審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成25行ケ10079審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10071審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10207審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10215審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25行ケ10191審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
25年
(行ケ)
10088号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2014/04/24 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成26年4月24日判決言渡 平成25年(行ケ)第10088号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成26年3月13日 判 決 原 告 ユニティー オプト テクノロジー カンパニー リミテッド 訴訟代理人弁護士 升 永 英 俊 訴訟代理人弁理士 佐 藤 睦 被 告 日亜化学工業株式会社 訴訟代理人弁護士 阿 部 隆 徳 同 吉 川 景 司 訴訟代理人弁理士 鮫 島 睦 同 言 上 惠 一 同 田 村 啓 同 中 野 晴 夫 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30 日と定める。 事 実 及 び 理 由 第1 請求 特許庁が無効2011−800257号事件について平成24年11月27日に した審決を取り消す。 第2 前提となる事実 1 特許庁における手続の経緯 1 被告は,発明の名称を「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」とする特許 発明に係る特許(特許第2751963号。平成5年5月7日出願(国内優先権主 張 平成4年6月10日(以下「優先日」という。,平成4年11月4日) ) ,平成1 0年2月27日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である(甲11)。 原告は,平成23年12月16日,本件特許の請求項1ないし4に係る各発明に ついての特許を無効にすることを求めて,審判(無効2011−800257号事 件)を請求し,被告は,平成24年6月27日,訂正請求(以下「本件訂正」とい い,同訂正後の本件特許に係る明細書を「本件明細書」という。)を行い(乙2), 特許庁は,同年11月27日, 「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」 との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は同年12月6日,原告に送達さ れた。 2 特許請求の範囲 本件訂正により請求項3が削除され,請求項4が請求項3とされた。本件訂正後 の本件特許に係る特許請求の範囲は以下のとおりである(以下,本件訂正後の請求 項1ないし3に係る発明を「本件発明1」ないし「本件発明3」という。。 )(乙2) 「【請求項1】基板上に,有機金属気相成長法により,次に成長させる窒化ガリウ ム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して,バッファ層よりも高温で原料ガ スのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に, 前記キャリアガスを窒素に切替え,原料ガスとして,ガリウム源のガスと,イン ジウム源のガスと,窒素源のガスとを用い,同じく有機金属気相成長法により,6 00℃より高く,900℃以下の成長温度で,インジウム源のガスのインジウムの モル比を,ガリウム1に対し,1.0以上に調整して,窒化インジウムガリウム半 導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。 【請求項2】前記有機金属気相成長法において,原料ガスを前記基板に押圧する ガスを流すと共に, 前記押圧するガスとして前記窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみ 2 を用いることを特徴とする請求項1に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長 方法。 【請求項3】前記窒化インジウムガリウム半導体のX線ロッキングカーブの半値 幅が8分以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の窒化インジウムガ リウム半導体の成長方法。」 3 審決の理由 (1) 審決は,優先日前に頒布された特開平3−203388号公報(以下「甲1 文献」という。)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)の内容並びに本件 発明1と甲1発明との一致点及び相違点として,以下のとおり認定した。 ア 甲1発明の内容 「キャリアガスとして,H2またはN2を用い,III 族の原料ガスとして,TMA (トリメチルアルミニウム),TMG(トリメチルガリウム),TMI(トリメチル インジウム)を用い,該原料ガスの流量は,TMAは10cc/min,TMGは 5cc/min,TMIは20cc/minとし,V族の原料ガスとして,NH3 を用いて結晶成長を行う有機金属気相成長法であって, サファイア基板をNH3 雰囲気中で1000℃まで昇温して,10分間熱処理を 施し,サファイア基板の表面を薄いAlN膜で覆い, その後,サファイア基板の温度を950℃に下げ,AlN層から徐々に組成を変 えてGaN層にしていくことにより,バッファ層としてのAlN/GaN歪超格子 層を形成し, 次に,サファイア基板の温度を800℃まで下げ,該バッファ層の表面に,n型 のGax In1−X N層及びp型のGax In1−XN層からなるpn接合構造を形成す ることを含む,半導体発光素子の製造方法。」 イ 一致点 「キャリアガスとして,水素または窒素を用い, 基板上に,有機金属気相成長法により,バッファ層を介して成長させた窒化ガリ 3 ウム層の上に, 原料ガスとして,ガリウム源のガスと,インジウム源のガスと,窒素源のガスと を用い,同じく有機金属気相成長法により,600℃より高く,900℃以下の成 長温度で,インジウム源のガスのインジウムのモル比を,ガリウム1に対し,1. 0以上に調整して,窒化インジウムガリウム半導体を成長させる窒化インジウムガ リウム半導体の成長方法。」である点。 ウ 相違点 (ア) 相違点1 本件発明1は,キャリアガスとして水素を用いて「窒化ガリウム層」を成長させ, その後,キャリアガスを切替えて,キャリアガスとして窒素を用いて「窒化インジ ウムガリウム半導体」を成長させるのに対して,甲1発明は,キャリアガスとして 水素または窒素を用いるものの, 「窒化ガリウム層」成長時と「窒化インジウムガリ ウム半導体」成長時とで,それぞれキャリアガスとして水素または窒素のどちらを 用いるのか不明である点。 (イ) 相違点2 本件発明1は, 「窒化ガリウム層」が「バッファ層」より高温で成長するのに対し て,甲1発明の「バッファ層」 (AlN/GaN歪超格子層の,AlN層から徐々に 組成が変わっていく部分)及び「窒化ガリウム層」 (AlN/GaN歪超格子層のG aN層となった部分)は,同じ温度950℃で成長している点。 (2) 審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その要旨は以下のと おりである。 ア 本件訂正は適法な訂正である。 イ 甲1発明及び周知技術に基づいて相違点1に係る構成に至るのが,当業者に とって容易であったとはいえない。したがって,相違点2について検討するまでも なく,本件発明1は甲1発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明すること ができたものとは認められない。 4 ウ 本件発明2及び3は,本件発明1の特定事項を全て含むものであるから,本 件発明2及び3も,甲1発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明すること ができたものとはいえない。 第3 取消事由に関する当事者の主張 1 原告の主張 審決には,以下のとおり,相違点1についての容易想到性の判断に誤りがある。 (1) 容易想到性の判断 ア 一定の課題を解決するために,公知の複数の選択肢の中から最適選択肢を選 択することは,当業者が容易になし得るものである。以下のとおり,本件発明1の 相違点1に係る構成は,公知の複数の選択肢の中から最適選択肢を選択したもので ある。したがって,当業者は,本件発明1の相違点1に係る構成に,容易に想到し 得る。 イ(ア) 甲1文献の3頁右上欄6行目ないし8行目には,「キャリアガス20とし て,H2またはN2を用い」との記載がある。 甲1文献の第1図では,「2AlN層(バッファ層)」が「1サファイア基板」の 上に積層されており,2頁右下欄下から5行目ないし末行にはバッファ層はAlz Ga1−zN層(0≦z≦1)でもよい旨の記載があることから,サファイア基板の 上に蓄積されている第1図のバッファ層(層2)は,GaN層(AlzGa1−zN層 のzを0としたもの)でもよいと理解される。 また,甲1文献の第1図では,2AlN層(バッファ層)の上に3n−Gax I n1−XN層が積層され,その上に4p−GaxIn1−XN層が積層されており,2頁 左下欄10行目ないし13行目には,Gax In1−XN層のxは(0≦x≦1)であ るとの記載があり,層3及び4はx=0.5のときいずれもGaInN層となる。 当業者は,第1文献の第1図の層2をGaN層,層3をGalnN層と理解し, 甲1文献の3頁右上欄6行目ないし8行目の上記記載を閲覧すれば,層1(サファ イア基板)の上にキャリアガス(H2又はN2)を用いてGaとNの2つの材料を積 5 層させてGaN層(層2)を形成し得,その上に,キャリアガス(H2又はN2)を 用いてGa,In,Nの3つの材料を積層させてGaInN層(層3)を形成し得 ると理解する。 (イ) このように,当業者が,GaN層(層2)とGaInN層(層3)の形成の ためのキャリアガスの選択肢としてH2とN2の2つがあることを知れば,@GaN 層(層2)の形成の最適化のために,キャリアガスとしてH2 を選択して,GaN 層(層2)を形成し,さらに,AGaInN層(層3)の形成の最適化のために, キャリアガスとしてN2 を選択して,上記GaN層の上にGaInN層(層3)を 形成することは,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内の行為であって,容易に 想到し得る。 すなわち,当業者は,まずGaN層(層2)の形成のために,キャリアガスとし てH2とN2の2つの選択肢の双方をテストして,GaN層(層2)の形成に最適と 評価する1つを選択し,H2を用いることに容易に想到し得る。同様に,当業者は, GaInN層(層3)の形成のために,キャリアガスとしてH2とN2の2つの選択 肢の双方をテストして,N2を使用することに容易に想到し得る。 ウ また,有機金属気相成長法のもとでの発光素子のGaInN層の形成に際し, キャリアガスとしてN2 を用いることは,優先日当時,当業者間で周知であった。 したがって,当業者がGaInN層の形成に際してキャリアガスとしてN2 を用い ることは容易であった。 (2) 審決の判断に対して 審決は,キャリアガスを切り替えれば,製造工程が複雑になることは自明である から,切り替えを採用するには相応の動機が必要であると判断する。しかし,審決 の同判断には誤りがある。 当業者は,テストを行わない限り,GaN層(層2)を形成するために最適なキ ャリアガスと,GaInN層(層3)を形成するために最適なキャリアガスが同一 であるとは判断できないのであり,テストを行えば,その結果から,GaN層(層 6 2)の形成のためにキャリアガスとしてH2を用いること,GaInN層(層3) の形成のためにキャリアガスとしてN2を用いることに,必ず想到する。 (3) 被告の主張に対して 被告は,結晶成長工程の途中で,キャリアガスをH2からN2に切り替えることの 記載も示唆もない甲1文献から,本件発明1の相違点1に係る構成に至るのは,容 易でないと主張する。 しかし,被告の主張は失当である。 本件発明1は,結晶成長行程の途中」 「 でキャリアガスを切り替える発明ではない。 本件発明1は,異なる2つの層を,異なる2つのキャリアガス(及び原料ガス)を 用いて別々に成長させる発明にすぎない。そして,このように,異なる2つの層を 成長させる過程で,それぞれの層の成長において適切なキャリアガスを選択するこ とは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない。 本件発明1では,GaNを成長させる原料ガスからGaInNを成長させる原料 ガスに切り替えるのであるから,原料ガスの切り替えとともにキャリアガスを切り 替えることも行われる。 2 被告の反論 以下のとおり,当業者が本件発明1の相違点1に係る構成に至るのは容易ではな い。 (1) 容易想到性の判断 本件発明1は,GaNの成長時には原料ガスのキャリアガスにH2 を用い,Ga InNを成長させる際にはキャリアガスをN2 に切り替えることにより,下地とな るGaNの結晶性を極めて良好に保ちながら,同時に,GaInNの成長時におけ るGaInN中のInNの分解を抑制し,それによって青色発光ダイオード等の発 光デバイスを実現可能とする,高品質のGaInNの成長に初めて成功したもので ある。 甲1文献には,結晶成長工程全体を通じて単一のキャリアガス(H2又はN2)を 7 用いることが記載されているにすぎず,結晶成長工程の途中でキャリアガスをH2 からN2 に切り替えることについて記載も示唆もない。また,甲1発明の解決課題 は,サファイア基板上に直接GaInNを成長させた場合のGaInN層の結晶性 の悪さを改善し,高品質のpn接合構造を形成することであり,本件発明1とは, 解決課題が異なる。 また,優先日当時,当業者に,結晶成長工程の途中で,キャリアガスを切り替え るという発想はなかった。 したがって,甲1文献から,結晶成長工程の途中でキャリアガスをH2からN2に 切り替えるとの,本件発明1の相違点1に係る構成に至るのは,当業者にとって容 易とはいえない。 (2) 原告の主張に対して 原告は,相違点1に係る構成は,一定の課題を解決するために,公知の複数の選 択肢の中から最適選択肢を選択するものであるから,当業者が容易になし得ると主 張する。 しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。 確かに課題解決するために公知選択肢の中から最適選択肢を選択するだけの手段 を付加するものであれば,容易想到であるともいえるが,当該発明の相違点に係る 構成が,技術を適用するに当たり当然に考慮すべき事項ではない場合,又は,当該 発明の相違点に格別の技術的意義や作用・機能がある場合は,容易想到であるとす ることはできない。 本件発明1は,従来は,結晶成長工程の全体を通して同じキャリアガスが用いら れていたのに対し,結晶成長工程の途中でキャリアガスをH2からN2に切り替える ことで高品質なGaInNの結晶を得ることができる点において,格別の技術的意 義や作用がある。したがって,相違点1に係る構成は,格別の技術的意義や作用・ 機能がある構成に当たる。 また,キャリアガスとしてH2を用いた場合は,N2を用いた場合と比較して,純 8 度が高い,自然対流が起きにくい,成長速度が大きいとのメリットがあった。その ため,当業者は,成長させる層の種類が異なるとしても,結晶成長工程全体を通し てキャリアガスとしてH2 を用い続けるのが常識的であった。したがって,相違点 1に係る構成は,技術の具体的適用に伴い当然に考慮すべき事項ではなかった。 よって,本件発明1は, 「一定の課題を解決するために公知選択肢の中から最適選 択肢を選択するもの」には該当しない。 第4 当裁判所の判断 当裁判所は,原告主張の取消事由に理由はないと判断する。その理由は,以下の とおりである。 1 認定事実 (1) 本件明細書の記載 本件明細書には,以下の記載がある(甲11,乙2)。 「【0001】 【産業上の利用分野】本発明は青色発光ダイオード,青色レーザーダイオード等 に使用される窒化インジウムガリウム半導体の成長方法に関する。 【0002】 【従来の技術】青色ダイオード,青色レーザーダイオード等に使用される実用的 な半導体材料として窒化ガリウム(GaN,以下GaNと記す。,窒化インジウム ) ガリウム(InXGa1−XN,0<X<1,以下InGaNと記す。,窒化ガリウム ) アルミニウム(AlYGa1−YN,0<Y<1,以下AlGaNと記す。)等の窒化 ガリウム系化合物半導体が注目されており,その中でもInGaNはバンドギャッ プが2eV〜3.4eVまであるため非常に有望視されている。 【0003】従来,有機金属気相成長法(以下MOCVD法という。)によりIn GaNを成長させる場合,成長温度500℃〜600℃の低温で,サファイア基板 上に成長されていた。・・・ 【0004】 9 【発明が解決しようとする課題】このような条件の下で成長されたInGaNの 結晶性は非常に悪く,例えば室温でフォトルミネッセンス測定を行っても,バンド 間発光はほとんど見られず,深い準位からの発光がわずかに観測されるのみであり, 青色発光が観測されたことはなかった。しかも,X線回折でInGaNのピークを 検出しようとしてもほとんどピークは検出されず,その結晶性は,単結晶というよ りも,アモルファス状結晶に近いのが実状であった。 【0005】青色発光ダイオード,青色レーザーダイオード等の青色発光デバイ スを実現するためには,高品質で,かつ優れた結晶性を有するInGaNの実現が 強く望まれている。よって,本発明はこの問題を解決するべくなされたものであり, その目的とするところは,高品質で結晶性に優れたInGaNの成長方法を提供す るものである。 【0006】 【課題を解決するための手段】我々は,InGaNをMOCVD法で成長するに あたり,従来のようにサファイア基板の上に成長させず,次に成長させるGaN層 よりも低温で成長させるバッファ層を介して,バッファ層よりも高温で成長させた 該GaN層の上に成長させることによりその結晶性が格段に向上することを新規に 見出した。 【0007】即ち,本発明の成長方法は,基板上に,有機金属気相成長法により, 次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して,バッ ファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化 ガリウム層の上に,前記キャリアガスを窒素に切替え,原料ガスとして,ガリウム 源のガスと,インジウム源のガスと,窒素源のガスとを用い,同じく有機金属気相 成長法により,600℃より高く,900℃以下の成長温度で,インジウム源のガ スのインジウムのモル比を,ガリウム1に対し,1.0以上に調整して,窒化イン ジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする。」 「【0009】原料ガスを供給しながらInGaN成長中,インジウム源のガスの 10 インジウムのモル比は,ガリウム1に対し,0.1以上に調整することを特徴とす る。さらに好ましくは1.0以上に調整する。インジウムのモル比が0.1より少 ないと,InGaNの混晶が得にくく,また結晶性が悪くなる傾向にある。なぜな ら,例えば600℃より高い温度でInGaNを成長させた場合,多少なりともI nNの分解が発生する。従ってInNがGaN結晶中に入りにくくなるため,好ま しくその分解分よりもインジウムを多く供給することによって,InNをGaNの 結晶中に入れることができる。・・・ 【0010】また,原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いることを特徴とす る。窒素をキャリアガスに用いることにより,成長中にInGaN中のInNが分 解して結晶格子中から出ていくのを抑制することができる。 【0011】InGaNの成長温度は600℃より高い温度が好ましく,さらに 好ましくは700℃以上,900℃以下の範囲に調整する。600℃以下であると GaNの結晶が成長しにくいため,結晶性のよいInGaNの結晶ができにくくな る傾向にある。また,900℃より高い温度であるとInNが分解しやすくなるた め,InGaNがGaNになりやすい傾向にある。」 「【0013】 【作用】最も好ましい本発明の成長方法によると,原料ガスのキャリアガスを窒 素として,600℃より高い成長温度において,InGaNの分解を抑制すること ができ,またInNが多少分解しても,原料ガス中のインジウムを多く供給するこ とにより高品質なInGaNを得ることができる。 【0014】さらに,従来ではサファイア基板の上にInGaN層を成長させて いたが,サファイアとInGaNとでは格子定数不整がおよそ15%以上もあるた め,得られた結晶の結晶性が悪くなると考えられる。一方,本発明ではGaN層の 上に成長させることにより,その格子定数不整を5%以下と小さくすることができ るため,結晶性に優れたInGaNを形成することができる。図2は本発明の一実 施例により得られたInGaNのフォトルミネッセンスのスペクトルであるが,そ 11 れを顕著に表している。従来法では,InGaNのフォトルミネッセンスの青色の スペクトルは全く測定できなかったが,本発明では明らかに結晶性が向上している ために450nmの青色領域に発光ピークが現れている。」 「【0028】 【発明の効果】本発明の成長方法によると従来では不可能であったInGaN層 の単結晶を成長させることができる。また,GaN層を成長させる前にサファイア 基板上に低温でバッファ層を成長させることにより,その上に成長させるGaN層 の結晶性がさらに向上するため,InGaNの結晶性もよくすることができる。 【0029】このように本発明の成長方法は,将来開発される青色発光デバイス に積層される半導体材料をダブルへテロ構造にできるため,青色レーザーダイオー ドが実現可能となり,その産業上の利用価値は大きい。」 (2) 甲1文献の記載 甲1文献には,以下の記載がある。また,第1図は別紙甲1文献第1図のとおり である。(甲1) 「2.特許請求の範囲 ・・・ (3) キャリアガスとして,H2またはN2を用い,V族の原料ガスとして,有 機In化合物,有機Al化合物,有機Ga化合物を用い,V族の原料ガスとして, NH3を用いて結晶成長を行う有機金属気相成長法であって, 基板を昇温する際,NH3雰囲気中で行い,前記基板の表面を窒化処理した後に, この窒化処理した基板の表面に,バッファ層としてAlN層およびAlN/GaN 歪超格子層および AlzGa1−zN層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層を成長させる工程と, この表面にGaxIn1−xN層(0≦x≦1)のpn接合構造を形成する工程とを 含む半導体発光素子の製造方法。(1頁左欄4行目〜右欄7行目) 」 「〔産業上の利用分野〕 12 この発明は,高性能な可視光を発光する半導体発光素子およびその製造方法に関 するものである。(1頁右欄9行目〜11行目) 」 「〔発明が解決しようとする課題〕 しかしながら,このように,サファイア基板1上に,n−GaInN層41の結 晶を直接エピタキシャル成長させると,サファイア基板1とn−GaInN層41 との格子定数や熱膨張係数の整合性が悪くなる。すなわちサファイア基板1とn− GaInN層41との界面の結晶性が悪くなり,この界面の膜内で窒素(N)が不 足する。またサファイア基板1とn−GaInN層41との界面には,サファイア 基板1を構成する酸素と,n−GaInN層41を構成するInやGaとが結合す ることにより,高温で不安定なIn−OやGa−Oが生成される。その結果,良質 な結晶性を有するn−GaInN層41を得ることができない。このように,n− GaInN層41の結晶性が悪化することにより,その表面に形成されるI−Ga InN層42は,いくらp型ドーパントであるZn(亜鉛)をドープしても,p型 とはならず,I層となり,高品質なpn接合構造を形成するのが困難という問題が あった。 ・・・ この発明の目的は,発光領域に高品質のpn接合を形成し,直接遷移を利用した 高効率の半導体発光素子およびその製造方法を提供するものである。(2頁左上欄 」 16行目〜左下欄8行目) 「〔課題を解決するための手段〕 ・・・ 請求項(3)記載の半導体発光素子の製造方法は,キャリアガスとしてH2 また はN2 を用い,V族の原料ガスとして有機In化合物,有機Al化合物,有機Ga 化合物を用い,X族の原料ガスとして,NH3 を用いて結晶成長を行う有機金属気 相成長法であって, 基板を昇温する際,NH3雰囲気中で行い,前記基板の表面を窒化処理した後に, 13 この窒化処理した基板の表面に,バッファ層としてAlN層およびAlN/GaN 歪超格子層およびAlzGa1−zN層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層を成長 させる工程と, この表面にGaxIn1−xN層(0≦x≦1)のpn接合構造を形成する工程とを 含むものである。(2頁左下欄9行目〜右下欄14行目) 」 「〔実施例〕 第1図はこの発明の一実施例の半導体発光素子を示す構造図である。 第1図に示すように,サファイア基板1と,このサファイア基板1上にバッファ 層として形成したAlN層2と,このAlN層2上に形成したn−Gax In1−x N層3(0≦x≦1)およびp−GaxIn1−xN層4(0≦x≦1)からなるpn 接合構造と,この表面に形成したAlの電極5,6とを備えたものである。 なおバッファ層として,AlN層2を形成したが,AlN/GaN歪超格子層ま たはAlzGa1−zN層(0≦z≦1)を形成しても良い。 このように構成された半導体発光素子Xは,波長420nmの青色で発光する(A 方向)。 第2図はこの発明の一実施例のために用いられる有機金属気相(MOVPE)装 置を示す概念図である。 第2図に示すように,有機金属気相(MOVPE)装置Yは,キャリアガス20 として,H2またはN2を用い,原料ガスとして,V族にはTMA(トリメチルアル ミニウム)10,TMG(トリメチルガリウム)11,TMI(トリメチルインジ ウム)12を用い,V族にはNH3を用いた。またp型ドーパントには,Cp2Mg (シンクロペンタジエニルマグネシウム)13を用い,n型ドーパントには,H2 Se(セレン化水素)15を用いた。(3頁左上欄8行目〜右上欄15行目) 」 「〔発明の効果〕 この発明の半導体発光素子およびその製造方法によれば,窒化処理された基板上 に,バッファ層として,AlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAlz G 14 a1−zN層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層を形成した後に,この表面にG axIn1−xN層(0≦x≦1)を形成することによって,窒素を充分に含む高品質, かつ結晶性の良いGaxIn1−xN層を形成することができ,pn接合構造を容易に 形成することができる。その結果,従来の技術では得られなかった短波長の波長を 有する半導体発光素子を再現性良く得ることができ,直接遷移を利用した高効率の 青色の半導体発光素子を得ることができる。さらに歩留まりを向上させ,かつコス トを低減することができる。 また上記バッファ層の形成は,青色の半導体発光素子だけ限らず,緑色および黄 色の半導体発光素子の通用も可能であり,半導体発光素子(可視光ダイオード)へ の応用は,極めて広く,その効果は大きい。 (4頁右下欄11行目〜5頁左上欄1 」 1行目) 2 容易想到性の判断 (1) 本件発明1の解決課題等 本件発明1に係る特許請求の範囲及び上記の本件明細書の記載によると,本件発 明1は,青色発光ダイオード,青色レーザーダイオード等に使用される窒化インジ ウムガリウム半導体の成長方法における発明であり,従来,有機金属気相成長法(M OCVD法)によりInGaNを成長させる場合,500〜600℃の低温で,サ ファイア基板上に成長させていたが,このような条件の下で成長させたInGaN は結晶性が悪いことから,高品質で,かつ優れた結晶性を有するInGaNを生成 することを解決課題としたものである(段落【0003】ないし【0005】。 ) 本件発明1では,上記課題を解決するために,InGaNを有機金属気相成長法 で成長させるにあたり,基板上に,次に成長させるGaN層よりも低温で成長させ るバッファ層を介して,バッファ層よりも高温で,原料ガスのキャリアガスとして H2を用いてGaN層を成長させ,その後,キャリアガスをN2に切り替えて,当該 GaN層の上に,原料ガスとしてガリウム源のガスと,インジウム源のガスと,窒 素源のガスとを用い,600℃より高く,900℃以下の成長温度で,インジウム 15 源のガスのインジウムのモル比を,ガリウム1に対し1.0以上に調整して,In GaNを成長させるとの課題解決手段を採用した。すなわち,本件発明1では,6 00℃以下だとGaNの結晶が成長しにくいため,結晶性のよいInGaNができ にくくなる傾向にあり,また,900℃より高い温度だとInNが分解しやすくな るため,InGaNがGaNになりやすい傾向にあることから,600℃より高く, 900℃以下の成長温度とし(段落【0011】, ) インジウムのモル比が少ないと, InGaNの混晶が得にくく,また結晶性が悪くなる傾向にあるため,インジウム 源のガスのインジウムのモル比を,ガリウム1に対し1.0以上に調整して,In NをGaNの結晶中に入れることができるようにし(段落【0009】,600℃ ) より高い温度でInGaNを成長させた場合,多少なりともInNの分解が発生す るが,N2 をキャリアガスに用いることにより,600℃より高い成長温度におい て,InGaNの成長中にInGaN中のInNが分解して結晶格子中から出てい くのを抑制し(段落【0009】【0010】【0013】,InGaN層をGaN ) 層の上に成長させることにより,その格子定数不整を5%以下と小さくすることが できるようにした(段落【0014】)ものである。 本件発明1の構成を採用したことにより,従来では不可能であったInGaN層 の単結晶を成長させることができ,また,GaN層を成長させる前にサファイア基 板上に低温でバッファ層を成長させることにより,その上に成長させるGaN層の 結晶性がさらに向上するため,InGaNの結晶性もよくすることができるとの効 果を奏する(段落【0028】。 ) (2) 甲1発明の解決課題等 前記の甲1文献の記載によると,甲1発明は,高性能な可視光を発光する半導体 発光素子の製造方法に関する発明であり,従来技術のように,サファイア基板上に n−GaInN層の結晶を直接エピタキシャル成長させると,サファイア基板とn −GaInN層との格子定数や熱膨張係数の整合性が悪くなり,良質な結晶性を有 するn−GaInN層を得ることができないとの問題があったことから,発光領域 16 に高品質のpn接合を形成し,直接遷移を利用した高効率の半導体発光素子の製造 方法を提供することを解決課題とした発明である。甲1発明は,この課題を解決す るために,窒化処理された基板上に,バッファ層として,AlN層,AlN/Ga N歪超格子層及びAlzGa1−zN層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層を形成 し,その表面にGaxIn1−xN層(0≦x≦1)を形成するとの構成を採用したも のである。そして,AlzGa1−zN層(0≦z≦1)は,z=0とするとGaN層 となる。 甲1文献には,有機金属気相成長法により,基板の表面に上記GaN層,その表 面にGaxIn1−xN層(0≦x≦1)を形成するに当たり,キャリアガスとしてH 2 又はN2を用いることが開示されている。 (3) 容易想到性の判断 前記のとおり,本件発明1は,サファイア基板の上にInGaNを成長させるこ とによるInGaNの結晶性の悪さ等の問題を解決するため,高品質で,かつ優れ た結晶性を有するInGaNを生成することを解決課題とし,有機金属気相成長法 において,キャリアガスとしてH2 を用いてGaN層を成長させ,キャリアガスを N2 に切り替えて,当該GaN層の上にInGaN層を成長させるとの構成を採用 したものである。これに対し,甲1発明は,サファイア基板上にn−GaInN層 の結晶を直接成長させると,良質な結晶性を有するn−GaInN層を得ることが できないとの問題を解決するため,発光領域に高品質のpn接合を形成し,直接遷 移を利用した高効率の半導体発光素子の製造方法を提供することを解決課題とした 発明であり,その解決課題は本件発明1の解決課題と共通する点がある。 しかし,甲1文献には,キャリアガスとしてH2又はN2を用いることは開示され ているものの,AlzGa1−zN層(0≦z≦1) (GaN層)の形成時とGaxIn 1−x N層(0≦x≦1)の形成時とで,キャリアガスを切り替えることについての 記載も示唆もない。また,有機金属気相成長法によって連続して異なる組成による 層を形成するに当たり,形成させる層に応じてキャリアガスを切り替えることと, 17 全ての層の形成を同じキャリアガスを用いて行うこととは技術思想が異なると解さ れるところ,優先日当時,有機金属気相成長法によって連続して異なる組成による 層を形成するに当たり,形成させる層に応じてキャリアガスを切り替えるとの公知 技術や周知技術があったと認めるに足りる証拠はない。したがって,優先日当時, 形成させる層に応じてキャリアガスを切り替えるとの技術思想はなかったものと認 められる。 そうすると,甲1文献に接した当業者は,Alz Ga1−zN層(0≦z≦1)(G aN層)形成時とGaxIn1−xN層(0≦x≦1)形成時を通して,キャリアガス としてH2 又はN2 のどちらか一方を用いることができると理解するものと認めら れ,GaN層の形成時とGaInN層の形成時とでキャリアガスを切り替えるとの 構成に容易に想到し得るとは認められない。したがって,当業者が,甲1文献の記 載から,本件発明1の相違点1に係る構成に容易に想到し得るとはいえない。 (4) 原告の主張に対して 原告は,一定の課題を解決するために,公知の複数の選択肢の中から最適選択肢 を選択することは,当業者が容易になし得るものであり,本件発明1の相違点1に 係る構成は,公知の複数の選択肢の中から最適選択肢を選択したものであるから, 当業者は,本件発明1の相違点1に係る構成に,容易に想到し得ると主張する。 しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。 すなわち,前記のとおり,甲1文献には,Alz Ga1−zN層(0≦z≦1)(G aN層)の形成時とGaxIn1−xN層(0≦x≦1)の形成時とで,キャリアガス を切り替えることについての記載も示唆もなく,また,優先日当時,有機金属気相 成長法によって連続して異なる組成による層を形成するに当たり,形成させる層に 応じてキャリアガスを切り替えるとの公知技術や周知技術があったと認めるに足り る証拠はない以上,相違点1に係る構成を採用することは,単に公知の複数の選択 肢の中から最適選択肢を選択することとはいえない。原告の主張は採用の限りでな い。 18 また,原告は,有機金属気相成長法での発光素子のGaInN層の形成に際し, キャリアガスとしてN2 を用いることは,優先日当時,当業者間で周知であり,G aInN層の形成に際してキャリアガスとしてN2 を用いることは容易であったと 主張する。 しかし,原告のこの主張も失当である。 すなわち,「Photoluminescence of InGaN films grown at high temperature by metalorganic vapor phase epitaxy」と題する論文(甲13)や特開平4−209 577号公報(甲8)には,有機金属気相成長法において,GaInN層の形成に 際し,キャリアガスとしてN2 を用いることは記載されているものの,同文献等か ら,GaN層を形成する際にキャリアガスとしてH2 を用いること,及びGaIn N層の形成に当たり,キャリアガスを切り替えることについての記載及び示唆はな く,相違点1に係る構成について,当業者が容易になし得ると認めることは到底で きない。 (5) 以上のとおり,本件発明1は,当業者が容易に想到し得るものではない。本 件発明2及び3は,本件発明1の相違点1に係る構成を有するものであるから,同 様に,本件発明2及び3も,当業者が容易に想到し得るものではない。 3 結論 上記のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がない。その他,原告は縷々 主張するが,いずれも理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主 文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第1部 裁判長裁判官 19 飯 村 敏 明 裁判官 八 木 貴 美 子 裁判官 小 田 真 治 20 別紙 甲1文献 21 |