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関連審決 異議2000-74072
関連ワード 同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  技術的手段 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  数値限定 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 295号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社豊田自動織機
訴訟代理人弁護士 永島孝明
同 伊藤晴國
同 山本光太郎
訴訟代理人弁理士 中村敬
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 亀井孝志
同 西野健二
同 高木進
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求める裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2000-74072号事件について平成14年4月18日にした決定中,「特許第3039762号の請求項1に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「往復動型圧縮機」とする特許第3039762号の特許(平成7年3月7日出願(以下「本件出願」という。),平成12年3月3日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。
本件特許について,特許異議の申立てがなされ,その申立ては,異議2000-74072号事件として審理された。原告は,その過程で,本件出願の願書に添付した明細書の訂正を請求した(以下「本件訂正」といい,訂正後の明細書及び図面を「本件明細書」という。)。特許庁は,平成14年4月18日に,「訂正を認める。特許第3039762号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年5月13日にその謄本を原告に送達した。
2 本件訂正後の特許請求の範囲 「【請求項1】軸と平行に設けられた複数個のシリンダボアをもつシリンダブロックと,該シリンダブロック内に回転自在に保持された駆動軸と,該駆動軸に支持され該シリンダブロック内で回転するカムと,該シリンダボア内に摺動自在に収容されたピストンと,該ピストンと該カムとの間に摺動自在に介在し該カムの回転により該ピストンを往復運動させるカムフォロワとを備えた往復動型圧縮機において, 使用冷媒ガスをR134a(CF3CH 2F)とし,前記ピストンは,アルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,前記カムフォロワは半球部を有するシューであって鉄系金属を母材とし,該カムフォロワと摺接する,ピストン側の嵌合部には錫を主体としたメッキ層から成る厚さが1〜5μmの表面被覆層をもつことを特徴とする往復動型圧縮機。」(以下「本件発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,実願昭55-118934号(実開昭57-43366号)のマイクロフィルム(以下,決定と同じく「刊行物1」という。),特開平5-26154号公報(以下,決定と同じく「刊行物2」という。),特開平3-141876号公報(以下,決定と同じく「刊行物3」という。),実願平3-415号(実開平4-93773号公報)のマイクロフィルム(以下,決定と同じく「刊行物4」という。)及び特開昭60-13991号公報(以下,決定と同じく「刊行物5」という。)記載の各発明(以下,順に「引用発明1」,・・・「引用発明5」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,とするものである。
決定が上記結論を導くに当たり認定した本件発明と引用発明1との一致点・相違点は,次のとおりである。
(1) 一致点 軸と平行に設けられた複数個のシリンダボアをもつシリンダブロックと,該シリンダブロック内に回転自在に保持された駆動軸と,該駆動軸に支持され該シリンダブロック内で回転するカムと,該シリンダボア内に摺動自在に収容されたピストンと,該ピストンと該カムとの間に摺動自在に介在し該カムの回転により該ピストンを往復運動させるカムフォロワとを備えた往復動型圧縮機において,前記ピストンは,アルミニウム合金とし,前記カムフォロワは半球部を有するシューであって,該カムフォロワと摺接する,ピストン側の嵌合部には耐焼付き性を向上させる被覆層をもつ往復動型圧縮機,である点 (2) 相違点 (イ) 本件発明では,使用冷媒ガスをR134a(CF3CH 2F)とするのに対し,引用発明1では,その点が明らかでない点(以下「相違点(イ)」という。) (ロ) 本件発明では,前記ピストンは,アルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,前記カムフォロワは鉄系金属を母材とし,該カムフォロワと摺接する,ピストン側の嵌合部には錫を主体としたメッキ層から成る厚さが1〜5μmの表面被覆層をもつのに対し,引用発明1では,前記ピストンは,アルミニウム合金とし,前記カムフォロワは斜板の材料である鉄系金属となじまない材料であるアルミニウム,銅,鉛,これらの合金などの材料とし,該カムフォロワと摺接する,ピストン側の嵌合部には耐焼付き性を向上させる被覆層をもつ点(以下「相違点(ロ)」という。)
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,本件発明と引用発明1との一致点の認定を誤って相違点を看過し(取消事由1),本件発明と引用発明1との相違点(イ),(ロ)の判断を誤る(取消事由2及び3)とともに,本件発明の顕著な効果を看過した(取消事由4)ものであり,これらはそれぞれ決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきものである。 1 取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)について 決定が本件発明と引用発明1との一致点として,「ピストン側の嵌合部には耐焼付き性を向上させる被覆層をもつ往復動型圧縮機」(決定書12頁1行〜2行)と認定したのは誤りであり,両者は「ピストン側の嵌合部に被覆層をもつ往復動型圧縮機」という点において一致するにとどまるのである。
本件発明においては,カムフォロワ(シュー)が鉄系金属,ピストンはアルミ系金属からなっているのであり,その間には「ともがね」現象による焼付きの問題はない。本件発明の表面被覆層は,そのような「ともがね」現象による焼付きの問題のない摺動関係を前提としつつ,その間の摺動抵抗を低減させるため設けられたものである。
これに対し,引用発明1においては,ピストンとシューがいずれもアルミ系金属からなり,その間には「ともがね」現象から生じる焼付きを防止する必要が生じる。そのために,ピストンやシューとはなじまない鉄系金属からなる被覆層を設けているのである。
以上のとおり,本件発明の被覆層と引用発明1の被覆層は,全く異なるものであり,決定はこの相違点を看過している。
2 取消事由2(相違点(イ)についての判断の誤り) 決定は,「・・・複数個のシリンダボアをもつシリンダブロックと,・・・駆動軸と,・・・駆動斜板と,・・・ピストンと,該ピストンと該駆動斜板との間に(ウォブル板を介して)摺動自在に介在し該駆動斜板の回転により該ピストンを往復運動させるピストンロッドとを備えた往復動型圧縮機において,使用冷媒ガスをR134a(CF3CH 2F)とする点は,刊行物2に記載されている。しかも,オゾン層破壊の問題から,R134a(CF3CH 2F)を採用することも,刊行物2に記載されている。」(決定書12頁18行〜26行)と認定した上,「刊行物1及び刊行物2記載の発明は往復動型圧縮機という同一の技術分野に属し,しかも,オゾン層破壊の問題は,冷媒ガスを使用するについて一般共通に留意すべき技術事項なので,刊行物2記載の技術事項を刊行物1に記載された冷媒ガスを使用する往復動型圧縮機に適用することは,当業者が容易になしえたことである。」(同26行〜30行)と判断している。
しかしながら,引用発明2における往復動型圧縮機はウォブル式であり,引用発明1のようにシューと斜板を具備する往復動型圧縮機でないのである。したがって,シューと斜板との間の「カジリ」現象は存在しないから,両者が同一技術分野であるということはできない。
また,引用発明2は,冷媒ガスとしてR134aを使用することによって発生する課題を指摘し,それを解決する手段を示し,それによってウォブル式往復動型圧縮機においてR134aを冷媒ガスとして使用することができる技術を開示しているが,引用発明1はそのような手段をとるための構成を備えていない。
したがって,引用発明2が単に冷媒ガスR134aを使用しているとの理由だけで,その冷媒ガスに対する対策を用意していない引用発明1に適用することはできないのであり,両者の組合せには阻害事由が存在する。
3 取消事由3(相違点(ロ)についての判断の誤り) (1) 決定は,前記のような一致点の認定を前提に,次のように刊行物2ないし5の内容を認定した上,相違点(ロ)について判断している。
ア 「R134a(CF3CH 2F)は,摺接部材間に摩擦抵抗が大きく,摺接部材の摩耗が発生する虞があり,摺接部材表面に潤滑膜を形成しないことも,刊行物2に記載されているので,使用冷媒ガスをR134a(CF3CH 2F)とするに際して,往復動型圧縮機においても,摺接部材間の摩擦抵抗を考慮すべきことは,当業者にとって,自明のことである。」(決定書12頁32行〜36行) イ 「刊行物3には・・・・往復動型圧縮機において,摺接部材であるピストンとシリンダボアに備えられたライナーについて,ピストンはアルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,ライナーは鉄製とし,該ライナーと摺接する,ピストン側の嵌合部には錫を主体としたメッキ層から成る厚さが1〜5μmの表面被覆層をもち,摩擦抵抗の低減を容易にし,耐焼付き性を向上させることが,記載されており,しかも,刊行物1及び刊行物3記載の発明は往復動型圧縮機における摺接部材間の摩擦抵抗の低減及び耐焼付き性を向上させるという同一の技術分野に属するものなので,刊行物3記載の技術事項を刊行物1に記載された往復動型圧縮機の摺接部材であるピストン及びカムフォロワに適用することは,当業者が容易になしえたことである。」(同13頁2行〜21行) ウ 「刊行物4には,往復動型圧縮機において,摺接部材であるピストンとピストンロッドについて,ピストンは,アルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,ピストンロッドはSUJ2(判決注:鋼であり,鉄系金属である。)とし,該ピストンロッドと摺接する,ピストン側の嵌合部には錫メッキ層又は銅メッキ等を施してから施される錫メッキ層から成る表面被覆層をもち,摺動部の摺動性を良好にすることが,記載されており,しかも,刊行物1及び刊行物4記載の発明は往復動型圧縮機における摺接部材間の摩擦抵抗の低減又はそれに関連する耐焼付き性という同一の技術分野に属するものなので,刊行物4記載の技術事項を刊行物1に記載された往復動型圧縮機の摺接部材であるピストン及びカムフォロワに適用することは,当業者が容易になしえたことである。」(同13頁32行〜14頁3行) エ 「刊行物5には,往復動型圧縮機において,摺接部材であるカムとシューであるカムフォロワについて,カムは,アルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,カムフォロワは鉄鋼を母材とし,該カムフォロワと摺接する,カム側の摺動部には錫等の軟質金属を含みメッキ等で形成された個体潤滑剤層をもち,耐焼付き性に優れることが,記載されており,しかも,刊行物1及び刊行物5記載の発明は往復動型圧縮機における摺接部材間の耐焼付き性を向上させるという同一の技術分野に属するものなので,刊行物5記載の技術事項を刊行物1に記載された往復動型圧縮機の摺接部材であるピストン及びカムフォロワに適用することは,当業者が容易になしえたことである。」(同14頁17行〜26行) オ 「したがって,刊行物3ないし5において,摺接部材について,一方の材質をアルミニウム又はアルミニウム合金とし,他方の材質を鉄製,SUJ2とし又は鉄鋼(鉄系金属である。)を母材とすることが記載されており,いずれも錫メッキ層をもっており,刊行物5には鉄系金属を母材とすること,刊行物3には錫を主体としたメッキ層から成る厚さが1〜5μmの表面被覆層をもつことが記載されているので,刊行物3ないし5の摺接部材間の技術事項を,往復動型圧縮機において,摺接部材間の摺動抵抗を低減させ耐焼付き性を向上させるために,刊行物1記載の摺接部材であるピストンとカムフォロワに適用し,もって,前記ピストンは,アルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,前記カムフォロワは鉄系金属を母材とし,該カムフォロワと摺接する,ピストン側の嵌合部には錫を主体としたメッキ層から成る厚さが1〜5μmの表面被覆層をもつこととすることは当業者が容易になしえたことである。」(同14頁27行〜39行) (2) 決定が,以上のように各引用発明を認定し,これを組合わせて本件発明の容易想到性を認めたことは誤りである。
ア 引用発明1は,被覆層を設けているが,前記1(取消事由1)のとおり,これは本件発明の被覆層とは全く別のものである。
すなわち,引用発明1では,斜板を鉄製金属,ピストン及びシューをアルミニウム合金としたことから,ピストンとシューとの間の「ともがね」現象による焼付きを防止するために,鉄系金属からなる被覆層を設けたものである。つまり,引用発明1においてシューに鉄系金属を採用することができるならば,シューとピストンとの間の「ともがね」現象による焼付きを防止する必要は生じないから,被覆層自体が不要になるはずである。そして,そもそも引用発明1においては,「ともがね」現象による焼付き防止の観点から,鉄系金属からなるシューの採用を否定しているのである。
したがって,引用発明5が鉄系金属からなるシューを開示しているとしても,これを引用発明1と組合わせることには阻害事由があるのである。また,引用発明3の鉄製ライナー,引用発明4の鋼製ピストンロッドについても,同様に引用発明1のシューを鉄系金属で構成することを示唆することにはならない。
さらに,引用発明1では,鉄系金属からなる被覆層が存在することにより,焼付きの問題は解消されていることになるから,これに対して重ねて引用発明3ないし5の錫を主体としたメッキ層を形成する動機付けはない。
決定は,以上のような阻害事由を看過し,引用発明5の鉄系金属からなるシューを引用発明1に誤って適用し,何らの動機付けもなく引用発明3ないし5を引用発明1に適用したものである。
イ 引用発明3に関する前記3(1)イの認定は誤りである。
すなわち,決定は,「ライナーは鉄製とし,該ライナーと摺接する,ピストン側の嵌合部には錫を主体としたメッキ層から成る厚さが1〜5μmの表面被覆層をもち,」(決定書13頁14行〜16行)というように,あたかも鉄製ライナーと錫メッキ層からなる被覆層をもつピストンの嵌合部とが摺接するかのような認定をしているが,そのような摺接をすることはないのである。つまり,引用発明3は,アルミニウム系のピストンとシリンダブロックという摺接部材の両者が同種の材料であることに起因する「ともがね」現象による焼付き防止という技術を開示しているのであり,鉄製ライナーを使用する場合には,「ともがね」現象による焼付きが防止されるので,ピストンの表面に錫を主体としたメッキ層を形成する必要はなく,他方,軽量化のために鉄製ライナーを削除する場合に「ともがね」現象による焼付き防止のため,ピストンの表面に錫を主体としたメッキ層を形成することとしているのである。
以上のように,引用発明3は,鉄系金属とアルミニウム系金属とからなる摺接部材間に錫を主体としたメッキ層を形成しない発明であり,本件発明のような鉄系金属であるカムフォロワと摺接する,アルミニウム系金属であるピストンの嵌合部に錫を主体としたメッキ層を形成することを阻害するものなのである。
ウ 引用発明4の往復動型圧縮機は,引用発明1のように半球シューを備えた往復動型圧縮機ではなく,ウォブル板等を備えたウォブル型圧縮機である(引用発明2も同様)。決定は,引用発明4と引用発明1が往復動型圧縮機であるという単純な理由から,両者は技術分野が同一であると判断している。しかしながら,前記2(取消事由2)で主張したとおり,両者は技術分野を異にするものである。
したがって,引用発明4の「ウォブル型圧縮機」において,ピストンとピストンロッドとの間の摺動抵抗を低減する表面処理が開示されていたとしても,その表面処理は単にウォブル型圧縮機におけるその部位での摺動性改善の意味でしかなく,「半球部を有するシュー」を備えた圧縮機に関して,シューと斜板との焼付きの対策を行う上で適用できるものではないのである。
しかるに,決定は,これらの点に配慮することなく,引用発明4を引用発明1に誤って適用したものである。
エ 引用発明5が採用した「耐焼付き性の向上」の技術的手段は,斜板とシューのいずれか一方に表面処理を行うこと,すなわち,引用発明5は,焼付きが問題となる部位そのものに表面処理するという直接的かつ単純な解決手段を採用しているのである。
これに対し,本件発明は,カムフォロワ(シュー)と摺動するピストンの嵌合部に表面処理を行い,カムフォロワを良好にピストンの嵌合部に対して摺動させることによって,斜板とカムフォロワとの間の耐焼付き性を向上させることを目的とし,同時に,カムフォロワとピストン間の摺動抵抗の低減をも図っているのである。
つまり,本件発明は,引用発明5の直接的な解決手段ばかりでなく,その枠を超えて,表面処理が施された箇所とは別の箇所の焼付き防止を目的とする間接的な解決手段を採用しているのであり,本件発明は引用発明5を遥に超えるものである。
決定は,引用発明5の目的が,あくまでも表面処理された部位である「斜板とシュー」との間の耐焼付き性の向上であることを無視し,これを単なる「耐焼付き性」であると抽象的に捉え,本件発明の目的と同一視するところに大きな誤りがある。
4 取消事由4(本件発明の顕著な効果の看過) (1) 決定は,本件発明の「厚さが1〜5μm]という数値限定について,「この限定は,格別の臨界的な意義を持つものではなく,通常の業務において必要とされる実験的に選択すべき好適な条件の一つを指摘するにとどまり,格別の技術的困難性を伴うものとはいえない。」(決定書15頁9行〜12行)と判断する。
しかし,本件発明は,半球部を有するシューと摺接するピストン嵌合部に施されるメッキ層においては,1〜5μmという厚さに格別の意味があるから本件決定の判断は誤りである。
(2) 本件発明は,請求項1に記載された構成によって,斜板とカムフォロワ(シュー)との間の耐焼付き性の向上という特有の効果を奏するものである。このことは,本件明細書の記載(【0032】【0034】)から明らかである。つまり,本件発明では,「前記ピストンは,アルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,前記カムフォロワは半球部を有するシューであって鉄系金属を母材とし,該カムフォロワと摺接する,ピストン側の嵌合部には錫を主体としたメッキ層から成る厚さが1〜5μmの表面被覆層をもつ」という構成により,「斜板,カムフォロア間の摩擦抵抗も低減できる」のである。
引用発明1ないし5における「耐焼付き性の向上」に関する言及は,本件発明の特有の効果とはその性質が異なる。
引用発明1における被覆層は,「ともがね」現象を回避する目的のための構成であるにすぎず,単にピストンとシューの焼付きを防止するに止まるのである。
引用発明2は,ウォブル板と駆動斜板との間のラジアル軸受の構造及び材質を変更して,その部位での耐焼付き性を改善するものであり,その部位の摺動性のみの対策を示しているだけである。
引用発明3の改良技術は,ピストン表面に錫を主体としたメッキ層を有するものであるが,これもやはりその部位(ピストン表面)とシリンダブロックとの間の耐焼付き性を改善するものである。
引用発明4は,ウォブル型圧縮機におけるピストンの嵌合部に錫を主体としたメッキ層を形成しているが,これもやはりその部位とピストンロッドとの耐焼付き性を改善するに止まるものである。
引用発明5は,斜板表面に錫メッキを形成して,その部位とシューとの耐焼付き性を改善するものであり,斜板とシューとの焼付き対策としての直接的な手法なのである。
以上のとおりであるから,引用発明1ないし5は摺動部位間の耐焼付き性を改善する効果をねらったものではあっても,そのいずれもが対策を講じた部位での耐焼付き性を改善するに止まり,本件発明のような,ピストンとシューとの間での摺動抵抗低減により,シューと斜板という別部位での耐焼付き性を向上させるものではない。決定は,上記のような本件発明が有する特有の効果を看過したものであり,取り消されるべきものである。
被告の反論の要点
1 取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)について 耐焼付き性を向上させる被覆層については,刊行物1に「被覆するようにしたので・・・両接触面における焼付きを防止することができるので」(7頁20行〜8頁7行)と記載されている。したがって,決定が,引用発明1について「・・・・ピストン14側の凹部14aには耐焼付き性を向上させる被覆層をもつ・・・・」と認定したこと,本件発明と引用発明1との一致点として「ピストン側の嵌合部には耐焼付き性を向上させる被覆層をもつ」と認定したことに誤りはない。
2 取消事由2(相違点(イ)についての判断の誤り)について 刊行物2には,往復動型圧縮機において,オゾン層破壊を起こさないために使用冷媒ガスにR134aを採用することが記載されている。
オゾン層破壊の問題は,ウォブル型往復動型圧縮機やシューを用いた往復動型圧縮機に特有な問題ではなく,使用冷媒という,より広い技術分野で考慮されるべき事柄であり,引用発明1と引用発明2とは同一の技術分野に属するから,冷媒ガスR134aを引用発明1の往復動型圧縮機に適用することに,技術的阻害事由はない。さらに,R134a(CF3CH 2F)を採用すると,摺接部材表面に潤滑膜を形成せず,摺動部材間の摩擦抵抗が大きくなり,摺接部材の摩耗が発生する虞があることは,摺接部材間一般で考慮されるべき事柄であり,阻害事由には当たらない。
3 取消事由3(相違点(ロ)についての判断の誤り)について (1) 引用発明1において,斜板を鉄系金属とすることは,一実施例として記載されているだけであって,斜板を鉄系金属とするものに限定するものではない。そして,刊行物1には,「カムフォロワと摺接する,ピストン側の嵌合部には耐焼付き性を向上させる被覆層をもつ(往復動型圧縮機)」という鉄系被覆層には限定されない技術思想が記載されているのである。
引用発明1と5が共に半球部を有するシューを備えた往復動型圧縮機という同じ技術分野に属することや,摺動部材間の耐焼付き性に関するものであることからすると,引用発明1の半球部を有するシューに引用発明5の鉄鋼を母材とするそれを適用することに何の阻害事由もない。
また,刊行物2に記載されているように,冷媒ガスとしてR134aを採用する場合には,摺接部材間の摩擦抵抗が大きくなることから,引用発明3ないし5に記載された,摺動抵抗の低減のための技術事項を適用する必要があるのであって,引用発明3ないし5を引用発明1に適用する動機付けはあるのである。
(2) 引用発明3が,「ピストンは,アルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,前記カムフォロワは半球部を有するシューであって,(削除されない場合の)ライナーは鉄製とし,該ライナーと摺接する,ピストン側の摺接部には錫を主体としたメッキ層から成る厚さが1〜5μmの表面被覆層をもつ往復動型圧縮機」であるとした決定の認定に誤りはない。
そして,刊行物3には,ピストンは,アルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,カムフォロワは半球部を有するシューであって,ピストン側の摺接部には錫を主体としたメッキ層からなる厚さが1〜5μmの表面被覆層をもつ往復動型圧縮機が記載されているのであり,シューであるカムフォロワはピストンと摺接する他部材であるので,該カムフォロアと摺接する,ピストン側の嵌合部には錫を主体としたメッキ層から成る厚さが1〜5μmの表面被覆層をもつこととすることは,当業者にとって容易なのである。
(3) 半球部を有するシューを備える往復動型圧縮機もウォブル型圧縮機もウェーブカム式圧縮機も,往復動型圧縮機である。引用発明1と引用発明4とは往復動型圧縮機である点でも,また,往復動型圧縮機における摺接部材間の摺動に関するものである点でも,技術分野は同一である。
(4) 刊行物5には,摺動部材の一方の部材(斜板)はアルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,他方の部材(シュー)は鉄鋼を母材とし,一方の部材(斜板)側の摺動部には錫等の軟質金属を含みメッキ等で形成された固体潤滑剤層をもち,耐焼付き性に優れることが記載されている。引用発明5は,半球部を有するシューを備えた往復動型圧縮機という引用発明1と同一の技術分野に属し,しかも,摺動部材間の耐焼付き性に関するものであり,錫等の軟質金属を含みメッキ等で形成された固体潤滑剤層をもつアルミニウム又はアルミニウム合金を母材とするものに対して,それに摺動するシューが鉄鋼を母材とするものである。このカムフォロワであるシューが鉄鋼を母材とする点を,引用発明1に適用することは容易である。
(5) 以上のとおり,いずれの刊行物も互いに動機付けられており,引用発明1においても,R134a(CF3CH 2F)を採用するに際し,更に摺動抵抗の向上を図るため,被覆層を,錫を主体としたメッキ層から成る厚さが1〜5μmの表面被覆層とし,ピストンはアルミニウム合金なので,カムフォロワについて鉄鋼を母材とすることは,当業者が,容易になし得たことである。したがって,本件発明は,引用発明1ないし5に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,決定の判断に誤りはない。
4 取消事由4(本件発明の顕著な効果の看過)について 本件明細書には,「尚,表面被覆層の厚さは,1〜5μm程度とする。これより薄くなると摩擦係数の低下が少なく,厚くなり過ぎると剥離等の強度上の不具合が生じる場合がある。」(【0016】)と記載されているけれども,記載されている比較試験を参照しても,格別の臨界的な意義は認められない。そして,摺動抵抗低減の効果と剥離問題の回避との双方を成立させる最適な厚さを提供するとの技術的意義も刊行物3に記載されているから,「通常の業務において必要とされる実験的に選択すべき好適な条件の一つを指摘するにとどまり,格別の技術的困難性を伴うものとはいえない」との決定の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)について 原告は,引用発明1の被覆層は,「ともがね」現象による焼付き防止のための被覆層であるが,本件発明の表面被覆層は,「ともがね」現象の生じない部材の間における摺動抵抗低減のための被覆層であるから,両者を同じ「耐焼付き性を向上させる被覆層」と認定している決定は誤りであると主張する。
しかしながら,決定は,本件発明の被覆層と引用発明1のそれを,「耐焼付き性を向上させる被覆層」と認定しているのであって,「ともがね」現象に基づく焼付きを防止するための被覆層であると認定しているわけではない。
刊行物1には,「シュー15の材料となじまない性質の材料より成る部材によって被覆されているのでこの接触面においても焼付きの問題が生じない。」(甲第3号証7頁5行〜8行),「シューと摺接するピストンの面を・・・異種材で被覆するようにしたので・・・シューの材質選択の自由度が増し,しかも斜板およびピストンとの両接触面における焼付きを防止することができる」(同7頁18行〜8頁7行)と記載されており,被覆層によって焼付きを防止する,すなわち耐焼付き性を向上することが明らかにされている。
本件明細書には,「後述する表面被覆層を形成することが好ましい。耐焼付き性をより向上させることができるからである。」(甲第8号証の全文訂正明細書4頁7行〜8行),「自己潤滑性を有する錫を主体とする表面被覆層の作用によって,前記嵌合部におけるピストン,カムフォロワ間での摩擦抵抗を減少させる。・・・カムとカムフォロワ間の摺動抵抗は低減され,両者の焼付きは防止される。」(同5頁11行〜15行),「請求項1に記載の発明によれば,カムフォロワとピストンとの間で発生する摺動抵抗の低減を容易に図ることができるため,そこでの耐焼付き性を向上させることができるとともに,その結果として斜板,カムフォロワ間の摩擦抵抗も低減できる。」(同9頁20行〜23行)と記載されており,本件発明の表面被覆層により,カムとカムフォロワとの「焼付きは防止される」,カムフォロワとピストンとの間での「耐焼付き性を向上させる」としている。
このように,引用発明1及び本件発明の各被覆層は,いずれも2つの部材間の焼付きの防止(すなわち耐焼付き性の向上)を図ることを目的とするものであり,決定が,引用発明1と本件発明との一致点として,「ピストン側の嵌合部には耐焼付き性を向上させる被覆層をもつ往復動型圧縮機」と認定したことに誤りはなく,決定に相違点を看過した誤りはない。
2 取消事由2(相違点(イ)についての判断の誤り)について 原告は,引用発明2における往復動型圧縮機はウォブル式であり,引用発明1のようにシューと斜板を具備する往復動型圧縮機でないから,両者は同一の技術分野といえず,引用発明2の技術を引用発明1に適用することはできない旨主張する。
刊行物2には,「今日では,冷媒であるR12はオゾン層を破壊するために規制の対象となっており,このような環境破壊を起こさない代替の冷媒として,例えばフロンガス134a(CH2FCF 3)が用いられようとしている。しかし,このフロンガス134aは分解しにくい物質であり,このガス134aを用いて従来のコンプレッサ3を作動させた場合には,軸受14,15等の摺接部材間に酸化物や弗化物などが沈着せず,摩擦抵抗が大きく,摺接部材の磨耗,摺接部材間の材料移着などが発生する虞がある。・・・・本発明は,上記従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり,摺接部材表面に潤滑膜を形成しないフロンガスR-134aを冷媒として用いた場合でも,コンプレッサの起動時,長期間停止後の作動初期,高負荷時等において,摺接部材間の摩擦が小さく,部材の摩耗,部材間の材料移着などが発生する虞がない容量可変斜板式コンプレッサを提供することを目的とする。」(甲第4号証2頁右欄43行〜3頁左欄15行),「【課題を解決するための手段】・・・シリンダ内に流入されたフロンガス冷媒R-134aをピストンの摺動により圧縮して吐出するようにした容量可変斜板式コンプレッサにおいて,・・・滑り軸受を構成するスリーブを,・・・錫と・・・銅とからなる金属材料に,・・・固体潤滑剤粒子を混入してなる固体潤滑性複合材料により構成したことを特徴とする」(同3頁左欄17行〜33行)と記載されている。
以上によれば,刊行物2には,オゾン層を破壊する冷媒が規制の対象になっているため,環境破壊を起こさない代替の冷媒としてR134aを使用すること,往復動型圧縮機において,冷媒にR134aを使用した場合に,摺接部材間の摩擦抵抗が大きくなることと,その課題を解決するために摺接部材間の摩擦を小さくする技術が必要となることが開示されている。
引用発明2と引用発明1はともに往復動型圧縮機に関する同一の技術分野に属するものであり,また,環境破壊を起こさないための使用冷媒を選択する必要性は,冷媒ガスを使用するについての共通の課題であるから,引用発明2の技術事項を引用発明1に適用することは,当業者が容易になし得ることということができる。
原告は,引用発明2はウォブル式往復動型圧縮機であり,引用発明1のものとは違うと主張するが,オゾン層破壊の防止は社会的要請であり,ウォブル式であろうと,引用発明1のようなシューと斜板を具備するものであろうと,何ら異なるところはないのであって,引用発明2がウォブル式に関するものであることは,引用発明2を引用発明1に適用することの妨げとなるものでないことは明らかである。また,原告は,R134aに対する対策を持たない引用発明1に引用発明2を適用することはできないとも主張するが,引用発明2は,R134aを使用する場合の課題とその解決手段を示しているのであるから,その適用に何ら阻害事由はないというべきである。
以上のとおりであるから,相違点(イ)に関する決定の判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点(ロ)についての判断の誤り)について (1) 原告の主張は,決定が,引用発明1と引用発明2ないし5を組み合わせて本件発明の容易想到性を認めたことは誤りであるというものである。
ア 刊行物1(甲第3号証)には,次の記載がある。
「 本考案は回転斜板式圧縮機に関し,特に斜板とピストンとの係合構造に関するものである。」(甲第3号証の明細書2頁8行〜9行) 「 最近は,・・・平坦面部15aと球面部15bとから成る略半球状のシュー15を設け,斜板3の周縁部側面にシュー15の平端面を摺接させ,球面をピストン4の斜板対向面に形成された半球状の凹部に収納して配設することによって斜板3とピストン4とを係合し,ボールを省略することが提案されている。
ところがこの構成では,斜板3とピストン4の両方に,単一の部材であるシュー15が接触することになるから,シュー15の材質によってシュー15と斜板3との接触面またはシュー15とピストン4との接触面に焼付きが生じ易く,いずれの面でも焼付きを生じさせないためには,シュー15の材質は非常に限られたものとなる。
即ち,一般に斜板は回転運動に十分に耐えうるために鉄系金属で形成される一方,ピストン4は装置の軽量化のためにアルミニウム合金で形成されている。これら鉄系金属とアルミニウム合金とは互いになじまない材質である。しかしながら,これらの一方の金属になじまない材料でシュー15を形成すると,この材料は他方の金属になじみが良いという場合が多く,該材料と該他方の金属間で焼付きが生じ易くなる。従ってシュー15の材料として斜板3とピストン4のいずれの構成金属にもなじまないものを選択しなければならないという困難な問題が生じている。
本考案は以上の事情に鑑みてなされたもので,・・・斜板とピストンとをシューとボールとを一体化した部材によって係合させる簡単な構造を採用し,しかも,該部材と斜板およびピストンとのいずれの接触面においても焼付きの問題を生じさせず,従ってシューの材質の選定が容易である回転斜板式圧縮機を提供することを目的とし,この目的のために,前記一体化部材として,平坦面部と球面部とから成る略半球状のシューを設け,その平坦面を斜板の周縁部側面に当接させるとともに,その球面をピストンの斜板対向面に形成された半球状の凹部に収納して配設し,且つ,該シューを斜板の材料となじまない材料で形成するとともに,該ピストンの半球状の凹部を該シューの材料となじまない材料から成る部材によって被覆するものである。」(同3頁9行〜5頁10行) 「この考案によれば,・・・シューと摺接するピストンの面をシューの形成材料となじまない異種材で被覆するようにしたのでシューはピストン本体と直接に接触することがなく,従ってシューの形成材料としてピストン本体の形成材科とのなじみ性を考慮することなく単に斜板の材料となじまない性質の材料を選択して使用すればよく,もってシューの材質選択の自由度が増し,しかも斜板およびピストンとの両接触面における焼付きを防止することができる」(同7頁13行〜8頁7行) 以上によれば,刊行物1には,回転斜板式圧縮機において,@なじみが良い金属間では焼付きが生じやすくなることから,シューの材料として,斜板とピストンのいずれの構成金属にもなじまないものを選択しなければならないという困難な問題が生じていること,Aこれを解決するため,シューを斜板の材料となじまない材料で形成するとともに,シューと摺接するピストン側の嵌合部に,シューの形成材料となじまない異種材による被覆層を設け,焼付きを防止すること,が開示されている。
イ 刊行物3(甲第5号証)には,次の記載がある。
「 従来,・・・斜板式圧縮機が知られている。この斜板式圧縮機では,回転軸2の回転により斜板3が回転すると,シュー5を介してピストン4がシリンダブロック1のシリンダボア11内を往復運動し,ガスの吸入,圧縮,排出を行なう。」(甲第5号証1頁右下欄3行〜16行) 「 従来の斜板式圧縮機は重量が大きいという不具合があった。このため,軽量化の要請から,鉄系部品のアルミニウム系部品への転換及び部品点数の削減が行なわれつつあり,近年,シリンダブロックがアルミニウム又はアルミニウム合金から形成されている。しかし,・・・斜板圧縮機をさらに軽量化するため,ピストンをもアルミニウム又はアルミニウム合金で形成し,かつシリンダブロックにおける鉄製のライナーを削除すると,シリンダブロック及びピストンがともにアルミニウム系でありながら直接摺接するため,「ともがね」現象によって両者に焼付きを生じ易いという不具合がある。本発明は,上記従来の不具合を解決すべくなされたものであって,軽量化を図りつつ,かつシリンダブロックとピストンとの焼付きを防止することを解決すべき課題とするものである。」(同1頁右下欄17行〜2頁左上欄16行) 「 本発明の斜板式圧縮機は,上記課題を解決するため,アルミニウム又はアルミニウム合金からなるシリンダブロックを備えた斜板式圧縮機において,アルミニウム又はアルミニウム合金を母材としかつ少なくとも前記シリンダボアと摺接する表面には錫を主体とした表面被覆層をもつピストンを採用するという新規な構成を採用している。」(同2頁左上欄18行〜右上欄4行) 「 ピストンは錫を主体とした表面被覆層をもつ。表面被覆層は,シリンダボアと摺接する表面に形成されていてもよく,ピストン全体に形成されていてもよい。この表面被覆層によりピストンがシリンダブロックとの摺動時の摩擦抵抗を低減することができ,苛酷な使用条件下における両者の焼付きを防止することができる。」(同2頁左下欄9行〜15行) 「 なお表面被覆層の厚さは,1〜5μm程度とするのが好ましい。これより薄くなると摩擦係数の低下が少なく,厚くなり過ぎるとはく離などの強度上の不具合が生じる場合がある。」(同3頁左上欄9行〜12行) 以上によれば,刊行物3には,回転斜板式圧縮機において,@従来の重量が大きいという不具合を解消し,軽量化をはかるという要請から,鉄系部品のアルミニウム系部品への転換が行なわれつつあること,A軽量化するため,シリンダブロック及びピストンをアルミニウム又はアルミニウム合金で形成し,鉄製のライナーを削除すると,直接摺接するシリンダブロックとピストンとが「ともがね」現象によって焼付きを生じ易いという不具合があること,Bそこで,その摺動時の摩擦抵抗を低減するため,摺接部材間に,錫を主体とする厚さ1〜5μm程度の表面被覆層を設けるという解決手段を採用したこと,が開示されている。
ウ 刊行物4(甲第6号証)には,次の記載がある。
「 本考案は,斜板式コンプレッサのソケットプレートとピストンロッド並びにピストンロッドとピストンの摺動性を良好のまま持続させることができる斜板式コンプレッサに関する。」(甲第6号証3頁4行〜6行) 「 従来,このようなピストン及びソケットプレ―トは,軽量化を図るためにアルミニュウム材で形成されおり,ピストンロッドは,これらとの溶着を防止するためにこれらより堅い鋼等で形成されている。」(同4頁3行〜5行) 「 このような従来の斜板式コンプレッサにあっては,ピストンロッドをピストン及びソケットプレートの夫々の嵌合部に嵌合した状態で,・・・従来にはこれらの摺動部の摺動性を向上させるために,例えば実開昭64-36673号公報に開示されているようにピストンロッドの端部に錫メッキを施しているものがある。錫は,アルミニュームや鉄よりも柔らかいので,上記のようにピストンロッドに錫メッキを施せば,嵌合部とピストンロッドの端部との間に錫の層が形成されることになり,錫メッキによりピストンロッド端部とピストン又はソケットプレートの嵌合部の隙間に潤滑油を侵入,保持良好にでき,摺動性を向上させることができる。」(同4頁8行〜17行) 「本考案の斜板式コンプレッサのピストン1とソケットプレート2とは,従来と同様にピストンロッド3により連結されている。そのピストンロッド3の両端部は,球形に形成されており,この形状に合せてピストン1及びソケットプレート2に形成された嵌合部4に嵌合している。」(同6頁1行〜4行) 「尚,ピストンロッド3は,従来と同様の鋼(SUJ2)である。」(同7頁7行〜8行) 「前述したように珪素の含有量が7%以上のアルミニュウム材でピストン1及びソケットプレート2を形成し,表面に錫メッキを施せば,夫々の摺動部4は,ピストンロッド3との摺動性を良好のまま持続できるので,・・・」(同7頁下から3行〜末行) 以上によれば,刊行物4には,斜板式コンプレッサにおいて,@従来,ピストン及びソケットプレートは軽量化のためにアルミニウム材で形成され,これと摺接するピストンロッドは,溶着を防止するために鋼等で形成されていたこと,A鋼で形成されたビストンロッドと摺接する,アルミニウムで形成されたピストン(及びソケットプレート)側の嵌合部に錫メッキ層を設けることにより,異種材である摺動部材間において,摺動抵抗の低減,摺動性の向上を図ることが開示されている。
エ 刊行物5(甲第7号証)には,次の記載がある。
「・・斜板式コンプレッサにおいて,一般に斜板やシューには,アルジル合金等のように母材マトリックス中に硬質粗大粒子が分散したアルミニウム合金が多用されている。しかしながら,母材のマトリックスを形成するアルミニウム,あるいはアルミニウム合金が凝着しやすいために,無潤滑の状態とか,摺動荷重が大きいような苛酷な摺動条件下では焼付きしやすいという問題がある。」(甲第7号証2頁左上欄13行〜20行) 「〔発明の目的〕 本発明は上記問題を克服するもので,耐焼付性に優れた,斜板式コンプレッサを提供することを目的とする。
〔発明の構成〕 本発明の斜板式コンプレッサは,前記斜板および前記シューの少なくとも一方を,アルミニウムまたはアルミニウム合金のマトリックス中に・・・硬質粗大粒子が分散した組織をもつ母材とし,その摺動面は,母材マトリックスより突出し,・・・」(同2頁右上欄1行〜12行) 「 硬質粗大粒子が突出した母材マトリックスの上面に固体潤滑剤層を形成し,この固体潤滑剤層が摺動面に表出することにしてもよい。固体潤滑剤層としては,例えば・・・鉛,インジュウム,錫等の軟質金属を用いることができる。・・・なお固体潤滑剤が鉛等の軟質金属の場合にはメッキ等で固体潤滑剤層を形成することができる。」(同3頁右下欄9行〜4頁左上欄2行) 「 本発明の斜板式コンプレッサにおいては,摺動条件が最も厳しい斜板及びシューの少なくとも一方の母材は,アルミニウム又はアルミニウム合金のマトリックス中に硬質粗大粒子をもち,その摺動面は,母材マトリックスより突出し少なくとも過半数の上端が略平らとなった硬質粗大粒子の上端面で構成されている。
従ってこの摺動面には,凝着しやすく耐焼付性低下の主な原因となるアルミニウムあるいはアルミニウム合金の母材マトリックスが表出していない。このため・・・優れた耐焼付性を示す。」(同4頁右上欄3行〜13行) 「母材マトリックス上面に固体潤滑剤層を形成し,この固体潤滑剤層が摺動面に表出することにした場合には,斜板式コンプレッサの始動初期のように,潤滑油が一時的に供給されない様な条件下で斜板式コンプレッサが運転された場合であっても,固体潤滑剤層の働きによって耐焼付性に一層優れた斜板式コンプレッサが得られる。」(同4頁左下欄5行〜12行) 「〔実機テスト1〕 本発明の代表的な斜板式コンプレッサ・・・・この斜板式コンプレッサでは,斜板9の摺動面が従来のものと異なっている。即ち,斜板9は18%Si-4.5%Cu-0.6%Mg残部Alの合金を母材とし,・・・なお,摺動の相手材であるシュー16の母材は鉄鋼で,浸炭焼入処理を施し硬さをHv820としたものである。」(同4頁左下欄13行〜5頁左上欄6行) 以上によれば,刊行物5には,回転斜板式圧縮機において,@斜板やシューに用いられるアルミニウムあるいはアルミニウム合金は,凝着し易く,苛酷な摺動条件下では焼付きしやすいという問題があったこと,A摩擦抵抗の減少を図るため,摺接部材間に錫等の軟質金属でメッキ形成された固体潤滑剤層をもつことにより,耐焼付性に一層優れた効果を持つことが示されているとともに,B斜板の母材をアルミニウム又はアルミニウム合金,シューの母材を鉄鋼とするテスト例が開示されている。
(2) 以上のとおり,刊行物1及び3によれば,摺接する両部材になじみ易い金属を使用する場合,「ともがね」現象による焼付きが生じやすく,この「ともがね」現象による焼付きを防止する必要があることは,本件出願当時,往復動型圧縮機に関する技術分野において,当然の課題として認識されていた周知の技術常識であったものであり,引用発明1,3ないし5も,そのことを当然の前提とした上で,引用発明1ではシューの材質選択の自由度を増加することなどを,引用発明3では圧縮機の軽量化を図ることなどを,また,引用発明4及び5ではなじみのない金属間での摺動性を向上することなどを,それぞれ課題として,その解決手段を提示しているものということができる。したがって,各引用発明を検討するに当たっては,それらが「ともがね」現象による焼付きの防止ということは当然の前提としていることを踏まえて,その提示している課題や解決手段などについて,往復動型圧縮機の分野に共通する技術という観点から考究していく必要があるというべきである。
そして,前記のとおり,往復動型圧縮機については,その軽量化という課題が認識され,その「軽量化の要請から,鉄系部品のアルミニウム系部品への転換」などが行われていた(刊行物3)のであるから,この軽量化という観点からは,比較的大きな部材である斜板をアルミニウム系の材質とすることも一つの方法として当然考えられるところであり,その場合は,「ともがね」現象による焼付き防止という技術常識から,斜板と摺接するシューの母材に異種材である鉄系金属を採用することもまた,当業者にとって容易であるといえるのであって,現に,刊行物5には,アルミニウム又はアルミニウム合金を母材とする斜板及び鉄鋼を母材とするシューを採用した例が開示されているのである。そうすると,引用発明5に接した当業者において,引用発明1に,引用発明5を適用して,斜板にアルミニウム系の金属を用い,さらにこれとなじまない金属である鉄系金属を母材とするシュー(カムフォロワ)を採用することは,容易に想到し得るところということができる。
原告は,引用発明1では「ともがね」現象による焼付き防止の観点から,鉄系金属からなるシューの採用を否定しているのであり,引用発明5が鉄系金属からなるシューを開示しているとしても,これを引用発明1と組合わせることには阻害事由がある,と主張する。しかし,前記のとおり,引用発明1は,ピストンのシューと係合する部分に被覆層を設けることによって,シューの材質選択の自由度を増し,しかも斜板及びピストンとの両接触面における焼付きを防止するという技術思想を開示しているものであり,斜板にアルミニウム系材料を用いることを否定しているとは考えられず,また,斜板にアルミニウム系材料を用いることに伴ってシューに鉄系金属を採用することを,およそ排除しているとまで認めることもできない。
また,本件明細書の特許請求の範囲においては,「カム」(斜板)の材料を特定しているわけではないものの,本件明細書の発明の詳細な説明における「【発明が解決しようとする課題】・・・・アルミニウム合金等で形成されているピストン34及び斜板33とは異なり,シュー35は「ともがね」現象による焼付きを防止する点から鉄系金属で形成されている。」(甲第2号証【0004】)との記載からすれば,本件発明においては,アルミニウム合金等の斜板を当然の前提と考え,ここから,これとなじまない金属である鉄系金属で形成されたシュー(カムフォロワ)を採用し,発明の構成としていることが認められるのである。
したがって,軽量化の要請に基づいて,斜板をアルミニウムとすることを想到し,その上でシューを鉄系金属とする引用発明5の構成を引用発明1に適用し,本件発明の上記構成を想到することに何ら困難はないというべきである。
(3) また,往復動型圧縮機において,環境破壊を起こさない代替の冷媒ガスとしてR134aを使用した場合に,摺接部材間の摩擦抵抗が大きく,摺接部材の摩耗,摺接部材間の材料移着などが発生すること,この課題を解決するために,摺接部材間の摩擦を小さくする技術が必要となることが刊行物2に開示されていることは,前記のとおりである。
そして,摺接部材間の摺動抵抗を低減するための技術として,刊行物4には,アルミニウム材で形成されたピストン(及びソケットプレート)と鋼等で形成されたピストンロッドとの摺動部の摺動性を向上させるために,ピストン(及びソケットプレート)の表面に錫メッキによる被覆層を設けることが,刊行物5には,アルミニウム又はアルミニウム合金を母材とする斜板と,鉄鋼を母材とするシューとの間において,摺動部の摩擦抵抗を減少させ,耐焼付性を一層優れたものとするため,摺接面である斜板の母材マトリックス上面に錫等でメッキ形成された固体潤滑剤層を設けることが,それぞれ開示されていることは,前記のとおりである。また,刊行物3には,摺接部材間の摺動時における摩擦抵抗を低減し,焼付きを防止するため,摺接面に設けられる錫を主体としたメッキ層からなる表面被覆層の厚さを1〜5μm程度とすることが示されていることも,前記のとおりである。
そうすると,引用発明1において,冷媒ガスとしてR134aを使用した場合の摺接部材間の摩擦抵抗を減少させ耐焼付き性を向上させる課題を解決する手段として,往復動型圧縮機という同一の技術分野に属する引用発明4及び5に開示された,摺接面に錫メッキによる被覆層あるいは錫等でメッキ形成された固体潤滑剤層を設けるという技術事項と,引用発明3に開示された摺接面に設けられた表面被覆層が厚さ1〜5μm程度の錫を主体としたメッキ層からなるという技術事項を,引用発明1に適用することは,当業者にとって容易であり,特段の困難もないということができる。
以上からすると,往復動型圧縮機において,引用発明1に,引用発明3ないし5を適用して,ピストンはアルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,カムフォロワ(シュー)は鉄系金属を母材とし,摺接部材間の摺動抵抗を低減するため,カムフォロワと摺接するピストン側の嵌合部には錫を主体としたメッキ層からなる厚さ1〜5μmの表面被覆層をもつ構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものであるというべきである。
(4)ア 原告は,引用発明1においては鉄系金属からなる被覆層が存在することにより,「ともがね」現象による焼付きの問題は解消されているから,重ねて引用発明3ないし5の錫メッキ層を形成する動機付けがない,と主張する。
しかし,引用発明1において冷媒ガスとしてR134aを採用することにより,摺動部の摩擦抵抗を低減するという課題の解決が必要となるのであるから,その解決手段として,引用発明3ないし5を適用する動機付けは十分に認められるのであって,原告の上記主張は理由がない。
イ また,原告は,引用発明3は,鉄系金属とアルミニウム系金属とからなる摺接部材間に錫を主体としたメッキ層を形成しない発明であり,本件発明のような鉄系金属であるカムフォロワと摺接する,アルミニウム系金属であるピストンの嵌合部に錫を主体としたメッキ層を形成することを阻害するものである,と主張する。
確かに,刊行物3についての前記認定に照らすと,決定が「ピストンはアルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,ライナーは鉄製とし,該ライナーと摺接する,ピストン側の嵌合部には錫を主体としたメッキ層から成る厚さが1〜5μmの表面被覆層をもち,・・・耐焼付き性を向上させることが,記載されており,」(決定書13頁13行〜17行)としているのは,鉄製ライナーとピストンとが摺接し,そのピストンの摺接部分たる嵌合部に錫メッキによる表面被覆層があると認定している点で,誤った認定である。しかし,本件においては,前記のとおり,刊行物3から採用する構成は,摺接部材が同種材であるか異種材であるかにかかわらず,摺接面に設けられた表面被覆層が厚さ1〜5μm程度の錫を主体としたメッキ層からなるという点であるから,摺接部材が同種材であるということは阻害事由となるものではないというべきであって,決定の上記認定の誤りは,前記容易想到性の判断を左右するものではなく,決定の結論に影響を及ぼさないというべきである。
ウ 次に原告は,引用発明4はウォブル型であり,引用発明1とは技術分野を異にするなどと主張する。
しかし,ウォブル型圧縮機も引用発明1のシューを備えた圧縮機も,往復動型圧縮機という同一の技術分野に属するものであり,引用発明4における,なじみのないアルミニウム材と鉄鋼材との摺動性を向上させるために錫メッキを施した被覆層をもつという表面処理技術を引用発明1に適用することに何らの妨げもないのであって,原告の上記主張は理由がない。
エ さらに原告は,引用発明5は一つの部位だけの直接的な耐焼付き性の向上を目的とするのに対し,本件発明は,シュー(カムフォロワ)とピストンとを良好に摺動させることによって,斜板とカムフォロワとの間の耐焼付き性を向上させることを目的とするものであり,両者は目的が異なる旨主張する。
しかし,引用発明5は,斜板はアルミニウム又はアルミニウム合金を母材とし,シューは鉄鋼を母材とするという組み合わせにおいて,シューと摺接する斜板側の摺動部に錫等を含みメッキ等で形成された固体潤滑剤層をもつことにより耐焼付き性に一層優れたものとなるというものであり,往復動型圧縮機における摺動部材間の摩擦抵抗の減少,耐焼付き性の向上という本件発明と共通の課題に向けた解決手段を提示するものであるから,引用発明5の摺動部材間の耐焼付き性に関する技術事項を引用発明1に適用することに格別の阻害事由はないのであって,原告の上記主張も理由がない。
(5) したがって,相違点(ロ)について,引用発明1に,引用発明3ないし5を適用して,当業者が容易に本件発明の構成を想到し得るとした決定の判断に誤りはない。
4 取消事由(本件発明の顕著な効果の看過)について (1) 原告は,本件発明において被覆層の「厚さが1〜5μm]という数値限定について,格別の意味がある旨を主張する。
しかし,訂正請求書(甲第8号証)によれば,本件発明の「メッキ層から成る厚さが1〜5μmの」との部分は,原告が「減縮したに過ぎないものである。」(甲第8号証の訂正請求書7頁)として訂正請求として加えられた部分であって,本件明細書の【発明の詳細な説明】においても,「尚,表面被覆層の厚さは,1〜5μm程度とする。これより薄くなると摩擦係数の低下が少なく,厚くなり過ぎると剥離等の強度上の不具合が生じる場合がある。」(甲第8号証の全文訂正明細書【0016】。なお,この点は刊行物3にも記載されている。)としているだけで,その数値を限定したことに,特段の臨界的意義があることを認めるに足りる記載はない。
(2) また,原告は,本件発明は摺動部位間の耐焼付き性の向上にとどまらず,シューと斜板との間の摺動抵抗の低減という特有の効果がある旨を主張する。 しかし,ピストンとシューとの間での摺動抵抗の低減により,シューと斜板との間の摺動抵抗も低減されるということは,半球型あるいは略半球型というシューの形状とその動き自体から十分に予測し得る通常の作用効果であるから,引用発明1に引用発明3ないし5を適用することによって容易に想到し得る構成から予測される通常の作用効果と比べて,特に顕著な作用効果を奏するものとも認められないのであって,本件発明の特許性を根拠づけるものとはいえない。
5 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定にはこれを取り消すべき誤りは認められない。
したがって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂驤
裁判官 若林辰繁