運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 25年 (ネ) 10043号 債務不存在確認請求控訴事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2014/05/16
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成26年5月16日判決言渡

平成25年(ネ)第10043号 債務不存在確認請求控訴事件

(原審・東京地裁平成23年(ワ)第38969号事件)

口頭弁論終結日 平成26年3月31日

判 決

控 訴 人 三 星 電 子 株 式 会 社

訴訟代理人弁護士 大 野 聖 二

同 三 村 量 一

同 田 中 昌 利

同 市 橋 智 峰

同 井 上 義 隆

同 小 林 英 了

同 飯 塚 暁 夫

同 井 上 聡

同 逵 本 憲 祐

同 岡 田 紘 明

訴訟代理人弁理士 鈴 木 守

補 佐 人 弁 理 士 大 谷 寛

被 控 訴 人 アップルジャパン株式会社訴訟承継

Apple Japan合同会社

訴訟代理人弁護士 長 沢 幸 男

同 矢 倉 千 栄

同 永 井 秀 人

同 稲 瀬 雄 一

同 石 原 尚 子

同 金 子 晋 輔
同 蔵 原 慎 一 朗

同 片 山 英 二

同 北 原 潤 一

同 岡 本 尚 美

同 岩 間 智 女

同 梶 並 彰 一 郎

訴訟代理人弁理士 大 塚 康 徳

同 加 藤 志 麻 子

補 佐 人 弁 理 士 大 塚 康 弘

同 坂 田 恭 弘

主 文

1 原判決を次のとおり変更する。

2 被控訴人による別紙物件目録1及び3記載の各製品の生産,譲渡,

貸渡し,輸入又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡若しくは貸渡

しのための展示を含む。)について,控訴人が被控訴人に対して特許第

4642898号特許権の侵害を理由とする損害賠償請求権を有しな

いことを確認する。

3 被控訴人による別紙物件目録2及び4記載の各製品の生産,譲渡,

貸渡し,輸入又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡若しくは貸渡

しのための展示を含む。)について,控訴人が被控訴人に対して有する

特許第4642898号特許権の侵害を理由とする損害賠償請求権が,

金995万5854円及びこれに対する平成25年9月28日から支

払済まで年5分の割合による金額を超えて存在しないことを確認する。

4 被控訴人のその余の請求を棄却する。

5 訴訟費用は第1審,第2審を通じてこれを3分し,その2を控訴人

の,その余を被控訴人の負担とする。
6 控訴人に対し,この判決に対する上告及び上告受理の申立てのため

の付加期間を30日と定める。

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第1審,第2審とも被控訴人の負担とする。

第2 事案の概要

1 事案の要旨

本件は,被控訴人(第1審原告)が,被控訴人による別紙物件目録記載の各製品

(以下「本件各製品」と総称し,同目録1記載の製品を「本件製品1」,同目録2記

載の製品を「本件製品2」などという。)の生産,譲渡,輸入等の行為は,控訴人(第

1審被告)が有する発明の名称を「移動通信システムにおける予め設定された長さ

インジケータを用いてパケットデータを送受信する方法及び装置」とする特許第4

642898号の特許権(以下,この特許を「本件特許」,この特許権を「本件特許

権」という。)の侵害行為に当たらないなどと主張し,控訴人が被控訴人の上記行為

に係る本件特許権侵害不法行為に基づく損害賠償請求権を有しないことの確認を

求めた事案である。

原判決は,本件製品1及び3は本件特許に係る発明の技術的範囲に属しないとす

る一方,本件製品2及び4については,本件特許に係る発明の技術的範囲に属する

としつつも,控訴人による本件特許権に基づく損害賠償請求権の行使は権利濫用

当たると判断して,被控訴人の請求を全部認容した。控訴人は,これを不服として

本件控訴を提起した。

2 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は,公知事実若しくは争いのない

事実であるか,又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)

(1) 当事者

ア 被控訴人は,パーソナル・コンピュータ,コンピュータ関連機器のハードウ
ェア及びソフトウェア,コンピュータに関連する付属機器の販売等を目的とする合

同会社である。

なお,被控訴人は,平成23年10月30日に,米国法人のアップルインコーポ

レイテッド(以下「アップル社」という。)の子会社であるアップルジャパン株式会

社を吸収合併し,本件訴訟における同社の地位を承継した(以下においては,上記

吸収合併前のアップルジャパン株式会社についても「被控訴人」という。。


イ 控訴人は,電子電気機械器具,通信機械器具及び関連機器とその部品の製作,

販売等を目的とする韓国法人である。

(2) 本件特許権

ア 控訴人(特許登録原簿上の名称「サムスン エレクトロニクス カンパニー

リミテッド」)は,平成18年5月4日,本件特許に係る国際特許出願(国際出願

号・PCT/KR2006/001699,優先日・平成17年5月4日,優先権

主張国・韓国,日本における出願番号・特願2008−507565号。以下「本

件出願」という。)をし,平成22年12月10日,本件特許権の設定登録を受けた

(甲1の1,2)。

イ 本件特許の特許請求の範囲は,請求項1ないし14から成り,その請求項1

及び8の記載は,次のとおりである(以下,請求項8に係る発明を「本件発明1」,

請求項1に係る発明を「本件発明2」といい,本件発明1及び2を併せて「本件各

発明」という。。


「【請求項1】 移動通信システムにおけるデータを送信する方法であって,上位

階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,前記SDUが一つのプロトコ

ルデータユニット(PDU)に含まれるか否かを判定する段階と,前記SDUが一つ

のPDUに含まれる場合に,ヘッダーとデータフィールドを含む前記PDUを構成

する段階と,ここで,前記ヘッダーは,一連番号(SN)フィールドと,前記PD

Uが分割,連結,またはパディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完

全に含むことを指示する1ビットフィールドと,を含み,前記SDUが一つのPD
Uに含まれない場合に,前記SDUを伝送可能なPDUのサイズにより複数のセグ

メントに分割し,各PDUのデータフィールドが前記複数のセグメントのうち一つ

のセグメントを含む複数のPDUを構成する段階と,ここで,前記各PDUのヘッ

ダーは,SNフィールド,少なくとも一つの長さインジケータ(LI)フィールド

が存在することを示す1ビットフィールド,そして前記少なくとも一つのLIフィ

ールドを含み,前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメント

を含むと,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントでも

最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に設

定され,前記PDUを受信器に伝送する段階と,を有することを特徴とするデータ

送信方法。」

「【請求項8】 移動通信システムにおけるデータを送信する装置であって,上位

階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,前記SDUが一つのプロトコ

ルデータユニット(PDU)に含まれるか否かを判定し,前記SDUを伝送可能なP

DUサイズによって少なくとも一つのセグメントに再構成するための伝送バッファ

と,一連番号(SN)フィールドと1ビットフィールドをヘッダーに含み,前記少

なくとも一つのセグメントをデータフィールド内に含む少なくとも一つのPDUを

構成するヘッダー挿入部と,前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記P

DUが分割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に

含むことを示すように前記1ビットフィールドを設定し,前記PDUの前記データ

フィールドが前記SDUの中間セグメントを含む場合,少なくとも一つの長さイン

ジケータ(LI)フィールドが存在することを示すように前記1ビットフィールド

を設定する1ビットフィールド設定部と,前記SDUが一つのPDUに含まれない

場合に,前記少なくとも一つのPDUの前記1ビットフィールド以後にLIフィー

ルドを挿入し,設定するLI挿入部と,ここで,前記PDUの前記データフィール

ドが前記SDUの中間セグメントを含む場合,前記LIフィールドは前記PDUが

前記SDUの最初のセグメントでも最後のセグメントでもない中間セグメントを含
むことを示す予め定められた値に設定され,前記LI挿入部から受信される少なく

とも一つのPDUを受信部に伝送する送信部と,を含むことを特徴をするデータ送

信装置。」

ウ 本件各発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件

を「構成要件A」「構成要件B」などという。)。


(ア) 本件発明1(請求項8)

A 移動通信システムにおけるデータを送信する装置であって,

B 上位階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,前記SDUが一つ

のプロトコルデータユニット(PDU)に含まれるか否かを判定し,前記SDUを伝

送可能なPDUサイズによって少なくとも一つのセグメントに再構成するための伝

送バッファと,

C 一連番号(SN)フィールドと1ビットフィールドをヘッダーに含み,前記

少なくとも一つのセグメントをデータフィールド内に含む少なくとも一つのPDU

を構成するヘッダー挿入部と,

D 前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記PDUが分割,連結,パ

ディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含むことを示すように

前記1ビットフィールドを設定し,前記PDUの前記データフィールドが前記SD

Uの中間セグメントを含む場合,少なくとも一つの長さインジケータ(LI)フィ

ールドが存在することを示すように前記1ビットフィールドを設定する1ビットフ

ィールド設定部と,

E 前記SDUが一つのPDUに含まれない場合に,前記少なくとも一つのPD

Uの前記1ビットフィールド以後にLIフィールドを挿入し,設定するLI挿入部

と,

F ここで,前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメント

を含む場合,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントで

も最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に
設定され,

G 前記LI挿入部から受信される少なくとも一つのPDUを受信部に伝送する

送信部と,

H を含むことを特徴をするデータ送信装置。

(イ) 本件発明2(請求項1)

I 移動通信システムにおけるデータを送信する方法であって,

J 上位階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,前記SDUが一つ

のプロトコルデータユニット(PDU)に含まれるか否かを判定する段階と,

K 前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,ヘッダーとデータフィールド

を含む前記PDUを構成する段階と,ここで,前記ヘッダーは,一連番号(SN)

フィールドと,前記PDUが分割,連結,またはパディングなしに前記データフィ

ールドに前記SDUを完全に含むことを指示する1ビットフィールドと,を含み,

L 前記SDUが一つのPDUに含まれない場合に,前記SDUを伝送可能なP

DUのサイズにより複数のセグメントに分割し,各PDUのデータフィールドが前

記複数のセグメントのうち一つのセグメントを含む複数のPDUを構成する段階と,

ここで,前記各PDUのヘッダーは,SNフィールド,少なくとも一つの長さイン

ジケータ(LI)フィールドが存在することを示す1ビットフィールド,そして前

記少なくとも一つのLIフィールドを含み,

M 前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメントを含むと,

前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントでも最後のセグ

メントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に設定され,

N 前記PDUを受信器に伝送する段階と,

O を有することを特徴とするデータ送信方法。

(3) 被控訴人の行為等

ア 被控訴人は,アップル社が製造した本件各製品を輸入・販売している。

イ 本件各製品は,本件発明1の構成要件A及びHを充足する。本件各製品にお
けるデータ送信方法は,本件発明2の構成要件I及びOを充足する。

ウ 本件各製品は,第3世代移動通信システムないし第3世代携帯電話システム

(3G)
(Third Generation)の普及促進と付随する仕様の世界標準化を目的とする

民間団体である3GPP(Third Generation Partnership Project)が策定した通

信規格であるUMTS規格(Universal Mobile Telecommunications System)に準

拠した製品である(乙1ないし5。以下,3GPPが定める通信規格を「3GPP

規格」ということがある。。


UMTS規格とは,3GPPで策定された第3世代移動通信システムの総称であ

り,多数の技術仕様からなっている。UMTS規格のうちの無線通信規格には,W

−CDMA方式(Wideband Code Division Multiple Access。一般に「W−CDM

A」といった場合には,UMTS規格と同義に使われる例もあるが,本判決におい

ては,「W−CDMA」といった場合には,3GPPの技術仕様書(Technical

Specification。以下「TS」と表記することがある。)のうち,25シリーズに規

定されている方式を指すものとする。)のほか,LTE方式(Long Term Evolution。

3GPPのTSのうち36シリーズに規定されている。)などがある。

(4) 本件特許に関するFRAND宣言

ア 3 G P P を 結 成 し た 標 準 化 団 体 の 一 つ で あ る E T S I ( European

Telecommunications Standards Institute)(欧州電気通信標準化機構)は,知的財

産権の取扱いに関する方針として「IPRポリシー」Intellectual Property Rights


Policy)を定めている。

IPRポリシー(2009年4月8日付けのもの)には,次のような規定がある

(甲12,160。原文英語)。

「3 方針の目的

3.1 ETSIは,総会が提議した,ヨーロッパの通信セクターの技術的な目

的に最も資する解決策に基づく規格および技術仕様を作成することを目的としてい

る。この目的を推進するため,ETSIのIPRについての方針は,ETSIおよ
び会員,ETSI規格および技術仕様を適用するその他の,規格の準備および採用,

適用への投資が,規格または技術仕様についての必須IPRを使用できない結果無

駄になる可能性があるというリスクを軽減するためのものである。この目的を達成

するに当たり,ETSIのIPRについての方針では,通信分野での一般利用の標

準化の必要性と,IPRの所有者の権利との間のバランスを取ることが求められる。

3.2 IPRの所有者は,ETSIの会員またはその関連会社,第三者である

かによらず,規格および技術仕様の実装で,IPRの使用につき適切かつ公平に補

償されるものとする。」

「4 IPRの開示

4.1 ・・・各会員は,自らが参加する規格または技術仕様の開発の間は特に,

ETSIに必須IPRについて適時に知らせるため合理的に取り組むものとする。

特に,規格または技術仕様の技術提案を行う会員は,善意をもって,提案が採択さ

れた場合に必須となる可能性のあるその会員のIPRについてETSIの注意を喚

起するものとする。」

「4.3 上記の第4.1項に従っての義務は,ETSIにこの特許ファミリー

の構成要素について適時に知らされた場合には,すべての既存および将来のその特

許ファミリーの構成要素につき満たされたとみなされる。・・・」

「6 ライセンスの可用性

6.1 特定の規格または技術仕様に関連する必須IPRがETSIに知らされ

た場合,ETSIの事務局長は,少なくとも以下の範囲で,当該のIPRにおける

取消不能なライセンスを公正,合理的かつ非差別的な条件(fair, reasonable and

non-discriminatory terms and conditions)で許諾する用意があることを書面で取

消不能な形で3カ月以内に保証することを,所有者にただちに求めるものとする。

・製造で使用するべく,ライセンシー自身の設計で,カスタマイズした部品およ

びサブシステムを製造または過去から引き続き製造する権利を含む,製造。

・上記で製造した機器の販売または賃貸,処分。
・機器の修理または使用,動作,および

方法の使用

上記の保証は,ライセンスの相互供与に同意することを求めるという条件に従い

行われる場合がある。・・・

6.2 特許ファミリーの指定された構成要素に関する,第6.1項に従っての

保証は,保証が行われた時点で指定したIPRを除外する旨を明示する書面がある

場合を除き,その特許ファミリーのすべての既存および将来の必須IPRに適用さ

れるものとする。当該の除外の範囲は,明示的に指定されたIPRに限定されるも

のとする。

6.3 要請されたIPRの所有者の保証が許諾されない場合,委員会の委員長

は,適切な場合,ETSI事務局と協議の上,問題が解決するまで,委員会が規格

または技術仕様についての作業を停止すべきかどうかについて判断し,および/ま

たは関連の規格または技術仕様の承認を行うものとする。」

「12 このポリシーは,フランス法に準拠する。」

「15 定義(判決注:本判決においても「必須」「IPR」「会員」「特許フ
, , ,

ァミリー」の語を,以下の定義に基づいて用いることとする。)

・・・

6 IPRに適用される「必須」とは,
(商業的ではなく)技術的な理由で,標準

化の時点で一般に利用可能な通常の技術慣行および最新技術を考慮し,IPRに抵

触せずに規格に準拠する機器または方法を製造または販売,賃貸,処分,修理,使

用または動作できないことを意味する。疑義を回避するため,規格が技術的な解決

策でのみ実行可能で,すべてがIPRに抵触する例外的な場合で,当該のすべての

IPRは必須とみなされるものとする。

7 「IPR」とは,商標以外の知的財産権の適用を含む,法律により参照され

た知的財産権を意味するものとする。疑義を回避するため,体裁に関連する権利ま

たは機密情報,企業秘密,同様のものは,IPRの定義から除外される。・・・
9 「会員」とは,ETSIの会員または賛助会員を意味するものとする。会員

の参照は,文脈が許す場合には常に,その会員およびその関連会社と解釈されるも

のとする。・・・

13 「特許ファミリー」とは,優先順位の高い文書それ自体を含む,一般に1

つ以上の優先順位のあるすべての文書を意味するものとする。疑義を回避するため,

「文書」は特許および実用新案,その応用を表す。」

イ(ア) 控訴人は,1998年(平成10年)12月14日,ETSIに対し,U

MTS規格としてETSIが推進しているW−CDMA技術に関し,控訴人の保有

する必須IPRライセンスを,ETSIのIPRポリシー6.1項に従って,公正,


合理的かつ非差別的な条件」(fair, reasonable and non-discriminatory terms and

conditions)
(以下「FRAND条件」という。)で許諾する用意がある旨の誓約(宣

言)をした(甲5)。

(イ) 控訴人は,2007年(平成19年)8月7日,ETSIに対し,ETSI

のIPRポリシー4.1項に従って,本件出願の優先権主張の基礎となる韓国出願

の出願番号,本件出願の国際出願番号(PCT/KR2006/001699)等

に係るIPRが,UMTS規格(TS 25.322等)に関連して必須IPRで

あるか,又はそうなる可能性が高い旨を知らせるとともに,ETSIのIPRポリ

シー6.1項に準拠する条件(FRAND条件)で,取消不能なライセンスを許諾

する用意がある旨の宣言(以下「本件FRAND宣言」という。)をした(甲13)。

本件FRAND宣言には,その有効性等はフランス法に準拠するとの文言及び規格

に関し相互にライセンスを供与することを求めるとの条件に従い行われるとの文言

が含まれていた。

(5) 本件訴訟に至る経緯等

ア 控訴人は,平成23年4月21日,被控訴人による本件各製品の生産,譲渡,

輸入等の行為が本件各発明に係る本件特許権の直接侵害又は間接侵害(特許法10

1条4号,5号)を構成する旨主張して,特許法102条に基づく差止請求権を被
保全権利として,被控訴人に対し,本件各製品の生産,譲渡,輸入等の差止め等を

求める仮処分命令の申立て(東京地方裁判所平成23年(ヨ)第22027号事件。

以下「本件仮処分の申立て」という。)をした。

イ 被控訴人は,平成23年9月16日,本件訴訟を提起した。

控訴人は,同年12月6日,
「iPhone 4S」についても,同様の仮処分の

申立て(東京地方裁判所平成23年(ヨ)第22098号事件。以下「別件仮処分

の申立て」という。)をした。

控訴人は,平成24年9月24日,本件仮処分の申立てのうち,本件製品1及び

3を対象とする部分を取り下げた。

ウ 東京地方裁判所は,平成25年2月28日,原判決を言い渡し,同日,本件

仮処分の申立て及び別件仮処分の申立てについても,控訴人による本件特許権の行

使は権利濫用に当たるとして申立てを却下する旨の決定をした。

3 争点

本件の争点は,@本件各製品についての本件発明1の技術的範囲の属否(争点1),

A本件発明2に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号,5号)の成否(争

点2)B特許法104条の3第1項の規定による本件各発明に係る本件特許権の権


利行使の制限の成否(争点3),C本件各製品に係る本件特許権の消尽の有無(争点

4),D控訴人の本件FRAND宣言に基づく本件特許権のライセンス契約の成否

(争点5)E控訴人による本件特許権に基づく損害賠償請求権の行使の権利濫用


成否(争点6)及びF損害額(争点7)である。

第3 争点に関する当事者の主張

1 争点1(本件各製品についての本件発明1の技術的範囲の属否)について

(1) 控訴人の主張

ア 本件各製品の構成

(ア) 本件各製品は,3GPP規格であるUMTS規格(W−CDMA方式)に準

拠したものであるから,3GPPが2006年(平成18年)9月に策定した3G
PP規格の技術仕様書「3GPP TS 25.322 V6.9.0」
(甲1の3,

乙6。以下「本件技術仕様書V6.9.0」という。)記載の構成を備えている。

そして,本件技術仕様書V6.9.0の「4.2.1.2 アンアクナリッジド

モード(UM)RLCエンティティ」「4.2.1.2.1
, 送信UM RLCエ

ンティティ」「9.2.1.3
, UMD PDU」「9.2.2.5
, エクステン

ションビット(E)」及び「9.2.2.8 長さインジケータ(LI)(以下,そ


れぞれを「4.2.1.2項」「4.2.1.2.1項」などという。
, )によれば,

本件各製品は,いずれも,次のとおりの構成を有している(以下,各構成を「構成

a」「構成b」などという。)。


a 本件各製品は,移動通信システムにおいてデータを送信する装置である。

b 本件各製品は,上位階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,S

DUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)の利用可能なスペースより大きい

場合には適当なサイズのPDUに分割するための伝送バッファを有している(別紙

3GPP TS25.322 V6.9.0(抜粋)(以下「別紙TS」という。)

の1及び2記載の4.2.1.2項及び4.2.1.2.1項参照)。

c 本件各製品は,一連番号(SN)フィールドとEビットフィールドを有する

UMDヘッダと,長さインジケータ(LI)とを含むRLCヘッダをデータに対し

て付加するヘッダ付加部を有する(別紙TSの3記載の9.2.1.3項参照)。

d ヘッダ付加部は,PDUに含まれるものが分割,連結,パディングされてい

ない完全なSDUの場合には完全なSDUが含まれることを示す「0」を設定し,

PDUに含まれるものが完全なSDUでない場合にはEビットに長さインジケータ

が存在することを示す「1」を設定する(別紙TSの4記載の9.2.2.5項参

照)。

e ヘッダ付加部は,SDUが一つのPDUに含まれない場合に,少なくとも一

つのPDUのEビットフィールド以後にLIフィールドを挿入する(別紙TSの5

(1)記載の9.2.2.8項参照)。
f ヘッダ付加部は,PDUのデータフィールドがSDUの最初のセグメントで

も最後のセグメントでもないセグメントを含む場合,LIフィールドは,PDUが

SDUの最初のセグメントでも最後のセグメントでもないセグメントを含むことを

示す予め定められた値「111
( 1110」 「111
又は 1111 1111 1

110」)を設定する(別紙TSの5(2)記載の9.2.2.8項参照)。

g 本件各製品は,ヘッダ付加部から受信される少なくとも一つのPDUを受信

側のエンティティに伝送する送信部を有している。

h 本件各製品は,データを送信することができる装置である。

(イ)a カナダ法人のチップワークス社による実機テスト(以下「本件実機テスト」

という。)の報告書(乙13)は,本件製品2及び4が,本件技術仕様書V6.9.

0の「Alternative E-bit 解釈」
(代替的Eビット解釈)に基づく機能(9.2.2.

5項及び9.2.2.8項)を実装していることを示している。このことは,電気

通信大学A教授作成の鑑定意見書(乙14)からも裏付けられる。

(a) 本件実機テストに「基地局エミュレータ」として用いた機器は,ドイツ法人

の ロ ー デ ・ シ ュ ワ ル ツ 社 製 の 無 線 機 テ ス タ 「 C M W 5 0 0 universal radio

communication tester」
(以下「CMW500」という。)である。CMW500は,

W−CDMA方式に対応したもので,実際のネットワークと同様の通信環境を実現

することができる機器である(乙14の10頁,乙41)。CMW500は,GCF

(Global Certification Forum) 及びPTCRB (PCS Type Certification Review

Board) といった国際的な機関による認証を受けている。

テスト1「PDUサイズ:488ビット,SDUサイズ:480ビット」は,
「P

DUが分割,連結,パディングされていない完全なSDUを含む場合」のデータサ

イズの組合せである。なお,PDUサイズがSDUサイズより8ビットだけ大きく

なっているのは,SDUをPDUに変換する際に8ビットのPDUヘッダ(一連番

号(SN)の7ビット+Eビットの1ビット)が付加されることを考慮したためで

ある(乙14の10頁)。
テスト2「PDUサイズ:80ビット,SDUサイズ:480ビット」は,最初

と最後を除いたPDU(例えば,2番目のPDU)が「中間セグメント」に該当す

るデータサイズの組合せであり,この中間セグメントとしてのPDUをモニタする

ものである(乙14の11頁)。

(b) 本件実機テストの結果は,次のとおりである。

@ PDUがSDUを完全に含む場合(テスト1)には,一連番号(SN)に続

くEビットが「0」となり,長さインジケータを含まないPDUが出力されている

(乙13の図12,14)。

A PDUがSDUの中間セグメントを含む場合(テスト2)には,一連番号(S

N)に続くEビットが「1」となり,長さインジケータとして所定値(11111

10)を含むPDUが出力されている(乙13の図13,15)。

(c) 9.2.2.5項には,代替的Eビット解釈として,「次のフィールドは,

分割,連結,パディングされていない完全なSDU」である場合,Eビットを「0」

とし,
「次のフィールドは,長さインジケータとEビット」である場合,Eビットを

「1」とすることが,9.2.2.8項には,代替的Eビット解釈が設定され,か

つ,PDUがSDUの中間セグメントを含む場合,7ビットの長さインジケータが

用いられるときは,値「111 1110」を持つ長さインジケータを用いること

が記載されている。

本件実機テストの結果におけるEビットの値及び長さインジケータの値(前記(b))

は,本件技術仕様書V6.9.0の代替的Eビット解釈に基づく機能と整合してお

り,本件製品2及び4が上記機能を実装していることを示すものといえる。

b この点に関し被控訴人は,本件実機テストの結果の「Interpretation」の欄

に「次のオクテット:データ(「next octet: data」」と表示されており,
) 「分割,

連結,パディングされていない完全なSDU」と表示されていないから,本件実機

テストでは,代替的Eビット解釈ではなく,本件技術仕様書V6.9.0の9.2.

2.5項記載の「Normal E-bit 解釈」(通常Eビット解釈)(別紙TSの4参照)が
用いられているなどと主張する。

しかし,代替的Eビット解釈において,Eビットに「0」が設定される場合,次

に続くビット列が「データ」
(ただし,
「完全なSDU」の「データ」である。)であ

ることには相違がないから,「Interpretation」の欄に「次のオクテット:データ

(「next octet: data」」と表示されていることは本件実機テストに代替的Eビット


解釈が使用されていることと相反するものではない。

また,控訴人が通常Eビット解釈に従った場合(CMW500の設定画面の

「altE_bitinterpretation」のチェックボックス(乙13の図11)にチェックを

入れない場合)についての比較テストの結果を確認したところ,チェックを入れた

場合と入れない場合とでは,PDUヘッダの構成が異なっており,しかも,チェッ

クを入れない場合には通常Eビット解釈に従ったPDUヘッダが出力されていた

(乙55の35頁ないし38頁) かかる比較テストの結果は,
。 本件実機テストにお

いて,通常Eビット解釈ではなく,代替的Eビット解釈が用いられていることを明

確に示すものである。

したがって,被控訴人の上記主張は理由がない。

構成要件B及びDの充足

(ア) 本件技術仕様書V6.9.0の9.2.2.5項記載の代替的Eビット解釈

は,以下に述べるとおり,本件発明1の構成要件B及びDの内容を開示したもので

ある。

本件発明1は,「SDUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)に含まれる

か否かを判定し」
構成要件B)「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前


記PDUが分割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完

全に含むことを示すように前記1ビットフィールドを設定」
構成要件D)する構成

を備えている。

構成要件Dの文言,本件特許に係る明細書(甲1の2。以下,図面を含めて「本

件明細書」という。)の段落【0022】及び図5Aによれば,構成要件Dの「前記
SDUが一つのPDUに含まれる場合」とは,
「前記PDUが分割,連結,パディン

グなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含む」場合,すなわち,
「SD

UのサイズがPDUのペイロードのサイズに完全に一致する場合」を意味するもの

であり,SDUが連結されてPDUに格納されている場合やSDUがパディングと

ともにPDUに格納されている場合は,これに含まれない。

そして,9.2.2.5項には,「代替的Eビット解釈」として,「次のフィール

ドは,分割,連結,パディングされていない完全なSDU」である場合,すなわち,

SDUがPDUに完全に含まれる(一致する)場合は,Eビットを「0」とし,そ

うでない場合は,Eビットを「1」とすることが記載されており(別紙TSの4参

照),上記記載は,SDUがPDUに完全に含まれる(一致する)か否かの判定を行

い,その判定結果に従ってEビットを上記のように設定することを規定するものと

いえるから,構成要件Bの「SDUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)に

含まれるか否か」を「判定」する構成及び構成要件Dの「前記SDUを完全に含む

ことを示すように前記1ビットフィールドを設定」する構成を開示している。なお,

4.2.1.2.1項(別紙TSの2参照)と9.2.2.5項との関係は,4.

2.1.2.1項は,Eビットのタイプによらず,SDUがPDUよりも大きいか

否かを判定するという包括的な記載にとどまり,代替的Eビット解釈が使用される

場合の具体的な比較の手法は,9.2.2.5項に記載されていると合理的に理解

することができる。

(イ) 以上を前提とすると,本件各製品の構成b及びdは,構成要件B及びDをそ

れぞれ充足する。

構成要件C,EないしGの充足

本件各製品の構成cは構成要件Cを,構成eは構成要件Eを,構成fは構成要件

Fを,構成gは構成要件Gをそれぞれ充足する。

エ まとめ

(ア) 以上のとおり,本件各製品は,本件発明1の構成要件BないしGを充足し,
また,本件各製品が構成要件A及びHを充足することは,前記争いのない事実等(3)

イのとおりである。

したがって,本件各製品は,本件発明1の構成要件を全て充足するから,その技

術的範囲に属する。

(イ) これに対し被控訴人は,本件各製品が本件発明1の技術的範囲に属するとい

うためには,本件各製品が本件発明1の構成要件に記載された全ての機能を現実の

ネットワーク上で実行していることを立証する必要があるところ,代替的Eビット

解釈は,通常Eビット解釈のオプション的なものであり,通信事業者が代替的Eビ

ット解釈を使用するようにネットワークを設定していることについての立証がない

から,本件各製品が本件発明1の技術的範囲に属しない旨主張する。

しかし,本件各製品は,本件発明1の構成要件を全て充足し,代替的Eビット解

釈を実施する構成を備えている以上,本件発明1の技術的範囲に属するというべき

であり,現実のネットワーク上で通信事業者が代替的Eビット解釈を使用するよう

にネットワークを設定しているかどうかは本件発明1の技術的範囲の属否とは無関

係である。

したがって,被控訴人の上記主張は失当である。

(2) 被控訴人の主張

ア 本件各製品の構成について

(ア) 本件各製品におけるUMTS規格に関連する処理は,本件各製品に実装され

たベースバンドチップによって行われている(以下,本件各製品に実装されている

ベースバンドチップを「本件ベースバンドチップ」という。。本件ベースバンドチ


ップは,アップル社がインテル社(Intel Corporation)製のチップをその完全子会

社であるインテル・アメリカ社(Intel Americas, Inc.)を通じて購入し,実装し

たものである。

本件製品1及び3には,インテル社製のベースバンドチップ「PMB8878」

が搭載されているところ,
「PMB8878」が準拠している3GPP規格は,本件
出願の優先日前に公開された「リリース5」と呼ばれるバージョンであり,代替的

Eビット解釈は含まれていないから,本件製品1及び3が控訴人主張の構成bない

しgを有することは争う。

また,本件製品2及び4が控訴人主張の構成bないしgを有することは不知であ

る。

(イ)a 控訴人主張の本件実機テストの報告書(乙13)は,本件製品2及び4が

代替的Eビット解釈に基づく機能を実装していることを基礎付けるものではない。

すなわち,本件実機テストは,基地局のように振る舞うエミュレータに携帯端末

を接続し,テスト端末からエミュレータに送信されるデータを解析するためのソフ

トウェアを用いてテストを行っているにすぎないものであり,このような現実のネ

ットワークとは異なる単なるテスト環境において実施したテストの結果によって,

本件各製品が現実のネットワークにおいて代替的Eビット解釈に基づく機能を実行

できることを示すものではない。

b また,本件実機テストの報告書(乙13)には,次のような不備又は問題点

があり,本件製品2及び4が代替的Eビット解釈に基づく機能を実装していること

を基礎付けるものではない。

(a) 乙13の図12及び図14のテストログ(テスト1)においては,「Byte」

欄の「68」の2列目の行において,Eビットが「0」に設定されるとともに,

「Interpretation」欄に「next octet: data」(訳文「次のオクテット:データ」)

と記載されている。このように「次のフィールド」が「データ」と記載されている

ことからすると,本件実機テストは,代替的Eビット解釈ではなく,通常Eビット

解釈が使用されている場合(本件技術仕様書V6.9.0の9.2.2.5項の「通

常Eビット解釈」のビット「0」の場合)であると考えるのが素直である。

また,乙13の図12及び図14のテストログに示されているビット列は,テス

ト製品から出力されたデータの一部でしかないため,PDUが分割,連結,パディ

ングされていない一つの完全なSDUを含んでいるのか,別のものを含んでいるの
か定かでないから,そもそも図12及び図14のテストログを根拠として,テスト

に用いた製品が代替的Eビット解釈を使用しているとの結論を導くことはできない。

なお,乙13の図11の「altE_bitinterpretation」のチェックボックスにチェ

ックが入っていることと,テスト製品において実際に代替的Eビット解釈が使用さ

れるかどうかとは無関係である。

(b) 乙13の図13及び図15のテストログ(テスト2)における「11111

10」という値が設定された長さインジケータが,中間セグメントを含む長さイン

ジケータにだけ設定されることを裏付ける証拠がない以上,上記値が中間セグメン

トを含むPDUの存在を示していると結論付けることはできない。

また,乙13の図13及び図15も,図12及び図14と同様に,テスト製品か

ら出力されたSDUの表示部分を表示するにとどまり,SDUの他のセグメントが

どのような状態になっているか明らかにされていない。

したがって,図13及び図15は,テスト製品が代替的Eビット解釈を実装して

いることを基礎付けるものとはいえない。

構成要件B及びDの非充足

本件発明1の構成要件B及びDは,以下のとおり,本件技術仕様書V6.9.0

記載の構成と異なる構成のものであるから,仮に控訴人が主張するように本件各製

品が本件技術仕様書V6.9.0に準拠した構成を備えているとしても,本件各製

品が構成要件B及びDを充足するとはいえない。

(ア) 構成要件Bについて

構成要件Bの「前記SDUが一つのPDUに含まれるか否かを判定」との記載と

構成要件Dの「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記PDUが分割,

連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含むことを示

す」との記載を総合すると,構成要件Bにおける「前記SDUが一つのPDUに含

まれる」とは,「SDUが一つのPDUに完全に含まれる(一致する)」ことを意味

すると解すべきである。
このように本件発明1は,構成要件Bにおいて,SDUが一つのPDUに完全に

含まれる(一致する)か否かを判定する方式を採用している。

他方で,本件技術仕様書V6.9.0の4.2.1.2.1項の「RLC SD

UがUMD PDUの利用可能なスペースの長さより大きい場合」に「RLC S

DUを適当なサイズのUMD PDUsに分割する。」との記載によれば,4.2.

1.2.1項記載の判定方式は,SDUの分割が必要か否かを決定することを目的

とし,SDUがPDUの利用可能な領域よりも大きいか否か(SDUとPDUの大

小関係)を判定する方式であって,SDUが一つのPDUに完全に含まれる(一致

する)か否かを判定する方式とは異なるものである。

また,控訴人主張の本件技術仕様書V6.9.0の9.2.2.5項の記載は,

Eビットに設定される「0」又は「1」という値をそれぞれどのように解釈すべき

かについて規定しているにすぎず,判定方式については何ら述べていない。

したがって,本件各製品が本件技術仕様書V6.9.0に準拠した構成bを備え

ていることをもって,本件各製品が構成要件Bを充足するとはいえない。

(イ) 構成要件Dについて

構成要件Dにいう「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合」とは,@パディ

ングが生じている場合(すなわち,SDUがパディングとともにPDUに格納され

る場合),A連結が生じている場合(すなわち,SDUが一つ又は複数の他のSDU

と連結され,PDUに格納される場合),B分割,連結及びパディングのいずれも生

じていない場合(すなわち,SDUのサイズがPDUのペイロードのサイズに完全

に一致する場合)を全て対象とするものであるから,構成要件Dを充足するという

ためには,上記@又はAの場合であっても,
「PDUが分割,連結又はパディングな

しにSDUを完全に含むことを示すように1ビットフィールドが設定」されなけれ

ばならない。

他方で,本件技術仕様書V6.9.0記載の代替的Eビット解釈においては,上

記Bの場合にのみ,PDUが完全なSDUを含むことを示すように1ビットフィー
ルドが設定されるのであるから,構成要件Dと本件技術仕様書V6.9.0に準拠

した構成dとでは,PDUが分割,連結又はパディングされていないSDUを含む

ことを示すように1ビットフィールドが設定される条件が異なるとともに,PDU

が連結又はパディングの生じているSDUを含む場合の1ビットフィールドの設定

方法が異なっている。

したがって,本件各製品が本件技術仕様書V6.9.0に準拠した構成dを備え

ていることをもって,本件各製品が構成要件Dを充足するとはいえない。

ウ 本件各製品が本件発明1の構成要件に記載された全ての機能を実行できるこ

との立証がないこと

本件各製品が本件発明1の技術的範囲に属するというためには,本件各製品が本

件発明1の構成要件に記載された全ての機能を実行できることを立証する必要があ

り,そのためには,ネットワーク通信事業者が代替的Eビット解釈を使用できるよ

うにネットワークを構成していることを示す必要があるというべきである。

すなわち,代替的Eビット解釈は,本件各製品それ自体が単独で実行できるもの

ではなく,いかなる携帯端末も,代替的Eビット解釈を使用するようネットワーク

から指示されない限り,基地局へのデータ送信に際し,デフォルトの「通常Eビッ

ト解釈」を実行するのであり,その場合には,本件発明1の構成要件D及びFが規

定する内容に従ってEビットや長さインジケータが設定されることはないのである

から,本件各製品が本件発明1の構成要件に記載された全ての機能を実行するには,

ネットワーク通信事業者が代替的Eビット解釈を使用できるようにネットワークを

構成していなければならない。

しかるに,本件においては,ネットワーク通信事業者が代替的Eビット解釈を使

用できるようにネットワークを構成していることを示す証拠は存在せず,本件各製

品が本件発明1の構成要件に記載された全ての機能を実行できるものといえないか

ら,本件各製品は本件発明1の技術的範囲に属しない。

エ まとめ
以上のとおり,本件各製品は,本件発明1の構成要件を充足せず,また,本件発

明1の構成要件に記載された全ての機能を実行できるものといえないから,本件発

明1の技術的範囲に属しない。

2 争点2(本件発明2に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号,5

号)の成否)について

(1) 控訴人の主張

ア 本件各製品におけるデータ送信方法の構成

前記1(1)アの本件各製品の構成によれば,本件各製品におけるデータ送信方法

(以下「本件方法」という。)は,次のとおりの構成を有している(以下,各構成を

「構成i」「構成j」などという。。
, )

i 本件方法は,移動通信システムにおいてデータを送信する。

j 本件方法は,上位階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,SD

Uが一つのプロトコルデータユニット(PDU)に含まれるか否かを判定する。

k SDUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)に含まれる場合に,ヘッ

ダとデータを含むPDUを構成する。ここで,ヘッダには,一連番号フィールドと,

PDUに含まれるのが分割,連結,パディングされていない完全なSDUを含むこ

とを示す値「0」が設定されるEビットフィールドとを含む。

l SDUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)の利用可能なスペースよ

り大きい場合には,適当なサイズのPDUに分割する。ここで,ヘッダには,一連

番号フィールドと,PDUに含まれるのが完全なSDUでない場合に,長さインジ

ケータが存在することを示す値「1」が設定されるEビットフィールドと,長さイ

ンジケータとを含む。

m PDUのデータフィールドがSDUの最初のセグメントでも最後のセグメン

トでもないセグメントを含む場合,LIフィールドは,PDUがSDUの最初のセ

グメントでも最後のセグメントでもないセグメントを含むことを示す予め定められ

た値(「111 1110」又は「111 1111 1111 1110」)が設
定される。

n 本件方法は,PDUを受信側のエンティティに伝送する。

o 本件方法は,データを送信する。

イ 本件方法が本件発明2の技術的範囲に属すること

(ア) 本件方法の構成jないしnは,本件発明2の構成要件JないしNをそれぞれ

充足する。

この点に関し,被控訴人は,本件発明2の構成要件J及びLは,本件技術仕様書

V6.9.0記載の構成と異なる構成のものであるから,本件方法が構成要件J及

びLを充足するとはいえない旨主張するが,前記1(1)イで構成要件B及びDについ

て述べたのと同様の理由により,構成要件J及びLは,本件技術仕様書V6.9.

0記載の代替的Eビット解釈の内容を開示したものであるから,被控訴人の上記主

張は理由がない。

(イ) 以上のとおり,本件方法は,本件発明2の構成要件JないしNを充足し,ま

た,本件方法が構成要件I及びOを充足することは,前記争いのない事実等(3)イの

とおりである。

したがって,本件方法は,本件発明2の構成要件を全て充足するから,その技術

的範囲に属する。

間接侵害の成立

(ア) 特許法101条4号間接侵害

特許発明に係る方法の使用に用いる物に,当該特許発明実施しない使用方法

体が存する場合であっても,当該特許発明実施しない機能のみを使用し続けなが

ら,当該特許発明実施する機能は全く使用しないという使用形態が,その物の経

済的,商業的又は実用的な使用形態として認められない限り,その物を製造,販売

等することによって侵害行為が誘発される蓋然性が極めて高いことに変わりはない

というべきであるから,「その方法の使用のみ用いる物」(特許法101条4号

に当たると解するのが相当である(知的財産高等裁判所平成23年6月23日判決
参照)。

そして,本件各製品において本件発明2を実施する機能を全く使用しないという

ことは,その経済的,商業的又は実用的な使用形態としておよそ想定することがで

きないことから,本件各製品は,本件発明2の「その方法の使用のみ用いる物」

に当たるものといえる。

そうすると,被控訴人が本件各製品を輸入し,販売する行為は,本件発明2に係

る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号)を構成するというべきである。

(イ) 特許法101条5号間接侵害

本件発明2は,従来技術によるVoIP通信方式でRLCフレーミング方式を使


用する場合に,不必要なLIフィールドの使用によって限定された無線リソースが

非効率的に使用されるという問題点」(本件明細書の段落【0012】)を解決課題

とし,
「パケットサービスを支援する移動通信システムで,無線リンク制御階層のプ

ロトコルデータユニット(RLC PDU)のヘッダーサイズを減少させて無線リソ

ースを効率的に使用する方法及び装置を提供すること」(段落【0013】)等を発

明の目的とし,
「限定された無線伝送リソースを効率的に使用する」等の効果を有す

る(段落【0018】)ものである。本件各製品は,本件発明2の使用に用いる物で

あって,本件発明2の上記課題の解決に不可欠なものである。

また,被控訴人は,控訴人による本件仮処分の申立てを受けたことにより,本件

発明2が特許発明であること及び本件各製品が本件発明2の実施に用いられている

ことについて知ったものといえる。

そうすると,被控訴人が本件各製品を輸入し,販売する行為は,本件発明2に係

る本件特許権の間接侵害(特許法101条5号)を構成するというべきである。

エ まとめ

以上のとおりであるから,被控訴人が本件各製品を輸入し,販売する行為は,本

件発明2に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号,5号)を構成する。

(2) 被控訴人の主張
ア 本件方法が本件発明2の技術的範囲に属しないこと

(ア) 前記1(2)アで述べたのと同様の理由により,本件各製品はいずれも代替的

Eビット解釈に基づく機能を実装しているといえないから,本件方法は,控訴人主

張の構成jないしnを有しない。

また,本件発明2の構成要件J及びLは,前記1(2)イで述べたのと同様の理由に

より,本件技術仕様書V6.9.0記載の構成と異なるから,本件方法が構成要件

J及びLを充足するとはいえない。

したがって,本件方法は,構成要件JないしNを充足しないから,本件発明2の

技術的範囲に属しない。

(イ) また,前記1(2)ウのとおり,ネットワーク通信事業者が代替的Eビット解

釈を使用できるようにネットワークを構成していることを示す証拠は存せず,本件

各製品において実際に代替的Eビット解釈が使用されていることの立証はないから,

本件方法は,本件発明2の技術的範囲に属しない。

間接侵害の不成立

(ア) 特許法101条4号又は5号の間接侵害の成立には,少なくとも発明が第三

者により直接実施されていることを要すると解すべきであるところ,第三者が本件

発明2を直接実施していることについての主張立証はない。

(イ) 本件各製品において実際に代替的Eビット解釈が使用されていることの立

証はなく,また,本件各製品には,本件発明2を実施しない機能のみを使用する使

用形態が存在し,その使用形態は経済的,商業的又は実用的な使用形態であるから,

本件各製品は,本件発明2の「その方法の使用のみ用いる物」
(特許法101条

号)に当たらない。

(ウ) 3GPP規格に準拠した実際の通信において,SDUのサイズがPDUのサ

イズに一致する割合はあまりに低く,本件発明2の効果を奏する場面は非常に限ら

れているから,本件各製品は,本件発明2による「課題の解決に不可欠なもの」
(特

許法101条5号)に当たらない。
ウ まとめ

以上のとおりであるから,被控訴人が本件各製品を輸入し,販売する行為が本件

発明2に係る本件特許権の間接侵害を構成するとの控訴人の主張は,理由がない。

3 争点3(特許法104条の3第1項の規定による本件各発明に係る本件特許

権の権利行使の制限の成否)について

(1) 被控訴人の主張

本件各発明に係る本件特許には,以下のとおりの無効理由があり,特許無効審判

により無効にされるべきものであるから,特許法104条の3第1項の規定により,

控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権を行使することができない。

ア 無効理由1(甲3による新規性欠如)

本件各発明は,以下のとおり,本件出願の優先日前に頒布された刊行物である甲

3(特開2004−179917号公報)に記載された発明と実質的に同一である

から,本件各発明に係る本件特許には,特許法29条1項3号に違反する無効理由

(同法123条1項2号)がある。

(ア) 甲3の記載事項

甲3の段落【0001】【0003】【0004】【0008】【0009】【0
, , , , ,

013】【0025】【0026】【0028】【0029】【0031】
, , , , , ,図2,

3,8及び9によれば,甲3には,本件各発明の構成要件が全て開示されている。

(イ) 控訴人の主張について

控訴人は,甲3には,構成要件D(K),F(M)の開示がない旨主張するが,以

下のとおり,理由がない。

構成要件D(K)について

(a) 甲3の段落【0008】に,図3のPDU50について,「僅か一つのSD

Uが,完全にPDU50のデータ領域58を充填する場合,ビット55aは0で,

LIは出現しないことを表示する。」との記載がある。この「ビット55a」は,
「拡

張子ビット(extension bit)」であり(段落【0008】,1ビットのバイナリデ

ータ(「0」か「1」)である(図3)。

このように拡張子ビット(Eビット)が「0」に設定され得るため,甲3には,

構成要件D(K)の「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記PDUが

分割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含むこ

とを示すように前記1ビットフィールドを設定」する設定部があることが開示され

ているといえる。

(b) SDUには様々なサイズがあるため,一つのSDUが三つ以上のセグメント

に分割される場合も不可避的に起こり得るのであり,その場合,中間セグメント(最

初のセグメントでも最後のセグメントでもないセグメント)を含むPDUが当然生

じるのであるから,甲3に接した当業者であれば,甲3に,中間セグメントを含む

PDUが開示されていることを明確に理解できる。そして,PDUが中間セグメン

トを含む場合には,Eビットが「0」に設定される「僅か一つのSDUが,完全にP

DU50のデータ領域58を充填する場合」(段落【0008】)に該当しないこと

からすると,中間セグメントを含むEビットの値は,「1」に設定するほかない。

また,甲3の「代替PDU」の一例である「パディングPDU」
(段落【0026】,

【0031】,図8及び9等)は,パディングPDUの前後のPDUを結合する役割

を果たすため,「中間セグメントを含むPDU」に対応する。

そうすると,甲3には,構成要件D(K)の「前記PDUの前記データフィール

ドが前記SDUの中間セグメントを含む場合,少なくとも一つの長さインジケータ

(LI)フィールドが存在することを示すように前記1ビットフィールドを設定す

る1ビットフィールド設定部」があることが開示されているといえる。

構成要件F(M)について

甲3は,中間セグメントを含むPDUに対応する「パディングPDU」について,

LIフィールドが「特別コードを設定し,全て1である。
・・・残りのPDU・・・

が未定義の部分を埋めるだけで,無視しても構わない情報を保持している」ことを

開示し(段落【0026】,また,特別なLIを含むパディングPDUの数値とし

て,図8において,予め定められた値「111111111111111」
(15桁)

の長さインジケータ(LI)156aを,図9において,予め定められた値「111

1111」(7桁)の長さインジケータ(LI)156bを開示している。

したがって,甲3には,構成要件F(M)の「前記PDUの前記データフィール

ドが前記SDUの中間セグメントを含む場合,前記LIフィールドは前記PDUが

前記SDUの最初のセグメントでも最後のセグメントでもない中間セグメントを含

むことを示す予め定められた値に設定され」ることが開示されているといえる。

(ウ) 小括

以上によれば,本件各発明は,甲3に記載された発明と同一のものであって,新

規性が欠如している。

イ 無効理由2(甲3を主引例とする進歩性欠如@)

本件各発明は,以下のとおり,本件出願の優先日前に頒布された刊行物である甲

3に記載された発明と技術常識に基づいて,当業者が容易に想到することができた

ものであるから,本件各発明に係る本件特許には,特許法29条2項に違反する無

効理由(同法123条1項2号)がある。

(ア) 本件各発明と甲3に記載された発明との一致点及び相違点

本件各発明と甲3に記載された発明とは,甲3に記載された発明が,構成要件

(M)の「前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメントを含

む場合,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントでも最

後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められた値」を設

定する構成を有するかどうか明らかでない点で相違し,その余の構成は一致する。

(イ) 相違点の容易想到性

@ 甲3には,1種類のデータからなる同じ長さを有するデータを完全に含む2


種類のPDUを区別するために長さインジケータに予め定義された値を設定する」

という技術思想が開示されていること(段落【0008】【0026】
, ,図8及び9

等),A 技術的な観点からみても,2種類のPDUを区別するために,長さインジ
ケータを予め定義された値に設定する方法は,当業者にとって,最も現実的でかつ

簡明な方法であり,当然に選択されるべきものであったこと(甲39の段落【00

07】等)などからすると,当業者は,甲3と技術常識に基づいて,前記(ア)の相違

点に係る本件各発明の構成を容易に想到することができたものといえる。

(ウ) 小括

以上によれば,本件各発明は,甲3に記載された発明と技術常識に基づいて当業

者が容易に想到することができたものであるから,進歩性が欠如している。

ウ 無効理由3(甲3を主引例とする進歩性欠如A)

本件各発明は,以下のとおり,本件出願の優先日前に頒布された刊行物である甲

3 及 び 甲 4 ( 3 G P P の ワ ー キ ン グ グ ル ー プ の 議 事 録 「 L2 Optimization for

VoIP(R2-050969))に記載された発明に基づいて,当業者が容易に想到することが


できたものであるから,本件各発明に係る本件特許には,特許法29条2項に違反

する無効理由(同法123条1項2号)がある。

(ア) 相違点の容易想到性

本件各発明と甲3に記載された発明との一致点及び相違点は,前記イ(ア)のとおり

である。

そして,甲4には,2種類のPDU(同じ長さを持ち,全体として1種類となる

データを含むもの。)を識別できないという課題(具体的には,一つのSDUを完全

に含むPDUと中間セグメントを含むPDUとを区別することができないという問

題)が生じること,長さインジケータに予め定められた特定の値を設定することに

よって上記課題を解決するという技術思想が開示されていること(図2及び3等)

などからすると,当業者は,甲3及び甲4に基づいて,上記相違点に係る本件各発

明の構成を容易に想到することができたものといえる。

(イ) 小括

以上によれば,本件各発明は,甲3及び甲4に記載された発明に基づいて当業者

容易に想到することができたものであるから,進歩性が欠如している。
エ 無効理由4(甲3を主引例とする進歩性欠如B)

本件各発明は,以下のとおり,本件出願の優先日前に頒布された刊行物である甲

3及び甲39(特表2002−527945号公報)に基づいて,当業者が容易に

想到することができたものであるから,本件各発明に係る本件特許には,特許法2

9条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)がある。

(ア) 本件各発明と甲3に記載された発明との一致点及び相違点

本件各発明と甲3に記載された発明とは,甲3に記載された発明が,@ 構成要

件D(K)の「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記PDUが分割,

連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含むことを示

すように前記1ビットフィールドを設定し,前記PDUの前記データフィールドが

前記SDUの中間セグメントを含む場合,少なくとも一つの長さインジケータ(L

I)フィールドが存在することを示すように前記1ビットフィールドを設定する1

ビットフィールド設定部」の構成を有するかどうか明らかでない点(以下「相違点

@」という。,A
構成要件F(M)の「前記PDUの前記データフィールドが前

記SDUの中間セグメントを含む場合,前記LIフィールドは前記PDUが前記S

DUの最初のセグメントでも最後のセグメントでもない中間セグメントを含むこと

を示す予め定められた値」を設定する構成を有するかどうか明らかでない点(以下

「相違点A」という。)で相違し,その余の構成は一致する。

(イ) 甲39の記載事項

甲39には,@ データを受信する側において,分割されたデータを正しく組み

立てるために長さインジケータを使用する必要があること 【要約】,
( )A PDUに

含まれるSDUが当該PDUにおいて終了するか,それとも次のPDUに続いてい

るのかを区別するために,SDUの中間セグメントを含むPDUに長さインジケー

タが挿入され,そこに予め定義された値が設定されること(【要約】,段落【000

6】【0010】【0019】
, , )が開示されている。

また,本件出願の出願経過において発せられた平成22年3月30日付け拒絶理
由通知書(甲44)は,甲39には,長さインジケータに予め定義された値を設定

することによって,SDUに関する「特殊な情報」を示し,
「上記特殊な情報は, ・・


下位層PDUのヘッダにおいて,ペイロードユニットのどの1つ又はそれ以上がセ

グメント長さ情報を含むかを指示する(本願の「中間セグメントが存在することを

示す値に設定され」に相当)点が記載されている」と述べている。これに対し控訴

人は,平成22年10月6日付け意見書において,上記拒絶理由通知書で述べられ

ていた点を争わなかったのであるから,甲39が長さインジケータを用いて中間セ

グメントの存在を示すことを開示していることを控訴人も認めていたものといえる。

(ウ) 相違点の容易想到性

a 相違点@について

@ 本件出願の優先日前に,一つのSDUを完全に含むPDUとSDUの中間セ

グメントを含むPDUとを区別する必要があることは,当業者に十分に認識されて

いたこと,A 甲39によれば,SDUの中間セグメントを含むPDUに長さイン

ジケータが挿入されるため,当該PDUのEビットは,長さインジケータが存在す

ることを示すように設定されること(前記(イ))に照らすならば,甲3に甲39を組

み合わせることにより,一つのSDUが完全にPDUに含まれるかどうか,又はP

DUがSDUの中間セグメントを含み,長さインジケータが存在するかどうかを示

すために1ビットフィールドを設定すること(相違点@に係る本件各発明の構成)

は,当業者であれば,容易に想到することができたものといえる。

b 相違点Aについて

前記(イ)のとおり,甲39には,相違点Aに係る本件各発明の構成が開示されてい

る。

そうすると,当業者は,甲3及び甲39に基づいて,相違点Aに係る本件各発明

の構成を容易に想到することができたものといえる。

(エ) 小括

以上によれば,本件各発明は,甲3及び甲39に記載された発明に基づいて当業
者が容易に想到することができたというべきである。

オ 無効理由5(甲1の4を主引例とする進歩性欠如)

本件各発明は,以下のとおり,本件出願の優先日前に頒布された刊行物である甲

1の4(3GPP規格の技術仕様書「3GPP TS 25.322 V6.3.

0」。以下「本件技術仕様書V6.3.0」という。)に記載された発明と技術常識

に基づいて,当業者が容易に想到することができたものであるから,本件各発明に

係る本件特許には,特許法29条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号

がある。

(ア) 本件各発明と甲1の4に記載された発明との一致点及び相違点

甲1の4には,本件技術仕様書V6.3.0記載の「通常Eビット解釈」が開示

されている。

そして,本件各発明と甲1の4に記載された発明とは,甲1の4記載の「通常E

ビット解釈」が,@ PDUが分割,連結又はパディングされていないPDUを含

む場合,長さインジケータが出現しない点(以下「相違点1」という。,A
) PD

UがSDUの中間セグメントを含む場合,長さインジケータが挿入され,それに中

間セグメントの存在を示す特別な値が設定される点(以下「相違点2」という。)で

相違し,その余の構成は一致する。

(イ) 本件出願の優先日前の技術常識

以下の点は,本件出願の優先日前の技術常識であった。

a 固定ビットレートの音声コーデックを使用するVoIPアプリケーションが,

同じサイズのSDUを頻繁に発生させること(甲1の2,42,92)

b 受信したデータがデータパケットのデータフィールドを完全に充填する場合

(一つのSDUがPDUのデータフィールドを完全に充填する場合)に,ヘッダー

サイズを減らすことができること(甲3の段落【0008】の「僅か一つのSDU

が,完全にPDU50のデータ領域58を充填する場合,ビット55aは0で,L

Iは出現しないことを表示する。」との記載,甲40)
c PDUのデータフィールドに長さインジケータを用いて中間セグメントが含

まれることを示すこと(甲39の段落【0019】,甲43)

(ウ) 相違点の容易想到性

a PDUヘッダーの最初のEビットに0を設定し,長さインジケータを省略す

ることによって,PDUヘッダーのデータ量を減少させることができること,その

ようにしてPDUヘッダーのデータ量を減少させることのできるPDUは4種類

(@SDUの最初セグメントを含むPDU,ASDUの中間セグメントを含むPD

U,BPDUのデータフィールドのサイズと一致する,SDUの最後セグメントを

含むPDU,CPDUのデータフィールドのサイズと一致する,一つのSDUを含

むPDU)しか存在しないことは,当業者のよく知るところであり,甲1の4記載

の「通常Eビット解釈」は,上記A及びBの2種類のPDUについて,Eビットに

0を設定し,長さインジケータを省略することを選択している。

甲1の4記載の「通常Eビット解釈」が,SDUの中間セグメントを含むPDU

の長さインジケータ(上記A)を省略したのは,多くのアプリケーションでは,P

DUデータフィールドよりも大きいサイズのSDUが頻繁に発生し,その当然の帰

結として,SDUの中間セグメントを含むPDUも頻繁に発生することになること

から,そのようなPDUのヘッダーサイズを小さくすれば,トータルでのオーバー

ヘッドを減少させ,データ伝送をより効率的に行うことが可能となるためであり,

中間セグメントを含むPDUの長さインジケータを省略する方が,完全に一致する

SDUを含むPDUの長さインジケータを省略するよりもヘッダーのデータ量を節

約できると認識していたことを強く示唆するものである。同時に,長さインジケー

タを省略することのできるPDUの種類が上記のとおり限られていることからする

と,3GPPは,PDUデータフィールドに完全に一致するSDUの発生頻度が高

い場合には,そのようなSDUを含むPDUの長さインジケータを省略することに

より,データ伝送のオーバーヘッドを減少させることができると認識していたこと

もうかがわれる。
一方,構成要件D(K)の「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記

PDUが分割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全

に含むことを示すように前記1ビットフィールドを設定」(以下「構成要件D(a)」

という。 は,
) 長さインジケータを省略するPDUについて上記Cの1種類を選択し

たものであり,これは,本件出願の優先日前に,固定ビットレートの音声コーデッ

クを使用するVoIPアプリケーションが,同じサイズのSDUを頻繁に発生させ

ること(前記(イ)a)が当業者によく知られていたからである。

このように甲1の4記載の「通常Eビット解釈」と構成要件D(a)は,データ伝送

の効率を向上させるために,発生頻度の高いSDUを含むPDUの長さインジケー

タを省略することにより,データ伝送のオーバーヘッドを減少させるという技術思

想が共通する。

b(a) 構成要件D(a)の構成を採用した場合,構成要件D(K)の「前記PDU

の前記データフィールドが前記SDUの中間セグメントを含む場合,少なくとも一

つの長さインジケータ(LI)フィールドが存在することを示すように前記1ビッ

トフィールドを設定」
(以下「構成要件D(b)」という。)の構成が自動的かつ必然的

に導き出される。

すなわち,Eビットは0か1という値しかとり得ない以上,構成要件D(a)の構成

を採用し,PDUが分割,連結又はパディングされていないPDUを含む場合,当

該PDUの最初のEビットを0に設定することを選択すると,それ以外の種類のデ

ータを含むPDUの最初のEビットは,必ず1に設定されることになるから,PD

UがSDUの中間セグメントを含む場合,当該PDUの最初のEビットは,
「少なく

とも一つの長さインジケータ(LI)フィールドが存在することを示すように」,1

に設定されることとなる。

(b) また,構成要件D(a)の構成を採用した場合,構成要件D(b)の構成とともに,

構成要件F(M)の「前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグ

メントを含む場合,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメ
ントでも最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められ

た値に設定」の構成が自動的かつ必然的に導き出される。

すなわち,一つのSDUを完全に含むPDUにおいて,最初のEビットを0に設

定し,長さインジケータを省略する以上は,中間セグメントを含むPDUにおいて

は,必ず最初のEビットを1に設定し,長さインジケータを挿入しなければならず,

その長さインジケータには,PDUのどこでSDUが終了するかを示す値か,PD

Uデータフィールドに格納されたデータの種類を示す予め定められた値のいずれか

が設定される。そして,SDUが中間セグメントにおいて終了することがない以上,

中間セグメントを含むPDUの長さインジケータには,PDUデータフィールドに

格納されたデータの種類(つまり,中間セグメント)を示す予め定められた値に設

定する構成(構成要件F(M)の構成)を採用するほかない。

c そして,本件出願の優先日前に,固定ビットレートの音声コーデックを使用

するVoIPアプリケーションが,同じサイズのSDUを頻繁に発生させること,

一つのSDUがPDUのデータフィールドを完全に充填する場合に,ヘッダーサイ

ズを減らすことができること,PDUのデータフィールドに長さインジケータを用

いて中間セグメントが含まれることを示すことが,いずれも技術常識であったこと

(前記(イ))からすると,一つのSDUがPDUのデータフィールドを完全に充填す

る頻度が高い,特定のVoIPアプリケーションに関し,甲1の4記載の「通常E

ビット解釈」において,上記技術常識を適用して,中間セグメントを含むPDUの

代わりに,一つのSDUを完全に含むPDUのヘッダーから長さインジケータを省

略するという設計変更を行うことは,当業者にとって容易であり,しかも,そのよ

うな設計変更を行った場合,中間セグメントを含むPDUに予め定められた値の長

さインジケータを挿入することは自動的かつ必然的に導き出されるのであるから,

当業者は,甲1の4記載の「通常Eビット解釈」と技術常識に基づいて,相違点1

構成要件D(a))及び相違点2(構成要件D(b)及びF(M))に係る本件各発明の

構成を容易に想到することができたものといえる。
d これに対し控訴人は,中間セグメントを含むPDUに長さインジケータを付

加するとオーバーヘッドが増加することになるから,甲1の4記載の「通常Eビッ

ト解釈」に構成要件F(M)の構成を適用することには阻害要因がある旨主張する。

しかし,たとえ中間セグメントを含むPDUに関してはオーバーヘッドが増加す

ることになるとしても,一つのSDUを完全に含むPDUについてはヘッダーサイ

ズを減少させることができ,特定のVoIPアプリケーションが使用される場面に

おいてはオーバーヘッドが小さくなるのであるから,甲1の4記載の「通常Eビッ

ト解釈」に構成要件F(M)の構成を適用することに阻害要因はない。

したがって,控訴人の上記主張は失当である。

(エ) 小括

以上によれば,本件各発明は,甲1の4に記載された発明と技術常識に基づいて,

当業者が容易に想到することができたというべきである。

(2) 控訴人の主張

ア 無効理由1に対し

(ア) 甲3には,本件各発明の構成要件D(K),F(M)の開示がない点で,甲

3に記載された発明と本件各発明は相違する。

a 被控訴人が指摘する甲3の図3についての「僅か一つのSDUが,完全にPD

U50のデータ領域58を充填する場合,ビット55aは0で,LIは出現しない

ことを表示する。」(段落【0008】)との説明は,段落【0006】に「図3は

AMデータPDU50の簡略図で,3GPPTS25.322 V3.8.0.規

範に掲載されている。 との記載があるとおり,
」 代替的Eビット解釈が3GPP規格

に採用される前の3GPP規格の技術仕様書である「3GPP TS 25.32

2 V3.8.0」(乙7。以下「本件技術仕様書V3.8.0」という。)につい

て説明したものであって,その記載内容は,現在の3GPP規格でいう通常Eビッ

ト解釈のものである。これに対し,通常Eビット解釈には,
「前記PDUが分割,連

結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含む」場合につ
いて全く記載がない。

また,段落【0008】の上記記載を字義通りに解釈しても,「僅か一つのSDU

が,完全にPDU50のデータ領域58を充填する」という表現は,SDUとPD

Uのサイズが一致する場合のみならず,SDUの方がサイズが大きく,分割された

最初のセグメントや中間セグメントがPDUを充填する場合にも,これに該当し,

構成要件D(K)の「前記PDUが分割,連結,パディングなしに前記データフィ

ールドに前記SDUを完全に含む」場合のみを意味するものではない。

したがって,甲3は,構成要件D(K)を開示するものではない。

b 前記aのとおり,甲3においては,中間セグメントがPDUを充填する場合

にも,「ビット55aは0で,LIは出現しない」に該当するので,「前記PDUの

前記データフィールドが前記SDUの中間セグメントを含む場合,前記LIフィー

ルドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントでも最後のセグメントでもない

中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に設定され」ること(構成要件

F(M))もない。

また,「パディングPDU」は,「実際のSDUデータを備えず,SDUデータが

不測のデータ中断の発生により破棄される時にだけ用いられる」もので,SDUを

充填したものではなく(甲3の段落【0026】,SDUとは全く無関係であり,


SDUとの関係を観念することも,中間セグメントを観念することも不可能である

から,中間セグメントを含むPDUに対応するものではない。しかも,
「パディング

PDU」である限り,
拡張子ビット155a」は常に1に設定され,中間セグメン

トかどうかによって拡張子ビット155aの値が変更されるものではないから,パ


ディングPDU」は,完全なSDUを含むPDUと中間セグメントを含むPDUと

を区別する技術ではない。

したがって,甲3は,構成要件F(M)を開示するものではない。

(イ) 以上によれば,被控訴人主張の無効理由1は理由がない。

イ 無効理由2に対し
(ア) 前記ア(ア)aのとおり,甲3には構成要件D(K)の開示がないから,本件

各発明と甲3に記載された発明とは,甲3に記載された発明が構成要件D(K)の

構成を有しない点においても相違する。

(イ) 甲3に記載された従来技術は,本件技術仕様書V3.8.0の内容であり,

それ自体が規格として成立しているから,完全なSDUを含むPDUと中間セグメ

ントを含むPDUを区別できないという課題は存在しない。

また,2種類のPDUを区別するために,長さインジケータを予め定義された値

に設定することが,技術的な観点から,当然の選択であったとはいえない。

したがって,当業者が甲3と技術常識に基づいて構成要件F(M)の構成を容易

に想到することができたものとはいえない。

(ウ) 以上によれば,被控訴人主張の無効理由2は理由がない。

ウ 無効理由3に対し

(ア) 前記イ(ア)及び(イ)のとおり,本件各発明と甲3に記載された発明とは,甲3

に記載された発明が構成要件D(K)の構成を有しない点においても相違し,また,

甲3に記載された従来技術には,完全なSDUを含むPDUと中間セグメントを含

むPDUを区別できないという課題は存在しない。

(イ) 甲4に記載された発明は,PDU同士を区別できないという問題ではなく,

「前のRLC PDUを失った場合,SDU全体が受信されたかどうかが分からな

い。(訳文3頁最終行)という課題を解決するための方策であって,甲3に記載さ


れた発明とは課題が異なる。

しかも,甲4に記載された内容は,「LIの予約値のうち一つを使用:この場合,

追加LIは,一番目のRLC SDUが完全に含まれるRLC PDUに含まれな

ければならない。その結果,12.2kbps ペイロードのうち3%に相当する部分が

オーバーヘッドとなる。(訳文5頁1行〜3行)というもので,SDUが完全に含


まれる場合に,長さインジケータの予約値を用いるという本件発明1と正反対の技

術であり,また,甲4には,中間セグメントに長さインジケータの予約値を用いる
ことは記載されていない。

したがって,当業者が甲3及び甲4に基づいて構成要件F(M)の構成を容易に

想到することができたものとはいえない。

(ウ) 以上によれば,被控訴人主張の無効理由3は理由がない。

エ 無効理由4に対し

(ア) 甲39には,本件各発明の構成要件D(K),F(M)の開示がない。

a もっとも,甲39には,
「PDUの第1PDUに,そのPDUのSDUが次の

RLC PDUに続いていることを指示する所定値を有する長さ指示子が与えられ

てもよい。(段落【0019】
」 )との記載があるが,上記記載は,SDUが次のPD

Uに続いていること(最後のセグメントでないこと)を示すものではあっても,最

初のセグメントでないことを示すものではないから,最初のセグメントでも最後の


セグメントでもない)中間セグメントであることを示すものではなく,上記記載を

もって,甲39に構成要件Fが開示されているとはいえない。

この点に関し被控訴人は,本件特許の出願経過において,控訴人が,平成22年

10月6日付け意見書において,同年3月30日付け拒絶理由通知書(甲44)で

甲39について述べられていた点を争わなかったのであるから,甲39が長さイン

ジケータを用いて中間セグメントを示すことを控訴人も認めていた旨主張する。

しかし,上記のとおり,甲39には,中間セグメントについての開示はなく,ま

た,審査官が拒絶の理由を発見しなかった「請求項2の要素」
(甲44)に基づき早

期の権利化を図ることも,何ら不自然なことではないから,出願経過において意見

書で明示的に争わなかったからといって甲39が長さインジケータを用いて中間セ

グメントを示すことを控訴人が認めていたことにはならない。

したがって,被控訴人の上記主張は理由がない。

b また,甲39においては,段落【0019】の「SDUが現在PDUの終わ

りに終了する場合には,PDUの終わりを正確に指す長さ指示子の値によりそれが

示される。」との記載があるとおり,PDUが完全なSDUを含む場合には,長さ指
示子(長さインジケータ)が用いられることは明らかであり,甲39には,構成要

件D(K)とは逆のことが記載されている。

(イ) 上記のとおり,甲39には,本件各発明の構成要件D(K),F(M)の開

示がなく,また,甲3と甲39とを組み合わせる動機付けは何ら存在しないから,

本件各発明は,甲3及び甲39に基づき当業者が容易に想到することができたもの

とはいえない。

したがって,被控訴人主張の無効理由4は理由がない。

オ 無効理由5に対し

(ア)a 本件出願の優先日前において,実際の通信環境において,SDUのサイズ

がPDUのサイズと完全に一致する割合が大きいことは,当業者には知られていな

かったから(甲42等は,被控訴人主張の裏付けにはならない。,完全なSDUを


含むPDUにおいてヘッダーの情報を減らそうという動機付けはない。

また,甲1の4記載の通常Eビット解釈においては,ヘッダーに含まれる長さイ

ンジケータは,SDUの最終オクテットがPDUの最終オクテットに一致する場合

には,予め定められた値を設定することとされており(訳文9頁の表には,
「直前の

RLC PDUは,RLC SDUの最終セグメントで過不足なく満たされ,直前

のRLC PDUにはRLC SDUの終端を示す「長さインジケータ」が存在し

ない」場合には,長さインジケータに「0000000」というビット列を用いる

ことが記載されている。,必要なものであったから,SDUのサイズとPDUのサ


イズとが完全に一致する場合にも,長さインジケータを省略することは想定されて

いなかった。実際の通信環境において,SDUのサイズがPDUのサイズと完全に

一致するというような状況が相当頻繁に起こり,かつ,そのことを当業者が認識し

なければ,既にリリースされた規格を変更してまで,長さインジケータを省略しよ

うということには想到し得ない。

b 甲1の4記載の通常Eビット解釈におけるLIは,SDUを連結,パディン

グしたときに,どこまでが一つのSDUであるかを示す必要があることから,
「PD
U内で終了する各RLC SDUの最終オクテットを示す」もの(訳文4頁「9.

2.2.8」)として定義されたことにより,SDUの最終オクテットが存在しない

中間セグメントにおいてはLIが出現しないだけであり,通常Eビット解釈におい

て,頻繁に発生する中間セグメントを含むPDUにおいて,LIを省略しようとい

う技術思想があったとはいえない。

c 被控訴人は,構成要件D(a)の構成を採用した場合,構成要件D(b)の構成及

構成要件F(M)の構成が自動的かつ必然的に導き出される旨主張するが,以下

のとおり,失当である。

(a) シーケンス番号に続く1ビットフィールドについて,甲1の4においては,

「後続のオクテットが「長さインジケータ」及びEビットであるか否かを示す」
(訳

文4頁「9.2.2.5」)という意味を有し,この関係で「Eビット」と呼んでい

る。これに対し,被控訴人の主張においては,SDUのサイズがPDUのサイズと

完全に一致(構成要件D(a))するか否かを示す意味を有し,その関係で“Eビット”

と呼んでいるため,甲1の4記載の「Eビット」とは意味内容が異なる。

被控訴人は,構成要件D(a)の構成を採用し,PDUが分割,連結又はパディング

されていないPDUを含む場合(SDUのサイズがPDUのサイズと完全に一致す

る場合),当該PDUの最初のEビットを「0」に設定することを選択すると,それ

以外の種類のデータを含むPDUの場合には,PDUがSDUの中間セグメントの

場合も含め,最初のEビットは「1」に設定せざるを得ないので,構成要件D(a)

の構成を採用した場合,構成要件D(b)の構成が必然的に導き出され,さらには,中

間セグメントを含むPDUの長さインジケータは,中間セグメントを示す予め定め

られた値に設定する構成要件F(M)の構成が必然的に導き出される旨主張する。

しかし,中間セグメントを含むPDUのEビットが「1」であるなら,完全なS

DUを含むPDUのEビットは「0」であるから,両者を区別するという目的を達

している。また,被控訴人の主張は,構成要件D(a)を採用したことにより構成要件

D(b)が必然であるという段階では,シーケンス番号に続く1ビットフィールドは,
SDUのサイズがPDUのサイズと完全に一致するか否かを示すという異なる意味

を持った“Eビット”であることを前提とし,構成要件D(b)から構成要件F(M)

が必然であるという段階では,シーケンス番号に続く1ビットフィールドは,甲1

の4記載の従来の「Eビット」であることを前提とするものであって,失当である。

さらに,仮に完全なSDUを含むPDUから,長さインジケータを省略し,シー

ケンス番号に続く1ビットフィールドを完全なSDUを含むことを示すビット“E


ビット”)として用い,「0」によって完全なSDUを含むことを示すことができた

としても,中間セグメントにおいては,完全なSDUを含まないから,シーケンス

番号に続く1ビットフィールドが「1」となるだけであり,中間セグメントに長さ

インジケータを挿入する構成にはならない。

このように構成要件D(a)を採用することが必然的かつ自動的に構成要件D(b)及

びF(M)の採用につながることにはならない。

(b) また,仮に被控訴人が主張するように構成要件D(a)を採用することが必然

的かつ自動的に構成要件D(b)及びF(M)の採用につながるとすれば,構成要件

(a)を採用する段階において,構成要件D(b)及びF(M)をも採用した構成(代替

的Eビット解釈)について検討することになるが,
「代替的Eビット解釈を使うとト

ータルでオーバーヘッドが増加」すること(甲124),被控訴人も代替的Eビット

解釈は非効率で実装される可能性は極めて低いと主張していることからすれば,構

成要件D(a)を採用することについて阻害要因があるといえる。

(イ) 以上によれば,当業者が甲1の4記載の通常Eビット解釈と技術常識に基づ

いて,相違点1及び2に係る本件各発明の構成を容易に想到することができたもの

とはいえない。

したがって,被控訴人主張の無効理由5は理由がない。

4 争点4(本件各製品に係る本件特許権の消尽の有無)について

(1) 被控訴人の主張

ア 控訴人のインテル社に対するライセンス許諾
(ア) 本件各製品におけるUMTS規格に関連する処理は,本件各製品に実装され

た本件ベースバンドチップによって行われている。

仮に本件各製品が本件各発明を実施しているとすれば,本件各発明の本質的な工

程は,本件各製品の一部品である本件ベースバンドチップにより実施されていると

いえるから,本件ベースバンドチップは,本件発明1に係る本件特許権の間接侵害

品に当たる。

本件ベースバンドチップは,アップル社が米国においてインテル社製のチップセ

ットをその完全子会社であるインテル・アメリカ社を通じて購入し,実装したもの

である。

この点に関し,控訴人は,インテル社製の本件ベースバンドチップのアップル社

に対する販売は,IMC社(インテル・モバイル・コミュニケーションズGMBH。

旧インフィニオン社)が行っている旨主張するが,そのような事実は存在しない。

(イ) インテル社と控訴人は,1993年(平成5年)1月1日を効力発生日とす

る特許クロスライセンス契約(甲20の1,162。以下「控訴人とインテル社間

ライセンス契約」という。)を締結した。

控訴人は,控訴人とインテル社間のライセンス契約において,控訴人の保有する

特許のうち,契約満了日(2009年12月31日)前の日付を第1優先日とする

全ての特許権(本件特許権を含む。)に関し,インテル社に対し,「インテル・ライ

センス対象製品」半導体材料,
( 半導体素子又は集積回路から構成される製品を含む。)

の製造,販売(子会社等を経由した間接的な販売を含む。)等に関する全世界的なラ

イセンスを許諾した。

控訴人とインテル社間のライセンス契約により許諾される権利の範囲には,イン

テル社が直接的又は子会社経由等により間接的にチップセットを販売する権利,当

ライセンスが,インテル社のみならず,その子会社にまで及ぶようにする権利が

含まれ(甲20の1第3.1項,3項) また,
, 同契約の存続条項(甲20の1第6.

4項)により,ある特許がいったん許諾対象に該当すると,インテル社及びその子
会社は,同契約の満了時期にかかわらず,当該特許の存続期間が満了するまでその

特許に対するライセンスを有する。

したがって,インテル社がインテル・アメリカ社を介してアップル社に本件ベー

スバンドチップを販売することは,控訴人とインテル社間のライセンス契約に基づ

ライセンス許諾の範囲内である。

イ 本件各発明に係る本件特許権の消尽

最判平成9年7月1日・民集51巻6号2299頁(以下「BBS事件最高裁判

決」という。)は,「我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許

製品を譲渡した場合においては,特許権者は,
・・・譲受人から特許製品を譲り受け

た第三者及びその後の転得者に対しては,
・・・当該製品について我が国において特

許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。」と判示した。

BBS事件最高裁判決にいう「特許権者と同視し得る者」から実施権者を除外す

べき理由はないから,
「特許権者と同視し得る者」にはインテル社などのライセンシ

ーも含まれると解すべきである。

また,本件発明1は,送信側のRLC層と受信側のRLC層との間のデータの送

受信に関する技術であり,全て本件ベースバンドチップのみで実装可能であるから,

本件ベースバンドチップは,本件特許権についてBBS事件最高裁判決のいう「特

許製品」に当たると解するべきである。

仮に,本件発明1の「データ送信装置」
構成要件H)が本件ベースバンドチップ

ではなく,これを組み込んだ最終製品である本件各製品と解される場合においても,

本件ベースバンドチップは,本件発明1に係る特許権の間接侵害品に該当する。譲

渡対象物が部品であったとしても,最終製品に関する物の発明に係る特許権の間接

侵害品に当たるのであれば,譲渡者は,当該部品を譲り受けた譲受人及びその後の

転得者において当該部品を用いて最終製品に関する物の発明に係る特許権を実施

ることができることを前提としていたというべきであるから,当該部品は,BBS

事件最高裁判決にいう「特許製品」に該当すると解すべきである。したがって,本
件ベースバンドチップもBBS事件最高裁判決にいう「特許製品」に該当する。

また,物の発明実質的に同一の技術内容に係る方法の発明に係る特許権につい

ても,当該方法の発明に関して特許権者が「特許発明の公開の代償を確保する機会」

が保障されていたという事情が存在する限り,方法の発明に係る特許権に基づく権

利行使も許されないと解すべきである。

本件ベースバンドチップは直接侵害品又は間接侵害品として「特許製品」に当た

り,控訴人がインテル社に本件ベースバンドチップの販売のライセンスをした際に,

控訴人に「特許発明の公開の代償を確保する機会」が保障されていたことから,控

訴人がインテル社の下流顧客に対して本件発明1に係る本件特許権の権利行使をす

ることは許されず,また,本件発明2は,本件発明1と実質的に同一の技術内容に

係る方法の発明であり,本件発明1に係る本件特許権の権利行使が許されない以上,

本件発明2に係る本件特許権の権利行使も許されないというべきである。

したがって,控訴人から本件特許のライセンスを許諾されたインテル社が米国に

おいて本件ベースバンドチップをインテル・アメリカ社を介してアップル社に販売

したことによって,本件ベースバンドチップに関し本件各発明に係る本件特許権が

消尽した。

ウ まとめ

以上によれば,控訴人は,被控訴人に対し,本件ベースバンドチップを実装した

本件各製品について本件特許権を行使することができない。

(2) 控訴人の主張

被控訴人は,本件ベースバンドチップに関し本件各発明に係る本件特許権が消尽

した旨を主張するが,以下のとおり理由がない。

ア 控訴人とインテル社間のライセンス契約の終了

控訴人とインテル社間のライセンス契約は,2009年(平成21年)6月30

日に契約期間満了により終了しており,同契約には,契約期間満了後のライセンス

の存続条項は存在しない。したがって,インテル社は,本件特許権について無権限
者であるから,アップル社がインテル社から本件ベースバンドチップの譲渡を受け

たことをもって,本件各発明に係る本件特許権が消尽する余地はない。

ライセンス契約の許諾対象製品に非該当

控訴人とインテル社間のライセンス契約(甲20の1・3,162,163)に

は,第三者から製品設計が提供される場合の第三者向けインテル社製品をライセン

スの対象外とする規定(3.2項)及び限定した製造委託のみを許容する規定(3.

7項)が存在することからすると,同ライセンス契約において許諾対象とされた「イ

ンテル・ライセンス対象製品」は,インテル社自身により製造された製品又はイン

テル社が設計図等を提供して製造委託した製品を意味すると解すべきである。

しかるに,本件ベースバンドチップは,インテル社ではなくIMC社(旧インフ

ィニオン社)によって開発され,製造されたもの(正確には,IMC社から第三者

へ製造委託されたもの)であるから,本件ライセンス契約の「インテル・ライセン

対象製品」に該当しない。

ウ 国際消尽の要件の非充足

BBS事件最高裁判決は,譲渡人が目的物である特許製品について有する全ての

権利に,我が国に輸入する権利(及び,我が国において使用し,譲渡する権利)が

含まれていることを国際消尽成立のための前提としているというべきであるから,

BBS事件最高裁判決にいう「我が国の特許権者と同視し得る者」とは,目的物で

ある特許製品を我が国に輸入する権利(及び,我が国において使用し,譲渡する権

利)を有している者を意味することは明白である。

しかるに,インテル社は,目的物である特許製品(携帯電話機,タブレット型コ

ンピュータ)について,我が国に輸入する権利(及び,我が国において使用し,譲

渡する権利)を有するものでないから,インテル社が「我が国の特許権者と同視し

得る者」に該当しない。

また,インテル社からアップル社が譲渡を受けた本件ベースバンドチップは,本

件各発明の「データ送信装置」ないし「データ送信方法」ではない以上,BBS事
件最高裁判決にいう「特許製品」に該当しない。

さらに,インテル社自身が,携帯電話機やタブレット型コンピュータなどの最終

製品を対象としたライセンスの許諾までは受けないことを内容としたライセンス

約(控訴人とインテル社間のライセンス契約)に合意した以上,本件ベースバンド

チップが携帯電話機等に組み込まれることを控訴人が予想しても,控訴人がインテ

ル社から「データ送信装置」「データ送信方法」に関する本件各発明の公開の代償


を得られるものではないから,控訴人に上記代償を確保する機会が保障されていた

ものといえないことは明らかであるし,また,本件ベースバンドチップが特許製品

である本件各製品全体の価格に占める部品単価の割合は僅少であり,このような一

部のみの利得機会をもって全部の利得機会を得たと評価することもできない。

エ まとめ

以上のとおり,アップル社がインテル社から本件各製品の一部品である本件ベー

スバンドチップを譲り受けたからといって,本件各発明に係る本件特許権が消尽

るものではないから,控訴人が本件各製品について本件特許権を行使することがで

きないとの被控訴人の主張は,その前提を欠き,理由がない。

5 争点5(控訴人の本件FRAND宣言に基づく本件特許権のライセンス契約

の成否)について

(1) 被控訴人の主張

ア 本件FRAND宣言に関する準拠法

(ア) 控訴人は,1998年(平成10年)12月14日,ETSIに対し,UM

TS規格に必須である控訴人保有の特許をFRAND条件(ETSIのIPRポリ

シー6.1項所定の公正,合理的かつ非差別的な条件)で許諾する用意がある旨の

誓約(宣言)をし,さらに,2007年(平成19年)8月7日,ETSIに対し,

本件出願の優先権主張の基礎となる韓国出願の出願番号,本件出願の国際出願番号

等を明示した上で,UMTS規格に必須である控訴人保有の特許をFRAND条件

で取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨の宣言(本件FRAND宣言)を
した。

FRAND条件による規格必須特許のライセンス宣言は,ETSIの会員のみな

らず,非会員をも含むあらゆる者を対象とするものであるから 「IPRについての


ETSIの指針」
(甲16,161),アップル社及び被控訴人も,本件FRAND


宣言の対象となり得る。

(イ) 本件FRAND宣言及びIPRポリシーの準拠法は,フランス法であるから

(甲13,IPRポリシー12項),本件FRAND宣言の効力,本件FRAND宣

言に基づくライセンス契約の成立要件等については,フランス法が適用される。

イ 控訴人と被控訴人間のライセンス契約の成立

(ア) 控訴人がETSIに対して行った本件FRAND宣言は,フランス法におい

て法的拘束力のある申込み(又は「継続的な申し入れ(offre permanente))であ


ると考えるのに必要な要素(許諾対象特許,許諾される権利内容等)が全て含まれ

ているから,
「ある当事者が当該規格を実装することで承諾される,実際のライセン

スの申出」を構成する。そして,フランス法上,承諾は,行為又は合意の履行によ

ってされるから,被控訴人が本件各製品の輸入販売を開始したことによって,控訴

人の上記ライセンスの申込みに対する黙示の承諾がされ,これにより控訴人と被控

訴人との間で,本件特許権についてライセンス契約が成立したといえる。

(イ)a 控訴人の本件FRAND宣言において特定のライセンス料率が定まって

いないことは,ライセンス契約の成立を妨げるものではない。

フランス法上,売買契約に関しては,特定の金額が定まっていることがその成立

の要素となっているのに対し,ライセンス契約は,売買契約とは異なる特殊な契約

に位置付けられ,当事者が契約を締結する上で,ライセンス料の合意があることが

必須要件とされていない。また,フランス法上,裁判所がFRAND条件のライセ

ンス料率を決定することが可能である。

b フランス法においては,ライセンスを構成する行為は,書面により締結され

るべきであり,書面がない場合には,無効になると規定されているが(知的財産法
L.613−8条5項),一方で,書面に対して義務を負う当事者の署名があれば,

当該書面は,法的拘束力を有することとされている。

この点,控訴人の本件FRAND宣言は,控訴人の署名のある書面によってされ

ているから,書面性の要件が充たされており,被控訴人の署名がないことは,書面

性の要件とは関係がない。また,フランス法上,ライセンス契約の書面性の要件は,

「ライセンシーの特定の利益を守る目的」で課されたことから,書面の欠如を理由

として契約の無効を主張できるのは,書面の欠如により保護されるべき当事者(ラ

イセンシー)のみであり,本件において,控訴人は無効主張をする資格を有しない。

(ウ) また,本件FRAND宣言については,控訴人及びETSI間の第三者のた

めにする契約(stipulation pour autrui)と構成することも可能である。フランス

法上,両当事者間の合意の交換によって,第三者に有利な義務を負う約束ができる

と解される。受益者である被控訴人は,契約の成立を目的として約束を受諾する必

要はなく,受益者には約束者(控訴人)に対する即時かつ直接の権利が与えられる

と解される。

(エ) 仮に控訴人の本件FRAND宣言が,実装行為によって承諾されるような申

込みに当たらない場合であっても,少なくとも,本件FRAND宣言は,拘束力あ

る契約を締結する旨の誓約に該当するというべきである。このように,控訴人は,

被控訴人に対して,フランス法上,ライセンスを許諾する義務を負っているのであ

るから,損害賠償請求をすることは許されない。

準拠法を日本法と解した場合について

仮に本件FRAND宣言の準拠法を日本法と解した場合であっても,本件FRA

ND宣言は控訴人による通常実施権許諾契約の申込みと解され,また,被控訴人が

UMTS規格の実装行為を行うことによって承諾されるから,日本法の下でもライ

センス契約が成立していたと解されることになる。

エ まとめ

以上のとおり,控訴人がETSIに対して行った本件FRAND宣言がFRAN
D条件による本件特許権のライセンス契約の申込みに,被控訴人が本件各製品の輸

入販売を始めたことが上記申込みに対する黙示の承諾に当たり,控訴人と被控訴人

間で本件特許権についてFRAND条件によるライセンス契約が成立したから,控

訴人は,本件特許権を行使することができない。

(2) 控訴人の主張

ア 契約の申込みの不存在

契約の成立により,当事者は当該契約を履行すべき法的義務を負うものであるか

ら,申込みは,承諾によって直ちに契約を成立させ得る程度に具体的であることを

要する。

しかるに,控訴人の本件FRAND宣言には,対価実施料率),期間及び地理的

範囲といった契約の要素というべき重要事項の一切が含まれておらず,当事者が負

うべき具体的義務が何ら特定されていないから,これがライセンス契約の申込みに

該当することはない。

この点,フランス法においても,ライセンス契約が成立するためには,契約の重

要な要素(例えば,対価,対象特許,地域,期間)を明確にした申込み及びそれに

合致した承諾が必要であると解されており,本件においては,それらを明確にした

申込みはないから,ライセンス契約が成立する余地はない。なお,フランスの最高

裁判所(破毀院)の判決において,ロイヤルティ(対価)がライセンス契約の必須

要素であるか否かを取り扱ったものはない。

イ 承諾の不存在

(ア) 前記アのとおり,そもそも控訴人から本件特許権のライセンス契約の申込み

がされた事実が存在しないのであるから,これに対する被控訴人の承諾が存在する

ことはない。

(イ) これに対し被控訴人は,被控訴人が本件各製品を輸入販売等したことによっ

て上記申込みに対する黙示の承諾がされた旨を主張する。

しかし,被控訴人は規格の実装により意思の合致が認められる理由を述べていな
い。また,仮に被控訴人の主張が肯定されるならば,特許技術の利用者は,単に規

格を実装する行為をとるだけで,承諾を権利者に表明することなく,しかも対価

支払うことなく,当該特許技術を利用できることとなるが,そのような帰結が非常

識であることは明らかである。

したがって,被控訴人の上記主張は失当である。

ウ 書面性の要件の欠如

(ア) 仮にライセンスの成否についてフランス法を準拠法とする被控訴人の主張

を前提としても,フランス法においては,特許ライセンス契約は書面によらなけれ

ばならないとされており,本件特許について,控訴人と被控訴人との間のライセン

ス契約に関する書面は存在しないから,被控訴人主張のライセンス契約は成立して

いない。

(イ) これに対し,被控訴人は,控訴人の本件FRAND宣言には,義務者である

控訴人の署名があるので,特許ライセンス契約の成立に必要な書面性の要件を充足

する旨を主張する。

しかし,@本件FRAND宣言には,ライセンス契約の目的,対価,期間及び地

理的範囲といった契約の内容を表すのに必要な条項が含まれていないこと,A本件

FRAND宣言に被控訴人の署名が付されていない以上,双方当事者の意思が合致

したか否かが不明確であること,B本件FRAND宣言は,相互にライセンス契約

を受けることが前提とされており,他方当事者であるライセンシーも義務者になる

のであるから,他方当事者である被控訴人の署名を不要とすることができないこと

からすると,被控訴人主張の控訴人と被控訴人間のライセンス契約は書面性の要件

を充たしていない。

したがって,被控訴人の上記主張は,理由がない。

エ まとめ

以上のとおり,本件FRAND宣言に基づいて控訴人と被控訴人間で本件特許権

についてライセンス契約が成立したとの被控訴人の主張は,理由がない。
6 争点6(控訴人による本件特許権に基づく損害賠償請求権の行使の権利濫用

の成否)について

(1) 被控訴人の主張

以下の諸事情に鑑みれば,控訴人が被控訴人に対し,本件特許権に基づく損害賠

償請求権を行使することは,権利の濫用(民法1条3項)に当たり,許されない。

ア 本件特許の適時開示義務違反

ETSIのIPRポリシー4.1項は,ETSIの会員が,開発済み又は開発中

の標準規格に必須となり得る知的財産権を保有する場合,これをETSIに適時に

開示することを義務付けている。この趣旨は,標準策定の参加者が標準規格を構成

する特許の存在を秘匿すると,標準化のワーキンググループが当該特許の代わりの

技術を標準規格に採用することを検討したり,当該特許を標準規格から外す旨の決

定を行ったりする機会が奪われると同時に,標準規格を実装する者や,標準化団体

が代替的技術を選択する機会も奪われることになるので,ETSIの会員にその保

有する標準規格に必須となり得る知的財産権の適時開示義務を負わせたものである。

控訴人は,本件出願の優先日の属する月である2005年(平成17年)5月,

控訴人が特許を取得しようとしていた技術を含む変更要請書を作成し,これを3G

PPのワーキンググループに提示し,その後本件特許に係る標準規格が決まってか

ら,約2年経過後の2007年(平成19年)8月に至るまで本件特許の存在をE

TSIに開示しなかった。

このように控訴人は,意図的にIPRポリシー4.1項の適時開示義務に違反し

たものである。

イ 本件仮処分の申立てが報復的な対抗措置であること

アップル社は,2011年(平成23年)4月,米国において,控訴人に対し,

標準規格と関係のないアップル社保有の特許権等を侵害したとして,その侵害行為

差止請求訴訟を提起した。

控訴人は,同月,アップル社の上記提訴に対する報復的な対抗措置として,被控
訴人に対し,控訴人がUMTS規格の必須特許であるとの宣言(以下,この宣言に

係る特許を「必須宣言特許」という。)をした本件特許権に基づき本件各製品の販売

等の差止めを求める本件仮処分の申立てなどをした。

ウ 本件FRAND宣言に基づくライセンス契約締結義務違反及び誠実交渉義務

違反

(ア) 「IPRについてのETSIの指針」1.4項(甲16,161)は,第三

者は,ETSI規格の利用者として,IPRポリシー6.1項に基づき,規格に関

し,FRAND条件でライセンスが許諾される権利を有することを定めている。

アップル社及び被控訴人は,控訴人の本件FRAND宣言によって,必須宣言特

許のライセンスを受ける権利を有するから,控訴人は,必須宣言特許である本件特

許権についてライセンス契約を締結する義務(ライセンス契約締結義務)を負うと

いうべきである。また,控訴人は,少なくとも,必須宣言特許のライセンスに関し

誠実に交渉すべき義務(誠実交渉義務)を負うというべきである。

しかし,控訴人は,以下に述べるとおり,ライセンス契約締結義務及び誠実交渉

義務に違反している。

(イ)a 前記イのとおり,控訴人がアップル社の提訴に対する報復的な対抗措置と

して本件仮処分の申立てを行ったことは,必須宣言特許のライセンスに関する控訴

人のライセンス契約締結義務に違反する行為である。

控訴人の本件仮処分の申立ての意図は,アップル社及び被控訴人に対し,FRA

ND宣言でのライセンスを許諾する意思はなく,必須特許宣言をした本件特許権に

基づく差止請求権を行使して被控訴人及びアップル社を脅かすことにより,アップ

ル社が提訴した事件を牽制し,有利に進めようとしているにすぎない。

b アップル社は,控訴人に対して,2011年(平成23年)4月29日付け

書簡(甲6の1)で,控訴人が主張している個々の必須宣言特許及び同社の必須宣

言特許ポートフォリオ(以下,
「特許ポートフォリオ」とは,ある者の有する特許権

の集合を指す趣旨で用いる。 に関して,
) FRAND条件に適ったロイヤルティ又は
一時金について問い合わせをし,その後,再三要求を繰り返したが,結局,同年7

月25日まで,控訴人から具体的なロイヤルティの提案はされなかった。

同日,控訴人からアップル社に対して,同日付け書簡(甲29)において,具体

的な料率が提示された。これは,本件各製品及び本件ベースバンドチップの平均販

売価格をそれぞれ600ドル及び15ドルであると考えた場合,ほぼ本件ベースバ

ンドチップと同程度の金額のロイヤルティを要求していることとなる。仮にアップ

ル社が同様のライセンス料率を他のUMTS規格に関する必須宣言特許の保有者に

対して支払うと仮定すると,アップル社は,UMTS規格に関する全ての必須宣言

特許についてライセンスを受けるために,本件ベースバンドチップの平均販売価格

の約18倍のライセンス料を支払わなければならなくなる。以上の経緯によれば,

控訴人の提示したロイヤルティはFRAND条件によるものではない。

これに対して,アップル社は,同年8月18日,同日付け書簡(甲34の4)で,

控訴人に対し,必須宣言特許に関するライセンス料率算定の枠組みを提示した。し

かし,控訴人は,アップル社の提案した枠組みを拒否し,また,具体的な代案も一

切示さなかった。

控訴人は,翌年12月になるまで,約1年半もの間,新たな代案を提示しなかっ

た。控訴人は,アップル社に対する2012年(平成24年)12月3日付けの書

簡(乙64)で,従前の提案の半分以下の料率を提案した。しかし,控訴人は,そ

算定方法について具体的な説明をしていない。また,同月の,控訴人とアップル

社の和解交渉の場面において,控訴人は,アップル社が控訴人に対して一時金を支

払うという条件で,両者のUMTS規格等に関する必須となる特許のポートフォリ

オについてクロスライセンスを行うという提案をした。しかし,この提案も,アッ

プル社の知的財産権(標準規格に関しないもの)の侵害によって生じる控訴人の責

任について免除を受けた上で世界的な紛争に関して和解をするという前提条件が付

されていた。控訴人が同月に行ったこれらの提案は,いずれもFRAND条件から

かけ離れたものである。
控訴人は,いまだにFRAND条件に適合するライセンスの提案を行っておらず,

アップル社に対して提示するライセンスの提案が,他のライセンシーに対するライ

センス条件と比して差別的ではないということを裏付ける情報の提供も行っていな

い。

c また,現在に至るまで,控訴人は,自社の主張する必須宣言特許について,

特許単位でのライセンスを行うように求めるアップル社の要請に応じていない。

ETSIのIPRポリシー6.1項は「特定の規格または技術仕様に関連する一

つの必須IPRがETSIに知らされた場合」としており,FRAND条件でのラ

イセンス許諾が原則として個々の特許単位であることを明らかにしている。ポート

フォリオ全体でのライセンス条件を強要することを許してしまえば,必須宣言特許

の保有者がFRAND条件でのライセンス義務を容易に潜脱することが可能になる

弊害が生じる。

(ウ) さらに,控訴人は,被控訴人が平成25年5月16日付け書簡(乙66)で

求めた,必須宣言特許ポートフォリオ及びそれに関するクロスライセンスの提案の

評価に必要な情報の提供を行っておらず,また,アップル社において控訴人のライ

センス提案がFRAND条件に適合するものであるかどうかを判断するのに必要な

情報(控訴人と他社との間の必須宣言特許のライセンス契約に関する情報等)の提

供を拒んでいる。このように控訴人は誠実交渉義務にも違反している。

(エ) 以上のとおり,アップル社は,控訴人に対し,ライセンス料の算定根拠を詳

細に説明した上で,繰り返し確定的なライセンスの申出を行ったにもかかわらず,

控訴人は,従前の申出をいまだに維持し,当該申出に係るライセンス料の算定根拠

も,アップル社の申出に対する代案も示すことなく,一方で,必須宣言特許である

本件特許権に基づいて差止めを求める本件仮処分の申立てを維持し,アップル社に

対して,必須宣言特許に基づく差止仮処分命令の脅威を背景として圧力をかけてい

る。

このような控訴人の一連の行為は,特許発明に係る技術が標準規格に組み込まれ
ることによりその技術に内在する価値を大幅に超える力,つまり,標準規格の実装

者から不当に高いロイヤルティや非必須知的財産権のクロスライセンスを取得する

力を特許権者に与えかねないという,いわゆる「ホールドアップ状況」
(標準規格に

取り込まれた技術の権利行使によって標準規格の利用を望む者が利用できなくなる

状況)の策出行為に当たるものである。

以上によれば,控訴人は,必須宣言特許である本件特許権についてのライセンス

契約締結義務及び誠実交渉義務に違反しているというべきである。

(オ) この点に関し,控訴人は,アップル社がFRAND条件による「確定的なラ

イセンスの申出」を行っていないから,控訴人に誠実交渉義務が発生していない旨

主張する。

しかし,ETSIのIPRポリシー,控訴人の本件FRAND宣言及びその準拠

法であるフランス法のいずれにおいても,必須宣言特許権者が誠実交渉義務を負う

条件として,UMTS規格の実施希望者に対して,
「確定的なライセンスの申出」を

行うことを求める規定は存しない。
「確定的なライセンスの申出」は,ライセンス

約成立の要件ではなく,また,特許権者の誠実交渉義務発生の要件でもない。

日本法においても,
「確定的なライセンスの申出」を要求する根拠は存しない。仮

に日本法において控訴人の誠実交渉義務の発生要件としてアップル社又は被控訴人

の「確定的なライセンスの申出」が必要であるとしても,アップル社は,控訴人に

対し,FRAND条件でのライセンス契約締結の限りで,本件特許権の有効性及び

抵触性を争わないとの意思を示し,「確定的なライセンスの申出」を行っている。

さらに,仮にライセンス希望者がFRAND条件でのライセンスの申出を行うに

際し特許の有効性抵触性を争う権利を放棄しなければならないとすれば,必須宣

言特許権者は,後に当該特許が必須でなかったことや,当該特許の有効性抵触

が認められないことが判明したとしても,ライセンシーからその点を指摘されるこ

とから免れることができる結果となり,しかも,ライセンシーから特許の有効性

抵触性を争われることを免れるという利益を得るために,本来は必須特許ではない
ものについて,必須特許であるという過剰な宣言を助長しかねないこととなり,妥

当でない。

したがって,控訴人の上記主張は,理由がない。

エ 独占禁止法違反

控訴人の一連の行為は,
「ホールドアップ状況」を策出するものであって(前記ウ

(エ)),標準規格を広く普及させることを目的とする3GPPの趣旨に反するもので

あるとともに,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止

法」という。)の不公正な取引方法に関する規定(2条9項2号,一般指定2項ない

し4項,14項等)のいずれかに該当する可能性が高く,独占禁止法違反になる。

また,控訴人が訴訟対象となっている必須特許のみを対象とするライセンスを拒否

し,控訴人の保有する必須特許ポートフォリオ全体を対象とする一括ライセンス

みを求めることも,不公正な取引方法(一般指定10項又は12項)に該当する。

オ TRIPs協定違反

TRIPs協定31条は,国内法令によって強制実施権等,特許権者の許諾を得

ずに行われる特許使用を認める場合について考慮するべき事項を定めた規定である。

したがって,損害賠償の場面を想定した規定ではないし,裁判所が特許権侵害を認

定した場合において,いかなる場合にも損害賠償請求を認めなければならないとい

う規定でもなく,控訴人の損害賠償請求を権利濫用と認めるに妨げとはならない。

カ まとめ

以上のとおり,控訴人が意図的に本件特許について適時開示義務に違反したこと,

控訴人の本件仮処分の申立てが報復的な対抗措置であること,控訴人が本件FRA

ND宣言に基づく必須宣言特許である本件特許権についてのライセンス契約締結義

務及び誠実交渉義務に違反して「ホールドアップ状況」を策出していること,かか

る控訴人の一連の行為が独占禁止法に違反することなどの諸事情に鑑みれば,控訴

人が被控訴人に対し,本件特許権に基づく損害賠償請求権を行使することは,権利

の濫用に当たり許されないというべきである。
(2) 控訴人の主張

被控訴人が控訴人による本件特許権に基づく損害賠償請求権の行使が権利濫用

当たることを基礎付ける事情として挙げる諸点は,以下に述べるとおり,前提とな

る事実が存在しないか,そもそも権利濫用を基礎付ける事情に当たらない。

ア IPRポリシーの適時開示義務違反の主張に対し

(ア) 被控訴人が適時開示義務違反の根拠とするETSIのIPRポリシー4.1

項(甲12)は,自らの特許権等を開示するために合理的な努力を求めているが,

当該規定はETSIの会員に対してETSIとの関係を規定するものであり,第三

者との関係を規定するものではなく,その違反に対する制裁は何ら想定されていな

い。

また,ETSIとの関係での手続義務違反があることが,当然に,本件特許権の

行使が権利濫用に該当するとの結論を導くものではない。

(イ) 被控訴人は,控訴人のETSIに対する本件特許の開示が,本件出願の優先

日から起算して約2年後であったことをもって,控訴人に適時開示義務違反がある

旨主張する。

しかし,必須特許宣言は,会社において,特許の抽出,規格に必須であることの

精査を行い,適正な社内手続を経て行われるものであり,相応の労力と期間を要す

るとともに,会社としての決定と行為を要するものであることはいうまでもなく,

それゆえに,一般的に,ETSIの会員における特許の開示に要する期間として1

年から2年の期間が必要となる。

控訴人のETSIに対する本件特許の開示が本件出願の優先日から起算して約2

年後であったが,同期間は,通常の実務の水準に沿うものであって,控訴人におい

て適時開示のための合理的な努力を怠ったものではなく,適時開示義務に反すると

はいえない。

したがって,被控訴人の上記主張は理由がない。

イ 本件仮処分の申立てが報復的な対抗措置等であるとの主張に対し
被控訴人は,控訴人の本件仮処分の申立てが,アップル社が控訴人に対して米国

において差止請求を行った後に申し立てられたことをもって,報復的な対抗措置で

あり,アップル社が申し立てた事件を牽制し,有利に進めようとするものである旨

主張する。

しかし,アップル社が控訴人に対して米国で差止請求を行った事件は,本件とは

別個の事件であるし,控訴人が本件特許権の侵害行為の差止請求をする権利を有す

ることの当然の効果として,被控訴人が当該侵害行為の差止請求を受けることは法

が当然に予定しているのであり,控訴人による権利行使がアップル社からの権利行

使に後れたことをもって「報復的な対抗措置」「アップル社が申し立てた事件の牽


制」等との非難を受けるいわれはない。ETSIのIPRポリシーにおいても,差

止請求権の行使が明示的に禁じられてはいない。また,アップル社は,訴訟の結果

が出るまでライセンス料を支払う意思のない者(unwilling licensee)であり,真

ライセンスを取得する意思がないにもかかわらず,ライセンスを希望するかのよ

うに装って,ライセンス料を払うことなく特許を利用するという「逆ホールドアッ

プ」を行っているから,控訴人が本件仮処分命令の申立てをすることに不当な点は

ない。

したがって,被控訴人の上記主張は,理由がない。

ウ 本件FRAND宣言に基づくライセンス契約締結義務違反及び誠実交渉義務

違反の主張に対し

(ア) ライセンス契約締結義務の不存在

ETSIに対するFRAND宣言によって生じる特許権者の義務は,ライセンス

を受けることを希望する者との間で,その申出を受けて,IPRポリシー6.1項

所定のFRAND条件でライセンスを行うという基本原則に従って,誠実に交渉,

協議する義務(誠実交渉義務)である。FRAND宣言がされたからといって,い

かなる場合にも,控訴人が,ライセンス契約を締結する義務(ライセンス契約締結

義務)を負担するものではない。
被控訴人は,FRAND宣言によりライセンス契約締結義務を負うとする主張す

る。しかし,被控訴人が同主張の根拠とする「IPRについてのETSIの指針」

(甲16,161)は,
「具体的なライセンス条件及び交渉は企業間の商業上の問題

であり,ETSI内で対処されるものではない」
(4.1項)と規定しており,同主

張は,ETSIが個々のライセンス契約の交渉に関与しない方針であることと矛盾

する。

したがって,控訴人に本件FRAND宣言に基づくライセンス契約締結義務違反

があるとの被控訴人の主張は,理由がない。

(イ) 誠実交渉義務の不発生

a FRAND宣言によりその宣言をした者に課せられる義務の内容については,

各国の公共政策に直接的に関わる問題であるため日本法固有の観点から判断し得る

ものである。そして,日本法の観点からは,誠実交渉義務が生じるのは,ライセン

ス対象特許の有効性を争うことなく,真にライセンスを受けることを希望する「確

定的なライセンスの申出」が必要であると解すべきである。

被控訴人は,アップル社が控訴人に対し,2012年(平成24年)3月4日,

同年9月1日及び7日にFRAND条件による「確定的なライセンスの申出」を行

った旨主張するが,いずれも理由がない。

(a) 被控訴人主張の2012年(平成24年)3月4日の申出は,控訴人の特許

抵触性と有効性を争うものであるから,そもそも「確定的なライセンスの申出」

に該当しない。

また,上記申出の内容は,不合理に低額なライセンス料率を提示するものであっ

て,交渉が成立しないことを知った上で,申出の外形を形式的に作出しただけの真

ライセンスを受ける意思のないものであり,上記申出が「確定的なライセンス

申出」に該当することはあり得ない。

(b) 被控訴人主張の2012年(平成24年)9月1日及び7日の申出(甲10

9,110)は,控訴人の特許が非侵害ないし無効であることを指摘しつつ,宣言
者による必須性の検証を提案している点で(訳文3頁) 依然として控訴人の特許の


抵触性と有効性を争うことを留保するものであるから,確定的なライセンスの申出」


とはいえない。また,アップル社は,特許権が消尽していると主張する製品につい

ては実施料を請求すべきでない(ロイヤリティの算定の基礎とすべきでない)旨主

張しており(訳文4頁) 特許消尽の主張が特許権侵害の主張に対する抗弁であるこ


とに鑑みれば,このような主張をすることは,依然として特許の抵触性を争ってい

るに等しいから,「確定的なライセンスの申出」とはいえない。

(c) 以上のとおり,被控訴人主張のアップル社の申出は,真にライセンスを希望

する確定的な申出とはいえないから,控訴人には誠実交渉義務が生じているとはい

えない。

b この点に関連して,被控訴人は,他のライセンシーに対するライセンス条件

について,秘密保持義務に違反しない範囲でアップル社に開示することは可能であ

るのに,控訴人がライセンス条件を開示しないことを非難する旨の主張をしている。

しかし,本件FRAND宣言により控訴人に課される義務は,確定的なライセン

ス申出を行う者に対して誠実に交渉,協議する義務であって,他社へのライセンス

条件を開示する義務は存在しない。また,アップル社は確定的なライセンスの申出

を行っておらず,控訴人は被控訴人に対して何ら義務を負っていないというべきで

あるから,被控訴人の上記主張は失当である。

また,控訴人と他社との間のライセンス契約に関する情報は,秘密保持義務が課

されており,提供できる性質のものではない。

(ウ) 誠実交渉義務違反の不存在

a 控訴人は,終始一貫して,アップル社に対して両社の間で誠実に交渉するこ

とを求めており,誠実交渉義務に違反していない。

すなわち,控訴人は,2012年(平成24年)4月18日付け回答書(乙42)

において,アップル社に対しFRAND条件でのライセンスの用意があることを伝

え,アップル社が真剣な提案を行うことを促している。また,控訴人は,2012
年(平成24年)9月7日付け書簡(甲111)において,アップル社に対して交

渉の再開を提案し,同年9月25日以前に会談を行うことを提案した。また,控訴

人は,同年12月18日には,アップル社に対して,UMTS規格等に関する必須

特許ポートフォリオを対象とした10年間のクロスライセンス対価として多額の

一時金を支払うことを内容とする新たな提案も行っている。そして,控訴人とアッ

プル社は,平成25年2月7日開催の会合において,●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●その内容を記載した覚書(ドラフト)を作成した。このように,

控訴人は,終始一貫して,アップル社に対して両者の間で誠実に交渉することを求

めてきた。控訴人が2011年(平成23年)7月25日付けの書簡(甲25)で

示したライセンス料率は,いわゆる Headline initial offer であり,FRAND

条件に従う必要はなく,その後の経緯を見れば,交渉が継続され,控訴人から対案

が示されているのであるから,重視されるべきではない。

b また,被控訴人は,控訴人がアップル社に対してFRAND条件でのライセ

ンスの提示を行っておらず,また代案を示すことなく,被控訴人に対して差止請求

を行っており,かかる行為はアップル社及び被控訴人に対するFRAND条件での

ライセンスを拒絶する行為である旨主張する。

しかし,アップル社が「確定的なライセンスの申出」を行っていないことは前述

したとおりであるから,控訴人の行為がFRAND条件でのライセンスを拒絶する

行為であるとの被控訴人の主張は,その前提を欠き失当である。

c むしろ,これまでに控訴人の誠実な交渉姿勢に応えてこなかったのは,アッ

プル社側であって,本件で問題とするべきなのは,真にライセンスを取得する意思

がないにもかかわらず,ライセンスを希望するかのように装って,実施料を支払う

ことなく,必須宣言特許を利用する,いわゆる「逆ホールドアップ」状況である。

アップル社は,平成25年2月7日開催の会合で,覚書(ドラフト)の作成段階に

まで至っていた●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●また,アップル
社は,同年5月16日付けの書簡(乙66)でも,本件特許権がライセンス交渉の

対象とならないことを明確に示している。このような交渉態度に照らすならば,ア

ップル社は,真摯にライセンスを受ける意思を有していない者(unwilling licensee)

であるというべきである。

d 以上のとおり,控訴人が誠実交渉義務に違反するとの被控訴人の主張は,理

由がない。

(エ) FRAND条件での実施料相当額の請求について

FRAND宣言は,無償での特許権の利用を認めるものではないから,FRAN

D条件での実施料相当額の請求が,FRAND宣言をしていることを根拠として制

限される理由はない。FRAND宣言をしたことを理由として,何らかの制限があ

るか否かが議論されるのは,差止請求権に関してであって,損害賠償請求権に関し

てではない。

エ 独占禁止法違反の主張に対し

被控訴人は,控訴人の一連の行為が独占禁止法所定の不公正な取引方法に該当し,

同法に違反する旨主張する。

しかし,被控訴人の上記主張は,控訴人に適時開示義務違反があること,控訴人

が報復目的の対抗措置として本件仮処分の申立てを行っていることなどを根拠とす

るものであるが,その前提において誤りがあるから,失当である。

オ TRIPs協定に関する主張に対し

我が国は,TRIPs協定を批准しているところ,TRIPs協定31条は,加

盟国が,特許権者の許諾を得ていない特許の使用に関して,これを認める場合には,

特許権者に対して金銭的補償を行うことを求め,かかる金銭的補償に関しては裁判

所が決定するべき旨を規定している。本件においても,特許権者たる控訴人には,

当然に金銭的補償が与えられるべきであり,控訴人による損害賠償請求権の行使が

許されないとされるべき理由は存在しない。

カ まとめ
以上のとおり,控訴人の本件特許権に基づく損害賠償請求権の行使が権利濫用

当たるとの被控訴人の主張は,前提となる事実が存在しないか,権利濫用を基礎付

ける事情に当たらないから,理由がない。また,控訴人による損害賠償請求を否定

することはTRIPs協定に違反する。

7 争点7(損害額

(1) 控訴人の主張

被控訴人による本件特許権の相当実施料に基づく支払債務は,後記の計算式のと

おりである。

本件特許権の相当実施料率は,本件特許権の技術分野である通信機器の実施料

に倣って,原則として売上高の5.7%であり,少なく見積もっても1%を下回ら

ないとするのが合理的である。もっとも,原判決においては,本件特許権がETS

IのIPRポリシーでいう必須IPRであると認定されており,被控訴人もこれを

前提にした主張をしているので,かかる観点から,相当実施料率を修正する必要が

ある。

必須IPRである特許権の累積的実施料率の上限に関しては,被控訴人が売上高

の5%と主張していることから,裁判の迅速化を図るために,これを争わない。

また,被控訴人が提出したBの追加宣誓書(甲134)には,UMTS規格に必

須と宣言された特許ファミリーのうち,実際に必須であるのは529ファミリーで

ある旨が記載されているので,控訴人もこれを採用する。

本件特許権の実施料率は,次の計算式で求められることになる。

(計算式) 5%×1/529=約0.0095%

これに,本件製品2及び4の発売から平成25年9月28日までの売上高を乗ず

ると,次の計算式のとおり,相当実施料額が算定される。

(計算式)

本件製品2 ●(省略)●円×5%×1/529≒●(省略)●万円

本件製品4 ●(省略)●円×5%×1/529≒●(省略)●万円
(2) 被控訴人の主張

FRAND宣言がされた特許の価値を適切に評価するには,標準規格に組み込ま

れる前の発明本来の価値を基準としなければならない。

FRAND宣言された特許権の実施料率は,当該製品を構成する部品のうち,標

準化された技術に関係するものを基準にして設定されなければならず,また,実施

料率は,全ての必須宣言特許に係る実施料の支払額が高くなりすぎないよう考慮し

て決定しなければならない。

ア 控訴人による損害額の主張は,標準規格に組み込まれる前の価値を一切考慮

していない点において,誤りがある。代替的Eビット解釈が,実際には使用されて

いないことや,その使用が必要あるいは望ましいことを示す証拠もないことからす

れば,本件特許が標準規格の一部であるとしても,組み込まれる前の価値はゼロで

あるとするのが相当である。本件特許の技術的価値が低いことからして,標準規格

に組み込まれる前にライセンス交渉が行われたとすれば,実施料を支払う者はいな

い。そうすると,本件特許に係る実施料率は,本件特許に係る技術の標準規格に組

み込まれる前の価値がゼロかそれに近い数字であることを反映したものである必要

があり,控訴人主張に係るような金額に上ることはあり得ない。

イ 控訴人は,本件各製品の販売価格を実施料算定の基礎としているが,これで

は本件各発明が寄与していない部分についてまで実施料の算定基礎に含まれること

となり,過大な実施料となる。また,本件特許における実施料は,非差別的なもの

でなければならないところ,本件各製品の販売価格を実施料算定の基礎とすること

は,より高価格なスマートフォンを取り扱う者を不利益に取り扱うことになる。本

件において不合理な結果を避けるためには,本件各発明が寄与する最小単位である

ベースバンドチップの価格を基準にして実施料を算定するべきである。仮に,本件

各製品の販売価格を基準とする場合でも,寄与度を乗じた額を基準とするべきで,

本件各特許はベースバンドチップにのみ寄与しているというべきであるから,ベー

スバンドチップの価格となるように寄与度を設定するべきである。そうでないとし
ても,通信機能をはじめとする基本的な機能しか備えていない携帯電話の価格(保

守的に見積もって6000円程度)を超える寄与はない。

ウ 本件特許の実施料は,UMTS規格全体において本件特許が占める割合を反

映したものでなければならならない。また,UMTS規格の必須宣言特許について,

全体として要求できる実施料額の合計は5%とするべきである。この5%という割

合は,UMTS規格の必須宣言特許全体(フェアフィールド社のレポート(甲13

5)によれば1889ファミリー)の合計であるから,本件特許単体としては,次

の計算式のとおりとするべきである。

(計算式)5%×1/1889=約0.00265%

控訴人は,必須宣言された特許のうちフェアフィールド社のレポートで必須であ

ると判定された特許の数を母数とするが,必須特許ファミリー数は控訴人が立証責

任を負うにもかかわらず,控訴人はフェアフィールド社のレポートを引用するのみ

で立証責任を果たしていない。

エ 以上によれば,本件特許に係る適切な実施料は,次のとおりとなる。

(ア) ベースバンドチップの価格を基礎とする場合

ベースバンドチップの価格を基準に本件特許に係る適切な実施料相当額を算定す

ると次の計算式のとおりとなる。

(計算式)

1,250円[ベースバンドチップのコスト]

×約0.00265%[本件特許に係るロイヤルティ料率]

×●(省略)●台[本件製品2及び4の販売台数合計]

=約●(省略)●円

また,仮に,標準規格に必須と判定された特許に分配するとの考え方を採用した

場合には,次の計算式のとおりとなる。

1,250円[ベースバンドチップのコスト]

×0.0095%[控訴人の主張するロイヤルティ料率]
×●(省略)●台[本件製品2及び4の販売台数]

=約●(省略)●円

(イ) 本件各製品の販売価格を基準とする場合

本件各製品の販売価格に寄与率を乗じることによって算定される金額は,ベース

バンドチップの価格と同一になるから,この場合も前記(ア)と同額になる。

また,本件特許に係る適切な実施料相当額は,基本的な電話機能しか有しない携

帯電話の販売価格(6000円)を超える金額を基礎とするべきではないから,次

の計算式の金額を超えることはない。

6,000円[本件製品の販売価格に本件特許の寄与度を乗じた額の上限]

×約0.00265%[本件特許に係るロイヤルティ料率]

×●(省略)●台[本件製品2及び4の販売台数]

=約●(省略)●円

第4 当裁判所の判断

1 争点1(本件各製品についての本件発明1の技術的範囲の属否)について

当裁判所は,本件製品2及び4は,本件発明1の技術的範囲に属するが,本件製

品1及び3は,本件発明1の技術的範囲に属しないと判断する。その理由は次のと

おりである。

(1) 本件各製品の構成について

控訴人は,本件発明1が3GPP規格の本件技術仕様書V6.9.0記載の「代

替的Eビット解釈」(Alternative E-bit 解釈)を具現化したものであり,同技術仕

様書に準拠した本件各製品は,本件発明1の技術的範囲に属する旨主張する。

そこで,まず,本件各製品が本件技術仕様書V6.9.0に準拠した製品といえ

るかどうかについて判断する。

ア 本件製品1及び3について

本件製品1及び3が3GPPが策定した通信規格の標準規格(3GPP規格)で

あるUMTS規格に準拠した製品であることは争いがない。
UMTS規格としてリリースされた規格には各種のバージョンがあり,控訴人主

張の代替的Eビット解釈は,本件出願の優先日後に公開された「3GPP TS2

5.322 V6.4.0」(以下「本件技術仕様書V6.4.0」という。)以降

のバージョンの技術仕様書において採用されたものである(甲2,87,弁論の全

趣旨)。

しかるに,本件全証拠によるも,本件製品1及び3において代替的Eビット解釈

に基づく機能が実装されていることを認めることはできない。かえって,本件製品

1及び3に実装されたUMTS規格に関連する処理を行うベースバンドチップは,

インテル社製の「PMB8878」であること,上記ベースバンドチップは,本件

出願の優先日前に公開された3GPP規格「リリース5」に係るバージョンに準拠

したものであり,代替的Eビット解釈に基づく機能を有していないことがうかがわ

れる(甲82ないし85)。

したがって,本件製品1及び3が本件技術仕様書V6.9.0に準拠した製品で

あるとの控訴人の主張は,理由がない。

そうすると,その余の点について判断するまでもなく,本件製品1及び3が本件

発明1の技術的範囲に属するとの控訴人の主張は理由がない。

イ 本件製品2及び4について

(ア) 代替的Eビット解釈

本件技術仕様書V6.9.0の9.2.2.5項及び9.2.2.8項(別紙T

S参照)には,@ 伝送モードが非確認モードのPDU(UMD PDU)の最初

のオクテットに含まれるEビット(拡張ビット)について,
「通常Eビット解釈」又

は「代替的Eビット解釈」が上位レイヤーのコンフィギュレーションに応じて選択

的に適用されること,A 「代替的Eビット解釈」の下では,最初のオクテットに

含まれるEビットが「0」の場合は,
「次のフィールドは,分割,連結,パディング

されていない完全なSDU」であることを,「1」の場合は,「次のフィールドは,

長さインジケータとEビット」であることを示すこと,B 「長さインジケータ」
は,最初のオクテットに含まれるEビットが「分割,連結,パディングされていな

い完全なSDU」であることを示していなければ,PDUの中のそれぞれのSDU

(RLC SDU)が終わる最後のオクテットを示すものとして用いられること,

C 「代替的Eビット解釈」が設定され,かつ,PDU(RLC PDU)がSD

Uのセグメントを含むが,SDUの最初のオクテットも最後のオクテットも含まな

い場合には,「長さインジケータ」は,「111 1110」の値を持つ7ビットの

長さインジケータ又は「111 1111 1111 1110」の値を持つ15

ビットの長さインジケータが用いられることが記載されている。

(イ) 本件実機テスト

a 証拠(乙13,14,41)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認めら

れる。

(a) カナダ法人のチップワークス社が本件製品2及び4について,「基地局エミ

ュレータ」として,CMW500を用いたテスト(本件実機テスト)を行った。

(b) 本件実機テストのテスト1は,「PDUサイズ:488ビット,SDUサイ

ズ:480ビット」の設定で,
「PDUが分割,連結,パディングされていない完全

なSDUを含む場合」のテストであり,テスト2は,「PDUサイズ:80ビット,

SDUサイズ:480ビット」の設定で,最初と最後を除いた「中間セグメント」

としてのPDU(例えば,2番目のPDU)をモニタするテストである。

(c) 本件実機テストの結果は,次のとおりである。

@ テスト1の場合には,一連番号(SN)に続くEビットが「0」となり,長

さインジケータを含まないPDUが出力されている(乙13の図12,14)。

A テスト2の場合には,一連番号(SN)に続くEビットが「1」となり,長

さインジケータとして所定値(1111110)を含むPDUが出力されている(乙

13の図13,15)。

b 前記aの本件実機テストの結果が示すEビットの値及び長さインジケータの

値は,前記(ア)の代替的Eビット解釈を採用した場合の値と整合しており(テスト1
は前記(ア)A及びBと,テスト2は前記(ア)A及びCとそれぞれ整合する。,本件製


品2及び4は,代替的Eビット解釈の機能を実装していることが認められる。

c これに対し被控訴人は,本件実機テストの結果の「Interpretation」の欄に

「次のオクテット:データ(「next octet: data」」と表示されており,
) 「分割,連

結,パディングされていない完全なSDU」と表示されていないから,本件実機テ

ストでは,代替的Eビット解釈ではなく,通常Eビット解釈が用いられているなど

と主張する。

しかし,代替的Eビット解釈において,Eビットに「0」が設定される場合,次

のフィールドのビット列が「分割,連結,パディングされていない完全なSDU」

を構成するSDUの「データ」を示すものであることからすると,Interpretation」


の欄に「次のオクテット:データ 「next octet: data」」
( ) と表示されていることは,

本件実機テストにおいて代替的Eビット解釈が使用されていることと相反するもの

ではない。

したがって,被控訴人の上記主張は理由がない。

ウ 小括

以上によれば,本件製品2及び4は,本件技術仕様書V6.9.0に準拠した製

品であり,代替的Eビット解釈に基づく機能を実施する構成を備えていることが認

められる。

(2) 本件発明1の技術的意義

ア 本件明細書の記載事項

(ア) 本件明細書(甲1の2)の発明の詳細な説明には,次のような記載がある(こ

の記載中に引用する図面については,別紙本件明細書図面参照。。


a 「【技術分野】本発明はパケットサービスを支援する移動通信システムに関す

るもので,特に無線リンク上のプロトコルデータユニット(Protocol Data Unit:以

下,
“PDU”とする)のヘッダーサイズを減少させて無線リソースを効率的に使用

する方法及び装置に関するものである。(段落【0001】
」 )
b 「【背景技術】・ ヨーロッパ式移動通信システムであるGSM(Global System
・・

for Mobile communications)とGPRS(General Packet Radio Services)に基づ

いて広帯域符号分割多重接続(Code Division Multiple Access:以下,“CDMA”

とする)を使用する第3世代の移動通信システムであるUMTS(Universal Mobile

Telecommunication Service)システムは,移動電話加入者又はコンピュータユーザ

ーが全世界のどこにいてもパケットベースのテキスト,デジタル化された音声,ビ

デオ,及びマルチメディアデータを2Mbps 以上の高速で伝送できるサービスを提供

する。このUMTSシステムは,インターネットプロトコル(Internet Protocol:

以下,
“IP”とする)のようなパケットプロトコルを用いるパケット交換アクセス

方式の概念を導入している。上記のUMTS通信システムに対する標準化を担当す

る3GPP(3rd Generation Partnership Project)で音声サービスについて,イン

ターネットプロトコルを用いて音声パケットを支援するVoIP(Voice over I

P)通信が論議されている。VoIPは,音声コーデック(CODEC)から発生した

音 声 フ レ ー ム を I P / U D P (User Datagram Protocol)/ R T P (Real-time

Transport Protocol)パケットの形態で伝送する通信技術である。このVoIP,パ

ケットネットワークを通じる音声サービスの提供を容易にする。 段落

」 【0002】,


「図1は,VoIPを支援する通常の移動通信システムの構成を示す。(段落【0


003】」「一般に,RLC階層は,動作方式によりUM(Unacknowledged Mode),
),

AM(Acknowledged Mode),TM(Transparent Mode)に分けられる。VoIPは,上

記RLC UMで動作する。送信器において,RLC UM階層は,上位階層から受

信されたRLCサービスデータユニット(Service Data Unit:以下,“RLC SD

U”とする)を無線チャンネルを通じて伝送するのに適合したサイズに分割し,連結

し,或いはパディングする。RLC UM階層は,分割/連結/パディング

(segmentation/concatenation/padding)情報とシーケンス番号(SN)を上記結果

値に挿入して無線チャンネルを通じて伝送に適合したRLC PDU(Protocol

Data Unit)を構成し,このLCP PDU(判決注:「RLC PDU」の誤記)を
下位階層に伝送する。
・・・上位階層から受信されたRLC SDUを無線チャンネ

ルを通じて伝送するために適合したサイズに処理する動作は,RLCフレーミング


(framing)”と称する。(段落【0004】,
」 ) 「図2Cは,従来技術により,送信器

のRLC階層でRLC SDUをフレーミングしてRLC PDUを構成する動作

を示す。
・・・送信器のRLC階層は,上位階層から任意のサイズ,例えば100バ

イトIPパケットのRLC SDU225を受信する。無線チャンネルを通じて伝

送可能なデータのサイズが40バイトである場合に,RLC階層は,RLC SD

U225を3個のRLC PDU230,235,240に分割する。このとき,

それぞれのRLC PDUは,40バイトである。また,各RLC PDUは,R

LCヘッダー245を含む。RLCヘッダー245は,シーケンス番号(Sequence

Number:以下,“SN”とする)250と,Eフィールド255と,長さインジケー

タ(Length Indicator:以下,
“LI”とする)フィールド260とEフィールド26

5の少なくとも複数の対とから構成される。LIフィールド260は,分割により

含まれる。SNフィールド250は,RLC PDUごとに1ずつ単調に増加する

7ビットのSNを示す。このSNは,RLC PDU230,235,240の順

序を示す。Eフィールド255は,次のフィールド(following field)がデータフィ

ールドであるか否か或いはLIフィールドとEフィールドの対であるか否かを示し,

1ビットのサイズを有する。LIフィールド260は,RLCのフレーミングに基

づいて7ビット又は15ビットのサイズを有する。RLC PDUに含まれるRL

C SDU225のセグメントが,RLC PDUのデータフィールド270に位

置することを示す。すなわち,LIフィールド260は,RLC PDUのデータ

フィールド270で,RLC SDU225の開始及び終了を示す。LIフィール

ド260は,パディングしたか否かを示すことができる。LIフィールド260が

示す値はバイト単位で設定され,RLCヘッダーからRLC SDUが終了する地

点までのバイト数を意味する。(段落【0007】
」 )

c 「上記のように,LIフィールドを用いてRLC SDUの最後のバイトの
位置を示す従来の方式は,一つのRLC SDUを複数のRLC PDUに分割し,

或いは複数のRLC SDUを一つのRLC PDUに連結する場合に効率的であ

る。しかし,通常にVoIPパケットの特性において,一つの完全なRLC SD

Uが一つのRLC PDUのみに対応し,分割/連結/パディングなしに頻繁に発生

する。
・・・このようにRLC PDUのサイズが,最も頻繁に発生するRLC S

DUのサイズに基づいて定義されると,大多数のRLC SDUは分割/連結/パデ

ィングを経ることなく,RLC PDUにフレーミングされる。この場合に,従来

のフレーミング方式は非効率的である。」
(段落【0011】, ・
)「・ ・言い換えれば,

VoIP通信では,大部分RLC SDUを分割又は連結せず,一つのRLC S

DUは一つのRLC PDUで構成する。それにも拘わらず,既存のRLCフレー

ミング動作は,RLC PDUに少なくとも2個のLIフィールド,すなわちRL

C SDUの開始を示すLIフィールドと,RLC SDUの終了を示すLIフィ

ールドが常に要求される。必要によって,データフィールドのパディング可否を示

すLIフィールドも追加で挿入される。したがって,従来技術によるVoIP通信

方式でRLCフレーミング方式を使用する場合に,不必要なLIフィールドの使用

によって限定された無線リソースが非効率的に使用されるという問題点が発生し

た。(段落【0012】
」 )

d 「【発明が解決しようとする課題】・・・上記の従来技術による問題点を解決

するために,本発明の目的は,パケットサービスを支援する移動通信システムで,

無線リンク制御階層のプロトコルデータユニット(RLC PDU)のヘッダーサイ

ズを減少させて無線リソースを効率的に使用する方法及び装置を提供することにあ

る。(段落【0013】
」 )

e 「【課題を解決するための手段】 上記のような本発明の目的を達成するため

に,本発明は,移動通信システムにおける予め定められた長さインジケータ(LI)

を用いてデータを送信する方法であって,上位階層からサービスデータユニット(S

DU)を受信し,前記SDUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)に含まれ
るか否かを判定する段階と,前記SDUが一つのPDUに含まれない場合に,前記

SDUを伝送可能なPDUのサイズにより複数のセグメントに分割する段階と,一

連番号(SN)フィールドと,LIフィールドが存在することを示す少なくとも一

つの1ビットフィールドと,前記LIフィールドとをヘッダー内に有し,前記セグ

メントをデータフィールド内に有する複数のPDUを構成する段階と,ここで前記

SDUの中間セグメントをデータフィールド内に含むPDUの前記LIフィールド

は,前記中間セグメントが存在することを示す値に設定され,前記PDUを受信器

に伝送する段階とを有することを特徴とする。(段落【0014】,
」 )「本発明は,移

動通信システムにおける予め定められた長さインジケータ(LI)を用いてデータを

送信する装置であって,上位階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,

前記SDUが一つのプロトコルデータユニット(PDU)に含まれるか否かを判定し,

前記SDUを伝送可能なPDUサイズによって少なくとも一つのセグメントに再構

成するための伝送バッファと,SNフィールドと1ビットフィールドをヘッダーに

含み,前記少なくとも一つのセグメントをデータフィールド内に有する少なくとも

一つのPDUを構成するヘッダー挿入部と,前記少なくとも一つのPDUの1ビッ

トフィールドを,以後のLIフィールドの存在有無のうち少なくとも一つを示す値

に設定する1ビットフィールド設定部と,前記SDUが一つのPDUに含まれない

場合に,前記少なくとも一つのPDUの前記1ビットフィールド以後にLIフィー

ルドを挿入し,前記SDUの中間セグメントをデータフィールド内に含むPDUの

LIフィールドを,前記中間セグメントを含むことを示す値に設定するLI挿入部

と,前記LI挿入部から受信される少なくとも一つのPDUを受信部に伝送する送

信部とを含むことを特徴をする。(段落【0016】
」 )

f 「【発明の効果】本発明は,RLC PDUのデータフィールドに完全なRL

C SDUが存在することを示す1ビットの情報によって,このRLC SDUの

開始/終了/パディングを示すための追加情報の挿入を不要にすることによって,限

定された無線伝送リソースを効率的に使用する効果を有する。また,本発明は,上
記のようにRLC SDUの中間セグメントのみを含むRLC PDUに,予め定

められたLIの新たな値に設定されたLIフィールドを含むことによって,RLC

SDUの分割動作が可能になる効果を有する。(段落【0018】
」 )

g 「・・・本発明の望ましい実施形態によりRLC階層は,2つのフレーミン

グ方式を使用する。第1の方式は,最も頻繁に使用されるサイズを有するRLC S

DUが,LIフィールドを使用せずにRLC PDUにフレーミングを遂行するこ

とである。第2の方式は,他のサイズのRLC SDUに対してLIフィールドを

使用してRLC PDUにフレーミングを遂行することである。
・・・第1のEフィ

ールドを,他のEフィールドと区別するために“Fフィールド”と称する。(段落


【0020】)

h 「図4は,本発明の望ましい実施形態によるRLC PDUの構造を示す。」

(段落【0021】,
)「図5Aは,本発明の望ましい実施形態により,RLC SD

Uが分割/連結/パディングを経ることなく,RLC PDUに対応する場合にRL

C PDUの構成を示す。図5Aを参照すると,送信器(すなわち,送信器のRLC

階層)は,一つの完全なRLC SDUを分割/連結/パディングせずに,一つのR

LC PDUにフレーミングが可能である場合に,Fフィールドを‘0’に設定し,

RLC PDUのデータフィールドに完全なRLC SDUを挿入する。 段落

」 【0

022】,
)「図5Bは,本発明の望ましい実施形態により,RLCが分割/連結/パデ

ィングを通じてRLC PDUにフレーミングされる場合に,RLC PDUの構

造を示す。図5Bを参照すると,送信器はRLCをフレーミングするために分割/

連結/パディングを遂行することが必要である場合に,Fフィールドを‘1’に設定

し,分割/連結/パディングに必要なLIフィールドとパディングを含んでRLC P

UDを構成する。
・・・既存の第1のEフィールドをFフィールドとして用いるため

には,下記のような問題点を解決すべきである。通常,RLC PDUがRLC S

DUのセグメント(segment)であり,RLC PDUにRLC SDUの開始も終了

も含まない場合に,RLC PDUにはLIフィールドが存在しなかった。図5A
では,RLC SDUが分割/連結/パディングを経ることなく,一つのRLC P

DUにフレーミングされる場合に,LIフィールドを使用しない。RLC PDU

が一つの完全なRLC SDUを含まず,かつRLC SDUの開始又は終了を含

まないことを示す必要がある。(段落【0023】
」 )

i 「図6Aは,従来のRLCフレーミング技術により,一つのRLC SDU

が複数のRLC PDUに分割される状況を示す。
・・・RLC SDUの開始や終

了を含まないRLC PDU615にLIフィールドを挿入しないと,受信器は,

RLC PDU615のデータフィールドに含まれたセグメントが,一つの完全な

RLC SDUを構成するか,或いは以前及び以後のRLC PDUのセグメント

と結合して一つのRLC SDUを構成するか判定できない。したがって,後述す

る本発明の望ましい実施形態では,RLC SDUの開始や終了が含まれないRL

C PDU(以下,“中間(intermediate)PDU'とする)を示すために,予め定めら

れたLIの新たな値を定義する。例えば‘1111 110’を予め定められたLI

の新たな値として定義する。予め定められたLIの新たな値が挿入されたRLC

PDUは,中間RLC PDUとして認識される。」
(段落【0024】,
)「図6Bは,

本発明の望ましい実施形態により,予め定められたLIを用いて一つのRLC S

DUを複数のRLC PDUに分割する状況を示す。図6Bを参照すると,一つの

RLC SDU625がSN‘x’‘x+1’‘x+2’である3個のRLC
, , P

DU630,635,640に分割される。すると,第1のRLC PDU630

にはFフィールドが‘1’に設定され,予め定められたLI値‘1111 100’

が第1のRLC PDU630に挿入され,このRLC PDU630のデータフ

ィールドの第1のバイトがRLC SDU625の第1のバイトに対応することを

示す。第2のRLC PDU635にはRLC SDU625の開始も終了も含ま

れずに中間部分のみを含んでいるため,Fフィールドが‘0’に設定され,予め定

められたLI値‘1111 110’が第2のRLC PDU635に挿入されて前

記RLC PDU635が中間RLC PDUであることを示す。第3のRLC
PDU640には,RLC SDU625の終了,例えばデータフィールドの35

番目のバイトまでであることを示すLI値‘0100 011’が含まれる。(段落


【0025】)

(イ) 本件発明1の特許請求の範囲(請求項8)の文言と本件明細書の「発明の詳

細な説明」の前記(ア)の記載事項(各図面を含む。 を総合すれば,
) 本件明細書には,

@ パケットサービスを支援する移動通信システム(無線データパケット通信シス

テム)において,音声コーデックから発生した音声フレームをインターネットプロ

トコルを用いて音声パケットの形態で伝送する通信技術であるVoIPを提供する

に当たって,従来技術によるVoIP通信方式でRLCフレーミング方式(上位階

層から受信されたRLC SDUを無線チャンネルを通じて伝送するために適合し

たサイズに処理する動作)を使用する場合であって,RLC PDUのサイズが,

最も頻繁に発生するRLC SDUのサイズに基づいて定義される場合には,大部

分のRLC SDUが,分割又は連結せず,一つのRLC SDUは一つのRLC

PDUで構成されるにもかかわらず,既存のRLCフレーミング動作では,少なく

ともRLC SDUの開始を示すLI(長さインジケータ)フィールドとその終了

を示すLIフィールドが常に要求されるなど不必要なLIフィールドが挿入され,

それによって限定された無線リソースが非効率的に使用されるという問題点が発生

すること,A 本件発明1の目的は,従来技術による上記問題点を解決するために,

RLC PDU(無線リンク制御階層のプロトコルデータユニット)のヘッダーサ

イズを減少させて無線リソースを効率的に使用する装置を提供することにあること,

B 本件発明1は,上記目的を達成するための手段として,「一つの完全なRLC

SDUを分割/連結/パディングせずに,一つのRLC PDUにフレーミングが可

能である場合」に,そのことをRLC PDUのデータフィールドに1ビット情報

で示す構成(構成要件Dの「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記P

DUが分割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に

含むことを示すように前記1ビットフィールドを設定」するとの構成)を採用する
ことによって,そのRLC SDUの分割/連結/パディングを示すための追加情報

の挿入(「LIフィールド」の使用)を不要とし,RLC PDUが「RLC SD

Uの開始や終了が含まれない,RLC SDUの中間セグメントのみ」を含む場合

に,そのことを予め定められたLIの新たな値に設定されたLIフィールドで示す

構成(構成要件Dの「前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグ

メントを含む場合,少なくとも一つの長さインジケータ(LI)フィールドが存在

することを示すように前記1ビットフィールドを設定する1ビットフィールド設定

部」の構成及び構成要件Fの「前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最

初のセグメントでも最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予

め定められた値に設定」される構成)を採用することによって,RLC SDUの

分割動作を可能とし,これによりヘッダーサイズを減少させて無線リソースを効率

的に使用する効果を奏することが開示されているものと認められる。

イ 本件発明1と代替的Eビット解釈との関係

(ア) 本件発明1の構成要件Dの「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,

前記PDUが分割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを

完全に含むことを示すように前記1ビットフィールドを設定」するとの構成及びそ

の効果(前記ア(イ)B)は,代替的Eビット解釈において,最初のオクテットに含ま

れるEビットが「0」の場合は,
「次のフィールドは,分割,連結,パディングされ

ていない完全なSDU」であることを示し,長さインジケータが用いられないこと

(前記(1)イ(ア)A及びB)を規定し,また,構成要件Dの「前記PDUの前記デー

タフィールドが前記SDUの中間セグメントを含む場合,少なくとも一つの長さイ

ンジケータ(LI)フィールドが存在することを示すように前記1ビットフィール

ドを設定する1ビットフィールド設定部」の構成及び構成要件Fの「前記LIフィ

ールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントでも最後のセグメントでもな

い中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に設定」される構成は,代替

的Eビット解釈において,PDU(RLC PDU)がSDUのセグメントを含む
が,SDUの最初のオクテットも最後のオクテットも含まない場合には,
「長さイン

ジケータ」 「111
は, 1110」の値を持つ7ビットの長さインジケータ又は「1

11 1111 1111 1110」の値を持つ15ビットの長さインジケータ

が用いられること(前記(1)イ(ア)C)を規定したものであると認められる。

したがって,本件発明1は,代替的Eビット解釈を具現化した発明であるという

べきである。

(イ)a これに対し被控訴人は,本件発明1の構成要件Bの「前記SDUが一つの

PDUに含まれるか否かを判定」とは,
「SDUが一つのPDUに完全に含まれるか

どうか(一致するかどうか)」を判定することを意味するのに対し,本件技術仕様書

V6.9.0の4.2.1.2.1項の「RLC SDUがUMD PDUの利用可

能なスペースの長さより大きい場合」に「RLC SDUを適当なサイズのUMD

PDUsに分割する。」との記載は,4.2.1.2.1項記載の判定方式が,SD

Uの分割が必要か否かを決定することを目的とし,SDUがPDUの利用可能な領

域よりも大きいか否か(SDUとPDUの大小関係)を判定する方式を意味するも

のであり,SDUが一つのPDUに完全に含まれる(一致する)か否かを判定する

方式とは異なるものであるから,本件技術仕様書V6.9.0には,構成要件Bの

開示がない旨主張する。

しかし,本件技術仕様書V6.9.0の9.2.2.5項には,
「代替的Eビット

解釈」の下において,最初のオクテットに含まれるEビットが「0」の場合は,
「次

のフィールドは,分割,連結,パディングされていない完全なSDU」であること

を,「1」の場合は,「次のフィールドは,長さインジケータとEビット」であるこ

とを示すこと(前記1(1)イ(ア)A)が記載されており,上記記載は,SDUがPD

Uに完全に含まれる(一致する)か否か(「分割,連結,パディングされていない完

全なSDU」か否か)の判定を行うことを前提に,その判定結果に従ってEビット

を上記のように設定することを規定するものといえるから,構成要件Bの「SDU

が一つのプロトコルデータユニット(PDU)に含まれるか否かを判定」するとの構
成を開示するものというべきである。

したがって,被控訴人の上記主張は理由がない。

b また,被控訴人は,構成要件Dにいう「前記SDUが一つのPDUに含まれ

る場合」とは,@パディングが生じている場合,A連結が生じている場合,B分割,

連結及びパディングのいずれも生じていない場合の全てを対象とするものであるか

ら,構成要件Dを充足するというためには,上記@又はAの場合であっても,
「PD

Uが分割,連結又はパディングなしにSDUを完全に含むことを示すように1ビッ

トフィールドが設定」されなければならないのに対し,本件技術仕様書V6.9.

0記載の代替的Eビット解釈においては,上記Bの場合にのみ,PDUが完全なS

DUを含むことを示すように1ビットフィールドが設定されるのであるから,構成

要件Dの構成は,本件技術仕様書V6.9.0記載の代替的Eビット解釈とは異な

る旨主張する。

しかし,構成要件Dの「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記PD

Uが分割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含

むことを示すように前記1ビットフィールドを設定」との文言,本件明細書の段落

【0022】及び図5Aによれば,構成要件Dの「前記SDUが一つのPDUに含

まれる場合」とは,
「前記PDUが分割,連結,パディングなしに前記データフィー

ルドに前記SDUを完全に含む」場合(上記Bの場合)のみを意味し,SDUが連

結されてPDUに格納されている場合やSDUがパディングとともにPDUに格納

されている場合は,これに含まれないと解すべきであるから,被控訴人の主張は,

その前提を欠くものとして,採用することができない。

(3) 本件製品2及び4についての本件発明1の技術的範囲の属否について

ア 本件製品2及び4が本件発明1の構成要件A及びHを充足することは,前記

争いのない事実等(3)イのとおりである。

そして,本件製品2及び4が,本件技術仕様書V6.9.0に準拠した製品であ

り,代替的Eビット解釈に基づく機能を実施する構成を備えていること(前記(1)
ウ)本件発明1が代替的Eビット解釈を具現化した発明であること
, (前記(2)イ(ア))

によれば,本件製品2及び4は,本件発明1の構成要件BないしGを充足するもの

と認められる。

以上によれば,本件製品2及び4は,本件発明1の構成要件を全て充足するから,

その技術的範囲に属する。

イ(ア) これに対し被控訴人は,本件技術仕様書V6.9.0に構成要件B及びD

の開示がないことを理由に,本件製品2及び4が構成要件B及びDを充足しない旨

主張する。

しかし,前記(2)イ(イ)で述べたとおり,被控訴人の主張は,その前提を欠くもの

であるから,理由がない。

(イ) また,被控訴人は,本件製品2及び4が本件発明1の技術的範囲に属すると

いうためには,本件製品2及び4が本件発明1の構成要件に記載された全ての機能

を現実のネットワーク上で実行していることを立証する必要があるが,代替的Eビ

ット解釈は,通常Eビット解釈のオプション的なものであり,通信事業者が代替的

Eビット解釈を使用するようにネットワークを設定していることについての立証が

ないから,本件各製品が本件発明1の技術的範囲に属しない旨主張する。

しかし,本件製品2及び4は,本件発明1の構成要件を全て充足し,代替的Eビ

ット解釈を実施する構成を備えている以上,本件発明1の技術的範囲に属するもの

と認められ,現実のネットワーク上で通信事業者が代替的Eビット解釈を使用する

ようにネットワークを設定しているかどうかは本件発明1の技術的範囲の属否に影

響を及ぼすものではないというべきである。

(4) まとめ

以上のとおり,本件製品1及び3は,本件発明1の技術的範囲に属しないが,本

件製品2及び4は,その技術的範囲に属する。

そうすると,被控訴人による本件製品1及び3の輸入,販売等は,本件特許権の

侵害行為に当たらない。
2 争点2(本件発明2に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号,5

号)の成否)について

本件発明2は,本件発明1の送信装置におけるデータの送信方法の発明であり,

両発明の構成は共通すること(争いがない。)によれば,本件製品1及び3における

データ送信方法の構成は,本件発明2の技術的範囲に属しないが,本件製品2及び

4におけるデータ送信方法の構成は,その技術的範囲に属するものと認められる。

本件製品1及び3におけるデータ送信方法の構成は,本件発明2の技術的範囲

属しないから,被控訴人が本件製品1及び3を輸入し,販売する行為が本件発明2

に係る本件特許権の間接侵害(特許法101条4号,5号)に該当するものではな

い。

本件製品2及び4におけるデータ送信方法の構成は,本件発明2の技術的範囲

属するものと認められるが,争点2に係る主張は争点1に係る主張と選択的な関係

に立ち,争点3以下の判断は争点1と共通であるから,間接侵害の成否は判断しな

い。

3 争点3(特許法104条の3第1項の規定による本件各発明に係る本件特許

権の権利行使の制限の成否)について

当裁判所は,本件特許には被控訴人主張に係る無効理由はなく,特許法104条

の3第1項の規定によりその権利行使が制限されるものではないと判断する。その

理由は次のとおりである。

(1) 各文献の記載

各引用例には次のとおりの記載がある(この記載中に引用する図面については,

別紙引用例の図面参照。。


ア 甲3(特開2004−179917号公報)の記載

(ア) 「本発明は,ワイヤレスコミュニケーションデータの伝送中に発生する,不

測のスケジュール中断を処理する方法に関するもので,特に,無線リンク制御(radio

link control,RLC)層とメディアアクセス制御(medium access control,MA
C)層間のスケジュール中断の処理に関するものである。(段落【0001】
」 )

(イ) 「【従来の技術】
・・・図1は,三層のコミュニケーションプロトコルを示す

図である。
・・・第一ステーション上のアプリケーション13は,メッセージ11を

生成し,そのメッセージ11を第三層(レイヤ)インターフェース12に送り,第

二ステーション20に伝送する。
・・・第三層インターフェース12は,第二層のサ

ービスデータユニット(service data units,SDUs)14の形式で,メッセー

ジ11,或いは第三信号メッセージ12aを,第二層インターフェース16に伝送

する。(段落【0002】,
」 )「第二層のSDU14は,異なる大きさで,第三層イン

ターフェース12が第二ステーション20に伝送したいデータを保持しており,こ

のようなデータは,信号メッセージ12a,或いは,メッセージ11である。第二

層インターフェース16は,受信したSDU14を,一つ或いはそれ以上の第二層

プロトコルデータユニット(protocol data unit,PDUs)18に組み立てる。

各第二層PDU18の長さは一定で,第一層インターフェース19に伝送される。

第一層インターフェース19は実体層(physical layer)で,データを第二ステー

ション20に伝送する。(段落【0003】
」 )

(ウ) 「図2は,第二層のデータ伝送受信の処理を示す図である。ベースステーシ

ョン,或いはモバイルユニットである送信器30の第二層インターフェース32は,

第三層インターフェース33から,一連のSDU34を受信する。ここでは,SD

U34は,連続して1〜5に並び,異なる大きさであるとし,図では異なる長さで

示されている。第二層インターフェース32は,一連のSDU34を,一連のPD

U36にする。第二層PDU36は,1〜4に並べられ,全て同じ長さである。P

DU36は,第一層インターフェース31に送られ,伝送を待つ。(段落【000


4】)

(エ) 「図3及び図1を参照すると,図3はAMデータPDU50の簡略図で,3

GPPTS25.322 V3. 0.
8. 規範に掲載されている。」
(段落【0006】)

(オ) 「図3中のPDU50はデータPDUで,第二層プロトコルに従って,様々
なフィールドに分割される。,
」「第一フィールド51は,PDU50がデータPDU

或いは制御PDUのどちらかを示すシングルビットである。ビットの値が1の時,

PDU50はデータPDUである。第二フィールド52はシーケンス番号(sequence

number,SN)フィールドで,AM伝送時は,12ビット長である。後続のPDU

18,28は,高いシーケンス番号を備え,受信器(第二ステーション)20に,

受信した第二層PDU28を正確に組み立てさせ,第二層SDU24を形成する。,


「シーケンス番号フィールド52の後に,単一のポーリングビット53がある。」

(カ) 「ポーリングビット53が1の時,受信器(第二ステーション20)は,確

認状態PDUを出して応答しなければならない。,
」「ビット54が保留されていて,

0に設定される。次のビット55aは,拡張子ビット(extension bit)で,1に設

定される時,即刻,長さインジケーター(length Indicator,LI)につなぐこと

を表示する。LIは7ビットまたは15ビットで,第二層SDUが,第二層PDU

50内で終了する位置を表示するのに用いられる。僅か一つのSDUが,完全にP

DU50のデータ領域58を充填する場合,ビット55aは0で,LIは出現しな

いことを表示する。(段落【0007】【0008】
」 , )

(キ) 「図3の例において,2つの第二層SDU57a及び57bは,第二層PD

U50で終了する。よって,2つのLIにより,第二層SDU57a及び57bの

終了をそれぞれ表示する。続いて,PDU50の後続のPDU(シーケンス番号5

2で区別する)は,ある一つのLIにより,SDU57cの終わりを表示する。L

Iの後の拡張子ビット55bは1に設定され,後にまだLI(つまり,図上のLI)

があることを表示する。LI後の拡張子ビット55cは0に設定され,後にLIが

ないことを示し,データ領域58は,この拡張子ビット55cに続いて開始される。

データ領域58は,実際のSDUデータを格納するのに用いられる。(段落【00


09】)

(ク) 「図6と図4を参照する。図6は,公知技術のTFC選択のタイミング図で

ある。
・・・TTI81において,RLC層62は,MAC層64に,RLC実体情
報(entity information)84を知らせなければならない。RLC状態情報84は,

MAC層64に,いくつのSDU情報65aがRLC層62により伝送されるのを

待っているかを報告する。MAC層64は,RLC状態情報84に応答し,TFC

データ要求86を与える。TFCデータ要求86は,RLC層62に,MAC層6

4に伝送するPDU65bの大きさと数量を指示する。
・・・その後,これらのPD

U65bは,ブロック88の方式で,MAC層64に伝送される。,
」「しかし,一旦,

MAC層64が,TFCデータ要求86に応答した後,RLC層62は,TFCデ

ータ要求86の要求に符合する大きさと数量のPDUを伝送しなければならない。

要求通りに実行されていない場合,無線デバイスのソフトウェア障害を生じる。こ

の問題は,公知技術でも問題となっており,データ伝送のスケジュール上,非常に

重要である。(段落【0013】【0014】
」 , )

(ケ) 「しかし,上述の状況以外に,他の不測のデータ中断事態が発生し,公知技

術でも処理できない状態が生じるかもしれない。図1,図4及び図6をもう一度参

照すると,これらの予期されないデータ中断のほとんどは,第三層インターフェー

ス12 から 第二 層イ ンタ ーフ ェー ス1 6 へ伝送 され るコ マン ド指 令( command

primitive)に起因する。・・・第三層インターフェース12がベースステーション

変更を決定した時,第三層インターフェース12は第二層インターフェース16

の停止指令を起動する。停止指令は第二層インターフェース12に,SDU情報6

5aの伝送を直ちに中止するよう要求する。よって,TFCデータ要求86がすで

に受信されても,PDU65bは,MAC層64に送られる状態から,伝送停止状

態に変更する。(段落【0015】
」 )

(コ) 「【発明が解決しようとする課題】本発明は,ワイヤレスコミュニケーショ

ンシステムにおいて,RLC層とMAC層間で生じる不測の伝送中断を処理する方

法とそのシステムを提供することを目的とする。,【課題を解決するための手段】
」「

本発明は,ワイヤレスコミュニケーションデバイスにおいて,RLC層とMAC層

間のデータ伝送スケジュールで生じる不測の伝送中断の処理方法とシステムを開示
する。本発明によると,RLC層は,RLC実体情報をMAC層に提供する。RL

C実体情報は,RLC層が伝送を待つSDUデータを有することを示す。RLC実

体情報が提供された後,RLC層は不測のデータ中断を受信し,RLC層にSDU

の破棄を要求する。不測のデータ中断を受信した後,MAC層は,MAC要求を送

信し,RLC層に少なくとも一つのPDUを出すよう要求する。このMAC要求に

従って,RLC層はMAC層に少なくとも一つのPDUを伝送し,破棄されたSD

Uを代替する。(段落【0019】【0020】
」 , )

(サ) 「以下の記述において,送信器或いは受信器は,携帯電話,PDA,パソコ

ン或いは,その他のワイヤレスコミュニケーションプロトコルを使用したデバイス

である。本発明は,前述の通り,ワイヤレスコミュニケーションシステム或いはそ

の他のワイヤレスシステムにおいて応用される。本発明を構成する本発明と従来技

術の相違点が,従来技術の適切な改良によりなされたものであることは,当業者に

よって容易に理解されることであろう。(段落【0023】
」 )

(シ) 「図7は,本発明によるワイヤレスコミュニケーション(無線通信)デバイ

ス100を示す図である」「第二層インターフェース132は,RLC層142及


びMAC層144に分割される。RLC層142は第三インターフェース133と

通信し,SDUの形式で,第三層データを受信すると共に,バッファ143に保存

する。RLC層142は第三層インターフェース133から,一時停止,停止及び

再構築などのコマンド指令を受信する。RLC層142は,SDU141によりP

DU145を生成し,その後,PDU145をMAC層144に送り,伝送する。

MAC層144に伝送されたPDU145の大きさと数量は,MAC層144から

RLC層142に送られるTFC(transport format combination,TFC)デー

タ要求により指定される。RLC層142内に,伝送されるSDUデータ141が

あると示された後,MAC層144は,RLC実体情報の形式で,TFCデータ要

求をRLC層142に送る。(段落【0024】【0025」)
」 , 】

(ス) 「第一実施形態において,本発明の方法は,RLC層142に,少なくとも
一つのパディング(padding)PDU150を提供させ,MAC層144からのTF

Cデータ要求を満たす。パディングPDU150は,実際のSDUデータ141を

備えず,SDUデータ141が不測のデータ中断の発生により破棄される時にだけ

用いられる。図8は,パディングPDU150を示す図である。パディングPDU

150aは標準的なAMデータPDUであるため,PDUフィールド151aは1

に設定される。シーケンス番号フィールド152aは,標準シーケンス番号で,ポ

ーリングビット153aは,0か1(第二層インターフェース132からポーリン

グ状態に従って定義される)である。ビット154aは保留されていて,その値は

0である。続く,拡張子ビット155aは常に1に設定され,後に一つのLI15

6aが続くことを示す。しかし,LI156aにおいて,特別コードを設定し,全

て1である。この特別コードが現す長さは,データ領域158aの長さを大幅に超

過する。RLC実体がLIの長さに対する定義に従って,実際のLI156aが占

める長さは,7或いは15である。図8において,LI長さは15ビットである。

この特別なLI156aは,残りのPDU150aが未定義の部分を埋めるだけで,

無視しても構わない情報を保持していることを示す。しかし,LI156aの次の

ビット157aは0でなければならず,その後は,SDUデータ領域158aの開

始であることを表示する。SDUデータ領域158aの内容は定義されず,純粋に

充填用である。注意すべきことは,UM伝送下で,UMデータPDUは充填に用い

ることが出来ることである。図9は,UMデータパディングPDU150bを示す

図である。UMデータパディングPDU150bは,非常に簡単な構造で,7ビッ

トのシーケンス番号フィールド152b,それに続く拡張子ビット155b(1に

設定) 全部が1に設定された7ビットのLI156b
, (その後のデータはパディン

グフィールドであることを表示する)0に設定される最後の拡張子ビット157b,


を備える。LI156bの実際のビットは,上層133が定義するUM RLC実体

中の最大UMD PDUの大きさによって決まり,7或いは15ビットである。図9

において,LIは7ビットである。前述のように,PDU150b全体がパディン
グPDUであるため,データ領域158bの定義がないか,或いは,いかなる値で

もよい。(段落【0026】
」 )

(セ) 「いかなる状態でも,不測のデータ中断によってRLC層142内のSDU

データ141がTFCデータ要求166によるデータ量を満たさない場合,RLC

層142は相当する数量と正確な大きさのパディングPDUを出して,TFCデー

タ要求166の要求を満たす。,
」「以上のように,パディングPDUを代替PDUに

することにより,SDUデータの欠乏を補う。(段落【0029】【0031】
」 , )

イ 甲1の4(「3GPP TS25.322 V6.3.0」。本件技術仕様書

V6.3.0。)の記載

「4.2.1.2.1 送信UM RLCエンティティ

送信側UM−RLCエンティティは,上位レイヤーからUM−SAPを通じてR

LC SDUを受信する。

送信側UM−RLCエンティティは,RLC SDUがUMD PDUの利用可

能なスペースの長さより大きい場合,RLC SDUを適当なサイズのUMD P

DUに分割する。

UMD PDUは分割及び/又は連結されたRLC SDUを含む場合がある。

また,UMD PDUは,有効な長さであることを確保するため,パディングを含

む場合もある。

長さインジケータは,UMD PDU内のRLC SDU間の境界を定義するた

めに使用される。長さインジケータはまた,UMD PDU内にパディングが含ま

れるか否かを示すためにも使用される。

送信側UM RLCエンティティは,CCCH,SHCCH,DCCH,CTC

H,DTCH,MCCH,MSCHまたはMTCHのうちいずれかの論理チャネル

を経由して,下位レイヤーにUMD PDUを伝送する。」

「9.2.1.3 UMD PDU

UMD PDUは,RLCが非確認モードで動作しているときに,ユーザーデー
タを転送するために用いられる。データパートの長さは,8ビットの倍数である。

UMD PDUヘッダは,シーケンス番号」
「 を含む最初のオクテットで構成される。

RLCヘッダは,最初のオクテットと,
「長さインジケータ」を含むすべてのオクテ

ットで構成される。」

「9.2.2.5 拡張ビット(E)

長さ:1ビット

本ビットは,後続のオクテットが「長さインジケータ」及びEビットであるか否

かを示す。

Bit 説明

0 後続のフィールドは,データ,ピギーバッ

クされたステータス PDU,又はパディング

である。

1 後続のフィールドは,長さインジケータ及

び E ビットである。



「9.2.2.8 長さインジケータ(LI)

「長さインジケータ」は,PDU内で終了する各RLC SDUの最終オクテッ

トを示すものである。

以下の表に列挙された,特別な目的のために予約された予め定義された値を除き,

「長さインジケータ」は,

−RLCヘッダの終わりから,RLC SDUセグメントの最後のオクテットまで

の間(最後のオクテットを含む)のオクテット数に設定され,

−「長さインジケータ」が参照するPDUに含まれなければならない。

「長さインジケータ」のとり得るサイズは7ビットまたは15ビットである。」

ウ 甲4(3GP Pのワーキン ググル ープの議事録「L2 Optimizations for

VoIP(R2-050969))の記載

「現RLCの長さインジケータ(LI)方式で示されるのは,RLC SDUの

終了点だけである。従って,前のRLC PDUを失った場合,SDU全体が受信

されたかどうかが分からない。

図2において,二番目のRLC PDUを失った場合,RLC受信機がシナリオ

AとシナリオBとを識別することができないため,RLC SDU2とRLC S

DU3(判決注:「RLC SDU3とRLC SDU4」の誤記と認める。)の双

方を破棄しなければならない。以下の項目において,この制約に対処する解決策を

提案する。」

「上記問題に対処するために,現PDUに一番目のSDUセグメントが完全に含

まれているか否かを帯域内でシグナリングすることを提案する。これは,図3で説

明する。

この図では,RLC受信機が今度は二つのシナリオを識別することができること

から,シナリオAの四番目のRLC SDUを破棄しない。

この追加情報のシグナリング方法についてオプションを以下に記載する。

・LIの予約値のうち一つを使用:この場合,追加LIは,一番目のRLC S

DUが完全に含まれるRLC PDUに含まれなければならない。その結果,12.

2kbpsペイロードのうち3%に相当する部分がオーバーヘッドとなる。なお,

この追加LI値が現れるのは最大RLC PDU当たり1回である。」

エ 甲39(特表2002−527945号公報)の記載

(ア) 「テレコミュニケーションシステムにおいて,上位層の大きなデータユニッ

ト(SDU)が,下位層(RLC)における小さなセグメントにセグメント化され

る。下位層のプロトコルデータユニット(PDU)におけるセグメントの長さを指

示するために,セグメント長さ情報が使用される。上位層データユニットが下位層

PDUにおける現在データセグメントで終わるか,又は次の下位層PDUまで続く

かといった上位層データユニット(SDU)に関する特殊な情報を必要に応じて指

示するためにセグメント長さ情報の特定の値が使用される。この情報は,セグメン
ト化されたデータを正しく組み立てるために受信器に必要とされる。(
」【要約】)

(イ) 「RLCは,上位層PDUをセグメント化することができる。このセグメン

ト化は,上位層(例えば,L3,LAC)の大きなデータユニットを,下位層(R

LC)における小さなユニット(セグメント)に分割できるようにする。セグメン

ト化が使用されるときには,送信端は,次の下位層ユニットに同じ上位層ユニット

が続くか,又は次の下位層ユニットに新たな上位レベルユニットがスタートされる

かを受信端に指示しなければならない。この情報は,セグメント化されたデータを

正しく組み立てるために受信器(移動ステーション(MS)又はネットワーク(N

W)のいずれか)に必要とされる。(段落【0006】
」 )

(ウ) 「公知の解決策では,現在データセグメントにおいて上位層ユニットがスタ

ートするか,終了するか又は継続するかを特定するために,各下位層データセグメ

ントに個別の指示子が使用されている。考えられる値は,例えば,11:スタート

及び終了,10:スタート及び継続,00:継続,及び01:終わりまで続く,で

ある。公知解決策の欠点は,この特別なフィールドがプロトコルシグナリングの余

計なスペースを使用し,ひいては,余計なオーバーヘッドを生じることである。」
(段

落【0007】)

(エ) 「本発明においては,上位層データユニットが下位層PDUの現在データセ

グメントにおいて終了するか又は次の下位層PDUへ続くかといった上位層データ

ユニットに関する特殊な情報を必要に応じて指示するために,セグメント長さ情報

の特定の値が使用される。従って,公知技術で使用された個別の指示子フィールド

は回避される。(段落【0010】
」 )

(オ) 「図5は,第1PUにN個の長さ指示子をもつPUフォーマットを示す。セ

グメントの全数はOであり,その各々は,長さがMオクテットである。長さ指示子

のフラグEは,後続オクテットに別の長さ指示子があるか(フラグE=1),ないか

(フラグE=0)を指示する。

最も簡単なケースは,PUが1つのSDUからのデータのみを含みそしてセグメ
ント化情報がPUに必要とされないケースである。換言すれば,セグメント化情報

を伴わないPUは,PUが連続していて,1つのSDUから到来し,そしてセグメ

ント化情報を含む次のPUまで同じSDUが続くことを意味する。SDUが連続す

るかどうかを指示するための個別の指示子は必要とされない。RLC PDUの全

てのPUが同じSDUからのデータを含む場合には,そのPDUにセグメント化情

報が必要とされない。或いは又,PDUの第1PUに,そのPDUのSDUが次の

RLC PDUに続いていることを指示する所定値を有する長さ指示子が与えられ

てもよい。このような値は,例えば,1111110である。SDUが現在PDU

の終わりに終了する場合には,PDUの終わりを正確に指す長さ指示子の値により

それが指示される。(段落【0019】
」 )

オ 甲42(3GPPのワーキンググループの議事録「L2 considerations for

VoIP support(R2−021645))の記載


(ア) 「AMRのデータフレームは20ミリ秒毎に作成される。RFCによれば,

1つ又は複数の音声フレームを単一のパケットで送信することができる。しかし,

VoIPを目的とする場合,1パケットあたり1つの音声フレームの場合にのみ,

望ましい遅延特性を達成することができる。 (1頁)


(イ) 「RLC−UMは,任意のSDUサイズに対応するために必要なすべての機

能(分割,連結及びパディング)を提供する。しかし,分割及び連結の使用には,

メリットとデメリットがある。上位階層のSDUが2つのフレームに分割される場

合,当該SDUが失われる確率は,いずれかの一方のPDUが失われる確率と同じ

である。
・・・したがって,1つのTTIで送信可能なペイロードと同一サイズを有

するSDUを処理する場合,最終的なSDUエラー率を減少させるために,上記2

つのフレームをアラインすることが望ましい。(3頁)


カ 甲92(変更リクエスト(R2-051681))の記載

変更理由:25.322のCR280は,UTRANによってRLC−PDU

のサイズを予期されるRLC−SDUのサイズへ調整することができるサービスに
おいて,RLC UMオーバーヘッドを削減するための,RLC UMヘッダー構

造の最適化を提案するものである。

この変更リクエストは,それに必要なサポートを25.331に導入するもので

ある。(1頁)


キ 甲40(米国特許第6819658号)の記載

「図11Aに示すように,動作時には,受信されたセルまたはパケットは,ステ

ップ11A−1およびステップ11A−2のテストにより,そのサイズが最小サイ

ズ,例えばATMセルのサイズと等しいかどうかが判断される。受信されたパケッ

トまたはセルが最小サイズしかない場合は,分割は不要であるという判断がステッ

プ11A−3において行われ,ステップ11A−4によりSAR1ヘッダー部が生

成される。

SAR1ヘッダー部は,図8に示すように,わずか1バイトから成る。ステップ

11A−7では,このヘッダー部がパケットまたはセルのデータに適用され,宛先

端末をアドレス指定して予め定められたバーストの中でその端末へ伝送するために,

サイトにおいて選択された端末にあるモデムへと転送される。ステップ11A−2

において,受信されたセルまたはパケットが最小サイズを超えると判断された場合,

そのセルまたはパケットを伝送のために分割する必要がある。そこで,ステップ1

1A−5により,そのセルまたはパケットは予め定められたサイズのセグメントに

分割され,次にステップ11A−6においてSAR2ヘッダー部の生成が行われる。

上記のように,また,図7Aと7Bで示したように,SAR2ヘッダー部は3バイ

トのヘッダー部であり,セグメントごとに変化してパケットごとに各セグメントを

その端末が識別できるだけの十分な情報を含む。(14頁)


ク 甲43(国際公開第02/43332号)の記載

「本発明の第2の態様は,第1の態様と次の点で類似している。あるユーザーデ

ータパケットのペイロードが複数のAAL2パケット上に分散(分割)される場合,

AAL2パケット(分割されたユーザーデータパケットを運ぶ)のシーケンス番号
に関連する値が,分割されたユーザーデータパケットが利用する複数のAAL2パ

ケットの長さインジケータ(LI)フィールドに格納される。この第2の態様を円

滑にするため,長さインジケータ(LI)フィールドに2つの範囲の値が予約され

る。ある実施例では,この予約された(予め定義された)値の第一の範囲は,48

から55までの間(両端を含む)であり,第二の範囲は,56から63までの間(両

端を含む)である。受信したAAL2パケットの長さインジケータ(LI)フィー

ルドが第一の範囲に属する場合,その受信したAAL2パケットは,ユーザーデー

タフレームのユーザーデータを含む複数のAAL2パケットの一番目と認識される。

受信したAAL2パケットの長さインジケータ(LI)フィールドが第二の範囲に

属する場合,その受信したAAL2パケットは,複数のAAL2パケットの一番目

以外のパケット(例えば,第二,第三,第四のAAL2パケットなど)であると認

識される。(訳文7頁)


(2) 無効理由1(甲3による新規性欠如)について

ア 前記(1)アのとおりの甲3の記載によれば,甲3には,次のとおりの発明が記

載されていると認められる(以下「甲3発明」という。。


「移動通信システムにおけるデータを送信する装置であって,

上位階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,前記SDUが一つのプ

ロトコルデータユニット(PDU)に含まれるか否かを判定し,前記SDUを伝送可

能なPDUサイズによって少なくとも一つのセグメントに再構成するための伝送バ

ッファと,

一連番号(SN)フィールドと1ビットフィールドをヘッダーに含み,前記少な

くとも一つのセグメントをデータフィールド内に含む少なくとも一つのPDUを構

成するヘッダー挿入部と,

前記SDUが一つのPDUに含まれない場合に,前記少なくとも一つのPDUの

前記1ビットフィールド以後にLIフィールドを挿入し,設定するLI挿入部と,

前記LI挿入部から受信される少なくとも一つのPDUを受信部に伝送する送信
部と,

を含むことを特徴とするデータ送信装置(データ送信方法)」


イ 以上の認定に関して,被控訴人は,甲3の「僅か一つのSDUが,完全にP

DU50のデータ領域58を充填する場合,ビット55aは0で,LIは出現しな

いことを表示する。 との記載
」 (段落【0008】 から,
) 甲3には,構成要件D(K)

の「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記PDUが分割,連結,パデ

ィングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含むことを示すように前

記1ビットフィールドを設定」する設定部があることが開示されていると主張する。

しかし,@ 甲3には「図3はAMデータPDU50の簡略図で,3GPPTS

25.322 V3.8.0.規範に掲載されている。(段落【0006】
」 )と記載

されており,ここに「3GPPTS25.322 V3.8.0.規範」は,代替

的Eビット解釈が3GPP規格に採用される前の3GPP規格の技術仕様書である

ことからすると,被控訴人の指摘する記載は,通常Eビット解釈を行う際のもので

あると理解できる。しかるに,通常Eビット解釈は,
「前記PDUが分割,連結,パ

ディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含む」場合について,

規定するものではない。さらに,A 甲3の「僅か一つのSDUが,完全にPDU

50のデータ領域58を充填する場合」との文言には,SDUの方がサイズが大き

く,分割された最初のセグメントや中間セグメントがPDUを充填する場合も含ま

れると解するのが自然である。これらの事情からすると,被控訴人の指摘に係る甲

3の記載(「僅か一つのSDUが・・・LIは出現しないことを表示する。)に,構


成要件D(K)の「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記PDUが分

割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含むこと

を示すように前記1ビットフィールドを設定」するとの技術が開示されているとは

認めることができない。

また,被控訴人は,甲3の「代替PDU」の一例である「パディングPDU」は,

パディングPDUの前後のPDUを結合する役割を果たすため,中間セグメントを

含むPDU」に対応するとも主張する。しかし,甲3は,
「パディングPDU」 「実


際のSDUデータを備えず,SDUデータが不測のデータ中断の発生により破棄さ

れる時にだけ用いられる」
(段落【0026】)とするのであるから,甲3記載の「パ

ディングPDU」は,SDUの一部を分割して充填したものではなく,SDUとは

全く無関係であり,SDUとの関係を観念することも,中間セグメントを観念する

ことも不可能であるから,本件発明1のSDUの中間セグメントを含むPDUに相

当するとはいえない。

そうすると,甲3には,
「パディングPDU」について,LIフィールドに特別コ

ードを設定することが記載されてはいるものの,このことが,本件発明1の構成要

件Dにおける「前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメント

を含む場合」「少なくとも一つの長さインジケータ(LI)フィールドが存在する


ことを示すように前記1ビットフィールドを設定する」こと,及び構成要件Fにお

ける「前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメントを含む場

合,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントでも最後の

セグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に設定され」

ることに相当するとはいえない。

したがって,被控訴人の主張は採用できない。

ウ 前記アのとおり認定される甲3発明と本件発明1を対比すると,両者の間に

は,次のとおりの相違点があると認められる(他の点では一致する。。


(ア) 相違点1

本件発明1では,
「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記PDUが分

割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含むこと

を示すように前記1ビットフィールドを設定し,前記PDUの前記データフィール

ドが前記SDUの中間セグメントを含む場合,少なくとも一つの長さインジケータ

(LI)フィールドが存在することを示すように前記1ビットフィールドを設定す

る1ビットフィールド設定部」
構成要件D)を含むのに対し,甲3発明は,上記の
構成を備えていない点。

(イ) 相違点2

本件発明1では,前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメ


ントを含む場合,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメン

トでも最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められた

値に設定され」る(構成要件F)のに対し,甲3発明は,上記の構成を備えていな

い点。

エ 前記アのとおりの甲3発明と本件発明2を対比すると,両者の間には,次の

とおりの相違点がある(他の点では一致する)。

(ア) 相違点3

本件発明2は,
「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,ヘッダーとデータ

フィールドを含む前記PDUを構成する段階と,ここで,前記ヘッダーは,一連番

号(SN)フィールドと,前記PDUが分割,連結,またはパディングなしに前記

データフィールドに前記SDUを完全に含むことを指示する1ビットフィールドと,

を含」む(構成要件K)のに対し,甲3発明は,上記の構成を備えていない点。

(イ) 相違点4

本件発明2は,前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメン


トを含むと,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントで

も最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に

設定され」る(構成要件M)のに対し,甲3発明は,上記の構成を備えていない点。

オ 以上のとおり,本件発明1及び2と甲3発明の間には,相違点1ないし4が

あるのであるから,本件発明1及び2と甲3発明が同一のものであるとの被控訴人

の主張(無効理由1)は採用できない。

(3) 無効理由2(甲3を主引例とする進歩性欠如@)について

ア 本件発明1は,
「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記PDUが

分割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含むこ
とを示すように前記1ビットフィールドを設定」
構成要件D)することで,不必要

なLIフィールドの使用によって限定された無線リソースが非効率的に使用される

という課題を解決することができるとともに,前記PDUの前記データフィールド


が前記SDUの中間セグメントを含む場合,少なくとも一つの長さインジケータ(L

I)フィールドが存在することを示すように前記1ビットフィールドを設定」
(構成

要件D)して,
「前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメント

を含む場合,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントで

も最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に

設定」
構成要件F)することで,SDUを分割,連結,パディングなしにデータフ

ィールドに完全に含むPDUか,データフィールドにSDUの開始や終了が含まれ

ないPDU(SDUの中間セグメントを含むPDU)かの判定ができるようにした

ものと認められる。

イ 本件発明2は,
「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,ヘッダーとデ

ータフィールドを含む前記PDUを構成する段階と,ここで,前記ヘッダーは,一

連番号(SN)フィールドと,前記PDUが分割,連結,またはパディングなしに

前記データフィールドに前記SDUを完全に含むことを指示する1ビットフィール

ドと,を含み」
構成要件K)との構成により,不必要なLIフィールドの使用によ

って限定された無線リソースが非効率的に使用されるという課題を解決することが

できるとともに,
「前記SDUが一つのPDUに含まれない場合に」,
「前記各PDU

のヘッダーは」「少なくとも一つの長さインジケータ(LI)フィールドが存在す


ることを示す1ビットフィールド,そして前記少なくとも一つのLIフィールドを

含み」
構成要件L),
「前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグ

メントを含むと,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメン

トでも最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められた

値に設定され」
構成要件M)るとの構成により,SDUを分割,連結,パディング

なしにデータフィールドに完全に含むPDUか,データフィールドにSDUの開始
や終了が含まれないPDUかの判定ができるようにしたものと認められる。

ウ 他方,甲3発明は,RLC層とMAC層間で生じる不測の伝送中断を処理す

ることを目的とし,不測のデータ中断によってRLC層内のSDUデータが,MA

C層からのTFCデータ要求によるデータ量を満たさない場合,RLC層は相当す

る数量と正確な大きさのパディングPDUを出し,これを代替PDUにすることに

より,SDUデータの欠乏を補い,上記TFCデータ要求を満たすようにしたもの

と認められる。

エ 無効理由1で検討のとおり,甲3発明は,
「前記SDUが一つのPDUに含ま

れる場合に,前記PDUが分割,連結,パディングなしに前記データフィールドに

前記SDUを完全に含むことを示すように前記1ビットフィールドを設定」する構

成を備えているとは認められず,また,甲3には,不必要なLIフィールドの使用

によって限定された無線リソースが非効率的に使用されるとの課題や,SDUを分

割,連結,パディングなしにデータフィールドに完全に含むPDUか, データフィ

ールドにSDUの開始や終了が含まれないPDUかの判定ができるようにするとの

課題について記載も示唆もされていない。

同様に,そのような課題は,甲39にも何ら記載されていない。

そうすると,甲3発明において,本件発明1のように,
「前記SDUが一つのPD

Uに含まれる場合に,前記PDUが分割,連結,パディングなしに前記データフィ

ールドに前記SDUを完全に含むことを示すように前記1ビットフィールドを設定

し,前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメントを含む場合,

少なくとも一つの長さインジケータ(LI)フィールドが存在することを示すよう

に前記1ビットフィールドを設定する1ビットフィールド設定部」
構成要件D)を

含み,前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメントを含む場


合,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントでも最後の

セグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に設定され」

構成要件F)るようにすることは,甲3の記載や甲39にみられる技術常識に基
づいて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

オ 同様に,甲3発明において,本件発明2のように,
「前記SDUが一つのPD

Uに含まれる場合に,ヘッダーとデータフィールドを含む前記PDUを構成する段

階と,ここで,前記ヘッダーは,一連番号(SN)フィールドと,前記PDUが分

割,連結,またはパディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含

むことを指示する1ビットフィールドと,を含み」「前記PDUの前記データフィ


ールドが前記SDUの中間セグメントを含むと,前記LIフィールドは前記PDU

が前記SDUの最初のセグメントでも最後のセグメントでもない中間セグメントを

含むことを示す予め定められた値に設定され」るようにすることも,甲3の記載や

甲39にみられる技術常識に基づいて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(4) 無効理由3(甲3を主引例とする進歩性欠如A)について

本件各発明のそれぞれの課題,課題解決手段及び作用効果は,無効理由2で検討

したとおりである(前記(3))。また,甲3発明の目的も,無効理由2で検討したと

おりである。無効理由2で検討したとおり,本件各発明と甲3発明とは,解決課題

が異なり,甲3には,本件各発明の課題について記載も示唆もされていない。

さらに,甲4に記載の発明は,
「前のRLC PDUを失った場合,SDU全体が

受信されたかどうかが分からない」との課題を解決するために,
「現PDUに一番目

のSDUセグメントが完全に含まれているか否かを帯域内でシグナリング」すると

するものである。甲4には,
「シグナリング」の例として,予約値の一つを使用する

場合は,
「追加LIは,一番目のRLC SDUが完全に含まれるRLC PDUに

含まれなければならない」とされており,本件各発明のように中間セグメントを含

む場合にLIフィールドに予約値を用いるとするものではない。したがって,甲4

には,本件発明1のように,
「前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中

間セグメントを含む場合,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初の

セグメントでも最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定

められた値に設定」(構成要件F)することや,本件発明2のように,「前記PDU
の前記データフィールドが前記SDUの中間セグメントを含むと,前記LIフィー

ルドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントでも最後のセグメントでもない

中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に設定され」
構成要件M)るこ

とで,SDUを分割,連結,パディングなしにデータフィールドに完全に含むPD

Uか,データフィールドにSDUの開始や終了が含まれないPDUかの判定ができ

るようにすることについて,記載又は示唆されているとは認められない。

そうすると,本件各発明と甲3発明との相違点に係る構成が,甲3発明及び甲4

の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(5) 無効理由4(甲3を主引例とする進歩性欠如B)について

本件発明1及び本件発明2のそれぞれの課題,課題解決手段及び作用効果は,無

効理由2で検討したとおりである。また,甲3発明の目的も,無効理由2で検討し

たとおりである。無効理由2で検討したとおり,本件発明1及び本件発明2と甲3

発明とは,解決課題が異なり,甲3には,本件各発明の課題について記載も示唆も

されていない。

また,甲39には,上位層データユニットが下位層PDUにおける現在データセ

グメントで終わるか,又は次の下位層PDUまで続くか等,上位層データユニット

(SDU)に関する特殊な情報を必要に応じて指示するためにセグメント長さ情報

の特定の値を使用すること,例えば,PDUの第1PU(ペイロードユニット)に,

そのPDUのSDUが次のPDUに続いていることを指示する所定値(例えば,1

111110)を有する長さ指示子を与えること,及び上記のセグメント長さ情報

の特定の値を使用することは,受信器においてセグメント化されたデータを正しく

組み立てるために必要とされ,これにより,個別の指示子フィールド(甲39の段

落【0007】)が回避されることが記載されていると認められる。

そして,甲39に記載の「そのPDUのSDUが次のRLC PDUに続いてい

ること」
(段落【0019】)とは,
「そのPDUのSDUが最後のセグメントでない

こと」と解するのが相当であるから,当該記載には「そのPDUのSDUが中間セ
グメント」であることだけでなく,
「そのPDUのSDUが最初のセグメント」であ

ることも含まれると認められる。

そうすると,甲39には,本件発明1のように,
「前記PDUの前記データフィー

ルドが前記SDUの中間セグメントを含む場合,前記LIフィールドは前記PDU

が前記SDUの最初のセグメントでも最後のセグメントでもない中間セグメントを

含むことを示す予め定められた値に設定」することや,本件発明2のように,
「前記

PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグメントを含むと,前記LI

フィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメントでも最後のセグメントで

もない中間セグメントを含むことを示す予め定められた値に設定され」ることで,

SDUを分割,連結,パディングなしにデータフィールドに完全に含むPDUか,

データフィールドにSDUの開始や終了が含まれないPDUかの判定ができるよう

にすることについて,記載又は示唆されているとは認められない。

以上から,本件各発明と甲3発明との相違点に係る構成は,甲3発明及び甲39

の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

(6) 無効理由5(甲1の4を主引例とする進歩性欠如)について

ア 甲1の4の記載からすると,甲1の4には次の発明(以下「甲1の4発明」

という。)が記載されていると認められる。

「移動通信システムにおけるデータを送信する装置であって,

上位階層からサービスデータユニット(SDU)を受信し,前記SDUが一つの

プロトコルデータユニット(PDU)に含まれるか否かを判定し,前記SDUを伝

送可能なPDUサイズによって少なくとも一つのセグメントに再構成するための伝

送バッファと,

一連番号(SN)フィールドと1ビットフィールドをヘッダーに含み,前記少な

くとも一つのセグメントをデータフィールド内に含む少なくとも一つのPDUを構

成するヘッダー挿入部と,

前記SDUが一つのPDUに含まれない場合に,前記少なくとも一つのPDUの
前記1ビットフィールド以後にLIフィールドを挿入し,設定するLI挿入部と,

前記LI挿入部から受信される少なくとも一つのPDUを受信部に伝送する送信

部と,

を含むことを特徴をするデータ送信装置(データ送信方法)」


イ 前記アのとおりの甲1の4発明と本件発明1を比較すると,両者の間には,

次のとおりの相違点がある(他の点では一致する。。


(ア) 相違点5

本件発明1では,
「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,前記PDUが分

割,連結,パディングなしに前記データフィールドに前記SDUを完全に含むこと

を示すように前記1ビットフィールドを設定し,前記PDUの前記データフィール

ドが前記SDUの中間セグメントを含む場合,少なくとも一つの長さインジケータ

(LI)フィールドが存在することを示すように前記1ビットフィールドを設定す

る1ビットフィールド設定部」(構成要件D)を備えるのに対し,甲1の4発明は,

そのような構成を備えていない点。

(イ) 相違点6

本件発明1では,
「ここで,前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中

間セグメントを含む場合,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初の

セグメントでも最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定

められた値に設定され」
構成要件F)るのに対し,甲1の4発明は,そのような構

成を備えていない点。

ウ 前記アのとおりの甲1の4発明と本件発明2を比較すると,両者の間には,

次のとおりの相違点がある(他の点では一致する。。


(ア) 相違点7

本件発明2では,
「前記SDUが一つのPDUに含まれる場合に,ヘッダーとデー

タフィールドを含む前記PDUを構成する段階と,ここで,前記ヘッダーは,一連

番号(SN)フィールドと,前記PDUが分割,連結,またはパディングなしに前
記データフィールドに前記SDUを完全に含むことを指示する1ビットフィールド

と,を含」む(構成要件K)のに対し,甲1の4発明は,そのような構成を備えて

いない点。

(イ) 相違点8

本件発明2では,
「前記SDUが一つのPDUに含まれない場合に」,
「前記各PD

Uのヘッダーは,少なくとも一つの長さインジケータ(LI)フィールドが存在す

ることを示す1ビットフィールド,そして前記少なくとも一つのLIフィールドを

含み」
構成要件L),
「前記PDUの前記データフィールドが前記SDUの中間セグ

メントを含むと,前記LIフィールドは前記PDUが前記SDUの最初のセグメン

トでも最後のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定められた

値に設定され」
構成要件M)るのに対し,甲1の4発明は,そのような構成を備え

ていない点。

エ 相違点5ないし8について検討する。

本件各発明のそれぞれの課題,課題解決手段及び作用効果は,無効理由2で検討

したとおりである(前記(3))。

他方,甲1の4発明は,相違点5及び6に係る構成を備えていない点で本件発明

1と相違し,また,相違点7及び8に係る構成を備えていない点で本件発明2と相

違するから,甲1の4発明が,本件各発明のように,不必要なLIフィールドの使

用によって限定された無線リソースが非効率的に使用されるとの課題,及び「前記

PDUが分割,連結,またはパディングなしに前記データフィールドに前記SDU

を完全に含むこと」を示すように「1ビットフィールド」を設定した場合に,SD

Uを分割,連結,パディングなしにデータフィールドに完全に含むPDUか,デー

タフィールドにSDUの開始や終了が含まれないPDUかの判定ができるようにす

るとの課題を解決するものとは認められない。

ここで,被控訴人の提出に係る甲1の2,42,91及び92には,固定ビット

レートの音声コーデックを使用するVoIPアプリケーションが,同じサイズのS
DUを頻繁に発生させることが,甲3及び40には,一つのSDUがPDUのデー

タフィールドを完全に充填する場合,又は,受信したデータがデータパケットのデ

ータフィールドを完全に充填する場合に,ヘッダーサイズを減らすことができるこ

とがそれぞれ記載されていると認められ,上記の各事項は,本件特許の優先日前,

当該技術分野で知られていたと認められる。

もっとも,甲39に記載の「そのPDUのSDUが次のPDUに続いていること」

は,無効理由4(前記(5))で検討したとおり,「そのPDUのSDUが中間セグメ

ント」であることだけでなく,
「そのPDUのSDUが最初のセグメント」であるこ

とも示すと認められ,また,同様に,甲43の「受信したAAL2パケットの長さ

インジケータ(LI)フィールドが第二の範囲に属する場合,その受信したAAL

2パケットは,複数のAAL2パケットの一番目以外のパケット(例えば,第二,

第三,第四のAAL2パケットなど)であると認識される。 との記載において,
」 「複

数のAAL2パケットの一番目以外のパケット」は,
「中間のAAL2パケット」で

あることだけでなく,
「最後のAAL2パケット」であることも示すと認められるか

ら,甲39及び43には,PDUのデータフィールドに長さインジケータを用いて

中間セグメントであることを示すことが記載されているとは認められず,この点が,

本件特許の優先日前,当該技術分野において知られていたとも認められない。

そして,上記の各証拠には,本件各発明の相違点5及び7に係る構成のように,

PDUが分割,連結,パディングなしにデータフィールドにSDUを完全に含むこ

とを示すように「1ビットフィールド」を設定することにより,不必要なLIフィ

ールドの使用によって限定された無線リソースが非効率的に使用されるとの課題を

解決すること,また,
「1ビットフィールド」を上記のように設定する際に,本件各

発明の相違点5,6及び8に係る構成のように,PDUのデータフィールドがSD

Uの中間セグメントを含む場合,少なくとも一つの長さインジケータ(LI)フィ

ールドが存在することを示すように上記1ビットフィールドを設定し,上記LIフ

ィールドには上記PDUが中間セグメントを含むことを示す予め定められた値を設
定することにより,SDUを分割,連結,パディングなしにデータフィールドに完

全に含むPDUか,データフィールドにSDUの開始や終了が含まれないPDUか

の判定ができるようにすることについて,記載も示唆もされていない。

そうすると,本件各発明と甲1の4発明とは,解決課題でも相違し,また,上記

各証拠に記載された事項では,本件各発明の課題とその解決手段について開示され

ているとはいえないから,甲1の4発明に上記各証拠に記載された事項を適用して

も,本件各発明と甲1の4発明との相違点に係る構成について,当業者が容易に想

到し得たとは認められない。

オ 被控訴人は,通常Eビット解釈が採用されたのは,多くのアプリケーション

では,PDUデータフィールドよりも大きいサイズのSDUが頻繁に発生し,その

当然の帰結として,SDUの中間セグメントを含むPDUも頻繁に発生することに

なることから,中間セグメントを含むPDUの長さインジケータを省略する方が,

完全に一致するSDUを含むPDUの長さインジケータを省略するよりもヘッダー

のデータ量を節約できると認識していたからこそ甲1の4発明の構成を採用したの

であって,3GPPは,PDUデータフィールドに完全に一致するSDUの発生頻

度が高い場合には,そのようなSDUを含むPDUの長さインジケータを省略する

ことにより,データ伝送のオーバーヘッドを減少させることができると認識してい

たこともうかがわれると主張する。

しかし,被控訴人の上記の主張は採用できない。

甲1の4には,多くのアプリケーションでは,PDUデータフィールドよりも大

きいサイズのSDUが頻繁に発生し,SDUの中間セグメントを含むPDUも頻繁

に発生することになることから,このようなPDUのヘッダーサイズを小さくし,

トータルでのオーバーヘッドを減少させ,データ伝送をより効率的に行うことを可

能とするために,SDUの中間セグメントを含むPDUの長さインジケータを省略

したことについて,記載も示唆もされておらず,甲1の4の記載から,上記の点が

認識されていたとは認められない。
また,甲1の4には,PDUデータフィールドに完全に一致するSDUの発生頻

度が高い場合には,そのようなSDUを含むPDUの長さインジケータを省略する

ことにより,データ伝送のオーバーヘッドを減少させることができることについて,

記載も示唆もされておらず,固定ビットレートの音声コーデックを使用するVoI

Pアプリケーションが,同じサイズのSDUを頻繁に発生させることが,本件出願

優先日前に当業者によく知られていたとしても,甲1の4の記載から,上記の点

が認識されていたとは認められない。

そして,甲1の4の記載によれば,PDUの長さインジケータは,
「PDU内で終

了する各RLC SDUの最終オクテットを示す」ものとして定義されているから,

SDUの中間セグメントを含むPDUの長さインジケータが省略されるのは,PD

Uの長さインジケータの上記の定義によるものと解するのが相当である。

また,仮に,固定ビットレートの音声コーデックを使用するVoIPアプリケー

ションが頻繁に発生させる同じサイズのSDUをPDUデータフィールドに完全に

一致させ,そのようなSDUを含むPDUの長さインジケータを省略することを当

業者が想到するとしたとしても,甲1の4には,中間セグメントを含むPDUにつ

いて,長さインジケータを,その本来の定義とは異なる「PDUがSDUの最初の

セグメントでも最終のセグメントでもない中間セグメントを含むことを示す予め定

められた値」に設定することまで記載や示唆されているとは認められないし,この

点が自明であったと認めることもできない。

以上のとおり,被控訴人の主張は,その前提において誤りがあり,失当である。

4 争点4(本件各製品に係る本件特許権の消尽の有無)について

当裁判所は,@ 控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約は,平成21年6

月30日に契約期間満了により終了しており,また,終了していないとしても,本

件ベースバンドチップ(以下,本件製品2及び4に実装されている本件ベースバン

ドチップについてのみ論ずる。 は当該契約の対象になるものではないから,
) 本件特

許権が消尽した旨の被控訴人の主張は前提において失当である,A 仮にライセン
ス契約が終了しておらず本件ベースバンドチップがその対象になると仮定したとし

ても,本件において,本件特許権の行使が制限される理由はない,と判断する。そ

の理由は次のとおりである。

(1) 認定事実

証拠(甲19の1の1ないし19の1の4,19の2,20の1ないし20の3,

162,163,乙46,52)及び弁論の全趣旨によれば,この点に関して,以

下の各事実を認めることができる。

ア 控訴人とインテル社は,平成5年1月1日,インテル社の保有する特許と控

訴人の保有する特許を相互にクロスライセンスすることを骨子とするクロスライセ

ンス契約(控訴人とインテル社間のライセンス契約)を締結した(甲20の1,1

62)。

控訴人とインテル社間のライセンス契約には,次のとおりの条項が置かれていた。

「1.11 「三星特許」とは,現在,
「三星」
(又はその「子会社」)により所有

又は支配される,又は,今後,
「三星」
(又はその「子会社」)により取得される,全

世界の,全ての分類及び種類の特許権,実用新案権,意匠権(原出願,分割出願

継続出願,部分的な継続出願又は再出願を含むがそれに限られない)及びこれらの

分類及び種類についての出願のうち,
(a)本契約の終了又は解除以前の日付を最初

の有効な出願日とするものであって,(b)・・・を意味する。」

「1.14 「インテル・ライセンス対象商品」は,(a)半導体材料,(b)半導体

素子,又は(c)集積回路を構成する全ての製品(「三星所有製品」を除く)を意味す

る。」

「3.1 「三星」は,
「インテル」に対して,
「三星特許」につき,全世界で「イ

ンテル・ライセンス対象商品」を製造し,製造委託をし,使用し,
(直接又は間接的

に)販売し,
「インテル」のためにのみ開発委託をし,リースし,又はその他の処分

をする,非独占かつ譲渡不能のライセンスを許諾する。」

「3.3 「インテル」は,第3.1条及び第3.2条に基づくライセンスの範
囲を「インテル子会社」に対しても拡張する権利を有するものとする。
「インテル子

会社」をライセンスの範囲に拡張できるのは,当該事業体が「子会社」の要件を全

て充たしており,かつ,拡張の対象となる権利が「インテル」に関して有効に存続

している期間に限るものとする。」

「6.4 本契約終了時においても,一方当事者から他方当事者に対して,場合

によって,
「三星特許」又は「インテル特許」につき,許諾されたライセンスは,
「三

星特許」又は「インテル特許」の有効期間においては,6.3条に規定する場合を

除き,存続するものとする。」

「7.8 本契約及び本契約の履行に関連する事項は,全ての点において,アメ

リカ合衆国連邦法及びカリフォルニア州法に準拠し,これを適用し,これに従って

解釈するものとする。」

イ 控訴人とインテル社間のライセンス契約は,平成14年12月31日の経過

をもって終了した。控訴人とインテル社は,平成15年3月18日,控訴人とイン

テル社間のライセンス契約の一部を変更する旨の契約(甲20の2)を締結した。

ウ 控訴人とインテル社は,平成16年7月1日,控訴人とインテル社間のライ

センス契約を,さらに次のとおり変更する旨の契約(甲20の3,163。以下,

「第2変更契約」といい,同契約による変更後の控訴人とインテル社間のライセン

ス契約を指して,「控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約」という。)を締結

した(以下の文中の「特許クロスライセンス契約」は,本判決でいう控訴人とイン

テル社間のライセンス契約を指す。。


「(1) 特許クロスライセンス契約第6.1条にかかわらず,特許クロスライセ

ンス契約は,上記に規定された第2変更契約の効力発生日から5年後まで,期間が

延長され有効に存続するものとする。」

「(3) 第3.1条を次の条項と差し替えるものとする。

3.1 本契約の条件に従い,「三星」は「インテル」に対して,「三星特許」に

基づき,サブライセンスをする権利を除き,以下の行為について,全世界的な,非
独占,譲渡不能かつ無償のライセンスを許諾する。

(a)

(1) 全ての「インテル・ライセンス対象製品」の製造,使用,販売(直接又は間

接を問わない。,販売の申出,輸入その他の処分。


(2) 機器の製造,製造委託(第3.7条に定める限定条項に服する。,使用及び


/又は輸入,並びに全ての「インテル・ライセンス対象商品」の製造,使用,輸入

及び/又は販売の方法又はプロセスの実施

(3) 上記第3.1条(a)(1)において許諾されたライセンスに基づき,インテル」


が使用,輸入,販売,販売の申し出又は処分を行うためにインテルに対する供給の

みを目的とする他の製造業者への「インテル・ライセンス対象製品」の製造委託(第

3.7条に定める制限条項に服する。。


なお,上記(1),(2)及び(3)において許諾されたこれらのライセンスは「インテル・

ライセンス対象商品」から除外される「三星専有製品」には適用されない。」

「(4) 第3.3条の後に次の条項を新たに挿入する。」

「3.7 製造委託権

(a) 上記第3.1条において許諾されたライセンスに基づき,「インテル」が自

己のために第三者に製品の製造を委託する権利は,
(i)第三者が製造する当該製品

の製造のための設計図,仕様書,施工図等(以下,個別に又は併せて「本件製品仕

様書」という。)を「インテル」が第三者製造業者に提供する場合であって,
(ii)

「本件製品仕様書」が当初は当該第三者製造業者より「インテル」に対し提供され

たものではないとき(但し,
「インテル」もかかる設計に付き無制限の所有権を有す

る場合はこの限りではない。)にのみ適用される。」

「(9) 第7.8条において「カリフォルニア」 「ニューヨーク」
を に変更する。」

「(13) 第6.2条,第6.3条及び第6.4条を次の条項と差し替える。」

「6.4 存続条項 3.5条及び4.5条に規定するオプション,1条2条

5.4条,6.3条,6.4条及び7条は,本契約のいかなる事由による終了後も
存続する。」

エ 控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約の存続期間は,平成21年6月

30日までであった。

オ 本件ベースバンドチップは,@IMC社が第三者に製造を委託し,AIMC

社が日本国外でインテル社に販売し,Bインテル社が日本国外で完全子会社のイン

テル・アメリカ社に販売し,Cインテル・アメリカ社が日本国外でアップル社に販

売したものである(甲19の1の1ないし19の1の4,19の2,乙46)。IM

C社は,平成23年1月31日に,インフィニオン社がインテル社の子会社となる

ことによって成立した会社である(乙52)。

(2) 検討

ア 法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)7条によれば,控訴人と

インテル社間のライセンス契約については「アメリカ合衆国連邦法及びカリフォル

ニア州法」を,控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約については「アメリカ

合衆国連邦法及びニューヨーク州法」をそれぞれ適用するべきことになる。

イ 控訴人とインテル社間のライセンス契約の6.4条には,
「本契約終了時にお

いても,
・・・
「三星特許」
・・・につき,許諾されたライセンスは,
「三星特許」
・・・

の有効期間においては,・・・存続するものとする。」とあり,明文をもって控訴人

とインテル社間のライセンス契約が終了した後にも,実施権は存続することが規定

されていた。ところが,第2変更契約の(13)は,従前の6.4条変更し,契

約終了後にも効力が存続するとする条項として,
「3.5条及び4.5条に規定する

オプション,1条2条,5.4条,6.3条,6.4条及び7条」のみを掲げ,

3.1条等の実施許諾に係る条項は除外するに至っている。

このように,それ以前には掲げられていた実施権の存続が削除されている第2変

更契約の文言からすると,控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約においては,

同契約の終了時点である平成21年6月30日の経過をもって,控訴人とインテル

社間の変更ライセンス契約による「三星特許」等についての実施許諾は終了してい
ると解するのが相当である。

この点について,被控訴人は,インテル社から控訴人宛ての書簡(甲25),イン

テル社と控訴人の間の電子メール(甲126,165),オーストラリアでの訴訟に

おける控訴人の訴訟代理人の発言(甲127)等を指摘して,控訴人とインテル社

間の(変更ライセンス契約による実施権は存続している旨を主張する。しかし,

これらの証拠によっても,控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約の明文に基

づく前記のとおりの判断を左右するものではなく,本件において提出された証拠を

前提とする限り,控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約は終了していると認

めるのが相当である。

ウ また,仮に控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約による実施権が存続

していると解した場合であっても,本件ベースバンドチップは同契約による実施

諾の対象にはならないと解される。すなわち,控訴人とインテル社間の変更ライセ

ンス契約の3.1条は柱書でサブライセンスの権利を否定していること,同(a)(2)

及び(3)並びに3.7条がインテル社が第三者製造業者への製造委託をすることがで

きる場合を一定の要件を備えるものに限定していることからすれば, 1条(a)(1)
3.

の「製造」及び「販売(直接又は間接を問わない)」とは,インテル社が自ら製造す

ることと,自ら製造した物を,直接又は間接を問わず,販売することを意味すると

解され,第三者製造業者に対して製造委託等した製品は,同(a)(1)による「販売」

許諾の対象とはならないと解される。このように同(a)(1)の「販売」の意味を限定

的に解さず,無関係の第三者製造業者等から購入した物の販売も同条にいう「販売」

に該当するとすると,同(a)(2)及び(3)並びに3.7条において,第三者製造業者へ

の製造委託に,インテル社が仕様書を第三者に提供した場合であって,当該仕様書

が当初は当該第三者製造業者から提供されたものでないこととの条件を付したこと

が容易に潜脱できることとなる。このような解釈は,契約全体としての整合がとれ

ないこととなり,不都合である。

本件ベースバンドチップは,IMC社によって製造されているのであるから(前
記(1)オ),これが3.1条で正当化されるためには,同(a)(2)又は同(3)に該当する

場合である(この場合には,インテル社がIMC社に対して,3.7条に定める図

面等を提供して製造委託している必要がある。)か,3.3条に従ってライセンス

約が拡張されている必要があるところ,本件全証拠によってもかかる事実を認める

に足りない。

エ 以上のとおり,控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約による実施許諾

は終了しており,また仮に存続していたとしても,本件ベースバンドチップは同契

約による実施許諾の対象とはならないと認められる。

オ 念のため,仮に,控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約が存続してお

り,かつ,本件ベースバンドチップがその対象となると仮定した場合においても,

当裁判所は,次のとおり本件特許権の行使が制限されるものではないと判断するも

のである。以下にその理由を示す。

(ア) 特許権者又は専用実施権者(この項では,以下,単に「特許権者」という。)

が,我が国において,特許製品の生産にのみ用いる物(第三者が生産し,譲渡する

等すれば特許法101条1号に該当することとなるもの。 「1号製品」
以下 という。)

を譲渡した場合には,当該1号製品については特許権はその目的を達成したものと

して消尽し,もはや特許権の効力は,当該1号製品の使用,譲渡等(特許法2条

項1号にいう使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をいう。以下同じ。)

には及ばず,特許権者は,当該1号製品がそのままの形態を維持する限りにおいて

は,当該1号製品について特許権を行使することは許されないと解される。しかし,

その後,第三者が当該1号製品を用いて特許製品を生産した場合においては,特許

発明の技術的範囲に属しない物を用いて新たに特許発明技術的範囲に属する物が

作出されていることから,当該生産行為や,特許製品の使用,譲渡等の行為につい

て,特許権の行使が制限されるものではないとするのが相当である(BBS最高裁

判決(最判平成9年7月1日・民集51巻6号2299頁),最判平成19年11月

8日・民集61巻8号2989頁参照)。
なお,このような場合であっても,特許権者において,当該1号製品を用いて特

許製品の生産が行われることを黙示的に承諾していると認められる場合には,特許

権の効力は,当該1号製品を用いた特許製品の生産や,生産された特許製品の使用,

譲渡等には及ばないとするのが相当である。

そして,この理は,我が国の特許権者(関連会社などこれと同視するべき者を含

む。 が国外において1号製品を譲渡した場合についても,
) 同様に当てはまると解さ

れる(BBS最高裁判決(最判平成9年7月1日 民集51巻6号2299頁参照)。
・ )

(イ) 次に,1号製品を譲渡した者が,特許権者からその許諾を受けた通常実施権

者(1号製品のみの譲渡を許諾された者を含む。)である場合について検討する。

1号製品を譲渡した者が通常実施権者である場合にも,前記(ア)と同様に,特許権

の効力は,当該1号製品の使用,譲渡等には及ばないが,他方,当該1号製品を用

いて特許製品の生産が行われた場合には,生産行為や,生産された特許製品の使用,

譲渡等についての特許権の行使が制限されるものではないと解される。さらには,

1号製品を譲渡した者が通常実施権者である場合であっても,特許権者において,

当該1号製品を用いて特許製品の生産が行われることを黙示的に承諾していると認

められる場合には,前記(ア)と同様に,特許権の効力は,当該1号製品を用いた特許

製品の生産や,生産された特許製品の使用,譲渡等には及ばない。

このように黙示に承諾をしたと認められるか否かの判断は,特許権者について検

討されるべきものではあるが,1号製品を譲渡した通常実施権者が,特許権者から,

その後の第三者による1号製品を用いた特許製品の生産を承諾する権限まで付与さ

れていたような場合には,黙示に承諾をしたと認められるか否かの判断は,別途,

通常実施権者についても検討することが必要となる。

なお,この理は,我が国の特許権者(関連会社などこれと同視するべき者を含む。)

からその許諾を受けた通常実施権者が国外において1号製品を譲渡した場合につい

ても,同様に当てはまると解される。

(ウ) これを本件についてみる。
a インテル社は,控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約によって,本件

ベースバンドチップの製造,販売等を許諾されていると仮定されるから,前記(イ)

にいう特許権者からその許諾を受けた通常実施権者に該当する。また,
「データを送

信する装置」(構成要件A)及び「データ送信装置」(構成要件H)に該当するのは

本件ベースバンドチップを組み込んだ本件製品2及び4であると解される一方,本

件ベースバンドチップには,本件発明1の技術的範囲に属する物を生産する以外に

は,社会通念上,経済的,商業的又は実用的な他の用途はないと認められるから,

本件ベースバンドチップは,特許法101条1号に該当する製品(1号製品)であ

る。アップル社は,インテル社が製造した本件ベースバンドチップにその他の必要

とされる各種の部品を組み合わせることで,新たに本件発明1の技術的範囲に属す

る本件製品2及び4を生産し,被控訴人がこれを輸入 販売しているのであるから,


前記(ア),(イ)のとおり,控訴人による本件特許権の行使は当然には制限されるもの

ではない。

b そこで,まず,控訴人においてこのような特許製品の生産を黙示的に承諾し

ていると認められるかを検討する。

この点,控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約が存続しており,かつ,本

件ベースバンドチップがその対象となると仮定した場合における,仮定される控訴

人とインテル社間の変更ライセンス契約は,控訴人が有する現在及び将来の多数の

特許権を含む包括的なクロスライセンス契約であり,本件特許を含めて,個別の特

許権の属性や価値に逐一注目して締結された契約であるとは考えられない。また,

控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約の対象は,
「インテル・ライセンス対象

商品」すなわち「(a)半導体材料,(b)半導体素子,又は(c)集積回路を構成する全て

の製品」であって,
「インテル・ライセンス対象商品」に該当する物には,控訴人の

有する特許権との対比における技術的価値や経済的価値の異なる様々なものが含ま

れ得る。そうすると,かかる包括的なクロスライセンスの対象となった「インテル・

ライセンス対象商品」を用いて生産される可能性のある多種多様な製品の全てにつ
いて,控訴人において黙示的に承諾していたと解することは困難である。そして,

インテル社が譲渡した本件ベースバンドチップを用いて「データを送信する装置」

や「データ送信装置」を製造するには,さらに,RFチップ,パワーマネジメント

チップ,アンテナ,バッテリー等の部品が必要で,これらは技術的にも経済的にも

重要な価値を有すると認められること,本件ベースバンドチップの価格と本件製品

2及び4との間には数十倍の価格差が存在すること(乙31,32),いわゆるスマ

ートフォンやタブレットデバイスである本件製品2及び4は「インテル・ライセン

ス対象商品」には含まれていないことを総合考慮するならば,控訴人が,本件製品

2及び4の生産を黙示的に承諾していたと認めることはできない。

なお,このように解したとしても,本件ベースバンドチップをそのままの状態で

流通させる限りにおいては,本件特許権の行使は許されないのであるから,本件ベ

ースバンドチップを用いて本件製品2及び4を生産するに当たり,関連する特許権

者からの許諾を受けることが必要であると解したとしても,本件ベースバンドチッ

プ自体の流通が阻害されるとは直ちには考えられないし,控訴人とインテル社間の

変更ライセンス契約が,契約の対象となった個別の特許権の価値に注目して対価

定めたものでないことからすると,控訴人に二重の利得を得ることを許すものとも

いえない。

c 次に,インテル社が特許製品の生産を黙示的に承諾する権限を有していたか

について検討する。この点,控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約が存続し

ており,かつ,本件ベースバンドチップがその対象となると仮定した場合における,

仮定される控訴人とインテル社間の変更ライセンス契約は,1号製品を含めて「イ

ンテル・ライセンス対象商品」についてインテル社に特許権の実施行為を許したも

のにすぎず,同契約には,これを超えて,インテル社に,1号製品を用いた特許製

品の生産を承諾する権限まで与えたことを裏付ける条項は存在しない。その他,控

訴人とインテル社間のライセンス契約やこれに対する第2変更契約に至る経緯等を

みても,インテル社が特許製品の生産を黙示的に承諾し,控訴人による本件特許権
の行使が制限されること等の結論を導く事情があると認めることはできない。

(エ) 以上よりすると,本件では,控訴人が特許製品の生産を黙示的に承諾してい

るとは認めるに足りず,また,インテル社にその権限があったとも認めるに足らな

いから,本件ベースバンドチップを用いて生産された特許製品(本件製品2及び4)

を輸入・販売する行為について本件特許権の行使が制限されるものではないと解さ

れる。

(3) 小括

以上のとおり,被控訴人の消尽に係る主張は,本件ベースバンドチップが,控訴

人とインテル社間の(変更ライセンス契約に基づいて製造・販売された物である

ことを前提とするから,当該事実が認められない以上,その前提を欠き,採用でき

ない。仮にそうでないとしても,特許製品である本件製品2及び4について,本件

特許権の行使が制限されるものではないから,いずれにせよ,この点に関する被控

訴人の主張は採用できない。

5 争点5(控訴人の本件FRAND宣言に基づく本件特許権のライセンス契約

の成否)について

当裁判所は,本件FRAND宣言はライセンス契約の申込みとは認められないか

ら,本件FRAND宣言によって本件特許権のライセンス契約が成立するものでは

ないと判断する。その理由は次のとおりである。

(1) 準拠法について

被控訴人は,本件FRAND宣言はライセンス契約の申込みであり,被控訴人が

本件各製品の輸入販売を開始したことが,これに対する黙示の承諾となるから,当

事者間にはライセンス契約が成立していると主張する。

本件FRAND宣言に基づく本件特許権のライセンス契約の成否の判断の前提と

して,まず,準拠法について判断する。

本件FRAND宣言に基づく本件特許権のライセンス契約の成否は,その法律関

係の性質が法律行為の成立及び効力に関する問題であるから,通則法7条によって
その準拠法が定められると解するのが相当である。

そして,ETSIのIPRポリシーには,
「このポリシーは,フランス法に準拠す

る。」との規定があること(前記第2,2(4)ア),本件FRAND宣言にも,その有

効性等はフランス法に準拠するとの文言が含まれていること(同イ(イ))からすると,

「当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法」
(通則法7条)は,フランス法で

あると解される(なお,本件FRAND宣言に基づくライセンス契約の成否につい

ては,控訴人はフランス法が適用されるべきことを前提に主張をし,被控訴人も主

位的にはフランス法を適用するべきとするのであるから,フランス法が準拠法とな

ることについては,当事者間に争いがないものでもある。。


(2) ライセンス契約の成否についての検討

そこで,フランス法上,本件FRAND宣言がライセンス契約の申込みと解され

るか否かについて検討する。

フランス法においては,ライセンス契約が成立するためには,少なくともライセ

ンス契約の申込みと承諾が必要とされるところ,次のとおり本件FRAND宣言に

ついては,フランス法上,ライセンス契約の申込みであると解することはできない。

すなわち,@ 本件FRAND宣言は「取消不能なライセンスを許諾する用意があ

る」(prepared to grant irrevocable licenses)とするのみで,「ここにライセン

スを供与する」
(hereby do license)あるいは「ライセンスを確約する」
(commit to

license)等他の採り得る文言と比較しても,暫定的で,宣言者の側で更なる行為が

されることを前提とする文言となっており,文言上確定的なライセンスの許諾とは

されていない。また,A フランス法上,ライセンス契約の成立にはその対価が決

定されている必要がないとしたとしても,本件FRAND宣言には,ライセンス

約の対価たるライセンス料率が具体的に定められていないのみならず,ライセンス

した場合の地理的範囲やライセンス契約の期間等も定まっておらず,これに対する

承諾がされたことで契約が成立するとした場合の拘束力がいかなる範囲で生じるの

かを知る手がかりが何ら用意されていない。このように本件FRAND宣言は,本
ライセンス契約において定まっているべき条件を欠き,これをライセンス契約の

申込みであるとすると,成立するライセンス契約の内容を定めることができない。

同様に,B 本件FRAND宣言をするに際しては,ETSIのIPRポリシーに

従って互恵条件が選択されており,本件FRAND宣言には,規格に関し相互にラ

イセンス供与することを求めるとの条件に従い行われるとの文言が含まれていた

(第2,2(4)イ(イ))。本件FRAND宣言をライセンス契約の申込みであると解す

る場合には,FRAND宣言をしていない必須特許の保有者がいた場面等では,こ

の互恵条件が満たされないまま,FRAND宣言の対象となった特許についてのみ

ライセンス契約が成立する事態を招きかねない。加えて,C 本件FRAND宣言

は,ETSIのIPRポリシーに基づいてされたところ,これを補足する「IPR

についてのETSIの指針」
(甲16,161)には,
「可能性のあるライセンサー」

「可能性のある潜在的ライセンシー」との文言が使用され,
「ETSIは,FRAN

D条件のために必須IPRのライセンスの公平かつ誠実な交渉を行うことを,会員

(およびETSI会員以外の者)に期待する。 と規定されているなど当事者間で交


渉が行われることが前提とされている部分(4.4項)「具体的なライセンスの条


件および交渉は企業間の商業上の問題であり,ETSI内部では取り上げられない。」

とされるなど,ETSIはライセンス交渉には関与しないことを明らかにしている

部分(4.1項)がある。また,
「ETSIのIPRポリシーについてのFAQ」
(甲

159)でも,
「ETSI規格にとって必須であると宣言された特許を使用するため

には,許可を得る必要があります。その目的のため,規格の各使用者は,ライセン

ス許諾を,特許権者に直接求めなければなりません。(回答6)とされている。こ


のように,ETSIにおいても,本件FRAND宣言を含めて,そのIPRポリシ

ーに基づいてされたFRAND宣言が直ちにライセンス契約の成立を導くものでは

ないことを前提としていると解される。さらには,D 現在のETSIのIPRポ

リシーを制定するに当たっては,当初,利用者に「自動ライセンス」を与えること

を可能とするような規定とする試みが存在したところ,これに強い反対があり断念
された結果,現在のIPRポリシーが採用されたという経緯がある(乙37,甲6

9) 本件FRAND宣言が契約の申込みであると解することは,
。 ETSIのIPR

ポリシーの制定過程で断念された「自動ライセンス」を認めたと同一の結果となり,

現在のETSIのIPRポリシーの制定経緯に反する点に照らしても,相当とはい

えない。

以上からすると,本件FRAND宣言がライセンス契約の申込みであると解する

ことはできない。

(3) 被控訴人の主張について

ア 以上に対して,被控訴人は,フランス法上,本件FRAND宣言において特

定のライセンス料率が定まっていないことがライセンス契約の成立を妨げるもので

はないと主張する。

しかし,被控訴人の主張は,採用できない。すなわち,特定のライセンス料率が

定まっていないことが,フランス法上ライセンス契約の成立の要件ではないと解し

たとしても,本件FRAND宣言は,地理的範囲や期間などその他の要素も何ら定

めるものではなく,これをライセンス契約の申込みと理解することはできない。

イ また,被控訴人は,本件FRAND宣言は控訴人とETSIの間の第三者の

ためにする契約(stipulation pour autrui)であって,これによって被控訴人がラ

イセンスを受けたと解することも可能であると主張する。

しかし,この点の被控訴人の主張も,採用できない。

この点,フランス法上,第三者のためにする契約(stipulation pour autrui)又

は第三者のための契約の契約(stipulation de contrat pour autrui)によって,

被控訴人と控訴人との間にライセンス契約が成立したとするためには,少なくとも,

控訴人とETSIとの間で,控訴人が受益者とライセンス契約を締結することが約

されていることが必要とされると解すべきである(甲15,甲51の1,乙9,3

8)。本件について,この点をみると,前記のとおり,@本件FRAND宣言の文言

は確定的でないこと,Aライセンス契約の重要な内容が定まっていないこと,B互
恵条件を無にするおそれがあること,CETSIにおいても本件FRAND宣言が

ライセンス契約の成立を導かないとしていること,Dライセンス契約が成立すると

することはETSIのIPRポリシーの成立経過に反すること等の事実によれば,

控訴人とETSIの間で被控訴人を始めとする受益者とライセンス契約を締結する

ことが約されていたとは認められない。よって,被控訴人の主張は採用の限りでは

ない。

ウ さらに,被控訴人は,本件FRAND宣言がライセンス契約の申込みに当た

らないとしても,拘束力ある契約を締結する旨の誓約に該当するから,本件特許権

侵害を理由とする損害賠償請求権を行使することは許されないとも主張する。

しかし,この点の被控訴人の主張も,採用できない。すなわち,かかる誓約に基

づいて,フランス法上,控訴人が被控訴人との関係で拘束力のある契約を締結しな

ければならない義務を負い,控訴人がかかる義務に違反したとすれば,その限りに

おいて,別途何らかの損害賠償義務等を負担することがあり得たとしても,本件に

おいては,前記のとおり,本件FRAND宣言はライセンス契約の申込みに該当せ

ず,第三者のためにする契約も成立しない以上,本件FRAND宣言の効果として

損害賠償請求権の行使が許されないとすることはできない。

日本法やフランス法上認められる債務不履行に対する救済を前提とする限り,被

控訴人の各主張は,むしろ,損害賠償の請求に対する権利濫用の成否(後記6)の

判断として検討すべきものといえる。

(4) 小括

以上によれば,本件FRAND宣言によって控訴人と被控訴人の間にライセンス

契約が成立したとの被控訴人の主張は理由がない。

6 争点6(控訴人による本件特許権に基づく損害賠償請求権の行使の権利濫用

の成否)について

当裁判所は,控訴人による本件製品2及び4についての本件特許権に基づく損害

賠償請求権の行使は,FRAND条件でのライセンス料相当額を超える部分では権
利の濫用に当たるが,FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内では権利の

濫用に当たるものではないと判断する。その理由は次のとおりである。

(1) 準拠法について

被控訴人は,控訴人が本件特許権に基づいて損害賠償を請求することは,権利濫

用に該当する旨を主張する。

本件特許権侵害に基づく損害賠償請求権は,その法律関係の性質が不法行為であ

ると解されるから,通則法17条によってその準拠法が定められることになる(な

お,本件製品2及び4の発売はいずれも同法の施行後の事実である。。


そして,本件における「加害行為の結果が発生した地の法」(通則法17条)は,

本件製品2及び4の輸入,販売が行われた地が日本国内であること,我が国の特許

法の保護を受ける本件特許権の侵害に係る損害が問題とされていることからすると,

日本の法律と解すべきであるから,本件には,日本法が適用される。

以上を前提に,控訴人による本件特許権に基づく損害賠償請求権の行使が権利の

濫用に当たるか否かについて判断することとする。

(2) FRAND宣言がされた場合の損害賠償請求について

ア 前提となる事実

前記争いのない事実等と証拠(甲5,12,13,16,27,28の1・2,

85ないし87,160,161)及び弁論の全趣旨により認められる事実は,次

のとおりである。

(ア) ETSIのIPRポリシー

a 第2世代移動通信システム(2G)は,欧州外においては国ごとに規格が異

なるばかりか,一つの国の中ですら規格が異なっており,普遍的な運用互換性がな

かった。また,米国,日本,欧州は,それぞれ互換性のない規格に従ったシステム

を運用していた。そのような状況の中,従来の音声サービスだけでなく,データサ

ービス及びマルチメディアサービスを提供する第3世代移動通信システム(3G)

の普及促進と付随する仕様の標準化を目的として,ETSI(欧州電気通信標準化
機構)などの世界の標準化団体が結集し,1998年(平成10年)に3GPPと

いう名称の標準化団体を結成した。

b ETSIは,知的財産権(IPR)の取扱いに関する方針として,IPRポ

リシーを定めている。

技術の標準化は,製品間の互換性を確保し,製造・調達のコストを削減し,これ

によって研究開発の効率化や他社との提携の拡大等が期待されるものであり,また,

ユーザーにとっても,製品・サービスの利便性の向上,製品価格やサービス料金の

低減等による利益を享受し得るという点で多大な効用がある。他方,当該標準に係

る必須特許を使用して製品化を図ろうとする者は,必須特許を保有する企業から過

大なライセンス料を要求されたり,実施許諾を得られなかった場合には,標準規格

に準拠した製品に対する開発投資等が無駄になるなど,さまざまな不都合が生じ得

る。

ETSIのIPRポリシーは,上記のような不都合な事態を回避し,通信分野に

おける技術の標準化を促進させ,知的財産権の保有者の権利との間のバランスを図

ることを目的として策定されたものである(3.1項の「方針の目的」参照)。

c ETSIのIPRポリシーには,次のような規定がある。

(a) IPRポリシー4.1項は,各会員は,自らが参加する規格又は技術仕様の

開発の間は特に,ETSIに必須IPRについて適時に知らせるため合理的に取り

組むものとし,特に,規格又は技術仕様の技術提案を行う会員は,善意をもって,

提案が採択された場合に必須となる可能性のあるその会員のIPRについてETS

Iの注意を喚起する旨を規定し,4.3項は,4.1項の義務は,ETSIにこの

特許ファミリーの構成要素について適時に知らされた場合には,全ての既存及び将

来のその特許ファミリーの構成要素につき満たされたとみなされる旨を規定する。

(b) IPRポリシー6.1項は,特定の規格又は技術仕様に関連する必須IPR

がETSIに知らされた場合,ETSIの事務局長は,少なくとも製造(製造で使

用するべく,ライセンシー自身の設計で,カスタマイズした部品及びサブシステム
を製造又は過去から引き続き製造する権利を含む。,製造した機器の販売,賃貸,


処分,修理又は使用,動作及び方法の使用の範囲で,当該IPRにおける取消不能

ライセンスを「公正,合理的かつ非差別的な条件」
(FRAND条件)で許諾する

用意があることを書面で取消不能な形で3か月以内に保証することを,当該IPR

の所有者に直ちに求めるものとする旨,上記保証は,ライセンスの相互供与に同意

することを求めるという条件に従い行われる場合がある旨を規定し,6.2項は,

6.1項の保証は,保証が行われた時点で指定したIPRを除外する旨を明示する

書面がある場合を除き,その特許ファミリーの全ての既存及び将来の必須IPRに

適用されるものとする旨を規定し,6.3項は,要請されたIPRの所有者の保証

が許諾されない場合,委員会の委員長は,適切な場合,ETSI事務局と協議の上,

問題が解決するまで,委員会が規格又は技術仕様についての作業を停止すべきかど

うかについて判断し,
「および/または」関連の規格又は技術仕様の承認を行う旨を

規定する。

(c) IPRポリシー15項6は,IPRに適用される「必須」とは,(商業的で

はなく)技術的な理由で,標準化の時点で一般に利用可能な通常の技術慣行及び最

新技術を考慮し,IPRに抵触せずに規格に準拠する機器又は方法を製造又は販売,

賃貸,処分,修理,使用又は動作できないことを意味する旨を規定する。

(d) IPRポリシー12項は,IPRポリシーはフランス法に準拠する旨を規定

する。

d IPRポリシーを補足する「IPRについてのETSIの指針」
(甲16,1

61。2008年11月27日付けのもの。)には,次のような規定がある。

(a) IPRについてのETSIの指針1.1項は,「本指針の主な特徴は,次の

ように簡略化できる」と規定する。

「・会員は,ライセンスの許諾を拒否する権利を含む,自らが保有するIPRを

保持しその利益を得る権利を完全に有する。

・ETSIは,ETSIの技術的な目的に最も資する解決策に基づく規格および
技術仕様を作成することを目的としている。

・この目的を達成するに当たり,ETSIのIPRについての方針では,通信分

野での一般利用の標準化の必要性と,IPRの保有者の権利との間のバランスを取

ることが求められる。

・IPRについての方針は,規格の準備および採用,適用への投資が,規格また

は技術仕様についての必須IPRを使用できない結果無駄になる可能性があるとい

うリスクを軽減するためのものである。

・よって,規格作成過程の可能な限り早期に,必須IPRの存在を知っているこ

とが,特にライセンスが公正,合理的かつ非差別的な(FRAND)条件で利用で

きない場合に必要である。」

(b) IPRについてのETSIの指針1.4項は,ETSIのIPRについての

方針は,機関としてのETSI及びその会員,事務局の権利及び義務を定義するも

のであり,ETSIの非会員にも,方針の下で特定の権利はあるが,法的な義務は

有さない旨を規定し,同項に掲げる「表」中には,次のような記載がある。

「会員の権利」

「・自らのIPRを規格に含めることを拒否すること(8.1項及び8.2項)。

・規格に関し,公正,合理的かつ非差別的な条件でライセンスが許諾されること

(6.1項)」


「会員の義務」

「・ETSIに,自らのIPR及び他者の必須IPRについて知らせる(4.1

項)。

・必須IPRの保有者は,公正,合理的かつ非差別的な条件でライセンスを許諾

することを保証することが求められる(6.1項)」


「第三者の権利」

「・第三者には,必須IPRの保有者として,又はETSI規格若しくは文書の

ユーザーとして,ETSIのIPRについての方針の下で,次の特定の権利を有す
る。

○少なくとも製造及び販売,賃貸,修理,使用,動作するため,規格に関し,公

正,合理的かつ非差別的な条件でライセンスが許諾されること(6.1項)」


(イ) 本件FRAND宣言に至るまでの経緯等

a 控訴人は,1998年(平成10年)12月14日,ETSIに対し,UM

TS規格としてETSIが推進しているW−CDMA技術に関し,控訴人の保有す

る必須IPRライセンスを,ETSIのIPRポリシー6.1項に従って,「公正,

合理的かつ非差別的な条件」
(FRAND条件)で許諾する用意がある旨の宣言(甲

5)をした。

b 控訴人は,2005年(平成17年)5月4日,韓国において,本件出願の

優先権主張の基礎となる特許出願(優先権主張番号10−2005−003777

4)をした。控訴人は,同月9日から13日にかけて,3GPPのワーキンググル

ープに対し,変更リクエスト(甲85)を提出した。その後,上記変更リクエスト

が採用され,同年6月に発行された3GPP規格の本件技術仕様書V6.4. (甲


87)で代替的Eビット解釈が標準規格の一つとされた。控訴人は,平成18年5

月4日,本件出願をした。その後,控訴人は,平成22年12月10日,本件特許

権の設定登録を受けた。

c 控訴人は,2007年(平成19年)8月7日,ETSIに対し,
「IPRの

情報についての声明及びライセンスの宣言」と題する書面(甲13)を提出するこ

とにより,ETSIのIPRポリシー4.1項に従って,本件出願の優先権主張の

基礎となる韓国出願の出願番号,本件出願の国際出願番号(PCT/KR2006

/001699)等に係るIPRが,UMTS規格(TS 25.322等)に関

連した必須IPRであるか,又はそうなる可能性が高い旨を知らせるとともに,そ

のIPRが引き続き必須である範囲で,規格に関し,IPRポリシー6.1項に準

拠する条件(FRAND条件)で,取消不能なライセンスを許諾する用意がある旨

の宣言(本件FRAND宣言)をした。
d 本件特許は,UMTS規格の本件技術仕様書V6.9.0記載の「代替的E

ビット解釈」に準拠した製品の製造,販売等及び方法の使用をするのに避けること

のできない特許であり,必須特許である。

e 一般に,各種の標準化団体においては,ETSIのIPRポリシーに見られ

ると同様に,知的財産権の取扱基準を設け,参加者等の特許権等の知的財産権(以

下においては,特許権についてのみ論ずる。 がその定める標準規格に必須となる場


合には,標準化団体の参加者等に,そのような特許権の開示を求め,さらに当該特

許権をFRAND条件あるいはRAND条件「reasonable and non-discriminatory」


な条件)等でライセンスを行うことの宣言(以下,FRAND条件又はRAND条

件等によりライセンスを行うことの宣言を,「FRAND宣言」という。)を求める

ことが行われる。

イ 損害賠償請求の許容される範囲について

前記1ないし5のとおり,被控訴人による本件製品2及び4の製造・販売等は,

本件発明1の技術的範囲に属し,本件特許権については,無効理由がなく,消尽

ておらず,ライセンス契約は成立していないから,控訴人は損害の賠償を請求する

ことができることになる。

そこで,FRAND宣言をした特許権者が,当該特許権に基づいて,損害賠償請

求をした場合において,どの範囲の損害賠償請求が許容されるかを検討する。

(ア) FRAND宣言された必須特許(以下,FRAND宣言された特許一般を指

す語として「必須宣言特許」を用いる。)に基づく損害賠償請求においては,FRA

ND条件によるライセンス料相当額を超える請求を許すことは,当該規格に準拠し

ようとする者の信頼を損なうとともに特許発明を過度に保護することとなり,特許

発明に係る技術の社会における幅広い利用をためらわせるなどの弊害を招き,特許

法の目的である「産業の発達」
(同法1条)を阻害するおそれがあり合理性を欠くも

のといえる。

すなわち,ある者が,標準規格に準拠した製品の製造,販売等を試みる場合,当
該規格を定めた標準化団体の知的財産権の取扱基準を参酌して,必須特許について

FRAND宣言する義務を構成員に課している等,将来,必須特許についてFRA

ND条件によるライセンスが受けられる条件が整っていることを確認した上で,投

資をし,標準規格に準拠した製品等の製造・販売を行う。仮に,後に必須宣言特許

に基づいてFRAND条件によるライセンス料相当額を超える損害賠償請求を許容

することがあれば,FRAND条件によるライセンスが受けられると信頼して当該

標準規格に準拠した製品の製造・販売を企図し,投資等をした者の合理的な信頼を

損なうことになる。必須宣言特許の保有者は,当該標準規格の利用者に当該必須宣

言特許が利用されることを前提として,自らの意思で,FRAND条件でのライセ

ンスを行う旨宣言していること,標準規格の一部となることで幅広い潜在的なライ

センシーを獲得できることからすると,必須宣言特許の保有者にFRAND条件で

ライセンス料相当額を超えた損害賠償請求を許容することは,必須宣言特許の保

有者に過度の保護を与えることになり,特許発明に係る技術の幅広い利用を抑制さ

せ,特許法の目的である「産業の発達」(同法1条)を阻害することになる。

(イ) 一方,必須宣言特許に基づく損害賠償請求であっても,FRAND条件によ

ライセンス料相当額の範囲内にある限りにおいては,その行使を制限することは,

発明への意欲を削ぎ,技術の標準化の促進を阻害する弊害を招き,同様に特許法の

目的である「産業の発達」
(同法1条)を阻害するおそれがあるから,合理性を欠く

というべきである。標準規格に準拠した製品を製造,販売しようとする者は,FR

AND条件でのライセンス料相当額の支払は当然に予定していたと考えられるから,

特許権者が,FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内で損害賠償金の支払

を請求する限りにおいては,当該損害賠償金の支払は,標準規格に準拠した製品を

製造,販売する者の予測に反するものではない。

また,FRAND宣言の目的,趣旨に照らし,同宣言をした特許権者は,FRA

ND条件によるライセンス契約を締結する意思のある者に対しては,差止請求権を

行使することができないという制約を受けると解すべきである(当裁判所において
も,控訴人が被控訴人に対して本件特許権に基づく差止請求権を被保全債権として,

本件製品2及び4に加えて「iPhone 4S」の販売等の差止等を請求した仮

処分事件(本件仮処分の申立て及び別件仮処分の申立ての抗告審。当庁平成25年

(ラ)第10007号,同10008号事件)において,控訴人の申立てを却下し

た原審決定を維持する旨の決定をした。。FRAND宣言をした特許権者における


差止請求権を行使することができないという上記制約を考慮するならば,FRAN

D条件でのライセンス料相当額の損害賠償請求を認めることこそが,発明の公開に

対する対価として極めて重要な意味を有するものであるから,これを制限すること

は慎重であるべきといえる。

(ウ) 以上を「FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求」と

「FRAND条件でのライセンス料相当額による損害賠償請求」に分けて,より本

件の事実に即して敷衍する。

a FRAND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求

UMTS規格に準拠した製品を製造,販売等しようとする者は,UMTS規格に

準拠した製品を製造,販売等するのに必須となる特許権のうち,少なくともETS

Iの会員が保有するものについては,ETSIのIPRポリシー4.1項等に応じ

て適時に必要な開示がされるとともに,同ポリシー6.1項等によってFRAND

宣言をすることが要求されていることを認識しており,特許権者とのしかるべき交

渉の結果,将来,FRAND条件によるライセンスを受けられるであろうと信頼す

るが,その信頼は保護に値するというべきである。したがって,本件FRAND宣

言がされている本件特許についてFRAND条件でのライセンス料相当額を超える

損害賠償請求権の行使を許容することは,このような期待を抱いてUMTS規格に

準拠した製品を製造,販売する者の信頼を害することになる。

必須宣言特許を保有する者は,UMTS規格に準拠する者のかかる期待を背景に,

UMTS規格の一部となった本件特許を含む特許権が全世界の多数の事業者等によ

って幅広く利用され,それに応じて,UMTS規格の一部とならなければ到底得ら
れなかったであろう規模のライセンス料収入が得られるという利益を得ることがで

きる。また,本件FRAND宣言を含めてETSIのIPRポリシーの要求するF

RAND宣言をした者については,自らの意思で取消不能なライセンスをFRAN

D条件で許諾する用意がある旨を宣言しているのであるから,FRAND条件での

ライセンス料相当額を超えた損害賠償請求権を許容する必要性は高くないといえる。

したがって,FRAND宣言をした特許権者が,当該特許権に基づいて,FRA

ND条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求をする場合,そのような請

求を受けた相手方は,特許権者がFRAND宣言をした事実を主張,立証をすれば,

ライセンス料相当額を超える請求を拒むことができると解すべきである。

これに対し,特許権者が,相手方がFRAND条件によるライセンスを受ける意

思を有しない等の特段の事情が存することについて主張,立証をすれば,FRAN

D条件でのライセンス料を超える損害賠償請求部分についても許容されるというべ

きである。そのような相手方については,そもそもFRAND宣言による利益を受

ける意思を有しないのであるから,特許権者の損害賠償請求権がFRAND条件で

ライセンス料相当額に限定される理由はない。もっとも,FRAND条件でのラ

イセンス料相当額を超える損害賠償請求を許容することは,前記のとおりの弊害が

存することに照らすならば,相手方がFRAND条件によるライセンスを受ける意

思を有しないとの特段の事情は,厳格に認定されるべきである。

b FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内の損害賠償請求

FRAND条件でのライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求については,

必須宣言特許による場合であっても,制限されるべきではないといえる。

すなわち,UMTS規格に準拠した製品を製造,販売等しようとする者は,FR

AND条件でのライセンス料相当額については,将来支払うべきことを想定して事

業を開始しているものと想定される。また,ETSIのIPRポリシーの3.2項

は「IPRの保有者は・・・IPRの使用につき適切かつ公平に補償を受ける」
(IPR

holders should be adequately and fairly rewarded for the use of their IPRs[.])
ことをもETSIのIPRポリシーの目的の一つと定めており,特許権者に対する

適切な補償を確保することは,この点からも要請されているものである。

ただし,FRAND宣言に至る過程やライセンス交渉過程等で現れた諸般の事情

を総合した結果,当該損害賠償請求権が発明の公開に対する対価として重要な意味

を有することを考慮してもなお,ライセンス料相当額の範囲内の損害賠償請求を許

すことが著しく不公正であると認められるなど特段の事情が存することについて,

相手方から主張立証がされた場合には,権利濫用としてかかる請求が制限されるこ

とは妨げられないというべきである。

c まとめ

以上を総合すれば,本件FRAND宣言をした控訴人を含めて,FRAND宣言

をしている者による損害賠償請求について,@ FRAND条件でのライセンス

相当額を超える損害賠償請求を認めることは,上記aの特段の事情のない限り許さ

れないというべきであるが,他方,A FRAND条件でのライセンス料相当額の

範囲内での損害賠償請求については,必須宣言特許による場合であっても,上記b

の特段の事情のない限り,制限されるべきではないといえる。

(3) 特段の事情の有無についての検討

本件においては,控訴人は,後記7のとおりと認められるFRAND条件による

ライセンス料相当額を超える損害額の請求をしている。そこで,FRAND条件に

よるライセンス料相当額の範囲内と認められる部分については,控訴人が損害賠償

請求をすることが著しく不公正であると認められるなど特段の事情があるか,他方,

FRAND条件によるライセンス料相当額を超える部分については,被控訴人がF

RAND条件によるライセンスを受ける意思を有しない場合など特段の事情がある

かを,以下検討する。

ア 前提となる事実

前記争いのない事実等と証拠(甲5,6,12,13,16,27ないし29,

32ないし37,65,85ないし87,109ないし111,133,160,
161,乙36,42,53,59(枝番号の記載は省略する。)及び弁論の全趣


旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

すなわち,@ 控訴人は,平成23年7月25日付け書簡で,アップル社に対し,

控訴人の必須宣言特許ポートフォリオについてのライセンス条件として,具体的な

料率を提示したこと,A アップル社は同年8月18日付けの書面でライセンス

率の上限を提示し,平成24年3月4日付け書簡でさらに数桁小さい料率をロイヤ

リティとして支払う旨のライセンス契約の申出をし,さらに,同年9月7日付け書

簡で,クロスライセンス契約を含む具体的なライセンス案を提示したこと,B こ

れに対して,控訴人は,アップル社が控訴人の提示を不本意とするならば,アップ

ル社において具体的な提案をするよう要請するのみであったこと,C 控訴人は,

同年9月14日付け書簡でライセンス料算定の基礎となる価格の上限引下げの提案

等をしたこと,D 控訴人は,同年12月3日付け書簡で,当初提案の料率を半分

以下にする提案をしたこと,E アップル社と控訴人は,同月12日,17日及び

18日に会合をもち,この際に控訴人は,アップル社が多額の一時金を支払うとの

内容を含む提案を行い,アップル社は,UMTS規格の必須特許ポートフォリオを

対象とするクロスライセンス契約の提案をしたこと,F アップル社と控訴人は,

平成25年1月14日にも会合をもち,その際アップル社はライセンス料の支払を

伴わないクロスライセンス契約の提案を行ったこと,G 両社の同年2月7日●●

●●の会合の際には,合意書の案が作成された●●●●●●●●●●●●●●こと,

H その後も,控訴人とアップル社との間では,紛争を仲裁に付するとした場合の

条件等をめぐって各種の交渉が断続的に行われていることが認められる。

イ FRAND条件によるライセンス料相当額の範囲での損害賠償請求について

(ア) 誠実交渉義務について

控訴人が本件FRAND宣言をしていることに照らせば,控訴人は,少なくとも

我が国民法上の信義則に基づき,被控訴人との間でFRAND条件でのライセンス

契約の締結に向けた交渉を誠実に行うべき義務を負担すると解される。
この点,前記アのとおり,控訴人は,平成23年7月25日にライセンス提示を

した後は,アップル社から具体的提案を受けつつも,平成24年12月3日に至る

まで,具体的な対案を示すことがなく,また,控訴人は特許ポートフォリオ単位で

ライセンス提案のみを行っており,個別の特許については,本件訴訟に至るまで

料率の提案を提示せず,控訴人の提案するライセンス条件がFRAND条件にのっ

とったものであることを十分に説明することもなかったと認められるから,この間

の控訴人の交渉態度は,アップル社との間でのライセンス契約の締結を促進するも

のではなかったと解される。

もっとも,次のような事実経緯が存在する。すなわち,@ 控訴人は,アップル

社に対して直ちに対案を示すことはなかったものの,平成24年12月以降はアッ

プル社との間で複数回,協議を行っており,その際には対案も示すなど,契約締結

に向けた活動を継続している。A 一般に控訴人や被控訴人の属する移動体通信端

末の製造業者の間では特許ポートフォリオ単位でのクロスライセンス契約が締結さ

れることが通常である(乙57等)から,特許ポートフォリオ単位でのライセンス

提案のみを行うことも直ちに信義に反するものとはいえない。B 控訴人と他社と

の間のライセンス契約の条件については守秘義務が付され開示できる性質のもので

はなく(同),開示されたとしても,当該条件はライセンス契約の相手方の特許ポー

トフォリオの相対的強弱によって決定されたものであって,前提を異にする控訴人

と被控訴人との間の契約条件を定めるに当たって常に参考になるものともいえない。

C ライセンス契約の条件中には,標準規格に関連しない特許権のライセンスやビ

ジネス条件なども含まれることがあり得ることも考えられる。

以上の点を考慮すると,控訴人は提案するライセンス条件がFRAND条件にの

っとったものであることを説明すべきであるとしても,控訴人が控訴人と他社との

間のライセンス契約の条件を開示しなかったことを直ちに不当と非難することはで

きず,控訴人のライセンス交渉過程での態度をもって,控訴人がFRAND条件で

ライセンス料相当額の範囲内で損害賠償請求をすることが著しく不公正であると
までは認めることはできない。

(イ) 適時開示義務について

ETSIのIPRポリシーには,各会員は,自らが参加する規格技術仕様の開発

の間は特に,ETSIに必須IPRについて適時に知らせるため合理的に取り組む

べきことが定められているから(前記(2)ア),控訴人もかかる義務を負担している

というべきである。

この点,前記(2)アのとおり,控訴人は,平成17年5月4日に,韓国において,

本件特許の優先権主張の基礎となる特許出願をし,また,その数日後の同月9日か

ら13日に開催された3GPPのワーキンググループに,後に代替的Eビット解釈

の導入につながる変更リクエストを提出した。それにもかかわらず,控訴人は,平

成19年8月7日の本件FRAND宣言まで,本件特許権の存在をETSIに知ら

せていなかった。このように,控訴人は,本件特許権の存在を知ってから2年余り

もの間,ETSIに対して本件特許権の存在を通知していない。

しかし,上記の事実経緯に対しては,控訴人は,最終的には本件FRAND宣言

をするに至っていること,控訴人が本件特許権を有することが判明していたか否か

が代替的Eビット解釈のUMTS規格への導入の採否に何らかの影響を及ぼしたと

解されないこと,他社との比較においても開示までの2年あまりという期間が,極

端に長いとまではいえないこと(乙8)をも考慮すれば,控訴人によるFRAND

条件によるライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求をすることが著しく不公

正であると認めるには足らない。

(ウ) 本件仮処分の申立て及び別件仮処分の申立てについて

前記のとおり,必須特許の保有者が,FRAND宣言をした場合,必須宣言特許

による差止請求権の行使は,FRAND条件によるライセンス契約を締結する意思

のある者に対しては,権利の濫用に該当し許されないといえる。控訴人は,本件仮

処分の申立て及び別件仮処分の申立てをし,本件製品2及び4並びに「iPhon

e 4S」の譲渡等の差止めを求めているが,控訴人において,本件仮処分及び別
件仮処分の申立てをしたとの事実が,控訴人によるFRAND条件によるライセン

ス料相当額の範囲内での損害賠償請求権の行使が許されないとの結論を導く理由に

はならないというべきである。

(エ) 独占禁止法について

以上に関連して,被控訴人は,控訴人の一連の行為が独占禁止法に違反する旨の

主張もしている。しかし,控訴人の主張に係る損害賠償の金額は,控訴人がFRA

ND条件によるライセンス料であると主張する金額に留まること(前記第3,7)

に加えて,FRAND条件によるライセンス料相当額を超える損害賠償請求は原則

として権利の濫用となり許されないことを考慮すると,本件全証拠によっても,F

RAND条件でのライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求が同法に違反する

と認めるには足らない。

(オ) 小括

その他,本件に現れた一切の事情を考慮しても,控訴人によるFRAND条件で

ライセンス料相当額の範囲内での損害賠償請求を許すことが著しく不公正である

とするに足りる事情はうかがわれず,前記特段の事情が存在すると認めるに足りる

証拠はない。

ウ FRAND条件によるライセンス料相当額を超える損害賠償請求について

前記アのとおりのアップル社と控訴人の間のライセンス交渉の経緯からすると,

アップル社は,平成23年8月18日付けの書面でのライセンス料率の上限の提示

に始まり,複数回にわたって算定根拠とともに具体的なライセンス料率の提案を行

っているし,控訴人と複数回面談の上集中的なライセンス交渉も行っているから,

アップル社は控訴人との間でライセンス契約を締結するべく交渉を継続していたと

評価できる。控訴人とアップル社との間には,妥当とするライセンス料率について

大きな意見の隔絶が長期間にわたって存在する。しかし,ライセンサーとライセン

シーとなる両社は本来的に利害が対立する立場にあることや,何がFRAND条件

でのライセンス料であるかについて一義的な基準が存するものではなく,個々の特
許のUMTS規格への必須性や重要性等については様々な評価が可能であって,そ

れによって妥当と解されるライセンス料も変わってくることからすれば,アップル

社の行った各種提案も一定程度の合理性を持ったものと評価できる。加えて,前記

イ(ア)のとおり,控訴人の交渉態度も,アップル社との間でのライセンス契約の締結

を促進するものではなかったことからすると,両社間に,大きな意見の隔絶が長期

間にわたって存在したとしても,アップル社や被控訴人においてFRAND条件で

ライセンス契約を締結する意思を有しないことを意味するものとは直ちに評価で

きない。そうすると,本件について被控訴人にFRAND条件によるライセンス

受ける意思を有しない場合など特段の事情が存するとは認められない。

これに対し,控訴人は,アップル社が平成25年2月の会合で覚書(ドラフト)

の作成段階にまで至っていた●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●などとして,被控訴人は真摯にライセンスを受ける意思を有し

ない者に当たるなどと主張する。しかし,標準規格を策定することの目的及び意義

等に照らすと,ライセンス契約を受ける意思を有しないとの認定は厳格にされてし

かるべきところ,控訴人の主張に係る事情をもっては,被控訴人又はアップル社が

FRAND条件によるライセンス契約を締結する意思を有しない者であるとの認定

はできない。また,控訴人は,損害賠償請求権を認めないことがTRIPs協定違

反である旨の主張もするが,採用の限りではない。

(4) 小括

よって,控訴人による本件の損害賠償請求が権利の濫用に当たるとの被控訴人の

主張は,控訴人の主張に係る損害額のうち,後記7のとおりのFRAND条件によ

ライセンス料相当額を超える部分では理由があるが,FRAND条件によるライ

センス料相当額の範囲では採用の限りではない。

7 争点7(損害額)について

以上を踏まえて,以下では,本件製品2及び4による本件特許権の侵害について,

FRAND条件によるライセンス料相当額がいくらとなるかを検討する。当裁判所
は,後記(3)ウのとおりの金額となると判断する。

(1) 前提となる事実

証拠(甲10,11,30の1,108,134,135,164,172,1

93の1・2,197,205,206,乙2,4,94の1・2)及び弁論の全

趣旨によれば,次の各事実が認められる。

ア 本件製品2及び4の,それぞれの販売開始から平成25年9月28日までの

売上高の合計は,後記(3)ウの該当欄に記載のとおりである。

イ 本件製品2は,W−CDMA,GSM,EDGEの各移動体通信方式に準拠

するほか(なお,「iPhone 4」としては,3GPP2(Third Generation

Partnership Project 2)の策定に係るCDMA2000方式に準拠した製品も存在

するようであるが,我が国では発売されていない。,Wi−Fi802.11b/


g/n,Bluetooth2.1+EDRの各無線通信の機能を有する。本件製

品2の特徴としては,その他にディスプレイとして高精細な「Retinaディス

プレイ」を登載し,カメラとして,
「5メガピクセルiSightカメラ」を登載し

ていることも挙げられる。

本件製品2には,登載されているメモリ容量により複数の種類があり,その一般

消費者への販売価格は,32GBモデルが5万7600円,16GBモデルが4万

6080円(一括支払い時)であった。(甲193の1,乙4)

ウ 本件製品4は,W−CDMA,GSM,EDGEの各移動体通信方式に準拠

するほか(なお,
「iPad 2 Wi−Fi+3G」には,CDMA2000方式

にも準拠する製品があるようであるが,本件証拠上は前記のとおりと認定される。,


Wi−Fi802.11a/b/g/n,Bluetooth2.1+EDRの各

無線通信の機能を有する。本件製品4の特徴としては,プロセッサとして「App

le A5」を登載し,加速度センサー,デジタルコンパス,Assisted G

PSなどの各種センサー類も登載していることも挙げられる。

本件製品4にも,登載されているメモリ容量によって複数のモデルがあり,本件
製品4から移動体通信機能を省いたモデル(「iPad 2 Wi−Fi」)も別途

販売されている。これらの一般消費者への販売価格は,移動体通信機能を有しない

モデル(「iPad 2 Wi−Fi」)で16GBモデルが4万4800円,32

GBモデルが5万2800円,64GBモデルが6万0800円,移動体通信機能

通信機能を有するモデル(本件製品4)で,16GBモデルが5万6640円,3

2GBモデルが6万4800円,64GBモデルが7万2720円などとなってい

る。(甲193の2)

エ UMTS規格について多くの必須特許を有するノキアは,2002年(平成

14年)5月に「WCDMAの知的財産権に係る累積ロイヤリティを業界全体で5%

にすること」を提案した。

控訴人の代理人は,米国ITCにおける公聴会で,UMTS規格に関して全参加

企業のライセンスについて約5%にするという総額の負担とするべき合意があった

旨の発言をした。

平成14年,NTTドコモ,エリクソン,ノキア及びシーメンスの間で,UMT

S規格を構成する特許のロイヤリティについて,個々の必須特許権者が受領すべき

ロイヤリティはその保有する必須特許の割合に応じて定めるとの合意が成立した。

これに対して必須特許の特許権者である他の日本企業も協力する意向を表明した。

この合意については,累積ロイヤリティを5パーセント以下にすることによりUM

TS規格を普及させるのに役立つとの指摘がされた。

UMTS規格の必須特許の特許権者らで作られたパテントプールであるW−CD

MAパテントプラットフォームでは,標準ライセンス契約として必須特許1件当た

りに工場出荷価格の0.1パーセントである基準料率をもとに,必要な必須特許を

累積した場合の最大値を5パーセントとし,それを超える場合は基準料率を5パー

セント以内となるよう圧縮的に低減する仕組みを採用している。

パテントプールにおけるライセンサーへのライセンス料の分配に際しては,個々

の特許の技術的価値を捨象して,ライセンス料を特許の数で除した値によることが
多い。

オ 標準規格の策定に際しては,参加者は自らの特許ポートフォリオを充実させ,

以後のライセンス交渉を優位に進めるために,必須宣言は過剰にされる傾向にあり,

必須宣言された特許のうちには,現実には必須でないものも多く含まれる。

フェアフィールド社は,UMTS規格のうち,2008年(平成20年)12月

までに,3GPPの構成員であるETSI,日本の一般社団法人電波産業会(AR

IB)又は韓国のTTA(Telecommunications Technology Association。情報通信

技術協会。 に必須であると宣言された特許について分析した
) (フェアフィールド社

のレポート(甲135)。なお,フェアフィールド社のレポートは「WCDMAに必

須であると宣言された特許の調査」と題するものであるが,ここでいう「WCDM

A」は本判決での定義によれば2008年12月当時のUMTS規格の意味と理解

される。なお,同時点では,LTE方式は,UMTS規格とはされていなかった。。


その結果は,UMTS規格については1889の特許ファミリーが必須宣言されて

いるが,必須であるかおそらく必須であると判定されたのは,そのうち529の特

許ファミリーであった。

カ 主として通信機能に特化したいわゆるフィーチャーフォンには,数千円程度

のものから数万円程度で販売されているものもある。コンピュータと接続してUM

TS規格の通信を可能にするいわゆるドングル(USB接続モデム)や無線通信ル

ータの中には数千円程度で販売されているものがある。

(2) 本件におけるFRAND条件によるライセンス料相当額の算定方法

ETSIのIPRポリシー及びIPRに関するETSIの指針などにおいては,

FRAND条件によるライセンス料をどのように計算すべきかについての何らの手

がかりも用意せず,当事者間の交渉にゆだねている。そこで,ETSIのIPRポ

リシーが定められた趣旨及び本件製品2及び4の性質等を総合すると,FRAND

条件によるライセンス料相当額は,次のとおりの方法により算定するのが相当であ

ると認められる。
すなわち,まず本件製品2及び4の売上高合計のうち,UMTS規格に準拠して

いることが貢献した部分の割合を算定し(後記(3)ア),次に,UMTS規格に準拠

していることが貢献した部分のうちの本件特許が貢献した部分の割合を算定する

(同イ)UMTS規格に準拠していることが貢献した部分のうちの本件特許が貢献


した部分の割合を算定する際には,累積ロイヤリティが過剰となることを抑制する

観点から全必須特許に対するライセンス料の合計が一定の割合を超えない計算方法

を採用することとし(同(ア)),本件においては,他の必須特許の具体的内容が明ら

かでないことから,UMTS規格に必須となる特許の個数割りによるのが相当であ

る(同(イ))。

(3) 具体的な計算

ア UMTS規格に準拠していることの貢献部分

上記の売上高の合計のうち,UMTS規格に準拠していることが寄与した部分と

しては,本件製品2について,売上高合計の●●パーセント,本件製品4について

売上高合計の●●パーセントとするのが相当であり,FRAND条件によるライセ

ンス料相当額を認定するにあたっては,同割合を乗じた金額を基礎とすべきである。

すなわち,前記認定のとおり,本件製品2及び4は,移動体通信機能としては,

W−CDMA方式以外にGSM方式等にも準拠しており,また,Wi−Fi等の無

線通信機能も有する。また,本件製品2及び4の売上高合計には,そのデザインや

ユーザーインターフェイス,利用できる各種のソフトウェア,CPU,カメラ,オ

ーディオ機能,ディスプレイ,GPS機能,3軸ジャイロや加速度センサーを始め

とする各種のセンサーにおける特徴,機能が貢献している面も多くある。また,ス

マートフォン市場・タブレットデバイス市場でのアップル社や被控訴人の有する強

いブランド力や,これを維持・向上させるためのアップル社や被控訴人によるマー

ケティング活動も,これに相当程度貢献していると認められる。さらに,本件製品

2及び4のメモリ容量に応じた価格差からしても,本件製品2及び4の売上高には

メモリ容量の大小が少なからず貢献していると推定される。このように,UMTS
規格に準拠していることが本件製品2及び4の売上高合計に貢献しているとしても,

寄与の程度はその一部に留まるもので,その余の売上高合計はUMTS規格に準拠

していることに影響されることなく達成されたものといえる。そうすると,本件特

許に対するFRAND条件でのライセンス料相当額を認定するに際しては,UMT

S規格に準拠していることが,本件製品2及び4の売上高合計に貢献していると認

められる部分のみを基礎とすべきである。

その具体的割合については,次のとおりと考えられる。すなわち,本件製品2は,

いわゆるスマートフォンであって,移動体通信機能以外の多くの機能を有するもの

ではあるが,本件製品4と比較すれば,社会通念上の基本的な機能としては,移動

体通信機能を主とするものと捉えられているとするのが相当である。他方,本件製

品4は,いわゆるタブレットデバイスであって,その利用の際に移動体通信機能は

必ずしも必要とされず,現に本件製品4から移動体通信機能を除いた製品 「iPa


d 2 Wi−Fi」 も販売されていることや,
) 移動体通信機能を除いた製品 「i


Pad 2 Wi−Fi」)と移動体通信機能を有する製品(「iPad 2 Wi

−Fi+3Gモデル」 本件製品4)
。 との販売価格差が1万数千円程度であることか

らして,移動体通信機がその売上げに寄与した割合は,本件製品2と比較すれば,

小さいとするのが相当である。以上の各事情に加えて,本件ベースバンドチップの

価格や,いわゆるフィーチャーフォンやドングル,無線通信ルータの販売価格等の

諸般の事情を考慮すると,本件製品2及び4の売上高合計のうち,UMTS規格に

準拠していることが寄与した部分としては,本件製品2について売上高合計の●●

パーセント,本件製品4について売上高合計の●●パーセントとするのが相当であ

る。

イ 本件特許の貢献部分

さらに,本件特許についてのFRAND条件による実施料相当額としては,本件

製品2及び4の売上合計のうちUMTS規格に準拠していることが寄与したと認め

られる金額のうちの後記(エ)の計算式に記載とおりの割合であるとするのが相当で
ある。

(ア) 累積ロイヤリティの上限について

ETSIのIPRポリシーが定められた目的は,
「規格の準備及び採用,適用への

投資が,規格又は技術仕様についての必須IPRを使用できない結果無駄になる可

能性があるというリスクを軽減する」
(3.1項)ところにあるとされている。かか

る目的を達成するためには,個々の必須特許についてのライセンス料のみならず,

個々の必須特許に対するライセンス料の合計額(累積ロイヤリティ)も経済的に合

理的な範囲内に留まる必要があると解すべきである。すなわち,UMTS規格と同

様に,ある規格を実現するためには多数の必須特許が存在することがしばしばある。

このような場合,個々の特許権に対するライセンス料率の絶対値が低廉であったと

してもライセンス料の合計額は当該規格に準拠することが経済的に不可能になるほ

ど不合理に大きなものとなる可能性がある。また,同一分野で新たな標準が作られ

る場合には,従前の技術との互換性を保つために従来の標準技術もその中に取り入

れることがしばしば行われるため 「標準の連鎖」,
( ) 標準規格の策定が後になればな

るほど,必須特許の数が増大する傾向があるといえる。ライセンス料の合計額が不

合理に大きくなるのであれば,必須特許について仮にライセンスを受けられたとし

てもこれを使用することは現実には不可能になり,
「投資が・・・必須IPRを使用

できない結果無駄になる可能性があるというリスクを軽減する」とのETSIのI

PRポリシーの目的を達成することができなくなる事態が発生する。したがって,

ETSIのIPRポリシーのもとで行われた本件FRAND宣言は,ライセンス

の合計額を合理的な範囲内に留めることをもFRAND条件の一内容として含んで

いると理解され,FRAND条件によるライセンス料相当額を定めるに当たっても,

かかる制限は必然的に生じると解するのが相当である。

そこで,次に,本件におけるライセンス料の合計額の上限をどの程度に設定する

のが相当であるかを判断する。本件訴訟において,控訴人,被控訴人とも累積ロイ

ヤリティを5パーセントとすることを前提として主張をしており,また,前記(1)
エのとおり,UMTS規格の必須特許を保有する者の間では,累積ロイヤリティが

過大となることを防ぐ観点から,累積ロイヤリティを5パーセント以内とすること

を支持する見解が多くあることに照らすならば,本件特許についてのFRAND条

件によるライセンス料相当額を認定するに際しては,UMTS規格に対する累積ロ

イヤリティが,UMTS規格に準拠していることが本件製品2及び4の売上げに貢

献したと認められる部分(本件製品2について●●パーセント,本件製品4につい

て●●パーセント)の5パーセントとなる計算方法を採用することが相当である。

(イ) 他のUMTS規格の必須特許との関係について

次に,UMTS規格に必須となる他の特許権との関係を検討する。UMTS規格

には,本件特許の他にも多数の特許が必須特許となるものであって,本件特許のみ

によってUMTS規格が実現されているものではない。そこで,UMTS規格に対

する本件特許の貢献度が,我が国において特許権が付与されている他の必須特許と

の関係でどの程度かを検討する必要が生じる。

この点,本件各発明は一つの完全なRLC SDUが一つのRLC PDUにの

み対応し,分割・連結・パディングなしに頻繁に発生する(本件明細書の段落【0

011】 とのVoIP通信の特性に着目したものであって,
) このようなVoIP通

信が行われる場合にのみ,無線リンク上のPDUのヘッダーサイズを減少させて無

線リソースを有効に使用するとの効果が発揮され,それ以外の場合にはむしろ無線

リソースの浪費となるものである。このように,本件各発明がその効果を発揮し得

るのは限定的な場合に留まるものであるから,本件特許のUMTS規格に対する技

術的貢献度は大きくはなく,本件特許のUMTS規格に対する貢献が,他の必須特

許と比べて大きいと認めるに足りる証拠はない。他方,本件では,UMTS規格に

必須となる他の特許の具体的内容については何らの証拠も提出されていないから,

他の必須特許のUMTS規格に対する貢献の程度は明らかではなく,他の必須特許

のUMTS規格に対する貢献が本件特許と比べて大きいと認めるに足りる証拠もな

い。以上によれば,本件における証拠からは,本件特許も他のUMTS規格の必須
特許も,同程度に,UMTS規格に貢献していると評価するのが相当である。

このように,本件特許も他のUMTS規格の必須特許も,同程度にUMTS規格

に貢献しているとすると,本件特許に対するFRAND条件による実施料相当額は,

UMTS規格に必須となる特許の個数割りによるべきことになる。

一般に,パテントプールにおいてはライセンサーへのライセンス料の分配に際し

ては,個々の特許の技術的価値を捨象して,ライセンス料を特許の数で除した値に

よることが多く,UMTS規格についての「W−CDMAパテントプラットフォー

ム」でも特許の数で除する方式が採用されていることが認められる。FRAND条

件による実施料相当額を,UMTS規格に必須となる特許の個数割りによって計算

することは,このようなパテントプールでの扱いとも整合するものである。

(ウ) UMTS規格の必須特許の個数について

FRAND条件でのライセンス料相当額を算定するに当たってのUMTS規格の

必須特許の個数は,529個を採用する。すなわち,UMTS規格について,フェ

アフィールド社が必須かおそらく必須と判定した特許ファミリーの数は529であ

る(前記(1)オ)。フェアフィールド社のレポートは,海外におけるものも含めて,

UMTS規格に必須となる特許ファミリーの数を分析したものであって,我が国に

おけるUMTS規格の必須特許の数を数えたものではなく,また,必須かおそらく

必須と判定された特許ファミリーの内訳も明らかではないが,他にはUMTS規格

の必須特許であって我が国において特許権が付与されているものの数を認定し得る

に足りる証拠は何ら提出されていない。加えて,両当事者とも,必須宣言されてい

る全特許数によるか,必須又はおそらく必須と判定された特許数によるかはさてお

き,フェアフィールド社のレポートに準拠して主張していることからすると,必須

となる特許の個数はフェアフィールド社のレポートに現れた特許ファミリーの数を

基礎とするのが相当である。そして,一般に標準規格の策定に際して必須宣言が過

剰にされる傾向にあること(前記(1)オ)からすると,UMTS規格に必須となる特

許の個数として,必須宣言特許の総数である1889を採用することはできず,フ
ェアフィールド社のレポートが必須であるかおそらく必須であるとする特許ファミ

リーの数である529を採用するのが相当である。

(エ) 小括

そうすると,本件特許の本件製品2及び4の売上げ合計に対する寄与の割合は,

UMTS規格に準拠していることの貢献部分の割合(前記ア)に,累積ロイヤリテ

ィの上限の割合(前記(ア))を乗じ,これを必須と認められる特許の数(前記(ウ))

で除することになるから,次の計算式のとおりとなる。

(計算式)

本件製品2 ●●%×5%×1/529≒●(省略)●%

本件製品4 ●●%×5%×1/529≒●(省略)●%

ウ FRAND条件によるライセンス料相当額

そうすると,FRAND条件によるライセンス料相当額は次の計算式のとおりと

なる。そして,これに対する遅延損害金については,個々の本件製品2及び4につ

いての具体的な販売日が不明であるから,対象となる販売期間の末日である平成2

5年9月28日から発生するとするのが相当である。

(計算式)

本件製品2 ●(省略)●円×●(省略)●%≒9,239,308 円

本件製品4 ●(省略)●円×●(省略)●%≒ 716,546 円

合 計 9,239,308 円+716,546 円=9,955,854 円

8 結論

以上によれば,被控訴人の請求は,控訴人が被控訴人に対して本件製品1及び3

の生産,譲渡,貸渡し,輸入又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡若しくは貸

渡しのための展示を含む。 につき,
) 本件特許の侵害に基づく損害賠償請求権を有し

ないこと,並びに,本件製品2及び4の生産,譲渡,貸渡し,輸入又はその譲渡若

しくは貸渡しの申出(譲渡若しくは貸渡しのための展示を含む。)につき,本件特許

侵害に基づき控訴人が被控訴人に対して有する損害賠償請求権が,金995万5
854円及びこれに対する平成25年9月28日から支払済まで民法所定の年5分

の割合による金額を超えて存在しないことの確認を求める限度で理由があるから,

この限度で認容し,その余の被控訴人の請求は理由がないから棄却するべきところ,

これと異なる原判決は変更されるべきであるから,主文のとおり判決する。

9 「意見募集」において寄せられた意見について

(1) 本件並びに本件仮処分の申立て及び別件仮処分の申立てにおいては,標準規

格に必須となる特許についてFRAND宣言がされた場合における効力が主要な争

点となった。当裁判所は,同争点が,我が国のみならず国際的な観点から捉えるべ

き重要な論点であり,かつ,当裁判所における法的判断が,技術開発や技術の活用

の在り方,企業活動,社会生活等に与える影響が大きいことに鑑み,当事者の協力

を得た上で,国内,国外を問わず広く意見を募集する試みを,現行法の枠内で実施

することとした。

そして,意見募集の対象事項については,
「標準化機関において定められた標準規

格に必須となる特許についていわゆる(F)RAND宣言((Fair,) Reasonable and

Non-Discriminatory な条件で実施許諾を行うとの宣言)がされた場合の当該特許に

よる差止請求権及び損害賠償請求権の行使に何らかの制限があるか。」とした。

(2) 意見募集に対しては,我が国のみならず諸外国からも,個人・法人・団体を

問わず,数多くの意見が寄せられた。

寄せられた意見の概要は,次のとおりであった。

ア FRAND宣言された必須特許による差止請求権の制限について

大まかには,次の3つの見解に属する見解を述べるものが多く見られた。

@ 何らかの制限を課すことは,むしろ当事者間の任意のライセンス契約の成立

を阻害し,技術革新や標準化作業に悪影響を及ぼすことになりかねないから,相当

ではないとする意見

A いわゆるホールドアップ問題等を指摘し,FRAND宣言された以上は,一

定程度の制限がされるべきであるとする意見
B FRAND宣言された特許権についての差止めは一切認められないとする意



差止請求権の制限がされるべきとした場合の法律構成について

@ FRAND宣言によって第三者のためにする契約が成立するとの見解と,か

かる契約は成立しないとの見解の相反する二つの見解が寄せられた。両意見とも多

数寄せられた。

A 信義則権利濫用の法理による制限を行うべきとの意見も数多く見られた。

B 独占禁止法を活用すべきとの意見もあったが,その数は少数であった。

差止請求権が制限され得るとした場合の制限に関する判断基準について

ライセンス契約を締結する意思のある実施者(willing licensee)とライセンス

契約を締結する意思のない実施者(unwilling licensee)を分け,後者については

差止請求権が認容されるべきであるが,前者については差止請求権は認容されるべ

きではないとの意見が比較的多く見られたが,どのような場合であればライセンス

契約を締結する意思のない実施者(unwilling licensee)とされるべきかについて

の判断基準の詳細については,軌を一にする意見は見出せなかった。

エ FRAND宣言された必須特許による損害賠償請求権の制限について

損害賠償請求権については,これに言及した多くの意見が,損害賠償請求権の行

使は制限されるべきではない旨を述べていたが,認容される賠償額は,FRAND

条件によるライセンス料相当額に限定されるべきであるとの意見も散見された。ま

た,FRAND条件によるライセンス料をどのように定めるべきかについての方法

についての意見も複数寄せられた。

オ その他の論点等

必須特許権者の誠実交渉義務について,これを課すべきとの意見が多かったが,

その根拠を何に求めるのかについては,複数の見解があった。また,必須特許の実

施者にも誠実交渉義務を課すべきであるとの意見も複数見られた。控訴人と他社と

の間の必須特許のライセンス契約に関する情報等を被控訴人に開示する義務がある
とする見解(例えば,原判決の見解)については,妥当でないとする見解が多数寄

せられた。

(3) 意見の中には,諸外国での状況を整理したもの,詳細な経済学的分析により

望ましい解決を論証するもの,結論を導くに当たり重視すべき法的論点を整理する

もの,従前ほとんど議論されていなかった新たな視点を提供するものがあった。

これらの意見は,裁判所が広い視野に立って適正な判断を示すための貴重かつ有

益な資料であり,意見を提出するために多大な労を執った各位に対し,深甚なる敬

意を表する次第である。



知的財産高等裁判所特別部




裁判長裁判官

飯 村 敏 明




裁判官

設 樂 一




裁判官

富 田 善 範
裁判官

清 水 節




裁判官

小 田 真 治
(別紙)物件目録

1 「iPhone 3GS」

2 「iPhone 4」

3 「iPad Wi−Fi+3Gモデル」

4 「iPad 2 Wi−Fi+3Gモデル」
(別紙)3GPP TS25.322 V6.9.0(抜粋)

1 「4.2.1.2 Unacknowledged mode (UM) RLC entities
Figure 4.3 below shows the model of two unacknowledged mode peer RLC entities

when duplicate avoidance and reordering is not configured.」



(訳文)

「4.2.1.2 アンアクナリッジドモード(UM)RLC エンティティ
下記に示す図 4.3 は,重複回避及びリオーダリングを有しない2つのアンアクナリ

ッジモード(UM)ピア RLC エンティティを示す。」



U E /U T R A N R a d io I n te rfa c e ( U u ) U T R A N /U E


U M -S A P U M -S A P




T ra n s m iss io n T ra n s m it ti n R e c e iv i n g
R e a s s e m b ly
b u f fe r g UM RLC
UM RLC e n t ity
e n t it y R em ove R LC
S e g m e n t a ti o n & header
C o n c a te n a t io n

R e c e p tio n
A dd R LC header b u ff e r


C ip h e ri n g D e c i p h e r in g




D C C H /D T C H ? U E D C C H /D T C H ? U T R A N
C C C H /S H C C H /D C C H /D T C H /C T C H / C C C H /S H C C H /D C C H /D T C H /C T C H /
M C C H / M S C H /M T C H ? U T R A N M C C H / M S C H /M T C H ? U E




Figure 4.3a:Model of two unacknowledged mode peer entities

configured for use with duplicate avoidance and reordering」
2 「4.2.1.2.1 Transmitting UM RLC entity
The transmitting UM-RLC entity receives RLC SDUs from upper layers through the

UM-SAP. The transmitting UM RLC entity segments the RLC SDU into UMD PDUs of

appropriate size, if the RLC SDU is larger than the length of available space in

the UMD PDU.」



(訳文)

「4.2.1.2.1 送信 UM RLC エンティティ

送信 UM-RLC エンティティは,上位レイヤから UM-SAP を通じて RLC SDUs を受信する。

送信 UM RLC エンティティは,もし RLC SDU が UMD PDU の利用可能なスペースの長さよ

り大きい場合には,RLC SDU を適当なサイズの UMD PDUs に分割する。」



3 「9.2.1.3 UMD PDU
The UMD PDU is used to transfer user data when RLC is operating in unacknowledged

mode. The length of the data part shall be a multiple of 8 bits. The UMD PDU header

consists of the first octet, which contains the "Sequence Number". The RLC header

consists of the first octet and all the octets that contain "Length Indicators". 」



(訳文)

「9.2.1.3 UMD PDU

UMD PDU は,RLC が UM モードで動作しているときに,ユーザーデータを転送するた

めに用いられる。データパートの長さは,8ビットの倍数である。UMD PDU ヘッダは,

「一連番号」を含む最初のオクテットで構成される。RLC ヘッダは,最初のオクテッ

トと,「長さインジケータ」を含むすべてのオクテットで構成される。」
Sequence Number E Oct1
Length Indicator E (Optional) (1)

.
.
.

Length Indicator E (Optional)

Data


PAD (Optional)
Last Octet


Figure 9.2: UMD PDU



4 「9.2.2.5 Extension bit(E)
Length:1bit.

The interpretation of this bit depends on RLC mode and higher layer configuration:

- In the UMD PDU, the "Extension bit" in the first octet has either the normal

E-bit interpretation or the alternative E-bit interpretation depending on higher

layer configuration. The "Extension bit" in all the other octects always has

the normal E-bit interpretation.

- In the AMD PDU, the "Extension bit" always has the normal E-bit interpretation.



Normal E-bit interpretation:

Bit Description

0 The next field is data, piggybacked

STATUS PDU or padding

1 The next field is Length Indicator and

E bit
Alternative E-bit interpretation:

Bit Description

0 The next field is a complete SDU, which

is not segmented, concatenated or

padded.

1 The next field is Length Indicator and

E bit



(訳文)

「9.2.2.5 エクステンションビット(E)

長さ:1ビット

このビットの解釈は,RLC のモード及び上位レイヤーのコンフィギュレーションに依

存する。

− UMD PDU において,最初のオクテットに含まれる「拡張ビット」は,上位レイ

ヤーのコンフィギュレーションに応じて,通常 E ビット解釈又は代替的 E ビット

解釈のいずれかを有する。他の全てのオクテットに含まれる「拡張ビット」は,

常に通常Eビット解釈を有する。

− AMD PDU において,「拡張ビット」は,常に通常 E ビット解釈を有する。



通常 E ビット解釈:

Bit 記述

0 次のフィールドは,データ,ピギーバック

されたステータス PDU,又はパディング

1 次のフィールドは,長さインジケータと E

ビット
代替的 E ビット解釈:

Bit 記述

0 次のフィールドは,分割,連結,パディン

グされていない完全な SDU

1 次のフィールドは,長さインジケータと E

ビット





5(1) 「9.2.2.8 Length Indicator (LI)
Unless the "Extension bit" indicates that a UMD PDU contains a complete SDU

which is not segmented, concatenated or padded, a "Length Indicator" is used

to indicate the last octet of each RLC SDU ending within the PDU.」



(訳文)

「9.2.2.8 長さインジケータ(LI)

「エクステンションビット」が,UMD PDU が分割,連結,パディングのいずれもな

されていない完全な SDU を含むことを示していなければ,「長さインジケータ」は,

PDU の中のそれぞれの RLC SDU が終わる最後のオクテットを示すものとして用いられ

る。」



(2) 「In the case where the "alternative E-bit interpretation" is configured for UM

RLC and an RLC PDU contains a segment of an SDU but neither the first octet nor

the last octet of this SDU:

-if a 7-bit "Length Indicator" is used:

-the "Length Indicator" with value "111 1110" shall be used.

-if a 15-bit "Length Indicator" is used:
- the "Length Indicator" with value "111 1111 1111 1110" shall be used.」



(訳文)

「UM RLC のための「代替的Eビット解釈」が設定され,かつ,RLC PDU が SDU のセグメ

ントを含むが SDU の最初のオクテットも最後のオクテットも含まない場合であって,

−7ビットの「長さインジケータ」が用いられるときには,値「111 1110」を持つ「長

さインジケータ」を用い,

−15ビットの「長さインジケータ」が用いられるときには, 「111 1111 1111 1110」


を持つ「長さインジケータ」を用いる。」
(別紙)本件明細書図面

【図1】
【図2C】




【図3】




【図4】
【図5A】 【図5B】




【図6A】




【図6B】
(別紙)引用例の図面

甲3の【図1】




甲3の【図2】
甲3の【図3】 甲3の【図4】




甲3の【図7】 甲3の【図8】
甲3の【図9】 甲39の【図5】




甲4の図2




甲4の図3