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関連審決 不服2001-5599
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  慣用技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  援用権(援用) /  技術的意義 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  拡張 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 52号 審決取消請求事件
原告 ザイブナーコーポレーション
訴訟代理人弁護士 中村稔
同 渡辺光
訴訟代理人弁理士 中村彰吾
同 小堀益
同 堤隆人
同 大久保好二
被告 特許庁長官小川 洋
指定代理人 片岡栄一
同 吉村宅衛
同 涌井幸一
同 高橋泰史
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2001-5599号事件について平成13年9月12日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2項と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成11年6月21日(優先権主張1998年9月11日,米国),名称を「身体装着可能なコンピュータ」とする発明につき特許出願(平成11年特許願第174712号。以下「本件出願」という。請求項の数は9である。)をし,平成13年1月5日に拒絶査定を受けたので,平成13年4月11日,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを不服2001-5599号事件として審理した。原告は,この審理の過程で,平成13年5月11日付けの手続補正書により明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の補正(以下「本件補正」という。)をした。特許庁は,審理の結果,平成13年9月12日,本件補正を却下し,同時に,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年9月28日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲【請求項1】(平成12年12月1日付け手続補正書による補正後のもの。別紙図面A参照) 「ラップトップ・コンピュータとしても使用できる手離しで起動される身体装着可能なコンピュータであって,モニタを一体化したコンピュータ・ハウジングと,手離しで起動される身体に装着されたコンピュータとして使用されるときの手離しによる起動手段とラップトップ・コンピュータとして使用されるときの手動による起動手段とを有し,前記手離しによる起動手段は,音声起動手段,眼球追跡起動手段,脳波起動手段,及びそれらの組合せからなるグループの中から選択される起動手段であり,前記手動による起動手段は,キーボードを有し,このキーボードはコンピュータ・ハウジングと一体化した部分を有し,少なくとも部分的には拡張可能であって,キーボードは,拡張されたときには,本質的に通常サイズのコンピュータのキーボードの大きさとなり,さらに,前記コンピュータ・ハウジングは,通信手段と電気的に接続するための手段を有し,手離しによる起動と手動による起動との互換性を有する身体装着可能コンピュータ。」(以下,この請求項1の発明を審決と同様に「本願発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平9ー114543号公報(以下,審決と同様に「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。別紙図面B参照),並びに,特開平10-133770号公報(以下,審決と同様に「引用例2」という。)及び特開平10-124605号公報(以下,審決と同様に「引用例3」という。)などに記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,とするものである。
審決が,上記結論を導く過程において,本願発明と引用発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「手離しで起動される身体装着可能なコンピュータであって,コンピュータ・ハウジングと,手離しで起動される身体に装着されたコンピュータとして使用されるときの手離しによる起動手段を有し,前記手離しによる起動手段は,音声起動手段,眼球追跡起動手段,脳波起動手段,及びそれらの組合せからなるグループの中から選択される起動手段であり,さらに,前記コンピュータ・ハウジングは,通信手段と電気的に接続するための手段を有する身体装着可能コンピュータ。」 相違点 「(i)コンピュータが,本願発明にあっては,モニタとキーボードを一体化したコンピュータ・ハウジングを有し,ラップトップ・コンピュータとして使用されるものであるのに対し,引用例1にあっては,この構成を省略するものである点,」(以下「相違点1」という。) 「(ii)起動手段が,本願発明にあっては,身体装着時の手離しによる起動手段とラップトップ・コンピュータ使用時の手動による起動手段とからなり,手離しによる起動と手動による起動との互換性を有するものであるのに対し,引用例1にあっては,手動による起動手段についての明示がない点,」(以下「相違点2」という。) 「(iii)キーボードが,本願発明にあっては,少なくとも部分的には移動可能であって,キーボードは,拡張されたときには,本質的に通常サイズのコンピュータのキーボードの大きさとなるものであるのに対し,引用例1にあっては,この構成がない点,」(以下「相違点3」という。)
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本願発明と引用発明との相違点1ないし3についての判断を誤り(取消事由1ないし3),本願発明の顕著な作用効果を看過したものであり(取消事由4),これらの誤りがそれぞれ結論に影響することは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り) (1) 相違点1の認定の誤り 本願発明は,その構成要素として,@モニタ,Aコンピュータ・ハウジング,Bラップトップ・コンピュータとして使用されるときの手動による起動手段であるキーボードを有し,Cモニタがコンピュータ・ハウジングと一体化して構成されている,というものである。これに対し,引用発明は,その請求項1にも見られるとおり,@モニタに相当するコンピュータ表示手段(実施例では「ディスプレイスクリーン110」と称しているもの),Aコンピュータ・ハウジング(実施例では「システムユニット106のようなハウジング」と称しているもの)を有し,Bキーボードに代わる入力手段として,音声作動手段,眼球追跡作動手段,脳波作動手段及びその組合せからなるグループから選択されるハンドフリー作動手段を有し,Cモニタがコンピュータ・ハウジングとは別体に構成されているものである。
このように,引用発明は,モニタがコンピュータ・ハウジングとは別体に構成されているものの,本願発明と同じ構成要素であるモニタとコンピュータ・ハウジングを有し,また,本願発明のキーボードに対応する構成要素であるハンドフリー作動手段をも有するものである。したがって,引用発明は,本願発明の上記構成要素を「省略」しているわけではない。審決の「引用例1にあっては,この構成を省略するものである」(審決書6頁2行〜3行)との相違点1の認定は誤っており,この誤った認定に基づく相違点1についての判断も誤りである。
(2) 相違点1についての判断の誤り 審決は,相違点1について「身体装着可能なコンピュータとして,モニタとキーボードを一体化したコンピュータ・ハウジングを有し,ラップトップ・コンピュータとして使用されるように構成することは,例えば前記引用例2(特に第2図参照)に見られるように従来より周知の技術的事項である。したがって,本願発明におけるコンピュータとして周知の技術的事項を前提とすることは,当業者が容易になし得ることと認められる」(審決書6頁14行〜19行)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。
(ア) 引用例2の図2には,モニタとキーボードを一体化したコンピュータ・ハウジングを有するコンピュータを身体に装着した図が示されているものの,その発明の詳細な説明には,「NECの・・・は,図2に示すように身体の各部に適合する曲線をつくるようにパックされた様々な種類の堅いコンピュータモデルのようなものを作った。・・・そのNECモデルはそれにもかかわらず同一の欠点を持つ。そのNECの曲線を持つ構成は堅く,動的な動きに追従せず,さらに背骨には不均一な負荷が生じる。」(甲8号証【0012】)などと,このような身体装着可能な構成のコンピュータの欠点が記載されているだけであって,これをラップトップ・コンピュータとして使用するというような記載はない。引用例2の図2に示されている「コンピュータモデルのようなもの」がラップトップ・コンピュータに似ていることは認められるけれども,その形態をみるとラップトップ・コンピュータとして使用するには極めて不安定であって,実用化できるものとは思われない。
これらの引用例2の記載からいえることは,せいぜい,本件出願前にモニタとキーボードを一体化したコンピュータを身体装着可能にしようとした試みが知られていた,ということにとどまるのである。
(イ) 引用例1には,キーボード入力を行わないハンドフリーで起動するコンピュータだけが開示されているものであり,手動による起動手段は明示的にも黙示的にも記載されていないことからすれば,引用発明は,むしろ手動による起動手段を排除しているものと解すべきである。
引用例2に記載された発明は,単に引用発明の構成において「省略」された構成要素を有しているというものではなく,これもそれ自体で完結したコンピュータシステムである。
引用例1も引用例2もそれぞれ完結したコンピュータ・システムを開示しているのであるから,これらの構成要素の一部を取出し,これらを置き換え,結びつけて,引用例1とも引用例2とも全く異なる,新たな,それ自体で完結したコンピュータシステムを構成することは,当業者が容易になし得ることではない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り) 審決は,相違点2について,まず「身体装着可能なコンピュータにおける起動手段は,通常引用例1との対比における一致点にあるように手離しによる起動手段が採用されるものであり,またラップトップ・コンピュータとしての使用時には,通常キーボードなどによって手動による起動手段が採用されるものであることは技術常識である」(審決書6頁20行〜24行)と認定した。しかし,このような技術常識は存在しない。
審決は,続いて,「携帯可能なコンピュータにおいて,手離しによる起動手段と手動による起動手段を設けることは,例えば前記引用例3(特に「ノート型パソコン」参照)に見られるように従来より周知の技術的事項であり,手離しによる起動と手動による起動との互換性を有するようになすことは,当業者が適宜に定めうる設計上の事項に過ぎないものと認められる。したがって,本願発明における起動手段として周知の技術的事項を適用することは,当業者が容易になし得ることと認められる。」(審決書6頁24行〜30行)と判断している。
しかし,引用例3には,その明細書のいかなる箇所にも,コンピュータを手動で起動させるというような記載もなければ示唆もない。引用例3に記載の「医師支援用パーソナルコンピュータシステム」の発明は,その詳細な説明の段落[0001]の[産業上の利用分野]に記載されているように,診査野あるいは術野から視線を離せず,しかもパソコン操作に手を使えない診察中あるいは手術中の医師が,パーソナルコンピュータを音声によって非接触的に操作することによって,コマンドあるいはデータの入力を行い,パーソナルコンピュータからの情報を非有線式に取り出し,必要に応じて診査野あるいは術野とディスプレイ表示とを同時視認するものである。そして,その具体的な構成は,「シースルー機能を備えたゴーグルタイプディスプレイの入力端子に,RGB信号ワイヤレスユニットの受信部を接続することによって,パーソナルコンピュータからのディスプレイ出力を非有線的に受信してゴーグルタイプディスプレイに表示する」(甲9号証【0004】)と,記載されているものである。
このように引用例3に記載された発明は,パーソナルコンピュータとディスプレイが距離的に離れたシステムであり,また,起動手段は音声によるものである。それ故,この引用例3に「携帯可能なコンピュータにおいて手離しによる起動手段と手動による起動手段を設ける」(審決書6頁24行〜25行)との記載はない。
引用例3に「ノート型パソコン」が言及されていることは事実である。しかし,引用例3には,このノート型パソコンを手動で起動させるというようなことは一言も述べられておらず,単に,ノート型パソコンの小型化,軽量化により,いわば,通常のパーソナルコンピュータをノート型パソコンに置き換えることができる,という趣旨が述べられているにすぎない。まして,引用例3の明細書の全体を通じて,「手離しによる起動と手動による起動との互換性」(審決書6頁27行)などということは記載も示唆もされていないのである。
審決は,このような引用例3に関する誤った認定に基づき,上記のように誤った判断に至ったものである。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り) 審決の「コンピュータのキーボードとして,部分的には移動可能であって,拡張されたときには通常サイズの大きさとなるように構成することは従来より周知乃至慣用される技術的事項・・・である」(審決書6頁31行〜35行)との点は争わない。しかし,「本願発明におけるキーボードとして周知乃至慣用される技術的事項を適用することは,当業者が容易になし得ることと認められる。」(審決書6頁35行〜37行)との判断は誤っている。
デスクトップ・コンピュータやラップトップ・コンピュータとしての設置や使用の便宜のために,キーボードが部分的には移動可能であって,拡張されたときには通常サイズの大きさとなるように構成することは従来より周知ないし慣用された技術ではある。しかし,本願発明は,手動で起動することができるラップトップ・コンピュータとしても使用することができ,しかも手離しで起動することができる身体装着可能なコンピュータとしても使用することができるものであるから,これら二つの起動手段に適合し,かつ,身体装着可能にするためにキーボードを拡張・縮小自在に構成することは,従来より周知ないし慣用された上記技術とは,その技術的意義を全く異にするものである。本願発明における可動式のキーボードについては,単に周知ないし慣用手段を適用したものとみることはできない。
本願発明における「キーボードの少なくとも一部は可動式であって前記コンピュータ・ハウジングと一体的な部分を有し,かつ,その拡げたモードでは,実質的に標準的なサイズのコンピュータのキーボードの大きさ」となる,という構成は,周知あるいは慣用の手段にみられるような,コンピュータのキーボードの大きさを縮小し,コンピュータ全体の小型化を目的としたものではない。むしろ,元来が小型の手離し起動型の携帯用コンピュータをラップトップとして使用する際には,キーボードが必然的に小さいものとなるので使用しにくい,という問題を解決するために,ラップトップ・コンピュータとして使用するときは通常のサイズのキーボードとなるよう,拡張可能にするための構成であって,周知あるいは慣用の手段とは,目的においても全く相反するものである。
4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過) 審決は,「本願発明により奏する作用効果も,当業者が予測し得る程度のものであって格別のものとは認められない」(審決書6頁38行〜39行)と判断した。
しかし,本願発明は,本願明細書に記載されたとおり,「身体装着型で手離し様式のコンピュータは,非常に好適であるが,手離し様式の特徴が必要とされず,入力のためにキーボード又はマウスを使用することが等しく好都合であるという状況も存在する。更には,ヘッド・マウンテッド・ディスプレイ又はその他の取外し式ディスプレイが必要とされないという場合も存在する。手離し起動式(hands-free activation)コンピュータ及び手動起動式(hands activated)コンピュータの両方が必要とされ或いは所望されるという状況が,しばしば存在するのである」(甲3号証【0007】)という要請に基づいて,発明されるに至ったものである。本願発明は,その結果として,引用発明でも,引用例2及び3に記載された発明でも達成できない顕著な作用効果を奏するものである。
被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について (1) 相違点1の認定の誤りについて 審決の「引用例1にあっては,この構成を省略するものである」(審決書6頁2行〜3行)との認定は,引用発明が,単に,本願発明における「モニタとキーボードを一体化したコンピュータ・ハウジングを有し,ラップトップ・コンピュータとしても使用される」という構成を具備していないという意味であり,それ以上のことを意味するものではない。相違点1の認定に何ら誤りはない。
(2) 相違点1についての判断の誤りについて 引用例2の図2には,身体に着用可能な,プロセッサ及びCD-ROM読取装置(D)及び開いた状態の入出力装置(E,F)(符号E,Fで示されるものは,それぞれ,キーボードを用いた入力装置,モニタであることは明らかである)を備えたコンピュータが示されており,キーボードとモニタから成る入出力装置の形態からみて,ラップトップ型のコンピュータとしても使用可能なものであることは十分に読み取れるところである。また,身体装着可能なコンピュータとして,モニタとキーボードを一体化したコンピュータ・ハウジングを有し,ラップトップ・コンピュータとして使用されるように構成することは上記引用例2の外にも,実開平6-30825号公報(乙1号証,以下「乙1文献」という。)にもみられるように従来より周知の技術的事項である。
また,引用例1には,手離しで起動するコンピュータが開示されているものの,手動による起動手段を排除する旨の特段の記載はない。
したがって,上記周知の技術的事項を前提として勘案すると,引用例1に記載された「手離しで起動される身体装着可能なコンピュータ」においても,上記周知の技術的事項のようにコンピュータ・ハウジングにモニタとキーボードを一体化し,ラップトップ・コンピュータとしても使用できるように構成することは当業者が容易になし得たものである。相違点1に関する審決の認定・判断に誤りはない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について ラップトップ・コンピュータにおいては,通常キーボード等の手動による起動手段が採用されるものであることは技術常識であるから,引用例1に記載された「手離しで起動される身体装着可能なコンピュータ」を,コンピュータ・ハウジングにモニタとキーボードを一体化し,ラップトップ・コンピュータとしても使用できるように構成した場合,ラップトップ・コンピュータとしての使用時には,キーボード等の手動による起動手段を採用することは当業者が通常常識的になし得ることである。審決は,単にこのことを述べたに過ぎず,審決の認定・判断に誤りはない。
引用例3には,いわゆるノート型パソコンの拡張スロットにカードを挿入することにより音声認識機能をパーソナルコンピュータに組み込むことを簡単にすること,手を使わずに(音声により)パーソナルコンピュータを操作し,当該パーソナルコンピュータへの入出力を可能とすることが開示されている。ノート型パソコンとは,通常,ディスプレイ,キーボード等の手動による入力手段を備えた携帯可能なコンピュータを指すものであるから,引用例3に記載のノート型パソコンも,特別の理由がない限りキーボード等の手動による入力手段を備えるものと解するのが技術的にみて妥当である。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について ラップトップ・コンピュータ等の携帯可能なコンピュータのキーボードの大きさを縮小し,コンピュータを全体として小型化することを目的として,キーボードを,部分的に拡張可能であって,拡張されたときには通常サイズの大きさとなるように構成することは従来より周知ないし慣用された技術的事項である。引用発明すなわち手離しで起動される身体装着可能なコンピュータにおいても,手離しによる起動手段に加えキーボード等の手動による起動手段を設ける場合,コンピュータのキーボードの大きさを縮小し,コンピュータを全体として小型化することを目的として,ラップトップ・コンピュータ等の携帯可能なコンピュータのキーボードに関する上記周知乃至慣用される技術的事項を適用できることは明らかである。
4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過)について 引用発明すなわち手離しで起動される身体装着可能なコンピュータにおいて,手離しによる起動手段に加えキーボード等の手動による起動手段を設ける場合,身体装着時は手離しによる起動手段により起動し,手動による起動手段はラップトップ・コンピュータとしての使用時に用いるように構成することは当業者が適宜に定め得る設計上の事項にすぎず,そのように構成すれば手離しでも手動でも起動できるということは,当業者が十分に予測し得る程度のものであって格別のものとはいえない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について (1) 相違点1の認定の誤りについて 原告は,引用発明は,モニタがコンピュータ・ハウジングとは別体に構成されているものの,本願発明と同じ構成要素であるモニタとコンピュータ・ハウジングを有し,また,本願発明のキーボード対応する構成要素であるハンドフリーの作動手段をも有するものであるから,本願発明の上記構成要素を「省略」しているわけではない,と主張する。
しかし,審決が引用例1から認定した引用発明は,本願発明における「モニタとキーボードを一体化したコンピュータハウジングを有し,ラップトップ・コンピュータとしても使用される」という構成を具備していないのであり(この点は,原告の主張自体からも明らかである。),審決は,この意味において,引用発明は,「この構成を省略するもの」(審決書6頁2行〜3行)と認定したものであって,審決の相違点1の認定に何ら誤りはない。
(2) 相違点1についての判断の誤りについて 原告は,引用例2の図2には,モニタとキーボードを一体化したコンピュータ・ハウジングを有するコンピュータを身体に装着した図が示されているものの,その発明の詳細な説明には,これをラップトップ・コンピュータとして使用するというような記載はなく,また,同図に示されている「コンピュータモデルのようなもの」の形態をみると,ラップトップ・コンピュータとして使用するには極めて不安定であって,実用化できるものとは思われない,と主張する。
しかし,引用例2の発明の詳細な説明には「より楽に着用できるコンピュータの技術革新及び発明が行われる。NECのAは,図2に示すように身体の各部に適合する曲線をつくるようにパックされた様々な種類の堅いコンピュータモデルのようなものを作った。それらの装置は,プロセッサ及びCD-ROM読取装置(D)及び開いた状態の入出力装置(E,F)を備える。」(甲8号証【0012】)との記載がある。
引用例2のこの説明と図2からも明らかなように,引用例2に記載された発明は,プロセッサ及びCD-ROM読取装置(D)を備えたコンピュータ本体と,キーボードとモニタにそれぞれ相当する入出力装置EとFを一体化したコンピュータ・ハウジングを備えたものであるから,この入出力装置EとFを,ひざの上ないし机の上に載せて使用するラップトップ・コンピュータとしてこれを使用し得ることも明らかである。
また,乙1文献を見ると,身体装着可能なコンピュータにおいて,これと分離可能な入出力部(キーボードと表示器を一体化したコンピュータ・ハウジング)を形成し,これをラップトップ・コンピュータとして使用することが記載されている(乙1号証)。
このように,引用例2及び乙1文献には,身体装着可能なコンピュータと接続された,モニタとキーボードを一体化したコンピュータ・ハウジングを,ラップトップ・コンピュータとしても使用し得ることが記載されているのであるから,審決がこれを周知の技術的事項であると認定したことに誤りはない。
(3) 原告は,引用例1では,キーボード入力を行わないハンドフリーで起動するコンピュータだけが開示され,手動による起動手段は,明示的にも黙示的にも記載されていないことからすれば,引用発明は,むしろ手動による起動手段を排除している,と主張する。
しかしながら,引用例1には,引用発明が手動による起動手段を排除する旨の記載はない(甲7号証)。原告の主張は,具体的な根拠に基づかないものであって,失当である。
原告は,引用例1も引用例2もそれぞれ完結したコンピュータ・システムを開示しているのであるから,これらの構成要素の一部を取出し,これらを置き換え,結びつけて,引用例1とも引用例2とも全く異なる,新たな,それ自体で完結したコンピュータシステムを構成することは,当業者が容易になし得ることではない,と主張する。
しかし,引用例1及び2がそれぞれ完結したコンピュータ・システムを開示しているとしても,身体装着型で手離し様式のコンピュータにおいて,手離し様式の特徴が必要とされず,入力のためにキーボード又はマウスを使用することが好都合である場合も生じ得ることは明らかであるから,当業者であれば,このような場合もあることを考慮して,身体装着型のコンピュータである引用発明に,同じコンピュータの技術分野における引用例2及び乙1文献に記載された周知技術を適用することに想到することは容易である(この適用を妨げる格別の事情は存在しない。)というべきである。原告の上記主張は採用し得ない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について 審決は,「携帯可能なコンピュータにおいて,手離しによる起動手段と手動による起動手段を設けることは,例えば前記引用例3(特に「ノート型パソコン」参照)に見られるように従来より周知の技術的事項であり」(審決書6頁24行〜27行)と判断した。
原告は,引用例3には,その明細書のいかなる箇所にも,コンピュータを手動で起動させるというような記載もなければ示唆もない,と主張する。
確かに,引用例3には,「本発明は,診療中あるいは手術中の医師が診査野あるいは術野から目を外すことなく,手を使わずにパーソナルコンピュータを操作し,パーソナルコンピュータへの非有線的入力や非有線的出力を可能とすると共に,診査野,術野の視野を遮ることなくパーソナルコンピュータからの情報を享受し,診査野あるいは術野との並列視認や重複視認を可能とする直接的な医師支援用パーソナルコンピュータシステムの開発を目的とするものである。」(甲9号証2頁2欄33行〜41行)との手離し起動についての記載がある。しかし,引用例3に,「b.ノート型パソコンのシステム拡張用スロットに,パーソナルコンピュータ入力用音声認識カードを装着する。・・・d.ノート型パソコンのディスプレイ出力端子にRGB信号ワイヤレスユニットの送信部を接続する。」(甲9号証3頁4欄13行〜20行)との実施例の記載があることから明らかなように,同実施例においては,ノート型パソコンを使用しているのである。このようなノート型パソコンが,キーボードを有し,手動による起動を行う構成となっていることは,技術常識であるから,引用例3に記載されたノート型パソコンは,携帯可能なものであり,音声による入力手段すなわち手離しによる入力手段と通常のキーボード等による手動の起動手段を備えるものであることは明らかである。原告の上記主張は理由がない。
ラップトップ・コンピュータにおいては,通常,キーボード等による手動の起動手段が採用されるものであることは,文献等を引用するまでもなく技術常識であるといえるから,引用例1に記載された「手離しで起動される身体装着可能なコンピュータ」において,コンピュータ・ハウジングにモニタとキーボードを一体化し,ラップトップ・コンピュータとしても使用できるように構成した場合,身体装着時は手離しによる起動手段により起動し,ラップトップ・コンピュータとして使用するときには,キーボード等による手動の起動手段を使用するとの構成を採用することは当業者が容易になし得るところである。
したがって,審決の「携帯可能なコンピュータにおいて,手離しによる起動手段と手動による起動手段を設けることは,例えば前記引用例3(特に「ノート型パソコン」参照)に見られるように従来より周知の技術的事項であり,手離しによる起動と手動による起動との互換性を有するようになすことは,当業者が適宜に定めうる設計上の事項に過ぎないものと認められる。」(審決書6頁24行〜29行)との判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について 原告は,本願発明は,手動で起動することができるラップトップ・コンピュータとしても使用することができ,しかも手離しで起動することができる身体装着可能なコンピュータとしても使用することができるものであるから,これら二つの起動手段に適合し,かつ,身体装着可能にするためにキーボードを拡張・縮小自在に構成することは,従来より周知ないし慣用された技術とは,その技術的意義を全く異にするものであり,本願発明における可動式のキーボードについては,単に周知ないし慣用手段を適用したものとみることはできないなど,と主張する。
しかしながら,「コンピュータのキーボードとして,部分的には移動可能であって,拡張されたときには通常サイズの大きさとなるように構成することは従来より周知乃至慣用される技術的事項・・・である」(審決書6頁31行〜35行)ことは原告も争わないところである。このような周知ないし慣用技術は,ラップトップ・コンピュータ等の携帯可能なコンピュータのキーボードの大きさを縮小し,コンピュータを全体として小型化すること,及び,ラップトップ・コンピュータ等として使用するときは,通常のサイズのキーボードとなって使いやすくすることを目的としたものと認められ,このような目的は,携帯可能なコンピュータ全般にわたって要請されるものであるから,引用発明すなわち手離しで起動される身体装着可能なコンピュータにおいて,手離しによる起動手段に加えキーボード等による手動の起動手段を設けるに際し,同様の目的で,ラップトップ・コンピュータ等の携帯可能なコンピュータのキーボードに関する上記周知乃至慣用される技術的事項を適用することは,当業者が容易になし得るものであることは明らかである。原告の上記主張は理由がない。審決の「本願発明におけるキーボードとして周知乃至慣用される技術的事項を適用することは,当業者が容易になし得ることと認められる。」(審決書6頁35行〜37行)との判断に誤りはない。
4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過)について 原告は,本願発明は,引用発明でも,引用例2及び3に記載された発明でも達成できない顕著な作用効果を奏するものである,と主張する。
しかしながら,当業者が本願発明の構成に容易に想到し得るものであることは上記のとおりである。そして,原告が主張する上記作用効果は,本願発明の構成自体から通常予測される作用効果であるにすぎないことは明らかである。本願発明が,その構成自体から通常予測し得ない顕著な作用効果を奏するものということができない以上,原告の主張は,本願発明の進歩性を根拠付け得るものとみることはできないというべきである。審決が,「本願発明により奏する作用効果も,当業者が予測し得る程度のものであって格別のものとは認められない。」(審決書6頁38行〜39行)とした判断に誤りはない。
5 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久