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関連審決 無効2002-35404
関連ワード 技術的思想 /  製造方法 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  技術的意義 /  均等 /  設定登録 /  請求の範囲 /  国際出願 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 486号 審決取消請求事件
原告A
訴訟代理人弁護士 滝井朋子
同 弁理士 青山葆
同 河宮治
同 伊藤晃
被告 越後製菓株式会社
訴訟代理人弁護士 赤尾直人
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/21
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2002-35404号事件について平成15年9月25日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「加圧処理米の製造方法及び調理用容器」とする特許第2583808号発明(平成2年5月1日に国際出願,パリ条約による優先権主張1989年〔平成元年〕8月22日・日本,平成8年11月21日設定登録,以下「本件発明」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成14年9月25日,本件特許を無効にすることについて審判の請求をし,無効2002-35404号事件として特許庁に係属した。
特許庁は,上記事件について審理した上,平成15年9月25日,「特許第2583808号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同年10月8日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨 【請求項1】洗浄した精米を加圧室内の水の中に直接接触するように入れ,該加圧室に1000気圧以上の高圧を,精米の内部変質に要する時間加えることを特徴とする加圧処理米の製造方法
【請求項2】封入容器に対し,洗浄した精米の投入及び注水を行ない,該封入容器内の空気を抜いて封止し,これを加圧室内の液中へ浸漬し,この液体に1000気圧以上の高圧を,精米の内部変質に要する時間加えることを特徴とする加圧処理米の製造方法
(以下,【請求項1】,【請求項2】記載の発明を「本件発明1」,「本件発明2」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明1,2は,平成元年7月15日さんえい出版発行,B編「食品への高圧利用」口絵9〜15,15頁〜26頁(審判甲2・本訴甲2,以下「甲2刊行物」という。)に記載された発明(以下「甲2発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効にすべきものであるとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,甲2発明の認定を誤り(取消事由1),本件発明1,2と甲2発明との相違点についての判断を誤った(取消事由2〜4)結果,本件発明1,2の進歩性を誤って否定したものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(甲2発明の認定の誤り) (1) 審決は,甲2刊行物に「精米と水とをプラスチックの袋に入れて真空パックし,これを加圧温度45℃で5000気圧の静水圧を半時間かけて加圧処理米を調製すること・・・が記載されている」(審決謄本8頁第2段落)と認定した上,本件発明2と甲2発明は,封入容器に対し注水を行う加圧処理米の製造方法の点で一致するとしたが,誤りである。
(2) 甲2刊行物においては,袋中への注水は行われない。審決は,甲2刊行物に,@水が米に吸収されていたこと,A粒子が膨潤していたこと,B精米は破砕されていなかったことを理由に,袋中への注水があったものと推認できる(審決謄本8頁第1段落)としたが,@は,甲2刊行物において,水ぬれ状態の浸漬米が加圧後にカサカサした麹のような感じになることは,正に浸漬米表面の水が米に吸収されたことを示すものであるから,袋中に注水がされたことの根拠となり得ず,Aの,精米粒子が膨潤したことは,加圧が5000気圧と高圧であったことに起因するものであり,B浸漬を経て吸水した精米は,これのみを袋に真空包装して5000気圧で加圧する場合には,袋中への注水がなくても破砕は生じない(公証人C作成の平成15年11月21日付け「知的財産権に関する事実実験公正証書」〔甲4〕,以下「甲4公正証書」という。)から,審決の挙げる上記@〜Bの理由は,いずれも誤りである。
甲2刊行物には,「水を含んだ食品をプラスチック製の袋に真空包装し,これを水に入れて全体を加圧する」(5頁最終段落)との記載があるが,同記載に続き,「水を含んだ食品」とするために,乾燥粒状食品である精米を「ごはんを炊くよう」(19頁第1段落)な水量と時間をもってあらかじめ浸漬すべきことを記載しているのであって,「水を含んだ食品を袋に真空包装する」とは,包装した袋が直ちに抜気封止され,袋中へは水その他の物の添加が行われていないことを意味し,その浸漬米を直ちに「袋に真空包装」する事実を述べているにすぎない。甲2刊行物記載の技術は,物を加圧するためにプラスチック袋に入れて真空パックする際には,その物自体に水を含んでいることが必須であることを前提としているが,その物に加えて,別に袋中に注水するという技術的思想は存在しない。
甲2刊行物の筆者が用いたのは,光高圧機器株式会社作成の「高圧ポンプKP-5-B型」パンフレット(甲10-1)に示される実験室用の高圧ポンプであり,その高圧室使用許容容量から,袋中に注水をする余地はない。現に,原告自身が甲2刊行物記載の実験に立ち会った際にも,袋内には,ざる上げ後の浸漬米の若干量を入れることができたにすぎず,高圧室内はこれのみで満杯であった。
(3) また,甲2刊行物は,完成した技術を開示していないから,甲2発明は,特許法29条1項3号所定の引用刊行物に記載された発明とすることができない。
公証人C作成の平成15年5月28日付け「知的財産権に関する事実実験公正証書」(甲11,以下「甲11公正証書」という。)記載の第二実験Bによれば,甲2刊行物の加圧米は,10分30秒の炊飯によってようやく芯がなくなったのであって,5分間の沸騰では芯まで糊化することはできなかった。
2 取消事由2(相違点b,eについての判断の誤り) (1) 審決は,本件発明2及び本件発明1と甲2発明との相違点b,eとして認定した,「前者(注,本件発明2,1)は,1000気圧以上の高圧を精米の内部変質に要する時間加えるのに対して,後者(注,甲2発明)には,『内部変質』という用語を用いた記載はなく,ただ5000気圧の高圧を精米に半時間かけるとしている点」(相違点bにつき審決謄本8頁第3段落,相違点eにつき同13頁第1段落)について,「『精米の内部変質』とは,精米のデンプンの立体的な分子構造が崩壊し,分解しやすい状態となることである」(同9頁下から第3段落,13頁第4段落)と認定した上,「実質的な相違点とはいえない」(同11頁第2段落,13頁最終段落)と判断したが,誤りである。
(2) 本件特許に係る特許公報記載の明細書(甲1,以下,図面と併せて「本件明細書」という。)に記載された技術的課題の解決技術としての観点からすれば,本件発明1,2の「精米の内部変質」とは,高圧加圧によって実現される,精米の米粒の外側から内部の略芯に達するまでの,自然には生じ得ないような瞬時の均一な吸水(以下「超自然的吸水」という。)を意味する。精米の「内部変質」とは,その内部における変質を示すことは明らかであり,精米内部への超自然的吸水は,変質の一つなのであるから,本件発明1,2の高圧加圧によって生ずる精米内部の変質が,正に「内部変質」である。超自然的吸水は,炊飯のための通常の浸漬を省略し得る水量,すなわち,精米重量の約30%に至る吸水である。加圧を続行すると,超自然的吸水に引き続き,デンプンの立体構造の崩壊が進行するが,「精米の内部変質に要する時間」とは,その内部的な諸変質が開始する時間,すなわち,吸水が実現開始されるのに要する時間である。これに対し,甲2刊行物には,上記のような「内部変質」が生じたことの開示はない。 3 取消事由3(相違点c,gについての判断の誤り) (1) 審決は,本件発明2,1と甲2発明との相違点c,gとして認定した,「前者(注,本件発明2,1)は,洗浄した精米・・・に対して,後者(注,甲2発明)では,通常の浸漬工程を経た精米を封入容器に投入する点」(相違点cにつき審決謄本8頁第3段落,相違点gにつき同13頁第1段落),すなわち浸漬工程の有無について,「実質的な相違点ではない」(同11頁下から第2段落,14頁第2段落)と判断したが,誤りである。
(2) 甲2発明は,乾燥粒状食品である精米を水を含んだ食品に変え,加圧に先立って,精米内部に水を存在させる工程として,浸漬工程を必須不可欠とする技術である。これに対し,本件発明1,2は,少なくとも1時間の浸漬を必要としない点で,甲2発明に比べ技術的意義が極めて大きい。
また,審決が,相違点c,gの判断において,米粒とデンプンを同列に論じ,高圧をかけた場合に米粒内部への水の浸透が促進されることは,当業者が当然予測できる(相違点cにつき審決謄本12頁下から第3段落,相違点gにつき同14頁第3段落)としたことも誤りである。
4 取消事由4(相違点fについての判断の誤り) 審決は,本件発明1と甲2発明との相違点fとして認定した,「前者(注,本件発明1)は,封入容器を使用せず,精米を加圧室内の水の中に直接接触するように入れるのに対して,後者(注,甲2発明)では,封入容器に対し,精米の投入と注水を行い,該封入容器の空気を抜いて封止し,これを加圧室内の液中に浸漬する点」(審決謄本13頁第1段落)について,「甲第2号証(注,甲2刊行物)に記載の『精米と水とをプラスチックの袋に入れて真空パックし,これを加圧室内の液中に浸漬する』方法に代えて,精米を加圧室内の水の中に直接接触するように入れることは,当業者が容易になし得る」(同14頁第1段落)と判断したが,誤りである。甲2刊行物においては袋中への注水は行われないことは,上記1(2)のとおりであり,甲2発明は,乾燥粒状食品である精米を水を含んだ食品に変え,加圧に先立って,精米内部に水を存在させる工程として,浸漬工程を必須不可欠とする技術であることは,上記3(2)のとおりであるから,審決の上記判断は,その前提において誤りがある。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(甲2発明の認定の誤り)について (1) 甲2刊行物の「静水圧」(19頁第1段落)との記載,B作成の平成14年10月4日付け書簡(乙2-1,以下「乙2-1書簡」という。)及び新潟薬科大学食品科学科教授D,同特別研究員E作成の平成14年7月2日付け「試験結果報告書」(乙4,以下「乙4報告書」という。)によれば,甲2刊行物における加圧処理は,パスカルの原理,すなわち,水を介した均一な加圧が行われることを前提としたものである。ごはんを炊く場合には,精米を浸漬させた上で,そのまま炊飯用の水に使用することを考慮すると,甲2刊行物の「ごはんを炊くように精米に水を加えて浸漬した後,これをプラスチックの袋に入れ」(19頁第1段落)の「これ」は,「精米に水を加えて浸漬した」状態を意味する。
甲2刊行物の「麹のような感じ」(同)とは,生の精米に比し,多少軟らかくなっているが,芯がある状態のことを意味し,表面の「かさかさした」状態を意味するものではない。
甲4公正証書の写真Cは,極めて微小な写真で,破砕の有無を確認するには不十分である。仮に,甲4公正証書の実験において,破砕の程度が小さいとしても,それは,米の種類や塊の状態が薄かったことによるものである。
甲2刊行物には,ざる上げについて記載はなく,ざる上げをした後に別の水による注水をしているものではない。仮に,精米の表面に付着した水のみの吸収にすぎないのであれば,甲2刊行物の口絵15Bのように相当膨潤した状態とすることはできないし,乙4報告書が示すように,加圧後の精米同士は付着し合った状態となり,上記口絵15Bのようなバラバラの状態とすることはできない。甲2刊行物で「麹のような感じ」(19頁第1段落)になったのは,加圧糊化を伴う「内部変質」が行われたこと及び相当程度水の吸収が行われたことの結果であり,パスカルの原理が成立することを不可欠とするものである。また,甲2刊行物には,高圧室の容量の記載はない。
(2) 甲11公正証書記載の第二実験Bは,注水を行わない状態,すなわち,パスカルの原理が成立しない状態での実験であり,甲2刊行物の記載を再現したものではなく,無意味である。
2 取消事由2(相違点b,eについての判断の誤り)について 本件明細書(甲1)及び一般技術文献の記載によれば,本件発明1,2の「内部変質」とは,生の澱粉の立体的な分子構造が壊れるという加圧糊化現象に基づき,分解しやすくなることを意味し,その程度は「僅かの時間で,深部まで柔らかくなる」(甲1の4欄第3段落)ことが実現できるように,精米の全領域又はほとんどの領域に及んでいることを不可欠とし,偏光十字の消失によって判明するものである。甲2刊行物においては,デンプンに対する加圧処理により,加熱を原因とする糊化の場合と同じように,偏光十字が消失し,デンプンの立体構造の崩壊が生じていることが記載されている。原告は,本件発明1,2の「精米の内部変質」は,超自然的吸水を意味すると主張するが,本件明細書には,「内部変質」が「超自然的吸水」を意味することを裏付ける記載は全くない。 3 取消事由3(相違点c,gについての判断の誤り)について 浸漬工程を省略し得ることが本件発明1,2の進歩性を裏付ける技術的思想に該当するのであれば,特許請求の範囲においてこの点を規定するか,少なくとも,発明の詳細な説明にこの点を裏付ける記載が存在しなければならないが,そのような記載はなく,浸漬工程を省略するか否かは,単なる選択事項にすぎない。また,糊化において,事前に行われた水の浸漬状態よりも,更に多量の吸水を必要とすることは,周知の技術的事項であり,デンプンと精米は,事前の浸漬状態及び更なる水の吸水が必要である点において共通である。
4 取消事由4(相違点fについての判断の誤り)について 甲2刊行物における加圧処理は,パスカルの原理,すなわち,水を介した均一な加圧が行われることを前提としたものであることは,上記1(1)のとおりであり,浸漬工程を省略するか否かは,単なる選択事項にすぎず,また,糊化において,事前に行われた水の浸漬状態よりも,更に多量の吸水を必要とすることは,周知の技術的事項であり,デンプンと精米は,事前の浸漬状態及び更なる水の吸水が必要である点において共通であることは,上記3のとおりである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(甲2発明の認定の誤り)について (1) 原告は,審決は,甲2刊行物に,@水が米に吸収されていたこと,A粒子が膨潤していたこと,B精米は破砕されていなかったことを理由に,袋中への注水があったものと推認できる(審決謄本8頁第1段落)としたが,@は,甲2刊行物において,水ぬれ状態の浸漬米が加圧後にカサカサした麹のような感じになることは,正に浸漬米表面の水が米に吸収されたことを示すものであるから,袋中に注水がされたことの根拠となり得ず,Aの精米粒子が膨潤したことは,加圧が5000気圧と高圧であったことに起因するものであり,B浸漬を経て吸水した精米は,これのみを袋に真空包装して5000気圧で加圧する場合には,袋中への注水がなくても破砕は生じない(甲4公正証書)から,本件発明2と甲2発明は,封入容器に対し注水を行う加圧処理米の製造方法の点で一致するとした審決の認定は誤りであると主張する。
(2) そこで,甲2刊行物に,袋中への注水が記載されているか否かについて検討すると,甲2刊行物は,「食品への高圧利用」と題する刊行物であり,そこには,@「1.3.2 圧力を加える対象・・・食品の場合,ガス状態や固いものはないから,気体圧縮や固体圧縮は考えない。ここでは食品の主成分である水の液体圧縮の効果が課題になる。食品には粉状や粒状の食品,あるいは水分の少ない乾燥食品が重要であるが,これらの加圧はパスカルの原理が適用されないのでここでは触れず,今後の課題とする。・・・水を含んだ食品をプラスチック製の袋に真空包装し,これを水に入れて全体を加圧すると,パスカルの原理により袋の内外に同じ圧力が加わる。先の殻付き卵の実験では,殻の内外は同じ圧力となり,白身も黄身も高い静水圧の環境に置かれたことになる。このような状態は液状あるいはペースト状食品だけでなく,水を含んだ生の食品(動植物の組織)についてもあてはまる。しかし,乾燥した粉末状の食品にどれだけの水を含ませれば液体圧縮として扱えるかは,食品の種類によるから,個々に試す必要がある」(5頁下から第2段落〜最終段落),A「1.5.2 液圧発生装置の特徴と安全性 ここで使う装置はあくまで液体を圧縮するものである」(15頁下から第3段落),B「ごはんを炊くように精米に水を加えて浸漬した後,これをプラスチックの袋に入れて真空パックし,これに5,000気圧の静水圧を半時間かける。このとき温度を45℃にして加圧する。その後取り出してみると,水はほとんど全部米に吸われており,粒子は膨潤している。これを食べると芯があり,麹のような感じである。このままでは,ごはんとはいえない。ところが,これを沸騰水に5分浸すと炊きあがったごはんになり,ふかふかして美味しい。家庭にこのような圧力処理したお米が配達されれば,通常は20分かかるところが非常に短時間でごはんが炊けることになる(口絵15参照)。電子レンジも上手に使うことができよう」(19頁第1段落)との記載がある。
上記Bの記載における「これをプラスチックの袋に入れて真空パックし」の「これ」は,その直前に記載された,「ごはんを炊くように精米に水を加えて浸漬した」ものを指すと解するのが自然であり,「その後取り出してみると,水はほとんど全部米に吸われており」は,文脈からみて,加圧した後には水がほとんど全部米に吸われていたことを意味することが明らかであるから,加圧前には,米に吸収されていない水が存在していたものと認められる。また,上記@及びAの記載によれば,甲2刊行物は,パスカルの原理が適用される食品の加圧について記載していると認められるから,上記Bにおける米の加圧も,パスカルの原理により袋の内外に同じ圧力が加わることを前提にするものであると解すべきである。そして,通常の浸漬によって水を吸収した米だけを袋に入れたのでは,パスカルの原理,すなわち,水を介した均一な加圧が働くとは認められないから,上記Bにおいては,米の周囲に浸漬した水が存在し,これがパスカルの原理に基づく均等な圧力を加えたものと認められる。このことは,甲2刊行物の編者であるB作成の乙2-1書簡に,「水の量は洗米に手を開いて押しつけ,くるぶしにメニスカスが来るように水を加えた・・・ということで,日本古来のごはん炊きに従っております。加圧後は水が米粒に吸われておりますが,プラスチック袋から取り出すと遊離の水が見られます。少くなってはいますが。それは写真でも分ります。従って,粉体や粒体のプレスではなく,むしろ粘稠液の加圧処理で,パスカルの原理は働いていると思います。米粒が割れたりつぶれていることはありませんでした(写真のように)」と記載され,B作成の平成14年10月5日付け証明書(乙2-2)にも,「操作手順は,19頁の本文1行目(注,甲2刊行物)に記載したように,『ごはんを炊くように精米に水を加えて浸漬し』これをそのまま,『プラスチックの袋に入れて真空パックして』圧力処理をおこなったものです。したがって,精米の周囲には外部の圧力を伝えるのに十分な水があり,パスカルの原理に従った全方位からの静水圧を受けたものです」と記載されていることからも裏付けられる。
(3) 原告は,甲2刊行物において,水ぬれ状態の浸漬米が加圧後にカサカサした麹のような感じになることは,正に浸漬米表面の水が米に吸収されたことを示すものであるから,袋中に注水がされたことの根拠となり得ないと主張するが,甲2刊行物の「これを食べると芯があり,麹のような感じである」との記載は,食感が麹のようであったことを表すものであって,水ぬれ状態の浸漬米が加圧後にカサカサした麹のようになるという,外見上の状態を表すものではないから,原告の上記主張は,甲2刊行物の記載を正解しないものというほかなく,理由がない。原告は,審決が甲2刊行物の認定に際し,粒子が膨潤していたことを理由に,袋中への注水を認定したとして,その誤りを主張する。しかしながら,審決の,「『その後取り出してみると,水はほとんど全部米に吸われており』との記載からみて,精米がプラスチック袋に挿入された時点では,袋内には,ある程度の量の水が存在していたものと推認でき,また,『粒子は膨潤している。これを食べると芯があり,麹のような感じである。……………,これを沸騰水に5分浸すと炊きあがったごはんになり,ふかふかして美味しい。』と記載されていることからすると,加圧後の精米は,圧力によって破砕されておらず,米粒の形をとどめているものと認められる(このことは,甲第2号証の口絵15のBの写真によっても確認できる。)から,精米にパスカルの原理に基づく均等の圧力が加わる程度の水が入っていたものと推認できる」(審決謄本8頁第1段落)との説示に照らせば,審決は,粒子が膨潤していることを直接の根拠として袋中への注水を認定したものではないことが明らかである。また,原告は,甲4公正証書を引用し,浸漬を経て吸水した精米は,これのみを袋に真空包装して5000気圧で加圧する場合には,袋中への注水がなくても破砕は生じないから,精米が破砕されていなかったことを理由に,甲2刊行物において袋中への注水がされていたと認定することはできないと主張する。しかしながら,精米が破砕されていないことを理由としなくとも,甲2刊行物において,米に吸収されていない水が存在していたものと認定できることは,上記(2)のとおりであるから,甲4公正証書を引用する原告の上記主張は,上記認定を左右しない。
さらに,原告は,「水を含んだ食品を袋に真空包装する」とは,包装した袋が直ちに抜気封止され,袋中へは水その他の物の添加が行われていないことを意味し,その浸漬米を直ちに「袋に真空包装」する事実を述べているにすぎず,甲2刊行物記載の技術は,物を加圧するためにプラスチック袋に入れて真空パックする際には,その物自体に水を含んでいることが必須であることを前提とし,その物に加えて,別に袋中に注水するという技術的思想は存在しないとも主張する。しかしながら,甲2刊行物の5頁には,直ちに抜気封止するとは記載されておらず,甲2刊行物における米の加圧は,パスカルの原理により袋の内外に同じ圧力がかかることを開示するものと解すべきであることは,上記(2)のとおりであるから,原告の上記主張も採用することができない。
原告は,甲2刊行物の筆者が用いたのは,光高圧機器株式会社作成の「高圧ポンプKP-5-B型」パンフレット(甲10-1)に示される実験室用の高圧ポンプであり,その高圧室使用許容容量から,袋中に注水をする余地はなく,原告自身が甲2刊行物記載の実験に立ち会った際にも,袋内には,ざる上げ後の浸漬米の若干量を入れることができたにすぎず,高圧室内はこれのみで満杯であったと主張するが,甲2刊行物には,原告主張の上記事実について記載はなく,上記会社代表取締役作成の平成16年2月13日付け証明書(甲10-2)には,「昭和62年頃に,当社製のKP-5-B型高圧ハンドポンプ1台を京都大学助教授B氏所属の食糧科学研究所に納入しました。同研究所には,これ以外の型式の機械は納入しておりません」との記載があるが,同証明書のみでは,原告主張に係る上記事実を認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(4) 原告は,甲11公正証書記載の第二実験Bによれば,甲2刊行物の加圧米は,10分30秒の炊飯によってようやく芯がなくなったのであって,5分間の沸騰では芯まで糊化することはできなかったことを引用し,甲2刊行物は,完成した技術を開示していないから,甲2発明は,特許法29条1項3号所定の引用刊行物に記載された発明とすることができないと主張する。しかしながら,甲11公正証書の第二実験Bは,浸漬米をザルで水切りした後,プラスチック袋に詰め,そのままの状態で密封し,加圧後,袋を開封しザルに移して水切りをし,280gの温水と共に鍋で炊飯して,5分後の状態を観察し,芯がなくなるまでの炊飯時間を計測したものである。他方,甲2発明では,浸漬米を浸漬した水とともにプラスチック袋に詰め真空パックして加圧したものを,沸騰水に浸して調理するものである。そうすると,甲11公正証書の第二実験Bは,甲2刊行物記載の方法とは異なる方法で行われたものであることが明らかであるから,甲2発明の追試ということはできず,このような実験結果に基づいて,甲2刊行物が完成した技術を開示していないとする原告の上記主張は,採用することができない。
(5) 以上検討したところによれば,甲2刊行物に,「精米と水とをプラスチックの袋に入れて真空パックし,これを加圧温度45℃で5000気圧の静水圧を半時間かけて加圧処理米を調製すること・・・が記載されている」(審決謄本8頁第2段落)とした審決の甲2発明の認定,ひいては本件発明2と甲2発明との一致点の認定に誤りはなく,原告主張の取消事由1は,理由がない。
2 取消事由2(相違点b,eについての判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明1,2の「精米の内部変質」とは,超自然的吸水,すなわち,高圧加圧によって実現される,精米の米粒の外側から内部の略芯に達するまでの,自然には生じ得ないような瞬時の均一な吸水を意味するから,「『精米の内部変質』とは,精米のデンプンの立体的な分子構造が崩壊し,分解しやすい状態となることである」(同9頁下から第3段落,13頁第4段落)と認定した上,相違点b,e,すなわち,「前者(注,本件発明1,2)は,1000気圧以上の高圧を精米の内部変質に要する時間加えるのに対して,後者(注,甲2発明)には,『内部変質』という用語を用いた記載はなく,ただ5000気圧の高圧を精米に半時間かけるとしている点」(相違点bにつき審決謄本8頁第3段落,相違点eにつき同13頁第1段落)について,「実質的な相違点とはいえない」(同11頁第2段落,13頁最終段落)とした審決の判断は誤りであると主張する。
(2) そこで,本件発明1,2における「内部変質」の意義について検討すると,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明には,「精米の内部変質」に関連して,@「洗浄した精米を適宜の量の水と共に封入容器内に入れ内部の空気を抜いた状態で該封入容器を気密に封止し,これを液中へ浸漬してこの液体に高圧を適宜の時間加えるので,精米は適宜の時間かけられる高圧により,高圧作用特有の変質を受ける(高圧下の変質については,1989年7月15日さんえい出版発行の『食品への高圧利用』〔注,甲2刊行物〕に詳述されている)。この変質により,生の澱粉の立体的な分子構造が壊れ,分解し易い状態となる。この変質をした米は,外観が通常の精米とさほど変わらず,また硬度も高く炊飯後の米よりは炊飯前の精米に近い。加圧処理の作用は,米の内部まで瞬時に到達するので,内部までほぼ均一な前記変質が得られる。特に米の調理の場合は内部まで芯のない炊き上りが要求されるので,表面から内部へ到達するのに時間を要する加熱処理に比し,この加圧処理は有利である」(3欄最終段落〜4欄第1段落),A「前記加圧は,1000気圧以上とされる。また9000気圧以下とするのが望ましい。1000気圧未満では前記変質が十分ではなく,短時間の加熱によっては食するに適した状態が得られない」(4欄第2段落),B「T.精米を直接加圧室に入れる場合・・・b.加圧室に高圧を適宜の時間加える。この圧力は,前述の範囲内のものとされる。加圧時間は,米の硬軟などの性質により異なるが通常20分から50分である」(5欄第3段落),C「U.精米を水と共に封入容器内に入れて加圧する場合・・・e.この容器を加圧室に入れる。・・・加圧の強さ及び時間は,前の例と同じである」(同)との記載がある。
上記@の記載及び同記載中に高圧下の変質について詳述されているとして引用されている甲2刊行物の「1.7.6デンプンに対する高圧効果」の項の,「高い静水圧により,デンプンのなまの立体構造が壊れ,デンプンに種々の変化が起こり,アミラーゼ消化性が高まることを示している」(23頁第3段落)との記載によれば,本件発明1,2における「精米の内部変質」とは,精米に適宜の時間かけられる高圧によっておこる,「生の澱粉の立体的な分子構造が壊れ,分解し易い状態」のことをいうと解される。他方,本件明細書には,「内部変質」が超自然的吸水であることを裏付けるような記載は一切存在しないから,本件発明1,2の「精米の内部変質」は超自然的吸水であるとする原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものであり,採用することができない。
そして,上記@〜Cの記載によれば,本件発明2において,「精米の内部変質」は,具体的には,1000気圧以上の高圧を20分〜50分間かけることにより引き起こされること,このような加圧処理によって内部まで均一な変質が得られること,内部まで芯のない炊き上りが得られるためには,このような加圧処理が有利であること,このような加圧によって,短時間の加熱で食するに適した状態が得られることが認められる。他方,甲2刊行物には,ごはんを炊くように精米に水を加えて浸漬したものをプラスチックの袋に入れて真空パックし,5000気圧の静水圧を半時間かけた後,沸騰水に5分浸すことによって,ふかふかして美味しいごはんが炊きあがることが記載されていることは,上記1(2)のとおりである。そうすると,甲2刊行物においても,本件明細書の上記@〜Cの記載から認定できる具体的な加圧条件と同様の条件で加圧が行われ,このような加圧処理によって,短時間で本件発明1,2と同様のおいしいごはんが得られると認められるから,甲2刊行物においても,「1000気圧以上の高圧を精米の内部変質に要する時間加える」ものであると認められる。
(3) したがって,相違点b,eについて,実質的な相違点には当たらないとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2も理由がない。 3 取消事由3(相違点c,gについての判断の誤り)について (1) 原告は,甲2発明は,乾燥粒状食品である精米を水を含んだ食品に変え,加圧に先立って,精米内部に水を存在させる工程として,浸漬工程を必須不可欠とする技術であるのに対し,本件発明1,2は,少なくとも1時間の浸漬を必要としない点で,甲2発明に比べ技術的意義が極めて大きいとして,本件発明2,1と甲2発明との相違点c,g,すなわち浸漬工程の有無について,「実質的な相違点ではない」(同11頁下から第2段落,14頁第2段落)とした審決の判断を誤りであると主張する。
(2) しかしながら,本件明細書(甲1)の特許請求の範囲には,浸漬工程の有無については何ら規定されていないから,本件発明1,2は,浸漬工程を有する方法と有しない方法の両者を含むものと認められる。したがって,原告主張に係る本件発明1,2の浸漬を必要としない点は,本件発明1,2と甲2発明との相違点とはなり得ないことが明らかである。原告は,審決が,相違点c,gの判断において,米粒とデンプンを同列に論じ,高圧をかけた場合に米粒内部への水の浸透が促進されることは,当業者が当然予測できる(相違点cにつき審決謄本12頁下から第3段落,相違点gにつき同14頁第3段落)としたことも誤りであると主張するが,審決は,通常の浸漬処理を行わないことを必須の発明の要件にしたと仮定して(同12頁第1段落,14頁第3段落),念のため,上記判断をしたものであることは,その説示から明らかであるところ,相違点c,gが実質的な相違点でないことは上記のとおりである以上,原告の上記主張は,審決の結論に影響しない説示についての誤りをいうものにすぎず,採用することができない。
(3) したがって,相違点c,gについて,実質的相違点ではないとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3も理由がない。
4 取消事由4(相違点fについての判断の誤り)について (1) 原告は,甲2刊行物においては袋中への注水は行われず,また,甲2発明は,乾燥粒状食品である精米を水を含んだ食品に変え,加圧に先立って,精米内部に水を存在させる工程として,浸漬工程を必須不可欠とする技術であるから,相違点f,すなわち,「前者(注,本件発明1)は,封入容器を使用せず,精米を加圧室内の水の中に直接接触するように入れるのに対して,後者(注,甲2発明)では,封入容器に対し,精米の投入と注水を行い,該封入容器の空気を抜いて封止し,これを加圧室内の液中に浸漬する点」(審決謄本13頁第1段落)について,「甲第2号証(注,甲2刊行物)に記載の『精米と水とをプラスチックの袋に入れて真空パックし,これを加圧室内の液中に浸漬する』方法に代えて,精米を加圧室内の水の中に直接接触するように入れることは,当業者が容易になし得る」(同14頁第1段落)とした審決の判断は誤りであると主張する。
(2) しかしながら,甲2刊行物において,米の周囲に浸漬した水が存在し,これがパスカルの原理に基づく均等な圧力を加えたものと認められること,すなわち,袋中への注水が行われたと認められることは,上記1(2),(3)のとおりであり,また,原告主張に係る本件発明1の浸漬を必要としない点は,本件発明1と甲2発明との相違点とはなり得ないことは,上記3(2)のとおりであるから,原告主張の取消事由4も理由がないことが明らかである。
5 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴