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事件 |
平成
25年
(行ケ)
10217号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2014/06/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成26年6月26日判決言渡 平成25年(行ケ)第10217号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成26年6月10日 判 決 原 告 ハネウエル・インターナショナル ・インコーポレーテッド 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 牧 野 利 秋 同 末 吉 剛 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 小 野 新 次 郎 同 沖 本 一 暁 同 松 田 豊 治 被 告 ダ イ キ ン 工 業 株 式 会 社 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 三 枝 英 二 同 菱 田 高 弘 同 森 嶋 正 樹 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定め る。 事 実 及 び 理 由 1 第1 請求の趣旨 1 特許庁が無効2011−800092号事件について平成25年3月19日 にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 第2 事案の概要 1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。) 原告は,発明の名称を「フッ素置換オレフィンを含有する組成物」とする特 許第4699758号(平成15年10月27日出願(パリ条約による優先権 主張 平成14年10月25日),平成23年3月11日設定登録。以下「本 件特許」という。請求項の数は9である。)の特許権者である。 被告は,平成23年6月3日,特許庁に対し,本件特許の特許請求の範囲の 請求項1ないし8に記載された発明についての特許を無効にすることを求めて 審判の請求をし,特許庁は,この審判を,無効2011−800092号事件 として審理した。原告は,この過程で,平成23年11月7日,本件特許の明 細書について訂正の請求をした。 特許庁は,平成25年3月19日,「訂正を認める。特許第4699758 号の請求項1ないし8に記載された発明についての特許を無効とする。審判費 用は,被請求人の負担とする。」との審決をし,審決の謄本を,同年4月4日, 原告に送達した。 2 特許請求の範囲 本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし8の記載は,次のとおりである (甲32。以下,これらの発明を総称して,「本件発明」という。また,本件 特許の明細書を,以下「本件明細書」という。)。 【請求項1】(この請求項に係る発明を,以下「本件発明1」という。) 化学式(II) 【化1】 2 (式中,各々のRは独立にF,またはHであり, R’は(CR2)nYであり, YはCF3であり, nは0であり,かつ, 不飽和な末端炭素上のRの少なくとも1つはHであり,残るRのうち少なく とも1つはFである) の少なくとも1つの化合物と,ポリオールエステル及びポリアルキレングリコ ールから選択される少なくとも1つの潤滑剤とを含む熱移動組成物。 【請求項2】 前記化学式(II)の少なくとも1つの化合物が,前記熱移動組成物に対し て重量で少なくとも50%の量で存在する,請求項1記載の熱移動組成物。 【請求項3】 前記化学式(II)の少なくとも1つの化合物が,前記熱移動組成物に対し て重量で少なくとも70%の量で存在する,請求項2記載の熱移動組成物。 【請求項4】 前記潤滑剤が,前記熱移動組成物に対して重量で30%〜50%の量で存在 する,請求項1記載の熱移動組成物。 【請求項5】 前記潤滑剤が,ポリアルキレングリコールを含む,請求項1〜4のいずれか 1項に記載の熱移動組成物。 【請求項6】 前記潤滑剤が,ポリオールエステルを含む,請求項1〜4のいずれか1項に 記載の熱移動組成物。 3 【請求項7】 前記化学式(II)の少なくとも1つの化合物が,1,3,3,3−テトラ フルオロプロペン(HFO−1234ze)を含む,請求項1〜6のいずれか 1項に記載の熱移動組成物。 【請求項8】 前記化学式(II)の少なくとも1つの化合物が,2,3,3,3−テトラ フルオロプロペン(HFO−1234yf)を含む,請求項1〜6のいずれか 1項に記載の熱移動組成物。 3 審決の理由 A 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明は, 次の各文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることがで きたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることがで きず,同法123条1項2号に該当するというものである。 ア 特開平4−110388号公報(以下「甲1文献」という。) イ “Twin-screw compressor performance and suitable lubricants with HFC-134a ” ( 1990 International Compressor Engineering Conference At Purdue, Proceedings-Vol. U , p.733-740 。 以 下 「 甲 2 文 献 」 と い う。) ウ 「ハイドロフルオロカーボン(HFC)系およびその他の純粋冷媒に関 する最新物性情報」(日本冷凍空調学会論文集18巻3号203頁ないし 216頁。以下「甲3文献」という。) エ 「HFC系の冷媒の実用化に向けての評価」(日本冷凍協会論文集10 巻3号453頁ないし460頁。以下「甲4文献」という。) オ 特開平5−85970号公報(以下「甲5文献」という。) B 審決が上記結論を導くに当たり認定した,甲1文献に記載された発明(3 つあるが,以下,順次「甲1発明A」,「甲1発明Z」,「甲1発明Y」と 4 いい,これらを総称して「甲1発明」という。)の内容,本件発明1と甲1 発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。 ア 甲1発明A関係 甲1発明Aの内容 「分子式:C3HmFn(ただし,m=1〜5,n=1〜5かつm+n= 6)で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物からな る熱媒体であって,該有機化合物は3,3,3−トリフルオロ−1−プ ロペン,1,3,3,3−テトラフルオロ−1−プロペン,1,1,2 −トリフルオロ−1−プロペン,2−モノフルオロ−1−プロペン及び 2,3,3,3−テトラフルオロ−1−プロペンに代表されるものであ る熱媒体と,ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤滑油とからなる, 熱伝達用組成物」。 ~ 本件発明1と甲1発明Aとの一致点 「化学式(II)(同化学式及びこれに続く括弧書は,本件発明の請求 項1に掲げられたものと同一であり,省略する。以下同じ。)の化合物 である1,3,3,3−テトラフルオロ−1−プロペン又は2,3,3, 3−テトラフルオロ−1−プロペンと,潤滑剤とを含む熱移動組成物」 である点。 本件発明1と甲1発明Aとの相違点(以下「相違点1」という。) 本件発明1は,潤滑剤が「ポリオールエステル及びポリアルキレング リコールから選択される少なくとも1つの潤滑剤」と特定されているの に対し,甲1発明Aにおいては潤滑剤がそのように特定されたものでは ない点。 イ 甲1発明Z関係 甲1発明Zの内容 「分子式:C3HmFn(ただし,m=1〜5,n=1〜5かつm+n= 5 6)で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物に該当 する,1,3,3,3−テトラフルオロ−1−プロペン(R1234z e)からなる,熱媒体」。 ~ 本件発明1と甲1発明Zとの一致点 「化学式(II)の化合物である1,3,3,3−テトラフルオロ−1 −プロペンを用いる冷媒」である点。 本件発明1と甲1発明Zとの相違点(以下「相違点2」という。) 本件発明1は,冷媒が,「熱移動組成物」であって,上記冷媒化合物 に加えて「ポリオールエステル及びポリアルキレングリコールから選択 される少なくとも1つの潤滑剤を含む」と特定されているのに対し,甲 1発明Zにおいてはそのように特定されたものではない点。 ウ 甲1発明Y関係 甲1発明Yの内容 「分子式:C3HmFn(ただし,m=1〜5,n=1〜5かつm+n= 6)で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化合物に該当 する,2,3,3,3−テトラフルオロ−1−プロペン(R1234y f)(判決注:審決には「R1234ye」とあるが,「R1234y f」の誤記と認める。)からなる,熱媒体」。 ~ 本件発明1と甲1発明Yとの一致点 「化学式(II)の化合物である2,3,3,3−テトラフルオロ−1 −プロペンを用いる冷媒」である点。 本件発明1と甲1発明Yとの相違点(以下「相違点3」という。) 本件発明1は,冷媒が,「熱移動組成物」であって,上記冷媒化合物 に加えて「ポリオールエステル及びポリアルキレングリコールから選択 される少なくとも1つの潤滑剤を含む」と特定されているのに対し,甲 1発明Yにおいてはそのように特定されたものではない点。 6 第3 原告の主張 1 取消事由1(甲1発明の認定の誤り) 審決は,甲1文献が,「分子式:C3Hm Fn(ただし,m=1〜5,n=1 〜5かつm+n=6)で示され且つ分子構造中に二重結合を1個有する有機化 合物」(以下「C3HmFnで示される化合物」という。)に属する個別の化合 物である1,3,3,3−テトラフルオロ−1−プロペン(以下「HFO−1 234ze」という。なお,「R1234ze」も同義である。)又は2,3, 3,3−テトラフルオロ−1−プロペン(以下「HFO−1234yf」とい う。なお,「R1234yf」も同義である。)と潤滑油との組合せからなる 熱伝達用組成物(甲1発明A),あるいは上記の個別の化合物からなる熱媒体 (甲1発明Z及び甲1発明Y)を開示すると認定した。 しかし,甲1文献は,潤滑剤(「潤滑油」や「冷凍機油」と同義。以下同 じ。)との組合せの観点では,C3HmFnで示される化合物という上位概念し か開示しておらず,個別の化合物を開示しているわけではないし,潤滑剤とい かなる個別の化合物との組合せも開示していない。 よって,甲1文献に記載された発明は,正しくは「分子式:C3HmFn(た だし,m=1〜5,n=1〜5かつm+n=6)で示され且つ分子構造中に二 重結合を1個有する有機化合物からなる熱媒体からなる,ヒートポンプ用の熱 媒体に用いられる熱伝達用組成物」と認定されるべきであり,審決による甲1 発明の認定には誤りがある。 2 取消事由2(予想外かつ顕著な効果の看過) 審決は,甲1文献中の「ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的 な特性(例えば,潤滑油との相溶性,材料に対する非浸蝕性など)に関しても, 問題はないことが確認されている」との記載から,当業者は,「甲1の特許請 求の範囲に係る発明について,汎用の潤滑油のうちの適当なものを併用して, 混和性や材料への浸蝕性などに問題がない冷媒組成物とすることができること 7 を意味していると,理解する。」と認定した。 そして,冷媒化合物及び潤滑剤からなる組成物の混和性,金属や高分子材料 と接触させたときの挙動を検討し,混和性や材料への浸蝕性に問題がないか否 かを確認することは,当業者が通常行う程度のことであり,何ら困難性はない と判断した上,甲2文献ないし甲5文献がポリアルキレングリコール(以下 「PAG」という。)及びポリオールエステル(以下「POE」という。)を 含む2ないし4種類の潤滑剤を開示することなどを根拠として,甲1発明にお いて,潤滑剤としてPAG又はPOEを用いることとして,相違点1ないし3 に係る本件発明1の構成を備えたものとすることは,当業者が容易に想到し得 ると判断した。 しかしながら,審決には,本件発明がHFO−1234ze及びHFO−1 234yfをPAG又はPOEと組み合わせることにより,優れた混和性及び 安定性という当業者の予想を超える顕著で有利な技術的効果を奏することを看 過した誤りがある。 A 甲1文献は,HFO−1234ze又はHFO−1234yfと具体的な 潤滑剤との組合せについて何ら開示しておらず,これらを組み合わせた際の 混和性及び安定性に関するいかなる結果も開示していない。 そもそも,異性体を含め30種類にも及ぶC3HmFnで示される化合物の 全てについて,甲1文献が述べるように「一般的な特性…に関しても,問題 はない」ことはあり得ない。 また,冷媒化合物と潤滑剤との混和性が乏しくても油分離器を設置すれば 冷媒化合物を実用化することができるところ,甲1文献では,油分離器を備 えたシステムによって全ての冷媒の評価が行われているから,潤滑剤の種類 や冷媒化合物との混和性や安定性は検討されていないことが確認される。 さらに,甲1文献の実施例1におけるHFO−1243zfの能力の値に は重大な誤りがあるから,甲1文献の「一般的な特性…に関しても,問題は 8 ない」との記載は,信用性を欠く。 よって,当業者が甲1文献によって,甲1文献の特許請求の範囲に係る発 明について,汎用の潤滑剤のうちの適当なものを併用して混和性や安定性等 に問題がない冷媒組成物とすることができることを意味していると理解する はずはない。 B 冷媒化合物と潤滑剤との混和性は,冷媒化合物の分子中の塩素原子の有無 や双極子モーメントなどによっても予測不能で,実験的研究によって初めて 明らかになる。 甲3文献及び甲4文献は,ハイドロフルオロカーボン(以下「HFC」と いう。)冷媒の一部について,潤滑剤との混和性を試験した結果にすぎず, 化合物によっては混和性に乏しいとの結果も出ているから,これに基づいて, 炭素−炭素二重結合を有するためHFCとは物性の基本的に異なるHFO− 1234ze及びHFO−1234yfの混和性を予測することはできない。 また,甲5文献は2−トリフルオロメチル−3,3,3−トリフルオロプロ ペン(以下「HFO−1336」という。)と特定の潤滑剤についての試験 結果であり,これとは構造的に非常に異なるHFO−1234ze及びHF O−1234yfと潤滑剤との混和性について当業者に何ら教示しない。 さらに,ハイドロフルオロオレフィン(以下「HFO」という。)は,本 件特許の優先権主張日(以下「本件優先日」という。)の当時,反応性の高 さや毒性への懸念から冷媒化合物としては回避されるべきと認識されており, そのため,当業者は冷媒としてのHFOや,これに適した潤滑剤を見出すこ とに関心がなかった。したがって,その当時,HFOに対する汎用の潤滑剤 は存在せず,これに適した潤滑剤を予測することも不可能であった。 加えて,甲1文献に記載された実験が行われた当時,PAG及びPOEは 冷媒の技術分野における汎用の潤滑剤でもなかったから,当業者がPAG及 びPOEを汎用の潤滑剤として検討するということはないし,甲 1 文献は, 9 これに記載された冷媒化合物とPAGやPOEとの混和性を何ら示唆するも のではない。 C 本件明細書に記載のとおり,HFO−1234zeは,−50℃から7 0℃までの幅広い温度範囲において,潤滑剤の濃度が5,20及び50重 量%において,PAG及びPOEのいずれの潤滑剤とも混和するという顕著 かつ有利な効果を奏する。同様に,HFO−1234yfも,潤滑剤と技術 常識からは予想外の混和性を有する。 さらに,HFO−1234ze及びHFO−1234yfは,炭素−炭素 二重結合を有するハイドロフルオロオレフィンであるところ,フルオロオレ フィンは,炭素−炭素二重結合について求核付加反応を起こしやすいことが, 本件優先日の当時,当業者に周知であった。そして,PAG及びPOEのい ずれも,オレフィン化合物と求核付加する可能性のある反応部位を有する。 したがって,当業者は,フルオロオレフィンとPAG又はPOEとの組合 せが安定であるとは予測せず,本件発明において,HFO−1234ze及 びHFO−1234yfが,PAG及びPOEとの間で安定性を有すること は,当業者に予想外の事項であった。 3 取消事由3(不飽和化合物に関する阻害事由の看過) フルオロオレフィンは,本件優先日当時,前記2Cのとおりの反応性がある と認識されており,また,一般に,毒性があると信じられていた。 これらの技術常識は,当業者が熱移動組成物においてフルオロオレフィンを 使用することを検討すること,フルオロオレフィンとの使用に適した潤滑剤を 探すこと,潤滑剤としてフルオロオレフィンと反応するかもしれないPAGや POEを選択することを阻害するものである。 審決には,かかる阻害事由を看過した誤りがある。 第4 被告の主張 1 取消事由1について 10 甲1文献には,C3HmFnで示される化合物からなる熱媒体の実施例として, HFO−1234ze及びHFO−1234yfを含む個別の化合物が使用さ れ,「本発明で使用するC3HmFnで示される化合物…は,ヒートポンプ用の 熱媒体に対して要求される一般的な特性(例えば,潤滑油との相溶性,材料に 対する非浸蝕性など)に関しても,問題はないことが確認されている」と記載 されている。 これに加え,熱媒体と潤滑剤との併用が技術常識であることに照らすと,審 決による甲1発明の認定に誤りはない。 2 取消事由2について 相違点に係る審決の認定判断は妥当であり,審決には原告の主張する取消事 由はない。 A 甲1文献の記載から,少なくとも実施例に使用されたHFO−1234z eやHFO−1234yfといった具体的な熱媒体について,「汎用の潤滑 油のうちの適当なものを併用して,混和性や材料への浸蝕性などに問題がな い冷媒組成物とすることができることを意味していると,理解する」ことは 十分に可能である。 甲1文献の実施例及び比較例で油分離器を含むシステムによって実験を行 ったのは,熱交換性能を正確に調べるためであり,潤滑剤との相溶性が不十 分である場合の予防措置ではない。 B 甲3文献及び甲4文献に列挙された,PAG及びPOEを含む4種の潤滑 剤を,従来から汎用されておりかつ一般的な潤滑剤としての位置付けで選ぶ ことは当業者の通常の行動である。そして,これらの文献の記載から,非塩 素系の冷媒であるHFC系の冷媒がPAGやPOEとは相溶性がよいという 傾向を認識することができるから,同じく非塩素系の冷媒であるHFOとこ れらの潤滑剤とを組み合わせると良好な相溶性が奏されることは,当業者な らば容易に予測することができる。 11 また,甲5文献には,非塩素系の冷媒である点で甲1発明の冷媒化合物と 共通するHFO−1336がPAGやエステル油すなわちPOEとの相溶性 に優れていると記載されており,同文献はHFOがPAG及びPOEと良好 な相溶性を有することを当業者に示唆する有力な先行文献である。 さらに,極性に関しては,比較的極性が大きいHFCに対してPAGやP OE等の極性基を有する合成油が適していることが全体的な傾向として記載 された文献があるから,この点からもPAGやPOEをHFOに組み合わせ る動機付けが認められる。 数ある非塩素系の冷媒の中にPAGやPOEと相溶性がないものが例外的 に存在することや,非塩素系の冷媒の種類によって相溶性の程度に差が生じ ることは,当業者の行為を何ら妨げない。 また,本件優先日以前に,当業者である被告は,冷媒としてのHFOに関 心を持ち,甲1文献に係る特許出願を行っており,当業者は冷媒としてのH FOに関心がなかったとの原告の主張は失当であるし,審決は,HFOのた めの汎用の潤滑剤が存在したか否かを議論するものではない。 C HFO−1234ze及びHFO−1234yfと,PAGないしPOE との間に予想外の混和性及び安定性があるとする原告の主張は否認ないし争 う。 HFOとこれらの潤滑剤との組合せによって奏される良好な相溶性は,当 業者の予測の範囲内である。 また,フルオロオレフィンとPAG及びPOEとの反応性の根拠として原 告が提出する文献は,フルオロオレフィンを積極的にPAGやPOEと反応 させることにより,例えばフルオロポリマーを製造することなどを開示する ものであり,これと熱移動組成物におけるフルオロオレフィンとPAGやP OEの反応性とが同じでないことは,当業者であれば容易に理解することが できる。 12 3 取消事由3について 原告は,フルオロオレフィンの反応性及び毒性に基づいて,当業者がフルオ ロオレフィンを冷媒として採用すること及び潤滑剤と併用することについて阻 害事由があると主張する。しかし,原告の主張には的確な根拠がないし,甲1 文献及び甲5文献は,フルオロオレフィンを冷媒として採用し,さらに潤滑剤 との併用についても開示しているから,原告の主張する阻害事由はない。 第5 当裁判所の判断 当裁判所は,原告の主張は理由がなく,審決に取り消されるべき違法はない と判断する。その理由は次のとおりである。 1 取消事由1(甲1発明の認定の誤り)について A 甲1文献の記載内容について 甲1文献(甲1)には,次の記載がある(なお,誤記は適宜訂正した。)。 ア 発明の名称 「熱伝達用流体」 イ 特許請求の範囲 「1.分子式:C3HmFn (但し,m=1〜5,n=1〜5且つm+n=6)で示され且つ分子構造 中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱媒体。」 ウ 産業上の利用分野(1頁左下欄9行目ないし11行目) 「本発明は,冷凍機,ヒートポンプなどで使用される熱伝達用流体に関す る。」 エ 従来技術とその問題点(1頁左下欄14行目ないし2頁左上欄4行目) 「従来,ヒートポンプの熱媒体(冷媒)としては,クロロフルオロ炭化水 素,フルオロ炭化水素,これらの共沸組成物ならびにその近辺の組成物が 知られている。これらは,一般にフロンと称されており,現在R−11 (トリクロロモノフルオロメタン),R−22(モノクロロジフルオロメ 13 タン),R−502(R−22+クロロペンタフルオロエタン)などが主 に使用されている。 しかしながら,近年,大気中に放出された場合に,ある種のフロンが成 層圏のオゾン層を破壊し,その結果,人類を含む地球上の生態系に重大な 悪影響を及ぼすことが指摘されている。従って,オゾン層破壊の危険性の 高いフロンについては,国際的な取決めにより,使用および生産が規制さ れるに至っている。規制の対象になっているフロンには,R−11とR− 12とが含まれており,またR−22については,オゾン層破壊への影響 が小さいため,現在規制の対象とはなっていないが,将来的には,より影 響の少ない冷媒の出現が望まれている。冷凍・空調設備の普及に伴って, 需要が毎年増大しつつあるフロンの使用および生産の規制は,居住環境を はじめとして,現在の社会機構全般に与える影響が極めて大きい。従って, オゾン層破壊問題を生じる危険性のない或いはその危険性の極めて小さい 新たなヒートポンプ用の熱媒体(冷媒)の開発が緊急の課題となってい る。」 オ 問題点を解決するための手段(2頁左上欄5行目ないし3頁左上欄11 行目) 「本発明者は,ヒートポンプ或いは熱機関に適した熱伝達用流体であって, 且つ当然のことながら,大気中に放出された場合にもオゾン層に及ぼす影 響が小さいか或いは影響のない新たな熱伝達用流体を得るべく種々研究を 重ねてきた。その結果,特定の構造を有する有機化合物がその目的に適合 する要件を具備していることを見出した。 すなわち,本発明は,下記の熱伝達用流体を提供するものである: 「分子式:C3HmFn (但し,m=1〜5,n=1〜5且つm+n=6) で示され且つ分子中に二重結合を1個有する有機化合物からなる熱伝達用 14 流体。」 本発明で使用する代表的な化合物の主な物性は,以下の通りである。 T.F3C−CH=CH2(3,3,3−トリフルオロ−1−プロペン) U.F3 C−CH=CHF(1,3,3,3−テトラフルオロ−1−プロ ペン) V.H3C−CF=CF2(1,1,2−トリフルオロ−1−プロペン) W.H3C−CF=CH2(2−モノフルオロ−1−プロペン) (判決注:上記のそれぞれの化合物毎に,沸点,臨界温度,臨界圧力,分 子量の記載がある。) 本発明において熱伝達用流体として使用するC3Hm Fn で示される化合 物は,オゾン層に影響を与える塩素原子および臭素原子を全く含まないの で,オゾン層の破壊問題を生じる危険性はない。 また,一方では,C3 HmFn で示される化合物は,ヒートポンプ用熱媒 体としての特性にも優れており,成績係数,冷凍能力,凝縮圧力,吐出温 度などの性能において,バランスが取れている。さらに,この化合物の沸 点は,現在広く使用されているR−12,R−22,R−114およびR −502のそれに近いため,これら公知の熱媒体の使用条件下,即ち蒸発 温度−20から10℃および凝縮温度30から60℃での使用に適してい る。 … 本発明で使用するC3Hm Fn で示される化合物或いはC3HmFn で示さ れる化合物とR−22,R−32,R−124,R−125,R−134 a,R−142b,R−143aおよびR−152aの少なくとも一種と の混合物は,ヒートポンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な特性 (例えば,潤滑油との相溶性,材料に対する非浸蝕性など)に関しても, 問題はないことが確認されている。」 15 カ 発明の効果(3頁左上欄12行目ないし同頁右上欄4行目) 「本発明による熱伝達用流体によれば,下記の様な顕著な効果が達成され る。 (1)従来からR−12,R−22或いはR−502を熱媒体として使用 してきたヒートポンプと同等以上のサイクル性能が得られる。 (2)熱媒体としての優れた性能のゆえに,機器設計上も有利である。 (3)仮に本発明による熱伝達用流体が大気中に放出された場合にも,オ ゾン層破壊の危険性はない。」 キ 実施例1(3頁右上欄8行目ないし4頁左上欄16行目) 「熱媒体としてF3C−CH=CH2(3,3,3−トリフルオロ−1−プ ロペン)を使用する1馬力のヒートポンプにおいて,蒸発器における熱媒 体の蒸発温度を−10℃,−5℃,5℃および10℃とし,凝縮器におけ る凝縮温度を50℃とし,過熱度および過冷却度をそれぞれ5℃および 3℃として,運転を行なった。 また,比較例として,R−12(比較例1),R−22(比較例2)お よびR−502(比較例3)を熱媒体として使用して,上記と同1条件下 にヒートポンプの運転を行なった。 これらの結果から,成績係数(COP)および冷凍効果を次式により, 求めた…。 … 本実施例ならびに比較例で使用した冷凍サイクルの回路図を第2図(判 決注:省略)に示す。 COPおよび冷凍能力の算出結果を比較例1〜3の結果と対比して第3 図(判決注:省略)および第4図にそれぞれ示す。 なお,第3図に示す成績係数は,R−22を熱媒体とした場合の蒸発温 度5℃における測定値(COPB )で,それぞれの熱媒体の測定値(CO 16 PA )を除したものである。特に,本発明による熱媒体の結果は,“○” で示してある。 また,第4図に示す冷凍能力は,R−22を熱媒体とした場合の蒸発温 度5℃における測定値(能力B)で,それぞれの熱媒体の測定値(能力 A)を除したものである。本発明による熱媒体の結果は,やはり“○”で 示してある。 第3図から明らかな様に,本実施例による作動流体は,COPに関して, R−12およびR−22と同程度の良好な値を示している。さらに,第4 図から明らかな様に,冷凍効果に関して,R−12よりも高めの値を示し ている。 また,蒸発温度5℃における凝縮圧力および圧縮機吐出温度の比較結果 を第1表に示す。 第 1 表 凝縮圧力 吐出温度 (kg/cm2・A) (℃) 実施例1 9 51 比較例1 12 59 比較例2 20 73 比較例3 22 − 本実施例による熱媒体の凝縮圧力および吐出温度は,R−12よりも低 い値を示しており,機器設計上有利である。 以上の結果から,F3C−CH=CH2を熱媒体として使用する本発明に おいては,従来から広く使用されているR−12,R−22およびR−5 02を使用するヒートポンプと同等以上のサイクル性能が得られており, 本発明は,機器設計上からも有利であることが,明らかである。」 ク 実施例2(4頁左上欄17行目ないし同頁右上欄13行目) 17 「熱媒体としてF3 C−CH=CHF(1,3,3,3−テトラフルオロ −1−プロペン)を使用するとともに,蒸発器における熱媒体の蒸発温度 を5℃とする以外は実施例1と同様にしてヒートポンプの運転を行なった。 成績係数および冷凍能力を下記第2表に示す。 何れの数値も,R−22を熱媒体とした場合の蒸発温度5℃における測定 値(COPB および冷凍能力B )により本発明熱媒体の測定値(COPA お よび冷凍能力A)を除した数値で示してある。 第 2 表 実施例2 R−12 R−502 COPA/COPB 1.01 1.02 0.92 能力A/能力B 0.43 0.61 1.03」 ケ 実施例3(4頁右上欄14行目ないし同頁左下欄10行目) 「熱媒体としてH3C−CF=CF2(1,1,2−トリフルオロ−1−プ ロペン)を使用するとともに,蒸発器における熱媒体の蒸発温度を5℃と する以外は実施例1と同様にしてヒートポンプの運転を行なった。 成績係数および冷凍能力を下記第3表(判決注:省略)に示す。…」 コ 実施例4(4頁左下欄11行目ないし同頁右下欄7行目) 「熱媒体としてH3C−CF=CH2(2−モノフルオロ−1−プロペン) を使用するとともに,蒸発器における熱媒体の蒸発温度を5℃とする以外 は実施例1と同様にしてヒートポンプの運転を行なった。 成績係数および冷凍能力を下記第4表(判決注:省略)に示す。…」 サ 実施例5(4頁右下欄8行目ないし12行目) 「熱媒体としてF3C−CF=CH2を使用する以外は実施例1と同様にし て,ヒートポンプの運転を行なったところ,実施例1とほぼ同様の結果が 得られた。」 シ 図面の簡単な説明 18 「第4図は,実施例1および比較例1〜3による冷凍能力を示すグラフで ある。」(5頁左上欄3行目ないし4行目) 「 」(7頁) B 甲1発明の認定について 上記Aのとおり,甲1文献には,特許請求の範囲に「分子式:C3HmFn (但し,m=1〜5,n=1〜5且つm+n=6)で示され且つ分子構造中 に二重結合を1個有する有機化合物」すなわちC3HmFnで示される化合物 からなる熱媒体が記載され,その代表的な化合物として,1,3,3,3− テトラフルオロ−1−プロペンすなわちHFO−1234zeを含む4つの 具体的な化合物の物性が,その沸点,臨界温度,臨界圧力及び分子量をもっ て示されている。そして,実施例1ないし4においては,これら4つの化合 物を熱媒体として用いてヒートポンプを運転した際の成績係数(COP)及 び冷凍能力が開示されている。 また,実施例5として,熱媒体として2,3,3,3−テトラフルオロ− 1−プロペンすなわちHFO−1234yfである「F 3 C−CF=CH 2 」を使用する以外は実施例1と同様にして,ヒートポンプの運転を行なっ たところ,実施例1とほぼ同様の結果が得られたことが記載されており,当 該化合物の物性についての記載はないものの,これを熱媒体としてヒートポ ンプを運転することができたことが記載されている。 さらに,「本発明で使用するC3HmFnで示される化合物…は,ヒートポ 19 ンプ用の熱媒体に対して要求される一般的な特性(例えば,潤滑油との相溶 性,材料に対する非浸蝕性など)に関しても,問題はないことが確認されて いる。」との記載があることから,実施例1ないし5で用いられた具体的な 化合物に代表されるC3HmFn で示される化合物をヒートポンプ用の熱媒体 に用いられる潤滑油とともに熱伝達用組成物として用いることも記載されて いると認めることができる。 以上によれば,甲1文献には,C3HmFn で示される化合物からなる熱媒 体であって,該有機化合物は実施例1ないし5で用いられた具体的な化合物 に代表されるものである熱媒体と,ヒートポンプ用の熱媒体に用いられる潤 滑油とからなる,熱伝達用組成物(甲1発明A),並びに,C3HmFn で示 される化合物に該当するHFO−1234zeからなる熱媒体(甲1発明 Z)及びHFO−1234yfからなる熱媒体(甲1発明Y)の各発明が記 載されていると認められるから,審決による甲1発明の認定に誤りはない。 C 原告の主張について 原告は,甲1文献は,潤滑剤との組合せの観点では,C3HmFnで示され る化合物という上位概念しか開示していないから,同文献に記載された発明 は,C3HmFnで示される化合物からなる熱媒体からなる,ヒートポンプ用 の熱媒体に用いられる熱伝達用組成物と認定されるべきであり,審決による 甲1発明の認定には誤りがあると主張する。 しかしながら,甲1文献にはC3HmFnで示される化合物のうちHFO− 1234ze及びHFO−1234yfを含む5つの個別の化合物が熱媒体 として開示されているのは前記のとおりであるから,甲1発明Z及び甲1発 明Yの認定に誤りがないことは明らかである。これに加えて,甲1文献にお ける「一般的な特性(例えば,潤滑油との相溶性,材料に対する非浸蝕性な ど)に関しても,問題はないことが確認されている。」との記載から,具体 的な潤滑剤の種類やこれと組み合わせた場合の実験結果についての記載はな 20 いものの,上記5つの個別の化合物と潤滑剤とを組み合わせることにより熱 伝達用組成物として用いることができることを,実際に実験を行うなどして 確認したものであると理解することができる。よって,これらの記載から甲 1発明Aを認定することができることも前記のとおりである。 したがって,原告の上記主張を採用することはできない。 D 小括 以上によれば,原告の主張する取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(予想外かつ顕著な効果の看過)について 原告は,審決が,本件発明1と甲1発明との相違点に係る構成の容易想到性 の判断に関して,本件発明がHFO−1234ze及びHFO−1234yf をPAG又はPOEと組み合わせることにより,優れた混和性及び安定性とい う当業者の予想を超える顕著で有利な技術的効果を奏することを看過したと主 張する。 そこで,甲1文献及び本件優先日以前に頒布された刊行物である甲2文献な いし甲5文献の記載内容並びに技術常識等を踏まえ,本件明細書中に記載され た上記の冷媒化合物と潤滑剤との組合せの奏する混和性及び安定性の程度が, 当業者の予想を超える顕著で有利なものであるといえるかどうかを検討する。 A 本件明細書の記載内容について ア 本件明細書(甲32)には,次の記載がある。 背景技術 塩素含有組成物(クロロフルオロカーボン(CFC),ハイドロクロ ロフルオロカーボン(HCF)など)を空調および冷却システムにおけ る冷媒として用いることは,オゾン破壊性を伴う。そのため,塩素を含 有する冷媒を,ハイドロフルオロカーボン(HFC)など,オゾン層を 破壊しないであろう,塩素を含有しない冷媒化合物で置き換えることが 望ましいが,代用品となり得る任意の冷媒についても,優れた熱移動特 21 性,化学的安定性,低毒性または無毒性,不燃性,および潤滑剤相溶性 などの特性を備える必要があることは,一般に重要であり,中でも,潤 滑剤の相溶性が特に重要である。しかるに,HFCを含む塩素を含有し ない冷却流体の多くが,慣例的にCFCおよびHFC(判決注:「HC F」の誤記と認められる。)と共に用いられる種類の潤滑剤,例えば, 鉱物油,アルキルベンゼン,またはポリ(アルファ−オレフィン)を含 む潤滑剤に,比較的不溶および非混和のうちの少なくとも1つである。 圧縮冷却,空調,およびヒートポンプのシステムのうちの少なくとも1 つにおいて,冷却流体−潤滑剤の組合せを所望の効率レベルで作用させ るためには,広い操作温度範囲に渡って潤滑剤が冷却流体に充分に可溶 である必要がある(【0005】ないし【0007】)。 ~ 課題を解決するための手段 出願人らは,上述の必要および他の必要が,炭素数3〜炭素数4の1 つ以上のフルオロアルケン,好適には以下の化学式(T)(判決注:省 略)の化合物を含有する組成物によって満たされることを見出した。 本発明によって,熱移動用の方法およびシステムを含む,本発明の組 成物を利用する方法およびシステムも提供される(【0015】ないし 【0017】)。 発明を実施するための最良の形態 本発明の非常に好適な実施態様,特に,低い毒性の化合物を含有する 実施態様では,本発明の組成物は,テトラフルオロプロペン(HFO− 1234),ペンタフルオロプロペン(HFO−1225),およびそ れらの組合せからなる群から選択される1つ以上の化合物を含有する。 本発明の化合物が,不飽和な末端炭素が1つ以下のフッ素置換基を有 するテトラフルオロプロペンおよびペンタフルオロプロペン化合物,特 に,1,3,3,3−テトラフルオロプロペン(HFO−1234z 22 e),2,3,3,3-テトラフルオロプロペン(HFO−1234y f),および1,2,3,3,3−ペンタフルオロプロペン(HFO− 1225ye),およびそれらの各々の任意のまたは全ての立体異性体 であることはさらに好適である。出願人らは,マウスおよびラットへの 吸入曝露によって評価されるように,そうした化合物が有する急性毒性 レベルが非常に低いことを発見した(【0022】,【0023】)。 本発明による冷媒組成物,特に蒸気圧縮システムで用いられる冷媒組 成物は,一般に組成物の重量の約30%〜約50%の量で潤滑剤を含有 する。ハイドロフルオロカーボン(HFC)冷媒と共に冷却機に用いら れるポリオールエステル(POE)およびポリアルキレングリコール (PAG)など,一般的に用いられる冷却潤滑剤が,本発明の冷媒組成 物と共に用いられてもよい(【0029】)。 。 実施例1 本発明の幾つかの組成物のCOPを,COPが1.00,能力値が1. 00,および吐出温度が約79.4℃(175°F)であるHFC−1 34aを基準として,一定の範囲の凝縮器温度および蒸発器温度に渡っ て測定し,以下の表1に報告する。 (【0053】ないし【0055】) 。 実施例2 種々の冷却潤滑剤とHFO−1225yeおよびHFO−1234z eとの混和性が試験されている。試験された潤滑剤は,鉱物油(炭素数 3),アルキルベンゼン(ゼロール(Zerol)150),エステル油 23 (モービル(Mobil)EAL22ccおよびソレスト(Solest)12 0),ポリアルキレングリコール(PAG)油(グッドレンチ (Goodwrench)冷却油,134aシステム用),およびポリ(アルファ −オレフィン)油(CP−6005−100)である。各々の冷媒/油 の組合せにおいて,3つの組成物,すなわち,潤滑剤が5,20,およ び50重量パーセントであり,各々の残りが試験される本発明の化合物 である組成物が試験されている(【0056】)。 潤滑剤組成物は,肉厚(heavy-walled)のガラスチューブ中に配置さ れる。ガラスチューブは脱気され,本発明の冷媒組成物が添加され,そ の後でガラスチューブが密封される。続いてガラスチューブは空気浴環 境の(air bath environmental)チャンバ内に置かれ,その温度が約− 50℃〜70℃に変化される。ほぼ10℃毎に,1つ以上の液体相が存 在するか否か,ガラスチューブの内容物の目視での観察が行われる。1 つより多い液体相が観察された場合,混合物は非混和性であると報告さ れる。観察された液体相が1つのみの場合,混合物は混和性であると報 告される。2つの液体相が観察されたが,液体相のうち1つは非常に小 さな体積を占めている場合,混合物は部分的に混和性であると報告され る(【0057】)。 ポリアルキレングリコール油およびエステル油の潤滑剤は,全温度範 囲に渡り全ての試験比率で混和性と判定されたが,ポリアルキレングリ コール油とHFO−1225yeとの混合物は例外であり,この冷媒混 合物は,−50℃〜−30℃の温度範囲に渡って非混和性であり,−2 0℃〜50℃の温度範囲に渡って部分的に混和性であることが見出され た。60°においては,冷媒に対して50重量%濃度のPAGでは,冷 媒/PAG混合物は混和性であった。70℃では,冷媒に対して5重 量%〜50重量%の潤滑剤は混和性であった(【0058】)。 24 実施例3 冷却および空調システムに用いられる金属との接触時の,本発明の冷 媒化合物および組成物とPAG潤滑油との相溶性が,多くの冷却および 空調用途で見出されるより充分に過酷な条件である350°Fで試験さ れている(【0059】)。 アルミニウム片,銅片,および鋼片が,肉厚のガラスチューブに加え られる。2グラムの油がガラスチューブに添加される。続いてガラスチ ューブは脱気されて,1グラムの冷媒が添加される。ガラスチューブは 350°Fのオーブン中に1週間置かれ,目視で観察される。曝露期間 が終わると,ガラスチューブが取り出される(【0060】)。 この処置は,以下の油および本発明の化合物の組合せに対してなされ た。 (判決注:下記の「HFC」は,それぞれ「HFO」を指すと解され る。) a)HFC−1234zeおよびGMグッドレンチPAG油 b)HFC−1243zfおよびGMグッドレンチ油PAG油 c)HFC−1234zeおよびMOPAR−56PAG油 d)HFC−1243zfおよびMOPAR−56PAG油 e)HFC−1225yeおよびMOPAR−56PAG油 全ての場合で,ガラスチューブの内容物の外観の変化は最小である。 このことは,本発明の冷媒化合物および組成物が,冷却および空調シス テムに見出されるアルミニウム,鋼,および銅との接触時,および,そ れらの種類のシステムにてそのような組成物に含まれるまたはそのよう な組成物と共に用いられる可能性のある種類の潤滑油との接触時に,安 定であることを示している(【0061】)。 比較例: 25 アルミニウム片,銅片,および鋼片が,鉱物油およびCFC−12と 共に肉厚のガラスチューブに加えられ,実施例3でのように,350° Fで1週間加熱される。曝露期間が終わるとガラスチューブが取り出さ れ,目視で観察される。液体の内容物が黒く変色しているのが観察され, このことはガラスチューブの内容物が激しく分解している事を示してい る(【0062】)。 CFC−12および鉱物油の組合せは,これまで多くの冷媒システム および方法で選択されている。したがって,本発明の冷媒化合物および 組成物は,広範に用いられている従来技術の冷媒−潤滑油の組合せより も有意に優れた,一般的に用いられる多くの潤滑油に対する安定性を有 する(【0063】)。 イ 上記のとおり,本件明細書には,本件発明に係る熱移動組成物の混和性 について,実施例2において,HFO−1234zeとPAG又はPOE との組合せ,及びHFO−1225yeとPOEとの組合せは,−50℃ から70℃までの温度範囲にわたって,潤滑剤の濃度が5,20,50重 量%の組成において混和性があると記載され,また,HFO−1225y eとPAGとの組合せについては,−50℃ないし−30℃の温度範囲で は非混和性であり,−20℃ないし50℃の温度範囲では部分的に混和性 であり,60℃ではPAGの濃度が50重量%の場合に混和性であり,7 0℃ではPAGの濃度が5重量%ないし50重量%の場合に混和性である と記載されている。 一方,HFO−1234yfとPAG又はPOEとの組合せについては, 明確な実験結果の記載はないものの,実験結果のある他の2つの冷媒化合 物との構造の類似性に照らすと,同程度の混和性があると考えられる。 また,本件発明に係る熱移動組成物の安定性については,実施例3にお いて,HFO−1234zeとPAG,HFO−1225yeとPAGを, 26 アルミニウム片,銅片及び鋼片とともにガラスチューブに入れ,350° Fのオーブンに1週間置いたところ,ガラスチューブの内容物の外観の変 化は最小であり,本件発明の冷媒化合物が,冷却及び空調システムに見出 されるアルミニウム,鋼及び銅との接触時,並びに潤滑剤との接触時に, 安定であり,比較例であるCFC−12と鉱油との組合せと比べて,有意 に優れた安定性を有すると記載されている。 一方,HFO−1234zeとPOE,HFO−1234yfとPAG 又はPOEとの組合せについては,明確な実験結果の記載はないものの, 実験結果のある他の2つの冷媒化合物との構造の類似性や,PAGとPO Eとの構造の類似性に照らすと,本件発明の全体にわたって,上記実験結 果と同程度の安定性があると考えられる。 B 公知文献の記載内容について ア 甲2文献 甲2文献(甲2)には,HFC−134a(CH2FCF3)は従来使用 の鉱物油及び合成炭化水素に対して非常に不溶性且つ非相溶性である一方, 低分子量ポリアルキレングリコール(PAG)及びある種のエステルすな わちPOEが,HFC−134aと良好な相溶性を有することが発見され たとの記載がある(733頁の“OIL SELECTION”の項)。 イ 甲3文献 甲3文献(甲3)には,HFC系冷媒であるHFC−32,HFC−1 25,HFC−134a,HFC−143a及びHFC−152aと,P AGやPOEなどの潤滑剤との相溶性に関して,次の記載がある。 「HFC系冷媒は分子中に塩素原子をもたないために潤滑油との相溶性が 低下することが知られている.従来冷凍機油として広く使用されてきたナ フテン系鉱油はHFC系冷媒と相溶性をもたない.相溶性の観点からHF C系冷媒に適合する潤滑油としては,ポリアリキレングリコール(PAG) 27 油,エステル(POEなど)系油,ポリエーテル油,フッ素系油,カーボネ ート油などの合成油が開発されている.一方,HFC系冷媒との相溶性は ないが,潤滑性を重視して,あえてナフテン系鉱油などを用いることを推 奨する報告もある. 冷媒と潤滑油の相溶性に関して溶液論等を駆使して理論的に取り扱うこ とが試みられているが,これらはいずれも実測値に基づいた半経験的な解 析にとどまっている.したがって,HFC系冷媒とそれらに適合するよう に新たに開発された潤滑油との相溶性を明らかにするためには,HFC系 冷媒と潤滑油の個々の組み合わせに対して相挙動を実測する実験的研究に 拠らざるを得ないのが現状となっている. 本報で取上げた主要なHFC系冷媒,R32,R125,R134a, R143a,R152aについては,代表的な潤滑油との相溶性に関する 一部のデータが冷媒および潤滑油メーカーなどから公表されている.その 一例を表4.1.1に示した.ここでは,密封ガラス容器を用い,温度2 33−363K,油濃度20−80mass%の範囲で測定された5種のHF C系冷媒と4種の潤滑油との相溶性の概要がまとめられている. 」 (207頁右欄下から4行目ないし208頁左欄下から8行目) そして,表4.1.1によれば,R32,R125,R134a,R1 43a,R152aという5つの冷媒と,ナフテン系油,PAG油,エス テル系油,PFE油(パーフルオロエーテル油を指す。)という4つの潤 28 滑剤との相溶性の有無が記載され,鉱油であるナフテン系油はいずれの冷 媒とも相溶性がないこと,R143aはPAG油,エステル系油と相溶性 がなく,PFE油とは特定の温度範囲で相溶性がないこと,R125とR 134aはPAG油,エステル系油,PFE油と相溶性があったこと,R 152aはPAG油,エステル系油と相溶性があったこと等が記載されて いる。 ウ 甲4文献 甲4文献(甲4)には,HFC系冷媒であるHFC−32,HFC−1 25,HFC−134a,HFC−143a及びHFC−152aと,P AGやPOEなどの潤滑剤との相溶性及び熱安定性等に関して,次の記載 がある。 「本研究では,CFC系,HCFC系冷媒の将来的な代替候補で分子中に 塩素をまったく含まずオゾン層を破壊しないHFC系冷媒としてHFC− 125,HFC−143a,HFC−152a,HFC−32を選び熱力 学特性,冷凍機油との相溶性,熱安定性,材料への攻撃性,冷媒性能につ いて基礎データを取得し,実用化のための課題抽出を目的とした。」(4 53頁右欄3行目ないし454頁左欄2行目) 「3.1 冷凍機油と冷媒の相溶性 高温では冷凍機油は冷媒と比較的良く溶解するが,低温になると冷媒の 種類によっては,冷凍機油と2層分離することがある。冷凍機油と冷媒が 2層分離すると,圧縮機起動時に焼き付きを起こしたり,泡立ちによる潤 滑不良,異常振動の原因となったりする。また,蒸発器の型式によっては, 油戻りが悪くなるなど種々の問題がでてくるので,冷凍機油と冷媒の相溶 性は重要視されている。そこで本研究では,CFC系,HCFC系冷媒の 将来的な代替候補であるHFC系冷媒と各種冷凍機油の相溶性について試 験をおこなった。 29 供試油は,市販のポリアルキレングリコール油(PAG),エステル油, パーフルオロエーテル油(PFE)及び,一般にCFC−12,HCFC −22に使用されている鉱油(ナフテン系)の4種を選んだ。…相溶性の 評価は,冷媒と冷凍機油をシールドガラスチューブ(13φ×200mm) に充填し,温度を−70℃から臨界温度付近まで変化させる。このとき, シールドガラスチューブ内の冷媒と冷凍機油が2層分離すると白濁するの で,この現象を目視確認し,そのときの温度を2層分離温度とする。冷媒 と冷凍機油の混合比は20,50,80wt%と変化させた。 従来から使用されている鉱油は,これらのHFC系冷媒と2層分離して しまい,相溶性は認められなかった。図1〜3(判決注:下図のとおり) にPAG油,PFE油,エステル油の相溶性試験結果を示す。図中の棒線 の下限の温度以下で2層分離が起こる。また高温側は臨界温度(判決注: 同文献454頁の表1には,各冷媒の臨界温度について,HFC−152 aは113.3℃,HFC−143aは73.1℃,HFC−125は6 6.3℃,HFC−32は78.4℃,HFC−134aは101.1 5℃と記載されている。)付近までは2層分離は認められなかった。HF C−143aはPFEとだけ相溶性が認められた。HFC−32,HFC −152aはPAGとエステル油に溶解した。HFC−125,HFC− 134aはどの合成油とも相溶性が認められた。」(454頁右欄4行目 ないし455頁左欄20行目) 30 「3.2 熱安定性 フロン冷媒は単体では化学的に安定であり,CFC−12,HCFC− 22共に,鉄触媒存在下で200℃に加熱した場合,1年間の分解率は 1%以下である。しかし,冷媒と冷凍機油の混合物が金属触媒存在下で加 熱されると,比較的低温で両者は徐々に反応しあう。反応の機構自体は明 らかではないが油の着色,スラッジの生成に結びつく。実際の反応は単純 なものではなく,冷凍サイクル内に存在する微量な酸素,水分も反応に関 与するし,フロン自体の分解による塩酸の生成もある。生成した塩酸は2 次的に炭化水素と反応し ,金属の腐食あ るいは銅メッキ現象(Copper Plating:油中に溶出した銅がシリンダ,ピストン軸受部などに沈着する 現象)の原因ともなる。このような冷媒と冷凍機油の反応の起き易さを評 31 価する方法として熱安定性試験(シールドチューブ試験)が広く採用され ている。熱安定性の評価は,供試冷媒(0.5g),供試油(0.05 g),触媒金属(Fe,Al,Cu:2φ×50mm,供試前にエメリー紙 320番研磨)をシールドガラスチューブに充填し,120℃で30日間 加熱した後,冷媒の分解度を調べるため,冷媒ガスを純水約15gに吸収 させ,水溶液中のフッ素イオンをイオンクロマトグラフで分析した。また, 水分の影響も調べるため,水を0.2%添加したサンプルについても同様 な試験を行った。…試験に使用した油は各冷媒と相溶性のあるものを選ん だ。 図4に熱安定性試験結果を示す(判決注:図4は省略。なお,同図に は,CFC−12及びHCFC−22については鉱油との,供試冷媒であ るHFC系の冷媒についてはPAG,POE又はPFEのうち1種ないし 3種との,それぞれの組合せによる試験結果が示されている。)。供試し たHFC系冷媒はCFC−12,HCFC−22と同程度のフッ素イオン 生成量を示しており熱安定性の面では実用上,問題のないレベルと考えら れる。しかし,金属による分解促進効果は各冷媒ごとに異っており,さら に詳細な研究が必要である。また,水分の影響は今回の試験では認められ なかった。」(455頁左欄21行目ないし456頁左欄16行目) 「3.3 材料への攻撃性 材料への攻撃性は冷凍システムの信頼性評価にとって重要な要因である。 それゆえに,一般に空調機や冷蔵庫に使用されている樹脂やゴム等の高分 子材料への攻撃性について試験を行った。材料への攻撃性は材料を50℃ の飽和液冷媒中に2週間浸漬し,その後の材料の重量変化率(膨潤率)及 び,大気圧下で冷媒を蒸発させた後の材料の重量変化率(抽出率)で評価 した。… …試験結果を示す。各冷媒によって材料への攻撃性は異っているが,今 32 回供試したエポキシ系ワニスはCFC−12,HCFC−22に比べてH FC系冷媒の中では比較的強い溶解性を示した。したがって今後,これら のHFC系冷媒の実用化を進めるにあたっては,エポキシ系ワニスの劣化 に注意が必要と考えている。」(456頁左欄17行目ないし同頁右欄最 終行) 「本予備試験結果から,…いくつかの課題が明らかになった。 一般にCFC,HCFC系冷媒に使用されている鉱油はこれらのHFC 系冷媒の潤滑油として使用することはできないが,供試油であるPAG, PFE,エステル油のような合成油は相溶性が認められ,潤滑油として期 待される。熱安定性はCFC−12,HCFC−22と同程度であり,実 用上問題のないレベルとみられる。…冷媒の性能は,COPが最も高いの はHFC−152aであるが,能力は低い。一方能力が最も高いのはHF C−32であるが,凝縮圧力吐出温度が他の冷媒と比べて高くなり,実用 化に向けては対策が必要である。 さらに,冷媒としての可能性を評価するためには毒性や燃焼性について の安全性確認等の試験が必要である。一方,不燃化やシステム性能の面か らHFC32系混合冷媒等の適用についても検討が必要である。」(46 0頁左欄20行目ないし同頁右欄17行目) エ 甲5文献 甲5文献(甲5)は,HFO−1336を冷媒に用いた発明を開示する ものである。 同文献には,特許請求の範囲の請求項1として,「2−トリフルオロメ チル−3,3,3−トリフルオロプロペン(判決注:「HFO−133 6」である。)からなる冷媒。」と記載され,発明の詳細な説明の欄に, 「【従来技術とその問題点】従来,作動流体乃至冷媒としては,クロロフ ルオロアルカン類,これらの共沸組成物並びにその近辺の組成の組成物が 33 知られている。…オゾン層破壊の可能性の高いこれらクロロフルオロアル カンについては,国際的な取り決めにより,使用及び生産が制限されるに 至っている。…上記の様なクロロフルオロアルカンに代替し得る有望な化 合物…としては,水素原子を含むクロロフルオロアルカンまたはフルオロ アルカン…が挙げられる。しかしながら,これらの代替候補化合物は,単 独では,ODP(判決注:「オゾン破壊係数」を意味する。),不燃性な らびにその他の冷媒として要求される各種性能を全て満足するものではな い。…また,共沸混合組成物として,…などが知られているが,これらの 冷媒は塩素原子を含んでいるので,今後その使用が制限される方向にあ る。」(【0002】ないし【0007】),「【発明が解決しようとす る課題】本発明は,ODPがゼロであり,冷媒としての性能に優れ,機器 運転時に相変化に際しての組成変化を実質的に伴わない冷媒を提供するこ とを主な目的とする。」(【0008】),「【課題を解決するための手 段】本発明者は,上記のような技術の現状に鑑みて種々研究を重ねてきた。 その結果,2−トリフルオロメチル−3,3,3−トリフルオロプロペン がその目的に合致する要件を具備していることを見出した。」(【000 9】),「【発明の効果】本発明で使用する2−トリフルオロメチル−3, 3,3−トリフルオロプロペンは,易分解性であり,オゾン層に影響を与 える塩素原子を含まないので,ODPはゼロであり,オゾン層の破壊問題 を生じる危険性はない。本発明による冷媒は,冷凍能力が高く,成績係数 も比較的良好である。例えば,CFC11に比して,冷凍能力において約 1.25倍であり,成績係数においては同等であるという総合的に優れた 性能を発揮する。…本発明による冷媒は,PAG(ポリアルキレングリコ ール)系油,ポリエステル系油などとの相溶性に優れている。本発明によ る冷媒は,熱安定性に比較的優れている。」(【0014】)と記載され, 実施例1において,同発明による冷媒を使用し,冷凍機油としてPAGを 34 使用して冷凍機の運転を行い,COP及び冷凍能力を測定した結果が開示 されている(【0016】)。 C 検討 ア 技術常識について 甲1文献ないし甲5文献の記載及び証拠(甲7,11,12,43,4 4,46,52)によれば,空調システムに用いられる熱移動組成物は, 冷媒化合物とともに,圧縮機を潤滑するための潤滑剤を含有していること, 潤滑剤には様々な種類のものがあるが,冷媒化合物に適する潤滑剤の選択 に当たっては,冷媒の使用温度範囲内における冷媒化合物との相溶性や化 学的安定性(熱安定性ともいう。),周辺材料に対する非浸蝕性などが重 要な考慮要素となること,ここに「相溶性」とは,潤滑剤が冷媒と溶け合 う性質を指し,冷媒と潤滑剤とを混合したときに均一な一層の液体となれ ば,潤滑剤は混合した冷媒と相溶性があるとされること,「化学的安定 性」とは,冷媒と潤滑剤とを混合した状態で,一定温度で一定期間,加熱 劣化させたときの化学的安定性をいい,その一般的な試験方法としてシー ルドチューブ試験(試験管に触媒として鉄,銅,アルミニウムを入れ,冷 媒及び潤滑剤を注入後密封し,これを一定温度にて一定期間加熱後,溶液 の色や外観等によって,潤滑剤の化学的安定性を評価するもの。)がある ことは,いずれも技術常識であると認められる。 一方,本件明細書には,冷媒化合物と潤滑剤との「混和性」について, 上記 A イのとおりの記載があるが,ここに「混和性」とは,同明細書に (冷媒と)「潤滑剤の相溶性が特に重要であることを認めるに到った。… 冷却流体は…潤滑剤と相溶であることが非常に望ましい。」,「冷却流体 −潤滑剤の組合せを所望の効率レベルで作用させるためには,広い操作温 度範囲に渡って潤滑剤が冷却流体に充分に可溶である必要がある」(【0 007】)などの記載があることや,実施例2がその内容に照らして,冷 35 媒化合物と潤滑剤との相溶性について試験したものであると認められるこ とに照らすと,「相溶性」と同義であると認められる(なお,本件明細書 においては,上記記載に加え,化学的安定性について試験した実施例3に ついて「相溶性」の試験であるとの記載があること(【0059】)など に照らせば,本件明細書における「相溶性」の語は,混和性と化学的安定 性の両者を含む趣旨で用いられていると解される。)。 イ 冷媒と潤滑剤との相溶性について 甲1文献には,HFOに属するHFO−1234ze又はHFO−12 34yfからなる熱媒体(甲1発明Z及び甲1発明Y),若しくはこれら の化合物と潤滑剤との組合せからなる熱伝達用組成物(甲1発明A)が開 示されていると認められるものの,具体的な潤滑剤の種類については開示 されていないから,甲1文献に接した当業者としては,これらの冷媒化合 物と組み合わせるべき潤滑剤としていずれの潤滑剤を選択すべきなのかを, 上記の考慮要素を踏まえて検討することとなると考えられる。 甲2文献ないし甲4文献の記載によれば,本件優先日以前より,塩素を 含む冷媒であるクロロフルオロカーボン(以下「CFC」という。)ある いはハイドロクロロフルオロカーボン(HCFないしHCFCと略称され る。)系の冷媒がオゾン層を破壊することから,代替冷媒として塩素を含 まないHFC系の冷媒に関する研究が行われていたこと,HFC系冷媒は, 分子中に塩素原子を持たないために,これまでCFC系の冷媒とともに潤 滑剤として用いられてきた鉱油との間で相溶性が悪いこと,そこで,HF C系の冷媒と相溶性があり組み合わせることができる潤滑剤として,PA G,エステル油(POE),PFEなどの使用が検討されていたこと,そ の結果,HFC系冷媒のうちHFC−143aについてはPAG及びPO Eのいずれとも相溶性はなく,HFC−32については,PAGとは概ね −40℃から臨界温度(78.4℃)付近までの間で相溶性があり,PO 36 Eとは混合比によって相溶性が認められる下限の温度に差はあるものの, 概ね10℃から上記臨界温度付近までの間では混合比にかかわらず相溶性 があること,HFC−134aについては,PAGとは概ね−60℃から 臨界温度(101.15℃)付近までの間で相溶性があり,POEとは混 合比によって相溶性が認められる下限の温度に差はあるものの,概ね−4 0℃から上記臨界温度付近までの間では混合比にかかわらず相溶性がある こと,さらに,HFC−125及びHFC−152aについては,PAG 及びPOEのいずれとも−70℃から臨界温度(HFC−125は66. 3℃,HFC−152aは113.3℃)付近までの間で相溶性があるこ となどの点が明らかになっていたことが認められる。 以上に加え,本件明細書に「ハイドロフルオロカーボン(HFC)冷媒 と共に冷却機に用いられるポリオールエステル(POE)およびポリアル キレングリコール(PAG)など,一般的に用いられる冷却潤滑剤が,本 発明の冷媒組成物と共に用いられてもよい。」(【0029】)との記載 があることに照らしても,本件優先日の当時,PAG及びPOEは,HF C系の冷媒に関しては,具体的な化合物によっては例外はあるものの,こ れと一般的には相溶性を有する潤滑剤として使用可能であることが,当業 者において認識されていたということができる。 そして,HFOは,水素,フッ素及び炭素からなり,炭素−炭素二重結 合を有する化合物の総称であり,二重結合の有無の点でHFCとはその構 造が異なるものの,水素,フッ素,炭素からなり,塩素を含まない化合物 である点でHFCと共通する化合物であること,甲5文献には,HFOに 属する点で甲1発明の冷媒化合物と共通する化合物であるHFO−133 6を冷媒に用いる発明が開示され,具体的な実験条件は明記されていない ものの,この冷媒がPAG及びPOEのいずれとも良好な相溶性を有する ことが記載されていることからすれば,当業者が,甲1発明に係るHFO 37 系の冷媒化合物であるHFO−1234zeやHFO−1234yfと組 み合わせるべき潤滑剤として,上記のようなPAGやPOEとの相溶性を 示すHFC系の冷媒やHFO−1336との間で認められた相溶性と同程 度の相溶性を示す可能性がそれなりに高いことを予測し,PAGないしは POEを選択することは,特段の創意工夫を要することなく行うことがで きるといえる。 なお,甲3文献には,「HFC系冷媒とそれらに適合するように新たに 開発された潤滑油との相溶性を明らかにするためには,HFC系冷媒と潤 滑油の個々の組み合わせに対して相挙動を実測する実験的研究に拠らざる を得ないのが現状となっている.」との記載があり,HFC系の冷媒の中 にもPAGやPOEと相溶性を有しないものがあることからすれば,当業 者としては,HFO−1234ze及びHFO−1234yfとPAGな いしPOEとの組合せが相溶性を有するかどうか,いかなる条件下で相溶 性を有するかについて,実際に混合することなしには確認することはでき ないといえる。しかしながら,このことは,当業者がHFO−1234z eやHFO−1234yfとPAGないしはPOEとを組み合わせた場合 の相溶性について,上記のように予測することを妨げるものではない。 そうすると,本件明細書に,HFO−1234zeやHFO−1225 yeとPAG又はPOEとの組合せが奏する混和性についての記載があり, かかる試験結果が冷媒化合物の構造の類似性からHFO−1234yfに ついても妥当するとしても,これらの混和性(相溶性)は,上記のとおり 当業者が予測することができたものであり,また,その相溶性の程度が予 測を超える程に格別顕著なものであることを認めるに足りる証拠もない。 ウ 冷媒と潤滑剤の化学的安定性について 甲1文献には,冷媒と潤滑剤の化学的安定性について明確な記載はない ものの,甲4文献には,HFOとは前記のとおりその構造に共通する点の 38 あるHFC系の冷媒とPAG,POE又はPFEのうち1種ないし3種と をそれぞれ組み合わせたものについて,シールドチューブ試験の結果,従 来技術であるCFC−12やHCFC−22と鉱油とを組み合わせたもの と同程度の化学的安定性を有すると記載されている。また,甲5文献には, HFO系の冷媒であるという点でHFO−1234ze及びHFO−12 34yfと共通するHFO−1336について,PAGないしはPOEと の組合せを前提に「本発明による冷媒は,熱安定性に比較的優れてい る。」と記載され,実施例1では同冷媒とPAGとを組み合わせた熱移動 組成物を用いて冷凍機の運転を行ったことが記載されているから,当業者 は,これらの記載によって,同冷媒と潤滑剤との組合せが実用可能な程度 の化学的安定性を有していることを理解するということができる。 これらの記載を踏まえると,当業者において,本件発明に係る冷媒化合 物と潤滑剤の組合せがある程度の化学的安定性を有することは十分に予想 することができることである。したがって,本件明細書にHFO−123 4zeやHFO−1225yeとPAGとを組み合わせた場合の化学的安 定性についてのシールドチューブ試験の結果が記載され,かかる試験結果 が冷媒化合物や潤滑剤の構造の類似性から,HFO−1234zeとPO Eとの組合せ,あるいはHFO−1234yfとPAG又はPOEとの組 合せについても妥当するとしても,これらの試験結果において示された化 学的安定性は,上記のとおり当業者が予想することができたものであり, また,その化学的安定性の程度が予想を超える程に格別顕著なものである ことを認めるに足りる証拠もない。 D 原告の主張について ア 原告は,当業者が甲1文献によって,同文献に記載された冷媒化合物と 汎用の潤滑剤のうち適当なものを併用して混和性等に問題がない冷媒組成 物とすることができることを意味していると理解するはずがないと主張す 39 る。 しかしながら,甲1文献の記載だけでなく,甲2文献ないし甲5文献の 記載に照らせば,本件優先日の当時,当業者が,甲1文献に開示された具 体的な冷媒化合物とある種の潤滑剤との組合せを踏まえ,相溶性や化学的 安定性をある程度予想した上で,PAG又はPOEを潤滑剤として選択す ることを,特段の創意工夫を要することなく行うことができると考えられ ることは前記のとおりであり,甲1文献が冷媒化合物と潤滑剤との相溶性 等について具体的な結果を開示していないことや,実施例の冷凍サイクル において油分離器が用いられていることは,かかる結論を左右するもので はない。 なお,原告は,甲1文献の実施例1において示された冷媒の能力の値に 誤りがあるとも指摘するが,仮に,本件優先日当時,原告が提出するシミ ュレーション(甲60)と同様のシミュレーションを行い,実施例1の冷 媒化合物の能力の値がその記載されたものよりも低いとの結果を得た当業 者がいたとしても,これとは化合物の構造の異なる実施例2ないし5につ いて追加の確認等を行うことなく,直ちに甲1文献の記載全体の信用性を 疑うものと考えることはできない。 イ 原告は,冷媒化合物と潤滑剤との混和性は予測不能で,実験的研究によ って初めて明らかになるものであり,また,HFOに対する汎用の潤滑剤 は存在せず,甲1文献に記載された実験が行われた当時,PAGやPOE は冷媒の技術分野における汎用の潤滑剤でもなかったと主張する。 しかしながら,甲1文献に記載された実験が行われた当時ではなく本件 優先日の当時における公知文献の記載や技術常識を踏まえると,PAGや POEはHFC系の冷媒に対して一般的に用いられていたということがで きること,HFOに対する汎用の潤滑剤の存否にかかわらず,これらの潤 滑剤を,HFO−1234zeやHFO−1234yfとの相溶性や化学 40 的安定性を予測した上で,これらの冷媒に組み合わせる潤滑剤として選択 することができると認められることは,いずれも前記のとおりである。 また,原告の指摘するフルオロオレフィンの反応性や毒性への懸念は, 上記のような相溶性についての予測それ自体を妨げるものではない。 ウ 原告は,フルオロオレフィンとPAG又はPOEとの組合せから予測さ れる反応性から,HFO−1234ze及びHFO−1234yfがPA G及びPOEとの間で安定性を有することは当業者にとって予想外の事項 であったと主張し,フルオロオレフィンの反応性に関して,次の文献の存 在を指摘する。 す な わ ち , “ Fluorine Chemistry: A Comprehensive Treatment ” (1995)(甲54)には,「フッ素化オレフィン」の項に,フッ素の誘導効 果によって求核付加反応が促進されること,アミン類,フェノール類,ア ルコール類等のフッ化物イオンを含む求核剤の多数が,高度フッ素化オレ フィンの炭素−炭素二重結合に付加することが記載されている(235頁 8行目ないし12行目)。 また,“Organic Fluorine Chemistry”(1971)(甲55)には,CCl F=CF2とC2H5OH,あるいは(CF3 )2C=CF2とCH3OH又は (CH3 )2 CHOHとを反応させることが記載されている(133頁の (311)及び(312)の式)。 さ ら に , “ Free Radical Chemistry. Part 9. Approaches to Fluorinated Polyethers ― Model Compound Studies ” ( Israel Journal of Chemistry Vol. 39 (1999)。甲56)には,ヘキサフルオロプロピレ ンとポリエチレングリコールとを反応させる工程が記載されている(13 3頁)。 しかるに,これらの文献は,特定の構造のフルオロオレフィンと特定の 構造のアルコールやエーテルを反応させる方法についての記載であり,こ 41 れらの文献から,直ちに,炭素−炭素二重結合を含むHFO冷媒とPAG 又はPOEとを含む熱移動組成物がその反応性により安定性を有さないと 当業者が認識するものということはできない。 そして,甲5文献では,実施例において,HFO系の冷媒であるHFO −1336とPAGとを組み合わせて,冷凍機の運転に実際に使用するこ とができることを確認しているのであるから,当業者であれば,炭素数は 異なるもののHFOに属する点で共通するHFO−1234zeやHFO −1234yfとPAGとを組み合わせた場合にも,冷凍機において使用 することができる程度の安定性を有すると予想することができる。 さらに,本件発明は,他の潤滑剤とを組み合わせた場合に比べ,特に優 れた安定性を有していることが示されているわけではないから,潤滑剤の 種類を全く特定していない甲1発明Aと比べて,当業者が予測し得ない優 れた効果を奏するというものでもない。 E 小括 以上によれば,本件発明は,混和性や安定性に関して当業者の予測を超え る顕著な効果を奏するとはいえないから,審決の認定判断にこの点を看過し た誤りがあるということはできず,原告の主張する取消事由2は理由がない。 3 取消事由3(不飽和化合物に関する阻害事由の看過)について A フルオロオレフィンの反応性について 原告は,フルオロオレフィンの反応性は当業者が熱移動組成物へのフルオ ロオレフィンの使用を検討することを阻害すると主張し,フルオロオレフィ ンの反応性に関して,前記2Dウに列挙した文献に加え,次の文献の存在を 指摘する。 すなわち,“National Aeronautics and Space Administration Contract No.NAS 7-918, Technical Support Package on Nearly Azeotropic Mixtures to Replace Refrigerant 12”(1992)(甲13)には,「表2 R 42 12の代替となる可能性のある流体混合物の選択」として,飽和及び不飽和 の冷媒に関する評価が記載されており,炭素−炭素不飽和結合を含むフルオ ロオレフィンの冷媒であるパーフルオロプロペン(R1216),2−フル オロプロペン(R1261ya),1,1,1,3,3−ペンタフルオロプ ロペン(R1225zc)及び1,1,1−トリフルオロプロペン(R12 43zf)については,いずれもコメント欄に「反応性」と,「許容(A) /拒絶(R)」の欄に「R」と,それぞれ記載されている。 また,“Quest for alternatives”(ASHRAE Journal 1987年12月 号。甲65)には,「炭素−炭素二重結合を含有するCFC化合物は,その 低い安定性のため,考慮されない。」(38頁左欄の脚注4)との記載があ る。 しかし,これらの文献は,特定の構造のフルオロオレフィンや塩素を含む フルオロオレフィンを反応性があるとして冷媒の候補から除外しているが, 塩素を含まないフルオロオレフィン全体が冷媒として使用することができな いことを示しているわけではない。 さらに,“Beyond CFCs: Extending the Search for New Refrigerants” (Proceedings of ASHRAE's 1989 CFC Technology Conference (1989)。甲 15。以下「甲15文献」という。)には,「二重結合の炭素原子を有する 化合物及びアセトンに基づく化合物は,冷媒としては問題のある評価を有す るものである。」「これらの化合物の安定性は,分子にフッ素を加えるにつ れて減少する。」(42頁右欄3行目ないし9行目)との記載がある。しか し,この文献についても,炭素−炭素二重結合を有する化合物について,ど の範囲まで調査ないし実験をしたのかは明らかではなく,また,炭素−炭素 二重結合を有する化合物の安定性が,どの程度のフッ素を加えると冷媒とし て使用することができないほどに減少するのかを明らかにしているものでは ない。 43 加えて,前記2Dウに列挙した文献から直ちに,炭素−炭素二重結合を含 むHFO冷媒とPAG又はPOEとを含む熱移動組成物がその反応性により 安定性を有さないと当業者が認識するものということはできないことは,前 記のとおりである。 むしろ,甲1文献及び甲5文献は,実施例において,HFO冷媒が冷凍機 において使用することができることを確認しており,これらの冷媒が一般に 冷媒に要求される程度の安定性を備えていることが認められるから,上記の 各文献の記載内容を踏まえても,当業者にとって,フルオロオレフィンの反 応性によって熱移動組成物へのフルオロオレフィンの使用を検討することが 阻害されるということはできない。 B フルオロオレフィンの毒性について 原告は,フルオロオレフィンの毒性に対する懸念は当業者が熱移動組成物 へのフルオロオレフィンの使用を検討することを阻害すると主張し,フルオ ロオレフィンの毒性に関して,次の文献の存在を指摘する。 すなわち,特表平4−503064号公報(甲14)には,「飽和フルオ ロカーボン及びフルオロハイドロカーボンの製造中に不純物として存在する オレフィン系不純物は,有毒であるかもしれないので汚染物質であるとして 特に好ましくなく,ほとんどの使用のために飽和生成物中のそれらの濃度は, 実際上に可能な限り低いレベルまで下げなければならない。」(2頁右下欄 10行目ないし14行目)との記載がある。 また,甲15文献には,「二重結合の炭素原子を有する化合物及びアセト ンに基づく化合物は,冷媒としては問題のある評価を有するものである。こ れらの化合物は,フッ素化されていない場合は低い毒性を有するが,完全に フッ素化するとより高い毒性を有する。」「これらの種類の,部分的にフッ 素化したいくつかの化合物は,低い急性毒性を有するが可燃性である。」 (42頁右欄3行目ないし13行目)との記載がある。 44 さらに,本件優先日後の文献である“ARI Standard 700 2006 Standard for Specifications for Fluorocarbon Refrigerants”(2006)(甲16)に は,「5.11.2.1 揮発性不純物である不飽和化合物 飽和のフッ素 化冷媒の試験試料は,5.11.2.2に個別に記載されているものを除き, ハロゲン化された不飽和揮発性不純物を,重量で40ppm以上含んではな らない。」(4頁16行目ないし18行目)との記載がある。 しかしながら,これらの文献は,いずれも,飽和のフルオロカーボンに含 まれる不純物ではなく,完全にフッ素化された化合物でもない,HFO−1 234zeやHFO−1234yf等のフルオロオレフィンについて,その 具体的な構造のいかんにかかわらず毒性があることを示すものではない。 したがって,当業者にとって,上記各文献に記載された知見に基づき,甲 1発明に係る特定の冷媒化合物と組み合わせるべき潤滑剤について検討を行 うことが阻害されるということはできない。 C 小括 以上によれば,審決の認定判断にフルオロオレフィンの反応性や毒性に対 する懸念を理由とする阻害事由を看過した誤りがあるということはできず, 原告の主張する取消事由3は理由がない。 4 結論 以上のとおりであり,原告の主張は理由がない。よって,原告の請求を棄却 することとし,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 設 樂 z 一 45 裁判官 田 中 正 哉 裁判官 神 谷 厚 毅 46 |