の記載を原 告が主張するような「化学療法既治療」のものに限定する(化学療法未 治療者への使用を禁止する)趣旨のものであるとは,その文言から読み 取ることが困難というべきである。すなわち,本件注意の記載は,「本 薬の化学療法未治療例における有効性及び安全性は確立していない。」 というものであって,その文言に照らしてみても,飽くまでも本件医薬 品の効能・効果に関連した使用上の「注意」にすぎず,化学療法未治療 例に対しては記載された効能・効果がない旨を表示し,あるいは使用を 制限する趣旨の記載とは認められない。 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。 なお,原告は,@添付文書に本件注意の記載をすることなしに,本件 先行処分を得ることはできなかったこと,A本件注意の記載の下では, 原告は,化学療法未治療例の治療を用途とする本件医薬品を業として製 造及び販売することはできなかったこと,B本件先行処分の下では,上 記記載を削除することはできず,本件処分によって初めて,上記記載を 削除することができたこと,C厚生労働省が,本件処分に当たっての留 意事項に関する通知において,効能・効果の変更と<効能・効果に関連 する使用上の注意>の変更とを一体として記載したことなどを主張する (前記第3の1 しかし,それらは,直接の法的根拠を伴うものとは認められないし, 上記において説示した点にも照らすと,本件先行処分の承認の範囲を左 右するものということはできない。 また,原告は,後記ウのとおり,本件注意の記載の重要性等を主張す るが,後に説示するとおり,それらの点が上記認定判断を左右するもの と認めることもできない。 以上によれば,本件医薬品の添付文書における本件注意の存在は,本 件先行処分の効能又は効果が「化学療法既治療の手術不能・再発非小細 胞肺癌」であったことの根拠となるものではない。そうすると,本件注 意の記載等を根拠とする原告の主張は採用することができない。 次に,本件先行処分に係る審査の過程を検討してみても,申請者であ る原告の意思も,厚生労働大臣の承認の内容も,いずれも,本件先行処 分の効能又は効果を化学療法既治療例に限定するようなものであったと は認めることができない。 すなわち,認定事実によれば,審査センターが原告の申請した効能・ 効果を「非小細胞肺癌」から「化学療法既治療の手術不能非小細胞肺 癌」のように適切な対象に限定することを尋ねた(認定事実イ)のに対 し,原告は,これまで承認された抗悪性腫瘍薬における適応症が一般に は未治療,既治療の区別のない形であったこと,既治療例に限定するこ とにより,従来の抗癌剤による化学療法には適さない高齢者や全身状態 が悪い患者などが本件医薬品による治療の機会を失うことなどを述べ, 使用上の注意への記載を提案していること(認定事実ウ )が認め られる。 このような経過に照らすと,原告は,本件注意のような記載を置くこ とにより,承認の範囲を化学療法既治療例に限定せずに,効能・効果を 「非小細胞肺癌」とすることを維持し,化学療法未治療例に対しても本 件医薬品を使用することを可能とすることを求めていたことがうかがわ れる。 また,審査センターも,本件医薬品の効能・効果を「非小細胞肺癌 (手術不能又は再発例)」とし,添付文書に本件注意(ただし,本件注 意と同一の文言ではなく,同趣旨の文言となっている。)を記載して注 意喚起することが適切であるとしているにとどまっており(認定事実エ ,同センターの判断が,本件医薬の化学療法未治療例における使用 を一切認めないとする趣旨であったとは認められない。 そして,本件先行処分は,更に審査を経て,厚生労働大臣により承認 されたものであるが(認定事実オないしク),その過程で上記の見解が 変更されたものとも認められない。 このような審査の経緯に照らしてみれば,本件先行処分の効能又は効 果については,申請者である原告と処分権者である厚生労働大臣とも, 承認書の記載どおりのものと認識していたことが明らかである。 そうすると,上記審査の経過からも,本件先行処分の効果又は効能が 「化学療法既治療の手術不能・再発非小細胞肺癌」であったとする原告 の主張は採用することができない。 ウ 原告は,本件注意の記載の重要性についても,種々主張する(前記第 。本件先行処分に係る原告の主張を補充する趣旨のものと解さ れるので,以下,更に検討する。 原告は,本件注意は,患者にとっても,医師にとっても,製薬会社に とっても重要なものであると主張する 。 しかし,患者において,製造販売承認を受けた医薬品を適正に使用し たにもかかわらず,健康被害を受けた場合,医薬品副作用被害救済制度 によって救済を受けることができる。この場合,医薬品が適正に使用さ れたか否かは,原則として,医薬品が効能・効果,用法・用量及び使用 上の注意に従って使用されたか否かによって判断されるとしても,個別 の事例については,結局,現在の医学・薬学の学問の水準に照らして総 合的な見地から判断されることになる(甲15)。したがって,本件注 意の記載の下において,化学療法未治療例に本件医薬品を使用した場合 においても,上記のような判断がされるのであって,医薬品副作用被害 救済制度による救済が一切なされないものとは解されない。 また,医師は,使用上の注意に従って医薬品を使用することが求めら れ,添付文書の使用上の注意に従わず,それによって医療事故が発生し た場合には,使用上の注意に従わなかったことに特段の合理的な理由が ない限り,医師の過失が推定されることになるとしても,逆に言えば, 合理的な理由があればその使用は許され,過失の推定も働かないのであ るから,化学療法未治療例に対して,医師が本件医薬品を一切使用する ことができないというものではない。 さらに,製薬会社の立場を考慮するとしても,以上の各点に照らすと, 製薬会社において,化学療法未治療例に使用するために本件医薬品を製 造販売することができなかったものということもできない。 したがって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。 原告は,日本肺癌学会のガイドラインの記載内容を指摘し,これらが 本件医薬品に対する専門部会や医師の認識であったとも主張する(前記 イ)。 認定事実のとおり,本件医薬品については,日本肺癌学会が「実地医 療でのゲフィチニブ使用に関するガイドライン」(甲17)及び「ゲフ ィチニブ使用に関するガイドライン」(甲16)において,化学療法未 治療例に対し,実地医療としては本件医薬品を使用するべきではないな どとしていることが認められる(認定事実シ,ス)。 しかし,上記各ガイドラインは,日本肺癌学会等によって作成された ものであり,もとより厚生労働大臣によってされた本件先行処分の内容 となるものではない。 また,上記各ガイドラインの内容は,本件先行処分時点で公表されて いたものでもない。上記各ガイドラインは,本件先行処分後に,本件医 薬の投与を原因とすると思われる重篤な間質性肺炎や急性肺障害の事例 が多数報告されたことから,これを契機とし,本件医薬品の適正使用に 関する見解をまとめることを目的してなされたものである(認定事実コ ないしス)。 このような認定事実の経緯に照らしてみれば,本件先行処分の時点に おいて,日本肺癌学会として,上記各ガイドラインに記載された医学的 知見・認識を有していたことはうかがうことができない。 したがって,いずれにしても,上記各ガイドラインの記載等が本件先 行処分の効能又は効果を特定するものと認めることはできない。 エ 以上に検討したところによれば,本件注意の記載は,本件先行処分の 一部を成すものとは認めることができない。原告が種々主張する点はい ずれもその根拠となるものではない。 したがって,本件注意が実質的には本件先行処分の一部であるとの原 告の主張は採用することができない。そして,他に,本件先行処分の効 能又は効果が「化学療法既治療の手術不能・非小細胞肺癌」であること を認めることのできる特段の事情も存在しない。 そうすると,前記アで説示したとおり,本件先行処分における本件医 薬品の効能又は効果は承認書に記載された文言のとおり「手術不能・再 発非小細胞肺癌」であると認めるのが相当である。そして,そのことは, 前記イ において検討した本件医薬品の審査の経緯からも裏付けられる ものであるし,また,前記ウ において検討した日本肺癌学会のガイド ライン公表の経緯も,これに沿うものということができる。 結論 以上の認定判断によれば,本件先行処分による禁止の解除の範囲は本件処 分によるそれを包含するものと認められるから,本件特許発明1に関し,特 許法67条の3第1項1号所定の要件に該当するとした審決の判断の結論に 誤りはないというべきである。 なお,本件においては直接結論を左右する争点とはならないが,念のため に,特許法67条の3第1項1号の要件の有無の判断について,当裁判所の 見解を述べておくこととする。 特許法67条の3第1項1号により審査官が延長登録の出願を拒絶すべき 場合の要件について,これを特許権の存続期間の延長登録の制度の趣旨に照 らして考えると,医薬品の成分を対象とする特許については,薬事法14条 1項又は9項(平成14年法律第96号による改正前の薬事法においては, 同法14条1項又は7項。)に基づく承認を受けることによって禁止が解除 される「特許発明の実施」の範囲は,薬事法14条2項3号(平成14年法 律第96号による改正前の薬事法においては,同法14条2項)が定める審 査事項のうち,成分,分量,用法,用量,効能,効果によって特定される医 薬品の製造販売等の行為であると解するのが相当である(上記の点は平成1 4年法律第96号による改正前の薬事法においても同様である。 。 ) そして,上記処分を受けることにより,上記事項によって特定された医薬 品の製造販売等の行為につき禁止の解除がされるものであることからすると, 禁止の解除がされた範囲は,原則として,薬事法14条1項又は9項(平成 14年法律第96号による改正前の薬事法においては同法14条1項又は7 項)に基づく医薬品の輸入ないしは製造販売についての承認書に記載された 上記事項の記載に基づいて決せられるべきものと解するのが相当である。 当裁判所の 判断は,以上の前提に基づくものであり,原告の主張 に鑑み,禁止の解除の範囲につき,上記と別異に解する特段の事情があるか 否かを検討したものである。 これに対し,審決は,特許法67条の3第1項1号における「特許発明の 実施」は,処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許 発明の発明特定事項に該当する全ての事項(発明特定事項に該当する事項) によって特定される医薬品の製造販売等の行為であるが,医薬品の承認にお いては用途に該当する事項が定められていることから,用途を特定する事項 を発明特定事項として含まない特許発明の場合には,「特許発明の実施」は, 処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち,特許発明の発 明特定事項に該当する全ての事項及び用途に該当する事項によって特定され る医薬品の製造販売等の行為ととらえるべきことを前提に認定判断を行って そうすると,上記の審決の解釈は当裁判所とは異なるものであるが,本件 において,この点は結論を左右するものではない。 2 本件特許発明11,16,19及び21について 原告は,本件特許発明1に関する審決の認定判断に誤りがあることを前提に, 本件特許発明11,16,19及び21についての審決の認定判断に誤りがあ る旨主張する。 しかし,前記1説示のとおり,本件特許発明1に関する審決の判断の結論に 誤りがない以上,原告の上記主張は,その前提を欠き,採用することができな い。 3 以上によれば,審決の判断の結論に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由 がない。 また,他に審決に取り消すべき違法もない。 第6 結論 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお り判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 石 井 忠 雄 裁判官 西 理 香 裁判官 神 谷 厚 毅 |