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事件 平成 25年 (行ケ) 10117号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2014/03/10
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成26年3月10日判決言渡

平成25年(行ケ)第10117号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成26年2月24日

判 決



原 告 株 式 会 社 東 芝



訴 訟 代 理 人 弁 理 士 手 塚 史 展

野 木 新 治

泉 剛 司

石 川 隆 史

山 下 正 成



被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 橋 本 栄 和

松 浦 新 司

瀬 良 聡 機

堀 内 仁 子



主 文

特許庁が不服2011−9383号事件について平成25年3月26日にした審

決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。



事 実 及 び 理 由

第1 原告の求めた判決




主文同旨。



第2 事案の概要

本件は,特許出願に対する拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟

である。争点は,明確性要件及び実施可能要件についての判断の当否である。

1 特許庁における手続の経緯

原告は,平成20年7月31日にした特許出願(特願2008−197685号)

分割出願として,平成22年8月18日,発明の名称を「蛍光体およびそれを用

いた発光装置」とする特許出願をしたが(特願2010−183191号。甲1),

平成23年2月2日付けの拒絶査定(甲11)を受けたので,同年5月2日,拒絶

査定不服審判を請求した(不服2011−9383号)。

特許庁は,平成25年3月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との

審決をし,同審決は,同年4月5日,原告に送達された。

2 本願発明の要旨

本願発明(平成23年5月2日付け補正後の請求項1ないし8の発明)の要旨は,

以下のとおりである。

【請求項1】

250nm〜500nmの波長の光を発光する発光素子と,

前記発光素子上に配置された蛍光体を含む蛍光体層と

を具備した発光装置であって,前記蛍光体が,

斜方晶系に属し,下記一般式(1):

(M1−xRx)3−yM13+zM213−zO2+uN21−w (1)

(式中,MはCaおよびSrから選択される少なくとも1種の元素であり,

M1はAlであり,

M2はSiであり,

RはEuであり,




0<x≦1,

−0.1≦y≦0.15,

−1≦z≦1,

−1<u−w≦1である)

で表わされる組成を有するSr3 Al3 Si13 O2 N21 属結晶を含む蛍光体であっ

て,前記Sr3Al3Si13O2N21属結晶は,その結晶構造における格子定数およ

び原子座標から計算されたM1−NおよびM2−Nの化学結合の長さが,Sr3Al3

Si13O2N21の格子定数と原子座標から計算されたAl−NおよびSi−Nの化

学結合の長さに比べて,それぞれ±15%以内であることを特徴とする発光装置。

【請求項2】

前記蛍光体が,波長250〜500nmの光で励起された際に波長490〜58

0nmの間にピークを有する発光を示す,請求項1に記載の発光装置。

【請求項3】

前記蛍光体が,前記元素Mの窒化物または炭化物,前記元素M1 の窒化物,酸化
物,または炭化物,前記元素M2 の窒化物,酸化物,または炭化物,および前記発

光中心元素Rの酸化物,窒化物,または炭酸塩を原料として用い,これらを混合し

てから焼成することにより製造されたものである,請求項1または2に記載の発光

装置。

【請求項4】

前記蛍光体が,5気圧以上の圧力下,1500〜2000℃で焼成されて製造さ

れたものである,請求項3に記載の発光装置。

【請求項5】

250nm〜500nmの波長の光を発光する発光素子と,

前記発光素子上に配置された蛍光体を含む蛍光体層と

を具備した発光装置であって,前記蛍光体が,

斜方晶系に属し,下記一般式(1):




(M1−xRx)3−yM13+zM213−zO2+uN21−w (1)

(式中,MはCaおよびSrから選択される少なくとも1種の元素であり,

M1はAlであり,
M2はSiであり,

RはEuであり,

0<x≦1,

−0.1≦y≦0.15,

−1≦z≦1,
−1<u−w≦1である)

で表わされる組成を有するSr3 Al3 Si13 O2 N21 属結晶を含む蛍光体であっ

て,前記Sr3Al3Si13O2N21属結晶は,そのXRDプロファイルの回折ピー

クのうちの回折強度の強い10本のピーク位置が,Sr3Al3Si13O2N21のX

RDプロファイルの回折ピークのピーク位置と一致するものであることを特徴とす

る発光装置。

【請求項6】

前記蛍光体が,波長250〜500nmの光で励起された際に波長490〜58

0nmの間にピークを有する発光を示す,請求項5に記載の発光装置。

【請求項7】

前記蛍光体が,前記元素Mの窒化物または炭化物,前記元素M1 の窒化物,酸化

物,または炭化物,前記元素M2 の窒化物,酸化物,または炭化物,および前記発

光中心元素Rの酸化物,窒化物,または炭酸塩を原料として用い,これらを混合し

てから焼成することにより製造されたものである,請求項5または6に記載の発光

装置。

【請求項8】

前記蛍光体が,5気圧以上の圧力下,1500〜2000℃で焼成されて製造さ

れたものである,請求項7に記載の発光装置




3 審決の理由の要点

(1) 前提事項

金属賦活金属化合物などの蛍光体の化学式による表記については,大別して以下

の(a)及び(b)の2種が存在し,単一の文献中では,そのいずれかに統一して

表記されるのが通常であることが,当業者に自明である。

(a)「:」(コロン)又は「/」を使用し,母結晶を構成する原子と賦活剤金属

原子とを分けて表記し,母結晶を構成する原子と賦活剤金属原子との間の(原子)

組成比については表記しない方法

(b)「:」(コロン)又は「/」を使用せず,母結晶を構成する原子と賦活剤金

属原子とを併せて表記し,その式中にあるすべての原子の組成比が化学量論的に成

立するように表記する方法

(2) 特許法(以下「法」という。)36条6項2号違反

ア 請求項1及び5の一般式における「y」 「z」「u」及び「w」は,い
, ,

ずれも独立した変数である旨規定されているが,上記(1)の技術常識からみて,各構

成原子の組成比につき化学量論的に成立させるためには,上記各変数が連関するこ

とを要することが,当業者に自明である。

しかし,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,上記各変数の連関

につき記載されておらず,Sr3 Al3Si13 O2N21などのy=z=u=w=0の

場合を除く実施例及び比較例における無機結晶(蛍光体)は,上記一般式に該当す

るものの,各原子の組成比につき化学量論的な関係が成立しない(表2参照)から,

発明の詳細な説明の記載を参酌しても,上記一般式がいかなる化合物(の結晶)を

意味するのか,当業者においても技術的に不明である。

(判決注:なお,表2は次のとおりのものである。










したがって,上記一般式により規定された請求項1及び5の各記載では,各項に

係る特許を受けようとする発明が明確でない。

イ 請求項1及び5には,それぞれ,「斜方晶系に属し,・・組成を有するS

r3Al3Si13O2N21属結晶を含む蛍光体」が記載されている。

そして,本願明細書の発明の詳細な説明には, 【0026】Sr3 Al3 Si13


O2N21 結晶は斜方晶系で,格子定数は,a=9.037(6)Å,b=14.7

34(9)Å,c=14.928(10)Åであり,図2に示すXRDプロファイ

ルを呈する。この結晶は空間群P21 2121 (非特許文献1に示された空間群のう

ちの19番目)に属する。なお,結晶の空間群は単結晶XRDにより決定すること

ができる。Sr3 Al3 Si13 O2 N21 結晶の結晶構造は図3に示す通りである。」

と記載され,
【図3】には,結晶のa,b及びcの各方向から見た結晶構造の平面図

が図示されている。

(判決注:なお,【図3】は次のとおりのものである。








しかるに,技術常識からみて,斜方晶系で結晶の空間群がP2121 21 に属する

のであれば,格子定数a,b及びcからなる単位格子につき,互いに直交する3個

の2回螺旋軸を有するものであるところ,上記【図3】の記載内容を検討すると,

Sr3Al3Si13O2N21属結晶の結晶構造の場合,Si,Al,O及びNからな
る結晶基本骨格に対してSrの原子位置に偏りがあるから,互いに直交する3つの

2回螺旋軸を有する単位格子が存在するとは認められない。

してみると,本願明細書の発明の詳細な説明(及び図面)の記載を参酌しても,

Sr3 Al3 Si13 O2 N21 結晶が,「斜方晶系」であること及び「結晶の空間群が

P2121 21 に属する」ことにつき,技術的な根拠が存するものとは認められない

から,請求項1及び5の上記記載は,技術的に意味が不明である。

したがって,請求項1及び5の各記載では,同各項に係る特許を受けようとする

発明が明確でない。

ウ 小括

以上のとおり,請求項1及び5並びに同各項を引用する請求項2ないし4及び6

ないし8の記載は,法36条6項2号に適合するものではないから,同条項柱書に

規定する要件を満たしていない。

(3) 法36条4項1号違反

ア 本願明細書の発明の詳細な説明(及び図面)の記載からみて,Sr3 A

l3 Si13 O2 N21 属結晶は,斜方晶系に属するものとは認められないから,請求

項1及び5に記載されたものを,常法により製造することは,当業者であっても可

能であるとはいえない。

そして,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を更に検討しても,原料金属化合

物の混合物を焼成し,必要に応じて後処理を行うという,当業界の常法で蛍光体を

製造することが記載されているのみであり(【0028】〜【0030】,いかにし


て斜方晶系の上記組成の結晶を含む蛍光体を製造するのか,当業者においても不明

である。




したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,請求項1又は5及び同各項を引

用する請求項2ないし4又は6ないし8の各項に記載された事項で特定される発明

を,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとは

いえない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明(及び図面)の記載を検討しても,
「Sr

3 Al3Si13O2N21」及び「Sr3Al3Si13O2N21属結晶」のAl−N及び

Si−Nの各化学結合の長さにつき記載されておらず,
「Sr3Al3Si13O2N2

1 」以外の「Sr3 Al3 Si13 O2 N21属結晶」の格子定数及び原子座標について

も記載されていない。

そして,本願明細書の発明の詳細な説明には,上記「Al−N及びSi−Nの各

化学結合の長さ」につき格子定数及び原子座標から計算されたものであることが記

載されている(【0022】
〔判決注;
【0021】の明らかな誤記と認める。〕など)

が,その具体的算出方法については記載されておらず,Al原子及びO原子の原子

座標についても記載されていない。

技術常識からみて,単一結晶であっても,Si原子の原子座標又はN原子の原子

座標にAl原子又はO原子が置換されて配座した場合,Si−Nの結合の長さに対

してAl−N,Si−O及びAl−Oの各結合の長さが変化するであろうことは,

当業者に自明である。

してみると,本願明細書の発明の詳細な説明(及び図面)の記載では,ある結晶

を含む蛍光体につき,本願請求項1に記載された「その結晶構造における格子定数

および原子座標から計算されたM1 −NおよびM2−Nの化学結合の長さが,Sr3

Al3 Si13 O2 N21 の格子定数と原子座標から計算されたAl−NおよびSi−

Nの化学結合の長さに比べて,それぞれ±15%以内であること」を具備するもの

か否かを判別することができるものとはいえない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,請求項1及び同項を引用する請

求項2ないし4に記載された事項で特定される発明を,当業者が実施することがで




きる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。

ウ 本願明細書の発明の詳細な説明(及び図面)の記載を検討しても,実施

例1に係るもの(【図2】)以外の「Sr3Al3Si13O2N21」及び「Sr3Al3

Si13O2N21属結晶」のXRDプロファイルにつき記載されていない(なお,実

施例1のものは,組成式が「Sr3 Al3 Si13 O2 N21 」ではないのであるから,

【図2】は「Sr3Al3Si13O2N21」のXRDプロファイルであるとは認めら

れない。。


(判決注:なお,図2は次のとおりのものである。






そして,本願明細書の発明の詳細な説明には,XRDの具体的測定条件(単結晶

XRDであるのか,粉末XRDであるのか等)につき記載されていない。

技術常識からみて,単一結晶であっても,結晶(格子)に対するX線の入射角な

どの測定条件(どの結晶面に入射させるか等)により,回折X線の観測角である「2

θ」で表される回折ピーク位置が有意に変化するであろうことは,当業者に自明で

ある。

してみると,本願明細書の発明の詳細な説明(及び図面)の記載では,ある結晶

を含む蛍光体につき,請求項5に記載された「そのXRDプロファイルの回折ピー

クのうちの回折強度の強い10本のピーク位置が,Sr3Al3Si13O2N21のX

RDプロファイルの回折ピークのピーク位置と一致すること」を具備するものか否

かを判別することができるものとはいえない。




したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,請求項5及び同項を引用する請

求項6ないし8に記載された事項で特定される発明を,当業者が実施することがで

きる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。

エ 本願明細書の発明の詳細な説明の「【表1】」なる原子座標に係る記載と

【図3】の記載とは,技術的に対応関係が不明である(「Sr1」のz座標)。

(判決注:なお,表1は次のとおりのものである。









第3 原告主張の審決取消事由

1 取消事由1(明確性要件の判断の誤りについて)

(1) 前提事項(第2の3(1))に記載された事実認定の誤りについて

ア 審決は,蛍光体の化学式について上記のように(a)又は(b)の表記

をすることが当業者にとって自明であると認定したが,
(b)については,式中にあ

るすべての原子の組成比が表現できない場合についても自明であることを認定して

おらず,また当業者にとって自明である証拠を明示しておらず,失当である。

イ また,審決は,上記(b)の表記方法において,
「:」
(コロン)又は「/」

を使用せず,母結晶を構成する原子と賦活剤金属原子とを併せて表記する場合には,

すべての原子の組成比を化学量論的に成立するように表記すべきとする。

しかし,一般的には,化合物は不定比組成物質であり,その化学式中にあって化

学量論的に成立するすべての原子の組成比を表記できない(甲21。ウスタイトの

組成は近似的にFe0.95Oの組成である。 。


一般的に,化合物では格子欠陥や価数変化等が発生するものであり,化合物を構

成する原子の価数が常に自然数となるわけではない。このことは,蛍光体でないセ

ラミックス材料などの無機化合物と蛍光体である無機化合物とで異ならない。各構

成原子の原子価と組成比との積の総和が物質全体の電荷状態と等しく実質的にゼロ

になっていることから,組成比が自然数にならず,結果として不定比組成となる。

仮に化合物を構成する原子の価数が自然数であったとしても,例えばEu2+のもの

の中にEu3+が含まれている場合(甲39)や,原子間の電気陰性度により,原子

の価数は端数まで考慮してとらえる場合(甲40)がある。

ウ さらに,
(a)の表記と(b)の表記とは,単なる標記の差にも関わらず,

(a)の表記においては,
「その式中にある全ての原子の組成比が化学量論的に成立

するように表記する」点まで要請されず,
(b)の表記のみ要請されており,妥当で

ない。




(2) 理由1(第2の3(2)ア)に記載された事実認定の誤りについて

ア 審決は,(M1−xRx)3−yM13+zM213−zO2+uN21−wの一般式がいか

なる化合物を意味するのか不明であると指摘した。ここで,審決は,
「上記の一般式

の各構成原子の組成比につき化学量論的に成立させるためには,上記各変数が連関

することを要する」ことを前提としている。

イ しかし,上記(1)で説明したとおり,本願発明の一般式にかかる各構成原

子の組成比は,格子欠陥等により不定比組成となることが一般的であるから,審決

が認定した「各変数が連関していなければ,上記の一般式の各構成原子の組成比に

つき化学量論的に成立しない」点は,不定比組成が考慮されておらず,失当である。

また,蛍光体は定比組成物質であるとしなければならない合理的な理由はない。そ

もそも,各変数が連関するとはいかなる意味を示すかも不明である。

ウ 化合物を構成する各構成原子の原子価が自然数にならない場合,各構成

原子の原子価と組成比との積の総和が物質全体の電荷状態に等しく実質的にゼロに

なるように組成比が修正されて,化学量論的に成立することになる。

エ 本願明細書の表2,3から明らかなとおり,実施例1ないし12の黄緑

色粉体は,いずれも波長250〜500nmの光で励起した際,490〜580n

mの間に発光波長を有する蛍光体である。これらの蛍光体の吸収率,量子効率及び

発光効率は,例えば,(Ba,Sr)2SiO4:Eu等の従来の黄緑色蛍光体と同

等以上となる(段落番号【0061】)のであって,蛍光体が不定比組成を構成し,

各変数に連関性がない場合であっても,蛍光体として存在し,本願発明の効果を十

分に奏する。

オ 一般式における変数に連関性がなくとも化学量論的な関係があるものと

して法36条6項を満たす他の例として,特許第4148298号公報,特許第5

197827号公報が挙げられる。

(3) 理由1(第2の3(2)イ)に記載された事実認定の誤りについて

ア 審決は,本願明細書の発明の詳細な説明(及び図面)の記載を参酌して




も,Sr3 Al3 Si13 O2 N21 結晶が,「斜方晶系」であること及び「結晶の空間

群がP21 2121 に属する」ことにつき,技術的な根拠が存するものとは認められ

ないと認定したが,本願明細書の図3に示された結晶構造は「斜方晶系」であり,

「結晶の空間群がP212121に属する」。

結晶の空間群がP2121 21 に属すれば,結晶構造が斜方晶系であることは当業

者にとって自明である(甲23,24)。

本願明細書の図3に示す結晶構造が空間群P2121 21 に属するためには,本願

明細書の図3に示す結晶構造に直交する二回螺旋軸を有する単位格子が存在するこ
とを立証すればよい。

対称操作(螺旋軸に対して180度回転,1/2並進)を施した後のSr原子の

位置は,いずれかの対称操作前のSr原子の位置と合致する。本願明細書の図3の

結晶構造から,二回螺旋軸を有することは明らかである。

イ なお,斜方晶系の軸長は3軸それぞれ異なり,斜方晶系の軸間角はすべ

て90度である。Sr3Al3Si13O2N21結晶のうち,ある元素が別の元素に置

換される場合には,別の元素に係る置換後の原子の位置は,ある元素に係る置換

の原子の位置と異なる場合がある。2つの原子における原子間距離が置換前後で相

違することはあるものの,X線回折や中性子回折等によれば,置換後の結晶につい

ても斜方晶系の結晶構造に決定される。

ウ 本願明細書の表1は,SCXmini型デスクトップ単結晶X線構造解

析装置(株式会社リガク製)を用いて単結晶X線回折に供し,得られたデータを解析

ソフトウェアCrystal Structure(株式会社リガク製)を用いて

解いた結果に基づいたものである。このような解析による評価方法は,当業者に一

般的に用いられているものであり,その科学的根拠は,当該装置の測定原理などで

裏付けられ,当業者にとって信頼できるものとされている。そして,本願発明書の

図3は,原子座標から結晶解析ソフトウェアVESTAを用いて描写されている。

一般的に用いられている解析ソフトウェアで実験した結果として,結晶の空間群




がP21 21 21に属することが判明しており,甲23の文献にも明示されていると

おり,結晶の空間群がP21 2121 に属する限り,4つの等価点があることは明ら

かである。すべての原子座標を記載しなくても,4つの等価点の1つについて本願

明細書の表1に明記し,甲1の段落【0026】に結晶の空間群がP21 2121 に
属することを明記し,図3で4つの等価点を含んだ図面を明示した。したがって,

すべての原子座標データを記載しなくても,当業者は,等価点が単位格子内に存す

ることは認識でき,図3とも対応関係を付けることができる。

2 取消事由2(実施可能要件の判断の誤りについて)
(1) 理由2(第2の3(3)ア)に記載された事実認定の誤りについて

ア 審決は,請求項1,5に記載された一般式で表される組成を有する

蛍光体を常法により製造することは,当業者であっても可能であるとはいえな

いと認定した。

イ しかし,請求項1,5記載の式で表された斜方晶系の結晶を含む蛍光

体の製造方法は,当業者において明らかである。本願発明の蛍光体の製造方法につ

いては,本願明細書の段落【0028】〜【0030】のほか,具体的に実施例1

〜17で開示されている。

(2) 理由2(第2の3(3)イ)に記載された事実認定の誤りについて

ア 審決は,「Sr 3 Al 3 Si 1 3 O 2 N 2 1 」以外の「Sr 3 Al 3 Si 1 3


O 2 N 2 1 属結晶」の格子定数及び原子座標についても記載されていない。そし

て,本願明細書の発明の詳細な説明には,上記「Al−N及びSi−Nの各化

学結合の長さ」につき格子定数及び原子座標から計算されたものであることが

記載されている(【0022】など)が,その具体的算出方法については記載さ

れておらず,Al原子及びO原子の原子座標についても記載されていない」と

認定した。

しかし,本願明細書の段落【0025】に示すとおり,
「Sr 3 Al 3 Si 1 3 O 2
N 2 1 」結晶の格子定数及び原子座標は明示されている。また,既に説明したと




おり,Sr3 Al3Si13 O2N21 結晶が,「斜方晶系」であること及び「結晶の空

間群がP212121に属する」ことは明らかである。
「Sr 3 Al 3 Si 1 3 O 2 N 2 1 」

以外の「Sr 3 Al 3 Si 1 3 O 2 N 2 1 属結晶」であっても,「Sr 3 Al 3 Si 1 3

O 2 N 2 1 」結晶と同様の結晶構造を有する。

確かに,本願明細書に「Al−N及びSi−Nの各化学結合の長さ」につき具

体的算出方法は記載されていないものの,化学結合の長さはいわゆる三平方の定

理で算出することは,他の公開特許公報(甲25)でも明示されている(段落【0

032】)とおり,当業者にとって自明である。
イ あるSi原子がAl原子に置換され,あるN原子がO原子に置換されれ

ば,Al−N,Si−O及びAl−Oの各結合の長さは一義的に求められる。Si

原子のうち,2つのSiがAlに置換された場合を想定すると,それぞれのAl−

Nの長さは相違するが,結合の長さは三平方の定理で一義的に求められ,置換前の

Si−Nの長さと比較することができる。

ウ なお,比較するに当たっては,置換前後の対応する2つの原子間距離を

比較する。請求項1等に「それぞれ」と明示されていることから,そのことは理解

できる。置換前後の構造がいずれも斜方晶系の結晶構造を有していることからも,

同様のことがいえる。請求項1等は,置換前後の対応する2つの原子間距離を比較

し±15%以内になることを明示するものである。そして,この範囲内であれば,

結晶構造が変化していないことを表している。被告の主張するように,一方の原子

の最近傍に位置する他方の原子との原子間距離に限って論ずる理由はない。

(3) 理由2(第2の3(3)ウ)に記載された事実認定の誤りについて

ア 審決は,
「本願明細書の発明の詳細な説明には,XRDの具体的測

定条件(単結晶XRDであるのか,粉末XRDであるのか等)につき記載され

ていない」と認定した。

しかし,本願図面における図2が粉末X線回折(いわゆる粉末XRD)の図面

であることは,当業者にとって自明である。粉末X線回折の図面であることを




示す証拠として,例えば,
「物理実験10 X線回折技術」
(甲26),特開20

07−112674号公報(甲27)がある。甲26の82頁の「6.4 デ

ィフラクトメーター法」には,
「粉末あるいは多結晶の試料からの回折線を測定

するのに使われる装置である」と明示されているが,ディフラクトメーターは

粉末XRD用装置であるし,同86頁の図6.17に粉末XRDの図面が明示

されている。また,甲27にも粉末XRDの図面が明示されている。

イ 審決は,「技術常識からみて,単一結晶であっても,結晶(格子)

に対するX線の入射角などの測定条件(どの結晶面に入射させるか等)により,

回折X線の観測角である「2θ」で表される回折ピーク位置が有意に変化する

であろうことは,当業者に自明である」と認定した。

しかし,そもそも粉末X線回折において,粉末の試料は多くの微細単結晶の

集合体であり,ある面間隔dは全方位に存在すると仮定されており,審決の認

定は妥当でない。すなわち,請求項5に記載された「そのXRDプロファイル

の回折ピークのうちの回折強度の強い10本のピーク位置」は,粉末の試料で

ある多くの微細単結晶の集合体に依存するものであり,単一結晶であっても,

結晶(格子)に対するX線の入射角の測定条件(どの結晶面に入射させるか)

により依存するものではない。かかる点については,
「カリティ新版X線回折要論」

(甲29)に明示されている。

(4) 理由2(第2の3(3)エ)に記載された事実認定の誤りについて

本願明細書の発明の詳細な説明の「【表1】」なる原子座標に係る記載は,明

らかな誤記である。本願明細書の発明の詳細な説明において,段落番号【00

25】で「Sr3 Al3 Si13 O2N21 結晶は斜方晶系で,格子定数は,a=9.

037(6)Å,b=14.734(9)Å,c=14.928(10)Åで

あり,図2に示すXRDプロファイルを呈する。この結晶は空間群P2 1 2 1 2

(非特許文献1に示された空間群のうちの19番目)に属する」と明示されて



いる。この結晶が空間群P2 1 2 1 2 1 に属することが明示されている。




したがって,結晶が空間群P2 1 2 1 2 1 に属するため,Sr原子Sr1の原

子座標は他のSr原子との対称性により一意に定まる。すなわち,表1のSr

1のzの数値は,他のSr原子の原子座標に基づき対称性を用いて計算すると

0.1238ではなく,0.3762ではあることが当業者にとって自明であ

る。本願明細書に結晶が空間群P2 1 2 1 2 1 に属することが明示されており,
かつ,本願明細書の図3にも正しく表示されているため,表1のSr1のzの

数値は,0.1238ではなく,0.3762ではあることが当業者にとって

自明であり,技術的に対応関係が明確であることは明らかである。


第4 被告の反論

1 取消事由1について

(1) 前提事項(第2の3(1))に記載された事実認定の誤りに対して

本件の特許請求の範囲では,一般式(1)において0<x<1,−1≦z≦1,

−1<u−w≦1という極めて広い組成範囲に関して,斜方晶系が維持され,かつ,

蛍光体としての有用性が維持される前提で,発明特定事項が記載されているが,蛍

光体において,一部の元素の置換が生じただけで蛍光特性が大きく変化することは

技術常識であるため,格子欠陥や価数変化等の発生を前提とした不定比化合物を考

慮したのでは,蛍光体として特許請求の範囲において何を特定しているのか不明で

あるという趣旨を審決で記載したものであり,一般式の意味が技術的に不明である

とした審決に誤りはない。

ア セラミックス材料などの無機化合物からなる蛍光体の技術分野におい

て,当該物質の結晶構造は,蛍光発光の可否を左右する重要な技術事項である。そ

して,ある結晶構造が自然形成される場合,その構造に則した数の構成原子が存在

する必要があり,その構造に則した一定の原子組成になるべきものである。そうす

ると,蛍光体でないセラミックス材料などの無機化合物はさておき,蛍光体である

無機化合物の結晶構造を化学式で表すためには,その結晶構造に則した一定の原子




組成を有するもの,すなわち,定比組成物質として表現・記載する必要があるもの

と理解するほかはない。

なお,原告が不定比組成物質の例として挙げている蛍光体ではない「ウスタイト」

であっても,化学的には,「FeO」なる定比組成物質と「Fe2O3」なる定比組
成物質との固溶体(混合物)と理解すべきものであるから,結晶構造に則した化学

式表現を要する蛍光体の場合に,不定比組成物質を考慮しつつ認定すべき根拠が存

するものでもない。

イ また,蛍光体につき化学式により表記する場合,蛍光体ハンドブック(乙
1)にも記載されている(10頁〜13頁の「表1・2・3」参照)とおり,審決

における「(a)」の方法で表記するのが一般的である。そして,当該方法では,

母結晶を構成する原子については,母結晶の結晶構造に則して化学量論的に成立す

るような組成比とした上で,母結晶を構成する原子と賦活剤金属原子との間の(原

子)組成比,すなわち,賦活濃度については特に表記しないだけであって,賦活濃

度まで特に表記する場合には,母結晶の化学量論的関係が成立する範囲で,賦活置

換される金属原子と賦活剤金属原子との組成比を表記することとなる。

一方で,特許第4362625号公報(甲13における参考文献1),特開20

09−286995号公報(甲17),原告が指摘した特許第4148298号公

報(乙2),特許第5197827号公報(乙3)にもそれぞれ記載されているとお

り,母結晶を構成する原子と賦活剤金属原子とを併せて表記し,その式中にあるす

べての原子の組成比が化学量論的に成立するように表記する審決における「(b)」

の方法で表記する場合が,現実に存することも事実である。

ウ よって,原告の主張は,いずれも失当である。

(2) 理由1(第2の3(2)ア)に記載された事実認定の誤りに対して

元素の価数変化や格子欠陥が不純物量というべき微量存在する以上,厳密な意味

での化学量論は各元素間に完全には成立していないが,本件の一般式(1)における

極めて広い組成範囲に関して,斜方晶系が維持された蛍光体として特定されている




場合,結晶構造に対応した当然満たすべき各元素の化学量論的条件や各元素間の組

成を制約する条件を逸脱して発明を特定していることを,審決で述べたものであり,

各変数が連関することを認定した審決に誤りはない。

ア 化学物質の原子組成につき「化学量論的に成立する」とは,当該物質を

構成する各構成原子の原子価と組成比との積の総和が物質全体の電荷状態に等しく

なっていることを意味し,定常状態の物質であれば電気的に中性であるから,上記

各構成原子の原子価と組成比との積の総和が実質的に0である場合に,その化学物

質の原子組成につき化学量論的に成立していることとなり,上記総和が有意に0で

ない場合に,その化学物質の原子組成につき化学量論的に成立していないこととな

る。

イ 化学式における各構成原子の組成比に関する「各変数が連関する」とは,

化学物質の原子組成につき,各構成原子の原子価は一定である前提において,ある

構成原子の組成比が変化するか決定された場合,化学量論的に成立するように他の

いずれか1種以上の構成原子の組成比が連動して変化するか決定されることを,化

学式における各構成原子の組成比に関する変数をもって「各変数が連関する」と表

現したものであって,例えば,化学式における各構成原子の組成比に関する変数が

互いに連動せず独立してそれぞれの定義域で変化する,すなわち,「各変数が連関

しない」ならば,その組成比は化学量論的に成立するものではないことを表現した

ものである。

ウ 一般に,蛍光体はある一定の結晶構造となるような定比組成物質である

ところ,一般化学式における各構成原子の組成比に関する各変数が,化学量論的に

成立するように連関すべきであることは明らかである。

エ また,審決においても示したとおり,本件の発明の詳細な説明には,
「一

般式(1)」の各変数の連関につき記載されておらず,本願発明に係るものと認め

られる実施例に係る蛍光を発する黄緑色粉体の無機結晶部分について,【表2】の

とおり,上記一般式に該当するものではあるが,各変数が連関しておらず化学量論




的な関係が成立しない(各構成原子の原子価と組成比との積の総和が有意に0でな

い)のであるから,上記一般式が蛍光体であるいかなる無機結晶を意味するのか不

明であるというほかはない。

オ なお,特許第4148298号公報,特許第5197827号公報を検

討すると,それぞれ,特許請求の範囲につき,複数の原子組成に係る変数を含む一

般式を使用して記載されており,本願の特許請求の範囲と類似した表現で記載され

ているものの,発明の詳細な説明実施例などに係る記載からみて,実質的な完全

酸化物であり全金属の原子価を打ち消すように酸素を含有するものであって,化学

量論的な関係が成立するように各変数が連関していることが看取できるから,本件

とは状況を全く異にするものである。

カ したがって,原告の主張は,失当である。

(3) 理由1(第2の3(2)イ)に記載された事実認定の誤りに対して

審決が問題にしているのは,特許請求の範囲では,0<x<1,−1≦z≦1,

−1<u−w≦1という非常に広い組成範囲に関して,斜方晶系が維持され,かつ,

蛍光体として有用性が維持される前提において,発明特定事項が記載されているに

もかかわらず,基本となる結晶ですら,【表1】と【図3】とに基づき合理的に斜方

晶系として理解できず,ましてや組成の大きく異なる範囲であれば原告が主張する

空間群の説明は全く当てはまらず,特許請求の範囲が不明確になるということであ

る。したがって,結晶系と空間群に関する審決の認定判断に誤りはない。

ア まず,本願明細書の【表1】につき検討すると,【図3】(及び甲24

図面)の記載からみて,格子定数a,b及びcからなる単位格子には,Sr3Al3

Si13O2N21の4倍の原子が含まれるものと理解されるところ,【表1】では,

Sr3個,Si(Al)18個及びN(O)23個の原子座標データが記載されて

いるのみであり,単位格子に含まれるすべての原子座標データは記載されていない。

なお,原告が準備書面で提示した「等価点」データ(4〜7頁の「表A」及び「表

B」参照)は,その結晶が斜方晶系で空間群P2121 21 に属することを前提とし




て変換・算出したものであり,その結晶が,いかなる結晶系及び空間群に属するも

のであるかを対称操作で検証する際の検証データとできるものではない。

そうすると,【表1】における原子座標データは,明らかに不足しており,当該

データに基づき,格子定数a,b及びcからなる単位格子を有するSr3Al3Si

13 O2N21結晶の結晶系及び空間群を対称操作により検証できるものではない。

イ また,【表1】に見られるとおり,結晶構造につき点群表示によって表

現する際の各構成原子の原子座標は,小数点以下4けたという極めて精密な数値で

表現するのが通常であるのに対して,原告が「僅かなずれ」というSr原子のポジ
ションのずれは,小数点以下2けた目から数値が変化する程度の大きな「ずれ」で

あり,この大きな「ずれ」が対称操作の前後において発生する場合に,「対称操作

を施した後のSr原子のポジションは,いずれかの対称操作前のSr原子のポジシ

ョンに合致」するといえるものではない。

そうすると,螺旋軸に応じた対称操作の前後において,Sr原子のポジションが

合致しているものではないのであるから,当該対称操作に係る「軸」は,「螺旋軸」

ということはできない。

ウ なお,本願明細書における【表1】の原子座標に係る記載と【図3】に

係る記載とは,明らかに整合しておらず,対応関係が不明である。

そして,仮に【表1】の記載が妥当なものであるとすると,【図3】の記載が誤

りとなり,【図3】(及び甲24図面)に基づく原告の主張は,いずれも根拠を欠

くものとなる。

また,仮に【図3】の記載が妥当なものであるとすると,【表1】の記載が誤り

となり,【図3】がいかなる原子座標データに基づき描画された結晶構造図面であ

るのか不明であり,原告の「原子座標から結晶解析ソフトウェアVESTAを用い

て描写されて」いる旨の主張に係る根拠を失うこととなる。さらに,【図3】はあ

くまで模式図なのであるから,【図3】に基づき,各構成原子の原子座標データを

抽出(算出)することは実質的に不可能であって,例えばSi−Nの原子間結合距




離などを算出することも不可能となることが明らかである。

エ 以上からみて,原告の「本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載

参酌すれば,Sr3Al3Si13O2N21結晶が,「斜方晶系」であること及び「結

晶の空間群がP21 2121 に属する」ことが明らかである」旨の主張は,根拠を欠

くものであり失当であって,ましてやSr3Al3Si13O2N21属結晶については

不明であるから,審決に誤りはない。

2 取消事由2について

(1) 理由2(第2の3(3)ア)に記載された事実認定の誤りに対して
本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌しても,Sr3 Al3Si1

3 O2N21結晶が,「斜方晶系」であること及び「結晶の空間群がP212121に属

する」ということはできないから,発明の詳細な説明の段落【0028】〜【00

30】における製造方法に関する開示及び実施例1から実施例17までの原子組成

及び発光性能に関する開示があったとしても,「斜方晶系に属し」なる事項を発明

特定事項とする一般式(1)組成の結晶を含む蛍光体を製造することは,当業者が

実施可能といえない。

したがって,原告の上記主張は失当であり,審決に誤りはない。

(2) 理由2(第2の3(3)イ)に記載された事実認定の誤りに対して

審決は,「M1−NおよびM2 −Nの化学結合の長さ」とSr3Al3Si13O2N

21 結晶における「Al−NおよびSi−Nの化学結合の長さ」という両記載が,明

細書全体及び技術常識からもいかなる「化学結合の長さ」を意味するか明らかでな

いため,比較しようとしている「±15%以内」が結果的に不明確になっており,

目標数値範囲が明確でないのであるから当業者といえども実施できないことを述べ

たものであり,誤りはない。

そして,化学結合に関する発明の詳細な説明の記載【0021】〜【0026】

をみても,具体的な計算手法や計算結果は全く示されていないのであるから,製造

の前提となる評価手法すら明らかでなく,当業者が通常行う試行錯誤を超えて製造




しなければならなくなることは明らかである。

また,発明の詳細な説明において,化学結合の長さが「±15%以内」に入る過

程の計算手法及び計算結果が全く記載されていない上に,結果として「±15%以

内」に入った例も入らなかった例も明らかにされていない。

仮に,「三平方の定理」,「リートベルト解析」,「単結晶X線解析装置」,「解

析ソフト」及び「可視化プログラムVESTA」が当業者に知られていたとしても,

明細書に一切記載のない複数の事項を組み合わせて実行することを前提として説明

することによって,明細書の実施可能要件が満たされるということはできない。

ア まず,原告の上記説明中の事項のうち,結晶構造中の2個の原子間距離

が,各原子の基準点からの実距離に基づく原子座標が判明している場合に,三平方

の定理により算出できることは,被告も認めるところである。

しかるに,本件でいうところの「Si−N」,「Al−N」,「Si−O」及び

「Al−O」なる原子間距離は,化学結合に関する原子間距離であるから,一方の

原子(例えばSi)から離れた位置に存する他方の原子(例えばN)との原子間距

離について論ずるものではなく,一方の原子(例えばSi)の最近傍に位置する他

方の原子(例えばN)との原子間距離について論ずべきものである。

イ そこで,原告が提示した「表C」の実距離表示された原子座標に係る記

載に基づき,具体例として「Si17」に対する「N1」ないし「N23」の各原

子間距離を原告主張の方法で三平方の定理に基づき算出した結果からみて,「Si

17」は4価の金属原子であるから,最も近傍に位置する「N7」,「N12」,

「N15」及び「N21」の各N原子とそれぞれ合計4個の化学結合を形成してお

り,その結合の長さは,大別して一方(「Si17−N7」及び「Si17−N2

1」)が他方(「Si17−N12」及び「Si17−N15」)の2倍程度のも

のである2種が存在しているものと理解することができる。

そして,「Si17」なる単一のSi原子につき複数の「Si−N」結合の長さ

が存するのであるから,他のSi原子についても複数の「Si−N」結合の長さが




存することが推認でき,それらすべてのSi原子が含まれる「Sr3 Al3 Si13

O2N21 結晶」において,多種多岐にわたる「長さ」のSi−N結合が存するとい

うことができるとともに,「Sr3Al3Si13O2N21結晶」における単一の「S
i−N結合の長さ」というものは存しないということができる。

なお,審決において説示し,原告も説明するとおり,「Sr3Al3Si13O2N

21 結晶」は,更にSi原子及びN原子がそれぞれAl原子及びO原子に一部置換

れており,「Al−N」,「Si−O」及び「Al−O」という「Si−N」結合

とは異なる長さを有する結合が,結晶構造のいずれかに存在しているのであるから,
更に多種の異なる「長さ」の結合が存在しているものと理解することもできる。

ウ そうしてみると,本件でいう「Sr3Al3Si13O2N21の格子定数と

原子座標から計算された・・Si−Nの化学結合の長さ」とは,いかなる長さのこ

とであるのか依然として不明であり,当該「長さ」を基準とする本件における「S

r3Al3Si13O2N21属結晶は,その結晶構造における格子定数および原子座標
から計算されたM1−NおよびM2−Nの化学結合の長さが,Sr3Al3Si13O2

N21 の格子定数と原子座標から計算されたAl−NおよびSi−Nの化学結合の

長さに比べて,それぞれ±15%以内であること」を具備するか否か判別すること

は,当業者といえども可能であるということはできない。

(3) 理由2(第2の3(3)ウ)に記載された事実認定の誤りに対して

ア 特許請求の範囲では,非常に広い組成範囲に関して,斜方晶が維持

され,かつ,蛍光体として有用性が維持されるという通常では認識できない前

提で発明が特定されているにもかかわらず,Sr3Al3Si13O2N21のXRD

プロファイルが示されておらず,Sr3Al3Si13O2N21属結晶の回折強度の

強い10本が,Sr3Al3Si13O2N21のXRDプロファイルの回折ピークの

ピーク位置と一致する過程,一致した場合の蛍光特性に関して,具体的に何も

記載されていない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明には,
「XRDプロファイル」につい




て,XRDの具体的測定方法(単結晶XRDであるのか,粉末XRDであるの

か,測定方法種別,測定装置種別等)につき記載されておらず,また,審査過

程及び審判過程において原告から提示された全手続書類の記載を参酌しても,

上記XRDの具体的測定方法が粉末法であることを当業者が認識できる記載は

ない。

ウ 仮に,上記XRDが粉末法によるものであり,単一の結晶(集合体)

試料であっても,その試料(結晶粒)の配置により,XRDプロファイルにお

ける各2θピークの強度が変化して,
「XRDプロファイルの回折ピークのうち

強度の強い10本のピーク」が異なるから,
「そのXRDプロファイルの回折ピ

ークのうちの回折強度の強い10本のピーク位置が,Sr3 Al3 Si13 O2 N2

1 のXRDプロファイルの回折ピークのピーク位置と一致すること」を具備する

ものか否かにつき,過度の試行錯誤なしに判別することができず,結果として

製造することができない。

甲29の記載によれば,ある特定の格子面が入射線を反射するように正しく

置かれている結晶粒の存在比率が,たまたま他のものに比して極端に少ない場

合,その格子面(間隔)に対応する2θピークの(回折)強度は低下し,少な

くとも「XRDプロファイルの回折ピークのうち強度の強い10本のピーク」

に入らなくなる。

(4) 理由2(第2の3(3)エ)に記載された事実認定の誤りに対して

ア 表1の記載と図3の記載とは整合していない。本願明細書における表1

と図3は,依然として,技術的な対応関係が不明である。

イ 審判合議体が審尋において指摘した,Sr1のz座標に係る誤記による

表 1 と図3との技術的な対応関係の不整合につき,原告は,回答書において認めた

上で,補正の機会を付与するよう要請したが,審判合議体がした拒絶理由通知に対

しては,自らの意志に従い,誤記を補正せずに,意見書において具述的な対応関係

につき整合していると主張した。その結果,審決で拒絶すべきと判断したにすぎな




い。



第5 当裁判所の判断

1 取消事由1について

(1) 本願発明について

本願発明は,250nm〜500nmの波長の光を発光する発光素子と,その発

光素子上に配置された蛍光体を含む蛍光体層とを具備した発光装置に関するもので

あり,その蛍光体が,斜方晶系に属し,以下の一般式(1)で表される組成を有す

るSr3Al3Si13O2N21属結晶を含むものである。

「(M1−xRx)3−yM13+zM213−zO2+uN21−w (1)

(式中,MはCaおよびSrから選択される少なくとも1種の元素であり,

M1はAlであり,

M2はSiであり,
RはEuであり,

0<x≦1,

−0.1≦y≦0.15,

−1≦z≦1,

−1<u−w≦1である)」

(2) 変数の連関について

ア 本願発明は,一般式(1)における各原子の組成比が,不定比となる場

合を含むものであり,その組成比は変数y,z,u,wを用いて特定されているが,

これらの各変数が相互にどのように連関するかは特定されていない。

しかし,無機化合物において,格子欠陥等のため,その組成比が不定比となる(自

然数でない)ものが存在することは,技術常識であって(甲21),このことは,無

機化合物からなる蛍光体についても同様である(乙1, 。
2) そして,無機化合物は,

定常状態では,その全体の電荷バランスが中性であり,無機化合物を構成する各原




子の原子価と組成比との積の総和が,実質的にゼロとなっていることは,技術常識

である(乙2【0015】【0016】。このような技術常識を踏まえると,組成
, )

比が不定比となる場合には,各原子の原子価が自然数とはならないことは明らかで

ある。また,不定比を具体的な状況に応じて確定するのは困難である上,一定の数

値をとるかどうかも不明である。

そうすると,一般式(1)における各原子の組成比が不定比となる場合を含む本

願発明においては,上記の各変数が相互にどのように連関するかを特定することは,

相当程度困難である。

本願明細書(甲1)の段落【0039】【0040】【0047】【0049】
, , , ,

【0059】によると,実施例1,5,7(表2)で,実際に不定比組成である蛍

光体が合成されている。これらの蛍光体は不定比組成であり,各原子の原子価は自

然数ではなく,その具体的な数値は不明であるが,蛍光体の電荷バランスが中性と

なるように組成比が選択され,化学量論的に成立したものとなっていると解される。

以上によれば,本願発明においては,上記の各変数が相互にどのように連関する

か特定されていないとしても,一般式(1)における各原子の組成比は,一般式(1)

に示される各原子の組成範囲内において,蛍光体の電荷バランスが中性となるよう

に選択され,化学量論的に成立したものとなると認められるから,審決が認定する

ように,一般式(1)における各原子の組成比が化学量論的に成立するためには,

上記の各変数が連関することが必要であるとはいえない。また,一般式(1)が,

いかなる化合物を意味するのか不明であるともいえない。

よって,審決の判断は誤りである。

イ 被告の主張について

(ア) 被告は,蛍光体において,一部の元素の置換が生じただけで蛍光特性

が大きく変化することは技術常識である(乙1)から,格子欠陥や価数変化等の発

生を前提とした不定比化合物を考慮したのでは,蛍光体として特許請求の範囲にお

いて何を特定しているのか不明であり,一般式(1)の意味が技術的に不明である




と主張する。

しかし,無機化合物からなる蛍光体において,その組成比が不定比となるものが

存在することが,技術常識であることは,既に説示したとおりであるところ,組成

比が不定比であり,その各構成原子の組成の変数に連関性がないとしても,ある結

晶構造を有するある特性を持つ物質としての基本となる組成を示す意味において,

一般式(1)の記載が直ちに技術的意義に欠けるものとなるわけではない。よって,

被告の主張は採用できない。

(イ) 被告は,原告が蛍光体ではないが不定比組成物質の例として挙げてい

るウスタイト(甲21)は,化学的には,FeOなる定比組成物質とFe2O3なる

定比組成物質との固溶体(混合物)と理解すべきであり,結晶構造に則した化学式

表現を要する蛍光体の場合に,不定比組成物質を考慮しつつ認定すべき根拠はない

と主張する。

しかし,ウスタイトは,FeOにFe2O3を固溶して作成するものではないから,
これら2つの固溶体(混合物)といえるか疑問である上に,甲21によれば,ウス

タイトは,NaCl構造を有し,陽イオン空孔の存在により定比組成から組成がず

れた不定比組成物質となっているとされており,当然にFe2O3を構成の一部とし

て理解できるかどうか疑問であるから,被告の主張の前提自体採用し難い。また,

仮にウスタイトをFeOとFe2O3の固溶体と理解したとしても,この場合のFe

の欠損の割合は不明であり,FeとOの比率も必ずしも一定しないと解される以上

(甲21)電荷バランスが中性となる条件としての固溶比を化学的に説明できるも


のではない。そうすると,同じ不定比組成物質であるにもかかわらず,蛍光体につ

いてだけ化学的な説明を要求する根拠はなく,不定比組成物質であることを考慮に

入れられない実質的な理由はないというほかない。したがって,被告の主張は採用

できない。

(ウ) 被告は,無機化合物からなる蛍光体の技術分野において,当該物質の

結晶構造は,蛍光発光の可否を左右する重要な技術事項であり,ある結晶構造が自




然形成される場合,その構造に則した数の構成原子が存在する必要があり,その構

造に則した一定の原子組成になるべきであるから,蛍光体である無機化合物の結晶

となる組成を化学式で表すためには,その結晶構造に則した一定の原子組成を有す

るもの,すなわち,定比組成物質として表現・記載する必要があり,また,蛍光体

は,ある一定の結晶構造となる定比組成物質であるから,一般化学式における各構

成原子の組成比に関する各変数は,化学量論的に成立するように連関すべきと主張

する。

しかし,上記のとおり,無機化合物からなる蛍光体において,その組成比が不定

比となるものが存在し,そのような不定比組成の蛍光体であっても化学量論的に成

立することは,技術常識であるし,そのような蛍光体が(被告主張のウスタイトの

ように)常に定比組成物質の固溶体(混合物)と理解し得るとは限らない。乙1の

225頁にある図3・2・41を見ても,Ba0.87Mg2.0AlZO3/2Z+3:Eu
2+
0.13 は,z=19.0ないしz=25.0の場合でも蛍光体となるが,この場

合は定数比物質として示されていない上に,zの値が14.0,16.0,19.

0,25.0,40.0という複数の場合で蛍光体となること自体が,上記組成で

表される物のうちAlやOとその他の原子との組成比が不定比となっていることを

示しているというべきである。

(エ) 被告は,本願発明においては,一般式(1)における極めて広い組成

範囲に関して,斜方晶系が維持された蛍光体として特定されており,結晶構造に対

応した当然満たすべき各元素の化学量論的条件や,各元素間の組成を制約する条件

を逸脱して発明を特定していると主張する。

しかし,本願発明において,一般式(1)に示されている各原子の組成範囲全域

で斜方晶系の要件を満たすという前提で発明が特定されているわけではないから,

被告の主張は前提において誤りがある。上記アのとおり,一般式(1)における各

原子の組成比が不定比となる場合を含む本願発明においては,上記の各変数が相互

にどのように連関するかを特定することは,相当程度困難であると考えられる。そ




の上,本願発明の一般式(1)自体は,変数が連関されていない結果,広範な範囲

を含んだものではあるが,「斜方晶系に属し」及び「Sr3 Al3 Si13 O2 N21 属

結晶」という限定が別途付されている。そうすると,各原子の組成比は,一般式(1)

に示される各原子の組成範囲内において,蛍光体の電荷バランスが中性となるよう

に選択され,化学量論的に成立したものが,一般式(1)の範囲内のものとして特

定されていると,当業者は解することができる。したがって,一般式(1)による

発明の特定が,結晶構造に対応した各元素の化学量論的条件や,各元素間の組成を

制約する条件を逸脱しているとはいえない。

(オ) 被告は,原告提示の2件の特許文献(乙2,3)は,実施例に係る記

載等からみて,実質的な完全酸化物であり,全金属の原子価を打ち消すように酸素

を含有するものであり,化学量論的な関係が成立するように各変数が連関している

と主張する。

しかし,乙2,3の実施例において,定比組成のものが示されているとしても,

乙2,3の特許請求の範囲には,蛍光体を構成する各原子の組成比が不定比となる

場合を含むことが示されている上に,乙2では,付活剤元素であるCeが2価の金

属元素と置換する場合と3価の金属元素と置換する場合との両方があること,2,

3価の金属元素の代わりに1価や4,5価の金属元素が利用される場合もあること

を前提に,適宜電荷バランスが中性となるように選択される発明とされている 【0


015】【0016】【0017】
, , )から,本願発明と同様に,各変数が連関してい

るとはいえない。よって,被告の主張は採用できない。

(3) 斜方晶系について

ア 本願発明は,250nm〜500nmの波長の光を発光する発光素子と,

その発光素子上に配置された蛍光体を含む蛍光体層とを具備した発光装置に関する

ものであり,その蛍光体が,斜方晶系に属し,一般式(1)で表される組成を有す

るSr3Al3Si13O2N21属結晶を含むものである。そして,本願発明に係る発

光装置に用いられる蛍光体は,Sr3Al3Si13O2N21をベースとして,そのS




rがEuやCaで置換されたり,また,AlとSiが互いに置換されたり,OとN

が互いに置換されたりしたものである。

格子欠陥の場合の原子の欠落のある特定の単位格子や,SrがEuに置換した場

合の特定の単位格子を,各々ミクロ的に見ると,あるはずの原子の不存在や原子の

大きさの違いから結晶構造にゆがみが生じるために,必ずしも斜方晶とならないこ

とは否定し難い。しかし,このような格子欠陥や原子置換により,格子定数が変化

し,結晶構造が若干変化することがあるとしても,一般式(1)で表される本願発

明は,本願明細書の記載(【0021】【0024】【0026】
, , )によれば,XR

Dの結果,基本的な結晶構造が変化しない範囲のもの,すなわち,Sr3Al3Si

13 O2N21結晶と実質的に同一の結晶構造を有するものであることを前提としてい

る以上,マクロ的には斜方晶を維持しているということができる。本願発明におけ

る「Sr3 Al3 Si13 O2 N21 属結晶」とは,上記のような,Sr3 Al3 Si13

O2N21 結晶と実質的に同一の結晶構造を有するものを意味すると,当業者は解す

ることができる。

本願明細書には,このようなSr3Al3Si13O2N21結晶が,斜方晶系であり,

空間群P2121 21 に属するものであること,結晶の空間群は,単結晶XRDによ

り決定されること(【0025】)も記載されているが,無機化合物の結晶構造(結

晶系,空間群等)が,単結晶XRDによる測定結果に基づいて決定されるものであ

ることは,技術常識である(甲27【0034】。本願明細書の表1に示されるS


r3Al3Si13O2N21結晶の原子座標も,上記の単結晶XRDによる測定結果に

基づいて算出されたものと解される。他方,本願明細書の図3(甲3)に示される

Sr3Al3Si13O2N21結晶の結晶構造は,上記のようにして算出された原子座

標に基づいて描画されたものと解される。そして,単結晶XRDによる測定として

用いられたSCXmini型デスクトップ単結晶X線構造解析装置(株式会社リガ

ク製)や,解析に用いられたデータ解析ソフトウェアCrystal Struc

ture(株式会社リガク製) 描画に用いられた結晶解析ソフトウェアVESTA





は,いずれも各測定,解析に使用されるものとしては一般的なものであって,当業

者にとってその使用は技術常識といえる容易なものであるところ,被告もその信頼

性を争っていない。

以上によれば,単結晶XRDによる測定結果に問題はなく,Sr3 Al3 Si13
O2 N21 結晶が,斜方晶系であり,空間群P21 21 21 に属するものであると認め

られる。そして,本願明細書の図3に示されるSr3Al3Si13O2N21結晶の結

晶構造は,単結晶XRDによる測定結果に基づいて算出された原子座標に基づいて

描画されたものである以上,斜方晶系であり,空間群P2121 21 に属するもので
あることも明らかであり,そうであれば,互いに直交するa軸,b軸,c軸の3方

向にそれぞれ2回螺旋軸を有することもまた明らかである。実際に,このような2

回螺旋軸を有するものであることは,本願明細書の図3に基づくコンピュータグラ

フィックス上での対称操作のシミュレーション(甲41,42)により確認できる

ところである。

確かに,図3において,Sr原子(301)は,b軸方向に複数個並んで所定の

位置に配置されているところ,b軸方向から見た場合(図3(b),これらが僅か


にずれて重なり合っているように見える。また,図3(a)(c)によれば,Sr


原子は,Si,Al,O及びNからなる結晶基本骨格に対して,均等でない位置に

存在しているようにも見える。

しかし,これらのSr原子の図面上のずれは,いずれも,Sr3Al3 Si13O2

N214つで構成される1つの単位格子内(図3(b)(c)における実線で囲まれ


た範囲内)に存在するにすぎない。このような単位格子をb軸方向から見た場合に,

複数個のSr原子が僅かにずれて重なり合っているとしても,また,Sr原子が,

Si,Al,O及びNからなる結晶基本骨格に対して,均等でない位置に存在して

いるように見えるとしても,そうであるからといって,単位格子そのものの結晶構

造が,互いに直交するa軸,b軸,c軸の3方向にそれぞれ2回螺旋軸を有するも

のでないとはいえない。本願明細書の図3に基づくコンピュータグラフィックス上




での対称操作のシミュレーション(甲41,42)によれば,そのずれは対称操作

後においても生じ,結果として重なり合うことが明らかとされている。

以上のとおり,Sr3Al3Si13O2N21結晶は,斜方晶系であり,空間群P2

1 2121 に属するものである。そして,本願発明に係る発光装置に用いられる蛍光

体が,Sr3Al3Si13O2N21結晶と実質的に同一の結晶構造を有するものであ

ることは,上記のとおりであり,本願請求項1及び5の「斜方晶系に属し,
・・・組

成を有するSr3Al3Si13O2N21属結晶を含む蛍光体」との記載が,技術的に

意味が不明であるということはできない。
よって,審決の判断は誤りである。

イ 被告の主張について

被告は,結晶構造につき点群表示によって表現する際の各構成原子の原子座標は,

小数点以下4けたという極めて精密な数値で表現するのが通常であるのに対して,

原告が「僅かなずれ」というSr原子のポジションのずれは,小数点以下2けた目

から数値が変化する程度の大きなずれであるところ,この大きなずれが,螺旋軸に

応じた対称操作の前後において発生する場合に,対称操作を施した後のSr原子の

ポジションは,いずれかの対称操作前のSr原子のポジションに合致するとはいえ

ないから,当該対称操作に係る「軸」は,「螺旋軸」とはいえないと主張する。

しかし,原告のいう「僅かなずれ」は,本願明細書の図3に示されるSr3Al3

Si13O2N214つで構成される1つの単位格子をb軸方向から見た場合に,単位

格子内にある複数個のSr原子が僅かにずれて重なり合っていることを指し示すに

すぎず,螺旋軸に応じた対称操作をした位置にあるSr原子と重ならないことを意

味するわけではないから,単位格子の結晶構造が2回螺旋軸を有することを否定す

る根拠となるものではない。よって,被告の主張は採用できない。

2 取消事由2について

(1) 斜方晶系について

被告は,本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌しても,Sr3 A




l3Si13O2N21結晶が,
「斜方晶系」であること及び「結晶の空間群がP2121

21 に属する」ということはできないから,本願明細書の発明の詳細な説明の【0

028】〜【0030】における製造方法に関する開示,実施例1から実施例17

までの原子組成及び発光性能に関する開示があったとしても,
「斜方晶系に属し」な

る事項を発明特定事項とする一般式(1)組成の結晶を含む蛍光体を製造すること

は,当業者が実施できないと主張する。

しかし,Sr3Al3Si13O2N21 結晶が斜方晶系であり,空間群P212121

に属するものであることは,既に説示したとおりであって,被告の主張は前提を誤

ったものといえ,理由がない。

(2) 化学結合の長さについて

ア 本願発明1〜4は,「Sr3 Al3 Si13O2 N21 属結晶は,その結晶構

造における格子定数および原子座標から計算されたM1 −NおよびM2 −Nの化学

結合の長さが,Sr3Al3Si13O2N21の格子定数と原子座標から計算されたA
l−NおよびSi−Nの化学結合の長さに比べて,それぞれ±15%以内である」

ことを発明特定事項とするものである。本願明細書の記載 【0021】 によれば,
( )

これは,基本的な結晶構造が変化しない範囲を定義するものであり,Sr3Al3S

i13O2N21属結晶における「M1−NおよびM2−Nの化学結合の長さ」と,Sr

3 Al3Si13O2N21結晶における「Al−NおよびSi−Nの化学結合の長さ」

を比べて,
「それぞれ±15%以内である」場合に,基本的な結晶構造が変化しない

範囲のもの,すなわち,Sr3Al3Si13O2N21結晶と実質的に同一の結晶構造

を有するものと判断することを明示したと解される。そして,結晶構造の同一性を

判断するためには,それぞれの結晶における対応する化学結合について長さを比較

しなければ技術的意味がないことも,当業者は理解できる。

そうすると,上記の発明特定事項は,Sr3Al3Si13O2N21属結晶と,Sr

3 Al3 Si13 O2 N21 結晶のそれぞれ対応する化学結合の長さを比較することを

意味するものであることは明らかである。




そして,Sr3Al3Si13O2N21属結晶における「M1−NおよびM2−Nの化

学結合の長さ」,及びSr3 Al3 Si13 O2N21 結晶における「Al−NおよびS

i−Nの化学結合の長さ」については,いずれも,それぞれの結晶における「格子

定数および原子座標から計算された」ものであることが特定されているものの,そ

の具体的な数値や求め方については,本願明細書の発明の詳細な説明には明記され

ていない。しかし,単結晶XRD及び粉末XRDによる測定結果に基づいて格子定

数及び原子座標を求め,これらを乗ずることで各原子の座標を求めた上で,三平方

の定理により当該結合の長さを求めることができることは,明細書に記載するまで

もなく,当業者にとっての技術常識である。

以上のとおりであるから,本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載に基づ

いて,Sr3Al3Si13O2N21属結晶における「M1−NおよびM2−Nの化学結

合の長さ」と,Sr3Al3Si13O2N21結晶における「Al−NおよびSi−N

の化学結合の長さ」を上記のとおり求めた上で,両者のそれぞれ対応する化学結合

の長さを比較して,
「それぞれ±15%以内である」かどうか判別することは,当業

者であれば容易に実施できるものと認められる。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,本願発明1〜4について,当業

者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえ

ない。

よって,審決の判断は誤りである。

イ 被告の主張について

(ア) 被告は, 1−NおよびM2−Nの化学結合の長さ」と「Al−Nおよ
「M

びSi−Nの化学結合の長さ」が,いかなる化学結合の長さを意味するか明らかで

ないため,比較しようとしている「±15%以内」が結果的に不明確になっている

と主張する。

しかし,化学結合の長さの比較は結晶構造の同一性を判断するために行われるも

のであるから,Sr3Al3Si13O2N21属結晶と,Sr3Al3Si13O2N21結




晶のそれぞれ対応する化学結合の長さを比較することを意味するものであることは,

上記アで説示したとおりであって,何ら不明確な点はない。

(イ) 被告は,本願明細書の発明の詳細な説明には,具体的な計算手法や計

算結果が示されておらず,また,
「±15%以内」に入った例も,入らなかった例も

明らかにされていないから,当業者が通常行う試行錯誤を超えて,本願発明に係る

蛍光体を製造しなければならないと主張する。

しかし,単結晶XRD及び粉末XRDによる測定結果に基づいて格子定数及び原

子座標を求め,これらを乗ずることで各原子の座標を求めた上で,三平方の定理に

より当該結合の長さを求めることができることは,当業者には自明かつ容易であり,

Sr3Al3Si13O2N21属結晶における「M1−NおよびM2−Nの化学結合の長

さ」と,Sr3Al3Si13O2N21結晶における「Al−NおよびSi−Nの化学

結合の長さ」を求めた上で,両者のそれぞれ対応する化学結合の長さを比較し,
「そ

れぞれ±15%以内である」かどうか判別することも,当業者であれば容易に実施

できるものである。また,
「±15%以内」に入った例,入らなかった例の記載はな

いが,そのような記載がないことにより,当業者が本願発明の実施を行うことが困

難となるとは考え難いから,被告の主張は理由がない。

(3) XRDプロファイルの回折ピークについて

ア 本願発明5〜8に係る発光装置に用いられる蛍光体は,本願発明1〜4

と同様に,Sr3Al3Si13O2N21をベースとして,元素の置換によっても,基

本的な結晶構造が変化しない範囲のもの,すなわち,Sr3Al3Si13O2N21結

晶と実質的に同一の結晶構造を有するものであり,「Sr3 Al3 Si13O2N21 属

結晶」とは,Sr3Al3Si13O2N21結晶と実質的に同一の結晶構造を有するも

のを意味するものである。そして,本願発明5〜8は,
「前記Sr3Al3Si13O2

N21属結晶は,そのXRDプロファイルの回折ピークのうちの回折強度の強い10

本のピーク位置が,Sr3Al3Si13O2N21のXRDプロファイルの回折ピーク

のピーク位置と一致する」ことを発明特定事項とするものである。本願明細書の記




載(【0027】)によれば,これは,元素の置換量が少ない等の固溶量が小さい場

合における,Sr3Al3Si13O2N21属結晶の簡便な判定方法を特定したもので

あり,Sr3Al3Si13O2N21属結晶の「XRDプロファイルの回折ピークのう
ちの回折強度の強い10本のピーク位置」 Sr3Al3Si13O2N21結晶の
が, 「X

RDプロファイルの回折ピークのピーク位置」と一致する場合に,簡便に,Sr3

Al3 Si13 O2 N21 結晶と実質的に同一の結晶構造を有するものと判定すること

を明示したものと,当業者は解することができる。

本願明細書の発明の詳細な説明には,実施例1に係るもの(図2。甲3)以外の
XRDプロファイルについては明記されていないが,図2はXRDプロファイルで

あって(本願明細書【0025】,横軸に「2θ(°),縦軸に「相対強度」が示
) 」

され,所定の「2θ(°)」において複数のピークを有する曲線が示されているもの

であるから,その形状から粉末XRDプロファイルであることは明らかである(甲

7【0261】
[図15],甲26・86頁の図6.17)。そして,一般的なX線回

折技術からしても,このようなXRDプロファイルが,粉末を試料として用いた粉

末XRDプロファイルであり,当業者にとって自明の方法により容易に得ることが

できることは明らかである(甲7【0263】,甲26・85,86頁)。

以上のとおりであるから,本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載に基づ

いて,Sr3Al3Si13O2N21属結晶とSr3Al3Si13O2N21結晶の両方に

ついて,粉末XRDプロファイルを得た上で,Sr3Al3Si13O2N21属結晶の

粉末XRDプロファイルの回折ピークのうちの回折強度の強い10本のピーク位置

が,Sr3Al3Si13O2N21結晶の粉末XRDプロファイルの回折ピークのピー

ク位置と一致するかどうか判別することは,当業者であれば容易に実施できるもの

と認められる。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,本願発明5〜8について,当業

者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

よって,審決の判断は誤りである。




イ 被告の主張について

(ア) 被告は,本願明細書の発明の詳細な説明には,「XRDプロファイル」

について,単結晶XRDであるのか,粉末XRDであるのか等,XRDの具体的測

定方法につき記載されておらず,また,Sr3Al3Si13O2N21結晶のXRDプ
ロファイルが示されておらず,Sr3Al3Si13O2N21属結晶の回折強度の強い

10本が,Sr3Al3Si13O2N21結晶のXRDプロファイルの回折ピークのピ

ーク位置と一致する過程や,一致した場合の蛍光特性に関して,具体的に記載され

ていないと主張する。
しかし,図2に示された実施例1のXRDプロファイルの形状及び発明の詳細な

説明の記載からすれば,粉末を試料として用いた粉末XRDプロファイルを使用し

たことは,当業者にとって自明であることは上記アで説示したとおりである。そし

て,Sr3Al3Si13O2N21属結晶とSr3Al3Si13O2N21結晶の両方につ

いて,粉末XRDプロファイルを得た上で,Sr3Al3Si13O2N21属結晶の粉
末XRDプロファイルの回折ピークのうちの回折強度の強い10本のピーク位置が,

Sr3 Al3 Si13 O2 N21 結晶の粉末XRDプロファイルの回折ピークのピーク

位置と一致するかどうかを判別することは,当業者であれば容易に実施できるもの

である。また,本願明細書の発明の詳細な説明に記載される実施例は,いずれも,

その粉末XRDプロファイルの回折ピークのうちの回折強度の強い10本のピーク

位置が,Sr3Al3Si13O2N21結晶の粉末XRDプロファイルの回折ピークの

ピーク位置と一致することを前提としたものと解されるところ,このような実施

による蛍光体が,量子効率が高く,温度特性の良好なものであることは,各実施

の記載から明らかである。よって,被告の主張は採用できない。

(イ) 被告は,仮に,XRDが粉末法(特にディフラクトメーター法)によ

るものであり,単一の結晶(集合体)試料であるとしても,その試料(結晶粒)の

配置により,XRDプロファイルにおける各2θピークの強度が変化して,
「XRD

プロファイルの回折ピ−クのうちの回折強度の強い10本のピーク」が異なるから,




「そのXRDプロファイルの回折ピ−クのうちの回折強度の強い10本のピーク位

置が,Sr3Al3Si13O2N21のXRDプロファイルの回折ピークのピーク位置

と一致すること」を具備するものか否かにつき,過度の試行錯誤なしに判別するこ

とができないと主張する。

しかし,そもそも,粉末XRDにおいては,粉末の試料は多くの微細単結晶の集

合体であり,ある面間隔dが全方位に多数存在すると仮定されているものであり,

実際に,そのような状態に配置されていることは明らかである(甲29)。試料(結

晶粒)の配置により,XRDプロファイルにおける各2θピークの強度が変化する

との被告の主張は,前提において失当である。

(4) 表1と図3の対応関係について

ア Sr3Al3Si13O2N21結晶が,斜方晶系であり,空間群P21212

1 に属するものであることは,技術常識に従い,単結晶XRDによる測定結果に基

づいて決定されたものである。また,本願明細書の表1に示されるSr3Al3Si

13 O2N21結晶の原子座標も,上記の単結晶XRDによる測定結果に基づいて算出

されたものである。

Sr3Al3Si13O2N21結晶が,斜方晶系であり,空間群P2121 21に属す

るものである以上,
「Sr1」の原子座標は,表1に示される他のSr原子との対称

性から自ずと決まるものであるから,表1の「Sr1」のz座標が「0.1238」

と記載されているのは「0.3762」の誤記であることは,当業者にとって明ら

かである。そして,Sr3Al3Si13O2N21結晶が,斜方晶系であり,空間群P

2121 21 に属するものであることが明白である以上,上記誤記の有無は,実施

能性に影響を及ぼすような事情とはいえない。

現に,このように表1に誤記が存在するとしても,本願明細書の図3に示される

Sr3Al3Si13O2N21結晶の結晶構造は,単結晶XRDによる測定結果に基づ

いて正しく算出された原子座標に基づいて描画されたものと解される。

以上によれば,表1と図3との技術的な対応関係が不明であるとはいえず,審決




の判断は誤りである。

イ 被告の主張について

(ア) 被告は,結晶を構成する各構成原子の原子座標データにより決定され

るべき結晶の結晶系種別,空間群種別,格子定数などから,原子座標データの誤記

を判別することは,本末転倒であると主張する。

しかし,上記のとおり,Sr3Al3Si13O2N21結晶が,斜方晶系であり,空
間群P21 2121 に属するものであることは,技術常識に従って,まず単結晶XR

Dによる測定結果に基づいて決定されるべきものであり,また,本願明細書の表1
に示されるSr3Al3Si13O2N21結晶の原子座標も,上記の単結晶XRDによ

る測定結果に基づいて算出されたものである。原子座標により,結晶系や空間群が

決定されたわけではないから,被告の主張は前提が異なっており採用できない。

(イ) 被告は,本願明細書の図3の記載からみて,単位格子には,Sr3Al

3 Si13 O2 N21 の4倍の原子が含まれるものと理解されるところ,表1には,S

r3個,Si(Al)18個及びN(O)23個の原子座標データが記載されてい

るのみであり,単位格子に含まれるすべての原子座標データは記載されていないか

ら,図3を描画するために必要なすべての原子の原子座標が,表1に記載されてい

ないと主張する。

しかし,Sr3Al3Si13O2N21 結晶が,空間群P212121 に属するもので

ある以上,4つの等価点が存在することは明らかであって(甲23),表1に示され

た4つの等価点のうちの1つについての原子座標から残りの3つの等価点の原子座

標を算出することは容易であるから,単位格子内の原子座標データの記載がないか

らといって,図3を描画できないとはいえない。現に,本願明細書の図3に示され

るSr3Al3Si13O2N21結晶の結晶構造は,単結晶XRDによる測定結果に基

づいて正しく算出されたすべての原子座標に基づいて描画されたものと解され,そ

の結果,単位格子内の原子座標は実質的にすべて明らかになっているといえる。よ

って,被告の主張は採用できない。




(ウ) 被告は,審判合議体が審尋において指摘した,Sr1のz座標に係る

誤記による表1と図3との技術的な対応関係の不整合につき,原告は,回答書にお

いて認めた上で,補正の機会を付与するよう要請したが,審判合議体がした拒絶理

由通知に対しては,誤記につき補正せずに,意見書において技術的な対応関係につ

き整合していると主張したことから,審決において,拒絶すべきものと判断したと

主張する。

しかし,前記アのとおり,表1の「Sr1」のz座標が,
「0.1238」ではな

く,
「0.3762」の誤記にすぎないことは,当業者にとって明らかであり,この

ような誤記が存在するからといって,表1と図3との技術的な対応関係が不明であ

るとはいえず,実施可能要件を満たさないということはできない。このような客観

的事情が,出願人である原告の審判の際の対応によって左右されるものでないこと

は自明のことであり,被告の主張は失当である。



第6 結論

以上のとおり,原告の請求は理由がある。

よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第2部




裁判長裁判官

清 水 節




裁判官

池 下 朗




裁判官
新 谷 貴 昭