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事件 平成 24年 (ワ) 15614号 特許権侵害行為差止等請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所 
判決言渡日 2014/06/24
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成26年6月24日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官

平成24年(ワ)第15614号 特許権侵害行為差止等請求事件

口頭弁論終結日 平成26年4月10日

判 決

東京都千代田区<以下略>

原 告 JX日鉱日石金属株式会社

同訴訟代理人弁護士 高 橋 雄 一 郎

同訴訟代理人弁理士 望 月 尚 子

相模原市中央区<以下略>

被 告 三菱電機メテックス株式会社

同訴訟代理人弁護士 近 藤 惠 嗣

重 入 正 希

前 田 将 貴

同補佐人弁理士 加 藤 恒

松 井 重 明

永 井 豊

主 文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

1 被告は,別紙被告製品目録記載1及び2の各製品(以下,それぞれ「被告製

品1」,「被告製品2」といい,「被告各製品」と総称する。)を,生産し,

使用し,譲渡し,譲渡の申出をしてはならない。

2 被告は,原告に対し,1620万円及びこれに対する平成24年6月15日

から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。




第2 事案の概要

本件は,発明の名称を「電子材料用銅合金及びその製造方法」とする特許権

を有する原告が,被告による被告各製品の製造,販売等が上記特許権の侵害

当たると主張して,被告に対し,特許法100条1項に基づく被告各製品の生

産等の差止め及び特許権侵害不法行為に基づく損害賠償金の一部の支払を求

める事案である。

1 争いのない事実等(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事

実を含む。)

(1) 当事者

原告及び被告は,いずれも銅合金の製造及び販売等を業とする株式会社で

ある。

(2) 原告の特許権

ア 次の特許権(以下「本件特許権」といい,本件特許権に係る特許を「本

件特許」という。)は,出願人である日鉱金属株式会社を権利者として登

録され,日鉱金属加工株式会社への権利移転を経て,平成18年5月29

日に日鉱金属株式会社が,平成22年9月29日に原告が,順次一般承継

した(本件特許の特許出願の願書に添付された明細書及び図面につき後記

ウ(ウ)の訂正後のものを「本件明細書」という。また,原告は,日鉱金属

株式会社の一般承継人であるから,以下において日鉱金属株式会社のこと

も区別せずに「原告」という。)(甲1)。

登 録 番 号 特許第3383615号

出 願 日 平成11年8月5日(特願平11−221987号)

登 録 日 平成14年12月20日

発明の名称 電子材料用銅合金及びその製造方法

イ 本件特許の特許出願に対しては,平成13年9月7日付けで,特開昭5

8−123846号公報(乙2。以下「乙2文献」という。)及び特開平




10−110228号公報(乙3。以下「乙3文献」という。)に基づく

進歩性欠如をいう旨の拒絶理由通知(乙1。以下「本件拒絶理由通知」と

いう。)が発せられたが,出願人による同年11月15日付け意見書(乙

4。以下「本件意見書」という。)の提出を経て,特許登録されるに至っ

た。

ウ 本件特許の訂正の経過は次のとおりである(甲28〜30,40の3,

42)。

(ア) 本件特許の登録時の特許請求の範囲の請求項3の記載は,次のとお

りである(以下,この発明を「本件発明」という。)。

「1.0〜4.8mass%のNi及び0.2〜1.4mass%のS

iを含有し,さらにMg,Zn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,A

l,P,Mn,Ag又はBeのうち1種以上を総量で0.005〜2.

0mass%含有し,残部がCu及び不可避的不純物からなり,そし

て介在物の大きさが10μm以下であり,且つ5〜10μmの大きさ

の介在物個数が圧延方向に平行な断面で50個/mu未満であること

を特徴とする強度及び導電性の優れた電子材料用銅合金。」

(イ) 原告は,平成25年5月10日,訂正審判請求をし,同年6月21

日付け請求成立の審決の確定により,(ア)の記載は次のとおり訂正され

た(以下,この訂正を「本件訂正1」といい,訂正に係る発明を「本件

訂正発明1」という。)

「2.32〜4.8mass%のNi及び0.2〜1.4mass%の

Siを含有し,且つSiに対するNiの含有量(mass%)比が2.

7〜5.1になるように調整し,さらにMg,Zn,Sn,Fe,T

i,Zr,Cr,P,Mn,Ag又はBeのうち1種以上を総量で0.

005〜2.0mass%含有し,残部がCu及び不可避的不純物か

らなり,そして介在物の大きさが10μm以下であり,且つ5〜10




μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で50個/mu未

満であり,導電率が40%IACS以上であり,引張強さが670N

/mu以上であることを特徴とする強度及び導電性の優れた電子材料

用銅合金。」

(ウ) さらに,原告は,平成25年10月28日,訂正審判請求をし,平

成26年3月14日付け請求成立の審決の確定により,(イ)の記載は次

のとおり訂正された(以下,この訂正を「本件訂正2」といい,訂正に

係る発明を「本件訂正発明2」という。)

「2.32〜4.8mass%のNi及び0.2〜1.4mass%の

Siを含有し,且つSiに対するNiの含有量(mass%)比が2.

7〜5.1になるように調整し,さらにMg,Zn,Sn,Fe,T

i,Zr,Cr,P,Mn,Ag又はBeのうち1種以上を総量で0.

005〜2.0mass%含有し,残部がCu及び不可避的不純物か

らなり,そして介在物の大きさが10μm以下であり,且つ5〜10

μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で45個/mu以

下であり,導電率が40%IACS以上であり,引張強さが670N

/mu以上であることを特徴とする強度及び導電性の優れた電子材料

用銅合金。」

エ 本件発明,本件訂正発明1及び本件訂正発明2の構成要件を分説すると,

次のとおりである(以下,分説した構成要件を,それぞれ「構成要件A」

などという。)。

(ア) 本件発明

A 1.0〜4.8mass%のNi及び

B 0.2〜1.4mass%のSiを含有し,

C さらにMg,Zn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,Al,P,M

n,Ag又はBeのうち1種以上を総量で0.005〜2.0mas




s%含有し,

D 残部がCu及び不可避的不純物からなり,

E そして介在物の大きさが10μm以下であり,

F 且つ5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で

50個/mu未満であることを特徴とする

G 強度及び導電性の優れた電子材料用銅合金。

(イ) 本件訂正発明1

A' 2.32〜4.8mass%のNi及び

B' 0.2〜1.4mass%のSiを含有し, 且つSiに対するN

iの含有量(mass%)比が2.7〜5.1になるように調整し,

C' さらにMg,Zn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,P,Mn,A

g又はBeのうち1種以上を総量で0.005〜2.0mass%含

有し,

D 残部がCu及び不可避的不純物からなり,

E そして介在物の大きさが10μm以下であり,

F' 且つ5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で

50個/mu未満であり,導電率が40%IACS以上であり,引張

強さが670N/mu以上であることを特徴とする

G 強度及び導電性の優れた電子材料用銅合金。

(ウ) 本件訂正発明2

A' 2.32〜4.8mass%のNi及び

B' 0.2〜1.4mass%のSiを含有し,且つSiに対するNi

の含有量(mass%)比が2.7〜5.1になるように調整し,

C' さらにMg,Zn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,P,Mn,A

g又はBeのうち1種以上を総量で0.005〜2.0mass%含

有し,




D 残部がCu及び不可避的不純物からなり,

E そして介在物の大きさが10μm以下であり,

F''且つ5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で

45個/mu以下であり,導電率が40%IACS以上であり,引張

強さが670N/mu以上であることを特徴とする

G 強度及び導電性の優れた電子材料用銅合金。

(3) 被告の行為

被告は,型式番号を「M702S」及び「M702U」とする銅合金製品

の製造,販売及び販売の申出をしている。その構成は別紙「被告各製品の構

成」のとおりである(以下,それぞれの構成を「構成1−a」,「構成2−

a」などという。)。

2 争点及び争点に関する当事者の主張

(1) 争点1(被告各製品の特定)について

(原告の主張)

ア 原告は,被告が「M702S」及び「M702U」の型式番号で製造販

売する銅合金製品のうち以下の構成(以下,次の(ア)及び(イ)記載の構成

をそれぞれ「構成1−a'」,「構成2−a'」などといい,「本件構成」

と総称する。)を有するものを「被告各製品」と特定し,本件における差

止め及び損害賠償請求の対象とする。

(ア) 被告製品1は,「M702S」のうち,

1−a' Ni含有量が2.32mass%以上,

1−b' Siに対するNiの含有量(mass%)比が2.7〜5.

1,

1−c' Zn,Sn及びAgの総量が0.005〜2.0%

の構成のものである。

(イ) 被告製品2は,「M702U」のうち,




2−a' Ni含有量が2.32mass%以上,

2−b' Siに対するNiの含有量(mass%)比が2.7〜5.

1,

2−c' Znの量が0.005%以上

の構成のものである。

イ 被告各製品は,被告が製造販売する上記型式番号の各製品のうち本件構

成を有するものとして特定されているから,特定に不備はない。そして,

後記のとおり,被告による被告各製品の製造及び販売等は本件特許権の侵

害に当たるから,原告は,被告に対し,被告各製品の製造及び販売等の差

止めを求めることができる。

(被告の主張)

ア 被告が製造販売する製品は型式番号により特定された製品であり,その

うちの一部が本件構成を有すると主張するのであれば,原告は,本件構成

を有する製品を工番等により特定すべきである。また,Ni及びSiの具

体的な含有量を主張して,これが「Siに対するNiの含有量(mass

%)比が2.7〜5.1」の構成であることを具体的に主張すべきである。

イ 特許権侵害に基づく差止めを求めるためには,対象製品について,社会

通念上差止めの対象として他と区別できる程度に特定する必要がある。原

告は,特定の型式番号の製品のうち特許請求の範囲と同じ本件構成を有す

る製品を差止めの対象として特定するが,原告による被告各製品の特定は

社会通念差止めの対象として他の製品と区別することが不可能であり,

不適法である。

(2) 争点2(本件訂正発明2の技術的範囲の属否)について

(原告の主張)

構成要件B'の充足

被告各製品は,被告が製造販売する製品のうち,更に構成1−b'及び




2−b'を有する製品であるから,構成要件B'の「Siに対するNiの含

有量(mass%)比が2.7〜5.1」を充足する。

構成要件Dの充足

(ア) 「残部がCu及び不可避的不純物からなり」の解釈

「不可避的不純物」とは,最終製品を得るまでの製造過程において,

意図して導入するまでもなく鉄鋼材料中に存在することが自明であり,

その存在は不要であるが,微量であることから鉄鋼製品の特性に必ずし

も影響を及ぼさないため存在するままにされている不純物を意味し,不

可避的不純物に当たるか否かの判断は発明の作用効果との関係によるべ

きであり,当該成分が積極的に残存されたか否かといった製造者の主観

的意図によるべきではない。

また,「残部がCu及び不可避的不純物からなり」とは,残部に不可

避的不純物が含まれていても含まれていなくてもよく,さらに,合金の

特性に影響を与える元素でなければ不可避的不純物以外の成分を残存さ

せる場合も含まれると解される。

(イ) 構成1−dによれば,被告製品1が含有するホウ素(B)はごく微

量であるため,強度,電気伝導率,曲げ加工性,エッチング性及びめっ

き性とは無関係であるから,「不可避的不純物」に当たる。仮に,「不

可避的不純物」に当たらないとしても,合金の特性に影響を与える元素

ではないから,「残部がCu及び不可避的不純物からなり」に当たる。

構成2−dによれば,被告製品2は不可避的不純物を含まないが,前

記(ア)のとおり不可避的不純物を含まない場合も「残部がCu及び不可

避的不純物からなり」に当たる。

したがって,被告各製品は,構成要件Dを充足する。

構成要件F''の充足

(ア) 介在物個数が「45個/mu以下」の解釈




「45個/mu以下」とは,0個/muの場合を当然に含む。

原告は,本件意見書において,引用文献に酸化物や硫化物を小さくす

ることまでは記載されていないことに言及したにすぎず,酸化物及び硫

化物を含めた介在物が0個/muである場合を除外するような主張はし

ていない。

(イ) 被告各製品は,構成1−f及び2−fのとおり,5〜10μmの大

きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で0個/mu,導電率が40

%IACS以上,引張強さが670N/mu以上であるから,構成要件

F''を充足する。

エ その余の構成要件の充足

構成1−a及び1−a',1−c及び1−c',1−e,1−g,2−a

及び2−a',2−c及び2−c',2−e,2−gによれば,構成要件

’,C',E及びGも充足するから,被告各製品は本件訂正発明2の技術

的範囲に属する。

(被告の主張)

構成要件B'の非充足

被告が製造販売する製品は,2.2〜3.2mass%のNi及び0.

4〜0.8mass%のSiを含有する(構成1−a,1−b,2−a,

2−b)ところ,これによれば,「Siに対するNiの含有量(mass

%)比が常に2.7〜5.1」になるとは限らない。この点は,原告が主

張する,Niの含有量が2.32mass%以上の構成(構成1−a',

2−a')の製品に限定したとしても同様である。

したがって,被告が製造販売する製品は,構成1−b'及び2−b'を有

するとはいえないから,構成要件B'を充足しない。

構成要件Dの非充足

(ア) 「残部がCu及び不可避的不純物からなり」の解釈




「不可避的不純物」とは,意図して導入していないにもかかわらず鉄

鋼材料中に微量に存在しているものを意味し,良い影響を及ぼすために

添加されたもの,及び積極的に添加されていなくても,良い影響がある

ために敢えて除去しない不純物は「不可避的不純物」に当たらない。

また,「残部がCu及び不可避的不純物からなり」というためには,

残部がCu及び不可避的不純物のみから成ることを要し,Cu及び不可

避的不純物以外の成分を含有する場合はこれに当たらない。

(イ) 被告が製造販売する「M702S」はBを含有しているが(構成1

−d),Bは積極的に残存させた成分であるから,「不可避的不純物」

には当たらない。したがって,上記製品は,Cu及び不可避的不純物の

ほかにBを含むものであるから,「Cu及び不可避的不純物からなり」

とはいえず,構成要件Dを充足しない。

構成要件F''の非充足

(ア) 介在物個数が「45個/mu以下」の解釈

原告は,本件意見書において,本件発明の意義は粗大な介在物の分布

の概念を新たに導入し,介在物の分布の許容範囲を見いだした点にある

旨記載しており,このような記載によれば,原告は,本件発明は5〜1

0μmの大きさの介在物が存在することを前提としてその許容範囲を見

いだした点に特徴があると述べていることが明らかである。

このように,原告は,出願経過において,介在物個数が0個/muの

場合を除外する主張をしていたのであるから,本件訴訟において,構成

要件F''について,介在物個数が0個/muの場合を含むと主張するこ

とは許されない。

(イ) 被告が製造販売する製品は,構成1−f及び2−fのとおり,5〜

10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で0個/muで

あるから,構成要件F''を充足しない。




(3) 争点3(無効理由の有無)について

(被告の主張)

ア 乙3文献に基づく新規性又は進歩性欠如

(ア) 新規性欠如

乙3文献には,@ 段落【0021】及び【0022】の合金例18,

19,31,32,33欄に,構成要件A',B',C'の構成が,A

【請求項1】に構成要件Dの構成が,B 段落【0023】及び【00

24】の合金例18,19,31,32,33欄に,構成要件F''の

「導電率が40%IACS以上であり,引張強さが670N/mu以上

であることを特徴とする」構成が,C 段落【0001】及び【003

9】に構成要件Gの構成がそれぞれ記載されている。

また,構成要件E及びF''の「介在物」とは,析出物,晶出物,酸化

物及び硫化物を意味するが,走査型電子顕微鏡(SEM)により銅合金

を観察しても,析出物,晶出物,酸化物及び硫化物のいずれであるかを

区別することはできない。そうすると,実施例の銅合金の析出物又は晶

出物の大きさを走査型電子顕微鏡により測定した結果3μm以下であっ

た旨の乙3文献の記載(段落【0014】,【0020】【0023】

及び【0024】)は,酸化物及び硫化物を含む介在物の大きさが3μ

m以下であることと同義であり,段落【0019】にはこのような銅合

金の製造方法も記載されている。以上によれば,乙3文献には,構成要

件E及び構成要件F''の「且つ5〜10μmの大きさの介在物個数が圧

延方向に平行な断面で45個/mu以下であり」の構成(ただし,0個

/muを含むとした場合。以下,無効理由の主張について同じ。)の開

示もある。

したがって,本件特許には新規性欠如の無効理由がある。

(イ) 進歩性欠如




仮に,本件訂正発明2と乙3文献記載の発明について,本件訂正発明

2は,酸化物及び硫化物を含む介在物の大きさが10μm以下であり,

かつ,5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で4

5個/mu以下という構成を有する(構成要件E及びF'')のに対し,

乙3文献記載の発明には,酸化物及び硫化物の大きさや個数を限定する

構成を有していないという点で相違するとしても,本件特許の特許出願

当時,Cu−Ni−Si系銅合金の分野において,酸化物及び硫化物は,

銅合金の製造過程で不可避的に生じる不純物であって,作用効果の向上

に寄与しない一方で,めっき性等を悪化させるものであり,その大きさ

が小さい方が好ましいことは当業者の技術常識であり,酸化物及び硫化

物を含む介在物の大きさを3μm未満に抑える技術が確立され,開示さ

れていたことからすれば,乙3文献記載の発明にこのような周知技術

組み合わせることにより,本件訂正発明2の構成に容易に想到すること

ができる。

したがって,本件特許には進歩性欠如の無効理由がある。

イ カタログ(乙5)に基づく新規性欠如

(ア) 本件特許出願前である平成10年3月に頒布された刊行物であるカ

タログ「三菱電機 高強度・高導電銅合金 M702C・M702S」

(乙5。以下「乙5文献」という。)には,「M702S」の構成とし

て,構成要件A',C',Gの構成及び構成要件F''の「導電率が40%

IACS以上であり,引張強さが670N/mu以上であることを特徴

とする」構成が開示され,さらに,「不可避的不純物」に関する原告の

解釈を前提とすると,構成要件Dの構成も開示されている。

(イ) 乙5文献に記載されたNi及びSiの含有量についてそれぞれの上

限と下限の値の中間値を用いて計算すると,Siに対するNiの含有量

(mass%)比は2.7〜5.1の範囲内となるから,構成要件B'




の構成も開示されている。

(ウ) 乙5文献の「M702S」の断面写真(以下「乙5写真」という。

なお,これを拡大したものは乙27。)は,圧延方向に垂直な断面を撮

影したものであり,乙5写真によれば,「介在物の大きさが10μm以

下であり,5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面

で45個/mu以下であること」が明らかであって,構成要件E及びF

''の構成も開示されている。

(エ) 以上によれば,本件特許には新規性欠如の無効理由がある。

公然実施に基づく新規性欠如

(ア) 被告は,本件特許出願前に,型式番号M702Cの銅合金(以下

「M702C」という。)を製造し,CHINFON S&T TWN

社等に対し,公然と引き渡した。

(イ) M702Cは,構成要件A',B',C',D,E,Gの構成及び構

成要件F''のうち「且つ5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延方向

に平行な断面で45個/mu以下であり,導電率が40%IACS以上

であり」の構成を有する。

M702Cの引張強さは670N/mu以上ではないが,製造上67

0N/mu以上とすることに特段の困難はなく,当業者として同一製品

とみなすことができる範囲であるから,M702Cは構成要件F''の

「引張強さは670N/mu以上」の構成をも有する。

(ウ) したがって,本件訂正発明2と公然実施されたM702Cは同じ構

成を有するから,本件特許には新規性欠如の無効理由がある。

訂正要件違反

構成要件Cを構成要件C’のとおり訂正することは,特許請求の範囲

拡張するものである。すなわち,@ 2.32〜4.8mass%のNi

及び,A 0.2〜1.4mass%のSiを含有し, Siに対するN




iの含有量(mass%)比が2.7〜5.1であって,B Znを1.

5mass%,Snを0.5mass%,Alを0.0001mass%

含有する銅合金について,訂正の前後における技術的範囲の属否を検討す

ると,訂正前の発明では,Alは構成要件Cの成分であるから,「(Zn,

Sn,Al…のうち1種以上を)総量で0.005〜2.0mass%含

有し」(構成要件C)を充足しないのに対し,訂正後の発明ではAlは

「不可避的不純物」(構成要件D)に該当し,構成要件C'及びDを充足

する。

したがって,本件特許には特許法126条5項違反の無効理由がある。

オ 訂正により生じたサポート要件違反

本件訂正1により付加された「Siに対するNiの含有量(mass

%)比が2.7〜5.1になるように調整し」(構成要件B')に関し,

願書に添付した明細書及び本件訂正1後の明細書には,SiとNiの含有

量比をこのような数値範囲に限定する技術的意義の記載がなく,「願書に

添付した明細書に記載した事項の範囲内」の訂正とはいえないから特許法

126条5項違反であり,また,本件訂正1による訂正後の明細書の発明

の詳細な説明に記載がないから同条7項,同法36条6項1号違反である。

(原告の主張)

ア 乙3文献に基づく新規性又は進歩性欠如

(ア) 乙3文献は,特許出願手続に際して審査官が引用した審査引例であ

り,本件特許の出願審査並びに本件訂正1及び本件訂正2の審査請求の

際に,乙3文献との関係での新規性及び進歩性は認められている。

(イ) 本件訂正発明2と乙3文献は,本件訂正発明2は「介在物の大きさ

が10μm以下であり,かつ,5〜10μmの大きさの介在物個数が圧

延方向に平行な断面で45個/mu以下」である(構成要件E及び構成

要件F'')のに対し,@ 乙3文献には酸化物や硫化物について言及が




ない点,A 乙3文献は「圧延方向に平行な断面」での介在物の個数の

評価もされていない点で相違する。

@について,走査型電子顕微鏡及びこれに付属しているEPMA装置

により,析出物及び晶出物といった合金そのものと酸化物及び硫化物を

区別することができるから,乙3文献の走査型電子顕微鏡により測定し

たという記載は,析出物,晶出物のみを測定したと理解することが可能

である。

また,Aについて,圧延を経た銅合金の介在物は,中央部分よりも表

面に近い部分の方が個数が多く大きさも大きいから,断面観察の方が表

面観察よりも粗大な介在物の個数が多いはずである。乙3文献はエッチ

ング処理を行わずに表面観察をしているから,「圧延方向に平行な断

面」における介在物個数及び大きさを評価していない。

(ウ) 以上によれば,本件訂正発明2と乙3文献の発明が同一であるとは

いえないし,本件訂正発明2が乙3文献から容易に想到し得たものであ

るともいえないから,本件特許に無効理由は存在しない。

イ 乙5文献に基づく新規性欠如

(ア) 乙5文献は,本件特許の特許出願前ではなく,平成15年前後に頒

布されたものである。

(イ) 乙5文献に,Siに対するNiの含有量(mass%)比が2.8

〜8.0となる構成が記載されているとしても,本件訂正発明2は数値

範囲を限定した選択発明であるから,構成要件B’の「Siに対するN

iの含有量(mass%)比は2.7〜5.1」より広い数値範囲が記

載されていることにより新規性違反の問題は生じない。

乙5写真は,カタログ用の写真で介在物の大きさや分布は感得できな

いこと,介在物を観察するのに充分なエッチング処理が行われていない

ことから,乙5写真に構成要件E及びF''の構成が開示されているとは




いえない。

(ウ) 以上によれば,本件訂正発明2と乙5文献の発明は同一であるとは

いえず,本件特許に無効理由は存在しない。

公然実施に基づく新規性欠如

(ア) 被告が,本件特許出願前に,製造及び引渡しをしたM702Cはサ

ンプル品であり公然実施していたとはいえない。

(イ) M702Cが「介在物の大きさが10μm以下であり,かつ,5〜

10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で45個/mu

以下」(構成要件E,F’’)の構成を有していたかは明らかではない。

(ウ) 以上によれば,本件訂正発明2と公然実施品が同一であるとはいえ

ず,本件特許に無効理由は存在しない。

訂正要件違反

訂正後の発明において「不可避的不純物」(構成要件D)と解される成

分は,訂正前の発明においても「不可避的不純物」と解すべきである。し

たがって,被告が例に挙げた銅合金は,訂正前後の発明の構成要件Cない

しC'及びDを充足するものと解されるから,当該訂正が特許請求の範囲

拡張するものとはいえず,訂正要件に反することはない。

オ 訂正により生じたサポート要件違反

「Siに対するNiの含有量(mass%)比が2.7〜5.1になる

ように調整し」(構成要件B')は,願書に添付した明細書及び本件訂正

1後の明細書の発明の詳細な説明の記載に基づくものであり,特許法12

6条5項及び7項,同法36条6項1号に反するものではない。

(4) 争点4(原告の損害額)について

(原告の主張)

平成22年11月9日から平成24年5月31日までの被告各製品の売上

げは5億0508万円を下らない。




原告が第三者に本件特許を実施許諾する場合の実施料率は5%を下らない

から,原告が被告各製品の製造販売行為に対し受けるべき金員の額は252

5万4000円であり,同額が本件特許権侵害による原告の損害である(特

許法102条3項)。

よって,原告は,被告に対し,上記損害の一部である1620万円及びこ

れに対する不法行為の後である平成24年6月15日(訴状送達日の翌日)

から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

争う。

第3 当裁判所の判断

1 争点2(本件訂正発明2の技術的範囲の属否)について

(1) 争点1のとおり被告各製品の構成には争いがあるが,構成要件F’’に

対応する構成(構成1−f,2−f)に関しては争いがないので,同構成要

件の充足性についてまず検討することとする。

(2) 原告は,被告各製品は5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に

平行な断面で0個/muである(構成1−f,2−f)から,構成要件F''

の「5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で45個/

mu以下」を充足すると主張する。これに対し,被告は,原告は本件特許の

出願手続において「45個/mu以下」には0個/muの場合が含まれない

ことを前提とする主張をしたから,原告が本件訴訟において「45個/mu

以下」(構成要件F’’)は0個/muを含むと主張することは許されない

とする。

(3) そこで検討するに,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が

認められる。

ア 本件明細書の発明の詳細な説明には,次の趣旨の記載がある(甲40の

3)。




(ア) 【発明が解決しようとする課題】

Cu−Ni−Si系合金は,銅マトリックス中に微細なNi−Si

系金属間化合物粒子が析出することにより強度と導電率が上昇するが,

反面強度の向上に寄与しない粗大な晶出物がマトリックス中に残存し

易く,またSiが活性で,酸化物等が発生し易いため,マトリックス

中にこれら晶出物,酸化物等の比較的大きな粒子が介在した組織とな

り易い。これらの粗大な粒子が存在すると,エッチング時のスマット

の発生量が増え,エッチング後のリードの端面に突起として残存し,

めっき加工する際突起部に異常電着し,短絡等電気的障害が発生する

ことがあり,また,めっきを行なった際のめっき剥がれ,めっき脹れ,

染み,突起(つぶ)の発生という問題を引き起こす可能性があり,さ

らには,曲げ加工を行った際にクラック発生の起点となり製品の加工

性を低下させる要因となるという問題点があった。本件訂正発明2は

上述した問題解決のため,十分な強度及び電気伝導度を有しつつ,曲

加工性,エッチング性及びめっき性に優れた電子材料用銅合金を提

供することを目的としている。(段落【0005】,【0006】)

(イ) 【課題を解決するための手段】

上記の問題点を解決するため,Cu−Ni−Si系合金の成分調整を

行った上で,必要に応じMg,Zn,Sn,Fe,Ti,Zr,Cr,

Al,P,Mn,Ag,Beを含有させるとともに,製造条件を制御・

選定してマトリックス中の析出物,晶出物,酸化物等の介在物の分布の

制御を行うことにより,電子材料用銅合金として好適な素材を提供でき

ることを見いだした。本件訂正発明2は,上記知見を基にして完成され

たもので,2.32〜4.8mass%のNi及び0.2〜1.4ma

ss%のSiを含有し,且つSiに対するNiの含有量(mass%)

比が2.7〜5.1になるように調整し,さらにMg,Zn,Sn,F




e,Ti,Zr,Cr,P,Mn,Ag又はBeのうち1種以上を総量

で0.005〜2.0mass%含有し,残部がCu及び不可避的不純

物からなり,そして介在物の大きさが10μm以下であり,且つ5〜1

0μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で45個/mu以

下であり,導電率が40%IACS以上であり,引張強さが670N/

mu以上であることを特徴とする強度及び導電性の優れた電子材料用銅

合金であり,リードフレーム,端子,コネクター用として十分な強度と

電気伝導性を兼備せしめ,さらには曲げ加工性,エッチング性,めっき

性も良好な銅合金に関する。(段落【0007】,【0008】)。

(ウ) 【発明の実施の形態】

本件訂正発明2において,「介在物」とは,鋳造時の凝固過程に生じ

る一般に粗大である晶出物並びに溶解時の溶湯内での反応により生じる

酸化物,硫化物等,更には,鋳造時の凝固過程以降,すなわち凝固後の

冷却過程,熱間圧延後,溶体化処理後の冷却過程及び時効処理時に固相

のマトリックス中に析出反応で生じる析出物であり,本銅合金のSEM

観察によりマトリックス中に観察される粗大な粒子を包括するものであ

る。「介在物の大きさ」は,介在物をSEM観察下でその介在物を含む

最小円の直径をいう。「介在物の個数」とは,材料の圧延方向に平行な

断面においてエッチング後SEM観察により多数箇所で実際に数えた単

位平方mm当たりの介在物個数である。(段落【0009】)

介在物について,この合金系ではマトリックス中に介在物の粒子が存

在することがあるところ,この合金に必要な強度を得るための析出物は

微細であり,0.5μmを超える粗大な析出物,晶出物等の介在物は強

度に寄与しないばかりか,特に大きさが10μmを超える粗大なものは

曲げ加工性,エッチング性,めっき性を著しく低下させる。このような

不具合を起こさないためには,この粗大な介在物の大きさの上限を10




μmとする必要がある。また本発明者は,介在物の分布と曲げ加工性,

エッチング性,めっき性との相関を調査し,5〜10μmの粗大な介在

物であっても,圧延方向に平行な断面において50個/mu未満であれ

ば,これらの特性を損なうことがないことを見いだした。(段落【00

12】)

(エ) 【実施例】

実施例及び比較例の各合金につき諸特性の評価を行うに際し,介在物

個数は,材料の圧延方向に平行な断面をエッチング後SEMで観察し,

多数箇所において実際に数えた単位平方mm当たりの大きさ5〜10μ

mの介在物個数である。(段落【0019】)

イ 本件特許の出願経過に関し,次の事実が認められる(乙1〜4)。

(ア) 本件拒絶理由通知には次の趣旨の記載がある。

乙2文献には,本件発明に係る合金と合金組成が重複し析出物粒子の

粒径が5μm以下である電子材料用銅合金及び当該銅合金についてめっ

き密着性の向上が求められていると記載されているが,乙2文献と合金

組成が類似する銅合金において析出物及び晶出物粒子の粒径を5μm以

下とし,めっき密着性の向上を図る技術は周知である(乙3文献)。し

たがって,乙2文献記載の銅合金において,晶出物粒子の粒径を5μm

以下とし,めっき密着性の更なる向上を図ることに困難事由はなく,本

件発明は進歩性を欠く。

(イ) 乙2文献(昭和58年7月公開)には,本件発明と合金組成が重複

し,析出粒子を5μm以下とする,強度,半田付け性,めっき密着性に

優れた半導体機器用リード材が記載されている。また,乙3文献(平成

10年4月公開)には,晶出物又は析出物の大きさを3μm未満とする,

打ち抜き加工性,めっき性等に優れた電子機器用銅合金が記載されてい

る。




(ウ) 原告は,本件拒絶理由通知を受けて,次のとおりの記載のある本件

意見書(下線は出願人による。)を提出した。

「従来から,粗大な介在物は有害であることが知られていましたが,本

願発明においては,上記した,『これら粗大な介在物の分布』について

許容範囲を見出した点が大きな特徴であります。」

「引用文献1(判決注:乙2文献)は析出物に関する記載はあるものの,

晶出物,酸化物,硫化物等粗大な介在物を形成する粒子に関する記載は
ありません。また,その析出物の粒径は5μm以下という大きさのみの

規定で,本願発明の『所定の大きさの介在物の単位面積当りの個数とい

った,介在物の分布』に関する記載はありません。」

引用文献2(判決注:乙3文献)において「晶出物又は析出物の大き

さを3μm未満とする理由は,3μm以上では貴金属めっきの密着性や

めっき層の耐加熱膨れ性が低下するためです(引用文献2段落[001

4])。

引用文献2においても,引用文献1と同様に晶出物,析出物は小さく

することのみに注目し,介在物の分布を制御することは記載されていま

せん。」

「以上,本願発明は,析出物だけでなく,晶出物,酸化物,硫化物等

を含めた介在物の分布に注目し,5〜10μmの大きな粒径の介在物で
あっても許容できる単位面積当たりの個数(50個/mu以下)を規定

したものですが,引用文献1及び2は粗大な介在物の有害性について,

記載されているものの,その大きさを小さくする技術しか開示されてい

ません。」

「介在物粒子を小さくすれば特性改善が図れることは容易に判断でき

ますが,Cu−Ni−Si系銅合金は,活性な(酸化され易い)Siを

含有する溶解鋳造が難しい合金系であります。本願発明では,この合金




系において,単に介在物の大きさだけでなく,引用文献1,2では開示

されていない,単位面積当りの個数で表される,『介在物の分布』の概
念を新たに導入しました。すなわち,粒径がある程度大きな介在物があ

っても,その分布状態によっては,曲げ加工性,エッチング性,めっき

性が低下せず,良好な特性が得られる事が判明しました。その結果とし

て,介在物の許容範囲を広げ,この合金系の製造を容易にし,本願発明

は,工業的にも非常に有意義な発明であり,引用文献1,2を寄せ集め

ることにより,容易に発明できたものではありません。」

(4) 上記事実関係に基づいて判断するに,本件訂正発明2の特許請求の範囲

にいう「以下」とは基準となる数量(45個)と同じ又はこれより少ない数

量を意味するものであるから,その文言上は,0個の場合を含むと解するこ

とが可能である。

しかし,本件明細書の記載によれば,本件訂正発明2は,「介在物の分布

の制御を行うことにより」従来技術の問題点を解決するものであり(前記

(3)ア(イ)),5〜10μmの粗大な介在物の分布が圧延方向に平行な断面

において45個/mu未満であれば曲げ加工性等の特性を損なうことがない

との知見(同(ウ)参照)に基づくものである。そして,5〜10μmの粗大

な介在物が0個であれば「粗大な介在物の分布」は問題とならないから,本

件明細書の記載を考慮すると,上記大きさの介在物が0個の場合はその技術

的範囲に属しないと解することができる。

これに加え,原告は,析出物及び晶出物粒子の粒径をすべて5μm以下と

することは容易である旨をいう本件拒絶理由通知に対し,本件意見書におい

て,介在物を小さくすれば銅合金の特性改善が図れることは知られていたが,

粗大な介在物が存在してもその個数が一定限度であれば良好な特性が得られ

るという,粗大な介在物の分布の概念を新たに導入した点に本件発明の意義

がある旨を述べたものである。本件意見書の上記記載は,5〜10μmの大




きさの介在物が存在する場合にのみ本件発明の技術的意義が認められ,5〜

10μmの介在物が0個の場合はその技術的範囲に含まれないことを前提と

しているものと解される。

そうすると,原告は,構成要件Fにいう「5〜10μmの大きさの介在物

個数が…50個/mu未満」であることの意義につき,これが0個/muの

場合を含まない旨を本件意見書において言明し,これにより本件拒絶理由通

知に基づく拒絶を回避して特許登録を受けることができたものであるから,

本件訴訟において上記介在物の個数が構成要件F’’の「45個/mu以

下」に0個/muの場合が含まれると主張することは,上記出願手続におけ

る主張と矛盾するものであり,禁反言の原則に照らし許されないというべき

である。

したがって,構成要件F’’にいう「45個/mu以下」には0個/mu

の場合が含まれないと判断することが相当である。

(5) これに対し,原告は,本件意見書は,本件拒絶理由通知の引用文献に酸

化物及び硫化物を小さくすることが記載されていないことを述べたものであ

り,5〜10μmの介在物個数が0個/muの場合を除外したものではない

と主張する。

しかし,本件意見書には酸化物及び硫化物の大きさを小さくすることが本

件発明の特徴であるとの記載はなく,かえって,従来の技術常識から介在物

粒子を小さくすれば特性改善が図れることは容易に判断できるが,介在物の

分布の概念を導入したことが本件発明の特徴であることが記載されている。

そうすると,本件意見書の記載内容については上記(4)のように解するのが

相当であり,原告の主張は採用できない。

(6) 以上のとおり,構成1−f,2−fは構成要件F’’を充足せず,した

がって,被告が製造販売する製品は,本件訂正発明2の技術的範囲に属しな

い。




2 争点3(無効理由の有無)について

前記1で判断したとおり,構成要件F’’にいう「45個/mu以下」には

介在物個数が0個/muの場合を含まないと解すべきものであるが,その文言

上はこれを含むと解することもできるので,そのように解した場合に本件特許

に無効理由があるかについて念のため検討する。

(1) 乙3文献に基づく新規性欠如について

ア 乙3文献には次の趣旨の記載がある(乙3)。

(ア) Niを0.4〜4.0wt%,Siを0.1〜1.0wt%含み,

0.05〜1.5wt%のZn,0.01〜0.5wt%のMg,0.

01〜0.5wt%のMn,0.001〜0.3wt%のAgの中から

選ばれる1種又は2種以上を総計で0.001〜1.5wt%含み,更

にPb,Bi,In,Sb,Ca,Te,P,Ba,希土類元素の中か

ら選ばれる1種以上を総計で0.002〜0.2wt%含み,S,O2

の含有量が各々0.005wt%未満であり,残部Cu及び不可避的不

純物からなる組成の銅合金であって,前記銅合金の晶出物又は析出物の

大きさが 3μm未満,結晶粒度が10μm未満であることを特徴とす

る電子機器用銅合金。(【請求項1】)

(イ) 実施例及び比較例として得られた板材について,@ 結晶粒の大き

さ,A 晶出物又は析出物の大きさ,B 強度,C 導電率,D めっ

き性,E 半田付性,F 打抜加工性を調査した。A晶出物又は析出物

の大きさは走査型電子顕微鏡 (5000倍) により測定した。(段落

【0019】,【0020】)

実施例及び比較例の組成(ただし,Ni/Siは乙3文献の記載から

計算して求めた。小数第2位以下四捨五入。),晶出物又は析出物の大

きさ,導電率及び強度は次のとおりである。(段落【0021】〜【0

024】,【表1】〜【表4】)




No. Ni Si Ni/Si 他の元素 晶出物又は析出 導電率 強度

(wt%) (wt%) (wt%) 物大きさ(μm) (%IACS) (N/mu


)


18 2.56 0.59 4.3 Zn,Mn,Pの総量0.59 1.3 52 685

19 2.52 0.60 4.2 Zn,Mn,Pの総量0.63 1.7 54 705

31 2.47 0.58 4.3 Zn,Mnの総量0.52 1.8 50 670
(ウ) 本発明の電子機器用銅合金は,強度と導電性に優れ,又貴金属めっ

き性,半田付性,打抜加工性にも優れる。(段落【0039】)

イ 以上によれば,乙3文献には,

(ア) 2.47〜2.56wt%のNi及び,

(イ) 0.58〜0.60wt%のSiを含有し,かつSiに対するNi

の含有量(wt%)比が4.2〜4.3であり,

(ウ) さらに,Zn及びMn又はZn,Mn及びPを総量で0.52〜0.

63wt%含有し,

(エ) 残部がCu及び不可避的不純物からなり,

(オ) 走査型電子顕微鏡(5000倍)により測定した晶出物又は析出物

の大きさが1.3〜1.8μmであり,

(カ) 導電率が50〜54%IACS,強度が670〜705N/muで

ある,

(キ) 強度及び導電性の優れた銅合金

の構成が記載されている(以下,これに記載された発明を「乙3発明」と

いう。)。

乙3文献における「wt%」及び「強度」は,本件訂正発明2における

「mass%」及び「引張強さ」に相当するから,上記(ア)〜(エ),(カ)

及び(キ)によれば,乙3文献には,本件訂正発明2の構成要件A',B',




C',D及びGの構成並びに構成要件F''のうち「導電率が40%IAC

S以上であり,引張強さが670N/mu以上」の構成が開示されている

ことが明らかである。

ウ そこで,乙3文献に,「介在物の大きさが10μm以下であり,5〜1

0μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で45個/mu以

下」(構成要件E及びF'')の構成が開示されているかについて検討する。

被告は,乙3発明の「走査型電子顕微鏡(5000倍)により測定した

晶出物又は析出物の大きさが1.3〜1.8μm」との構成(前記イ

(オ))について,(ア) 「晶出物又は析出物」は本件訂正発明2の「介在

物」と同視でき,(イ) そうすると,乙3発明の上記構成は,介在物の大

きさが5μm未満という構成と同義であるから,乙3発明には「介在物の

大きさが10μm以下であり,5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延

方向に平行な断面で45個/mu以下(ただし,0個/muの場合を含む

ものとした場合)」の構成が開示されていると主張する。

(ア) まず,乙3発明の「晶出物又は析出物」を本件訂正発明2の「介在

物」と同視できるかを検討すると,証拠(乙32)及び弁論の全趣旨に

よれば,@ 銅合金を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察すると,二次

電子像(いわゆるSEM画像)により,晶出物,析出物,酸化物,硫化

物等の粗大な粒子の大きさ及び個数を測定することができるが,晶出物,

析出物,酸化物,硫化物等のいずれであるかの区別はできないこと,A

EPMA装置により特性X線を検出してS及びOを同定する分析を行い,

これにより得られるSを同定したEPMA画像及びOを同定したEPM

A画像とSEM画像とを対照すれば,SEM画像で観察した粒子から酸

化物及び硫化物を除外することが可能であること,B EPMA画像を

撮影して分析するためには,単にSEM画像を撮影して分析するのに比

し,数十倍の時間を要することが認められる。




他方,乙3文献には,「晶出物又は析出物の大きさ」の測定のために,

上記@のSEM画像の観察のほかに,上記AのEPMA装置による分析

を行ったことの記載はない。また,乙3文献には,有害な不純物である

S及びO2の量を厳密に規定した(段落【0013】)ことの記載はあ

るが,酸化物及び硫化物の粒子の大きさに関する記載はなく,SEM画

像で観察される粗大な粒子に酸化物及び硫化物が含まれていることを示

唆する記載もない。

そうすると,乙3発明について上記AのEPMA装置による分析を行

ったとは認められず,乙3発明の「晶出物又は析出物の大きさ」(前記

イ(オ))は,上記@のSEM画像により観察された粗大な粒子の大きさ

を意味するものと解される。

さらに,本件明細書(甲40の3)には,介在物個数はSEMで観察

したものであること(段落【0019】)が記載されているから,本件

訂正発明2の「介在物」も,SEM画像により観察される粗大な粒子で

あると解される。

以上によれば,乙3発明の「晶出物又は析出物」も本件訂正発明2の

「介在物」もSEM画像により観察される粗大な粒子であり,測定の対

象は同じであるから,乙3発明の「晶出物又は析出物」(前記イ(オ))

は,本件訂正発明2の「介在物」(構成要件E及びF'')と同視できる

というべきである。

(イ) 次に,乙3発明の「大きさが1.3〜1.8μm」という構成(前

記イ(オ))について検討する。

乙3発明は「晶出物又は析出物の大きさが3μm未満」とする発明に

係る実施例ないし比較例であること,乙3文献には,晶出物又は析出物

の大きさが3μm以上だとめっき性等が悪化するとの記載がある(段落

【0014】)ことからすれば,乙3発明における「晶出物又は析出物




の大きさ」とは,これらの粒子の大きさの最大値をいうものと解される。

したがって,乙3発明における「大きさが1.3〜1.8μm」には,

粒子の大きさが5μm未満である構成が開示されているものと解される。

そして,前記(ア)のとおり,乙3発明における「晶出物又は析出物」

は,本件訂正発明2における「介在物」と同視できるから,乙3発明は,

「介在物の大きさが10μm以下であり,かつ,5〜10μmの大きさ

の介在物個数が圧延方向に平行な断面で45個/mu以下(0個/mu

の場合を含む。)」(構成要件E及びF'')の構成を実質的に開示する

ものである。

エ これに対し,原告は,@ 乙3文献にはエッチング処理をしたことが記

載されていないから,乙3発明の「晶出物又は析出物の大きさ」はエッチ

ング処理をせずに銅合金の表面を観察したもので,測定方法が不適切であ

ること,A 銅合金の介在物の大きさは,表面に近い部分より中央部分の

方が大きいから,「圧延方向に平行な断面」の観察を行っていない乙3発

明に,「5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で4

5個/mu以下」の構成が開示されているとはいえないことを主張する。

しかし,@について,証拠(甲12,37,乙6,30,31)及び弁

論の全趣旨によれば,電子顕微鏡により銅合金を観察する際には必要に応

じて薬液によるエッチング処理を行うのが一般的であり,また,エッチン

グ処理をしていない表面からは介在物の大きさの最大値は観察できないこ

とが認められる。前記ウ(イ)のとおり,乙3発明は粒子の大きさの最大値

に着目して測定するものであるから,測定に先立って適切なエッチング処

理をするのは当然であり,乙3文献に明示されていないからといって,エ

ッチング処理を行わずに表面を観察したものであることにはならない。

次に,Aについて,原告の主張する,銅合金の表面に近い部分より中央

部分の方が介在物が大きいことを認めるに足りる証拠はない。乙3文献に




は,銅合金を切断した旨の記載はないから,銅合金の表面に適切なエッチ

ング処理をし,上方から観察したものと解されるところ,このように観察

した介在物の大きさが1.3〜1.8μmであれば,これを圧延方向に平

行な断面で観察したとしても「5〜10μmの大きさの介在物個数が45

個/mu」を上回ることはないものと推認することができる。

したがって,原告の主張はいずれも採用できない。

オ 以上によれば,乙3発明は本件訂正発明2と実質的に同一の構成を開示

するものである。そして,乙3文献には乙3発明の製造方法が説明され,

当業者が当該構成を実施し得る程度の記載があると認められるから,本件

訂正発明2は新規性を欠くものというべきである。

(2) したがって,本件訂正発明2に係る特許は特許無効審判により無効にさ

れるべきものと認められるから,特許法104条の3第1項により,原告は,

本件特許権を行使することができない。

3 結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいず

れも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部



裁判長裁判官 長 谷 川 浩 二




裁判官 清 野 正 彦




裁判官 橋 彩





(別紙)

被告製品目録

1 M702S

ただし,Ni含有量が2.32mass%以上,Siに対するNiの含有量

(mass%)比が2.7〜5.1,Zn,Sn及びAgの総量が0.005〜

2.0%のもの

2 M702U

ただし,Ni含有量が2.32mass%以上,Siに対するNiの含有量

(mass%)比が2.7〜5.1,Znの量が0.005%以上のもの





(別紙)

被告各製品の構成

1 M702S

1−a 2.2〜3.2mass%のNi及び

1−b 0.4〜0.8mass%のSiを含有し,

1−c さらにZn,Sn及びAgを含有し

1−d 残部がCuからなり,さらに,最大0.1mass%のBを含み,

1−e そして10μmよりも大きい介在物がなく,

1−f 且つ5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で0個

/muであり,導電率が40%IACSであり,引張強さが750〜85

0N/muであり,

1−g 90°曲げ試験結果が圧延方向及びこれと直角な方向において夫々1.

0max(厚さが0.20mmを超える場合には2.0max)R/tである高

強度・高導電銅合金

2 M702U

2−a 2.2〜3.2mass%のNi及び

2−b 0.4〜0.8mass%のSiを含有し,

2−c さらにZnを含有し,

2−d 残部がCuからなり,

2−e そして10μmよりも大きい介在物がなく,

2−f 且つ5〜10μmの大きさの介在物個数が圧延方向に平行な断面で0個

/muであり,導電率が50%IACSであり,引張強さが750〜85

0N/muであり,

2−g 90°曲げ試験結果が圧延方向と直角な方向において1.5max(厚さ

が0.3mmを超える場合には2.0max)R/tである高強度・高導電

銅合金





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