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関連審決 不服2000-12757
関連ワード 反復(反復可能性) /  アクセス /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10078号 審決取消請求事件
原告 ワシントン ユニヴァーシティ 代表者
訴訟代理人弁理士 鈴木弘男
被告 特許庁長官 中嶋誠
指定代理人 松浦功
同 吉岡浩
同 立川功
同 伊藤三男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/12/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2000-12757号事件について平成16年3月1日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,後記特許の出願人である原告が,特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたところ,同請求は成り立たないとの審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁における手続の経緯 原告は,平成6年(1994年)4月8日に国際特許出願し,平成7年10月9日,発明の名称を「磁気媒体をフィンガプリントし且つ固有性を識別する方法及び装置」として特許庁に特許法184条の5第1項の規定による書面を提出した(甲3,4。以下「本願」という。)ところ,特許庁は拒絶査定をしたので,原告は,これを不服として審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2000-12757号事件として審理し,その係属中の平成15年7月28日原告は,特許請求の範囲の補正(以下「本件補正」という。)をした(甲5)が,特許庁は,平成16年3月1日,本件補正を前提とした上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。
(2) 発明の内容 本件補正後の請求項は1ないし10から成り,その内容は,下記のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明1」等という。)。
記 【請求項1】 少なくとも一部に磁気媒体部分を有する対象物に後に同一性を判断するために前記磁気媒体の微細構造の残留雑音を識別要素,すなわちフィンガープリントとする装置であって,前記対象物のフィンガープリントとなる前記磁気媒体の微小部分の残留雑音を測定する手段と,後に前記残留雑音を測定して前記対象物の同一性を判断するための比較を後に行うために前記残留雑音を記録する手段とを有することを特徴とする装置。
【請求項2】 磁気媒体部分を有し,後に同一性を確認するために前記磁気媒体の微細構造の残留雑音を識別要素とするフィンガープリントが記録され,該記録されたフィンガープリントが前記磁気媒体部分の微小部分の前記残留雑音からなることを特徴とする対象物。
【請求項3】 前記対象物が磁気データカードであり,前記磁気媒体部分が磁気データカード上の磁気ストライプである請求項2に記載の対象物。
【請求項4】 磁気媒体部分を有し,前記磁気媒体部分の残留雑音からなるフィンガープリントが記録された対象物を確定する装置であって,前記記録されたフィンガープリントを読み取る手段と,前記記録されたフィンガープリントから前記残留雑音に変換する手段と,前記磁気媒体部分から直接残留雑音を測定する手段と,前記変換された残留雑音と前記測定された残留雑音とを比較し,両者が一致するか否かを判断して前記対象物を確定することを特徴とする装置。
【請求項5】 少なくとも一部に磁気媒体部分を有し,磁気媒体の微細構造の残留雑音を識別要素とするフィンガープリントが記録されており,該フィンガープリントが前記媒体部分に対して予め測定された前記残留雑音からなる対象物を確定する装置において,前記媒体部分から直接残留雑音を測定するステップと,前記記録されたフィンガープリントを読み取るステップと,前記測定された残留雑音と前記記録されているフィンガープリントとを比較するステップとを有することを特徴とする方法。
【請求項6】 少なくとも一部に磁気媒体部分を有する対象物に後に同一性を判断するために磁気媒体の微細構造の残留雑音を識別要素としたフィンガープリントとする方法であって,前記フィンガープリントに相当する前記媒体部分の残留雑音を測定するステップと,予め記録されたフィンガープリントと前記残留雑音とを後で比較するために前記対象物に予めフィンガープリントとして残留雑音を記録するステップとを有することを特徴とする方法。
【請求項7】 磁気媒体を有し,磁気媒体の微細構造の残留雑音を識別要素とするフィンガープリントが記録された対象物を確定する装置であって,前記記録されたフィンガープリントが,前記磁気媒体部分の残留雑音の第1の読み取りに相当する信号からなり,前記磁気媒体部分の前記残留雑音の第2の読み取りによって前記フィンガープリントを決定する手段と,前記記録されたフィンガープリントを前記決定されたフィンガープリントと比較し,前記第1の読み取りと前記第2の読み取りの間で読み取り速度の差を補償し,前記フィンガープリントが一致するか否かを決定する手段を備え,これによって,前記対象物を確定することを特徴とする装置。
【請求項8】 少なくとも一部に,磁気媒体の微細構造の残留磁気を識別要素とするフィンガープリントを有する磁気媒体部分を有し,前記フィンガープリントが第1の読み取りによって予め決定された前記磁気媒体部分の残留雑音からなる対象物を確定する方法であって,第2の読み取りによって前記磁気媒体部分から直接残留雑音を決定するステップと,前記第1の読み取りと前記第2の読み取りとの間での読み取り速度の差を補償して前記フィンガープリントが一致するか否かを決定するステップと,を有することによって前記対象物を確定する方法。
【請求項9】 磁気媒体部分を有し,後に同一性を判断するために磁気媒体の微細構造の残留雑音を識別要素とするフィンガープリントが記録された対象物において,前記フィンガープリントが前記磁気媒体部分の第1の読み取りによって決定された前記磁気媒体部分の残留雑音からなり,前記読み取りの速度が,後に前記第1の読み取りの速度とその後の読み取りの速度との間の差を補償するために用いるために,前記フィンガープリントと関係付けれられて記録されることを特徴とする対象物。
【請求項10】 制御されたアクセス環境へのアクセスを限定するための,磁気媒体の微細構造の残留雑音を識別要素とするフィンガープリントを有するセキュリティカードにおいて,前記セキュリティカードは磁気媒体部分を有し,前記フィンガープリントは前記磁気媒体部分の残留雑音からなり,予め決定されたフィンガープリントとその後に決定されたフィンガープリントが一致した場合にのみアクセスが有効に許容されることを特徴とするセキュリキィカード。
(3) 審決の内容 ア 審決の内容は,別紙のとおりである。
その理由の要旨は,本願に係る請求項のうち,1,4,10について各別に判断し,これらの請求項に係る本願発明1,4,10は,下記の引用例1,2に記載された発明及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない,としたものである。
記 ・引用例1 特開昭63-129520号公報(甲1) ・引用例2 Hoinville,Indeck及びMuller著「Spatial Noise Phenomena of Longitudinal Magnetic Recording Media」 (IEEE Transactions on Magnetics, Vol.28, No.6,1992年11月。甲2,乙1) イ なお,審決は,引用例1から次のとおりの引用発明1ないし3を認定し,本願発明1と引用発明1を,本願発明4と引用発明2を,本願発明10と引用発明3をそれぞれ対比して,次のような一致点と相違点があるとした。
(ア) 本願発明1と引用発明1の対比 (引用発明1の内容) 少なくとも一部に磁気層分を有する対象物に後に同一性を判断するために前記磁気層の密度の変化の残留雑音を磁気的特徴とする装置であって,前記対象物の磁気的特徴となる前記磁気層の特定位置の残留雑音を測定する手段と,後に前記残留雑音を測定して前記対象物の同一性を判断するための相関を後にとるために前記残留雑音を記録する手段とを有することを特徴とする装置。
(一致点) 少なくとも一部に磁気媒体部分を有する対象物に後に同一性を判断するために磁気媒体の残留雑音を識別要素,すなわちフィンガプリントとする装置であって,前記対象物のフィンガプリントとなる前記磁気媒体の残留磁気を測定する手段と,後に前記残留雑音を測定して前記対象物の同一性を判断するための比較を後に行うために前記残留雑音を記録する手段とを有することを特徴とする装置。
(相違点1) フィンガプリントが,前者(本願発明1)では「磁気媒体の微細構造」に起因するのに対し,後者(引用発明1)では「磁気媒体の密度の変化」に起因する点。
(相違点2) フィンガプリントが,前者(本願発明1)では磁気媒体の微小部分であるのに対し,後者(引用発明1)では磁気媒体の特定位置である点。
(イ) 本願発明4と引用発明2の対比 (引用発明2の内容) 磁気層部分を有し,前記磁気層部分の残留雑音からなる磁気的特徴が記録された対象物を確認する装置であって,前記記録された磁気的特徴を読み取る手段と,前記磁気層部分から直接残留雑音を測定する手段と,前記測定された残留雑音をデジタル・ホーマットに変換する手段と,前記読み取られた残留雑音と前記変換された残留雑音とを比較し,前記対象物を確認することを特徴とする装置。
(一致点) 磁気媒体部分を有し,前記磁気媒体部分の残留雑音からなるフィンガプリントが記録された対象物を確定する装置であって,前記記録されたフィンガプリントを読み取る手段と,前記磁気媒体部分から直接残留雑音を測定する手段と,残留雑音を比較し,前記対象物を確定することを特徴とする装置。
(相違点) 残留雑音の比較の手法が,前者(本願発明4)では記録されたフィンガプリントを変換し,測定された残留雑音と比較するものであるのに対し,後者(引用発明2)では,測定された残留雑音を変換し,読み取られた残留雑音と比較するものである点。
(ウ) 本願発明10と引用発明3の対比 (引用発明3の内容) 磁気層の密度の変化の残留雑音を磁気的特徴とする証明書において,前記証明書は磁気層部分を有し,前記磁気的特徴は前記磁気層の残留雑音からなり,予め決定された磁気的特徴とその後に決定された磁気的特徴の相関をとることができる証明書。
(一致点) 磁気媒体の密度の変化の残留雑音を識別要素とするフィンガプリントを有する証明書において,前記証明書は磁気媒体部分を有し,前記フィンガプリントは前記磁気媒体部分の残留雑音からなり,予め決定されたフィンガプリントとその後に決定されたフィンガプリントの一致判定を行うことができる証明書。
(相違点1) フィンガプリントが,前者(本願発明10)では「磁気媒体の微細構造」に起因するのに対し,後者(引用発明3)では「磁気媒体の密度の変化」に起因する点。
(相違点2) 対象物が,前者(本願発明10)ではアクセス環境へのアクセスを限定するためのセキュリティカードであるのに対し,後者(引用発明3)では証明書の使用目的がアクセスを限定するためのセキュリテイカードではない点。
(4) 審決の取消事由 ア 審決の認定に対し, (ア) 本願発明1と引用発明1の対比に関し,引用発明1の内容は否認するが,一致点及び相違点1は認める。相違点2は否認する。
(イ) 本願発明4と引用発明2の対比に関し,引用発明2の内容は認めるが,一致点は否認する。相違点は認める。
(ウ) 本願発明10と引用発明3の対比に関し,引用発明3の内容,一致点,相違点1及び2はいずれも認める。
イ しかしながら,審決には,以下のとおりの認定判断の誤りがあるから,違法として取消しを免れない。
(ア) 取消事由1(本願発明1と引用発明1の相違点2の認定の誤り) 引用例1においては,磁気ヘッドが移動する範囲は磁気層16の全長であり,磁気層16の全体を測定したデータを磁気的特徴としたアナログデータをデジタル化しており,磁気層16の1地点又は特定位置のような一部の微小領域の磁性の特性を測定していないから,審決が,引用発明1について「前記対象物の磁気的特徴となる前記磁気層の特定位置の残留雑音を測定する手段」を有すると認定したのは誤りである。
したがって,審決認定の相違点2のうち,フィンガプリントが引用発明1では「磁気媒体の特定位置である」としたのは誤りである。
(イ) 取消事由2(本願発明1と引用発明1の相違点1の判断の誤り) 審決が,「引用例1には,磁気層の残留磁気の変化は様々な要因で起こることが示されており,それらは文書に独特の特徴を与えるとされている。引用例2には磁気媒体の結晶の微細構造に起因するノイズの存在とその測定法が示されているから,文書に独特の特徴を与える磁気層の残留磁気の変化として磁気媒体の微細構造に起因するものを用いることは容易に想到されることである。」(7頁9行〜13行)とし,引用例1に,引用例2を適用して相違点1に係る本願発明1の構成とすることは容易想到である旨判断したのは,次に述べるとおり誤りである。
a 引用例1には,従来技術としての残留磁気の起こる一般的な要因が示されていない。もっとも,引用例1には,磁気層の長さ方向の密度の変化を起こす要因として,「紙質の不均一性」,「磁気層の堆積方法」,「磁気粉の分散」の記載があるが,これらの3要因は,従来技術としての一般的な要因ではなく,本願発明1の特徴である磁気媒体の微細構造に由来する残留雑音又は磁気媒体の微小部分からの残留雑音とは,無関係である。
b また,引用例2には,「磁気媒体の結晶微細構造に起因するノイズの存在とその測定法」が示されているものの,ノイズの性格や特性についての説明の記載がなく,磁気媒体の結晶微細構造が,審決にいう「文書に独特の特徴を与える」ことを示唆する記載もない。
そして,引用例1には,磁性粒子の結晶の微細な構造について何ら記載されていないから,引用例1に引用例2を結びつける動機,目的が存しない。
c したがって,審決が,引用例1に,引用例2を適用して相違点1に係る本願発明1の構成とすることは容易想到である旨判断したのは誤りである。
(ウ) 取消事由3(本願発明1と引用発明1の相違点2の判断の誤り) 審決が,「引用例1には,測定すべき特定位置は磁気ストラップから感知されるとされているから,測定されるのは磁気層全域ではなく,磁気層の一部の領域である。また,引用例2の測定法において測定される領域は170μmであり,これは前者(判決注・本願発明1)における微小領域の具体例である30〜4300μmの範囲内である。従って,後者(判決注・引用発明1)に引用例2の測定法を適用するときに測定領域を磁気媒体の微小領域とすることは格別のことではない。」(7頁15行〜20行)とし,引用例1に,引用例2を適用して相違点2に係る本願発明1の構成とすることは容易想到である旨判断したのは,次に述べるとおり誤りである。
a 引用例1においては,前記のとおり,磁気ヘッドが移動する範囲は磁気層16の全長であり,磁気層16の全体を測定したデータを磁気的特徴としたアナログデータをデジタル化しており,磁気層16の1地点又は特定位置のような一部の微小領域の磁性の特性を測定していないから,「引用例1には,測定すべき特定位置は磁気ストラップから感知されるとされているから,測定されるのは磁気層全域ではなく,磁気層の一部の領域である。」との審決の判断は誤りである。
b そして,引用例2と本願発明1との間で,磁気層の測定領域に共通する領域があるとしても,他方,引用例1と引用例2との間では,共通事項は単なる磁気雑音とか残留雑音という概念のみであって,技術的事項において共通点は全く存在せず,引用例1と引用例2とは磁気層の磁気特性のうちのランダム性を得るための残留磁気の起因する点が異なり,測定領域の長さも異なるのであるから,引用例1に引用例2を組み合わせることが容易でないことは明らかである。
c したがって,審決が,引用例1に,引用例2を適用して相違点2に係る本願発明1の構成とすることは容易想到である旨判断したのは誤りである。
(エ) 取消事由4(本願発明4と引用発明2の一致点の認定の誤り) 審決認定の引用発明2は,「磁気層部分を有し,前記磁気層部分の残留雑音からなる磁気的特徴が記録された対象物を確認する装置」であり,本願発明4は,「磁気媒体部分の残留雑音からなるフィンガープリントが記録された対象物を確定する装置」(請求項4)であるところ,本願発明4の「磁気媒体部分」は,データを記録するための磁気層を意味するのに対し,引用発明2の「磁気層部分」はデータを記録するためのものではないから,審決が,本願発明4と引用発明2は,残留雑音を測定するための磁気層(磁気媒体部分)が一致すると認定したのは誤りである。
(オ) 取消事由5(本願発明10と引用発明3の相違点1の判断の誤り) 審決は,「引用例1には,磁気層の残留磁気の変化は様々な要因で起こることが示されており,それらは文書に独特の特徴を与えるとされている。引用例2には磁気媒体の結晶の微細構造に起因するノイズの存在とその測定法が示されているから,文書に独特の特徴を与える磁気層の残留磁気の変化として磁気媒体の微細構造に起因するものを用いることは容易に想到されることである。」(9頁2行〜6行)とし,引用例1に,引用例2を適用して前記相違点1に係る本願発明10の構成とすることは容易想到である旨判断した。
しかし,前記(イ)のとおり,引用例1には「磁気層の残留磁気の変化は様々な要因で起こることが示されて」おらず,微細構造についての示唆もないから,引用例2に磁気媒体の結晶の微細構造に起因するノイズの存在とその測定法が示されているからといって,引用例1に引用例2を適用して「文書に独特の特徴を与える磁気層の残留雑音の変化として磁気媒体の微細構造に起因するものを用いることは容易に想到されること」にはならないので,審決の上記判断は誤りである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論 (1) 取消事由1に対し 審決は,磁気媒体(磁気層)の「特定位置」なる語を,引用例1のヘッド44によって感知される,磁気層16の磁気的特徴を表すアナログ信号中のある距離にわたる一部分を指すものとして用いており(3頁26行〜4頁5行),引用発明1が磁気媒体の「特定位置」の残留雑音を測定する手段の構成を有するとした審決の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2に対し ア 引用例1には,文書にそれぞれ独特な特徴を与える磁気層の残留磁気の変化の要因として,「紙の表面の不均一性」,「印刷又はその他の沈積工程上の不均一性」,「磁性粒子の分散上の変化」の3つが挙げられていること,磁気層の長さ方向の密度が残留磁気と同等の意味を有することが明示されていることからすれば,審決が,「引用例1には,磁気層の残留磁気の変化は様々な要因で起こることが示されて」いると認定したことに誤りはない。
イ 引用例2に記載された磁気媒体の結晶微細構造に起因するノイズの存在とその測定法を知る当業者にとって,引用例1に磁気層の残留磁気の変化は様々な要因で起こることが示唆されている以上,その様々な要因の一つとして,磁気層中の結晶微細構造を想定することは容易であるから,審決に原告主張の誤りはない。
(3) 取消事由3に対し ア 引用例1に記載されたシステムにおいては,磁気層16の磁気的特徴を所定距離にわたってヘッド44によって感知しているが,感知した前記磁気的特徴の全体を磁気ストリップ14に記録しているわけではなく,前記磁気的特徴を表すアナログ信号は,源40からコンパイラー38に送られる当該対象の特徴的形の位置を特定するデータに基づき,選択的に,すなわちその一部がデジタル化され磁気ストリップ14に記録されるのであり,ヘッド44のみならず,プロセッサ42,コンパイラー38も含めて,磁気層16の磁気的特徴をデジタル信号として測定する手段ととらえれば,当該手段は,実質的に磁気層16の一部の領域の磁気的特徴を測定するものにほかならない。
また,磁気ヘッドによる磁気層への信号の記録,再生は,その原理上,磁気ヘッドに対して磁気層が移動していないと行えないのであって,磁気層の一部領域のみの磁気的特徴をピンポイントで測定することは不可能であるから,磁気層の一部領域の磁気的特徴を測定する際には,引用発明1のように,磁気層における,測定の対象となる一部領域を含むある程度の長さの部分を磁気ヘッドに対して移動させて前記部分全体の磁気的特徴を測定した後,前記部分全体の磁気的特徴から所望の一部領域の磁気的特徴を取り出すという手法をとらざるを得ないことは当業者であれば当然に理解できることである。
なお,本願発明1における磁気媒体の微小部分の残留雑音の測定手法については,本願の明細書及び図面(甲3,4)の記載からみて,本願発明1における磁気媒体の微小部分の残留雑音は,引用例1と同様に,磁気媒体を磁気変換器からなる記録ヘッドすなわち磁気ヘッドに対して移動させることにより測定されるものと認められ,結局,本願発明1と引用発明1における磁気媒体の一部領域の残留雑音の測定手法は本質的に同一である。
したがって,引用例1において「測定されるのは磁気層全域ではなく,磁気層の一部の領域である。」とした審決に誤りはない。
イ そして,引用発明1は磁気層の一部の領域の磁気的特徴を測定するものであり,引用例2には,磁気媒体の結晶微細構造に起因するノイズ信号が測定されるのは170μmという微小領域であることが開示されているから,引用発明1における磁気層の磁気的特徴すなわち残留磁気の変化として,引用例2に記載された磁気媒体の結晶微細構造に起因するものを想定した場合に,磁気的特徴を測定する磁気層の一部の領域を170μmという微小領域とすることに何らの困難性はなく,また,引用発明1に引用例2に記載された事項を組み合わせることに困難性もない。
(4) 取消事由4に対し ア 本願発明4(請求項4)における「磁気媒体部分を有し,前記磁気媒体部分の残留雑音からなるフィンガープリントが記録された対象物」という記載から,対象物が磁気媒体部分を有すること及び対象物には前記磁気媒体部分の残留雑音からなるフィンガープリントが記録されていることを読み取れるものの,前記フィンガープリントが前記磁気媒体部分に記録されていることが記載されているとまで読み取ることはできないから,請求項4の前記記載部分には,対象物の有する磁気媒体部分の残留雑音からなるフィンガープリントが任意の記録手法で記録された対象物すべてが含まれることが示されているというべきである。
したがって,引用例1に記載された装置において,磁気層16の残留雑音からなる磁気的特徴を磁気ストリップ14に記録した文書10は,本件請求項4に係る,対象物の有する磁気媒体部分の残留雑音からなるフィンガープリントが任意の記録手法で記録された対象物と,本質的に異なるものではない。
イ そして,本願発明4の磁気媒体と引用例1の磁気層16は,対象物の表面に設けられた,対象物の同一性を判断するための残留雑音が測定される磁気層である点において共通するから,引用例1に記載された装置における「磁気層16」と本願発明4の「磁気媒体」とは,実質的に同じものであり,単にその呼称が異なっているにすぎず,本願発明4の「磁気媒体」が引用発明2の「磁気層」に相当するとした審決の認定に誤りはない。
(5) 取消事由5に対し 前記2で述べたのと同様の理由により,審決の判断に原告主張の誤りはない。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
審決は,前記のとおり,請求項が1ないし10から成る本件補正後の本願につき,請求項1・4・10のそれぞれにつき判断し,いずれも引用例1及び2に記載された発明との関係で,特許法29条2項にいう進歩性がないとしたものである。これに対し原告は,請求項1に基づく本願発明1に対しては取消事由1,2及び3を,請求項4に基づく本願発明4に対しては取消事由4を,請求項10に基づく本願発明10に対しては取消事由5を主張する。特許法49条の解釈として,拒絶査定は,特許出願全体につき不可分的に判断されるべきものであるから,特許庁において本願の複数の請求項の一つについて進歩性を欠くと判断したときは,その余の請求項について判断せずに本願全体を拒絶することができるが,本願に対し特許庁は,前記のとおり審決において,請求項1・4・10のいずれについても判断を示している。
しかし,当裁判所は,以下に説示するように,請求項1に基づく本願発明1は特許法29条2項進歩性の要件を欠くとした審決は正当であると判断するので,その余について判断するまでもなく本願は拒絶されるべきものである。したがって,原告主張の取消事由のうち当裁判所が判断を示すのは,取消事由1,2及び3についてである。
2 取消事由1(本願発明1と引用発明1の相違点2の認定の誤り)について (1) 原告は,引用例1において,磁気ヘッドが移動する範囲は磁気層16の全長であり,磁気層16の全体を測定したデータを磁気的特徴としたアナログデータをデジタル化し,磁気層16の1地点又は特定位置のような一部の微小領域の磁性の特性を測定していないから,審決認定の相違点2のうち,フィンガプリントが引用発明1では「磁気媒体の特定位置である」としたのは誤りである旨主張する。
ア 審決認定の本願発明1と引用発明1の一致点(前述のとおり)は,当事者間に争いがない。
イ 引用例1(甲1)には,次のような記載がある。
(ア)「特許請求の範囲」(1頁)として,「(1) 基礎部材で,支持基質を持つものと,上記支持基質上に配置される磁性物質の層で,反復感知可能なランダムな特徴を有するものと,上記基礎部材上の機械読み可能な記録で,上記反復感知可能なランダムな特徴を表示するものと,を含む,確認可能な真正発行者証明証書。」,「(13) その上に磁気層を持つ対象を確認するシステムで,上記層がランダムな磁気的不規則性を持ち,更に上記対象が機械読み可能な記録を持ち,その機械読み可能な不規則性をその上に登録するものに於いて,上記システムが,上記の磁性物質の層を感知し,特徴的信号を提供する手段と,上記記録を感知し,記録信号を提供する手段と,及び,上記特徴的信号と上記記録信号とを比較し,上記対象を同一性の証明する手段と,からなる,磁気的特徴により同一性の証明をするシステム。」。
(イ)「本発明は磁気媒体の,特定のランダムな特徴を認知し,この特徴を同一性の証明として用いていることを基礎としている。」(3頁左上欄12行〜14行),「本発明の一つの技術によれば,基礎部材例えば紙は支持基質を備えており,その表面に磁性物質の一つの層が配置され,これが反復感知可能な特徴を備えている。この磁性物質は次のことにより変化させられる。即ち,紙の表面の不均一性,印刷又はその他の沈積工程上の不均一性,又は磁性粒子の分散上の変化である。このようにして,密度の変化がランダムに出来,各文書にそれぞれ独特な特徴を与え,しかもこれは固定的であり且つ反復可能である。このランダムな特徴が感知され,又従来技術で良く知られた磁気ストリップで文書上に記録される。」(3頁右上欄5行〜16行)。
(ウ)「第1図に,株券を例とした文書10が本発明の実施例として示されている。特に,文書10は,多数の印刷符号12に加え,一般的な磁気記録ストリップ14と,同様に細いストリップの形をした磁気的特徴を持つ層16を備えている。」(3頁右下欄6行〜10行)。
(エ)「磁気層16の長さ方向の密度は次の3つの理由によって変化する。
即ち,文書10の紙質の不均一性と,文書10の上に層16を堆積させる方法と,及び層16に於ける磁気粉の分散とである。密度の変化はランダムに生じ独特の文書を提供し又固定的に反復可能に文書の同一性を証明する。この点で,ここで用いられている密度と残留磁気とは同等の意味を有するものである。」(4頁左上欄15行〜右上欄2行)。
(オ)「ここで理解を助ける為に,層16を感知してランダムな磁気的特徴の表示を行なう即ち“ノイズ”を随伴させる方法に就いて説明する。このノイズの形は次の如くに定義される。第1に,DC磁界によって磁気媒体が磁化されている時はDCノイズが発生する。変調ノイズは,一定振幅のAC信号が記録されるとき発生する再生振幅の変形として定義される。実質的に信号電流無しでACバイアスが記録ヘッドに掛けられるとき,例えば,ACバイアスに信号無しで乗るとき,バイアス・ノイズが発生する。媒体が周期的磁界によって消磁されるとバルク消磁のノイズが発生する。」(4頁右上欄8行〜19行)。
(カ)「第4図に示す如く,機構32は文書10を矢印(上右)で示す方向に右へ移動させる。 輸送機構32と組合わされて,磁気データストリップ14及び磁気的特徴層16と変換関係にある多くの磁気ヘッドが装着される。」(5頁右下欄4行〜8行),「従って,ヘッド44が層16の特徴を読み,その後でヘッド36がストリップ14に特徴を現わす信号を記録する。ヘッド44に先立ち,調整ヘッド,特に消去ヘッド46及び記録ヘッド48がある。消去ヘッド46は消去回路50によって動かされ,記録ヘッド48は記録回路52によって動かされる。」(6頁左上欄5行〜11行),「第4図のシステムを操作して文書10を素形から完成するに手順を考えると,先ず,磁気ヘッド36,44,46及び48との協同関係の中で変換動作を行う為に,1個の素形が輸送機構32の中に置かれたとする。文書10の素形が最初にヘッド46の下に前進するに伴い(左から右へ),層16から疑似磁気内容が消され即ち払われる。層16は次に回路52で動かされるヘッド48の下を通過し,層16に標準記録を行なう。例えば上述の如く,このヘッドは直線的DC信号で動かされてDCノイズを作ったり,直線的AC信号で変調ノイズを作ったり又は直線的バイアス信号でバイアスノイズを作ったりする。又非直線的記録を用いることも可能である。いずれにしても,このようにして標準記録が完成される。」(6頁左上欄12行〜右上欄6行)。
(キ)「文書10が移動するにつれ,層16は次に,ヘッド44に遭遇し,これが,予め調整された層16の磁気的特徴を感知する。その結果,アナログ信号で現わされた特徴がヘッド44から特徴信号プロセッサー42に供給される。・・・プロセッサー42の中でアナログ信号の1部又は多くの部分が層16の選択部を表示する為に選択され,デジタル表現へ変換する為の特定の数値が与えられる。」,「・・・プロセッサー42は又選択されたアナログ・サンプルを変換する為に当該技術者に良く知られたアナログ-デジタル・コンバータを備えている。
従って,磁気的特徴を現わす選択されたデジタル信号のホーマットがプロセッサー42からコンパイラー38に供給される。」,「上述した如く,コンパイラー38は又文書10に関する情報と及び層16の特徴を感知する為に用いられる技術とを現わすその他のデータを受取る。実施例に於いては,このデータが当該対象の特徴的形の位置を特定する。このデータの助けにより,特徴を現わすアナログ信号を選択的にサンプリングし,デジタル化すべき特定の信号を得ることが出来る。」,「コンパイラー38はデジタルデータをアセンブルし,又これにより,記録ヘッド36を動かして磁気ストリップ14に希望する記録を作り上げる。」(以上,6頁右上欄7行〜左下欄15行)。
(ク)「本発明によるシステムは文書10を真正なものとして立証し確認することを意図している。この確認システムの1つが第5図に示されており,・・・第5図のシステムが文書10を輸送機構60に受取るが,これは第4図に示したものと略同様なものである。」(6頁右下欄4行〜9行),「文書10の磁気ストリップ14がヘッド62に出会うと,最初の変換関係が発生する。その結果,文書の特徴(層16)を現わすデジタルの値が,層16の中の比較値の特定の位置を示すある情報と共に,ストリップ14から感知される。その他のデータを与えることも出来る。」(7頁左下欄13行〜18行)。
(ケ)「この特徴の同一性の証明に関係するデータがプロセッサー80に供給され,一方,実際の選ばれた特徴を現わす信号がレジスタ74にセットされる。
ヘッド62によるストリップ14のスキャンが実質的に完了したとき,層16がヘッド66,68,70にこの順で遭遇する。ヘッド66が層16から全ての疑似信号を払い,しかる後,ヘッド68が層に予め決められた試験信号を記録する。次に,この事前調整された層で,ヘッド70が記録された信号を(その他のノイズと共に)感知する。これはプロセッサー80により処理し,選ばれた特徴値をデジタル・ホーマットに変換する為である。 上記選ばれた特徴値が相関回路82に供給され,この回路は又前に感知された同じホーマットの値をレジスタ74から受取る。これに従って,相関回路82が相関の程度を決定し,又予め決められた標準に従って出力装置84を作動させる。このようにして,新しい特徴値と前に記録された特徴値との間の相関の程度即ち同一性により,文書10が真正なものとして識別される。」(7頁左下欄18行〜右下欄18行)。
ウ 前記ア及びイによれば,@本願発明1と引用発明1は,少なくとも一部に磁気媒体部分を有する対象物に後に同一性を判断するために磁気媒体の残留雑音を「識別要素,すなわちフィンガプリント」(磁気的特徴)とする装置である点で一致していること,A引用例1には,「文書10が移動するにつれ,層16は次に,ヘッド44に遭遇し,これが,予め調整された層16の磁気的特徴を感知する。その結果,アナログ信号で現わされた特徴がヘッド44から特徴信号プロセッサー42に供給され・・・プロセッサー42ーの中でアナログ信号の1部又は多くの部分が層16の選択部を表示する為に選択され,デジタル表現へ変換する為の特定の数値が与えられる。」(前記イ(キ)),B「上述した如く,コンパイラー38は又文書10に関する情報と及び層16の特徴を感知する為に用いられる技術とを現わすその他のデータを受取る。実施例に於いては,このデータが当該対象の特徴的形の位置を特定する。このデータの助けにより,特徴を現わすアナログ信号を選択的にサンプリングし,デジタル化すべき特定の信号を得ることが出来る。」(同),C「・・・その結果,文書の特徴(層16)を現わすデジタルの値が,層16の中の比較値の特定の位置を示すある情報」(前記イ(ク))との記載があることが認められる。
上記認定事実によれば,引用例1のヘッド44によって感知された層16の磁気的特徴を現わすアナログ信号の一部(又は多くの部分)が,プロセッサー42の中で層16の選択部を表すものとして選択され,磁気的特徴を現わすデジタル信号としてコンパイラー38に与えられ,コンパイラー38によって特徴的形の位置を特定するデータが得られることが認められるから,このデータによって位置が特定される層16の選択部の「特徴的形」は,ヘッド44によって感知されたアナログ信号中のある距離にわたる一部分,すなわち「特定の位置」を示すものと解される。
そうすると,審決が,相違点2において,引用発明1では,フィンガプリント(磁気的特徴)が「磁気媒体の特定位置である」と認定したことに誤りはないというべきである。
(2) したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(本願発明1と引用発明1の相違点1の判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,「引用例1には,磁気層の残留磁気の変化は様々な要因で起こることが示されており,それらは文書に独特の特徴を与えるとされている。
引用例2には磁気媒体の結晶の微細構造に起因するノイズの存在とその測定法が示されているから,文書に独特の特徴を与える磁気層の残留磁気の変化として磁気媒体の微細構造に起因するものを用いることは容易に想到されることである。」(7頁9行〜13行)とし,引用例1に,引用例2を適用して相違点1に係る本願発明1の構成とすることは容易想到である旨判断したのは,以下の理由により誤りである旨主張する。
ア 原告は,引用例1には,磁気層の長さ方向の密度の変化を起こす要因として,「紙質の不均一性」,「磁気層の堆積方法」,「磁気粉の分散」の記載があるが,これらの3要因は,従来技術としての一般的な要因ではなく,本願発明1の特徴である磁気媒体の微細構造に由来する残留雑音又は磁気媒体の微小部分からの残留雑音とは,無関係であるから,審決が「引用例1には,磁気層の残留磁気の変化は様々な要因で起こることが示されており,それらは文書に独特の特徴を与えるとされている。」としたのは誤りである旨主張する。
しかしながら,審決は,引用例1に,原告が主張するような3要因の記載があること(前記2(1)イ(エ))を捉えて,「引用例1には,磁気層の残留磁気の変化は様々な要因で起こることが示されており,それらは文書に独特の特徴を与えるとされている。」と表現したものと解され,それが誤りであるとまで認めることはできないし,また,上記3要因が,「本願発明1の特徴である磁気媒体の微細構造に由来する残留雑音又は磁気媒体の微小部分からの残留雑音」と異なることについては,審決は本願発明1と引用発明1の相違点として認定しているのであるから,原告の上記主張は採用することができない。
イ 次に,原告は,引用例2には,「磁気媒体の結晶微細構造に起因するノイズの存在とその測定法」が示されているものの,ノイズの性格や特性についての説明の記載がなく,磁気媒体の結晶微細構造が,審決にいう「文書に独特の特徴を与える」ことを示唆する記載もなく,また,引用例1には,磁性粒子の結晶の微細な構造について何ら記載されていないから,引用例1に引用例2を結びつける動機,目的が存しない旨主張する。
(ア) 前記2(1)イ(イ),(エ),(オ)のとおりの引用例1(甲1)の各記載によれば,引用例1には,文書に独特の特徴を与えて同一性を証明するために,様々な要因で起こる磁気層の残留磁気の変化を感知してランダムな磁気的特徴の表示,すなわちノイズを利用した技術思想が記載されているものと認められる。
(イ) 引用例2(乙1)には,@「この相関は,2つの波形の類似傾向を測るもので,書き込みが行われているディスク上の同じ位置での媒体の結晶微細構造と磁化プロセスとに依存する。小さな相関係数は磁気微細構造がヘッドの相互作用に依存することを示唆し,一方,大きな相関係数は磁気微細構造が媒体の結晶微細構造に依存することを示唆する。」(1頁右欄24行〜32行の訳文),A「次に,書き込みがないバッファ領域においてトリガがかかってから500μm離れた箇所の170μmの長さに亘って波形が測定される。」(4頁左欄11行〜14行の訳文)との記載がある。
これらの記載によれば,引用例2には,磁気媒体の結晶微細構造に依存する残留雑音(ノイズ)の存在及びその波形測定に関する技術事項が示唆されているものと認められる。
(ウ) そして,引用例2で示された磁気媒体の結晶微細構造に依存する残留雑音(ノイズ)は,磁気媒体(磁気層)の残留磁気の変化を起こす要因と捉えることができるから,引用例1に,引用例2に示された磁気媒体の結晶微細構造に依存する残留雑音(ノイズ)に関する技術事項を適用することにより,相違点1に係る本願発明1の構成とすることは,当業者(その技術の分野において通常の知識を有する者)であれば容易に想到することができたものと認められる。
したがって,原告の前記主張は採用することができない。
(2) したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(本願発明1と引用発明1の相違点2の判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,「引用例1には,測定すべき特定位置は磁気ストラップから感知されるとされているから,測定されるのは磁気層全域ではなく,磁気層の一部の領域である。また,引用例2の測定法において測定される領域は170μmであり,これは前者(判決注・本願発明1)における微小領域の具体例である30〜4300μmの範囲内である。従って,後者(判決注・引用発明1)に引用例2の測定法を適用するときに測定領域を磁気媒体の微小領域とすることは格別のことではない。」(7頁15行〜20行)とし,引用例1に,引用例2を適用して相違点2に係る本願発明1の構成とすることは容易想到である旨判断したのは,以下の理由により誤りである旨主張する。
ア 原告は,引用例1は,磁気ヘッドが移動する範囲は磁気層16の全長であり,磁気層16の全体を測定したデータを磁気的特徴としたアナログデータをデジタル化しており,磁気層16の1地点又は特定位置のような一部の微小領域の磁性の特性を測定していないから,審決が,引用例1では「測定されるのは磁気層全域ではなく,磁気層の一部の領域である。」としたのは誤りである旨主張する。
(ア) 前記のとおり,引用例1(甲1)には,@「文書10の磁気ストリップ14がヘッド62に出会うと,最初の変換関係が発生する。その結果,文書の特徴(層16)を現わすデジタルの値が,層16の中の比較値の特定の位置を示すある情報と共に,ストリップ14から感知される。」(前記2(1)イ(ク)),A「この特徴の同一性の証明に関係するデータがプロセッサー80に供給され,一方,実際の選ばれた特徴を現わす信号がレジスタ74にセットされる。」(前記2(1)イ(ケ))との記載があることによれば,引用例1の磁気ストリップ14から「層16の中の比較値の特定の位置を示すある情報」が感知されることが記載されているものと認められるから,審決が認定するように,引用例1には,「測定すべき特定位置は磁気ストリップから感知される」ことが示されているものと認められる。
このように磁気ストリップから感知されるのが「測定すべき特定位置」であることからすれば,測定される磁気層の対象となる領域は,「磁気層全域ではなく,磁気層の一部の領域である」ことは明らかである。
(イ) 次に,前記2(1)イ(キ)のとおり,引用例1(甲1)には,実施例として,@「文書10が移動するにつれ,層16は次に,ヘッド44に遭遇し,これが,予め調整された層16の磁気的特徴を感知する。その結果,アナログ信号で現わされた特徴がヘッド44から特徴信号プロセッサー42に供給される。・・・プロセッサー42の中でアナログ信号の1部又は多くの部分が層16の選択部を表示する為に選択され,デジタル表現へ変換する為の特定の数値が与えられる。」,A「・・・プロセッサー42は又選択されたアナログ・サンプルを変換する為に当該技術者に良く知られたアナログ-デジタル・コンバータを備えている。従って,磁気的特徴を現わす選択されたデジタル信号のホーマットがプロセッサー42からコンパイラー38に供給される。」,「上述した如く,コンパイラー38は又文書10に関する情報と及び層16の特徴を感知する為に用いられる技術とを現わすその他のデータを受取る。実施例に於いては,このデータが当該対象の特徴的形の位置を特定する。このデータの助けにより,特徴を現わすアナログ信号を選択的にサンプリングし,デジタル化すべき特定の信号を得ることが出来る。」との記載がある。
そして,上記@から,ヘッド44で感知された磁気的特徴を現すアナログ信号の一部(又は多くの部分)が,層16の選択部を表示する為に選択されるものであること,上記Aから,選択されたアナログ信号の一部(又は多くの部分)をアナログ-デジタル・コンバータで変換して得たデジタル信号は,磁気的特徴を現すものであること,コンパイラー38が,上記デジタル信号を層16の特徴を感知するために用いられる技術を現わすデータ,すなわち当該対象の特徴的形の位置を特定するデータとして受取るものであることがそれぞれ認められる。
上記認定事実によれば,引用例1には,その実施例において「磁気層全域ではなく,磁気層の一部の領域」を測定していることが開示されているものと認められる。
(ウ) これに対し原告は,引用例1の磁気ヘッド44が磁気層16の全域(全長)にわたって移動していることから,磁気層全域(全長)を測定している旨主張する。
しかし,上記主張は,残留雑音を測定するに至る前段階の感知(検出)過程のことを論じているものであり,引用発明1の測定の対象は「磁気層の特定位置の残留雑音」であって,磁気ヘッドのような感知(検出)手段が移動する範囲に対応する磁気層部分ではないというべきである。
また,本願の明細書(公表特許公報・甲4)には,「第5図に示す本発明の一実施例は,磁気ストライプ50を備えた磁気データカード48であり,磁気ストライプ50は,該磁気ストライプ50の領域54のフィンガプリントを表すコード52により暗号化されている。かくして,磁気データカード48をカード読取り器56に通して「引く(swipe)」と,カード読取り器56は,コード52を読み取り,記憶されたフィンガプリントデータを判断し,磁気ストライプ50の領域54のフィンガプリントを読み取り,これらが一致するか否かを比較し,これらが一致する場合には,磁気データカード48を,改竄されておらず且つ承認できる真正カードとして証明する。」(20頁下から6行〜21頁2行)との記載があり,この記載及び図5(甲4。29頁)によれば,「カード読み取り器56」が「磁気データカード48」の「磁気ストライプ50」を全長にわたり移動していることが認められる。また,本願の明細書(甲4)の「第10図に示すように,磁気フィンガプリントの原型(プロトタイプ)を示す概略ブロック図は読取りヘッド100を有し,該読取りヘッド100は,磁気媒体102(この磁気媒体は,前述のようにクレジットカード又はパスカード104上に設けることができる)を読み取る。」(21頁5行〜8行)との記載及び図10(甲4。31頁)によれば,「読取りヘッド100」が「クレジットカード又はパスカード104」上の「磁気媒体102」を全域(全長)にわたって移動していることが認められる。
このような本願の明細書記載の実施例に照らしても,感知(検出)手段が移動する範囲と残留雑音を測定する範囲とが一致しないことは明らかである。
(エ) 以上によれば,引用例1では「測定されるのは磁気層全域ではなく,磁気層の一部の領域である。」とした審決の認定に誤りはない。
イ 次に,原告は,引用例2と本願発明1との間で,磁気層の測定領域に共通する領域があるとしても,他方,引用例1と引用例2との間では,共通事項は単なる磁気雑音とか残留雑音という概念のみであって,技術的事項において共通点は全く存在せず,引用例1と引用例2とは磁気層の磁気特性のうちのランダム性を得るための残留磁気の起因する点が異なり,測定領域の長さも異なるのであるから,引用例1に引用例2を組み合わせることが容易でない旨主張する。
そこで検討するに,@先に説示したとおり,引用発明1は,磁気層(磁気媒体)の一部分(特定の位置)を測定するものであること,A引用例2には,磁気媒体の結晶微細構造に起因するノイズ波形を測定する領域が170μmの長さのものが開示されており(前記3(1)イ(イ)),その測定箇所は単位の大きさからして微小領域であるが,ピンポイントではなく,磁気媒体の一部分の領域であることに変わりはないことを考慮すれば,引用発明1と引用例2に記載された技術とは,磁気媒体(磁気層)の残留磁気に伴うノイズを応用し,そのノイズを磁気媒体(磁気層)の一部分の領域から測定するという点で技術的内容が共通するものと認められるから,引用発明1に引用例2に記載された技術を適用して,相違点2に係る本願発明1の構成とすることは,当業者であれば容易に想到することができたものと認められる。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2) したがって,原告主張の取消事由3も理由がない。
5 結論 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 大鷹一郎
裁判官 長谷川浩二