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事件 |
平成
25年
(ネ)
10071号
損害賠償請求控訴事件
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2014/03/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成26年3月26日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官 平成25年 ネ 第10071号 損害賠償請求控訴事件 原審・東京地方裁判所平成23年 ワ 第4584号 口頭弁論終結日 平成26年2月19日 判 決 控 訴 人 マスプロ電工株式会社 訴訟代理人弁護士 高 橋 恭 司 同 枩 藤 朋 子 同 大 村 隆 平 同 福 田 智 洋 被 控 訴 人 ユ ニ デ ン 株 式 会 社 訴訟代理人弁護士 牛 久 保 秀 樹 同 達 野 大 輔 訴訟代理人弁理士 中 山 健 一 主 文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は,控訴人に対し,1億円及びこれに対する平成23年2月22日 から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。 4 仮執行宣言 第2 事案の概要 本判決の略称は,原判決に従う。 1 本件は,「受像装置,チューナー,テレビ受像機および再生装置」という名 称の本件発明について本件特許権(特許第4271698号)を有する控訴人が, 被控訴人による原判決別紙物件目録記載の被告製品の製造,販売等が,本件特許権 を侵害すると主張して,被控訴人に対し,民法709条,特許法102条2項の損 害賠償請求権に基づき,損害金7億6810万円の一部として1億円及びこれに対 する訴状送達の日の翌日である平成23年2月22日から支払済みまで民法所定の 年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 原判決は,被告製品はいずれも本件発明の技術的範囲に属さないとして,控訴人 の請求を全部棄却したため,控訴人が,これを不服として控訴したものである。 2 前提となる事実 原判決の「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。 3 争点 原判決の「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから,これを引用する。 第3 争点に関する当事者の主張 次のとおり,争点1(構成要件E充足性)及び争点2(構成要件J充足性)につ いて,当審における当事者の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」の第 3記載のとおりであるから,これを引用する。 〔当審における控訴人の主張〕 1 争点1(構成要件E充足性)について 「識別信号」の意義について ア 原判決は,真の16:9映像に識別信号が付加されて放送される場合,本件 発明によれば「付加映像であると判定」され,自動拡大されて左右のサイドパネル 部分の映像が表示されなくなってしまうが,このような結果は,本件明細書の段落 【0100】に記載された「付加映像であると判定」された場合に自動拡大する構 成を採用した本件発明の趣旨に反することを理由として,本件発明の構成要件にい う「識別信号」の意義について, 「少なくとも,付加映像にのみ付加され,付加映像 でない真の16:9映像には付加されないような信号であることが必要である」と 解釈した。 イ しかし,原判決のように識別信号を「付加映像でない真の16:9映像には 付加されないような信号」と限定解釈しても, 「識別信号の有無」と「付加映像か否 かの区別」との論理的な組合せとして, 「付加映像ではないが,識別信号が付加され ている場合」を想定できるのであり,この場合に本件発明を適用すると映像の存在 する領域が表示エリアからはみ出してしまい,原判決が指摘する「真の16:9映 像に識別信号が付加された場合に本件発明を適用した結果と,本件明細書【010 0】に記載された本件発明の趣旨との矛盾」は解決されない。したがって,上記矛 盾を理由として原判決のような限定的解釈を導くことは論理に飛躍がある。 また,原判決のように,識別信号を「真の16:9映像には付加されない信号」 であると限定解釈するのであれば,その論理的帰結として「真の16:9映像に識 別信号が付加される場合は存在しない」はずである。したがって,原判決には,識 別信号が付加された真の16:9映像に本件発明を適用するという場面設定と,識 別信号は真の16:9映像には付加されないという結論との間に自己矛盾がある。 ウ 付加映像でない真の16:9映像について左右両端部を表示せずにアスペク ト比4:3で表示されることを希望する映像送信側(映像制作者・放送事業者等) はおらず,その旨は当業者であれば当然に理解するはずであること,そのため16: 9映像(真の16:9映像又は付加映像)についてアスペクト比4:3の表示が設 定される場合とは,送信側において「本映像は付加映像であるため,16:9映像 の左右両端部を表示せず,中央部分のみを4:3で拡大表示せよ」との趣旨で設定 した場合と理解すべきであり,「付加映像ではないが,識別信号が付加されている」 場合(真の16:9映像であるにもかかわらず,識別信号が付加される場合)を想 定しなくても実務上は何ら不自然ではないこと, 「付加映像ではないが,識別信号が 付加されている」場合が,実務上,これを無視しても影響がないほど珍しい存在で あること,本件明細書には真の16:9映像に識別信号が付加されて放送されるこ とについては開示がないこと,かえって本件明細書の段落【0004】〜【000 6】及び【0100】の記載に照らせば,本件発明が「真の16:9映像に識別信 号が付加された場合」に適用することを想定していないものと理解できる。 このように,本件発明及び本件明細書は,出願当時の映像実務及び本件明細書の 記載に鑑みても,「付加映像ではないが,識別信号が付加されている」映像に適用 されることを想定していないから, 「付加映像ではないが,識別信号が付加されてい る」映像に本件発明を適用した場合の表示と,かかる場合を想定せずに記載された 本件明細書の記載とが整合しないことを理由として識別信号を限定的に解釈した原 判決は,本件発明及び本件明細書の解釈として失当である。 ARI4:3信号の「識別信号」該当性について ア 本件特許出願前の,パナソニック株式会社出願に係る特許公報(甲55), ソニー株式会社出願に係る特許公報(甲56)及び松下電器産業株式会社出願に係 る特許公報(甲58)には,ARI等のアスペクト比信号を用いてサイドパネル付 加映像であることを判定する技術が記載されていること,本件特許の出願時におけ る拒絶理由通知及び拒絶査定(甲51の4・7)において,特許庁は,引用例であ る株式会社東芝出願に係る特許公報(甲57)記載のアスペクト比に関する信号情 報が本件発明の識別信号と一致する旨判断していることからすれば,ARI等のア 「 スペクト比情報によって付加映像であることを識別できる」ことが本件特許出願時 の技術常識と認められるから,この技術常識を踏まえて本件発明の請求項1の記載 を解釈すれば, 「識別信号」にARI4:3信号等のアスペクト比情報が含まれるこ とは明らかである。 イ 送受信される映像のアスペクト比が16:9であるにもかかわらず,表示ア スペクト比が4:3と指定される場合には,論理的な場合分けとしては,当該映像 が真の16:9映像である場合と付加映像である場合があり得る。しかし,ARI の値は,映像送信側(映像制作者・放送事業者等)において設定するものであると ころ,送信側の通常の意思に鑑みれば,真の16:9映像として製作された映像に ついて,両端部を捨てて中央部分を拡大表示されることを希望する(ARIを4: 3に設定する)はずがない。 そうすると,送受信される映像のアスペクト比が16:9であるにもかかわらず, ARI4:3信号が付加される場合とは,「付加映像であるために,送信側がAR I4:3信号を付加した場合」と解釈すべきであるから,ARI4:3信号は,付 加映像であるとの判定を可能にする信号である。 ウ 本件特許出願前のパナソニック株式会社出願に係る特許公報(甲55),ソ ニー株式会社出願に係る特許公報(甲56),株式会社東芝出願に係る特許公報(甲 57)及び松下電器産業株式会社出願に係る特許公報(甲58)並びに本件明細書 には, 「真の16:9映像に表示アスペクト比を4:3とする信号が付加される場合」 について何らの記載も示唆もすることなく,アスペクト比情報によって付加映像を 判別する技術が開示されていることに鑑みれば,本件特許出願時における当業者の 技術常識として,「真の16:9映像に表示アスペクト比を4:3とする信号が付 加される場合」は全く想定していなかったことが明らかである。このことは,映像 送信者側(映像製作者又は放送事業者)の合理的な意思解釈に照らせば極めて合理 的である。かかる状況に照らして,本件発明の解釈において,本件明細書に何ら記 載も示唆もない「真の16:9映像に対して,アスペクト比4:3で表示すべきと のアスペクト比情報が付されている場合」を設定・適用して本件発明の解釈を行う ことは,およそ特許発明の解釈手法として適切ではない。 エ 原判決は,甲49の28頁に「グレー部分は実映像がある場合と黒パネルの 場合があることを示している」との表記があることから,ARIB標準規格が,真 の16:9映像にARI4:3信号が付加されることを想定していると判断した。 しかし,送信側である放送事業者が,実映像の左右両端部分が表示されないこと を望むはずがないため,放送事業者も参加した上で,「標準規格(望ましい仕様)」 (甲49)として策定されたARIB標準規格が,かかる放送事業者の通常の意思 に反して策定されるはずがない。ARIB標準規格も,本件発明と同様,論理的な 場合分けとして「真の16:9映像にARI4:3信号が付加される」場合も存在 することを注意的に規定したにすぎず,そのような場合の表示方法については現実 的には想定していない。また,ARIB標準規格が「実務上の規格標準化のために」 策定されたことに鑑みれば,映像に関係する当業者の通常の認識に反し,かつ現実 に極めて稀にしか存在しないケースを念頭に置かずに規定されたとしても,何ら不 自然ではない。 オ 原判決は,甲49の28頁の「実映像がある場合」について「甲40の1・ 2,甲42の1・2によれば,サイドパネルに「放送局名のロゴ表示」や「黒以外 の本番組に無関係な映像」を付すことがあることがうかがわれ,このような場合を 想定している可能性もある(この場合,「画像の存在しない領域である無画部」を 付加しているわけではないから,本件発明の「付加映像」には該当しない。)」と 判断した。 しかし,本件発明の請求項1には「アスペクト比4:3の映像における左右に画 像の存在しない領域である無画部を付加することでアスペクト比16:9の映像に アスペクト変換された付加映像」と記載されていることから,「元々の4:3映像 に付加され」,「アスペクト比変換される前の4:3映像の画像の存在しない」領 域であれば「無画部」と評価すべきである。したがって,当該領域に「放送局名の ロゴ表示」や「黒以外の映像」が含まれていても,それは「無画部」と評価すべき ものであって,原判決の上記判断は不当である。 カ 原判決は,「ARIB標準規格には,ARI4:3信号を「識別信号」と呼 んでいる箇所は存在せず,かえって,「ARIB映像アスペクト識別信号技術資料 1.0版」(平成12年6月20日策定,平成23年9月16日廃止。乙17,1 8)では,ARI4:3信号とは別の信号を「映像アスペクト識別信号」と呼んで いる。 ことを, 」 ARI4:3信号が識別信号に該当しないことの理由としている。 しかし,ARIB映像アスペクト識別信号技術資料(乙17)の対象信号はアナ ログコンポジット信号に限定されているのに対し,被告製品はいずれも地上デジタ ルチューナーであって,識別対象信号が異なること,また,上記技術資料において 識別信号は4:3素材/16:9(スクイーズ)素材の信号の識別(水平方向にス クイーズ処理した映像であるか否かの判別)のために適用されるのに対し,本件発 明が識別対象とする「付加映像」とは,4:3映像の左右両端部に無画部を付加し て16:9映像とした映像であり,スクイーズ(水平方向の圧縮)処理を全く行っ ておらず,識別対象が異なるから,原判決の上記認定は,当該技術資料の誤った解 釈を前提とするものであり失当である。 2 争点2(構成要件J充足性)について 原判決は,被告製品において,切替操作受付手段に該当し得る構成として, リモコン操作により「接続テレビ設定」を「4:3レターボックス」又は「4:3 パンスキャン」に設定することを可能とする構成のみを摘示し,当該構成が構成要 件Jに該当することの立証がないと判断した。 しかし,被告製品では,「接続テレビ設定」の切替に加えて,リモコンの「ズ ームボタン」の押下によっても表示サイズを切り替えることが可能である。 イ号製品と本件発明1との対比 そして,付加映像であると判定された後の処理について,接続テレビ設定の操作 においては,@イ号製品は,「接続テレビ設定」を「4:3レターボックス」とし た状態で,ARI4:3信号が付加された16:9信号を入力した場合,自動的に 拡大サイズによる表示を行い,A上記@の状態から,接続テレビ設定を「4:3パ ンスキャン」に設定すると,設定画面右上の表示が「4:3レターボックス」から 「4:3パンスキャン」に切り替わる。また,上記@の状態からリモコンの「ズー ムボタン」を押下すると,ズームボタンを押下する度に,表示画面左下に「ズーム 入」または「ズーム切」と表示される。 したがって,イ号製品では,「接続テレビ設定」の切替及びリモコンの「ズーム ボタン」の押下のいずれによっても,付加映像であると判定された後に表示方法を 切り替えるための操作を受け付けていることが明らかである。 ロ号製品ないしト号製品について ロ号製品ないしヘ号製品も,ズームボタンに関する取扱説明書の記載がイ号製品 の取扱説明書と全く同じであり,また,ト号製品についても,甲52におけるズー ムボタンの説明が「接続テレビ設定が「4:3レターボックス」 「4:3パンスキャ ン」設定の場合,ボタンを押すたびに,画面がレターボックス表示・パンスキャン 表示に切り換わります。 と記載されており, 」 イ号製品ないしヘ号製品の取扱説明書 における説明文と全く同一であるから,ズームボタンを押下した際の処理は,イ号 製品ないしト号製品の間で共通している。 以上のとおりであるから,被告製品は,原判決が認定した付加映像でないと 判定された後の処理の場合だけでなく,付加映像であると判定された後の処理にお いても,切替操作を受け付けていることが明らかであり,構成要件Jを充足する。 〔当審における控訴人の主張に対する被控訴人の主張〕 1 争点1(構成要件E充足性)について 「識別信号」の意義について ア 控訴人は,原判決のように解しても,「識別信号の有無」と「付加映像か否 かの区別」との論理的な組合せとしては, 「付加映像ではないが,識別信号が付加さ れている場合」を想定できる旨主張する。 しかし,本件発明における「識別信号」は,少なくとも,付加映像にのみ付加さ れ,付加映像でない真の16:9映像には付加されないものである以上, 「付加映像 ではないが,識別信号が付加されている場合」は論理的にあり得ない。むしろ,あ る信号についてそのような場合が存在することを想定できるのであれば,それは「識 別信号」ではない,ということである。 イ 控訴人は,原判決には,真の16:9映像に識別信号が付加された映像につ いて本件発明を適用するという場面設定と,識別信号は真の16:9映像に付加さ れないという結論との間に自己矛盾がある旨主張する。 しかし,原判決は,@本件発明が,真の16:9映像に識別信号が付加された映 像にも適用される場合を仮に考えると,Aその結果が本発明の趣旨に反するから, その論理的な帰結として@は否定され,B識別信号は「付加映像でない真の16: 9映像には付加されないような信号であることが必要」と解釈すべきであることを 判示したのであって,上記@とBが両立する旨判示したものではないから,@とB の間で原判決には自己矛盾があるとする控訴人の主張は失当である。 ウ 控訴人は,本件発明及び本件明細書は,「付加映像ではないが,識別信号が 付加されている」映像に適用されることを想定していないから,原判決の判断理由 は本件発明及び本件明細書の解釈として失当である旨主張する。 しかし,控訴人の主張は,原判決が真の16:9映像に識別信号が付加された映 像に本件発明を適用することを前提としているとの,控訴人の誤った理解に基づく ものである。また,控訴人の主張は,現実の放送で「付加映像ではないが,識別信 号が付加されている」場合が実際に存在することを認めながらも,事例が少ないこ とを理由に,その存在を無視して「識別信号」の解釈を行うものであって,理論的 根拠足り得ない。そして,控訴人は,本件発明は「付加映像ではないが,識別信号 が付加されている」映像に適用されることを想定していない旨主張するが,そうで あるならば,本件発明は,原判決の認定どおり,識別信号は付加映像でない真の1 6:9映像には付加されないことを前提としているということである。 (2) ARI4:3信号の「識別信号」該当性について ア 控訴人は,本件特許出願前の各特許公報(甲55〜57)の記載や本件特許 の出願時における拒絶理由通知及び拒絶査定における特許庁の判断を根拠として, ARI等のアスペクト比情報を用いてサイドパネル付加映像であるとの判定を行う ことが,当業者の技術常識となっていた旨主張する。 しかし,甲55及び56はいずれも,ARI信号をサイドパネル付加映像を識別 する信号としていないばかりか,放送局から送信されるARI信号では,真の16: 9映像にARI4:3信号が付加される場合があるなど,ARI信号によって映像 を識別することの危険性を認識して,ARI信号に依存するのではなく,映像自体 の特徴からサイドパネル付加映像か否かを判別する発明である。甲57は,アスペ クト比情報という捉え方ではなく,「アスペクトに関する信号情報」と広範に情報 を捉えており,この「アスペクトに関する信号情報」と本件発明の「識別情報」の 関係について言及しているわけでもなく,まして一致しているとも述べていない。 さらに,特許庁の拒絶理由通知は,「アスペクト比に関する信号情報」ということ では特許性がないとの判断であり,本件発明の「識別信号」が「ARI信号(アス ペクト比情報)」と同意義であると判断したものではない。 したがって,ARI等のアスペクト比情報を用いてサイドパネル付加映像である との判定を行うことが,当業者の技術常識となっていたとの事実はない。 イ 控訴人は,ARIの値は送信側の希望に基づいて設定されるものであり,真 の16:9映像について両端部を捨てて中央部分を拡大表示されることを希望する はずがない旨主張する。 しかし,ARIの値が主観により左右されることが前提であるなら,「ワイドテ レビであれば16:9映像をそのまま両端まで表示してほしいが,4:3テレビで あれば黒枠をなくすために両端は切り捨ててもいいので中央を拡大表示してほし い」という送信者の希望も,当然想定される。これは,画面の縦横比が4:3のテ レビから16:9のワイドテレビへの移行期であった本件特許の出願当時において は普通に生じる希望である。実際に,ARIB標準規格が,真の16:9映像でも ARI4:3信号が付加される場合を想定している (甲49の28頁) のは,かか る状況が念頭にあるためである。 ウ 控訴人は,本件特許出願前の各特許公報(甲55,56)の記載内容からみ て,当業者の技術常識として,「真の16:9映像に表示アスペクト比を4:3と する信号が付加される場合」を想定していないことが明らかである旨主張する。 しかし,ARIB標準規格の内容をみると,当業者の技術常識として真の16: 9映像にARI4:3信号が付加されている場合もまた想定されているとみなけれ ばならない。ARIB標準規格が当初策定された平成11年には,甲55,56か ら明らかなとおり,アスペクト比情報(Aspect-Ratio-Information)のみでは付加 映像を適切に判別できないことが当業者の技術常識であった。地上デジタル放送開 始から間もない時点では,放送番組制作現場での使用機材に多くの旧型の4:3映 像制作用機材がまだ存在していたこと(特に地方放送局では),及び家庭のテレビ 受像機にも多くの4:3テレビ受像機が存在しており(特に地方では),@真の1 6:9映像といっても,全篇が完全な16:9映像となっているものから,A番組 の一部映像が4:3映像制作装置で制作されたものをアップコンバート(16:9 映像に映像変換)したものを含む,真の16:9映像,B偽の16:9映像には, 4:3制作装置によって制作された映像であるが,4:3映像の左右に視聴の邪魔 にはならない様な映像や情報を付加して16:9映像にしたもの,C真の16:9 映像制作装置によって制作された番組であるが,前後の番組との関係や放送地域の 16:9受像機の普及度合いから,4:3映像として放送しているもの等と多種多 様であり,一義的にどのアスペクト比で「表示すべき」と定義できる状況でないこ とが,当時の当業者の技術常識であった。 また,前記のとおり,甲55,56は,放送局から送信されるARI信号によっ て映像を識別することの危険性を認識して,ARI信号に依存するのではなく,映 像自体の特徴からサイドパネル付加映像か否かを判別する発明を行っているのであ り,このことは,逆に,「真の16:9映像に表示アスペクト比を4:3とする信 号が付加される場合」を想定していたことの証左である。 エ 控訴人は,ARIB標準規格には真の16:9映像にARI4:3信号が付 加される場面が表記されているにもかかわらず,かかる表示方法は現実的には想定 されていない旨主張する。 しかし,電波産業会は,通信・放送分野における電波利用システム毎に無線設備 の標準的な仕様等の基本的な要件を定める一般社団法人である。そのような団体が, 無線機器製造者,利用者等の利害関係者の参加を得た規格会議の議決を経て策定す るARIB標準規格に,現実的には想定していない場面を記載したとの主張は根拠 がない。 オ 控訴人は,「元々の4:3映像に付加され」,「アスペクト比変換される前 の4:3映像の画像の存在しない」領域であれば「無画部」と評価すべきである旨 主張する。 しかし,控訴人の主張を前提としても,本件発明における無画部は,@画像が存 在しない領域であって,かつ,Aアスペクト比4:3の映像をアスペクト比16: 9の映像に変換するために…付加されるもの,である。控訴人の解釈は,Aの条件 をもって@の条件を解釈し,それにより@の内容を変更し,実質的にAの条件のみ を適用しようとするものにほかならない。本件発明における「無画部」が, 「画像の 存在しない領域」であることは請求項1に明記されている。放送局のロゴ表示があ る場合又は黒 (映像信号がない場合の色)以外の映像が含まれている場合を,「画像 の存在しない領域」と理解することは,請求項1の記載及び技術常識に明らかに反 する。 カ 控訴人は,原判決がARIB映像アスペクト識別信号技術資料(乙17)に おいて,ARI4:3信号とは別の信号を映像アスペクト識別信号と呼んでいるこ とを理由に,ARI4:3信号が識別信号に該当しないとした点について,上記資 料は対象信号や識別の対象が異なるから,原判決は上記資料の誤った解釈を前提と したものである旨主張する。 しかし,ここで問題なのは,ARIB規格ではARI4:3信号とは全く異なる 信号を「識別信号」と呼んでいた,という事実そのものである。かかる事実は,A RI4:3信号を「識別信号」として付加映像を判定するということが,放送の送 信者を含む関係技術者の技術常識として考えられていなかったことを示すものであ る。実際に,ARI4:3信号を含むARIB標準規格に,付加映像であるか否か を直接表示するパラメータが存在しないことは,控訴人も自認するところであって, ARI信号を付加映像を識別する目的として取り扱うことは,放送信号の送信者を 含む関係技術者の技術常識として存在しなかったものである。 2 争点2(構成要件J充足性)について (1) ARI4:3信号が 「識別信号」に当たらない以上,被告製品は,構成要 件Jを充足しない。 (2) 控訴人は,イ号製品では,付加映像であると判定された後の処理について, 接続テレビ設定の操作において,接続テレビ設定をリモコンで切替操作した場合, 設定画面右上の表示が「4:3レターボックス」から「4:3パンスキャン」に切 り替わること,同じくリモコンのズームボタンを押下すると,表示画面左下に「ズ ーム:入」または「ズーム:切」と表示されることから,表示方法を切り替えるた めの操作を受け付けている旨主張する。 しかし,イ号製品に,ARI4:3信号が付加された16:9信号を入力した場 合,16:9映像の中央部分にある4:3映像が4:3の画面いっぱいに自動拡大 表示される。その後,接続テレビ設定で「4:3レターボックス」から「4:3パ ンスキャン」,及び「4:3パンスキャン」から「4:3レターボックス」への切 り替え操作を行った場合,接続テレビ設定は切り替わるが,表示映像は拡大表示を 維持し,標準表示方法に切り替わることはない。また,上記自動拡大表示の後,リ モコンのズームボタンの押下操作を行った場合,リモコンからの操作信号受信を知 らせるために,表示画面左下に「ズーム:入」又は「ズーム:切」が表示されるが, これは,リモコン信号を受信したことの通知を行っているだけで,表示映像が拡大 表示から標準表示方法に切り替わることはない。したがって,表示方法を切り替え る操作が受け付けられているとの控訴人の主張は失当である。 第4 当裁判所の判断 当裁判所も,控訴人の本訴請求は,いずれも理由がなく,これを棄却すべきもの と判断する。その理由は,次のとおりである。 1 争点1(構成要件E充足性)について 「識別信号」の意義について 控訴人は,ARI4:3信号が構成要件Eにいう「識別信号」に当たることを前 提に被告製品は構成要件Eを充足すると主張するのに対して,被控訴人は,ARI 4:3信号は「識別信号」に当たらないと主張する。 そこで,まず,本件発明における「識別信号」の意義について検討する。 ア 本件発明1の【特許請求の範囲】 【請求項1】の記載によれば,構成要件Eに いう「識別信号」とは, 「アスペクト比4:3の映像における左右に画像の存在しな い領域である無画部を付加することでアスペクト比16:9の映像にアスペクト変 換された付加映像,であることを識別するための」信号であり,それ以外に「識別 信号」を定義した箇所はない。 この【特許請求の範囲】における記載によれば, 「識別信号」とは,アスペクト比 4:3で生成された映像の左右に無画部が付加されて16:9映像にアスペクト変 換された「付加映像」と,付加映像でない真の16:9映像(はじめからアスペク ト比16:9で生成された映像)の中から, 「付加映像であること」を「識別」でき るものでなければならないと解される。 イ 次に,本件明細書を見ると,以下の記載がある(段落【0043】以下は, 実施例に関する記載である。。 ) 「映像信号は,はじめからアスペクト比16:9で生成された映像を示すものだ けでなく,無画部を付加することでアスペクト比を16:9とした付加映像を示す ものとしても放送されている。このような映像信号を放送する放送局では,付加映 像を示す映像信号を,そのようなアスペクト変換をした映像を示すものであること を識別するための識別信号が含まれた信号として放送することが一般的である。」 (【0016】) 「なお,アスペクト比16:9にアスペクト変換された映像を示す映像信号は, 本来付加映像を示すものであるにも拘わらず,何らかの事情により識別信号が含ま れないまま放送されていることも多い。このような場合,識別信号の有無で付加映 像であるか否かを判定する構成では,付加映像であるにも拘わらず,はじめからア スペクト比16:9で生成された映像であると判定してしまい,無画部で囲まれた 映像を表示装置に表示させてしまう恐れがある。( 」【0019】) 「第4の発明によれば,映像信号に識別信号が含まれているか否かによって,そ の映像信号で示される映像が付加映像であるか否かを判定することができる。【0 ( 」 036】) 「また,上述したS402で,アスペクト比が16:9であると判定された場合 (S402:NO),外部から入力した映像信号で示される映像が,画像の存在しな い領域(以降, 「無画部」という)をアスペクト比4:3の映像に付加してなる付加 映像であるか否かがチェックされる(S410)。通常,無画部を付加することでア スペクト比を16:9とした付加映像を示す映像信号は,そのようにアスペクト変 換をした映像を示すものであることを識別するための識別信号が含まれた状態で放 送される。そのため,このS410では,外部から入力した映像信号に,識別信号 が含まれているか否かにより,その映像信号で示される映像が付加映像であるか否 かがチェックされる。( 」【0091】) 「また,表示データ読み出し処理においては,外部から入力した映像信号に識別 信号が含まれているか否かによって(図8のS410) その映像信号で示される映 , 像が付加映像であるか否かを判定することができる。( 」【0101】) 「アスペクト比4:3から16:9にアスペクト変換された映像を示す映像信号 は,付加映像を示すものであり,通常は上述した識別信号が含まれた状態で放送さ れる。しかし,現状では,付加映像を示すものであるにも拘わらず,その映像信号 が識別信号を含まない状態で放送されていることがある。このような場合,識別信 号の有無だけで付加映像であるか否かを判定する第2実施形態の構成では,付加映 像であるにも拘わらず,はじめからアスペクト比16:9で生成された映像である と判定してしまい,無画部で囲まれた映像を表示装置2に表示させてしまう恐れが ある。( 」【0108】) ウ 以上の本件明細書によれば,「識別信号」は,本来,付加映像には付加され, 他方,付加映像でない真の16:9映像には付加されないで放送されることが想定 されているものと認められる(本件明細書の段落【0016】【0091】。 ) エ このように,本件発明1の特許請求の範囲及び本件明細書の各記載によれば, 本件発明にいう「識別信号」は,付加映像と,付加映像でない真の16:9映像と を含むアスペクト比16:9の映像の中から「付加映像であること」を「識別」で きるものでなければならず,そのため,少なくとも,付加映像にのみ付加され,付 加映像でない真の16:9映像には付加されないような信号であることが必要であ ると解される。 そのような信号であれば,当該信号が付加されていれば付加映像であると判定す ることができるから, (本件明細書の段落【0019】及び【0108】にあるよう に,付加映像であるにもかかわらず当該信号が付されない場合があることにより, 付加映像であることを100パーセント判定することができないことがあるにして も,)本件発明1の特許請求の範囲請求項1記載の「付加映像,であることを識別」 する信号であるといえる。 ARI4:3信号の「識別信号」該当性について ア 社団法人電波産業会の策定した,本件特許出願当時の「ARIBデジタル放 送用受信装置標準規格(望ましい仕様)4.4版」 (甲49。平成17年9月29日 改定のもの。以下「ARIB標準規格」という。)によれば,ARI4:3信号は, 以下のような信号であることが認められる。 ARIのコード番号「2」 (ARI4:3信号)は「4:3表示」を意味し,コー ド番号「3」は「16:9表示」を意味する(甲49・20頁表6−3「表6−1 及び表6−2におけるMPEG 2符号化パラメータの各コード番号の意味」,26 頁「表6−5,表6−6及び表6−7におけるMPEG2符号化パラメータの各コ ード番号の意味」。 ) がある場合,ARIは ! " #と $ !" " % で指定される領域のアスペクト比を表すことがMPE G規格で規定されている(甲49・22頁表6−2注3,24頁表6−5注1,2 5頁表6−6注1,26頁表6−7注1)。 16:9映像のうちARI4:3信号が付加される「A16:9の番組2」とは, 「Dの値[判決注: % の $ !" " の値] がBの値[判決注: & !の$ !" " の値]の3/4に 設定されている場合(4:3番組にサイドパネルを付加した贋16:9番組の場合 を含む)」であり,「4:3モニターには両サイドパネルを捨て,480×720の フル画面表示」「16:9モニターにはそのまま表示する。グレー部分[判決注: , 図示されたサイドパネル部分]は実映像がある場合と黒パネルの場合があることを 示している」と説明されている(甲49・28頁図6−1「アスペクト比4:3/ 16:9のモニターにおける望ましい表示形式」。 ) すなわち,ARIB標準規格によれば,ARI4:3信号が付加される「A16: 9の番組2」は,両サイドパネル部分に「実映像がある場合」を含み, 「4:3番組 にサイドパネルを付加した贋16:9番組の場合を含む」が,それに限定されては いないものと想定されているのであり,本件発明でいう「付加映像」に当たらない 映像にもARI4:3信号が付される場合があることが想定されているといえる。 イ 控訴人は,この点について,本来の16:9映像は「@16:9の番組1」 ( [判決注: 「C % の ! " の値] D , [判 決注: % の $ !" " の値]の各値がA[判 決注: & !の ! " の値]B ,[判決注: & ! の $ !" " の値]の各値と同じ場合(C,Dが送信されない場合を 含む)」であり,「4:3モニターにはレターボックス形式で出力する」「16:9 , モニターにはそのまま表示する」と説明されている映像ソース)に含まれるべきも のであり,「A16:9の番組2」は,「4:3番組にサイドパネルを付加した贋1 6:9番組の場合」(のみ)を予定していると解釈すべきものである旨主張する。 しかし,前記アのとおり,ARIB標準規格において,「A16:9番組2」は, 付加映像に当たる「4:3番組にサイドパネルを付加した贋16:9番組」のほか, 両サイドパネル部分に「実映像がある場合」である真の16:9映像の場合を含む ことが明記されているのであるから,控訴人の上記主張は,ARIB標準規格にお ける説明文言に反する解釈であって採用することができない。そして,弁論の全趣 旨によれば,画面の縦横比が4:3のテレビから16:9のワイドテレビに完全に 移行するまでの間は,画面の上下に無画部のパネルが表示されるのを避けるために, 真の16:9映像であっても,これを4:3表示サイズに合わせる形であえて左右 両端をサイドカットする設定で放送することも,番組製作者等の意向も踏まえた上 で番組の画面構成及び内容等によっては考えられないものではなく,少なくとも, これを否定するに足りる証拠もない。 ウ 実際,NHK教育テレビ(現「Eテレ」。甲40の1)で放送されていたアニ メ「忍たま乱太郎」のオープニング及びエンディングの映像は,客観的には真の1 6:9映像であるにもかかわらず,少なくとも平成24年9月5日まで,ARI4: 3信号を付加して放送されていた(甲45,48,乙15・21頁)。 エ 以上によれば,ARIB標準規格において,ARI4:3信号は,真の16: 9映像及び付加映像について,これを4:3モニターに表示する場合には,真の1 6:9映像のときは左右両端の実映像部分を,付加映像のときは左右両端の無画部 (付加されたサイドパネル)をそれぞれカットして480×720のフル画面表示 とし,16:9モニターに表示する場合にはそのまま表示することを指示する信号 であって,付加映像のみならず真の16:9映像にも付加される信号として規格さ れ,現実にも真の16:9映像に付加して放送される可能性がある。したがって, ARI4:3信号の有無によっては,付加映像であることを識別することはできな い場合があるから,ARI4:3信号が構成要件Eにいう「識別信号」に当たると いうことはできない。 控訴人は,この点について,客観的には真の16:9映像であるにもかかわらず, ARI4:3信号を付加して放送されているような映像信号(被告指摘信号)はそ の存在が予定されていない例外的な映像信号であるから,被告指摘信号の存在を理 由にARI4:3信号が「識別信号」に当たることを否定することはできない,と いった趣旨の主張をする。 しかし,上記のとおり,もともとARIB標準規格において,ARI4:3信号 は,付加映像のみならず真の16:9映像にも付加され,モニターに表示する際の 映像の表示方法を指示する信号として規格されたものであって,現実にも真の1 6:9映像に付加して放送される可能性があり,ARI4:3信号の有無により, 付加映像か否かを区別するものとして規格されたものでもない。そして,本件明細 書には,例外的に,付加映像であるにもかかわらず,識別信号が付加されないで放 送されることがあることが開示されているが(段落【0019】【0108】,付 , ) 加映像でない真の16:9映像に識別信号が付加されて放送されることについては 開示も示唆もない。そうすると, 「付加映像,であること」を「識別」することが本 件発明にいう「識別信号」の定義であり,本件明細書の記載を参酌してもそのよう な性質は必須というべきであるから,付加映像であることを識別することができな いARI4:3信号をもって「識別信号」に当たるということはできない。このこ とは,本件特許出願以降の特定の時期における被告指摘信号の有無,割合によって 左右されるものではない。 控訴人の上記主張は採用することができない。 オ 当審における控訴人の主張について ア 控訴人は,本件特許出願前の,パナソニック株式会社出願に係る特許公報 (甲55),ソニー株式会社出願に係る特許公報(甲56)及び松下電器産業株式会 社出願に係る特許公報(甲58)には,ARI等のアスペクト比信号を用いてサイ ドパネル付加映像であることを判定する技術が記載されていること,本件特許の出 願時における拒絶理由通知及び拒絶査定(甲51の4・7)において,特許庁は, 引用例である株式会社東芝出願に係る特許公報(甲57)記載のアスペクト比に関 する信号情報が本件発明の識別信号と一致する旨判断していることからすれば,A 「 RI等のアスペクト比情報によって付加映像であることを識別できる」ことが本件 特許出願時の技術常識と認められるから,この技術常識を踏まえて本件発明の請求 項1の記載を解釈すれば, 「識別信号」にARI4:3信号等のアスペクト比情報が 含まれることは明らかである旨主張する。 そこで検討するに,甲55には,従来,デジタル放送において,アスペクト比が 4:3の元映像を16:9で送出する場合やアスペクト比が16:9の元映像を4: 3で送出する場合,放送局は,両側(サイドパネル方式)又は上下(レターボック ス方式)に無信号を付加して送信するところ,このような映像に対して,放送局で & !, % にパラメータを指定することがA RIB TR−B15に規定されていること,しかし,サイドパネル方式又はレター ボックス方式の場合に, & ! 及び % の情 報の埋め込みは義務化されているわけではないので,全ての番組で当該情報が埋め 込まれているわけではなく,その場合,従来のデジタル放送受信機では,受信した 映像データがアスペクト比4:3と16:9との間で,本来の映像のアスペクト比 と異なるアスペクト比で送出するために付加的な画像が追加された映像であるか否 かが不明であるため,画面の一部を切り出すことなく表示することになり,サイド パネル又はレターボックス付きの放送の場合,無信号期間などの付加的な情報も表 示してしまい,実際の映像部分が小さく表示されてしまうという問題があったこと, かかる問題を解決するため,付加的な画像が追加された映像であるか否かを判別す る判別手段において,映像信号中の特定領域の静止画像を検出することにより放送 信号の付加的な画像の有無を判別し,放送信号の付加的な画像がある場合には,出 力手段により,放送信号に含まれる画像領域外の信号を削除した映像信号を出力す ることを特徴とするデジタル放送受信機の技術が開示されている(段落【0006】, 【0013】【0015】。しかし,甲55には,上記のとおり, , ) & ! 及び % の情報の埋め込みは義務化されておらず,本来の 映像とは異なるアスペクト比で送出するために付加的な画像が追加された映像であ るか否かが不明であることが記載されているから, & ! 等の情報がア スペクト比を表す「識別信号」に該当する旨の控訴人主張の根拠とすることはでき ない。 甲56には,MPEG2システムで伝送される画像のアスペクト比や画角は, & ! や % で特定することができること, サイドパネル信号の場合,& " " ' (HSV)に対して % & " "(DHS)が小さくなり, ! ' " ' (VSV) % と '! "(DVS)とが一致すること,このように,& " " ' (H SV)の値と % & " " (DHS)の値とを比較し, '! " ' (VSV)の値と % '! " (DVS)の値とを 比較すれば,その比較出力から,フルライン信号であるか,サイドパネル信号であ るか,レターボックス信号であるかが判断でき,さらに,% & " " (DHS)と,% '! " (DVS)とにより,有効画像領域の大きさ が判断できること,そのため,MPEG2のビデオの場合には, & " " ' (HSV)と,% & " " (DHS)とを比 較し,' ! " ' (VSV)と % '! " (DVS)とを比 較し,小さい方のパラメータに基づいて画面を切り出すような処理を行えばよいと の技術が開示されている(段落【0078】【0083】〜【0085】。しかし, , ) 上記技術における,HSVとDHS,VSVとDVSは,それぞれを比較すること によって,フルライン信号であるか,サイドパネル信号であるかなどを判断し,あ るいは,小さい方のパラメータに基づいて画面を切り出すような処理が行われるも のであり,直接的にアスペクト比を表すものではないから,これらのHSV等の信 号は,アスペクト比を表す「識別信号」に該当するということはできない。 甲57には,従来のデジタル放送受信装置においては,ユーザーに映像アスペク ト比情報を提示する際に,デジタル放送受信装置の映像出力が接続されるテレビの 種類とは無関係に,ストリームに記載されている映像アスペクト比情報(4:3又 は16:9のいずれか)を表示していたが,4:3サイドパネル信号や16:9レ ターボックス信号は,映像のアスペクト比を正しく出力するために,デジタル放送 受信装置が接続されるテレビの種類により,出力するデコード映像のアスペクト比 を変化させていたため,実際に出力するデコード映像と表示するアスペクト比情報 が不一致となる場合があり,ユーザーに対して混乱を来たすという問題があったこ と,かかる問題を解決するため,受信したデジタル放送からアスペクト比に関する 信号情報を取得する信号情報取得ステップと,前記アスペクト比に関する信号情報 を第1の信号系統又は第2の信号系統のどちらかとして判断する信号系統判断ステ ップと,前記第1の信号系統として判断された信号情報に第1の信号が付加されて いるかを判断し,前記第1の信号が付加されていればあらかじめ設定されている接 続テレビ情報に基づいて第1のアスペクト比表示情報又は第2のアスペクト比表示 情報を出力する第1の信号判断ステップと,前記第2の信号系統として判断された 信号情報に第2の信号が付加されているかを判断し,前記第2の信号が付加されて いればあらかじめ設定されている接続テレビ情報に基づいて第1のアスペクト比表 示情報又は第2のアスペクト比表示情報を出力する第2の信号判断ステップとを備 えるように構成された受信方法が開示されている(段落【0016】〜【0018 】【0021】。しかし,他方,甲57においては,受信したデジタル放送から取 , ) 得する「アスペクト比に関する信号情報」は, 「デジタル放送で放送される放送番組 の映像信号には放送ストリーム内に,4:3信号,16:9信号,4:3サイドパ ネル信号,16:9レターボックス信号の4種類の信号(映像アスペクト比情報) が重畳されている。(段落【0003】 」 )と記載されているように,4種類の信号と されているところ,これが本件発明の「識別信号」に対応するとしても,Aspect-R atio-Information 情報としては4:3表示と16:9表示の2種類の信号しかない ARIB標準規格のARI信号といかなる関係にあるかが不明であるから,甲57 は,被告製品において用いられるARIB4:3信号が「識別信号」に該当する旨 の控訴人主張の根拠となるものではない。 また,拒絶理由通知及び拒絶査定(甲51の4・7)について言えば,拒絶理由 通知書(甲51の4)には, 「引用文献1(判決注;甲57)には,受信した信号情 報から映像信号の種類の情報を取得すると共に,接続テレビのアスペクト比情報を 取得,記憶しておき,映像信号が4:3サイドパネル信号で4:3テレビ接続時に は映像信号のサイドパネル部をカットして4:3の映像信号として表示し,映像信 号が16:9信号で4:3テレビ接続時には映像信号の上下側に黒帯を付加して全 体として4:3映像として表示する発明が記載されている。」とあり,拒絶査定(甲 51の7)には,「引用文献1(判決注;甲57,以下同じ。)図2の「4:3サイ ドパネル信号」が,本願請求項1の「外部から入力されるアスペクト比16:9の 映像を示す映像信号」であって「付加映像である」に相当する。, 」「引用文献1の「 信号情報取得装置15」が,本願請求項1の付加映像判定手段に相当する」などと あるのみであって,特許庁が,引用文献1である甲57記載の4種類の映像アスペ クト比情報がARIB標準規格のARI4:3信号であることを認定しているもの ではない。 甲58には,HD映像を復号可能なアップコンバート映像検出装置において,少 なくともサイドパネルが付加されているかどうかを検出して,その際に,少なくと もMPEGで規定されている Aspect-Ratio-Information 情報を使うことを特徴と するアップコンバート映像検出装置であって,発明の実施の形態として,MPEG シンタックス解析部は送られてきた映像のビットストリームの & ! の '! " が1080であれば1080I映像フォーマットと判断し,映像 復号部ではこの情報を元に1080I映像復号を行い,またMPEGシンタックス 解析部では1080I映像フォーマットと判断した場合にはさらに & ! の Aspect-Ratio-Information より,2の場合のみサイドパネルが付加され ていると判断し,映像復号部で復号化された信号はアップコンバートされた信号で あることを検出することができるとの技術が開示されている(【特許請求の範囲】, 段落【0008】。しかし,前記 ) エのとおり,本件発明1の特許請求の範囲及び 本件明細書の各記載によれば,本件発明にいう「識別信号」は,付加映像と,付加 映像でない真の16:9映像とを含むアスペクト比16:9の映像の中から「付加 映像であること」を「識別」できるものでなければならず,そのため,少なくとも, 付加映像にのみ付加され,付加映像でない真の16:9映像には付加されないよう な信号であることが必要である。しかるに,前記エのとおり,もともとARIB標 準規格において,ARI4:3信号は,付加映像のみならず真の16:9映像にも 付加され,モニターに表示する際の映像の表示方法を指示する信号として規格され たものであって,現実にも真の16:9映像に付加して放送される可能性があり, ARI4:3信号の有無により,付加映像か否かを区別するものとして規格された ものでもないから, 「ARI4:3信号」が本件発明の「識別信号」に当たらないこ とは明らかである。たとえ甲58において,(ARIが)2の場合のみサイドパネ 「 ルが付加されていると判断」するような構成が開示されていたとしても,ARIB 標準規格において規定された上記ARI4:3信号の定義・内容が変更されるもの ではなく,また,甲58に控訴人の主張に沿う上記記載があるからといって,AR IB標準規格における前記アの説明文言にもかかわらず,ARI4:3信号によっ て付加映像であることを識別できるということが本件特許出願当時における技術常 識であると認めるには足りない。 控訴人の上記主張は理由がない。 イ 控訴人は,ARIの値は,送信側において設定するものであるところ,映 像送信側(映像制作者・放送事業者等)の通常の意思に鑑みれば,真の16:9映 像として製作された映像について,両端部を捨てて中央部分を拡大表示されること を希望する(ARIを4:3に設定する)はずがないから,送受信される映像のア スペクト比が16:9であるにもかかわらず,ARI4:3信号が付加される場合 とは,「付加映像であるために,送信側がARI4:3信号を付加した場合」と解 釈すべきであって,ARI4:3信号は,付加映像であるとの判定を可能にする信 号である旨主張する。また,控訴人は,本件特許出願前の各特許公報(甲55〜5 8)及び本件明細書には, 「真の16:9映像に表示アスペクト比を4:3とする信 号が付加される場合」について何らの記載も示唆もなく,アスペクト比情報によっ て付加映像を判別する技術が開示されていることに鑑みれば,本件特許出願時にお ける当業者の技術常識として,「真の16:9映像に表示アスペクト比を4:3と する信号が付加される場合」を全く想定していなかったことが明らかであり,この ことは,映像送信者側(映像製作者又は放送事業者)の合理的な意思解釈に照らせ ば極めて合理的であって,かかる状況に照らして,本件発明の解釈において,本件 明細書に何ら記載も示唆もない「真の16:9映像に対して,アスペクト比4:3 で表示すべきとのアスペクト比情報が付されている場合」を設定・適用して本件発 明の解釈を行うことは,およそ特許発明の解釈手法として適切ではない旨主張する。 しかし,前記アのとおり,ARIB標準規格によれば,ARI4:3信号が付加 される「A16:9の番組2」は, 「4:3番組にサイドパネルを付加した贋16: 9番組の場合を含む」がそれに限定されず,両サイドパネル部分に「実映像がある 場合」 (真の16:9映像の場合)をも含むと説明されている。したがって,送受信 される映像のアスペクト比が16:9であるにもかかわらず,ARI4:3信号が 付加される場合とは,「付加映像であるために,送信側がARI4:3信号を付加 する場合」と解釈すべきである旨の控訴人の主張は独自の見解にすぎない。 そして,前記エのとおり,もともとARIB標準規格において,ARI4:3信 号は,付加映像のみならず真の16:9映像にも付加され,モニターに表示する際 の映像の表示方法を指示する信号として規格されたものであるから,ARI4:3 信号は真の16:9映像にも付加して放送される可能性があり,ARI4:3信号 の有無によって付加映像であることを識別することができない場合があるから,A RI4:3信号が構成要件Eの「識別信号」に当たるとはいうことはできない。 また,甲55〜58に「真の16:9映像に表示アスペクト比を4:3とする信 号が付加される場合」について何らの記載も示唆もなく,アスペクト比情報によっ て付加映像を判別する技術が開示されていたとしても,それだけでは,ARIB標 準規格における前記アの説明文言に反して,「真の16:9映像に表示アスペクト 比を4:3とする信号が付加される場合」を想定していなかったことが,本件特許 出願時における当業者の技術常識であったと認めるには足りない。 控訴人の上記主張はいずれも理由がない。 ウ 控訴人は,原判決が,甲49の28頁に「グレー部分は実映像がある場合 と黒パネルの場合があることを示している」との表記があることから,ARIB標 準規格が,真の16:9映像にARI4:3信号が付加されることを想定している と判断したことについて,送信側である放送事業者が,実映像の左右両端部分が表 示されないことを望むはずがないため,放送事業者も参加した上で, 「標準規格(望 ましい仕様)」として策定されたARIB標準規格が,かかる放送事業者の通常の 意思に反して策定されるはずがなく,ARIB標準規格も,本件発明と同様,論理 的な場合分けとして「真の16:9映像にARI4:3信号が付加される」場合も 存在することを注意的に規定したにすぎず,そのような場合の表示方法については 現実的には想定していない旨主張する。 しかし,ARIB標準規格(甲49の28頁)によれば,「A16:9の番組2」 とは,「Dの値がBの値の3/4に設定されている場合(4:3番組にサイドパネル を付加した贋16:9番組の場合を含む)」であり,「4:3モニターには両サイド パネルを捨て,480×720のフル画面表示」,「16:9モニターにはそのまま 表示する。グレー部分は実映像がある場合と黒パネルの場合があることを示してい る」と説明され,4:3モニタに表示する場合(フル画面表示の図と,両サイドパネ ルがグレーに,上下のパネルが黒色に着色された画面に×印が付された図が示されて いる。)と,16:9モニタに表示する場合(両サイドパネルがグレーに着色された 図が示されている。)とがそれぞれ図示されている。他方,「B4:3の番組」と は,「Cの値[判決注: % の ! " の値] がAの値[判決注: & !の ! " の値]と同じ場合」で あり,「4:3モニターには4:3の番組をそのまま表示する。」,「16:9モ ニターにはサイドパネルを付加して表示するか,525iではモニター側の偏向系 の工夫により表示する。」と説明され,4:3モニタに表示する場合(4:3の番 組がそのまま画面表示された図が示されている。)と,16:9モニタに表示する場 合(両サイドパネルが黒色に着色された図が示されている。)がそれぞれ図示されて いる。 このように,ARIB標準規格においては,サイドパネル部分について,黒色に 着色した黒パネルの場合は実映像がない場合を意味し,他方,グレーに着色したサ イドパネルについては,実映像がある場合と実映像がない場合の両者を含むことを 意味するものであることは明らかである。そうすると,ARIB標準規格による「A 16:9の番組2」の上記説明及び図によれば,ARIB標準規格は,「真の16: 9映像にARI4:3信号が付加される」場合を想定した上で,その場合の表示方 法をも規定しているものと認められる。 したがって,控訴人の上記主張は理由がない。 イ号製品と本件発明1との対比 ア イ号製品の構成要件E充足性 控訴人は,イ号製品にARI4:3信号の付加された帯入16:9信号が入力さ れた場合の動作を立証しているが,それ以外に「識別信号」たり得る信号が入力さ れた場合のイ号製品の動作を立証していない(甲5や甲19の2に記載されている 「識別信号」とは,「ARI4:3信号」を意味する。甲6,甲21の2,弁論の 全趣旨)。 ARI4:3信号は構成要件Eにいう「識別信号」に当たらないから,イ号製品 が「識別信号が,外部から入力される映像信号に付加されている場合に,該映像信 号で示される映像が前記付加映像であると判定する,といった処理を……実行する 付加映像判定手段」を有していることを認めるに足りる証拠はない。 かえって,イ号製品は,真の16:9映像であっても,ARI4:3信号が付加 されている場合には自動拡大するのであるから(乙11),ARI4:3信号と別 の,付加映像のみに付されるような信号(識別信号)の有無による判定を行ってい るものではなく,ARI4:3信号のみによって自動拡大の有無を判定しているよ うに推測される。 したがって,イ号製品は構成要件Eを充足しない。 イ イ号製品が「付加映像判定手段」を有している証拠はないから,イ号製品は, 付加映像判定手段による判定を前提とする構成要件G,I,Jを充足しない。 イ号製品と本件発明2との対比 前記のとおり,イ号製品は構成要件E,G,I,Jを充足しないし,イ号製品が 「付加映像判定手段」を有している証拠はないから,イ号製品は,付加映像判定手 段による判定を前提とする構成要件Lも充足しない。 ロ号製品ないしト号製品と本件発明との対比 同様に,ロ号製品ないしト号製品も,構成要件E,G,I,J,Lを充足しない。 2 争点2(構成要件J充足性)について 被告製品が,いずれも構成要件Jを充足しないことは前記1 イ, 及び の とおりである。 3 結論 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本訴請求はい ずれも理由がないから,これを棄却した原判決は相当である。よって,本件控訴を 棄却することとし,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 富 田 善 範 裁判官 大 鷹 一 郎 裁判官 田 中 芳 樹 |