関連審決 | 不服2000-5342 |
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関連ワード | 特許を受ける権利 / 自然法則 / 製造方法 / インターネット / 周知技術 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 発明が明確 / 参酌 / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
15年
(行ケ)
572号
審決取消請求事件
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原告 X1 原告 X2 両名訴訟代理人弁理士 河野登夫 同 岡本敏夫 被告 特許庁長官小川 洋 指定代理人 石井良夫 同 金公彦 同 一色 由美子 同 涌井幸一 同 宮下正之 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/07/22 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告らの請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告ら 特許庁が不服2000-5342号事件について平成15年11月10日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告ら及び訴外A(以下「A」という。)は,平成8年9月19日,名称を「シリコン蒸着用材の製造方法,及びシリコン蒸着フィルムの製造方法」とする発明につき特許出願(平成8年特許願第248301号。以下「本件出願」という。 請求項の数は2である。)をし,平成12年3月3日に拒絶査定を受けたので,平成12年4月13日,これに対する不服の審判を請求した。 特許庁は,これを不服2000-5342号事件として審理した。原告ら及びAは,この審理の過程で,平成15年2月24日付けの手続補正書により,本件出願の願書に添付した明細書の全文の補正(以下「本件補正」といい,本件補正後の明細書と図面とを併せて「本願明細書」という。)をした。特許庁は,審理の結果,平成15年11月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年11月25日,その謄本を原告ら及びAに送達した。Aは,平成15年12月17日,本件出願に係る特許を受ける権利について,その持分を放棄した。 2 特許請求の範囲 「【請求項1】 メタルシリコンとケイ酸ナトリウムとを混合する工程と,マイナスイオン化された石英坩堝に所定時間投入する工程と,このマイナスイオン化された混合物に水を添加する工程とを含むことを特徴とするシリコン蒸着用材の製造方法。 【請求項2】 メタルシリコンとケイ酸ナトリウムとを混合する工程と,マイナスイオン化された石英坩堝に所定時間投入する工程と,このマイナスイオン化された混合物に水を添加する工程と,これにより得られたシリコン蒸着用材を蒸発させてフィルム基材に付着させてシリコン蒸着膜を形成する膜形成工程とを含むことを特徴とするシリコン蒸着フィルムの製造方法。」 (以下,請求項1,2の発明を,まとめて「本願発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2は,いずれも特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず,かつ,発明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない,とするものである。 |
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原告ら主張の審決取消事由の要点
審決は,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2は,いずれも特許を受けようとする発明が明確であるにもかかわらず,明確であるとはいえない(特許法36条6項違反),と誤って判断し,かつ,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるにもかかわらず,明確かつ十分に記載したものとはいえない(同36条4項違反),と誤って判断したものであり,これらの誤りが結論に影響することは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 36条6項違反の判断の誤り (1) 審決は,「本願特許請求の範囲における「マイナスイオン化された」という用語が「負に帯電した」又は「負の静電気を帯電した」ことを意味するとしても,「石英坩堝」が「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」するものであるか否かは不明であり,かつ「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」した「石英坩堝」は一般的に知られたものとは云えない。そうすると,本願特許請求の範囲の請求項1及び請求項2の「マイナスイオン化された石英坩堝」とはいかなるものであるのかが不明である。」(審決書8頁1〜2段)と判断した。しかし,この判断は誤りである。 本願明細書には,「ここにおいて「マイナスイオン化された」とは「負に帯電した」又は「負の静電気を帯電した」ことを意味する。」(甲11号証【0018】)と記載されている。仮に,本願明細書の特許請求の範囲に記載された「マイナスイオン化された」との用語の意味が不明確であるとしても,特許法70条2項の規定により,この用語は,「負に帯電した」又は「負の静電気を帯電した」ことを意味すると解釈すべきである。 異なる物質同士をこすり合わせると,物体が「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」することは,文部省「中学校学習指導要領」(平成10年12月14日発行,甲4号証)及び「学研ニューコース中2理科」(株式会社学習研究社,平成16年2月発行,甲5号証。以下「甲5文献」という。)などに記載されており,中学生にも知られている事柄であるから,本願発明の技術分野における当業者にも,当然によく知られている技術である。また,「広辞苑」(甲8号証)に,「るつぼ【坩堝】」について「@物質を溶融し,または灼熱するための耐火性の深皿。・・・白金,石英,アルミナなどで作る。」(甲8号証2824頁)との記載があることからすれば,「石英坩堝」がどのようなものであるかは,当業者にとって明らかなことである。このような出願時の技術常識を考慮すれば,本願明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に記載された「マイナスイオン化された石英坩堝」とは,「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」させた「石英坩堝」を意味するものであると明確に理解することができるのである。 (2) 審決は,「「メタルシリコンとケイ酸ナトリウムとを混合」したものが「負に帯電」するものであるか否かは不明であって,「メタルシリコンとケイ酸ナトリウムとを混合」したものを「マイナスイオン化された石英坩堝に所定時間投入」することにより「電荷の移動が生じる」か否かも不明であるから,本願特許請求の範囲請求項1及び請求項2の「マイナスイオン化された混合物」もまた,いかなるものであるのかが不明である。」(審決書8頁25〜30行)と判断した。しかし,この判断も誤りである。 村田雄司著「静電気の基礎と帯電防止技術」(日刊工業新聞社,平成15年4月4日発行)には,「したがって,静電気で帯電する対象としての物質は,世の中にある全ての物質ということになる。」(甲9号証1頁)と記載されているから,審決の「「メタルシリコンとケイ酸ナトリウムとを混合したもの」が「負に帯電」するものであるか否かは不明」との上記判断は失当である。 物体同士を接触すれば,一方の物体から他方の物体に電荷の移動が生じることは,一般的に知られている(甲5文献,甲10号証((株)セレス・ホームページhttp:-/www.celles.co.jp/home.html ))。したがって,「メタルシリコンとケイ酸ナトリウムとを混合」したものを「マイナスイオン化された石英坩堝に所定時間投入」すれば,「メタルシリコンと珪酸ナトリウムとを混合したもの」と「マイナスイオン化された石英坩堝」とは自ずと接触するから,「マイナスイオン化された石英坩堝」から「メタルシリコンとケイ酸ナトリウムとを混合」したものへ「電荷の移動が生じる」ことは,当業者にとって明らかである。 2 36条4項違反の判断の誤り (1) 審決は,@「「石英坩堝」及び「メタルシリコンとケイ酸ナトリウムとを混合」したものが,「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」するものであるか否かは不明であり,かつ「負に帯電」した又は「負の静電気を帯電」した「石英坩堝」は一般的に知られたものとは云えないこと,「メタルシリコンとケイ酸ナトリウムとを混合」したものを「マイナスイオン化された石英坩堝に所定時間投入」することにより「電荷の移動が生じる」か否かも不明である」(審決書9頁21〜27行),A「また,「石英坩堝」を「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」させる手段についても,一般的に知られたものとは云えず,かつ,請求人は,意見書等において,「石英坩堝」を「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」させる具体的手段,例えばどのようなものとの摩擦により「石英坩堝」が「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」するのか,について何ら開示せず,更に「石英坩堝」が「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」すること,及び「負に帯電した坩堝(通常の坩堝ではない)に混合物を投入することで電荷の移動が生じる」ことを何ら証明していない。」(同9頁29〜36行)ことを挙げて,「本願明細書の発明の詳細な説明が,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載したものとは云えない。」(審決書10頁1段)と判断した。しかし,この判断は誤りである。 (ア) 審決の上記@の判断は,上記1で述べた理由によりすべて誤りである。 (イ) 審決の上記Aの判断についても,次に述べるとおり,誤りである。 (a) 中学生向けの理科参考書である甲5文献の「静電気・・・電気を通さない2種類の物質をこすり合わせたときに,物質がおびる電気」との記載(甲5号証12頁),及び,初心者向けの静電気に関するインターネットのホームページの「AとBを接触すると界面を通してBよりAへ電子が移動します。」との記載(甲10号証7枚目)からすれば,少なくとも2種類の物質をこすり合わせること(摩擦)及び物質の接触は,「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」させる手段として一般的に知られたものである,ということができる。そして,「石英坩堝」を作る「石英」がガラスの材料にもなること(甲8号証)からすれば,「石英坩堝」は「ガラス」と同等の特性を有するものであるといえ,また,このことと,ガラスを毛皮でこすると負に帯電すること(甲5文献)からすれば,「石英坩堝」を負に帯電させるために毛皮を用いてこすればよいことは,容易に導ける事項である。しかも,「石英坩堝」と他の物質をこすり合わせること,又は「石英坩堝」と他の物質を接触させることには,特別な装置・方法等を必要としない。したがって,石英坩堝を帯電させる方法及び電荷を他へ移動させる手段をあえて明細書に開示する必要はないし,ことさら説明する必要もない。 (b) 株式会社キーエンスのホームページ(http:-/www.keyence.co.jp/index.html,甲12号証)の説明から,ガラスとシリコンを接触させるとガラスからシリコンへ負の電荷が移動することは明らかであるから,ガラスと同等の特性を有する「負に帯電した石英坩堝」に「メタルシリコンを含む混合物」を投入すると,石英坩堝から混合物へ負の電荷が移動することも,証明するまでもなく,当業者が明確に把握することができることである。 (c) 被告は,乙5号証ないし7号証の文献に甲5文献とは異なる帯電列が記載されていることを挙げて,ガラスを「負に帯電」させる物質や方法が周知であるとはいえない,と主張する。しかし,当業者であれば,所要の帯電列を参照して,「ガラス」を負に帯電させる物質を特定し,その物質を用いて「ガラス」を負に帯電させることは困難なことではない。 (2) 審決は,「「自噴させる工程」が,「自らの内部からガスを噴出させる工程」であって,具体的には「水を添加する工程」を意味するとしても,その反応における「マイナスイオン化された混合物」がいかなる技術的意味を有するのかが不明であり,そうすると,結局のところ,「石英坩堝」を「マイナスイオン化」することの技術的意味も不明である。」(審決書11頁末段〜12頁1段)とし,「本願明細書の発明の詳細な説明が,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載したものとは云えない。」(審決書13頁3段)と判断した。しかし,この判断は誤りである。 発明は,自然法則を結果として利用するものであれば十分であり,発明がどのような理論によってその効果をもたらすかについての説明がなくても又は説明が不十分もしくは誤りであっても差し支えない。 現在のところ,混合物を負の静電気に帯電させると,自らの内部からガスを噴出することが促進されるのは,どのような理論によるのか正確に認識できるところにまで至っていない。しかし,混合物を負に帯電させることがガスの噴出を促進させることは明らかであり,本願発明は,このような法則を結果として利用しているものである。 また,本願明細書には,本願発明の効果として,本願発明を用いて製造するシリコン蒸着用材の蒸発特性を良好にし得ることが明確に述べられている(甲11号証【発明の効果】参照)。混合物を負に帯電させることによりガスの噴出を促進させることを,本願発明の効果としているわけでもない。 |
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被告の反論の骨子
審決の判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1 36条6項違反の判断の誤り,について (1) 審決は,「マイナスイオン化する」ことが「負の静電気が帯電する」という意味で用いられていることを認めているわけではない。「イオン化」とは,通常,気体の電離あるいは溶液中の電解質の電離をいうのに対し,「帯電」は,物体中の一部の原子/分子の電子が過不足した状態をいうのであるから,物体が帯電しているからといって物体全体が「イオン化」しているとはいわない。 (2) 仮に,「マイナスイオン化する」という用語が「負の静電気が帯電する」ことを意味するという原告らの主張が正しいとしても,「マイナスイオン化された石英坩堝」の意味は明確でない。ガラスは,正(+)には帯電しやすいものの,負(-)には帯電し難いものである(甲5文献)。また,曽根悟他監修「図解電気の大百科」(オーム社,平成7年5月25日発行,88〜94頁,乙5号証。以下「乙5文献」という。),「カラー版電気百科事典」(オーム社,昭和60年7月30日発行,2〜5頁,610〜611頁,乙6号証。以下「乙6文献」という。),シムコジャパン株式会社のインタネット・ホームページ(http:-/www.simco.co.jp/index.html,乙7号証。以下「乙7ホームページ」という。)に記載された「帯電列」では,「毛皮」及び「頭髪」が「ガラス」よりも負(-)側に位置しており,この帯電列によれば,「ガラス」を「毛皮」や「人毛」でこすれば,ガラスは正(+)に帯電することとなる。したがって,「ガラス」を本願発明に必要な程度に「負に帯電」させるための物質及びその方法が周知であるとはいえず,「石英坩堝」と「ガラス」の帯電特性がほぼ等しいと仮定しても,「石英坩堝」を「マイナスイオン化」するための物質及び方法も周知とはいえないから,周知技術を参酌しても,当業者は「石英坩堝」を負に帯電させることができるか否かを理解することができない。 (3) 「石英坩堝」を構成する「石英ガラス」は絶縁材料として最も優れたものであり(作花済夫他編「ガラスハンドブック」朝倉書店,1981年8月1日発行,720〜721頁,乙9号証。以下「乙9文献」という。),絶縁体のような電荷の移動しにくい物質に帯電した電荷は,他の物質に単に接触させても電荷が移動することはない(乙5文献,乙6文献)。したがって,当業者は,周知技術を参酌しても,「メタルシリコンとケイ酸ナトリウムとを混合する工程と,マイナスイオン化された石英坩堝に所定時間投入する工程」により,「マイナスイオン化された混合物」が得られるか否かを,理解することができない。 2 36条4項違反の判断の誤り,について (1) 上記1で述べたとおり,「マイナスイオン化された石英坩堝」自体,その意味内容が不明確で,「石英坩堝」を「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」させる手段は一般的に知られたものとはいえない。 (2) 上記1で述べたとおり,ガラスを毛皮で摩擦して帯電させることができたとしても,プラスとマイナスのいずれに帯電するかは当業者でも判らない。 (3) 上記1で述べたとおり,「マイナスイオン化された石英坩堝」に他の物質を単に接触させても,「マイナスイオン化された石英坩堝」に帯電した電荷が移動することはない。本願明細書の発明の詳細な説明には,「マイナスイオン化された混合物」に関する理論的証明も,事実の立証も全く記載されていないから,発明の詳細な説明は「石英坩堝から混合物へ負の電荷の移動が生じること」を明確かつ十分に把握できる記載内容になっているということはできない。 |
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当裁判所の判断
1 36条4項違反の判断の誤り,について (1) 「マイナスイオン化された」について 本願明細書には,「ここにおいて「マイナスイオン化された」とは「負に帯電した」又は「負の静電気を帯電した」ことを意味する。」(甲11号証【0018】)と記載されている。 そして,本件出願後の刊行物ではあるものの,平成11年11月2日付けの日経産業新聞における空気清浄機に関する記事には,「マイナスイオン混合水蒸気発生」,「マイナスイオンを混合した水蒸気を発生させる」,「マイナスに帯電した水蒸気を発生させる」(乙1号証・本件審判手続において原告ら及びAが提出した平成14年10月15日付け手続補足書に添付されたもの)との記載がある。 また,松原英多著「イオン静電療法」(中山式総合開発(株),昭和59年12月15日発行)には,「電子がはなれたり加わったりすれば,それは原子の変形といわざるをえないだろう。このような変形した原子を「イオン」と呼んでいる。そして,いくつかの電子のはなれた,つまり+の多くなったものを「プラスイオン」。 逆に電子が加わって-の多くなったものを「マイナスイオン」。と,それぞれ区別してある。」(乙1号証の上記手続補足書に添付されたもの,33頁2〜9行),「電子がはなれた原子は+,くっついた原子は-。二つの物質間に+と-が生ずれば,そこに電気が誕生。これ静電気発生の理くつです。いいかえれば,こすりショックによってプラスイオンとマイナスイオンが作られ,その結果として電気が生まれたわけ。」(同34頁6〜9行)との記載がある。 これらの記載からすれば,本願発明における「マイナスイオン化された」という用語は,科学的に明確に定義されている用語とまではいえなくとも,文献あるいは新聞記事等で,水蒸気や原子について,「マイナス,すなわち負に帯電」という意味で用いられることもある用語であることが認められ,このことと,本願明細書の上記記載によれば,本願明細書においても,「負に帯電した」又は「負の静電気を帯電した」ことを意味するものとして使用されているものと解するのが相当である。 (2) 石英坩堝を負に帯電させる手段について 審決は,「「石英坩堝」を「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」させる手段についても,一般的に知られたものとは云えず,かつ,・・・「石英坩堝」を「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」させる具体的手段,例えばどのようなものとの摩擦により「石英坩堝」が「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」するのか,について何ら開示せず,更に「石英坩堝」が「負に帯電」又は「負の静電気を帯電」すること,及び「負に帯電した坩堝(通常の坩堝ではない)に混合物を投入することで電荷の移動が生じる」ことを何ら証明していない。」(審決書9頁下から2段)と判断したものである。 (ア) 原告らは,「石英坩堝」を作る「石英」がガラスの材料にもなることからすれば,「石英坩堝」は「ガラス」と同等の特性を有するものであるといえ,また,このことと,ガラスを毛皮でこすると負に帯電することからすれば,「石英坩堝」を負に帯電させるために毛皮を用いてこすればよいことは,容易に導ける事項である,と主張する。 確かに,甲5文献(学研ニューコース中2理科)には,「静電気・・・電気を通さない2種類の物質をこすり合わせたときに生じる電気。」,「2種類の物質を摩擦すると,-の電気を失って+の電気をおびやすいものと,逆に-の電気をおびやすいものがある。物質をこの順がわかるように並べたものを帯電列といい,身近な物質では次のようになる。」 「同じガラスでも毛皮でこすると-,絹でこすると+の静電気をおびる。」(甲5号証13頁)と記載されていることが認められる。また,甲10号証11枚目にも,人毛・毛皮がガラスより+側に位置する帯電列の記載がある。 (イ) しかし,乙5文献(「図解電気の大百科」)には,摩擦電気系列が次のように記載され,「この組合せの中から二つの物質を取り出して摩擦した場合,左側の物質は+の電荷を帯び,右側の物質は-の電荷を帯びる」と記載されている(乙5号証89〜90頁)。 また,乙6文献(「カラー版電気百科事典」)には,帯電序列が次のように記載され,「上位と下位の物質を摩擦すると,上位のものが正,下位のものが負に帯電する」と記載されている(乙6号証610頁)。 さらに,乙7ホームページには,帯電列が次のように記載されている(乙7号証)。 (ウ) 以上の記載からすれば,電気を通さない2種類の物質をこすり合わせると静電気が生じること,ある物質を負に帯電させるには,その物質よりも帯電列において正側にある物質とこすり合わせればよいことは明らかであるといえるものの,上記の文献を見ても,「石英」を何とこすり合わせると負に帯電するかについては,明らかであるとはいえない。すなわち,「石英」は「ガラス」の材料になる(甲8号証)ことはいえるものの,帯電列における「石英坩堝」の位置が,単に「ガラス」と記載されたものと同じ位置にあるか否かは,不明である。仮に,帯電列において,「石英坩堝」が単なる「ガラス」と同等の位置にあるとしても,上記各文献に示された各帯電列における「ガラス」の位置には違いがあることからすれば,「ガラス」をどの物質とこすり合わせると負に帯電するかは,一義的に明らかであるとはいえないし,むしろ原告らが主張する毛皮とガラスをこすり合わせても,ガラスが正(+)に帯電することを示す文献も多いのである。したがって,「石英坩堝」がどの物質とこすり合わせれば負に帯電するかということは,技術常識を考慮しても明らかであるとはいえない。 そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明には,「石英坩堝」を負(-)に帯電させるための具体的手段について何ら記載されておらず(甲11号証),当該手段が明細書に記載するまでもなく明らかであると認めるに足る証拠もないから,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていると認めることはできない。 (3) 原告らは,ガラスとシリコンを接触させるとガラスからシリコンへ負の電荷が移動することは明らかであるから,ガラスと同等の特性を有する「負に帯電した石英坩堝」に「メタルシリコンを含む混合物」を投入すると,石英坩堝から混合物へ負の電荷が移動することも,証明するまでもなく,当業者が明確に把握することができることである,と主張する。 しかしながら,原告らの主張によれば,「メタルシリコンを含む混合物」に負の電荷を移動させるためには「負に帯電した石英坩堝」が必要であるにもかかわらず,上記(2)で説示したとおり,「負に帯電した石英坩堝」自体を得る具体的手段が不明である以上,原告らの主張がその前提を欠くことは明らかである。 のみならず,原告らの提示する甲5,甲10,甲12号証には,いずれも,静電気の発生機構として,電気的に中性の2種類の物質を接触又は摩擦すると電子が物質の間を移動することが示されているにすぎず,帯電した物質の電荷が他の物質に移動することを示すものではないから,これらの記載をもって,負に帯電した石英坩堝にメタルシリコンを含む混合物を投入すると石英坩堝から混合物へ負の電荷が移動することが明確に把握できるということはできない。むしろ,乙9文献(「ガラスハンドブック」)には,「石英ガラスが絶縁材料として最も優れている」(乙9号証720頁)と記載されているのであり,また,乙5文献には,帯電している塩化ビニル板をはく検電器に直接接触させても,電荷ははく検電器に移らないが,電気盆を使用すると電荷が移ること,これは,塩化ビニルは不導体であるため,はく検電器の金属部分に触れても電荷の移動はないが,電気盆は金属部分にある+電荷をはく検電器の金属部に触れたため,電荷は移動しやすく,簡単に移ることができるからであること,エボナイトや合成樹脂のような絶縁体に静電気現象がよく見られる理由は,+電荷と-電荷の過不足状態が,絶縁体であるがゆえにそのまま維持されるからであること等が記載されている(乙5号証90〜92頁)のである。これらのことからすれば,「石英坩堝」が仮に「負に帯電」することができたとしても,「石英坩堝」を構成する「石英ガラス」が絶縁体である以上,これに接触した「メタルシリコンを含む混合物」に電荷が移動すると認めることはできないというべきである。原告らの前記主張は採用し得ない。 2 結論 以上に検討したところによれば,審決の36条4項違反の判断の誤りをいう原告らの主張は,理由がないことが明らかであるから,原告らのその余の主張について検討するまでもなく,審決の結論に誤りはないことが明らかである。 よって,原告らの本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 瀬順久 |