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事件 |
平成
25年
(行ケ)
10199号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2014/03/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成26年3月25日判決言渡 平成25年(行ケ)第10199号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成26年2月25日 判 決 原 告 東 京 応 化 工 業 株 式 会 社 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 棚 井 澄 雄 同 五 十 嵐 光 永 同 飯 田 雅 人 同 大 槻 真 紀 子 被 告 特 許 庁 長 官 指 定 代 理 人 小 野 寺 務 同 田 口 昌 浩 同 藏 野 雅 昭 同 瀬 良 聡 機 同 大 橋 信 彦 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事 実 及 び 理 由 第1 請求の趣旨 1 特許庁が不服2012−3397号事件について平成25年5月28日にし た審決を取り消す。 1 2 訴訟費用は被告の負担とする。 第2 事案の概要 1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。) 原告は,発明の名称を「高分子化合物,該高分子化合物を含有するフォトレ ジスト組成物,およびレジストパターン形成方法」とする発明について,平成 16年10月29日に特許出願(特願2004−316960号(パリ条約に よる優先権主張 平成16年2月20日)。以下「本願」という。後記手続補 正後の特許請求の範囲の請求項の数は9である。)をしたが,平成23年11 月30日に拒絶査定を受けたので,平成24年2月22日,これに対する不服 の審判を請求するとともに,手続補正書を提出した(以下「本件補正」とい う。)。 特許庁は,この審判を,不服2012−3397号事件として審理した結果, 平成25年5月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし, 同審決の謄本を,同年6月11日,原告に送達した。 2 特許請求の範囲 本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである (甲11。以下「本願発明」という。) 【請求項1】 酸の作用によりアルカリ溶解性が変化し得る高分子化合物であって,少なく とも下記一般式(2) 【化1】 (式中,R1はアダマンタン骨格を有する炭素数20以下の脂肪族環式基(但 し,カルボニル基を有する基を除く。)であり,nは0または1〜5の整数を 2 表し,R2は水素原子,又は炭素数20以下の低級アルキル基を表す。) で示される化合物から誘導される構成単位(a1)を含有することを特徴とす る高分子化合物。 3 審決の理由 (1) 別紙審決書写しのとおりであり,要するに,本願発明は,本願の優先日 前に出願され本願の優先日後に出願公開された特願2004−28595号 の願書に最初に添付された明細書及び特許請求の範囲(甲13。併せて,以 下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願明細書発明」と いう。)と同一であり,しかも,本願の発明者が先願明細書発明をした者と 同一ではなく,また,本願出願の時において,その出願人が先願明細書発明 に係る特許出願の出願人と同一でもないので,特許法29条の2の規定によ り,特許を受けることができず,他の請求項について検討するまでもなく, 本願は拒絶されるべきであるというものである。 (2) 審決が上記結論を導くに当たり認定した先願明細書発明の内容は,次の とおりである。 「単量体である(アダマンタン−1−イルオキシ)メチル(メタ)アクリレ ートまたは1−[2−(アダマンタン−1−イル)エトキシ]メチル(メ タ)アクリレートから誘導され,酸脱離性機能を有する繰り返し単位を含有 する高分子化合物。」 第3 原告の主張 審決には,先願明細書発明の認定に誤りがあり,この誤りは審決の結論に影 響を及ぼすから,審決は取り消されるべきである。 1 審決の認定 (1) 審決は,先願明細書には右記の式(1)で表 される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステル として,1−(アダマンタン−1−イルオキシ) 3 エチル(メタ)アクリレート(以下「式(1)単量体@」という。)及び1 −[2−(アダマンタン−1−イル)エトキシ]エチル(メタ)アクリレー ト(以下「式(1)単量体A」という。)が具体的 に記載されているから,「Ra 」が水素原子又はメ チル基であり,「Rd 」がアダマンタン環(アダマ ンチル基)又はアダマンチルエチル基であるものが 具体的に記載されており,右記の式(B)について,「式中,Ra ,Rd は 前記に同じ。」と明記されているから,先願明細書には,「式(B)で表さ れる化合物」において,「Ra 」が水素原子又はメチル基であり,「Rd 」 がアダマンタン環(アダマンチル基)又はアダマンチルエチル基である化合 物に相当する,(アダマンタン−1−イルオキシ)メチル(メタ)アクリレ ート(以下「先願単量体@」という。)又は1−[2−(アダマンタン−1 −イル)エトキシ]メチル(メタ)アクリレート(以下「先願単量体A」と いう。)が記載されているに等しい,と認定した。 (2) そして,審決は,先願明細書には,式(B)で表される化合物が,フォ トレジスト用の高分子化合物の単量体として有用であり,式(B)で表され る化合物から誘導される繰り返し単位は高分子化合物において酸脱離性機能 を有することが記載されている,と認定した。 (3) さらに,審決は, 右記の式(C)で表さ れるヒドロキシ化合物 にホルムアルデヒド (又はパラホルムアル デヒド等)と式(D) で表されるハロゲン化 水素とを反応させることにより,式(A)で表されるハロメチルエーテル化 4 合物を合成することができ,式(3)で表される不飽和カルボン酸と式 (A)で表されるハロメチルエーテル化合物とを塩基の存在下で反応させる ことにより,式(B)で表される化合物を合成することが記載されているか ら,先願明細書には,式(B)で表される化合物の合成・製造方法について 十分に具体的に記載されている,と判断した。 2 化学物質に係る発明の開示について ある文献中に,化学物質に係る発明が記載されているというためには,@化 学物質そのものが確認されること,A当該文献の記載及び技術常識に基づき, 当該化学物質が製造できること,B当該文献に当該化学物質の有用性が開示さ れていること,が必要である。 (1) 「化学物質そのものが確認されること」について 先願明細書の式(1)で表される化合物と式(B)で表される化合物とは, 前者がRb は1位に水素原子を有する炭化水素基を示し,Rc は水素原子又 は炭化水素基を示すのに対して,後者がRb =Rc =Hである点が異なるだ けであるが,両者は合成方法が全く異なり,熱安定性にも大きな相違があり, 重合してできる高分子化合物の熱安定性にも大きな違いがある。先願明細書 の実施例では,式(1)で表される化合物のうち式(1)単量体A及び1− (ボルニルオキシ)エチルメタクリレートを合成しているが,これらの製造 方法とは異なる製造方法で合成される必要がある式(B)で表される化合物 についての開示は,先願明細書に一切なく,その物性データ等も具体的に開 示されていない。 そうすると,先願明細書の実施例において具体的に確認された化合物であ ると評価されるものは,式(1)で表される化合物に止まると認定されるべ きであり,式(B)で表される化合物が確認されたと評価されるべきではな いから,先願単量体@及びAが確認できるということはできない。 (2) 「当該化学物質が製造できること」について 5 先願明細書には,式(B)で表される化合物として,式(1)で表される 不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステルの例として列挙された26の化合 物に対応する化合物(Rb =Rc =Hである化合物)などが挙げられる,と 記載されている。つまり,前記1(3)の一般式による合成方法により,少な くとも上記26の化合物に対応する式(B)で表される化合物は合成できる べきである。 しかしながら,これらの化合物のうち,例えば式(1)単量体@に対応す る先願単量体@については,式(C)で表されるヒドロキシ化合物は,1− アダマンタノールであり,3級アルコールであるところ,一般に,アルコー の反応性は,1級アルコール>2級アルコール>3級アルコールの順である のに対し,ハロゲン化水素に対するアルコールの反応性は,3級アルコール >2級アルコール>1級アルコールの順であるから,ハロゲン化水素である 塩化水素及び臭化水素を3級アルコールに反応させた場合には,容易にハロ ゲン付加物(塩素化及び臭素化アダマンタンが形成される。)が得られる。 その結果,1−アダマンタノールに関しては,式(A)で表されるハロメチ ルエーテル化合物は合成できないから,当業者であれば当然に,先願単量体 @を前記1(3)の方法で合成することはできないと理解するはずである。こ のことは,上記26の化合物のうち6番目,7番目,14番目,15番目の 化合物に対応する式(B)で表される化合物についても同様である。 また,16番目の化合物に対応する式(B)で表される化合物を前記1 (3)の一般式に従い合成する場合には,特殊な反応条件が必要となり,先願 明細書に開示されている反応条件で反応させると,目的とする式(A)で表 されるハロメチルエーテル化合物は合成されないことは,当業者であれば当 然に理解できる。 すなわち,先願明細書に記載された合成方法によっては,合成可能とされ ている具体的な化合物の一部は合成できないし,記載された合成方法によっ 6 て式(B)で表される化合物を実際に合成できたことを示す試験例も先願明 細書には記載されていない。したがって,先願明細書の記載からは,実際に 式(B)で表される化合物が合成できるかどうかを,当業者が理解すること ができるとはいえない。 (3) 「当該化学物質の有用性が開示されていること」について ア フォトレジスト用の高分子化合物の単量体として有用であるためには, 単にその他の単量体と重合可能であることや,酸解離性能等を備えるだけ では足りず,レジスト膜にパターンを形成する際の露光前のプレベーク処 理や露光後のポストベーク処理(いずれも,100℃程度でのもの)にお いて分解等されないことが好ましいことや,ラジカル重合反応等の重合反 応が一般的に50℃以上の比較的高温で行われることに照らして,ある程 度の熱安定性を備えることが重要である。 イ しかるに,式(1)で表される化合物が有しているヘミアセタール構造 の熱安定性が悪いことは,その構造から当業者であれば当然に予測できる ものである。この点,先願明細書の実施例1では,85℃で4時間かけて 行った重合反応の結果,高分子化合物が得られたことは記載されているも のの,得られた高分子化合物中に式(1)で表される化合物から誘導され た繰り返し単位が分解されずに含まれているかどうかを確認しておらず, その化学構造から熱安定性が低いことが容易に想定される式(1)で表さ れる化合物から,そのフォトレジスト用としての特徴を担うヘミアセター ル構造を保持している高分子化合物が得られたかどうか,当業者が理解で きるような適切な試験結果は開示されていない。 実際,本願発明の発明者が,式(1)で表される化合物のうち1−(ア ダマンタン−2−イルオキシ)エチル(メタ)アクリレートを用いて高分 子化合物を還流条件で,つまり溶媒であるテトラヒドロフランの沸点(6 6℃)付近で合成したところ,得られた高分子化合物(樹脂B)のうち, 7 上記単量体由来の繰り返し単位の40%近くが分解されてメタクリル酸か ら誘導される構成単位となってしまっており,このことからすれば,先願 明細書の実施例1で合成された高分子化合物は,原料である式(1)単量 体A由来の繰り返し単位の大部分がメタクリル酸由来の繰り返し単位に分 解されている可能性が極めて高い。なお,当該樹脂Bは,フォトレジスト においてパターン形成の際に行われるアルカリ現像処理に耐えられず,レ ジスト膜の未露光部分の膜減りが生じ,かつ,溶解コントラストが取れず 良好なレジストパターンが形成されないなど,フォトレジスト用として全 く適しないことが明らかである。 さらに,先願明細書において評価試験に用いられたフォトレジスト用樹 脂組成物には,通常含まれるクエンチャー(酸拡散抑制剤)として機能し 得る塩基性化合物が含まれていないから,当業者であれば,用いた高分子 化合物がどのような組成のものであったとしてもマスクを反映したパター ンは形成できないだろうと考えるのが自然であり,実施例1等で合成され た高分子化合物を用いてレジストパターンが形成できたとの記載は技術常 識に反し,極めて疑わしい。なお,実際に実施例1等で合成した高分子化 合物を用いて0.20μmのライン・アンド・スペースパターンが得られ たとしても,それは,通常より多い量含まれる光酸発生剤であるトリフェ ニルスルホニウムヘキサフルオロアンチモネートが有する露光部と未露光 部との溶解コントラストにより得られたものと説明できるから,先願明細 書中の「パターンが形成された」との記載は,実施例1等で合成した高分 子化合物の有用性を直接示すものとはいえない。 ウ 以上によれば,先願明細書の実施例に記載された高分子化合物ですら, レジストパターンを形成したとの評価試験の記載のみからではその有用性 を当業者が認識することはできない。 まして,式(B)で表される化合物を実際に合成し,当該化合物から誘 8 導される繰り返し単位が分解されることなく保持された高分子化合物を合 成し,その高分子化合物が実際にフォトレジスト用の高分子化合物として 有用であることを調べた試験結果が開示されていないにもかかわらず,先 願明細書に,式(B)で表される化合物がフォトレジスト用の高分子化合 物の単量体として有用であることが記載されているとの審決の判断は誤り である。 3 以上によれば,先願明細書には,式(B)で表される化合物は確認されてい るとはいえず,その合成方法や有用性も,当業者が理解できる程度に十分に記 載されていない。よって,先願明細書には,式(B)で表される化合物や,当 該化合物から誘導される繰り返し単位を含む高分子化合物に係る発明が記載さ れているとはいえない。 それにもかかわらず,審決が,先願明細書に,当該化合物に含まれる先願単 量体@又はAから誘導され,酸脱離性機能を有する繰り返し単位を含有する高 分子化合物の発明が記載されていると認定したのは,誤りである。 第4 被告の主張 先願明細書には,式(B)で表される化合物が記載されているといえ,その 合成方法や有用性も,当業者が理解できる程度に十分に記載されているといえ るから,先願明細書発明についての審決の認定に誤りはない。 1 「化学物質そのものが確認されること」について 先願明細書において確認された化合物と評価されるのは式(1)で表される 化合物に止まり,式(B)で表される化合物が確認されたと評価すべきではな いとの原告の主張は,先願明細書に記載された化合物が実施例に記載されたも のに限定されるとはいえないことからすれば,何ら理由がない。 また,原告は,式(B)で表される化合物は式(1)で表される化合物とは 全く異なる合成方法により製造されることが必要であり,その方法が記載され ていないと主張するが,先願明細書には,式(B)で表される化合物の合成方 9 法が明確に記載され,本願明細書の実施例においても,先願明細書に記載され た合成方法と全く同じ方法により本願に係る単量体を得ているから,先願明細 書に記載された合成方法では式(B)で表される化合物を製造することができ ないとはいえない。 先願明細書には,実施例こそ記載されていないものの,式(B)で表される 化合物のうち,Rdがアダマンタン環(アダマンチル基)又はアダマンチルエ チル基であるものが具体的に記載され,その合成方法も各反応スキームを示す ことにより全ての工程にわたって明確に記載されている。 したがって,先願明細書において先願単量体@及びAが確認されたと評価す ることはできないとの原告の主張は,誤りである。 2 「当該化学物質が製造できること」について 審決は,先願単量体@又はAが認定できるとしているのであって,式(1) で表される化合物の例として列挙された26の化合物に対応する式(B)で表 される化合物の全てが合成できると認定するものではないから,原告の主張は, その前提において失当である。 また,原告が主張する3級アルコールの反応性に関しては,あくまでも程度 問題の次元であって,3級アルコールの場合に全く反応しないといったもので はなく,温度,濃度,時間といった反応条件を選べば,他に1級アルコールや 2級アルコールが併存しているわけではない以上,先願明細書に開示されたと おりの反応が進むことを否定することはできず,Rdがアダマンタン環(アダ マンチル基)又はアダマンチルエチル基である場合に,ヒドロキシ化合物 (C)からハロメチルエーテル化合物(A)が製造・合成できないとする特段 の理由ないし根拠があるとはいえない。 仮に,3級アルコールを用いた場合に当該合成反応が全く進まないことが事 実であったとしても,それは先願単量体@についてのみ当てはまるにすぎず, 先願単量体Aについては,その原料アルコールである2−(アダマンタン−1 10 −イル)エタノールは1級アルコールであるから,3級アルコールの反応性に 係る問題は存在せず,先願単量体Aを何ら問題なく製造することができる。 3 「当該化学物質の有用性が開示されていること」について 先願明細書には,式(1)で表される化合物及びそれを用いて製造された高 分子化合物の実施例や,フォトレジストの試験結果が記載されるとともに, 「式(1)で表される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステルのほか,式 (1)においてRb 及びRc がいずれも水素原子である化合物もフォトレジス ト用の高分子化合物の単量体として有用である。この化合物に対応する繰り返 し単位は,高分子化合物において,酸脱離性機能や親水性機能を発揮する。」 との記載があることや,式(B)で表される化合物及びそれを用いて製造され た高分子化合物は,その構造上,実施例とされた化合物と相当程度類似するこ とからすれば,実施例の記載から,式(B)で表される化合物の有用性が認識 できるといえ,式(B)で表される化合物を用いた具体的な実施例の記載がな いことは,有用性の判断に影響しない。 したがって,先願明細書には,式(B)で表される化合物及びそれを用いて 製造された高分子化合物について,十分にその有用性が記載されている。 原告が指摘する単量体や高分子化合物の熱安定性については,本願発明の課 題や効果でも挙げられていないし,本願明細書でも一切触れられておらず,本 願発明自体,含有割合を示したわけでもない特定の構成単位を含有することで 特定したクレームであることを考慮すると,フォトレジスト用の高分子化合物 の単量体はある程度の熱安定性を有することが重要である旨の原告の主張は, 本願明細書及び特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,受け入れら れない。 また,ポリマーの熱安定性については,重合時の温度だけでなく,製造時の 他の要因や条件によっても変化するものであることは技術常識であるといえる から,原告による実験結果のみから,先願明細書の実施例において,開示され 11 ている樹脂が生成していないということはできず,むしろ,実施例においてか かる構造を有する樹脂がそのとおり合成されたと解することが自然である。 以上によれば,先願明細書に,式(B)で表される化合物がフォトレジスト 用の高分子化合物の単量体として有用であることが記載されている,との審決 の判断に誤りはない。 第5 当裁判所の判断 当裁判所は,原告の主張する取消事由は理由がないものと判断する。その理 由は以下のとおりである。 1 先願明細書の記載 先願明細書(甲13)には,次の記載がある。 【特許請求の範囲】 【請求項1】 下記式(1) 【化1】 (式中,Raは水素原子,ハロゲン原子,炭素数1〜6のアルキル基又は炭素 数1〜6のハロアルキル基を示し,Rbは1位に水素原子を有する炭化水素基 を示し,Rcは水素原子又は炭化水素基を示し,Rdは環式骨格を含む有機基 を示す) で表される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステル。 【請求項2】 下記式(T) 【化2】 12 (式中,Raは水素原子,ハロゲン原子,炭素数1〜6のアルキル基又は炭素 数1〜6のハロアルキル基を示し,Rbは1位に水素原子を有する炭化水素基 を示し,Rcは水素原子又は炭化水素基を示し,Rdは環式骨格を含む有機基 を示す) で表される繰り返し単位を含む高分子化合物。 【発明の詳細な説明】 【技術分野】 【0001】 本発明は,半導体の微細加工などを行う際に用いるフォトレジスト用樹脂の 単量体成分として有用な不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステル,該不飽和 カルボン酸ヘミアセタールエステルに対応する繰り返し単位を含む高分子化合 物,該高分子化合物を含有するフォトレジスト用樹脂組成物,及び半導体の製 造方法に関する。 【発明の開示】 【発明が解決しようとする課題】 【0005】 本発明の目的は,フォトレジスト用として用いた場合に優れた酸脱離性を示 す高分子化合物とその単量体,前記高分子化合物を含むフォトレジスト用樹脂 組成物,及び該樹脂組成物を用いた半導体の製造方法を提供することにある。 【0006】 本発明の他の目的は,基板密着性,耐エッチング性及び酸脱離性をバランス 13 よく備えたフォトレジスト用の高分子化合物と,該高分子化合物を含むフォト レジスト用樹脂組成物,及び該樹脂組成物を用いた半導体の製造方法を提供す ることにある。 【0007】 本発明のさらに他の目的は,微細なパターンを精度よく形成できるフォトレ ジスト用の高分子化合物,フォトレジスト用樹脂組成物,及び半導体の製造方 法を提供することにある。 【課題を解決するための手段】 【0008】 本発明者らは,上記目的を達成するため鋭意検討した結果,特定構造を有す る不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステルに対応する繰り返し単位を含む高 分子化合物をフォトレジスト用樹脂として用いると,優れた酸脱離性が発現し, 微細なパターンを精度よく形成できることを見出し,本発明を完成した。 【0009】 すなわち,本発明は,下記式(1) 【化1】(判決注・略。【請求項1】【化1】に同じ。) で表される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステルを提供する。 【0010】 本発明は,また,下記式(I) 【化2】(判決注・略。【請求項2】【化2】に同じ。) で表される繰り返し単位を含む高分子化合物を提供する。 【発明の効果】 【0015】 本発明によれば,フォトレジスト用として用いた場合に優れた酸脱離性を示 す高分子化合物とその単量体が提供される。また,本発明のフォトレジスト用 樹脂組成物は酸脱離性に優れると共に,基板密着性,耐エッチング性及び酸脱 14 離性をバランスよく発揮する。このため,半導体の製造において,微細なパタ ーンを精度よく形成することができる。 【発明を実施するための最良の形態】 【0016】 [不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステル] 本発明の不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステルは,前記式(1)で表さ れる。式(1)中,Raは水素原子,ハロゲン原子,炭素数1〜6のアルキル 基又は炭素数1〜6のハロアルキル基を示し,Rbは1位に水素原子を有する 炭化水素基を示し,Rcは水素原子又は炭化水素基を示し,Rdは環式骨格を 含む有機基を示す。 【0017】 前記Raにおける…炭素数1〜6のアルキル基としては,例えば,メチル, …基などが挙げられる。これらの中でも,…特にメチル基が好ましい。… 【0018】前記Rbにおける1位に水素原子を有する炭化水素基としては, 例えば,メチル,…などが挙げられる。Rbとしては,…特にメチル基が好ま しい。 【0020】 Rdの環式骨格を含む有機基における環式骨格を構成する「環」には,…多 環の非芳香族性…環が含まれる。…多環の非芳香族性環としては,例えば,ア ダマンタン環;…などが挙げられる。… 【0024】 式(1)で表される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステルの代表的な例 として以下の化合物が挙げられるが,これらに限定されるものではない。 [1-1]1−(アダマンタン−1−イルオキシ)エチル(メタ)アクリレート [1-2](判決注・略) [1-3]1−[2−(アダマンタン−1−イル)エトキシ]エチル(メタ)ア 15 クリレート [1-4]ないし[1-15](判決注・略) [1-16]1−(5,6−ジヒドロキシノルボルナン−2−イルメトキシ)エチ ル(メタ)アクリレート [1-17]ないし[1-22](判決注・略) [1-23]1−(ボルニルオキシ)エチル(メタ)アクリレート [1-24]ないし[1-26](判決注・略) 【0025】 式(1)で表される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステルは,例えば, 下記反応式に示されるように,式(3)で表される不飽和カルボン酸と式 (4)で表されるビニルエーテル化合物とを,溶媒中又は無溶媒下で反応させ ることにより製造することができる。生成物である式(5)で表される化合物 は前記式(1)で表される化合物に相当する。 【化4】 (式中,Ra,Rc,Rdは前記に同じ。Re,Rfはそれぞれ水素原子又は炭化水 素基を示し,−CHReRfは前記Rbに相当する) 【0027】 溶媒としては,反応に不活性な溶媒であれば特に限定されず,例えば,ヘキ サン,オクタンなどの脂肪族炭化水素;ベンゼン,トルエン,キシレンなどの 芳香族炭化水素;シクロヘキサン,メチルシクロヘキサンなどの脂環式炭化水 素;塩化メチレンなどのハロゲン化炭化水素;テトラヒドロフラン,エチレン グリコールジメチルエーテルなどのエーテル;N,N−ジメチルホルムアミド 16 などの非プロトン性極性溶媒などが挙げられる。 【0032】 なお,式(1)で表される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステルのほか, 式(1)においてRb及びRcが何れも水素原子である化合物もフォトレジス ト用の高分子化合物の単量体として有用である。この化合物に対応する繰り返 し単位は,高分子化合物において,酸脱離性機能や親水性機能を発揮する。こ のような化合物としては,前記式(1)で表される不飽和カルボン酸ヘミアセ タールエステルの例に対応する化合物(Rb=Rc=Hである化合物)などが 挙げられる。 【0033】 式(1)においてRb及びRcが何れも水素原子である化合物[式(B)で 表される化合物]は,例えば,下記反応式に示されるように,式(3)で表さ れる不飽和カルボン酸と式(A)で表されるハロメチルエーテル化合物とを塩 基の存在下で反応させることにより製造することができる。 【化5】 (式中,Ra,Rdは前記に同じ。Yはハロゲン原子を示す) 【0034】 Yにおけるハロゲン原子として,塩素,臭素,…原子などが挙げられる。反 応は溶媒の存在下又は非存在下で行われる。溶媒としては前記の溶媒を使用で きる。塩基としては,例えば,トリエチルアミン,…等の有機塩基,又は水酸 化ナトリウム,…などの無機塩基を使用できる。式(3)で表される不飽和カ ルボン酸の使用量は,式(A)で表されるハロメチルエーテル化合物1モルに 17 対して,例えば0.5〜10モル程度,好ましくは0.8〜2モル程度である。 塩基の使用量は,式(3)で表される不飽和カルボン酸1モルに対して,例え ば1〜5モル程度であり,大過剰量用いてもよい。式(A)で表されるハロメ チルエーテル化合物や反応生成物の重合を抑制するため,系内に4−メトキシ フェノールなどの重合禁止剤を少量添加してもよい。反応温度は,通常−1 0℃〜100℃,好ましくは0〜60℃程度である。反応終了後,反応生成物 は,液性調節,抽出,濃縮,蒸留,晶析,再結晶,カラムクロマトグラフィー 等の分離手段により分離精製できる。 【0035】 前記式(A)で表されるハロメチルエーテル化合物は,例えば,下記反応式 に示されるように,式(C)で表されるヒドロキシ化合物にホルムアルデヒド 又はその等価物(パラホルムアルデヒド,1,3,5−トリオキサン等)と式 (D)で表されるハロゲン化水素とを反応させることにより製造することがで きる。 【化6】 (式中,Rd,Yは前記に同じ) 【0036】 式(D)で表されるハロゲン化水素としては,例えば,塩化水素,臭化水素 などが挙げられる。反応は溶媒の存在下又は非存在下で行われる。溶媒として は前記の溶媒を使用できる。ホルムアルデヒド又はその等価物の使用量は,ホ ルムアルデヒド換算で,式(C)で表されるヒドロキシ化合物1モルに対して, 例えば0.8〜10モル程度,好ましくは1〜1.5モル程度である。式 (D)で表されるハロゲン化水素の使用量は,式(C)で表されるヒドロキシ 18 化合物1モルに対して,例えば1〜5モル程度であり,大過剰量用いてもよい。 反応温度は,通常−10℃〜100℃,好ましくは0〜60℃程度である。反 応終了後,反応生成物は,液性調節,抽出,濃縮,蒸留,晶析,再結晶,カラ ムクロマトグラフィー等の分離手段により分離精製できる。 【0076】 製造例2 2−(アダマンタン−1−イル)エチルビニルエーテル32.8g,メタク リル酸68.4g,リン酸0.16g,4−メトキシフェノール0.164g, トルエン290mlの混合物を4つ口フラスコに入れ,窒素雰囲気下,20℃ で6時間撹拌した。反応終了後,反応液を…洗浄し,有機層を減圧濃縮した。 濃縮物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製し,下記式(9)で表さ れる1−[2−(アダマンタン−1−イル)エトキシ]エチル(メタ)アクリ レート38.6gを得た。 【化10】 [1−[2−(アダマンタン−1−イル)エトキシ]エチル(メタ)アクリレ ートのスペクトルデータ] 1 H−NMR(CDCl3) δ:1.37-1.41(m, 2H), 1.43(d, 3H), 1.50(d, 6H), 1.60-1.71(m, 6H), 1.93(m, 3H), 1.96(m, 3H), 3.53(m, 1H), 3.72(m, 1H), 5.60(m, 1H), 5.97(m, 1H), 6.16(m, 1H) 【0077】 製造例3 …1−(ボルニルオキシ)エチルメタクリレート…を得た。… [1−(ボルニルオキシ)エチルメタクリレートのスペクトルデータ] 19 … 【0078】 実施例1 下記構造の樹脂の合成 【化13】 撹拌機,温度計,滴下ロート及び窒素導入管を備えたセパラブルフラスコに, プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(PGMEA)とプロピ レングリコールモノメチルエーテル(PGME)をそれぞれ16.5g導入し, 85℃に昇温後,1−メタクリロイルオキシ−4−オキサトリシクロ[4.3. 1.13,8]ウンデカン−5−オン4.77g,1−ヒドロキシ−3−メタク リロイルオキシアダマンタン4.50g,1−[2−(アダマンタン−1−イ ル)エトキシ]エチルメタクリレート5.74gと,ジメチル−2,2’−ア ゾビス(2−メチルプロピオネート)(開始剤…)0.60gを,PGMEA とPGMEそれぞれ34.2gの混合溶液とし,これらを4時間かけて滴下し た。滴下後2時間熟成した。得られた反応液をヘプタン733gと酢酸エチル 81gの混合液中に滴下し,沈殿したポリマーをヌッチェにて回収した。得ら れたポリマーを減圧下で乾燥し,目的物13.5gを得た。得られたポリマー の重量平均分子量(Mw)は9300,分子量分布(Mw/Mn)は1.92で あった(GPC測定値,ポリスチレン換算)。 【0079】 20 実施例2 下記構造の樹脂の合成 【化14】(判決注・略) 撹拌機,温度計,滴下ロート及び窒素導入管を備えたセパラブルフラスコに, プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(PGMEA)とプロピ レングリコールモノメチルエーテル(PGME)をそれぞれ16.5g導入し, 85℃に昇温後,1−メタクリロイルオキシ−4−オキサトリシクロ[4.3. 1.13,8]ウンデカン−5−オン4.93g,1−ヒドロキシ−3−メタク リロイルオキシアダマンタン4.66g,1−(ボルニルオキシ)エチルメタ クリレート5.41gと,ジメチル−2,2’−アゾビス(2−メチルプロピ オネート)(開始剤…)0.60gを,PGMEAとPGMEそれぞれ34. 2gの混合溶液とし,これらを4時間かけて滴下した。滴下後2時間熟成した。 得られた反応液をヘプタン733gと酢酸エチル81gの混合液中に滴下し, 沈殿したポリマーをヌッチェにて回収した。得られたポリマーを減圧下で乾燥 し,目的物13.2gを得た。得られたポリマーの重量平均分子量(Mw)は 9400,分子量分布(Mw/Mn)は1.90であった(GPC測定値,ポ リスチレン換算)。 【0081】 評価試験 上記実施例及び比較例で得られた各ポリマーについて,該ポリマー100重 量部とトリフェニルスルホニウムヘキサフルオロアンチモネート10重量部と を溶媒であるプロピレングリコールモノメチルエーテル(PGME)と混合し て,ポリマー濃度17重量%のフォトレジスト用樹脂組成物を調製した。この 組成物をシリオンウエハー上にスピンコーティング法により塗布し,厚み1. 0μmの感光層を形成した。ホットプレートにより温度100℃で150秒間 プリベークした後,波長247nmのKrFエキシマレーザーを用い,マスク 21 を介して,照射量30mJ/cm2で露光した後,温度100℃で60秒間ポ ストベークした。次いで,0.3Mのテトラメチルアンモニウムヒドロキシド 水溶液により60秒間現像し,純水でリンスした。その結果,実施例のポリマ ーを用いた場合は何れも,0.20μmのライン・アンド・スペースパターン が鮮明に精度よく得られたが,比較例のポリマーを用いた場合には,該パター ンの精度は悪く鮮明さに欠けていた。 2 取消事由について (1) 特許法29条の2第1項の当該特許出願の日前の他の特許出願に係る発 明の意義 特許出願に係る発明が特許法29条の2第1項により特許を受けることが できないとされるためには,同項の当該特許出願の日前の他の特許出願に係 る発明は,完成した発明として開示されていること,すなわち,当該発明に 係る明細書において,当該発明が当業者が反復実施して所定の効果を挙げる 程度にまで具体的・客観的なものとして記載されていることが必要である。 そして,いわゆる化学物質発明が上記の程度にまで具体的・客観的なもの として記載されているというためには,化学物質そのものが確認され,製造 でき,有用性があることが明細書に開示されていることが必要であり,化学 物質の用途や分野によって,当業者がその製造可能性や有用性が推認できる 程度が異なるとしても,少なくとも当業者がその製造可能性及び有用性を認 識できる程度の開示が必要であることに変わりはないというべきである。 (2) 先願明細書における開示の程度について ア 先願明細書には,フォトレジスト用として用いた場合に優れた酸脱離性 を示す高分子化合物とその単量体として,式(1)で表される不飽和カル ボン酸ヘミアセタールエステルの単量体,及び式(1)に対応する式 (T)で表される繰り返し単位を含む高分子化合物が,化学構造式によっ て示され,式(1)で表される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステル 22 の代表例として,式(1)単量体@及びAを含む26の単量体が化学物質 名によって示されており,そのうち式(1)単量体Aについては,製造例 2において合成されたことが記載され,この単量体から誘導された繰り返 し単位を含む高分子化合物が,実施例1において合成されたことが記載さ れている。 そして,式(1)で表される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステル 及び式(1)に対応する式(T)で表される繰り返し単位を含む高分子化 合物は,Rbは1位に水素原子を有する炭化水素基を示し,Rcは水素原子 又は炭化水素基を示すところ,先願明細書には,式(1)においてRb 及 びRc がいずれも水素原子である化合物も,フォトレジスト用の高分子化 合物の単量体として有用であり,このような化合物としては,式(1)で 表される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステルの例に対応する,Rb 及びRc がいずれも水素原子である化合物が挙げられると記載され,これ に当たる式(B)で表される化合物が,化学構造式によって示されている。 ここに,「式(1)で表される不飽和カルボン酸ヘミアセタールエステ ルの例」とは,式(1)単量体@及びAを含む26の単量体を指すから, 先願明細書の記載に接した当業者としては,式(1)単量体@及びAに対 応する式(B)で表される化合物として,先願単量体@及びAがあること を,容易に認識することができ,したがって,先願明細書には,先願単量 体@及びAが,化学物質名によって示されているに等しいということがで きる。 さらに,先願明細書には,式(B)で表される化合物に対応する繰り返 し単位は,高分子化合物において,酸脱離性機能や親水性機能を発揮する と記載されているから,先願単量体@又はAから誘導され,酸脱離性機能 を有する繰り返し単位を含有する高分子化合物についても,化学物質名な いしは化学構造式により示されているに等しいということができる。 23 イ 次に,先願明細書には,式(B)で表される化合物の製造方法に関して, 式(C)で表されるヒドロキシ化合物とホルムアルデヒド(又はパラホル ムアルデヒド等)及び式(D)で表されるハロゲン化水素とを反応させて, 式(A)で表されるハロメチルエーテル化合物を得(【0035】),次 いで,式(3)で表される不飽和カルボン酸と式(A)で表されるハロメ チルエーテル化合物とを,トリエチルアミン等の塩基の存在下で反応させ て,式(B)で表される化合物を合成する(【0033】,【003 4】)方法が,それぞれの反応式を伴って記載され,それぞれの反応方法 について,使用する原料のモル比や反応温度等の反応条件が記載されてい る(【0036】,【0034】)。 また,これらの反応方法のいずれも,「溶媒の存在下又は非存在下で行 われる。溶媒としては前記の溶媒を使用できる。」と記載され(【003 6】,【0034】),使用する溶媒として,ヘキサン等の脂肪族炭化水 素,N,N−ジメチルホルムアミド等の非プロトン性極性溶媒等が例示さ れている(【0027】)。さらに,分離精製手段についても,「反応終 了後,反応生成物は,液性調節,抽出,濃縮,蒸留,晶析,再結晶,カラ ムクロマトグラフィー等の分離手段により分離精製できる。」と記載され ている(【0036】,【0034】)。 以上の先願明細書の記載に照らして,先願単量体@及びAを上記の製造 方法により製造するための出発物質である式(C)で表されるヒドロキシ 化合物が1−アダマンタノール及び2−(アダマンタン−1−イル)エタ ノールであり,式(3)で表される不飽和カルボン酸が(メタ)アクリル 酸であることは,いずれも当業者にとって明らかであり,さらに,上記各 単量体を製造するには,上記ヒドロキシ化合物にホルムアルデヒド(又は その等価物)及びハロゲン化水素とを反応させてハロメチルエーテル化合 物を合成し,当該ハロメチルエーテル化合物と(メタ)アクリル酸とを, 24 塩基の存在下で反応させればよく,その際の具体的な反応モル比や反応温 度等の条件及び精製手段は,記載されたものの中から適宜選択すればよい ことを認識することができる。 そして,式(B)で表される化合物に関し,この「化合物も,…フォト レジスト用の高分子化合物の単量体として有用である。この化合物に対応 する繰り返し単位は,高分子化合物において,酸脱離性機能や親水性機能 を発揮する。」と記載されていることからすれば,先願明細書中の式 (1)で表される化合物の重合についての記載や,実施例における重合方 法についての記載を参照して,先願単量体@又はAを重合することにより, 酸脱離性機能を有する繰り返し単位を含有する高分子化合物を製造するこ とができるということができる。 ウ さらに,先願明細書には,式(1)で表される化合物のうち式(1)単 量体A,1−(ボルニルオキシ)エチルメタクリレートのそれぞれから誘 導された繰り返し単位を含有する高分子化合物を,実施例1及び2におい て合成した上,これを基に調製したフォトレジスト用樹脂組成物について 評価試験を行ったところ,0.20μmのライン・アンド・スペースパタ ーンが鮮明に精度よく得られたとの試験結果が開示されているところ,先 願単量体@及びAについては,実施例の記載はないものの,その構造上, 式(1)で表される化合物と相当程度類似しており,先願明細書にも,式 (1)においてRb及びRcがいずれも水素原子である化合物,すなわち式 (B)で表される化合物が,「フォトレジスト用の高分子化合物の単量体 として有用である。この化合物に対応する繰り返し単位は,高分子化合物 において,酸脱離性機能や親水性機能を発揮する。」と記載されているこ とからすれば,先願単量体@及びAについて,酸脱離性機能を発揮するこ とによりフォトレジスト用高分子化合物の単量体として使用できることを 認識することができる。 25 エ 以上によれば,先願明細書には,先願明細書発明に係る高分子化合物そ のものが確認され,製造でき,有用性があることが開示されているという ことができるから,先願明細書発明が,当業者が反復実施して所定の効果 を挙げる程度にまで具体的・客観的なものとして記載されているというこ とができ,審決による先願明細書発明の認定に,誤りはない。 (3) 原告の主張について ア 原告は,式(1)で表される化合物とは異なる製造方法で合成される必 要がある式(B)で表される化合物についての開示は,先願明細書に一切 なく,その物性データ等も具体的に開示されていないから,式(B)で表 される化合物である先願単量体@及びAが確認できるということはできな いと主張する。 しかしながら,化学物質そのものが確認されるといえるためには,化学 物質が,化学物質名又は化学構造式により示されていることが必要と解さ れるものの,一般式に含まれる化合物に関して少なくとも1つの物性デー タや具体的な製造例ないし実施例が必須であるというものではないから, 原告の上記主張を採用することはできない。 また,原告は,式(1)で表される化合物と,式(B)で表される化合 物とでは,合成方法が全く異なり,熱安定性にも大きな相違があり,重合 してできる高分子化合物の熱安定性にも大きな違いがあると指摘する。し かし,これらの点は,化学物質そのものが確認されることとは何ら関係が ないから,この点についての原告の主張は失当である。 イ 原告は,先願明細書に記載された合成方法によっては,式(1)で表さ れる化合物の例として列挙された化合物に対応する式(B)で表される化 合物の一部は合成できないし,記載された合成方法によって式(B)で表 される化合物を実際に合成できたことを示す試験例の記載もないから,実 際にかかる化合物が合成できるかどうかを当業者が理解することができる 26 とはいえないと主張する。 しかしながら,審決が認定しているのは,式(1)単量体@及びAに対 応する式(B)で表される化合物である先願単量体@及びAのみであるか ら,これら以外の化合物も全て合成できるべきであるとする原告の主張は, その前提を誤るものであり,採用することができない。 また,原告は,先願単量体@について,ハロゲン化水素に対する3級ア ルコールの反応性の高さにより,3級アルコールである1−アダマンタノ ールに関してはハロメチルエーテル化合物は合成できないから,先願単量 体@をその開示された方法で合成することはできないと主張する。 しかしながら,2級アルコールや1級アルコールに比べて,3級アルコ ールがハロゲン化水素と容易に反応してハロゲン付加物が得られることは, 3級アルコールである1−アダマンタノール,ハロゲン化水素及びホルム アルデヒドが共存する反応系において,1−アダマンタノールのメチロー ル化反応と,それに続く,メチロール化物のハロゲン置換反応が全く生じ ないことを直接意味するものではない。そして,このほかに,3級アルコ ールを用いた場合に,上記反応が進まないとする根拠となる事実を認める に足りる証拠はないから,1−アダマンタノールを用いた場合においても, 当業者が反応条件を適宜調整することにより,ハロメチルエーテル化合物 を合成できると理解するのが相当であり,原告の上記主張を採用すること はできない。 ウ 原告は,先願明細書の実施例に記載された高分子化合物ですら,その有 用性を当業者が認識することはできないから,式(B)で表される化合物 から誘導される繰り返し単位が分解されることなく保持された高分子化合 物が実際にフォトレジスト用の高分子化合物として有用であることを調べ た試験結果が開示されていないにもかかわらず,先願明細書に式(B)で 表される化合物がフォトレジスト用の高分子化合物の単量体として有用で 27 あることが記載されているとの審決の判断は誤りであると主張する。 しかるに,原告が提出する,1−(アダマンタン−2−イルオキシ)エ チル(メタ)アクリレートを用いて合成した高分子化合物において,上記 単量体由来の繰り返し単位の40%近くが分解されてメタクリル酸から誘 導される構成単位となってしまったとの実験結果(甲17)については, 先願単量体@及びAはもとより,式(1)単量体@及びAとも異なる化合 物の単量体を用いた上で,特定の条件を採用した場合の結果にすぎず,先 願明細書における実施例1及び2,並びにこれらの実施例で得られた高分 子化合物についての評価試験の正確な追試ではない。そして,ヘミアセタ ール構造の熱安定性が悪いことを当業者が予測したとしても,重合時やベ ーク処理等の温度により,該構造が分解しフォトレジスト用高分子化合物 として使用できないと当業者が認識するほど,ヘミアセタール構造が熱安 定性に乏しいとの技術常識が存在するわけではないことからすれば,上記 の実験結果から直ちに,先願明細書の実施例において合成された高分子化 合物の有用性が疑われるとはいえない。 また,原告は,先願明細書の評価試験で用いられたフォトレジスト用樹 脂組成物にはクエンチャーが含まれていないと指摘する。しかし,当業者 であれば,通常,パターン形成に必須とされる成分であれば,先願明細書 に具体的な記載がなくても当然に添加されていると理解するということが できる。 さらに,原告は,評価試験においてパターンが形成されたのは,光酸発 生剤であるトリフェニルスルホニウムヘキサフルオロアンチモネートが有 する露光部と未露光部との溶解コントラストにより得られたものと説明で きるとも指摘する。しかし,先願明細書には,式(1)で表される化合物 から誘導される単位を含まない比較例の高分子化合物を用いたフォトレジ スト用樹脂組成物においても,実施例の高分子化合物を用いた場合と同量 28 のトリフェニルスルホニウムヘキサフルオロアンチモネートが含まれてい るにもかかわらず,「該パターンの精度は悪く鮮明さに欠けていた。」と 記載されていることからすれば,実施例の高分子化合物を用いた場合に 「パターンが鮮明に精度よく得られた」のが,トリフェニルスルホニウム ヘキサフルオロアンチモネートの溶解コントラストのみによるものである と理解することは困難である。 よって,原告の指摘するところをもって,先願明細書の実施例に記載さ れた高分子化合物の有用性を当業者が認識することができないとはいえず, これを前提に,式(B)で表される化合物がフォトレジスト用の高分子化 合物の単量体として有用であることが記載されているとはいえないとする 原告の主張を採用することはできない。 3 結論 以上のとおりであり,原告の主張は理由がない。よって,原告の請求を棄却 することとし,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 設 樂 z 一 裁判官 田 中 正 哉 29 裁判官 神 谷 厚 毅 30 |