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事件 |
平成
25年
(行ケ)
10314号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2014/08/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成26年8月28日判決言渡 平成25年(行ケ)第10314号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成26年6月26日 判 決 原 告 中 井 紙 器 工 業 株 式 会 社 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 橋 本 克 彦 被 告 株 式 会 社 グ ラ セ ル 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 鮫 島 武 信 同 多 良 毅 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事 実 及 び 理 由 第1 請求 特許庁が無効2012−800125号事件について平成25年10月15 日にした審決を取り消す。 第2 事案の概要 1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。) 原告は,発明の名称を「化粧料用容器」とする特許第5041585号(平 成19年2月13日出願,平成24年7月20日設定登録。以下「本件特許」 という。請求項の数は設定登録当時3であったが,後記訂正の結果1となっ た。)の特許権者である。 1 被告は,平成24年8月20日,特許庁に対し,本件特許を無効にすること を求めて審判の請求をし,特許庁は,この審判を,無効2012−80012 5号事件として審理した。原告は,この過程で,平成25年9月2日,本件特 許の特許請求の範囲及び明細書について訂正(以下「本件訂正」という。)の 請求をした。 特許庁は,平成25年10月15日,「訂正請求書に添付された明細書,特 許請求の範囲のとおり,訂正することを認める。特許第5041585号の請 求項1に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は,被請求人の負担 とする。」との審決をし,審決の謄本を,同月24日,原告に送達した。 本件は,原告が上記審決の取消しを求めたものである。 2 特許請求の範囲 本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりで ある(甲14の15。以下「本件訂正発明」という。また,本件訂正後の本件 特許の明細書を,以下「本件明細書」という。)。 【請求項1】 頂面を開口した深さが変化しない底を有しているとともに前記開口の開口端 に沿う外周に雄ねじを突設した内部に中皿を用いることなく化粧料を直接充填 する単一の構成部品からなる容器本体と,前記化粧料を直接充填する容器本体 の内面に沿って嵌挿して前記容器本体における所定の深さ位置に抜き取り再差 し込み可能に固定されるとともに底部における中央の開口に高伸縮性を有する ネットを張設した前記容器本体の内径にほぼ等しい外形を有する底浅な頂面を 開放した円筒皿形を呈する中枠と,内周に前記雄ねじに螺合する雌ねじを形成 した前記容器本体の開口を開閉可能に被覆する蓋体とを有し,前記高伸縮性ネ ットは,押圧されない状態においては,前記容器本体に充填した化粧料が飛散 することのない網目を有し,その上を塗布具により押圧しながら擦ることによ り付着量を調節しながら前記充填した化粧料を取り出すことが可能であって, 2 上方から押圧したとき少なくとも一部が前記容器本体の内底の全域に到達可能 な伸縮性を有して前記容器本体を傾けたり振ったりすることなしに前記充填し た化粧料を残すことなく使用することができる化粧料容器であって,前記中枠 がその底部に形成される中央の開口を底部の径よりも小径として前記開口の周 囲に円筒部と一体的に形成されて中枠の強度を保持するための枠部を形成して おり,この枠部に高伸縮性を有するネットを張設しているとともに前記容器本 体の前記開口における開口端面の前記雄ねじを除いた外径と同径かより小径で 且つ前記開口端面の内径よりも大径で前記容器本体の平らな開口端面に重ねて 支持するための頂面及び底面が平らなフランジが突出形成されており,中枠を 容器本体に前記フランジの底面が容器本体の容器開口端面に当接するまで差し 込み,前記フランジを上端縁に支持されることにより,前記中枠がその底面を 容器本体に充填した化粧料よりも上方である容器本体の所定の深さ位置として 固着することなしに差し込むだけで密接状態で且つ前記蓋体の被覆に支障なく 配置,固定させることができるとともにそのまま抜き取って再差し込みが可能 であることを特徴とする化粧料容器。 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりであるが,要するに,本件訂正発 明は,韓国登録実用新案第20−0316066号公報(甲1。以下「刊行 物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び次の 各文献に記載された周知技術等に基づいて当業者が容易に発明をすることが できたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることが できないというものである。 ア 特開2005−7093号公報(甲4。以下「刊行物2」という。) イ 特開2007−20651号公報(甲5。以下「刊行物3」という。) ウ 特開2004−166730号公報(甲6。以下「刊行物4」という。) エ 登録実用新案第3047212号公報(甲3。以下「刊行物5」とい 3 う。) 審決が上記結論を導くに当たり認定した引用発明の内容,本件訂正発明と 引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである(なお,誤記を適宜訂 正した。)。 ア 引用発明の内容 「頂面を開口した深さが変化しない底を有しているとともに前記開口の開 口端に沿う外周に雄ねじを突設した内部にフェイスパウダーを収納する複 合容器体と,前記フェイスパウダーを収納する複合容器体の内面に沿って 嵌挿して前記複合容器体における所定の深さ位置に設置されるとともに底 面の穿孔部分に弾力性が強いネットを水平に維持されるように設置した前 記複合容器体の内径にほぼ等しい外形を有する底浅な頂面を開放した円筒 皿形を呈するネット容器と,内周に前記雄ねじにねじ結合する雌ねじを形 成した前記複合容器体の開口を開閉するふたとを有し,前記弾力性が強い ネットは,網目を有し,収納されたパウダーをパフに適量つけて使うため に,パフでネットを上から押圧すると,フェイスパウダーがネットから多 くの隔離距離をおいて離れてしまった場合でも,少なくとも一部が複合容 器体の底部分に収納されたフェイスパウダーまで到達可能な伸縮性を有す る,容器内部を清潔に維持するようにするフェイスパウダー容器であって, 前記ネット容器がその底面の穿孔部分を底面の径よりも小径として前記穿 孔部分の周囲に円筒部と一体的に形成された枠部を形成しており,この枠 部に弾力性が強いネットを水平に維持されるように設置しているとともに, 前記複合容器体の前記開口における開口端面の前記雄ねじの谷部の径より 小径で且つ前記開口端面の内径よりも大径で前記複合容器体の平らな開口 端面に重ねて支持するための下面が平らなフランジ部が突出形成されてお り,ネット容器を複合容器体に前記フランジ部の下面が容器本体の容器開 口端面に当接するまで差し込み,前記フランジ部を上端縁に支持されるこ 4 とにより,前記ネット容器がその底面を容器本体に収納したフェイスパウ ダーよりも上方である複合容器体の所定の深さ位置として前記ふたと容器 本体のねじ結合に支障なく設置されるフェイスパウダー容器。」 イ 一致点 「頂面を開口した深さが変化しない底を有しているとともに前記開口の開 口端に沿う外周に雄ねじを突設した内部に化粧料を充填する容器本体部と, 前記化粧料を充填する容器本体部の内面に沿って嵌挿して前記容器本体部 における所定の深さ位置に固定されるとともに底部における中央の開口に 伸縮性を有するネットを張設した前記容器本体部の内径にほぼ等しい外形 を有する底浅な頂面を開放した円筒皿形を呈する中枠と,内周に前記雄ね じに螺合する雌ねじを形成した前記容器本体部の開口を開閉可能に被覆す る蓋体とを有し,前記伸縮性ネットは,網目を有し,その上を塗布具によ り押圧し付着量を調節しながら前記充填した化粧料を取り出すことが可能 であって,伸縮性を有して前記充填した化粧料を使用することができる化 粧料容器であって,前記中枠がその底部に形成される中央の開口を底部の 径よりも小径として前記開口の周囲に円筒部と一体的に形成されて中枠の 強度を保持するための枠部を形成しており,この枠部に伸縮性を有するネ ットを張設しているとともに前記容器本体部の前記開口における開口端面 の前記雄ねじを除いた外径と同径かより小径で且つ前記開口端面の内径よ りも大径で前記容器本体部の平らな開口端面に重ねて支持するための底面 が平らなフランジが突出形成されており,中枠を容器本体部に前記フラン ジの底面が容器本体部の容器開口端面に当接するまで差し込み,前記フラ ンジを上端縁に支持されることにより,前記中枠がその底面を容器本体部 に充填した化粧料よりも上方である容器本体部の所定の深さ位置として前 記蓋体の被覆に支障なく配置,固定されることを特徴とする化粧料容 器。」 5 ウ 相違点 相違点1 本件訂正発明では,容器本体部が「中皿を用いることなく化粧料を直 接充填する単一の構成部品からなる容器本体」であるのに対し,引用発 明の容器本体部は,容器本体と内容器の2部品からなる複合容器体であ って,「中皿を用いることなく化粧料を直接充填する単一の構成部品か らなる容器本体」ではない点。 相違点2 本件訂正発明の中枠が容器本体部に「抜き取り再差し込み可能に固定 され」,「固着することなしに」「配置,固定され」,「固着すること なしに差し込むだけで密接状態で」「配置,固定させることができると ともにそのまま抜き取って再差し込みが可能である」のに対し,引用発 明では,中枠が抜き取り再差し込み可能に固定されているのか否か,固 着することなしに配置,固定されているのか否か,また,固着すること なしに差し込むだけで密接状態で配置,固定させることができるととも にそのまま抜き取って再差し込みが可能であるのか否かが,いずれも明 らかでない点。 相違点3 充填した化粧料を取り出す際の,塗布具に付着する化粧料の調節に関 し,本件訂正発明では,伸縮性ネット「の上を塗布具により押圧しなが ら擦ることにより付着量を調節しながら前記充填した化粧料を取り出す ことが可能」であるのに対し,引用発明では,伸縮性ネットの上を塗布 具により押圧はするものの,押圧しながら擦ることにより付着量を調節 しながら充填した化粧料を取り出すのか否か不明な点。 相違点4 伸縮性ネットの網目に関し,本件訂正発明では,伸縮性ネットが「押 6 圧されない状態においては,前記容器本体部に充填した化粧料が飛散す ることのない網目」であるのに対し,引用発明では,押圧されない状態 において容器本体部に充填した化粧料が飛散することのない網目である のか否か不明な点。 相違点5 本件訂正発明の伸縮性ネットは,「高伸縮性ネット」であり,「容器 本体部の内底の全域に到達可能な伸縮性を有して前記容器本体を傾けた り振ったりすることなしに前記充填した化粧料を残すことなく使用する ことができる」のに対し,引用発明の伸縮性ネットは,どの程度の伸縮 性を有しているのか明らかでない点。 相違点6 本件訂正発明のフランジは頂面が平らであるのに対し,引用発明のフ ランジはその上面の形状が平らであるのか否か不明な点。 第3 原告の主張 審決には,相違点の認定手法の誤り(取消事由1)及び相違点1ないし5に 係る進歩性判断の誤り(取消事由2−1ないし2−5)があり,これらの誤り は審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点の認定手法の誤り) 審決は,本件訂正発明における一部品である伸縮性ネットについて,引用発 明との間に相違点3ないし5の三つの相違点を認定した上,それぞれ異なる引 用発明等により容易想到であると判断した。 しかしながら,相違点の認定は,発明の技術的課題の解決の観点から,まと まりのある構成を単位として認定されるべきであり,審決のように,本件訂正 発明の伸縮性ネットが複数の優れた技術的観点を有することを考慮せず,それ ぞれの特徴を分離して個別に進歩性を判断することは,本来であれば進歩性が 肯定されるべき発明について進歩性を否定する結果を生じる不適切な判断手法 7 である。 なお,審決は,中枠に関する相違点2についても,さらに相違点を三つに細 分化して判断しており,上記と同様に不適切な判断手法を用いている。 2 取消事由2−1(相違点1に係る進歩性判断の誤り) 審決は,刊行物2及び3に示されるように化粧料容器の容器本体を単一の 構成部品からなる構造とし,中皿を用いることなく化粧料を直接充填するこ とは,本件特許の出願前において周知の技術事項であるとし,引用発明にこ の周知技術を採用して「中皿を用いることなく化粧料を直接充填する単一の 構成部品からなる容器本体」とすることは,当業者であれば容易になし得た ものと判断した。 しかしながら,審決には,伸縮性ネットを用いる引用発明と,伸縮性ネッ トを用いない刊行物2及び3に記載の発明とが,その構成及び作用効果の点 において異なり,解決課題も相反することを看過,誤認した誤りがある。引 用発明に刊行物2及び3に記載の発明を適用することは当業者であっても想 到し得ず,むしろ阻害事由があるというべきである。 すなわち,引用発明は,飛散しやすい粒度の細かいパウダーを対象とし, パウダーを容器に補充する際,容器からネットを外して新たなパウダーを注 ぐと,パウダーが目の粗いネットを通過して飛散することが予想されること から,これに対応するため,容器本体とこれと分離可能な内容器からなる複 合容器体とし,内容器ごとのレフィルを使用するものである。このことは, 引用発明のネット容器のフランジの頂面が膨出しており,ネット容器のがた つきを防ぐためにはネット容器が内容器に固着されているのが自然であるこ とからも裏付けられる。 これに対し,刊行物2及び3に記載の発明は,パウダーの粒度がさほど細 かくない従来の扱いやすいパウダー向きの容器であって,化粧料の取り出し 手段にネットではなく合成樹脂製のシートや小孔を形成した板材を用いてお 8 り,パウダーが減少すれば,新たにパウダーを追加するなどの使用方法が想 定されている。 したがって,引用発明に刊行物2及び3に記載の発明を適用することは当 業者であっても想到し得ず,むしろ阻害事由があるというべきである。 3 取消事由2−2(相違点2に係る進歩性判断の誤り) 審決は,刊行物3及び4に示されるように容器本体に対して中枠を抜き取 り再差し込み可能とし,化粧料を補充可能とすることにより,容器を使い捨 てすることなく再使用することは,従来周知の技術事項であり,無駄の削減 は本技術分野における一般的な技術課題であるから,引用発明にこの周知技 術を適用して,相違点2に係る本件訂正発明の構成とすることは,当業者で あれば容易に想到し得たと判断した。 しかしながら,刊行物3及び4は伸縮性ネットを用いるものではなく,容 器内にパウダーを補充して使用することが前提となっているのに対し,引用 発明は,中蓋を取り外して化粧料を補充するという手段を排除して「容器の 底まで届く弾性ネット」を採用したものであり,このような容器本体に直接 化粧料を補充する考えは当業者にはない。また,内容器を有する複合容器に おいては内容器とネット容器が一体不可分に構成されるのが通常でネット容 器を外すことは予定されていない。 したがって,引用発明に相違点2に係る本件訂正発明の構成を採用する動 機付け又は示唆はなく,引用発明に刊行物3及び4に記載された発明を適用 することには阻害事由があるから,当業者が引用発明から本件訂正発明を容 易に想到することはない。 次に,審決は,収納された化粧料の漏れ等に配慮して,中枠を容器本体に 密接状態で配置することは,当業者が適宜なし得た設計事項にすぎないと判 断したが,中身を直接詰め替えるような化粧料容器に用いる化粧料の粒子は 比較的粗いものであるから,中枠を容器本体に密接させる必要はない。 9 さらに,審決は,刊行物5を根拠として,内容器に対しネット容器を取り 外し可能として化粧料を補充することは普通に知られているとする。しかし, 刊行物5に記載の発明におけるネット枠は容器本体の外側に被せるもので, 容器内に配置される本件訂正発明や引用発明の中枠とは異なるし,化粧料を 交換可能とする先行技術としては極めて稀なものであり周知性もないから, これによって,内容器を有する複合容器体である引用発明のネット容器を 「抜き取り再差し込み可能に固定」などとすることが阻害されなくなるもの ではない。 4 取消事由2−3(相違点3に係る進歩性判断の誤り) 審決は,ネットを介して化粧料をパフに付着させるに当たり,パフをネッ トに対し押し付ける動作のみならず,パフをネットに対し擦る動作をも併用 することは,この種の化粧料容器の使用者により普通に行われている事項に すぎないとして,引用発明において,パフに付くパウダー量を適量とする際 に,ネットの上をパフにより押圧する動作に,擦る動作をも併用して,伸縮 性ネット「の上を塗布具により押圧しながら擦ることにより付着量を調節し ながら前記充填した化粧料を取り出すことが可能」とすることは,当業者で あれば容易に想到し得たと判断した。 しかしながら,審決には,引用発明が,単にネットの伸縮性を向上させて 使用により減っていく化粧料に到達させることのみを念頭に発明されたもの であり,パフを上下に移動させることにより化粧料を付着させること以外の 作用・効果は生じないことを看過した誤りがある。 すなわち,引用発明に使用されているネットは「強い弾性力を有するネッ ト」であり,そのため,引用発明の効果を発揮するためにはネットは実施例 に記載されているように当時の当業者のレベルからすると通常では考えられ ない大きな網目である必要がある。したがって,当該ネットを使用すればパ フで押圧することにより大きな網目からパウダーが自然に相当量通過するの 10 で,押圧するだけで相当量の化粧料がパフに付着すると考えられ,擦ったと してもパフへの付着量を調整できないことは当業者であれば十分理解するこ とができる。 5 取消事由2−4(相違点4に係る進歩性判断の誤り) 審決は,ネットが存在すると,ネットが存在しない場合に比して化粧料の 飛散を抑制可能なことは本技術分野における技術常識といえ,引用発明の伸 縮性ネットも「容器本体部に充填した化粧料が飛散することのない網目」を 実質的に具備するとして,相違点4は実質的な相違点ではないと判断した。 しかしながら,引用発明の明細書には「容器本体部に充填した化粧料が飛 散することのない網目」を実質的に具備しているとの記載は皆無である。ま た,引用発明が中間容器を必須の構成としているのは,ネットの網目の大き さからすると単独ではパウダーの飛散を防止することができないからである。 よって,単にネットがあるからないよりは飛散しないという技術的な根拠も ない理由で,実質的に具備していると判断したことには誤りがある。 また,審決は,本件訂正発明の網目が化粧料の微粉末を通過させないほど 小さな寸法の網目を意味すると仮定した場合について,引用発明における伸 縮性ネットの網目を,「容器内部を清潔に維持する」ことに配慮しつつ, 「押圧されない状態においては,容器本体部に充填した化粧料が飛散するこ とのない」程度の大きさの網目とすることは,当業者であれば容易になし得 たと判断した。 しかし,通常の伸縮性を有するネットを容器の深いところまで届かせよう とすると大きめの網目の方が解決しやすく,通常時に小さい網目にすること は考え付かないものであることなどからすると,かかる審決の判断も誤って いる。 6 取消事由2−5(相違点5に係る進歩性判断の誤り) 審決は,引用発明の伸縮性ネットは,フェイスパウダーの残量が僅少であ 11 ってもパウダーをパフに付けることができるものであるから,上方から押圧 したときその少なくとも一部が内容器の内底に到達可能な伸縮性を実質的に 有していると判断した。 しかしながら,引用発明は,内容器に収納されたパウダーの量が少なくな ってパウダーとネットとの間の距離が離れても,中間容器にパウダーを小分 けして使わなければならないという煩わしさをなくしたというものであり, また,相違点2についての審決の判断に従うのであれば,引用発明について も化粧料が少なくなれば足して使用すればよい。よって,引用発明は,従来 の中間容器に比べて深い位置までパフが届くというものにすぎず,内容器に 収納されたパウダー全てを使うことや,本件訂正発明のようにネットに容器 内底の全域に届くだけの伸縮性を持たせることは考えられていないし,その 必要もない。よって,本件訂正発明と引用発明それぞれのネットには,著し い技術的な差異がある。 次に,審決は,引用発明の伸縮性ネットについて,その伸縮性の大きさを 必要に応じて最適化することは,当業者による通常の創作能力の発揮にすぎ ず,引用発明の伸縮性ネットを相違点5に係る本件訂正発明の構成のように することは,当業者であれば容易になし得たことであると判断した。 しかしながら,刊行物1には内容器の全てのパウダーをすくい取れるとの 記述や示唆は皆無であるから,引用発明のネットを,充填した化粧料を残す ことなく使用することができるように,上方から押圧したとき少なくとも一 部が容器本体部の内底の全域に到達可能な程度の高伸縮性のものとすること は,当業者が容易になし得ることではない。 第4 被告の主張 1 取消事由1について 審決は,「相違点1〜6を総合してみても,本件訂正発明が,引用発明及び 刊行物2ないし5に記載された技術事項からは予測し得ない特段の作用効果を 12 奏するものともいえない」としており,原告の指摘するように相違点ごとに個 別的に進歩性を判断したものではない。また,相違点3ないし5に係る構成を 有する本件訂正発明に係る高伸縮性ネットは,引用発明に係る伸縮性ネットと 実質的に同一であり,これと対比しても優れた技術的特徴を有するものではな く,他の相違点に係る構成と総合的に結び付くことで引用発明から予測し得な い作用効果を発揮するものでもない。 よって,審決の判断手法に誤りはない。 2 取消事由2−1について 引用発明と,刊行物2及び3に記載の発明は,いずれも,ファンデーション 等の粉末化粧料を収納し,パフなどの塗布具によって適量を取り出すようにし た化粧料容器であり,技術分野が同一である。そして,いずれも,収納した粉 末化粧料と容器の開口部との間に仕切り手段(ネットや合成樹脂製の板材)を 介在させることによって粉末化粧料の飛散を防止するとともに,仕切り手段に 開口(網目や小孔や切れ込み)を設け,その開口を通じて粉末化粧料を仕切り 手段の下方から上方へ通過させることにより,塗布具に付着させるものであり, 作用機能が共通する。 したがって,当業者が,引用発明に刊行物2及び3を適用したりこれらを結 び付けたりして,二部品からなる複合容器の容器本体を,単一の構成部品から なる容器本体とすることは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎず,当業者 は容易に想到することができる。 刊行物2及び3の出願当時,既に微粒子状の化粧料は公知であったし,引用 発明の容器について,ネットを外して新たなパウダーを容器に注いでも,パウ ダーが目の粗いネットを通過して飛散するとはいえないから,刊行物2及び3 の容器が「パウダーの粒度がさほど細かくない従来の扱いやすいパウダー向き の容器」であり,引用発明のような「ネットを用いる化粧料容器」は「粒度も 細かく高価な化粧料を対象としている」といった原告の主張は根拠がなく,引 13 用発明と刊行物2及び3の発明とを結び付けることの阻害事由はない。 3 取消事由2−2について 引用発明と,刊行物3及び4に記載の発明とは,技術分野が同一であり作用 機能が共通し,関連性の強い発明である。そして,容器内に収納される化粧料 の粒度の相違についての原告の主張は根拠がなく,このような事情は引用発明 と刊行物3及び4の発明とを結び付けることの阻害事由とはならない。 引用発明は,刊行物1の記載内容に照らして,内容器ごと詰め替える容器 (レフィル容器)に限られるものではない。また,仮に引用発明がレフィル容 器として実施するものと仮定したとしても,刊行物3及び4は,レフィル容器 を従来例とし,その課題を解決するものとして,内嵌合方式による密接着脱可 能な装着方法を提案するものであり,刊行物5は,ネットを用いた化粧料容器 のネットを取り外しできない場合の課題(化粧料を補充できないことの課題) を示し,ネットを簡単に取り外しできるようにすることの必要性を示したもの である。よって,当業者は,これらの文献に基づき,引用発明では化粧料を補 充できないことの課題を理解し,通常の創作能力を発揮すれば,これを解決す るために,容器の中枠を「抜き取り再差し込み可能に固定され」,「固着する ことなしに差し込むだけで密接状態で」などとするように設計変更することは, 容易に想到することができることである。 4 取消事由2−3について ネットの弾性と網目の大きさとは無関係であり,強い弾性力を有するネット であるために通常では考えられない大きさの網目である必要があるとの原告の 主張は根拠がない。 また,ネットを張設した化粧料容器において,使用者が,塗布具を上から真 下へ押すだけの動作のみを実際に行うことは極めて困難であり,塗布具を持っ た指先とネットとの位置が横方向に擦れることも自然に生じてしまう。したが って,「押圧する」と「押圧しながら擦る」との動作の相違は非常にあいまい 14 であり,明確な区別はできない。 そして,押圧することで適量の化粧料を塗布具に付けることができるネット と,押圧しながら擦ることにより付着量を調節することができるネットとは, その構造上の差異はなく,仮にあったとしても,本件明細書には,この差異を 生み出すためのネットの具体的構造は全く開示されていない。結局,本件訂正 発明と引用発明とは,相違点3に係るネットの構造に関して,「物」としての 区別が全くできない。 これらの事情に照らせば,相違点3に係る構成が引用発明から容易に想到し 得るとの審決の判断に誤りはない。 5 取消事由2−4について 本件訂正発明のネットの「化粧料が飛散することのない網目」とは,「化粧 料の飛散がある程度抑えられる網目」と同義であるから,引用発明のネットの 網目と実質的に同一であり,審決の判断に誤りはない。精緻に記載されていな い本件明細書の図面と刊行物1の図面を比較した上,本件訂正発明のネットの 網目が引用発明のネットの網目と相違すると理解するのは誤りである。 6 取消事由2−5について 引用発明は,ネットから多くの離隔距離を置いて容器の底部分にのみパウダ ーが収納された状態になった場合にも,パウダーをパフ等の塗布具に付着させ 得るようにし,その結果パウダーがなくなった状態になるようにすることを発 明の課題としており,本件訂正発明の課題と共通する。 そして,引用発明の化粧料容器において,ネットの少なくとも一部が容器本 体の内底の全域に到達できなければ,少なくなったフェイスパウダーまでネッ トが到達することはできないのに対し,本件訂正発明は,「上方から押圧した とき少なくとも一部が前記容器本体の内底の全域に到達可能な伸縮性を有して …前記充填した化粧料を残すことなく使用することができる」とするものであ り,両者は実質的に同一である。 15 仮に両者が実質的に同一ではないとしても,フェイスパウダーは,通常,容 器の中心部分からすり鉢状に減っていき,残量が少なくなれば容器の内面寄り の部分に残る傾向にあることは,自明の技術常識であるから,引用発明のネッ トについて,公知の高い伸縮性を有するものを用いるなどして,少なくとも一 部が容器本体の内底の全域に到達できるようにすることが必要であることは, 当業者であれば容易に想到できることである。 第5 当裁判所の判断 当裁判所は,原告の主張は理由がないと判断する。その理由は次のとおりで ある。 1 取消事由1(相違点の認定手法の誤り)について 原告は,審決が,本件訂正発明の伸縮性ネットについて,引用発明との間に 三つの相違点を認定したことが,相違点認定の手法として不適切であると主張 する(前記第3の1)。 この点,審決の認定した相違点3ないし5は,本件訂正発明と引用発明のそ れぞれの伸縮性ネットについて,@塗布具に付着する化粧料を調節するとの機 能に着目し,伸縮性ネットを押圧する動作のみならずこれを擦る動作が含まれ るかどうか(相違点3),A化粧料容器から化粧料の飛散を防ぐという機能に 着目し,伸縮性ネットが押圧されない状態において化粧料が飛散することのな い網目かどうか(相違点4),B化粧料容器に充填した化粧料を残さず使用す るとの機能に着目し,伸縮性ネットが容器本体部の内底の全域に到達可能な伸 縮性を有するかどうか(相違点5)の各点において相違点があるというもので ある。 そうすると,これらの相違点は,伸縮性ネットの構成に係るという点では共 通するものの,それぞれ異なる機能や作用効果に関して認定されたものである ということができるから,これらを別個の相違点として認定したからといって, 相違点を不当に細分化して認定したということはできない。また,これらの相 16 違点に係る本件訂正発明の構成を合わせても,個々の構成の奏する効果の単な る総和を超える特段の効果が相乗的に奏せられるということもできない。 よって,相違点3ないし5を認定した上でこれらの相違点ごとに進歩性の判 断を行った審決の認定判断の手法は相当であり,原告の上記主張は採用するこ とができない。 なお,原告の主張中には,審決が相違点2に係る構成の進歩性の判断に当た り相違点を三つに細分化して判断したのも不適切である旨の部分がある。しか しながら,審決は,相違点2全体について,刊行物3,4及び5に示された周 知の技術事項を適用するなどして進歩性を否定したのであり,相違点2を更に 細分化したのではないから,原告の上記主張も失当である。 2 取消事由2−1(相違点1に係る進歩性判断の誤り)について 引用発明に刊行物2及び3に示される構成を適用することの当否 原告は,相違点1に係る本件訂正発明の構成に関し,引用発明に刊行物2 及び3に示される構成を適用することは相当ではなく,むしろ阻害事由があ る旨主張する(前記第3の2)。 そこで,以下に引用発明の内容及び刊行物2及び3の記載内容を検討する。 ア 引用発明の内容 刊行物1(甲1)によれば,引用発明は,従来のフェイスパウダー容器 には,内容器に保管されたパウダーが使用者による長期間の使用により減 少すると,パウダーの高さが低くなって内容器上部に設置されたネットと パウダーとの距離が遠くなり,ネットを通じてパウダーを使うことができ なくなるため,容器の内側に分離装着可能に設置した中間容器に少しずつ パウダーを入れて使うようにした構成のものがあるところ,この従来のも のには,パウダーを中間容器に小分けする煩わしさや,小分けの際に生じ 得る,粉末パウダーの飛散による容器周辺の汚れやパウダーの消耗という 問題点があったことから(「考案が属する技術及びその分野の従来技 17 術」),上記のような煩わしさをなくし,容器内部を清潔に維持するよう にするフェイスパウダー容器を提供すべく(「考案が解決しようとする技 術的課題」),容器本体の内部に内容器とパウダー,ネット体,パフが順 次に設置されるパウダー容器において,パウダーとパフの間に,底面が穿 孔されたネット容器を設置し,このネット容器の穿孔部分に弾力性が強い ネットを水平に維持されるように設置した構成とし,容器本体の内部に設 置された内容器に収納されたパウダーを,パフに適量つけて使うために, パフでネット容器底面に固定設置されたネットを上から押圧すると,弾力 性が強いネットが内容器の底部分に収納されたパウダーまで到達して,パ ウダーをパフに付着させるというものであり(「考案の構成及び作用」), これにより,パウダーを中間容器に小分けする煩わしさをなくすとともに, 容器内部を清潔に維持することができるという効果を発揮するというもの である(「考案の効果」)。 そして,上記のとおりの刊行物1の記載や図面によると,引用発明に係 るフェイスパウダー容器は,容器本体の内部にパウダーを収納する内容器 が設けられた構成である。 イ 刊行物2及び3の内容及びこれらの文献に示された周知技術 刊行物2(甲4)によれば,同刊行物に記載された発明は,容器に中蓋 を嵌着して中蓋の下方に粉状化粧料を収容する化粧料容器について,従来, 中蓋に穿設した無数の小孔を通して粉状化粧料を塗布具に付着させていた ところ(【0002】),携帯時などの振動で,粉状化粧料が小孔を通し て塗布具収納室の方に移動し,塗布具が粉状化粧料だらけになってしまう という問題があり,これを解決するために,少なくとも中蓋の仕切り部の 一部を伸縮性のある材質で成形し,この仕切り部に無数の切れ込みを入れ, 使用しない時には切れ込みが閉じて化粧料収納室を閉鎖し,使用時に仕切 り部を伸張させて切れ込みを開き,化粧料を化粧料収納室から切れ込みを 18 通して塗布具に付着できるようにしたものである(【0003】,【00 04】)。 また,刊行物3(甲5)によれば,同刊行物に記載された発明は,パウ ダー化粧料を収容する化粧料容器で,容器本体をパウダー収容部と塗布部 収容部とに上下に区画する中蓋を備え,中蓋に形成した多数の小孔を介し て塗布具にパウダー化粧料を供給するとともに,中蓋を取り外して減少し たパウダー化粧料をパウダー収容部に補充しながら使用するものについて, 中蓋を,使用時には外れにくく,パウダー化粧料の補充の際には外れやす くすることを目的に,容器本体を,受皿部と,該受皿部の上部外側面に下 部内側面が着脱可能に係止される環状枠部とからなるものとし,前記中蓋 の周縁フランジ部を前記受皿部の上端と前記環状枠部の下向き面との間に 挟み込んで前記収容部本体と前記環状枠体とを接合一体化することにより 前記中蓋を固定したものである(【請求項1】,【0007】,【000 8】)。 そして,刊行物2及び3に記載された化粧料容器は,いずれも実施例や その図面の内容等も踏まえると,化粧料容器の容器本体を単一の構成部品 からなる構造とし,中皿を用いることなく化粧料を直接充填するものであ ると認められ,このような構成は,その構造の簡素さからすれば,化粧料 容器における周知の技術事項であると認められる。 ウ 検討 物品や器具について,構造の簡略化や部品点数の削減を図ることは,普 遍的かつ一般的な技術課題であり,このことは,化粧料容器の技術分野に おいても同様である。 そして,引用発明に係る容器と刊行物2及び3に記載された容器は,い ずれも,容器内にネット容器ないしは中蓋という仕切り手段を設け,この 仕切り手段に設けた網目や小孔,切れ込みなどの開口を介して,容器内の 19 化粧料を塗布具に付着させるという点で構造が類似し,その作用や機能が 共通する。 そうすると,引用発明の容器本体と内容器からなる複合容器体について, 構造の簡略化や部品点数の削減のために,上記イの刊行物2及び3の記載 にみられる周知の技術事項を適用し,中皿を用いることなく化粧料を直接 充填する単一の構成部品からなる容器本体とすること,すなわち,相違点 1に係る本件訂正発明の構成とすることは,当業者において容易に想到し 得ることであるということができ,これと同旨の審決の判断に誤りはない。 原告の主張について ア 原告は,引用発明の容器は,粒度の細かいパウダーを対象とすることに 対応して複合容器体とし,内容器ごとのレフィルを使用するものであるの に対し,刊行物2及び3の容器は,パウダーの粒度がさほど細かくないも のを対象とし,化粧料の取り出し手段(すなわち仕切り手段)に合成樹脂 製のシートや小孔を形成した板材を用いるものであり,パウダーが減少す れば新たにパウダーを追加するなどの使用方法が想定されているから,両 者の間に構成や作用効果の相違があり,審決はかかる相違を看過して両者 を組み合せた誤りがある旨主張している(前記第3の2 )。 そして,引用発明に係る容器に収納される化粧料の粒度については,刊 行物1に,従来技術ではパウダーを小分けする際に粉末パウダーが散らば って容器周辺が汚なくなるとの記載があることに照らせば,飛散しやすい 粒度の細かいパウダーが収納されることが想定されていると考えることが できる。 イ しかしながら,刊行物1には,内容器がレフィル(内容器ごと交換する ことによって化粧料を容器に補充するものを指すと解される。以下,同 じ。)として用いられるとの明確な記載はなく,ネット容器が内容器に固 着されるなど,内容器がレフィルとしてのみ用いられることを示唆する記 20 載もない。また,原告は,引用発明におけるネット容器のフランジの頂面 が断面において湾曲しているとして,ネット容器と内容器とは固着された ものであると主張するが,刊行物1中の図面に記載されたネット容器のフ ランジの形状のみから直ちに,ネット容器が内容器に固着されていると結 論付けることはできない。 そうすると,引用発明の仕切り手段にネットを用いた化粧料容器におい て,粒度の細かい化粧料を収納することを理由に容器の構造が内容器をレ フィルとして用いる複合容器体のみに限定されるということはできない。 ウ また,刊行物2に記載された容器は,同刊行物(甲4)によると,「最 近では,化粧料の密着力,カバー力,付けた時の感触のよさから,粉体を より微細にした超微粒子タイプの粉状化粧料が提供されて」(【000 3】)おり,容器に収納したこのような粒度の細かい粉状化粧料が塗布具 収納室に移動することを防ぐために,伸縮性のある材質で形成され無数の 切れ込みのある中蓋を設けるというものである。また,刊行物3に記載さ れた容器については,同刊行物(甲5)に化粧料の形状についての明確な 記載はないものの,同刊行物の刊行が刊行物2の刊行後であることからす れば,粒度の細かい粉状化粧料を収納することが排除されているとは認め 難い。 そうすると,引用発明に係る容器と刊行物2及び3に記載された容器と の間で,収納されるべき化粧料の粒度に差異があるとは認められず,両者 の仕切り手段の材質に相違があるからといって,引用発明の容器に対して 刊行物2及び3に示された容器の構成を適用することが妨げられるとはい えない。 エ したがって,原告の上記主張は採用することができない。 3 取消事由2−2(相違点2に係る進歩性判断の誤り)について 原告は,相違点2に係る本件訂正発明の構成に関し,引用発明に刊行物3 21 及び4に示される構成を採用することには阻害事由がある旨主張する(前記 第3の3)。 そこで,以下に刊行物3及び4の記載内容を検討する。 ア 刊行物3及び4の内容及びこれらの文献に示された周知技術 刊行物4(甲6)によれば,同刊行物に記載された発明は,パウダーを 収納する容器本体を有するパウダー容器において,容器本体の開口部に上 方へ向かって離脱可能に嵌合される,パウダー補充用の開口を設けた中皿 を備え,同開口に,パウダーを取り出す小孔を有する内蓋を,上方に向か って離脱可能に嵌合させたもので,内蓋の一端は,折り曲げ自在なヒンジ 部を有する帯状係止片によって中皿と係止され,内蓋の他端には,内蓋を 引き上げて上記補充用開口から離脱させたり,引き上げられた内蓋に係止 された中皿を容器から離脱させるのに用いられる帯状引き上げ操作片が設 けられており,これによって,内蓋を離脱させるか中皿を離脱させる2通 りの方法で,パウダーを好きなときに必要なだけ補充することを可能にす るというものである(【請求項1】,【0005】ないし【0009】)。 刊行物3(甲5)に記載された発明の内容は前記2 イのとおりであり, 同刊行物及び刊行物4に記載された化粧料容器は,いずれも,容器本体に 対して中蓋ないし中皿(いずれも,本件訂正発明における中枠に相当す る。)を抜き取り再差し込み可能とし,化粧料を補充可能とすることによ り,容器を使い捨てすることなく再使用するものであると認められる。こ のような構成は,容器の経済性に資することからすれば,化粧料容器にお ける周知の技術事項であると認められる。 イ 検討 物品や器具について,使いやすさの向上や使い捨てせずに再使用して無 駄の削減を図ることは,普遍的かつ一般的な課題であり,このことは,化 粧料容器の技術分野においても同様であるということができる。 22 そして,引用発明に係る容器と刊行物3及び4に記載された容器は,い ずれも,容器内にネット容器ないしは中蓋等の仕切り手段を設け,この仕 切り手段に設けた網目や小孔,切れ込みなどの開口を介して,容器内の化 粧料を塗布具に付着させるという点で構造が類似し,その作用や機能が共 通する。 そうすると,引用発明に係る容器について,化粧料を容器内に補充可能 とし,容器を使い捨てせずに再使用して無駄を削減するために,容器本体 に対してネット容器を抜き取り再差し込み可能に固定すること,すなわち, 相違点2に係る本件訂正発明の構成とすることは,当業者において容易に 想到し得ることであるということができるし,その際,収納された化粧料 の漏れ等を防ぐため,中枠を容器本体に密接状態で配置することも,当業 者が適宜行うことのできる設計事項にすぎない。 よって,これと同旨の審決の判断に誤りはない。 原告の主張について ア 原告は,刊行物3及び4の容器は伸縮性ネットを用いておらず,容器内 にパウダーを補充することが前提となっているのに対し,引用発明は中蓋 を取り外して化粧料を補充するという手段を排除して伸縮性ネットを採用 したものである,また,内容器を有する複合容器においては内容器とネッ ト容器が一体不可分に構成されるのが通常でネット容器を外すことは予定 されていない,と主張する(前記第3の3 )。 しかるに,仕切り手段に伸縮性ネットが用いられた化粧料容器において, 化粧料を補充するためにネット容器を外すことは予定されないとの技術常 識が存在すると認めるに足りる証拠はない。そして,刊行物5(甲3)に は,パウダー状化粧料を収容する容器の上面開口に被さるようにネットを 装着した容器について,ネットを簡単に取り外しできるようにし,化粧料 の詰め替えがきき,繰り返し使用できるようにするため,容器本体に着脱 23 可能に嵌り,開口面を緊張状態で覆う伸縮性ネットが溶着された蓋枠を備 えた化粧料容器について記載されている(【請求項1】,【0001】, 【0004】ないし【0007】)。 そうすると,仕切り手段に伸縮性ネットが用いられた容器であっても, 容器本体への化粧料の補充を可能にするために当該仕切り手段を取り外し 可能とすることは,むしろ普通に知られていることであると考えられる。 これに対し,原告は,刊行物5に周知性がないとか,同刊行物に記載さ れた容器と本件訂正発明や引用発明の容器との間のネット枠等の構造が相 違するなどと主張する(前記第3の3 )。 しかし,本件訂正発明や引用発明に係る容器と刊行物5に記載された容 器との間に原告の指摘するような構造の相違があるからといって,同刊行 物から上記のとおりの技術事項を導くことは否定されないし,かかる技術 事項が周知であることを否定すべき事情は見当たらない。 さらに,引用発明の化粧料容器において,容器の構造が内容器をレフィ ルとして用いる複合容器体のみに限定されないのは前記2 ア及びイのと おりであり,新たなパウダーを容器に補充する方法として,ネット容器を 取り外してパウダーを直接充填することが特に排除されているということ もできない。 したがって,引用発明に係る容器内に設けられるネット容器について, 化粧料を直接充填することを前提に,抜き取り再差し込み可能に固定する との構成を適用することに誤りはない。 イ 原告は,中枠を容器本体に密接状態で配置することについて,本件特許 の出願当時,中身を直接詰め替えるような化粧料容器に用いる化粧料の粒 子は比較的粗いものであったから,そのような構成を採用する必要はなか ったとも主張する(前記第3の3 )。 しかし,引用発明に係る容器には粒度の細かい化粧料を収納することが 24 想定されているのは前記2 アのとおりであり,それを踏まえ,化粧料の 漏れ等に配慮して,ネット容器を容器本体に密接状態で配置することは, 当業者が適宜行うことができることにすぎない。 ウ よって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。 4 取消事由2−3(相違点3に係る進歩性判断の誤り)について 原告は,審決が,引用発明において,塗布具に付着させる化粧料の調節に当 たり,ネットの上を塗布具により押圧する動作に擦る動作をも併用することは, 当業者であれば容易に想到し得たと判断したのは,誤りであると主張する(前 記第3の4)。 しかしながら,伸縮性ネットを仕切り手段として用いた化粧料容器の内部に 充填された化粧料を,仕切り手段を介して塗布具に付着させる量を調節するに 当たり,塗布具をネットに押し付ける動作だけでなく塗布具をネットに対し擦 る動作をも併用することは,かかる化粧料容器の使用者により普通に行われて いることであり,このことは,刊行物5(甲3)に,粉状化粧料を収容する容 器の上面開口に被さるように伸縮性ネットを装着した容器について,「パフを ネット(51)の上から擦るように押しつけることにより,パフに化粧料が付 着する。又,ネットの存在によって,化粧料の飛散と付着しすぎることが防止 される。」(【0003】)との記載があることに照らしても明らかである。 よって,仕切り手段について同様の構造を有する引用発明の容器から化粧料 を塗布具に付着させるに当たっても,使用者が同様の動作を行うであろうこと は,当業者であれば容易に想到し得ることであり,これと同旨の審決の判断に 誤りはない。 原告は,引用発明に使用されているネットは強い弾性力を有するものであり, 通常では考えられない大きな網目を有するから,ネットを塗布具で押圧するだ けで相当量の化粧料が塗布具に付着するなどと主張する(前記第3の4 )。 しかし,刊行物1に示された実施例の図面のみから,引用発明に使用された伸 25 縮性ネットの網目の形状や大きさを一義的に確定することはできない。そして, 刊行物1には,引用発明における伸縮性ネットの網目の形状や大きさが,使用 者が塗布具に化粧料を付着させる動作を塗布具でネットを押圧する動作のみに 限定したり,かかる動作とともに通常行われるであろう塗布具をネットに擦る 動作を妨げるようなものであることを,裏付ける記載は見当たらない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 5 取消事由2−4(相違点4に係る進歩性判断の誤り)について 原告は,審決が,引用発明の伸縮性ネットは「容器本体部に充填した化粧 料が飛散することのない網目」を実質的に具備すると判断したのは誤りであ ると主張する(前記第3の5 )。 この点,刊行物5(甲3)には,粉状化粧料を収容する容器の上面開口に 被さるようにネットを装着した容器について,「ネットの存在によって,化 粧料の飛散と付着しすぎることが防止される。」との記載があることは前記 4のとおりであり,これによれば,化粧料容器に仕切り手段として設けられ るネットは,化粧料の飛散を防止する機能を有すると認められる。 そして,本件訂正発明における「化粧料が飛散することのない網目」につ いても,網目の形状や大きさについてそれ以上に具体的に特定されていない ことに照らして,刊行物5における「ネットの存在によって,化粧料の飛散 …が防止される」との記載と同趣旨であると理解される。 一方,刊行物1(甲1)には,仕切り手段として設けられている伸縮性ネ ットが押圧されない状態において奏する作用や効果についての明確な記載は ないものの,この伸縮性ネットが,化粧料容器の仕切り手段として設けられ, これを介して塗布具に化粧料を付着させるという点で機能の共通する本件訂 正発明や刊行物5における伸縮性ネットと同様に,「ネットの存在によって, 化粧料の飛散…が防止される」作用や効果を持つことを否定すべき事情は何 ら見当たらない。 26 そうすると,引用発明の伸縮性ネットは,本件訂正発明の伸縮性ネットと 同様に,「容器本体部に充填した化粧料が飛散することのない網目」を実質 的に具備するということができ,これと同旨の審決の判断に誤りはない。 これに対し,原告は,引用発明が中間容器を必須の構成としているのはネ ットの網目が単独ではパウダーの飛散を防止することができないからである とか,単にネットがあるからないよりは飛散しないとの理由には技術的な根 拠がないと主張する(前記第3の5 )。 しかし,刊行物1(甲1)には,中間容器の機能について,「長期間パウ ダーを使わない場合には,図1(判決注・省略)のように,ネット容器(1 0)とパフ(160)の間に中間容器(140)を設置すれば,ネット(3 0)を保護することができる。」とあるのみであり(「考案の構成及び作 用」),伸縮性ネットが化粧料の飛散を防止することができないことを前提 に中間容器が設けられているとの記載はない。また,刊行物5の記載を踏ま えると,ネットに化粧料の飛散を防止する作用や効果があることに技術的根 拠があることを否定することはできない。 原告は,通常の伸縮性を有するネットを容器の深いところまで届かせよう とするのであれば,通常時に小さい網目にすることは考え付かないとも主張 する(前記第3の5 )。 しかしながら,引用発明における伸縮性ネットには「弾力性が強いナイロ ン材質のネット」(刊行物1「考案が解決しようとする技術的課題」)を用 いることが予定されているから,かかるネットの到達可能な範囲を広げるに 当たって網目を大きくすることが必須というものではない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 6 取消事由2−5(相違点5に係る進歩性判断の誤り)について 原告は,審決が,引用発明の伸縮性ネットが上方から押圧したときにその少 なくとも一部が内容器の内底に到達可能な伸縮性を実質的に有していると判断 27 するとともに,引用発明の伸縮性ネットの伸縮性の大きさを必要に応じて最適 化し,相違点5に係る本件訂正発明の構成のようにすることは当業者であれば 容易になし得たと判断したのは,いずれも誤りであると主張する(前記第3の 6)。 しかしながら,刊行物1(甲1)によれば,引用発明は,「特にパウダーを 長期間使って内容器に収納されたフェイスパウダーの量が少ないとしても,… パウダーが内容器に収納されたその状態で,ネットを押してパウダーをパフに 適量だけつけて,使うことができるようにした」ものであり(「考案が属する 技術及びその分野の従来技術」),「容器本体(100)の内部に設置された 内容器(120)に収納されたパウダー(130)を,パフ(160)に適量 つけて使うために,パフ(160)でネット容器(10)底面に固定設置され たネット(30)を上から押圧すると,弾力性が強いネット(30)が内容器 (120)の底部分に収納されたパウダー(130)まで到達して,パウダー (130)がパフ(160)に付着する。」というものである(「考案の構成 及び作用」)。そうすると,引用発明の伸縮性ネットは,フェイスパウダーの 残量が僅少であってもパウダーをパフに付けることができるものであるから, 上方から押圧したときにその少なくとも一部が内容器の内底に到達可能な伸縮 性を実質的に有していることは明らかである。 そして,化粧料容器の技術分野において,容器に充填収納されている化粧料 を残すことなく最後まで使用可能とすることは,当然に内在している技術課題 であるといえるところ,引用発明の伸縮性ネットについても,容器内の化粧料 を残すことなく取り出すために,その伸縮性を適宜調節して,これを「容器本 体部の内底の全域に到達可能な伸縮性を有して前記容器本体を傾けたり振った りすることなしに前記充填した化粧料を残すことなく使用することができる」 ようにすることは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎず,当業者であれば 容易に想到することができるといえる。よって,これと同旨の審決の判断に誤 28 りはない。 原告は,刊行物1には内容器の全てのパウダーをすくい取れるとの記述や示 唆は皆無であり,引用発明のネットが容器内底の全域に到達する程度の伸縮性 を持たせることは考えられないなどと主張する(前記第3の6 )。しかしな がら,引用発明を原告の主張するとおりに限定的に理解するのは相当ではない し,化粧料を残すことなく最後まで使用可能とすることは当然の技術課題であ り,公知文献にその旨の記述や示唆を要するものではない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 7 結論 以上のとおりであり,原告の主張はいずれも理由がない。よって,原告の請 求を棄却することとし,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 石 井 忠 雄 裁判官 田 中 正 哉 裁判官 神 谷 厚 毅 29 |