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事件 平成 15年 (行ケ) 299号 審決取消請求事件
原告 アイセル株式会社
同訴訟代理人弁理士 園田敏雄
同 宮崎栄二
被告 特許庁長官小川洋
同指定代理人 宮崎侑久
同 高木進
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が訂正2003―39007号事件について平成15年6月12日にした審決を取り消す。
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯等(争いのない事実,当裁判所に顕著な事実,甲2,甲3) 原告は,発明の名称を「ダイセット用直動装置」とする特許第2906063号(平成元年8月25日出願,平成11年4月2日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許について,特許異議の申立てがされた(平成11年異議第72508号)ところ,特許庁は,平成14年9月4日,「特許第2906063号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定を行い,その謄本は,同月24日,原告に送達された。原告は,同年10月17日,上記取消決定取消の訴えを提起した(当庁平成14年(行ケ)第532号)。
原告は,平成15年1月17日,本件特許の願書に添付された明細書の特許請求の範囲の請求項1及び発明の詳細な説明の訂正(以下「本件訂正」といい,訂正後の明細書(甲2のうちの全文訂正明細書)を「訂正明細書」という。)をする訂正審判の請求をした(訂正2003―39007号)ところ,特許庁は,平成15年6月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月25日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲(甲2) 本件訂正後の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「訂正発明」という。)。
「下型(2a)又は上型(2b)の何れか一方から他方に直立させた複数のガイドポスト(1)(1)を他方の上型(2b)又は下型(2a)に貫通させて,各貫通部にガイドブッシュ(21)と転動体(20)とからなる直動機構を介装し,前記ガイドブッシュ(21)の内周面とガイドポスト(1)の外周面とを転動体(20)によって転がり接触させたダイセット用直動装置において,ガイドブッシュ(21)の内周面,及び,ガイドポスト(1)における前記ガイドブッシュ(21)との嵌合部の断面を相互に相似な六角形又は八角形断面とし,ガイドポスト(1)とガイドブッシュ(21)の嵌合部の間隙に介在される転動体(20)を円筒状又は円柱状の複数のローラ(23)とし,多角形軸部(16)の六角形又は八角形の対向した平面部(11)は,軸線に平行に線対称に形成されており,当該平面部(11)とガイドブッシュ(21)の内周面の平面部(22)との間に前記ローラ(23)(23)の各々をその直径方向に0.005mm以下の所定量圧縮された圧入状態で,かつ互いに離間した状態で介在させ,これらローラ(23)(23)の転がり方向をガイドポスト(1)の軸線に平行に設定し,各ローラ(23)をガイドポスト(1)とガイドブッシュ(21)の嵌合部に遊嵌される六角形又は八角形の筒体からなるリテーナ(3)の平面部(31)に形成した矩形の開口(32)内に移動阻止状態に,かつ自転自在に収容すると共に,前記平面部(31)の内面側及び外面側から開口(32)の内方に向かって突出する舌片(34)を設けて脱落阻止状態に保持させたダイセット用直動装置。」 3 本件審決の理由の要旨(甲1) 本件審決は,次のとおり,訂正発明は,@実公昭40-1166号公報(甲5),特開昭48-14931号公報(甲6),実願昭58-66537号(実開昭59-171838号)のマイクロフィルム(甲7)等に記載されているように周知なダイセット用直動装置(以下,単に「周知なダイセット用直動装置」という。),A実願昭57-34797号(実開昭58-137524号)のマイクロフィルム(甲4,以下「引用例1」という。)及び「プレス金型用部品 Green Book」(双葉電子工業株式会社,平成元年4月)p.33,34,243,244(甲10,以下「引用例2」という。)に記載された事項,並びにB周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから,本件訂正は,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)(以下「平成6年法」という。)附則6条1項の規定によりなお従前の例によるとされる,平成6年法による改正前の特許法126条3項の規定に適合していないとした。
(1) 訂正発明と周知なダイセット用直動装置との対比 (一致点) 下型から上型に直立させた複数のガイドポストを上型に貫通させて,各貫通部にガイドブッシュと転動体とからなる直動機構を介装し,前記ガイドブッシュの内周面とガイドポストの外周面とを転動体によって転がり接触させたダイセット用直動装置において,ガイドブッシュの内周面,及び,ガイドポストにおける前記ガイドブッシュとの嵌合部の断面を相互に相似な断面とし,ガイドポストとガイドブッシュの嵌合部の間隙に介在される転動体を複数の転動体とし,軸部の面部とガイドブッシュの内周面の面部との間に前記転動体の各々を互いに離間した状態で介在させ,これら転動体の転がり方向をガイドポストの軸線に平行に設定し,各転動体をガイドポストとガイドブッシュの嵌合部に遊嵌される筒体からなるリテーナの面部に形成した開口内に移動阻止状態に,かつ自転自在に収容すると共に,前記面部の内面側及び外面側から開口の内方に向かって突出する舌片を設けて脱落阻止状態に保持させたダイセット用直動装置。 (相違点1) 訂正発明では,嵌合部の断面が六角形又は八角形断面であり,リテーナが六角形又は八角形の筒体であり,転動体が円筒状又は円柱状のローラであり,軸部が六角形又は八角形の多角形軸部で,その対向した平面部が軸線に平行に線対称に形成されており,当該平面部とガイドブッシュの内周面の平面部との間にローラを介在させ,各ローラをリテーナの平面部に形成した矩形の開口内に収容しているのに対し,周知なダイセット用直動装置では,そのようなものではなく,嵌合部の断面が円形断面であり,リテーナが円形の筒体であり,転動体がボールであり,軸部が円形軸部であり,軸部の曲面部とガイドブッシュの内周面の曲面部との間にボールを介在させたものであり,各ボールをリテーナの曲面部に形成した円形の開口内に収容している点。 (相違点2) 訂正発明では,ローラをその直径方向に0.005mm以下の所定量圧縮された圧入状態で介在させるのに対し,周知なダイセット用直動装置では,そのようなものではない点。
(2) 相違点1について 訂正明細書に, 「ここで,前記ガイドポスト(1)と上型(2b)とは直動機構によって対偶するが,この直動機構の精度が,ダイス(D)とポンチ(P)との直動精度に大きく影響する。・・・そこで,従来は,・・・ガイドブッシュ(21)とガイドポスト(1)との間に多数の転動体(20)が介在せしめられている。 この転動体(20)としては従来鋼球が使用されてきた。・・・鋼球が加圧状態でガイドポスト(1)の表面に転がり接触した状態で相対移動するとき,この接触部の面積が極端に少いことから,直動を繰り返す間に鋼球の移動軌跡に沿ってガイドポスト(1)の表面に溝状の痕跡が形成されるのである。この結果,ガイドポスト(1)と転動体(20)との間には前記痕跡に相当する摺動間隙が生じることとなり,直動機構部の直動精度が低下することとなる。 かかる不都合を解消するために,転動体(20)の形状を特別に構成したものが,実公昭54-30464号公報や,特開昭62-75128号公報に開示されており,このものでは,第10図に示すように,転動体(20)を太鼓型にしている。つまり,中央域の母線をガイドポスト(1)の外周面の円弧と一致する円弧状とし,両端部の母線をガイドブッシュ(21)の内周面に一致する円弧状としたローラを転動体(20)として採用している。 この改良例のものでは,転動体(20)の中央域の母線がガイドポスト(1)の外周面と接触し,両端の母線がガイドブッシュ(21)の内周面と接触する。従って,鋼球を転動体(20)とした上記従来のものに比べて転動体(20)とガイドポスト(1)またはガイドブッシュ(21)との転がり接触面積が広くなり,長期間に亙って使用しても,ガイドポスト(1)の表面に転動体(20)の移動の痕跡が生じない。」と, ダイセット用直動装置において,従来例である鋼球の転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触を,改良例の例えば太鼓状のような特別の形状の転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との広い面積での接触に変更することにより,直動精度を高めることができることは,従来知られていたことであると記載されている。 また,この記載事項における従来例である鋼球の転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触が点接触であり,改良例の例えば太鼓状のような特別の形状の転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触が線接触であることは,技術常識より明らかである。 また,引用例2にも,転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触を従来の点接触から線接触に変更することにより,高精度な案内性を保証するという,上記訂正明細書記載事項と同様なことが記載されている。 したがって,ダイセット用直動装置において,転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触を従来の点接触から線接触に変更することにより,直動精度を高めることができるということは,本件特許の出願前に周知である。 そして,このように,ダイセット用直動装置において,転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触を従来の点接触から線接触に変更することにより,直動精度を高めることができるということが,周知の事項であり,また,引用例1に,ダイセットにおいて,ローラベアリングと断面が六角形又は八角形の平面部とによりその接触を線接触とすることが記載されているのであるから,当業者であれば,これらの事項より,周知のダイセット用直動装置において,転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との点接触を円筒状又は円柱状の転動体と六角形又は八角形の平面部との線接触に変更することを思い付き,具体的に,転動体を円筒状又は円柱状のローラに変更するとともにガイドポスト及びガイドブッシュの形状を断面六角形又は八角形に変更し,多角形軸部の平面部とガイドブッシュの内周面の平面部との間に円筒状又は円柱状のローラを介在させることに,格別の困難性は見当たらない。 また,ガイドポスト及びガイドブッシュの断面を円形から六角形又は八角形の多角形に変更するに際し,正六角形又は正八角形の正多角形とすることは,正多角形を除いた多角形とすることが特に必要とされない限り,設計上自然のことであり,そして,正六角形又は正八角形であると,多角形軸部の六角形又は八角形の対向した平面部が軸線に平行に線対称となることは自明であるので,多角形軸部の六角形又は八角形の対向した平面部を軸線に平行に線対称に形成することは,設計的事項にすぎず,また,ガイドポストとガイドブッシュとの間隙もその断面が円形から六角形又は八角形に変更されることとなるのであるから,この間隙に遊嵌されるリテーナについても,その断面を円形から六角形又は八角形の筒体に変更し,上記開口をリテーナの平面部に形成することも,設計的事項にすぎない。 また,ローラを用いた直動機構において,ローラをリテーナの矩形の開口に収容することは,本件特許の出願前に周知(例えば,実願昭60-35994号(実開昭61-150524号)のマイクロフイルム(甲8)参照。)であるので,上記転動体を円筒状又は円柱状のローラに変更するに際し,上記開口を円筒状又は円柱状のローラの形状に合わせて矩形とすることも,設計的事項にすぎない。 したがって,周知なダイセット用直動装置,引用例1に記載された事項及び上記各周知な事項に基づいて,相違点1における訂正発明のように構成することは,当業者が容易に想到することができたことである。 (3) 相違点2について ダイセット用直動装置において,ガイドポストとガイドブッシュとの間に転動体を所定量圧縮された圧入状態で介在させることは,本件特許の出願前に周知(例えば,特公昭62-48089号公報(第3欄第8-20行記載事項参照)(甲9),引用例2等参照。)であり,また,円筒状のローラを用いた直動装置において,円筒状のローラの転動体を所定量圧縮された圧入状態で介在させることも,本件特許の出願前に周知(例えば,「IKO 直線運動軸受総合カタログ CAT-1501」,日本トムソン株式会社,1984.7発行,p.133-145,149-153,159-165(特に,第165頁図6)(甲21)参照。)であるので,上記相違点1についてで述べた周知なダイセット用直動装置の転動体を円筒状又は円柱状のローラに変更するに際し,上記の各周知な事項を採用し,円筒状又は円柱状のローラを所定量圧縮された圧入状態で介在させることに,格別の困難性は見当たらない。 また,この圧縮する量をどの程度とするかは,必要に応じて適宜決定する設計的事項であり,また,引用例2に「線接触の関係上,プリロードは3〜6μという非常に微小な値で十分です」と,線接触により圧縮量を非常に微小な値とすることができる旨記載されているので,円筒状又は円柱状のローラの圧縮量を直径方向に0.005mm以下の所定量とすることにも,格別の困難性は見当たらない。 (4) 訂正発明の効果について 訂正発明が奏する効果は,周知なダイセット用直動装置,引用例1及び2に記載された事項並びに上記各周知な事項から予測できる程度のものであり,格別のものではない。 なお,原告は,訂正発明の「六角形又は八角形」は,加工コストを抑制しつつ横方向荷重に対する高剛性を確保することができるという技術的意義を有しているものである旨主張しているが,これは,「六角形又は八角形」の形状から予測できる程度のものであるので,上記主張は採用できない。 (5) 結論 以上のとおり,訂正発明は,周知なダイセット用直動装置,引用例1及び2に記載された事項並びに上記各周知な事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。
原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
本件審決は,相違点1,2についての判断を誤り(取消事由1,2),また,訂正発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由3)結果,訂正発明についての進歩性の判断を誤ったものであり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1の判断の誤り) (1) 本件審決は,「ダイセット用直動装置において,転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触を従来の点接触から線接触に変更することにより,直動精度を高くすることができるということが,周知の事項である。」旨認定した(11頁)が,誤りである。
ア 転動体によるダイセット用直動装置の直動精度を高めるためには,転動体と転動面間の遊びが完全にないこと及び横荷重に対する剛性が高いことが必要である。したがって,ガイドポストとガイドブッシュ間の嵌め合いの遊びがない状態では,上記剛性の高さが直動精度を左右するのであって,転動体と転動面とが点接触であるか線接触であるかが直動精度を左右するものではないから,線接触に変更することにより,直動精度を高くすることができるとの本件審決の認定は誤りである。
イ 従来周知の鼓形ローラによるダイセット用直動装置(引用例2)の直動精度が高いのは,剛性の高い鼓形ローラにプリロードをかけて鼓型ローラを転動面に圧接させているからであって,鼓形ローラが転動面に対して線接触しているからではない。
また,引用例1のものは,両端軸支ロールは予負荷をかけても円滑な回転が可能なため,予負荷をかけて直動精度を高めたというものにすぎない。両端軸支ロールがガイドブッシュ内面に線接触していることは,直動精度とは無関係である。なぜなら,両端軸支ロールは転動面間に挟持された転動体ではないから,これがガイドブッシュ内面に対して線接触していても,そのことにより剛性が大きくなるわけではないからである。
したがって,引用例1,2を根拠にして,転動体と転動面とを線接触させることによりダイセット用直動装置の直動精度を高くすることが従来周知であるとした本件審決の認定は,誤りである。
なお,訂正発明は,「円筒状ローラを平面転動部にその母線全域で均等に圧接させた状態は,その直径方向の圧縮力に対する剛性が高い」という特性を利用することによって,高い直動精度を実現したものであって,線接触により高い直動精度を実現したものではない。
ウ 本件審決は,訂正明細書の鼓型ローラを用いたダイセット用直動装置に関する記載,すなわち,「鋼球を転動体(20)とした上記従来のものに比べて転動体(20)とガイドポスト(1)又はガイドブッシュ(21)の内面との転がり接触面積が広くなり,長期間に亘って使用しても,ガイドポスト(1)の表面に転動体の移動痕跡が生じない。」との記載をもって,「転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との広い面積での接触に変更することにより,直動精度を高めることができることは従来知られたことである」旨の記載と認定する(11頁)。
しかしながら,上記記載は,転動体と転動面との接触部の摩耗の進行が,ダイセット用直動装置の直動精度を低下させることをいうにすぎない。また,訂正明細書には,上記記載に続いて,上記ダイセット用直動装置の耐久性が不十分である旨の記載があるから,上記記載は,「直動精度を高めることができる」旨を述べるものとはいえない。
(2) また,本件審決は,「引用例1に,ダイセット用直動装置において,ローラベアリングと断面が六角形又は八角形の平面部とによりその接触を線接触にすることが記載されている。」旨認定した(11頁)が,誤りである。
引用例1のもののローラベアリング11(両端軸支ロール)は,嵌合部7の外周各面に設けられた凹所10に,横方向に回転自在に軸支されると共に,その外周面の一部が嵌合部7の外周各面から突出し,摺動部8の内周面に密に嵌合しているものであって,訂正発明における円筒状ローラのように,ガイドポスト6とガイドブッシュ(摺動部8)との間に挟持され,この間で転動するものではない。
したがって,引用例1のものは,訂正発明のように「多角形軸部の平面部とガイドブッシュの内周面の平面部との間に円筒状又は円柱状のローラを介在」させるものとは,基本的構成を異にしており,全く別個の技術事項であるから,本件審決は,引用例1に開示された技術についての認定を誤ったものである。
2 取消事由2(相違点2の判断の誤り) (1) 本件審決は,「円筒状のローラを用いた直動装置において,円筒状のローラの転動体を所定量圧縮された圧入状態で介在させることも,本件特許の出願前に周知である(例えば,甲21参照)ので,周知なダイセット用直動装置の転動体を円筒状又は円柱状のローラに変更するに際し,円筒状又は円柱状のローラを所定量圧縮された圧入状態で介在させることに,格別の困難性は見当たらない。」旨判断した(12〜13頁)が,誤りである。
甲21記載のクロスローラによる平面軸受は,個々の機械装置に組み付けるときに,個々のクロスローラに均等に荷重が分担されるようにし,また,クロスローラの転動に支障がないようにクロスローラと軌道台との間の初期隙間を調整するものであって,訂正発明のように,ダイセット用直動装置における直動精度を高めるために転動体の予負荷を与えるものではない。
また,甲21のクロスローラは,垂直荷重(又は水平荷重)に対して傾斜し,対向するV溝の間に挟まれ,斜めのままで垂直なリテーナに保持され,V溝の一方の軌道面によってその斜行を規制された状態で,水平方向に転動するものであって,訂正発明の「円筒状ローラ」のように,対向する平面間に挟持されて斜行に対する規制なしに転動するものではない。
したがって,甲21のクロスローラのものは訂正発明とは技術的に全く異なるから,甲21を根拠に,円筒状又は円柱状のローラを所定量圧縮された圧入状態で介在させるという訂正発明の構成を想到することはできない。
(2) また,本件審決は,「この圧縮する量をどの程度とするかは,必要に応じて適宜決定する設計的事項であり,また,引用例2に「線接触の関係上,プリロードは3〜6μという非常に微小な値で十分です」と,線接触により圧縮量を非常に微小な値とすることができる旨記載されているので,円筒状又は円柱状のローラの圧縮量を直径方向に0.005mm以下の所定量とすることにも,格別の困難性は見当たらない。」旨判断した(12頁)が,誤りである。
直動装置における予圧縮をどの程度にするかは,直動装置の基本的機構によって全く異なってくるものであるところ,円筒状ローラによるダイセット用直動装置が公知でなかったのであるから,そこにおける予圧縮の程度も,適宜決定できるものではない。
また,引用例2のものにおける「プリロード3〜6μm」は,鼓型ローラの左右両側部分の撓み量であって,訂正発明の「直径方向に0.005mm以下」の圧縮量とは技術的に全く異なるものである。現に,引用例2のものは,プリロード量が微小なため耐久性が著しく低かったため,現在は販売されていない(甲22,23)。
なお,訂正発明は,「直径方向に0.005mm以下」の圧縮量により,円筒状ローラが,円滑に,かつ,ほとんど摩耗がない状態で転動し,その耐久性が極めて高いものである。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過) 本件審決は,「訂正発明が奏する効果は,周知なダイセット用直動装置,引用例1及び2に記載された事項並びに上記各周知な事項から予測できる程度のものであり,格別のものではない。」旨判断した(13頁)が,誤りである。
(1)ア 訂正発明では,円筒状ローラを平面転動部にその母線全域で均等に圧接させたことにより,その直径方向の圧縮力に対する剛性が高いため,微小な予負荷でも十分に高い直動精度を確保することができる。そして,「その直径方向に0.005mm以下の所定量圧縮」という微小な予負荷を採用したことにより,円筒状ローラと両転動面間の面圧(予圧)が極めて小さいので,円筒状ローラが,安定的に滑りなしに円滑に転動し,また,ほとんど摩耗がない状態で転動するため,その耐久性が極めて高い。
イ また,訂正発明では,ガイドポスト,ガイドブッシュ内面が六角形又は八角形であることにより,円筒状ローラの転動の円滑性を確保し,耐久性を高めている。すなわち,ガイドポストの多角形の角数が少ないと,横方向荷重がその平面部に対して斜めに作用してローラに斜めの方向から力が加わり,円筒状ローラの転動の円滑性が偏荷重のために阻害される可能性が高いところ,四角形のものに比して,訂正発明のように六角形又は八角形の場合は,かかる可能性が低くなる。また,多角形の角数が10,12等の場合には,ガイドポストの断面形状が円形に近くなり,ガイドブッシュのガイドポストに対する回転方向の力(回転力)に対する抵抗力が小さく,そのために,平面部に対して円筒状ローラが横滑りして,円筒状ローラの転動の円滑性が阻害されるが,訂正発明のように六角形,八角形の場合は,平面部間角度が適当に確保されるので,この傾向が小さい。
ウ これに対し,周知なダイセット用直動装置は,ボール,ガイドポスト及びガイドブッシュの転動面の摩耗損傷が激しく,すぐにその予圧が消耗され,高直動精度が失われるので,耐久性が著しく乏しい。また,引用例1の両端軸支ロールを用いたダイセット用直動装置は,当該ロールの両端軸受部の微小な「がた」が避けられず,また,両端軸支部の耐久性が極めて低いこと等のために,高直動精度のダイセット用直動装置としてははとんど実用に供し得るものではない。さらに,引用例2の鼓形ローラによる直動装置は,差動摩擦によるローラ,転動面の著しい摩耗・損傷のために,すぐに予圧が消耗されて直動精度が失われるので,耐久性に乏しい。
訂正明細書にも,訂正発明が,引用例2のものに比べて2倍以上の耐久性を有することが記載されている。
オ 従来のダイセット装置との耐久性比較試験を実際に行ったところ,訂正発明のダイセット用直動装置は,周知なダイセット用直動装置及び引用例2のものの十数倍の耐久性を有することが明らかになった(甲18〜20)。すなわち,ボールを使用する周知なダイセット用直動装置,及び鼓形ローラを使用する引用例2のものは,ミクロンオーダの直動精度が維持される耐久限度は,最大でも4千万回ストロークであったのに対して,訂正発明のダイセット用直動装置の耐久限度は,4億数千万回ストロークであった。また,引用例1のものは,耐久性が極めて低く,実用に供し得ないことも明らかになった。
(2) 訂正発明のダイセット用直動装置の直動機構は,円筒状ローラと角軸のガイドポストと角孔のガイドブッシュという比較的単純な形状で構成されているため,曲面形状の鼓型ローラ,複雑な曲面形状のガイドポストを備えた引用例2のものに比して,ローラの製作が簡単であり,直動機構部の生産性が高く,したがって,大幅に製造コストが低減される。
特に,訂正発明のように六角形,八角形の場合は,十角形,十二角形等に比してその加工コストが低い。また,訂正発明においては,六角形,八角形の平面部が軸線に対して線対称であることで,対向平面間の高精度の寸法測定が容易であり,また,これら平面部を自動的に連続加工することも容易であるから,高形状精度の六角形又は八角形を低い加工コストで成形加工することができる。
(3) 以上のとおり,訂正発明の作用効果は,周知なダイセット用直動装置,引用例1のもの,引用例2のものに比して顕著であり,従来の技術水準から予測し得たものではない。
被告の反論の要点
本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張する本件審決の取消事由には理由がない。
1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)について (1) 転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触を線接触とすることにより,点接触である球に比較して転がり接触面積が広がり,ガイドポストの表面に転動体の移動の痕跡が生じにくくなるので,転動体の移動の痕跡により摺動間隙(「がた」)が生じて直動精度が低下する点接触のものよりも直動精度を高めることができる。このことが本件特許出願前に周知であるとした本件審決の認定に誤りはない。なお,本件審決は,上記周知事項の認定について,引用例1を根拠にしていない。
(2) 本件審決は,引用例1には,「ダイセット用直動装置において,ローラベアリングと断面が六角形又は八角形の平面部とによりその接触を線接触とする」ことが記載されていると認定したものであり,この認定に誤りはない。なお,本件審決は,周知なダイセット用直動装置と引用例1のみではなく,上記(1)の周知事項をも勘案することにより容易に推考できたものと判断しており,この判断に誤りはない。
2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について (1) 甲21の記載によれば,円筒状ローラと転動面とは,すきまゼロからわずかな予圧がかかった状態に調整されているのであるから,転動面間に介在されている円筒状ローラが所定量圧縮されていることは明らかであり,本件審決における甲21記載事項の理解に誤りはない。
(2) 予圧量は,機械・装置の使用条件により異なるものであり,また,過大な予圧は,寿命の低下や軌道面の損傷につながるものであるので,円筒状ローラの直径方向に圧縮する量をどの程度とするかは,必要に応じて適宜決定することができる事項であるという本件審決の判断に誤りはない。
引用例2のものが,仮に,耐久性が著しく低かったため,現在は販売されていないものであるとしても,引用例2には,「線接触の関係上,プリロードは3〜6μという非常に微小な値で十分です」と,線接触により圧縮量を非常に微小な値とすることができる旨記載されているのであるから,線接触である円筒状ローラの圧縮量を非常に微小な値とすることに格別の困難性は見当たらない。
上記のとおり,過大な予圧は,寿命の低下や軌道面の損傷につながるものであるので,一般的には,予圧量は,すきまゼロからわずかな予圧がかかった状態に調整するのが望まれるから,圧縮量を直径方向に0.005mm以下の所定量とすることは,当業者が容易に想到することができたことである。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について (1)ア 円筒状ローラによる直動装置の耐久性が高いことは,例えば,甲21に,「保持器により保持された超精密な円筒ころを用いているため,摩擦係数が小さく安定した高い転がり精度と長い寿命が得られます。」(135頁)と記載されているように,本件特許出願前に周知な事項であり,また,円筒状ローラによる直動装置は,転動面との接触が線接触であるので,点接触であるボールによる直動装置よりも長い寿命が得られることは予想できることである。したがって,円筒状ローラによるダイセット用直動装置の耐久性をボールによるものよりも向上させられることは,予想し得たことである。
イ 横荷重に対する円筒状ローラの転動の円滑性を確保し,横荷重による円筒状ローラの転動不良による耐久性低下を回避することができるという作用効果は,ガイドポスト,ガイドブッシュ内面が六角形又は八角形である形状のものが,当然に有する予測可能な作用効果であって,格別のものではない。
訂正明細書実施例は,直径,長さ及び総数が限定されたローラについて,圧縮量を0.005mmに限定したものにすぎないから,この実施例により,ローラの直径,長さ及び総数を限定せず,圧縮量についてのみ0.005mm以下と限定する訂正発明全般の作用効果の根拠が記載されているとすることはできない。
エ 仮に,原告の行った耐久性比較試験(甲18〜20)の試験品の作用効果が比較試験品に比べて格別であるとしても,それは,試験品,すなわち六角形ガイドポストの対辺寸法が21.817mm,円筒状ローラの直径寸法が1.996mm及び圧縮量が4.0μm等の寸法形状のダイセット用直動装置の作用効果が,比較試験品の寸法形状のダイセット用直動装置に比べて格別であるというものであって,訂正発明で限定されている数値範囲に含まれる全てのダイセット用直動装置の作用効果が格別のものであることを立証するものではない。
(2) ガイドポスト,ガイドブッシュの成形加工を容易にして加工コストを可及的に抑制することができるという作用効果は,ガイドポスト,ガイドブッシュ内面が六角形又は八角形であり,その平面部が軸線に対して線対称である形状のものが,当然に有する予測可能な作用効果であって,格別のものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1の判断の誤り)について (1) 原告は,「本件審決が「ダイセット用直動装置において,転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触を従来の点接触から線接触に変更することにより,直動精度を高くすることができるということが,周知の事項である。」旨認定したのは,誤りである。」旨主張する。
訂正明細書の「従来技術及びその課題」欄には, 「ここで,前記ガイドポスト(1)と上型(2b)とは直動機構によって対偶するが,この直動機構の精度が,ダイス(D)とポンチ(P)との直動精度に大きく影響する。…そこで,従来は,この直動機構部に転がり軸受けと同様の機構を採用しており,上型(2b)に取付けられるガイドブッシュ(21)とガイドポスト(1)との間に多数の転動体(20)が介在せしめられている。
この転動体(20)としては従来鋼球が使用されてきた。…鋼球が加圧状態でガイドポスト(1)の表面に転がり接触した状態で相対移動するとき,この接触部の面積が極端に少いことから,直動を繰り返す間に鋼球の移動軌跡に沿ってガイドポスト(1)の表面に溝状の痕跡が形成されるのである。この結果,ガイドポスト(1)と転動体(20)との間には前記痕跡に相当する摺動間隙が生じることとなり,直動機構部の直動精度が低下することとなる。
かかる不都合を解消するために,転動体(20)の形状を特別に構成したものが,実公昭54-30464号公報や,特開昭62-75128号公報(甲第11号証)に開示されており,このものでは,第10図に示すように,転動体(20)を太鼓型にしている。つまり,中央域の母線をガイドポスト(1)の外周面の円弧と一致する円弧状とし,両端部の母線をガイドブッシュ(21)の内周面に一致する円弧状としたローラを転動体(20)として採用している。
この改良例のものでは,転動体(20)の中央域の母線がガイドポスト(1)の外周面と接触し,両端の母線がガイドブッシュ(21)の内周面と接触する。従って,鋼球を転動体(20)とした上記従来のものに比べて転動体(20)とガイドポスト(1)またはガイドブッシュ(21)との転がり接触面積が広くなり,長期間に亙って使用しても,ガイドポスト(1)の表面に転動体(20)の移動の痕跡が生じない。」 との記載がある。
上記記載中,従来例における鋼球の転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触が点接触であり,改良例における太鼓型の転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触が線接触であることは,技術常識上明らかである。そうすると,上記記載は,「ダイセット用直動装置において,従来例である鋼球の転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との点接触を,改良例の太鼓型の転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との線接触に変更することにより,接触面積が広くなるため,長期間にわたって使用しても,ガイドポストの表面に転動体の移動の痕跡が生じないため,直動精度が低下しない」ことを述べるものである。
イ また,引用例2には, 「ボールガイドは,ガイドブッシュに対しても,またガイドポストに対しても点接触しますが,このローラガイドは,いずれに対しても線接触をします。したがって,ボールガイドよりもはるかに大きな負荷に耐え,高い剛性と高精度な案内性,長寿命を保証いたします。そして,線接触の関係上,プリロードは3〜6μという非常に微小な値で十分ですから,結果的にきわめて軽快に動くということも大きな特長です。」(243頁) との記載があり,転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触を従来の点接触から線接触に変更することにより,高い剛性と高精度な案内性,長寿命を達成できた旨が述べられている。
ウ これらの記載によれば,転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触を,点接触から線接触とすることにより,接触面積が広くなるため,ガイドポストの表面に転動体の移動の痕跡が生じにくくなり,長期間使用しても,直動精度が低下しないままの状態を保つことができることが,本件特許出願時に周知であったことが認められる(なお,上記事項は,本来,上記各文献の記載を引用するまでもなく,技術常識上明らかであり,原告自身も,訂正明細書の「上記記載は,転動体と転動面との接触部の摩耗の進行が,ダイセット用直動装置の直動精度を低下させることをいう」ことを認めている。)。本件審決の「ダイセット用直動装置において,転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触を従来の点接触から線接触に変更することにより,直動精度を高めることができるということは,本件特許の出願前に周知である。」との認定は,若干不明確ではあるものの,上記と同旨をいうものとして是認することができる。
エ これに対し,原告は,「転動体によるダイセット用直動装置の直動精度を高めるためには,転動体と転動面間の遊びが完全にないこと及び横荷重に対する剛性が高いことが必要であるから,ガイドポストとガイドブッシュ間の嵌め合いの遊びがない状態では,上記剛性の高さが直動精度を左右するのであって,転動体と転動面とが点接触であるか線接触であるかが直動精度を左右するものではない。」旨主張する。しかしながら,上記のとおり,転動体と転動面との点接触を線接触とすることにより,ガイドポストとガイドブッシュ間の嵌め合いの遊びがない状態,すなわち,直動精度が低下しないままの状態を長期間維持することができるのであるから,上記点接触を線接触とすることが直動精度に関与することは明らかであり,「転動体と転動面とが点接触であるか線接触であるかが直動精度を左右するものではない」ということはできない。
また,原告は,「引用例2のものの直動精度が高いのは,剛性の高い鼓形ローラにプリロードをかけて鼓型ローラを転動面に圧接させているからであって,鼓形ローラが転動面に対して線接触しているからではない。」旨主張する。しかしながら,上記イ記載のとおり,引用例2に,「ローラガイドは線接触をするため,高い剛性と高精度な案内性,長寿命が保証される」旨の記載がある以上,上記周知の技術的事項の認定に何ら妨げはないし,そもそも,上記周知の技術的事項は,引用例2の記載を引用するまでもなく,技術常識上明らかなことである。
なお,原告は,「引用例1を根拠にして,転動体と転動面とを線接触させることによりダイセット用直動装置の直動精度を高くすることが従来周知であるとした本件審決の上記認定は,誤りである。」旨主張するが,本件審決は,上記判断をするに際して引用例1を根拠にしていないから,原告の上記主張は,その前提を欠き,理由がない。
(2) また,原告は,「本件審決が「引用例1に,ダイセット用直動装置において,ローラベアリングと断面が六角形又は八角形の平面部とによりその接触を線接触にすることが記載されている。」旨認定したのは,誤りである。」旨主張する。
ア 引用例1には, 「〔考案の概要〕ダイホルダに立設したガイドポストの少なくとも嵌合部を多角柱とし,その各面に複数のローラベアリングを設け,ポンチホルダの摺動部にローラベアリングを介して摺動させるようにしたことにある。」(3頁4〜9行) 「〔考案の実施例〕…なお,上記一実施例においては,ガイドポストを四角柱としたが,これに限定されず,五角,六角,八角柱などの多角柱としてもよく,また,嵌合部だけを多角柱としてガイドポストの基部は円柱状としてもよい。」(5頁6〜10行) との記載があり,ダイセット用直動装置において,ガイドポストの断面形状を六角,八角などの多角柱とすることが開示されている。
上記記載中,ローラベアリングとガイドポストの接触部との接触が線接触であることは,技術常識上明らかである。そうすると,「引用例1には,ダイセット用直動装置においてローラベアリングと断面が六角形又は八角形の平面部とによりその接触を線接触とすることが記載されている。」旨の本件審決の認定に誤りはない。
イ これに対し,原告は,「引用例1のもののローラベアリングは,嵌合部の外周各面に設けられた凹所に,横方向に回転自在に軸支されるものであり,訂正発明における円筒状ローラのように,ガイドポストとガイドブッシュとの間に挟持され,この間で転動するものではないから,引用例1のものは,訂正発明と基本的構成を異にしており,全く別個の技術事項である。したがって,本件審決は,引用例1に開示された技術についての認定を誤ったものである。」旨主張する。
しかしながら,「…ガイドブッシュの内周面 とガイドポスト の外周面 とを転動体 によって 転がり 接触 させた ダイセット用直動装置」が,訂正発明と周知なダイセット用直動装置との一致点であることは,当事者間に争いがない。換言すれば,「転動体がガイドポストとガイドブッシュとの間に挟持され,この間で転動する」構成は,周知なダイセット用直動装置が既に備えているものである。そうすると,引用例1は,「転動体がガイドポストとガイドブッシュとの間に挟持され,この間で転動する」構成の容易想到性の根拠として引用されたものではない。引用例1は,周知なダイセット用直動装置の「転動体がガイドポストとガイドブッシュとの間に挟持され,この間で転動する」構成において,転動体であるボールの形状を,円筒状又は円柱状のローラの形状とすると共に,ガイドポスト及びガイドブッシュの形状を断面六角形又は八角形に変更することの容易想到性の根拠として引用されたものである。したがって,引用例1が「転動体がガイドポストとガイドブッシュとの間に挟持され,この間で転動する」構成のものでなくても,本件審決の上記認定を何ら左右しない。
また,引用例1記載の発明は,ダイセット用直動装置に関するものであるから,同じくダイセット用直動装置に関する訂正発明と少なくとも極めて類似した技術分野に属するものであることは明らかである。したがって,「引用例1のものは,訂正発明と全く別個の技術事項である。」ということはできない。
(念のため付言すると,当業者であれば,前記のとおりの「転動体とガイドポスト及びガイドブッシュの接触部との接触を,点接触から線接触とすることにより,接触面積が広くなるため,ガイドポストの表面に転動体の移動の痕跡が生じにくくなり,長期間使用しても,直動精度が低下しないままの状態を保つことができること」という本件特許出願時の周知技術や,引用例1に開示された「ダイセット用直動装置においてローラベアリングと断面が六角形又は八角形の平面部とによりその接触を線接触とすること」という発明に接すれば,これらの事項より,周知のダイセット用直動装置において,転動体を円筒状又は円柱状のローラに変更するとともにガイドポスト及びガイドブッシュの形状を断面六角形又は八角形に変更し,そのガイドポスト及びガイドブッシュの間に上記ローラを介在させる構成とすることは,容易になすことができることというべきであり,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。) (3) したがって,原告の取消事由1の主張は,理由がない。
2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について (1) 原告は,「本件審決が,甲21を根拠に,「周知なダイセット用直動装置の転動体を円筒状又は円柱状のローラに変更するに際し,円筒状又は円柱状のローラを所定量圧縮された圧入状態で介在させることに,格別の困難性は見当たらない。」と判断したのは,誤りである。」旨主張する。
ア 「IKO 直線運動軸受総合カタログ CAT-1501」(日本トムソン株式会社,1984.7発行)(甲21)には,円筒状ローラを用いた直動装置に関して,たとえば,「予圧をかけて使用する場合の一般的な方法は,…予圧調整ねじを用います。…予圧量は,機械・装置の使用条件により異なりますが,過大な予圧は寿命の低下や軌道面の損傷につながりますので,一般的にはすきまゼロからわずかな予圧がかかった状態に調整するのが望まれます。」(142〜143頁),「IKOクロスローラウェイユニットの予圧量は,ゼロ又はわずかな予圧状態に調整されているので,そのまま使用できます。」(153頁)等の記載があるから,これらの記載から,本件審決が,「円筒状のローラを用いた直動装置において,円筒状のローラの転動体を所定量圧縮された圧入状態で介在させること」が周知技術であると認定したことに,誤りはない。
したがって,「円筒状又は円柱状のローラを所定量圧縮された圧入状態で介在させることに,格別の困難性は見当たらない。」旨の本件審決の判断は相当であり,原告の上記主張は理由がない。
イ これに対し,原告は,「甲21のクロスローラのものは,訂正発明とは技術的に全く異なるから,甲21を根拠に,円筒状又は円柱状のローラを所定量圧縮された圧入状態で介在させるという訂正発明の構成を想到することはできない。」旨主張する。
しかしながら,以下のとおり,上記「IKO 直線運動軸受総合カタログ CAT-1501」に示される「IKOクロスローラウェイ」は,単に2次元平面内において可動部分を案内するだけのものではなく,「立軸使用で運動方向に荷重が作用する場合」,すなわち,訂正発明のようなダイセット用直動装置としての使用も可能であるものと認められるから,「甲21のクロスローラのものは,訂正発明と技術的に全く異なるものである。」ということはできない。
すなわち,上記「IKO 直線運動軸受総合カタログ CAT-1501」(甲21,乙1(提出頁が異なる。))には,「IKOクロスローラウェイは,一般に図14のように取り付けます。この方法によれば直線運動時の転がり精度が安定し,あらゆる方向の荷重を受けられます。」(144頁)との記載があり,用途に応じた取り付け姿勢を選択し得ることが窺える。また,「IKOクロスローラウェイ」を含むIKO直線運動軸受製品全般の総合解説(8〜32頁)のうち,「5.軸受にかかる荷重」の「5.2 軸受荷重の算出方式」における「C立軸使用で運動方向に荷重が作用する場合(図5.4参照)」(19頁)をみれば,IKO直線運動軸受が垂直方向で摺動する立軸使用を行い得るものが存在することが把握できる。さらに,「ボーリングマシンのZ軸」と題された図(337頁)には,立軸使用されたIKO直線運動軸受が例示され,「LWA」の略記がなされているところ,「図2.2 軸受形式別の特性比較」(9頁)の「項目」によれば,「LWA」の略記が「リニアウェイシリーズ」を表すことが把握でき,また,その「荷重の負荷方向」を参照すれば,「リニアウェイシリーズ(LWA)」と「クロスローラウェイシリーズ(CRW)」とは,同様の負荷荷重を想定されたものであることが把握できる。してみれば,上記カタログに示される「IKOクロスローラウェイ」は,単に2次元平面内において可動部分を案内するだけのものではなく,「立軸使用で運動方向に荷重が作用する場合」,すなわち,訂正発明のようなダイセット用直動装置としての使用も可能であるものと認められる。
(2) 原告は,本件審決が,「圧縮量をどの程度とするかは,必要に応じて適宜決定する設計的事項であり,また,引用例2に,線接触により圧縮量を非常に微小な値とすることができる旨記載されているので,円筒状又は円柱状のローラの圧縮量を直径方向に0.005mm以下の所定量とすることにも,格別の困難性は見当たらない。」旨判断したのは,誤りであると主張する。
ア まず,原告は,「円筒状ローラによるダイセット用直動装置が公知でなかったのであるから,そこにおける予圧縮の程度も,適宜決定できるものではない。」旨主張する。しかしながら,前記1で検討したとおり,当業者であれば,周知のダイセット用直動装置において,転動体を円筒状又は円柱状のローラに変更するとともにガイドポスト及びガイドブッシュの形状を断面六角形又は八角形に変更し,そのガイドポスト及びガイドブッシュの間に上記ローラを介在させる構成とすることは,容易になすことができることである以上,その構成を前提として適当な圧縮量を適宜決定することは,当業者が必要に応じて行う設計事項というべきである。
イ また,原告は,「引用例2のものにおける「プリロード3〜6μm」は,訂正発明の「直径方向に0.005mm以下」の圧縮量とは技術的に全く異なる。現に,引用例2のものは,耐久性が著しく低かったため,現在は販売されていない。」旨主張する。しかしながら,引用例2には,「線接触の関係上,プリロードは3〜6μという非常に微小な値で十分です」(243頁)と,線接触により圧縮量を非常に微小な値とすることができる旨の記載がある以上,かかる記載に接した当業者が,線接触である円筒状ローラの圧縮量を非常に微小な値とすることは容易なことということができ,引用例2のものが現在販売されていなくても,何ら上記結論に影響を与えるものではないというべきである。
ウ なお,圧縮量を直径方向に0.005mm以下の所定量とすることに,格別な技術的意味を認めることができないことは,後記3のとおりである。
エ したがって,「円筒状又は円柱状のローラの圧縮量を直径方向に0.005mm以下の所定量とすることに格別の困難性は見当たらない。」旨の本件審決の判断は相当であり,原告の上記主張は理由がない。
(3) 以上のとおり,原告の取消事由2の主張も理由がない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 原告は,本件審決が,「訂正発明が奏する効果は,周知なダイセット用直動装置,引用例1及び2に記載された事項並びに上記各周知な事項から予測できる程度のものであり,格別のものではない。」旨判断したのは,誤りであると主張する。
(1)ア まず,原告は,「訂正発明では,円筒状ローラを平面転動部にその母線全域で均等に圧接させたことにより,直径方向の圧縮力に対する剛性が高いため,微小な予負荷でも十分に高い直動精度を確保することができる。そして,「直径方向に0.005mm以下の所定量圧縮」という微小な予負荷を採用したことにより,その耐久性が極めて高い。」旨主張する。
しかしながら,前記1で検討したとおり,当業者であれば,周知のダイセット用直動装置において,転動体を円筒状又は円柱状のローラに変更するとともにガイドポスト及びガイドブッシュの形状を断面六角形又は八角形に変更し,そのガイドポスト及びガイドブッシュの間に上記ローラを介在させる構成とすることは,容易になすことができることである以上,そこでは,円筒状ローラを平面転動部にその母線全域で均等に圧接させることになるから,そのことにより,直径方向の圧縮力に対する剛性が高いため,微小な予負荷でも十分に高い直動精度を確保することができるという作用効果は,予測できる程度のものというべきである。
また,前記2(1)のとおり,「IKO 直線運動軸受総合カタログ CAT-1501」に,円筒状ローラを用いた直動装置に関して,「予圧量は,機械・装置の使用条件により異なりますが,過大な予圧は寿命の低下や軌道面の損傷につながりますので,一般的にはすきまゼロからわずかな予圧がかかった状態に調整するのが望まれます。」(142〜143頁)との記載があるように,直動装置において,予負荷を小さくすることにより耐久性が高くなることは,技術常識上,当然予測できる程度の効果というべきである。
イ また,原告は,「訂正発明では,ガイドポスト,ガイドブッシュ内面が六角形又は八角形であることにより,円筒状ローラの転動の円滑性を確保し,耐久性を高めている。」旨主張する。しかしながら,原告が主張するような効果,すなわち,訂正発明のようにガイドポスト等の内面が六角形又は八角形のものは,四角形のものに比して,ローラに斜めの方向から横方向荷重が加わり,転動の円滑性が偏荷重のために阻害される可能性が低くなること,及び十角形,十二角形のものに比べ,回転方向の力に対する抵抗力が大きいため,円筒状ローラが横滑りすることが少ないことは,六角形又は八角形の形状から当然予測できる程度の効果にすぎない。
ウ さらに,原告は,「訂正明細書にも,訂正発明が,引用例2のものに比べて2倍以上の耐久性を有することが記載されている。」旨主張する。
確かに,訂正明細書の「実施例」欄には, 「特に,第1図〜第3図に示す実施例において,ローラ(23)直径を4.0±0.001mm,長さ9.8mmとして,総数56個のローラをリテーナ(3)に具備させ,4.0-0.004〜4.0-0.005mmの間隙(G)に圧入するようにしたもの(直径方向に0.005mm予圧したもの)では,所定の潤滑条件下で,1000万回の昇降動作をさせても,上型(2b)とガイドポスト(1)との間にガタツキが生じなかった。又,平面部(11)及び平面部(22)の表面に転がり移動の痕跡も生じなかった。
なお,第10図の従来のものでは,約500万回程度で,ガイドポスト(1)の表面及びガイドブッシュ(21)の内周面に転がり移動の痕跡が生じ,約0.01mm程度のガタツキが生じた。」 との記載(7〜8頁)があり,上記実施例のものでは,相当回数にわたる昇降動作を実行できたことが認められる。
しかしながら,ダイセット用直動装置は,装置の取付け姿勢が用途に応じて決まるため,転動体に予圧縮力を加えることで,摺動隙間をゼロとして装置の剛性を高めると共に,直動精度を高めるものであるから,予圧縮を加えることが一般的である。そして,使用を通じて徐々に転動体が摩耗し予圧縮量が消費されるところ,装置の大きさ,使用される荷重,採用されるローラの材質,仕上げ,直径,昇降長さ,個数等の条件が異なれば,同じ昇降回数であっても摩耗量は大きく異なってくるものであり,消費される予圧縮量も当然に大きく異なってくることは明らかである。してみれば,これらの諸条件により最適な予圧量の値は異なってくることが当然に予想される。
しかるに,訂正発明においては,上記諸条件は何ら特定されていないから,予圧量の上限のみを「0.005mm以下」と特定したことに,格別な技術的意味を認めることはできず,上記実施例のものにおける効果が,上記諸条件を種々に変化させた場合全般にわたる訂正発明の効果を示すものということはできない。
エ 加えて,原告は,「従来のダイセット用直動装置との耐久性比較試験を実際に行ったところ,訂正発明のダイセット用直動装置は,周知なダイセット用直動装置及び引用例2のものの十数倍の耐久性を有すること等が明らかになった(甲18〜20)。」旨主張する。
証拠(甲18〜20)によれば,訂正発明の実施品である原告製品(型式GNG25―130)は,ガイドポストは対辺寸法23.817o,ローラーは直径1.996o,長さ6.7o,締め代4μm等というものであるところ,上記原告製品を使用して,耐久性比較試験を行ったところ,引用例1のものは,22万回ストロークで,ガイドポストの撓み量が初期値より5μmを超えたため,実験を中止し,引用例2のものは,1296万回ストロークで,摩耗跡が確認されたために,実験を中止し,周知なダイセット用直動装置は,3000万回ストロークの実験を終えたものの,ガイドポスト及びガイドブッシュに摩耗が生じたのに対し,上記原告製品では,6000万回ストロークの実験終了後も,ガイドポスト及びガイドブッシュに顕著な損傷を確認できなかったことが認められる。
そうすると,上記実験の具体的条件の下では,上記原告製品は,上記各比較品に比して,相当良好な耐久性を示したものということができる。
しかしながら,前記のとおり,訂正発明においては,装置の大きさ,使用される荷重,採用されるローラの材質,仕上げ,直径,昇降長さ,個数等の諸条件は何ら特定されていないから,上記原告製品における効果が,上記諸条件を種々に変えた場合全般にわたる訂正発明の効果を示すものということはできない。
(2) 原告は,「訂正発明では,円筒状ローラと六角形,八角形のガイドポスト,ガイドブッシュの構成のため,ローラの製作が簡単であり,直動機構部の生産性が高く,大幅に製造コストが低減される。」旨主張する。
しかしながら,前記1で検討したとおり,円筒状ローラと六角形,八角形のガイドポスト,ガイドブッシュという構成を採用することが容易である以上,上記効果は,当然予測できる程度の効果にすぎない。
(3) 以上のとおり,原告の取消事由3の主張も理由がない。
4 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青柳馨
裁判官 沖中康人