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事件 |
平成
25年
(行ケ)
10277号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2014/08/27 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成26年8月27日判決言渡 平成25年(行ケ)第10277号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成26年8月20日 判 決 原 告 コンステリウム フラン ス 原 告 コンステリウム ロー ルド プロダクツ−レイヴンズウッド,エルエルシー 両名訴訟代理人弁理士 慶 田 晴 彦 松 田 真 太 田 恵 一 被 告 特 許 庁 長 官 指 定 代 理 人 山 田 靖 大 橋 賢 一 小 川 進 板 谷 一 弘 堀 内 仁 子 主 文 特許庁が不服2012−5039号事件について平成25年5月27日にした審 決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事 実 及 び 理 由 第1 原告らの求めた判決 主文同旨。 第2 事案の概要 本件は,特許出願に対する拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟 である。争点は,進歩性判断の当否である。以下,審決や文献の引用において「ロ ウ付け」という記載がある部分はすべて「ろう付け」と表記する。また,本願発明 は,ブレージングシート,すなわち,芯材とろう材を熱間圧延工程でクラッド圧延 した板に関するものであるところ,芯材は心材,ろう材は皮材とも呼ばれるが, 「芯 材」「ろう材」と表記し,ブレージングシートがろう付けされる対象物は,母材, , 接合相手材と呼ばれるが,「母材」と表記することとする。 1 特許庁における手続の経緯 原告らは,平成16年11月24日,発明の名称を「ロウ付け用のアルミニウム 合金製の帯材」とする国際特許出願をした(特願2006−540530号。パリ 条約による優先権主張,2003年11月28日 フランス共和国)が(甲2。出 願時の名称は,原告コンステリウム フランスが「アルカン レナリュ」,原告コン ステリウム ロールド プロダクツ−レイヴンズウッド,エルエルシーが「アルカ ン ロールド プロダクツ−レイヴンズウッド,エルエルシー」 ) 平成24年2月 。, 14日,拒絶査定を受け,同年3月16日,審判請求をするとともに(不服201 2−5039号事件)手続補正をした。また,原告らは,平成25年4月2日,再 度手続補正をした(甲3。本件補正)。 特許庁は,平成25年5月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審 決をし,同年6月17日に原告らに送達された(附加期間90日)。 2 本願発明の要旨 本件補正後の請求項1記載の発明(本願発明)の要旨は,以下のとおりである。 【請求項1】 「管理された窒素の雰囲気下で無フラックスのろう付けによってろう付けされた 部材を製造するための,重量パーセントで,少なくとも80%のアルミニウム,な らびに,Si<1.0% Fe<1.0% Cu<1.0% Mn<2.0% Mg< 3.0% Zn<6.0% Ti<0.3% Zr<0.3% Cr<0.3% Hf< 0.6% V<0.3% Ni<2.0% Co<2.0% In<0.3% Sn<0. 3%,合計0.15%であるその他の元素それぞれ<0.05%,を含む芯材用の アルミニウム合金製の帯材または板材における,0.01〜0.5%のイットリウ ムの使用。」 3 審決の理由の要点(争点と関係が薄い部分はフォントを小さく表記する。) 本願発明は,特許法29条2項に基づき特許を受けることができないものである。 (1) 刊行物2(特開2000−303132号公報。甲1)記載の発明(引用 発明)の認定 「真空雰囲気下でのろう付けによってろう付け部材を製造するための,重量%で,Siを0. 6%,Feを0.7%,Mnを1.2%,Znを0.1%,Yを0.12%含有し,残部がア ルミニウムおよび不可避的不純物よりなる芯材用アルミニウム合金製の帯材または板材。」 (2) 本願発明と引用発明との対比 (一致点) ろう付けによってろう付けされた部材を製造するための,重量パーセントで,少なくとも8 0%のアルミニウム,及び,Si<1.0% Fe<1.0% Cu<1.0% Mn<2.0% Mg<3.0% Zn<6.0% Ti<0.3% Zr<0.3% Cr<0.3% Hf<0. 6% V<0.3% Ni<2.0% Co<2.0% In<0.3% Sn<0.3%を含む芯 材用のアルミニウム合金製の帯材又は板材における,0.01〜0.5%のイットリウムの使 用。 (相違点1) 本願発明は,具体的に列記されていないその他の元素の含有量が,それぞれ0.05%未満 であり,合計で0.15%未満であるのに対し,引用発明は,その他の元素に相当する不可避 的不純物の含有量が規定されていない点。 (相違点2) 本願発明は,管理された窒素の雰囲気下でフラックスレスのろう付けによってろ う付けされた部材を製造するための芯材用のアルミニウム合金製の帯材又は板材で あるのに対し,引用発明は,真空雰囲気下でのろう付けによってろう付け部材を製 造するための芯材用アルミニウム合金製の帯材又は板材である点。 (3) 相違点についての検討 (相違点1) 「JIS Z 3263(1992) アルミニウム合金ロウ材及びブレージングシート」の 「表6 心材及び7072の化学成分」 (JISハンドブック 3 非鉄,2002年1月31 日,財団法人日本規格協会,691〜692頁)では,引用発明がベースとするアルミニウム 合金3003や3N03等の心材用アルミニウム合金において,主要な化学成分を除く,その 他の化学成分は,個々0.05%以下,及び,合計0.15以下と規定されているから,かか る規定により特定される引用発明の不可避的不純物の含有量と,本願発明のその他の元素の含 有量とは,実質的に相違するものとはいえない。 また,仮に相違点1が実質的なものであるとしても,引用発明において,不可避的不純物の 含有量を「JIS Z 3263(1992) に基づいて個々0. 」 05%未満,及び,合計0. 15未満と規定することは,当業者が容易になし得ることである。 (相違点2) 真空ろう付け法が窒素ガス雰囲気ろう付け法とともにフラックスレスろう付け法 の一手法であることは,技術常識として古くから広く知られているところである(特 開昭62−13259号公報(乙1)の2頁左上欄17行〜右上欄3行,3頁左上 欄15行〜17行,竹本正「軽金属,Vol.41,No.9(1991)(乙2) 」 p.639の図1のアルミニウムのろう付け法の分類等,特開平9−85433号 公報(乙3)の段落【0006】【0008】等参照。 , )から,刊行物2の従来技術 に関する「自動車用熱交換器・・・は,・・・真空ろう付け等によりろう付けされ」 との記載に基づいて,真空雰囲気下でのフラックスレスろう付け用の引用発明に係 る芯材用アルミニウム合金製の帯材又は板材を,管理された窒素雰囲気下でのフラ ックスレスろう付け用の芯材用アルミニウム合金製の帯材又は板材として用いるこ とは,当業者が容易になし得ることである。 よって,相違点2に係る用途変更は,当業者が容易に想到するものである。 第3 原告主張の審決取消事由 1 取消事由1(相違点2の認定の誤り) 本願発明におけるイットリウムの用途は,管理された雰囲気下でフラックスを用 いたろう付けのために用いられるのと同じ装備を用いて,管理された窒素の雰囲気 下でフラックスレスのろう付けによってろう付けされた部材を製造するために,芯 材にイットリウムを使用することである。他方,刊行物2におけるイットリウムの 用途は,シリコン又はゲルマニウムの芯材への侵入に起因するエロージョンを抑制 することである。 したがって,相違点2については, 「本願発明は,管理された窒素の雰囲気下で無 フラックスのろう付けによってろう付けされた部材を製造するための芯材用のアル ミニウム合金製の帯材または板材におけるイットリウムの使用であるのに対し,引 用発明は,エロージョンを抑制して真空雰囲気下でのろう付けによってろう付け部 材を製造するための芯材用アルミニウム合金製の帯材または板材におけるイットリ ウムの使用である点。(判決注:下線部は,審決の認定した相違点2と異なる部分 」 であり,違いを明らかにするために,原告が付した。)と認定されるべきである。 2 取消事由2(相違点2の判断の誤り) (1) 容易想到性 本願発明の課題は,フラックスを用いたろう付けのために用いられるものと同じ 装備を用いたフラックスレスでのろう付けを可能とすることであるのに対し,引用 発明の課題は,芯材へのエロージョンを抑制して,耐エロージョン特性に優れたア ルミニウム合金ブレージングシートを提供することであるため,両者の課題は全く 異なり,さらにはイットリウムの用途も,本願発明では窒素雰囲気下でのろう付け のときにフラックスの使用を避けるためであるのに対し,引用発明ではエロージョ ン抑制のためであり,全く異なるものである。 また,刊行物2には,真空中でのろう付けについて記載され,イットリウムの用 途としては,シリコン,ゲルマニウムからのエロージョン抑制しか記載されていな いから,イットリウムが,管理された窒素雰囲気下でのフラックスレスのろう付け を可能にしたことの示唆はない。引用発明におけるイットリウムは,その使用が必 須ではなく,エロージョン抑制元素として好適でもなく,必ずしも芯材に含有され ている必要もない。このような刊行物2の記載に鑑みると,好適なカルシウムやリ チウムがあるにもかかわらず,本願発明のようにイットリウムを当業者が積極的に 選択して芯材に含有させる動機付けはない。たとえ当業者が刊行物2に列挙された エロージョン抑制元素の中からイットリウムを選択できたとしても,その用途はエ ロージョンを抑制することにあり,フラックスレスのろう付けのために芯材におけ るイットリウムの使用が必須である本願発明の特徴点に到達できる試みをしたであ ろうという推測は成り立たない。 したがって,イットリウムの用途を考慮した相違点2に係る用途変更は,当業者 が容易に想到するものではない。 (2) 顕著な効果 本願発明は,芯材用のアルミニウム合金製の帯材又は板材に含まれる金属成分の 割合が不等式で特定されているが,請求項記載の全範囲において,イットリウムの 使用によるろう付け性の改善という顕著な効果があるから,進歩性が肯定される。 被告は,本願発明の顕著な効果を否定するが,この点は,平成24年7月26日 付審尋(甲4)と平成24年10月31日提出の回答書(甲5)で議論された内容 であり,その後の平成24年12月27日付拒絶理由通知書(甲6)及び審決では 一切この点に関する言及がないことからすると,審判合議体は,本願明細書の記載 は,本願発明の全体についての顕著な効果として参酌できると判断したはずである。 本願明細書の実施例の特定の合金組成における実験結果と発明の詳細な説明の記 載,特に段落【0017】の「この方法は,少なくとも80重量%のアルミニウム を含むすべてのアルミニウム合金タイプに適用されることができ,とりわけ該アル ミニウム合金タイプの元素は,無フラックスでのろう付けを可能にすることを目的 とした特異な元素を添加する前に,以下の条件に対応している。すなわち,重量% で,Si<1.0%,Fe<1.0%,Cu<1.0%,Mn<2.0%,Mg< 3.0%,Zn<6.0%,Ti<0.3%,Zr<0.3%,Cr<0.3%, Hf<0.6%,V<0.3%,Ni<2.0%,Co<2.0%,In<0.3%, Sn<0.3%,その他の元素それぞれ<0.05%で合計0.15%,残りはア ルミニウム」という記載から,本願発明全体について顕著な効果があることを当業 者は認識できる。 第4 被告の反論 1 取消事由1に対し 刊行物2には,審決が認定したように, 「真空雰囲気下でのろう付けによってろう 付け部材を製造するための,重量%で,Siを0.6%,Feを0.7%,Mnを 1.2%,Znを0.1%,Yを0.12%含有し,残部がアルミニウム及び不可 避的不純物よりなる芯材用アルミニウム合金製の帯材又は板材」が記載されている。 一方,本願発明は,実質的には, 「管理された窒素の雰囲気下で無フラックスのろう 付けによってろう付けされた部材を製造するための,重量パーセントで,少なくと も80%のアルミニウム,ならびに,Si<1.0% Fe<1.0% Cu<1. 0% Mn<2.0% Mg<3.0% Zn<6.0% Ti<0.3% Zr <0.3% Cr<0.3% Hf<0.6% V<0.3% Ni<2.0% C o<2.0% In<0.3% Sn<0.3%,合計0.15%であるその他の 元素それぞれ<0.05%,を含む芯材用のアルミニウム合金製の帯材または板材」 に,0.01〜0.5%のイットリウムを含有する発明といえる。 したがって,本願発明と引用発明を対比すると,両者は, 「ろう付けによってろう 付けされた部材を製造するための,重量パーセントで,少なくとも80%のアルミ ニウム,ならびに,Si<1.0% Fe<1.0% Cu<1.0% Mn<2.0% Mg<3.0% Zn<6.0% Ti<0.3% Zr<0.3% Cr<0.3% H f<0.6% V<0.3% Ni<2.0% Co<2.0% In<0.3% Sn <0.3%を含む芯材用のアルミニウム合金製の帯材または板材に, 01〜0. 0. 5%のイットリウムを含有する」点で一致する。 審決では,イットリウムを「含有する」点について,本願発明において用いられ ている「使用」という用語を用いて一致点を認定した。それは,上述のとおり,本 願発明におけるイットリウムの「使用」が,アルミニウム合金にイットリウムを「含 有すること」にほかならないからである。 この点,原告は,本願発明はイットリウムの用途に関する発明であると主張する が,請求項1の特定は,用途発明の特定には該当しない。請求項が,例えば「イッ トリウムからなる○○○剤」というように,用途発明の形式で特定されていない。 また,仮に請求項1における「使用」の特定が,形式的に何らかの用途の限定に該 当するとしても,管理された窒素の雰囲気下で無フラックスのろう付けによってろ 「 う付けされた部材を製造する」という本願発明の目的を達成のための具体的な構成 は,イットリウムを単独で使用することではなく,アルミニウム合金に0.01〜 0.5%のイットリウムを含有させることである。そうすると,本願発明の「使用」 は,イットリウムをアルミニウム合金に「含有する」ことと,具体的な発明の実施 の際において区別できないものである。 また,原告は,相違点2について,引用発明の「エロージョンを抑制する」とい う点を認定すべきであると主張する。しかし,エロージョンの抑制は,引用発明の 効果であるから,発明の構成の対比において認定する必要はない。 2 取消事由2に対し (1) 容易想到性 本願発明にいうイットリウムの「使用」とは,芯材用アルミニウム合金に,0. 01〜0.5%のイットリウムを「含有すること」にほかならないから,本願発明 はイットリウムの用途発明には該当しない。そして,真空ろう付け法が窒素ガス雰 囲気ろう付け法とともにフラックスレスろう付け法の一手法であることは,技術常 識として古くから広く知られているところである(乙1〜7)。つまり,真空ろう付 け法,窒素ガス雰囲気ろう付け法のいずれも,当業者においてフラックスレスのろ う付け法としてよく知られた技術であり,また,ろう材がろう付け法を決定する上 で重要な要素であることが技術常識であるとしても,引用発明はろう材を特定する ものではないから,乙1,4〜7に真空ろう付け法,雰囲気ろう付け法が並列して 記載されている以上,真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法とは,当業者に とって適宜置換可能な方法であるということができる。したがって,刊行物2に接 した当業者であれば,ここに記載された材料からなる芯材用アルミニウム合金製の 帯材又は板材を,真空ろう付け法だけでなく,窒素ガス雰囲気ろう付け法にも使用 できることを容易に理解するといえる。 また,フラックスレス真空ろう付け法は,設備費(真空炉)が高く,メンテナン スが面倒である,炉内に付着するマグネシウムを定期的に除去することが必要であ る,ろう付けができない材料がある,などの実用上の問題点を有する。かかる問題 を解決する手段として,マグネシウムの添加や高真空雰囲気調整を行わなくとも, 溶融ろう合金のぬれ性や流動性を著しく改善でき,真空ろう付け法に比較し設備費 も少ないフラックスレス窒素ガス雰囲気ろう付け法が広く知られているから(乙3, 10) 刊行物2に接した当業者であれば, , 刊行物2に記載された材料からなる芯材 用アルミニウム合金製の帯材又は板材を,真空ろう付け法だけでなく,窒素ガス雰 囲気ろう付け法にも使用する動機付けがある。 したがって,引用発明において,芯材用アルミニウム合金製の帯材又は板材を「管 理された窒素の雰囲気下でフラックスレスのろう付けによってろう付けされた部材 を製造する」ことに適用してみることは,当業者が容易になし得ることであり,そ の結果,管理された窒素の雰囲気下でフラックスレスのろう付けによってろう付け 「 された部材を製造できる」ことも,当業者が当然予測することである。 この点,原告は,本願発明と引用発明とは課題が異なる旨主張する。しかし,本 願発明と引用発明とは,芯材用のアルミニウム合金製の帯材又は板材の材料におい て一致しており,当業者の技術常識を踏まえれば,引用発明の材料を窒素の雰囲気 下でフラックスレスのろう付けに適用してみることは,当業者が容易になし得ると いえる。 また,原告は,刊行物2においてイットリウムは任意成分である旨主張する。し かし,引用発明は,審決が実施例から認定したものであって,イットリウムを含有 するから,原告の主張は失当である。 (2) 顕著な効果 引用発明の芯材用のアルミニウム合金製の帯材又は板材について,管理された窒 「 素の雰囲気下でフラックスレスのろう付けによってろう付け」という方法を適用す れば,本願発明と同様の効果が得られるといえる。 なお,合金分野においては,合金を構成する成分の一つでも含有量が異なれば, 合金の特性が異なることは通常であり,その場合にどのような特性を有するかを予 測することが困難であることは,技術常識といえる事項である。そして,本願発明 に係るアルミニウム合金分野においても,ろう付け性に関係する溶融特性などにつ いて合金全体の性質が大きく異なる場合が多いことが知られている(乙8,9)。本 願明細書には,イットリウム又はビスマスを含有するアルミニウム合金(M,N, P)が,これらを含有しないものよりもろう付け性において優れていたという実験 結果が表3,5,7に示されているが,合金M,N,Pは,いずれもシリコン,鉄, 銅,マンガンを特定割合含有し,M,Nは更にチタンを含有し,M,Pは更にマグ ネシウムを含有するという特定の合金組成を有するアルミニウム合金であって,こ のような特定の合金組成における実験結果であり,これらの特定されない広範な本 願発明の全体についての顕著な効果として参酌することはできない。 第5 当裁判所の判断 1 取消事由1について (1) 引用発明の認定 刊行物2(甲1)には,請求項1において,マンガンのほかに0.05〜1.0 重量%のイットリウム等を含有するアルミニウム合金で形成された芯材の両面又は 片面にシリコン又はゲルマニウムを含有するアルミニウム合金で形成されたろう材 が積層された,耐エロージョン特性に優れたアルミニウム合金ブレージングシート が記載されている。そして,発明の詳細な説明の欄には,@自動車用熱交換器は, アルミニウム合金ブレージングシートを成形加工したチューブ材とフィン材より構 成され,両者が真空ろう付け等によってろう付けされ,組み立てられるが,このよ うなアルミニウム合金ブレージングシートとして,従来,JISA3003等のア ルミニウム合金を芯材とし,これにアルミニウム−シリコン系合金等のろう材をク ラッドしたものが使用されていること(段落【0002】,Aろう付けの際に,ア ) ルミニウム合金ブレージングシートのろう材が芯材を侵食し,芯材厚さを減少させ る現象(エロージョン)が生じるが,熱交換器の軽量化のためにアルミニウム合金 ブレージングシートを薄肉化した場合,芯材用アルミニウム合金には,耐エロージ ョン性の向上が望まれること(段落【0003】,B本発明におけるアルミニウム ) 合金ブレージングシートの基本構成は,マンガンを含有するアルミニウム合金によ って形成された芯材の両面又は片面に,シリコンを含有するアルミニウム合金によ って形成されたろう材が積層形成されたものであるが(段落【0009】,芯材を ) 形成するアルミニウム合金に,0.05〜1.0%のイットリウム等のエロージョ ン抑制元素を含有させることにより,エロージョンを抑制することができること(段 落【0008】【0011】 , )が記載されている。 したがって,刊行物2は物の発明に関する公開特許公報であるが,技術思想とし ては,真空雰囲気下でのろう付けによってろう付け部材を製造するために,その製 造に使用される,所定の成分組成を有する芯材用アルミニウム合金製の帯材又は板 材において,0.12%のイットリウムを含有させる使用方法についての発明が記 載されていると認められる。 よって,審決が,引用発明を「真空雰囲気下でのろう付けによってろう付け部材 を製造するための,重量%で,Siを0.6%,Feを0.7%,Mnを1.2%, Znを0.1%,Yを0.12%含有し,残部がアルミニウムおよび不可避的不純 物よりなる芯材用Al合金製の帯材または板材。 と認定したことは, 」 実質的に上記 趣旨をいうものと解されるから(審決の本願発明と引用発明の対比(上記第2の3 (2))において,方法の発明か物の発明かは相違点として挙げられず,「イットリウ ムの使用」が一致点とされていることからも裏付けられる。,誤りはない。 ) (2) 原告の主張に対する判断 この点,原告は,相違点2に対する認定の誤りを主張するが,これは,要するに, 引用発明の認定において,エロージョンの抑制という発明の目的の認定がないこと, 相違点2の認定において,本願発明と引用発明それぞれがイットリウムの使用であ ることについての言及がないことの2点を論難するものである。 しかしながら,まず,前者の点については,刊行物2に記載された発明は上記(1) のとおりと認められ,審決の引用発明の認定に誤りはない。進歩性等の有無を検討 する上で,引用発明を認定する場合,本願発明との対比をするために必要な限度で, 引用発明の認定の基礎となった文献に記載された技術思想を,発明として抽出すれ ば足りるものである。本願発明の請求項1において,「管理された窒素の雰囲気下 で無フラックスのろう付けによってろう付けされた部材を製造するため」の文言は, 「帯材または板材」にかかり,帯材等の用途を限定しているだけであって,イット リウムの使用の目的,作用効果は,本願発明の発明特定事項とされていない。した がって,本願発明が方法の発明であるとしても,発明の目的,作用効果に関する具 体的記載が請求項にない以上,本願発明との対比において引用発明を認定するに当 たって,引用発明におけるイットリウムの使用の目的,作用効果を認定する必要は ないものといえる。原告が指摘するような,引用発明におけるエロージョンを抑制 するという所定の目的,作用効果は,本願発明との相違点の容易想到性の判断にお いて検討すれば足りるというべきである。 また,後者の点は,本願発明と引用発明とがいずれも「イットリウムの使用」で あることは,審決が両発明の一致点として認定しているのであって,一致点に該当 する事項を再度相違点として挙げる必要はないのは自明である。 以上のとおり,原告の主張は理由がない。 2 取消事由2について (1) 本願発明と引用発明の対比 ア 本願発明は,前記第2の2のとおりである。 本願明細書(甲2,3)の記載によれば,本願発明の芯材用のアルミニウム合金 製の帯材又は板材は,その両面又は片面に,シリコンを含むろう付け用アルミニウ ム合金がクラッドされた状態で,又は,母材にろう付け用合金がクラッドされてい る場合には,上記のようなろう付け用アルミニウム合金がクラッドされることなく, 使用されるものである(段落【0002】【0018】【0020】。そして,上 , , ) 記の芯材用アルミニウム合金に0.01〜0.5%のイットリウムを含有させるこ とにより,管理された窒素雰囲気下でのフラックスレスのろう付け法(この方法は, フラックス(溶接で用いられる融材のこと。最も広く用いられているのは非腐食性 のNocolok○。アルミニウム上の表面の酸化膜を溶解させ,ろう材の広がり R をスムーズにする機能を有する。 を使用しないで, ) ろう材を溶かして金属を接合す る溶接の1種であって,フラックスのコストがかからない上に,保管場所の確保や 廃水処理というフラックス法に伴う問題がない。段落【0004】参照)において, 改良されたろう付け性が得られるものである(段落【0001】【0011】【0 , , 016】,実施例1〜3,表1〜7)。 イ 引用発明は,上記1(1)のとおりである。 ウ 以上を前提に,本願発明と引用発明を対比すると,両者の一致点及び相 違点は審決で認定したとおりとなる(前記第2の3(2))。 (2) 本願出願時の技術常識 弁論の全趣旨,甲2及び乙1〜10によれば,以下の事実が,本願出願時におけ る技術常識として認められる。 遅くとも平成7年ころには,アルミニウムのろう付けの分類として,フラックス 法とフラックスレス法があること,フラックスレス法には真空法と雰囲気法がある こと,雰囲気法には窒素ガス中で行うものがあること,ろう付けを良くするために はろう材や芯材に工夫をすることが一般的であり,ろう付けに用いられるろう材の 基本組成として,真空法ではAl−Si−Mg系であり,雰囲気法ではAl−Si −微量添加元素(Bi,Be,Sr等)であること,芯材の基本構成として,窒素 雰囲気下ではMgを微量添加することが知られていた(弁論の全趣旨,乙2の63 9頁左欄最下行〜640頁左欄下から11行,図1,表2,乙3の段落【0008】, 【0022】, 【0027】, 【0037】表1の実施例12,14,15, 【0042】, 乙7の「従来の技術」,乙10の表7)。このように,アルミニウム合金ブレージン グシートを使用してろう付けする際に,どのような成分組成のものが使用されるか は,通常,ろう付け法により決せられ,真空雰囲気下でのろう付け法と,管理され た窒素雰囲気下でのろう付け法が,いずれも同じフラックスレスろう付け法である としても,これらのろう付け法において使用されるろう材,芯材は,通常,区別さ れるものであるとされていた。 (3) 相違点2の容易想到性について 審決は,フラックスレスろう付けの手法として,真空ろう付け法と窒素ガス雰囲 気ろう付け法がともに技術常識であることから,相違点2に係る構成は,当業者が 容易に想到できるものと判断した。 確かに,本願発明と引用発明とは,いずれも,ろう付けされた部材の製造に使用 される,芯材用のアルミニウム合金製の帯材又は板材において,所定量のイットリ ウムを含有させる点で共通するものである。また,エロージョンは,ろう材が芯材 を侵食する現象であり,芯材の中にシリコンが浸透して腐食が起きやすくなるため に,ろう付けの際に回避すべきものであるが,エロージョンが起きれば,侵食され た芯材部分にろう材が流れ込む結果,ろう付けのための充分なろう材が行き渡らず に所定の付着効果が得られず,ろう付け性が低下するから,エロージョンの抑制に は,結果的にはろう付け性を改善するといえる側面もあり,本願発明と引用発明の 技術課題に重なり合う部分が存在すること自体は否定し難い。しかしながら,本願 発明は,管理された窒素雰囲気でのろう付けによるものであるのに対して,引用発 明は,真空雰囲気下でのろう付けによるものであるという相違点があるのであり, 相違点2に係る構成が当業者にとって容易に想到し得るものか否かは,結局,刊行 物2に記載されたイットリウムの使用が,管理された窒素雰囲気下でのろう付けに も使用できるという示唆があるかどうか,また,本願出願時の技術常識から,それ ぞれのろう付け法におけるろう材や芯材の相互の互換性があるといえるか否かによ り判断されるべきである。 しかるに,刊行物2そのものには,管理された窒素雰囲気下でのろう付けについ て,何らの記載も示唆もない。また,芯材用アルミニウム合金にイットリウムを含 有させることにより,管理された窒素雰囲気下でのろう付けにおいて,改善された ろう付け性が得られることについて,何らの記載も示唆もない。そして,上記のと おり,本願出願時には,ろう付け法ごとに,それぞれ特定の組成を持ったろう材や 芯材が使用されることが既に技術常識となっており,ろう付け法の違いを超えて相 互にろう材や芯材を容易に利用できるという技術的知見は認められない。したがっ て,真空雰囲気下でのろう付け法である引用発明において,芯材用アルミニウム合 金にイットリウムを含有させることにより,ろう付けの際に生じるエロージョンを 抑制することができるものであるとしても,管理された窒素雰囲気下でのろう付け 法において,改善されたろう付け性が得られるかどうかは,試行錯誤なしに当然に 導き出せる結論ではない。 したがって,相違点2に係る構成を当業者が容易に想到し得たとはいえず,この 点に関する審決の判断は誤りである。 (4) 被告の主張に対する判断 ア 被告は,真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法は,いずれもフラ ックスレスのろう付け法として,当業者において良く知られた技術であり(乙1〜 7),また,特開昭62−13259号公報(乙1),特開昭58−163573号 公報(乙4),特開昭53−131253号公報(乙5),特開昭63−15700 0号公報(乙6),特開昭61−7088号公報(乙7)には,これらのろう付け法 が並列して記載されていることからすると,これらのろう付け法は,当業者にとっ て適宜置換可能な方法といえるから,刊行物2に接した当業者であれば,刊行物2 に記載された材料からなる芯材用アルミニウム合金製の帯材又は板材を,真空ろう 付け法だけでなく,窒素ガス雰囲気ろう付け法にも使用できることを容易に理解す ると主張する。 確かに,上記乙1,5〜7の記載によると,昭和50年代から昭和60年代初め にかけて,ろう付け法の種類に着目することなく,芯材,ろう材や母材にBe,B iを添加する方法がろう付け性向上のための技術思想として把握されていたことが うかがわれる(もっとも,乙6の第1表,第2表には,真空雰囲気下ではろう材に Mgを必ず含めているのに対し,窒素雰囲気下ではろう材にMgを含ませておらず, 特定の芯材やろう材が特定のろう付け法において意識的に使い分けられていたとみ る余地もある。。しかしながら,ろう付け法が並列に記載されていることと,各方 ) 法において利用されていた技術が相互に容易に置換可能であることは別次元の問題 であって,上記(2)のとおり,その後の本願出願時においては,技術常識として,真 空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法とでは,使用されるアルミニウム合金ブ レージングシートは,通常,区別されるものであるとされていたと認められるから, 当業者にとって,真空ろう付け法において使用できた芯材を,窒素ガス雰囲気下の ろう付け法において,当然に利用できると認識することは困難といえる。 したがって,乙1,4〜7に,真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法が並 列して記載されているからといって,これらのろう付け法が,当業者にとって適宜 置換可能な方法であることにはならない。 また,被告の提出した乙1〜10のいずれにも,ブレージングシートの芯材にイ ットリウムを含有させること,それにより窒素ガス雰囲気ろう付けにおいて改良さ れたろう付け性が得られることについての記載も示唆もないから,窒素ガス雰囲気 ろう付け時のブレージングシートにおけるイットリウムの使用を技術常識というこ ともできないから,これらの書証をもって相違点2に係る構成に容易に想到するこ とができるともいえない。 よって,被告の主張は採用できない。 イ 被告は,ろう材が,ろう付け法を決定する上で重要な要素であることが 技術常識であるとしても,引用発明はろう材を特定するものではないから,引用発 明において,真空ろう付け法に代えて,窒素ガス雰囲気ろう付け法とすることに技 術的支障はないと主張する。 しかしながら,刊行物2の記載によれば,引用発明の芯材用アルミニウム合金製 の帯材又は板材は,その両面又は片面にろう材をクラッドして,アルミニウム合金 ブレージングシートとして使用することを前提とするものである。このように,引 用発明が,ろう材を特定しないものであるとしても,相違点2についての容易想到 性の判断,すなわち,ろう付け法の置換可能性の判断において,ろう材及びろう付 け法に関する前記の技術常識は当然の前提となるものであり,異なったろう付け法 におけるろう材の利用に技術的支障がなくなるわけではない。 したがって,引用発明が,ろう材を特定しないものであるとしても,そのことを もって,引用発明において,真空ろう付け法に代えて,窒素ガス雰囲気ろう付け法 とすることに技術的支障はないということはできない。 ウ 被告は,フラックスレス真空ろう付け法は,設備費(真空炉)が高く, メンテナンスが面倒である,炉内に付着するマグネシウムを定期的に除去すること が必要である,ろう付けができない材料があるなどの実用上の問題点を有するもの でもあり,かかる問題を解決する手段として,マグネシウムの添加や高真空雰囲気 調整を行わなくとも,溶融ろう合金のぬれ性や流動性を著しく改善でき,真空ろう 付け法に比較し設備費も少ないフラックスレス窒素ガス雰囲気ろう付け法が広く知 られているから(乙3,10),刊行物2に接した当業者であれば,引用例に記載さ れた材料からなる芯材用アルミニウム合金製の帯材又は板材を,真空ろう付け法だ けでなく,窒素ガス雰囲気ろう付け法にも使用する動機付けがあると主張する。 しかしながら,ろう付け部材を製造する際に,真空ろう付け法の問題点を認識し, これを解消する手段として,窒素ガス雰囲気ろう付け法を適用するようなことがあ ったとしても,上記(2)のとおり,真空ろう付け法と窒素ガス雰囲気ろう付け法とで は,使用されるアルミニウム合金ブレージングシートは,通常,区別されるもので あるから,窒素ガス雰囲気ろう付け法において,真空ろう付け法で適用される芯材 用アルミニウム合金製の帯材又は板材をそのまま当然に使用することは想定し難く, 窒素ガス雰囲気ろう付け法に適すると認識されていた成分組成の芯材用アルミニウ ム合金製の帯材又は板材を,一般的に使用するものと解される。 したがって,真空ろう付け法における問題点の存在が,当然に,引用発明の芯材 用アルミニウム合金製の帯材又は板材を,窒素ガス雰囲気ろう付け法に使用する動 機付けを導き出すものとはいえず,被告の主張は採用できない。 第6 結論 以上のとおり,原告の請求は理由がある。 よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 清 水 節 裁判官 新 谷 貴 昭 裁判官 鈴 木 わ か な |